日弁連留学制度10周年記念シンポジウム報告

日弁連留学制度に基づく会員派遣開始10周年を記念して行われた本シンポジウムでは、第1部において、NYUから新進気鋭のカトリーナ・ワイマン准教授(環境法)をお迎えし、基調講演をいただきました。また第2部では、本制度の立ち上げと発展に多大な貢献をされた同大学のフランク・アップハム教授をお迎えし、本制度によりNYU及びUCBに留学した同窓生とパネル・ディスカッションを行い、ロースクール側及び同窓生側から見た本制度の意義と課題を検証しました。 

アメリカの環境訴訟から、世界における日弁連の役割まで、とても幅広いトピックを盛り込んだ今回のシンポジウムでしたが、参加者からは「大変おもしろかった」「留学生のエネルギーに驚いた」といった声が聞かれ、盛況のうちに終えることができました。

日弁連は、今回のシンポジウムで得た様々なヒントを元に、今後とも、留学制度のますますの発展・強化に努めていきたいと思います。

シンポジウムの詳しい様子をご覧になりたい方は、以下をクリックして下さい。


第1部 基調講演

第1部では、牛島聡美会員より、2000年度にNYUに派遣され環境法を学んだ経験から、大気浄化法違反(フロン放出)に基づきアメリカ政府がNY市を提訴し、1億円の民事罰を勝ち取った事件の紹介や、環境NGOによる活発な訴訟活動を可能にする「片面的敗訴者負担制度(私的司法長官理論)」についてお話がありました。

 

続いて、カトリーナ・ワイマンNYU准教授(環境法)より「アメリカにおける気候変動訴訟」と題して基調講演が行われました。ワイマン准教授は、気候変動をめぐるアメリカの訴訟を3類型(A;連邦政府の不作為責任を追及する、B;大規模排出者の作為責任を追及する、C;温室効果ガス規制の行き過ぎを追及する)に分類した上で、それぞれの類型ごとに代表的な訴訟ケースをご紹介頂きました。

 

特にA類型に属する、マサチューセッツ州等対環境保護庁事件(2007年最高裁判決)は、12の州と様々な環境保護団体が原告となって、環境保護庁には大気浄化法に基づく温室効果ガス規制権限があることを最高裁に認めさせた画期的なケースとして紹介されました。このように公益的な分野において、州とNGOが共に原告として相互に連携しながら画期的な判決を勝ち取るといったことは日本では見られないことから、参加者にとっては大変興味深いご報告でした。

 

一方、ワイマン准教授は、環境NGOにとって、訴訟は“side show”に過ぎない、むしろNGOはロビー活動を重視し、立法府に対する一定の影響力を与える存在となっているということもあわせて報告されました。また、ある環境NGO(Environmental Defense Fund)が、気候変動問題の分野のみで80人のスタッフ(弁護士や経済学者等)を雇い、予算額は年3000万円であるという話が紹介されると、会場からはため息が聞こえました。

 

基調講演の後、日弁連公害対策・環境保全委員会の和田重太会員、籠橋隆明会員より補足コメントが寄せられました。

 

和田会員は、米国バーモント州において州司法長官事務所で勤務した経験から、「日本では弁護士がボランティアで行っている公益訴訟を、アメリカでは公的制度として、州司法長官が、優秀なスタッフ弁護士やNGOとの連携により推進している。」と述べました。また籠橋会員からは、日本のNGOも、専門性・組織性・戦略性をもって立法活動に関与していくべき段階に入っていると意見を述べました。

 

質疑応答も活発に行われ、その中で、ワイマン准教授より、アメリカにおける環境NGOの財政は、少数の裕福な個人からの寄付と財団からの助成金によって成り立っていることや、環境問題で活躍する弁護士が、EPAスタッフや、国会議員の政策秘書として立法府や行政府に入り込んでいることなどが紹介されました。

 

 

第2部 パネルディスカッション

冒頭挨拶(本制度発足の経緯)

第2部では、まず冒頭、本留学制度の立ち上げに尽力された安藤ヨイ子会員より第2部開会の挨拶が行われました。

 

安藤会員は、まだ本留学制度がなかった1995年に、当時のNYUロースクール学部長・セクストン教授(現NYU総長)のご理解とご厚意により、客員研究員としてNYUロースクールに留学しました。安藤会員からは、ご自身の留学期間中、フランク・アップハム教授に「省庁、裁判所や検察庁と違って、日弁連には組織的な留学制度がない。そのために、会務や委員会活動をしながら実務に携わる一般の弁護士が自力で留学するのが困難な状況がある。」と訴えたことがきっかけとなり、帰国後、同教授、故西村利郎会員(当時の国際人権問題委員会委員長)、内田晴康会員(NYU同窓会会長)等の理解と支援を受け、1年がかりで留学制度の発足、NYUとの調印式にまでこぎ着けた旨のエピソードが紹介されました。安藤会員は「この留学制度は、日弁連の社会的正義の実現と国際化のためになくてはならない制度。今後とも、日弁連と受け入れ校両者にとって意義ある制度として発展してもらいたい。」と述べられました。

 

 

パネル・ディスカッション

 続いて大谷美紀子前国際室室長と、三木俊博会員(2001年度NYU派遣)をコーディネーターに迎え、アップハムNYU教授と、本制度によりNYU及びUCBに留学した伊藤和子会員、森雅子会員、池永知樹会員をパネラーとしてパネル・ディスカッションが行われました。

 

伊藤和子会員(2004年NYU派遣)からは、アップハム教授主催のGlobal Public Service Lawyering Project(世界公益弁護士プロジェクト)で知り合った発展途上国の公益弁護士から大いに刺激を受けたこと。その結果、海外の人権促進にも寄与したいと考え、帰国後、国際人権NGO(ヒューマンライツ・ナウ)を立ち上げたことが紹介されました。また一方で、日本の公益弁護士が、財団からの助成金などに頼らず手弁当で長期間にわたって人権活動に従事していることは、他国の弁護士から大変驚かれ、感心されたこと。日本の活動を海外に発信することも大事であるといった話が紹介されました。

 

森雅子会員(1999年NYU派遣)からは、留学時点でロースクールに消費者法の授業はなかったが、アップハム教授から「学校の外に出なさい」とアドバイスされ、NY州消費者保護局を訪問。弁護士資格を持ったスタッフが、窓口に来た消費者のために訴訟まで提起できるシステムや、違法収益剥奪制度を学んで大いに刺激を受けたことが紹介されました。また、帰国後は任期付き公務員として金融庁に勤め、同庁での海外調査ではNYU時代に築いたネットワークを活かし、貸金業改正へとこぎ着けたことが紹介されました。さらに現在は、国会議員として、消費者庁の設立と違法収益剥奪制度の導入に向けて積極的に活動しているとのことでした。

 

池永知樹会員(2004年UCB派遣)からは、まず、アメリカにおける少年司法制度が短い期間に、一元的構造(刑事処分)と二元的構造(刑事処分と保護処分)との間で、ダイナミックに変動していることを学び、アメリカは「トライ&エラーの実験国家である」と実感したことが紹介されました。さらに、アメリカには世界の最先端を行くコーポレート・ロイヤー集団がいる一方で、寄付金や助成金を受けて公益活動に従事する分厚い専門家集団がおり、その弁護士社会のダイナミックな構造に感心する一方で、刑務所社会、司法アクセスが不十分なアメリカ社会の問題点も見えてきたこと、留学経験を通じてそういった複眼的な視点で物事を観察する目ができたことは、一つの大きな成果であると述べられました。

 

アップハム教授からは、裕福な財団や大規模なNGOに頼らない、日本独自の公益弁護士の活動スタイル(弁護団方式)は世界の人に知られていない。世界の人々は「アメリカ方式の押しつけ」に辟易しているのだから、日弁連留学生の一つの役割は、この日本独自の方式を世界に紹介することである、との意見が出されました。また、今後留学をする人に対し、学校の中に留まらずに学校の外に飛び出し、社会からも様々なことを学んでほしいとアドバイスされました。さらに日弁連への要望として、発展途上国から弁護士を受け入れたり、経験ある公益弁護士をアメリカ以外の国にも派遣したりすることで、日本型の公益活動方式を世界に発信していって欲しいとのご意見が述べられました。

 

 

質疑応答

 質疑応答も活発に行われ、中にはパネラーの皆さんに「留学前からそんなにパワフルだったのですか?」といった質問もありました。また、「留学生が日本に帰国してからこんなに活発に活動していることをロースクール側にフィードバックしていくことで、このプログラムは益々発展していくのではないか。」という貴重なご意見も出されました。