バックナンバー
コラム一覧
掲載日 | タイトル | 執筆者 |
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2024年 |
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2024年 09月01日 |
三浦 航志 |
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2024年 08月01日 |
佐田 英二 |
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2024年 07月01日 |
原 市 |
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2024年 06月01日 |
吉川 一平 |
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2024年 05月01日 |
小原 麻矢子 |
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2024年 04月01日 |
高橋 重剛 |
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2024年 03月01日 |
矢田 健一 |
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2024年 02月01日 |
豊永 真史 |
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2024年 01月01日 |
神内 聡 |
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2023年 |
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2023年 12月01日 |
鈴 将一郎 |
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2023年 11月01日 |
13歳の自律教室 | 二川 伸也 |
2023年 10月01日 |
愛媛の法教育活動と私 | 安藤 陽介 |
2023年 09月01日 |
法教育と私 | 曽我 章浩 |
2023年 08月01日 |
支部での法教育活動について | 羽角 和之 |
2023年 07月01日 |
法教育活動を通じて得たもの | 安永 麟也 |
2023年 06月01日 |
SNSに関する出前授業について | 中村 亮平 |
2023年 05月01日 |
立場と見え方 | 小林 有斗 |
2023年 04月01日 |
宮崎県弁護士会におけるコロナ禍でのジュニアロースクールの取組 | 崎田 健二 |
2023年 03月01日 |
一緒に考え抜く | 濱本 信成 |
2023年 02月01日 |
岩手県における法教育活動~教員と弁護士でつくる法教育授業~ | 松岡 佑哉 |
2023年 01月01日 |
法はこわくないよ役に立つよとわかってほしくて | 莚井 順子 |
2022年 |
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2022年 12月01日 |
法の基本原理をもう一度学んでみませんか? | 亀川 偉作 |
2022年 11月01日 |
オンラインでの議論の難しさ!? | 梶谷 陽 |
2022年 10月01日 |
ルールや社会は変えられる! | 根本 藍 |
2022年 09月01日 |
法曹の魅力を発信!! | 都築 直哉 |
2022年 08月01日 |
「法むるーむ」のご紹介 | 宮島 繁成 |
2022年 07月01日 |
これまでの取り組み | 赤瀬 慧 |
2022年 06月01日 |
教科横断的な学びと法教育 ~デザイン、技術、行動経済学etc~ | 山下 宗一郎 |
2022年 05月01日 |
南三陸町イチニチ法律塾 | 坂本 仁 |
2022年 04月01日 |
言葉の力 | 村松 剛 |
2022年 03月01日 |
「模擬立法」ってなんだろう?? | 山中 大輔 |
2022年 02月01日 |
校則と内申と法教育と(少しだけお笑いと) | 兼平 史 |
2022年 01月01日 |
法教育は役に立つ? | 林 秀明 |
2021年 |
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2021年 12月01日 |
法教育とSDGs | 上垣 孝俊 |
2021年 11月01日 |
自分の意見を言ってみよう!他人の意見を聞いてみよう! | 川上 健太 |
2021年 10月01日 |
山口県における法教育活動のご紹介 | 清水 秀俊 |
2021年 09月01日 |
法的なものの考え方 | 和田 篤 |
2021年 08月01日 |
高知県での法教育の歩み | 林 良太 |
2021年 07月01日 |
法教育の地域内格差 | 佐々木 慎吾 |
2021年 06月01日 |
模擬裁判を通じて得られるもの | 後岡 美帆 |
2021年 05月01日 |
「感情的に批判されない世界」のススメ | 八木 大和 |
2021年 04月01日 |
「とっつきやすい人」であること | 須藤 公太 |
2021年 03月01日 |
「正解」のない問題に向き合ってみよう | 坂本 順子 |
2021年 02月01日 |
高校生模擬裁判選手権オンラインについて | 佐々木 誠 |
2021年 01月01日 |
福島県弁護士会における法教育について | 久保田 美和 |
2020年 |
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2020年 12月01日 |
スクールロイヤー授業だロン | 熊谷 洋佑 |
2020年 11月01日 |
バナナから法教育を考える | 種田 紘志 |
2020年 10月01日 |
奈良ならではの法教育 | 河瀬 まなむ |
2020年 09月01日 |
法教育とは何を育むのか? | 北上 拓哉 |
2020年 08月01日 |
ステイホーム。「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」で自習する法教育! | 馬場 基尚 |
2020年 07月01日 |
コロナ禍でも法教育を~法教育のIT化~ | 野島 達也 |
2020年 06月01日 |
コイの認定は楽じゃない? | 山﨑 憲司 |
2020年 04月01日 |
ラグビーと法教育 | 山本 尚吾 |
2020年 03月01日 |
何となく良いことをしている気がする… | 髙橋 礼雄 |
2020年 02月01日 |
共に学ぶ法教育授業 | 伊藤 健文 |
2020年 01月08日 |
こども六法 | 神坪 浩喜 |
2019年 |
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2019年 12月01日 |
法教育なるほどセミナー~弁護士の異常な情熱~ | 野村 憲一 |
2019年 11月01日 |
家庭でできる法教育実践 | 森田 陽介 |
2019年 10月01日 |
この10年を振り返って | 北村 勇樹 |
2019年 09月01日 |
すべての道は法教育に通ず? | 荒川 武志 |
2019年 08月01日 |
「ぶらんこ復活」著者とのやり取りの中で | 水谷 亜弓 |
2019年 07月01日 |
宮崎の法教育の未来 | 青木 大樹 |
2019年 06月03日 |
高校生の暑い夏 | 中村 剛 |
2019年 05月07日 |
「公共」に関する学習会を受けてみて | 佐藤 洋介 |
2019年 04月01日 |
高校生の暑い夏~長崎・佐賀合同高校生模擬裁判選手権~ | 鮎川 愛 |
2019年 03月01日 |
法教育に育てられた18年前といま | 石塚 慶如 |
2019年 02月01日 |
法教育授業のおわりに | 神坪 浩喜 |
2019年 01月01日 |
法教育は負けていないか? | 坂根 義範 |
2018年 | ||
2018年 12月01日 |
私と法教育のかかわり | 野島 和朋 |
2018年 11月01日 |
法教育の裾野 | 真鍋 直敬 |
2018年 10月01日 |
出張授業は「ソ」の音で | 石垣 正純 |
2018年 09月01日 |
三重弁護士会 2018年ジュニアロースクール | 内田 悠希 |
2018年 08月01日 |
大人の法教育「法バル」 | 増川 拓 |
2018年 07月01日 |
「法教育が当たり前にある社会」を目指して | 木野 綾子 |
2018年 06月01日 |
新潟県弁護士会の法教育 | 三科 俊 |
2018年 05月01日 |
「想像力」を育む | 中畑 真哉 |
2018年 04月01日 |
正解はない! | 前田 宏樹 |
2018年 03月01日 |
福島県弁護士会の「市民」のための法教育 | 岩﨑 優二 |
2018年 02月01日 |
和歌山における法教育 | 津金 貴康 |
2018年 01月01日 |
福井から発信! 童話劇での法教育 | 後藤 正邦 |
2017年 | ||
2017年 12月01日 |
いじめ防止授業について思うこと | 木下 康代 |
2017年 11月01日 |
文部省著作教科書「民主主義」のご紹介 | 畠山 将樹 |
2017年 10月01日 |
高校生模擬裁判選手権2017 | 加藤 潤 |
2017年 09月01日 | 裁判傍聴のススメ | 中永 淳也 |
2017年 08月01日 | 生徒たちが持っている力 | 古城 博道 |
2017年 07月01日 | 教員セミナーのグループワークのご報告 | 鍋嶋 正明 |
2017年 06月01日 | エンタメ×法教育 | 佐藤 大和 |
2017年 05月01日 | 弁護士バッジのチカラ~法教育事業へ積極的なご参加を~ | 杉本 周平 |
2017年 04月01日 | 日本最北の地での法教育 | 中嶋 純 |
2017年 03月01日 | 情報が錯綜する現代社会にこそ必要な法教育 | 廣津 洋吉 |
2017年 02月01日 | 私と法教育 | 渡部 俊介 |
2017年 01月01日 | 学校の先生方と手を携えて | 原 道也 |
2016年 | ||
2016年 12月01日 | 広島での取り組みのご紹介 | 前田 有紀 |
2016年 11月01日 | 法教育って何をしてるの? | 佐藤 有紗 |
2016年 10月01日 | いじめ防止授業について | 山口 大観 |
2016年 09月01日 | 弁護士が学校に行くこと | 谷口 恭子 |
2016年 08月01日 | 高校生模擬裁判選手権の夏 | 萩原 経 |
2016年 07月01日 | 人の繋がりの中で育つ法教育活動 | 永岡 亜也子 |
2016年 06月01日 | 札幌の法教育 | 綱森 史泰 |
2016年 05月01日 | 答えのない授業 | 五十嵐 裕美子 |
2016年 04月01日 | まずはお電話を | 葛西 秀和 |
2016年 03月01日 | 「チョイ足し」法教育のすすめ | 原 智紀 |
2016年 02月01日 | 法教育としてのいじめ防止授業 | 樋川 和広 |
2016年 01月01日 | 法教育と18歳選挙権 | 芝野 友樹 |
2015年 | ||
2015年 12月01日 | ワクワクできる法教育 | 小森 竜介 |
2015年 11月01日 | NIEと法教育~新聞を使った法教育授業のお勧め~ | 春田 久美子 |
2015年 10月01日 | 風の声に耳を傾ける | 中野 宏典 |
2015年 09月01日 | 縦軸で見る法教育 | 安永 治郎 |
2015年 08月01日 | 裁判員制度と法教育、そしてその先にあるもの | 入坂 剛太 |
2015年 07月01日 | 法教育の夏がやって来た! | 武藤 玲央奈 |
2015年 06月01日 | 先生方と歩み続けた10年間 | 鈴木 真実 |
2015年 05月01日 | 法教育は誰のためのもの? | 内田 光彦 |
2015年 04月01日 | 特別支援学校での法教育授業 | 張江 亜希 |
2015年 03月01日 | 法教育教員セミナー(予定) | 清木 敬祐 |
2015年 02月01日 | 高校生模擬裁判選手権 | 小原 麻矢子 |
2015年 01月01日 | 法教育の魅力とは | 木村 潤 |
2014年 | ||
2014年 12月01日 | どうして小学校ではシャープペンシルが禁止されているのか | 柘植 大樹 |
2014年 11月01日 | 紛争のない世界へ | 高橋 重剛 |
2014年 10月01日 | 法教育を広めたい | 近藤 雅樹 |
2014年 09月01日 | ビバ デモクラシー!! | 矢田 健一 |
2014年 08月01日 | 法教育の役割 | 村松 剛 |
2014年 07月01日 | 童話と法教育 | 野坂 佳生 |
2014年 06月01日 | 法教育授業のご紹介 ~ 模擬裁判と模擬調停 | 額田 みさ子 |
2014年 05月01日 | 決まりを守る | 西本 聖史 |
2014年 04月01日 | リエちゃんの本当の試練 | 根本 信義 |
2014年 03月01日 | 高校生模擬裁判選手権、ふるってご参加(傍聴)ください! | 菅藤 浩三 |
2014年 02月01日 | 法教育をやってみよう! | 神坪 浩喜 |
2014年 01月01日 | 法教育活動の喜び | 黒澤 圭子 |
2013年 12月06日 | 七輪と法教育 | 船岡 浩 |
第129回 自分の意見を持つこと
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
札幌弁護士会「法教育委員会」委員
三浦 航志
私が所属する札幌弁護士会では、毎年12月に高校生を対象にしたジュニアロースクールを開催しております。午前中は、学校の教員と弁護士が共に行う法教育授業、午後は刑事模擬裁判が行われます。他にも、小学校、中学校、高校での出前授業を行っております。
このような活動を通じて、私が学生の頃は、自分の意見を持てていただろうかと考えることがあります。少数派の意見を言うのが恥ずかしく、周りの目を気にしていなかっただろうか、間違うことを嫌っていなかっただろうか、仲の良い友人の意見に流されていなかっただろうかなどです。これは、学生時代に限ったことではなく、弁護士となった現在でもこのような考えがよぎることがあります。自分の意見を伝えたら周りからどのような反応をされるでしょうか。そう考えると、自分の意見を持ち相手に伝えるというのは、とても勇気のいることだと思います。周囲の反応を気にして、自分の意見を胸にしまいこんでしまう、更には自分の意見を持つことすらやめてしまう。全く不思議ではありません。
いきなり、自分の意見を周囲に伝えるのは難しいと思いますが、同じ問題に直面した際、周囲にいろんな意見を持っている人がいると知ることが最初の一歩なのだと思います。普段の授業であれば不得意科目で間違えるのが怖いから、、、といった周囲の目を気にすることがあるかもしれません。しかし、ジュニアロースクールや出前授業では、生徒の皆さんには同じ土俵で考えてもらうこととなります。そこでは、人の数だけ意見が飛び交います。正解のない問題なので、間違ったらどうしようという不安もありません。周りと意見が異なるのが当たり前という環境です。そこに身を置くと、自分の意見をもっていいのだと安心できると思います。自分の意見を持つことができると、周りの意見との違いに気づくと思います。より進むと自分の意見を相手に伝え、相手が意見を変えて自分の意見に賛同する体験をすることがあると思います。その逆も然りです。自分の意見を持つことは、他者との議論につながります。議論を行うことで、自分の意見をより多角的な視点で考えることができます。その結果、結論が変わることは、おかしいことではありません。他者との議論を通じて、自分でも気づかなかった考えや感情があることを知ることができるのです。
法教育活動を通じて、より多くの皆さまにこのような体験をしていただけるよう微力ながらも尽力させていただければと思います。
第128回 自治体による予算化の一例
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
長崎県弁護士会「法教育委員会」委員
佐田 英二
西の果て長崎県からの(第32回・第65回に次いで)5年ぶり3回目となります今回は、「自治体による予算化の一例」をご紹介しようと思います。
長崎県弁護士会(以下「長崎会」といいます。)の取組みに関し、第32回(2016年)にて、『〔いじめ予防授業の取組みは〕特に長崎市教育委員会に好意的・積極的に受け入れられており、長崎市に在籍する任期付き公務員の弁護士とも連携しながらの対応等を行っています。』とお伝えしていました。きっとその2016年度(平成28年度)に手弁当で一生懸命にいじめ予防授業をこなしたからに違いないと思っていますが、長崎市教育委員会(以下「長崎市教委」といいます。)は翌2017年度(平成29年度)から、「弁護士による法教育」に予算を付けてくれるようになりました(その名のとおり、いじめ予防授業に限りません。)。きっと手弁当で一生懸命に取り組んだからに違いないのですが、もうちょっと事情を足すと、「長崎市に在籍する任期付き公務員の弁護士」(当時。現在、長崎会法教育委員会委員長)が内側から働きかけてくださった、当時の市長が教育行政に注力しておられた、という要素も、もしかしたら予算化につながった一因かもしれません。
長崎会には出前授業の担当者に会負担で日当を出す制度がありますが、2017年度(平成29年度)に長崎市教委が確保してくださった予算は、その20回分に相当する金額でした。ただ、自治体予算の性質上当たり前ですが、長崎市教委は「全小中学校に希望聴取をした後、予算の範囲内に収まるように調整する」とのご姿勢。「いやいや、せっかく希望してくださるのだから」ということで、長崎会としては、「足りない分は弁護士会で負担するので、調整しないで全部の希望を届けてください!」という姿勢で臨みました。希望通りに全ての出前授業を実施すると、ニーズが実績として明確になりますよね。「弁護士による法教育」の開始から早7年。予算規模は年々拡大し、今年2024年度(令和6年度)は対2017年度(平成29年度)比2.25倍になっています。
自治体に予算化してもらうには、長崎市教委の例のような「特異なきっかけ」が必要なのかもしれません。長崎県には21の市町がありますが、「弁護士による法教育」に予算を付けていただいているのは長崎市だけです。ただ、最初に「特異なきっかけ」をうまく捉えることができれば、学校現場に弁護士が出向くことの有用性は必ずや理解してもらえて、その後は継続し、拡大していくのだろうと思います。長崎会でも引き続き残る20市町に働きかけて、「弁護士による法教育」の有用性を広めていきたいと思います(委員長が)。
第127回 モラルジレンマ
日弁連市民のための法教育委員会委員
島根県弁護士会法教育委員会委員
弁護士 原 市
島根県弁護士会の法教育委員会の出前授業では、「モラルジレンマ」を取り上げることがある。毎年、「モラルジレンマ」指定で出前授業を申込む学校があるほど人気の授業だ。授業で使用する題材は、コールバーグが提唱したハインツのモラルジレンマを基にしたもので、概略は、病気で死にそうになっている妻を助けることができる唯一の方法は、ある薬を飲むことだが、どんなに手を尽くしても、その薬を買うことができない。愛する妻のために薬を盗むべきか否か。まず、自分はどうするか考え、次に、夫、妻、夫婦の子、警察官、友人といった異なる立場の人物になりきって順にロールプレイをし、再び、自分の考えを検討するというものだ。
「人の物を盗んではいけない」から「盗まない」と考える人や、「自分が盗んで捕まってしまうと妻と子どもを困らせてしまう」から「盗まない」と考える人、結論が同じでも、人によって結論を導く理由が異なっていることに気づく。同じ題材を考えているのに、自分と同じ考えの人もいれば、違う考えの人もいることに気づく。また、ある「妻」は、「夫には申し訳ないが、死にたくないので、薬を盗んでほしい」と考え、またある「妻」は、「夫に犯罪者になってほしくないから盗まないでほしい」と考える。同じ立場の人でも、演じる人によって、人それぞれの「妻」、あるいは「夫」、「夫婦の子」、「警察官」、「友人」がいるという発見がある。
みんなが同じ考えとは限らないと、頭では分かっていても、どこかで、みんなと同じ考えを正解として探してしまうことはないだろうか。自分のものさしで、他者の考えを決めつけてしまっていることはないだろうか。他の立場の人の考えに真摯に耳を傾けているだろうか。
先の題材のような場面ではなくても、生きていく中で、私たちは多くの「モラルジレンマ」にぶつかる。そんなときには、今日の出前授業を思い出してほしい。自分一人の考えや立場だけでなく、他の人の考えや立場も理解しつつ、自分の意見を持つ、ということの大切さを忘れないで、葛藤しながら、自分の道を切り拓いていってほしい。そんなことを願いながら、何度も繰り返すモラルジレンマの出前授業に、毎回、新しい発見があることに感動している。
第126回 2023年高校生模擬裁判選手権・四国大会に携わって
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
弁護士 吉川 一平
私は、2022年・2023年の2年間にわたって高校生模擬裁判選手権の運営に携わってきました。
2022年はコロナ禍でオンライン開催でしたが、2023年はリアル開催をすることが出来ました。
本稿では、2023年高校生模擬裁判選手権・四国大会に参加した感想等を述べたいと思います。
四国大会では、香川・愛媛・高知・徳島の各代表校が高松に集い、検察官役と弁護人役に分かれて試合を行い、白熱の議論が展開されました。
特に印象に残ったのは、証人尋問において、臆することなく異議を述べる高校生や、段ボールで作られたボードを用いて弁論をする高校生の姿です。
実務家同士の裁判員裁判では、パワーポイントを用いて論告・弁論を行う検察官・弁護人がほとんどであり、ボードを用いて弁論を行う弁護人を見たことがなかったので、とても新鮮でした。
論告・弁論における着眼点も、私の想像を超えていたものがあり、高校生の思考の柔軟さを垣間見ると同時に、この柔軟さを自分も取り入れていきたいと思いました。
また、開廷前や閉廷後に高校生と支援弁護士が打合わせや振り返りをしている場面を見ていたところ、堅苦しい感じではなく和やかな雰囲気の中でお互いにやり取りをしており、日常生活において接する機会のない弁護士と高校生が親密に話せる機会があるのは、とても貴重なことであると感じました。
高校生模擬裁判選手権は、実務家と高校生が互いに刺激を受けることのできる大会であると感じました。
本行事を通じて法曹の魅力を高校生に知ってもらい、一人でも多くの高校生が弁護士や裁判官・検察官を目指すようになれば良いなと思った四国大会でした。
第125回 成年年齢引下げ動画のお勧め
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
弁護士 小原 麻矢子
私は当委員会の「情報発信チーム」に所属し、「法教育セミナー」というイベント開催などの活動に参加しています。私たちのチームで作成した成年年齢引下げに関する動画をご紹介しながら「法教育」についてお伝えしたいと思います。
この動画は「18歳になる皆さんへ/成年?何がどうなるの?教えて!弁護士さん」と題するもので、YouTubeで観ることができます。
内容、構成だけでなく、絵柄の印象、発声の有無、効果音も検討し、年齢が18歳にほど近い美術大学の学生の方にご協力を求め、多くの人たちに見ていただけるよう動画のタグ付け(関連するキーワード)にもこだわりました。「心がまえ編」と「実践編」の2編から成ります。
「心がまえ編」:高校3年生で4月から社会人になる加藤さんが、4月から住む部屋を探しに父と一緒に不動産業者を訪ねます。部屋を借りる契約は父が結ぶものと思い込んでいましたが、「契約者は自分」と聞いて驚きます。18歳以上は自分で契約を結ぶことができるからです。ドキドキしながら加藤さんは自分で賃貸借契約を締結します。2か月後、加藤さんは思いがけないトラブルに見舞われることになります。契約を解除したいと考える加藤さんですが、、
「実践編」:高校3年生で4月から大学生になる山本さんが、大学の近くで、ギターも練習できる部屋を探しています。最初に紹介された部屋は「大学まで歩いて5分です。」と不動産業者から説明がありました。本当に5分で行かれるかな?実際には「開かずの踏切」で15分も待つことになります。
その後、山本さんはやっと気に入った部屋に出会いますが、ギターを弾いても良いか尋ねると答えはノー。「うるさいから楽器は禁止です。」と言われました。
何とかこの部屋に住みたい山本さんは大家さんに掛け合い、交渉します。さて何と掛け合ったのか、皆さんならどんな提案をしますか。山本さんがどのような提案をしたかぜひ動画をご覧になってみてください(笑)
さて、山本さんの提案は入れられ大家さんと合意できることになります。山本さんはこの提案を守ると約束し、契約の条件に入れ込むことになりました。
何か問題が生じたとき、自分の希望や意思を明確に伝えることが必要になります。そのうえで、相手が何を望んでいるのか、自分が相手の立場だったらどのように感じるかを考えてみましょう。すると「〇〇ならどうだろう」という案が浮かぶのではないでしょうか。物事には色々な見方や考え方があります。相手の意見もよく聞きながら、互いの意見をすり合わせ、工夫しながら徐々に合意へのプロセスを辿ることになるでしょう。
こうして合意を形成するとき、大切なのは、正義、公正、個人の尊重などの価値を理解していることです。これらの価値に基づく法や司法制度を軸としたものの見方を身に付けるのが法教育です。
物事には多面的な見方があります。幾つもの視点があることを知り、考えを深め、対話によって公正な問題解決を目指しましょう。18歳になれば契約に関することも自分で自由に決められるのであり(契約自由の原則)、これは憲法上の価値に由来します(自己決定権)。動画でも出てきますが、契約の自由には契約したことを守るという責任が伴います。
お互いに納得できる合意に至るなかで、根幹をなすのは法教育的なものの見方ができているということです。
正義、公正、個人の尊重などの重要な価値を理解した上での考える力、対話の力を身に付けて、一人ひとりが自分らしく生きていけるようになることを私たちは目指しています。
なお、視覚障がいを持つ方のための動画作成も企画しています。目が見えない方や視力が弱い方も、成年年齢の引下げで上記のような契約締結などの場面に直面することになります。合意の場面で自分の意見や希望を明確に伝え、相手と折り合いつつ、契約の内容を理解し、責任を負うことになるのです。正義、公正、個人の尊重などを軸とする法的なものの見方を身に付けて自分らしく生きる力が育まれるよう願っています。
私たちも盲学校の先生のお話を伺うなどしながら、主に聴覚でご理解いただけるような工夫をしつつ、わかりやすいものを作りたいと考えています。
第124回 紛争に巻き込まれないための秘訣
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
秋田弁護士会市民のための法教育委員会 委員長
弁護士 高橋 重剛
突然ですが、最近、クルマを買いました。弁護士はいつも事務所にいて仕事していると思うかもしれませんが、実際は裁判に出かけたり、相談に出かけたりと、意外に外に出ていることが多いです。しかも、私は、自宅から事務所まで高速道路を往復1時間以上かけて通勤しているので、クルマは生活にも仕事にも必需品です。そんな私がクルマを選ぶのに重視したのは、とにかく安全性でした。
この点、私の選んだクルマは優秀で、高度運転支援システムというのがついています。フロントガラスには3つのカメラがついて、前はもちろん横も見てくれて、急な飛び出しがあっても察知し、勝手に止まってくれるようです。また、高速道路では、自分の走りたい速度を設定してボタンをポンと押せば、アクセルから足を放してもその速度で走っていき、前にクルマがいれば勝手に速度を落としてくれます。このクルマにしてから、事故を起こす気がしませんし、ストレスなく運転できています(もちろん過信はいけません)。
弁護士の仕事は紛争の解決ですが、紛争は交通事故に似ていると私は思います。こちらが注意しても巻き込まれることがありますし、一度、紛争に巻き込まれると、それはとてもしんどいです。
紛争に巻き込まれないようにするためどうするかを考えた時、私は、ふと、クルマについている高度運転支援システムが思い浮かびました。何を言っているんだと言われそうですが、目的地に向けて、常に周囲に気を配りながら、紛争になりそうな場面では、事前にそれを察知し回避してひた走り、目的地に到達する。自分の人生という長い道のりをストレスなく走りたいのは、クルマを運転するのといっしょです。
紛争の可能性を察知し未然に防ぐためには、常に、相手の立場に立って考えることが大事です。相手の立場に立つとは、もっと言えば、相手のことを尊重することだと思います。だれでも自分のことは大事ですし、できれば周りの人からも尊重されたいと思うはずです。このことは、日本国憲法第13条でも「すべて国民は、個人として尊重される。」と規定され、国民の重要な権利であると考えられています。
ただ、ここで重要なのは自分が尊重されなければならないのと同じように、ほかの人のことも、自分が尊重されるように尊重しなければならないということです。これこそ、人生における高度運転支援システムの根幹であり、この思いを胸に抱くことがストレスなく人生を走る秘訣であろうと思うのです。
第123回 AI時代の法教育
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
弁護士 矢田 健一
Google DeepMindによって開発された囲碁AI・AlphaGoが当時の世界トップ棋士を破ったのが2016年ですから、それから8年ほどがたちました。当時、AIが人類に勝利したことは大きな衝撃でしたが、現在では、AIと人類の棋力の差は歴然ですし、囲碁だけではなく作曲や絵画など多くの分野でAIが活用されるようになっています。
囲碁の序盤は布石と言われますが、布石では、読み(コンピューターでは計算でしょうか)よりも構想力やイメージが重視されます。布石の段階では選択肢が広すぎて読みの力だけではどうにもならないわけですね。そのため、AI登場までは、読みで解決できる中盤以降はコンピューターで対応できても、布石はコンピューターには対応できないと考える人が多かったと思います。しかし、実際にはAIは布石で人間に大差を付けてしまいました。つまり、人間にしかできないと思っていたことが、人間もそれほどできていなかったと分かったわけです。
それではAI時代の法教育はどのようなものになっていくのでしょうか。
最近、さまざまなところでAI時代の法教育が予測されるようになっています。その多くは、AIに頼らず自分の頭で考える教育だったり、AIにはできない分野を行う教育だったりでしょう。でも、私の考えは少し違います。
法教育の定義はさまざまですが、日弁連では「個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の担い手として、法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育」と定義しています。囲碁や将棋のプロ棋士がAIを活用して研究するように、私たちも、自由で公正な民主主義の担い手を育成する方法をAIに教えてもらう日が来ると思っています。
おそらく、最初はすごく抵抗があるでしょう。プロ棋士も自分たちがアマチュアを指導することはあってもAIの最善手を学ぶとはおもっていなかったでしょう。しかし、今ではプロ棋士にとってAIを活用した研究は必須のものとなりました。
法教育においても、AIに頼らないことを目標にしたり、AIが苦手とする分野を対象としたりするのではなく、「個人の尊重」「自由」「公正」「民主主義」といった法教育の根幹について、AIを利用して研究し、AIに教えてもらうことが大切になってくると思っています。その結果として、法教育の担い手が教師や法律家ではなく、AIになるかもしれません。でも、それは悪いことではないですよね。もし、AIが人間よりも優れた法教育ができるのであれば、劣った法教育を人間が行うより、優れた法教育をAIが行った方がいいからです。
今回の話は、未来を悲観視しているように読めるかもしれません。しかし、私のイメージは楽観的です。AIによって、私たちには思いもつかない素晴らしい法教育に出会える日が遠くないと思っています。
第122回 徳島弁護士会における法教育について
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
徳島弁護士会 「子どもの人権保護委員会」 委員
弁護士 豊永 真史
徳島弁護士会が行っている法教育に関わるものとしては、主として①高校生模擬裁判選手権、②ジュニア・ロースクールの2つが挙げられます。
まず、①高校生模擬裁判選手権は、このコラムでも複数回紹介がなされているとおり、将来裁判員裁判の担い手となる高校生に刑事裁判についての理解を深めてもらうと共に、事実を多面的に検討する経験を通じ、公正な判断を行う基礎的な素養を養うことを目的とするものです。
準備段階においては、法律実務家による支援および助言を受けながら、生徒自身が証拠(証拠物や証拠書類等)を基に争点を整理し、本番においては、実際の法廷を用いて生徒の方々が検察側・弁護側のそれぞれの立場に立ち、争点について主張・立証活動を行います。また、徳島弁護士会が参加している四国大会では、原則として各県1校ずつが出場し、熱戦を繰り広げます。
私も弁護士登録初年度から関わらせていただいていますが、参加する生徒一人一人が高い意欲を持ち、弁護士が持ち合わせていない(あるいは失ってしまった)斬新な発想のもと、真剣に取り組んでいる姿は、見ていて感銘を受けます。自分が高校生のときと比較しても遥かにしっかりしている姿勢を見ますと、素晴らしいとただただ感心するばかりです。
次に、②ジュニア・ロースクールとは、法律専門家ではない方々が法や司法制度、これらの基礎となっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるためのイベントであり、徳島弁護士会主催のジュニア・ロースクールは高校生を対象としています。
徳島弁護士会としては、今後、主権者として民主主義社会を担う生徒の方々に、基本的人権の尊重や立憲主義等といった憲法の基本的な考え方を学んでいただくと共に、社会の構成員の一員として、「法的思考」に基づき、主体的に身の回りの社会問題を考えるきっかけにしていただくことを目指しています。また、生徒の方々にとっても、法律の専門家である弁護士と接し、社会の在り方についてさまざまな角度や立場から深く考え、同年代の生徒と議論するという経験は、今後の進路を検討する際に活かせるものになるのではないかと考えています。
2019年度(令和元年度)までは徳島弁護士会館にて対面型で実施しましたが、ご承知のとおり2020年度(令和2年度)に新型コロナウイルスの問題が発生し、同年度からはオンラインで開催しています。具体的には、「選択的夫婦別姓」「防犯カメラと監視社会」「制服と校則」「同性婚」といったテーマを題材に、賛成派と反対派に分かれてそれぞれのチームで2時間程度議論していただき、その後全員参加の中でディスカッションを行うという方式を取っています。
生徒の方々は、限られた時間の中、自分の意見とは違う立場に割り振られた方も含め、自分のチームの主張や相手チームの主張に対する反論等を、憲法上の問題点に言及しながら議論されており、私たちも刺激を受けつつ企画・運営を行っています。
最後になりましたが、今後も、生徒の方々にとってより良い法教育活動を行っていきたいと思っていますし、1人でも多くの生徒の方々が法律に興味を持つようになっていただければ、この上なく喜ばしい限りです。
第121回 弁護士兼教師のある日の紹介
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
東京弁護士会「法教育委員会」委員
弁護士 神内 聡
私は現在、弁護士業務以外に中高一貫校で週3日、それぞれ半日ですが教師として勤務しています。以前は弁護士と常勤教員を兼務し、担任などもしていましたが、現在は教育学の大学院での研究者の仕事が増えたため部分的に学校で勤務する形態になりました。とはいえ、現在も担当している校務は、授業、部活動顧問、探究学習、キャリア教育、生徒指導、進路指導、スクールロイヤーの相談など、多岐にわたります。本コラムでは、法教育の視点から弁護士が教師として働いている半日を紹介したいと思います。
私が学校に出勤する日は主に午後からで、午前中に弁護士業務を行った後、昼休み頃に出勤し、生徒たちと一緒に学食で昼食を食べます。昼休み中は生徒とさまざまな会話をしたり、同僚の先生と打合せをしたりします。
昼休みが終わると午後の授業を2コマ担当します。私が今年度担当している科目は高校の「公共」と「世界史探究」です。中でも「公共」は昨年度より導入された高校の新科目であり、法教育と最も関連する重要な科目です。ただし、私はあくまでも教師として一年間授業を担当するので、法教育の部分だけでなく、経済分野や倫理思想分野など幅広く科目全体を教えています。また、実際の「公共」の授業は学習指導要領で求められている内容が膨大であり、法教育を重点的に学習する余裕がほとんどありません。
しかし、せっかく弁護士が「公共」の授業を担当しているのだから、やはり少しはさまざまな法教育を実践したいところです。そこで、授業を担当するクラスの生徒には制服や髪型、スマホの使用ルールなどのさまざまな校則や、功利主義と義務論を考えさせる難破船の救命ボート問題について授業中に議論したり、googleフォームを用いてアンケート調査を実施し、夫婦同姓、中絶、死刑制度などの賛否を質問してその結果を授業中に議論したりしました。
また、法教育に関心のある生徒たちには探究学習として、日本と中国の公民教科書を比較してもらったり、裁判員になる・ならないを選択する自由などについて調べてもらい、一緒に学会発表しました。
授業が終わると放課後は部活動の時間です。私は社会福祉部というボランティア活動をする部の顧問を担当しています。高校生が毎日のように子ども食堂や小学校の学童のサポート、街頭募金、フードバンクなど、さまざまなボランティアをやっています。
一見すると法教育とあまり関係がなさそうな部活動ですが、実は意外と法教育との接点があります。例えば、街頭募金を行う際に生徒が道路交通法に基づく警察の許可手続きを体験したり、クラウドファンディングを実施する際の法的仕組みを学んだり、さまざまな法教育を実践する場でもあります。子ども食堂などの福祉の場を実際に体験することも法教育の大切な実践です。
授業や部活動以外の空き時間には、将来法律家を目指している生徒、校則を見直したいと考えている生徒、親との関係に悩んでいる生徒など、さまざまな生徒からの相談などがあります。その一つ一つが何らかの意味で法教育に関連しています。
もちろん、同僚の先生からの相談もたくさんあります。「公共」の授業は私を含めて3人の教師で担当しているのですが、担当クラスの実態に応じてさまざまなやり方を考えたり、どのような法教育であれば実践しやすいか、教師同士で日々協議しています。
法教育は学校の教育活動全体を通じて実践することが大切であると言われています。私のように定期的に学校で勤務する弁護士が増えていけば、授業以外の場でも法教育を実践する機会を増やせるのではないかと考えています。
第120回 熊本における法教育
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
熊本県弁護士会「法教育委員会」委員
弁護士 鈴 将一郎
1 はじめに
熊本県弁護士会は、年に2回、法教育のイベントを行っています。夏に開催される「法教育なるほどセミナー」と秋に開催される「グッジョブ!やるキッズ」です。
2 「法教育なるほどセミナー」
「法教育なるほどセミナー」は、2006年(平成18年)から毎年8月頃に開催されている、演劇等を通じて法教育を子どもたちに行うイベントです。小学生4~6年生を対象とした小学生部と、中学生を対象とした中学生部の2部構成で行われます。
同セミナーでは、教材を配布した上で、子どもたちの前で演劇を行います。演劇後、教材に書かれた設問について子どもたちに考えてもらい、数名ずつの班に分かれてグループディスカッションの時間を設けます。その後、全員に発表してもらい、自分とは違う視点からの意見を聞くことになります。このように、多様な意見を聞き、さまざまな利害を調整することで、法的なものの考え方を身につけてもらうことを目標としています。
近年は、小学生部では「ルール作り」「公平」などを、中学生部では労働審判事件や遺産分割事件などを扱いました。
以前は会場参加のみでしたが、コロナ禍を機にオンライン開催を行い、今年は会場とオンラインを併用して行いました。オンライン開催後は他県からの参加もあり、思いがけない広がりをみせています。
3 「グッジョブ!やるキッズ」
「グッジョブ!やるキッズ」は、今年で4回目になる、小学生以下(5歳~12歳)向けの職業体験イベントです。地元企業が主催しており、約20業種の職業体験ができる中に熊本県弁護士会も参加しています。
同イベントでは子どもたちに刑事模擬裁判を体験してもらいます。1回の参加人数は8人で、1枠25分の公演を全部で12公演行います。
はじめに事件のあらまし(八百屋の壁に落書きをした疑いで被告人が逮捕されるというもの)、接見場面についてのビデオを見てもらい、その後、刑事裁判の場面について演劇を行います。演劇の中で、子どもたちには弁護人チームとして参加してもらい、目撃者の尋問をしてもらいます。はじめは予め配られたカードに書かれている事項について尋問を行ってもらいますが、その後さらに聞きたいことがある場合は、子どもたち自身が考えた事項について尋問をしてもらいます。最後に、子どもたちの尋問を踏まえた判決が言い渡されます。演劇を通して、疑わしきは罰せずといった刑事裁判のルールを理解してもらうことを目標としています。
今年は11月12日(日)に開催され、ほぼすべての回が満員と大盛況でした。子どもたちが行う尋問についても、当初は目撃者への尋問だけを予定していましたが、「被告人にも質問したい」との要望から急遽被告人質問が行われる回もあるなど、子どもたちが積極的に参加してくれたことでイベントは活気あふれるものとなりました。
4 おわりに
今後も子どもたちに楽しんでもらいながら、法教育を伝えられるよう邁進していきたいと思います。
第119回 13歳の自律教室
香川県弁護士会子どもの権利及び法教育に関する委員会 委員長
日弁連市民のための法教育委員会 委員
弁護士 二川 伸也
かなり以前の話にはなりますが、香川県弁護士会の子どもの権利及び法教育に関する委員会が関与した法教育の中でも語り草となっている出前授業について説明したいと思います。ちなみに、伝え聞いた話も含まれてはおりますが、当時の資料を見ながら本コラムは執筆しておりますので、正確な情報ではあると思います。
2015年度(平成27年度)、香川県教育委員会と香川県弁護士会の子どもの権利及び法教育に関する委員会が連携して、「13歳の自律教室」と題した弁護士による出前授業を実施しました。
「13歳の自律教室」自体は、香川県教育委員会主催で毎年行われ、年度毎で講師も変わっていたようですが、2015年度(平成27年度)は弁護士に白羽の矢が立ったようで、教育委員会から講師依頼がありました。
対象は県内の公立中学校全校で、テーマのとおり、13歳である中学一年生に向けて、トラブル防止や解決のための法的思考力、法的解決方法などを養うための出前授業を弁護士が行いました。
14歳で刑事責任年齢となることから、中学生であっても法は14歳から自律することを求めているとの観点で、刑事責任年齢を間近に控える13歳に「自律」に対する理解を深めてもらう、という理由により13歳をターゲットとしたものです。
授業内容は弁護士と教育委員会が連携して考えていたようです。弁護士が他機関と連携して法教育を実践する際のあるあるかもしれませんが、弁護士が行いたいことと教育委員会が弁護士に求めることとの対立があり、出前授業が行われる以前はもちろん、出前授業が行われ始めてからも、教育委員会の担当者の方と弁護士の間で相当な回数の打ち合わせが行われ、侃々諤々の議論が行われていたようです。教育委員会としては、「いじめ」「非行少年」といった点に力を入れた授業を期待していたところのようですが、弁護士側は「正義・公正・公平という基本原理からルール(法)が導かれ、そのルールの支えとなっている人権を知ること」というマクロな点に重きを置いた授業を行おうとしていたようです。いずれの点も重要でありますが、こうした議論も全て良い法教育を実践したいとの思いからだったでしょう。
こうした議論の末にできあがった、出前授業で使われていたパワーポイントや指導計画表を見る限り、刑事責任年齢について丁寧な説明がされるようになっていました。その上で、生徒たちに法律の無い世界を想像させる場面を作り、法律がどういった背景から必要とされ、人権擁護に資するものであることを説明していました。そうした説明をきっかけに、大人に決められた法律やルールは嫌々守るのではなく、自分や他人が傷つかないように自分の意思で自分をコントロールすること、すなわち「他律から自律」へという考えの転換を導いていました。
資料に残っている限りの議論経過を見ると、果たして授業案が固まるのかとも思いましたが、最終的には弁護士側も類い希なる調整力を遺憾なく発揮し、教育委員会と弁護士の双方が納得する授業教材ができあがったようです。その甲斐もあり、相当充実した出前授業が実践できたと思われます。資料を見ながら本コラムを書いている私自身もハッとさせられました。
県内の公立中学校全校に弁護士を派遣ともなると、委員会所属の弁護士の大半がかり出されることとなったようですが、上記のような充実した教材があったことからこそ、多くの弁護士が出前授業にやりがいを感じ、非常に有意義な時間を過ごすことができたようです。
先に説明しましたとおり「13歳の自律教室」は香川県弁護士会単独の事業ではなく、県の教育委員会からの話があって初めてできることですので、毎年行えるようなものではありません。そのため、機会が巡ってこないとそもそも実施もできないのですが、「13歳の自律教室」を実施したときのノウハウは残ってはおりますので、このときのノウハウを久しぶりに引っ張り出してきて、似たような出前授業を香川県弁護士会として実施するのも良いかもな、と本コラムを執筆していて思いました。
第118回 愛媛の法教育活動と私
愛媛弁護士会子どもの権利及び法教育に関する委員会 副委員長
日弁連市民のための法教育委員会 委員
弁護士 安藤 陽介
本コラムの執筆を依頼され、ふと私自身の学校時代(今から30数年前くらい)を振り返ってみたのですが、中学校の社会科授業で地方裁判所の刑事裁判を傍聴したという記憶があるくらいで、弁護士が学校に来て授業を受けたということはありませんでした。当時はとにかく知識中心で制度を暗記するということしかしておらず、今取り組まれているような法教育には触れてこなかったといえます。
法教育に関わるようになったのは弁護士になって弁護士会の法教育委員会に入ることになってからです。1年目から「高校生模擬裁判選手権というのがあるから支援弁護士をやってくれ」と言われ、教材を読み込んで高校に通いました。その後毎年のように支援弁護士か証人・被告人役として高校に行っているのですが、次第に「学校に行って生徒に話をするのって結構面白いな」と思うようになってきたのです。
しかし、愛媛では高校生模擬裁判選手権の他に定期的に取り組んでいる法教育に関する事業としては少年院での法律講話くらいで、あとは時々単発で授業の依頼が来る程度でした。私としては「もっと多くの学校で話ができれば」と感じ始めていました。5年前から法教育担当の副委員長をすることになり、出前授業等法教育のすそ野を広げていこうということで出前授業の制度化を検討し始めました。ちょうどその頃、高知の山本弁護士から「新学習指導要領の件で日弁連が事業地を探してるから愛媛どう?」というお誘いがあり、手を挙げたのです。
事業は高校の新科目「公共」について教材を作成・実践するもので、今年で2年目です。現在はいくつか教材案を作成し、実践に向けて準備している段階です。事業以前は学校側とのつながりがなく、教育現場にどのようにアプローチしていけばよいか悩んでいたのですが、本事業のアドバイザーをしていただいている愛媛大学の井上准教授が意欲のある教員の方々を紹介してくださり、大変助かっています(この点だけでも事業地に立候補してよかったと思っています。)。
手は挙げてみたものの、「公共」の教科書を見てあまりの情報量の多さに驚き、法教育についての理論的・体系的な知識がなく、実践経験も乏しい、いわば「素人」の私たちに本当にできるのかとの不安が度々頭をよぎりますが、日弁連の先輩方や井上准教授の助けをお借りして、「素人」なりに楽しく進めていけたらと思っています。
第117回 法教育と私
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
旭川弁護士会「法教育PT」座長
弁護士 曽我 章浩
私が所属しております旭川弁護士会では、毎年ジュニアロースクールという高校生向けのイベントを行っています(コロナ禍に入り、近年は開催できておりませんが…。)。
私が初めて法教育に関わる機会も、このジュニアロースクールでした。
私が弁護士登録をしたのは2015年12月ですが、登録してすぐに「ジュニアロースクールで裁判劇をやってもらうことになっているから、日程空けておいてね。」と言われました。私は当時「法教育」という単語すら知らず、弁護士として何の経験もない自分に務まるのか…と不安になったのを覚えています。
もっとも、自分に課されたのは裁判劇で裁判官役をすることと高校生との議論に参加することだったので、法教育の知識がない私でも何とかこなせた記憶です。この頃は、恥ずかしながら、ジュニアロースクールを「高校生に刑事裁判を疑似体験してもらい、弁護士や法律を身近に感じてもらうためのイベント。」と認識していました。
初めてジュニアロースクールに参加してから約半年後、日弁連市民のための法教育委員会の現委員長である村松剛弁護士が旭川弁護士会で講義してくださる機会がありました。ここで私は、初めて「法教育」という概念をきちんと知ることになるのですが、衝撃だったのは法教育の主眼が法律の知識そのものではなく、法律が前提としている価値やそれを実現するための素養を磨くためのものだったということでした。つまり、旭川弁護士会でやっているジュニアロースクールも、刑事裁判の疑似体験をすることがメインなのではなく、高校生同士で有罪か無罪かを巡ってグループで議論してもらうという部分に法教育の要素が詰まっていることに、この時初めて気付かされたのです。
その後しばらくは、年1回のジュニアロースクールが法教育と私とのほぼ唯一の接点でしたが、昨年から私は日弁連市民のための法教育委員会に所属することになりました。委員会では、法教育についての理解を深める機会や各地の弁護士会の取組に触れる機会があり、法教育について考える時間が確実に増えました。
コロナが五類に移行し、今後出前授業等が増えることが予想されます。旭川での法教育に微力なりとも貢献できるよう、法教育関係の活動には積極的に参加していきたいと思います。
第116回 支部での法教育活動について
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
千葉県弁護士会「法教育委員会」委員
千葉県弁護士会松戸支部「市民サービス委員会」委員長
弁護士 羽角 和之
私は千葉県弁護士会の所属ですが、松戸支部という「チーバくん」の顔あたり(東葛地域と呼ばれています。)の弁護士で構成される支部にも所属しています。現在は、松戸支部だけで170名くらいの弁護士がいます。
松戸支部では、本会とは独立して委員会活動を行っていて、法教育については市民サービス委員会が担っています。
今回は、その市民サービス委員会の法教育に関する活動を2つご紹介します。
1つ目は、夏休みに実施する中高生向けの模擬裁判です。ここでは、千葉地方裁判所松戸支部の法廷を借りて、弁護士が裁判官・検察官・弁護人・被告人役を演じ、中高生に裁判員役として評議をしてもらい、有罪無罪の判断をしてもらいます。各グループにはアドバイザーの弁護士が数名配置されます。中高生が評議を行う中で弁護士がアドバイスをし、事実の見方や法的なものの考え方を学んでもらい、最後に、裁判官・検察官から全体を通しての講評をいただきます。
グループの編成では、中高生を分けることは原則しませんので、同じグループに中学生と高校生が混ざります。もちろん、成長発達の差がありますので、思考力にも違いがあることは多いですが、事実をどのように見るかという議論においては、意外と差が無いなと感じる時があり、中学校低学年の参加者が鋭い指摘をし、高校生が納得する場面にもしばしば出会います。
2つ目は、小学校5・6年生対象の親子法廷傍聴会です。これは、実際の公判手続を参加者に傍聴してもらい、その後、実際に事件を担当した弁護人のほか、担当裁判官や担当検察官にもご協力いただき、参加者からの質問に答えたり、刑事手続の流れについて説明したりして、普段目にすることがない刑事事件について肌で感じてもらうというイベントです。
もともとは、新型コロナウィルスの影響で実施できなかった模擬裁判の代替措置だったのですが、参加申込みの段階からかなりの盛況だったので、継続的に実施しています。本物の裁判官・検察官・弁護人、そして被告人の姿や緊張感のある手続を見ながら、司法制度の一端を学んでもらっています。
新学習指導要領で「公共」が始まり、教育現場に「法教育」をどのように浸透させていくか、あるいは、授業実践の中でいかに「法教育」的視点を取り入れていくか、ということが議論されています。それ自体は非常に大切なことではありますが、他方で「公共」の一翼を担う司法制度、あるいは法そのものに興味関心を持ってもらい、法の世界の裾野を広げていくということも、重要な「法教育」の実践の一つではないかと思います。
そうした裾野を広げていく基礎的な取組として、小中高生に「非日常」を体験してもらう、ということには重要な意義があり、模擬裁判や親子法廷傍聴会は、その一端をきっと担っているだろうと確信しています。
そのようなことを思いながら、私はまた今年も、コツコツと活動していきます。
第115回 法教育活動を通じて得たもの
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
栃木県弁護士会「法教育」委員
弁護士 安永 麟也
私が法教育に関する活動を始めたのは、弁護士になる前からでした。大学を卒業後に進学した法科大学院で法教育に関するサークルがあり、友達に誘われてそのサークルに入ることにしました。法科大学院に入学した理由は、当然司法試験の勉強をするためだったため、「大切な時期に何をやっているんだ?」と自問しながらも、法教育活動を楽しんでいた自分がいました。サークルの活動では、現在「市民のための法教育委員会」委員をされている弁護士の方の授業をサポートしたこともあります。
実際に法科大学院サークルでの法教育の活動はかなり刺激的なものでした。中学生や高校生の意見は、鋭い質問も多々あり、日々法律の勉強をしていた私自身も考えさせられ、答えられない質問が出てきては、授業後にこっそり調べて自分なりの「答え」を考えていたこともありました。司法試験の受験前という大切な時期でしたが、このような刺激を受け自身の視野を広げることができたため、サークルに所属していて良かったと思っています。
そのような刺激的な空間にいたため、弁護士になった後も迷わず栃木県弁護士会の「法教育委員会」に所属することにしました。栃木県弁護士会でも、学校と連携を取り、色々な法的な題材について学生と一緒に考えています。弁護士になってからも、学生の意見は、刺激的で興味深く、視野が広がります。
このように、学生同士だけでなく弁護士でも多くの刺激をもらっています。法教育の題材はどれも決まった「答え」があるわけではありません。色々な人の意見を聞き、刺激を受け、自問しながらも、自身の「答え」を持つことが大切かと思います。
一方で法教育活動をしていると、なかなか発言してくれない学生にも多々遭遇します。私自身も発言することは苦手でしたが、「他者の意見に刺激を受けること」だけではなく、「自身の意見にも刺激を受ける他者がいること」を理解することも大切なことだと思います。法教育の題材は、決まった「答え」が無いからこそ自身の考えたことも重要な「答え」になります。例えば、学生が導き出した自分の「答え」は、法律を勉強している者に対しても多くの刺激を与えています。そのため、発言するか迷っている学生も積極的に発言してみてください。
私自身、弁護士になる前から法教育の活動を続けていく中で、法教育という活動も徐々に世間に浸透してきているように感じます。これまでよりも多くの学生から刺激を受けることができるのを楽しみにしています。
以上
第114回 SNSに関する出前授業について
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
新潟県弁護士会「学校へ行こう委員会」委員
弁護士 中村 亮平
私が所属する新潟県弁護士会の学校へ行こう委員会では、多くの学校から出前授業の依頼が来ます。出前授業のテーマとしては、主権者教育や弁護士の職業説明、消費者教育等が多いですが、その中でも特に多いのがSNSに関するテーマについての依頼です。
出前授業を行う前に講義内容について学校側と打合せを行うのですが、学校によって抱えている問題は異なっているようです。生徒のSNS利用について保護者が介入できずに困っているとの相談があったり、他校の生徒と交際関係にあった生徒が、交際がこじれたことによりSNS上で誹謗中傷したことが問題となったり、一口にSNSの問題と言っても話す内容は幅広くなります。
また、話をする対象は生徒・学生に限られず、保護者・教員の場合もあるため、話す内容が同じでも表現の方法を変更したり、難しい言葉の説明が必要となってくる場合もあります。学校によっては、刺激の強い具体例は控え、生徒・学生の精神的負担に配慮してほしいとの希望がある一方、刺激の強い具体例を示して、他人事ではないということを強く印象付けてほしいという希望をされる学校もあります。
近年では、闇バイトとして、足のつきやすい特殊詐欺の受け子・出し子や強盗をさせて金品等を回収する役目を未成年に担当させている事件の報道が見られます。また、バイト先や飲食店での不適切行為を撮影した写真・動画等を投稿し炎上する報道も多く見られます。世間的にも少年が重大事件に関わる報道が増加しているように思います。そのような事情もあり、学校でもSNS教育については関心が高く、出前授業の内容に求める水準が高くなってきているように思います。
特に、親が子に対してSNSの利用について注意を促したり、利用を制限したりするのは、子の年齢が上がるほど難しい問題となります。小さいころから十分な知識を備えるためには、保護者が如何に知識を得ているかが重要となります。そのため、保護者が子にどのような説明をすれば聞いてもらえるのか、という視点も意識しながら出前授業の資料を作成することも大切であると感じています。
出前授業を担当する弁護士も、近年の事件やインターネットに関する法改正には敏感になり、日々知識をアップデートしていく必要があることを強く実感しています。特に、実際にSNSを利用している生徒には知識の差をつけられないようにすることが、大変ではありますが、重要だと思います。
以上
第113回 立場と見え方
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
群馬弁護士会「法教育委員会」委員
小林 有斗
児童・生徒向けの法教育の話題ではありませんが、以前に、私自身が所属している経営者団体で刑事事件の模擬裁判を開催したことがありました。当時は裁判員裁判が開始して10年が経つということで、誰もがいつ裁判員に招かれるかも知れないというのが、開催のきっかけでした。
そこには法専門家は私を含め数名しかおりませんが、法専門家以外も含めて準備を行い、準備段階では実際に法廷傍聴を行い、模擬記録や台本を作り上げ、当日を迎えました。
当日は学生向けの模擬裁判と同様に、参加者を裁判官役・検察官役・弁護人役に分け、台本に基づく模擬尋問を経て、論告(検察官の意見)、弁論(弁護人の意見)、そして判決の言渡しをやってもらいました。終了後は、参加者より感想を述べてもらいました。
検察官役・弁護人役が複数チームあるので論告や弁論も多様なものとなりましたが、興味深かったのは、判決の結論が分かれたことでした。結論を出すにあたって重視したポイントが違っていたということです。
そして、最も印象深かった点としては、終了後に参加者より感想を述べてもらった際、「怪しいと思って証拠を見たり証言を聞くと怪しく見えてくるし、無実だと思うと無実であるように見えてくる。立場によって物の見え方が変わってくる」という感想があったことです。その感想を聞いたとき、まさにそれが模擬裁判を行う大切な意義だと感じました。
模擬裁判は、法教育の手法としてさまざまな場所で行われています。裁判や法や法律家に親しむためであったり、分析的思考・論理的思考のトレーニングであったり、プレゼンテーションの練習であったり、さまざまな意味や目的が模擬裁判には与えられています。ただ、与えられた立場によって物の見え方が変わる、私が見えている世界と誰かの見えている世界とは違うかも知れない――当たり前のことのように見えて、現在の分断が進んだ社会では意識されにくくなっている大切なこの視点を感じてもらうことが、模擬裁判の一番大きな役割ではないでしょうか、と思ったところです。
以上
第112回 宮崎県弁護士会におけるコロナ禍でのジュニアロースクールの取組
日弁連「市民のための法教育委員会」幹事
宮崎県弁護士会「法教育委員会」 委員
弁護士 崎田 健二
私の所属する宮崎県弁護士会では、毎年、中学生・高校生を対象とした「ジュニアロースクール(JLS)」を実施しています。
今回は、コロナ禍で実施した当会初のオンラインJLSの取組についてご報告します。
当会では、宮崎地方裁判所の裁判員裁判用の法廷をお借りして、当会の弁護士が裁判官、検察官、弁護人、被告人、証人を演じる刑事模擬裁判を行い、中学生・高校生に裁判を生で傍聴してもらった後、複数のグループに分かれた中学生・高校生にディスカッションをしてもらい、グループごとに意見を発表してもらうという形式で実施しています。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、法廷に集合する従来の形式でのJLS開催が困難となりました。
そこで、高校生模擬裁判選手権と同じ形式であるZoomを利用したオンラインでのJLSを開催することになりました。
オンラインでのJLSの開催自体が初めてであり、どのような手順で行うかを全く分からない状態であるだけでなく、オンラインJLSにおいても、できる限り従来と近い形式で実施することがJLSに参加した中学生・高校生の良い思い出になるだろうと考え、それを実現するために、さまざまなアイデアを出し合いました。
その結果、裁判所の法廷をお借りして、刑事模擬裁判の動画をあらかじめ撮影しておき、JLS当日に参加者に刑事裁判の動画を視聴してもらい、その後、Zoomのブレイクアウト機能を使ったグループディスカッション、最後にグループごとの意見発表という流れで行うことになりました。
一方で、裁判所の法廷での動画撮影という案は出たものの、撮影のための法廷利用が認められるかを最も危惧していましたが、上級庁とも協議の上、撮影許可を頂くことができました。
撮影のための法廷利用は許されたものの、撮影時間は数時間程度と厳しい制限があったため、円滑な撮影が求められる状況でした。
そこで、撮影時に混乱が生じないように、シナリオに適した撮影カットを細かく設定し、時間内に撮影ができるよう綿密な計画・準備を行いました。
これが功を奏し、撮影は順調に進んでいきました。
ところが、想定していなかったトラブルが起こりました。
刑事裁判において、日頃から法廷で流暢に被告人質問や弁論を行っている弁護士たちが、カメラが回っていると緊張し、表情が硬くなり、セリフを噛んでしまったりして、何度も撮り直しが発生したのです。
私も弁護人役を演じましたが、弁護人名「きめつじ むざん」を何度も噛んでしまい、その度に「ごめんなさい」と謝って、リトライさせてもらいました。
このように想定していなかったトラブルが発生したものの、何とかこれを楽しみながら乗り越え、動画撮影を時間内に終えることができました。
全ての準備が整い、迎えたJLS当日は、多くの中学生・高校生に参加していただき、Zoom接続や音声等に大きなトラブルもなく、また、ブレイクアウトルームに分かれた後も、参加者は、従来のJLSと同様に、活発な議論がなされました。
初めてのオンラインJLSは、不安な点が多かったものの、事後アンケートの結果からは、中学生・高校生に満足してもらえたようでした。
今回、「コロナ」という大きな障壁を乗り越えて、オンラインという形式でJLSを開催できたことは、今後のJLSの発展と可能性に繋がると考えています。より充実したJLSを実施するために、当会では2023年のJLSに向け、さまざまな知恵を出しながら準備を進めております。
以上
第111回 一緒に考え抜く
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
広島弁護士会「法教育委員会」 委員
弁護士 濱本 信成
私が所属する広島弁護士会では、法教育委員会を設置して、法教育の普及に向けた活動に積極的に取り組んでいます。主な活動としては、弁護士の引率で実際の裁判を傍聴する裁判傍聴セミナー、中高生を対象としたワークショップや刑事模擬裁判を行うジュニアロースクール、弁護士が学校で授業を行う出前授業、高校生を対象として刑事裁判の基本的な考え方、多面的なものの捉え方、論理的思考力、議論の方法についても身に付けてもらうことを目的とした模擬裁判選手権等を行っています。どの活動にも、例年多くの方にご参加いただいており、今後もよりよいものとなるよう工夫をしながら進めていきたいと考えています。
私は、弁護士1年目の時に広島弁護士会の法教育委員会に入りました。法教育に関わり始めて5年とちょっとの短い期間ではありますが、その中で、特に印象に残っている出前授業についてお話ししたいと思います。
ある学校から出前授業のお話をいただきました。私にとって初めての出前授業でした。事前に学校側と打合せを行い、民事模擬裁判を行うことにしました。1回目の授業で、法曹三者の仕事や法の仕組みなどを説明し、2回目の授業はいよいよ模擬裁判です。
模擬裁判の題材は、最高裁まで争われたある有名な事案をベースに問題文を作成しました。生徒さんには、原告側、被告側と分かれてもらい、お互いの主張を組み立て、その主張の根拠となる事実を問題文から探してもらいました。
まずは、原告側が主張を行い、次に被告側が主張を行いました。そして、原告本人役弁護士の簡単な本人尋問を行った後、尋問結果と相手方の主張を踏まえて再度原告、被告の主張を行いました。
その中でとても驚いたことがありました。生徒さんが問題文から見つけ、主張の根拠とした事実は、実際の裁判でも指摘されると思われる重要な事実だらけでした。生徒さんの主張は、1つの事実を原告被告両方の立場から検討しており、非常に説得的なものだったと思います。担当の先生も生徒さんのその姿に驚かれていました。
現実社会で起こる問題は、簡単に結論を出せるものの方が少なく、何が正解かも判断できないことがほとんどだと思います。だからこそ、自分で考え、考え抜いたその結果を相手に分かりやすく、説得的に伝えるということはとても重要だと思います。私も法教育を通じて、多くのことを考えるようになりました。
正解のない問題を弁護士と一緒に考えてみませんか。出前授業のご依頼をお待ちしております!
以上
第110回 岩手県における法教育活動~教員と弁護士でつくる法教育授業~
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岩手弁護士会「法教育委員会」委員
松岡 佑哉
今回のコラムでは、岩手県における法教育活動をご紹介します。
岩手県では、2005年(平成17年)に弁護士会の法教育委員会が設立され、それと同時期に、教員も参加する法教育研究会が設立されました。現在は、1か月に1回のペースで法教育研究会が開催され、教材の研究や授業の進め方等について、教員と弁護士が一緒に議論をしています。
法教育研究会の目的は、政治や社会に関する問題について、自分の頭で考え、考えたことを言葉にしてもらうこと、人の意見に耳を傾け、考え、考えたことを言葉にしてもらうこと、そして楽しんでもらうことです。
法教育研究会の基本方針は3つあり、岩手県の特徴的な取組ではないかと思われます。
1つ目は、授業は、教育のプロである教員が行うことです。「弁護士の法教育」と聞くと、弁護士が学校に行き、弁護士が子どもたちの前で講義をするようなイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、岩手県では、あくまでも教育のプロである教員が主体となって授業を実施することを基本としています。弁護士は、グループワークの際に各班に張り付き、多角的な視点から活発な議論が行われるように助言を行ったり、授業の最後に総括を行ったりするという形で関与することが多いです。また、教員からリクエストがあれば、弁護士が、授業に必要な役柄になりきることもあります。例えば、「模擬選挙をする」という授業の場合、弁護士数名が政党の党首の役になり、演説や討論をして、それを見た生徒に投票を行ってもらいます(この際も、授業を進行するのは、あくまでも教員です。)。
2つ目は、担当する教員の方には法教育研究会に参加していただき、テーマ、教材の作成等については法教育研究会で検討することです。教員と弁護士の双方の立場から意見が交わされるため、教材作成の過程でも勉強になることが多いです。
3つ目は、授業には、可能な限り多数の弁護士が参加することです。1回の授業に10名近くの弁護士が参加することも珍しくありません。グループワークの際、1班に1名ずつの弁護士が配置できるようにするなど、子どもたちと弁護士が直接話をする場面が多くなるように工夫しています。
上記のように、岩手県では教員主体の授業が基本となりますが、最近では学校現場のニーズに応える形で、いじめ予防授業や消費者教育など、弁護士が主体的に授業を行う取組もあります。また、2017年(平成29年)からは、毎年夏にジュニアロースクールを開催し、弁護士の寸劇をもとに、子どもたちに模擬裁判や模擬調停を経験してもらう取組も始めました。
岩手県は、北海道に次いで2番目に面積が広い都道府県で、弁護士の数も決して多くありませんが、岩手県のどこに住んでいても、子どもたちが法教育を体験できるような活動を目指しています。
以上
第109回 法はこわくないよ役に立つよとわかってほしくて
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
大阪弁護士会「法教育委員会」委員
莚井順子
学校に外部講師として呼ばれて行ったとき、学齢に関わらず子どもたちから出る質問
「弁護士ってどれぐらいの数の法律を覚えているんですか?」
当職の答え「一つも覚えていません(にっこり)」
嘘つくな~という顔をする子どもたち。
「本当です(にこにこ)。そんなものを覚える必要はありません。法律が何でできているか、なぜ必要かということと、公平とか公正とか基本的な理念さえ分かっていれば(にこにこにこ)」
自分でも恐ろしいことにこれで半分ぐらいの(素直な)子どもたちは納得してくれます。
残り半分はなお疑わしげ。
そこでカバンから取り出す一個のリンゴ。そして講師から質問「これは何でしょう?」
子どもたち「・・りんご」
講師「いくらなら買いますか?」
子どもたち「100円」
講師「(お店で300円で買ってきたんですが……)100万円なら買いますか?」
子どもたち「ありえへんわ~」
講師「砂漠みたいなところで、三日も何も食べてなくて喉も乾いていた時にお店があって『汁気たっぷりのりんご~1個100万円♪』と言われたら?」
子どもたち「・・お金あったら買う・・けど」
講師「けど?」
子どもたち「けど。ずるい」「ひきょう」「困っているところに付け込むなんて最低!」「お金なかったら死ぬしかないやん」
講師「そう!皆さんわかっているやん!それって法律に書いてあるねん!公序良俗違反って!法律って言葉は難しいけど、皆さんが前から知ってること書いてあるから、覚えなくていいねん」
子どもたち納得。
申し遅れました。私、上記のような、ほとんどだましのような授業を(ときどき)している、大阪の弁護士で莚井順子と申します。
こんな不真面目な授業を真面目にやっているのは、ひとえに「法律を知るのは違法になるのを避けてうまくやるため」という、法は自分を縛るじゃまもの、いわば障害物と認識している人にも、「法なんて自分には関係ない。周りにあわせてたら大丈夫。」という思考停止型の人にも、「法はみんなのためにみんなの周りにあるんだよ、避けて通るんじゃなく、ちゃんと考えればそんなにむつかしくないし、使えるよ」とわかってほしいからです。
しかし、これを「法教育」って呼んでよいのでしょうか・・自信がない。もっといい言葉はないんかと密かに思いつつ、「法教育」という看板に合せて勉強を重ねて早20年近く。
1998年から、大阪では10名ぐらいの弁護士が「学校へ行きたい!行って授業をしたい!」と、大阪府下の学校(小・中・高校。うち約半数は高校)で授業を行ってきました。テーマはほぼ派遣先にお任せでしたが、オーダーされたテーマが何であれ、当時も、今も、話したのは「法は覚えるもんとちゃう(「ちゃう」とは大阪弁で「違う」という意味)。よう(「よく」という意味の大阪弁)考えたらわかるさかい(「さかい」とは「から」という意味の古い大阪弁)、ちゃんと考え(なさい、という語尾を大阪弁でよく省略します)。・・(中間省略)・・ほら、役にたつでしょ?」ということ。
こうしてほそぼそと始まった大阪の弁護士による授業は講師料を無料化(学校側の講師料負担がない、という意味)してからは依頼が急増し、小中学校でのいじめ予防授業も含めると、コロナ禍に見舞われた2020年度と2021年度を除き、概ね年間50校から100校に対しクラス単位で弁護士が授業をするほどの規模になりました。講師数も述べ人数で500名を越えます。
さすがにテーマごとの授業の準備が大変になってきたので、よく依頼がくるテーマ9つに絞って2008年に「初めてでも大丈夫!法教育 出張授業マニュアル」を作成しました。しかし社会情勢や法律の変化に伴い授業で伝えたいことは増える一方で数年置きに改訂作業を重ね、2022年7月には200ページを超える第4版を発行しました。
「法教育」という言葉は表紙ぐらいしか出てきませんが、「学校へ行って多くの子どもたちに法のエッセンスを伝えたい、わかっていてほしい」という思いにあふれた本です。
弁護士業務に役立つミニ法律講座も多数載っていて1冊2200円。大変お得です。大阪弁護士協同組合のウェブサイトからどなたでも購入できます。
以上
第108回 法の基本原理をもう一度学んでみませんか?
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
沖縄弁護士会「法教育に関する特別委員会」委員長
亀川偉作
法教育って何?
法教育とは、法律専門家ではない一般の国民に、個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の担い手として、法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育です(法務省ウェブサイト、日弁連ウェブサイト参照)。
何故、法教育が必要なの?
多様性という言葉が頻繁に使われるようになって久しいですが、法教育とは、法律の知識を教える「法律教育」とは異なり、まさに、社会には多様な考え方があり、物事に対する判断や捉え方も人や立場によって異なるということを理解してもらい、身の回りのさまざまな問題に対処する能力を高めてもらうことを目的としています。政治や司法の面で言えば、投票率が低く政治への関心が薄いという問題や、裁判員裁判が機能し始めたことでより刑事事件が身近にはなってきているとはいえ、未だに、弁護人が悪人の味方をするとの批判が存在するという問題があります。このような、社会の現状を改善するためには、法律専門家ではない国民の皆さんが、平等って何なの?権利って何なの?法律や条例はどのように出来ているの?といった法の基本原理や成り立ちを学んで、政治や司法の在り方が法の基本原理と合っているのか?を常にチェックしていくことが必要なのです。
どんなことをしているの?
日弁連では、この法教育の一環として、毎年春から夏にかけて各都道府県の弁護士会の協力を得ながら、高校生向けに模擬裁判選手権を開催し、一つの事件に対して、弁護士、検察官の立場からそれぞれ物事を見て判断し、本物の裁判さながらに主張をぶつけあうという体験をしてもらう活動を行っております。第15回模擬裁判選手権では、沖縄県内から初めて興南高校が参加し、弁護士会としても弁護士を高校に派遣し、支援させていただきました。
また、各都道府県の弁護士会においても(内容は多少異なると思いますが)、小中高校に弁護士を派遣する出張事業や、主権者として法律や条例の成立にどのように関わっていくかを学ぶ主権者教育、「いじめ」に対する予防授業、学校の部活動や社会問題等をテーマとしたルール作り、模擬裁判、さらには市民のための法教育講座等を開催しております。「平等」「法の支配」「公平・公正」といった法の基本原理を学んで、実際の生活でも活用してみよう!!という取り組みです。
これから社会を担っていく子どもたちだけでなく、社会の構成員である国民全体で、法の基本原理や法の成り立ちをもう一度学んでいきませんか?
以上
第107回 オンラインでの議論の難しさ!?
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
第一東京弁護士会「法教育委員会」委員
梶谷 陽
2020年に始まった新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、法教育の現場も少なからず変容を強いられました。
私の所属する第一東京弁護士会(一弁)では、私たち弁護士が各学校へ伺って模擬裁判や授業を行う「外部講師派遣」と、夏休み・春休みを利用して霞ヶ関の弁護士会館で開催する「子ども法律学校(ジュニアロースクール)」の2つを活動の中心として実施してきましたが、外部講師派遣はしばらくの間、学校からの応募がほとんどなくなりました(幸い、2022年度はコロナ禍前に近い水準まで応募数が回復しつつあります)。ジュニアロースクールも、WEB会議アプリを用いたオンラインでの開催に舵を切ることになりました。
ジュニアロースクールでは、刑事模擬裁判やルールの意味を考えてもらうディスカッション授業等を行ってきましたが、どちらも4~5人の少人数の班に分かれて議論をし、その班の結論をまとめて、発表してもらうという内容を柱にしています。それは、法とは多様な意見や価値観を持つ人々が共生するためのツールとして、できる限り多くの意見をもとに制定・解釈・運用されるべきものであり、法の支配という原理に根ざした社会を実現する上で、子どもの頃からディスカッションの経験をできるだけ多く積むことが重要であると考えているためです。
議論を指導するに当たっては、「話し合う時の注意点」として、気を付けるべき以下の4点を子どもたちに伝えるようにしています。
① 人の意見をよく聞く。
② 理由に基づいて意見を言う。
③ 反対意見は、人ではなく意見について言う。
④ 全員が意見を言う。
逆にいうと、これまでは、これらの点がなかなか守られないことが多かったといえるかもしれません(それは、テレビ等で大人たちの議論を見ていればお分かりかと思います。大人にとっても子どもにとっても、「感情」ではなく「理性」に基づいた話し合いは難しいものです。)。
ところが、オンラインでジュニアロースクールを開催してみると、みなさん①人の意見を本当によく聞いてくれます。自分で意見を言うときは、②自分なりに人に伝えようと、がんばって理由や背景を伝えようとしてくれます。そして、③「悪口」になってしまうような言い方をする子どもは皆無で、きちんと意見に対して反論をしようとしてくれます。
WEB会議だと、どうしても「一人が話し、ほかの人はそれを聞くだけ」というスタイルにならざるを得ないので、聞く側は集中して聞くしかないし、話す側は反応のよく見えない相手に伝えようと、対面のとき以上に丁寧に説明しようと心掛けるからかもしれません。これはオンラインの利点の一つといえそうです。
それでもオンラインが対面にかなわないと思うのは、④全員が意見を言うという、議論の出発点となる一番大切なことが難しくなってしまうという点です。
WEB会議では、相手の生の反応がなかなか見えません。議論の場の「空気」も感じにくく、思いついたことを思い切って話してみるという一歩目が、なかなか踏み出しにくくなってしまいます(私も仕事でWEB会議をするたびに痛感しています。)。
そのため、対面のジュニアロースクールでは、指導弁護士は、多少議論の整理をするくらいで、(よい意味で)さしてやることがないということが多々あったのに対し、コロナ後のオンラインでのジュニアロースクールでは、まずは全員に意見を出してもらうために、「○○さん、この点はどう思う?」というように一人ずつ指名することが多くなったように思います。
一度話し出せば、みなさんきちんと①~③を守って、多くの大人たちよりずっと「大人」な議論をしてくれます。そのための第一歩、④全員が意見を言う。まずこの点に気をつければ、オンラインでの議論をより充実したものにすることができるはず。WEB会議になかなか慣れない我々大人たちを追い越して、ぜひオンラインのよい部分を活用してください。
以上
第106回 ルールや社会は変えられる!
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
第二東京弁護士会「法教育の普及・推進に関する委員会」委員
根本 藍
法教育の目的は、「個人が尊重される自由で公正な社会」の構成員としての市民を育てることにあります。この目的を達成するために重要なことはたくさんありますが、そのうちの一つが、自分達でルールや社会を変えられるという意識を持ってもらうことであると考えています。
日本では、ルールは与えられるもの、守らなければならないものという意識が強く、自分達でルールや社会を変えていくという意識が低いと感じています。日本財団による18歳意識調査(2022年3月24日)によれば、日本、アメリカ、イギリス、中国、韓国、インドの17歳から19歳の男女(各国1000人)に対して行われたインターネット調査の回答結果の中で、「自分の行動で国や社会は変えられると思う」と答えた若者が、他国は50%を超えている(1位のインドは78.9%)のに対し、日本は26.9%とダントツで低くなっています(外部リンクPDF)。また、先日読んだ本に、スポーツの世界でも、他の国では、勝てないなら勝てそうなルールでスポーツを作ってしまえばいいという発想があるのに対し、日本では自分が勝てないからといってルールに手をつけるのは潔くないという発想があるという指摘があり、興味深かったです(為末大『諦める力〜勝てないのは努力が足りないからじゃない」(プレジデント社、2013)124頁)。
しかし、ルールや社会は変えられないという意識を変えていこうという動きもあります。例えば、NPO法人を中心に、校則の改訂を希望する中学校・高校で、学校と生徒の話し合いで校則を変えていこうという活動が行われており、私もこの活動に関わっています。生徒達が「なぜこの校則があるのだろう?」「変えると問題があるのか?」「よいルールって何だろう?」などと考え、学校の先生との対話を通じて、校則を変えていく活動です。なかなか思うように進まないことも多いですが、生徒達は、約1年間の活動終了後、「自分達が動くことで、世の中の色々なことは変えられるとわかった。」「政治だって、みんなが変えようとすれば変えられる。」など、身近な校則を変える活動を通じて、自分達で社会を変えられるという意識をもったことがわかる発言をしていたのが印象的です。
また、SNSの利用も市民が社会を変えていく契機の一つになると考えられます。最近でいえば、例えば、神宮外苑の再開発のための樹木伐採について、その中止を求める一般の人によるオンライン署名やSNSの発信等がされています。第二東京弁護士会の法教育の普及・推進に関する委員会では、最近、インターネットメディアリテラシー(特にSNSの利用について)の出張授業の依頼を多く受けます。授業において、私たち弁護士は、情報の発信と受信の重要性を伝え、SNSの利用が、社会を変えていく武器になることを伝えています。一方で、SNSの利用により、子どもたち自身が危険な目にあったり、他人の人権などを侵す可能性があったりすることも伝え、責任をもってSNSを利用するということについて考えてもらっています。
意識の改革は簡単ではないと思いますが、若い人たちが社会に関心を持ち、自分達でよりよいルールや社会を作っていくという意識を持つきっかけとなればと願って、法教育活動を行っています。
第105回 法曹の魅力を発信!!
仙台弁護士会 法教育検討特別委員会
委員 都 築 直 哉
- 法教育は「法曹志願者」に対してのみ行われるべきものではありませんが、とはいえ、法曹になりたいという人がいなくなってしまえば「法教育」の担い手もいなくなり、その未来も失われてしまいます。そこで、仙台弁護士会では、2022年(令和4年)3月2日に、東北大学法学部と共催で、大学生向けに「法曹の魅力~新人弁護士の1日を題材に~」とのタイトルでオンラインイベントを実施致しましたので、そのご報告をさせて頂きます。
- まず、法曹という進路を検討してもらう前提として、弁護士の実際の仕事を紹介して具体的なイメージを持ってもらうことが必要と考え、①当番弁護士制度を利用した接見風景、②法律相談風景、③東北大学法科大学院の法廷教室を借用しての第1回民事訴訟期日風景、④刑事事件における弁護団会議の風景を、ショートドラマとして事前に制作した動画を再生した上で、仙台弁護士会会員3名より、そのご経験を踏まえ、動画内容に関連するエピソードを語っていただきました。
- 次に、仙台弁護士会会員のうち、若手~中堅に属する会員より、法曹を目指したきっかけ、大学時代の生活、法科大学院での勉強、司法試験等についてざっくばらんにお話してもらう時間を設けました。
- 最後に、仙台弁護士会会員のうち、ベテランに属する会員より、三権分立の根本から法曹の社会的意義についてお話頂きました。参加者も関心があると思われる選択的夫婦別姓の問題を例にした少数者の権利保護の重要性と、それを担う司法の役割についてわかりやすくご説明頂きましたので、参加者にも困っている人・少数者の人権保護という法曹の社会的意義が十分伝わったのではないかと思います。
- 本イベントは、主に大学生向けに実施したものですが、高校生や、最年少では小学生にまで参加頂きました。法曹志願者の確保は法曹界の喫緊の課題であり、「法教育」をより発展させるためにも、法曹志願者の確保についても積極的に携わっていきたいと思います。
以上
第104回 「法むるーむ」のご紹介
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
大阪弁護士会「法教育委員会」委員
宮島繁成
大阪には「法むるーむ」という活動がありますのでご紹介します。
1998年、大阪弁護士会は『法むるーむ〜知ってほしい法律知識』を制作・発行しました。法律は遠い世界のものではない。肌身で感じるべき身近な道具である。これを伝えるため、身の周りで起こりそうなストーリーを設定し、これを弁護士がコラムで解説するという全国ではじめての試みでした。まだ「法教育」という言葉もなく、弁護士が子どもに向けてなにかをするという発想がまったくなかったころです。
その後、法教育の考えが全国に広まっていきます。その中で、法教育は弁護士だけの活動では限界がある。教育現場に広めていくためには教員との協同が欠かせない。そう考える弁護士と高校教員が集まり、2005年、「法むるーむネット」を結成しました。以来、高校教員と弁護士が1、2か月に1回程度の割合で会議を行い、法教育授業の研究と実践、勉強会・シンポジウム・教員向け研修の開催、施設見学等の調査・研究活動を行っています。中学生版を含め、これまで『法むるーむ』という名前の4つの冊子を制作しました。
このたび、新科目「公共」が始まる時期に合わせ、再び教員と弁護士が力を合わせ新たな『法むるーむ』を送り出すことといたしました。「公共」がテーマとする内容を取り上げ、高校生にとって身近な15の話をもとに、法の観点から解説を加えたものです。 キャッチコピーは
弁護士と高校教員のコラボによってつくられた、「公共」の内容を法の観点から考える一冊!
です。
ぜひ手にとってお読みいただけたらと思います。
第103回 これまでの取り組み
日弁連「市民のための法教育委員会」幹事
愛媛弁護士会「子どもの権利及び法教育に関する委員会」委員
赤瀬 慧
2015年に弁護士登録をした後、法教育に関する活動を行ってまいりましたが、このコラムの原稿を書くにあたり、改めてこれまで自分自身が法教育に関するどのような取り組みを行ってきたかを思い返してみました。
まずは、何といっても高校生模擬裁判選手権。教材の作成から当日の運営まで実はいろいろと準備が大変なのですが、参加校の生徒の皆さんが教材を読み込んで真剣に模擬裁判に取り組んでいる姿を見ると、準備の疲れも吹き飛びます。模擬裁判というと、たくさんの法律の知識を勉強しなければならないのでは…と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、高校生模擬裁判選手権では細かな法律の規定を覚えるというよりも、検察官役と弁護人役とで事実の見方が異なるといったように、多面的に物事を捉えるという「ものの考え方」を学んでもらうことに重点が置かれています。高校生模擬裁判選手権の魅力は他のコラムでも語られていますので、もし少しでも興味をお持ちの方がいらっしゃれば、他のコラムもご覧いただければと思います。
高校生模擬裁判選手権以外では、小学生や中学生を対象とした弁護士のお仕事説明会にも行かせていただきました。「弁護士」という仕事は聞いたことがあっても、具体的にどのような内容の仕事を行っているのかを小学生や中学生に分かりやすく説明するのは意外と難しく、スライドなどの資料を作るのに苦労した思い出があります。例えば、「民事事件」と「刑事事件」の違いを説明するのにもまずどこから説明すれば分かりやすいかなぁといったことで頭を悩ませたり、そもそも資格を取るためにはどういった勉強をして…ということをどうやって説明しようかなぁとさまざまなことを考えたりしながら試行錯誤していました。
その他にも思い返してみると、弁護士になってから現在までの短い期間に本当にさまざまな活動を行ってきたなと思います。普段の業務に加えて、法教育に関する活動も行うのはそれなりに大変なのですが、それでもこれまで法科大学院等で自分自身が学んできたことを少しでも還元していけたらと考えていますし、法的な「ものの考え方」を一人でも多くの方にお伝えできればと思っておりますので、これからも頑張ってまいります。
第102回 教科横断的な学びと法教育 ~デザイン、技術、行動経済学etc~
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岡山弁護士会「法教育委員会」委員
山下宗一郎
1 「法的なものの見方・考え方」、これを伝えることが法教育の1つの目的です。さて、この見方・考え方は弁護士にとっては馴染みがあっても、数少ない授業や講演の中で伝えることは簡単ではないと感じています。そこで、私がここ数年意識しているのは、「法的なものの見方・考え方」と同時に、法的でない、あるいは法分野以外のものの見方・考え方をお伝えすることです。教育現場においても、ここ数年、STEAM教育(Science、Technology、Engineering、Arts、Mathematics)などの教科横断的な学習が注目されており、ある課題への多面的なアプローチが流行となっています。
2 ここで、私が主権者教育など、いくつかの授業や講演で扱った題材を例に取り上げます。 私の県内の自治体では、近年、自転車の利用率が高いことなどを背景に、自転車の安全で適正な利用を促進するため、賠償保険への加入とヘルメット(小学生以下)の着用を義務付ける条例が整備されています。このように、(自然)言語によるルールによって、人に何らかの行為を義務付ける(ときに違反した場合の罰則等の制裁を設ける)、これは1つの典型的な「法的なものの見方・考え方」の実践です。
しかし、ルールによる規制には限界もあります。例えば、ルールを知らない、理解できない人に守らせることはできないし、忘れた、面倒だ、従いたくない、といった人には機能しないことがあります。
課題解決の視点からみると、ルールによる規制は1つのアプローチにすぎません。例えば、ヘルメットを着用しなかったことよって死亡事故が生じた例をインパクトのある動画で広報したり、ヘルメットを着用しなければ不快な音が鳴る、あるいはそもそもペダルがこげない自転車を設計したり、といったルール以外のアプローチ(デザインや技術、行動経済学の知見の活用など)も考えられますが、それぞれのアプローチをあえて自覚的に検討してもらうことで、「法的なものの見方・考え方」がルール(規範)の面に着目した見方であるなど、その特徴をより理解しやすくなると感じています。
3 最後に、法教育イベントをお手伝いいただいたデザイナーからうかがった話を紹介します。デザイナーから、バス車内における高齢者の転倒事故を防止するため、座席シールを作成したお話をお聞きしました。乗客個々人を大切にしていることが伝わる穏やかなイラストと、バスが止まるまで「立たないで」ではなく「座っていて」という言語表記にこだわられたそうです。科学的な観点からこの表記による違いがどこまで効果の違いをもたらすのか私には分かりませんが、職業柄、ルールを扱う者として、ルールや言語が人に作用する場面を考えて言葉を選ぶ姿勢、そしてデザイナーも弁護士とアプローチは違えど、デザインを通じて依頼者や社会の課題を解決していることにはっとさせられた瞬間でした。
第101回 南三陸町イチニチ法律塾
仙台弁護士会法教育検討特別委員会
委員 坂 本 仁
1 はじめに
仙台弁護士会法教育検討特別委員会では、2022年1月8日、南三陸町役場内会場にて、同町内の中高生を対象とした「南三陸町イチニチ法律塾」(以下「イチニチ法律塾」といいます。)を開催しました。この企画には法教育検討特別委員会だけではなく弁護士会の過疎偏在対策プロジェクトチーム、修習生にも参加いただきました。
イチニチ法律塾は、南三陸町教育委員会と連携のうえ、宮城県内全域に法教育を普及する活動の一環として、当委員会が毎年開催している「ジュニア・ロー・スクールin仙台」をアレンジして行われたものです。同趣旨の企画が行われるのは、2019年12月に気仙沼市で開催したことに続き2回目となりました。
2 弁護士クイズ
当日は、南三陸町教育委員会教育長のご挨拶、当委員会委員長の挨拶にて開会し、その後、導入授業として、弁護士クイズ(○×クイズ)を行いました。
クイズの一例として「弁護士の大半は、仕事でほぼ毎日裁判所に行っている?」など、「大半」とは何か?「ほぼ毎日」とは何か?など、厳密に考えると○なのか×なのか分かりづらい問題も含めつつ、進行していきました。
3 法律クイズ
生徒さん達の緊張もほぐれたところで、もう一歩法律に踏み込み、法律クイズ(○×クイズ)です。
委員の力作で、一例として「Aは、Bに貸した本をBが返さないため、Bが離れたすきにカバンから本を取り返した。Aの行為は犯罪にあたるか?」とのクイズなど、身近に起こりうることが法的にはどのように評価されるかということを生徒さん達に考えてもらいました。
4 模擬裁判講義
(1) クイズを終え、次はメインイベントの模擬裁判講義です。
事案の概要は、被告人がアルバイト先の喫茶店の事務室において、店長管理の売上金20万円を窃取したという事案でした。
当委員会委員および偏在対策PTメンバーが裁判劇を熱演した後、生徒さん達に有罪方向の事実、無罪方向の事実について検討してもらいました。
有罪方向の事実として、お金が保管されていた引き出しから被告人の指紋が検出されたこと、被告人がお金に困っていたこと、犯行日の翌日に借金を返済していること、返済原資は友人に借りたと言っているが友人の名前は言えないと供述していることなどが挙げられました。
一方、無罪方向の事実としては、被告人は怪我をしており絆創膏を探すために事務室に入ったこと、他に犯行が可能であった者がいることなどが挙げられました。
(2) 議論・発表を経た後、生徒さん達には、最終的に有罪と考えるか無罪と考えるかの投票をしてもらいました。
判決後、裁判長役の委員から憲法31条を中心とした、手続保障の重要性についての講義がありました。
5 終わりに
生徒さん達も、「契約の重さを痛感した。『18歳成人』は知っていたが、もっと法律を勉強して備えたい」との感想を述べてくれるなど、普段あまり経験のない法律や事実認定の授業を受け、刺激を受けてくれたことには間違いがありません。
我々当委員会委員および偏在対策PTメンバーも、1日がかりの仕事でしたが、生徒さん達の溌溂とした姿を見ることができ、日々の通常業務の疲れも癒されました。
今後も、宮城県内全域に法教育を普及することを目指して、当委員会の活動を継続していきたいと思っております。
第100回 言葉の力
日弁連「市民のための法教育委員会」委員長
神奈川県弁護士会「法教育委員会」委員
村 松 剛
近所の桜が満開を迎えた。向かいの家の女の子は、この4月に小学校に入学するという。その話を聞いて、某小学校の特別活動で法教育を実践したのを思い出した。授業で子ども達は、自分の考えを活発に述べ、時には友達の意見を受けた発言をし、そして最後はみんな納得した表情で合意していた。そこには「言葉の力」を信じる、言葉によるやり取りがあった。
私たちは、大人になる過程でいつから言葉への信頼を弱めていったのだろうか。自分と違う考えの人と、どれだけ話し合えているだろうか。身近な人間関係だけではなく、政治に「言葉の力」が失われていると言われて久しいし、今まさに進行中のウクライナの危機にも「言葉の力」は無力のように思える。
人は、生活を重ねる中で語彙を増やし、表現方法も成熟させていく。とするなら、幼い時のような「言葉の力」がなくなっているのは、言葉自体の問題ではないだろう。それは、ひとり一人が自分なりの価値観を持つようになり、またそれぞれに立場というものを背負うようになっていったからなのではないか。もしそうなら、「言葉の力」を取り戻すためには、どのように説得的に伝えるかという技法ではなく、お互いに言葉を尊重する意識や態度を育んでいくことが大切なのだと思う。相手の言葉を尊重しようとする態度の背後には、相手自身を尊重しようとする意識が横たわっている。相手の言葉を尊重するということを法的に言えば、相手の表現の自由を尊重するということである。
個人の尊重をもとに自由で公正な社会を創ろうとする法教育は、きっとこのことに貢献できるはずである。私たちは、教育現場に入り、現場の言葉を受け止めながら、じっくりと法教育の意義を広げていきたい。
第99回 「模擬立法」ってなんだろう??
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
第二東京弁護士会「法教育の普及・推進に関する委員会」委員
山中 大輔
モギ裁判、モギ調停、モギ評議・・・
モギとつく法教育、主権者教育のプログラムはいくつかありますが、私が所属する第二東京弁護士会では、「模擬立法」というプログラムを実施しています。
子ども達には、日本社会で実際に問題とされている社会課題について、法的にはどのように考えていくべきかを学んでもらったうえで、その解決にあたって、どのような立法又は法改正をすればよいかを、グループで議論し発表してもらいます。
弁護士による講義と子ども達のグループワークがセットになったプログラムであり、主に高校生を対象とした出張授業やジュニアロースクールなどで実施してきました。
まもなく法改正されますが、子ども達に比較的なじみやすい、「少年非行の報道規制」を題材として取り扱ったことがあります。
なぜ、犯罪報道は必要なのだろう? 知る権利は大事?
少年事件と成人の事件はどう違うの?
犯罪報道によってどのような不利益があるのか? 非行少年の成長発達権も守られるべき?
少年法の理念、目的は?
授業の前半では、そのような点について弁護士と問答しながら、少年法の基礎となっている価値や、報道の自由、知る権利と少年の権利が対立する関係などについて、理解を深め、後半の議論の基礎にしてもらいます。
そして、授業の後半では、いよいよ法律を作ります。
インターネットでの情報拡散が著しく、匿名での投稿による誹謗中傷などが社会問題化する現代において、「出版物」への掲載を禁止した現行の規定(少年法第61条)が本当にベストなのか、改正が必要であるとすれば、規制すべき情報、対象者はどのように絞り込むべきで、その例外は必要か、罰則は必要かといった点などについて、弁護士から問題提起し、子ども達どうしで意見を交わし、結論を出して発表します。
できあがった法律や、作る過程で重視したポイントがグループごとに異なることが多く、発表の段階で、他のグループが作った法律について理由やポイントを聞き、互いに意見を交わすことによって新たな発見が得られるのもこのプログラムのよいところです。
企画する弁護士側としては、このような経験を通じて、子ども達が、法的なものの考え方を学ぶとともに、社会の構成員として、課題を多角的・多面的に考え、主体的に解決する力を身につけることを期待していますが、単発の授業で、そこまでは高望みすることはできません。
私としては、もっと単純に、子ども達に対し、法律が、一部の大人により閉鎖的に作られるのではなく、国民みんなが関心をもち議論して作りあげていくべきものであること、また、施行されている法律が必ずしもベストとは限らず、社会の変化とともによりよいものに変えていくべきものであることを理解してもらえればと願っています。
以上
第98回 校則と内申と法教育と(少しだけお笑いと)
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
函館弁護士会 「子どもの権利と法教育委員会」委員
兼平 史
先日、小学生の頃から知っている女の子(現在は中学2年生)に偶然会いました。近所に住んでいて、月に一度くらいは偶然会う関係です。きれいにお化粧をしていました。化粧をした彼女を見るのは初めてでしたので、「〇ちゃんメイクしてるじゃないのー!かわいい!」と言ったところ、彼女ははにかみながら、「でもこの後部活だから、落としていかないといけないの」と言いました(彼女は公立中学校のバドミントン部です。)。
以下はその時の一連のやりとりです。
私:「お化粧してたって部活できるでしょう」
〇ちゃん:「そうだけど~部活中に化粧はダメって」
私:「あらそうなの?なんで部活で化粧してちゃダメなんですかーって先生に言ってみたら?お化粧してたって別にバドミントンできるでしょ。」
〇ちゃん:「えー!そんなこと言ったら内申やばいってー!!」
そう言って彼女は笑いました。
校則には、何のためにあるのかよく分からないものがたくさんあります。制定当時は常識的感覚に合っていたのかもしれませんし、現場の教職員の先生方にとっては今もごく当たり前のものも多いのかもしれません。しかし、冷静になって見てみると、何が目的であるのかよく分からないものがたくさんあります。例えば、
① ツーブロック禁止
② 前髪は眉上まで
③ 髪を結う場合の位置は耳より下
④ 髪ゴムは黒、紺、茶色とする
⑤ 整髪料禁止
⑥ パーマ禁止
⑦ 髪染め禁止
⑧ 眉剃り禁止
⑨ 下着は白色とする
⑩ 靴下は白色とする(あるいは、黒色とする)
⑪ マフラー禁止
⑫ 男子の制服はスラックス、女子はスカート
⑬ スカートの長さは膝丈とする
⑭ 携帯電話持ち込み一律禁止
⑮ 飲食店、ゲームセンター、カラオケ店等の施設への立ち入り禁止
⑯ 友人宅への宿泊禁止
等です。校則が子どもの自己決定権を制約するものである以上、そこには真に必要かつ重要な学校教育上の目的が認められることが必要だと思いますが、髪ゴムや下着、靴下の色を制約することにどのような教育目的(学力向上?豊かな人間性の育成?)があるのか、私にはよく分かりません。また、必要かつ重要と一応言える教育目的はあると思われる校則も、その制約の態様や程度が目的を達成する上で合理的関連性を有すると言えることが必要だと思いますが、上記①~⑯の中には教育目的達成に繋がるのかどうかがよく分からない態様や手段の校則が見受けられると感じます。
学校に通っている子どもたちの多くはとても素直で、不満を持ちつつも「それが決まりだから」「決まりは守るものだから」と考えて、校則を守っています。しかし、その校則の意義や成り立ち、さらには子ども自身にも権利があり自己決定権があるということを説明している学校は、どれだけあるでしょうか?また、校則の内容に心底納得して従っている子どもは、どれだけいるでしょうか?
不合理だと思う校則には子ども自身が異を唱えて変えていける、民主主義を実践するような環境が整っていれば、いいのかもしれません。しかし、公立中学校では、日常の学校生活全般について「内申」で教員から評価されます。内申はどのように決められているのか、よく分かりません。しかし、内申の良し悪しによって、受験できる高校の選択肢も変わってきますから、内申を良くしてもらうことは、子どもの人生に直結します。
(突然ですが)私たちが考える法教育とは、子どもたちに、個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の担い手として、法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育です。「内申点を上げたいから」という理由で、学校の先生に媚びを売り、不合理だと思うルールにも異を唱えず、黙って従う子どもを作り出すことに学校教育が加担しているとすれば、法教育の観点からも、大問題です。
法律や校則といったあらゆるルールと呼ばれるものは、多様な価値観を持つ人々が同じ社会で互いの人権を尊重しながら生きていくために必要なものです。権利と権利がぶつかり合って、その衝突を調整することが必要な場面で義務が課されます。そして、その義務がどのようなものか分からないまま、課されるだけ課されたのでは困りますから、それをみんなに分かるようにするために定められているのが様々な法律や校則、つまりルールです。ルールは、それが定められている団体に帰属する構成員みんなが納得してこそ、よく機能します。
内申点を盾に不合理な校則を闇雲に守らせるのではなく、子どもたちが自分は権利の主体であることを認識し、主体的に校則のことを考えて変えていこうと声を上げた時に耳を傾けてくれる先生が学校現場に一人でも多くなることを、切に願います。
ここからは余談ですが、私はお笑いが好きです。お笑い界でもここ数年コンプライアンスの嵐が吹き荒れていて、かつてのネタで、今はコンプライアンスの観点からテレビで放映できないものがたくさんあるそうです。人の外見や生まれ持った属性等をいじって笑いを取ることにより傷つく人がいるのは笑えない話なので、そういったことが無くなっていくのはとてもよいことだと思います。それに、例えばアインシュタインの稲田さんのように、最初は外見のインパクトで注目された芸人さんも実力さえあれば残っていきます。これからも、面白い人たちがコンプライアンスのために面白いことを言うことを諦めるようになるのではなく、人を傷つけなくても人を笑わせられるんだという気概を持った芸人さんがたくさん活躍してくれることも、切に願っています。
第97回 法教育は役に立つ?
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
愛知県弁護士会「法教育委員会」副委員長
林 秀明
昨年の10月、主権者教育(法教育)をテーマとして、中部弁護士会連合会定期大会シンポジウムが開催されました。そのパネルディスカッションでは、(私が弁護士になる前の)2003年に弁護士による出前授業を受けた、当時中学3年生だった方々(現在は32、33歳かな?)へのインタビュー動画が上映されました。18年も前のことでも、多くの方が当時の授業のことを覚えていることに驚くとともに、「それまでテレビの中だけだった話(ニュース)が初めて自分たちの話題になったというのがとても新鮮だった」、「いろいろな意見を聞いて自分の中でとても揺らいだ記憶がある」、「社会人になってから、いろいろと対立する立場の間でうまく解決策を見いだす際に、広い視野で多角的に考えることが重要と感じるようになったが、それはこのディベートの時に初めて体験したことの一つだと思う」などの感想を聞いて、自分が担当した授業ではありませんでしたが、目頭が熱くなりました。
私自身の経験としても、「指示などしなくても生徒が自然と話し合い活動をするようになった」など、教員の方から出前授業後の生徒さんの変化について伺うこともありました。
今回のシンポジウムを通じて、私たち弁護士が行っている出前授業が子どもたちのために少なからず役立っているのだと再認識いたしました。ご承知のこととは思いますが、子どもたちはちょっとした「きっかけ」「気づき」を与えるだけで、大きく成長するものです。既存の教材を利用するなどして、事前準備はほとんどなく、また、1時限の枠で出前授業をすることが可能ですので、まだ弁護士による出前授業をやったことがない教員の方、忙しくて時間がとれない教員の方にも、是非、子どもたちの成長のために、出前授業を依頼していただきたいと思います。
話は少し変わりますが、今年4月から成年年齢が18歳に引き下げられることに伴い、消費者教育、労働教育などの必要性・重要性が指摘されています。子どもたちに知識を教えることの必要性・重要性を否定するものではありませんが、18歳になってから、あるいは18歳の直前に知識を教えるだけで、トラブルはなくなるものでしょうか?(私はそうは思いません)
分量の関係でうまく伝えられないですが、社会事象を自分ごとと捉え、色々な意見・価値観に触れてそれを尊重し、広い視野で多角的に考えることの重要性などが語られた、先の平成15年に出前授業を受けた方々の感想からすると、消費者トラブルなどの回避など、社会に出てからの問題の解決等には、「法教育」が大いに役立つのではないかと思っています(このコラムの第70回荒川武志弁護士の記事「すべての道は法教育に通ず?」にも同趣旨の記載があります)。
今後も、多くの子どもたちが(大いに役立つ?)「法教育」に触れられるよう、活動を続けて参ります!
第96回 法教育とSDGs
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
兵庫県弁護士会「法教育委員会」委員長
上垣 孝俊
11月27日は、ヒマリオンの誕生日です!
というと、何のことだか分からないと思いますが、ヒマリオンは、2001年11月27日に兵庫県弁護士会のマスコットとして生まれたこんな子です。
が、今年、ついに、こんな感じになってしまいました。
ヒマリオンが、20歳の誕生日を迎えて大人になったので髪を染めてみたのではなく、これは、弁護士の仕事が、最近はやりのSDGs(持続可能な開発目標)を体現するものなんです、ということを示すアイコンなのです。ヒマリオンについているカラフルな花びらや葉っぱが、SDGsの17の目標にそれぞれ対応している17の色で彩られています。
ヒマリオンが生まれたときにはまだ私も弁護士になっておらず、兵庫県弁護士会にも法教育委員会はありませんでしたが、法教育とはSDGsの第4目標「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」をまさに体現するものなのです。
ということで、私たち法教育委員会からしたら先輩と呼ぶべきヒマリオンが、こうやってがんばってイメチェンしてくれています。
兵庫県弁護士会の法教育委員会は、毎年夏のジュニアロースクールと、高校の新科目である「公共」の授業作りをしてきたほか、法トーーク、という時事問題について法的観点から中学生と弁護士が討論するイベント(オンライン)や、高校生模擬裁判選手権の兵庫県大会などを行っています。そのほかにも、神戸地方裁判所や神戸地方検察庁とともに、いろいろなイベントを行っております。
ジュニアロースクールでは、定番の模擬裁判のほか、ルール作りなどをしています。ルール作りは、参加した生徒に弁護士役を、弁護士に当事者役をやってもらい、当事者の様々な希望を聞いた上でうまくルールを作るというものです。ときには、生徒の保護者の方々に判決を考えていただいた、ということもありました。 いずれも、法律を覚える、法学の勉強をする、というのではなく、法的なものの見方を勉強して、証拠に基づいて議論をする、というもので、一般生活にも役立つスキルを学んでいただいています。
コロナ禍のため、いろんな学習の機会が制限されています。しかし、コロナ禍は、いろんな情報から自分の意見を持つことの必要性を私たちに教えてくれています。どんな根拠(証拠)を見て、それが信用できるかを考えて、その上で自分の意見を・・・というと、まさにこの過程は、法教育が求めているものではないでしょうか。
法教育は公民の教科書の一部に取り入れられていますが、受験には縁遠くあまりなじみがないかもしれません。しかし、学習指導要領を見ると、あちこちに法教育委員会が扱っているテーマがちりばめられています。
すべての人に公正で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する、法教育活動は、意外と身近なところにあります。
ということで、このカラフルなヒマリオンも、今後ともよろしくお願いします。
第95回 自分の意見を言ってみよう!他人の意見を聞いてみよう!
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
旭川弁護士会「法教育PT」座長
川上健太
「弁護士ってモテますか?」「弁護士って儲かりますか?」
ジュニアロースクールの質問コーナーでは、生徒の皆さんからそんな質問が飛び出すこともあります。
私の所属している旭川弁護士会では、毎年2月に「ジュニアロースクール」として高校生向けの刑事模擬裁判を実施しています。毎年市内の複数の高校から参加者が集まり、多いときで100名近くの生徒に参加いただいております。
実際に生徒の皆さんに何をしてもらうかというと、裁判員役として弁護士が演じる刑事裁判劇を見ていただき、その後5~6人程度のグループで、有罪か無罪かについて評議していただいております。
生徒の皆さんは、普段学校で行うテスト等では、答案に「正解」を書くことを求められることが多いのではないかと思います。しかし、この模擬裁判には「正解」はありません。実際にあった事件を参考に台本は用意されていますが、かなり改変していますので、事件の真相なんてものは存在しないですし、こちらとしても「正解」を用意していません。
ジュニアロースクールでは「正解」にたどり着くことを目的としておりません。模擬裁判を通じて得られた情報から「どのように結論に至るのか」というプロセスが大事であり、そのプロセスの中で「自分の意見を言うこと」「他人の意見を聞くこと」を重視しております。
複数の高校の生徒が集まるジュニアロースクールでは、初対面の人と議論することになるので、苦手意識を持ってしまう方もいるかもしれません。しかし、そこは我々弁護士のトーク力にお任せください。各グループに最低1名の弁護士がついて、評議が円滑に進行するようサポートさせていただいております。
気づけば「自分の意見を言うこと」「他人の意見を聞くこと」を通じて、さらに「自分の意見で他人の意見を変える」体験、「他人の意見を聞いて自分の意見を変える」体験をすることになります。
「自分の意見で他人の意見を変える」のはいいとしても「他人の意見を聞いて自分の意見を変える」のは負けじゃない?と思ってしまう人もいるでしょうか。別にこの評議の中で勝ち負けを争っているわけではありません。自分の意見は変えて良いんです。むしろ納得できる意見を聞いて説得されたなら堂々と意見を変えてください。
最近は、某巨大掲示板の創設者の方に惹かれて「論破」することが流行っていると聞いたことがありますが、自分の意見を貫くことに頑なになって、相手の立場から述べられた意見を否定するのに躍起になっていては建設的な議論になりません。
「自分の意見を言うこと」「他人の意見を聞くこと」を通じて、価値観の多様性を知り、紆余曲折を経ながらグループみんなが納得する結論を出す。その過程を楽しんでもらうのが、我々が開催しているジュニアロースクールです。
そうしているうちに、皆さん自分の言いたいこと、聞きたいことをぶつけられるようになり、最初は緊張してなかなか話しかけることができなかった弁護士に対しても、冒頭のような質問をぶつけるに至るのです。こういう質問が来てこそ、今回のジュニアロースクールは成功したと感じることすらあります。
さて、弁護士がモテるのか?儲かるのか?その答えが知りたければ、是非最寄りの弁護士会主催のジュニアロースクールへ!
以上
第94回 山口県における法教育活動のご紹介
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
山口県弁護士会「市民のための法教育委員会」委員
清水 秀俊
山口県弁護士会で、市民のための法教育委員会が立ち上がったのは、平成29年(2017年)のことでした。
それまで、当会には法教育委員会はありませんでした。弁護士会に依頼を受ける講演内容ごとに、消費者委員会が対応したり、子供の権利委員会が対応したりという状況となっておりました。
そのような中で、成年年齢が18歳へ引き下げられる法改正があり、高校生の中にも選挙権を持つ生徒が出てくるということがきっかけとなり、高校から弁護士会に主権者教育をしてくれないかというオファーをもらうようになりました。山口県弁護士会としては、まずは有志でチームをつくり、先行事例を参考にしながら、主権者教育を開始しました。このチームが前身となって委員会として設立に至りました。
他都道府県の歴史ある弁護士会から比べますと、立ち上がったばかりでまだまだ駆け出し感の強い当委員会ですが、現在、委員の数は20名と、所属弁護士が約180名に過ぎない小規模会である当会においては。割合的にかなりの規模となったと思います。また、若い委員会らしく、若手メンバーが多いことも特徴です。
当初は主権者教育がメインだったのですが、主権者教育は、やはり選挙がある年とそうでない年で、ご依頼の数は大きく変わります。
主権者教育以外では、2019年に、県教育委員会から「いじめ予防授業」の要望をもらいまして、現在は当該授業が実施数としては最も多いものとなっております。2020年度(令和2年度)は、コロナ禍の中ではありましたが、県内13校での授業を行うことができました。毎年、希望校が多く抽選となっているようで、ご好評をいただいていることと思います。
これ以外に、ワークルール作りや、刑事裁判の傍聴など、様々なニーズに対応できるように準備を進めてきました。また、職業紹介のイベントに参加したり、裁判所や検察庁とともに中学生向けの模擬裁判イベントを開催したりするなど、精力的に活動をしています。
今後としては、これまで取り組んできた活動をより一層活発化・深化させるとともに、これから高校で始まる「公共」の授業に当委員会として積極的に関わっていきたいと考えております。また、日弁連との連携・協働もさらに深めていきたいと考えており、将来的には、高校生模擬裁判選手権に山口県からも出場校が出てきたらと思っております。
立ち上げて間もない委員会ということもあり、皆さまのご活躍を見て勉強の真っ最中です。いつかは「尖った」活動を実現し、全国にご報告をできることを目指してがんばっていきたいと思います。
第93回 「法的なものの考え方」とは
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
和歌山弁護士会「法教育委員会」委員
和 田 篤
私が2010年(平成22年)に和歌山弁護士会に登録してからずっと法教育委員会に関わってきましたので、はや11年ほど経過したことになります。
最初は、私自身も『「法教育」って何ぞや?』という疑問から始まりましたが、一応法務省の公式見解によると、「法教育とは、法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育です。」とのことです。
私なりにこの「法的なものの考え方」とは何か考えてみると、一つには、ある事柄に対して、いろいろな角度から分析できる視点を持つこと、もう少し別の言い方をすれば、世の中にはいろいろな立場や考え方がありうることを理解し尊重したうえで、自分の考え方を論理的に整理して主張すること、ということではないかなと思っています。
これはすなわち我々弁護士が共通して有している「法的なものの考え方」=「リーガルマインド」と言ってよいと思います。
例えば、同じ刑事事件であっても、検察官から見た意見と、弁護人から見た意見は異なります。しかし、どちらの立場に立ったとしても、一方的に自分の意見を主張するだけでは、説得的とはいえません。反対意見を踏まえて自分の意見を論理的に説明しなければ、裁判官を説得することは難しいでしょう。
これは、何も裁判所や弁護士の世界だけの話ではなく、人が社会生活を送る上で必要になる「ものの考え方」だと思います。しかし、最近のニュースなどを見ていると、いろいろな考え方や立場の人がいるものの、自分の反対意見には耳を貸さず、一方的に自分の主張をして相手を批判する傾向がみられるように思えます。
私がジュニアロースクールや出張授業などで子どもたちと接するときには、いろいろな考え方や立場があることを理解してその意見を尊重しつつ、自分の考えをうまく説明できるようになってほしいということを意識しています。
第92回 高知県での法教育の歩み
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
高知弁護士会「法教育委員会」委員
林 良太
弁護士1年目に当時の法教育委員会の委員長に誘われて高校生模擬裁判選手権に参加してから、11年経ちました。それ以降、「法教育」に関わり続けているわけですが、本稿では私の経験した高知県での法教育の歩みについて、高校生模擬裁判選手権予選大会と出張授業の二つの事業をもとに述べます。
2014年の高校生模擬裁判選手権終了後、当会法教育委員会の中から、「予選を実施すべきではないか」との意見が出されました。
それまでは県内の公立校一校を一本釣りの形で参加してもらっていましたが、「より広い範囲に法教育を普及させることが必要」との議論が立ち上がったのです。
とはいえ、何のノウハウもない中で何をどう始めて良いかわかりません。検討もなかなか進まずに「来年に回そうか…」という消極的な意見も出ました。そんな中で、「今年やらなければ、どうせ来年もやらない。」という、少し後ろ向きですが、とにかく2015年度に予選大会を実施しようとの強い意見が出され、試行錯誤を重ねる中で、徐々に予選大会の内容も決まり、最終的には4校もの高校が予選大会へ参加していただき、予選大会を実施することができました。
2016年以降も高知県では順調に模擬裁判選手権の予選大会を開催していましたが、2020年そして2021年は新型コロナウイルス感染症の拡大で 中止せざるを得なくなりました。無念です。
2016年11月の第62回四国弁護士会連合会定期大会では、「法教育の更なる普及と発展に尽力する宣言」が採択されました。そこで、当会ではそれまで年間数件と実施件数が少なかった学校への出張授業の増加することを検討し、日弁連の学校派遣パイロット事業の事業地として承認されたことを受け2018年10月より弁護士学校派遣事業を開始しました。
同事業開始以降、高知県では2019年には年間10件、2020年には23件もの弁護士による学校への出張授業を実施しております。
現在は上記パイロット事業の活用により日弁連から予算が出ておりますので、出張授業については全て無償で行っております。
今後の課題としては、有償化する(できる)か否か、そして出張授業を担当する弁護士の確保となろうかと考えます。
高知弁護士会は他の単位会とは規模が違い、なかなかダイナミックな動きはとれませんが、高知県でも法教育の歩みは少しずつ進んでいることを報告いたします。
以上
第91回 法教育の地域内格差
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
静岡県弁護士会「法教育委員会」委員
佐々木 慎吾
法教育委員会に入って10年ほどになりますが、ここ数年で出前授業の回数が増えてきました。私は、浜松市内の事務所におりますので、浜松市を中心に静岡県西部の学校を主に担当しています。
特に、浜松市では、自治体との法教育協定締結により、かなりの回数の出前授業をさせていただいております。
待てよ、浜松市も広いぞ…
浜松市は全国の市町村で2番目に広い面積を有していますが遠くの学校へ行った覚えはあまりありません。
これまでに出前授業をさせていただいた学校を振り返ると、どうしても中心部に近い学校に偏っているように思われます。もちろん、中心部に近いほど学校の数が多いこともあるかとは思いますが。
静岡県西部の片田舎に生まれ、茶畑で缶蹴りをして育ったような私からすると、中心部よりも郊外、はっきり言うともっと田舎の方に肩入れをしたいという気持ちもあります。
弁護士は、どうしてもその地域の中心都市、その中でも裁判所周辺に集中してしまいます。かくいう私の事務所も、静岡地方裁判所浜松支部の近くにあります。もしかしたら、「こんな遠くまで来てもらうのは…」と思われているのかも知れません。
このコラムをお読みいただいた方の中に、中心部から遠い学校にお勤めの先生がいらっしゃいましたら、是非とも遠慮せずに出前授業の依頼をしてみてください。(その際、できれば「ここの○○が美味しい」といった情報をいただけると幸いです)
ちなみに、私の高校時代の部活の恩師は、遠慮無く遠くまで呼んでくれています。
「地域内格差」というタイトルを付けましたが、法教育は、その理念からすれば、すべての児童・生徒にあまねく提供されるべきですので、この格差は解消していかなくてはなりません。出向く方からすると長距離の移動が負担であってもです。
とは言っても、出前授業を受け入れてもらわないとお話になりませんので、中心部から距離のある学校にお勤めの先生は、格差解消のお手伝いだと思って出前授業の発注をご検討いただければと思います。私に各地のご案内をする権限があるかはさておき、「詳しくは最寄りの弁護士会に」とお伝えしておきます。
余談ですが、法教育界隈では代表的な教材である「カラオケ事例」について、もの申します。
これは、カラオケの騒音に困った周辺住民と営業をそのまま続けたいカラオケ店、大音量でカラオケを楽しみたいお客さんらの利益を調整する事案ですが、自然が豊かなところの子からすると、カラオケやその騒音にあまり実感がわかないのではないかという疑問が私の中で燻っていますが、「街の子」からの賛同を得るには至っていません。
第90回 模擬裁判を通じて得られるもの
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
大阪弁護士会「法教育委員会」委員
後岡 美帆
本年8月7日(土)に、第14回高校生模擬裁判選手権が開催されます。
選手権の様子はこのコラムでも何度か紹介されていますので、バックナンバーをご覧いただければ雰囲気はお分かりいただけると思いますが、今年は、近年の情勢に鑑み、オンラインで開催することになりました。また、これまでは、関東、関西、中部北陸、四国の4つのブロックに分けて開催していましたが、今年は、オンラインであることを活かして、地域の枠を超えた全国一斉開催となります。
高校生の皆さんの熱い戦いが見られるのを、今からとても楽しみにしています。 (※今年の参加校の募集は、すでに終了しております。)
さて今回は、模擬裁判選手権に参加してみたらこんないいことがありますよ、ということを、あらためて皆さんにお伝えしたいと思います。
それはずばり!模擬裁判を通じて、①事実を的確に把握し、多面的な視点で考える力、②事実に基づいて論理的に意見を構成する力、③意見をわかりやすく他者に伝える力、をそれぞれ身につけることができる、という点です(他にもいいことはいっぱいありますが、私が一番重要だと思っているのは、この点です。)。
模擬裁判では、検察側と弁護側という、対立する二つの立場で議論を戦わせることになります。すると、同じ一つの事実でも、検察側・弁護側それぞれの立場によって、見え方や考え方が全然違ってくるのだということに気付きます。そして、物事の一面だけを捉えるのではなく、様々な角度から検討するということが、自然とできるようになります。
また、裁判所(裁判官や裁判員)に対し、検察官、あるいは弁護人としての意見を述べる際には、論理的に、わかりやすく伝える必要がありますが、どうやったら裁判所を説得できるか試行錯誤する中で、自然とそのような力が身についてきます。
私は仕事柄、トラブルを抱えた方たちから多くの相談や依頼を受けていますが、依頼者やそのトラブルの相手方と話をしていて思うのが、自分の立場からしか物事を考えられていない人(いろいろな方向から(=多面的に)考えることができていない人)、そして、自分の意見を論理的に、わかりやすく、相手方に伝えて話し合うということができない人が、まだまだ多いということです。
自分の意見にばかり固執し、それをただ押し通そうとするだけでは、相手方と建設的な話し合いをすることができず、トラブルが生じてしまいます。しかし、一度視点を変えて、相手の立場に立って物事を考えてみると、相手方の言っていることも一理あるなと理解できたり、自分の考えの弱点が見えて譲るべきところが(逆に、ここは譲らず相手方を説得すべきだというところも)わかったりして、相手方と冷静かつスムーズに話ができることがあります。
また、トラブル回避の場面だけでなく、例えば仕事をする中で、自分の意見を採用してもらうために上司や同僚を説得する際や、取引先と交渉をする際などにも、上記の①~③は、非常に役に立つ能力だと思います。身につけておいて、損はありません。
模擬裁判に真剣に取り組んでいる高校生の皆さんの成長が楽しみです。暑くて熱い夏が終わった頃には、将来役に立つ能力が、きっと身についていることでしょう!
第89回 「感情的に批判されない世界」のススメ
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
福岡県弁護士会「法教育委員会」委員
八木 大和
法教育のあれこれを考えるとき、2018年1月、福岡県弁護士会の法教育委員会のメンバーでドイツ・カールスルーエを視察したことを思い出します。視察では何から何までが目新しく、発見の毎日でしたが、3年経った今、自分の中にどんなエッセンスが残っているのか、この原稿を書くにあたり少し考えてみました。
現地では、カールスルーエ教育大学政治学専攻の学生たちから、ドイツの教育の現状について、色々と教えてもらいました。
ドイツでは、授業の中で議論を行う。社会科の授業に限らず、英語の授業では「風力発電は必要か」について議論し、国語ではヘーゲル(18世紀から19世紀にかけてドイツで活躍した哲学者)の仮説について議論する(さすがドイツ!)。さらには「遠足はどこに行くか」なども学校内では議論となる。学校の中には議論があふれている。ドイツの教育では、幼少期から議論を避けない、自分の意見を述べ、その理由を言う訓練がなされる。自分の意見を述べても批判されない。相手に間違っていると言ってはならない。複数の意見があり、その優劣を競うような議論は避ける。人の発言を遮ってはならない。そういう議論の仕方、作法を幼稚園のころから身に着けていく。
私は、視察前「ドイツはきっと日本よりも進んでいるんだろうな。」と漠然と思っていましたが、実際に話を聞いてみると軽いカルチャーショックの連続でした。しかも、それを口にするのは、まだ二十歳前後の教育大学の学生たちです。特に「意見の優劣を競わない」という作法、「自分の意見を批判されない」という安心感がドイツには根付いている、少なくとも意識されていることに羨ましさを覚えました。実際にも、私たちはギムナジウム、実業系高校の社会科授業見学を視察し、その様子を目にしました。もちろん、先生の技量によって議論の進行や中身は左右されるところはありましたが、「議論の実践」が授業の中にありました。
振り返ってみると、「自分の意見を批判されない」という土壌、前提がドイツにはあること、教育の中に根付いていることに軽いショックを受け、「これが日本にも重要だ。」と感じた自分を思い出しました。「批判されない」とは、もちろん「感情的に批判されない」ということですが、私たち日本人の中で、この前提が浸透し、共有できるようになれば、日本に蔓延する「同調圧力」も薄まり、そして無くなっていくだろうと思います。
「感情的に批判されない」ことの安心感を広げることが、出前授業に行ったときの私の役割なのかなと、視察後にそう感じた自分に立ち返ることができました。
視察旅行で思い出すのは、カールスルーエ教育大の学生と意見交換した後の昼食で、同大のヴァイセノ教授にお勧めされたカレー味のソーセージ&ポテト(写真参照)をみんなが注文したこと。他に漏れず私も注文しましたが、これは「同調圧力」ではなく、お勧めを食べてみたかったという思いが一緒だったのです。もう一つ、ヴァイセノ教授に「『エミール』(18世紀に活躍した哲学者ルソーによる教育をテーマにした小説)を読みます!」と宣言したけれど、3年経った今、1頁も進んでないこと。海より深く反省し、約束を果たそうと思います。
第88回 「とっつきやすい人」であること
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
神奈川県弁護士会「法教育委員会」委員
須藤 公太
弁護士さんって、いつもかちっとスーツを着て、重たそうなかばんを抱えて、怖そうな顔をしながら異議あり!って言う人でしょ?そんな人と話をするのってなんか怖いし緊張するなぁ。。
いえいえ、僕なんて六法より少年漫画の方がよく読むし、事務所では他愛もない話で大笑いしているし、そんな普通のおじさんなので怖がらなくて大丈夫だよ。
出前授業など生徒さんと直接接する場面では、まずこんなことを生徒さんに伝えるようにしています。
生徒さんに授業をするといっても我々弁護士は教育のプロではないので学校の先生のように上手に教える技術は持ち合わせていません。その中で、生徒さんにまず弁護士に興味を持ってもらって弁護士の話を聞いてもらう土台を作ることで、少しでも高い法教育的効果を上げられるよう日々試行錯誤を繰り返しています。
神奈川県弁護士会には競技ダンスのターンをしながら教室に入っていく(ただし、見ていて痛々しいほどに思いっきりスベる)弁護士や塾講師の経験からアイスブレイキングに極めて長けている弁護士などがおり、各自がそれぞれ生徒さんに興味を持ってもらうための工夫を凝らし、また高校生模擬裁判選手権神奈川県予選ではオモシロ事前講義ムービーを作って配布しています。このほかにも札幌弁護士会をはじめ他会のイベントにお邪魔させていただいたり、神奈川県下の中高の先生方と共同で授業を作っていく過程などを通じて弁護士と生徒さんとの関わり方についていろいろなことを勉強したりして、日々の出前授業等にそれを積極的に取り入れるようにしております。
その甲斐もあってか、出前授業等のご依頼も順調にいただいており、また毎年夏に行われる神奈川県下の中高生を対象としたサマースクールというイベントには毎回定員をはるかに上回る応募があり、中にはリピーターの生徒さんもいます。私個人の経験としては、ある高校の弁護士会訪問を担当した際に生徒さんの1人から、中学時代に私の出前授業を受けて面白かったので高校の授業の一環で行く弁護士会訪問の担当講師が私だと知り応募した、というコメントをもらったのがとてもうれしかったということがありました。その生徒さんの将来の夢は弁護士だそうで、心から応援するとともに、一緒に出前授業に行ける日が来ることを心待ちにしています。
国連のSDGs(持続可能な開発目標)が掲げる「誰ひとりとして取り残さない社会」の実現というテーマが世界的に叫ばれている昨今において、「生きやすさ」を育む法教育の考えはこれに非常に親和的であり、その普及は非常に重要であると考えております。また、高校においてアクティブラーニングを取り入れた新科目「公共」が2022年度から始まることに伴い、我々法教育に携わる弁護士が高校生と接する機会も増えることが予想されます。そのような時代の中で、授業内容を充実させることはもちろんですが、我々弁護士自身が生徒さんにとってこの人の話を聞いてみようと思える人であること、平たくいえば「とっつきやすい人」となり、我々弁護士と法教育の受け手である生徒さんとの間の心理的な距離を縮める努力を積み重ねていくことがとても重要になると考えております。これからも引き続き日々小ネタを探しながら法教育に携わっていきたいと思います(ダンスはやめておきます笑)。
第87回 「正解」のない問題に向き合ってみよう
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
第一東京弁護士会「法教育委員会」委員
坂本 順子
皆さんの中で、動物が好きな人はいるでしょうか。反対に動物は苦手という人もいるかもしれません。例えば、お住まいの街で野良猫が増えてしまったら、街をあげて保護した方が良いと考えるでしょうか、それとも保護には費用もかかるし殺処分もやむなしと考えるでしょうか、或いは、もっと他に良い対策があるでしょうか・・。
第一東京弁護士会法教育委員会では、中学生向け春休み法律学校の企画として、架空の自治体「ひまわり市」における「地域猫条例」制定について考えてもらおうと準備中です。人と猫とが快適に共生することのできる街づくりを推進するために、市長は「地域猫条例」を議会提案したいと考えており、プレゼンを実施します。これに対して、賛成・反対のそれぞれの立場から、住民が意見を述べます。中学生の皆さんには、立法担当者になってもらい、これらの意見を聞いて適正なルール作りについて協議して戴き、最終的に、この条例を制定するか否か、制定する場合にはどのような内容にするかを考えてもらう予定です。
これは法教育プログラムのほんの一部のご紹介でしたが、今、正に社会問題となっている、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正にも通じるところがあります(なお、このコラムは2021年1月に書いています)。コロナウィルス感染防止の実効性を高めるためには、罰則を導入して厳しく取り締まるべきという意見もあるでしょうし、それではかえって人々の生活が成り立たなくなる恐れもあるし、営業の自由など私権の制限には慎重であるべきだという意見もあります。医療従事者、行政の長、各種店舗の経営者、店舗利用者など、立場が異なれば視点も変わり様々な考えがあるでしょう。法教育での学びは、直ちに目に見える成果となるわけではないかもしれませんが、こうした社会問題に直面する将来において生きてくると考えています。
私事ですが前職は公立小学校教諭でしたので、45分間で一定の答えに辿りつけるように授業を組み立てることが自然と身に付いていました。もちろん、それに適したものもありますが、法教育の授業では、「正解はありませんので、自分で考えて、みんなで結論を出して下さい」と冒頭に伝えるようにしています。地域猫の問題も、特措法の問題も、唯一無二の「正解」があるわけではありません。大事なことは、私たちもその社会の構成員の1人であるということ、そして、いつの時代も社会における諸問題は、その時代に生きる人々が知恵を出し合ってより良い解決を目指してきたということです。
まだ法教育の授業を受けたことのない方は、ぜひ一度、各地の弁護士会の法教育プログラムを経験してみてください。
第86回 高校生模擬裁判選手権オンラインについて
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
釧路弁護士会「法教育委員会」委員長
佐々木 誠
ステイホームが要請された年末年始が過ぎ去った。昨年2020年を振り返ると、周知のとおり、新型コロナウィルスに席捲された年であった。
私が所属する釧路弁護士会管内でも、以前は、毎年、相当数の法教育出前授業を行っていた。しかし、2020年、1年間の出前授業数は、わずか1件。世間では、「ウーバーイーツ」なる出前が流行っているようであるが、法教育の出前はひとまず敬遠される状況が当管内では続いた。
そのような中で、2020年12月19日、オンライン高校生模擬裁判選手権が行われた。
高校生模擬裁判選手権は、各地の高校を対象に、毎年夏に行われていたイベントで、実際の裁判所の法廷を使用して行われていたものである。参加校は、検察官役または弁護人役を割り当てられ、証人尋問や被告人質問を行い、その結果を踏まえた論告または弁論を行う。そして、その内容に対して点数が付き、優勝校が決められるというものである。
2020年夏の模擬裁判選手権はコロナ禍で中止となったが、これをウェブ会議アプリ(ZOOM)を利用して行おうとしたのが今回である。私の模擬裁判に対する認識は、裁判官、検察官、被告人が向き合い、直接、証人の証言を聞いた上で、自分の役割からの主張を行うところに、緊張感と臨場感があるというものだった。そのような認識の私からすると、昨今オンラインで会議を行うことが当たり前となっているとはいえ、果たしてオンラインで模擬裁判を行う意義があるのか、そしてうまくいくのか、それよりも参加校が集まるのかという疑念がなかったわけではなかった。ところが、結果としては、思いのほかうまくいった。
まず、参加校については、多数の高校に参加を希望していただき、抽選により参加校(16校)を決めざるを得ない程であった。そして、内容的にも、受付から始まり、開会挨拶、参加校紹介、開廷、被告人質問(※被告人役、検察官役、弁護人役は、弁護士が行った。)、参加校生徒からの補充質問、そして論告と弁論と、スムーズに流れた。もちろん、オンラインの性質上の制約がなかったわけではないが、概ね、例年と同様の白熱した(生徒の緊張感が伝わってくる)模擬裁判になった。
このように「うまくいった」と言ってしまうと、今後の模擬裁判選手権は、オンラインで開催することもアリではないかという思いもでてくるが、やはり、直接参加校生徒の顔を見て、直接緊張感を味わいたいと思ったのは私だけではないはずである。オンラインは、ステイホーム続きで大きくなった腹回りが見えないというメリットはあるが、少しでも早く、元通りの模擬裁判選手権を開催したいものである。
第85回 福島県弁護士会における法教育について
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
福島県弁護士会「市民生活被害対策委員会」委員
久保田 美和
福島県弁護士会では、学校派遣事業として、市民生活被害対策委員会が主体となって消費者教育出前授業を、子どもの権利委員会が主体となっていじめ防止出前授業を行っています。
消費者教育出前授業については、高校生を対象に年間8件程度、いじめ防止出前授業については、小中学生を対象に年間100件程度の派遣を行っております。
今年度については、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、消費者教育出前授業の派遣要請は減っておりますが、いじめ防止出前授業に関しては、「こんな時期だからこそいじめについて子供たちに考えてもらいたい」という考え方の先生方が多いのか、派遣要請は減っていません。
私が所属している市民生活被害対策委員会が行う「消費者教育出前授業」ですが、学校の先生から「こんな話をしてほしい」と言うオーダーをいただいてテーマを決めていくので、最近は、消費者教育以外でも、SNSの使い方で注意すべきことなどについてもお話しさせていただくことが多いです。
このように、福島県弁護士会では、現場の先生とお話し合いをしながら、法律がかかわるさまざまな問題について、出前授業を実施しております。
いわゆる「法教育」すなわち、「法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育」プロパーでの学校派遣授業が行えている現状にはありませんが、依頼があれば、福島県弁護士会全力をもって、法教育授業をさせていただく所存ですので、ぜひ、ご依頼いただければと思います。
そもそも「法」とは、異なった価値観や個性をもった人々が、社会を作って生活する上で、お互いを尊重しながら、ともに協力して生きていくためのルールです。
コロナ禍においては、この「法」的な考え方が、コロナ以前の社会生活よりも、重視されると思えてなりません。
子ども達にも、「法」的な考え方を学んで、将来につなげてほしいと思います。
第84回 スクールロイヤー授業だロン
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
大分県弁護士会「法教育委員会」副委員長
熊谷 洋佑
熊谷:「じゃあ、ちょっと、周りの人と話して良いから考えてみて」
生徒:「えー、どうかな…」「がやがやがや…」
熊谷:「はい。じゃあ、どっちか決めて手を上げてね。○だと思う人ー?」
生徒:「はーい」
熊谷:「あれ、半分もいないかな?じゃあ、×だと思う人―?」
生徒:「はーい」
現在、大分県では、2018年9月より開始された「大分県スクールロイヤー活用事業」の一環として、大分県内のすべての公立小・中・義務教育学校・高等学校・特別支援学校を対象に、いじめ未然防止のための法教育(弁護士による生徒への授業と教職員向け研修)を行っています。大変ありがたいことに多数の応募をいただき、この2年半の間に延べ179校18,778人の生徒に授業を行いました。
授業・研修の受け皿となっている大分県弁護士会法教育委員会内でも多少の議論はありますが、当初より、マニュアル等で授業内容を統一化することはせず、どのような授業にするかは担当弁護士に一任というかたちをとっています。自由な風土の大分県弁護士会ならではという気もします。
自分は主に生徒への授業を担当させてもらっており、今年度はコマ数的には60程度受け持つ予定になっています(2020年11月末時点。さらに応募があれば増えるかもしれません。)。
自分の場合、①最後まで飽きず面白いまま時間が過ぎる授業、②分かりやすい授業(メッセージが伝わる授業)という2点を目標にしています。
「弁護士が来たけど、面白くなかった」→「弁護士はかたい、つまらない、おもしろくない」となっては残念極まりない。
やはり、「弁護士来たけど、面白かった」、「大切なことを学べた」→「弁護士ってなんか良いかも♪」と思われたい訳です。一昨年度や昨年度に応募があった学校からまた応募してもらえると、本当に本当に嬉しいものです。
これまた自分の場合ですが、学校の先生方と打ち合わせをしてニーズや雰囲気などを聞きつつ、当該授業用のパワーポイント資料を作りあげ、授業に出向いています。今の自分のブームは「紙芝居」風。大分県弁護士会(厳密には大分県弁護士会法律相談センター)に「ふくろん」という愛らしいキャラクターがおり、「ふくろん」がやっているtwitterにたくさんの画像があるので、「ふくろん」を「語り手」として存分に取り入れながら、「紙芝居」のようにテンポよくトントンと、そして、生徒と掛け合いながら展開する授業を心がけています。パワーポイントは、1枚1メッセージ、そして、考える問題のスライドを除き、長くても1枚1分くらいで次に行くというのが今のところの目安です(もうちょっとしたら、また「芸風」が変わるかもしれませんが…)。
冒頭の画像と児童とのやり取りは、そんな授業の一幕です。
自分が法教育と本格的に関わり始めたのは「大分県スクールロイヤー活用事業」がスタートしてから。人手が足りなさそうだからという理由で担当を受け持つようになりました。正直に言えば、未だに法教育というものが何だかよく分からず、さしたる理念もないまま教育現場にオタオタ出かけて行っている訳ですが、直感的・本能的に「これは面白い。やりがいがあるぞ!!」ということをヒシヒシと感じながら、1コマ1コマ授業を一生懸命やっています。
今はまだじっくり考える暇がありませんが、まあ、考えるより動く方が性に合っているので、これから先もオタオタと教育現場に出向き、試行錯誤を繰り返しながら、自分なりに「法教育とは何か。どうあるべきか。」を学んでいけたらと考えています。
このように、弁護士自身も多くを学ぶことができる、それも「法教育」の良さだと思います。
最後に、授業で用いたパワーポイントを添付し、「ふくろん」の可愛さをみなさまにPRしたいと思います。キャラクターがいると、パワーポイントがとっても作りやすいロン。
第83回 バナナから法教育を考える
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
札幌弁護士会「法教育委員会」委員
種田 紘志
私は公民の授業を少しでも面白くしたい、という思いから、弁護士になる前の司法修習生のころから学校での授業に関わらせていただいておりました。
そのときは法教育がどういうものかのイメージも持っていなかったのですが、弁護士登録して間もないころから法教育委員会に所属させていただき、自身の勉強も継続しながら現在も法教育活動に関わらせていただいております。
今回法教育コラムを書く機会を頂戴しましたので、私が行っている活動のひとつ(今年はコロナ禍のためになかなか実施できてはいないのですが)である、母校(中高一貫校)で行っている授業について紹介させていただければと思います。
授業は、対象を中学1年(1年)から高校2年(5年)としており、1か月から1.5か月に一度ずつ、いずれかの学年を対象に、学年全体への授業という形で実施しております(1学年約120名)。単年度において、一学年当たり大体2回ずつ授業が実施できるように(年合計10回の授業)学校にも配慮いただきながら実施ができております。
授業内容については、ほぼ必ず双方向の授業を行い、生徒にも多く発言をしてもらっています。
学年が上になればなるほど、理解度・習熟度が深まっているように感じ、実際の事件を模したかなり複雑な事件や、いわゆる時事ネタを取り扱ったりもしており、議論をする力、多面的に物事を捉える力をより身につけられるような授業作りを心がけています。
もっとも、各学年の授業の中で、ある意味で一番議論になるのが、中学1年生向けの第1回の授業かもしれません。
中学1年生向けの授業の第1回は、弁護士の仕事内容の紹介も行いつつ、最後には「バナナはおやつに入るのか」、という生徒にとってある意味永遠の課題(?)について、議論を行ってもらう、という授業を行っています(SNSでも同様の活動をしていらっしゃる方をお見かけしたことも。)。
この議論は想定以上に白熱します。私が議論の端緒を言わなくても、各生徒が、自身にとっての「おやつ」とは何か、そこに「バナナ」は含まれるのか否か、その結論と理由を自然と、そして積極的に発言しています。また、意見が分かれた際には、なぜ意見の相違が生まれているのかを考えてもらうことを通じて、実際の生活や弁護士の業務においても同様の考えを行っていることなどを伝えており、最終的にはなかなか時間内に収まらないこともしばしばです。
現在はコロナ禍のため、なかなか学校に時間を取っていただく事も難しい状況ではありますが、違う考えの人がいるんだよ、という当たり前だけれども実生活の中ではあまり意識されづらいことへの理解を深めていきたいと考えており、可能な限り、この取り組みは継続して行きたいと思っています。
私が弁護士による授業において重要だと考えていることのひとつに、弁護士による授業を「ただのイベントにしない」、というものがあります。
弁護士が学校へ赴き授業を行った場合、生徒達にとっては、「弁護士が来て何かお話をしていった」というイベント的な側面が強くなりがちで、弁護士が伝えたいことがなかなか伝わらないのではという思いがどうしても残ってしまいます。
よりわかりやすい教材作りも「ただのイベント」打破の重要な観点ですが、5年間継続して授業を行い続けられるというのはひとつの打開策になり得るものではないかと思っています。
もし可能であれば母校に限らず、授業の範囲を広げて行けたら良いなぁ、と思っています。授業の題材作りは毎回苦労するところではありますが、その分生徒達のリアクションを見るのが楽しみで、今ではすっかりやみつきです。
このコラムを書いているとき、今年もまた中学1年生とバナナの議論をすることができることとなりました。今年はどのような議論となるか、今から楽しみです。
第82回 奈良ならではの法教育
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
奈良弁護士会「法教育に関する特別委員会」委員
河瀬 まなむ
今回は、奈良弁護士会における法教育活動をご紹介いたします。
奈良弁護士会の「法教育に関する特別委員会」(通称、法教育委員会)には若手からベテランまで幅広い世代の弁護士約20名が所属しています。月1回の委員会にはその約半数が出席し、非常に精力的に活動をしています。
当委員会では、高校生模擬裁判選手権の支援、ジュニアロースクールのほか、各種教育機関での授業、学校法律相談に力を入れています。また、子どもの権利委員会と連携して、いじめ予防授業も行っています。そのなかから、奈良ならではの法教育活動と自負しているジュニアロースクールをご紹介したいと思います。
ジュニアロースクールは県内の中高生向けの法教育イベントです。2009年から奈良弁護士会が主催している一大イベントで、近年は、12月下旬に行っています。
ジュニアロースクールの前半は、実際に裁判所の法廷をお借りして刑事模擬裁判を見たうえで有罪か無罪かを考えてもらったり、民事模擬調停を申立人代理人・相手方代理人・調停委員の立場に分かれてそれぞれの立場からトラブルの解決を目指してもらったりするなど、刑事事件・民事事件に触れてもらえるようにしています。刑事模擬裁判、民事模擬調停いずれのときも、当委員会の弁護士が「俳優」となり、被告人や証人を演じています。時には、生徒たちに大きなインパクトを残す名「俳優」もいます。いずれのイベントも、答えはありません。生徒たちには、多種多様な見方や意見があることを学んだり、気付いたりしてもらい、意見の対立を乗り越えたうえで、チームとしての回答を出してもらっています。
ジュニアロースクールの後半は、チーム対抗戦のクイズ大会を行っています。クイズは、法律に関する問題から、難問、奇問(?)にいたるまで幅広い範囲から出題されます。そして、クイズの最後には、当委員会の弁護士が、企画・脚本・演出・ロケの全てを行った法律問題を、スクリーンに映して出題します。生徒たちは、時には笑いをこらえながら目の前に映る映像から事案を把握し、チーム内で議論をして、チームとしての答えを考え出します。優勝チームには、奈良弁護士会のマスコットキャラクターこまちゃんのグッズをお渡しするなど、豪華賞品を贈呈しています。また、参加して頂いた生徒たちにも素敵な参加賞をプレゼントしており、毎年たくさんの生徒たちに楽しんで頂いています。
弁護士に興味のある方はもちろんのこと、弁護士の熱演を見てみたい方も、ぜひ、奈良弁護士会のジュニアロースクールにご参加ください。
奈良弁護士会の法教育委員会では、生徒たちはもちろん、教職員のみなさまにも、新しい学びや気付きを提供するため、今後も、熱く活動をしていきます。当委員会の活動にご興味・ご関心をお持ちいただけました生徒たち、および教職員のみなさまには、ぜひイベントやセミナー等にお気軽にご参加いただけますと幸いです。
最後に、今年も12月にジュニアロースクールを開催する予定です。今年は、Webを利用した新しい形で開催する予定です。パワーアップしたジュニアロースクールにご興味・ご関心のあるみなさまには、ぜひ、ご参加いただけますと幸いです。
第81回 法教育とは何を育むのか?
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
三重弁護士会「法教育委員会」委員
北上 拓哉
私が、法教育に関する活動を始めたのは、2019年からですので、まだ1年半ほどしか法教育には携わっていません。
小学校などでバスケットボールクラブのルール作りの授業などを行ったりするのですが、果たして私の法教育の授業が役に立っているのか、正直に言ってわかりません。
というのも、「法教育」という言葉の意味を正確に理解し、それを実践できているのかという疑問を常に持っているからです。
そこで、改めて「法教育」というものを考えてみたいと思います。
ところで、恥ずかしい話ですが、私は、もともと勉強が苦手で、嫌いでした。実際に成績も悪かった私ですが、大学での法律の授業で、法律学の面白さを知りました。
何が面白かったのかというと、これまでの試験において1つの解答しかない問題ではなく、法の考え方、様々な価値観を前提に解答を導くその法的思考の過程、物事の考え方などが大切な学問なんだと感じ、それが面白く感じたのです。
話を戻しますと、そもそも「法教育」というのは何なのでしょうか?
私が小中高の学生時代にはそのような授業はありませんでした。
このコラムの荒川武志先生の記事(第70回 すべての道は法教育に通ず?)では、法教育とは、「価値観の多様性を理解し、行動する」力を育むものだと説明されています。また、法務省のHPでは「法教育とは、法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育です。」と記載されています。
あぁ、なるほど、私が、法律学の授業で感じた面白さというのは、「価値観の多様性を理解し、行動する」という法の基本となる考え方に接することができたからなんだと気づきました。
もっとも、大学の法学部における「法律学の授業」と「法教育」とは違うところがあります。
「法律学の授業」は法律学という学問を教えるというものですが、そこでは法律が定める個々の制度や条文の意味、法解釈などの法知識を教えるというのが主だと思います。
これに対して、「法教育」では個々の規定されている条文の知識ではなく、法の基礎になっている価値観や考え方を身につけること、またはその価値観や考え方に基づいて行動する力を育むものだといえます。
では、法の基礎になっている価値観や考え方を身につけるということはどういうことでしょうか?
これは実は難問だと思いますが、私は、この問の答えを導く際に最も重要なことは、「人はそれぞれ違う」という当たり前の事実から出発することだと思います。
「人はそれぞれ違う」というのは、人はそれぞれ個人として様々な価値観を持っているということであり、個人が自由に自己の価値観を持つことは、例えば最高法規である憲法13条で「すべて国民は、個人として尊重」されるという形で保障されています。
違うということは時には衝突することもあります。それぞれ異なる人格の個人が、お互いがうまく社会で幸せに生活するための重要な価値観や考え方を身につけるのが法教育の実践ではないかと個人的には思います。
学校の成績が悪くても、もっと大事なことがあるんじゃないかと過去の私を思い出しつつ、法教育の重要性を感じる今日この頃です。
第80回 ステイホーム。「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」で自習する法教育!
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
香川県弁護士会「子どもの権利及び法教育に関する委員会」委員
馬場 基尚
訳も分からず日弁連市民のための法教育委員会に入れられたのが、平成15年6月。そこから、馬齢を重ね、かれこれ18年目を迎える。さしたることも行わずさりとて逃げ出すこともせず、沈香も焚かず屁もひらずでやってきた。高校生模擬裁判選手権の教材を趣味的な犯罪類型で4本でっち上げたのが、唯一の自慢か。
さて、流行のステイホームで花の東京にも行けず、瀬戸の海に守られた香川県でしばらくのんびりと田舎弁護士生活を満喫していたら、突如、香川県議会は「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」なる法令を可決し、令和2年4月1日に施行された。ゲーム依存に立ち向かう日本初の条例らしいが、オンライン新聞である「JapanToday」で記事の冒頭「エイプリールフールのジョークのように聞こえたが」と揶揄され世界に発信された。
条例のタイトルは、「ネット・ゲーム依存症対策条例」となって、いわゆる「ネットゲーム」を対象としているように誤魔化してはいるが、実際は、「インターネット及びコンピューターゲーム」(条例第2条(2))の双方が制約対象である。性質上異質なものをむりやり対象とするそれ自体、センスのない立法だ。
その内容は、18歳未満の子どもを対象に、依存症につながるようなコンピューターゲームの利用は、平日は60分、学校等の休業日は90分まで、またスマートフォン・パソコン等デバイスの利用限界時間は、一定の場合を除き中学生は午後9時まで、それ以外は午後10時までとした。保護者はこの「目安」を子どもに「遵守させるよう努めなければならない」としている。
この時間制限には罰則規定はないとは言え、同調圧力強めの我が国で、成文の法規範にしてしまうというのも人権感覚に乏しい話でもあるし、条例8条で(県民の役割)として「県民は、社会全体で子どもの健やかな成長を支援することの重要性を認識し、県または市町が実施する施策に協力するものとする」という条文がひっそりと忍び込まされている。県民に施策協力義務を負わせるという上から目線の条文だが、普通は「努めるものとする」とお茶を濁すところであろうが、はっきりと協力せよと書いてある。これはいかんということで、香川県弁護士会の子どもの権利及び法教育に関する委員会で議論し、「子どもの権利侵害」という観点から、香川県弁護士会は本年5月25日付けでこの条例に反対する会長声明を出した。これは香川県弁護士会のホームページに掲載されているのでご興味のある方はご参照いただきたい。身びいきではあるがなかなか充実した声明である。
では、この条例の問題点に法教育的アプローチをするとどうなるか。法教育の世界に20年近く蟠踞しているとすぐそんなリニアな発想をしてしまう。
日弁連の「私たちが考える法教育」では、その特徴として「事実を正確に認識し問題を多面的に分析する能力」をあげている。法教育的アプローチのイロハのイは、「正確な事実認識」だ。他を信じることから宗教が生まれ、他を愛することから芸術が生まれ、他を疑うことから科学が生まれると言うが、法教育も社会科学の一分野である。
この条例の前文には、「世界保健機関(WHO)においてゲーム障害が正式に疾病として認定されたように、今や、国内外で大きな社会問題となっている」という立法事実が示されている。果たしてそうか。
実は世界保健機関が作成した疾病及び関連保健問題の国際統計分類(「ICD」)は、異なる国や地域から異なる時点で集計された死亡や疾病のデータの体系的な記録、分析、解釈及び比較を行うため、作成した疾病等の分類であり、それ自体、病態の診断基準に過ぎない。
つまり、そこでは、疾病を診断する上での「構成要件」が示されているだけで、その症状について予防や治療の必要性を謳っているわけではないのだ。精神障害の概念は相対的なものであり、脳の機能障害により著しい苦痛や社会的機能低下を伴っていても、その罹患者の所属する社会が文化的に許容できる反応は精神障害とはいえないとされる。実際、最新のICDの改正で、性同一性障害は「精神疾患」から除かれている。世界保健機関という権威をそのまま信じて疑うことをしないとそこに説得力があるかのように勘違いしてしまうわけだ。
また、前記の香川県弁護士会長声明のあと、香川県議会は議長名で反論書を出してきた。そこで、香川県教育委員会が調査した調査書に基づき「スマートフォン等の利用時間が長い児童生徒ほど問題の平均正答率が低い傾向にあることが分かりました」ということを示すグラフを出して、立法事実ありと主張してきたのである。これは正直笑った。そもそも条例はゲーム依存症を防止するための立法であり、成績の善し悪しなどは関係ない。これにはオチがある。同じ調査報告書で「朝食を毎日食べていますか」「家の人(兄弟姉妹を含みません)と学校の出来事について話をしていますか」という質問の答えに対応する平均正答率の傾向が前記スマートフォン等利用時間調査結果とそっくりなのだ。
法教育が教えるところに従い、事実を正確に認識し問題を多面的に分析すると、様々なことを学ぶことが出来る。
市民のための法教育を考えることは、実は弁護士である自分にも法教育を施していることに繋がる。ぼーっと生きていても一応弁護士稼業は成り立つやもしれぬがこうして社会にアンテナを巡らせ、新しい刺激を感じることは、弁護士の戦場での実戦訓練にもなるのだ。
ということで、弁護士を辞めるその日まで法教育を自分に施していこうと思っている。
第79回 コロナ禍でも法教育を~法教育のIT化~
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
第一東京弁護士会「法教育委員会」委員
野島 達也
2019年12月以後、中華人民共和国湖北省武漢市において発生が確認された新型コロナウイルス(COVID-19)は、瞬く間に世界的に感染が広がり、日本国内においても2020年1月15日に初の症例が確認された後、感染者が続々と増加し、同年4月7日には新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき史上初の緊急事態宣言が出されました。
同年5月25日には全ての都道府県について緊急事態宣言が解除されましたが、東京では6月24日の感染者数が55人と、緊急事態宣言期間以来の人数となるなど、依然として予断を許さない状況です。
教育現場においては、同年2月下旬頃から、小・中・高校は臨時休校となり、新年度になってからも子供たちは自宅学習を余儀なくされました。緊急事態宣言の解除により少しずつ登校を再開する学校が出てきましたが、多人数が同一場所に集まることについては、現在も自粛が促されています。
このような状況の中、当委員会においても、2007年以後毎年開催され今年度も開催されれば第14回を迎えていた高校生模擬裁判選手権を中止せざるを得なくなり、全国の弁護士会も、子供たちを集めて行うイベントについては中止を余儀なくされています。
私たちにとって法教育は、子供たちおよび我々が生活する社会にとって必要不可欠であり、一時も止めてはならないものであると信じて日々活動しており、法教育の機会が少なくなってしまうことは大変残念でした。
しかし、近年のWEB配信やWEB会議システムの発達は素晴らしく、皆様も多くの方が仕事や子供の自宅学習で利用されたことと思いますが、どこでも簡便に利用でき、双方向の場合には実際に会っているのとほとんど変わらずに対話することが可能です。
私たちもこれを利用しない手はなく、福井弁護士会では一早く法教育授業コンテンツのWEB配信を実施しました。
同コンテンツでは、過去に行われた法教育イベントの動画を見て、実際にイベントに参加した場合と同等の教育を受けることができます(小学5年生~中学3年生対象)。どなたでも利用できますので、ぜひご覧になってください。
また、現在各弁護士会において、子供たちを集めての開催は困難と考えられる法教育イベントについて、WEB配信やWEB会議システムを利用して開催することも検討されております。
教職員の先生方、保護者の方、生徒の皆様におかれましては、今年度の学校の授業進行に大変お忙しいことと存じ上げますが、ぜひ各弁護士会のホームページをチェックしていただき、WEBで利用できる法教育コンテンツやイベントがありましたら、利用していただけたら幸甚です。
なお、最新の情報として、京都弁護士会では、2020年8月2日(日)に、中学生及び高校生を対象として、オンラインで、裁判を体験したり、弁護士に直接弁護士の職業について質問することができる、ジュニアロースクールを開催します。ご興味のある方は、応募内容をご確認の上、ぜひご応募下さい。
第78回 コイの認定は楽じゃない?
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
長野県弁護士会「法教育委員会」委員
山﨑 憲司
お花が大好きで自分のお花屋さんをオープンすることが夢である花子さん(25歳女性)。
花子さんはある日、婚活パーティーで真面目な公務員、山田はじめさん(35歳男性)と出会います。
花子さんと山田さんのデートが数回になったある日、山田さんは思い切って花子さんにプロポーズします。「僕と結婚してください。」
これに対して花子さんはこう言いました。「ありがとう。でも私、お花屋さんを出すことが夢で。そのために今、実は借金をしてるの。300万円。こんな借金を背負って、あなたと結婚していいのかしら…」。
「そうだったんだね。言ってくれればよかったのに。迷惑じゃなければ、僕がその借金返済に協力できないかな…」
…それから数か月後。花子さんは逮捕されてしまいました。
そして裁判が始まります。花子さんがどんな罪を犯したというのでしょうか。まず、検察官が起訴状を読みあげます。
検察官「被告人花子は、金銭を得る目的で、結婚する意思もないのにあるように装い、被害者山田はじめから金300万円をだまし取ったものである。罪名及び罰条、詐欺罪。刑法第246条1項」
花子「私は、最初から山田さんを騙すつもりだったなんてことはありません。本当に結婚するつもりでした。でも、お金をもらった後、山田さんは転勤してしまって。しかもその後、山田さんは、探偵まで雇って、私のことをネチネチ調べていたんです。そのことを知って、私、気持ちがスーっと冷めていったんです。」
山田「ちょっと待ってくれ。僕は結婚してくれると思って300万円渡したんだぞ。そのあと電話に出なくなったのはそっちじゃないか。しかも他に男までいて!」
花子「何よそれ!あの人はそんなんじゃないってば!」
裁判官「被告人は静粛に…」
………さて、あなたはこの裁判の裁判官だとしましょう。
この事件で、花子さんには、初めから山田さんを騙すつもりがあったでしょうか?そうだとすると、詐欺罪が成立するのでしょうか?
裁判では、花子さん、山田さん、それから花子さんの友人の男性が登場します。
裁判官として、あなたは何が知りたいですか?
そしてそれを知るために、誰にどんな質問をしますか?………
以上は、長野県弁護士会の法教育委員会で行った模擬裁判の冒頭部分です。(大幅に簡略化したうえに多少脚色しておりますので細かいところはご容赦願います)
模擬裁判に裁判官として参加してくれたのは県内各地の高校生のみなさんです。
花子さん、山田さんなどの登場人物や、検察官、弁護人といった裁判の関係者を長野県弁護士会の弁護士が演じました。
弁護士の拙い演技にも関わらず、というのがこういう場合の決まり文句ですが、思いのほか演技が達者な弁護士の配役がハマり、参加者の高校生からはところどころ笑い(ときには悲鳴?)が起こり、想定を上回る鋭い質問も飛び交いました。
法教育って何だろうという事を聞かれたり、私自身考えたりすることが良くあります。
少なくとも、法律を勉強することではないんだろうと思います(法教育っていう名前が良くないのかもしれませんね。)。
私は、上記のイベントで高校生の皆様にこのイベントで大事にしてほしいことは、「よく見て、よく考えて、自分の意見を伝えること」という風に表現させてもらいました。
もちろん、これぞ法教育の正しい意味、というわけではありません。
最近、有名人が政治的な発言をすることの是非や、ネット上での誹謗中傷が話題になったりしました。
ここにはいろんな観点からの意見があるのだろうと思います。
ただ、こういった問題を考えるときにも、「よく見て(聞いて)、考えて、自分の意見を伝える」という事は、きっと役に立つのではないかと思っています。
皆さんもぜひ、お近くの弁護士や弁護士会が開催するイベントに出席してみてください。
弁護士って意外と演技派が多いですよ。
第77回 ラグビーと法教育
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
高知弁護士会「法教育委員会」委員長
山本 尚吾
昨年は、ラグビーワールドカップ2019が日本で開催され、大きな盛り上がりをみせました。ラグビーに長年携わってきた者として、非常に嬉しく思っています。そこで、これに無理やり乗っかって、法教育の話をしてみたいと思います。
ラグビーワールドカップ日本大会が盛り上がった理由について、ラグビーの持つ規律や組織のために尽くす自己犠牲の精神が日本人好みだったのではないかと語られることがあります。
ラグビーは激しいコンタクトスポーツであるため、けがの危険が常に伴う中、体を張って味方の勝利に尽くすプレーが観る人を感動させたのではないでしょうか。一方で、そのプレーは相手にけがを負わせる危険のある行為であり、ルールの中でこそ許容される行為であるため、ラグビーではより規律が重視されます。また、ラグビーは敵味方合わせると30人ものプレーヤーがおり、審判の目の届く範囲に限りがあることから、プレーヤーそれぞれが自律してルールを守ることや、審判の権限を尊重することがより重視されます。
このようなラグビーは、ルールが人の行動を規制し社会の秩序を維持する機能があることを学ぶ場となり、勝利を追求するだけでなく、他者を尊重する態度やルールを吟味して守る態度等を身につけさせ、他者と調和を図りながらともに生きていく力を育むこととなるため、法教育の絶好の場となっているのではないでしょうか。
また、ラグビーは、ルールが複雑だと言われることもありますが、それが魅力の一つでもあります。ラグビーでは、力が強いこと、足が速いことなどと同様に、ルールに対する理解が高いことも味方を勝利に導く大きな能力の一つです。
ワールドカップを通じて、テレビで「ジャッカル」というプレーが多く取り上げられました。ラグビーでは、ボールを持つプレーヤーが倒れてしまった場合にはボールを放す必要があり、これに反すると「ノットリリースザボール」という重大な反則となります。ジャッカルは、このルールを利用して、倒れてボールを放そうとする相手プレーヤーからボールを奪取することを狙ったプレーです(語源は、そのプレーが猛獣の食べ残しをあさるジャッカルに似ているとか…)。一方で、倒れたプレーヤーはワンプレーまでは許されるとされていますが、何秒ボールを持っていれば反則となるかは規定されておらず、どの範囲がワンプレーに当たるのかはその状況に応じて判断する必要があります。ここでは、ボールを仲間に繋げたいとの利益とプレーの進行を妨げてはいけないとの利益を調整する必要があり、プレーヤーは状況に応じて瞬時にルールを解釈し、反則にならないようにベストプレーを選択する必要があります。
このようにラグビーでは、ルールを理解することやルールを上手く利用することも大きな能力の一つであり、これを育む場となっています。ここでも、法を理解しこれを活用する力を育みながら、法が自分を守るとともに、自主的な活動の指針となって人の活動を促進する機能があることを学ぶ実践の場となってのではないでしょうか。
さて、私が所属する高知弁護士会では、平成30年度より、日弁連の学校派遣パイロット事業の実施地となっています。パイロット事業実施以前は弁護士会による出前授業の件数は年間0~2件程度というような状況でしたが、事業実施後は、明らかに件数が増加しています。
取り扱う授業も、選挙権に関する授業、いじめの予防授業、インターネットトラブル、刑事模擬裁判、模擬調停を利用したハラスメントに関する授業、よさこい祭りのルールを考える(ルール作り)など様々です。活動の主体を高校においていましたが、最近では、小学校、中学校や大学からも要請が来ており、その範囲も広がってきています。
もっとも、まだまだ弁護士会による出前授業の認知度は高くない状況ですので、今後も教育委員会や学校に働きかけを行い、高知における法教育の普及・実践に努めていきたいと思います。
そして、ラグビーもまだまだ競技人口が少なくマイナーなスポーツですので、個人的にはラグビーの普及にも努めていき、法教育の普及・実践の場にもしていければと思います。
第76回 何となく良いことをしている気がする…
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
大阪弁護士会「法教育委員会」副委員長
髙橋 礼雄
私は、弁護士になった当初から、法教育の活動に関わってきました。もうかれこれ12年になります。あまり積極的な性格ではないので、自らすすんで活動に参加する、ということはしてきませんでしたが、12年も続けていると、結構いろいろなことをしています。中学や高校に授業をしに行ったり、模擬裁判の授業用DVDを撮影したり、裁判員ゲーム(「ゲームで裁判員!スイートホーム炎上事件」)の作成に関わったり、小学生や中学生向けの大阪弁護士会のイベント(「ほうりつのがっこう」「中学生ジュニアロースクール」)や高校生模擬裁判選手権の運営に関わったり、大学の非常勤講師をしたり。よくよく思い出してみると、弁護士になった後、法廷に立つより高校に授業をしに行った方が早かった、ということもありました。
私は弁護士になる前に特に法教育に興味があったわけではなく、法教育委員会に入ったきっかけも、先に入った知り合いが楽しいと言っていたから、というふんわりしたものでした。
あまり積極的でない私が、特に興味もなくふんわりとした感じで始めた法教育の活動を長く続けられたのはどうしてだろう、と今回のコラムを書くにあたって考えてみた結論が、タイトルに書いたものです。
私は、困っている方の力になって、困りごとや悩みを解決して、その方の笑顔を見ることができる、という仕事に魅力を感じて弁護士になったのですが、そもそも困らないことに越したことはありません。法教育は問題に対する解決力を養うことを目的の一つにしていますので、法教育が浸透することにより、困る方が減るのではないか、と思っています。
また、弁護士の仕事をしていると、「もっと早く相談に来てくれていたら別の対処の方法があったのに…」と感じることがよくあります。なかなか相談に来られない理由の一つに、弁護士の敷居が高いと感じられているということがあるようです。法教育の活動を通じて、小学生・中学生・高校生と弁護士が触れ合う機会が増えることにより、徐々に敷居が低くなり、少しでも弁護士を身近な存在として感じてもらうことにつながるのでは、と思っています。
今後も、何となく良いことをしていると思いながら、ゆったりと活動を続けていこうと思っています。
第75回 共に学ぶ法教育授業
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岐阜県弁護士会「法教育委員会」委員
伊藤健文
法教育には、基本的には、絶対的な答えはありません。時には他者の立場に立ってみたり、他人の意見を聞いてみたりして、悩みながら答えを探していくものだと考えています。
私の個人的な意見ですが、法教育の醍醐味は、最後の答えを知ることよりは、悩み考える過程で、多角的に、論理的に物事を考える能力が養われていくことにあるのだろうと思います。
授業で、多くの生徒さんは、「結局答えは何なの?」と答えを求めます。当然私は、答えは言いません。答えがそもそもあるかわかりませんし、一応の答えでも、与えられてしまうとそこで思考が停止してしまいます。
ところで、岐阜県弁護士会は、平成30年度から、岐阜市と法教育推進授業を行っています。弁護士が5年間で、岐阜市内の全ての公立小学校・中学校で出前授業を行うというものです。授業は、日弁連市民のための法教育委員会が作成した、「小学校のための12教材」や「中学校のための11教材」を参考に行っています。
法教育推進授業によって、出前授業の数が劇的に増加し、私たちもたくさんのチャンスをいただけることになりました。
岐阜の出前授業は、定型のものを単純に提供するものではありません。
授業に先だって、弁護士と教師が打ち合わせを行い、そのクラスの特徴や生徒のレベルに合わせて、授業の内容、時間配分、問いを変更したり、小道具を用意してみたり、いろいろと工夫してオーダーメイドで行っています。さらに、授業が実施された後には、法教育委員会で報告し、改善点を議論しています。
私自身これまで、完璧に出来た、という手応えがある授業は一度もありません。過去に行ったことのあるテーマで、過去の反省点を生かしても、さらに改善点は残ります。完璧に出来たと思うことは、今後もないと思います。
そういう意味では、法教育をしている生徒だけでなく、弁護士にとっても答えのない問題から学ばせてもらっています。
これからの時代、法教育で学ぶことのできる、自分の頭で考え解決策を探し出す能力は非常に重要です。私は、これからも出前授業を続けて、生徒さんらに答えのない問いを投げかけていきたいと思っています。
と同時に、教える側が思考を停止させていては話になりませんので、常に改善点に向き合いながら、よりよい授業を目指して成長していきたいと思います。
追伸:出前授業は、岐阜市に限った話ではなく、多くの都道府県でおこなわれています。興味がおありでしたら、一度、ご自身の都道府県の弁護士会に、出前授業が可能かどうか問い合わせてみてはいかがでしょうか。少なくとも岐阜県弁護士会は大いに歓迎します。
第74回 こども六法
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
仙台弁護士会「法教育検討特別委員会」委員
神坪浩喜
「こども六法」(山崎聡一郎著 弘文堂)という素敵な本に出会いました。ベストセラーになっておりますので、読んだ方もいるでしょう。本の帯には、「きみを強くする法律の本」「いじめ、虐待に悩んでいるきみへ」「法律はみんなを守るためにある。知っていれば大人に悩みを伝えて解決してもらうのに役立つよ!」と書かれてあります。
刑法や民法、憲法といった条文を前提にしていますが、わかりやすく言葉を置き換えていますし、漢字にはすべてフリガナがつけられて小学生でも読めるようになっています。
例えば、刑法208条暴行罪は「人に乱暴な行いをしたけれども、相手にケガをさせなかった場合は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金か拘留、科料とします。」としています(実際の条文は「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」です)。
動物のイラストがたくさん載せられていて、楽しくページをめくることができます。子ども向けではありますが、立憲主義や罪刑法定主義、契約自由の原則といった原則についても触れられていて、大人が読んでも読み応えのあるものになっています。そして、この本の特徴は、帯の言葉にあるように、いじめられている子どもに、特に読んでもらいたいというメッセージが込められています。
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いじめれらているキミ
いじめに悩んでいるキミ
実は、法律が、キミのことを守ってくれているんだよ。
今、キミが受けているいじめは、刑法で暴行罪という犯罪になるし、民法で不法行為となって、損害賠償が請求できるよ。
いじめは、法律でいけないことと決められているんだ。
そしてキミは悪くない。一人で悩まないで、大人に相談してみよう。
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こんなメッセージが込められています。
著者の山崎さんは、「法教育を通じたいじめ問題解決」をテーマに研究をしている方です。山崎さんは、小学5年から6年にかけて、左手首を骨折するほどの暴力を伴ういじめを受けたのですが、学校内の処理では、加害者生徒の形だけの謝罪であいまいにされ、心にひっかかるものを抱え、でも仕方がないのかなと思っていました。
中学生になってから、学校の図書室にあった六法全書をみて、いじめ加害者がしていたことは、暴行罪や傷害罪にあたると知って、衝撃をうけたそうです。そして、いじめられたときに、法が守ってくれていることを知っていればと思ったそうです。
そこで、過去の自分と同じように、いじめで悩んでいる子どもに、法が守ってくれているということを、伝えたくて、子どもが読める六法の作成を思い立ちました。
「法律はみんなのためのルールなのに、みんなにわかるように書かれていない」 そして、子どもにわかるように書き直された本もない。ならば、自分で子どもが読める法律の本を作ろう!という熱い思いから、この本が作られました。いじめ問題の解決、法律の条文の書き直しという視点からの「法教育」です。「おお!なるほど!」と思いました。
私がやってきた法教育は、法の背景にある価値(正義や公正、個人の尊重、立憲主義、無罪推定原則、適正手続の保障等)を軸に、他者との対話を通じて、多面的なものの見方、考え方を身につけ、自分らしく生きていくことを育むものを目的とするものですが、「法を知り、活用して、自分を守る」という山崎さんの視点も大切なことだと思いました。
それに、現在法教育は、弁護士による出前授業やジュニアロースクール、教員による法教育授業を中心に展開されていますが、この「こども六法」のように、子ども自らが、楽しんで読むことができる法についての本も必要かと思います。
「こども六法」
ぜひ、多くの子ども達に読んでもらいたい本です。
第73回 法教育なるほどセミナー~弁護士の異常な情熱~
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
熊本県弁護士会「法教育委員会」副委員長
野村憲一
熊本県弁護士会では、平成18年から毎年8月頃、演劇などを通じて法教育を子どもたちに行う「法教育なるほどセミナー」というイベントを開催しています。小学生及び中学生を対象としており、それぞれ定員30名程度で行っています。
開始当初は、参加者がなかなか集まらず苦労していましたが、5年ほど前くらいから突如申込みが殺到するようになり、現在では、早い段階で定員に達し、やむなくお断りすることがあるほど人気があります。なぜなのかは正直なところ私たち委員も分かっていません。
同セミナーの構成は、基本的には、弁護士が演劇を行い、そこで、後にディスカッションしてもらう考慮要素となる事情が出るようにします。その後、数名ずつの班に分けた参加者にそれぞれ意見を発表してもらい、班としての意見を集約しもらいます。そして、全員に発表してもらい、違った視点の意見を聞くことになります。このように、多様な意見を聞き、様々な利害を調整することで、法的なものの考え方を身につけてもらうことを目標としています。いわゆる「正解」は設定していませんので、とにかく褒めて、子どもたちの発表を煽っていきます。
主役はもちろん参加してくれる子どもたちです。しかし、「やりすぎでしょう」と思うくらい、そこには弁護士たちの異常な情熱があります。
完全オリジナルのシナリオを一から作り、配役を決め、練習前に台詞の暗記が義務付けられます。月1回だった委員会は、週1回に増え、イベントの直前期は、週に複数回集まります。
最初は、みんな恥ずかしそうに、「やらされているから仕方ないな」という感じで演技します。しかし、演技指導(主にどうすれば面白くなるかについて)が行われ、徐々にスイッチが入っていき、やがて自分の台詞はこうして欲しいなど積極的な意見(主にどうすれば笑いが取れるかについて)が出てきます。誰よりも笑いを取りたいというのは、当初の目的を見失っている気もしますが、そこには、期や年齢は関係なく、アクターとしてのプライドが見え隠れしています。かく言う私も、過去、女子バレー部員役、紫色の全身タイツを着て某国民的アニメのバイキンをモチーフにした悪役などを演じました。
小道具や衣装にも力が入っています。ついに犬の着ぐるみまで手作りした際は、自分たちはどこに向かっているのかよく分からなくなりました。
映像も凝り出し、1つのピークを迎えたのが、平成27年度。静止画ベースの映像に台詞を入れ込む回想シーンと生の演劇を融合させることに成功しました。
このように作品としてのクオリティーは年々上がっていったように感じます。
しかし、その代償は大きく、平成27年度を境に委員数が激減しました。みんな情熱を注ぎすぎ、特に若手の負担は大きく、(うすうす勘づいてはいましたが)通常業務に支障をきたしていたのです。猛省し、「労力をかけすぎない。若手に無理させない。」をモットーに、ここ数年は過去の演目のリメイクが続いています。
ただ、やはりシナリオを作っている際の議論、子どもたちに何を伝えるべきか、分かりやすくするためにはどうすべきかを考える作業こそ、私たち弁護士にとっても非常に勉強になるのだと思います。そのため、再びオリジナルのシナリオを作りたいと思っています。
現在当会の法教育委員会の実働は10数名です。しかし、法教育に情熱をもっています。今後も子どもたちに楽しんでもらいながら、法教育を伝えられるように切磋琢磨していきたいと思います。
第72回 家庭でできる法教育実践
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
群馬弁護士会「法教育委員会」委員
森田陽介
我が家には小2(男)、年長(男)、年少(女)の子どもがいます(以下、順に「長男」、「二男」、「長女」といいます。)。同じような年齢の子どもを持つ方はよく分かると思いますが、毎日どこかで必ずけんかが起きています。何をして遊ぶか、おもちゃを貸す貸さない、誰がママの隣で寝るか、どこに出かけるか……。ちなみに私はこの原稿を自宅で書いていますが、今は、二男が長女のボールを強奪したため長女が泣きわめています。
私も妻も弁護士をしているということもあり、我が家では、子どもたちがけんかを始めた場合、なるべく公正に紛争を解決しようということで、次のような裁判手続きが取られることがあります。
親が紛争に気付くのは、子どもたちが言い争いをしている時です。よくあるパターンは、二男が泣きながら「長男ちゃんがあっかんべえしたー!」と言い、長男が「二男ちゃんが悪いんじゃん!」と大声で言っているやつです。
まず、親が事件の発生を感知したら、親が裁判官役となり二人から事件の概要を聞きます。一方が事情を説明している時に、他方が口を挟もうとすることがありますが、それは許されません。争いのない事実(長男があっかんべえをした事実)が確定された後、長男がどうしてそのような行動(あっかんべえ)をしたのかを探ってゆくことになります。本件においては、結局、どちらが先に悪いことをしたのかということが問題となります。それぞれ、自分の主張(長男が理由なくあっかんべえをしたのか、二男が悪いことをしたので長男があっかんべえをしたのか)が正しいことの根拠を述べなければなりません。ただし、客観的証拠などありませんので、たいていの場合行き詰まります。ここで出てくるのが、常に間近で二人の紛争を見ている長女です。裁判官が長女に尋問を行うと、長女は自分の役割の大切さを知っているのか、真面目な顔をして証言します。長女が本当のことを語っているのかわかりませんが、他に事実を認定する術がありませんので、たいていの場合、長女の証言どおりの事実認定がされます。そして、どちらが紛争のきっかけを作ったのかが認定された後は、そちらに謝罪をさせ、和解が成立して終わりとなります。
この裁判手続きを通じて、私は子どもたちに、紛争は平和的な手続により解決すべきこと、自分にとって不満の残る結果になったとしても受け入れなければならないこと、最後はなるべく和解で終わらせるべきことなどを身に付けてほしいと考えています。
以上、家庭での法教育実践の一例として参考にして頂ければ幸いです。なお、我が家の裁判官役同士の紛争は、私が一方的に事実関係を認めて謝罪することにより解決されますが、その話は別の機会に書こうと思います。
第71回 この10年を振り返って
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
中弁連「法教育委員会」委員
金沢弁護士会「法教育委員会」委員長
北 村 勇 樹
■ 全国高校生模擬裁判選手権との出会い
私と全国高校生模擬裁判選手権との出会いは、約10年前に遡る。そのとき、私は、法科大学院の大学院生であった。当時、中部北陸大会はまだ開催されておらず、関西大会に出場する高校を決める福井県予選が福井地方裁判所で行われていた。その後、司法修習の修習地が福井に決まり、修習中にも同じく福井県予選を見学する機会に恵まれた。
高校生の気迫溢れる質問、工夫を凝らしたプレゼンテーション・・・他方で、高校生と支援弁護士とが和気あいあいと触れ合っている姿がその会場にはあった。
■ 最初で最後の支援弁護士
司法修習を経て弁護士登録をした後、金沢弁護士会にも法教育委員会が設置され、私はその委員会の委員になった。それまで石川県内から本選手権に出場する高校はなかったが、その年、はじめて中部北陸大会が開催されることとなり、それに合わせて、私の母校も本選手権への参加を表明した。私は、支援弁護士として、母校に出向くことになった。
初出場とはいえ母校の後輩たちに恥ずかしい思いはさせたくない。でも、支援弁護士が介入しすぎて彼ら彼女らの主体性を損なわせては意味がない。そんな葛藤を抱えながらの支援であった。
残り1週間を切り、いよいよ切羽詰まってきた。リハーサルをしても、何年か前に福井の地で見た高校生の姿には遠く及ばない母校の後輩たち。本番は大丈夫だろうかという焦り。ただ、一方で、土壇場で力を発揮するのが母校の校風だという思いもどこかにはあった。
本番当日、裁判所の前で待ち合わせをした。みんな笑顔で焦燥感はない。大丈夫。これまで準備してきたことを存分に発揮してくれるだろうという期待も持てた。
結果的に入賞することは叶わなかったが、福井県予選を勝ち抜いてきた高校にも臆することなく立ち向かい、素晴らしい姿を法廷で披露してくれた。鋭い質問。想定外の返答が返ってきても、その場で冷静に考え、再度組み立てなおす対応力。論理的なプレゼンテーション。かつて見たのと同様の、あるいはそれを上回る高校生の姿がそこにはあった。また、閉会式後の交流会では、他校の生徒と楽しそうに交流していた。
私が支援弁護士として活動できたのはこの年の1回限りであった。それでも、彼ら彼女らと過ごした数か月間は、非常に濃いものであり、貴重な経験となった。支援弁護士としての悩み、もどかしさ、期待、感動その他色々な感情がその時々に生じていたが、それらも含めて、彼ら彼女らと一緒に紡いだ一つのストーリーとして思い出に残るのが支援弁護士の醍醐味だと思う。
■ いまの役割
中部北陸大会の開催は今年で7年目を迎え、金沢での開催は昨年に引き続き4度目となった。現在、私は、本選手権の運営側を担っており、高校生にとって本選手権がより良い機会になるよう万全の設えをしていきたいと考えている。というのも、数か月という短い期間ではあっても、チーム一丸となって同じ目標を目指して過ごした熱い夏の思い出は、きっと忘れ去られることなく、彼ら彼女らの人生の糧になっていくと信じているからである。
また、今年は、教材(セレクトショップにおける万引き(窃盗)の事案)の作成にも携わる機会を頂いた。店舗の写真を撮影しに行ったり(石川県内にあるお店にご協力いただきました)、被害品のコーヒー粉を特注したり(大阪府内にある業者にご協力いただきました)、産みの苦しみを味わいながらも、個人的には楽しみながら作業を進めることができた。
あとしていない役割といえば、証人役あるいは被告人役といったところか。15年目を迎えるまでに一度経験してもよいかもしれない。
いずれにせよ、私個人の立場・役割は変われども、この素晴らしい大会が今後も継続していけるよう、微力ながら今後も貢献していきたい。
第70回 すべての道は法教育に通ず?
日弁連「市民のための法教育委員会」事務局長
愛知県弁護士会「法教育委員会」委員
荒川武志
弁護士というのは、争いごとの中に巻き込まれながら、それを解決していく仕事。その中ですり減った心を癒やすために、純真な子どもたちと関わりたい…というのが、私が、法教育に興味を持ったきっかけでした。
実際、学校現場にも行き、それはそれは心を癒やされる日々を過ごしました。実際、学校に出向くと、子どもたちは目を輝かせて興味を持って話を聞いてくれます。きっと、いつもと違う状況を楽しんでいたのだと思いますが、それは、私の側も同じだったわけです。
その頃、私は、法教育とは「価値観の多様性を理解し、行動する」力を育むものだと教わりました(「あなたも大事、わたしも大事」がキーワードでした)。法教育の定義については、難しい言い方から簡単な言い方までいろいろですが、私は、この定義が、今でも全ての基本になっていると考えています。
では、価値観の多様性を子どもたちが理解し、それを行動に移すことできるようになると、何が変わるのでしょうか?
こういう仕事をしていると、自分の言うことが絶対正しいと言い張るような人も多く見かけます。自分が納得できないと、すぐに怒り出す人もいて、これでは交渉になりません。
でも、相手の言っていることが「もしかしたら、それもアリかもしれない」と思いながら交渉したとすればどうでしょう。ひとまず、相手の話はきちんと聞くようになりますよね。そして、その話に説得力があるかを判断して、自分の意見のほうが良さそうであれば、自分の意見をできるだけ説得力を持つような形で伝えます。(説得力があるかをどう判断し、またどう表現するのかも、法教育の中身だと考えています。具体的には、事実に裏付けされた論拠に基づいているかということですが、深入りすると少し難しい話になるので、この程度にしておきます。)
それを、双方が「あなたも大事、わたしも大事」というスタンスで繰り返せば、感情的にならず、けんかをすることもなく、双方にとって有益な結論を導くことができます。東京大学の宍戸常寿教授は、これを「上手に説得し、上手に説得される能力」と仰っていましたが(ステキな表現ですよね)、すべての人たちが、そのスタンスを持つことができれば、世の中、随分変わる気がしませんか?
例えば、問題となっている「いじめ」も、人と違った部分のある子どもを排除することから始まるのだと思うのですが、「それもアリだよね」「それも含めて大事な存在だよね」と考えることができれば、排除するという感覚すらなくなるはずです。
SNSの問題だって、投稿された内容に様々な評価があって当然だと理解していれば、一方的に非難して炎上させるようなこともなくなるでしょうし、事実の裏付けがあるのか論拠を見極めることが重要だと分かっていれば、誤った情報に踊らされることもなくなります。
夫婦関係でも、相手に価値観を押しつけず、まず相手を理解するというスタンスを持つことが重要ですが、それも法教育の基礎になる考え方です。また、「自分はさておき」でなく、「自分も大事」という気持ちを持つことも意外と重要だったりします(コレ、1年くらい前に、後輩弁護士の結婚式の祝辞で使いました(笑)。)
私は、世の中の全ての問題の解決のヒントに、「法教育」があるような気がしてならないんですよね。ちょっと大風呂敷を広げすぎかもしれないですけど。
単に、自分の心を癒やすために足を突っ込んだ法教育の世界ですが(笑)、まさか、そんな大きな世界が広がっているとは。何だか、ちょっと責任大きくなりすぎのような気もするけれど、これほどやりがいのある活動もないかなって思います。
たくさんの子どもたちに、法教育が行き届くといいなぁ♪
第69回 「ぶらんこ復活」著者とのやり取りの中で
埼玉弁護士会「人権のための法教育委員会」委員
弁護士 水谷 亜弓
「ぶらんこ復活」は、小学校3・4年生の道徳の副読本に載っている話で、これは実話である。
法教育活動の中で知り合った著者との、当時のやり取りを振り返ってみた。
なお、著者は話に出てくる当時の校長でもある。
当時、著者はこれを「自分たちで学校生活を快適に過ごすためのルールを考え、そのルールに基づいて実施、運用する」話として執筆したそうである。
その後、大学の非常勤講師をしている著者が、この題材を使って、教員を目指す学生らへ模擬授業を行うにあたって、その授業案について私に意見を聞いてくれた。
なぜルールが存在するのか、という視点抜きには語れない「ルール」というものを安易に作って、「みんな守ろうね」では何ともツマラナイ。
でも、この話には色々詰まっていた。
噛めば噛むほど・・・もとい、読めば読むほど、面白そうな題材だった。
しかし、ポイントを抑えなければ意味がない。
私は、生来の図々しさも手伝い、「ぶらんこで遊ぶ権利をはく奪する(横暴な校長である)」と伝えてしまった。
もちろん、最終的に校長は児童からの提案を受け入れ、禁止を解除するのだから、非常に柔軟性の高い校長なのだが。
当時の自分のメールを(大層恥ずかしいが)引用する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
①怪我が多いからと一方的にぶらんこで遊ぶ権利はく奪
②ここで普通の小学生は「学校が決めたことだから」と諦める。
③主人公の子は諦めずに自分のやりたいことを主張する
④また遊ぶには、問題点をクリアしなければならない
⑤どうすればよいか話し合って決める
⑥解決策を学校側に提示
⑦学校側がこれを認め、ぶらんこ使用を再開
という流れで、③を自由にいえる環境があることがまず大切です。
その上で、⑤ですね。自分の自由(自己実現)と他者の自由の共存、そして
みんな自由に使うと自分も他人も怪我をしてしまうというリスクをどう回避するか。
さらに、それを受けて合理的な解決策と認めてルール変更(使用不可から使用再開へ)する学校側の姿勢。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生意気だなあと思う。
でも、これを真正面から受け止めてくれた。
むしろ面白がってくれた。
そして、授業案として、低、中学年は③(自分の意見を主張する。すなわち、ルールへの疑問を持つことと、それを表明するという行動)をメインに、高学年は⑤をメインに法教育授業として展開できるのではないかとアレンジされ、実際に模擬授業活動を行っている。
なお、著者が日弁連主催「法教育セミナー」に参加された際、ワークショップにて「ぶらんこ復活」が題材として取り上げられたが、著者はそれが扱われることを知らなかったとのことである。自分が著者だと伝えると、大変盛り上がったそうだ。
その後のやり取りの中で、ぶらんこ復活の授業の効果として私が感じたことをコメントしていたので、これも(非常に恥ずかしいが)引用する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※なぜきまりがあるのかを考えることで、きまりがあることは、実は当たり前のことではないこと、どうしても必要だから存在するのだということを理解できるのではないでしょうか。
こどもたちが、なぜ既存のきまりがあるのかと疑問に持つことができ、きまりの真の意味を知って行動することで、そのきまりを守る意識も高まると思います。
逆に、きまりを作る側としては、そのきまりの意味を説明できないといけませんし、そのきまりが過度に制約を伴うものであった場合、本来は自由な存在である、基本的人権を持つ1人1人に対する過度な制約であることを真摯に受け止め、変更も含め考えなければならない問題だとも思います。
例えば、通学班一つとっても、本来、どの道を通ろうが、誰と行こうが、1人で行こうが「自由」なはずなんですが、それよりも、「安全な登校」という価値が上回るからこそ、その自由を制限しています。
しかし、班はすべて軍隊のように一糸乱れず歩調を合わせなければならない、となると過度な制約ですよね。「安全を守る」という目的からもかけ離れ、意味のない制約になってしまいます。
ぶらんこ復活は、上記の理解のためにとてもシンプルでこどもたちも理解しやすい題材だと思います(サクセスストーリーだから余計に!)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
道徳として載っている教材も、ポイントを抑えれば十分に法教育の題材になる、というお話でした。
本当に生意気でごめんなさい。
【参考】『私たちの道徳3・4年生』(文部科学省ホームページ)
以上
第68回 宮崎の法教育の未来
日弁連 市民のための法教育委員会 委員
宮崎県弁護士会「法教育委員会」 委員
弁護士 青木 大樹
宮崎県の法教育の現状と今後について、個人的に思うことを述べさせていただきます。
宮崎県は、平成28年度より、日弁連のパイロット事業の実施地となっており、本年度は、同事業の最終年度になります。
パイロット事業実施以前、宮崎県における弁護士の出前授業は、年に数件というような状況でしたが、パイロット事業のおかげで、出前授業の実施件数は増えてきており、昨年度は、40件程になりました。
授業件数も増え、自分自身も授業をしていると、法教育を通じて、弁護士が子ども達の役に立てる事はあるんだろうなと改めて感じております。
「法教育」という言葉は様々な意味で使われることがあり、私自身も不勉強な部分はありますが、根源的には、「主体的に考える力を育てる」ことだと勝手に理解しております。
そのような観点から、私が授業を行う際には、冒頭において、目標設定とそれを達成するプロセスを意識して行動することについて話をしています。法律とは関係ありませんが、どのような問題にも共通する思考のプロセスですし、「弁護士の頭の中」を語ることにも意味があると思っています。実際、子ども達にとっては、そのような発想は意外に新鮮なようで、その点に関する反響は大きいように感じています。
偉そうなことを述べていますが、宮崎県における法教育の状況は、出前授業が若干増えてきたとはいえ、全国各地の取り組みに比して遅れていることが多く、全国各地の例に学ぶことが多いのが現状です。
もっとも、小さい単位会であるからこそ、手が届く部分が多く、やろうと思えばできることも多いと思っています。例えば、県内の国公立高校の数は40校ほどなので、どのような内容であれ、こちらから積極的に働きかけて、全校を回り、法教育の理念を広めることは可能だと考えたりしています(口だけ番長にならないように、思い切って、この場を持って表明してみました)。
国際化がさらに進む中で、主体的に考える力が重要だと言われる機会に最近多く接しますが、弁護士が、法教育の理念・考え方を繰り返し伝えていくことで、「宮崎の子どもたちは世界で戦える!」という未来を創る手助けができれば、こんなハッピーなことはない、と思う今日この頃でございます。
第67回 高校生の暑い夏
日弁連 市民のための法教育委員会 委員
東京弁護士会 法教育委員会 委員
中村 剛
「高校生の暑い夏」といえば、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)や各種スポーツのインターハイなどを思い出す方も多いかと思います。実は、当会が主催している「高校生の暑い夏」を彩る大会があります。当コラムでも度々紹介されている、「高校生模擬裁判選手権」です。
今年で13回目を迎える本大会は、8月3日(土)に全国4ヶ所(東京・大阪・金沢・高松)で行われます。近年は、募集を上回る応募をいただいており、今は各地で予選などが行われています。また、今年の教材もそろそろ配布される時期であり、これから生徒達が本格的に検討していくことになります。出場校の募集期限は過ぎてしまいましたが、観覧は無料で行なえますので、ぜひ大会当日には足をお運び下さい。
私は、第9回から第11回までの3大会を支援弁護士として高校生達の支援を行い、第12回から運営側にまわり、本大会に携わっています。今回は、初めて教材の作成を始めとした大会作りそのものから関わっています。
本大会は、今回で13回目を迎えますが、応募校数は全国で53校と過去最高となり、徐々に広がりを見せています。また、大会だけでなく、大会に参加した生徒達が、自主的に、各地区の大会の優勝校同士で交流戦を行う例や、自分達で教材を作成して模擬裁判を行う例も出てきました。さらに、本大会に参加した生徒達がその後弁護士になり、支援弁護士として生徒達を支援する例なども出てきています。昨年行われた司法シンポジウムでは、模擬裁判選手権に参加して、その後その経験を活かして各界で活躍をされている方にお話いただくなど、本大会が着実に浸透してきているなと実感しているところです。
今後、「高校生の暑い夏」といえば、当会が主催する「高校生模擬裁判選手権」が連想されるような、多くの皆様に広く知られる大会に成長させていきたいと思います。
第66回 「公共」に関する学習会を受けてみて
仙台弁護士会「法教育検討特別委員会」委員
佐藤 洋介
平成31年3月15日(金)午後3時より仙台弁護士会館にて、弁護士対象の公共科目に関する学習会が開催されました。2022年度から高校で導入される新必修科目「公共」に関して、福井大学学術研究教育・人文社会系部門教授の橋本康弘先生をお招きし、その経緯やポイント、弁護士の関わり方等を中心にご講演をいただきました。
公共科目導入にあたっての学習指導要領の改訂においては、「思考力、判断力、表現力」の育成が重視され、その基礎となる「見方・考え方」を定着させるための授業作りが求められているとのことでした。また同改訂に至るまでの中央教育審議会での議論状況など、興味深い内容もお話し頂きました。
基本的な考え方として、知識に関しては単にそれを教えるのではなく、社会における様々な問題に対して意見を持ち、議論をするための前提(言わばツール)として教え、自分の意見の理由付け、理由付けの裏付けなども意識させることが重要であるとのことで、私たち弁護士の業務においても普段から意識すべき観点と共通すると感じました。
また公共科目では、「外部専門家」の活用が求められているが、教育現場ではまだまだ先の話であるという認識があり、むしろ専門家の方が積極的で、両者間には温度差があるのが現状であるとのお話をいただきました。
公共科目の導入にあたっては、今後弁護士も外部専門家として関わることが必至であり、今後も理解を深めていく必要となります。また、授業内容の創作においては教育現場との連携が必要不可欠であるため、今後学校側との更なる関係強化、コミュニケーションを図っていく必要があると改めて感じました。
第65回 高校生の暑い夏~長崎・佐賀合同高校生模擬裁判選手権~
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
長崎県弁護士会「法教育委員会」委員
弁護士 鮎川 愛
長崎県弁護士会では、毎年、夏に高校生の模擬裁判を実施しています。さらに、数年前からは、お隣の佐賀県弁護士会とも協働し、長崎と佐賀、それぞれ予選会を行い、予選を勝ち抜いた各県の代表校が対戦する高校生模擬裁判選手権を実施しており、高校生たちの熱い戦いを盛り上げています。
特に近年では、自分たちも参加してみたいと興味を示す学校が増えており、当会の法教育委員会のメンバーは、教材作成担当、裁判所や検察庁や佐賀県弁護士会との調整担当、指導官担当、当日運営担当と、それぞれの役割に分かれ、数カ月間準備に追われることになります。
毎年の模擬裁判を通じて感じることは、子どもたちの力が本当に無限であるということです。始まった当初は、皆一様に声も小さく、自分の意見を言うにも恥ずかしそうに控えめに発言し、なかなか議論が進まないところから、次第に仲間の意見を聞き、自分の意見をまとめ、それを議論しながらチームとして意見をまとめていくようになり、その成長するスピードにはいつも驚かされます。そして、最後には、それぞれのチームが法廷で堂々と主張し、最初に会った頃の自信のない表情とは全く違う凛とした姿を見せてくれる子どもたちに、短期間に沢山のことを吸収してそれを自分の成長に活かしていく柔軟性と成長力を強く感じます。
模擬裁判は、決して弁護士を養成する場ではありません。高校生が、単に裁判や法律を学ぶというだけでなく、裁判という手続きを通して、自由や権利などの価値を理解し、仲間同士でディスカッションしながら様々な事実を多角的に分析し、それを論理的に組み合わせ、評価をしていく、という一連のものの考え方を学び、実践する場であると考えます。
今年は、まもなく新元号となり、もう数カ月もすれば季節も春から代わり、また高校生たちの暑い夏がやってきます。高校生たちの勢いに弁護士も負けぬよう、しっかり準備をしていきたいと思います。
第64回 「法教育に育てられた18年前といま」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
札幌弁護士会「法教育委員会」委員
石塚 慶如
私が高校生だった18年前は、法教育の取り組みがここまで全国的な規模ではなかったと思いますが、その当時、私が通っていた北海道内の高校で弁護士が授業を行うという取り組みがありました。その授業では、放火事件を題材に生徒たちが模擬裁判を実演し、その後評議をするという内容だったと記憶しています。
評議のときに感じたことは、存在する証拠は同じでも、人によって見え方が違うということでした。そして、議論を積み重ねて納得するというプロセスもとても新鮮なものでした。
議論を積み重ねて結論を出すことが新鮮に感じた理由は、今までの学校生活での決定プロセスがこれと違っていたように感じていたからです。例えば、小学校では声が大きくガキ大将タイプの人の意見が通っていたように思います。中学校になると、恥ずかしさや間違いだと指摘されることへの怖さからか、クラス内で意見が出にくくなり、出された意見が無批判に通っていたような記憶があります。
そのため、議論をして結論を出すことはクラス会などで何度も行っていたはずと言われても、私にとっては形式的なものに過ぎなくて、実質はちょっと違ったように思います。
しかし、模擬裁判を通じて、「人と違う意見を出してもいいんだ」、「相手に納得してもらったり、相手から納得させられたりすることがあるんだ」と、ある意味当然のようなことを新鮮に思った記憶があります。
そんな高校時代から18年が経ち、私は現在、母校の高校で高校生に法教育活動をしています。そこで模擬裁判の授業をする際に伝えていることは、「正しい答えが用意されていない問題を解決するために全員で議論して結論をだしてほしい」ということです。
クラス内の決め事や、進路選択や社会人になってからのことなど、児童や生徒が遭遇する重要な課題のほとんどは、答えが用意されていない問題のはずです。これを解決するためには、解決方法を知っておくことが重要と感じています。
さきの模擬裁判のように他者と議論を積み重ねることのほか、何度も課題を解決することで見えてくる判断基準の規則性を見つけることもそうだと思います。
このように考えると、法教育の考え方は、特定の科目や教科とつながるというだけではなく、学校生活や社会生活全般と繋がっているのだなと、改めて感じるところです。
第63回 「法教育授業のおわりに」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
仙台弁護士会「法教育検討特別委員会」委員
神坪 浩喜
私は、学校に「ルール作り」等の法教育授業にいったとき、授業のおわりにこんなお話をしています。
~~~~~~~~~~
皆さん、法教育授業を体験してみていかがでしたか。
友達の話をきいてみると「へ~そんな考え方もあるんだなあ」と思いませんでしたか。「それは、ちょっと違うんじゃない」と、そう思った人もいると思います。
ここで、皆さんに体験して欲しかったこと。それは、自分とは違う色々なものの見方や考え方があるということです。自分とは違う考え方の人がいる。その人の意見の理由を聞いてみると、なるほどと感じる。でもやっぱりここが違うじゃないかなと考える。そんな人の話をきいて、迷ったり考えたりということを体験して欲しかったのです。
皆さん、法が大切にしている考え方って何だと思いますか?
それは、一人ひとり、みんな違っているから、お互いに尊重しながら、よく話し合いをしていきましょうという考え方です。
一人ひとりを大切にするという「個人の尊重」
そしてみんなでよく話し合いをしようという「民主主義」です。
一人ひとり、この世に、皆さんと同じ人はいません。皆さんの代わりはいません。かけがえのない存在ということです。そして、みんなそうなのです。
みんな違います。生まれてきた環境も考え方も好みも違います。カレーが大好きな子もいれば、嫌いな子もいる。サッカーが好きな子もいれば、野球が好きな子もいる。人それぞれなのです。
そして、人は、人と支え合って、助け合って生きていかなければ、生きてはいけません。一人では生きていけないのです。人は、人と人との間で「人間」となるのです。
今日、皆さんが、食べた朝ご飯、誰がつくってくれましたか。そのお米や野菜、お肉は誰が育てたのでしょう。誰が運んでくれたのでしょう。お父さんやお母さんといった目に見える人はもちろん、目に見えないたくさんの人に、皆さんは支えられ、助けられているのです。人は、人とつながりながら、社会とつながりながら生きています。人は、一人では生きていけないのです。
そして、人は考え方が違う。同じ人は一人としていません。だから、自分以外の人が、何を欲して、何を考えているのかは、話し合わなければ分からないのです。
分からなければ、衝突が生じます。自分が好きなことを、相手も喜ぶと思って行動したところ、相手の人はそれを嫌いで嫌がることもあるでしょう。自分の考え方や価値観を押しつけると、相手の人は反発してしまいます。きっと喧嘩になって、お互い傷つけあってしまうでしょう。
だから、よく話し合って、お互いの考え方を知るのです。
「私は、これこれの理由からこうした方がいいと思う。」と意見をお互いに言うのです。約束事を決めるのです。ルールを決めるのです。それは、混乱をさけること、お互いに傷つけあわずに、仲良く、支え合って生きていくことができるためにそうするのです。
皆さんは、「法」というものは、縛り付けるもの、不自由なものと思っているかも知れませんね。でも、法は、決して、皆さんを縛り付けて自由を奪うものではありません。
法の目的は、色々な考え方の人がいる社会において、人が共に支え合って、共に幸せに生きることができることを目指すものなのです。色々な価値観をもつ人がいて、それぞれが幸せに共に生きることができるように調整し、バランスを図ろうとするものなのですね。
人は皆違って、色々な人がいるからこそ、調整としての法やルールが必要になってくるわけです。
幸せのために法はあるのですよ。
一人ひとりかけがえのない存在として、その存在や意見は尊重すること。そして、みんなでよく話し合っていくこと、この大切さを、心に留めておいて下さいね。 皆さん、今日は、熱心に法教育授業を聞いてくれて、ありがとうございました。
第62回 「法教育は負けていないか?」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
坂根 義範
今から10年ほど前 ― 平成20年(2008年)ころと記憶しています ― ある論者が日本における特殊詐欺の実状を踏まえた上で興味深いことを語っていました。「還付金詐欺のように役所の名前をかたる手口の振込詐欺は、アメリカではあり得ない。もし『あなたにお返しすべき還付金がありますが、今日中に手続を済ませないと、この還付金を受け取る権利が消滅してしまうので、今すぐ急いで指示に従ってください』という電話がきたら、多くの米国市民は、まず何を考えるか。そんな大事な権利の存在を、消滅する当日まで当人に知らせなかった役所や役人は全くけしからん、訴えてやろう。だから、まず、電話をかけてきた役人らしき人物やその上司、ひいてはその役所の責任を追及しようと考え、『あなたは、どこの役所の何という部署の者なのか? 上司の名前は? 私の権利が今日中に消滅するというのは、一体どういうことなのか?』と矢継ぎ早に質問を浴びせるでしょう。したがって、アメリカでは還付金詐欺など試みるだけ無駄なことなんです」と。ラジオか何かで耳にして、ひどく感心した覚えがあります。
実はこの話、私が法教育に携わるようになった原点の1つです。
もちろん、アメリカと日本では国の成り立ちや憲法を始めとする法制度を作り上げてきた歴史が異なり、お上意識の有無なども影響して、両国における詐欺の手口が大きく違うのだろうとは理解しています。それでも、市民への法の浸透度、法意識に大きな差があることに嘆息してしまいました。と同時に、その差を埋めるため、法教育による可能性に賭けてみたいとも思いました。
確かに、詐欺犯撲滅のような防犯活動は、まずもって治安機関の任務であり、また、犯人を生み出さないための教育や、人として善く生きるように導くこと、貧困の撲滅などが重要であり、法教育と直接には関係ないだろうという声も聞かれます。しかし、例えば、道行く人が皆、武術の心得を有する人たちであれば、ひったくりをやって金品を奪おうなどと不埒な考えをもつ輩はきっと出てこないでしょう。同様に、市民が皆、法意識の高い人たちで、米国市民のように、電話をかけてきた詐欺犯に対して当たり前のように切り返せる法感覚があれば、昨今のように特殊詐欺がはびこる世の中にはなっていないはずです。そうした反社会的な事象に負けずに市民が生き抜く力、いわばバイタルなパワーやスキルを市民に供給できる法教育でありたいと常日頃から願っています。
そういう思いでこの10年、様々な形で法教育に携わり、世の中に法がゆき渡って人々の法意識が向上することを目指してきました。しかし、それをあざ笑うかのように、未だに一般市民が被害を受ける特殊詐欺は後を絶たず、平成が幕を閉じようとしている平成31年(2019年)の今も、あろうことか地方裁判所の名をかたる手口による詐欺被害の報道を耳にするような状況にあります。裁判官はもちろん、共に司法の一翼を担う私たち弁護士にとっても口惜しい残念な事態です。
こうした司法への挑戦とでも言うべき犯罪に、法教育は無力なのか。法教育は負けているのではないか。このように問われると、正直、口ごもってしまいます。ただ、諦めるのはまだ早いような気がします。こうした問い掛けに対し、「いや、私たちの法教育は力強く、断じて負けていない」と言い切れるように、そして、近い未来に人々が「どうして平成の時代には特殊詐欺が多発してたんだろう、不思議だね」と言える世の中になるように、法教育に携わる私たち自身も謙虚に学び続けながら、これからも法教育の可能性に賭けていきたいと思います。
以上
第61回 「私と法教育のかかわり」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
中国地方弁護士会連合会「市民のための法教育委員会」委員
島根県弁護士会「市民のための法教育委員会」委員長
野島 和朋
実は、島根県弁護士会では、最初に入る委員会は自分で選ぶことができず、あらかじめ決められています。私も、いつの間にか、法教育委員会委員ということになっていたのでした。
そして、これもたまたまなのですが、中国地方の5県で持ち回りで行っている中国地方弁護士会連合会の大会が、私が弁護士になった次の年に島根県松江市で行われることになっており、そのテーマが「法教育にどう取り組むか」ということで、よくわからないまま、その準備に駆り出されておりました。大会では、当時の委員長に、「新人弁護士の登竜門だから」とかなんとか言われて発表も任されました。そんな私が、今では当会の法教育委員会の委員長です。なにかの運命のいたずらでしょうか。
さて、その大会があった2010年から、当会では、毎年、夏休みに、小学校5・6年生(午前)と中学生(午後)を対象としたジュニア・ロースクールin島根を開催しています。最初の年は、勝手がわからず、茨城県弁護士会の後藤直樹先生に来てもらって、指導していただきました。
このとき知った小学生用の法教育が私には衝撃でした。おそらく他会でも似たものは行われていると思いますが、こういうものです。わがままな王様が、小学生にゲームをさせて、景品をやると言いつつ、自分の好きなようにルールを決めて理不尽なことを言い、結局景品はあげません。ルール自体が読めない文字で書かれていたりもします。文句を言うと牢屋に入れられます。小学生はぶーぶー言い出します。そこで、王様のどこがいけなかったかを考えてもらい、自分たちで新しいルールを作って王様に突きつけます。そして、実はそれが「憲法」なんだよ、という話をします。
こんな憲法の授業ははじめて見ました。まさに憲法ができる過程を追体験させるものであり、憲法は国家を縛るものであるということが小学生にも理解できて、しかも楽しい。これが法教育か、といたく感動したのを覚えています。
小学校に言って話をすると、授業で習っているので、日本国憲法の三大原理なんかは小学生でも覚えていて、結構すらすら出てきます。しかし、そもそも憲法は国家権力を制限するという基本がよくわかっていなかったりします。
首相が憲法改正に意欲を示している今、法律の知識そのものではなく、法の根本にある自由、平等、正義、公平といった価値を教える法教育の重要性はますます高まっていると思います。
とはいえ、出前授業では、憲法をテーマにしたものや、いわゆる主権者教育もありますが、学校側からの希望で多いのは模擬裁判です。
模擬裁判も論理的な思考を学ぶという点では悪くないのですが、私としては、もうちょっと模擬裁判以外のものが増えるといいと思っています。学校側としては、主権者教育なんかもやってみたいけど中立性も気になり、授業で司法や裁判については取り上げるので、模擬裁判がやりやすい、という事情があるようです。
ところで、私はマジックを趣味としており、実は日弁連に営利業務の届け出も出しています(ギャラをいただくことがあるので)。なんとか法教育と結びつけることができないかと思っていますが、いまのところ、アイスブレイクに使うくらいしか思いついておりません。これも今後の課題のひとつです。
第60回 「法教育の裾野」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
四国弁連「法教育・子どもの権利委員会」委員長
徳島弁護士会「法教育委員会」委員
真鍋 直敬
私の住む徳島県には法学部がありません。地元大学の図書館の法学書のコーナーを見ても、ほとんど読まれた形跡がなく、判例タイムズも最新号まで全て揃っているのに全巻新品です(欲しい!)。
このように法学にはあまり縁のない土地柄ですが、徳島弁護士会としても近年法教育に力を注いでおり、高校生を対象としたジュニア・ロースクールの開催(憲法委員会)、中学生・高校生を対象とした消費者教育の出前授業(消費者問題対策委員会)、高校生模擬裁判選手権への参加(法教育委員会)などの取り組みを行っています。
現在、法教育委員会ではスクールロイヤー制度の導入を検討しているところ、まだ企画段階ではありますが、詰めの段階まで来ており、個人的には実現する可能性が高いと考えております。
このように不毛の土地に少しずつ種を蒔いているのですが、高校生模擬裁判選手権に参加してくれた学生が時折連絡をくれたりすると、蒔いた種が実を結んだことをダイレクトに実感します。
ある学生は、大手渉外事務所にパラリーガルとして就職したとの連絡をくれました。高校生模擬裁判選手権に参加していなかったら、おそらくそのような選択はしなかったとのことでした。
また、他の学生は、高校生模擬裁判選手権が終了した直後は、将来は司法試験に合格して弁護士になりたいと言っており、大学に入ってからも、ロースクールに進むか就職するかで悩んでいるとの相談を受けました。
法教育は、法律専門家でない一般市民に対して、法や司法制度に対する理解を深めてもらうものであり、必ずしも法曹養成ためのキャリア教育ではありませんが、学生たちが自分の進路を決める際、いずれの道に進むにせよ高校生模擬裁判選手権に参加した時のことを思い出してくれるのは、法や司法制度に対する認識・理解が彼らの中に浸透していったのかなと嬉しく思います。
このような法教育に関する取り組みですが、個々のイベントは大変好評であり、最大瞬間風速は高いのですが、他への波及効果という点ではまだまだ物足りません。
普段法教育関連のイベントに携わっていて実感するのは、法教育に理解のある教員がいるかいないかで学生の関心や継続的な参加の程度が大きく変わってくることです。
学習指導要領が改訂された今、法教育の現場は間違いなく学校であり、法教育の裾野を広げていくためには、学生に直に接する教員に対し、教員セミナーなどを通じて法教育の意義・楽しさを知ってもらうことが求められています。
法教育に少しでも関心のある教員の方がおられましたら、是非徳島弁護士会までご一報ください。
地元大学の図書館にて、学生が何気に法学書を手に取っている光景が見られるような土壌を作っていきたいと思っています。
第59回 「出張授業は「ソ」の音で」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
千葉県弁護士会「法教育委員会」委員
石垣 正純
各単位会での法教育委員会の活動の中で重要なものに、学校への出張授業があります。公平や公正など法の価値や理念を教えるもの、主権者教育として主体的な社会へのかかわりに関するもの、18歳への成人年齢引き下げでやにわに脚光を浴び始めている消費者教育やワークルール教育、いじめの防止授業、模擬選挙・模擬裁判の指導などです。
教員養成系の学部を卒業し、職業人生の4分の3を高校の教員として過ごし、教育と法の世界をより近くするために司法の世界に入ったという変わり者の私にとって、これら出張授業の拡大、スクールロイヤー制度の導入という近年の流れは、大いに歓迎すべきもので、各弁護士会でのますますの取り組みの発展を期待しています。
さて、そのような法教育を取り巻く状況の中で、最近私は、各弁護士会で、「出張授業の心構え」と題した研修を行わせてもらっています。すでに、滋賀、宮崎、大分、岐阜の各会でお話をさせていただきましたが、熱心に出張授業に取り組む(又はこれから取り組もうとしている)先生方に、授業の方法論とともに、「学校で児童・生徒に教えることを、もっともっと楽しもう!」という裏のテーマを伝えることができたのではないかと思っています。
授業の方法論で、一番大事なのは、まず児童・生徒をよく見ること、次に、教室や体育館で、もっと自由に歩き回ることです。そして、発声は「ソ」の音でということ。「ソ」の音でとは、地声の音程を「ド」としたときに、授業では、それより高い「ソ」の音で話してほしいということです。普段より、はっきりとした声になりますし、何より授業の雰囲気が格段に明るくなります。
出張授業の中で、時に、生徒が全然話を聞いてくれなくて「折れた」「もう行きたくない」、などと言う話をちらほら聞きくのですが、「ソ」の音で明るくはっきりと、そしてどんどん歩き回って生徒との距離を縮めると、もっともっと授業を楽しめます。弁護士は、いかに正確な文章を作るかを日々研鑽しているわけですが、児童・生徒に対しては、正確さよりわかりやすさが大事。子どもたちが退屈している時は、それは言葉の意味が分からない、話し方が単調だということです。そんな場合は、少し声を高くして、一人一人の子どもに手を差し伸べて向き合ってみてください。
これまで、日本の学校には、十分な法的な知識もなければ、法を支える価値への理解もありませんでした。それ以前に、自ら考える力、そして他と議論して考えを深める力も育ってはいなかったのです。しかし、今、数多くの弁護士が、学校での出張授業に取り組んでいて、これは、子どもたちが、大きく成長する良い機会なのです。そして、この活動を発展させていくためには、弁護士ももっともっと授業を楽しむようにすることが大切です。出張授業を通して、その授業のテーマとともに、弁護士の仕事がいかに楽しく素晴らしいものかも子どもたちに伝えられれば(シビアな部分は黙秘するとして)、教育と法の世界はもっと近いものになり、子どもたちがより安心して、安全に成長していけるはずです。
出張授業は「ソ」の音で! 楽しく出張授業をしていきましょう。
第58回 「三重弁護士会 2018年ジュニアロースクール」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
三重弁護士会「法教育委員会」委員
内田 悠希
先日、私の所属する三重弁護士会にて、「ジュニアロースクール」が開催されましたので、今回は、そのご報告をさせて頂きます。
2018年8月3日、三重弁護士会館にて、ジュニアロースクールが開催されました(5年ほど前から開催しています)。津市内の最高気温が38.1度を記録する、暑さが非常に厳しい日ではありましたが、三重県内の中学生29名に参加してもらえました。
今年から、ジュニアロースクールの参加者募集方法につき、プロジェクトチーム(PT)を立ち上げて、同PTで募集方法を綿密に計画し、かつ、各委員が自身の出身中学校を回って勧誘するなどした結果、特定の中学校に偏ることなく、満遍なく色々な中学校から参加してもらうことができました。
三重弁護士会のジュニアロースクールは、毎年2部構成で開催しており、前半の部で、法廷見学若しくは裁判傍聴、後半の部で、模擬裁判の実演・評議を行っています。
今年は運良く、刑事の公判期日が入っていたので、前半の部で、実際の裁判を傍聴してもらうことができました。後半の部は、建造物侵入・窃盗未遂を題材とした、刑事模擬裁判の実演・評議を行いました。
(裁判傍聴)
弁護士会館から、津地方裁判所の法廷に移動し、刑事裁判傍聴を行いました。
冒頭手続から最終陳述までの、刑事裁判の審理の一連の流れを、参加者の皆さんに、実際に見ていただくことができました。また、裁判の独特の雰囲気を肌で感じていただくことができたかと思います。
(模擬裁判)
建造物侵入・窃盗未遂を題材とした刑事模擬裁判を行いました。本題材は、窃盗未遂罪の成否が問題となる事案でした。
本題材につき、まず、模擬裁判の実演を行いました。実演においては、裁判官役、検察官役、弁護人役を各2名ずつ、計6名を参加者から募り、証人尋問、被告人質問等を実際に行ってもらいました。各役とも、参加枠以上の希望者数で、参加者の皆さんの熱意を感じました。
模擬裁判の実演終了後、班に分かれて、窃盗未遂罪の成否について評議を行いました。そこでは、模擬裁判で出てきた各事実について、参加者が様々な視点から評価を行い、激論が交わされました。弁護士が想定していなかったような事実の評価の仕方も出てきて、参加者の皆さんの発想力にとても感心しました。
今回の模擬裁判の評議では、他の人の話を聞きつつ、他の人と話し合うことを通して、ひとつの物事を様々な視点から評価するという、日常生活を送る上でも大切なことを、参加者の皆さんに、実践してもらえたかと思います。
模擬裁判終了後、「ジュニアロースクール修了証書」と「未来の三重弁護士会入会書」が各参加者に授与され、今回のジュニアロースクールは終了となりました。
ジュニアロースクールの翌日、私は、「日本弁護士連合会主催 第12回高校生模擬裁判選手権関西大会」(@大阪)のお手伝いをさせて頂いたのですが、同選手権の過去の参加者が、今や、実際に法曹となって、同選手権に運営側として携わっているということを聞きました。
三重弁護士会のジュニアロースクールの参加者が、法曹になったということはまだ聞きませんが、三重弁護士会でも、今後、ジュニアロースクールに参加した中学生が弁護士となって、「未来の三重弁護士会入会書」を持って入会し、一緒にジュニアロースクールを開催するようになる日がくるかもしれません。そんな日が来たら、どんなに嬉しいことでしょうか。
法教育の目的は、決して法曹を生み出すことではありませんが、そんな日が来ることを楽しみに待ちつつ、今後も、出前授業、ジュニアロースクール等に積極的に取り組んでいきたいと思います。
以上
第57回 「大人の法教育「法バル」」
札幌弁護士会「法教育委員会」委員
増川 拓
「大人の」と付くと、なんとも微妙なタイトルですが、札幌弁護士会室蘭支部管内では、飲食店を会場にして、社会人がお酒や食事を楽しみながら、法律や紛争解決について議論を交わす、「法バル」が開催されています。弁護士が講師を務め、具体的な事例に基づいて裁判員裁判や民事調停などを体験してもらい、情報収集・分析力、議論による合意形成能力を養います。
現在、学習指導要領に法教育が盛り込まれ、各学校で様々な取組が始まっています。しかし、実際に子ども達が学ぶ大人、具体的には自宅の親・親戚、学校の先生、地域社会の人たちが、法教育について何も知らないのであれば、十分な効果は見込めないのではないか。「多数決こそ民主主義であり、正義。」と考える大人ばかり見ていては、「少数派の意見を尊重した合意形成」という立憲的民主主義の根幹を、子ども達も身につけようがないのではないか。そのような心配をしていたところに、地元の飲食店の店長さんからお話をいただきました。「謝礼が出せなくて悪いのだけれど・・・。」というセリフも気にならず、二つ返事で引き受けました。
この「法バル」も、すでに5回目を終えました。年齢、職業、経歴、思想信条が異なる男女が10名ほど集まり、毎回白熱した議論が交わされています。コーディネーターである弁護士は、議論の整理とまとめを行います(このため、さすがに弁護士は終了までお酒を飲めません(笑))。
紛争解決能力を養う法教育は、子ども達はもちろん、現代社会を生きる大人にも必要だと思います。「法バル」だけでなく、企業の社員研修や、町内会・PTAなどの地域団体での勉強会に、法教育を実施できる弁護士が積極的に参加していくことは、今後非常に意義のあることだと考えています。
市民の皆さん、ちょっと模擬裁判で裁判官や検察官、弁護人をやってみたくはないですか?弁護士の皆さん、ちょっと顧問先や地元の団体に声をかけてみませんか?勉強会の後は、市民の皆さんと弁護士との距離がグッと近づき、美味しいお酒が飲めますよ。
第56回 「「法教育が当たり前にある社会」を目指して」
第一東京弁護士会「法教育委員会」委員
弁護士 木野 綾子
「法教育」という言葉は、最近だいぶポピュラーなものになってきました。
「法教育=法律専門家でない人々に対する、法にかかわる基本的な知識、考え方、さらにはそれに必要な技能等の教育」などと説明されていますが、法教育が注目されるようになったのはせいぜいここ十数年のこと。
裁判員裁判制度の導入が決まった頃から、「市民にも法教育を」という声が高まり、新学習指導要領の実施によって、平成23年度から小学校、平成24年度から中学校、平成25年度から高校というふうに、法教育が正式に学校教育の中で取り入れられるようになりました。
われわれ弁護士も出前授業と称していろいろな学校に行きますが、一番人気は何と言っても刑事模擬裁判です。教室を法廷に見立てて、生徒が弁護士・検察官・裁判官役を演じて、皆で結論(判決)を考えたりする体験型の授業で、いつもたいへん盛り上がります。
第一東京弁護士会では、全ての教材が法教育委員会作成のオリジナルで、弁護士による実演を収録したⅮⅤⅮ教材も用意しています。
もちろん、刑事模擬裁判だけではなく、18歳以上の選挙権が認められるようになった後には、主権者教育というニーズに合わせた教材(例:地域における特定の問題に関して様々な立場の人の意見を聴き、生徒がグループワークでルールやマニフェストを作成するというものなど)も用意しました。
今後は、民法改正により成人年齢が18歳になりますので、それに合わせて消費者教育なども今まで以上に必要になってくるものと思われます。
また、2022年度には高校の新学習指導要領により、社会への参加を学ぶ「公共」科目が新設されますので、ますます法教育への注目度が高まることでしょう。
もうすぐ夏休みですが、日弁連では「高校生摸擬裁判選手権」が行われ、各地の弁護士会では小中学生向けの「ジュニアロースクール」「子ども法律学校」などのイベントが行われる予定です。
こうして書き出してみると、幼いころから法教育に触れることのできる現代の子ども達が頼もしいような、うらやましいような。
これからも、われわれ法教育に携わる弁護士は、「法教育が当たり前にある社会」を目指して、時流に合わせながら、試行錯誤を繰り返しつつ、地道に活動していきたいと思っています。
第55回 「新潟県弁護士会の法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
新潟県弁護士会「学校へいこう委員会」副委員長
三科 俊
新潟県弁護士会では、2012年度から「学校へいこうPT」を、2013年度から「学校へいこう委員会」を設置し、その名のとおり弁護士が学校へ赴き、出前授業をしています。この委員会ができるまで、法教育をメインで扱う委員会はなく、消費者教育は消費者保護委員会が、いじめ予防授業については子どもの権利委員会が行うなど、いわゆる縦割りで対応しておりましたが、この委員会ができた後は、学校派遣に関するものはこの「学校へいこう委員会」で対応しています。
当初、日弁連の弁護士学校派遣WGのパイロット事業地として始まった新潟県ですが、パイロット事業地ではなくなった現在でも、高校をはじめ、小中学校から多くの派遣依頼をいただいております。
また、新潟県弁護士会では、学校に限らず、PTAや教員の会合からの派遣依頼にも応じているのが特徴で、学校に関連する団体からの依頼であれば基本的に応じております。
出前授業の内容ですが、学校のニーズに合わせた授業を心がけています。少し前まではスマホ・SNSの問題点に関する授業依頼が多かったように思いますが、最近は投票年齢引き下げも影響してか、いわゆる主権者教育が増加傾向にあります。主権者教育といっても、模擬投票や模擬選挙をしたり、公職選挙法に関するクイズを出したり、リーダーについて選んでもらうグループワークをしたりと、内容は様々です。学校からのオーダーを受けて、担当弁護士が教員の先生方と相談しながら作り上げていきます。
このような出前授業はまさに「弁護士が学校へ出向く」ものですが、反対に「児童・生徒の皆さんに弁護士に会いに来てもらう」というイベントもやっています。他の単位会でも多く実施されているジュニアロースクールを、新潟でも「ジュニアロースクールin新潟・三条・長岡」という形で毎年夏休みの期間に実施しています。今年もそれぞれ8月ころに実施予定です。
新潟県弁護士会は法教育分野ではまだまだ後進県です。今後の活動(私見を大いに含みます。)としては、学校派遣活動を軸に据えつつ、他会の法教育先進県を視察したり、教員の先生方との勉強会を実施したり、どんどん弁護士のスキルをブラッシュアップしていきたいと考えております。
以上
第54回 「「想像力」を育む」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岡山弁護士会「県民ネットワーク委員会」委員長
中畑 真哉
法教育は、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育だという言われ方をよくします。
この「法的なものの見方や考え方」というのは何でしょうか。
まず思い浮かぶのは、法律の条文をしっかり覚えて、それを駆使して日常生活のトラブル解決に役立てる力かと思います。もちろん、それも大事なことですし、法教育で身につけてもらいたい力の一つです。
ですが、子どもも含め誰もがスマホを持ち、いつでも何でも検索できる情報化社会の中では、情報には必要な時にすぐにアクセスできますので、細かな知識を覚える必要性は高くありません。また、得られた情報の結果、実際に法律を駆使してトラブルを解決する必要があると思えば、弁護士などの専門家に相談すればよいのです。その意味では、一般の人が日常生活で必要な法律の知識は、「何かおかしい。法律の問題のはずだから弁護士に相談しよう。」と思うきっかけとなるだけの最低限のもので足りるともいえます。
「法的なものの見方や考え方」として、より法教育で身につけてもらいたいのは、「多面的・多角的なものの見方や考え方」です。抽象的でわかりにくいと思いますので、誤解を恐れずにわかりやすい言葉で表現すると、「想像力」ということになるのではないかと思います。
何年か前になりますが、新聞の一面広告にこのようなものがありました。小さな赤鬼の子どもが泣きながら一人でぽつんとたたずむイラストの上に、「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」という台詞が書かれたものです。「しあわせ」をテーマに実施した新聞広告のコンテストの最優秀賞の作品だったようですが、なかなかのインパクトがありました。
この作品で感じる「そのような見方があったか」という視点こそが、法教育で育みたい「想像力」です。あらゆるものごとには、多面性があります。我らが岡山県民の英雄であり(余談ですが、つい最近、岡山空港の愛称も岡山桃太郎空港に決まりました。)、疑いようのない正義の味方のはずだった桃太郎ですら、赤鬼の子どもの視点では、幸せを奪った「悪」になってしまうのです。
桃太郎の例は、極端ですが、ややもすると、我々は、自分にとって居心地のよい場所に視点を固定して同じところからの景色ばかりを見てしまいがちです。ところが、人は皆それぞれ人生経験や知識などを背景に、異なった価値観や思想をもっています。そのため、それぞれ視点は異なり見えている景色も少しずつずれていて当然なのです。
あらゆるものごとを見る際に、「あの人だったらどのような見方をするかな。」と想像力を働かせることは、多様な価値観を持つ人が尊重し合って共生していくためには非常に大切なことだと思います。
第53回 「正解はない!」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
京都弁護士会「法教育委員会」委員
前田 宏樹
「正解なんてないよ」
私は、出張授業の際、敢えてこの言葉を頻発します。
思い返してみると、私は中学生や高校生だった頃、授業中に間違った発言をすることが怖くて、教師の質問に対して自ら挙手して答えるということはほとんどしませんでした。
法教育では、様々なテーマを取り扱います。知識や経験を伝えるだけではなく、様々な立場の見方や考え方について、各々のメリットやデメリットを検討したり、自分と異なる意見との間で共通点や相違点を考え、合意を形成する授業もあります。そのような授業では、唯一の正解というものはありません。自分なりの意見、そしてその意見を支える論拠を組み立てることが重要なのです。
出張授業に行くと、弁護士の質問に対して何も答えない生徒が時折います。しかし、その生徒の目を見ると、一生懸命何かを考えていることは分かるのです。きっと、かつての私のように、「今考えていることを言って、それが間違いだったらどうしよう。恥ずかしい。」と思ってしまい、自分の意見を言い出せないのだと思います。そんな時、私は「この問題には、たった一つの正解なんてないんだよ。今君が考えていることを言ってみて。」と言います。すると、とても素晴らしい意見が返ってきます。時には、こちらが予定していなかった視点からの意見もあります。仮に、本筋から離れてしまっている意見であっても、そのような見方や考え方も一つの意見なのです。そのような考え方が、他の意見のデメリットを気付かせたり、逆に、その論拠を補強することもあります。
私は、生徒一人一人が自信をもって自分の意見を発言できるようになってもらうことを目指して出張授業に臨んでいます。しかし、それと同時に、自分の意見に対する懐疑的な目と、他人の意見を聴く耳も持って欲しいと思っています。なぜなら、自分自身の意見も「たった一つの正解」ではないのですから。
高等学校学習指導要領における新科目「公共」の導入、成人年齢の18歳への引き下げ案等、若者の社会形成への参画が求められています。あるいは、大学入試センター試験に代わる大学入学共通テストにおける思考力、判断力、表現力の重視もベクトルは同じかもしれません。法教育は、そのための素地を養うものでもあります。
とはいえ、法教育は、まだまだ発展途上です。「教育」と銘打つ以上、「たった一つの正解」はありません。教師と弁護士が互いに自分の意見を出し合い、協働しながら、これからも作り上げていきたいと思います。
第52回 「福島県弁護士会の「市民」のための法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
福島県弁護士会「市民生活被害対策委員会」委員
岩﨑 優二
福島県弁護士会においては、いじめ防止授業および消費者教育出前講義を中心に、年間約5000人(2016年度実績)の児童、生徒、学生を対象に学校派遣事業を行っています。消費者教育および法教育を担当するのが、私の所属する「市民生活被害対策委員会」で、私自身も年間5校前後で出前講義を担当しております。次年度からは、いじめ防止授業の担当者にも登録し、こちらにも出前する予定です。
福島県弁護士会において現在のところ法教育プロパーの事業は少ないのですが、学校派遣事業自体は、単位会の規模に比して充実しているものと自負しております。そして、私自身は、「弁護士が授業をする以上、それはテーマが何であっても『法教育』でなければならない。」と考え、知識教育にとどまらない授業を心がけております。よく、いじめ防止授業を担当する弁護士が「弁護士がいじめ防止授業をする以上、それは人権教育でなければならない。」とおっしゃるのとも通じると思います。
私が法教育に関心を持ったきっかけは、消費者教育の研鑽のために参加した2012年度日弁連夏期消費者セミナーでした。同セミナーは「子どもをとりまく消費者被害~ネット社会における大人の役割~」がテーマでしたが、従来の消費者問題の範疇を超え、インターネット利用の危険性やその啓発・教育の在り方が議論され、私は、単なる消費者知識にとどまらない教育の必要性を痛感しました。そこで私が想起したのが、福島県弁護士会における担当委員会が「市民」生活被害対策委員会であることでした。これが「市民」のための法教育に関心を持つきっかけとなりました。
同年、消費者教育推進法が制定され、そこに「消費者市民社会」という用語が定義されました。また、消費者団体には、基本理念にのっとり、消費者教育の推進のための自主的な活動に努めるとともに、学校、地域、家庭、職域その他の様々な場において行われる消費者教育に協力する努力義務が課せられました。弁護士会にも、これに準ずる努力義務が課せられているものと考えます。
「市民」のための教育において、弁護士、弁護士会に対する期待が高まっていることを感じます。その期待に応えるべく、自治体や関係団体、教育現場と協力しながら研鑽を積みたいと思います。
第51回 「和歌山における法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
和歌山弁護士会「法教育委員会」委員
津金 貴康
今回は、和歌山弁護士会における法教育の取組についてお話をしたいと思います。
和歌山弁護士会は従前より無料での講師派遣を行っていましたが、平成28年度より日弁連のパイロット事業地として、無料での講師派遣に一層力を入れています。学校から依頼を受け、裁判制度や弁護士の仕事内容、ルール作りや少年事件等のテーマの指定を受けて、弁護士を派遣して講義を行っております。平成29年には17か所で出張講義を行いましたが、特にいじめ問題やネットトラブルについての授業の依頼が多くありました。小学校の授業でもネットトラブルについての授業の依頼が多く、小学校のネットトラブルに対する危機意識を感じました。学校には授業後にアンケートをお願いしているのですが、「弁護士が話すことで生徒が重く受けとめてくれた。」など、ご好評を頂きました。
また、和歌山弁護士会では、平成22年度より高校生を対象にした「和歌山ジュニアロースクール」を開催しております。第2回目以降は夏休み期間中に実施されています。弁護士が被告人や弁護人や検察官等を演じて模擬裁判を行い、高校生が裁判員となって被告人が有罪か無罪か等を判断してもらうという企画です。高校生の皆さんには、裁判員裁判の雰囲気を体験してもらうとともに、裁判官、検察官、弁護士の仕事や役割について理解を深めて頂いています。また、他の高校生や裁判官・検察官・弁護士と一緒に事件について考えることで、自分で考える力を養うとともに、物事に様々な見方があることに気付くきっかけになっているのではないかと考えます。ジュニアロースクールについても、例年ご好評を頂いています。
その他、裁判傍聴会を実施したり、毎年夏季に日弁連が主催する高校生模擬裁判選手権の和歌山県からの出場校の支援を行っております。
和歌山弁護士会の法教育委員会は、自由で公正な民主主義社会の構成員である市民を育て、支援するための教育方策(法教育)の策定及び実践などの活動を行うこととされています。このような理念を多くの子どもたちに浸透させられるよう、これからも邁進していきたいと思います。
第50回 「福井から発信! 童話劇での法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
福井弁護士会「法教育委員会」委員長
後藤 正邦
福井弁護士会では、2004年から毎年、「ジュニア・ロースクール福井」と称する事業を行ってきました。これは、県内の小学校5年生から中学生を対象として、法教育の授業を行う事業です。毎年60人定員で募集していますが、もう何年も前から、広報開始からあっという間に定員に達する大人気事業になっています。
福井地方裁判所にご協力いただいて行う裁判所見学も人気企画ですが、このジュニア・ロースクールの目玉は、童話(昔話)を素材にした劇と法教育授業です。
これまでに扱ったものとしては、例えば、以下のようなものがあります。
♦「桃太郎」で考える配分的正義
鬼ヶ島から取り返してきた宝を、桃太郎たちは全部村人に返さないといけないの?いくらかの報酬はもらえない?犬、キジ、猿は?
♦「さるかに合戦」で考える契約
自分では、木の上に実った柿の実を取れないカニ。トラブル回避のためには、猿との間で、おにぎりと柿の種を交換するときに、何か約束をしておいた方が良かったのでは?
♦「わらしべ長者」で考える所有権
交換した物についてトラブルが起こったとき、誰が所有権を主張できる?
以上のものは、私たちの世界では、民事の問題として扱う事柄です。利害関係をどのように調整するのが一番公正かとか、後々のことまでよく考えて契約(約束)をしようとかいったことを議論していただくのです。
よく突き詰めて考えていくと一般の大人はおろか法律家でも難しい問題に、小中学生が非常にバランスの良くて道理の通った、しかも弁護士も驚くような結論と理由を指し示してくれる面白さがあります。
ほかに、刑事の問題は、1つだけご紹介します。
♦「かちかち山」で考える正当防衛
悪さをして柱にくくり付けられた狸が、隙を見て、お婆さんとお爺さんを痛めつけて逃げ出したとき、正当防衛は成立する?
面白そうではありませんか?「かちかち山」の狸は、お話では悪者に違いないのですが、その狸のことを懲らしめるのに、どこまでのことが許されるのかという裏テーマがあるのです。普通のお話をひっくり返した視点で考え直すことができるのが、法教育の醍醐味です。
最近何かと話題の「主権者教育」には、特に近年力を入れています。
♦「アリとキリギリス」で考える立憲民主主義
女王アリが専断するアリの社会に異変が起こる。さて、多数決に参加できるのは誰?それから、多数決で決めたことが一部の人を虐げることになるときも、その多数決で決めたことは守るべきなの?
♦「ヤマタノオロチ」で考える統治機構
横暴をふるっていたヤマタノオロチを追い払った後の村。これまでヤマタノオロチに従っていれば良かった村人たちが、自分たちの村の治め方について悩んだ結果、作り出した仕組みとは?
♦「はだかの王様」で考える民主制と表現の自由
専横を極めていた王政が打ち倒されることになった、民衆の一言の大切さとは?インターネットも新聞も何もかも禁止されることの問題は?
私たちの社会のあり方をどのようにしていけば、もっと私たちの声が社会問題の解決や政治に反映できるのか?また、ついつい多数決で決めたことは絶対だと思いがちですが、その多数決に至るまでに経るべきプロセスや、個々人の権利とは何か?そして、多数決で決めたことでも、高次の法に反するということがあるのではないか?
そのような、立憲主義、民主主義の根本的な価値を見つめなおす授業を行っています。教科書に書かれたキーワードを追いかけるのではない、本当の主権者教育の授業が、ここにはあります。
特に「アリとキリギリス」については、2016年10月に行われた日弁連人権擁護大会のシンポジウムで紹介したところ、瞬く間に、全国紙や、全国の弁護士会(法教育委員会や憲法委員会など)から注目され、全国に授業実践が広がっていきました。
今後も福井弁護士会法教育委員会の活動・授業に注目していただきたいと思いますが、これは全国各地における取組みの一端をご紹介したに過ぎません。
ぜひ、皆さんの地元の弁護士会、そして日弁連などの取組みにもご注目、そしてご参加ください!小中学生や高校生はもちろん、一般の方々にとっても、新しい学びと気付きがあると思いますよ。
第49回 「いじめ防止授業について思うこと」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
滋賀弁護士会「法教育委員会」委員
木下 康代
1年前のことです。娘が「Aちゃんとお話しできない」と言い出しました。Aちゃんは、クラスの中で娘が一番好きな女の子の友達です。ケンカでもしたのかと思い事情を聞くと「わたしはしゃべりたいけど、Bちゃんがしゃべっちゃダメって言う」「だからお話できない」ということで、私は唖然としました。なぜならその当時、娘は保育園の年中でした。4歳児クラスのやり取りです。
こんなに幼いころから、単なるケンカではなく「いじめ」の芽があるのかと深く考えさせられた出来事でした。娘と話してAちゃんと変わらず話すということで娘は納得してくれましたが、親子で率直に話せるのも幼いうちだけです。家庭での教育ももちろん大切ですが、それだけでは限界だろうと思いました。
そんな中、今年度に入り、大津市と滋賀弁護士会との間で、希望のあった大津市の小中学校に対して弁護士を派遣して「いじめ防止授業」を行う事業を開始することになりました。今まで、滋賀弁護士会独自の事業として、滋賀県内の中学・高校に弁護士を講師として派遣する出張授業はしていましたが、「いじめ防止」を正面から取り上げるのは初めてです。
いじめ防止授業に特化した勉強会や研修をしたり、専用のメーリングリストを立ち上げて意見交換をしたり、当会なりに真剣に準備をして取り組んでいます。弁護士がいじめ防止を語る意味とはやはり、事例を交えたリアルな話ができるということと法的な知識、あとは「弁護士」の存在そのもののインパクトだと思います。
今年度の授業の申し込みは、小中学校合わせて47校、のべ160コマ以上の依頼がありました。来年度以降は市の予算の関係で何校に実施できるか分かりませんが、とりあえず今後4年間は同様の事業を実施することは決まっています。
学校現場から返ってくるアンケートもおおむね好評で、いじめが犯罪になるという指摘や自死した生徒の遺書の読み上げを行うことが弁護士ならではと感じていただけているようです。
家庭や学校(あるいは保育園・幼稚園)でも「いじめは駄目だ」ということを幼いころから繰り返し話します。けれども、親や教師の立場から話すと、人情論になりがちです。
当会の「いじめ防止授業」の取り組みは、まだ始まったばかりですし、現在は大津市との間の取り組みであり、今後どうなっていくのかは分かりません。けれども、親や学校とは異なる目線から、いじめの芽が大きくならないうちに、いじめ防止に向けた取り組みを続けていきたいと思っています。
第48回 「文部省著作教科書「民主主義」のご紹介」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岩手弁護士会「法教育に関する委員会」委員
畠山 将樹
このコラムでは、各地の法教育の実践内容やその質を高める努力がなされていること、その他いろいろな視点から法教育の充実に関して述べられていて、私はとても勉強になっています。私自身も法教育の充実について考える日々を送っていますが、その中で非常に強い刺激を受けた本がありますので、ここで紹介させてください。
それは岩手弁護士会で法教育委員長を務められる先生からお勧めしていただいた、文部省著作教科書「民主主義」という本です。1948~1953年まで中学・高校の社会科教科書に使われていたものです。株式会社径書房が1995年に復刻しており、更にそのエッセンスをまとめたのが、西田亮介編「民主主義 〈一九四八‐五三〉中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版」(幻冬舎新書)です。
とてもとても興味深い内容ばかりなのですが、ほんの一部だけ、抜き出して内容を紹介させていただきます。
「すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。」
「たいせつなのは、民主主義の精神をつかむことである。なぜならば、民主主義の根本は、精神的な態度にほかならないからである。それでは、民主主義の根本精神はなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。」
「人間が人間として自分自身を尊重し、互に他人を尊重しあうということは、政治上の問題や議員の候補者について賛成や反対の投票をするよりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである。」
「民主主義の反対は独裁主義である。」、「民主主義の仮装をつけてのさばって来る独裁主義と、ほんものの民主主義とをはっきり識別することは、きわめてたいせつである。」、「独裁主義は、・・・今度は誰も反対できない民主主義という一番美しい名まえを借りて、こうするのがみんなのためだと行って、人々をあやつろうとするだろう。」、「それを打ち破る方法は、ただ一つである。それは、国民のみんなが政治的に賢明になることである。人に言われて、その通りに動くのではなく、自分の判断で、正しいものと正しくないものとをかみ分けることができるようになることである。」
読み易いけれども格調高い文言で、今なお色あせない、むしろ現代のためにあるような内容が詰まっています。私は、このような本が、戦後まもなく日本の教科書として使用されていた事実に衝撃を受けました。私は、この本で述べられていることをしっかりと噛みしめ、肝に銘じながら、法教育の更なる充実について考えていきたいと思っています。皆様も是非読んでみてください。
第47回 「高校生模擬裁判選手権2017」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
東京弁護士会「法教育委員会」委員
加藤 潤
真夏の陽射しが降り注ぐ8月5日、今年も高校生模擬裁判選手権が、関東・関西・四国・中部北陸で一斉に開催されました。
この選手権については、これまで当コラムでも何度か取り上げられているところですが、高校生が各校対抗で、本物の法廷を舞台に、検察官役・弁護人役となって刑事裁判を実演するというもので、今年で第11回目を迎えました。
日弁連の主催で、最高裁、法務省・検察庁、各地の地裁・弁護士会連合会・弁護士会の共催により開催されています。
出場する高校生は、部活動やテストなどで多忙の中、「支援弁護士」・「支援検事」と呼ばれる実務家の支援のもと、試行錯誤を重ねながら尋問事項や論告・弁論を入念に作り上げ、本番当日を迎えます。
そして当日は、支援弁護士・保護者・教員・過去に出場経験のある先輩卒業生など多くの方々が傍聴に訪れ、高校生を応援します(傍聴は無料で、どなたでもご参加が可能です。)。
昨年度は、ある参加校にマスコミが密着取材し、その準備や本番での様子がテレビ放映されるなど、年々選手権の認知度は高まってきています。学校の申込みも増加しており、地域によっては予選を実施するところも出てきました。
一方、高校生の熱戦を審査する審査員は、法曹三者・マスコミ関係者・学識経験者で構成され、裁判長役は弁護士が担当し、証人役・被告人役も、本番に備えリハーサルを重ねた弁護士が担当するなど、この選手権は実に多くの方々のご協力によって成り立っています。
当委員会も、模擬裁判選手権チームを組んで会議を重ね、教材作成(今年は薬物事犯)や審査員等の方々との打合せ、会場の下見等々、準備を進めます。
そして本番当日には、全国各地の委員が運営スタッフとして大会に駆けつけます。
今回、私は東京地裁で行われた関東大会に運営スタッフとして参加したのですが、関東大会では、今年は「高校生が主役」という原点に改めて立ち返り、刑事裁判という題材を扱う中でも、参加した高校生により楽しんでいただけるよう、いわゆる「夏フェス」を意識してみました。
参加校の入場や表彰式などで、高校生が好きな(だと思われる)BGMをかけて場を盛り上げたり、参加校紹介では、学校のプロフィールのご紹介のほか、参加生徒に登壇していただき、意気込みを語っていただいたりと、高校生主体の楽しい雰囲気を心がけました。
また、例年は、当日の高校生の実演について、素晴らしかった点や改善点等をお伝えするため、大会が終わった後に、学校に書面で講評を送付していたのですが、今年は運用をガラリと変更し、当日の試合終了後に、参加生徒と審査員の方々が法廷ごとに車座になって直接講評を行う、という方式にしてみました。
講評の声が聞き取りにくかった等のご感想も頂いており、今後改善すべき点は多々ありますが、当日は熱気あふれる質疑応答が繰り広げられ、ときには大きな笑い声もあり、かなり盛り上がっている様子でしたので、方向性は間違っていなかったように感じました。高校生にとっては、直接その場で審査員の方々から様々なお話が聞けて良かったのではないでしょうか。
試合結果ですが、今年は関東大会では史上初となる、2校の同点優勝という結果となりました。
毎年のことではありますが、優勝校や個人賞を受賞した生徒の喜びだけでなく、惜しくも受賞を逃した生徒の悔し涙を見るにつけ、皆さんがこれまでいかに真剣に取り組んできたのかを、改めて思い知らされます。運営側としては、やりがいとともに、この選手権をより実りあるものにしていくためにどうすればよいか、責任を持って考えていかなければならないと強く感じます。
今年で第11回目を迎えたこの選手権、乗り越えるべき様々な課題はありますが、今後もっと開催地や参加校を増やして裾野を広げ、盛り上げていけたらと思っています。
そして、この選手権が高校生にとって、刑事裁判の分野にとどまらず、社会の諸問題をより主体的に捉え、自ら判断し積極的に関わっていくきっかけとなり、彼らの未来に少しでも役立つことができたら、これほど嬉しいことはありません。
第46回 「裁判傍聴のススメ」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
鳥取県弁護士会「法教育委員会」委員長
中永 淳也
鳥取県弁護士会・法教育委員会の法教育のメニューのひとつに、「裁判傍聴会」がある。
もちろん裁判は基本的に誰でも傍聴可能だが、いきなり裁判所に行って法廷の傍聴席に座るというのは結構ハードルが高いし、その手続で何をやっているのかもよく分からない。
そこで、「裁判傍聴会」では、傍聴に適した一回結審の刑事事件をピックアップした上で、参加者が傍聴に入る前に必要な解説をしたり、さらに、傍聴後にも質疑応答の機会を設けるなどして、初心者も裁判手続を理解しやすいような工夫をしている。
ただ、一定の知識やスキルを持ち帰ってもらう出前授業とは異なり、裁判の現場を、そのまま肌で感じ取ってもらうことにこそ大きな意義があるのだと思う。
先日、当会が毎年開催している「夏休み法廷傍聴会」があり、私も、法教育委員の一人として様子を見てきた。
当日集まったのは、子どもたち(小・中学生)と、その保護者たち十数名。
傍聴の対象になった刑事事件は、コンビニでの万引きで、追起訴なしの自白事件である。
裁判手続は滞りなく進み、情状証人の尋問や被告人質問を経て、感極まった(?)被告人が土下座して謝ろうとして裁判長に制止させられるなど、ちょっとした出来事はあったものの、無事に結審した。
傍聴後、子どもたちと話す機会があったので、以下のような話をした。
「―今日の裁判を見て、どうでしたか。
テレビや映画でやっている派手な法廷ドラマとは違った様子でしたか。
でもね、ちょっと地味かもしれないけど、こっちが本物なのです。
被告人は、砂を噛むような孤独の中で、どんな生活をしてきたのでしょうか。
万引きをして捕まった瞬間、どんな気持ちだったのでしょう。
今日の裁判で知人の証言を聞きながら、何を感じたのでしょうか。
いろいろ想像すると、法廷ドラマよりも、もっとリアルだと思いませんか。
今日、皆さんに見ていただいたのは、紛れもなく一人の人生です。
ここから、皆さんが、何かひとつでも感じ取ってくれたのであれば、
参加してもらってとても良かったと思います―。」
法廷傍聴会が終わって、蝉の声を聞きながら、事務所への帰り道。
今日の法廷傍聴会で何を学ぶかは、子どもたちの自由。でも、きっと何かを感じとって、ひとつ成長してくれたのだろうと思う。
それとともに、私は弁護士としていくつもの裁判を経てきたけれど、それからどれだけ学び、成長しているのかなと、ふと思った。
第45回 「生徒たちが持っている力」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
山形県弁護士会「法教育委員会」委員長
古城 博道
平成29年6月某日の午後、山形県内の某私立高校で主権者教育の出前授業が始まった。
参加者は、政治経済選択の3年生15人。卒業後の進路は、就職と進学が半々程度という話だ。
今日の授業は、弁護士会が用意した主権者教育授業「導入編」の1回目だ。
「導入編」は全3回コース。主な目標は、生徒が課題に対して自分の意見を表明できるようになること。第1回は、身近な課題について生徒一人一人が自分の意見を述べる弁護士との対話形式の授業、第2回は別の政策課題について生徒同士のグループ討論が待っている。
私たちは、当初、初めから生徒にグループ討論をやってもらおうと考えた。でも、考えてみると、生徒一人一人が、自分の意見を、ちゃんと根拠や理由付けをもって表明できるのだろうかと疑問を持った。そこで、まずはそこから始めようと考え直して、「導入編」を作った。
第1回のテーマは、「いじめ防止のため学校に監視カメラを設置することの是非」。資料を配布して、時間を与えて、生徒にその場で検討してもらう。
賛成派と反対派に分けて、それぞれの立場で意見を述べてもらう。
生徒一人一人との対話が始まった。
最初は資料を使えないけれども、話をしながら、一所懸命資料をめくる生徒。
資料にはないけれども、自分の経験を根拠にして、意見を述べる生徒。
発言が苦手そうだけれども、対話していくと、ボソボソと、でもちゃんと意見を言える生徒。
異なる立場の生徒の意見を聞いて、反論を試みる生徒。
対話の様子を見て要領を得て、しっかり資料を使って理由を述べる生徒。
休憩時間をはさんで、生徒達との対話は続く。
時間がかかったが、全員が、他の人と違う自分の意見を述べた。
私たちは、みんな、できるんだなと実感していた。
同時に、生徒の意見が用意した資料の内容に大きく左右されるので、考えさせる材料の吟味が大事だなと反省させられていた。
対話の終わりの方で、一人の生徒が、たしか、こんな発言をした。
「自分は、カメラの設置が賛成の側だけど、やっぱり嫌なところもあるんで、考えるときは、反対の人のことも考えないといけないと思う。」
私たちは、それを聞いて共感して、そして、後からすごく感心した。そうした討論のルールに通ずる発言はなかなか出てこない、次の目標かなと思っていたからだ。
生徒たちは、弁護士から教えられなくても、討論になったら異なる立場の意見も考えるバランス感覚をもっていて、言葉のやり取りを繰り返す授業時間の中で、自然と言葉に表すことができるものだと思えた。
教えるのでなく、引き出してあげられたら。
私たちは、手さぐりで、少しずつ、主権者教育に関わっていきたいと思っている。
第44回 「教員セミナーのグループワークのご報告」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
青森県弁護士会「法教育に関する委員会」委員
鍋嶋 正明
2017年5月20日(土)に、愛知県名古屋市の愛知県弁護士会館において、法教育教員セミナーが開催されました。
法教育教員セミナーとは、学校の先生方などの教育関係者と弁護士がともに法教育について考えるイベントであり、毎年、東京都の弁護士会館で開催されていました。
今回は、初めて東京以外で開催され、愛知県弁護士会などのご協力のもと、名古屋市で開催されました。
私は、青森県から飛行機で参加しました(青森空港から県営名古屋空港へは直行便がありましたが、私は名古屋市には初めて行きました)。
今回の教員セミナーは、福井大学の橋本康弘教授の講演と日弁連の野坂佳生弁護士による授業実践例の概要説明などからなる第1部と、中高4グループのグループワークと模擬調停の体験からなる第2部から構成されていました。
当日の私の担当は、中学生向けの授業案を作成するグループワークの進行役(司会)でした。
教員セミナーのグループワークは、弁護士会が用意した主権者教育の教材をもとに、法教育の視点から考える主権者教育の授業案を学校の先生方と弁護士の共同で作成するというものです。
私が進行役を担当したグループワークには、名古屋市内の中学校の社会科の先生方4名と日弁連の弁護士3名、愛知県弁護士会の弁護士1名、それに私と書記役の弁護士1名が参加しました。
中学生向けの授業案を作成するグループワークの題材は、地域の課題について、生徒に事前課題として考えてきてもらい、それを模擬投票に結び付けるというものでした。
私が進行役を担当したグループワークに参加された中学校の先生方は、みなさん法教育に非常に熱心で、様々なご意見を出していただきました。
中学校の先生方からは、生徒に一つ一つきちんと理解してもらうことを重視し、目的を持って丁寧に授業を進めたい意向が伝わってきました。弁護士と現場の先生方との視点の違いも分かり、勉強になりました。
グループワークは2時間であり、参加者はみな議論に積極的に参加することができ、議論は白熱しました。
作成された授業案は3時間構成で、その骨子は、生徒が事前に考えてきた地域の課題について、1時間目で全生徒に発表してもらい、
①1時間目のところで、1度投票を行う等し、3つの課題を選択する
②2時間目に、資料を用意して、各班で課題を1つ検討してもらう
③3時間目に、各班の検討結果を発表してどの課題を優先するか投票をする
というもので、非常にきれいにまとまったと思います。
終了後には、参加者のみなさまと懇親会を行い、楽しくお酒を飲むことができました。
私としては、進行役の大役を何とか終えることができ、翌日、ほっとして青森への帰路に就くことができました。
今後、今回の教員セミナーで経験したことを青森県での活動にも活かしていきたいと考えています。
第43回 「エンタメ×法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
東京弁護士会「法教育委員会」委員
佐藤 大和
私は、今後の法教育の課題は「無関心の壁をどのように壊すか」「いかに記憶に残り、実践に繋げる法教育をすることができるか」だと考えています。近年、各弁護士、各弁護士会、日弁連らの活動により、法教育は着実に浸透しつつあります。しかしながら、他方で、各弁護士たちが精力的に活動をしても、法教育に対して無関心である児童や生徒らは一定数います。また、無関心とまではいえなくても、法教育の授業等がその場限りになってしまい、授業の内容が記憶に残っていない、さらには、その内容を実践している生徒や児童たちの数になると、かなり少ないのではないかと考えます。
となると、法教育は着実に浸透しつつあるため、今後は、法教育の活動の「機会」だけではなく、「質」をいかに高めていくのかが課題の一つになります。そして、この課題を解決するための最大の壁として「無関心の壁」と「実践の壁」の2つの壁があると思っています。前述のとおり、法教育の活動の機会は、年々着実に増えています。しかし、いかに法教育が広まっていても、それが弁護士らの自己満足では全く意味がありません。児童や生徒たちの心に残り、生徒や学生たちが実践することになって、初めて本当の意味の「法教育」になると思っています。
もっとも、これがなかなか難しいといえます。各弁護士により、法教育に関する教材や授業の試行錯誤が行なわれていますが、各弁護士によって法教育の考え方も想いも異なるため、実際に授業や教材を作ろうとした場合、良くも悪くも「最大公約数的に弁護士たちの視点から満足する教材や授業」になってしまうことも少なからずあります。これでは、生徒らにとって興味がある教材にはなりにくいといえます。もちろん、最近では、弁護士会によっては、新しい試みも増えていますが、まだまだ今までとは異なる層、もしくは新しい層の児童や生徒たちの「無関心の壁」は壊せないと思っています。
個人的には、今までにない新しい視点や切り口で、新しい層の生徒や児童たちの「興味の視点」に立ちながらも、もっと驚きがあったり、もっとワクワクしたりする授業や教材作りも大事だと思っています。例えば、最近、私は「エンタメ×法教育」の試みを始めています。具体的には、各教育機関などでタレントらと一緒に法教育の講演をしたり、自作のオリジナル教材では漫画を入れたりし、今までの層とは異なる生徒や学生らが興味を持ちそうな内容の授業や教材作りに挑戦しています。直近では、主権者教育ではありますが、元SKE48のアイドルやアニメの声優の方々と一緒に高校で主権者教育の講演(シンポジウム)も行いました。アンケート結果をみる限りでは、生徒たちにとって大好評だったといえます。しかし、このような取り組みでも、まだまだ不十分であると考えています。以上の私の試みは記憶に残る法教育ではありますが、生徒や児童たちの実践に繋げられているかというとまだまだ改善の余地があります。
私は、今後も法教育の機会を増やしながらも、質を高め、生徒や児童たちに実践してもらうためには、従来の法教育の活動内容を大切にしつつ、同時に新しい視点や切り口で常にチャレンジをすることを恐れないことが大事なのではないかと思っています。そして、今までとは異なる層の生徒や児童たちにも法教育を伝えるために、従来とは異なるアプローチも必要だと考えます。具体的には、法教育をテーマにしたテレビ、小説、漫画・アニメ、ドラマ化など、様々な媒体からアプローチすることも今後の課題になるでしょう。私自身、今後も、新しい時代の新しい法教育を生み出していきたいと考えています。
第42回 「弁護士バッジのチカラ~法教育事業へ積極的なご参加を~」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
滋賀弁護士会「法教育委員会」委員
杉本 周平
高校3年生だった1997年秋、私の通う高校に、卒業生である故・原健先生(京都弁護士会)が訪問され、法学部への進学を希望する生徒を対象とした講話をされたときのこと。原先生は、「これが弁護士のバッジです」と、胸につけていたご自身の弁護士バッジを外して、私たちに手渡されました。法曹志望だった私は、初めて手にした弁護士バッジにいたく感激し、時間をかけてじっくりと眺めていました。
講話が終わった後も、原先生は、控室を訪れた私に、弁護士の仕事のことや、ビアガーデンでアルバイトをしながら司法試験の勉強をしていたことなどをざっくばらんにお話されました。バッジに触れただけでなく、弁護士と直接会話ができたことが嬉しくて、そのときのことは今でも鮮明に覚えています。
時は流れて2010年4月。法教育のホの字も知らなかった私が、滋賀弁護士会の法教育委員長に任命されてしまいました。当時の滋賀弁護士会は、近畿2府4県の弁護士会の中で唯一「出張授業」や「ジュニアロースクール」といった法教育事業を実施しておらず、どうするべきか悩んでいました。
そのとき、ふと、原先生のバッジを手にし、感激した高校時代の自分を思い出しました。「滋賀の生徒たちにも、原先生と同じことをしてみたい」「あのときの自分のように、弁護士と話ができたというだけで、喜んでくれる生徒がたくさんいるはずだ」という気持ちが湧き上がってきました。
こうして、滋賀弁護士会では、意欲のある若手弁護士を集めて、ゼロから手探りの状態で法教育事業をスタートさせることになりました。開始初年度(2011年度)は3校で7コマだけだった「出張授業」も、2015年度には28校で95コマの授業を実施するに至りました。授業を担当した弁護士も、学校からの要望に応じて、それぞれ個性的な授業を実施しており、弁護士から直接法律や仕事の話が聞けたとあって、教員の方々や生徒たちからの評判も上々です。
この他、2012年8月からは、滋賀県内の中学生を対象に「ジュニアロースクール」を実施し、今年で6回目を迎えます。毎回、弁護士だけでなく、若手の裁判官・検察官にも参加してもらい、法曹三者の仕事に関する授業、大津地裁の法廷見学、法曹三者を囲んでの昼食会なども行っています。参加する生徒たちも、初めて出会う法曹三者や、初めて入る法廷に大はしゃぎの様子で、大変有意義な時間を過ごしています。
そして、私が「出張授業」を担当するときは、原先生と同様に、必ず自分のバッジを生徒全員に手渡して見せるようにしています。また、授業が終わった後も、時間が許す限り学校に残り、生徒たちからの質問を受けるようにしています。授業中は興味のなさそうな顔をしていた生徒が、後で質問や相談に来ることもあります。
弁護士と直接ふれ合える機会は、私たちが想像する以上に、生徒たちにとって印象深いもののようです。少なくとも、原先生のバッジを手にした私が、13年後に滋賀弁護士会で法教育事業をスタートさせるくらいのチカラを発揮するのです。「出張授業」や「ジュニアロースクール」をきっかけに法曹を志し、将来、法曹界で大活躍する後輩もきっと現れることでしょう。
これまで法教育とは縁のなかった弁護士のみなさんも、是非、地元弁護士会の法教育事業へ積極的にご参加いただき、各地を大いに盛り上げていただけるようお願いします。とりわけ、ベテランの先生方にも、学校やジュニアロースクール会場を訪れて、ご自身の貴重な経験を生徒たちに直接お話していただきたいと思います。弁護士が真剣に話をすれば、生徒たちも真剣に話を聞き、最後はとても喜んでくれるものですよ。
第41回 「日本最北の地での法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
道弁連「道弁連法教育連絡協議会」委員
旭川弁護士会「法教育PT」委員
中嶋純
旭川弁護士会で初めてなされた法教育の活動は、2012年2月18日に行われた第1回刑事模擬裁判になります。参加校3校、参加人数21名と小規模なものでした。
きっかけは、前年度の札幌で行われたジュニアロースクールの見学に来ていた旭川の高校の先生と旭川弁護士会所属の先輩弁護士が意気投合し、「旭川でも模擬裁判をやりましょう!」と盛り上がったことでした。
当時、旭川弁護士会では、法教育を扱う委員会やプロジェクトチーム等の組織はなく、法教育をやりたいという熱意をもった先輩弁護士1名が単独で活動している状態でした。新人弁護士であった私は、法教育という単語すら聞いたことがありませんでしたが、楽しそうに活動する先輩弁護士に引っ張られて法教育の活動を始めたのです。ところが、第1回の刑事模擬裁判を開催した後、先輩弁護士は、「中嶋。後は頼んだ。」といい、旭川から日本最南端の沖縄弁護士会に登録替えしてしまいました。
残された私は、学校の先生から次年度も是非模擬裁判を開催してほしいというお話を頂いたこともあり、学校の先生2名と協働し、次年度、第2回の模擬裁判を開催することができました。以後、毎年1回のペースで刑事模擬裁判を行い、本年2月、第6回の刑事模擬裁判を開催したところです。
参加頂いた高校の先生に他校の先生を紹介いただき、直接営業活動を行うなどして、参加校や参加人数は徐々に増えていきました。ちなみに、本年度は、参加校4校、43名の生徒の方に参加頂きました(昨年度は92名の生徒の方に参加頂いています。)。最近では、刑事の模擬裁判以外にも、学校に赴き、憲法の話やSNSの危険性等に関する講演を行ったり、18歳の選挙権を題材としたシンポジウムを開催する等、旭川弁護士会での法教育に関する活動は確実に増加しています。これらに対応するため、旭川弁護士会でも法教育プロジェクトチームを立ち上げ、現在、8名の委員が同チームに所属し、活動を行っています。
旭川では、学校に行くのが好きな弁護士と熱心な学校の先生が協働して法教育の活動を行ってきました。活動の内容にも先生の意見を積極的に取りくんできました。例えば、刑事模擬裁判では、先生から、「生徒に自分の意見がいかにかわりやすいものなのか、他人がいかに人の意見により考えが変わるのかを知ってほしい。」との要望が出たことから、机の上にオセロの駒を置いて、被告人が有罪と思うときは黒、無罪と思うときは白を表にするようにし、考えが変わったときは駒を裏返すということをしています。これにより生徒の考えが変わったことがすぐにわかるようになりました。また、生徒に自分の主張をしっかりできるよう訓練したいとの要望を頂き、各校で1名ずつ、感想発表の場を設けたり、将来法曹を目指す生徒のために、弁護士が後片付けをしている最中にフリータイムで質問・雑談ができる機会などもつくっています。
学校への出前授業も学校の先生から授業案を頂き開催させて頂いています。シンポジウムも学校の先生からお話を頂き、先生と弁護士と新聞社でシンポジウムの内容を考え、開催したものです。
このように法教育の歴史は大変浅く、弁護士も手探りで行っている状態です。なので、難しい知識はいりません。生徒に学びの機会を与えたいとのことでしたら、是非、お気軽にお声掛けください。一緒に法教育をつくっていきましょう。
第40回 「情報が錯綜する現代社会にこそ必要な法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
福岡県弁護士会「法教育委員会」委員
福岡県弁護士会筑後部会「法教育委員会」委員
廣津洋吉
昨今、インターネットやスマートフォンを利用していると、ひとつのニュースについて、新聞や雑誌が作成した記事のみならず、個人の記者(プロなのか素人なのかも不明)が投稿した記事を目にする機会が増えたように思えます。また、Facebook等のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)も普及してきたことから、記事に関する様々な人からのコメントもよく目にします。このように、現代はまさにこれまで以上に情報が錯綜した社会といえるのではないでしょうか。そのような中で、錯綜した情報に飲み込まれて思考停止となることがないよう、情報を整理し、問題を多面的に分析する能力を備えることが必要となっているように思います。このような能力を備えるために、法教育は必要なものだと考えます。
すなわち、法教育とは、子どもたちに、個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の担い手として、法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育をいうと言われています。そして、そもそも「法」というものが、異なった価値観を持った人々が意見を調整しながら作ったルールですから、「法」の基本的な考え方を理解することは、そもそも社会には多様な価値観が存在するということを知ることにもなりますし、ものごとを多面的に分析する能力を身につけることにもつながるものと考えられます。
例えば、日弁連が主催している高校生模擬裁判選手権大会においては、ひとつの模擬刑事裁判において、高校生に検察官あるいは弁護人の立場に立ってもらい、それぞれの立場から証拠をもとに意見を述べてもらうということをやっています。検察官の立場に立った高校生は、たとえ個人的な意見としては無罪であると考えたとしても、大会の中では有罪という意見を説得的に論じなければなりません。このような体験は、立場が違えばものの見方が異なるということ、多様な価値観があるということを実感できるものだと思います。 日弁連を始めとして、各単位会の法教育委員会においては、学校への出前授業、ジュニアロースクール、教員セミナー等を実施して法教育の普及に努めています。このような法教育の取り組みにご興味がおありであれば、是非お気軽にご参加ください。心よりお待ちしております。
第39回 「私と法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
茨城県弁護士会「市民のための法教育委員会」委員
渡部俊介
私と法教育の出会いは十年ほど前に遡ります。
当時私は筑波大学に通う学生でした。私が大学三年生の時に、大学のゼミの先生に、茨城県弁護士会のおこなっている「夏休み子ども法律学校」の見学に来ないかと誘われました。私は何にでも興味を持つ性分でしたから、すぐに参加を希望しました。授業後の懇親会でおいしいものをごちそうになれるのでは、と期待していたことも否定はできません。
この時に私に声をかけてくれたのが、法教育界では知る人ぞ知る、茨城県弁護士会の根本信義先生でした。当時の私は法教育のほの字も知らず、根本先生が日本の法教育をリードする有名な先生だとは全く知りませんでした。
私がお邪魔した時に水戸で子ども達に授業していたのは、こちらも、法教育界では知る人ぞ知る後藤直樹先生でした。このとき後藤先生は、正義の話をされていました。正義は、公平的正義、配分的正義、匡正的正義に分類できること、それぞれの正義がなぜ必要なのか、どのような場面で必要なのか、わかりやすくお話されていました。
この授業において、今まで生きてきて、自分が考えた事も無かったような視点や、自分がうまく言葉に出来なかったアイディアが示されたりということを体験しました。子ども達の自由で鋭い発想にもたくさんの刺激を受けました。
そして、自分も弁護士となって、こういうことを子ども達に教えてみたい、いや、子ども達だけというのももったいない、大人にもいろいろな考え方を知ってもらったり、考えてもらう機会を作りたいと思うようになりました。
こうして私は十年前に法教育に出会い、「弁護士になって法教育に携わりたい」という夢をもつようになりました。この時の子ども法律学校の打ち上げで、茨城県弁護士会の先生たちに「弁護士になって茨城県弁護士会に入って、法教育をやりたいので、歓迎してくださいね。」と話していたのですが、幸いにもその夢が実現しました。
現在でも、茨城県弁護士会では、春、夏、冬の年三回、小学生と中学生を対象に「子ども法律学校」を行っています。毎回、先生方が創意工夫された教材(ほとんどが新作)が使われており、10年前の私と同じように、参加してもらった子供たちには、素晴らしい体験をしてもらえているものと思います。
私自身は、まだまだ未熟ではありますが、これから、できるだけたくさんの人に、感動やわくわくを届けられるようにがんばっていきたいと思います。
第38回 「学校の先生方と手を携えて」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
静岡県弁護士会「法教育委員会」委員
原 道也
学校の先生方とお話しする機会が増えています。
学校内での様々なトラブルについて個別に相談を受けることもありますし、先生方を対象にした講話や各種セミナー、イベントなどに呼んでいただくこともあります。
そんなとき、法教育のお話をすると、関心を持って聞いていただけることが多いです。
学校内での具体的なトラブルを巡る相談であっても、「お互いの認識が違っているところをよく確認した上で、双方が折り合える着地点を見つけて行けるとよいですね」といった、「法教育的」なお話になることがよくあります。
学校の現場における法教育の需要は、確実に高まっているように思います。
法教育は、自分と他者とのギャップを克服していこうとする(身の回りの紛争を主体的に解決しようとする)「意欲」と、そのための手法に関する「知識」と、その手法を実践するために必要な「技術」を養成しようとするものです。こうした法教育の様々なプログラムに参加して得られる大事な気付きのひとつは、「あなたとわたし、違っているように見えても、その本質においていかほどの違いがあろうか」という、他者との相違を寛容に受け止めることの大切さです。
法教育によって、より多くの子どもたちに、他者との相違を寛容に受け入れる気持ちが育まれ、さらにその相違を自律的に克服するための素養(リテラシー)を広めていくことが出来るならば、子どもたちが将来、より幸せな市民生活を送るに有効であることはもちろん、(すでにこのコラムの他の回でも触れられているように)いじめ予防にも資するところがあるはずです。
こうして考えてみると、法教育を行う「場」は、まずもって、学校であるべきです。
弁護士会館などを会場にして行う弁護士会主催のジュニア・ロースクールも、法教育の意義や楽しさを発信するのに大変有意義な機会ですが、授業を行う弁護士と参加生徒との関係はどうしても一回的のものになりがちです。
この点、学校では、先生方と児童・生徒との関係は継続的なもので、人格的な接触も密です。
同じプログラムを実施するについても、題材の選び方、クラス内での役割分担等、最大の効果を導くためのよりきめ細かな準備が可能になります。また、学校の先生方には、プログラム実施後の効果について、後々まで検証することも可能です。
今後、法教育をさらに発展させていくためには、まずは学校こそがこれを行うべき本来の「場」であることを前提とした上で、学校の先生方がより身近に法律家にアクセスできる体制を整えることが大切だと思います。
この点、日本弁護士連合会が推進する「弁護士学校派遣制度」の今後にも注目しています。
第37回 「広島での取り組みのご紹介」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
広島弁護士会「法教育委員会」委員
前田 有紀
今回は、惜しくも日本一は逃しましたが、広島東洋カープの25年ぶりのリーグ優勝に沸く広島から、広島での取り組みについてご紹介します。
広島弁護士会の法教育委員会では、学校へ出前授業に行ったり、裁判傍聴セミナーを開いたりなど、1年を通じて様々な活動をしています。
中でも、最大のイベントは、毎年夏に開催しているジュニアロースクールです。10年ほど前から開催していますが、ここ数年は100名を超える中高生にご参加いただいています。ジュニアロースクールでは、身の回りの出来事について考えてもらうワークショップと模擬裁判を行っています。
使う教材は、毎年新しいものを弁護士が一から作っており、今年のワークショップでは、連絡網を題材に個人情報について考えてもらいました。
また、昨年のワークショップでは中学生と高校生で問題を変える試みをしました。
高校生には、「ヒロベンクエスト」と題して、架空の国のリーダーを選ぶことについて考えてもらいました。
中学生には、「ベビーカー」を電車内へ持ち込むことについて考えてもらいました。
中学生の中には電車内がイメージできない生徒さんもいるかもしれない、という心配もあって、みんなで「ベビーカー問題」を取り上げる映像ニュースを作りました。ニュースに登場してくるアナウンサー、リポーター、車掌さん、サラリーマン、子育て世代の人・・・演者も技術者も全員弁護士です。撮影当日の朝は、早い時間に集合したにもかかわらず、弁護士たちのテンションがいつもより高かったように思います。
ここ数年の模擬裁判では、弁護士が被告人役などを演じ、生徒さんたちに有罪か無罪かを考えてもらっています。また、生徒さんたちへは、「事件のあらまし」をお伝えするために、手作りの新聞記事を作成して事前に自宅へ送付しているのですが、年々、担当弁護士の画力が上がってきており、毎年の密かな楽しみになっています。
ジュニアロースクールの最後には、生徒さんたちへ修了証書を渡し、クラスごとに記念撮影をしています。撮影中の生徒さんたちの楽しそうな笑顔を見て、私たち弁護士は来年も頑張ろう、と思うのです。
最後に…、最近の新たな取り組みとしましては、広島弁護士会内の他の委員会から声をかけていただき、共同で学校へ行くことがありました。今後は、弁護士同士の顔がわかる広島弁護士会の規模を生かし、横のつながりで何かできないか、考えていけたらとも思っています。
第36回 「法教育って何をしてるの?」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
埼玉弁護士会「人権のための法教育委員会」委員
佐藤 有紗
今回の法教育コラムでは、私の所属する埼玉弁護士会での法教育の活動を中心にご紹介します。
埼玉弁護士会では、小学生対象の授業を中心として、出前授業やサマースクールなどの活動を行っています。
まず、出前授業についてご紹介します。
出前授業というと、いじめや憲法などの講義を想像される方が多いのではないでしょうか。しかし、当会の出前授業では、身近な問題についてグループディスカッション形式で話し合うという授業を主として行っています。
テーマとする身近な問題は、事前に児童に対し、児童自身が実際に抱えている問題についてアンケートを取り決定しています。そのため、グループごとに取り上げるテーマは異なるのですが、具体的には「小学校でもシャーペンを使いたい」「図書館にマンガを置きたい」「いじめをなくす方法を考えたい」などの小学生に身近な問題をテーマとしています。
授業では小学生5・6人がグループとなり、弁護士とテーマについて話し合いを行います。最近では話し合いの際に、画用紙と付せんを利用し、児童の意見を付せんに書き、画用紙に貼り付けて意見のグループ化をしたり、メリット・デメリットの表を作成するなどして話し合いが充実するような工夫を行っています。
次にサマースクールについてご紹介します。
サマースクールは、小学校の夏休みの時期に年1度、埼玉県の全小学校の児童を対象にして開催しています。平成28年度は、埼玉県の「青少年夢のかけはし事業(埼玉県ホームページ)」として実施されたこともあり、定員30名に対して147名もの応募をいただきました。
本年のサマースクールでは、小学生模擬調停をメイン企画として実施しました。模擬調停では、児童は調停委員役を担当し、クラスの席替えの方法をくじ引きで決めたいと主張するグループの代表者及び自由に決めたいと主張するグループの代表者とそれぞれ話し合いを行い、双方が納得するような解決案の検討を行いました。事実関係の整理や主張の整理、解決案の検討など、検討する内容が盛りだくさんの難しい事案でしたが、活発に意見が飛び交い模擬調停は大いに盛り上がりました。
私は埼玉弁護士会の法教育委員会において、企画を担当することが多いのですが、企画する際は、① 聞いて考える力を伸ばす②自分の意見を表明する力を伸ばす③相手の意見を踏まえたうえで、自分の意見を話す力を伸ばす、というこの3つの点を重視しています。私個人の考えとはなりますが、これらの3つの力は自己実現・自己統治を行う力に繋がる大切な力だと考えています。そのため、毎回企画する際は、どのような内容にすればこれらの3つの力を伸ばせるのだろうかと考えて企画を行っています。
日弁連の法教育委員会では、海外の法教育についても調査し、日本での法教育がさらに充実した内容になるよう検討を行なっています。平成28年10月6日に開催された第59回人権擁護大会 (PDFファイル;2.11MB)では、ドイツで主権者教育の研究などをされているヴァイセノ教授をお招きし、ご講演いただきました。
このような海外の法教育についての調査検討内容を理解し、各弁護士会の活動内容を把握するなどして、今後もみなさまに充実した法教育をお届けできるよう努力して参ります。
以上堅苦しい内容となってしまいましたが、参加していただいたみなさまに楽しんでいただけるような企画をご用意しておりますので、ぜひぜひみなさま法教育の授業にご参加ください。
第35回 「いじめ防止授業について」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
鹿児島県弁護士会「法教育委員会」委員長
山口 大観
第27回のコラムでも話題に挙がっていますが、「いじめ防止授業」について触れさせていただきたいと思います。
平成25年にいじめ防止対策推進法が成立し、施行されていますが、同法15条1項では「学校の設置者及びその設置する学校は、児童等の豊かな情操と道徳心を培い、心の通う対人交流の能力の素地を養うことがいじめの防止に資することを踏まえ、全ての教育活動を通じた道徳教育及び体験活動等の充実を図らなければならない。」とされており、各学校でもいじめの防止に向けた教育的取り組みが行われていることと存じます。
そこで、各地の弁護士会でも昨今盛んに取り組まれているところですが、鹿児島県弁護士会でも、子どもの権利委員会と協力して、小学校4年生から高校生までを対象とした「いじめ防止授業」への講師派遣の取り組みを行っています。
昨年度は、いじめ防止授業だけで小学校22校、中学校6校、高校1校に弁護士を講師として派遣しました。
学校からのご依頼の趣旨は様々ですが、いじめをすると法的にどんな罰を受けるのかを話してほしいという依頼を受けることもあります。
もちろん、いじめによって加害者の人生も狂ってくるという話をすることも、いじめを無くす上での一つのポイントだと思いますが、法教育委員会としては、もっと根源的なところの理解によるいじめ防止を目標としています。
いじめの防止のためには、個人の尊厳という価値を理解し、他者を尊重して共生することの重要性を考えさせることが大切ではないかということです。
弁護士会では、これまで法教育の普及に取り組んできましたが、法教育は、複雑化・多様化した現代社会において、多様な人々が共生するためのルールとしての法について、単に条文や制度の知識に止まらず、法の基礎になっている平等・公正・正義などの価値を理解し、法的なものの見方や考え方、人権感覚を身につけ、ひいては自分達で問題を解決する能力や態度を育むことを目的としているものと考えています。
その過程で、他者の立場にも立って多角的に物事を考えさせるという授業手法を用いることが多いですが、この手法を活かすことによって、いじめ防止授業においても、他者の立場や気持ちを理解させ、他者を尊重して共生していくことを目指す授業が可能になると思うのです。
鹿児島県弁護士会でも、引き続き、授業の質を高めて、いじめが許されないことを根本的に学んでもらう授業の提供に努力していきたいと考えております。
是非、弁護士会の講師派遣制度をご利用ください。
第34回 「弁護士が学校に行くこと」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
富山県弁護士会 法教育に関する委員会担当副会長
谷口 恭子
弁護士として「学校」に出向き、生徒と向かい合うとき。それはとても緊張する瞬間である。
胸には弁護士バッジ。ひまわりと天秤の意味を説くときの清々しさ。弁護士バッジに恥じないように、自分自身は日々の仕事と向き合うことができているのだろうか。
ときには母校の後輩たちに自分の背中を見せることになる。生き方まで問われているような気恥ずかしさ。わずか50分の授業時間の中で、人生の先輩として、生徒の心に何かを残したい。50分ってこんなに短かったっけ。昔はずいぶん長く感じたのに。授業のあとも襟を正して、まっすぐに生きていこうと思う。
法律は六法全書だけではない、法律の背後にある考え方を知ってほしい。相手を受け入れ、理解し、自分の意見を伝えることができる力を身につけてほしい。
若いキラキラした瞳に真剣に向き合って、一点の曇りもなく、言葉のひとつひとつを噛みしめて口にする。言葉を発することに重い責任を感じる。
伝えたい思いはたくさんあるのに、うまく伝わったのだろうか。もっともっとうまく伝える技術がほしい・・・。
富山県弁護士会法教育に関する委員会は平成26年6月に発足した若い委員会です。委員会の前身のPTの時代に、富山県内の高校および特別支援学校に対する弁護士学校派遣をゼロから始めて4年目になります。
会員から学校派遣名簿登録弁護士を募り、会一丸となって手探りでここまでやってきました。
授業担当弁護士の弁護士としてのそれぞれの経験に基づき、また、学校の先生方の要望に一つずつ応えながら、丁寧に一つ一つの授業を行っているところです。繰り返し授業を依頼してくださる学校も増えてきており、特に「商業高校」においては「経済活動と法」の単元の授業にゲストティーチャーとして呼んでいただくことが多くなっています。
教壇に立って生徒さんと向き合うことには不思議な力があるのか、授業を一度経験するともっともっと良い授業を試みてみたくなり、そんな中で、弁護士にとって学校に行く意味を深く考えるようになっています。
なかなか理想的な「法教育」に近づくことは難しいですが、学校に出向くことで、弁護士をより身近に感じていただき、学校の先生方や生徒さんと接点をより多く持ち関係を深めていく中で生み出せるものがあればと思っています。
特に、最近は18歳選挙権の影響により、学校現場からは主権者教育における弁護士の役割に期待する声が増えつつあり、申込みが増えています。
弁護士が主権者教育を行う意義はどこにあるのか、弁護士が行う主権者教育のあるべき姿はどのようなものか、考える日々が続いています。
富山県の取組はまだ始まったばかりです。今後ますます全国各地で展開されている「法教育」の実践を参考にさせていただき学ばせていただきながら歩みを進めてまいりたいと思っています。
第33回 「高校生模擬裁判選手権の夏」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
京都弁護士会「法教育委員会」委員
萩原 経
高校生模擬裁判選手権をご存知ですか?これは、日弁連が主催する、刑事模擬裁判の大会で、今年で記念すべき第10回大会を迎えます。高校生たちは、提供される資料をもとに、証人と被告人への尋問と、弁護人・検察官の意見を述べる論告・弁論を、本物の法廷行います。このコラムで取り上げるのは既に3回目ですので、ご存知の方も多いかもしれません。
京都府では、第1回大会から参加校があり、私が所属する京都弁護士会でも、高校生の支援に取り組んできました。
高校生に与えられるのは、ほぼ証拠書類だけ。これは、実際に弁護士が刑事裁判に取り組む時とほとんど同じです。資料が高校生に渡るのは、選手権の約2ヶ月前。高校生たちは、このわずかな期間に、資料をいろいろな角度から検討します。
また、実際の刑事裁判では、弁護士や検察官は、自分の側に有利な証言をする見込みの証人とは、事前に会って証言の内容を確認することがほとんどです(「証人テスト」などと言われます)。しかし、高校生は、検察官側としても弁護人側としても、証人と事前に会うことができません。その意味では、高校生は、実際の刑事裁判よりも難しい状況で、模擬裁判に取り組んでいるともいえます。
ところが、高校生たちは、本物の弁護士や検察官も顔負けの、立派な尋問や論告・弁論をします。例えば、尋問であれば、質問すべき事項がよく検討されていることはもちろん、証人が予想外の回答をした場合にも臨機応変に対応します。論告・弁論でも、模造紙や模型を使って視覚に訴えるなど、高校生らしい感性に基づいて、堂々と論述します。
これにとどまらず、事件の背景にある社会問題に目を向け、研究する学校もあります。例えば、昨年の題材(未婚で出産し、アルバイト収入でギリギリの生活をしている母親が、その子供に手をかけたという事案)であれば、若年女性の貧困と孤立について、学校の外から専門家を呼んで講演を聞いた例がありました。選手権は、模擬裁判の実践にとどまらず、高校生が社会で起こっていることに関心を持つきっかけにもなっています。
高校生模擬裁判選手権は、様々な角度から資料を検討し、尋問や論告・弁論を組み立ててそれを実践するプロセスが重要であり、優劣をつけることは本来の目的ではありません。とはいえ、高校生にとっては、審査結果はとても気になるところです。審査結果の発表の際には、大きな歓声が上がり、涙(うれし涙もくやし涙も)がそこここで見られます。高校生はそれだけのエネルギーを費やして模擬裁判に取り組んでいるのです。
今年の大会は、平成28年7月30日に実施されます。このコラムが掲載される頃には、既に結果が明らかになっていることでしょう。
夏の法廷では、甲子園にも負けないくらい熱い高校生の戦いが行われています。模擬裁判に取り組む高校生たちを、ぜひ応援してください。
第32回 「人の繋がりの中で育つ法教育活動」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
長崎県弁護士会「法教育委員会」委員
永岡 亜也子
西の果て長崎県でも、日弁連や他会からの刺激を受けつつ、地道に少しずつできることから法教育活動(あるいは、法教育活動に繋がり得る活動)に取り組んでいます。今回は、そんな長崎県弁護士会における法教育活動等の取り組みについて、ご紹介をしたいと思います。
長崎県弁護士会では、平成20年8月に法教育委員会設置PTが立ち上がり、平成21年4月に法教育委員会が設置されました。所属委員はほとんどが60期台の弁護士で、若手弁護士が中心となって、ジュニアロースクールや出前講義などの活動を行っています。
ジュニアロースクールは、年に1回、夏休みの時期を利用して企画・開催しているもので、当初は、長崎県弁護士会のみの単独企画として、小中学生を対象に、身近な問題をテーマに取り上げて、ルールや規制について考えてもらうという取り組みを行っていました。
しかし、裁判所と検察庁とを巻き込んでの三庁合同企画とした方が盛り上がるのではないかという考えもあって、日弁連などの高校生模擬裁判選手権の取り組みに倣って長崎県弁護士会でも高校生を対象とした模擬裁判を企画・開催するべく、平成25年度に初めて、裁判所の実際の公判廷を利用しての模擬裁判を企画・開催しました。このときは、実際の公判とほぼ同様の流れで検察官と弁護士が一通りの裁判手続きを実演するという方法を採り、参加生徒には評議等を行ってもらいました。参加生徒からはそれぞれに活発な意見が出され、各評議を指揮した裁判官からも感嘆の声が聞かれるほどでした。
そこで、今度はもう一歩踏み込んで、参加生徒自身に裁判手続きを実演してもらうという方法に挑戦をしようということで、平成27年度に初めて、対抗試合形式での模擬裁判選手権を企画・開催しました。手探り状態の中での準備は大変でしたが、参加生徒の充実した表情や一生懸命にやり遂げた姿を見て、その苦労は吹っ飛びました。後に、模擬裁判選手権への参加をきっかけに法学部への進学を志し、見事法学部への進学を果たした生徒からは、改めて感謝の言葉が寄せられました。
このときに、隣県の佐賀県の弁護士に被告人役や審査員のお手伝いをいただいたご縁もあって、平成28年度は佐賀・長崎での合同模擬裁判選手権を企画・開催することになりました。平成28年度は長崎、平成29年度は佐賀というように、持ち回りでの開催を検討しています。そのためにはまず、この夏に予定されている第1回合同模擬裁判選手権を無事に成功させなければなりません。長崎では、代表校を選出するための予選会の開催も予定しており、既に、出場校に対する事前指導が始まっています。参加生徒に、参加して良かったと思ってもらえるようなイベントとするべく、委員総出で、参加生徒ともに奮闘したいと思います!
以上のほかにも、長崎県弁護士会では従前から、主に高校からの要請を受けての出前講義などの活動を行っていますが、平成28年度は、子どもの権利委員会と共同して、いじめ予防を目的とした出前講義にも積極的に取り組む予定としています。この取組みについては、特に長崎市教育委員会に好意的・積極的に受け入れられており、長崎市に在籍する任期付き公務員の弁護士とも連携しながらの対応等を行っています。
また、同じく平成28年度からの取り組みとして、長崎県教育委員会との間で、県立学校の校長先生向けの学校問題に関する相談窓口設置に関する協定を締結しました。県立学校の校長先生が解決困難な問題に直面したときに、長崎県弁護士会においてあらかじめ選任した相談担当者に法的助言を求めることができるというもので、その相談費用等については、長崎県教育委員会が負担することになっています。
これらの様々な活動を通じて思うことは、いずれの取り組みも、人と人との繋がりの中で動いているものだということです。たとえば、模擬裁判選手権でいえば、裁判所や検察庁の協力があってのものですし、佐賀との合同模擬裁判選手権などは、まさに人の繋がりの中から生まれた企画といえます。また、いじめ予防授業の取り組みについては、背景に、長崎市に在籍する任期付き公務員の弁護士の尽力があります。一方、県立学校の校長先生向けの相談窓口は、今後の法教育活動に向けた人脈づくりのきっかけとなる可能性を秘めているものです。
こういった人の繋がりを大切にしながら、法教育活動をより一層活性化させ、長崎らしい長崎ならではの法教育活動を模索・実現していくことができたら、とても素敵なことではないかと思っています。
第31回 「札幌の法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
札幌弁護士会「法教育委員会」委員
綱森 史泰
全国の弁護士会の法教育の取組を知ると、各地域で特色のある活動をしていることが分かります。この法教育コラムでも、各地の活動状況が紹介されておりますので、今回は、札幌の法教育活動について紹介させていただきたいと思います。
札幌では、2012年に法教育委員会が設置されました。それ以前は「市民ネットワーク委員会」という名称の委員会で、弁護士会の活動について一般市民の方々にモニターをしてもらう「市民モニター」活動と法教育活動の二つの活動を行っておりましたが、法教育活動の充実のため専門委員会に改組されたものです。なお、2004年の市民ネットワーク委員会設置以前には、「司法改革推進本部第四部会(市民部会)」が、2001年頃から司法教育の取組を始めていました。このように、札幌では、司法制度改革の流れを汲んで、比較的早い時期から弁護士会の法教育活動が始められたことに特色があります。
札幌の法教育活動の中心的なイベントは、高校生を対象とする「ジュニアロースクール札幌」です。このジュニアロースクールは、2004年度の第1回開催以来、年1回のペースで継続的に開催され、2015年度で第12回を数えました。内容は、例年、午前に法教育授業、午後に刑事模擬裁判というものですが、法教育授業では、学校の先生方にご協力を頂いて、学校の先生と弁護士のペアで授業を行うことに特色があります。また、刑事模擬裁判では、裁判官・検察官・弁護人役を生徒が演じるほか、その他の生徒全員に裁判員としてグループ評議をしてもらう全員参加型の模擬裁判を実施しています。参加生徒の感想は毎回好評で、「私にとって法的なものの考え方は一生大切なものになると思った。」というような感想をもらえることは大変嬉しいことです。
その他にも、小学校・中学校・高校への出前授業や出張模擬裁判、学校からのエクスターンシップの受け入れ、教員向けの法教育セミナーの開催など、さまざまな取組をしています。
このような法教育の取組を続け、広げていくためには、関心を持って取り組む弁護士と学校教員の輪を広げていくことが重要です。札幌では、少し堅苦しい名称ですが、弁護士と学校教員からなる「法教育研究協議会」を開催して、法教育に関する情報交換やジュニアロースクールの企画などを行っています。
以上のような札幌弁護士会の法教育の取組にご興味・ご関心をお持ちいただけました生徒、教員のみなさまには、ぜひイベントやセミナー等にお気軽にご参加いただけますと幸いです。
第30回 「答えのない授業」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
第一東京弁護士会「法教育委員会」副委員長
五十嵐 裕美子
法教育の出張授業を行う際、教員の先生方からよく聞くのが、次のような言葉です。「子どもたちはとても楽しかったようで、意欲的に取り組む姿は頼もしく見えました。ただ、結局正しい答えは何だったのかと聞かれます。どう答えたらいいのでしょう。」
私が担当している授業は、ルール作りや模擬調停などが主で、模擬裁判員裁判などの刑事系の授業を担当することはあまりないのですが、刑事系の授業をよく担当する弁護士からも同じ話を聞きます。「結局、有罪と無罪、どちらが正解だったのでしょう?」と教員の先生から問われることがあるそうです。
ご質問に対しては、ルール作りの授業であれば、「答えは一つではなく、作るべき正しいルールというものがあるわけではないのです。利害関係の対立する相手の話にも耳を傾ける、反論や批判は人ではなく意見に対して行うなどの話合いの留意事項を踏まえ、一つの合意に達するまでの過程こそが、経験し学んでほしい内容なのです。」とお答えしています。それでも、「答えがないと消化不良になってしまう、子どもも正解を求めています。」というご意見を頂くことも多くあります。
果たして、法教育の授業に正解の提示は必要なのでしょうか。
実は、私たち弁護士が見る司法の現場でも、誰もが認める正解が存在するわけではないのです。裁判所の判断が正解ではないのか、と思われるかもしれませんが、裁判所が出す判断も、提出された主張や証拠を前提としたものにすぎませんし、同じ事案でも裁判所同士で判断が分かれることも多々あります。現実には、私たちは、どこかに存在する確実な正解を確認することはできないのであって、与えられ又は見つけ出した情報をもとに、当事者の皆が(満足はできないとしても)受け入れることができる結論を導き出すべく努力していくしかないのです。
裁判所による判断を当事者が受け入れる(受け入れざるを得ない)のは、裁判所による判断が間違いのない真実であるからではなく、決められた条件のもとで当事者が主張反論を尽くした上で、国民の代表者が決めた法律に従った判断がなされるシステムがあるからです。近隣住民が皆で決めた日常生活上のルールを守ろうと思えるのは、それが唯一無二の正しい決まりだからではなく、皆の意見を聞き話し合って、公正な手続きで決めたことだからです。
このようなことに思いを馳せるためのヒントを持ち帰ってもらうためにも、法教育の授業においては、自分たちが出した答えと正解を比べて○×をつける、というようなイメージを持たないでもらえるように工夫したいと、個人的には感じています。
もっとも、学ぶ内容を明確化して十分に説明するなど、授業を受けてくれる子どもたちに消化不良の感を残さない授業を行うための工夫の余地は、大いにあると思います。この点、教員の先生方からの率直なご意見を受け、大いに反省し学ばせていただく必要があると感じています。同じように正解のないテーマを扱う授業において、教員の先生方がどのような工夫をされているかを参考にして授業内容の充実を図るなど、これからも研鑽を積んでいきたいと思っています。
第29回 「まずはお電話を」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
函館弁護士会「子どもの権利と法教育に関する委員会」委員
葛西 秀和
函館の「子どもの権利と法教育に関する委員会」は平成23年8月に設立され、もうすぐ設立5周年になります。この間、夏期にジュニアロースクール(模擬裁判員裁判)を4回開催してきました。出前授業や法教育講座は、中学生・高校生を対象に6回開催し、中には6人の中学生を、4人の弁護士、7人の教員で取り囲んだこともありました。あるいは100人の中学生に参加してもらった出前授業もありました。出前授業などの規模は様々で、少しずつ実績もたまってきています。
さて、私たちが出前授業で学校を訪れると、生徒たちはとても一生懸命に課題に取り組み、講義に耳を傾けてくれます。また、私たちが「自由に質問して下さいね」と言えば、「ぶっちゃけ儲かるんですか」、「モテますか」など、若者らしい質問をしてくれます。そうした質問に対して、私たちは爽やかに抽象的な回答をしたり、たまには具体的に回答したりします。そうすると、アンケートには「弁護士のイメージが変わった」というメッセージが残されるようになります(きっといい意味で…)。
どうやら生徒には、テレビ(しかも、テレビドラマ)で見る弁護士の印象が強いようです。確かに函館弁護士会管内には弁護士は50名ほどしかおらず、弁護士と関わる機会はこうした出前授業などがほとんど唯一の機会であり、テレビのイメージを更新する機会はないのでしょう。そして、このことは生徒のみならず先生方にとっても同じかもしれません。そのため、出前授業には、生徒のみならず、先生方にとっても弁護士をより身近に感じていただける、そんな機会としての意味もあるような気がします。実際に、先生から出前授業のご要望をいただき、一緒に授業案を考えていく中でそんな先生側の変化を感じたこともありました。ですから、先生が出前授業に興味を持っても、最初はどうやって弁護士に依頼しようか悩んでしまうこともあるのではないでしょうか。でも、私自身も、授業案を考える中で先生方と議論をして、新しく見えてくるものがたくさんありました。ですので、出前授業などの機会が増えれば、お互いに得られるものが増えていくと感じており、そのためには私たちからの積極的な働きかけが必要だと思っています。
ただ、弱音を吐くと、例えば函館弁護士会に所属する弁護士はその多くが複数の委員会の委員を兼任しています。私も、刑事弁護センター、高齢者・障がい者関係、雇用や貧困に関する委員会などの委員を兼任しており、それぞれの委員会の活動に順次あたっていくと、ついつい出前授業の実施に向けた活動が後回しになってしまうことがあります…。
ですので、もし出前授業などのご希望があるときには、お近くの弁護士会までご連絡をいただくと、自動的に出前授業の機会を増やせるので、実は助かるのです。
ということで、ぜひご遠慮なく、まずはお電話を。
第28回 「「チョイ足し」法教育のすすめ」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
岡山弁護士会「県民ネットワーク委員会」委員長
原 智紀
以前、私の地元、岡山県の学校の先生方に、法教育授業が実践できていない理由についてアンケートをとったことがありました。
選択式のものでしたが、「法教育の授業内容がどのようなものかわからない」「法教育を実践する時間的な余裕がない」と回答した方が多く、また、これらより数は少ないものの「法教育の授業内容が難しい」という回答もみられました。
「法教育の授業内容がどのようなものかわからない」「法教育の授業内容が難しい」ことについて、学校の先生が、ゼロの状態から法教育の教材を開発して授業することはハードルが高いのだろうと推察されます。
そこで、日弁連では、学校の先生を対象とした法教育教員セミナーを開催して法教育に関するワークショップを行っていますし、各地の弁護士会でも、法教育の教員研修や法教育セミナーを開催して授業実践例の紹介やワークショップをしたり、弁護士と学校の先生たちで法教育研究会といった組織を立ち上げて教材を作成・検討するといった活動を行っています。
「法教育を実践する時間的な余裕がない」ことについて、ただでさえ時間がない中で「法教育」という何か特別なものはできない、そんなイメージがあるのかもしれません。
しかし、これまで学校の先生が行っていた授業に、ほんの少し法教育的な視点・エッセンスを取り入れれば、きっと素晴らしい法教育の授業実践になるだろう、そんな思いを私は持っています。
平成27年5月に開催した日弁連「法教育教員セミナー」の小学校の先生を対象としたグループワークでは、文部科学省作成の『私たちの道徳3・4年生』に掲載されている『ぶらんこ復活』という教材を基にして、ルールを守ることの大切さという道徳的な内容だけではなく、ルールの必要性、公平・平等という視点でのルールづくりといった法教育の視点を取り入れた授業案(指導案)の作成をしました(その成果は、日弁連のサイトの「関連教材集」の中に、指導要領 (PDFファイル;125KB) と授業案 (PDFファイル;135KB) として掲載しています。)。
この『ぶらんこ復活』は、法教育の内容を取り入れた道徳の授業の一例といえるかもしれません。また、道徳に限らず、様々な授業科目でも法教育的な視点を取り入れることができるのだろうと思います。普段行っている授業に法教育の内容を少し盛り込むのなら、授業時間が取れないというハードルも乗り越えられるのではないでしょうか。
まずは、普段の授業で、法教育というエッセンスを「チョイ足し」することから始めてみてはいかがでしょうか。
最後に、「チョイ足し」といっても、何をどう「チョイ足し」すればよいのか、そのさじ加減がよくわからない方へ。
法教育に熱心に取り組んでいる弁護士は全国各地にいますから、まずは地元の弁護士会にお問い合わせください。
ただし、「『チョイ足し』の仕方を教えてください」と言われても、受付の人は何のことだかわかりませんから、「法教育の授業について弁護士のアドバイスが欲しいのですが」などの要望を述べてくださいね。
第27回 「法教育としてのいじめ防止授業」
長野県弁護士会「法教育委員会」 委員
樋川 和広
1 長野県弁護士会法教育委員会は、平成24年に設置され、若手の弁護士を中心に約30名の委員で活動しています。
当委員会が昨今力を入れている活動の一つとして、主に小学校高学年を対象とする「いじめ防止授業」がありますので、この場をお借りし紹介させていただきます。
2 弁護士によるいじめ問題に対する出張授業の起源は、今から10年以上前、第二東京弁護士会の有志の先生方を中心に取り組みが開始され、各地にその活動が広がっていると聞いております。当委員会においても、東京での取り組みと授業内容に感銘を受け、実際に東京で数回にわたり授業実施風景の見学をさせていただきました。その上で、当委員会内で協議し、多くの点で東京での授業に示唆をいただき、授業案を拝借させていただきながら、長野県弁護士会版のいじめ防止授業を作成しました。
3 我々が授業案を作るにあたって意識したことは、「弁護士が敢えていじめの問題を語る」ことの必要性を、授業を聞いた生徒に納得してもらうことでした。そのために、法教育において弁護士が扱う内容との融合を検討しました。いじめがなぜ許されないかという根本にあたる説明を、弁護士の職務たる「基本的人権の擁護」と立憲主義の大原則たる「個の尊重」、そして「正義」という観点から紐解いて説明する授業案を模索しました。具体的には、「人権」とは何であるかという説明から初め、いじめが人権侵害であることを強調し、また「いじめられる側にも悪いところがあるか?」という避けては通れない問題提起については、「個の尊重」の重要性を説くことで答えを出そうとし、いじめを防止する、阻止するための活動を正義の行動であると位置づけています。
伝えたいメッセージがとても多くなるため、1単元ではなく2単元(小学校では90分)を1セットとした授業内容とし、また、現場の教員の意見を受け、弁護士が一方的に講義する内容ではなく、各単元に生徒がグループワークで検討する時間を設ける形式としました。グループワークは盛り上がりますし、グループワークが挟まることで、2単元続けた授業でも生徒の集中力が持続します。
4 長野県におけるいじめ防止授業は平成26年度から開始され、本年度は小中学校併せ7校、25クラスに実施することが出来ました。ご協力いただいた教員の先生方には概ね好意的な評価をいただいているものと思います。
そして何より、授業を受けた生徒の反応は我々が想定した以上に熱心で、真剣なものでした。それだけ、いじめの問題が生徒にとっても関心の高いものであることがわかります。どのクラスに行っても、全く話に興味を持たない生徒はほぼおらず、むしろ終始食い入るように授業に集中している生徒が沢山います。授業後の感想では、多くの生徒がいじめが人権侵害に他ならないことを理解し、そして、いじめを防止するために自分でも出来ることがある、という気付きを得ていることがわかり、弁護士によるいじめ防止授業に意義があることを実感しています。
5 今後は、長野県弁護士会において授業の担い手を増やすとともに、より生徒の心に届く授業内容への改良と、授業実施における伝え方の技術研鑽に努め、引き続きいじめ防止授業が学校現場に広く受け入れられるよう継続して参りたいと考えております。
第26回 「法教育と18歳選挙権」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
和歌山弁護士会「法教育委員会」 委員
芝野 友樹
1 公職選挙法が改正され、今年の夏に行われる参議院議員選挙から、18歳以上の国民が選挙権を行使できることになりました。
2 これまで、法教育委員会では、「個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の担い手として、法や司法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育」を法教育として、その普及に努めてきました。
私の所属する和歌山弁護士会でも、様々な取り組みをしてきました。例えば、毎年高校生を対象として、「ジュニアロースクール」を開催しています。このイベントでは、弁護士が実演する模擬裁判に裁判員役で参加してもらい、証人の証言や被告人の供述を聞き、検察官及び弁護人の意見を聞いた上で、評議をしてもらい、有罪か無罪を決めてもらいます。
また、出張講義では、ルール作りを体験してもらったりもしています。例えば、マンションに防犯カメラを設置するかどうかということについて、クラスで議論を行い、最終的にどのようにして、ルールを決めるのかということを話合ってみるといったものです。
最初は、戸惑う高校生も多かったように思いますが、やりとりを繰り返すなかで、自分の意見を述べたりできるようになりました。またその中で、他人の意見を聞いて、自分の意見を補強したり、自分の意見を変えるなど、様々な意見があるなかで、どう考えていくのかという力を養っていったように思います。
3 今後、早ければ高校3年生から、選挙権を行使できることになります。選挙権の行使は、模擬裁判での模擬評議と異なり、現実の貴重な一票となります。高校生が、実際に考えたことが政治に反映されることになっていきます。法教育、主権者教育はますます重要になると思っています。
もちろん18歳の素朴な意思表示、それはそれで貴重な意見と思います。しかし他方で、様々な意見があふれる中、自分の力で考え、意見表明をする力を養うこともまた重要だと思います。
私たちは、もっと法教育を身近なものにしていきたいと思っていますし、高校生にも、積極的に参加していただきたいと思います。
第25回 「ワクワクできる法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
栃木県弁護士会「法教育委員会」 委員
小森 竜介
みなさんは、どういうことでワクワクしますか?
ワクワクすることは、人それぞれたくさんあると思いますが、そのワクワクの一つに、今まで知らなかった新しいことを知るということがあるのではないでしょうか。
私は、本を読んだり、話を聞いたりして、「そうなっていたんだ!」、「そういう理由があったんだ!」、「そんなすごい人がいたんだ!」と驚くと、とてもワクワクします。そして、他人の迷惑をかえりみずに、そのたくさんのワクワクを伝えようとしてしまいます。
世の中の仕組みやその原理、どんな人たちがいるのかを知ることが出来れば、もっともっと世界が広がります。
自分の知らなかった新しいことを知ることでワクワクしてしまうのは、自分の世界が広がっていくことを感じられるためなのかもしれません。
「法教育」と聞くと、抽象的で何やら難しく堅苦しいイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、実は、法教育は、みなさんが簡単にたくさんのワクワクに出会える楽しい場なのです。
私の所属する栃木県弁護士会の法教育委員会では、法教育のイベントとしてジュニアロースクールや出前授業を行っています。
そこで、多くの生徒のみなさんに、模擬裁判やルール作り等に参加してもらっています。
模擬裁判では、みなさんにあたかもロールプレイングゲームのプレイヤーとして手続に参加してもらいます。
そして、その経験の中で、みなさんは、裁判手続やルールを知るとともに、公正さや法的視点といった観点を自然と身につけることになります。
また、ルール作りでは、具体的な問題に対して、問題解決のためにどのようなルールを作るべきなのか、ルールをどうやって決めたらよいか等について、話し合いを通じていろいろと検討してもらいます。
そして、その経験の中で、みなさんは、ルールの決め方など世の中の仕組みを知るとともに、民主主義や立憲主義の内容を自然に理解することになります。
また、みなさんは、弁護士とのふれあいの中で、いろいろ今まで知らなかったことを知ることになります。
法教育のイベントは、みなさんの世界が広がっていくワクワクの絶好の機会なのです。
法教育は、みなさんがワクワクすることが出来る場ですが、実は、弁護士にとってもたくさんのワクワクに出会える場なのです。
弁護士は、ついつい裁判や紛争解決のために必要な法律構成は何かといった観点のみで物事を考えがちです。
みなさんとの関わりの中で、「そういう発想や考え方があったんだ!」「そういうところを見落としていたんだ!」という新しい発見や気付かされることがたくさんあり、とってもワクワクできるのです。
ちなみに、通常業務で見落としがあれば、ワクワクというより、全身氷河期状態になってしまいますので、法教育は安全にワクワクできる場なのです。
池上彰さんばりにおもしろいことをみんなにわかりやすく伝えようと思い、ついつい力が入りすぎることもありますが、みなさん、法教育のイベントで、いっしょにワクワクしましょう。
ワクワクすると、明日がとっても楽しみになりますよ。
第24回 「NIEと法教育~新聞を使った法教育授業のお勧め~」
九州弁護士会連合会 法教育に関する連絡協議会 委員長
福岡県弁護士会 法教育委員会 委員長
春田 久美子
NIEをご存じですか?「教育に新聞を(newspaper in education)」というものです。 法教育の出前授業に赴くとき、最も心を砕くのが教材づくり、ですよね。
伝えたいテーマ(授業の目標)が決まったら、素材、モチーフとして、どういう内容のものを選ぶか…法教育の授業において、児童・生徒さんが、自ら考えたくなるような、取り組んでみたいような気持ちをかきたてらるかどうかは、ここにかかっている!と思っています。私の場合、素材、いわゆる“ネタ”を見つけるのは新聞を読んでいるときにヒントを得られることが多いです。
私自身は、ゲストティーチャー(GT)として出前授業に行く際、“正解”がない、賛成・反対、○か×など、意見が分かれ、答えが両論あり得るような、どちらもそれぞれの言い分があって、なかなか大人の私たちでも、正解を言えないような論点が含まれているものを教材にすることが多いのですが、そのヒントは、新聞を眺めているときなどに閃く(!)ことが多いのです。例えば、〈野良ネコの餌やり問題〉や〈ペット(飼い犬)税を条例で導入しよう、と自治体が動き出した〉の記事。ネコやイヌなど動物ものは、子どもたちにも身近ですから取り組みやすいようです。他には〈赤ちゃんポストの是・非〉や〈公園の禁止事項が増えている問題〉や〈あなたは、どう思う?海水浴場での飲酒、音楽(鳴り物)禁止〉etc。まだ、実践していませんが、〈組体操の10段ピラミッドで骨折!果たして、続けるべきかどうか…?〉や〈育休取ったら保育園を退園させられるのって、どう?!〉もいつかやってみたいな~と思っています。
新聞を使った授業は、法教育を普及させるために、教育大学生に実践してもらうこともあります。私が赴く授業前の1週間ほど新聞を読んでもらい、その中から、何年生を対象に、こんなメッセージを伝えるために、どういう展開で授業をしてみますか?という問い掛けで新聞記事を貼り付けておく、というワークシートを事前に配っておきます。当日、発表してもらうのですが、結構、人によってチョイスする記事がばらつくので授業は盛り上がります!
記事だけではありません。ある朝、新聞を開くと一面に大きな広告が…。桃太郞に父親を殺された子鬼の坊やが涙を流して立っている図柄に『ボクのおとうさんは、桃太郞というヤツに殺されました』というメッセージ。小さくキャッチコピーとして『一方的なめでたしめでたしを生まないために。広げよう、あなたが見ている世界』が添えられている紙面でした。これは2013年度の新聞広告クリエーティブコンテスト最優秀賞作品でしたが、私の最終的に目指している法教育は、このようなイメージだな~と強く印象に残りました。
野良ネコの餌やりを扱う授業は、学校の先生だけによる研究授業でも実践されました。ところが、最近のお子さんは、(3段落の記事でしたが)多くの文字を読もうとはしない、ということで、その教員の方は、記事の内容を4コマ漫画に書き直して生徒に呈示する、という工夫をされました。なるほどな~と思いましたが、文字を読む練習としても果敢に取り組んでもらってもよいのでは、と思ったりした私です…。
NIEは、お住まいの各都道府県ごとに事務局がその地のメジャーな新聞社内に置かれており、推進協力校もたくさん存在します。法教育をNIEとコラボしてやりませんか!とお誘いすると、取材もしてくれるかもしれません(子どもたちのやる気がアップします)♥
デジタルな時代ですが、アナログな新聞は法教育の教材づくりの上で、宝の山だと思っています。皆さまも、そういう目で眺めてみたらいかがでしょうか♪
第23回 「風の声に耳を傾ける」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
山梨県弁護士会「法教育委員会」 委員
中野 宏典
ボブ・ディランというアメリカのミュージシャンの代表曲の一つに、『Blowin’ In The Wind』という曲があります。世の中のいろいろな不条理や疑問に対して、「友よ、答えは風に吹かれている」と訥々と歌う、胸に迫る素晴らしい名曲です。
先日、地元の高校で、高校生法律ウルトラクイズ、というのをやらせてもらいました。憲法などをテーマに○×クイズを出題したのですが、最後に、意地の悪いことに、○とも×とも正解のない、あるいは正解の分からない問題を出したところ、生徒さんたちから、一斉に「えー」というブーイング(?)の声が上がりました。確かに、○×クイズなのに○でも×でもない問題を出すのはズルいわけで、生徒さんたちの不満もごもっともなのですが、この授業で伝えたかったのは、世の中には、正解がある・分かっていることは意外に少ない、ということでした。
私たちは学校で、どちらかといえば正解・不正解のはっきりしている問題ばかりを扱ってきます。でも、ボブ・ディランが歌うように、答えは風に吹かれていて、世の中には、実は正解が分からないことの方が多いのではないでしょうか。風の声に耳を傾け、そういう問題に迷いながらも自分なりの回答を出しながら、私たちは生きています。普段正解探しをしてしまう癖(?)がついている生徒さんたちにとっては、答えがない問題、人によって考えが違う問題があるということが新鮮に映るらしく、感想でもそのような声をたくさんいただきました。
このような価値の多様性をまずは知ってもらったうえで、法教育が目指すものは、実はその先にあると思っています。つまり、法教育は、「答えがないときに私たちはどうすべきなのか」という問題に一つの道筋を示すものである、ということです。私たちが社会生活を送る以上、「答えがないから何をやってもよい」「価値が多様だから他者の考えは無視してよい」というわけにはいきません。
答えが分からないとき、人によって考え方が違う問題にぶつかったときに、どのような基準で考えたらよいのかという「物差し」を使うことで、自分の考えを整理したり、他者の考えとの違いを明確にして歩み寄りを図ったりできることがあります。法的な観点でいえば、その代表例が「正義」とか「公平」という物差しで、法治国家で社会生活を送るうえでは、この物差しを身に付けることが役に立つわけです。この物差しを身に付け、正しく風の声に耳を傾けられるようになることが、よりよい社会につながっていくのではないでしょうか。もっとも、テストの答案には「答えは風に吹かれている」とは書かないでくださいね(笑)。
第22回 「縦軸で見る法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」 委員
佐賀県弁護士会「法教育委員会」 委員
安永 治郎
- 8月1日(土) 高校生模擬裁判選手権四国大会(@高松)の応援
- 8月3日(月) 長崎県弁護士会サマースクール(@長崎)の応援
- 8月4日(火) 佐賀県弁護士会サマースクール(@佐賀)の開催
以上が私の8月初旬のスケジュールですが、4日間で3つのイベントに携わりました。
3つものイベントに参加すると、参加生徒の反応や運営方法を異なる角度で見ることができます。特に、前2つのイベント(高松、長崎)は高校生、佐賀の場合は小・中学生と、参加生徒の学年が異なっていましたので、参加生徒へのアプローチの違いを鮮明に感じました。
その中から、小学生向け法教育イベントの方法論について、今回感じたことを少しだけ紹介いたします。
今回の佐賀のサマースクール(小学生の部)は白雪姫をモチーフにした裁判劇で、お妃様が白雪姫を殺害しようとした犯人なのか、犯人性を検討するものでした。教材の中に散りばめられた間接事実を小学生は細かく拾ってくれましたし、気付いた事実が有罪、無罪の根拠になる理由も説明してくれました。
小学生がここまで考えられることに毎回感心するのですが、高校生模擬裁判と比較すると、あくまで自分が考えた意見を紹介させるところで留まっています。高校生模擬裁判の場合は検察役と弁護役に別れて裁判に参加するので、自分たちの考えだけでなく、相手方の主張への反論も合わせて行う姿勢を見ることができますが、小学生向けイベントでは反対意見に対する検討という点にまでは触れられていません。
私は、一つの事実に対して複数の異なる見方があること、これを子どもたちに感じてもらうのが法教育の醍醐味だと思っています。
童話を題材としつつ、本来の結論と逆の考え方もあるのだという考えを持ってもらうという点では、今回のイベントもその醍醐味を体感してもらえるものになっています。
ですが、自分と反対の意見に触れ、それをどのように消化するのか、そこまで踏み込めれば、参加した小学生の視点は更に広がるのではないかと考えています。
小学生にそこまでの議論をする能力があるのか等という指摘はあろうと思いますが、小学生向けイベントについてはまだまだ改良、検討の余地が十分にあるようです。来年のサマースクールに向けた宿題ができました。
これまでは自分の単位会のイベントだけを見ていましたが、日弁連や他会のイベントに参加することで、このような学年の違い(縦軸)という視点から法教育イベントを比較検討することができました。そんな発見を求めて、来年の夏がまた楽しみです。
第21回 「裁判員制度と法教育、そしてその先にあるもの」
横浜弁護士会 法教育委員会 委員
日本弁護士連合会 市民のための法教育委員会 委員
入坂 剛太
先般、ある教育委員会の研修会にお招き頂き、「裁判員制度と法教育」というタイトルでの講演をさせていただきました。
平成21年5月に開始された裁判員制度は、その後定着が進み、平成27年5月までに、4万人を超える方が、実際に裁判員として審理に臨まれました(最高裁判所ホームページ「裁判員裁判の実施状況について(制度施行~平成27年5月末・速報)」表4)。
教育の場においては、現行の学習指導要領(平成23年改訂)には、中学校社会科の公民的分野や、高等学校公民科の「現代社会」や「政治・経済」などで、裁判員制度を扱うことが定められています。これを受けて、学校現場では、弁護士を講師に招いて、司法・裁判制度の解説や、模擬裁判授業を行うなど、各地で様々な取り組みがなされてきました。
実際のところ、裁判員制度はやや突然に始まった感があり、裁判員制度に関する教育において最も重視されたのは、「裁判のしくみを知り、これに親しみを覚える」という点であったように思います。このため、我々弁護士に求められたのは、上のような、裁判制度の解説や、模擬裁判などが中心となっていました。
しかしながら、裁判員制度が定着し、国民の司法参加が進んだ現在にあっては、「学校で裁判員制度を学ぶ意義と方法」を、より踏み込んで考えていく必要があるように思います。裁判員制度は、国民のみなさんが裁判に積極的に参加するという経験を通じ、司法制度への理解と信頼を高めていくことにその目的があります。そうだとすれば、学校現場においても、裁判員制度の学習は、単に裁判の制度を知るという「知識」の面だけではなく、検察官・弁護人の主張や証拠を分析し、他者との議論を通じて自立的な意見を形成するという「技能」の面、他者の意見を尊重しつつ、裁判や法に関心を有し、積極的に関わっていくという「意欲・態度」の面にも配慮が必要です。これは、裁判員制度に関する授業の一コマだけで完結するものではなく、他の教科や学校活動全般において、繰り返し取り上げていく必要があると考えています。
この研修会では、このような問題意識をもとに、日弁連市民のための法教育委員会や、各地の弁護士会の法教育委員会が作成した教材や、出前授業等のプログラム等をご紹介し、裁判員制度以外の分野で行う法教育活動のご案内をさせていただきました。
裁判員制度の学習は、法教育のきっかけとしてはとても分かりやすく、興味深い分野です。学校現場の先生方におかれましては、ここで法教育に関心を有した子どもたちの理解を更に深め、その能力と意欲を更に高めていただきたいと願っています。
是非一度、各地域の弁護士会を通じ、法教育授業のお申し込みをご検討いただければ幸いです。一同、心よりお待ちしております。
第20回 「法教育の夏がやって来た!」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岐阜県弁護士会法教育委員会 委員長
武藤 玲央奈
子ども達が夏休みを迎えるころ、私達法教育に携わる弁護士の多くは多忙を極めることとなります。
日弁連及び全国各地の単位弁護士会が、子ども達の夏休みに合わせて、様々な法教育に関わるイベントを行う時期だからです。
日弁連のイベントである高校生模擬裁判選手権は、2015年で9回目を迎え、今や我が国最大の法教育イベントの1つと言っても過言ではないと自負するところです。
2015年は例年以上に多くの高校からの参加希望があり、予選や抽選で出場校を絞るなどする事態となっていて、嬉しい悲鳴を上げています。
私の所属する岐阜県弁護士会でも、2009年から「ジュニア・ロースクール」という中学生向けの法教育イベントを開催しています。岐阜県弁護士会は、岐阜県内で唯一の法学部を有する朝日大学との間で2009年に学術交流協定を締結しており、「ジュニア・ロースクール」も、弁護士会のイベントでありながら、朝日大学の多大なるご協力を頂いて、充実した内容となっております。
例年模擬裁判を行っていますが、朝日大学の法廷教室を使用し、模擬裁判の役者さんや模擬裁判後の子ども達の評議の補助役として学生さんにご協力頂くなどしています。事前のPRも、朝日大学の職員の皆さんが中学校を回ってチラシを渡して頂くなど入念になされており、例年コンスタントに50名から70名程度の中学生の皆さんに参加頂けています。
イベント終了後には、朝日大学の学生食堂で、弁護士と子ども達、保護者の皆さんが一緒になっておいしいお昼ご飯を食べながら交流する企画も毎年好評を頂いています。このような朝日大学の多大なるご協力のおかげで、私達弁護士は、企画の中身の議論に集中することができるのです。
この夏も子ども達の熱い議論と輝かしい眼差しにたくさん出会えるといいなあと期待しながら、全国各地の弁護士会が様々なイベントを企画しています。
是非お近くの弁護士会のイベントを覗いて頂き、法教育の夏を子ども達と一緒に満喫して下さい。そして、学校現場で法教育授業を実践する際のヒントや人脈を目いっぱい吸収していって下さい。
皆様のお越しを心からお待ちしています!
第19回 「先生方と歩み続けた10年間」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
岩手弁護士会「法教育に関する委員会」委員
鈴木 真実
岩手では、平成17年に県内中学校の先生方の参加を得て「法教育研究会」を立ち上げました。
そして、
- 授業は教育の専門家である教員が行う
- 教員に素案を持ち寄ってもらい、それを基礎にして法教育研究会で協議して教材案を作成する
- 授業には弁護士がゲストティーチャーとして参加する
という3つを基本的な方針として、県内の10か所以上の中学校で法教育授業を行いました。
1学年に数名しかいないという小規模校もあるため、町内の中学校3年生(約90名)を町民会館に集めて、10名の弁護士がゲストティーチャーとなって授業を行うという取り組みをしたこともあります。
特に私たちが大切にしているのは、教育現場の最前線にいる先生方に授業案の素案を持ち寄ってもらうということです。地域によって生徒さんの置かれている環境や学校の規模も様々であり、生徒さんがより身近に感じられる授業案を練っていくには、先生方による視点が重要だと考えています。
「そうは言っても、法教育の授業案なんて、どうやって一から作れば良いの?」と、このコラムを読んでくださっている先生方から質問の声が聞こえてきそうですが、そこは安心してください。
例えば、「選挙や租税について、生徒に身近に感じてもらえない」という先生の一言から始まり、「模擬党首討論を行って投票させることで主体的な参加が促せるのでは」、「税金という希少資源の配分というのは、配分的正義の視点を学べると思う」等の意見が研究会の参加者から出てきて、議論を重ねた結果、党首討論形式の授業が完成しました。弁護士が党首役を担当し、生徒さんには所得等の前提条件を設定した複数のグループに分かれてもらい、所属したグループの立場から党首に質問し、グループ討論を踏まえ、各自が投票するという授業です。今では毎年1回の恒例授業となっています。
他にも、「町有地の活用方法という地元に即したテーマはどうか」、「地元にとって無縁ではない農地開発と環境問題を取り上げることはできないか」等、教育現場にいる先生方から“きっかけ”を提供してもらうことから議論が始まり、授業案が出来上がっています。
立ち上げから間もなく10年を迎える法教育研究会ですが、ここから生まれた授業を受けた生徒さんの中から、教員になり、自分も法教育を実践していきたいと言って研究会に参加してくれる方が出てきました。 先生方と歩み続けた10年間が、こうやって次世代に繋がっていくことは、望外の喜びです。
日弁連では、毎年、弁護士と先生方とが討論しながら法教育授業案を作っていくという「法教育教員セミナー」を実施しています。案ずるより産むがやすしといいます。このコラムで少しでも興味を持っていただけたならば、まずは、企画にご参加いただき、法教育を体験してください。
皆さんのご参加をお待ちしております。
第18回 法教育は誰のためのもの?
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
沖縄弁護士会「法教育に関する特別委員会」委員
内田 光彦
皆さんは『法教育』という言葉を聞いたとき、誰が実施するもので、誰を対象として行われるものだと考えますか?
「法」だから法律専門家が担うものだろう、「教育」だから児童生徒、そして児童生徒を教える立場にある先生・教員のためのものだろう。そんな回答が返ってくるのではないかと思います。
では、この回答は正しいのでしょうか。
確かに、これまでのコラムでも紹介しましたとおり、弁護士で組織される日弁連は積極的に法教育活動に取り組んできました。夏には高校生を対象とした「模擬裁判選手権」を実施し、5月には小学校・中学校・高等学校教員を対象とした「教員セミナー」を実施しています。また、各地の弁護士会でも、主に小中学生及び高校生を対象に出張授業やジュニアロースクールを開催するなどしています。
このような活動を見てみると、現在の法教育は、主に教員や、弁護士を含む法律実務家等が担っており、その対象の多くが児童生徒であることは否めません。
しかし、これは「学校現場等における法教育」という文脈での話であると私は考えています。
そもそも、法務省が発足させた法教育研究会が作成した報告書では、法教育は「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるための教育」と定義されています。法教育は「法律専門家ではない一般の人々」のためのものであり、児童生徒のためのものであるといった限定は一切ありません。
むしろ、子どもたちの社会よりも大人の社会におけるほうが紛争は起こりやすく、その紛争は複雑なことが多いのではないでしょうか。そのような中で「法やきまりの意義」を考え、「紛争を処理し解決する」能力を身に付けておけば、裁判や調停に訴えずとも紛争を解決できる場面が増えるのではないかと思います。
また、児童生徒にとって学習の場は学校現場に限りません。家庭において、近所のコミュニティにおいて、さらには放課後に友達と遊ぶ場においてなど、様々な場面で子どもは学んでいます。そのときに、保護者や近所の人など身近にいる方々が、さらには、子ども同士が「法教育」を実践することは可能であり、皆さんが法教育の担い手となりえるのです。
以上のとおり、法教育は、子どもだけでなく、誰もが学び、実践し、さらには教えることができるものだと思います。そして将来、皆さんや、私たちが実践した法教育を経験した子どもが、意識せずともその担い手になってくれたらどれほど嬉しいことでしょう。
ですので、少しでも法教育に興味のある方、是非一緒に(子どもを対象とした法教育活動に付き添ったり、参加・傍聴するなどして、子どもと共に)学んでみませんか。
第17回 「特別支援学校での法教育授業」
第二東京弁護士会「法教育の普及・推進に関する委員会」委員
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
張江 亜希
第二東京弁護士会・法教育の普及・推進に関する委員会では、福井大学の橋本康弘准教授と共同で特別支援学校での法教育授業も実施しています。
授業テーマは、小中学校等で行っているものと変わらず、公平などについて生徒さんたちで議論し、考えてもらったり、契約の概念等を学んでもらったりなどで、授業をさせて戴く学校のニーズに応えて、担当の先生方と一緒に授業案作りをさせて戴いています。
この特別支援学校での法教育授業の特徴の一つは、「視覚」に訴える授業という点にあります。現場の先生方から、「生徒達は視覚で捉えたものほど理解度が上がるが、一方で、情報過多だと意識に残らない」というアドバイスを戴いたことから、これに応えるべく、視覚に訴え、かつ、シンプルな教材を作成すべく、議論とブラッシュアップを重ねています。
実際の授業では、先生方が演じる寸劇によって設定場面を把握してもらったり、イラストを用いたスライドを使用したりしています。
なかでも、先生方の寸劇は、とてもリアルで、見ている弁護士たちもその場面に引き込まれていきます。
また、もう一つの特徴は、「身体」でも理解してもらうというものです。具体的には、生徒さんたちも先生方と一緒に寸劇を演じてもらったりしています。
これも、生徒さんたち自身が「身体」を使って表現することで、「身体」でも理解をするという先生方のアドバイスを参考にさせて戴いたものです。生徒さんたちも、寸劇等を体験することによって、混乱なく、スムーズに場面を理解してくれているように思います。
そのため、当該テーマについて、生徒さんたち自身で考え、疑問に思ったことを弁護士に質問したり、他の生徒の意見に対し自分の意見を述べたりと、生徒さんたちの議論もなかなか活発に行われています。
昨年11月に出された文部科学大臣の「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」においても、「特別支援学校については、小・中・高等学校等に準じた改善を図るとともに、自立と社会参加を一層推進する観点から、自立活動の充実や知的障害のある児童生徒のための各教科の改善などについて、どのように考えるべきか」との諮問がなされています。
法教育とは、物事を多面的にとらえ、様々な考えがあることを知り、自分はどのように考えるかといった力を養っていくという一面があります。このような法教育は、上記諮問にある、生徒さんたちが自立し、社会参加を行っていくために必要なものの考え方を養うための方法として、重要な役割を果たせるのではないかと思います。
特別支援学校の先生方、是非、弁護士と一緒に授業をしてみませんか?
第16回 「法教育教員セミナー(予定)」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
清木 敬祐
日弁連「市民のための法教育委員会」は、いくつかのチームに分かれていますが、私は、そのうちの「企画チーム」に所属しています。
私は、日弁連「市民のための法教育委員会」委員になってからも、しばらくは「企画チーム」が一体何をするのかも、さらに言えば、どのチームに所属しているのかさえも、恥ずかしながら分からないまま出席をしていた記憶があります。
そのような私を「企画チーム」だったのだ、と明確に認識させてくれた企画である「法教育教員セミナー」が、今年(2015年)も5月23日(土)に開催される予定です。
私は、過去2回開かれた「法教育教員セミナー」に1回目は書記役、2回目は進行役として参加させていただきました。いずれも授業プランの作成を行ったのですが、当初は、ご参加いただいた教員の方から「この授業プランは、どの科目のどの単元を前提とすればいいのか?」という入口についてのご質問を受けたり、私の不用意な発言から「教科書『を』教えるのではなく、教科書『で』教えるのです。」とのご指摘を受けたりすることもありました。しかしながら、最後に「その視点は、道徳にはない視点ですね。」とのご意見をいただいた際、「法教育」のイメージが自分自身のなかで(未だ不十分であることは承知していますが)浮かんできた思いがしました。
今年の「法教育教員セミナー」においても、「道徳の授業プラン作成」がテーマのうちの一つとなっています。「道徳」も「法教育」も言葉からすれば抽象的なイメージであり、非常につかみにくいものだと思います。しかしながら、法教育教員セミナーで教員と弁護士がともに授業プランを作成するという実践によって、段々と自分の中で具体的なイメージが形成されてくるような気がします。
私も、法教育教員セミナーに参加させていただいたからこそ、「企画チーム」に所属していたと認識したことは当然として、「法教育」を多少は具体的にイメージできるようになりました。
今年は、「道徳の授業プラン作成」のみならず、新たに「民事模擬調停授業の体験」も行われる予定です。確かに、開催場所が日本弁護士連合会弁護士会館であるため、関東地方以外の教員の方には、多大なるご負担をおかけすることになりますが、実践のため、是非ともご参加の程宜しくお願いします。
第15回 「高校生模擬裁判選手権」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
小原 麻矢子
日弁連においては、毎年、高校生のかた達による「高校生模擬裁判選手権」と、学校の先生方と弁護士とが協力して、法教育を盛り込んだ授業案を検討し意見交換を行う「教員セミナー」を開催しています。
これらのうち、高校生模擬裁判選手権は、このコラムでも紹介されていますが、高校生に、刑事模擬裁判を行う経験を通じて、物事のとらえ方やそれを表現する方法を学び、刑事手続の意味や刑事裁判の原則を理解することを目指しているもので、既に8回開催されました。私は平成25年及び同26年に関東大会の手伝いに加わりました。関東大会では、東京地方裁判所の実際の法廷を用いて、本物の裁判官、検察官、大学教授、法務省、新聞記者の方などが審査にあたります。扱うのは刑事事件で、検察側と弁護側に分かれて、周到に準備を重ねた高校生が4~5人ずつのチームを組み、本物さながらの法廷劇を繰り広げます。このレベルが高くて、毎回驚かされます。
高校生による裁判の準備には、「支援弁護士」と呼ばれる弁護士が指導にあたり、当日までに練習を重ねて本番に臨みます。高校生による証拠の検討、効果的な尋問、説得的な話し方、論告弁論のパフォーマンスは実に見事で、私も毎回感心してしまいます。参加する高校生の親御さんと思われる方が「傍聴」される姿も見られ、わが子の法廷を見守り、中には感激して涙される場面もあります。この日のために放課後と夏休み返上で、力を合わせてきた高校生の皆さんの奮闘ぶりは清々しく、手に汗握る攻防が繰り広げられます。まさに高校生による「選手権」にふさわしい内容となっています。高校生模擬裁判選手権を経験されたかたが、大学卒業後、司法の仕事に就いた、模擬裁判がそのきっかけであったという嬉しい記事を目にすることもあります。
「選手権」ですから順位を付けるのですが、審査は厳格に行われます。参加する高校生は緻密に準備を進めており、例えば弁護側でいえば、証人の証言と調書との食い違いを突いたり、検察の証拠の穴を厳しく攻めるといった姿勢が見られ、尋問や被告人質問をいかに最終弁論につなげるかが意識されています。
試合が終了すると、審査ののち、講堂で結果発表があるのですが、喜んだり落胆している高校生たちの姿も実に印象的で、頑張っている高校生たちを間近で見られるこの機会は、普段悩みも多い仕事の中での清涼飲料水のような感動を与えてくれます。きっと、法教育活動に参加する多くの弁護士がこのような思いを抱いていることでしょう。
そして同時に、たった一人の被告人のために、これほどの手続きを踏んで判断が行われている我が国の司法制度を、高校生の皆さんに肌で感じて貰い、将来につなげて頂きたいと願っています。
高校生のみなさん、友人たちとチームを組んで、本物の裁判所で、法に基づいて行われている実際の手続きを自ら実践し、刑事事件の法廷を自分たちで作り上げるという、達成感と喜びを是非味わってみて下さい。
第14回 「法教育の魅力とは」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
鳥取県弁護士会法教育委員会 委員長
木村 潤
弁護士にとっての法教育の魅力は何かと聞かれると、なかなか一言で答えられません。
一つの答えとしては、法教育にはとても大切な意義や価値があるからということになるでしょうか。
確かに、法教育というものには大切な意義や価値がたくさんあります。
突き詰めていけば、個人の尊厳、自由、正義、公正、平等及び民主主義など、私たちの社会の土台となる大切な概念と結びついてます。
しかし、私は法教育に意義があるから、価値があるからというだけで、この活動をしているわけではありません。
私が法教育に進んで関わっている理由、それは、「楽しい」からです。
鳥取県弁護士会では、法教育の主な活動として、県内の中学校及び高校に弁護士を派遣する「出前授業」を行っています。
出前授業の準備はたいへんですが、実際にやってみると楽しくてまたやってみようと思います。
なぜ、楽しく感じるのか。
一つには、面倒な利害関係がないからということがあります。
普段の業務と異なり、学生相手には、私たちは何の利害関係もありません。また、他の公益活動のように人権関係の深刻な問題が生じているというわけでもありません。したがって、細かな理論武装や駆け引きに煩わされることなく、素直に学生に向き合うことができます。
もう一つの理由としては、やはり学生の反応が素直で新鮮だということです。
学生の反応は素直で正直です。特に、年齢が下がるほどにその傾向を感じます。彼らは、話している人が弁護士だからというだけでは納得してくれません。
この人の言っていることが理解できるか、納得できるか、また、面白いかということをとても素直に評価しています。
私が初めて出前授業に行った際、普段の業務と同じような感覚で接していたら、彼らの反応は寝てしまったり、つまらなそうにしたりと散々なものでした。
その際、自分がいかに特殊な世界にいて特殊な言葉を使って話をしているのか気づかされたのです。
そのような体験があってからは、意識的に話し方や言葉の使い方を工夫しています。どのようにすれば、彼らが考えていることを引き出せるのか、どのように話せば興味を持って聞いてくれるのか、そんなことを考えながらいつも授業の準備をしています。
これは、たいへんなことですが、実際にやってみると楽しいもので、また、弁護士としてのスキル向上にも役立つことだと思います。
法教育の最終的な担い手は学校の先生方ですが、不足するところは我々弁護士の手助けが必要です。
しかし、法教育はいつも人手不足です。
そのため、このコラムをご覧になっている先生方にもお誘いの声がかかるかもしれません。
その際は、ぜひ一度やってみてください。きっと法教育の魅力を分かっていただけると思います。
第13回 「どうして小学校ではシャープペンシルが禁止されているのか」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
埼玉弁護士会「人権のための法教育委員会」委員
柘植 大樹
法教育の活動で小学校を訪問すると、児童から「どうして学校にシャープペンシルを持ってきては駄目なのか?」という質問を受けることがあります。
皆さんが小学生の時には、学校へ持ってくる筆記用具に制限はありましたか。私が約35~40年前に通っていた小学校では、シャープペンシルを学校に持って来てはいけないというルールなどありませんでした。けれども、現在、多くの小学校では使用を禁止しているようです。
では、なぜ小学校はシャープペンシルを禁止しているのかというと、その理由は定かではありません。これについて、法教育の授業後に聞いてみると、ある小学校の先生は「シャープペンシルだと鉛筆に比べて筆圧が弱くなる。」という回答でしたが、違う小学校の先生は「高級なシャープペンシルを自慢したり、盗難事件が起こることを避ける。」という説明でした。また別の小学校の先生は、「昔は使用できたが、ある時期を境に禁止となった。何が禁止の最大の理由であったのかはよく覚えていない。」と答えてくれました。
このように、多くの小学校ではシャープペンシルの使用を禁止していますが、その理由はいまひとつ判然としないのです。上に挙げた「シャープペンシルだと筆圧が弱くなる」というパターナリスティックな制約は、もっともらしく聞こえますが、筆圧は芯の濃さによってある程度調整可能と思われ説得力が弱く、そもそも1年生から6年生までを一律に全面禁止とする必要性も見当たりません(なお、シャープペンシルの使用を禁止している中学校はありません)。
おそらく、小学校でシャープペンシルを禁止する実質的な理由は、学校側のメリットとして、高価なシャープペンシルの盗難事件が起こるなどの危険や、授業中にカチカチと音を出されるなどの事実上の煩わしい事態を避けることができる点にあるのではないかと考えます。そして、いったん学校で「シャープペンシル禁止」というルール・方針ができると、学校側はこの問題を蒸し返すことなどしないため、使用を禁止する小学校の数は増えていきます。他方で、多くの児童は、入学以来ずっとシャープペンシルの持参・利用を禁止されていることから、小学校では当然にシャープペンシルは使えないものと思い込み何らの疑問も感じない、というのが実情なのではないでしょうか。
これまでは、たとえ児童から「どうして学校にはシャープペンシルを持ってきては駄目なのか?」などの疑問が出されても、ともすれば学校側は「ルールはルール。その中身の良し悪しは考えずに守りなさい。」という対応で済ませていたかも知れません。
しかし、近時、『自分たちできまりをつくって守る』との文言が新学習指導要領に盛り込まれ、また、小学校の授業に法教育が取り入れられてきた時代の流れからすれば、学校側も以前のような対応では不十分です。今後は、より積極的に「なぜ、そのようなルールが作られたのか」を皆で考え、場合によっては、小学校でも昔はシャープペンシルの使用が可能だったことやルールは不変ではなく変えられることを説明し、さらには、いま問題となっているルールは正しいのか、それとも変えるべきなのか等々について児童と一緒に考えることが、将来の社会で中心的な役割を担う小学生に対しての意味ある法教育となるのではないかと思います。
第12回 「紛争のない世界へ」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
秋田弁護士会市民のための法教育委員会 委員長
高橋 重剛
「弁護士の仕事は何でしょうか。」と小学生や中学生に尋ねると、多くの生徒さんは、「もめ事(紛争)を解決する仕事です。」と答えてくれます。これは全くそのとおりで、私たち弁護士は、毎日紛争の間で悪戦苦闘しています。
紛争の中には、対立がかなり激しいものもあり、その度に、私は、この紛争はどこから生じたのだろうと考えます。たしかに、一方の当事者が100%悪い場合もなくはないのですが、多くの場合、当事者それぞれにもっともな言い分があることがほとんどです。そして、依頼人のお話を聴いていくうちに、紛争のきっかけは、ほんの些細なこと(と私には思われる)から芽生えたものであることが多いです。小さな紛争の芽は次第に大きくなって、やがて当事者ではとても刈り取ることができなくなって、私たち弁護士のところに持ち込まれる、そんな感じをイメージしてもらえるでしょうか。
紛争の渦中にいる私は、依頼人は紛争の芽が小さいうちにどうにかできなかったのだろうかといつも思います。
紛争の芽を芽生えさせない、あるいは、仮に芽生えたとしても小さいうちに摘むにはどうすればいいのでしょうか。それには、私は相手のことを尊重することが大事だと思っています。だれでも自分のことは大事ですし、できれば周りの人からも、尊敬までされなくても尊重されたいと思うはずです。私だってそうです。このことは、日本国憲法第13条でも「すべて国民は、個人として尊重される。」と規定され、国民の重要な権利であると考えられています。
ただ、自分だけが尊重されればいいというのでは、それは単なるわがままです。ここで重要なのは、自分が尊重されなければならないのと同じように、ほかの人のことも、自分が尊重されるように尊重しなければならないということです。
それでは、ほかの人を尊重するとは具体的にどのようなことをしたらよいのでしょう。誰にでもできる簡単なことは、まず目の前にいる人の話をよく「聴く」ことだと思います。漫然と「聞く」のではなく、真摯に「聴く」ことが大事です。ある講演会で、「聴く」という漢字には「耳」だけではなく、「目」と「心」も入っていると教えられました。まさに、耳だけでなく、相手の目を見ながら、相手を理解しようと一生懸命聴くことが大事ではないでしょうか。これから先、みなさんがほかの人の話に真剣に耳を傾けていけば、やがて紛争は減っていくと私は確信しています。
とはいえ、私の仕事は忙しさを増すばかりで、一向に減る気配がありません。
どうか、みなさん、ほかの人の話をよく聴いて紛争を避けて通ってください。全世界から紛争がなくなるところまでいくのは大変でしょうが、少なくとも私の周辺から紛争がなくなれば、私は喜んで転職したいと思います。そして、ピザ職人になるための修行にでかけるのが私の夢です。
第11回 「法教育を広めたい」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員
愛知県弁護士会「法教育委員会」副委員長
近藤 雅樹
「法教育が広まっていない」
ある新聞にこのような記事が掲載されていた。日弁連は平成15年4月に「市民のための法教育委員会」を設置し、法教育を普及させるべく活動してきた。文部科学省も、平成20年、21年に学習指導要領の改訂を行い、法に関する学習の充実を明確にするとともに、法教育の普及に努めているという。にもかかわらず、まだまだ教育現場では法教育が十分に普及しているとはいえないと言われているのである。
日弁連「市民のための法教育委員会」に所属し、また、愛知県弁護士会でも法教育委員会に所属して現場に携わっている身から見ても、法教育の十分な普及は実感できていない。さて、皆さんのご感想は?
「どうすれば、法教育を普及させることができるのか?」 法教育に携わる弁護士の誰もが頭を悩ませている問題ではないだろうか。もちろん、日弁連も試行錯誤してきた。このコラムが掲載されている日弁連ホームページの開設も、その1つである。委員が何度も討論を重ねて、提供できる具体的な授業案も作った。第4回のコラムで紹介された、「高校生模擬裁判選手権」もその1つである。
そして、平成25年度、26年度には「法教育教員セミナー」というイベントも実施した。この「法教育教員セミナー」は、法教育に携わる、あるいは、法教育に関心のある小、中、高校の教員に日弁連会館に集まってもらい、法教育に関する講演の後、複数のグループに分かれ、弁護士と教員それぞれ3~5名ずつで討論しながら、法教育の具体的な授業案を作っていくというものである。平成26年度は5月17日(土)に実施されたが、「道徳教材」をもとに、1~2限で実施可能な、簡潔な授業案を模索した。
参加者の法教育への関与の度合いは様々であり、まだ授業を一度もしたことがない方も、既に複数回実施している方もいた。しかし、関心の高い人ばかりであったため積極的に発言、質問が交わされ、「授業のテーマ」、「授業の目標」が設定され、これに従った授業案が徐々に練られていった。そして、具体的な時間配分も決まっていき、最後はこのようにして作られた授業案を書面化したのであるが、さすがにこの作業、教員にとっては手慣れた作業なのか、あっという間に完成していった。
弁護士と教員が協力して法教育を実践していく、そのきっかけになればと考えて実施した教員セミナーは、参加者には概ね好評であり、「今後も参加したい」「実際の授業に、弁護士に来てもらいたい」といった声が聞かれた。できあがった授業案も、少し手を加えるだけで実際の授業に活用できそうなものがあり、イベント自体は成功といってもよいかもしれない。
しかし、残念なのは参加者の少なさ。オブザーバーを含めて22名であり、これでは「法教育の広がり」にはつながらない・・・。チラシを作成し、各所、研究会、講習会、イベントで配布したりもしているのだが、参加者は増えない。
弁護士が学校に行って法教育の授業を行う「出張授業」なども、各地の弁護士会が積極的に取り組んでいる。参加者、経験者には好評であり、リピーターになってくれることが多いのに、そこからの広がりは決して十分ではない。
私たちは「法教育を広めたい」のである。なぜ広まらないのか?我々の活動は功を奏していないのか?何か、どこかピントがずれているのか?どうすれば、広がるのか?コラムの読者の皆さんによい智恵があれば、是非ともお聞かせ願いたい。
容易に、かつ、劇的に法教育を広げるような手は、今日も思いつかない。「法教育の歌」でも作って、動画サイトにアップしてみようか?そんな馬鹿なことも考えながら、法教育を普及させるためのイベント、広報に頭を悩ます日々は続く。
第10回 「ビバ デモクラシー!!」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
群馬弁護士会「法教育委員会」委員
矢田 健一
日本は民主主義の国です。民主主義は、大切に守っていかなくてはいけない素晴らしい制度です。
民主主義って、いつの時代でも同じものでしょうか?たぶん違うと思います。民主主義の国ができた瞬間から民主主義が完成したのではなく、時間をかけて少しずつより良い制度になってきたのです。今の日本の民主主義にもいろいろな欠点がありますが、未来にはもっと良い民主主義の国になっていることでしょう。
そんな民主主義の国では、一人一人の国民が主人公です。
だから、民主主義の主人公である国民一人一人が、ちょっとずつ成長すれば、日本の民主主義も、ちょっとずつ良いものになっていくはずです。
民主主義は、社会の決まりごと=ルールを、社会の構成員が自ら決める制度です。ルールを作るのも国民ですし、ルールを廃止したり変えたりするのも国民です。ルールによって社会がうまくいけば国民が利益を得ますし(いろいろ便利になります)、社会がうまくいかなくなれば国民が責任を負います(いろいろな不便を被ります)。
私は、ルールを難しく表現したのが「法」だと考えています。
社会のルールを、どんなふうに作ればよいのか、どんな内容で作ればよいのか、作ったルールが適切かどうかをどのように評価すればよいか、不適切だった場合の変更はどのような方法か、そんなことを学ぶのが法教育です。法教育は、国民一人一人が民主主義の担い手となる力を育むものです。
国語の勉強をして国語の学力が上がる、数学の勉強をして数学の学力が上がるのと同じように、法教育を通じて、日本の民主主義が良いものになっていくとしたら、すごいことだと思いませんか。
僕が生まれた時から、日本は民主主義の国でした。民主主義は存在して当たり前のものでした。そんな民主主義をよいものにしていくなんて、法教育にかかわる前は、考えたこともありませんでした。それが、法教育を通じて実現できるかもしれないなんて、すごくワクワクします。
もちろん、一人一人の力は小さいし、世の中を大きく変化させることは大変です。国語や数学の偏差値のように、変わっていくことが実感できるものでもありません。でも、10年、20年という単位で考えれば、法教育によって、きっと社会はよくなっていくと信じています。
法教育で、民主主義を、そして社会をよくしようだなんて、なんだか、すごく大げさで夢のようなお話に聞こえるかも知れませんね。そんな、夢のような話に、ちょっとでも興味を持っていただけたら、僕らと一緒に法教育に取り組みましょう。
第9回 「法教育の役割」
日弁連「市民のための法教育委員会」事務局長
横浜弁護会法教育委員会委員長
村松 剛
「対立と合意」。
中学校社会科学習指導要領公民的分野に新しく取り入れられたこのキー概念に触れて、学校も変わったなぁ、とそう思った。
ボクが子どもの頃、学校の文化は「みんな仲良く」だった。今でもこの文化は変わっていないようだが、少なくとも昔は「対立」を正面から認めることはタブーなように感じられた。「みんな仲良く」の背景には、「みんな同じ」という無言の同調圧力があったように感じる。鈍感なボクは、そんな学校文化を素直に受け入れ、楽しい学校生活を送ることができた。しかし、敏感で繊細な友人は、反発を感じていたようだった。
「みんな同じ」であれば「対立」は生じない。一人ひとりが異なるからこそ「対立」が生じる。「対立」を認めることは、社会の多様性を認めることであり、それは憲法の根本価値である個人の尊重、一人ひとりをかけがえのない個人として尊重することに繋がっている。
一人ひとりは違う、けれど皆で共に生きていくために「合意」を重ねながら社会を創っていく。共生に異論はないが、これまでは「共生」を強く意識する余り、多様性を積極的に認める意識が薄くなっていなかっただろうか。「対立」を正面から認めるようになれば、もしかしたら、今、学校で問題となっているイジメは減るかもしれない。
新しく取り入れられたこのキー概念を、形式的に操作するだけの授業にしてはならない。「対立と合意」、その概念の背後にある多様性の存在や個人の尊重までしっかり伝えていくこと、法教育に期待される大きな役割の一つだと思う。
第8回 「童話と法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
野坂 佳生
2013年度の朝日広告賞のテーマは「幸せ」であった。最優秀賞受賞作品は、子鬼が涙を流しているイラストに「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」というコピーが添えられているだけの作品である。見る者は桃太郎の側から鬼の側への視点転換を求められ、「みんなが幸せになることはできないのか?」と問いかけられる。10年余り前に米国で用いられている童話素材の模擬裁判教材を初めて見たときも、似たようなことを感じた。例えば、今では日本の社会科教科書にも載っている『3匹のこぶた』は、末の子豚に鍋で煮込まれてしまったオオカミの母親が、加害者の子豚に慰謝料請求するというものである(オリジナルは民事模擬裁判)。これも、正当防衛の成否云々というより、オオカミ側の視点からも問題を考えてみてもらうこと自体に意味がある教材だと思う。
当時、小学校入学前だった次男に『大工と鬼六』という絵本を読み聞かせていたときに、「このままのストーリーで法教育の教材にできるなあ」と思った。ある腕のよい大工が、急流に橋をかけてほしいと村人たちから頼まれ、断りきれずに引き受けてしまって悩んでいる(日本人的である)。すると、川の中から鬼が現れて、「橋をかけてやるから目ン玉をよこせ」と取引をもちかける(鬼の家には首を長くして人間の目ン玉を待っている幼子がいるらしいことが物語後半で示唆される)。大工は「どっちでもよい」などと曖昧な返事をしてしまう(これもまた日本人的である)。すると、翌朝には立派な橋が完成していて、大工は「早く目ン玉をよこせ」と鬼に迫られる(契約債務履行請求である)。この鬼の要求は認められるべきか。認められないとしたら、鬼はタダ働きになってしまうのか(何かしら大工に要求できないか)。大工の側だけでなく鬼六の側からも問題を考えてもらおうということで、こういう授業を2004年にジュニア・ロースクール福井で実践してみた。法教育の常として、契約成立要件だの公序良俗だの事務管理だのといった概念は教えなかったが、参加してくれた子どもたちは、いろいろな解決策を柔軟な発想で考えてくれた。もちろん正解などないから、考えるプロセスが授業の獲得目標ということになる。
また別の年に、『さるかに合戦』を素材とした授業で、「柿の種と握り飯を交換する際にカニは猿と何を合意しておけばよかったか」を考えてもらったときは、あるグループから意表を突く提案があった。カニは、「早く芽を出せ」とか「早く実がなれ」と柿に指示して迅速に柿を実らせることができるのだから、最初に育てた柿の木の実を猿が食べることは甘受し、その種で多数の柿の木を育てて、そのときには「実ったら自分で実を落とせ」と柿に言い聞かせておけばよいというのである。それが無理でも、そんなに多くの柿の実は猿も食べきれないから、猿がカニのために柿の実を採れば一定率を労賃として取得できるなど、柿の実の分配について合意できる可能性が高まるというのである。「財の希少性」は正義の問題を論ずる際の前提のひとつとされるが(全員が幸福になれるほどの十分な財があるのなら正義の問題は生じない)、その前提をひっくり返そうというわけである。これがペーパーテストなら誤答かもしれないが、ちゃんと「みんなの幸せ」を考えている。このような想定外の考えに出会えることも、法教育に携わることの楽しみのひとつである。
財が希少であってもなお「みんなが幸せになる」ことができないか。これは、法という社会システムの永遠の課題であるが、その課題を実現するために高邁な理想を語るのではなく、目の前の具体的な問題にどう向き合うかを考えてもらうのが法教育だと私は考えている。その具体的な問題は、もちろん子どもたちの日常生活に身近なものであったほうがよいであろうが、他方では、似た問題を現実生活の中で抱えている子が教室内にいないかどうかにも配慮しなければならない。その点、童話や昔話は、仮想の空間の話であるから後者の懸念が無用な反面、子どもたちが登場人物を身近に感じやすい面があるため、小・中学生を対象とする法教育の良い素材になり得る。いちど授業作りにチャレンジしてみていただきたい。
第7回 「法教育授業のご紹介 ~ 模擬裁判と模擬調停」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
第二東京弁護士会「法教育の普及・推進に関する委員会」委員
額田みさ子
法教育の授業のテーマには様々なものがありますが、そのうちの2つをご紹介します。
まず、法教育で広く取り組まれているものとして刑事の模擬裁判があります。この授業のねらいは、一つには、刑事手続の意味や刑事裁判の原則を理解してもらうということがあります。推理小説の世界では、誰が犯人なのかという推理が進む中で「真実」が暴かれてどんでん返しが起こったりしますが、刑事裁判手続は、起訴事実を検察官が立証することができたか否かが判断の対象です。「疑わしきは被告人の利益に」というフレーズは、検察官の立証責任を表したもので、証拠に基づき常識に照らして有罪であることに少しでも疑いがあれば、被告人は無罪と判断されます。素朴に考えると、「真実を知っているのは被告人だ」と思いがちですが、このような考え方は、犯人と疑われた人に「真実を言え」という強制がはたらき、かえって虚偽の事実が作り出され、えん罪を生み出してしまうことから、現在のような刑事裁判の原則が生まれました。
また、裁判では、事実は証拠に基づき認定されます。そこで、証拠に基づき事実を多面的な視点で捉え、いくつかの事実から何が起こったのかを論理的に考え、そして、それをわかりやすく他者に伝えるという力が必要です。刑事模擬裁判は、このような力を養うというねらいもあります。
もう一つ、民事の紛争解決の一つである調停を、実際に体験してもらう模擬調停という授業があります。もめ事が起こった場合、本人達の話し合いで解決ができれば一番よいのですが、もめている者同士では冷静な話し合いができないこともあります。そのような場合に、中立な第三者が間に入り、話を聞いて双方の納得を促し、紛争の解決を目指す手続が調停です。裁判手続に比べ、調停は、双方の納得という点において、もめ事の解決方法として優れたものがあります。
模擬調停では、自分の意見をしっかり他者に伝え、相手の意見をきちんと聞き、そして、公平や公正という法的な観点から解決案を考えることが必要になります。たとえば、交通事故の被害を賠償してほしいという事案であれば、被害額はどのくらいか、その被害を誰が負担するのが公平かということを考え、合意の道筋を探すことになります。
この2つの授業で養われる力は、ひとり裁判や調停という場だけでなく、日常の生活の中でも必要とされる力です。
このような法教育の授業を受けた生徒さん達からは、「とても楽しかった。」、「難しいと思ったけれど、自分で考えることができた。」、「人の意見を聞いてなるほどと思った。」など好評価を受けることがほとんどで、考える授業である法教育の楽しさを実感してもらっていると感じます。
学校の長期休みに併せて、各地の弁護士会の多くが法教育のイベントを実施しています。この夏休みにも、いろいろな企画が予定されることと思います。本ホームページのイベント情報でもご紹介致しますので、是非、皆さま、お近くのイベントにご参加ください。
第6回 「決まりを守る」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
広島弁護士会「法教育委員会」 委員
西本 聖史
「この決まりは守らなくていいんだよ。」
そう言うと、たいてい怪訝な顔をされます。どうかするとお叱りを受けることもあります。曰く、今の子どもたちは、決まりを守れなくなっているのだから、決まりを守らなくていいなんてとんでもないことだ、と。
確かに、みなが決まりを守らない社会では、安心して暮らすことはできません。決まりを守ることは大切です。
けれど、世の中にある決まりは、守るべきものばかりなのでしょうか。
身の回りの決まりを思い返してみると、おかしな内容の決まりはないでしょうか。誰かが勝手に作った決まりはないでしょうか。あるいは、決まりが作られた当時はよかったけれども、その後時代や状況が変わって、今では社会にそぐわなくなってしまった決まりはないでしょうか。
ときには、国会が作る法律ですら、守るべきものではないとされることがあります。例えば、民法という法律は、結婚していない男女の間に生まれた子(非嫡出子)の相続分は、結婚している男女の間に生まれた子(嫡出子)の相続分の半分にすると定めていましたが、2013年、最高裁判所はこのような不平等な決まりは憲法に違反するとして、守るべき決まりではないと判断しました。
とにかく決まりを守れと言いさえすればいいというものではなさそうです。
では、私たちは、子どもたちに、決まりを守りなさいと教えるべきなのでしょうか、それとも決まりを守らなくてよいと教えるべきなのでしょうか。一見、両者は矛盾しているように見えます。
しかし、実は、両者は矛盾してはいません。そのことは、私たちがどうして決まりを守らなければならないのか、言い換えると、そもそも決まりが何を守ろうとしているのかに思いを巡らせれば、容易に分かります。
人を傷つけてはいけない、人に損害を与えてはいけない、契約を望む通りに結んでよい、一定の人に保護を与えるなど、世の中には実にたくさんの決まりがあります。
そのうち、よい決まりは、私たちにとってかけがえのない自由や平等といった大切な価値を守っています。よい決まりを守れば、みなが自由で平等な社会の中で豊かに暮らすことができます。だから、私たちは、よい決まりを守るべきです。
ところが、悪い決まりは、こうした自由や平等といった大切な価値を守るのではなくて、反対に脅かすものです。日本でも、戦争が終わる前は、自由や平等を脅かす決まりがたくさんあって、みな怯えるようにして暮らしていました。だから、悪い決まりは、私たちが守るには値しません。
このように、決まりを守りなさいというのと、決まりを守らなくてもいいよというのは、一見矛盾しているように思えますが、実は、どちらも、自由や平等といった大切な価値を守ろうとしているという点では、同じことを言っているのです。
これからは、「決まりを守りなさい」と言って子どもたちを叱りつけるのではなくて、「どうして決まりを守らなければいけないんだろう」と考えさせてはどうでしょうか。そうすることで、きっと、子どもたちは、決まりの根っこにある自由や平等といったかけがえのない大切な価値に気づいてくれることでしょう。
そして、そうした大切な価値に気づいた子どもたちは、守るべき決まりと守るに値しない決まりを区別できる力を身につけるとともに、これまでにも増して、よい決まりを積極的に守ろうとしてくれるに違いありません。
サン=テグジュペリの星の王子様の中に、こういう言葉があります。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。」
決まりの字面だけを見ていると、かんじんなことを見失いがちです。心の目ならぬ法的な目を育んで、決まりの根っこにあるかんじんなことに気づける人間になりたいものです。
第5回 「リエちゃんの本当の試練」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
根本 信義
私が考案した小学生向けの授業案を1つ紹介します。このWebページで学習モデルとして紹介されているものです。
「町からルールがなくなった」という物語の第1章を読みます。小学生のリエちゃんが、ルールを破って先生や親に怒られてしまいます。ルールなんてなければいいのにと願ったことからルールがなくなった町に迷いこんでしまうのです。
ここでスピーチトレーニング的に、物語に描かれているトラブルを指摘させます。子どもたちからは「車が猛スピードで走っていて危ない」「町がゴミだらけ」「お菓子を買ってもお金を払わない人がいる」など次々と答えが返ってきます。次に、現実の社会ではそんな問題を起こさないようどんなルールがあるのかをたずね、さらに、そのルールがどのような形で存在するのか質問。答えはかなり怪しくなってきますが、ヒントを与えながらなんとか道徳や法律という答えを導いていきます。その上で、社会にはなぜルールが必要なのかを質問します。ここまで丁寧にたどれば、ルールは自分たちの生命・身体や財産のみならず、社会の安全を守るためという答えが自然と返ってきます。
続けて第2章を読んでいきます。妖精が現れてリエの願いを叶えたことを告げます。元の世界に戻してというと「ルールを作ってみんなが守るようになったら元に戻してあげる」と言われたリエちゃん。ルールは誰が決めるのか、どう実施されるのかを一緒に考えて行きます。その上で「権力分立」の考え方とそれが必要になる理由を気づかせます。
第3章では、町に町長が誕生し、議会や裁判所もできました。そこでリエちゃんに最後の試練が訪れます。議会で、虫歯にならないように、お菓子を作ることも売ることも禁止するというルールが作られてしまいます。リエちゃんは、裁判所でそんなルールはおかしいと主張しなければならなくなります。
ここで大事なのは、ルールが正しいかどうかを分析的に考えさせるため、そのルールの目的は何か、内容はその目的を達成するために適切な手段か、公正な手続きで作られたかなどという考え方の筋道を示すことです。子どもたちも、筋道を与えることにより、問題点を整理しながら結論を出せるようになります。
こうして問題を解決したリエちゃん。原作では、リエちゃんに本当の試練が待っていることを告げる次のようなエピローグが書かれています。
妖精「すごいじゃない。本当に町を変えちゃうなんて。前の世界に戻してあげてもいいけど、今の世界の方が暮らしやすいんじゃない?」
リエ「やっぱり戻るわ。正しくないルールは変えられるんですもの。前の世界の悪いところもきっと私が変えてみせるわ。」
第4回 「高校生模擬裁判選手権、ふるってご参加(傍聴)ください!」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
福岡県弁護士会 法教育委員会委員長
菅藤 浩三
「高校生模擬裁判選手権」、毎年、夏真っ盛りの8月初め、高校生が模擬法廷で熱い闘いを繰り広げます。各校対抗で、高校生が主役となって、記録を読み、刑事裁判の弁護人、検察官になって、証人や被告人への質問を組み立て、弁論や論告を行うのです。2007年から日弁連・最高裁・法務省の3者共催で開催され、2013年までに7回行われました。開催場所も増え、第1回大会は東京と大阪の2か所だったのですが、2014年第8回大会は、東京・大阪のほか、徳島(四国)と金沢(北陸)の計4カ所で開催する予定です。
この大会のルーツはアメリカにあります。日本よりも前から、アメリカでは、高校生を対象に、ナショナルモックトライアルチャンピオンシップ(全米模擬裁判選手権)が開かれ、各州の代表校が集って優勝を競う大会が開催されていました。それを聞きつけた日弁連が、「日本でも同様の大会を行ってみたい!」と嚆矢(こうし)を放ったのです。
とはいえ、普通の暮らしをしている高校生に、いきなり「さあ模擬法廷でやり取りをして下さい」と言ってもまずできません。そこで、日弁連・法務省は、参加高校の技術向上をサポートするため、支援弁護士・支援検察官として、本物の弁護士や検察官を、参加を申し入れた全高校に配属しています。本物の弁護士や検察官と会うのは初めての高校生がほとんどであり、他方、弁護士や検察官も真剣そのものの高校生と接することで新鮮な気持を取り戻し、お互いに充実した時間を過ごしています。
日弁連も、これまでの大会の中で、参加する高校生にとってより競技しやすい形であるよう、大会の都度、改善を加えてきました。
例えば、大会教材は公的機関が過去につくったものの流用でなくオリジナルに日弁連でつくった新作を使う、証人役と被告人役は高校側から出すのではなく日弁連が用意する、というものです。次回、第8回大会でもまた、よりよい大会になるように改善する予定です。
もっとも、記録を読んだ上で、証人や被告人から必要な情報を引き出しながら、質問の中身を高校生のアタマと感性で考えてもらうことや、説得力のある論告や最終弁論の組み立てや発声を高校生にやってもらうことは変わりません。次回大会においても、高校生らしい瑞々しい感性を感じさせる質問や活き活きとした論告・弁論が繰り広げられることでしょう。
ちなみに、過去の大会の模様は「法教育フォーラム」 というウェブサイトの中に投稿記事が載っています。
大会実施日時や場所は日弁連ウェブサイトで毎年7月には案内しております。また、傍聴は無料です。高校生たちの繰り広げる闘いは太陽にも負けないほど熱く眩しいものです。ぜひご観覧下さい。
第3回 「法教育をやってみよう!」
日弁連「市民のための法教育委員会」副委員長
神坪 浩喜
私は、仙台弁護士会に法教育委員会ができた平成16年4月から法教育活動を始めました。それから約10年、その面白さと可能性、やりがいにとりつかれて、ここまで続けてきました。 法教育の活動は、法とは何か、正義や公正とは何かを考えたりする一方で、学校の教室に行ったり、弁護士会館を一日ロースクールにして子ども達に来てもらったりするアクティブなものです。
子ども達とふれあったりするのは、実に楽しいものです。緊張もしますし、授業の準備も大変ですが、法教育授業の子ども達の反応が素直で、キラキラした目を見ると実に嬉しいものです。
「あ、法って面白そうだな。あ、こんなものの見方や考え方もあるのか。答えのないことをみんなと話し合って考えるのって楽しい・・・。」そんなことを子ども達に体感してもらえるといいなと思っています。弁護士の仕事は、主に紛争の場面で、いろいろな立場の人、様々な考え方の人と出会う仕事です。いろいろな角度からものごとを見て、表現する仕事です。弁護士が行っているものの見方や頭の使い方を子ども達にも経験してもらうことは、子ども達が社会に出て、人とひととのつながりで生きる上で、とても有意義なことだと感じています。
私たち法教育に携わる弁護士が、子ども達と接する時間はほんのわずかしかありません。それでも子どもの心に何かの種を植えることができたらと思っています。そして、それがきっかけとなって、今すぐに何かにはならなくとも、何年も後になって、きれいな花を咲かせることがあるとしたら、とても素敵なことだと思います。
法教育、それは自分の頭で考え、自分で判断する。人の考えを頭から鵜呑みにせず、また否定もせずに、ますは受け入れてみる、話し合ってみる。さまざまな価値観、いろいろな考え方があることを知る。そんな中で、自分の価値観を大切にしつつも、人も同じように大切にしているものを尊重し、自律的に他者と共に生きることができる人を育もうとするものです。
そんな法教育は、価値観が多様化複雑化する現代社会において、これからますます必要とされることでしょう。そして、やりがいのある活動です。
あなたも法教育をやってみませんか?
第2回 「法教育活動の喜び」
「東京弁護士会 法教育センター運営委員会」委員
黒澤 圭子
東京弁護士会・法教育センター運営委員会では、毎月平均1回から2回程度の頻度で刑事模擬裁判や裁判傍聴の依頼が入ります。中学校、高校のみならず、最近は小学校からの依頼も増加して、刑事模擬裁判だけではなく、民事事件を題材にした授業も行っています。1回の指導時間は、刑事模擬裁判の場合には事前指導と本番がそれぞれ2時間程度、裁判傍聴では事前の説明と事後の解説をあわせて3時間程度予定されているため、半日時間がとられてしまう、というような悩みもあります。
しかし、学校へ行くと、生徒さんたちは、弁護士が学校に来たということを喜んでくれます。そして、各プログラムを実施して必ず感じることは、中学生でも高校生でも、また小学生でも、議論の過程を踏めば、大人に負けない判断力があるということです。弁護士も、難しい内容を、生徒さんたちにわかりやすい言葉で説明することが求められ、その訓練によって、日常の弁護士業務に役立つ能力が養われるように感じます。
法教育の活動は、弁護士業務には直接結びつくものではありません。また生徒さんたちがそのような体験をしたことによって、直接的にすぐに効果が現れるというものではありません。しかし、このような活動を通じて、法的なものの見方や考え方に触れてくれた生徒さんたちが、将来の我が国の民主主義の担い手として育ってくれることを願って、その種を蒔けたら、それが一番の喜びではないかと感じます。
(平成25年9月現在)
第1回 「七輪と法教育」
日弁連「市民のための法教育委員会」委員長
船岡 浩
ログハウスの朝は、七輪に火を熾すことから始まる。 新聞紙8分の1枚をくしゃくしゃにして、その上に松ぼっくりをたっぷり乗せる。更に、薄割れた炭のかけらを振り蒔いて、新聞紙に火を付ける。七輪の底に火が入ったところで、一気に火口から団扇で風を送る。
最初は、白い煙が辺り一面に立ちこめ、近所迷惑も甚だしい。でも、山奥なら問題ない。ほんの数秒で白煙はオレンジ色の炎に変わる。松ぼっくりに火が付くのだ。その火力は中々のもので、顔まで熱が伝わってくる。やがて、松ぼっくりは真っ赤に燃えだし、炭に熱を伝える。今度は炭が燃え始める。そこで、ちょっとごつ目の炭を投入。燃え上がりかけた炎を消さないように、一つ二つと投入する。でも、まだ、暫く、団扇で煽らなければ・・・左手が怠い。
インフラの整った都会では、レバーを捻ればすぐガスコンロに火が付く。煙をまき散らして、隣近所に迷惑かけることもない。でも、じんわりと素材を料理するには、ガスコンロではもの足らない。手間をかけた炎の方が、料理を美味しく仕上げてくれるはず。
我々は、法教育の名の下で、個人の尊重、立憲主義、自由、公正、平等といった法の根底にある基本的価値を理解し、自己・他者を尊重する態度・約束や法を吟味して守る態度、事実を正確に認識し、問題を多面的に分析する能力を身につけてもらうことを目標とし、教材の作成、高校生模擬裁判選手権の拡大、教員セミナー、法教育と道徳教育との位置づけ、日弁連内の関連委員会・学校現場・関係省庁との連携を目指して日々活動し・・・。あぁ、七面倒くさい。 でも、その方が、きっと良い社会を築けるはずだ。
山奥の七輪の炎を蔑ろにしてはならない。火を熾す手順が結構面倒くさかったり、最初は周囲に迷惑をかけるかも知れない。ごつ目の炭に火が熾るまで、手首がだるくなる。でも、この炎は食材を芯から加熱し、食べる人を幸せにする。多少の面倒や怠さは我慢しよう。全国津々浦々に法教育の炎が燃え盛る七輪を届けるぞ。
さて、今朝は、何を焼こうか。夕べ仕込んでおいたスルメイカの一夜干し?それとも、フィレ鯖の塩漬け?鯖ふぐの一夜干しもいいなぁ。地元の酒蔵で仕入れた純米吟醸酒が程良く冷えてる。朝から呑んだくれで、ごめんなさい。