いつかの未来のために - 法教育コラム
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第53回 「正解はない!」

日弁連「市民のための法教育委員会」委員
  京都弁護士会「法教育委員会」委員
前田 宏樹




「正解なんてないよ」
私は、出張授業の際、敢えてこの言葉を頻発します。


「正解はない!」思い返してみると、私は中学生や高校生だった頃、授業中に間違った発言をすることが怖くて、教師の質問に対して自ら挙手して答えるということはほとんどしませんでした。


法教育では、様々なテーマを取り扱います。知識や経験を伝えるだけではなく、様々な立場の見方や考え方について、各々のメリットやデメリットを検討したり、自分と異なる意見との間で共通点や相違点を考え、合意を形成する授業もあります。そのような授業では、唯一の正解というものはありません。自分なりの意見、そしてその意見を支える論拠を組み立てることが重要なのです。


出張授業に行くと、弁護士の質問に対して何も答えない生徒が時折います。しかし、その生徒の目を見ると、一生懸命何かを考えていることは分かるのです。きっと、かつての私のように、「今考えていることを言って、それが間違いだったらどうしよう。恥ずかしい。」と思ってしまい、自分の意見を言い出せないのだと思います。そんな時、私は「この問題には、たった一つの正解なんてないんだよ。今君が考えていることを言ってみて。」と言います。すると、とても素晴らしい意見が返ってきます。時には、こちらが予定していなかった視点からの意見もあります。仮に、本筋から離れてしまっている意見であっても、そのような見方や考え方も一つの意見なのです。そのような考え方が、他の意見のデメリットを気付かせたり、逆に、その論拠を補強することもあります。
私は、生徒一人一人が自信をもって自分の意見を発言できるようになってもらうことを目指して出張授業に臨んでいます。しかし、それと同時に、自分の意見に対する懐疑的な目と、他人の意見を聴く耳も持って欲しいと思っています。なぜなら、自分自身の意見も「たった一つの正解」ではないのですから。


高等学校学習指導要領における新科目「公共」の導入、成人年齢の18歳への引き下げ案等、若者の社会形成への参画が求められています。あるいは、大学入試センター試験に代わる大学入学共通テストにおける思考力、判断力、表現力の重視もベクトルは同じかもしれません。法教育は、そのための素地を養うものでもあります。
とはいえ、法教育は、まだまだ発展途上です。「教育」と銘打つ以上、「たった一つの正解」はありません。教師と弁護士が互いに自分の意見を出し合い、協働しながら、これからも作り上げていきたいと思います。