シンガポール国立大学(NUS)留学体験記

目次

シンガポール国立大学(NUS)留学体験記

2018年度派遣 塚原正典 会員

はじめに

私は、2018年8月から2019年にかけて、1年間のシンガポール国立大学LL.M.の「国際仲裁及び紛争解決」専攻に所属しております。本稿執筆時は、2019年1月中旬で、2学期が始まったばかりの時点であることを、ご了解ください。


同大学LL.M.及び授業の特徴について

LL.M.は7つの専攻と、専攻を持たない一般的なコースがあり、総学生数は約100名程度ですが、2学期から中国、上海の大学で学ぶ国際ビジネス法専攻の生徒数が、今年度は25名(その中の20名は中国人学生)でした。ゆえに、現時点にて同大学で学んでいる学生数は70名強、ということになります。学生の出身国は本当にバラエティに富んでおり、最も学生の多いインド、それに続く中国、あとはフランス、オランダ、イタリア、ポーランド等の欧州諸国、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国等のアジア諸国、パナマ、コロンビアからきている学生もいますし、アメリカ、イギリス、オーストラリアの学生もいます。日本人学生は私を含めて2名です。


授業について述べますと、全ての専攻を通じて平均的には1学期あたり5科目程度を履修し、一コマの授業時間は3時間です。多くの教授は、イギリス、アメリカ、カナダ等から、さらにはインドから来ており、シンガポーリアンの教授のほうが少数派のように思われます。なかには、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)の現在の裁判所長その他、世界的に著名な実務家も含まれています。どの教授からも、授業の前に読むべき課題が膨大に課せられます。英語を母国語とする学生あるいは母国語同様に操れる学生を除き、どの学生もそれら全てを読むのが不可能なほどです。それゆえに、私を含めた多くの学生は週末も含めて図書館や学習室に閉じこもり、勉強以外のことは何もできない、という状態を経験することになります。もっとも、何とか1学期の試験を生き延びた今は、それら課題のうちの本当に必要な部分(=読んでおかないと授業で困る部分)とそうでない部分を見分ける能力を身につけ?、今は多少の時間的余裕を感じることができます。また、ほぼすべてのLL.M.の科目は、学部生(ほとんどがシンガポーリアン)にも開かれており、教授が多国籍なLL.M.の学生向けにゆっくりとしゃべってくれるなどの配慮をすることは一切ありません。本LL.M.が入学に課すTOEFLの点数は一般的には決して低くなく、それを満たして入学していることは当然ですが、少なくとも私は、1学期の当初は授業で教授や他の学生が早口で説明、議論していることが聞き取れず、自分は単位を落としてしまうのではないか、と絶望的な気分になったことを鮮明に覚えています。しかし、そのうちに慣れてくるので何とかなるはずです(=なりました。少なくとも1学期の試験では)。


日常生活について

上述のとおり、これまではほとんど勉強しかしていませんが、1学期の終わりには、今は上海で学ぶクラスメイトも含めて、マレーシアのジョホールバルに旅行に行ったのは良い思い出です。マレーシア以外にも、他のアジア諸国へのアクセスが良いことは言うまでもなく、学期の中間部分にあるRecess Weekと呼ばれる1週間の休みを使って近隣の諸国に旅行に行く学生も多いです。


生活費については、まず住居費は日本と比較しても高めに感じます。しかし、食費については、学食や、至るところにあるホーカーズと呼ばれる庶民的なフードセンター等を使えば、一食あたり500円程度で済ませることが可能です。バスやMRT(地下鉄のようなもの)という公共交通手段に加えて、タクシー代も日本に比べればかなり安く感じます。シンガポールの全てが高い、というわけではありません。学費も米国のロースクールに比べれば現時点で半分程度ですが、近時、値上げの傾向が続いていることには注意してください。


最後に

シンガポールでは、LL.M.を卒業したとしても、同国の弁護士の試験の受験資格を満たすことはありません。それゆえに、日本以外の国でも弁護士資格を望まれる方々には向いていません。しかし、イギリス法に基礎を置くシンガポール法や、他のアジア諸国の法制度を学ぶことができます。私個人としては、アジアの著名な仲裁裁判所の一つを有するこの国で、それらに実際に携わっている実務家も含めて多様な教授たちから学ぶことができ、また多様な国々からきている学生(当然ですが母国で弁護士資格を有する学生も多いです)と親交を深めることができることは、大変に意義深いと感じております。興味も持たれているならば、ぜひとも出願をされることをお勧めいたします。



2019年度派遣 大田愛子 会員

はじめに

私は、2019年夏から1年間シンガポール国立大学のLL.M.コースに、日弁連海外ロースクール推薦留学制度を利用して、留学しました。



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ロースクールのキャンパス

弁護士の留学先として、シンガポールはまだまだあまりメジャーではありませんが、シンガポールは英米法の法体系を有しており日本と異なる法制度が学べること、シンガポールは紛争解決のハブを標榜しており今後シンガポールでの紛争解決の機会は増えると考えられること、シンガポール国立大学のロースクールは、世界的にも高く評価されており著名な教授の授業も受けることが可能であり、学費は米国のロースクールの半分程度と安いことなどから、私はシンガポールに留学することにしました。なお、法学部のキャンパスは、シンガポール国立大学のメインのキャンパスから離れており、植物園の一角にあるとても美しいキャンパスです。


シンガポール国立大学での授業

シンガポール国立大学のLL.M.では、Asian legal studies, Corporate & Financial Services Law, Intellectual Property & Technology Law, International arbitration & Dispute Resolution, International & Comparative Law, Maritime Law, International Business Lawの7つの専門分野から専攻を 選択するか、専攻を定めない Generalのコースを選択することができます。Generalを選択した場合でも、各専門分野の授業を選択することは可能ですので、私は、Generalを選択 しました。


授業は、一コマ3時間で、ほとんどの授業では、学部生(LL.B.の学生)と一緒に授業を受けます。教授は、シンガポールだけではなく、イギリス、カナダ、オーストラリア、ドイツ、中国などから来ています。授業は、基本的に講義形式ですが、講義と併せて、事例検討、グループプレゼンテーション、小テスト、模擬仲裁、グループ動画作成等がありました。また、ほとんどの授業で予習として大量のリーディングが課されます。これを全て読んで授業に挑むためには、週末も全て予習に充てる必要があるほどの量です。


選択したコースに関わらず、英米法を学んだことがない学生は、コモンローの基礎を学ぶ授業が必修です。この授業では、英米法の古い判例を勉強し、基本的な概念や考え方を学びます。予習として読む判例は、ほとんどがイギリスの古い判例で、言い回しも難しく大変でしたが、コモンローの基本的な考え方を理解することができとても勉強になりました。他に印象に残った授業としては、国際仲裁の授業やM&Aの授業があります。国際仲裁の授業では、国際仲裁に関連する概念・理論、仲裁への裁判所の関与の仕方、仲裁の手続きなどを勉強し、模擬仲裁も行いました。M&Aの授業では、M&Aに関連する実務的・技術的問題から、契約法を前提とした解釈問題まで学び、シンガポールの制定法と判例法が交錯するコモンローの理解が深まりました。


学生生活について


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寮の様子

学生は、世界各国様々な国から集まっており、彼らと交流するのも留学の醍醐味だと思います。私は、大学の寮に住んでいたので、同級生と一つ屋根の下で暮らすことになり、文化の違い等で大変な思いをすることもありましたが、予習や試験前の復習が終わらないときに慰めあったり、一緒に料理をしたり、良い経験になりました。特に私の留学中は、Covid-19の影響で、家にいなければならないことも多く、必然的にルームメイトと長い時間を過ごすことになりましたが、その分いろいろな話をすることができました


コロナの影響は、学生生活にも大きな影響を与え、人数の多い授業から、順次オンラインに切り替わり、同級生と集まれる機会も減っていきました。一時期は、ロックダウンのような状況にもなり、外出も大きく制約され、留学中なのにという残念な気持ちにもなりました。しかしながら、コロナ禍における政府の対応や社会の反応は、日本のそれらとは大きく異なっており、緊急事態にこそ浮かび上がる社会の在り方の違いを身をもって知ることができ、とても興味深く感じました。


おわりに

シンガポールは、その歴史的経緯から多民族国家であり、東南アジアの経済的な中心地として、多くの外国人が暮らす街です。また、アジア的な文化と欧米的な文化が交錯する点でもとても興味深い国です。日本との経済的関係は強く、日本人も多く暮らしていながら、異なる部分も多く、シンガールで勉強することには大きな意味があると思います。ご興味がある方は、ぜひ本制度の利用をご検討ください。