法教育コラム

いつかの未来のために(法教育コラム)

第127回 モラルジレンマ

日弁連市民のための法教育委員会委員
島根県弁護士会法教育委員会委員
弁護士 原  市


島根県弁護士会の法教育委員会の出前授業では、「モラルジレンマ」を取り上げることがある。毎年、「モラルジレンマ」指定で出前授業を申込む学校があるほど人気の授業だ。授業で使用する題材は、コールバーグが提唱したハインツのモラルジレンマを基にしたもので、概略は、病気で死にそうになっている妻を助けることができる唯一の方法は、ある薬を飲むことだが、どんなに手を尽くしても、その薬を買うことができない。愛する妻のために薬を盗むべきか否か。まず、自分はどうするか考え、次に、夫、妻、夫婦の子、警察官、友人といった異なる立場の人物になりきって順にロールプレイをし、再び、自分の考えを検討するというものだ。


「人の物を盗んではいけない」から「盗まない」と考える人や、「自分が盗んで捕まってしまうと妻と子どもを困らせてしまう」から「盗まない」と考える人、結論が同じでも、人によって結論を導く理由が異なっていることに気づく。同じ題材を考えているのに、自分と同じ考えの人もいれば、違う考えの人もいることに気づく。また、ある「妻」は、「夫には申し訳ないが、死にたくないので、薬を盗んでほしい」と考え、またある「妻」は、「夫に犯罪者になってほしくないから盗まないでほしい」と考える。同じ立場の人でも、演じる人によって、人それぞれの「妻」、あるいは「夫」、「夫婦の子」、「警察官」、「友人」がいるという発見がある。


みんなが同じ考えとは限らないと、頭では分かっていても、どこかで、みんなと同じ考えを正解として探してしまうことはないだろうか。自分のものさしで、他者の考えを決めつけてしまっていることはないだろうか。他の立場の人の考えに真摯に耳を傾けているだろうか。


先の題材のような場面ではなくても、生きていく中で、私たちは多くの「モラルジレンマ」にぶつかる。そんなときには、今日の出前授業を思い出してほしい。自分一人の考えや立場だけでなく、他の人の考えや立場も理解しつつ、自分の意見を持つ、ということの大切さを忘れないで、葛藤しながら、自分の道を切り拓いていってほしい。そんなことを願いながら、何度も繰り返すモラルジレンマの出前授業に、毎回、新しい発見があることに感動している。