国際人権(自由権)規約に基づき提出された第4回日本政府報告書に対する日弁連報告書

第2章 外国人・少数者問題

Ⅰ 在日韓国・朝鮮人と少数民族の権利(規約27条)

  1. 結論と提言
    日本政府は、在日韓国・朝鮮人を始めとする日本在住の外国人について、これらの人々が規約27条の少数民族であることを認めず、「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利」を認めることなく放置していることは、規約27条に違反するものであり、直ちに是正措置がとられるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は、第3回報告書審査において、「在日韓国・朝鮮人が少数者に関する日本政府の概念から除外されていることを留意し、これを懸念するものである。少数者の概念を、締約国の国籍をもつ者に限定しない規約からみて、このことは正当化されない。」と述べ(コメント15項)、日本政府に対して懸念を表明している。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文56頁、英文99―100頁)
    第4回政府報告書は、規約27条(少数者の権利)に関して、「アイヌの人々に関する施策」に言及するのみで(和文56頁)、在日韓国・朝鮮人を始めとして、日本に在留し少数民族を構成する在日外国人については何らの報告を行ってはいない。この事実は、日本政府が、未だに在日韓国・朝鮮人を含む在日外国人を規約27条の「少数者」の概念に含めていないことを示している。
    もとより、国際人権(自由権)規約委員会の前記コメントに対して、何らの具体的措置もとってはいない。
  4. 日弁連の意見
    1996年12月末日現在の国籍別外国人登録者数によれば、「韓国・朝鮮」は、657,159人にのぼっており、他方、帰化によって日本国籍を保有する韓国・朝鮮人は現在約20万人に及んでいる。このように、日本国には、約85万人を超える韓国・朝鮮民族が居住しており、彼(女)らは、その国籍のいかんを問わず、規約27条が保障する民族的少数者として、「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利」を保有する人々である。
    日本政府は、「少数者」の概念について、日本国籍を保有する「アイヌ民族」のみを摘示しているが、このことは、日本に居住する韓国・朝鮮民族を無視するのみか、少数者は「国民又は市民である必要がないばかりでなく、永住者である必要もない。」とする国際人権(自由権)規約委員会の少数民族の権利に関する一般的意見23(5.2項)をも無視するものであって、明らかに規約27条に違反している。
    そして、日本政府の規約27条に関する報告の姿勢は、第1に、日本に居住する韓国・朝鮮人の多くが、法制度の差別や民族的偏見に基づく社会的差別のために、民族名を名乗って働き、生活するといった民族性の表現が困難である現状に対して、積極的に是正しようとはしないことにも表れている。第2に、在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地支配のもと、皇民化政策によって、自己の言語と文化を否定され、民族名も奪われた歴史があるにもかかわらず、今だに、民族教育を制度的に保障するための積極的な措置すら行おうとはしていないことにも表れている。
    一般的意見23は、少数民族の権利の保護のために、積極的措置が必要である旨を明らかにしているが(6.2 項)、日本政府はかかる義務を何ら履行していない。

Ⅱ 外国人登録証明書の常時携帯義務(規約2、3、12、26条)

  1. 結論と提言
    永住・定住外国人に対して外国人登録証明書の常時携帯を義務づけること、並びにこの違反に刑事罰を科すことは、規約12条(移動の自由)、26条(法の前の平等に反する。日本政府は直ちにこの制度を廃止すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は第3回報告書審査において、「永住的外国人であっても、証明書を常時携帯しなければならず、また刑罰の適用対象とされ、同様のことが、日本国籍を有する者には適用されないことは、規約に反するものである。」と述べている(コメント9項)。
    また、「日本に未だに存続しているすべての差別的な法律や取扱いは、規約2条、3条及び26条に適合するように、廃止されなければならない。」と述べている(コメント17項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文6頁、英文11頁)
    前記コメントが出されて以降、具体的な措置はとられていない。又、これに先立ち、改定外国人登録法(1993年1月8日施行)の国会審議の際の衆議院法務委員会において、「外国人の人権を尊重して諸制度の在り方について検討し、その結果に基づいて、この法律の施行後5年を経た後の速やかな時期までに適切な措置を講ずること。」との附帯決議がなされたが、未だに、外国人登録制度の抜本的見直しは具体化していない。第4回政府報告書では、「外国人登録証明書の携帯制度の在り方も含めて、外国人登録制度の抜本的な見直しについて現在日本政府において検討が行われている。」と報告されているが(和文6頁)、いつまでも人権侵害を放置することは許されない。
  4. 日弁連の意見
    外国人登録証明書の常時携帯を義務づけ、その違反に対しては、20万円以下の罰金を課するという刑事罰をもって臨むことは(外国人登録法第18条の2第4号)、外国人に加重な負担を強いるものである。特に日本人と身分関係・居住関係の明確性において異なるところのない在日韓国・朝鮮人などの永住・定住的外国人に対し、常時携帯を義務づけることには、合理性がなく、規約26条に違反する。又、自由な移動を阻害する点において、規約12条にも違反するというべきである。
    かかる制度は直ちに廃止されなければならない。

Ⅲ 再入国許可制度の問題点(規約12条)

  1. 結論と提言
    出入国管理法上の再入国許可制度を在日韓国・朝鮮人などの永住者に適用することは、規約12条が保障する自国を離れ、自国に戻る権利を侵害するものであるので、これを直ちに是正すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の前記コメントでは、再入国許可制度について特定的な言及はない。しかし、在日韓国・朝鮮人などの社会集団に対する差別的な取扱いが存続していることに対する懸念が表明されており(コメント9項)、再入国許可制度も、そうした人権侵害の一つである。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述
    政府はこの問題につき、何らの措置も取っていないし、又、第4回政府報告書にも何ら言及はない。
  4. 日弁連の意見
    規約12条は、「すべての者は、いずれの国(自国を含む。)からも自由に離れることができる」と規定し(同2項)、また「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」と規定している(同4項)。
    ところで日本の出入国管理及び難民認定法は、事前に再入国の許可を受けて出国した外国人に限って、当該外国人の有していた在留資格を失うことなく、再び日本に入国することを認めている(入管法26条)。そして再入国を許可するか否かは、法務大臣の自由裁量に委ねられている。外国人にとっては、再入国の許可を受けずに出国すれば、それまで有していた在留資格を失うことになり、再び日本に入国できる保障はなくなるので、日本に生活の本拠を有している外国人にとっては、再入国の許可が得られるか否かは、日本国外に一時旅行することができるか否かを事実上左右する事項となっている。
    永住者、とりわけ在日韓国・朝鮮人の大多数は、日本で生まれ、日本で育ち、終生日本で生活することを予定している人々である。こうした永住者に対して、再入国の許否を法務大臣の自由裁量にかからしめる取扱いは、実質的にこれら永住者の出国及び入国の自由を著しく阻害する。永住者の生活の本拠は日本社会に存在しているのであり、規約12条4項にいう「自国に戻る権利」には「永住国に戻る権利」が含まれると解せられるのであるから、永住者には自由に出国し、再入国する権利があるというべきである。再入国の許可を法務大臣の自由裁量にかからしめることは、「自国に戻る権利」に対する侵害となる。
    特に、日本に生まれ、日本で育ち、終生日本を生活の本拠とすることを事実上予定している大多数の韓国・朝鮮人にとっては、日本は国籍国以上に規約12条4項にいう「自国」であり、「自国に戻る権利」について、日本国籍を有する者と別異の取扱いをすべき合理的な理由はない。
    ところが、ごく最近であるが、こうした日本生まれで日本育ちの永住権を有する韓国人に対して、同人が指紋押なつ拒否をしたことを理由に再入国許可申請に対する不許可処分がなされた事例につき、最高裁判所は、同人が日本に戻るについては規約12条4項の「自国に戻る権利」の適用はなく、再入国を許可するか否かは法務大臣の広範な裁量に属するとした上で、同人に対する再入国不許可処分は、いまだ裁量権の範囲を越え、またはその濫用があったものとして違法であるとはいえないと判示している(最高裁1998年4月10日判決)。
    在日韓国・朝鮮人らの永住者に対して、かかる取扱いをする日本政府の対応は規約12条に違反するというべきであり、直ちに是正されるべきである。

Ⅳ 戦後補償に関連する差別的取扱い(規約26条)

  1. 結論と提言
    日本の旧植民地出身者である旧日本軍人・軍属に対し、日本国籍のないことを理由に、恩給法、戦傷病者等援護法に基づく給付をしないのは、規約26条に違反する。
    日本政府は直ちに、これらの人々に対する国籍による差別を止め、恩給法、援護法に基づく給付をなすべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は、前記コメントにおいて、「旧日本軍において軍務についたが、もはや日本国籍を有していない韓国・朝鮮や台湾の出身者は、その恩給に関して差別されている。」と指摘している(コメント9項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述
    政府は前記のコメント以降も、これらの人々に対する恩給法、援護法の給付を拒否し続けている。既に高齢となった多くの人は、何らの補償も受けないままに、次々と亡くなっている。
    訴訟を起こした人たちもいるが、裁判所は、不合理な差別とは認められないとか、差別の疑いはあっても、立法措置によることなく司法的救済をなすことはできない、などとして、訴えをすべて退けている(最高裁1992年4月28日判決、東京地裁1994年7月15日判決、大阪地裁1995年10月11日判決)。
    ところが、第4回政府報告書は、この問題について何らの報告も行っていない。
  4. 日弁連の意見
    旧植民地出身者の旧軍人・軍属は、アジア・太平洋戦争において、日本帝国の軍人又は軍属として、日本人と同じく軍務に服し、死亡または傷害などの犠牲を受けたにもかかわらず、戦後自らの意思によらず、一方的に日本国籍を喪失せしめられた。そして、恩給法や援護法には「国籍条項」、「戸籍条項」が設けられ、国籍のない、あるいは日本の戸籍を持たない外国籍者には恩給や年金が支給されないこととなっており、これら旧植民地出身の旧軍人・軍属は何らの補償も受けることなく今日に至っている。しかし、規約26条が禁止している差別は、「公的機関が規制しかつ保護しているあらゆる分野において、法律上、事実上の差別を禁止するものである。」と解されている(一般的意見18)。また、ゲイエら対フランス事件(国際人権(自由権)規約委員会の見解──申立番号196/1985)の見解においても、年金支給時の国籍に基づく別異の取扱いは26条が禁止している差別であると判断されている。
    したがって、日本の旧植民地出身の元軍人又は軍属に対して、現在日本国籍を有しないことを理由として、恩給法、援護法等の補償立法を適用せず、何らの給付も補償も拒否し続けることは、明らかに規約26条が禁止する差別である。
    かかる差別は直ちに是正されなければならない。

Ⅴ 朝鮮学校の資格問題(規約26、27条)

  1. 結論と提言
    日本政府は、朝鮮学校の在学生・卒業生に対し、これに相応する日本の小中高校、大学の在学・卒業資格を認めていないが、これは規約26条に違反する差別であり、また、少数民族の権利を侵害するものとして規約27条にも違反する。かかる差別的取扱いは直ちに是正されるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の前記コメントでは、直接に朝鮮学校には言及していないが、韓国・朝鮮人に対する差別、及びこれらの人々が少数民族として認められていないことにつき、懸念が表明され(コメント9項、15項)、差別の解消が勧告されている(コメント17項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述
    政府は何らこの問題を是正しようとしていないし、第4回政府報告書にも何らの言及はない。
  4. 日弁連の意見
    日本の各地には、民族の文化・歴史・言語等民族教育を承継発展させる目的で学校法人として設立されている朝鮮学校がある。これらの学校は、日本の小中高校および大学教育に準じてほぼ同科目同程度の内容をもってその教育を実施しているにもかかわらず、日本政府は、学校教育法第1条の規定に該当しない学校であるとして、これら朝鮮学校の在学生と卒業生にその相応する小中高校および大学と同等の在学および卒業資格を認めず、法律に根拠を持つ公的資格を認定する試験を受験させない。
    大学を例にとると、朝鮮学校の高校を卒業した者に対して、日本の多くの大学は入学受験資格を認めていない。国立大学は95校中受験資格を認めるものはゼロ、公立大学の場合は57校中30校、私立大学の場合は431校中220校が、受験資格を認めているが、国立大学、その他受験資格を認めていない公立・私立の大学を目指す朝鮮学校の生徒は、その受験資格を得るために、朝鮮学校に通いながら日本の通信制や定時制高校に在籍し、その通信制や定時制高校を卒業して大学受験資格を取得するか、大学入学資格検定(大検)を取得するかを余儀なくされている。近時、朝鮮学校などの小中高校生を対象とした通学定期券の平等取扱いや高校体育祭参加が認められるなど一定の改善も認められるが、朝鮮学校の在学生・卒業生に対して、実質的には日本の学校と差異がないにも拘らず、形式的理由により、相応する資格を認めないことは、規約26条に反する差別という外なく、又、民族教育を阻害するものとして、規約27条にも反するものである。
    日弁連では、1997年12月に人権擁護委員会による調査報告書を採択し、これに基づき1998年2月政府に対し、かかる事態を速やかに解消するよう勧告書を出したが、未だ改善の動きは見られない。
    また、1998年6月国連の子どもの権利委員会は、日本政府の第1回報告書の審査後に採択した所見の中で、在日韓国・朝鮮人の子ども達が高等教育機関へのアクセスにおいて不平等な取扱いを受けていることに懸念を表明し(*9)、彼らを含む少数民族の子ども達に対するあらゆる差別的取扱いを除去するよう勧告している(*10)。
    政府は速やかに実質的理由に欠ける不合理な差別的取扱いを改めるべきである。

Ⅵ 外国人の退去強制手続(規約9、13条)

  1. 結論と提言
    日本における退去強制手続は、
    1. 先ず収容後、遅滞なく裁判所の審査が保障されていない点において規約9条4項に違反し、
    2. その後の手続においても、退去強制の当否を争う途が保障されているとはいえず、規約13条に違反している。
    3. また、被収容者と代理人との秘密交通権がないことは、規約13条に違反する。政府はこれらの点につき、早急に規約に適合するよう是正措置を講じるべきである。
  2. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文42―43頁、英文74―75頁)
    政府は、これまでこれらの点に関し、何らの改善措置をとったことはない。第4回政府報告書によれば、外国人の退去強制は、その事由及び手続が、出入国管理及び難民認定法に規定されており、同法に基づいて行われていると述べると共に、退去強制の決定手続は、入国審査官による認定、特別審理官による口頭審理、法務大臣の最終判断の三段階の手厚い事前手続保障があることに加え、更に司法審査を求めて、訴訟を提起し、行政の決定の適否を争うことができると説明している(和文42~43頁)。
  3. 日弁連の意見
    1. 外国人を退去強制に付する場合、先ず収容令書により身柄が収容されるが、裁判官はこの収容手続に全く関与していない。
      政府報告書は、前記のとおり、退去強制の決定手続は、入国審査官、特別審理官法務大臣と三段階の手厚い事前手続の保障があるとしているが、これらの手続はいずれも同じ行政庁である法務省内の手続に過ぎず、司法手続ではないし、その他の公正な第三者機関による審査でもない。外国人は司法の救済を受けるためには、入管法上の手続とは全く別に、これら法務省の決定を争うべく、独自に裁判所に対して訴訟を提起しなければならないが、そのような方法があることが教示されるわけでもない。自らの判断でわざわざ訴訟を提起しない限り、外国人は裁判官に出会うことはない。 規約9条4項は刑事手続だけでなく、入管法上の手続にも適用されると解されているが(一般的意見8・1項)、日本の収容手続には、同項にいう「裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること」との手続的保障はないといわなければならない。
    2. 更に、上記の三段階の事前手続であるが、ここでは退去強制事由の有無が審査されるに止まる。例えば、在留期間の更新が法務大臣によって拒否された場合、期間を経過すればオーバーステイとなり退去強制事由に該当する。上記の三段階の手続では、在留期間を超過しているか否かは審査されるが、期間更新の拒否自体を争うことはできない。例外的に、法務大臣により、情状に照らして特別在留許可が恩恵的に付与されることはあるが、先になされた期間更新拒否の決定を覆すものではない。
      在留期間を超過しているか否かは形式的に明らかな事項であって、特段の審査を要するまでもない。期間更新の拒否自体を争うためには、これら三段階の手続ではなく、外国人において独自に訴訟を提起しなければならない。外国人がそのような方法を知らず、又、弁護士に会う機会や、弁護士に依頼する経済的能力がなければ、訴訟を提起することもなく、期間更新の拒否を争うこともできないまま、退去強制となる。
      これでは、規約13条に規定する外国人の権利を実質的に保障したものとはいえない。退去強制手続の中で、退去強制決定の実体的内容を争う途が保障されなければならない。
    3. 法務省令である被収容者処遇規則33条は、被収容者と代理人との面会を規定するが、立会人排除による秘密交通権は保障されていない。退去強制の決定が訴訟で争われている段階においてさえ、代理人との面会にはその訴訟の被告の立場にある入管当局の役人が立ち会う。
      規約13条は、退去強制の決定を争うために、代理人を出頭させる権利を規定する。 同条は「法律に基づいて行われた決定によって」行われる追放のみを認めると規定することにより、恣意的な追放を阻止することを目的とする(一般的意見15・10項)。この目的からすれば、単に代理人を出頭させることだけではなく、代理人との秘密交通権まで保障されるべきである。そうでなければ、被収容者は、退去強制手続を行っている入管当局の役人の面前で、代理人と面会しなければならないが、それでは実効的な弁護活動は期待できない。
      被収容者と代理人との立会人なしでの面会を認めていないのは、規約13条に違反する。
    4. 以上のとおり、日本における退去強制手続は規約に適合していない部分があるので、早急に是正措置が取られなければならない。

Ⅶ 入管収容所における処遇(規約7、9、10、17条)

  1. 結論と提言
    入管収容所における収容は、必要性に欠ける収容、不相当に長期間にわたる収容がなされている点で、規約9条1項にいう恣意的拘禁の禁止に抵しており、また、その処遇の実態は劣悪で、法律に基づく処遇が行われず、職員による暴行、性的いやがらせ、懲罰権の濫用、通信に対する制限、医療の不備など、規約7条、10条、17条1項に違反する。
    かかる状況は一刻も早く解消すべく、具体的な是正措置がとられるべきである。
  2. 政府の対応と第4回政府報告書の記述
    政府は入管収容所における処遇の改善につき、具体的な措置をとった形跡はないし、また、第4回政府報告書には何の言及もない。一般的意見21・6項は、自由を奪われたすべての者に関し、「報告書は、10条1項に規定された権利に関する国の立法的、行政的諸規定に関する詳細な情報を提供すべきであると考える。」と述べているが、第4回政府報告書はこれに適合したものにはなっていない。
  3. 日弁連の意見
    1. (1)必要性のない収容と規約9条1項違反
      現行入管法によると、入国警備官は退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、収容令書により外国人容疑者を収容することができる(入管法39条)。
      ところで入管当局は退去強制に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは全て収容を行うといういわゆる全件収容主義を採用し、収容の必要性の有無の判断は要しないとしている。そのため、逃亡の虞れのない者、子ども、高齢者、労働災害にあうなどして治療中の者、妊婦などのように収容の必要性がない者をも全て一律に収容している。
      例えば、入管法違反の外国人刑事被告人に対し刑事裁判所が逃亡の虞れがないと判断し、保釈を認めても、入管当局はこの外国人を収容するといった措置を取っている。規約9条1項は恣意的な拘禁を禁止しているが、逃亡の虞れなど拘禁の必要性のないものを全て収容する取扱いは、恣意的拘禁を禁じた右の規定に違反する。
    2. (2)長期間の収容と規約9条1項違反
      収容令書による収容期間は最長60日であり(入管法41条1項)、また退去強制令書発付後は収容期間に制限がない(入管法52条5項)。
      収容期間の実態を見ると、かなり長期間収容されている。東日本管理センター(茨城県牛久市所在)には、6か月以上収容されている者が多数おり、なかには2年に及ぶ者もいる。そのほかの収容所においても長期間の収容は稀ではない。
      かかる不相当に長期間にわたる収容を正当化すべき理由はなく、規約9条1項に反する恣意的拘禁であるといわなければならない。
    3. (3)入管収容所内での処遇と規約違反
      日本の入管収容所における処遇は、以下に述べるとおり劣悪なものであり、規約に適合したものではない。
      1. (a)法律に基づかない処遇(規約9条1項違反)
        先ず、被収容者の処遇に関する法的基準について、入管法は多くの事項を法務省令 に白紙委任し(入管法61条の7)、法務省令である被収容者処遇規則により、被収容者の処遇が定められている。しかもその定めは概括的なものであり、具体的な処遇基準は、更に各収容所の所長等が定める処遇細則に委ねられている。入管当局はこの処遇細則を外部に公表せず、具体的な処遇基準は秘密扱いにされたままである。被収容者の身体的自由は、法律によらずして規制されており、規約9条1項に違反している。
      2. (b)被収容者に対する暴行や性的嫌がらせの多発(規約7条及び10条1項違反)
        入管職員に暴行を受け傷害を負った事件は近時訴訟になっただけでも数件ある(*11)。
      3. (c)隔離室と戒具の濫用(規約7条及び10条1項違反)
        収容所には隔離室が設置されている(被収容者処遇規則18条)。隔離室は収容所によって若干構造が異なるようだが、おおむね3平方メートルほどの広さで、三方は窓のない壁で囲まれ、一方は鉄格子で塞がれ、鉄格子の正面に監視室があり、24時間監視される状態にある。トイレは囲いのないむき出しの状態で、監視室からの視線に完全に曝される。室内に水道設備はあるが、被収容者は自由にこれを使用することができない構造になっており、使用したいときは職員に告げて室外から操作をしてもらわなければならない。
        また入国警備官は戒具(手錠等)を使用することができる(同規則19条)。
        もちろん隔離室や戒具は無制限に使用できるものではない。被収容者処遇規則は被収容者が刑罰法令に触れる行為や自殺又は自損行為をする場合には条件を定めて被収容者を隔離することができるとし、被収容者が逃亡や暴行をする恐れがあり、かつ他にこれを防止する方法がないと認められるときは戒具を使用することができると規定する(同規則19条)。
        ところが実際の運用では、隔離室や戒具が懲罰目的で使用されたり(戒具を懲罰の 手段として用いることは、国連被拘禁者処遇最低基準規則33違反)、また被収容者処遇規則の定める要件がないのに安易にかつ恣意的に使用されている(*12)。
        このような取扱いが「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い」(規約7条)に該当し、「人間の固有の尊厳を尊重」した取扱い(規約10条)でないことは明らかである。
      4. (d)戸外運動をさせないこと(規約10条1項違反)
        被収容者処遇規則は「所長等は、被収容者に毎日戸外での適当な場所で運動する機会を与えなければならない」としている(同規則28条)。国連被拘禁者処遇最低基準規則21(1)でも「戸外の作業に従事しないすべての被拘禁者には、天候が許す限り、毎日少なくとも一時間、戸外で適当な運動をさせなければならない」としている。
        ところが、入管当局の説明によると、いわゆる収容所(長崎の大村入国管理センタ ー、東日本および西日本入国管理センター)には戸外の運動施設があるが、その他の収容場(全国に13カ所の地方入国管理局及び支局、その他数多くの出張所)には、戸外の運動施設自体が存在しない。
        更に戸外の運動施設のあるところでも、その利用は最大週2回ほどである。このような施設の状況と運用は明らかに国連被拘禁者処遇最低基準規則21(1)に適合せず、規約10条1項に違反するものである。
      5. (e)通信に対する制限(規約17条1項違反)
        被収容者処遇規則は「所長等は、被収容者の発信する通信文を検閲した場合において、当該通信文の内容に収容等の保安上支障があると認める部分があるときは、その部分を訂正させ、又は抹消させた後発信させるものとし、その指示に従わないときは、これを領置するものとする」とし、通信文の受信についても同様の規定を設けている(同規則37条)。
        東京入国管理局の第二庁舎の収容場では、実際の運用において、被収容者の通信文 の発信を厳しく制限している。電話についても同庁舎では、外部からの電話に出ることも、被収容者から外部にかけることも禁止しており、入管職員が本人に代わって電話をかけることだけが行われている。その他の収容所でも被収容者から外部にかけさせる場合、許可制を取り、なかなかこの許可を与えなかったり、かける場合に会話を大幅に制限したりしているケースが多い(*13)。
        入管当局は処遇細則を明らかにしていないので、どのような具体的基準に基づく制 限かは不明であるが、いずれにせよ、このような運用は、規約17条1項で禁止する通信への恣意的・不法な干渉に該当する。
      6. (f)医療の不備(規約10条1項違反)
        被収容者処遇規則は「所長等は被収容者がり病し、又は負傷したときは、医師の診察を受けさせ、症状により適切な措置を講じなければならない」と定める(同規則30条)。
        しかしながら、収容施設における医療体制は極めて不備である(*14)。
        国連被拘禁者処遇最低基準規則24は、「医務官は、すべての被拘禁者を、入所後できる限り速やかに、かつ、その後は必要に応じて診察しなければならない」としている。現状はこの最低規則さえ満たしておらず、規約10条1項にいう「人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱」う義務違反は明らかである。

Ⅷ アイヌ少数民族問題(規約27条)

  1. 結論と提言
    アイヌ文化振興法は、初めて日本国における少数民族を認め、その民族文化の伝承及び振興を国家の施策と位置付けた点で意義がある。しかし、アイヌ民族は少数民族であると同時に先住民族である。少数民族が同時に先住民族である場合に、規約27条が、民族固有の文化を享受する権利として、漁労、狩猟など伝統的に利用してきた土地・資源に対する権利を認めているのに対し、同法は、この「先住性」に基づく社会的経済的権利を何ら保障していない。
    よって、政府は、アイヌ民族に対し、(1)過去に先住民族の経済的権利を侵害したことに対する適切な補償をし、(2)将来に向かって先住民族の文化享有権の内容として伝統的な土地・資源利用の権利を保障すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の第3回日本政府報告書に対する審査において、アイヌ民族に対する北海道ウタリ福祉政策下における「総合的」措置の具体的内容について質問が出され、政府は、北海道の実施しているウタリ対策の概要を説明した。しかし、委員会は、「アイヌ少数民族のような社会的集団に対する差別的な取り扱いが日本に存続していること」に懸念を表明し(コメント9項)、一般論として、「日本に未だに存続しているすべての差別的な法律や取り扱いは、規約2条、3条及び26条に適合するように、廃止されなければならない。日本政府は、このことについて、世論に影響を及ぼすように努力しなければならない。」と勧告した。(コメント17項)
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文56頁、英文99-101頁)
    政府は、1997年5月8日、「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(アイヌ文化振興法)を制定し、同年7月1日から施行した。同法は、日本において初めて少数民族のための積極的施策を国家に義務づけた民族法である。同法の施行に伴い、1899年に制定された北海道旧土人保護法と旭川市旧土人保護地処分法(以下、「旧土人保護法」という。)は廃止された。政府報告書は、前回に引き続き北海道の実施しているウタリ対策を引用するに止まり、国家の施策については何も記載していない。また、アイヌ文化振興法制定の端緒となった「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」の報告を紹介しているが、アイヌ文化振興法が制定されたことには言及していない。
  4. 日弁連の意見 アイヌ文化振興法の制定とその限界
    1. (1)アイヌ民族は日本人(和人)が北海道に進出する以前から北海道を含む北方圏に居住していた先住民族である。日本人の明治政府は北海道開拓を国策とするやアイヌ民の文化的抹殺を図った。アイヌ民族の衣食住の生活手段を奪い、伝統的生活様式を禁止し、アイヌ語の使用を禁止した。しかし、民族文化の抹殺はできなかったので、明治政府は狩猟民族であるアイヌ民族の定着化を図ることに政策を変更した。その法的表現が旧土人保護法であった。その立法趣旨には「旧土人の皇化に浴する日尚浅くその知恵の発、頗る低度なりとす」という表現がみられ、アイヌ民族に対する蔑視が歴然としていた。
      アイヌ民族に対する日本人同化政策は、主として学校教育を通じて子弟に対して行われ、アイヌ語やアイヌ文化は衰退させられ、生活様式もほとんど日本人化されていった。しかし、その一方で、アイヌ民族に対する差別は残り、経済的な格差や高等教育における格差を生み出すことになった。
      アイヌ民族の日本における人口は約5万人から10万人と推定されているが、実態は不明である。そのうち北海道に約2万5000人が居住していることから、上記差別解消のために、一地方自治体である北海道が「ウタリ福祉対策」を実施してきた。
      日本政府が前回の審査の際、北海道ウタリ対策の概要を説明するに止まり、今回の報告書においても、同対策にのみ言及するに止まっているのは、国家としての特別の施策をしていないことの反映である。
    2. (2)1984年、アイヌ民族で構成する社団法人「北海道ウタリ協会」は、『アイヌ民族に関する法律案』を決議し、アイヌ民族のための関連施策を一本化する法律の制定を政府に要望した。その内容は,(i)差別解消のための権利宣言、(ii)希望者への漁業権の賦与、(iii)国会や地方議会への特別議席の確保、(iv)国が積み立て民族が運営する民族自立化基金の創設,(v)アイヌ子弟への教育施策、経済対策、(vi)常設の審議機関の設置などであった。ここでは、アイヌ民族が、アイヌ文化の振興のみならず、より根源的な社会的経済的政策を要望していたことに留意する必要がある。
    3. (3)1996年6月、官房長官の諮問機関である「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」は、アイヌの人々の北海道における先住性及び少数民族性かつ明治政府以降同化政策の結果、アイヌ文化の破壊が進行したことを認めた上で、旧土人保護法を廃止し、アイヌ文化の保存振興等のための新立法をなすべきことを提言した。これを受けて、1997年5月、前記アイヌ文化振興法が制定された。

      しかし、同法の目的には、アイヌ民族が求めた経済及び生活全般に対する国家の積極的施策は盛り込まれず、アイヌ文化の振興と伝統等の普及及び知識の啓発という文化目的に限定された。また、アイヌ民族の先住性については、国会の衆参両議院において「アイヌの人々の『先住性』は歴史的事実」とする付帯決議がなされたが、法律そのものに明記されることはなかった。その理由は『先住性』を明記することにより、『先住権』(先住民としての土地や資源の回復を求める権利)の主張に根拠を与えることを政府が嫌ったからである。その結果、アイヌ文化振興法の意義は、日本という国家の中に異民族・異文化が共存することを認めた民族承認法である点にとどまり、『先住権』の承認は、「先住民族の権利に関する国連宣言」の成立を見た上での将来の課題として先送りされることになった。

      規約27条が定める少数民族に属する個人の諸権利は、現在、国連の人権委員会作業部会で検討されている「先住権」とは異なる。しかし、規約27条に関する一般的意見は、少数民族が同時に先住民族である場合に留意すべき点を指摘している。それによれば、先住民族の場合、その固有の文化を享受することの中には、土地・資源の利用と密接に関連した生活習慣を守ることも含まれるから、漁労、狩猟など伝統的に利用してきた土地・資源に対する権利も固有の文化を享受する権利から帰結されることになる。(一般的意見23の3.2項、7項参照)(*15)

      よって、日弁連としては、アイヌ文化振興法が日本最初の民族法として成立したことを喜ぶものであるが、アイヌ民族が求める先住民族としての権利保障には未だ不十分な点があるので、規約27条の一般的意見に従い、前記のとおり提言する。

 

第3章 刑事手続

Ⅰ 「代用監獄」問題(規約7、9、10、14条)

  1. 結論と提言
    代用監獄は、警察による自白強要、女性に対する性暴力などの人権侵害及び誤判の温床となっており、規約7条、9条、10条、14条に違反する。日本政府は速やかに代用監獄を廃止しなければならない。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    1. (1)第3回日本政府報告書を審査した1993年10月の国際人権(自由権)規約委員会では、多数の委員から、「代用監獄制度」は人権規約に合致しないと、次のような批判的意見が出された。
      1. (a)この制度は、自白をとるために圧力をかけることを唯一の目的として用いられているのではないか。
      2. (b)国際社会での日本のイメージのためにもこのような制度は廃止すべきで、この制度自体が「非人道的で品位を傷つける取扱い」である。
      3. (c)代用監獄に拘束される23日間は短い期間ではないし、取調べを受けている  間、被疑者は弁護人の援助を受けることができない。これは無罪推定の原則に反する。
      4. (d)代用監獄では、規約に基づく適正な手続が最初から遵守されていない。
      5. (e)被疑者の拘禁制度は、規約の規定、特に9条に合致するよう改められなければならない。
      規約9条3項の趣旨は、逮捕の合法性を裁判官が確認することだけでなく、被疑者 を司法の保護の下に置き、警察による恣意的な処遇から守ることにある。あらゆる国で警察は専断的に行動する傾向がある。代用監獄では、逮捕された者が自白を強要されていることが明らかだ。
    2. (2)討議の後採択されたコメントでは、代用監獄制度が「主要な懸念事項」とされ、次のように指摘された。

      「当委員会は、規約第9、10、14条に規定される保障が、次の点において十分に守られていないことに懸念を有している。すなわち、公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること、勾留が迅速かつ効果的に裁判所の管理下に置かれることがなく、警察の管理下に委ねられていること、取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いの下でなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと、そして、代用監獄制度が警察と別個の官庁の管理下にないこと、である。さらに、弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」(コメント13項)

      このコメントを踏まえて、次の勧告がなされた。

      「規約第9条、第10条及び第14条が完全に適用されることを保障する目的で、当委員会は、公判前の手続き及び代用監獄制度が、規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと、を勧告する。」(コメント19項)
  3. 政府の態度と第4回政府報告書の記述(和文24、36頁、英文40-41、62頁)
    1. (1)第3回報告書の審査において、委員から代用監獄制度の廃止等を求める意見が続出したが、日本政府代表は、終始、人権保障に問題はないとして、次の点を強調し、制度を強く弁護した。
      1. (a)被逮捕者の97%が警察の代用監獄で勾留されているが、勾留場所の指定は裁判官の命令によって行われている。
      2. (b)警察では、捜査と留置は厳格に分離されており、捜査官は留置場内での処遇 をコントロールできない。取調べで問題があったとしても代用監獄とは無関係であり、無罪事件と代用監獄制度を結びつけるのは無理がある。最近の無罪判決で、代用監獄での取扱いの不適正が原因であると認めたものはない。
      3. (c)日弁連等のカウンタレポートは、代用監獄で自白強要があると言うが、これらは客観的な事実に基づく主張ではない。
    2. (2)その後、政府(法務省、警察庁)は、委員会の勧告19の文言が、『the operation of the substitute prisonsystem (Daiyo Kangoku) should be made…』となっていたため、委員会は代用監獄制度の存在自体は認め、その「運用」を人権規約に従うよう勧告したのだ、と主張し、代用監獄制度を恒久化するための法案(拘禁二法案)提出の必要性を国会議員に広く働きかけた。かねてから代用監獄制度の廃止を主張してきた日弁連は、1992年に「代用監獄を2000年までに廃止する」ことを主な内容とする法案を発表し、国際的にも、代用監獄制度は人権侵害で廃止すべきとの強い批判が度々なされた。しかし政府は、1993年以降も全く代用監獄制度を廃止しようとせず、国際人権(自由権)規約委員会の勧告に沿った措置は、これまで全く取られていない。
    3. (3)第4回報告書でも、政府の代用監獄制度擁護の姿勢は全く変わっておらず、規約7条に関し、「捜査活動に関わる法執行官による被疑者等に対する暴行、陵虐行為等は極めて稀である」と述べ、規約10条に関し、「いわゆる代用監獄制度について」、「本制度は極めて適切に運用されており、被留置者の人権は十分に保障されている。警察では、捜査と留置は厳格に分離されており、万一不適正な取扱いをした警察官に厳しい処分が科される…」等と、第3回報告書とほとんど変わらない、建前だけの主張が繰返されている。
  4. 代用監獄の実状
    1. (1)代用監獄での人権侵害事例

      政府報告書は、規約7条に関する報告中で、捜査官による暴行等の発生は極めて稀であり、もし発生すれば懲戒処分の対象となるが、起訴人員は1994年以降ゼロである、と述べている。

      しかし、実際は、以下に述べるように、代用監獄での警察官による被疑者への暴行、脅迫は日常的に発生している。しかし、警察が組織的に行い、外部には厳重に秘匿するめ、違法行為が公になりにくい。また、時々事件が公になって送検された場合も、検察が警察と一体となっているため、検事は、不起訴処分とし、うやむやにしてしまうのが常である。このような状況のもとで新聞等で報じられた代用監獄での人権侵害事例は、1997年一年間だけをとっても次のとおり極めて多い。
      1. (a)代用監獄の中での被疑者の自白の任意性又は信用性に問題がある又は疑問が提起さ れている事例
        まず、代用監獄の中での自白に証拠としての能力を認めず、証拠から排除した例(*16)や、証拠としては許容しても、取調方法が不当であるとしてその信用性を否定した事例(*17)は多数に上っている。
      2. (b)自白の信用性に大きな疑問が投げかけられている事例(判決に至っていない)がある(*18)。
      3. (c)代用監獄の中で非人道的な取扱いや弁護権の侵害がなされた事例(*19)
        代用監獄の中で取調官が暴力を用いたという訴えも依然として続いている。
      4. (d)弁護人選任権を侵害しているという訴えも続いている(*20)。
    2. (2)代用監獄における女性に対する性暴力と人権侵害

      代用監獄における女性への人権侵害は重大な問題であり、従来から多数の事件が報告されてきた。このような人権侵害は、代用監獄が拘禁施設として十分な設備がなく、また、女性被拘禁者の処遇に男性職員が関与していることも原因となっている。(*21)。

      以上は、いずれも事件を担当した弁護人の報告や各地の裁判所での判決、警察の懲戒処分等の新聞報道に基づいた客観的事実であり、根拠のない事実の主張とは違う。これらは氷山の一角にすぎず、全国の代用監獄で、警察による自白強要、暴行、脅迫が日常的、組織的に行われていることは間違いない。特に山一証券関係事件(*19事例4)では、捜査官が起訴後も身柄を拘置所に送らず、代用監獄に留置したまま刑訴法上違法な別件の強制取調べ、自白強要を続け、留置管理者も、違法取調べであることを十分知りながら、毎日Aを房から取調室へ強制的に連行し、激しい暴行、拷問を続ける捜査官に全面的に協力した。「厳格な捜査と留置の分離により被疑者の人権は十分に守られている」との政府報告は、建前を述べたにすぎず、現実は全く違う。代用監獄の弊害は深刻であり、速やかに廃止されなければならない。
  5. 日弁連の意見
    1. (1)代用監獄の設備の改善がなされているとの政府報告書に対する反論
      1. (a)政府の主張

        第4回政府報告書では「本制度(代用監獄制度)につき種々の意見があることは承知しているが、本制度は極めて適切に運用されており、被留置人の人権は十全に保障されている。」として、設備が清潔で快適なものに改善されていること、冷暖房が設備されたこと、外国人向けにCD-ROMを使った最新式の翻訳機の整備を進めていること、処遇担当部門と捜査担当部門が厳格に分離されていることなどを誇らしげに報告している。

        たしかに、代用監獄における処遇が拘置所に比べてゆるやかで、これを歓迎する空気が被疑者や弁護士の一部に認められることは事実である。

        すなわち、拘置所では、たばこは厳禁となっているのに、代用監獄では、たばこが認められている。また、拘置所のように室内での一定の姿勢の強要なども行われていない。拘置所の厳しい規律に対して、代用監獄での留置継続を望む自白事件の被告人の増加などの歪んだ現象も一部に見られる。拘置所へのアクセスの困難、拘置所における面会施設の不足、面会の待ち時間が長いことなどから、代用監獄への留置を面会の上でも便宜と考える弁護士が増えていることもまた否定できない現実である。代用監獄での夜間接見の実現などのサービスなど弁護士の便宜面での格差の増大は、このような一部の弁護士の心情にさらに影響を与えているものと考えられる。
      2. (b)代用監獄温存のために作り出された格差

        しかし、このような処遇の格差はむしろ、代用監獄の温存のために警察及び法務省によって、意図的に作り出されているものと考えるべきである。なぜ、同じ未決被拘禁者に対して代用監獄では冷暖房を設備し、拘置所では酷寒の冬でも、熱暑の夏でも冷暖房を設備しないのか。冷静に考えれば、このような格差が意図的なものであることは明らかである。また、代用監獄の多くにはまったく窓がなく、また運動設備も拘置所に比べて貧弱な場合が多い。医療体制の面でも代用監獄には十分な医療体制は存在せず、拘置所の方がまだましである。

        捜査部門と留置部門が分離されたとはいうものの、政府報告書では被疑者に対する無制限な取調べに対する歯止めとなる「日課時限の確保」について「必要な場合には留置担当者から捜査主任官に対し取調べ等の打ち切り又は中断を要請し、日課時限の確保に努めている。」と述べるにとどまっている。この表現自体が留置担当官に取調べの打ち切りの権限、義務はなく、「要請」の努力義務があるだけであり、依然として留置部門は捜査部門に従属していることを自白するものである。

        「設備の改善」なるものは、政府が「代用監獄制度」存続のため、拘置所の増設、 建替を怠り、代用監獄施設の近代化に予算を重点的に投入してきた結果であり、被疑者の身柄が長期間にわたり、警察の管理下に置かれるという本質的な弊害を何ら解消するものではない。
    2. (2)裁判官の令状審査は機能していない

      第3回報告書の審査の際、警察の代表は、日本では司法権の独立が確保されており、人権保障に問題があれば、裁判官が警察留置場を勾留場所に指定するはずがない旨を強調した。しかし、裁判官による令状審査が機能しているとはいえない。

      検察官による勾留請求(常に代用監獄への勾留を求める)中、裁判官が却下するものがわずか0.31%(1996年)にすぎない。

      勾留のための裁判には弁護人が立ち会うこともできない。代用監獄では、自白強要、人権侵害の危険が大きいことを懸念し、弁護人が「代用監獄」を勾留場所としないよう請求しても、憲法、刑訴法に忠実に「拘置所」への勾留を命じる裁判官はごく少ない。裁判官が代用監獄を勾留場所に指定しているからと言って人権保障に問題がないとは到底言えないのである。
    3. (3)代用監獄制度に対する国際的批判

      アムネスティーインターナショナルによる勧告(1991年)の後、次のように更に国際的な批判がなされた。
      1. (a)1995年3月、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の勧告

        代用監獄制度は廃止されなければならない。警察に逮捕された後は、被疑者は速に拘置所に移されなければならない。
      2. (b)IBA(国際法曹協会)の調査報告及び勧告

        IBAは、1994年9月、オーストラリアのカウデリー弁護士を日本に派遣して「代用監獄制度」について詳細な調査を行い、翌95年2月、ハーパーIBA会長とカウデリー弁護士が来日し、第2次調査を行った。更に、日本の制度を他の刑事手続と比較、検討するため、日弁連と共催で「起訴前及び公判手続」についての国際セミナーを開催し、その後、代用監獄制度に関する報告書を発表して、代用監獄の廃止等を勧告した(*22)。

        このIBA報告は、これまでになされた代用監獄についての国際的な調査の中で最も徹底した、詳細なものであり、日本の刑事司法制度全体を代用監獄制度に焦点を当てつつ検討したもので、日本の刑事司法制度は、代用監獄と自白偏重の悪循環に陥っており、構造的な欠陥があると判断している。刑事司法における自白の偏重が「代用監獄」に被疑者を長く拘禁して、取調べにより自白を引き出すことを求め、また、「代用監獄」によって自白が容易に得られることが、自白に過度に依存した刑事司法を維持、強化するという悪循環を生んでいるとしている。
    4. (4)結論

      警察による拘禁期間の短縮は刑事被拘禁者の人権保障のために最も重要な措置の一つである。代用監獄制度とその下における警察による自白強要のための取調べは、国際人権(自由権)規約委員会が指摘してきたように、明らかに規約7条、9条、10条、14条3項(b)及び(d)に違反する。国際社会が一致して求めている代用監獄廃止に対し、日本政府は、徒らに反論するのではなく、真摯にこれを受け止めて、代用監獄を廃止すべきである。

Ⅱ 起訴前の国選弁護制度の欠如(規約9、14条)

  1. 結論と提言
    起訴前の被疑者the accusedに国選弁護人を付する制度が存在しないことは、規約14条3項及び(d)及び9条4項に違反する。政府は、直ちに、起訴前の国選弁護制度を創設すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項、勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の審査において、起訴前の国選弁護制度の欠如そのものが議論の対象にはなっていないが、規約14条における公正な裁判や防御の平等性の問題が取り上げられ、日本が規約に首尾一貫した態度をとっていないのではないかとの懸念が表明された。そして、同委員会は、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄制度が、規約のすべての要件に適合するように是正されなければならないこと、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文43頁、英文76頁)
    政府は、起訴前の国選弁護制度の創設に向けた行動は取っておらず、かえって、現在、立法化を目指している法律扶助基本法の扶助対象から刑事事件を除外する方針を決定している。

    第4回の政府報告書では、第3回報告書の起訴後の被告人に対する国選弁護制度の記載を引用した上で、必要的弁護人制度の記載を追加するのみで、後記の日弁連の制度化に向けた実践と被疑者国選弁護制度の提案には一切触れていない。
  4. 日弁連の意見
    1. (1)現行実務では、国選弁護人制度は起訴された後の被告人についてのみ認められており、起訴前の被疑者には認められていない(刑事訴訟法36条)(*23)。その結果、被疑者が弁護人を知らなかったり、資力がない場合には、弁護人の援助を受けることができない。冤罪事件の多くの被疑者が、捜査段階において、弁護人の援助をうけられないままに、代用監獄にて長時間の取り調べに晒された結果、虚偽の自白をしたことは周知の事実である。
    2. (2)しかし、規約14条3項(d)は、公正な裁判を受ける権利の一環として、刑事上の罪に問われているすべての者に、司法の利益のために必要な場合には、国家の費用で弁護人が付されることを保障しているのであるから、国選弁護人の要請を起訴後に限定しているわけではない。とりわけ、我が国のように、捜査段階の供述が公判段階の有罪無罪を事実上決定してしまう実務の下では、被疑者として逮捕された時点から公正な裁判の要請が働くと考えるべきである(*24)。また、規約9条4項は、身体の拘束を受けた者に対し、不当な身体拘束からの救済を裁判所に求める権利を保障したものであり、そのためには弁護人の援助が不可欠である。それゆえ、刑事上の罪に問われ、かつ、身体を拘束された被疑者は、二重の意味で弁護人の援助を受ける権利を有しており、その者が十分な資力を持たない時には、国家において国家の費用で弁護人を付さなければならないのである。

      したがって、我が国において、起訴前の国選弁護人制度を設けていないことは、明らかに規約14条3項(d)及び9条4項に違反する。
    3. (3)日弁連は、起訴前の国選弁護人制度が存在しないという致命的な欠陥を補うために、全国52の単位弁護士会の協力をえて、当番弁護士制度を実施している。この制度は、イギリスのDutySolicitor Scheme に範をとり、身体の拘束を受けた刑事事件の被疑者からの要請をうけて、待機中の当番弁護士が留置先の被疑者の許に原則として24時間以内に駆けつけ、法律上の助言を無償にて行うものである。当番弁護士への登録者数は、1998年5月1日現在で、7,210人、日弁連全会員の43%に達し、当番弁護士の派遣事件数は、1997年1年間で22,910件となり、通常事件の勾留件数の25%近くに当番弁護士が出動するまでに発展した。この背景には、当番弁護士制度の告知につき、裁判所等の関係機関が協力的であったという事情がある。しかし、反面、国家の資金的援助が全くないボランティア活動であるため、これに投ぜられる地方の単位弁護士会の費用も莫大であり、需要があるほど財政的に運営が困難になるという矛盾が現れてきた。そこで、日弁連は、全会員から特別会費を徴収し「当番弁護士等緊急財政基金」を設置し、地方の単位弁護士会の運営を財政面から補助している。

      しかし、上記当番弁護士制度は、もともと応急措置として、国家制度の欠落部分を補完しているにすぎず、個々の弁護士の献身的な努力と犠牲に依存しているという限界があり、基金の設置にしても暫定的なものにとどまるので、本来あるべき起訴前の国選弁護人制度の実現が焦眉の急となった。

      そこで、日弁連は、立法化に向けて、市民やマスコミなどのコンセンサスを得る目的で、1997年10月、「被疑者国選弁護制度試案」を公表した。その骨子は次のとおりである。
      1. (a)対象範囲は、身体を拘束された全ての被疑者とする。
      2. (b)貧困その他の事由により自ら弁護人を選任できない場合に、その者の請求より、裁判所が国選弁護人を選任する。
      3. (c)選任手続の時期は、逮捕時点からとする。
      4. (d)被疑者の請求による選任を原則とするが、法定合議事件、否認事件、少年事件については、請求によらずに、貧困等の要件を満たした場合に、裁判所が職権で国選弁護人を選任する。
      5. (e)1999年に法改正を実現し、2000年から段階的に実施する。
    4. (4)この提案に対し、法務省は、起訴前の国選弁護人制度を導入する前提として、「何が『適正な弁護活動』であるか」につき、日弁連との間にコンセンサスがなければ、国民の理解が得られないとして、議論の焦点を制度論から弁護人の役割論にすりかえようとしている(*25)。しかし、「何が適正な弁護か」「何が擁護すべき正当な利益か」は事案ごとに異なり、当事者主義を採用している我が国においては、真相究明の是非を含めて弁護方針は被疑者・被告人の自己決定権に依存するものであるから、弁護人を通じて真相を究明しようとする国家の要請とは、本質的に、相容れないものがある。弁護人の役割については、1990年の国連犯罪防止会議において採択された「弁護人の役割に関する基本原則」があり、それぞれの法体系の下で、弁護士がどのような役割を果たすべきかについて議論をすることは有益であるが、それと、規約上、本来存在しなければならない制度を創設することとは関係がない。政府は、一刻も早く現在の制度の不備を是正すべき義務を負っているのであるから、直ちに、その立法化に向けた作業を開始すべきである。

Ⅲ 証拠開示の不徹底(規約9条、14条)

  1. 結論と提言
    日本における証拠開示の法制度と運用は、規約14条3項(b)に違反する。政府は、被告人・弁護人の全面的証拠開示請求権を認める立法措置を講ずるべきである。
    また、同時に、規約9条4項に基づき、身体拘束に関する記録への被疑者・被告人・弁護人のアクセス権を認めるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の審査において、複数の委員から、被告人と弁護人が全ての文書と証拠にアクセスできないのは不正義であるとの意見が表明され、「検察側には、証拠として使用する気がない場合は、弁護側に有利な手持ちの証拠を開示しないことが許されるのか」との質問がなされたが、その点に関する日本政府代表の補足回答はなされなかった。
    委員会は、主要な懸念事項の一つとして、「弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」ことを指摘し(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文43-44頁、英文76頁)
    政府は、被告人・弁護人の全面的証拠開示を認める法改正は勿論のこと、運用による全面的証拠開示も認めていない。
    政府報告書では、刑事訴訟法299条1項の規定と裁判所の訴訟指揮権に基づく個別的な開示命令があることを紹介しただけで、「被告人・弁護人には、公判の準備をするために必要な証拠の開示を受ける十分な機会が保障されている。」と結論づけている。
  4. 日弁連の意見
    1. (1)刑事訴訟法299条1項の規定は、相手方に対する不意打ち防止の観点から、取調べを請求する証拠について事前の開示を定めたにすぎないから、弁護人が、この規定を根拠に、検察官が取調べ請求の意思を有しない手持ち証拠(特に、被告人に有利な証拠)の開示を求めることはできない。また、裁判所の個別的な証拠開示命令も、
      1. (a)被告人・弁護人に証拠開示請求権を認めるものではなく、裁判所の訴訟指揮という裁量によること、
      2. (b)弁護人の方で「一定の証拠」を特定し、開示を求める「具体的必要性」を示 さなければならないため、被告人・弁護人にとって、その存在や内容を知り得ない証拠については、開示の申し立てそのものができないこと、更に、
      3. (c)「防御のため特に重要」「罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるとき」といった要件が厳しすぎることから、実効性のある証拠開示の手段にはなっていない。
    2. (2)規約14条3項(b)の趣旨は、実効的な弁護の保障であり、「十分な便益」には、弁護人において、訴訟の準備のため必要な書類その他の証拠を利用することを含む(一般的意見13.9)。前回の審査において、ララー委員が指摘したように「便益」とは、「防御側が公判の過程において直面することになる検察側の主張立証の根拠となる資料の入手可能性をいう」のであるから、「被告人とその代理人がすべての必要な文書と証拠にアクセスすること」(エヴァット委員)でなければならない。捜査段階の証拠収集権限と能力の点で、捜査当局と被告人・弁護人とではもともと対等ではあり得ないのであるから、検察官の手持ち証拠を被告人・弁護人が平等に利用できることによって、初めて、公判段階における実質的な当事者平等が可能になるのである。

      したがって、被告人・弁護人に事前の全面的証拠開示請求権を認めない日本の法制度と運用は、被告人の防御権の保障としては不充分なのである。
    3. (3)日弁連は、1988年3月、「刑事訴訟法における証拠開示制度の立法措置要綱」を策定し、検察官手持ち証拠全部の開示を原則とする立法措置が刑事訴訟法においてなされるべきことを提言した。その主要な点は次のとおりである。
      1. (a)証拠開示の対象は、捜査において取得された証拠の全部とする。
      2. (b)証拠開示を被告人・弁護人の請求権とし、検察官はこれに応じる義務を負う。
      3. (c)検察官が証拠の標目を弁護人に明らかにしなかった場合や裁判所の証拠開示命令に従わなかった場合には、裁判所は公訴を棄却する。
    4. (4)規約9条4項は、身体の自由を奪われた者に、身体拘束の合法性を裁判所において争う権利を認めており、その権利の内容として、被拘束者及びその弁護人が、身体拘束を認める決定の基礎となった資料を閲覧することを認めているから、刑事訴訟手続による拘禁の場合、規約14条の「公正な裁判」の要請とは別の観点から、身体拘束に関わる記録の証拠開示が求められることになる。したがって、証拠開示は、身体拘束の段階及び公判を前提とした捜査段階から公判段階まで、それぞれの段階における適正手続の要請から統一的に理解される必要がある。

      現在、日弁連は、こうした理解に立って、有罪無罪に関わる証拠は勿論のこと、身体拘束に関する記録、令状に関する資料、取り調べに関する記録等の全てにつき、全面的な証拠開示がなされなければならないと考えている。

      しかし、捜査機関は、捜査の密行性を理由に、起訴前の身体拘束に関する捜査資料の開示に反対しており、裁判所も同様に、記録の管理主体が捜査機関にあり裁判所にないことを理由に、証拠開示に消極的である(*26)。

      現在、大阪弁護士会が中心となり、「起訴前手続における資料等開示についての提言」を公表して、逮捕・勾留を決定した際の捜査資料及び拘禁に関する記録(留置人出入簿等)に弁護人がアクセスできる閲覧謄写権を認めるよう刑事訴訟規則の改正を提案しているが、法務省、裁判所ともに協議に応ずる姿勢を見せてはいない。

      このような勧告の無視ともいえる不作為は、日本は、最初から、規約の「精神」を正確に理解し、規約に合致する措置を取ろうとする姿勢に欠けるのではないかという委員の危惧を裏付けるものである。

Ⅳ 被疑者の身体拘束(規約9、14条)

  1. 結論と提言
    1. (1)勾留の裁判における被疑者の身体拘束の可否および起訴後の被告人に対する保釈の可否を決定するにあたり、「罪証隠滅のおそれ」を考慮することは、規約14条2項の無罪と推定される権利に違反すると同時に、規約9条3項にも違反する。

      政府は、刑事訴訟法に規定されている身体拘束を正当化する理由から、「罪証隠滅のおそれ」に該当する要件を削除し、国際的に承認されている未決拘禁の理由でる「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」に置き換えるべきである。
    2. (2)逮捕期間中、逮捕の合法性を争う不服申立手段を被逮捕者に与えていないことは、規約9条4項に違反する。政府は、新たに、逮捕に対する不服申立手段を立法化するか、あるいは、勾留に対する準抗告制度を逮捕に対する不服申立手段として準用できる旨を明文化すべきである。
    3. (3)起訴前の被疑者に保釈を認める制度が存在しないことは、規約9条3項に違反する。政府は、直ちに、起訴前の保釈制度を創設すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の審査において、日本政府代表は、起訴前の身体拘束期間が23日間であることは、フランスの予審段階の勾留期間と比較して極めて短期間であるとの認識を示し、被疑者は、逮捕から最長72時間以内に勾留の請求をされ、裁判官の面前にて弁明する機会を与えられ、裁判官の厳密な要件審査を経て勾留の決定が下されるから、規約9条3項に適合していると述べた。これに対し、委員からは、他国の法制度との比較が不適切であり、23日間は決して短い期間ではないことが指摘され(ヒギンズ委員)、代用監獄制度に象徴して見られるように、日本政府は規約9条3項の解釈を根本的に誤っているのではないかという懸念が表明された(ララー委員)。

    同委員会は、「公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること」に規約違反の懸念を表明した上で(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄が、規約のすべての要件に適合されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。

    同委員会が、代用監獄問題に集約される未決拘禁制度のみならず、日本の刑事司法 全体が規約を貫く被疑者の人権保障の精神と適合していないのではないかと危惧した結果が、このコメントに集約されている。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文26-28頁、英文44-48頁)
    政府は、被疑者の身体拘束に関する刑事訴訟法の改正には全く着手していないし、運用ないし判例によって従来の拘禁制度が見直されたこともない。

    政府報告書では、刑事訴訟法の規定と1990年から1995年までの統計数値を引用して、前回の審査で述べた内容を再び繰り返すのみであり、委員が期待した「規約に適合した態度」(ララー委員)は今回も見られない。
  4. 日弁連の意見
    1. (1)身体拘束の正当化理由について
      日本の刑事訴訟法は、被疑者の勾留を認める要件として「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を規定する(60条1項2号)。この要件の意義は、実務において、抽象的な「罪証隠滅のおそれ」と理解されており、しかも、罪証隠滅の対象となる事実の範囲を犯罪構成要件事実に限らず、一般的な情状事実にまで拡大して解釈しているため、捜査機関の主観的危惧感があれば、容易に、被疑者の勾留が認められる傾向にある。また、勾留の判断は、英米法系の法制度に見られる予備審問のように、身体拘束の可否をめぐって当事者間の主張立証を尽くす対審構造による審理手続を採っていないため、裁判官は、捜査機関の一方的な収集証拠のみによって罪証隠滅の可能性を推測することとなり、事実上、罪証隠滅の可能性を肯定する傾向にある。その結果、検察官の勾留請求は99%以上の異常な高率で認められており、身体拘束に関する司法的チェックは全く形骸化している(1996年度司法統計年報によれば、勾留請求却下率は0.31%である。)。

      しかし、規約14条2項は、被疑者に無罪の推定を受ける権利を保障しているのであるから、無罪と推定される被疑者を「罪証隠滅のおそれ」を理由として身体拘束するというのは明らかな背理である。規約9条3項が明示するように、刑事上の罪に問われた者が身体を拘束されるのは、「司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭」を確保するためであり、有罪立証という一方当事者の便宜のためではない。ちなみに、国連被拘禁者保護原則36などは、被疑者の行為が「司法運営過程への妨害」に該当すると認められる場合には、被疑者の身体を拘束することを認めている。欧州評議会も1980年6月27日、「閣僚委員会による未決拘禁に関する勧告」において、「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」を未決拘禁の理由の一つとしている。しかし、これらの司法権の執行の必要性は「罪証隠滅のおそれ」と同じ概念ではない。飽くまでも、基準は「公正な裁判」が害されるか否かにあるのであって、訴追側の有罪立証の便宜を図るためではないからである。

      したがって、勾留理由から刑事訴訟法60条1項2号の要件を削除し、代わりに、国際人権法上、承認されている「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」を勾留理由とすべきである。
    2. (2)逮捕期間中の身体拘束の合理性を争う手段の欠如
      日本の刑事訴訟法には、規約9条4項の人身保護手続をなす権利に対応して、勾留に対する準抗告制度がある(*27)。しかし、逮捕については、不服申立てを認める明文規定がなく、勾留に対する準抗告にならって準抗告の申し立てをしても、不適法として却下される(最高裁1982年8月27日決定・刑集36巻6号726頁)。その結果、逮捕の効力として認められる72時間の留置期間中、被疑者は、刑事訴訟法上、何らの救済手段がない状態に置かれている。これは、事実上、裁判所が勾留の決定をするまで最大72時間、被疑者は、不当な身体拘束からの救済を裁判所に求め得る規約9条4項の権利を否定されているのと同じである。

      逮捕に対する不服申立て手段がないことは、明らかな立法の過誤であるから、政府は、その不利益を被疑者に負わせるのではなく、直ちに、立法化するか、あるいは、裁判所において、従来の判例を変更して、逮捕についても準抗告を準用することができるように準用規定を置くなどして立法の過誤を是正するべきである。
    3. (3)起訴前の保釈制度の欠如
      現行実務では、身体を拘束された被疑者が、起訴前に保釈を申請しても、制度の不存在を理由に認められない。刑事訴訟法の解釈として、保釈請求権は、起訴後の被告人についてのみ認められ、起訴前の被疑者には認められないと考えられているからである。その結果、被疑者は、勾留が決定されると、最長23日間の長期に渡って身体拘束を余儀なくされるうえ、保釈を請求することすら認められない(*28)。歴史的由来がどのようなものであれ、本来あるべき起訴前の保釈制度が存在しないことをそのまま放置することは、規約9条3項が「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される権利を有する。」と定めていること、「公判前の抑留は、あくまで例外であり、またできる限り短期間でなければならない。」ことに真っ向から反する。したがって、政府は、直ちに、起訴前の保釈制度を創設すべきである。
    4. (4)起訴後の保釈制度の形骸化
      刑事訴訟法89条により、起訴後の被告人について「権利保釈」が認められる扱いになっているが、実際に、保釈を許可された者の割合(保釈率・勾留総人員中に占める保釈人員の割合)は、およそ2割にとどまっている。1996年度司法統計年報によれば、わずか16.29%にすぎない。実に、勾留された被告人の5人に4人が起訴後も身体を拘束され続けているのである。更に、保釈請求件数に対する保釈許可件数の比率を同じ1996年度司法統計年報でみると、前者が18732件であるのに対し後者が8778件であるから、保釈請求の認容率は、46.86%である。つまり、保釈申請をしても、当然に認められるわけではなく、ほぼ半数の者しか保釈が許可されていないのである。同じ当事者主義構造の刑事司法モデルを採用しながら、欧米諸国においては保釈されて公判に臨むのが常態であるのに対し、日本においては、保釈可能な被告人のうち、8割を超える者が身体を拘束された状態で公判に臨むのである。これでは、到底「権利」と呼べないことは明らかであろう(*29)。

      このように、本来「権利」であるべき保釈が実現されていない原因はいくつかあるが、その最大のものは、権利保釈を認めない除外事由として勾留理由と同じ「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を定めている点にある。ここでも、この要件が抽象的な「罪証隠滅のおそれ」の意味に拡大解釈されているため、被告人が否認している、あるいは、黙秘をしている場合には、そのこと自体が罪証隠滅の徴表として被告人に不利益に判断されている。その結果、被告人が事実を争っていれば、第一回公判期日前の保釈はほとんど認められず、第一回公判期日後であっても、検察官の立証段階が終了するまでは、容易に保釈が認められないという現実がある。そのため、中には保釈を得るために嘘の自白をする者すら現れて来るのである。保釈の厳しい運用が、自白強要の手段と化しているのである。私たちは、この実態を「人質司法」と呼んでいる。

      しかし、規約9条3項は、保釈を被拘束者の権利と位置付けた上で、保釈に際して出頭確保のために条件を付しても構わないが、被疑者を可能な限り釈放して、過剰な身体拘束を避けよということを国家に命じているのであるから、上記の如き保釈の運用が同条項に違反していることは明らかというべきである。

      したがって、政府は、権利保釈の除外事由から「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を削除し、権利保釈の請求があれば原則として保釈を許可する規定に改めるべきである。
    5. (5)勾留執行停止制度・勾留理由開示制度について
      政府報告書は、規約9条4項の権利に関し、勾留理由開示制度と勾留執行停止制度があることを紹介している。

      しかし、勾留理由開示制度は、裁判官が勾留を決定した後に、請求を受けて、被疑者に勾留の理由を開示するだけの制度にとどまっており、身体拘束の理由と必要性を  めぐって、当事者間の主張立証がなされるはずの審理手続と決定手続を欠いている

      このような制度は、世界に類例がない。 実際の運用も、開示公判に検察官の出頭が義務づけられておらず、裁判官が単に勾留を認めた根拠条文を示すだけという形式に堕している。ちなみに、1996年度司法統計によれば、勾留状が発付された総人数は53,881人もいるのに被疑者段階で勾留理由の開示の申し立てがあった件数は404件にすぎず、開示公判が実施された件数は、わずかに304件しかない。

      また、勾留執行停止制度は、裁判所の職権によって、一旦決定された勾留を停止するものであるが、被疑者に請求権がなく、事実上、裁判所の職権発動を促すことしかできない。そのため、実際には、被疑者の病気、近親者の冠婚葬祭など極めて限られた場合にしか認められていない。ちなみに、1996年度司法統計によれば、勾留の執行停止が認められた件数は、わずか74件である。

      したがって、いずれの制度も、規約9条4項が要請している身体拘束からの救済を被拘束者の権利として認めたものではないから、政府報告書の記載は誤解を与えかねず不適切である。
    6. (6)別件逮捕・別件勾留について
      政府報告書は、「逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実以外の事実についても取調べが行われること」を認めながら、それは被疑者にとって有利な場合であり、「当該被疑事実について逮捕・勾留の理由及び必要性がないのに、他の被疑事実の捜査のために逮捕・勾留が行われるということはあり得ない。」と断言する。

      しかし、政府報告書が引用するとおり、判例が、別件逮捕・勾留を利用して得た証 拠を排除する判例理論を確立しているのは、実際に、その実例があるからであり、現に、オウム真理教の犯罪の摘発に当たって、軽犯罪法違反を理由に信者

      別件逮捕・別件勾留は、規約9条1項に違反するのみならず、引き続き本件に基づ く第二次の逮捕・勾留を必然的に招来する点で、規約9条3項にも違反する。

Ⅴ 取調べの規制の不存在(規約7、10、14条)

  1. 結論と提言
    1. (1)被疑者の身体を23日間の長期に渡って拘束したうえで、その拘禁状態を利用して被疑事実の自白を求めるのは、国連被拘禁者保護原則21「拘禁状態の不当利用禁止」に抵触すると同時に、規約7条、10条1項、14条3項(g)に違反する。

      政府は、捜査機関に対し、自白の獲得のために身体拘束を利用することを禁止し被疑者が任意に供述する場合の取調べの時間、方法等を規制する立法措置を講ずるべきである。
    2. (2)捜査機関が身体を拘束された被疑者を取調べる場合、被疑者の意思如何に拘らず、弁護人の立会いを認めないのは、規約14条3項(b)及び(g)に違反する。

      政府は、弁護人の立ち会いを認める明文規定を立法化すべきである。
    3. (3)被疑者・弁護人が、取調べ担当官の氏名、階級、取調べ時間、取調べ開始及び終了の時刻、取調べ場所等の取調べ過程の資料にアクセスできないのは、規約14条3項(b)を体現した国連被拘禁者保護原則23に違反する。政府は、被疑者・弁護人が上記資料にアクセスできる権利を明文化した立法措置を講ずるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の審査において、代用監獄を拘禁場所とした身体拘束下における取調べが、自白の獲得のために利用されているのではないか、といった懸念が繰り返し表明された。システム全体が規約7条の「非人間的かつ品位を傷つける取り扱い」になるとも指摘された(*30)。そして、委員会は、規約9条、10条及び14条との関連で、「取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いの下でなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと」に懸念を示し(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄制度が規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文28頁、英文47-48頁)
    政府は、被疑者の身体拘束を利用した取調べ方法を変更する措置は何も取っていない。政府報告書は、「被疑者の身柄拘束」の項目の中に「取調べの実態」と題する一項を設けているが、記載されている内容は、黙秘権と取調べに関する憲法及び刑事訴訟法の条文の紹介だけで、取調べの実態は何も記載されていない。
  4. 日弁連の意見
    1. (1)取調べの実態
      我が国の逮捕・勾留制度は、実際上、被疑者の取調べを目的としており、とりわけ、否認事件や黙秘事件では、代用監獄における身体拘束を利用して自白を獲得することが捜査機関の目的となる。捜査官の意識として、執拗に自白を迫ることは悪だとは考えられていない。それは、自白が「証拠の女王」だからではなく、犯罪者が自白をすることはモラル・カタルシス(精神の浄化)を示すことにほかならず、犯罪者の社会復帰と更正のために不可欠だと考えているからである(*31)。その結果、捜査官が有罪を確信しているのに被疑者が否認をし、あるいは、黙秘をする場合には、熱心な捜査官であればあるほど、暴力や心理的な脅迫に訴えてでも自白を獲得しようと躍起になる。

      暴力行使の形態としては、被疑者の頭部や腹部を殴る、顔面を平手で打つなどの直接的暴行のほか、長時間直立不動のまま立たせる、座っている椅子を蹴飛ばす、目の前で机を叩く、耳元で大声をだして怒鳴るなどがある。また、取調べ時間に法的規制がないため、朝から始まって午後10時以降の深夜や翌朝にまで及ぶことも珍しくない(*32)。しかも、警察の取調べは、23日間に渡って連続して行うことが法的に可能なので、被疑者が否認している場合には、ほとんど毎日、長時間の取調べが続くことになる。冤罪事件の多くに見られる虚偽自白は、このような法的規制のない長時間の取調べの結果生み出されたものである。
    2. (2)弁護人の立会いの拒否
      逮捕・勾留された被疑者に対する警察の取調べ及び検察官の取調べは、取調室という密室において行われ、弁護人の立会いは認められない。刑事訴訟法上、取調べに弁護人の立会いを認める規定はないが、それを禁止する規定もない。それゆえ、取調べに弁護人の立会いを認めるか否かは運用に委ねられているといえるが、実際には、被疑者が希望しても、捜査官は弁護人の立会いを拒否する。その結果、取調べの場面では、常に、被疑者は弁護人の援助なしに自らの力で防御しなければならないのである。

      しかも、取調官には、取調べの過程を記録化しておく法的義務がない。取調官が、後日の任意性立証にそなえて、取調官の利益のために録音テープやビデオ録画することはあっても、取調べの全過程の公正さを担保するために記録化するシステムは存在しない。そのため、後日、被告人の側で、被疑者段階で作成された供述調書の自白について任意性を争おうにも、自らの証言以外には、立証する方法がないのである。(しかも、日本では、被告人が法廷で供述することはできるが、自ら宣誓して証人となることはできない。)
    3. (3)自白強要システムの規約違反性
      日本の取調べの実態は、一方で、警察の留置場において23日間に及ぶ被疑者の身体拘束を認めながら、他方で、被疑者と弁護人との接見交通を遮断しつつ、犯罪事実を否認ないし黙秘する被疑者に自白を迫るというものであり、代用監獄制度及び弁護人の接見交通権の制限等すべてが捜査段階における自白の獲得という共通の目的のために利用されている。それゆえ、自白強要のシステム全体が、規約7条の禁止する「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い」に該当し、同条及び規約10条1項に違反するばかりか、弁護人の援助を受ける権利を奪って黙秘権を侵害している点で、規約14条3項(b)及び(g)に違反する。
    4. (4)日弁連の活動と提言
      日弁連は、1996年、「刑事司法改革の実現に向けてのアクション・プログラム」を採択し、我が国の目指すべき司法改革の道筋を明らかにした。その中で、上記のような取調べの実態を変えていくために、以下の制度改革を提言した。
      1. (a)代用監獄制度を廃止すること。
      2. (b)黙秘権の実質的保障の観点から、弁護人の取調立会権を刑事訴訟法に明記すること。
      3. (c)取調過程の可視化の観点から、捜査官に取調の過程(取調べ開始及び終了の時刻、延べ時間、場所、尋問者の特定など)を記録化することを義務づけ、取調べ状況をテープ録音、ビデオ録画により保存すること、及び、被疑者・弁護人が、これらの記録にアクセスできることを明文化すること。
      4. (d)取調べ時間、時刻、尋問方法等について法的に規制すること。
        これらは全て、前回の審査において、委員から日本政府代表に対し示された改善勧告と一致している。また、現在の取調べ状況を変えるために、個々の弁護活動において、被疑者が捜査機関に弁護人の立会いを求めたにも拘らず、捜査機関が弁護人の立会いを認めない場合には、被疑者に取調べ拒否、供述調書の署名押印の拒否を助言していくこともあることを確認した。

        しかし、法務省及び検察庁は、この弁護方法は権利の濫用であり、捜査妨害に他ならないとして、上記方法を実践する弁護士に対し、組織的な批判を加えている(*33)。

        また、既に述べたとおり、日弁連が提案している被疑者国選弁護制度の協議の前提として、国民の理解を得るためには、「何が『適切な弁護』か」について、法曹三者に共通のコンセンサスが必要だと主張している(*34)。

        しかし、現在、日本の刑事司法に対して求められているのは、規約に適合していない制度の欠陥や制度そのものの不存在を解消することであり、個々の弁護活動の是非ではない。弁護のあり方を議論しなければ制度化できないというのは、規約違反の状態を更に継続するということであり、国際的に、規約の遵守義務を負っている締約国として許されることではない。政府は、もはや、これ以上の違反状態の放置が許されないことを銘記するべきである。

Ⅵ 人身保護法の不備(規約9条)

  1. 結論と提言
    我が国の人身保護法の下位規範である人身保護規則第4条は、人身保護請求をなし得る場合を身体拘束権限の不存在ないし著しい手続違反が顕著な場合に限定し、かつ、厳格な補充性の要件を定めているため、人身保護法がhabeas corpus の機能を果たすことを妨げている。それゆえ、人身保護規則第4条はhabeas corpusによる不当な身体拘束からの救済を求め得る権利を保障した規約9条4項に違反する。

    政府は、速やかに人身保護規則第4条を廃止すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会の審査において、人身保護法制について直接の議論はなされていないが、刑事被疑者の身体拘束を巡って集中的な議論がなされており、不当な身体拘束からの救済方法も議論の射程に入っている。委員会は、刑事手続に関し、規約9条、10条および14条の諸規定が完全には遵守されていないことに懸念を表明し(コメント13項)、「公判前の手続が、規約のすべての要件に適合するように」勧告した(コメント19項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述
    政府は、人身保護法制の改善に向けた措置は何も取っていない。政府レポートにおいて、身体拘束からの救済手段として勾留の執行停止については記載があるが、人身保護法についての記載はない。
  4. 日弁連の意見
    1. (1)我が国においても、新憲法の制定に伴い、habeas corpusの制度を継受し、1948年、人身保護法を制定した。この法律自体が、救済の対象を「法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者」に限定し、実体的な不当拘束を救済の対象から除外した点で問題があるが、更に、その下位規範である人身保護規則第4条は、救済の対象を「拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分がその権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合」に限定し、「他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときはその方法によって相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければ、これをすることができない。」と定めた。

      その結果、人身保護法の制定当初期待されていた刑事事件におけるhabeas corpus の機能はついに発揮されることがなく、今日においては、わずかに、幼児の引渡請求事件など外観上、身体拘束が「権限なしになされていることが顕著」である場合にのみ利用されているに過ぎない。
    2. (2)日弁連は1992年2月、精神病院における不当拘禁からの救済手段として人身保護法制を調査した結果、人身保護規則第4条が、我が国の人身保護制度を英米法のhabeascorpusから全く異質なものに変容させていること、規則自体が規約9条4項に違反すると考えられること、この規則があるため人身保護請求が本来活用されることが期待される分野で実効性のないものとなっていることを確認し、以下のとおり、緊急の提言をした(1992年2月人身保護法制に関する調査報告書)。
      1. (a)人身保護規則第4条を全面的に廃止すること。
      2. (b)仮に全面的に廃止できないとしても、明白性及び顕著性の要件を廃止して救済の要件を緩和すること及び補充性の要件を緩和して人身保護請求による救済の機会を広げること。
    3. (3)しかし、政府は上記緊急提言を無視したまま、何らの改善措置も取っていない。人身保護法の本来の目的であるhabeas corpusによる不当な身体拘束からの救済を実現するために、規約9条4項違反の状態は速やかに是正されなければならない。

Ⅶ 弁護人の面会 接見指定制度(規約14条)

  1. 結論と提言
    捜査機関が弁護人に対して、被疑者との接見の日時・場所・時間を指定することを認める刑事訴訟法39条3項は規約14条3項(b)及び(d)に違反する。よって、政府は、この規定を削除すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項、勧告内容
    第3回政府報告書審査において、被疑者の問題は代用監獄に議論の中心があった。 したがって、弁護人に対する接見指定の問題も代用監獄における長期間の取調べ中に弁護人の接見が制限されている状況があるとして問題になった(*35)。 

    そして、国際人権(自由権)規約委員会は、コメント13項で、「公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること、勾留が迅速かつ効果的に裁判所の管理下に置かれることがなく、警察の管理下に委ねられていること、取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いの下でなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと、そして、代用監獄制度が警察と別個の官庁の管理下にないこと、である。さらに、弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」ことを懸念し、コメント19項で、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、当委員会は、公判前の手続及び代用監獄制度が、規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと。」を勧告した。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文29-31頁、英文48-52頁)
    日本国政府は刑事訴訟法39条3項を削除することはもとより、何ら接見指定制度を改善する措置も取らなかった。

    政府報告書では刑事訴訟法39条3項は規約10条に関する報告として記載されているが、日弁連は刑事訴訟法39条3項は規約14条3項(b)(d)に関する問題であると考える。

    政府報告書は接見交通権につき「憲法第34条前段及び刑事訴訟法第39条1項において認められているものであり、憲法の精神と抵触しない限りにおいては、制限を受ける。」その制限される場合とは、「刑事訴訟法第39条3項に基づく接見指定権の行使によるもの及び被疑者を勾留している施設の管理上の必要に基づくものとがある。」と述べる。
  4. 日弁連の意見
    1. (1)違法な接見指定による接見妨害
      弁護人が接見妨害を受けた事実には下記のものがある。
      1. (a)2名の弁護人が被疑者に接見するため警視庁に赴いたが、警察官から2人一緒の接見は認めないとして接見妨害を受けた。裁判所は弁護人に200,000円の慰謝料を認めた(東京地裁1993年(ワ)第10827号1995年3月28日判決、確定)。
      2. (b)検察官はある被疑者の弁護人に対して代替期日の指定もせず取り調べ予定を理由に接見を拒否し、さらに同じ被疑者の他の弁護人に接見指定の要件がないのに3度にわたって接見の開始を遅延させて接見妨害をしたので、2人の弁護人は国家賠償請求訴訟を提起した(東京地裁1997年(ワ)第8422号)。
      3. (c)2人の弁護人が、公訴提起後の被告人に接見しようとしたところ、公訴提起後は刑事訴訟法39条3項による接見指定はできないのに、被告人を拘禁している刑務所の刑務官が検察官からの指示により短時間の接見しかさせなかった。日本国政府は請求を認諾して2人の弁護士に対して各々300,000円の慰謝料を支払うことを認めた(高松地裁1995年(ワ)第319号、1996年7月15日日本国政府が請求認諾)。
      4. (d)ある検察官は、被告人に対して起訴後の勾留を利用して、勾留の理由とはされていない別件の被疑事実の取り調べをしているという理由で弁護人接見を拒否したので、弁護人は国家賠償請求訴訟を提起した(東京地裁1997年(ワ)第9930号)。

        接見が認められても、検察官において接見時間を15分から20分と指定するのが通常である。接見時間は非常に短い。検察官が被疑者を23日間支配下に置き、連日長時間にわたって取調べができるのに比べ、弁護人が被疑者と接触できる時間はわずかである。このように依然として、接見指定制度は自由な接見交通権を侵害している。

        また、不服申立制度(接見指定に対する準抗告)はあるものの、主張・立証責任が被疑者・弁護人に転嫁されているために、弁護人が不服申立書を作るのに半日くらいかかり、しかも裁判所の決定が出るのが接見拒否の翌日以降になることが多く、有効かつ迅速な救済手段にはなっていない。
    2. (2)規約の適用
      上記の接見妨害事例は刑事訴訟法39条3項それ自体を違法・不当に適用した事例であるが、そもそも刑事訴訟法39条3項そのものが、接見の制限手続及び制限事由の両面で、国連被拘禁者保護原則に反しており、この原則が、国際人権(自由権)規約14条3項(b)及び(d)の定める弁護人依頼権に対して許される制約の内容を具体化したものであることからして、刑事訴訟法39条3項は、同規約にも違反するというべきである(*36)。よって、日弁連は、刑事訴訟法39条3項は削除されるべきであると提言する。

Ⅷ 弁護人の面会 施設管理上の制限(規約14条)

  1. 結論と提言
    代用監獄以外の拘禁施設において、弁護人と被疑者・被告人との接見を拘禁施設の執務時間内に制限する監獄法施行規則122条の規定及びこれに基づく接見の運用は、規約14条3項(b)及び(d)に違反する。上記規則及びこれに基づく運用は速やかに是正されなければならない。
  2. 第4回政府報告書の記述(和文30-31頁、英文51-52頁)
    第4回政府報告書は、施設管理上の必要性に基づく弁護人と被疑者・被告人との接見の制限は、当然認められる制約であり、やむを得ないところではあるが、この接見を行刑施設の執務時間内に制限する監獄法施行規則122条の規定にかかわらず、行刑施設においては一定の条件で休日の接見を認めることとしており、また警察留置場においては、休日及び執務時間外においてもできるだけこれに応じるなど制限緩和のための努力をしているとする。
  3. 日弁連の意見
    1. (1)第4回政府報告書は、施設管理上の必要性に基づく接見の制限の例として、「監獄が、緊急の必要性のない深夜の接見を拒否するような場合」をあげ、そのような場合以外には、接見を認めているかのような印象付けを狙っているが、明らかにミスリードである。

      代用監獄においては、確かに、事実上、休日及び執務時間外を理由とする接見制限は緩和されており、この面での弁護人等とのトラブルも減少している。しかし、監獄においては、執務時間外、すなわち、午後5時から翌日午前8時30分までの間における接見は、いまだに極めて例外的な状況にある。法務省の調査結果によれば、1995年6月1日から1996年5月31日までの1年間で、全国の監獄、すなわち拘置所、刑務所拘置監、拘置支所において、平日の執務時間外に接見申込があり接見を実施した件数は、110件に過ぎず、東京、大阪など全国で7ケ所ある拘置所に限ると3件に過ぎない(東京拘置所は0件である)。しかも、東京拘置所に例をとると、接見の受付が、午後3時30分までとされており、この時間までに受付を済まさないと実際上接見はできない。又、受付から実際の接見まで通常30分から1時間程度を要している。受付を午後3時30分までに済ませても午後5時には接見を終了しなければならない。

      また、休日につき、一定の条件で接見を認めていることは事実ではあるが、連続する休日のいずれについても接見が可能なのは被疑者の当該施設における初回接見の場合のみであり、それ以外の場合は土曜日の午前中に限られている。総じていえば、上記の措置は、官庁の完全土曜閉庁により、従来は何らの条件なしに可能であった土曜日の午前中における接見が制約されることになったことに対する代償措置に過ぎず、休日における接見は、原則として禁止されている。

      この結果、被疑者・被告人は、収容施設が監獄か代用監獄(警察留置場)かによって、弁護人の援助を受ける権利の行使につき、著しく差別的な取り扱いを受けている。かような差別化は、おそらくは、代用監獄を存続させるための政策的意図に基づくものと考えて誤りはなかろう。

      日弁連は法務省に対し、監獄での執務時間外における接見の制限を撤廃するよう求めてきたが、法務省は、公務員定員の計画的削減と予算上の制約を理由に拒否し続けている。すなわち、日本においては、予算上の理由から、拘置所等の監獄における接見が午後5時から翌日午前8時30分までの間、原則として禁止される事態となっている。
    2. (2)施設管理上の面会制限は、執務時間を理由とするものだけではない。

      被疑者と弁護士との検察庁内での接見が、接見設備がないとの理由で、検察官によって拒否されたことにつき、弁護士が国家賠償請求訴訟を提起し、これが認められた事例として、広島地方裁判所1995年11月13日判決がある。日本においては、接見室を備えている検察庁は全国で7庁と、ごく少なく、このように接見室のない検察庁においては、接見室がないとの理由で接見を制限する事例がみられたが、その後改善されたかどうかについては明らかでない。
    3. (3)上記のような実態は、監獄法施行規則122条の「接見ハ執務時間内ニ非サレハ之ヲ許サス」との規定に基づくものであり、拘置所等での執務時間外における接見は、第4回政府報告書があげる「緊急の必要性のない深夜の接見」のような場合に例外的に拒否されているのではなく、原則的に拒否されているのである。

      施設管理上の必要性に基づく弁護人と被疑者・被告人との接見制限が、「緊急の必要性のない深夜の接見」などに限られるのであればともかくとして、執務時間外及び休日、接見室の不存在等を理由として、広範な接見制限を行うことは、規約14条3項(b)が定める「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられる」ことの保障及び同項(d)が定める「自ら選任する弁護人を通じて、防御すること」の保障に反することが明らかである。

      また、国連被拘禁者保護原則18の3項は、「抑留又は拘禁された者が、遅滞なく、また検閲されることなく完全に秘密を保障されて自己の弁護士の訪問を受け、弁護士と相談又は通信する権利は、停止されたり制限されたりしないものとする。但し、法律又は法に従った規則に定められ、かつ司法もしくはその他の官憲により安全と秩序を維持するために不可欠であると判断された例外的な場合を除くものとする」と定めているが、日本における執務時間外を理由とする接見制限は、「安全と秩序を維持するために不可欠であると判断された例外的な場合」でないにもかかわらず、接見を制限するものであって、同原則に違反する。

      弁護人と被疑者・被告人との接見を行刑施設の執務時間内に制限する監獄法施行規則122条の規定は速やかに廃止されねばならず、同規則に基づく運用は速やかに是正されねばならない。

第4章 死刑制度

Ⅰ 死刑の適用の状況(規約6条)

  1. A.結論と提言
    刑法典はじめ関連法規が定める死刑が科される犯罪は17種類と数が多く、また政治的犯罪も多く含まれているので規約6条2項に反する。政府は、直ちに、死刑の定めのある罪を減少させるため、関連法規を修正すべきである。
  2. B.国際人権(自由権)規約委員会の懸案事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は第3回審査において、「主要な懸念事項」(コメ ント12項)において「日本の刑法典の下で死刑が科される犯罪の数と質について当惑している」、「死刑をまだ廃止していない国においては、最も重大な犯罪だけに死刑を適用しなければならないことを想起する」と述べ、また「提言と勧告」(コメント18項)において「廃止までの間は死刑は最も重大な犯罪に限定されなければならないこと・・・を勧告する」と述べた。
  3. C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文22-24頁、英文36-40頁)
    政府は、死刑廃止はもとより、死刑適用犯罪の削減のための努力をまったく行って いない。特に1995年には刑法を口語化する改正が行われたにもかかわらず、すでに裁判所で違憲判決が出されていた犯罪以外に、死刑の定めのある罪の実質的削減はなされなかった。この点に関し第4回政府報告書は、特に重大な犯罪についてのみ死刑が適用される法制が採られており、また凶悪な犯罪を犯した者への死刑を存置することが国民大多数の意見であるとする。
  4. D.日弁連の意見
    1. (1)国内での統計資料
      しかし現在の日本において、大多数の国民が死刑存置の意見であるとは言えない。 政府実施の世論調査は十分な情報を与えない質問となっている。政府報告書が述べる1994年9月実施の世論調査の質問の選択肢は、「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」(13.6%)、「場合によっては死刑もやむをえない」(73.8%)、「わからない」(12.6%)の3つだけであり、代替的制度導入の可能性や誤判の可能性などを知らせない設問形式となっている。

      しかしそれでも「場合によっては死刑もやむを得ない」と答えた人を詳細に見れば、 「将来も死刑を廃止しない」と答えた人は53.2%に止まり、「状況によっては死刑を廃止してもよい」と答えた人が39.6%もいる。したがって無条件存続意見は全体の39.2%(73.8%×53.2%)であるのに対し、条件付きを含めた廃止意見は42.8%(73.8%×39.2%+13.6%)であり、3.6ポイント無条件存続意見を上っている。設問に代替的制度や誤判の可能性を盛り込めば、この差はより拡大することは容易に推測される。

      また1994年6月に朝日新聞が衆議院議員を対象に行った調査では、存続40. 2%、廃止等47.2%であり、1994年7月にNHKが終身刑の創設を条件に廃止の賛否を世論に問うた結果は、廃止反対43%、賛成(含む無条件)47%であった。
    2. (3)規約の適用
      国際人権(自由権)規約委員会は、一般的意見6(6[16],27 July 1982) において「6条2項ないし6項からすると、締約国は、死刑を完全に廃止することを義務づけられているわけではないが、その行使を限定すること、特に『最も重大な犯罪』以外の犯罪に対しては死刑を廃止すること、が義務づけられている。したがって締約国は、このことに照らしてその刑法を検討することを考えるべきであるし、いずれにしても、死刑の適用を『最も重大な犯罪』に限定しなければならないのである。本条はまた、廃止が望ましいことを強く示唆する文言(2項及び6項)で一般的に『死刑』廃止に言及する。委員会は、『死刑』廃止のあらゆる措置が40条の意味における生命に対する権利の享受についての進歩と考えられるべきであり、それについては是非委員会に報告されるべきである、と結論する」と述べる。

      したがって、日本国政府はただちに死刑の定めのある罪を減少させるため、関連法規を修正すべきある。

Ⅱ 死刑執行手続の非人道性(規約6、7、10条)

A.結論と提言


 処刑を本人、家族に事前に告知せず、処刑当日の処刑の1ないし2時間前に告知する取扱いは、非人道的であり、また処刑に対する再審、執行停止、恩赦の申立などの救済手段を尽くす機会を剥奪しているものであり、規約6条4項、7条、10条1項に違反する。よって、法的な手続を尽くすのに十分な期間の前に、少なくとも処刑の1か月前までに本人と家族に対して処刑が行われることとその正確な日時を告知しなければならない。また、高齢者、精神障害のある者に対する執行は規約7条に反するものであり、許されない。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は「主要な懸念事項」(コメント12項)において 「家族に対して処刑を通知しないことは、規約と相容れない、と考える」と述べた。


C.政府の対応および政府報告書の記述


 政府は委員会の重大な懸念にも拘わらず、なんらの措置も採っていない。政府報告 書はこの点に関し、事前の通知は家族に無用な精神的苦痛を与え、最後の面会を許せば確定者の心情に及ぼす影響が大きく平穏な心情を保ち難い。また遺産相続等については予め意思確認をしているので、家族に知らせる必要はない、とする。


D.日弁連の意見


(1)死刑確定者本人に対する告知がないこと


 死刑確定者本人に対する死刑執行の告知は、執行当日、執行の約1時間前に行われ ている。日本においてもかつては、死刑執行の告知が執行の前日までになされ、前夜までに遺言書を作成したり、家族と最後の面会をすることが実現していた。1975年12月7日に東京拘置所で処刑された堀越喜代八死刑確定者は、執行前日に母親と面会している。ところが、それから1ヶ月半後の翌1976年1月22日に同じ東京拘置所で処刑された大久保清死刑確定者に対しては、執行当日の朝、執行を言い渡された。この頃を境に、死刑執行の告知は当日の朝になされるようになった(大塚公子著「あの死刑確定者の最後の瞬間」ライブ出版)。


 1997年8月1日に東京拘置所で行われた執行の場合、隣接舎房に収容されてい た大道寺将司死刑囚は同日朝9時前頃抗議の絶叫を聞き、その声はすぐに、くぐもったものになって聞こえなくなったという(「キタコブシ」71号25頁、27頁)。


 死刑の執行は通常午前中に行われるため、死刑確定者達は毎朝執行の恐怖に晒され る。委員会はEarl Pratt and Ivan Morganv. Jamaica(210/1986 ; 225 1987)における見解(6 April 1989)の13.7項において、執行延期決定が執行予定時間の45分前まで20時間近く確定者に通知されなかったことは、規約7条にいう残虐で非人道的な取扱に当たると判断した。このような、死刑確定者に対する突然の執行告知は、死刑が適用される場合にはその肉体的・精神的苦痛が最小限でなければならないとする国際人権(自由権)規約委員会の一般的意見7(16)(1982年7月17日採択)に反する。


(2)死刑確定者の家族に対する告知がないこと


 死刑確定者の家族に対する事前の処刑の告知は、委員会の勧告後も依然として一切 行われていない。死刑執行が終了した後に、「今朝、お別れをしました」と執行の事実が告げられ、家族に対し遺体引き取りの意思の有無(拘置所の手によって火葬に付してよいかどうか)の確認がなされるのみである。


 政府報告書は、事前の告知を行わないことを正当化するため、遺言書の作成や遺産 についての処理などが、平素から指導されていると主張する。しかし、「遺言」と言われるものの実態は、死刑執行直前にせいぜい数分程度与えられたの猶予の時間に、拘置所職員への伝言によってなされるのが通常である。


 1995年12月21日に処刑された木村修治死刑確定者の場合(*37)と、19 97年8月1日に死刑が執行された永山則夫死刑確定者の場合(*38)の報告もこれを裏付けている。


(3)執行に対する一切の救済手段が奪われていること


 死刑確定者本人及び家族に対する事前の告知がなされないことは、死刑確定者・家 族にとって極めて残酷なものであるばかりではない。死刑確定者に対する外部交通の極度の制限と相俟って、死刑確定者が、家族等を通じて、死刑の執行に対する救済手続を取る可能性が一切奪われていることを示している。このような死刑執行の現状は、「死刑に対する大赦、特赦又は減刑は、すべての場合に与えることができる」とする規約6条4項に明らかに違反する。


(4)無差別の残虐性


 高齢者、精神障害のある者に対する執行の制限がない。1994年3月26日に大 阪拘置所で執行された川中鉄夫確定囚は公判段階から精神分裂病の疑いがあるとされており、確定後病状が進行していた(「死刑に直面している者の権利の保護を確保する保障規定」(25May 1984国連経済社会理事会決議1984/50)の3項、「死刑に直面している者の権利の保護の保障の履行に関する国連総会決議」(1989年)第1項(d))。


 仮に死刑執行が規約上許される場合であっても、家族へ事前通知をしないことは、 最愛の家族を失う心情に対する無感覚と冷酷のみがなしうるところである。


 かかる取扱は残虐な非人道的取扱いであり、第7条、第10条に違反するのみなら ず、家族に対する恣意的かつ不法な干渉であって第17条に違反する。


Ⅲ 死刑事件の手続的保障の欠如(規約14条)

A.結論と提言


>  日本の死刑判決に至る刑事手続は、規約14条3項(b)及び(d)違反であるから死刑確定者に対する執行は直ちに停止されるべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 1993年3月26日に死刑執行が再開されるまで約3年4ヶ月の間、時の法務大 臣の同意が得られず、死刑の執行は事実上停止されてきた。しかし、それ以降、第3回政府報告書の審査のあった1993年には合計7名、1994年2名、1995年6名、1996年6名、1997年4名、1998年(8月現在)3名の死刑確定者に死刑が執行された。この間政府は、死刑判決に至る刑事手続に関する法改正やその検討につき、何らの措置も取っていない。日弁連の要望書(別紙資料参照)に対しても何の応答も行っていない。


C.日弁連の意見


(1)日本では、捜査段階の国選弁護制度がないため、貧困の被疑者が弁護人の援助 を受けられるのは起訴後に限られる。その結果、とりわけ起訴前の弁護が必要とされる死刑求刑があり得る事件についても、貧困者の場合、捜査段階では、弁護人の援助を受ける権利が事実上認められていない。日弁連人権擁護委員会死刑問題調査研究委員会が1992年から1993年にかけて全確定囚56名(1992年11月末現在)に対して行ったアンケート結果(49名から回答)によれば、「被疑者段階で弁護士に接見したことがない」26名(本人と弁護人の回答から算定)、「被疑者段階で弁護士を依頼できると思っていなかった」25名、「もし弁護士と面会できていたら裁判内容に変化があったと思う」18名、との回答であった(「自由と正義」45巻5号)。ところで規約14条第3項は「すべての者」と規定しており、被疑者を除外していない。また委員会は、CarltonReid v. Jamaica(250


 1987)の見解(20 July 1990)の11.5項において、「当委員会が一般的意見6[16]で明らかにしたように、死刑判決は法に従い規約各条に反しない場合に限って認められるとの規定は、例えば独立した裁判所による公平な裁判、無罪推定、弁護のための最低限の保障、上級裁判所による再審理を受ける権利など、各条が定める手続的保障が守られることを意味する」と述べた。また「死刑に直面している者の権利の保護を確保する保障規定」(25 May 1984国連経済社会理事会決議1984/50)5項は「死刑は、公平な裁判を確保するためにすべての可能な保障を与える法的手続をとった後に、権限のある裁判所によって与えられた最終判決に従ってのみ執行することができる。ただし、その保障は、死刑を科すことができる犯罪の嫌疑を受け又はその罪に問われている者が訴訟手続のすべての段階で適当な法的援助を求める権利を含めて、少なくとも市民的及び政治的権利に関する国際規約の第14条に含まれているものと同じでなければならない」と決議している。さらにヨーロッパ人権裁判所は、規約14条第3項(d)と同旨のヨーロッパ人権条約第6条第3項(d)は捜査段階にも適用される、と判断している。


(2)我が国の法制度の下では、起訴後または上訴後国選弁護人が選任されるまでの 間、弁護人がいない期間がある。そのため、弁護人の助言を受けずに死刑判決が確定してしまうことがある。1993年11月に、控訴後国選弁護人選任前に控訴を取り下げて確定してしまったケースがある(牧野正死刑囚)。


(3)我が国の法制度の下では、量刑についても検察官の上訴権を認めているため、 死刑を求めての不利益上訴がある。不利益上訴の禁止、特に死刑を求めての不利益上訴の禁止は、規約の精神から要請されると考えられるが、我が国では実現していない。1997年8月に執行された永山則夫確定囚の場合、控訴裁判所が1981年に無期懲役を言い渡したが、検察官が最高裁に上告し、1983年最高裁がこれを容れて控訴裁判所の判決を破棄した結果、差し戻し審の死刑判決を経て、1990年最高裁で死刑が確定し、1997年執行された。また、無期懲役の控訴審判決に対し、検察官が死刑を求めて最高裁判所に対して上告するケースが1996年以降増加しており、1988年6月現在5件を数えるに至っている。


(4)我が国の法制度の下では、死刑判決に対する義務的(自動的)上訴、確定者の 恩赦・減刑請求(*39)、執行に関して、弁護士の援助を受けること、再審申立があった場合申立または職権による執行停止等は、いずれもが認められていない。また、再審請求については、国選弁護人の支援が受けられない。


(5)死刑事件の弁護活動に経済的な援助を与える法律扶助制度が十分でない。国際 人権(自由権)規約委員会は前記Carlton Reid v.Jamaicaの見解13項で、「当委員会は、殊に死刑事件では、法律援助は、弁護士が正義を確保できる環境で、依頼者のための弁護の準備を可能にすべきであると考える。このことは、法律援助に対する相当な報酬規定ももちろん含む」と述べている。


(6)規約の適用


 国際人権(自由権)規約委員会は、「死刑事件にあっては、規約14条が定める公正な裁判のためのすべての保障を厳格に守らなければならない」と繰り返しのべている。


 以上のとおり、日本の死刑判決に至る手続は規約14条3項(b)(d)に違反しているから、死刑判決の確定者に対し直ちにその執行が停止されるべきである。


Ⅳ 国際人権(自由権)規約第二選択議定書の批准問題

A.結論と提言


日本政府は、直ちに第二選択議定書の批准のための検討に入るべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は第3回審査後のコメント16項において、第二選 択議定書の批准を勧告し、更にコメント18項において「日本が死刑廃止への措置を講ずること・・・を勧告する」と述べた。


 同委員会は、「公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること」に規約違反の懸念を表明した上で(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄が、規約のすべての要件に適合されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。


 同委員会が、代用監獄問題に集約される未決拘禁制度のみならず、日本の刑事司法 全体が規約を貫く被疑者の人権保障の精神と適合していないのではないかと危惧した結果が、このコメントに集約されている。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 しかし政府は第二選択議定書の批准のため何らの措置も取っていない。政府は、国 際人権(自由権)規約委員会による上記勧告の事実を国民に知らせることすらしていない。また執行の停止/禁止に関する措置もなんらとられていない。政府報告書では、死刑廃止問題は国民感情、国内法制に直接関わるので慎重に検討する、と述べて遅延を正当化している。


D.日弁連の意見


(1)しかしながら前述の(本章Ⅰ 死刑の適用状況)世論調査結果が示すものは国 内世論の確実な変化であり、国民感情は議定書批准の障害になるとは言えない。また批准を前提とした場合、国内法制の整備になんらの困難もない。


(2)規約の適用


 国際人権(自由権)規約委員会は一般的意見6(6[16] 27 July 1982) で、「本条はまた、廃止が望ましいことを強く示唆する(2項及び6項)文言で一般的に『死刑』廃止に言及する。委員会は、『死刑』廃止のあらゆる措置が40条の意味における生命に対する権利の享受についての進歩と考えられるべきであり、それについては是非委員会に報告されるべきである、と結論する。委員会は、多くの国がすでに死刑を廃止し、あるいはその適用を停止してしまっていることに留意する」と述べた。


 よって、政府は直ちに第二選択議定書の批准のための検討に入るべきである。


はじめに

国際人権(自由権)規約に基づき提出された第4回日本政府報告書に対する日本弁護士連合会のカウンターレポートは、以下の構成をとっている。 第1章(総論)、第2章 外国人・少数者問題、第3章 刑事手続、第4章 死刑制度、第5章 刑事被拘禁者の処遇、第6章 精神障害者、第7章 女性に対する差別撤廃措置、第8章 子どもの権利のための措置


  1. 第1章の総論部分は、主として国内裁判所における憲法と人権規約の効力の関係、 人権規約の解釈・運用の問題、並びに規約第一選択議定書批准問題等をとりあげ、日本が規約を批准して20年あまりが経過しているのに、何故に規約に規定された権利が実現されるに至っていないか、並びに政府が国際的個人申立手続への参加に消極的な理由等について言及する。
  2. 第2章 外国人・少数者問題では、従前の在日韓国・朝鮮人の人権保障に引き続 き問題があることに言及すると共に、新たに外国人移住労働者に関する退去・強制手続、入管収容所における深刻な人権侵害の実状・問題点を指摘し、アイヌ少数民族への保護措置の進展と問題点の指摘となっている。
  3. 第3章の刑事事件については、前回のカウンターレポートに引き続き「代用監獄」 問題が解決されておらず、人権侵害事例の発生が後をたたない事情を報告すると共に、人権侵害の防止のためには、「起訴前国選弁護制度」の新設、「証拠開示制度」、「被疑者の拘束制度」の見直し、「取調べに対する規制法規」の導入、「人身保護法」の改善、「弁護人の面会」制度の改善を提言する。
  4. 第4章の死刑制度については、制度の現状を報告すると共に、死刑判決に至る刑 事手続が規約の要請を充足しておらず、我が国における死刑執行を停止すべきことを提言し、第二選択議定書批准問題に言及する。
  5. 第5章の刑事被拘禁者の処遇に関しては、引き続き規律秩序中心の処遇の問題点 と実状を報告すると共に、特に外国人被拘禁者の処遇をめぐり、重大な人権侵害事例が多発しており、国際的NGOのレポート等でも大きく取り上げられており、緊急の改善が必要であることを指摘している。
  6. 第6章の精神障害者に関しては、特に1987年に導入された新法との関連で、 強制入院患者の不服申立の規約適合性、手続の有効性について言及し、規約違反の状況が引き続き存在するにもかかわらず、法律改正にあたっては規約が考慮されずにきていることを指摘する。
  7. 第7章の女性に対する差別撤廃措置の項では、女性の地位向上のために取るべき 措置として女性の社会参加の実情を報告し、また、雇用における不平等については、特に1985年に成立し、1997年に改正された雇用機会均等法とその問題点について指摘し、また、夫婦同姓の強制問題、学校教科書における性的平等保障の問題を取り上げると共に、女性に対する暴力の実情を報告し、政府の取るべき措置を提言する。
  8. 最後の第8章の子どもの権利の措置の項では、まず、嫡出でない子の相続分の差 別に言及し、特に前回の審査後に出された最高裁判所大法廷判決に言及し、当該規定が憲法に違反するものではないとしたものの、最高裁判所の多数の裁判官はむしろ立法による解決を支持していることについて解説し、政府の対応を批判する。また、嫡出でない子の出生届・戸籍による表示問題も取り上げている。次に、子どもの国籍問題を取り上げ、無国籍児の発生の防止や国籍取得における差別防止に言及する。最後に、子どもに対する虐待の問題を取り上げている(なお、本年は子どもの権利条約について日本政府の第1回報告書の審査が行われ、子どもの権利委員会で詳細な検討が行われた関係で、本項の記載は簡略なものとなっている)。

第1章 総論

Ⅰ 「公共の福祉」(規約5条)

  1. 結論と提言
    国が、「公共の福祉」を理由に規約上の権利を制約する取扱いをしているのは、具体的権利を保障する規約の各条項に違反する。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は、コメントにおいて、「公共の福祉」による権利 の制限について、「さらに、日本国憲法第12条及び第13条の「公共の福祉」による制限が、具体的な状況において規約に適合したかたちで適用されるものであるかどうか、も明瞭ではない。」(コメント8項)、「当委員会は、表現の自由の権利の尊重に関して、法律や判決の中には制限的なアプローチをしているものがあることを残念に思う。」(コメント14項)という指摘を行っている。とりわけ審査の中で委員が問題としていたのは、公共の福祉の内容が不明確であり、そのことが権利の保障の不確実性をもたらす可能性があるということであり、また、「公共の福祉」による権利の制約が、規約の認める権利の制約以上のものとなっているということであった。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文1-2頁、英文1-3頁)
    日本政府は、第4回政府報告書において、人権は、「基本的人権相互間の調整を図る内在的な制約理念により一定の制限に服することがある旨を示す」のが憲法13条であるとし、他人の名誉を毀損する言論が犯罪として処罰されることがある例をひいて、これが「公共の福祉」によるものであると説明し、さらに「そもそも他人の人権との衝突の可能性のない人権については『公共の福祉』による制限の余地はない」とする。また、「公共の福祉」による人権の法令等による規制の範囲についても、営業の自由等の経済的自由の規制については立法府の裁量が比較的広く認められるのに対し、精神的自由を規制する法令等については厳格な基準が用いられていると判例の立場を紹介し、「公共の福祉」の概念の下、国家権力により、恣意的に人権が制約されることはあり得ないとした上で、「公共の福祉」の概念の具体化による制限の内容は、実質的には自由権規約による人権の制限事由の内容とほぼ同様なものとなっている、としている。
  4. 日弁連の意見
    1. 「公共の福祉」概念による人権の制限は、人権相互間の衝突を調整するものばかりではなく、さまざまな国家的利益を理由とした国家権力による基本的人権の制約原理として、実際に運用され機能している。
      例えば、我国に在留する外国人について指紋押捺制度を定めた外国人登録法の規定につき、「何人もみだりに指紋の押捺を強制されない自由」があるが、これに対する制約は憲法13条の「公共の福祉」のために許されると判示した最高裁判決(最高裁第三小法廷1995年12月15日判決)は、その理由として以下のように述べている。「しかしながら、右の自由(何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由)も、国家権力の行使に対して無制限に保護されるものではなく、公共の福祉のため必要がある場合には、相当の制限を受けることは憲法13条に定められているところである」、指紋押捺制度は、「本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという目的」を有し、「戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な方法として制定され」「その立法目的は十分な合理性があり、かつ、必要性も肯定できる」として、「公共の福祉」による制約を是認している。
      ここでの「公共の福祉」の具体的内容は、他人の権利や安全の確保ではなく、「在留外国人の公正な管理」という国家的利益であることは明らかである。
    2. 「公共の福祉」(Public welfare)という語の通常の意味には、社会の安全、秩序、道徳等に関する社会一般の利益が含まれているが、憲法の規定には「公共の福祉」を定義する条項はなく、また、最高裁判所をはじめとする裁判所の判例にも明確に「公共の福祉」の定義にふれたものは見出だせない。
      従って、「公共の福祉」の意義は、法規上も判例上も明確なものとはなっていない。 「公共の福祉」によって規約上の諸権利に対する規制を認めることは、極めてあいまいな概念に基づき権利の制限を認めることとなり、「法」に要求される権利制限の予測可能性を困難ならしめる点で極めて問題である。

Ⅱ、平等原則と「合理的」差別の許容(規約2条、26条)

  1. 結論と提言
    国が「合理的差別」であるとして、規約に反する立法を合法化していることは、規約2条1項及び26条を実質的に無効化するものであり、規約に反する。かかる差別の容認は直ちに是正されるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は、直接には日本における、特に裁判所における 「合理的差別」の概念の恣意的解釈・運用に言及してはいないが、婚外子に関する相続分差別、旧日本軍の軍務についた韓国・朝鮮や台湾出身者の恩給に関する差別及び永住外国人の証明書の常時携帯の問題など、日本におけるさまざまな差別の存在に憂慮を表明し、その是正を勧告している(コメント9項、10項、11項、17項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文6、54頁、英文11、96頁)
    政府は第4回報告書の中で、婚外子の差別については、「嫡出である子と嫡出でない子との法定相続分に差異を設けることが直ちに嫡出でない子を不合理に差別するものとは考えない」とし、旧日本軍人の恩給差別については一切の記載がなく、法改正もない。また、永住外国人の証明書常時携帯については、その立法目的について指摘し、外国人登録制度の抜本的見直しの一環として政府内において検討中と記載するにとどまっている。
  4. 日弁連の意見
    1. このような政府の対応並びに報告書の記載の根拠には、以下のような最高裁判所の「合理的差別」論が存在する。
      最高裁判所は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」との憲法14条1項の規定における「人種」「信条」「性別」「社会的身分」「門地」について、限定的列挙ではなく例示にすぎず、これらの事由による「差別」であっても合理的理由があれば許されると解し、これを「合理的差別」として許容している。
    2. しかしながら、最高裁判所の判例において、何が「合理的差別」なのかを明確に定義したものはなく、あまりにも漠然としており、司法審査の基準とはいえないとの批判がある。そればかりではなく、最高裁判所は「合理的理由」として規約に反する理由であってもこれを是認し、また、当事者の規約違反の主張があっても規約適合性についての具体的検討を行わないで「合理的差別」を是認している。
      例えば、婚外子の相続分差別に関する最高裁判所1995年7月5日付の決定(大法廷)は、民法900条4号但書の規定につき、「本件規定の立法理由は、法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに、他方被相続人の子である非嫡出子の立場にも配慮して、非嫡出子に嫡出子の2分の1の法定相続分を認めることにより、非嫡出子を保護しようとしたものであり、法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。」「現行民法は法律婚を採用しているのであるから、右のような本件規定の立法理由にも合理的根拠があるというべきであり、本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1としたことが右立法理由との関係において著しく不合理であり、立法府に与えられた合理的裁量判断の限界を越えたものということはできないのであって、本件規定は合理的理由のない差別とはいえず、憲法14条1項に反するものとはいえない。」として是認しながら、一方当事者が同規定は規約24条及び26条に反するとの主張を行ったにもかかわらず、一切規約適合性の有無につき判断しなかった(判例集に引用されている当事者の主張からも、規約違反の主張部分は削除されている。)
      また、恩給差別については、台湾出身者に関する1992年4月28日最高裁判所第三小法廷判決において、「・・台湾住民である軍人軍属に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり、そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。したがって、本件国籍条項により日本国籍を有する軍人軍属と台湾住民である軍人軍属との間に差別が生じているとしてもそれは右のような根拠に基づくものである以上、・・憲法14条に違反するものとはいえない」として、合理的理由に基づく差別であるとして許容し、上告人の規約26条違反の主張については一切判断していない。
    3. このように、最高裁判所は「合理的差別」であるかどうかの判断については、 当該立法の規約適合性を全く判断の基準としていないことに加え、規約の下では許容されないような差別を「合理的差別」として是認している。政府の「不合理に差別するものではない」との主張は、このような最高裁判所の判断を根拠とするものであるが、このような差別が許容されるならば、規約2条、26条の保護は全く実効性のないものとなってしまう。政府は、上記の各事例については直ちに立法による是正措置をとることはもちろん、その他の諸立法についても、規約に適合するといえるかどうか直ちに再検討し、規約に反する疑いがあれば立法その他の是正措置を講ずるべきである。

Ⅲ 規約の効力(規約2条)

  1. 結論と提言
    規約2条2項及び3項による実効的保障を確保するため、規約で保障された権利については、その自動執行性や即時実施義務を認めるとともに、終審裁判所である最高裁判所において司法的判断や救済を受けることができるように、刑事訴訟法や民事訴訟法の改正など必要な立法的措置を行うべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    国際人権(自由権)規約委員会は、「規約の効力」について、第3回政府報告書の審査の結果のコメントにおいて、「当委員会は、規約が国内法と矛盾する場合に規約が優先するものであることが明瞭ではなく、また、規約の条項が日本国憲法のなかに十分に包含されていない、と考える。」(コメント8項)という指摘を行っている。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文2頁、英文3頁)
    これに対して、第4回政府報告書は、「本規約と憲法を含む国内法との関係」の項 において、条約の規定を直接適用し得るか否かについては、具体的場合に応じて判断すべきものであるとの国際公法の一般論を述べるにとどまり、規約自身や規約のどのような条項が直接適用できるかできないかについて、政府の見解を明らかにしていないし、また、規約2条に基づく規約の即時実施義務との関連につき、何ら検討していない。このような政府の態度のため、規約批准後20年近く経過した現在においてさえ、個人が規約の直接適用、または規約に基づく立法措置等により、規約の各条項に基づく権利保障を、具体的に享受できるのかどうかという点について、不安と疑問を残したままとなっている。また、政府報告書は、憲法と規約との関係について、人権保障の範囲は実質的にはほぼ同様なもので、両者の抵触の問題は生じない、との誤った理解を前回の報告に引き続いて行っている。
  4. 日弁連の意見
    1. 日本政府は規約の自動執行力や即時実施義務について明確な態度をとっていない。
      日本政府は、規約の諸規定が原則的に自動執行力を有し、また、そうでない場合 でも、規約2条に基づき即時実施義務を負っており、立法その他の措置を講じて、規約に規定された諸権利を実効的に保障しなければならないのに、この点に関する明確な認識を欠いている。
      日本法の通説的な理解においては、国会が批准した条約は、憲法には劣後するが、 他の国内法には優先する国内法的効力を持っている。そして、国際人権(自由権)規約は、日本法の一部であり、裁判規範となり、かつ、法律に優位するので、国際人権(自由権)規約に合致しない国内法は無効とされるか、改正されなければならないとするのが、第1回政府報告における日本政府の立場でもあった。
      ところが、日本政府第3回報告書審査における政府の答弁は、「しかしながら、個 人はB規約上の権利を有してはいるが、各締約国が規約2条の趣旨に従って立法措置等を行い、国の国内法上の義務を明確化するまでは、国に対して、B規約のみを根拠として不作為を具体的に問題とすることができない、と解しております。」と述べて、国に作為を命ずる規約の自動執行性や、即時立法その他の措置をとる義務を否定するかの如き見解を示している。
      このような日本政府の立場は、国際法や条約の効力についての一般論を述べている にすぎない。規約が国内法として一般的に受容される法体制の下では、規約2条の規定によって即時実施義務を課せられているのであるから、原則として自動執行性が認められるべきであり、そうでなくとも、即時に立法その他の措置が取られない場合、その不作為について違法であることが確認され、救済がなされるべきである。しかるに、日本政府は批准後20年近く経過した後においても、その義務違反を認めていない。
      例えば、捜査当局が弁護人と刑事被疑者との面会を制限したことの適法性が争われ た事件(福岡高等裁判所1988年(ネ)第386号、第390号事件・1994年2月21日判決)において、政府は、「同規約14条はいわゆる自動執行的な条項ではなく、自由権の範疇に属する権利の具体的範囲については法律で明確化されるべきものである。」と主張している。(*1)
    2. 一般的には未だ最高裁は規約適合性の判断を法的に義務づけられていない。
      日本の訴訟法上、民事事件においても刑事事件においても、規約に違反するという主張が適法な上告理由となされていない。そのため、個人が規約違反を主張して最高裁判所に上告あるいは抗告しても、最高裁判所が規約違反の点について何らの判断を加えることなく、上告・抗告を棄却するという例がある。
      刑事事件については、従前から上告理由が厳格に憲法違反に限られているので、最高裁判所において規約違反の主張は、一般的に、「実質は単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当たらない」と判断され、規約の適合性について何らの判断も示されない。
      民事事件については、1997年12月31日までは、憲法違反に加えて重大な法令違反も上告理由とされていたので、最高裁判所は規約違反の主張に対して判断を行う場合もあれば、判断を行わない場合もあった。しかし、民事事件についても、1998年1月1日に施行された民事訴訟法改正により、上告理由は原則として憲法違反に限られることになったので、刑事事件同様に最高裁判所が規約違反の点について、一切判断を行わなくなる可能性がある。
      以上のように、規約上の権利について最高裁判所による救済の可能性が制度上保障されていないことは、規約2条3項(b)に違反する。
    3. 裁判所が真剣な規約適合性の判断を行っていない場合が多い。
      規約に違反するとの主張に対し、日本の裁判所は、一般的、抽象的には規約に自動執行性や裁判規範性を認めているものの、殆どの場合、その具体的判断においては、規約で保障された個人の権利を認めていない。
      すなわち、多くの裁判例においては、裁判所は、規約の文言をウィーン条約法条約の条約の解釈方法に関する規定や国際人権(自由権)規約委員会の一般的意見や見解を考慮することなく、憲法も規約も同じであり、憲法に違反しないのと同様に規約にも違反しないとする判断を重ねる例が多い(ただし、注1にあげたように、近年はウィーン条約法条約に基づく解釈や国際人権(自由権)規約委員会の一般的意見、さらにヨーロッパ人権裁判所の判例等を参照して、規約の解釈を展開し、規約違反を認定する下級審裁判所も出てきている)。
      例えば、最近の裁判例では、指紋押捺制度に関する東京高等裁判所の判決において、「・・・外国人といえども指紋押捺を合理的な理由もなく強制されない権利は、憲法13条の上から保障されているものといえようが、個人の有する右自由も、公共の福祉のために必要がある場合には、相当の制限を受けることは同条の規定の上からも明らかであって、本件当時の外国人登録法上の指紋押捺制度は、前記立法目的、趣旨に照らし、十分な必要性と合理性があったことが肯認され、・・・同制度が憲法13条、14条1項ないし国際人権規約7条、26条等に違反するものであったとは、到底考えられない。」と判示する(東京高等裁判所1992年4月4日判決)。また、弁護人と勾留されている被告人とが、法廷内でメモのやり取りをすることについて、メモを見せ合うことは認めるが、相手の用紙に書き込むことは認めない等の制限を裁判所が課したこと、及び弁護人と勾留されている被告人との間の信書が監獄法施行規則130条1項に基づいて検閲されたこと等が国際人権(自由権)規約14条3項(b)及び(d)等に違反するとして、弁護人が国家賠償請求訴訟を提起した事案において、第一審裁判所は、「同規約において保障されている権利も、同規約の規定の文言や趣旨、同規約5条1項などに照らして、絶対的かつ無制約なものではなく、権利に内在する合理的制約に服することを当然の前提としている」、「同規約の規定は、憲法に比して詳細かつ具体的な文言とはなっているものの、その趣旨において憲法による保障と異なるところはないと解されるから、同規約により(被告人と弁護人との間の自由かつ秘密の)コミュニケーションの権利が保障されているとしても、前示のとおり憲法上右権利が一定の制約に服するのと同様、同規約の上においても前示のとおりの一定の制約に服する」と判示した(浦和地方裁判所1996年3月22日判決)。またその控訴審でも、「同規約14条3項(b)、(d)及び17条による権利も絶対、かつ、無制約の権利ではないこと…は、原判決が…説示するところと同じである」として、第一審の判断をそのまま肯定した(東京高等裁判所1997年11月27日判決、なお本件は現在上告中)。
    4. このように、日本においては規約が真に国内法として機能しているとはいえない。 速やかに規約の実効的な実施が図られなければならない

Ⅳ 国際人権(自由権)規約第一選択議定書批准問題

  1. 結論と提言
    司法権の独立など日本政府が第一選択議定書を批准しない理由には合理性がなく、直ちに第一選択議定書を批准すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    日本政府が第一選択議定書を批准しないことに理由がないことは、第3回報告書の 審査においてすでに明らかにされた問題である。第3回報告書の審査においては、多数の委員が、選択議定書に対する日本政府の態度について質問を重ね、また最終発言において日本政府に選択議定書の批准を求めた。その内容は、プラド・ヴァレホ委員の「他の委員と同様、選択議定書を未だ批准していないことを残念に思います。選択議定書を批准しないことに関して、報告書は何らの正当事由を提供していない、と思います。」という発言に要約される。そして審査の結果、国際人権(自由権)規約委員会は、「当委員会は、日本が、市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書を批准すること、を勧告する。」(コメント16項)とのコメントを行った。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文12頁、英文21頁)
    1. 第4回政府報告書の記述
      日本政府の第4回報告においては、第3回の審査以来の5年間での検討結果を何ら 述べていない。この政府報告の英文版は、選択議定書批准における問題点として、"However,Japan faces problems yet to be solved for ratification, being concerned about how to harmonize this system and the Japanese judicial system,inparticular maintaining the independence of the judiciary."と述べ、問題点が「この制度と日本の司法制度との調和」であると曖昧化されている。しかし、この報告書の日本語版は同じ部分で、「締結に関し、特に司法権の独立を侵すおそれがないかとの点も含め我が国司法制度との関係等慎重に検討すべき問題がある」(第2条 人権諸条約との締結(b))として、問題は「司法権の独立を侵すおそれ」としている。これは第3回の報告の内容の繰り返しにとどまり、何らの前進もそこにはない(*2)。
    2. 過去10年余りの日本政府、最高裁判所、日弁連の対応
      選択議定書批准問題に関する日本政府の国内での対応は、何ら積極的なものではな く、逆に選択議定書の批准を求める内容の国会での議員の質問に対して、選択議定書を批准しない理由について以下のような答弁を繰り返してきた。
      1. 「実効的な制度であるか否か疑問なしとしない」 (1986年)
      2. 「実効的な制度として機能するかどうか、国内法との関係-たとえば司法権の独立との関係でどうなるかの問題があり、各国の運用状況を見極めたい」(1988年)
      3. 「実効的・有効的であるか、国内法との体系-たとえば司法制度等の関係に配慮して検討する必要がある」 (1990年)
      4. 「司法権の独立、三審制度など司法制度との関係を慎重に検討すべきであり、制度の濫用のおそれ、あるいはわが国の実情を踏まえて審理が尽くされるか自信が持てない」(1991年)
      5. 「場合によっては憲法を含めてわが国の国内法制上、本当にぎりぎりどこに問題があるのか関係省庁と詰める作業をしている」 (1992年)
      6. 第3回政府報告審査の後も、同旨の答弁を繰り返している。例えば、
      7. 「日本国内の司法権の独立、これの関係の調整がいまだ政府部内において見られていない」 (1994年)(*3)
      日本政府は、10年近く前から司法権の独立との関係を検討する必要がある旨、繰り返し答弁しているのであるが、その検討結果がどうなったのかという点について、なんら進展のある回答を行っていない。しかしこの間の論議を通じて、「司法権の独立」に当事者として最大の責任を負う最高裁判所は、第一選択議定書の批准になんら異議を表明せず、他方で、日本の弁護士の唯一の全国的強制加入団体である日本弁護士連合会は、第一選択議定書は「司法権の独立」との関係ではなんらの問題も生ずることなく、むしろ積極的に批准すべきであることを繰り返し声明している(*4)(*5)。
    3. 最近の注目すべき日本政府の対応
      このように、日本政府は、約10年前からずっと第一選択議定書の批准が日本の司法権の独立との関係で問題を生じる可能性があると主張しつづけてきていたが、司法権の独立とどのような問題を生じる可能性があるのか具体的な主張は殆ど行っていなかった。
      しかし、本年6月9日に政府が参議院に対して行った答弁(*6)は、おおよそ、次のような説明を行った。
      1. 司法権の独立を侵すおそれがある
        第一選択議定書によれば、国内的救済が尽くされていなくても、国内的救済が不当に遅延した場合には、国際人権(自由権)規約委員会は当該通報を審議できるとしている。そうすると、同委員会が、日本で実際に訴訟継続中の具体的事件について一定の判断を示すことがあり得るので、その判断に法的拘束力がないとしても、担当裁判官の審理、判断に影響を及ぼすおそれが考えられ、この点で、司法権の独立を侵すおそれが考えられる。
      2. 委員会の許容性に関する見解には疑問がある
        (a)に関連して、国際人権(自由権)規約委員会が個人通報を審理した例の中で、例えば次の2例に関しては、国内的救済が尽くされたかどうか又は国内的救済が不当に遅延したかどうかに関する委員会の見解について疑問がある。
        1. 1984年7月25日に採択された通報番号1982年第131号、通報者エヌ・ジー、関係当事国ウルグアイ東方共和国に関する見解において、同国裁判所での手続が係属中であったにもかかわらず、当該通報の受理について許容性を認める判断をしている。
        2. 1994年7月15日に採択された、通報番号1990年第417号、通報者マニュエル・バラゲール・サンタカーナ、関係当事国スペインに関する見解においては、同国裁判所での第一審判決が、提訴から数年を経過した後においても示されていないことについて、裁判が著しく遅延している事例に当たるとして、当該通報の受理についての許容性を認める判断をしている。
      3. (a)以外の問題点
        1. 一事不再理規定がないことから乱訴を防止するための歯止めがなく、従って、濫用のおそれが否定できない。
        2. 現在の我が国の訴訟手続きに基づく救済手続の体系に混乱をもたらすおそれがある。
  4. 日弁連の意見
    1. 最近の日本政府の対応に対する日弁連の反論
      このような日本政府の主張は、誤解に基づくものであるか、または合理性が認められない。
      1. 司法権の独立を侵すおそれがあるとする点について
        日本政府は、国際人権(自由権)規約委員会は、現に訴訟継続中の具体的事件につ いても判断を示す可能性があるから、そのような場合には司法権の独立を侵すおそれがあると主張する。
        しかし、現に訴訟継続中の事件について、委員会が判断を示す可能性があるのは、 国内的救済が「不当に遅延」した場合だけである。しかも、委員会の示した先例によれば、そのような遅延は、被害者の責めに帰せられるものでも、事件の複雑性によるものでもないことが要求される(No.336/1988事件の見解)。そして、裁判所に訴訟が係属してはいるものの、それが被害者の責任にも事案の複雑性にもよらないで、不当に遅延している場合には、司法による救済手段が実質的には機能していないと言えるのであるから、国際機関により救済されなければ、当該被害者の人権を救済することは事実上不可能となってしまう。そして、そもそも司法の独立が憲法上保障されているのは、裁判所が行政や立法という他の国家機関から独立することにより十全な人権救済を行うことを目的とするのである。とすれば、裁判所が人権救済手段として実質的には機能していない場合についてまで、その独立を尊重しなければならない理由は見当たらない。
      2. 委員会の許容性に関する見解に疑問があるとする点について
        日本政府は、前記2例について、許容性を認めた委員会の見解に疑問を呈している。 しかし、これらは日本政府の右見解に対する誤解から生じるものと思われ、何ら合理性のある疑問ではない。
        1. 通報番号1982年第131号事件とは、逮捕され、勾留された被害者に対し、家族を含めた外部との連絡が8ヶ月間遮断され、かつその間に拷問が行われたとして、通報がなされた事案である。確かに逮捕・勾留の理由となった刑事訴訟についてはまだ継続中であったが、勾留に対しては、人身保護請求等が行われていたことから、委員会は、利用可能で効果的な国内的救済を尽くしたものと判断したものである。この点に関し、委員会は、関係当事国であるウルグアイ政府に対し、被害者が尽くすべき効果的な国内的救済が他に存在するのかどうかについての照会を行ったが、同政府からは明確な返答がなかったのである。
          このように、国内的救済が尽くされているかどうかの要件について判断するに当たっては、委員会は、関係当事国政府に対し、当該被害者が尽くすべき利用可能で効果的な国内的救済の存在について意見を照会しているのが常であり、本件においても、ウルグアイ政府が説得的な情報を提供できれば、国内的救済が尽くされていないとして許容性が否定された可能性もあるであろう。仮に日本が関係当事国となった場合でも、利用可能で効果的な国内的救済に関して日本政府が主張する機会が与えられるのであるから、本件のようにその機会を十分利用しなかった例を挙げて、国内的救済が尽くされたかどうかに関する委員会の判断に疑問を呈するのは的を外れていると言わざるを得ない。
        2. 通報番号1990年第417号事件とは、ある男性が、別居している1歳の娘 に対する親権及び面接交渉権を求めて司法手続を行ったが、手続開始から5年以上経過しても司法的判断が示されていないとして、その男性自身及びその娘を被害者として通報を行った事案である(*7)。委員会は、右手続の遅れには被害者である男性自身の責任もあるが、子に面接する権利及び親権という事案の性質、及び訴訟手続係属中は面接交渉を行うことができない状況にあることに鑑みると、とりわけ面接交渉権に関する最終的判断を待つように期待することは不合理であるとして、第一選択議定書5条2項(b)に言う「救済が不合理に遅延した場合」に照らし、許容性が認められると判断した。
          この事件は、訴訟手続の遅延について、被害者である父の責任がある程度認められる事案であったが、父と子の面接交渉の問題は、父の権利の問題である以上に、子の権利の問題であるところ、もう一人の被害者である子については、手続の遅延について何らの責任もないこと、及び子は日々成長するものであり、父の情愛を受けて成長する子の権利という観点から見た場合に、緊急性が高いと判断されること、からすれば、1歳の子に対する面接交渉等の問題が、訴訟手続開始から5年以上経過しても判断が示されていないという状況について、「不当な遅延」であるとした委員会の判断には何らの問題もない。
      3. 司法の独立を侵すおそれ以外の問題点について
        日本政府の言う、一事不再理規定がないから濫用のおそれがあるとする点について は、通報権の濫用でないことが許容性の要件とされており(第一選択議定書3条)、一事不再理規定も右要件の中に読み込まれていると解されるのであるから(No.72/1980事件の見解(*8))、全くの杞憂というほかない。
        また、現在の日本の訴訟手続に基づく救済手続の体系に混乱をもたらすとは、具体的にどのようなことを指しているのか必ずしも明らかではないが、原則として国内的救済が尽くされている場合にのみ委員会の見解が示されることからすれば、そのような混乱は起こり得ない。何らかの誤解による主張であると思われる。
    2. 第一選択議定書の批准の必要性
      人権侵害の被害者自らが国際機関に苦情を提起し得るとする、第一選択議定書の規 定する個人通報制度が、人権保障を実現するために実効的な制度であることは、欧州人権条約、米州人権委員会での実績に鑑みても明らかである。日本政府が主張している、司法権の独立を侵すおそれ等は、いずれも合理性が認められない。国会も、1979年に自由権規約を批准する際、第一選択議定書の批准に向けても積極的に検討を進めていく旨の附帯決議を行ったことに鑑みても、直ちに第一選択議定書を批准すべきである。

Ⅴ 拷問等禁止条約の批准問題

  1. 結論と提言
    日本政府は拷問等禁止条約を一切の留保なく、また条約22条に定める個人通報の制度を含めて批准すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容
    拷問等禁止条約の批准は国際人権(自由権)規約委員会の日本政府に対する第3回 審査時における勧告の主要な事項の一つである(コメント16項)。また、1998年1月に来日したメアリー・ロビンソン国連人権高等弁務官も同条約の批准を日本政府に強く求めた。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文12頁、英文21-22頁)
    拷問等禁止条約の批准が遅れている理由について、第4回政府報告書は次のように 説明している。「政府として残虐かつ非人道的な拷問を世界的に禁圧するとの本条約の趣旨は十分理解している。他方、現在、本条約の内容につき検討しているところであるが、その実効性等について更に慎重に検討する必要があると考えている。」
  4. 日弁連の意見
    1. 批准の障害
      1. 拷問等禁止条約は1987年6月に発効し、現在締約国は102ヶ国に達している。 アジア地域でも韓国や中国は同条約を批准している。
      2. 日弁連と外務省とのこれまでの対話によれば、政府報告書が実効性について疑問を 提起しているのは、条約7条の定める普遍的管轄権の問題であると思われる。この規定は例えば日本人が日本で中国の人に拷問を行い、その後フィリピンに行ったとしても、フィリピンでも罰せられるという規定である。
      3. 日弁連は1997年5月19日ベント・ソレンセン氏を招いて第4回国際人権セミ ナーを開催した。ソレンセン氏は拷問等禁止条約に基づいて設立されている拷問禁止委員会(CAT)とヨーロッパ拷問防止委員会(CPT)のメンバーを兼ねられている。同氏が滞日中に外務省人権難民課に条約の早期批准を申し入れた。その際に外務省が述べた批准の障害は7条の普遍的管轄権の問題である。
      4. 外務省はこの条項をどういうふうに適用するのか、他の国で行われた拷問について、 その国からどうやって証拠を入手すればいいのかについて疑問を提起している。
      5. しかし、ソレンセン氏が正当に指摘するように、普遍的管轄権の問題は条約にとって象徴的な意味を持つものであるが、その適用例の報告はなく、同条項の実効性を慎重に検討するため早期批准ができないという外務省の見解は、条約の批准をこれ以上遅らせる正当な理由であるとは考えられない。1998年1月、メアリー・ロビンソン国連人権高等弁務官が来日し、法務省・外務省を訪問して拷問等禁止条約の早期批准を求めた。これに対して、政府は「前向きに検討する」と答えている。
    2. 批准の意義
      1. 条約には政府報告書の審査(19条)、尋問規則などの再検討(11条)、拷問な どの防止のための公務員の研修(10条)、難民についてのノンルフールマン原則の確認(3条)の規定など被拘禁者の状況の改善のための有意義な規定が多く含まれている。日本政府が同条約の批准を行うことは、批准が遅れているアジア地域の批准を進める上でも大きな意義がある。

Ⅵ 法執行機関による暴行事件に対する対処状況及び再発防止策

  1. 結論と提言
    法執行機関による暴行事件に対する効果的な救済手段が存在していない。
    1. 付審判制度については、検察官役弁護士の権限の強化を図るべきである。
    2. 検察審査会については、審査会の「起訴相当」との議決が再捜査後に再度行われた場合には、検察官の起訴を義務付けるべきである。
    3. この種の人権侵害について、法執行機関から独立した効果的な救済手段を設けるべきである。
  2. 第4回政府報告書の記述(和文24頁、英文40頁)
    捜査活動等に係わる法執行官による「暴行・陵虐行為」事件の発生は極めて稀であり、このような事件は刑事罰の対象となるばかりではなく、厳重な懲戒処分の対象となるとしている。
  3. 日弁連の意見
    1. 公務員の職権濫用事件は決して稀なものとはいえない。被害者等が警察や検察に対して告訴・告発したのに、検察官が不起訴処分にしたことを不服として、告訴・告発人が裁判所へ付審判請求(刑事訴訟法262条以下)した相手方の公務員の人数は毎年数百人(1994年442人、1995年700人、1996年241人)であり、1949年の制度発足以来1996年までの累計は14,647人に上っている。しかしながら請求が認められ刑事裁判に付されたのはわずかに17件であり、公務員の数にして18人(内訳、警察官16人、刑務所職員1人、裁判官1人)にすぎない。付審判請求が認められ裁判が開始された17件のうち現在継続中の2件を除くと、有罪となったもの7件、無罪7件、公訴時効を理由とする棄却1件である。付審判請求が認められたのは全体のわずか0.1%強にすぎないし、有罪判決の言い渡されたのは.0.05%弱にすぎないのである。
    2. 付審判許容率や有罪率の低さをもって公務員の職務は適正であり検察官の不起訴処分は適正に行使されている証拠とする主張が政府側から主張されているが、これは状況を正確に反映していない。告訴・告発の代理人をつとめた弁護士からの報告によれば、警察が証拠を隠したり、警察や検察が、警察官の処罰を免れさせるために捜査を熱心に行わなかったり、犯罪立証の証拠より警察官の行為の正当であったことを示すことのみに捜査の重点を置いたりした不公正な捜査が行われているとの報告が寄せられている。また刑事裁判が開始されても、警察は検察官役の弁護士に敵対し、協力せず、その捜査を妨害したりする例が報告されているし、反対に被告人となった警察官を警察が組織として全面的に援助した例も報告されている。
    3. 検察審査会の議決については、検察官はこれを尊重して、捜査をやり直さなければならないとされている。しかし、十分な捜査が行われず、結局不起訴のままとなっている場合も多い。
    検察官が再捜査して不起訴とした場合に、再度、検察審査会への審査申立がなされ、再度「起訴相当」の議決がなされたような場合は、検察官の起訴を義務付け、裁判所の判断に委ねることとしなければ、制度の実効性を欠くものと言わざるをえない。

Ⅶ 人権擁護機関

  1. 結論と提言
    我が国の人権保障メカニズムの中心である人権擁護機関は、行政からの独立性がなく、人権擁護委員の制度は、民間のボランティアによって支えられており、名誉職的色彩が強く、高齢化や女性の割合が低いという問題があり、複雑化・高度化・悪質化をみる現代の人権侵犯事件に適切に対応することが困難である。
    政府は、早急に、「国家機関(国内人権擁護機関)の地位に関する原則」(パリ原則。総会決議48/134)に沿った行政機関から独立した国内人権機関の設置を検討すべきである。
  2. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文2-4頁、英文3-7頁)
    1996年12月、(i)人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育と啓発に関する施策と、(ii)人権が侵害された場合の被害者の救済に関する施策を推進することを国の責務とする(人権擁護施策推進法第2条)「人権擁護施策推進法」が制定され、同法に基づき「人権擁護推進審議会」が設置された(「審議会」。同法第3・第4条)。そして、1997年5月の第1回審議会において、(1)上記(i)の施策の総合的な推進に関する基本事項と、(2)上記(ii)の施策の充実に関する基本事項が、諮問された。審議会では、第1期(1997年5月から1999年3月まで)を上記(1)の検討に、第2期(1999年4月から2002年3月まで)を上記(2)の検討に充てる予定になっている。
    第4回政府報告書には、人権擁護機関による人権保障のメカニズムにつき、人権相談、人権侵犯事件の調査処理、子どもの人権相談委員制度について記述があるが、表面的記載にとどまっている。
  3. 日弁連の意見
    1. 我が国の人権擁護機関について
      我が国の人権擁護機関は、法務省人権擁護局とその下部機関である法務局及び地方 法務局・支局を中心として人権擁護行政がなされ、これを補完するものとして人権擁護委員の制度が設置されている。しかし、この制度には以下のような問題がある。
      1. 人権擁護行政を担う法務省人権擁護局の幹部(総務課長・調査課長、法務省組織 令第1条以下)には検察官が充てられ、法務局の職員は戸籍・登記業務に従事する者の兼務が多い。人権擁護の本旨が、国や行政に対する人権の擁護であるのであれば、人権擁護機関は、行政から独立したものにすべきである。
      2. 人権擁護委員は、民間のボランティアであり、その人選は、市町村長の推薦した者の中から弁護士会の意見を聴いたうえで法務大臣が委嘱することになっている。しかし、実際は、その人選は、地方の名士についてなされ、名誉職的色彩が強い。また、平均年齢は60歳を越えており、女性は約20パーセントと低率である。このような人選の人権擁護委員では、複雑化・高度化・悪質化をみる現代の人権侵犯事件に適切に対応することは困難である。
      3. 人権侵害に対しても、勧告や説示等総じて加害者の説得・指導に止まり、直接侵 害行為を停止させる法的強制力がない。
      4. 1993年度に政府(総務庁)が行った「同和地区全国実態把握等調査」による と、人権侵害への対応として、「法務局又は人権擁護委員に相談した」割合は、僅か、0.6パーセントであり、人権侵害事犯に対して機能していないことが明らかである。
      5. 法務省が1996年度に設置した「子どもの人権専門委員」も、上記(a)に記 載したような、人権擁護機関の枠組みの中で選任されており、もっぱら子どもの利益・権利のための監視機関として設置された行政から独立した第三者機関ではない。また、委員は、上記(b)に記載したような人権擁護委員の中から選任されており、子どもの利益・権利擁護のために充分機能するか否か疑問である。これらの点について、国連の子どもの権利委員会は、1998年6月、日本政府の第1回報告書総括所見において、「子どもの人権専門委員による監視制度は、現状では、政府からの独立性の欠如並びに子どもたちの権利の効果的な監視を全面的に確保するのに必要な権威及び権限を欠如していることに留意する。」(10項)と述べ、独立した監視機構を設置するために必要な措置をとるよう勧告している。
    2. 人権擁護施策推進法及び人権擁護推進審議会の活動
      同審議会にも、以下のような問題がある。即ち、人権擁護施策推進法及び同法に基づき設置された審議会の機能は、(i)人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育と啓発に関する施策の推進と、(ii)人権が侵害された場合の被害者の救済に関する施策の推進の2点に限定されており、上記のような問題を持つ我が国人権擁護機関の枠組みに代わる新たな人権保障の枠組みを提示する役割を担っているわけではない。行政から独立した人権擁護の新たな枠組みが必要な現状に鑑みて、人権擁護施策推進法及び審議会には、多くを期待しえない。
    3. 弁護士会による人権救済手続
      1. 人権救済申立制度
        上記の国の人権救済制度の他に、日本弁護士連合会では、弁護士法1条及び日弁連会則72条に基づき、人権を侵害された者からの申立をうけ、人権侵害事犯の調査を行い、人権侵害の事実が認められた場合には、加害者に対し勧告・要望等をする活動を行ってきている。日本弁護士連合会が1997年4月から1998年3月までに受理した人権救済申立件数は102件にのぼっている。また各地方弁護士会においても同様の人権救済申立を受けている。
        加害者として申し立てられるものの多くは、刑務所、拘置所、警察、精神病院等身柄を拘束する機関である。しかし、警察等は、弁護士会による調査に協力しないうえ、人権侵害を認定したうえで出される勧告等を受理さえしない状況にある。
      2. 精神障害者援助活動
        精神病院に拘束された者に対する弁護士による相談活動が、一部の地方弁護士会で 始まっている。しかし、これらの活動に対しては、一切、国からの財政的援助がない状況にある。
    4. パリ原則に則った国内人権擁護機関設立の必要性
      国連は、1993年の総会決議(48/134)により、「国家機関(国内人権擁 護機関)の地位に関する原則」(パリ原則)を採択した。パリ原則は、国内人権機関の権限と責任、構成と独立・多元性の保障、運営の方法、準司法的権限をもつ委員会の地位に関する追加的原則について、国内人権機関の具体的あり方を提示している。また、国連人権センターは、1995年に、「国内人権機関・人権の促進と擁護のための国内人権機関の設置と強化に関するハンドブック」を刊行し、国内人権機関の意義や任務について具体的内容を明らかにしている。
      上述したとおり、日本の人権擁護機関が組織的にも運用上も、充分に機能していな いことに鑑みると、政府は、早急に、上記総会決議やハンドブックの趣旨に沿い、行政機関から独立した国内人権機関の設置を検討すべきである。

Ⅷ 国連人権教育10年

  1. 結論と提言
    1. 政府は、国連等の発行にかかる人権に関する文書をできるかぎり翻訳する等、子どもの権利条約第29条に従い、人権教育を系統立てて学校のカリキュラムに導入すべきである。
    2. 国は、国内行動計画の対象者に、裁判官、弁護士、司法修習生及び受刑者を加えるべきである。また、NGOの意見を取り入れたうえで、学校教育、社会教育、企業その他一般社会、特定職業従事者等人権に関わるすべての者に対する人権教育について、国連出版の人権教育マニュアルを翻訳するなどして具体的教材を作成すべきである。
  2. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文4頁、英文6頁)
    1. 政府は、1996年12月、「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深める ための教育と啓発に関する施策の推進」を目的の1つとして、人権擁護施策推進法を制定し、同法に基づき、人権擁護推進審議会を設置した。人権擁護推進審議会は、1999年3月を目処に、上記目的の総合的な推進に関する基本事項をまとめる予定である。
    2. 政府は、1997年7月、国連の「人権教育のための国連10年行動計画」に基づき、「『人権教育のための国連10年』に関する国内行動計画について」をとりまとめた。
  3. 日弁連の意見
    1. 学校における人権教育
      我が国の学校教育においては、世界人権宣言や国際人権規約をはじめとする国連の 人権関係国際文書に規定される具体的人権について教えることはされておらず、1998年5月に行われた「子どもの権利条約」に関する日本政府報告書の審査においても、子どもの権利委員会は、日本政府に対し、「日本が、(子どもの権利)条約第29条に従い、人権教育を系統だったやり方で学校カリキュラムに導入するために充分な措置をとっていないことを、懸念する。」旨明らかにしている。
    2. 司法関係者及び法執行官に対する人権教育
      我が国では、裁判官・検察官・弁護士等の司法関係者及び警察職員・監獄職員・入 国管理関係職員等の法執行官に対し、世界人権宣言や国際人権規約等の人権関係国際文書に基づく系統的な人権教育は行われていない。また、司法試験合格後、最高裁判所の監督下で実務修習を行う司法修習生に対する人権教育の状況も同様である。
    3. 国内行動計画の問題
      1. 国内行動計画では、「あらゆる場を通じた人権教育の推進」との方針の下、「特定の職業に従事する者に対する人権教育の推進」として様々な特定職業従事者が列記されている(例えば、検察職員、矯正施設・更生保護関係職員、入国管理関係職員、教員・社会教育関係職員、医療関係者、福祉関係職員、警察職員、公務員、マスメディア関係者等)。しかし、「検察職員」を裁判官及び弁護士も含める意味で「司法関係者」とすべきであるとのNGOからの意見の具申があったにもかかわらず、最終的にとりまとめられた国内行動計画では、「検察職員」のままとなっており、法律家のうち、裁判官と弁護士が抜けている。また、司法修習生及び受刑者に対する人権教育の観点も抜けている。
      2. 学校教育、社会教育、企業その他一般社会、特定職業従事者の4つの対象に対し て人権教育の推進が規定されているが、学校教育及び特定職業従事者に関しては、人権教育教材の作成が記載されておらず、単に、人権教育を「推進する」・「拡充・徹底する」・「実施する」等の表現に止まっている。人権教育の内容と質を確認し、検証しうるためにも、人権にかかわるあらゆる者に関し、国連出版の人権教育マニュアルを翻訳するなどして具体的人権教育教材を作成することが必要である。
      3. 国内行動計画の実施にあたっては、人権擁護推進審議会における検討結果を反映 させることになっており、上記(a)(b)の問題点は、これからの人権擁護推進審議会において検討されることが期待される。

第2章 外国人・少数者問題

Ⅰ 在日韓国・朝鮮人と少数民族の権利(規約27条)

  1. 結論と提言

    日本政府は、在日韓国・朝鮮人を始めとする日本在住の外国人について、これらの人々が規約27条の少数民族であることを認めず、「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利」を認めることなく放置していることは、規約27条に違反するものであり、直ちに是正措置がとられるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    国際人権(自由権)規約委員会は、第3回報告書審査において、「在日韓国・朝鮮人が少数者に関する日本政府の概念から除外されていることを留意し、これを懸念するものである。少数者の概念を、締約国の国籍をもつ者に限定しない規約からみて、このことは正当化されない。」と述べ(コメント15項)、日本政府に対して懸念を表明している。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文56頁、英文99―100頁)

    第4回政府報告書は、規約27条(少数者の権利)に関して、「アイヌの人々に関する施策」に言及するのみで(和文56頁)、在日韓国・朝鮮人を始めとして、日本に在留し少数民族を構成する在日外国人については何らの報告を行ってはいない。この事実は、日本政府が、未だに在日韓国・朝鮮人を含む在日外国人を規約27条の「少数者」の概念に含めていないことを示している。
    もとより、国際人権(自由権)規約委員会の前記コメントに対して、何らの具体的措置もとってはいない。
  4. 日弁連の意見

    1996年12月末日現在の国籍別外国人登録者数によれば、「韓国・朝鮮」は、657,159人にのぼっており、他方、帰化によって日本国籍を保有する韓国・朝鮮人は現在約20万人に及んでいる。このように、日本国には、約85万人を超える韓国・朝鮮民族が居住しており、彼(女)らは、その国籍のいかんを問わず、規約27条が保障する民族的少数者として、「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利」を保有する人々である。
    日本政府は、「少数者」の概念について、日本国籍を保有する「アイヌ民族」のみを摘示しているが、このことは、日本に居住する韓国・朝鮮民族を無視するのみか、少数者は「国民又は市民である必要がないばかりでなく、永住者である必要もない。」とする国際人権(自由権)規約委員会の少数民族の権利に関する一般的意見23(5.2項)をも無視するものであって、明らかに規約27条に違反している。
    そして、日本政府の規約27条に関する報告の姿勢は、第1に、日本に居住する韓国・朝鮮人の多くが、法制度の差別や民族的偏見に基づく社会的差別のために、民族名を名乗って働き、生活するといった民族性の表現が困難である現状に対して、積極的に是正しようとはしないことにも表れている。第2に、在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地支配のもと、皇民化政策によって、自己の言語と文化を否定され、民族名も奪われた歴史があるにもかかわらず、今だに、民族教育を制度的に保障するための積極的な措置すら行おうとはしていないことにも表れている。
    一般的意見23は、少数民族の権利の保護のために、積極的措置が必要である旨を明らかにしているが(6.2 項)、日本政府はかかる義務を何ら履行していない。

Ⅱ 外国人登録証明書の常時携帯義務(規約2、3、12、26条)

  1. 結論と提言

    永住・定住外国人に対して外国人登録証明書の常時携帯を義務づけること、並びにこの違反に刑事罰を科すことは、規約12条(移動の自由)、26条(法の前の平等に反する。日本政府は直ちにこの制度を廃止すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    国際人権(自由権)規約委員会は第3回報告書審査において、「永住的外国人であっても、証明書を常時携帯しなければならず、また刑罰の適用対象とされ、同様のことが、日本国籍を有する者には適用されないことは、規約に反するものである。」と述べている(コメント9項)。
    また、「日本に未だに存続しているすべての差別的な法律や取扱いは、規約2条、3条及び26条に適合するように、廃止されなければならない。」と述べている(コメント17項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文6頁、英文11頁)

    前記コメントが出されて以降、具体的な措置はとられていない。又、これに先立ち、改定外国人登録法(1993年1月8日施行)の国会審議の際の衆議院法務委員会において、「外国人の人権を尊重して諸制度の在り方について検討し、その結果に基づいて、この法律の施行後5年を経た後の速やかな時期までに適切な措置を講ずること。」との附帯決議がなされたが、未だに、外国人登録制度の抜本的見直しは具体化していない。第4回政府報告書では、「外国人登録証明書の携帯制度の在り方も含めて、外国人登録制度の抜本的な見直しについて現在日本政府において検討が行われている。」と報告されているが(和文6頁)、いつまでも人権侵害を放置することは許されない。
  4. 日弁連の意見

    外国人登録証明書の常時携帯を義務づけ、その違反に対しては、20万円以下の罰金を課するという刑事罰をもって臨むことは(外国人登録法第18条の2第4号)、外国人に加重な負担を強いるものである。特に日本人と身分関係・居住関係の明確性において異なるところのない在日韓国・朝鮮人などの永住・定住的外国人に対し、常時携帯を義務づけることには、合理性がなく、規約26条に違反する。又、自由な移動を阻害する点において、規約12条にも違反するというべきである。
    かかる制度は直ちに廃止されなければならない。

Ⅲ 再入国許可制度の問題点(規約12条)

  1. 結論と提言

    出入国管理法上の再入国許可制度を在日韓国・朝鮮人などの永住者に適用することは、規約12条が保障する自国を離れ、自国に戻る権利を侵害するものであるので、これを直ちに是正すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    国際人権(自由権)規約委員会の前記コメントでは、再入国許可制度について特定的な言及はない。しかし、在日韓国・朝鮮人などの社会集団に対する差別的な取扱いが存続していることに対する懸念が表明されており(コメント9項)、再入国許可制度も、そうした人権侵害の一つである。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述

    政府はこの問題につき、何らの措置も取っていないし、又、第4回政府報告書にも何ら言及はない。
  4. 日弁連の意見

    規約12条は、「すべての者は、いずれの国(自国を含む。)からも自由に離れることができる」と規定し(同2項)、また「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」と規定している(同4項)。
    ところで日本の出入国管理及び難民認定法は、事前に再入国の許可を受けて出国した外国人に限って、当該外国人の有していた在留資格を失うことなく、再び日本に入国することを認めている(入管法26条)。そして再入国を許可するか否かは、法務大臣の自由裁量に委ねられている。外国人にとっては、再入国の許可を受けずに出国すれば、それまで有していた在留資格を失うことになり、再び日本に入国できる保障はなくなるので、日本に生活の本拠を有している外国人にとっては、再入国の許可が得られるか否かは、日本国外に一時旅行することができるか否かを事実上左右する事項となっている。
    永住者、とりわけ在日韓国・朝鮮人の大多数は、日本で生まれ、日本で育ち、終生日本で生活することを予定している人々である。こうした永住者に対して、再入国の許否を法務大臣の自由裁量にかからしめる取扱いは、実質的にこれら永住者の出国及び入国の自由を著しく阻害する。永住者の生活の本拠は日本社会に存在しているのであり、規約12条4項にいう「自国に戻る権利」には「永住国に戻る権利」が含まれると解せられるのであるから、永住者には自由に出国し、再入国する権利があるというべきである。再入国の許可を法務大臣の自由裁量にかからしめることは、「自国に戻る権利」に対する侵害となる。
    特に、日本に生まれ、日本で育ち、終生日本を生活の本拠とすることを事実上予定している大多数の韓国・朝鮮人にとっては、日本は国籍国以上に規約12条4項にいう「自国」であり、「自国に戻る権利」について、日本国籍を有する者と別異の取扱いをすべき合理的な理由はない。
    ところが、ごく最近であるが、こうした日本生まれで日本育ちの永住権を有する韓国人に対して、同人が指紋押なつ拒否をしたことを理由に再入国許可申請に対する不許可処分がなされた事例につき、最高裁判所は、同人が日本に戻るについては規約12条4項の「自国に戻る権利」の適用はなく、再入国を許可するか否かは法務大臣の広範な裁量に属するとした上で、同人に対する再入国不許可処分は、いまだ裁量権の範囲を越え、またはその濫用があったものとして違法であるとはいえないと判示している(最高裁1998年4月10日判決)。
    在日韓国・朝鮮人らの永住者に対して、かかる取扱いをする日本政府の対応は規約12条に違反するというべきであり、直ちに是正されるべきである。

Ⅳ 戦後補償に関連する差別的取扱い(規約26条)

  1. 結論と提言

    日本の旧植民地出身者である旧日本軍人・軍属に対し、日本国籍のないことを理由に、恩給法、戦傷病者等援護法に基づく給付をしないのは、規約26条に違反する。
    日本政府は直ちに、これらの人々に対する国籍による差別を止め、恩給法、援護法に基づく給付をなすべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    国際人権(自由権)規約委員会は、前記コメントにおいて、「旧日本軍において軍務についたが、もはや日本国籍を有していない韓国・朝鮮や台湾の出身者は、その恩給に関して差別されている。」と指摘している(コメント9項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述

    政府は前記のコメント以降も、これらの人々に対する恩給法、援護法の給付を拒否し続けている。既に高齢となった多くの人は、何らの補償も受けないままに、次々と亡くなっている。
    訴訟を起こした人たちもいるが、裁判所は、不合理な差別とは認められないとか、差別の疑いはあっても、立法措置によることなく司法的救済をなすことはできない、などとして、訴えをすべて退けている(最高裁1992年4月28日判決、東京地裁1994年7月15日判決、大阪地裁1995年10月11日判決)。
    ところが、第4回政府報告書は、この問題について何らの報告も行っていない。
  4. 日弁連の意見

    旧植民地出身者の旧軍人・軍属は、アジア・太平洋戦争において、日本帝国の軍人又は軍属として、日本人と同じく軍務に服し、死亡または傷害などの犠牲を受けたにもかかわらず、戦後自らの意思によらず、一方的に日本国籍を喪失せしめられた。そして、恩給法や援護法には「国籍条項」、「戸籍条項」が設けられ、国籍のない、あるいは日本の戸籍を持たない外国籍者には恩給や年金が支給されないこととなっており、これら旧植民地出身の旧軍人・軍属は何らの補償も受けることなく今日に至っている。しかし、規約26条が禁止している差別は、「公的機関が規制しかつ保護しているあらゆる分野において、法律上、事実上の差別を禁止するものである。」と解されている(一般的意見18)。また、ゲイエら対フランス事件(国際人権(自由権)規約委員会の見解──申立番号196/1985)の見解においても、年金支給時の国籍に基づく別異の取扱いは26条が禁止している差別であると判断されている。
    したがって、日本の旧植民地出身の元軍人又は軍属に対して、現在日本国籍を有しないことを理由として、恩給法、援護法等の補償立法を適用せず、何らの給付も補償も拒否し続けることは、明らかに規約26条が禁止する差別である。
    かかる差別は直ちに是正されなければならない。

Ⅴ 朝鮮学校の資格問題(規約26、27条)

  1. 結論と提言

    日本政府は、朝鮮学校の在学生・卒業生に対し、これに相応する日本の小中高校、大学の在学・卒業資格を認めていないが、これは規約26条に違反する差別であり、また、少数民族の権利を侵害するものとして規約27条にも違反する。かかる差別的取扱いは直ちに是正されるべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    国際人権(自由権)規約委員会の前記コメントでは、直接に朝鮮学校には言及していないが、韓国・朝鮮人に対する差別、及びこれらの人々が少数民族として認められていないことにつき、懸念が表明され(コメント9項、15項)、差別の解消が勧告されている(コメント17項)。
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述

    政府は何らこの問題を是正しようとしていないし、第4回政府報告書にも何らの言及はない。
  4. 日弁連の意見

    日本の各地には、民族の文化・歴史・言語等民族教育を承継発展させる目的で学校法人として設立されている朝鮮学校がある。これらの学校は、日本の小中高校および大学教育に準じてほぼ同科目同程度の内容をもってその教育を実施しているにもかかわらず、日本政府は、学校教育法第1条の規定に該当しない学校であるとして、これら朝鮮学校の在学生と卒業生にその相応する小中高校および大学と同等の在学および卒業資格を認めず、法律に根拠を持つ公的資格を認定する試験を受験させない。
    大学を例にとると、朝鮮学校の高校を卒業した者に対して、日本の多くの大学は入学受験資格を認めていない。国立大学は95校中受験資格を認めるものはゼロ、公立大学の場合は57校中30校、私立大学の場合は431校中220校が、受験資格を認めているが、国立大学、その他受験資格を認めていない公立・私立の大学を目指す朝鮮学校の生徒は、その受験資格を得るために、朝鮮学校に通いながら日本の通信制や定時制高校に在籍し、その通信制や定時制高校を卒業して大学受験資格を取得するか、大学入学資格検定(大検)を取得するかを余儀なくされている。近時、朝鮮学校などの小中高校生を対象とした通学定期券の平等取扱いや高校体育祭参加が認められるなど一定の改善も認められるが、朝鮮学校の在学生・卒業生に対して、実質的には日本の学校と差異がないにも拘らず、形式的理由により、相応する資格を認めないことは、規約26条に反する差別という外なく、又、民族教育を阻害するものとして、規約27条にも反するものである。
    日弁連では、1997年12月に人権擁護委員会による調査報告書を採択し、これに基づき1998年2月政府に対し、かかる事態を速やかに解消するよう勧告書を出したが、未だ改善の動きは見られない。
    また、1998年6月国連の子どもの権利委員会は、日本政府の第1回報告書の審査後に採択した所見の中で、在日韓国・朝鮮人の子ども達が高等教育機関へのアクセスにおいて不平等な取扱いを受けていることに懸念を表明し(*9)、彼らを含む少数民族の子ども達に対するあらゆる差別的取扱いを除去するよう勧告している(*10)。
    政府は速やかに実質的理由に欠ける不合理な差別的取扱いを改めるべきである。

Ⅵ 外国人の退去強制手続(規約9、13条)

  1. 結論と提言

    日本における退去強制手続は、
    1. 先ず収容後、遅滞なく裁判所の審査が保障されていない点において規約9条4項に違反し、
    2. その後の手続においても、退去強制の当否を争う途が保障されているとはいえず、規約13条に違反している。
    3. また、被収容者と代理人との秘密交通権がないことは、規約13条に違反する。政府はこれらの点につき、早急に規約に適合するよう是正措置を講じるべきである。
  2. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文42―43頁、英文74―75頁)

    政府は、これまでこれらの点に関し、何らの改善措置をとったことはない。第4回政府報告書によれば、外国人の退去強制は、その事由及び手続が、出入国管理及び難民認定法に規定されており、同法に基づいて行われていると述べると共に、退去強制の決定手続は、入国審査官による認定、特別審理官による口頭審理、法務大臣の最終判断の三段階の手厚い事前手続保障があることに加え、更に司法審査を求めて、訴訟を提起し、行政の決定の適否を争うことができると説明している(和文42~43頁)。
  3. 日弁連の意見

    1. 外国人を退去強制に付する場合、先ず収容令書により身柄が収容されるが、裁判官はこの収容手続に全く関与していない。
      政府報告書は、前記のとおり、退去強制の決定手続は、入国審査官、特別審理官法務大臣と三段階の手厚い事前手続の保障があるとしているが、これらの手続はいずれも同じ行政庁である法務省内の手続に過ぎず、司法手続ではないし、その他の公正な第三者機関による審査でもない。外国人は司法の救済を受けるためには、入管法上の手続とは全く別に、これら法務省の決定を争うべく、独自に裁判所に対して訴訟を提起しなければならないが、そのような方法があることが教示されるわけでもない。自らの判断でわざわざ訴訟を提起しない限り、外国人は裁判官に出会うことはない。 規約9条4項は刑事手続だけでなく、入管法上の手続にも適用されると解されているが(一般的意見8・1項)、日本の収容手続には、同項にいう「裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること」との手続的保障はないといわなければならない。
    2. 更に、上記の三段階の事前手続であるが、ここでは退去強制事由の有無が審査されるに止まる。例えば、在留期間の更新が法務大臣によって拒否された場合、期間を経過すればオーバーステイとなり退去強制事由に該当する。上記の三段階の手続では、在留期間を超過しているか否かは審査されるが、期間更新の拒否自体を争うことはできない。例外的に、法務大臣により、情状に照らして特別在留許可が恩恵的に付与されることはあるが、先になされた期間更新拒否の決定を覆すものではない。
      在留期間を超過しているか否かは形式的に明らかな事項であって、特段の審査を要するまでもない。期間更新の拒否自体を争うためには、これら三段階の手続ではなく、外国人において独自に訴訟を提起しなければならない。外国人がそのような方法を知らず、又、弁護士に会う機会や、弁護士に依頼する経済的能力がなければ、訴訟を提起することもなく、期間更新の拒否を争うこともできないまま、退去強制となる。
      これでは、規約13条に規定する外国人の権利を実質的に保障したものとはいえない。退去強制手続の中で、退去強制決定の実体的内容を争う途が保障されなければならない。
    3. 法務省令である被収容者処遇規則33条は、被収容者と代理人との面会を規定するが、立会人排除による秘密交通権は保障されていない。退去強制の決定が訴訟で争われている段階においてさえ、代理人との面会にはその訴訟の被告の立場にある入管当局の役人が立ち会う。
      規約13条は、退去強制の決定を争うために、代理人を出頭させる権利を規定する。 同条は「法律に基づいて行われた決定によって」行われる追放のみを認めると規定することにより、恣意的な追放を阻止することを目的とする(一般的意見15・10項)。この目的からすれば、単に代理人を出頭させることだけではなく、代理人との秘密交通権まで保障されるべきである。そうでなければ、被収容者は、退去強制手続を行っている入管当局の役人の面前で、代理人と面会しなければならないが、それでは実効的な弁護活動は期待できない。
      被収容者と代理人との立会人なしでの面会を認めていないのは、規約13条に違反する。
    4. 以上のとおり、日本における退去強制手続は規約に適合していない部分があるので、早急に是正措置が取られなければならない。

Ⅶ 入管収容所における処遇(規約7、9、10、17条)

  1. 結論と提言

    入管収容所における収容は、必要性に欠ける収容、不相当に長期間にわたる収容がなされている点で、規約9条1項にいう恣意的拘禁の禁止に抵しており、また、その処遇の実態は劣悪で、法律に基づく処遇が行われず、職員による暴行、性的いやがらせ、懲罰権の濫用、通信に対する制限、医療の不備など、規約7条、10条、17条1項に違反する。
    かかる状況は一刻も早く解消すべく、具体的な是正措置がとられるべきである。
  2. 政府の対応と第4回政府報告書の記述

    政府は入管収容所における処遇の改善につき、具体的な措置をとった形跡はないし、また、第4回政府報告書には何の言及もない。一般的意見21・6項は、自由を奪われたすべての者に関し、「報告書は、10条1項に規定された権利に関する国の立法的、行政的諸規定に関する詳細な情報を提供すべきであると考える。」と述べているが、第4回政府報告書はこれに適合したものにはなっていない。
  3. 日弁連の意見

    1. (1)必要性のない収容と規約9条1項違反
      現行入管法によると、入国警備官は退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、収容令書により外国人容疑者を収容することができる(入管法39条)。
      ところで入管当局は退去強制に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは全て収容を行うといういわゆる全件収容主義を採用し、収容の必要性の有無の判断は要しないとしている。そのため、逃亡の虞れのない者、子ども、高齢者、労働災害にあうなどして治療中の者、妊婦などのように収容の必要性がない者をも全て一律に収容している。
      例えば、入管法違反の外国人刑事被告人に対し刑事裁判所が逃亡の虞れがないと判断し、保釈を認めても、入管当局はこの外国人を収容するといった措置を取っている。規約9条1項は恣意的な拘禁を禁止しているが、逃亡の虞れなど拘禁の必要性のないものを全て収容する取扱いは、恣意的拘禁を禁じた右の規定に違反する。
    2. (2)長期間の収容と規約9条1項違反
      収容令書による収容期間は最長60日であり(入管法41条1項)、また退去強制令書発付後は収容期間に制限がない(入管法52条5項)。
      収容期間の実態を見ると、かなり長期間収容されている。東日本管理センター(茨城県牛久市所在)には、6か月以上収容されている者が多数おり、なかには2年に及ぶ者もいる。そのほかの収容所においても長期間の収容は稀ではない。
      かかる不相当に長期間にわたる収容を正当化すべき理由はなく、規約9条1項に反する恣意的拘禁であるといわなければならない。
    3. (3)入管収容所内での処遇と規約違反
      日本の入管収容所における処遇は、以下に述べるとおり劣悪なものであり、規約に適合したものではない。
      1. (a)法律に基づかない処遇(規約9条1項違反)
        先ず、被収容者の処遇に関する法的基準について、入管法は多くの事項を法務省令 に白紙委任し(入管法61条の7)、法務省令である被収容者処遇規則により、被収容者の処遇が定められている。しかもその定めは概括的なものであり、具体的な処遇基準は、更に各収容所の所長等が定める処遇細則に委ねられている。入管当局はこの処遇細則を外部に公表せず、具体的な処遇基準は秘密扱いにされたままである。被収容者の身体的自由は、法律によらずして規制されており、規約9条1項に違反している。
      2. (b)被収容者に対する暴行や性的嫌がらせの多発(規約7条及び10条1項違反)
        入管職員に暴行を受け傷害を負った事件は近時訴訟になっただけでも数件ある(*11)。
      3. (c)隔離室と戒具の濫用(規約7条及び10条1項違反)
        収容所には隔離室が設置されている(被収容者処遇規則18条)。隔離室は収容所によって若干構造が異なるようだが、おおむね3平方メートルほどの広さで、三方は窓のない壁で囲まれ、一方は鉄格子で塞がれ、鉄格子の正面に監視室があり、24時間監視される状態にある。トイレは囲いのないむき出しの状態で、監視室からの視線に完全に曝される。室内に水道設備はあるが、被収容者は自由にこれを使用することができない構造になっており、使用したいときは職員に告げて室外から操作をしてもらわなければならない。
        また入国警備官は戒具(手錠等)を使用することができる(同規則19条)。
        もちろん隔離室や戒具は無制限に使用できるものではない。被収容者処遇規則は被収容者が刑罰法令に触れる行為や自殺又は自損行為をする場合には条件を定めて被収容者を隔離することができるとし、被収容者が逃亡や暴行をする恐れがあり、かつ他にこれを防止する方法がないと認められるときは戒具を使用することができると規定する(同規則19条)。
        ところが実際の運用では、隔離室や戒具が懲罰目的で使用されたり(戒具を懲罰の 手段として用いることは、国連被拘禁者処遇最低基準規則33違反)、また被収容者処遇規則の定める要件がないのに安易にかつ恣意的に使用されている(*12)。
        このような取扱いが「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い」(規約7条)に該当し、「人間の固有の尊厳を尊重」した取扱い(規約10条)でないことは明らかである。
      4. (d)戸外運動をさせないこと(規約10条1項違反)
        被収容者処遇規則は「所長等は、被収容者に毎日戸外での適当な場所で運動する機会を与えなければならない」としている(同規則28条)。国連被拘禁者処遇最低基準規則21(1)でも「戸外の作業に従事しないすべての被拘禁者には、天候が許す限り、毎日少なくとも一時間、戸外で適当な運動をさせなければならない」としている。
        ところが、入管当局の説明によると、いわゆる収容所(長崎の大村入国管理センタ ー、東日本および西日本入国管理センター)には戸外の運動施設があるが、その他の収容場(全国に13カ所の地方入国管理局及び支局、その他数多くの出張所)には、戸外の運動施設自体が存在しない。
        更に戸外の運動施設のあるところでも、その利用は最大週2回ほどである。このような施設の状況と運用は明らかに国連被拘禁者処遇最低基準規則21(1)に適合せず、規約10条1項に違反するものである。
      5. (e)通信に対する制限(規約17条1項違反)
        被収容者処遇規則は「所長等は、被収容者の発信する通信文を検閲した場合において、当該通信文の内容に収容等の保安上支障があると認める部分があるときは、その部分を訂正させ、又は抹消させた後発信させるものとし、その指示に従わないときは、これを領置するものとする」とし、通信文の受信についても同様の規定を設けている(同規則37条)。
        東京入国管理局の第二庁舎の収容場では、実際の運用において、被収容者の通信文 の発信を厳しく制限している。電話についても同庁舎では、外部からの電話に出ることも、被収容者から外部にかけることも禁止しており、入管職員が本人に代わって電話をかけることだけが行われている。その他の収容所でも被収容者から外部にかけさせる場合、許可制を取り、なかなかこの許可を与えなかったり、かける場合に会話を大幅に制限したりしているケースが多い(*13)。
        入管当局は処遇細則を明らかにしていないので、どのような具体的基準に基づく制 限かは不明であるが、いずれにせよ、このような運用は、規約17条1項で禁止する通信への恣意的・不法な干渉に該当する。
      6. (f)医療の不備(規約10条1項違反)
        被収容者処遇規則は「所長等は被収容者がり病し、又は負傷したときは、医師の診察を受けさせ、症状により適切な措置を講じなければならない」と定める(同規則30条)。
        しかしながら、収容施設における医療体制は極めて不備である(*14)。
        国連被拘禁者処遇最低基準規則24は、「医務官は、すべての被拘禁者を、入所後できる限り速やかに、かつ、その後は必要に応じて診察しなければならない」としている。現状はこの最低規則さえ満たしておらず、規約10条1項にいう「人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱」う義務違反は明らかである。

Ⅷ アイヌ少数民族問題(規約27条)

  1. 結論と提言

    アイヌ文化振興法は、初めて日本国における少数民族を認め、その民族文化の伝承及び振興を国家の施策と位置付けた点で意義がある。しかし、アイヌ民族は少数民族であると同時に先住民族である。少数民族が同時に先住民族である場合に、規約27条が、民族固有の文化を享受する権利として、漁労、狩猟など伝統的に利用してきた土地・資源に対する権利を認めているのに対し、同法は、この「先住性」に基づく社会的経済的権利を何ら保障していない。
    よって、政府は、アイヌ民族に対し、(1)過去に先住民族の経済的権利を侵害したことに対する適切な補償をし、(2)将来に向かって先住民族の文化享有権の内容として伝統的な土地・資源利用の権利を保障すべきである。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    国際人権(自由権)規約委員会の第3回日本政府報告書に対する審査において、アイヌ民族に対する北海道ウタリ福祉政策下における「総合的」措置の具体的内容について質問が出され、政府は、北海道の実施しているウタリ対策の概要を説明した。しかし、委員会は、「アイヌ少数民族のような社会的集団に対する差別的な取り扱いが日本に存続していること」に懸念を表明し(コメント9項)、一般論として、「日本に未だに存続しているすべての差別的な法律や取り扱いは、規約2条、3条及び26条に適合するように、廃止されなければならない。日本政府は、このことについて、世論に影響を及ぼすように努力しなければならない。」と勧告した。(コメント17項)
  3. 政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文56頁、英文99-101頁)

    政府は、1997年5月8日、「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(アイヌ文化振興法)を制定し、同年7月1日から施行した。同法は、日本において初めて少数民族のための積極的施策を国家に義務づけた民族法である。同法の施行に伴い、1899年に制定された北海道旧土人保護法と旭川市旧土人保護地処分法(以下、「旧土人保護法」という。)は廃止された。政府報告書は、前回に引き続き北海道の実施しているウタリ対策を引用するに止まり、国家の施策については何も記載していない。また、アイヌ文化振興法制定の端緒となった「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」の報告を紹介しているが、アイヌ文化振興法が制定されたことには言及していない。
  4. 日弁連の意見 アイヌ文化振興法の制定とその限界

    1. (1)アイヌ民族は日本人(和人)が北海道に進出する以前から北海道を含む北方圏に居住していた先住民族である。日本人の明治政府は北海道開拓を国策とするやアイヌ民の文化的抹殺を図った。アイヌ民族の衣食住の生活手段を奪い、伝統的生活様式を禁止し、アイヌ語の使用を禁止した。しかし、民族文化の抹殺はできなかったので、明治政府は狩猟民族であるアイヌ民族の定着化を図ることに政策を変更した。その法的表現が旧土人保護法であった。その立法趣旨には「旧土人の皇化に浴する日尚浅くその知恵の発、頗る低度なりとす」という表現がみられ、アイヌ民族に対する蔑視が歴然としていた。
      アイヌ民族に対する日本人同化政策は、主として学校教育を通じて子弟に対して行われ、アイヌ語やアイヌ文化は衰退させられ、生活様式もほとんど日本人化されていった。しかし、その一方で、アイヌ民族に対する差別は残り、経済的な格差や高等教育における格差を生み出すことになった。
      アイヌ民族の日本における人口は約5万人から10万人と推定されているが、実態は不明である。そのうち北海道に約2万5000人が居住していることから、上記差別解消のために、一地方自治体である北海道が「ウタリ福祉対策」を実施してきた。
      日本政府が前回の審査の際、北海道ウタリ対策の概要を説明するに止まり、今回の報告書においても、同対策にのみ言及するに止まっているのは、国家としての特別の施策をしていないことの反映である。
    2. (2)1984年、アイヌ民族で構成する社団法人「北海道ウタリ協会」は、『アイヌ民族に関する法律案』を決議し、アイヌ民族のための関連施策を一本化する法律の制定を政府に要望した。その内容は,(i)差別解消のための権利宣言、(ii)希望者への漁業権の賦与、(iii)国会や地方議会への特別議席の確保、(iv)国が積み立て民族が運営する民族自立化基金の創設,(v)アイヌ子弟への教育施策、経済対策、(vi)常設の審議機関の設置などであった。ここでは、アイヌ民族が、アイヌ文化の振興のみならず、より根源的な社会的経済的政策を要望していたことに留意する必要がある。
    3. (3)1996年6月、官房長官の諮問機関である「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」は、アイヌの人々の北海道における先住性及び少数民族性かつ明治政府以降同化政策の結果、アイヌ文化の破壊が進行したことを認めた上で、旧土人保護法を廃止し、アイヌ文化の保存振興等のための新立法をなすべきことを提言した。これを受けて、1997年5月、前記アイヌ文化振興法が制定された。

 しかし、同法の目的には、アイヌ民族が求めた経済及び生活全般に対する国家の積極的施策は盛り込まれず、アイヌ文化の振興と伝統等の普及及び知識の啓発という文化目的に限定された。また、アイヌ民族の先住性については、国会の衆参両議院において「アイヌの人々の『先住性』は歴史的事実」とする付帯決議がなされたが、法律そのものに明記されることはなかった。その理由は『先住性』を明記することにより、『先住権』(先住民としての土地や資源の回復を求める権利)の主張に根拠を与えることを政府が嫌ったからである。その結果、アイヌ文化振興法の意義は、日本という国家の中に異民族・異文化が共存することを認めた民族承認法である点にとどまり、『先住権』の承認は、「先住民族の権利に関する国連宣言」の成立を見た上での将来の課題として先送りされることになった。


 規約27条が定める少数民族に属する個人の諸権利は、現在、国連の人権委員会作業部会で検討されている「先住権」とは異なる。しかし、規約27条に関する一般的意見は、少数民族が同時に先住民族である場合に留意すべき点を指摘している。それによれば、先住民族の場合、その固有の文化を享受することの中には、土地・資源の利用と密接に関連した生活習慣を守ることも含まれるから、漁労、狩猟など伝統的に利用してきた土地・資源に対する権利も固有の文化を享受する権利から帰結されることになる。(一般的意見23の3.2項、7項参照)(*15)


 よって、日弁連としては、アイヌ文化振興法が日本最初の民族法として成立したことを喜ぶものであるが、アイヌ民族が求める先住民族としての権利保障には未だ不十分な点があるので、規約27条の一般的意見に従い、前記のとおり提言する。

 

第3章 刑事手続

Ⅰ 「代用監獄」問題(規約7、9、10、14条)

  1. 結論と提言

    代用監獄は、警察による自白強要、女性に対する性暴力などの人権侵害及び誤判の温床となっており、規約7条、9条、10条、14条に違反する。日本政府は速やかに代用監獄を廃止しなければならない。
  2. 国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容

    1. (1)第3回日本政府報告書を審査した1993年10月の国際人権(自由権)規約委員会では、多数の委員から、「代用監獄制度」は人権規約に合致しないと、次のような批判的意見が出された。
      1. (a)この制度は、自白をとるために圧力をかけることを唯一の目的として用いられているのではないか。
      2. (b)国際社会での日本のイメージのためにもこのような制度は廃止すべきで、この制度自体が「非人道的で品位を傷つける取扱い」である。
      3. (c)代用監獄に拘束される23日間は短い期間ではないし、取調べを受けている  間、被疑者は弁護人の援助を受けることができない。これは無罪推定の原則に反する。
      4. (d)代用監獄では、規約に基づく適正な手続が最初から遵守されていない。
      5. (e)被疑者の拘禁制度は、規約の規定、特に9条に合致するよう改められなければならない。
      規約9条3項の趣旨は、逮捕の合法性を裁判官が確認することだけでなく、被疑者 を司法の保護の下に置き、警察による恣意的な処遇から守ることにある。あらゆる国で警察は専断的に行動する傾向がある。代用監獄では、逮捕された者が自白を強要されていることが明らかだ。
    2. (2)討議の後採択されたコメントでは、代用監獄制度が「主要な懸念事項」とされ、次のように指摘された。

      「当委員会は、規約第9、10、14条に規定される保障が、次の点において十分に守られていないことに懸念を有している。すなわち、公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること、勾留が迅速かつ効果的に裁判所の管理下に置かれることがなく、警察の管理下に委ねられていること、取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いの下でなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと、そして、代用監獄制度が警察と別個の官庁の管理下にないこと、である。さらに、弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」(コメント13項)

      このコメントを踏まえて、次の勧告がなされた。

      「規約第9条、第10条及び第14条が完全に適用されることを保障する目的で、当委員会は、公判前の手続き及び代用監獄制度が、規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと、を勧告する。」(コメント19項)
  3. 政府の態度と第4回政府報告書の記述(和文24、36頁、英文40-41、62頁)

    1. (1)第3回報告書の審査において、委員から代用監獄制度の廃止等を求める意見が続出したが、日本政府代表は、終始、人権保障に問題はないとして、次の点を強調し、制度を強く弁護した。
      1. (a)被逮捕者の97%が警察の代用監獄で勾留されているが、勾留場所の指定は裁判官の命令によって行われている。
      2. (b)警察では、捜査と留置は厳格に分離されており、捜査官は留置場内での処遇 をコントロールできない。取調べで問題があったとしても代用監獄とは無関係であり、無罪事件と代用監獄制度を結びつけるのは無理がある。最近の無罪判決で、代用監獄での取扱いの不適正が原因であると認めたものはない。
      3. (c)日弁連等のカウンタレポートは、代用監獄で自白強要があると言うが、これらは客観的な事実に基づく主張ではない。
    2. (2)その後、政府(法務省、警察庁)は、委員会の勧告19の文言が、『the operation of the substitute prisonsystem (Daiyo Kangoku) should be made…』となっていたため、委員会は代用監獄制度の存在自体は認め、その「運用」を人権規約に従うよう勧告したのだ、と主張し、代用監獄制度を恒久化するための法案(拘禁二法案)提出の必要性を国会議員に広く働きかけた。かねてから代用監獄制度の廃止を主張してきた日弁連は、1992年に「代用監獄を2000年までに廃止する」ことを主な内容とする法案を発表し、国際的にも、代用監獄制度は人権侵害で廃止すべきとの強い批判が度々なされた。しかし政府は、1993年以降も全く代用監獄制度を廃止しようとせず、国際人権(自由権)規約委員会の勧告に沿った措置は、これまで全く取られていない。
    3. (3)第4回報告書でも、政府の代用監獄制度擁護の姿勢は全く変わっておらず、規約7条に関し、「捜査活動に関わる法執行官による被疑者等に対する暴行、陵虐行為等は極めて稀である」と述べ、規約10条に関し、「いわゆる代用監獄制度について」、「本制度は極めて適切に運用されており、被留置者の人権は十分に保障されている。警察では、捜査と留置は厳格に分離されており、万一不適正な取扱いをした警察官に厳しい処分が科される…」等と、第3回報告書とほとんど変わらない、建前だけの主張が繰返されている。
  4. 代用監獄の実状

    1. (1)代用監獄での人権侵害事例

      政府報告書は、規約7条に関する報告中で、捜査官による暴行等の発生は極めて稀であり、もし発生すれば懲戒処分の対象となるが、起訴人員は1994年以降ゼロである、と述べている。

      しかし、実際は、以下に述べるように、代用監獄での警察官による被疑者への暴行、脅迫は日常的に発生している。しかし、警察が組織的に行い、外部には厳重に秘匿するめ、違法行為が公になりにくい。また、時々事件が公になって送検された場合も、検察が警察と一体となっているため、検事は、不起訴処分とし、うやむやにしてしまうのが常である。このような状況のもとで新聞等で報じられた代用監獄での人権侵害事例は、1997年一年間だけをとっても次のとおり極めて多い。
      1. (a)代用監獄の中での被疑者の自白の任意性又は信用性に問題がある又は疑問が提起さ れている事例
        まず、代用監獄の中での自白に証拠としての能力を認めず、証拠から排除した例(*16)や、証拠としては許容しても、取調方法が不当であるとしてその信用性を否定した事例(*17)は多数に上っている。
      2. (b)自白の信用性に大きな疑問が投げかけられている事例(判決に至っていない)がある(*18)。
      3. (c)代用監獄の中で非人道的な取扱いや弁護権の侵害がなされた事例(*19)
        代用監獄の中で取調官が暴力を用いたという訴えも依然として続いている。
      4. (d)弁護人選任権を侵害しているという訴えも続いている(*20)。
    2. (2)代用監獄における女性に対する性暴力と人権侵害

      代用監獄における女性への人権侵害は重大な問題であり、従来から多数の事件が報告されてきた。このような人権侵害は、代用監獄が拘禁施設として十分な設備がなく、また、女性被拘禁者の処遇に男性職員が関与していることも原因となっている。(*21)。

      以上は、いずれも事件を担当した弁護人の報告や各地の裁判所での判決、警察の懲戒処分等の新聞報道に基づいた客観的事実であり、根拠のない事実の主張とは違う。これらは氷山の一角にすぎず、全国の代用監獄で、警察による自白強要、暴行、脅迫が日常的、組織的に行われていることは間違いない。特に山一証券関係事件(*19事例4)では、捜査官が起訴後も身柄を拘置所に送らず、代用監獄に留置したまま刑訴法上違法な別件の強制取調べ、自白強要を続け、留置管理者も、違法取調べであることを十分知りながら、毎日Aを房から取調室へ強制的に連行し、激しい暴行、拷問を続ける捜査官に全面的に協力した。「厳格な捜査と留置の分離により被疑者の人権は十分に守られている」との政府報告は、建前を述べたにすぎず、現実は全く違う。代用監獄の弊害は深刻であり、速やかに廃止されなければならない。
  5. 日弁連の意見

    1. (1)代用監獄の設備の改善がなされているとの政府報告書に対する反論
      1. (a)政府の主張

        第4回政府報告書では「本制度(代用監獄制度)につき種々の意見があることは承知しているが、本制度は極めて適切に運用されており、被留置人の人権は十全に保障されている。」として、設備が清潔で快適なものに改善されていること、冷暖房が設備されたこと、外国人向けにCD-ROMを使った最新式の翻訳機の整備を進めていること、処遇担当部門と捜査担当部門が厳格に分離されていることなどを誇らしげに報告している。

        たしかに、代用監獄における処遇が拘置所に比べてゆるやかで、これを歓迎する空気が被疑者や弁護士の一部に認められることは事実である。

        すなわち、拘置所では、たばこは厳禁となっているのに、代用監獄では、たばこが認められている。また、拘置所のように室内での一定の姿勢の強要なども行われていない。拘置所の厳しい規律に対して、代用監獄での留置継続を望む自白事件の被告人の増加などの歪んだ現象も一部に見られる。拘置所へのアクセスの困難、拘置所における面会施設の不足、面会の待ち時間が長いことなどから、代用監獄への留置を面会の上でも便宜と考える弁護士が増えていることもまた否定できない現実である。代用監獄での夜間接見の実現などのサービスなど弁護士の便宜面での格差の増大は、このような一部の弁護士の心情にさらに影響を与えているものと考えられる。
      2. (b)代用監獄温存のために作り出された格差

        しかし、このような処遇の格差はむしろ、代用監獄の温存のために警察及び法務省によって、意図的に作り出されているものと考えるべきである。なぜ、同じ未決被拘禁者に対して代用監獄では冷暖房を設備し、拘置所では酷寒の冬でも、熱暑の夏でも冷暖房を設備しないのか。冷静に考えれば、このような格差が意図的なものであることは明らかである。また、代用監獄の多くにはまったく窓がなく、また運動設備も拘置所に比べて貧弱な場合が多い。医療体制の面でも代用監獄には十分な医療体制は存在せず、拘置所の方がまだましである。

        捜査部門と留置部門が分離されたとはいうものの、政府報告書では被疑者に対する無制限な取調べに対する歯止めとなる「日課時限の確保」について「必要な場合には留置担当者から捜査主任官に対し取調べ等の打ち切り又は中断を要請し、日課時限の確保に努めている。」と述べるにとどまっている。この表現自体が留置担当官に取調べの打ち切りの権限、義務はなく、「要請」の努力義務があるだけであり、依然として留置部門は捜査部門に従属していることを自白するものである。

        「設備の改善」なるものは、政府が「代用監獄制度」存続のため、拘置所の増設、 建替を怠り、代用監獄施設の近代化に予算を重点的に投入してきた結果であり、被疑者の身柄が長期間にわたり、警察の管理下に置かれるという本質的な弊害を何ら解消するものではない。
    2. (2)裁判官の令状審査は機能していない

      第3回報告書の審査の際、警察の代表は、日本では司法権の独立が確保されており、人権保障に問題があれば、裁判官が警察留置場を勾留場所に指定するはずがない旨を強調した。しかし、裁判官による令状審査が機能しているとはいえない。

      検察官による勾留請求(常に代用監獄への勾留を求める)中、裁判官が却下するものがわずか0.31%(1996年)にすぎない。

      勾留のための裁判には弁護人が立ち会うこともできない。代用監獄では、自白強要、人権侵害の危険が大きいことを懸念し、弁護人が「代用監獄」を勾留場所としないよう請求しても、憲法、刑訴法に忠実に「拘置所」への勾留を命じる裁判官はごく少ない。裁判官が代用監獄を勾留場所に指定しているからと言って人権保障に問題がないとは到底言えないのである。
    3. (3)代用監獄制度に対する国際的批判

      アムネスティーインターナショナルによる勧告(1991年)の後、次のように更に国際的な批判がなされた。
      1. (a)1995年3月、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の勧告

        代用監獄制度は廃止されなければならない。警察に逮捕された後は、被疑者は速に拘置所に移されなければならない。
      2. (b)IBA(国際法曹協会)の調査報告及び勧告

        IBAは、1994年9月、オーストラリアのカウデリー弁護士を日本に派遣して「代用監獄制度」について詳細な調査を行い、翌95年2月、ハーパーIBA会長とカウデリー弁護士が来日し、第2次調査を行った。更に、日本の制度を他の刑事手続と比較、検討するため、日弁連と共催で「起訴前及び公判手続」についての国際セミナーを開催し、その後、代用監獄制度に関する報告書を発表して、代用監獄の廃止等を勧告した(*22)。

        このIBA報告は、これまでになされた代用監獄についての国際的な調査の中で最も徹底した、詳細なものであり、日本の刑事司法制度全体を代用監獄制度に焦点を当てつつ検討したもので、日本の刑事司法制度は、代用監獄と自白偏重の悪循環に陥っており、構造的な欠陥があると判断している。刑事司法における自白の偏重が「代用監獄」に被疑者を長く拘禁して、取調べにより自白を引き出すことを求め、また、「代用監獄」によって自白が容易に得られることが、自白に過度に依存した刑事司法を維持、強化するという悪循環を生んでいるとしている。
    4. (4)結論

      警察による拘禁期間の短縮は刑事被拘禁者の人権保障のために最も重要な措置の一つである。代用監獄制度とその下における警察による自白強要のための取調べは、国際人権(自由権)規約委員会が指摘してきたように、明らかに規約7条、9条、10条、14条3項(b)及び(d)に違反する。国際社会が一致して求めている代用監獄廃止に対し、日本政府は、徒らに反論するのではなく、真摯にこれを受け止めて、代用監獄を廃止すべきである。

Ⅱ 起訴前の国選弁護制度の欠如(規約9、14条)

A.結論と提言


 起訴前の被疑者the accusedに国選弁護人を付する制度が存在しないことは、規約14条3項及び(d)及び9条4項に違反する。政府は、直ちに、起訴前の国選弁護制度を創設すべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項、勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会の審査において、起訴前の国選弁護制度の欠如そのものが議論の対象にはなっていないが、規約14条における公正な裁判や防御の平等性の問題が取り上げられ、日本が規約に首尾一貫した態度をとっていないのではないかとの懸念が表明された。そして、同委員会は、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄制度が、規約のすべての要件に適合するように是正されなければならないこと、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文43頁、英文76頁)


 政府は、起訴前の国選弁護制度の創設に向けた行動は取っておらず、かえって、現在、立法化を目指している法律扶助基本法の扶助対象から刑事事件を除外する方針を決定している。


 第4回の政府報告書では、第3回報告書の起訴後の被告人に対する国選弁護制度の記載を引用した上で、必要的弁護人制度の記載を追加するのみで、後記の日弁連の制度化に向けた実践と被疑者国選弁護制度の提案には一切触れていない。


D.日弁連の意見


(1)現行実務では、国選弁護人制度は起訴された後の被告人についてのみ認められており、起訴前の被疑者には認められていない(刑事訴訟法36条)(*23)。その結果、被疑者が弁護人を知らなかったり、資力がない場合には、弁護人の援助を受けることができない。冤罪事件の多くの被疑者が、捜査段階において、弁護人の援助をうけられないままに、代用監獄にて長時間の取り調べに晒された結果、虚偽の自白をしたことは周知の事実である。


(2)しかし、規約14条3項(d)は、公正な裁判を受ける権利の一環として、刑事上の罪に問われているすべての者に、司法の利益のために必要な場合には、国家の費用で弁護人が付されることを保障しているのであるから、国選弁護人の要請を起訴後に限定しているわけではない。とりわけ、我が国のように、捜査段階の供述が公判段階の有罪無罪を事実上決定してしまう実務の下では、被疑者として逮捕された時点から公正な裁判の要請が働くと考えるべきである(*24)。また、規約9条4項は、身体の拘束を受けた者に対し、不当な身体拘束からの救済を裁判所に求める権利を保障したものであり、そのためには弁護人の援助が不可欠である。それゆえ、刑事上の罪に問われ、かつ、身体を拘束された被疑者は、二重の意味で弁護人の援助を受ける権利を有しており、その者が十分な資力を持たない時には、国家において国家の費用で弁護人を付さなければならないのである。


 したがって、我が国において、起訴前の国選弁護人制度を設けていないことは、明らかに規約14条3項(d)及び9条4項に違反する。


(3)日弁連は、起訴前の国選弁護人制度が存在しないという致命的な欠陥を補うために、全国52の単位弁護士会の協力をえて、当番弁護士制度を実施している。この制度は、イギリスのDutySolicitor Scheme に範をとり、身体の拘束を受けた刑事事件の被疑者からの要請をうけて、待機中の当番弁護士が留置先の被疑者の許に原則として24時間以内に駆けつけ、法律上の助言を無償にて行うものである。当番弁護士への登録者数は、1998年5月1日現在で、7,210人、日弁連全会員の43%に達し、当番弁護士の派遣事件数は、1997年1年間で22,910件となり、通常事件の勾留件数の25%近くに当番弁護士が出動するまでに発展した。この背景には、当番弁護士制度の告知につき、裁判所等の関係機関が協力的であったという事情がある。しかし、反面、国家の資金的援助が全くないボランティア活動であるため、これに投ぜられる地方の単位弁護士会の費用も莫大であり、需要があるほど財政的に運営が困難になるという矛盾が現れてきた。そこで、日弁連は、全会員から特別会費を徴収し「当番弁護士等緊急財政基金」を設置し、地方の単位弁護士会の運営を財政面から補助している。


 しかし、上記当番弁護士制度は、もともと応急措置として、国家制度の欠落部分を補完しているにすぎず、個々の弁護士の献身的な努力と犠牲に依存しているという限界があり、基金の設置にしても暫定的なものにとどまるので、本来あるべき起訴前の国選弁護人制度の実現が焦眉の急となった。


 そこで、日弁連は、立法化に向けて、市民やマスコミなどのコンセンサスを得る目的で、1997年10月、「被疑者国選弁護制度試案」を公表した。その骨子は次のとおりである。


  (a)対象範囲は、身体を拘束された全ての被疑者とする。


  (b)貧困その他の事由により自ら弁護人を選任できない場合に、その者の請求より、裁判所が国選弁護人を選任する。


  (c)選任手続の時期は、逮捕時点からとする。


  (d)被疑者の請求による選任を原則とするが、法定合議事件、否認事件、少年事件については、請求によらずに、貧困等の要件を満たした場合に、裁判所が職権で国選弁護人を選任する。


  (e)1999年に法改正を実現し、2000年から段階的に実施する。


(4)この提案に対し、法務省は、起訴前の国選弁護人制度を導入する前提として、「何が『適正な弁護活動』であるか」につき、日弁連との間にコンセンサスがなければ、国民の理解が得られないとして、議論の焦点を制度論から弁護人の役割論にすりかえようとしている(*25)。しかし、「何が適正な弁護か」「何が擁護すべき正当な利益か」は事案ごとに異なり、当事者主義を採用している我が国においては、真相究明の是非を含めて弁護方針は被疑者・被告人の自己決定権に依存するものであるから、弁護人を通じて真相を究明しようとする国家の要請とは、本質的に、相容れないものがある。弁護人の役割については、1990年の国連犯罪防止会議において採択された「弁護人の役割に関する基本原則」があり、それぞれの法体系の下で、弁護士がどのような役割を果たすべきかについて議論をすることは有益であるが、それと、規約上、本来存在しなければならない制度を創設することとは関係がない。政府は、一刻も早く現在の制度の不備を是正すべき義務を負っているのであるから、直ちに、その立法化に向けた作業を開始すべきである。


Ⅲ 証拠開示の不徹底(規約9条、14条)

A.結論と提言


 日本における証拠開示の法制度と運用は、規約14条3項(b)に違反する。政府は、被告人・弁護人の全面的証拠開示請求権を認める立法措置を講ずるべきである。


 また、同時に、規約9条4項に基づき、身体拘束に関する記録への被疑者・被告人・弁護人のアクセス権を認めるべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会の審査において、複数の委員から、被告人と弁護人が全ての文書と証拠にアクセスできないのは不正義であるとの意見が表明され、「検察側には、証拠として使用する気がない場合は、弁護側に有利な手持ちの証拠を開示しないことが許されるのか」との質問がなされたが、その点に関する日本政府代表の補足回答はなされなかった。


 委員会は、主要な懸念事項の一つとして、「弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」ことを指摘し(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文43-44頁、英文76頁)


 政府は、被告人・弁護人の全面的証拠開示を認める法改正は勿論のこと、運用による全面的証拠開示も認めていない。


 政府報告書では、刑事訴訟法299条1項の規定と裁判所の訴訟指揮権に基づく個別的な開示命令があることを紹介しただけで、「被告人・弁護人には、公判の準備をするために必要な証拠の開示を受ける十分な機会が保障されている。」と結論づけている。


D.日弁連の意見


(1)刑事訴訟法299条1項の規定は、相手方に対する不意打ち防止の観点から、取調べを請求する証拠について事前の開示を定めたにすぎないから、弁護人が、この規定を根拠に、検察官が取調べ請求の意思を有しない手持ち証拠(特に、被告人に有利な証拠)の開示を求めることはできない。また、裁判所の個別的な証拠開示命令も、


  (a)被告人・弁護人に証拠開示請求権を認めるものではなく、裁判所の訴訟指揮という裁量によること、


  (b)弁護人の方で「一定の証拠」を特定し、開示を求める「具体的必要性」を示 さなければならないため、被告人・弁護人にとって、その存在や内容を知り得ない証拠については、開示の申し立てそのものができないこと、更に、


  (c)「防御のため特に重要」「罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるとき」といった要件が厳しすぎることから、実効性のある証拠開示の手段にはなっていない。


(2)規約14条3項(b)の趣旨は、実効的な弁護の保障であり、「十分な便益」には、弁護人において、訴訟の準備のため必要な書類その他の証拠を利用することを含む(一般的意見13.9)。前回の審査において、ララー委員が指摘したように「便益」とは、「防御側が公判の過程において直面することになる検察側の主張立証の根拠となる資料の入手可能性をいう」のであるから、「被告人とその代理人がすべての必要な文書と証拠にアクセスすること」(エヴァット委員)でなければならない。捜査段階の証拠収集権限と能力の点で、捜査当局と被告人・弁護人とではもともと対等ではあり得ないのであるから、検察官の手持ち証拠を被告人・弁護人が平等に利用できることによって、初めて、公判段階における実質的な当事者平等が可能になるのである。


 したがって、被告人・弁護人に事前の全面的証拠開示請求権を認めない日本の法制度と運用は、被告人の防御権の保障としては不充分なのである。


(3)日弁連は、1988年3月、「刑事訴訟法における証拠開示制度の立法措置要綱」を策定し、検察官手持ち証拠全部の開示を原則とする立法措置が刑事訴訟法においてなされるべきことを提言した。その主要な点は次のとおりである。


  (a)証拠開示の対象は、捜査において取得された証拠の全部とする。


  (b)証拠開示を被告人・弁護人の請求権とし、検察官はこれに応じる義務を負う。


  (c)検察官が証拠の標目を弁護人に明らかにしなかった場合や裁判所の証拠開示命令に従わなかった場合には、裁判所は公訴を棄却する。


(4)規約9条4項は、身体の自由を奪われた者に、身体拘束の合法性を裁判所において争う権利を認めており、その権利の内容として、被拘束者及びその弁護人が、身体拘束を認める決定の基礎となった資料を閲覧することを認めているから、刑事訴訟手続による拘禁の場合、規約14条の「公正な裁判」の要請とは別の観点から、身体拘束に関わる記録の証拠開示が求められることになる。したがって、証拠開示は、身体拘束の段階及び公判を前提とした捜査段階から公判段階まで、それぞれの段階における適正手続の要請から統一的に理解される必要がある。


 現在、日弁連は、こうした理解に立って、有罪無罪に関わる証拠は勿論のこと、身体拘束に関する記録、令状に関する資料、取り調べに関する記録等の全てにつき、全面的な証拠開示がなされなければならないと考えている。


 しかし、捜査機関は、捜査の密行性を理由に、起訴前の身体拘束に関する捜査資料の開示に反対しており、裁判所も同様に、記録の管理主体が捜査機関にあり裁判所にないことを理由に、証拠開示に消極的である(*26)。


 現在、大阪弁護士会が中心となり、「起訴前手続における資料等開示についての提言」を公表して、逮捕・勾留を決定した際の捜査資料及び拘禁に関する記録(留置人出入簿等)に弁護人がアクセスできる閲覧謄写権を認めるよう刑事訴訟規則の改正を提案しているが、法務省、裁判所ともに協議に応ずる姿勢を見せてはいない。


 このような勧告の無視ともいえる不作為は、日本は、最初から、規約の「精神」を正確に理解し、規約に合致する措置を取ろうとする姿勢に欠けるのではないかという委員の危惧を裏付けるものである。


Ⅳ 被疑者の身体拘束(規約9、14条)

A.結論と提言


(1)勾留の裁判における被疑者の身体拘束の可否および起訴後の被告人に対する保釈の可否を決定するにあたり、「罪証隠滅のおそれ」を考慮することは、規約14条2項の無罪と推定される権利に違反すると同時に、規約9条3項にも違反する。


 政府は、刑事訴訟法に規定されている身体拘束を正当化する理由から、「罪証隠滅のおそれ」に該当する要件を削除し、国際的に承認されている未決拘禁の理由でる「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」に置き換えるべきである。


(2)逮捕期間中、逮捕の合法性を争う不服申立手段を被逮捕者に与えていないことは、規約9条4項に違反する。政府は、新たに、逮捕に対する不服申立手段を立法化するか、あるいは、勾留に対する準抗告制度を逮捕に対する不服申立手段として準用できる旨を明文化すべきである。


(3)起訴前の被疑者に保釈を認める制度が存在しないことは、規約9条3項に違反する。政府は、直ちに、起訴前の保釈制度を創設すべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会の審査において、日本政府代表は、起訴前の身体拘束期間が23日間であることは、フランスの予審段階の勾留期間と比較して極めて短期間であるとの認識を示し、被疑者は、逮捕から最長72時間以内に勾留の請求をされ、裁判官の面前にて弁明する機会を与えられ、裁判官の厳密な要件審査を経て勾留の決定が下されるから、規約9条3項に適合していると述べた。これに対し、委員からは、他国の法制度との比較が不適切であり、23日間は決して短い期間ではないことが指摘され(ヒギンズ委員)、代用監獄制度に象徴して見られるように、日本政府は規約9条3項の解釈を根本的に誤っているのではないかという懸念が表明された(ララー委員)。


 同委員会は、「公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること」に規約違反の懸念を表明した上で(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄が、規約のすべての要件に適合されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。


 同委員会が、代用監獄問題に集約される未決拘禁制度のみならず、日本の刑事司法 全体が規約を貫く被疑者の人権保障の精神と適合していないのではないかと危惧した結果が、このコメントに集約されている。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文26-28頁、英文44-48頁)


 政府は、被疑者の身体拘束に関する刑事訴訟法の改正には全く着手していないし、運用ないし判例によって従来の拘禁制度が見直されたこともない。


 政府報告書では、刑事訴訟法の規定と1990年から1995年までの統計数値を引用して、前回の審査で述べた内容を再び繰り返すのみであり、委員が期待した「規約に適合した態度」(ララー委員)は今回も見られない。


D.日弁連の意見


(1)身体拘束の正当化理由について


 日本の刑事訴訟法は、被疑者の勾留を認める要件として「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を規定する(60条1項2号)。この要件の意義は、実務において、抽象的な「罪証隠滅のおそれ」と理解されており、しかも、罪証隠滅の対象となる事実の範囲を犯罪構成要件事実に限らず、一般的な情状事実にまで拡大して解釈しているため、捜査機関の主観的危惧感があれば、容易に、被疑者の勾留が認められる傾向にある。また、勾留の判断は、英米法系の法制度に見られる予備審問のように、身体拘束の可否をめぐって当事者間の主張立証を尽くす対審構造による審理手続を採っていないため、裁判官は、捜査機関の一方的な収集証拠のみによって罪証隠滅の可能性を推測することとなり、事実上、罪証隠滅の可能性を肯定する傾向にある。その結果、検察官の勾留請求は99%以上の異常な高率で認められており、身体拘束に関する司法的チェックは全く形骸化している(1996年度司法統計年報によれば、勾留請求却下率は0.31%である。)。


 しかし、規約14条2項は、被疑者に無罪の推定を受ける権利を保障しているのであるから、無罪と推定される被疑者を「罪証隠滅のおそれ」を理由として身体拘束するというのは明らかな背理である。規約9条3項が明示するように、刑事上の罪に問われた者が身体を拘束されるのは、「司法上の手続のすべての段階における出頭及び必要な場合における判決の執行のための出頭」を確保するためであり、有罪立証という一方当事者の便宜のためではない。ちなみに、国連被拘禁者保護原則36などは、被疑者の行為が「司法運営過程への妨害」に該当すると認められる場合には、被疑者の身体を拘束することを認めている。欧州評議会も1980年6月27日、「閣僚委員会による未決拘禁に関する勧告」において、「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」を未決拘禁の理由の一つとしている。しかし、これらの司法権の執行の必要性は「罪証隠滅のおそれ」と同じ概念ではない。飽くまでも、基準は「公正な裁判」が害されるか否かにあるのであって、訴追側の有罪立証の便宜を図るためではないからである。


 したがって、勾留理由から刑事訴訟法60条1項2号の要件を削除し、代わりに、国際人権法上、承認されている「司法権の行使を妨げる客観的な危険がある場合」を勾留理由とすべきである。


(2)逮捕期間中の身体拘束の合理性を争う手段の欠如


 日本の刑事訴訟法には、規約9条4項の人身保護手続をなす権利に対応して、勾留に対する準抗告制度がある(*27)。しかし、逮捕については、不服申立てを認める明文規定がなく、勾留に対する準抗告にならって準抗告の申し立てをしても、不適法として却下される(最高裁1982年8月27日決定・刑集36巻6号726頁)。その結果、逮捕の効力として認められる72時間の留置期間中、被疑者は、刑事訴訟法上、何らの救済手段がない状態に置かれている。これは、事実上、裁判所が勾留の決定をするまで最大72時間、被疑者は、不当な身体拘束からの救済を裁判所に求め得る規約9条4項の権利を否定されているのと同じである。


 逮捕に対する不服申立て手段がないことは、明らかな立法の過誤であるから、政府は、その不利益を被疑者に負わせるのではなく、直ちに、立法化するか、あるいは、裁判所において、従来の判例を変更して、逮捕についても準抗告を準用することができるように準用規定を置くなどして立法の過誤を是正するべきである。


(3)起訴前の保釈制度の欠如


 現行実務では、身体を拘束された被疑者が、起訴前に保釈を申請しても、制度の不存在を理由に認められない。刑事訴訟法の解釈として、保釈請求権は、起訴後の被告人についてのみ認められ、起訴前の被疑者には認められないと考えられているからである。その結果、被疑者は、勾留が決定されると、最長23日間の長期に渡って身体拘束を余儀なくされるうえ、保釈を請求することすら認められない(*28)。歴史的由来がどのようなものであれ、本来あるべき起訴前の保釈制度が存在しないことをそのまま放置することは、規約9条3項が「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される権利を有する。」と定めていること、「公判前の抑留は、あくまで例外であり、またできる限り短期間でなければならない。」ことに真っ向から反する。したがって、政府は、直ちに、起訴前の保釈制度を創設すべきである。


(4)起訴後の保釈制度の形骸化


 刑事訴訟法89条により、起訴後の被告人について「権利保釈」が認められる扱いになっているが、実際に、保釈を許可された者の割合(保釈率・勾留総人員中に占める保釈人員の割合)は、およそ2割にとどまっている。1996年度司法統計年報によれば、わずか16.29%にすぎない。実に、勾留された被告人の5人に4人が起訴後も身体を拘束され続けているのである。更に、保釈請求件数に対する保釈許可件数の比率を同じ1996年度司法統計年報でみると、前者が18732件であるのに対し後者が8778件であるから、保釈請求の認容率は、46.86%である。つまり、保釈申請をしても、当然に認められるわけではなく、ほぼ半数の者しか保釈が許可されていないのである。同じ当事者主義構造の刑事司法モデルを採用しながら、欧米諸国においては保釈されて公判に臨むのが常態であるのに対し、日本においては、保釈可能な被告人のうち、8割を超える者が身体を拘束された状態で公判に臨むのである。これでは、到底「権利」と呼べないことは明らかであろう(*29)。


 このように、本来「権利」であるべき保釈が実現されていない原因はいくつかあるが、その最大のものは、権利保釈を認めない除外事由として勾留理由と同じ「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を定めている点にある。ここでも、この要件が抽象的な「罪証隠滅のおそれ」の意味に拡大解釈されているため、被告人が否認している、あるいは、黙秘をしている場合には、そのこと自体が罪証隠滅の徴表として被告人に不利益に判断されている。その結果、被告人が事実を争っていれば、第一回公判期日前の保釈はほとんど認められず、第一回公判期日後であっても、検察官の立証段階が終了するまでは、容易に保釈が認められないという現実がある。そのため、中には保釈を得るために嘘の自白をする者すら現れて来るのである。保釈の厳しい運用が、自白強要の手段と化しているのである。私たちは、この実態を「人質司法」と呼んでいる。


 しかし、規約9条3項は、保釈を被拘束者の権利と位置付けた上で、保釈に際して出頭確保のために条件を付しても構わないが、被疑者を可能な限り釈放して、過剰な身体拘束を避けよということを国家に命じているのであるから、上記の如き保釈の運用が同条項に違反していることは明らかというべきである。


 したがって、政府は、権利保釈の除外事由から「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を削除し、権利保釈の請求があれば原則として保釈を許可する規定に改めるべきである。


(5)勾留執行停止制度・勾留理由開示制度について


 政府報告書は、規約9条4項の権利に関し、勾留理由開示制度と勾留執行停止制度があることを紹介している。


 しかし、勾留理由開示制度は、裁判官が勾留を決定した後に、請求を受けて、被疑者に勾留の理由を開示するだけの制度にとどまっており、身体拘束の理由と必要性を  めぐって、当事者間の主張立証がなされるはずの審理手続と決定手続を欠いている


 このような制度は、世界に類例がない。 実際の運用も、開示公判に検察官の出頭が義務づけられておらず、裁判官が単に勾留を認めた根拠条文を示すだけという形式に堕している。ちなみに、1996年度司法統計によれば、勾留状が発付された総人数は53,881人もいるのに被疑者段階で勾留理由の開示の申し立てがあった件数は404件にすぎず、開示公判が実施された件数は、わずかに304件しかない。


 また、勾留執行停止制度は、裁判所の職権によって、一旦決定された勾留を停止するものであるが、被疑者に請求権がなく、事実上、裁判所の職権発動を促すことしかできない。そのため、実際には、被疑者の病気、近親者の冠婚葬祭など極めて限られた場合にしか認められていない。ちなみに、1996年度司法統計によれば、勾留の執行停止が認められた件数は、わずか74件である。


 したがって、いずれの制度も、規約9条4項が要請している身体拘束からの救済を被拘束者の権利として認めたものではないから、政府報告書の記載は誤解を与えかねず不適切である。


(6)別件逮捕・別件勾留について


 政府報告書は、「逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実以外の事実についても取調べが行われること」を認めながら、それは被疑者にとって有利な場合であり、「当該被疑事実について逮捕・勾留の理由及び必要性がないのに、他の被疑事実の捜査のために逮捕・勾留が行われるということはあり得ない。」と断言する。


 しかし、政府報告書が引用するとおり、判例が、別件逮捕・勾留を利用して得た証 拠を排除する判例理論を確立しているのは、実際に、その実例があるからであり、現に、オウム真理教の犯罪の摘発に当たって、軽犯罪法違反を理由に信者を逮捕し、本来の捜査目的である組織的重大犯罪の取調べに利用したことは記憶に新しいところである。


 別件逮捕・別件勾留は、規約9条1項に違反するのみならず、引き続き本件に基づ く第二次の逮捕・勾留を必然的に招来する点で、規約9条3項にも違反する。


Ⅴ 取調べの規制の不存在(規約7、10、14条)

A.結論と提言


(1)被疑者の身体を23日間の長期に渡って拘束したうえで、その拘禁状態を利用して被疑事実の自白を求めるのは、国連被拘禁者保護原則21「拘禁状態の不当利用禁止」に抵触すると同時に、規約7条、10条1項、14条3項(g)に違反する。


 政府は、捜査機関に対し、自白の獲得のために身体拘束を利用することを禁止し被疑者が任意に供述する場合の取調べの時間、方法等を規制する立法措置を講ずるべきである。


(2)捜査機関が身体を拘束された被疑者を取調べる場合、被疑者の意思如何に拘らず、弁護人の立会いを認めないのは、規約14条3項(b)及び(g)に違反する。


 政府は、弁護人の立ち会いを認める明文規定を立法化すべきである。


(3)被疑者・弁護人が、取調べ担当官の氏名、階級、取調べ時間、取調べ開始及び終了の時刻、取調べ場所等の取調べ過程の資料にアクセスできないのは、規約14条3項(b)を体現した国連被拘禁者保護原則23に違反する。政府は、被疑者・弁護人が上記資料にアクセスできる権利を明文化した立法措置を講ずるべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会の審査において、代用監獄を拘禁場所とした身体拘束下における取調べが、自白の獲得のために利用されているのではないか、といった懸念が繰り返し表明された。システム全体が規約7条の「非人間的かつ品位を傷つける取り扱い」になるとも指摘された(*30)。そして、委員会は、規約9条、10条及び14条との関連で、「取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いの下でなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと」に懸念を示し(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄制度が規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文28頁、英文47-48頁)


 政府は、被疑者の身体拘束を利用した取調べ方法を変更する措置は何も取っていない。政府報告書は、「被疑者の身柄拘束」の項目の中に「取調べの実態」と題する一項を設けているが、記載されている内容は、黙秘権と取調べに関する憲法及び刑事訴訟法の条文の紹介だけで、取調べの実態は何も記載されていない。


D.日弁連の意見


(1)取調べの実態


 我が国の逮捕・勾留制度は、実際上、被疑者の取調べを目的としており、とりわけ、否認事件や黙秘事件では、代用監獄における身体拘束を利用して自白を獲得することが捜査機関の目的となる。捜査官の意識として、執拗に自白を迫ることは悪だとは考えられていない。それは、自白が「証拠の女王」だからではなく、犯罪者が自白をすることはモラル・カタルシス(精神の浄化)を示すことにほかならず、犯罪者の社会復帰と更正のために不可欠だと考えているからである(*31)。その結果、捜査官が有罪を確信しているのに被疑者が否認をし、あるいは、黙秘をする場合には、熱心な捜査官であればあるほど、暴力や心理的な脅迫に訴えてでも自白を獲得しようと躍起になる。


 暴力行使の形態としては、被疑者の頭部や腹部を殴る、顔面を平手で打つなどの直接的暴行のほか、長時間直立不動のまま立たせる、座っている椅子を蹴飛ばす、目の前で机を叩く、耳元で大声をだして怒鳴るなどがある。また、取調べ時間に法的規制がないため、朝から始まって午後10時以降の深夜や翌朝にまで及ぶことも珍しくない(*32)。しかも、警察の取調べは、23日間に渡って連続して行うことが法的に可能なので、被疑者が否認している場合には、ほとんど毎日、長時間の取調べが続くことになる。冤罪事件の多くに見られる虚偽自白は、このような法的規制のない長時間の取調べの結果生み出されたものである。


(2)弁護人の立会いの拒否


 逮捕・勾留された被疑者に対する警察の取調べ及び検察官の取調べは、取調室という密室において行われ、弁護人の立会いは認められない。刑事訴訟法上、取調べに弁護人の立会いを認める規定はないが、それを禁止する規定もない。それゆえ、取調べに弁護人の立会いを認めるか否かは運用に委ねられているといえるが、実際には、被疑者が希望しても、捜査官は弁護人の立会いを拒否する。その結果、取調べの場面では、常に、被疑者は弁護人の援助なしに自らの力で防御しなければならないのである。


 しかも、取調官には、取調べの過程を記録化しておく法的義務がない。取調官が、後日の任意性立証にそなえて、取調官の利益のために録音テープやビデオ録画することはあっても、取調べの全過程の公正さを担保するために記録化するシステムは存在しない。そのため、後日、被告人の側で、被疑者段階で作成された供述調書の自白について任意性を争おうにも、自らの証言以外には、立証する方法がないのである。(しかも、日本では、被告人が法廷で供述することはできるが、自ら宣誓して証人となることはできない。)


(3)自白強要システムの規約違反性


 日本の取調べの実態は、一方で、警察の留置場において23日間に及ぶ被疑者の身体拘束を認めながら、他方で、被疑者と弁護人との接見交通を遮断しつつ、犯罪事実を否認ないし黙秘する被疑者に自白を迫るというものであり、代用監獄制度及び弁護人の接見交通権の制限等すべてが捜査段階における自白の獲得という共通の目的のために利用されている。それゆえ、自白強要のシステム全体が、規約7条の禁止する「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い」に該当し、同条及び規約10条1項に違反するばかりか、弁護人の援助を受ける権利を奪って黙秘権を侵害している点で、規約14条3項(b)及び(g)に違反する。


(4)日弁連の活動と提言


 日弁連は、1996年、「刑事司法改革の実現に向けてのアクション・プログラム」を採択し、我が国の目指すべき司法改革の道筋を明らかにした。その中で、上記のような取調べの実態を変えていくために、以下の制度改革を提言した。


(a)代用監獄制度を廃止すること。


  (b)黙秘権の実質的保障の観点から、弁護人の取調立会権を刑事訴訟法に明記すること。


  (c)取調過程の可視化の観点から、捜査官に取調の過程(取調べ開始及び終了の時刻、延べ時間、場所、尋問者の特定など)を記録化することを義務づけ、取調べ状況をテープ録音、ビデオ録画により保存すること、及び、被疑者・弁護人が、これらの記録にアクセスできることを明文化すること。


  (d)取調べ時間、時刻、尋問方法等について法的に規制すること。


 これらは全て、前回の審査において、委員から日本政府代表に対し示された改善勧告と一致している。また、現在の取調べ状況を変えるために、個々の弁護活動において、被疑者が捜査機関に弁護人の立会いを求めたにも拘らず、捜査機関が弁護人の立会いを認めない場合には、被疑者に取調べ拒否、供述調書の署名押印の拒否を助言していくこともあることを確認した。


 しかし、法務省及び検察庁は、この弁護方法は権利の濫用であり、捜査妨害に他ならないとして、上記方法を実践する弁護士に対し、組織的な批判を加えている(*33)。


 また、既に述べたとおり、日弁連が提案している被疑者国選弁護制度の協議の前提として、国民の理解を得るためには、「何が『適切な弁護』か」について、法曹三者に共通のコンセンサスが必要だと主張している(*34)。


 しかし、現在、日本の刑事司法に対して求められているのは、規約に適合していない制度の欠陥や制度そのものの不存在を解消することであり、個々の弁護活動の是非ではない。弁護のあり方を議論しなければ制度化できないというのは、規約違反の状態を更に継続するということであり、国際的に、規約の遵守義務を負っている締約国として許されることではない。政府は、もはや、これ以上の違反状態の放置が許されないことを銘記するべきである。


Ⅵ 人身保護法の不備(規約9条)

A.結論と提言


我が国の人身保護法の下位規範である人身保護規則第4条は、人身保護請求をなし得る場合を身体拘束権限の不存在ないし著しい手続違反が顕著な場合に限定し、かつ、厳格な補充性の要件を定めているため、人身保護法がhabeas corpus の機能を果たすことを妨げている。それゆえ、人身保護規則第4条はhabeas corpusによる不当な身体拘束からの救済を求め得る権利を保障した規約9条4項に違反する。


政府は、速やかに人身保護規則第4条を廃止すべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会の審査において、人身保護法制について直接の議論はなされていないが、刑事被疑者の身体拘束を巡って集中的な議論がなされており、不当な身体拘束からの救済方法も議論の射程に入っている。委員会は、刑事手続に関し、規約9条、10条および14条の諸規定が完全には遵守されていないことに懸念を表明し(コメント13項)、「公判前の手続が、規約のすべての要件に適合するように」勧告した(コメント19項)。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 政府は、人身保護法制の改善に向けた措置は何も取っていない。政府レポートにおいて、身体拘束からの救済手段として勾留の執行停止については記載があるが、人身保護法についての記載はない。


D.日弁連の意見


(1)我が国においても、新憲法の制定に伴い、habeas corpusの制度を継受し、1948年、人身保護法を制定した。この法律自体が、救済の対象を「法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者」に限定し、実体的な不当拘束を救済の対象から除外した点で問題があるが、更に、その下位規範である人身保護規則第4条は、救済の対象を「拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分がその権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合」に限定し、「他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときはその方法によって相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければ、これをすることができない。」と定めた。


 その結果、人身保護法の制定当初期待されていた刑事事件におけるhabeas corpus の機能はついに発揮されることがなく、今日においては、わずかに、幼児の引渡請求事件など外観上、身体拘束が「権限なしになされていることが顕著」である場合にのみ利用されているに過ぎない。


(2)日弁連は1992年2月、精神病院における不当拘禁からの救済手段として人身保護法制を調査した結果、人身保護規則第4条が、我が国の人身保護制度を英米法のhabeascorpusから全く異質なものに変容させていること、規則自体が規約9条4項に違反すると考えられること、この規則があるため人身保護請求が本来活用されることが期待される分野で実効性のないものとなっていることを確認し、以下のとおり、緊急の提言をした(1992年2月人身保護法制に関する調査報告書)。


(a)人身保護規則第4条を全面的に廃止すること。


(b)仮に全面的に廃止できないとしても、明白性及び顕著性の要件を廃止して救済の要件を緩和すること及び補充性の要件を緩和して人身保護請求による救済の機会を広げること。


(3)しかし、政府は上記緊急提言を無視したまま、何らの改善措置も取っていない。人身保護法の本来の目的であるhabeas corpusによる不当な身体拘束からの救済を実現するために、規約9条4項違反の状態は速やかに是正されなければならない。


Ⅶ 弁護人の面会 接見指定制度(規約14条)

A.結論と提言


  捜査機関が弁護人に対して、被疑者との接見の日時・場所・時間を指定することを認める刑事訴訟法39条3項は規約14条3項(b)及び(d)に違反する。よって、政府は、この規定を削除すべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項、勧告内容


 第3回政府報告書審査において、被疑者の問題は代用監獄に議論の中心があった。 したがって、弁護人に対する接見指定の問題も代用監獄における長期間の取調べ中に弁護人の接見が制限されている状況があるとして問題になった(*35)。 


 そして、国際人権(自由権)規約委員会は、コメント13項で、「公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること、勾留が迅速かつ効果的に裁判所の管理下に置かれることがなく、警察の管理下に委ねられていること、取調べはほとんどの場合に被勾留者の弁護人の立会いの下でなされておらず、取調べの時間を制限する規定が存在しないこと、そして、代用監獄制度が警察と別個の官庁の管理下にないこと、である。さらに、弁護人は、弁護の準備を可能とする警察記録にあるすべての関係資料にアクセスする権利を有していない。」ことを懸念し、コメント19項で、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、当委員会は、公判前の手続及び代用監獄制度が、規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと。」を勧告した。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文29-31頁、英文48-52頁)


 日本国政府は刑事訴訟法39条3項を削除することはもとより、何ら接見指定制度を改善する措置も取らなかった。


 政府報告書では刑事訴訟法39条3項は規約10条に関する報告として記載されているが、日弁連は刑事訴訟法39条3項は規約14条3項(b)(d)に関する問題であると考える。


 政府報告書は接見交通権につき「憲法第34条前段及び刑事訴訟法第39条1項において認められているものであり、憲法の精神と抵触しない限りにおいては、制限を受ける。」その制限される場合とは、「刑事訴訟法第39条3項に基づく接見指定権の行使によるもの及び被疑者を勾留している施設の管理上の必要に基づくものとがある。」と述べる。


D.日弁連の意見


(1) 違法な接見指定による接見妨害


 弁護人が接見妨害を受けた事実には下記のものがある。


 (a)2名の弁護人が被疑者に接見するため警視庁に赴いたが、警察官から2人一緒の接見は認めないとして接見妨害を受けた。裁判所は弁護人に200,000円の慰謝料を認めた(東京地裁1993年(ワ)第10827号1995年3月28日判決、確定)。


 (b)検察官はある被疑者の弁護人に対して代替期日の指定もせず取り調べ予定を理由に接見を拒否し、さらに同じ被疑者の他の弁護人に接見指定の要件がないのに3度にわたって接見の開始を遅延させて接見妨害をしたので、2人の弁護人は国家賠償請求訴訟を提起した(東京地裁1997年(ワ)第8422号)。


 (c)2人の弁護人が、公訴提起後の被告人に接見しようとしたところ、公訴提起後は刑事訴訟法39条3項による接見指定はできないのに、被告人を拘禁している刑務所の刑務官が検察官からの指示により短時間の接見しかさせなかった。日本国政府は請求を認諾して2人の弁護士に対して各々300,000円の慰謝料を支払うことを認めた(高松地裁1995年(ワ)第319号、1996年7月15日日本国政府が請求認諾)。


 (d)ある検察官は、被告人に対して起訴後の勾留を利用して、勾留の理由とはされていない別件の被疑事実の取り調べをしているという理由で弁護人接見を拒否したので、弁護人は国家賠償請求訴訟を提起した(東京地裁1997年(ワ)第9930号)。


 接見が認められても、検察官において接見時間を15分から20分と指定するのが通常である。接見時間は非常に短い。検察官が被疑者を23日間支配下に置き、連日長時間にわたって取調べができるのに比べ、弁護人が被疑者と接触できる時間はわずかである。このように依然として、接見指定制度は自由な接見交通権を侵害している。


 また、不服申立制度(接見指定に対する準抗告)はあるものの、主張・立証責任が被疑者・弁護人に転嫁されているために、弁護人が不服申立書を作るのに半日くらいかかり、しかも裁判所の決定が出るのが接見拒否の翌日以降になることが多く、有効かつ迅速な救済手段にはなっていない。


(2)規約の適用


 上記の接見妨害事例は刑事訴訟法39条3項それ自体を違法・不当に適用した事例であるが、そもそも刑事訴訟法39条3項そのものが、接見の制限手続及び制限事由の両面で、国連被拘禁者保護原則に反しており、この原則が、国際人権(自由権)規約14条3項(b)及び(d)の定める弁護人依頼権に対して許される制約の内容を具体化したものであることからして、刑事訴訟法39条3項は、同規約にも違反するというべきである(*36)。よって、日弁連は、刑事訴訟法39条3項は削除されるべきであると提言する。


Ⅷ 弁護人の面会 施設管理上の制限(規約14条)

A.結論と提言


 代用監獄以外の拘禁施設において、弁護人と被疑者・被告人との接見を拘禁施設の執務時間内に制限する監獄法施行規則122条の規定及びこれに基づく接見の運用は、規約14条3項(b)及び(d)に違反する。上記規則及びこれに基づく運用は速やかに是正されなければならない。


B.第4回政府報告書の記述(和文30-31頁、英文51-52頁)


 第4回政府報告書は、施設管理上の必要性に基づく弁護人と被疑者・被告人との接見の制限は、当然認められる制約であり、やむを得ないところではあるが、この接見を行刑施設の執務時間内に制限する監獄法施行規則122条の規定にかかわらず、行刑施設においては一定の条件で休日の接見を認めることとしており、また警察留置場においては、休日及び執務時間外においてもできるだけこれに応じるなど制限緩和のための努力をしているとする。


C.日弁連の意見


(1)第4回政府報告書は、施設管理上の必要性に基づく接見の制限の例として、「監獄が、緊急の必要性のない深夜の接見を拒否するような場合」をあげ、そのような場合以外には、接見を認めているかのような印象付けを狙っているが、明らかにミスリードである。


 代用監獄においては、確かに、事実上、休日及び執務時間外を理由とする接見制限は緩和されており、この面での弁護人等とのトラブルも減少している。しかし、監獄においては、執務時間外、すなわち、午後5時から翌日午前8時30分までの間における接見は、いまだに極めて例外的な状況にある。法務省の調査結果によれば、1995年6月1日から1996年5月31日までの1年間で、全国の監獄、すなわち拘置所、刑務所拘置監、拘置支所において、平日の執務時間外に接見申込があり接見を実施した件数は、110件に過ぎず、東京、大阪など全国で7ケ所ある拘置所に限ると3件に過ぎない(東京拘置所は0件である)。しかも、東京拘置所に例をとると、接見の受付が、午後3時30分までとされており、この時間までに受付を済まさないと実際上接見はできない。又、受付から実際の接見まで通常30分から1時間程度を要している。受付を午後3時30分までに済ませても午後5時には接見を終了しなければならない。


 また、休日につき、一定の条件で接見を認めていることは事実ではあるが、連続する休日のいずれについても接見が可能なのは被疑者の当該施設における初回接見の場合のみであり、それ以外の場合は土曜日の午前中に限られている。総じていえば、上記の措置は、官庁の完全土曜閉庁により、従来は何らの条件なしに可能であった土曜日の午前中における接見が制約されることになったことに対する代償措置に過ぎず、休日における接見は、原則として禁止されている。


 この結果、被疑者・被告人は、収容施設が監獄か代用監獄(警察留置場)かによって、弁護人の援助を受ける権利の行使につき、著しく差別的な取り扱いを受けている。かような差別化は、おそらくは、代用監獄を存続させるための政策的意図に基づくものと考えて誤りはなかろう。


 日弁連は法務省に対し、監獄での執務時間外における接見の制限を撤廃するよう求めてきたが、法務省は、公務員定員の計画的削減と予算上の制約を理由に拒否し続けている。すなわち、日本においては、予算上の理由から、拘置所等の監獄における接見が午後5時から翌日午前8時30分までの間、原則として禁止される事態となっている。


(2)施設管理上の面会制限は、執務時間を理由とするものだけではない。


 被疑者と弁護士との検察庁内での接見が、接見設備がないとの理由で、検察官によって拒否されたことにつき、弁護士が国家賠償請求訴訟を提起し、これが認められた事例として、広島地方裁判所1995年11月13日判決がある。日本においては、接見室を備えている検察庁は全国で7庁と、ごく少なく、このように接見室のない検察庁においては、接見室がないとの理由で接見を制限する事例がみられたが、その後改善されたかどうかについては明らかでない。


(3)上記のような実態は、監獄法施行規則122条の「接見ハ執務時間内ニ非サレハ之ヲ許サス」との規定に基づくものであり、拘置所等での執務時間外における接見は、第4回政府報告書があげる「緊急の必要性のない深夜の接見」のような場合に例外的に拒否されているのではなく、原則的に拒否されているのである。


 施設管理上の必要性に基づく弁護人と被疑者・被告人との接見制限が、「緊急の必要性のない深夜の接見」などに限られるのであればともかくとして、執務時間外及び休日、接見室の不存在等を理由として、広範な接見制限を行うことは、規約14条3項(b)が定める「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられる」ことの保障及び同項(d)が定める「自ら選任する弁護人を通じて、防御すること」の保障に反することが明らかである。


 また、国連被拘禁者保護原則18の3項は、「抑留又は拘禁された者が、遅滞なく、また検閲されることなく完全に秘密を保障されて自己の弁護士の訪問を受け、弁護士と相談又は通信する権利は、停止されたり制限されたりしないものとする。但し、法律又は法に従った規則に定められ、かつ司法もしくはその他の官憲により安全と秩序を維持するために不可欠であると判断された例外的な場合を除くものとする」と定めているが、日本における執務時間外を理由とする接見制限は、「安全と秩序を維持するために不可欠であると判断された例外的な場合」でないにもかかわらず、接見を制限するものであって、同原則に違反する。


 弁護人と被疑者・被告人との接見を行刑施設の執務時間内に制限する監獄法施行規則122条の規定は速やかに廃止されねばならず、同規則に基づく運用は速やかに是正されねばならない。


第4章 死刑制度

Ⅰ 死刑の適用の状況(規約6条)

A.結論と提言


 刑法典はじめ関連法規が定める死刑が科される犯罪は17種類と数が多く、また政治的犯罪も多く含まれているので規約6条2項に反する。政府は、直ちに、死刑の定めのある罪を減少させるため、関連法規を修正すべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸案事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は第3回審査において、「主要な懸念事項」(コメ ント12項)において「日本の刑法典の下で死刑が科される犯罪の数と質について当惑している」、「死刑をまだ廃止していない国においては、最も重大な犯罪だけに死刑を適用しなければならないことを想起する」と述べ、また「提言と勧告」(コメント18項)において「廃止までの間は死刑は最も重大な犯罪に限定されなければならないこと・・・を勧告する」と述べた。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文22-24頁、英文36-40頁)


 政府は、死刑廃止はもとより、死刑適用犯罪の削減のための努力をまったく行って いない。特に1995年には刑法を口語化する改正が行われたにもかかわらず、すでに裁判所で違憲判決が出されていた犯罪以外に、死刑の定めのある罪の実質的削減はなされなかった。この点に関し第4回政府報告書は、特に重大な犯罪についてのみ死刑が適用される法制が採られており、また凶悪な犯罪を犯した者への死刑を存置することが国民大多数の意見であるとする。


D.日弁連の意見


(1)国内での統計資料


 しかし現在の日本において、大多数の国民が死刑存置の意見であるとは言えない。 政府実施の世論調査は十分な情報を与えない質問となっている。政府報告書が述べる1994年9月実施の世論調査の質問の選択肢は、「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」(13.6%)、「場合によっては死刑もやむをえない」(73.8%)、「わからない」(12.6%)の3つだけであり、代替的制度導入の可能性や誤判の可能性などを知らせない設問形式となっている。


 しかしそれでも「場合によっては死刑もやむを得ない」と答えた人を詳細に見れば、 「将来も死刑を廃止しない」と答えた人は53.2%に止まり、「状況によっては死刑を廃止してもよい」と答えた人が39.6%もいる。したがって無条件存続意見は全体の39.2%(73.8%×53.2%)であるのに対し、条件付きを含めた廃止意見は42.8%(73.8%×39.2%+13.6%)であり、3.6ポイント無条件存続意見を上っている。設問に代替的制度や誤判の可能性を盛り込めば、この差はより拡大することは容易に推測される。


 また1994年6月に朝日新聞が衆議院議員を対象に行った調査では、存続40. 2%、廃止等47.2%であり、1994年7月にNHKが終身刑の創設を条件に廃止の賛否を世論に問うた結果は、廃止反対43%、賛成(含む無条件)47%であった。


(2)規約の適用


 国際人権(自由権)規約委員会は、一般的意見6(6[16],27 July 1982) において「6条2項ないし6項からすると、締約国は、死刑を完全に廃止することを義務づけられているわけではないが、その行使を限定すること、特に『最も重大な犯罪』以外の犯罪に対しては死刑を廃止すること、が義務づけられている。したがって締約国は、このことに照らしてその刑法を検討することを考えるべきであるし、いずれにしても、死刑の適用を『最も重大な犯罪』に限定しなければならないのである。本条はまた、廃止が望ましいことを強く示唆する文言(2項及び6項)で一般的に『死刑』廃止に言及する。委員会は、『死刑』廃止のあらゆる措置が40条の意味における生命に対する権利の享受についての進歩と考えられるべきであり、それについては是非委員会に報告されるべきである、と結論する」と述べる。


 したがって、日本国政府はただちに死刑の定めのある罪を減少させるため、関連法規を修正すべきある。


Ⅱ 死刑執行手続の非人道性(規約6、7、10条)

A.結論と提言


 処刑を本人、家族に事前に告知せず、処刑当日の処刑の1ないし2時間前に告知する取扱いは、非人道的であり、また処刑に対する再審、執行停止、恩赦の申立などの救済手段を尽くす機会を剥奪しているものであり、規約6条4項、7条、10条1項に違反する。よって、法的な手続を尽くすのに十分な期間の前に、少なくとも処刑の1か月前までに本人と家族に対して処刑が行われることとその正確な日時を告知しなければならない。また、高齢者、精神障害のある者に対する執行は規約7条に反するものであり、許されない。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は「主要な懸念事項」(コメント12項)において 「家族に対して処刑を通知しないことは、規約と相容れない、と考える」と述べた。


C.政府の対応および政府報告書の記述


 政府は委員会の重大な懸念にも拘わらず、なんらの措置も採っていない。政府報告 書はこの点に関し、事前の通知は家族に無用な精神的苦痛を与え、最後の面会を許せば確定者の心情に及ぼす影響が大きく平穏な心情を保ち難い。また遺産相続等については予め意思確認をしているので、家族に知らせる必要はない、とする。


D.日弁連の意見


(1)死刑確定者本人に対する告知がないこと


 死刑確定者本人に対する死刑執行の告知は、執行当日、執行の約1時間前に行われ ている。日本においてもかつては、死刑執行の告知が執行の前日までになされ、前夜までに遺言書を作成したり、家族と最後の面会をすることが実現していた。1975年12月7日に東京拘置所で処刑された堀越喜代八死刑確定者は、執行前日に母親と面会している。ところが、それから1ヶ月半後の翌1976年1月22日に同じ東京拘置所で処刑された大久保清死刑確定者に対しては、執行当日の朝、執行を言い渡された。この頃を境に、死刑執行の告知は当日の朝になされるようになった(大塚公子著「あの死刑確定者の最後の瞬間」ライブ出版)。


 1997年8月1日に東京拘置所で行われた執行の場合、隣接舎房に収容されてい た大道寺将司死刑囚は同日朝9時前頃抗議の絶叫を聞き、その声はすぐに、くぐもったものになって聞こえなくなったという(「キタコブシ」71号25頁、27頁)。


 死刑の執行は通常午前中に行われるため、死刑確定者達は毎朝執行の恐怖に晒され る。委員会はEarl Pratt and Ivan Morganv. Jamaica(210/1986 ; 225 1987)における見解(6 April 1989)の13.7項において、執行延期決定が執行予定時間の45分前まで20時間近く確定者に通知されなかったことは、規約7条にいう残虐で非人道的な取扱に当たると判断した。このような、死刑確定者に対する突然の執行告知は、死刑が適用される場合にはその肉体的・精神的苦痛が最小限でなければならないとする国際人権(自由権)規約委員会の一般的意見7(16)(1982年7月17日採択)に反する。


(2)死刑確定者の家族に対する告知がないこと


 死刑確定者の家族に対する事前の処刑の告知は、委員会の勧告後も依然として一切 行われていない。死刑執行が終了した後に、「今朝、お別れをしました」と執行の事実が告げられ、家族に対し遺体引き取りの意思の有無(拘置所の手によって火葬に付してよいかどうか)の確認がなされるのみである。


 政府報告書は、事前の告知を行わないことを正当化するため、遺言書の作成や遺産 についての処理などが、平素から指導されていると主張する。しかし、「遺言」と言われるものの実態は、死刑執行直前にせいぜい数分程度与えられたの猶予の時間に、拘置所職員への伝言によってなされるのが通常である。


 1995年12月21日に処刑された木村修治死刑確定者の場合(*37)と、19 97年8月1日に死刑が執行された永山則夫死刑確定者の場合(*38)の報告もこれを裏付けている。


(3)執行に対する一切の救済手段が奪われていること


 死刑確定者本人及び家族に対する事前の告知がなされないことは、死刑確定者・家 族にとって極めて残酷なものであるばかりではない。死刑確定者に対する外部交通の極度の制限と相俟って、死刑確定者が、家族等を通じて、死刑の執行に対する救済手続を取る可能性が一切奪われていることを示している。このような死刑執行の現状は、「死刑に対する大赦、特赦又は減刑は、すべての場合に与えることができる」とする規約6条4項に明らかに違反する。


(4)無差別の残虐性


 高齢者、精神障害のある者に対する執行の制限がない。1994年3月26日に大 阪拘置所で執行された川中鉄夫確定囚は公判段階から精神分裂病の疑いがあるとされており、確定後病状が進行していた(「死刑に直面している者の権利の保護を確保する保障規定」(25May 1984国連経済社会理事会決議1984/50)の3項、「死刑に直面している者の権利の保護の保障の履行に関する国連総会決議」(1989年)第1項(d))。


 仮に死刑執行が規約上許される場合であっても、家族へ事前通知をしないことは、 最愛の家族を失う心情に対する無感覚と冷酷のみがなしうるところである。


 かかる取扱は残虐な非人道的取扱いであり、第7条、第10条に違反するのみなら ず、家族に対する恣意的かつ不法な干渉であって第17条に違反する。


Ⅲ 死刑事件の手続的保障の欠如(規約14条)

A.結論と提言


>  日本の死刑判決に至る刑事手続は、規約14条3項(b)及び(d)違反であるから死刑確定者に対する執行は直ちに停止されるべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 1993年3月26日に死刑執行が再開されるまで約3年4ヶ月の間、時の法務大 臣の同意が得られず、死刑の執行は事実上停止されてきた。しかし、それ以降、第3回政府報告書の審査のあった1993年には合計7名、1994年2名、1995年6名、1996年6名、1997年4名、1998年(8月現在)3名の死刑確定者に死刑が執行された。この間政府は、死刑判決に至る刑事手続に関する法改正やその検討につき、何らの措置も取っていない。日弁連の要望書(別紙資料参照)に対しても何の応答も行っていない。


C.日弁連の意見


(1)日本では、捜査段階の国選弁護制度がないため、貧困の被疑者が弁護人の援助 を受けられるのは起訴後に限られる。その結果、とりわけ起訴前の弁護が必要とされる死刑求刑があり得る事件についても、貧困者の場合、捜査段階では、弁護人の援助を受ける権利が事実上認められていない。日弁連人権擁護委員会死刑問題調査研究委員会が1992年から1993年にかけて全確定囚56名(1992年11月末現在)に対して行ったアンケート結果(49名から回答)によれば、「被疑者段階で弁護士に接見したことがない」26名(本人と弁護人の回答から算定)、「被疑者段階で弁護士を依頼できると思っていなかった」25名、「もし弁護士と面会できていたら裁判内容に変化があったと思う」18名、との回答であった(「自由と正義」45巻5号)。ところで規約14条第3項は「すべての者」と規定しており、被疑者を除外していない。また委員会は、CarltonReid v. Jamaica(250


 1987)の見解(20 July 1990)の11.5項において、「当委員会が一般的意見6[16]で明らかにしたように、死刑判決は法に従い規約各条に反しない場合に限って認められるとの規定は、例えば独立した裁判所による公平な裁判、無罪推定、弁護のための最低限の保障、上級裁判所による再審理を受ける権利など、各条が定める手続的保障が守られることを意味する」と述べた。また「死刑に直面している者の権利の保護を確保する保障規定」(25 May 1984国連経済社会理事会決議1984/50)5項は「死刑は、公平な裁判を確保するためにすべての可能な保障を与える法的手続をとった後に、権限のある裁判所によって与えられた最終判決に従ってのみ執行することができる。ただし、その保障は、死刑を科すことができる犯罪の嫌疑を受け又はその罪に問われている者が訴訟手続のすべての段階で適当な法的援助を求める権利を含めて、少なくとも市民的及び政治的権利に関する国際規約の第14条に含まれているものと同じでなければならない」と決議している。さらにヨーロッパ人権裁判所は、規約14条第3項(d)と同旨のヨーロッパ人権条約第6条第3項(d)は捜査段階にも適用される、と判断している。


(2)我が国の法制度の下では、起訴後または上訴後国選弁護人が選任されるまでの 間、弁護人がいない期間がある。そのため、弁護人の助言を受けずに死刑判決が確定してしまうことがある。1993年11月に、控訴後国選弁護人選任前に控訴を取り下げて確定してしまったケースがある(牧野正死刑囚)。


(3)我が国の法制度の下では、量刑についても検察官の上訴権を認めているため、 死刑を求めての不利益上訴がある。不利益上訴の禁止、特に死刑を求めての不利益上訴の禁止は、規約の精神から要請されると考えられるが、我が国では実現していない。1997年8月に執行された永山則夫確定囚の場合、控訴裁判所が1981年に無期懲役を言い渡したが、検察官が最高裁に上告し、1983年最高裁がこれを容れて控訴裁判所の判決を破棄した結果、差し戻し審の死刑判決を経て、1990年最高裁で死刑が確定し、1997年執行された。また、無期懲役の控訴審判決に対し、検察官が死刑を求めて最高裁判所に対して上告するケースが1996年以降増加しており、1988年6月現在5件を数えるに至っている。


(4)我が国の法制度の下では、死刑判決に対する義務的(自動的)上訴、確定者の 恩赦・減刑請求(*39)、執行に関して、弁護士の援助を受けること、再審申立があった場合申立または職権による執行停止等は、いずれもが認められていない。また、再審請求については、国選弁護人の支援が受けられない。


(5)死刑事件の弁護活動に経済的な援助を与える法律扶助制度が十分でない。国際 人権(自由権)規約委員会は前記Carlton Reid v.Jamaicaの見解13項で、「当委員会は、殊に死刑事件では、法律援助は、弁護士が正義を確保できる環境で、依頼者のための弁護の準備を可能にすべきであると考える。このことは、法律援助に対する相当な報酬規定ももちろん含む」と述べている。


(6)規約の適用


 国際人権(自由権)規約委員会は、「死刑事件にあっては、規約14条が定める公正な裁判のためのすべての保障を厳格に守らなければならない」と繰り返しのべている。


 以上のとおり、日本の死刑判決に至る手続は規約14条3項(b)(d)に違反しているから、死刑判決の確定者に対し直ちにその執行が停止されるべきである。


Ⅳ 国際人権(自由権)規約第二選択議定書の批准問題

A.結論と提言


日本政府は、直ちに第二選択議定書の批准のための検討に入るべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は第3回審査後のコメント16項において、第二選 択議定書の批准を勧告し、更にコメント18項において「日本が死刑廃止への措置を講ずること・・・を勧告する」と述べた。


 同委員会は、「公判前の勾留が捜査活動上必要とされる場合以外においても行われていること」に規約違反の懸念を表明した上で(コメント13項)、「規約9条、10条及び14条が完全に適用されることを保障する目的で、公判前の手続及び代用監獄が、規約のすべての要件に適合されなければならないこと」を勧告した(コメント19項)。


 同委員会が、代用監獄問題に集約される未決拘禁制度のみならず、日本の刑事司法 全体が規約を貫く被疑者の人権保障の精神と適合していないのではないかと危惧した結果が、このコメントに集約されている。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 しかし政府は第二選択議定書の批准のため何らの措置も取っていない。政府は、国 際人権(自由権)規約委員会による上記勧告の事実を国民に知らせることすらしていない。また執行の停止/禁止に関する措置もなんらとられていない。政府報告書では、死刑廃止問題は国民感情、国内法制に直接関わるので慎重に検討する、と述べて遅延を正当化している。


D.日弁連の意見


(1)しかしながら前述の(本章Ⅰ 死刑の適用状況)世論調査結果が示すものは国 内世論の確実な変化であり、国民感情は議定書批准の障害になるとは言えない。また批准を前提とした場合、国内法制の整備になんらの困難もない。


(2)規約の適用


 国際人権(自由権)規約委員会は一般的意見6(6[16] 27 July 1982) で、「本条はまた、廃止が望ましいことを強く示唆する(2項及び6項)文言で一般的に『死刑』廃止に言及する。委員会は、『死刑』廃止のあらゆる措置が40条の意味における生命に対する権利の享受についての進歩と考えられるべきであり、それについては是非委員会に報告されるべきである、と結論する。委員会は、多くの国がすでに死刑を廃止し、あるいはその適用を停止してしまっていることに留意する」と述べた。


 よって、政府は直ちに第二選択議定書の批准のための検討に入るべきである。


第5章 刑事被拘禁者の処遇

はじめに

 日本における警察署を除く刑務所と拘置所に収容されている人員は1997年の1日平均で約5万人であり、内受刑者は約41,000人、未決被拘禁者は約8,900人である。人口10万人当りの被拘禁者の数は約40人程度で、世界的にも最低水準で推移している。行刑施設における職員の定員は、約17,000人であり、内作業技官は698人、医務技官は567人、教官111人となっており、若干の医務官を除く残りは、制服の保安関係スタッフである。


 第3回審査において国際人権(自由権)規約委員会は主要な懸念事項において、「被拘禁者の状況に関して懸念すべき事柄が存在する。」とし、勧告において、「被拘禁者に対する如何なる形態での不当な取り扱いも規制する予防措置をさらに改善すること」を勧告した。政府報告書において、日本政府は規約7条に関して、法執行官に対して、人権侵害を起こさないよう人権教育を行っていると指摘している以外には、人権救済システムの問題点、その改善方法についての言及はない。


 しかし、この後詳しく分析するように、日本の被拘禁者の人権状況、とりわけその規律秩序・不服申立について、大きな問題があり早急に改善しなければならないことは明らかである。とりわけ、外国人受刑者の場合においては、「日本的な処遇」に外国人が適応できないために、極めて深刻な人権侵害が発生している。日本の行刑当局がこのような改善すべき問題の存在すら認めていないことが何よりも大きな問題である。


以下、刑事被拘禁者全般に共通する問題として、規律秩序、不服申立制度、生活条件についてコメントし、その後被拘禁者のタイプ別にして未決被拘禁者、受刑者、死刑確定者、外国人被拘禁者についてそれぞれに固有の問題を論ずることとする。なお、女性被拘禁者に対する人権侵害は、代用監獄において集中的に発生しているため、第3章のⅠ「代用監獄問題」において取り上げた。


Ⅰ 規則秩序に関する問題点

A.結論と提言


刑事拘禁施設における看守の暴行虐待を根絶する努力がなされていないこと、この処遇に関する申立に対する効果的で公平な救済機関がないこと、施設内の規則が必要以上に厳格で、その違反に対して恣意的な懲罰が科されていること、保護房収容中に革手錠を併用することは、規約7条、10条1項、国連被拘禁者最低基準規則27条などに違反する。


刑事拘禁施設内の規則を見直し、革手錠は廃止しなければならない。また、懲罰手続における弁護権を保障し、人権侵害に対して、効果的で公平な救済機関を設けなければならない。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文32、35-36頁、                     英文53-54、59-61頁)


 第4回政府報告書は、行刑施設の規律及び秩序は「確固として」「揺るぎなく」維持しなければならないとして、身体検査と昼夜独居拘禁について記述している。また、作業中の雑談禁止については、「作業上の安全を確保するため必要な措置」であるとしている。


C.規律秩序に関する実状


(1)看守の暴行(規約7、10条、国連被拘禁者保護原則6)


 拘禁施設内における職員らの暴行・虐待を理由とする国家賠償請求訴訟は、全国各地で依然多く見られる。最近でも、東京拘置所(96年1月10日朝日新聞)、黒羽刑務所(95年12月28日朝日新聞)、千葉刑務所(96年3月22日朝日新聞)、府中刑務所(96年7月3日毎日新聞、96年11月12日朝日新聞)などの被収容者が訴訟を提起している。


 1996年1月、窃盗事件のアメリカ人男性被告人が、出廷の途中に東京拘置所内で暴行を受けたとして、国家賠償請求訴訟を提起した(*40)。


 また、他にも1997年11月のアムネスティ・インターナショナルのレポート「日本における外国人被拘禁者への虐待」によれば、18件の外国人に対する代用監獄、拘置所、刑務所、入管収容所における暴行・虐待のケースが報告されている。その中には、94年2月から12月にかけて4回もの暴行を受けたナイジェリア人のケースもふくまれている。これらのうち幾つかは、Ⅷ「外国人被拘禁者固有の処遇に関する問題」において紹介する。


(2)居室内部の行動制限(規約7、10、14条、国連被拘禁者処遇最低基準規則27、84条)


 東京拘置所の「所内生活の心得」では、「室内の心得」として「室内の座席は、別表2のとおりとする。室内では、みだりに立ったり、横になったり、寝具によりかかったりしないこと」とされ、また、広島拘置所の「未決被収容者の心得」では、「座席」について「1 居室内の座席は、別図1及び2のとおり定められているので、みだりに席をかわったり、立ち歩いたり、寝ころんだり、ふとんにもたれかかったり、窓ぎわに立つことはしないこと。2 窓格子に手を触れたり、居室から外部をのぞき見したり、職員の様子をうかがうようなことをしないこと。」とされており、一般には午後6時の仮就寝時間から午前7時の起床時間、昼食後50分間以外には、一定の位置で安座(正座かあぐら)を強制されている。


 一方、第4回政府報告書では、代用監獄内では挙動の制限がないとしているが、東京弁護士会による調査結果によれば、代用監獄内でも寝そべったり、壁によりかかることあるいは歩き回ることが禁止されることがある。政府報告は、拘置所内では行動の制限があることを前提として、代用監獄内ではそのような制限がないことを誇る内容となっているが、実際には代用監獄内でも行動が制限されることがある以上、政府報告は事実とは異なる。


 未決の被収容者に対する前述のような房内での行動の制限について、政府は、「職員の巡回視察を容易にし、身体の具合の悪い者、自殺・自傷した者等の発見を迅速かつ的確に行うために必要かつ合理的な理由がある」と主張し、その主張を広島地裁96年12月25日判決は認めている。しかし、房内で一定の姿勢を強制しなければ巡回視察が非常に困難になるとは 到底考えられず、政府の主張及び前記裁判所の判断には合理性がない。


(3)工場における会話禁止・よそ見禁止


 府中刑務所では、「許可又は適当な手続なしに他人、外部機関、外部組織とコミュニケートすることは禁止される。他人とはあなた以外のすべてのものである。」「認められた場所、時間以外での会話は禁止される。」「作業には専念しなければならない。」等の規則が定められ、作業の専念義務は作業中のわき見も禁止しているものとして、運用されてきた。


 TIME誌は、府中刑務所のこのような様子を非常にリアルに描写している(*41)。 そして、このような状態を指して「沈黙の掟」と称している。


 「沈黙の掟」について、政府は、作業中には私語は不必要であり、集中力を乱し、作業者自身にとっても危険であり、作業に集中する習慣を指導することは受刑者の社会復帰のためにも必要であるというものである、と主張している(*42)。


 規則上会話が禁止されている場所と時間は以下の場合である。


 ☆禁止される場所:取調待合室、医療検査室、更衣室、浴室、事務所等


 ☆禁止される時間:作業時間(静かに仕事に関することを話すことは例外)、就寝時間、点検の間、房から工場への移動中、独房者の運動中


 以上から分かるとおり、会話が認められているのは、集団で運動を行う際、食事・休憩の際、就寝時間前の雑居房内に限られる。ほんのわずかの自由時間以外には私語が全面的に禁止されているということができる。


(4)裸体検査(規約7、10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則27条)


 宮城刑務所では、生活棟と作業棟との出入りの際に全裸検査が行われており、肛門の中まで検査され、また、両足を前に出して交互に曲げて足の裏まで検査される。一方、千葉刑務所ではパンツの着用が許されているなど、刑務所によって取り扱いが異なっている。また、東京弁護士会による調査(96年10月22日付)では、代用監獄収容時に裸体検査が実施される警察署があるものの、ばらつきが大きく、回答者数118人中、下着まで脱がされた者が19人、パンツ一枚にされた者が32人、上着を脱いだだけという者9人、裸体での検査がなかった者が36人となっている。


 日本の刑事施設では、面会施設にプラスチックの仕切り板が設備されており、面会時に武器や麻薬などの授受を行うことは不可能である。このような状況において、一つの施設について、全員に対し一律に裸体での検査を行う必要性については、そもそも疑問がある。


 このような裸体での検査を認める法律の規定は存在しないが、政府の見解は、「裁判所の発する令状がなくても収容者の自殺、自他傷、逃亡等を未然に防いで保安を保ち、施設の管理運営の適正を図るため」、令状なしに強制的に被収容者を裸体にして、陰部、肛門等に至るまで検査をしても違法ではないというものである(1990年11月15日長野地裁判決の事件での国の主張)。これでは、一旦身柄を拘束された者には個人の尊厳など存在しないというに等しい。


(5)厳正独居(solitary confinment as treatment)と


   軽へい禁(solitary confinement as punishment)         (規約7、10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則31、32条、国連被拘禁者保護原則6)(a)厳正独居の実情


 厳正独居とは、保安上、他の被拘禁者から隔離の必要な受刑者を昼夜間独居拘禁し、作業を房内で行わせる処遇であるが、対象者の選定、期間はいずれも刑務所長の裁量に委ねられている。旭川刑務所で13年間以上も独居拘禁とされ、国連拷問特別報告者からの日本政府への問い合わせ及び報告書(E/CN.4/1995/34)発表の後に通常の処遇に復帰することのできた無期懲役受刑者のケースの裁判が審理中である。厳正独居拘禁の期間が数年以上に及んでいるケースは決して珍しくない。


 厳正独居の場合、午前7時50分から午後4時30分までの間は、週2~3回、約30分間の運動時間と週2、3回の入浴時間を除いては安座での軽作業を強制され、その間は壁によりかかることも足を投げ出すことも禁止される。運動・入浴も1人で行わせ、受刑者同士の会話は勿論、所内のレクリエーションにも参加できず、会話の機会はない。ヒューマン・ライツ・ウオッチは、「日本で独居拘禁は恣意的に実施されることが頻繁であり、外部の者による綿密な調査もない。また、被拘禁者の不服申立に対する報復を意味する場合も度々ある。この拘禁の使用を「行き過ぎである」と言わずに済ますことは、およそ不可能であろう」として厳しく批判している(*43)。


(b)軽へい禁の実状


 一方、軽へい禁とは懲罰の一種として昼夜間独居拘禁することであるが、軽へい禁の執行中は運動、入浴が禁止され、また文書図画の閲読禁止も併せて科せられる。監獄法は、懲罰としての運動の禁止は5日を限度とするが、軽へい禁の場合にはその期間中(最長2ヶ月間)の運動が全部禁止され、入浴も同様に禁止されるものと理解されている。しかし、実際には、運動・入浴は通常より大幅に少ない回数ではあるが認められている実務運用も見られる。


 懲罰の一種である軽へい禁の場合、起床時から就寝時までの間は安座を強制されており、立ち上がることも背伸びをすることも許されない。一日中座ったまま目を閉じていることが強制されることもある。安座中に手を伸ばしただけでも新たな懲罰が科されることもある。軽へい禁は、未決の収容者にも科される。刑事事件の弁護人以外の者(民事事件の代理人の弁護士も含む)との面会、手紙のやり取りは禁止され、裁判関係書類以外の筆記も禁止される。


(6)保護房・革手錠(規約7、10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則27、31、34条) (a)保護房の実情


 保護房は、逃走、暴行、自殺のおそれのある者、制止に従わずに大声を発する者等を拘禁するために設置されている独居房である。保護房は、周囲を壁で囲まれ、壁の高い位置に1カ所のガラスブロックにより採光するだけで、照明は電灯に頼り、換気も自然換気ではなく、換気扇に頼るものである。便器は床面と同じ高さにはめ込まれており、自分では水を流すこともできない。床はリノリューム貼りで畳はない。24時間テレビカメラに監視される。収容に先だって、医師の診断は行われない。


(b)革手錠の実情


 革手錠は、1本のベルトに2個の可動式の腕輪を通す構造であり、二層式の牛革製のベルトの一層と二層の間に銅線を入れることで強度を保っている(写真貼付)。保護房に収容される殆どの場合には、革手錠が装着されている。革手錠は、両手後、両手前や片手前・片手後などの方法で装着されるために、両手の動きが封じられ、しかも食事や用便の際にも解除されることがないために、食事の際には職員の介添えかあるいは犬喰いとなるし、用便は垂れ流しとなる。そのために、保護房収容時には股の部分が割れた「股割れズボン」、「股割れパンツ」に履き替えさせられる。


 98年1月21日、東京高裁は、千葉刑務所における受刑者が保護房に収容された際、一晩中、両手後ろの状態で革手錠をかけ続けていたことについて、その間は糞便が垂れ流しとなり、食事も「犬喰い」か、さもなくば意に反して職員の介添えかの選択を余儀なくさせて自尊心を著しく傷つけ、強い精神的苦痛を与え、肉体的苦痛と精神的苦痛と相まって、就眠を困難にすると認定して、行き過ぎた措置であることを認めて賠償を命じる判決を下している。この判決について、国は上告せず、判決は確定した。


 国は、「犬喰い」などさせていないと否定していたが、「犬喰い」か、さもなくば、職員の介添えかの選択を迫ること自体が非人道的な取り扱いであるというべきである。


 このような革手錠の濫用は、他にも多く報告されており、1998年6月に、アムネスティ・インターナショナルが公表した「日本の刑事施設における残虐な懲罰」に8件のケースがまとめられている。


(7)不明確な遵守事項、恣意的懲罰


    (規約14条、国連被拘禁者処遇最低基準規則27、29、30条,国連被拘禁者保護原則30,30-2)


 懲罰は、拘禁施設に収容された被収容者に対して、新たに不利益処分を課す行政処分であるから、その要件は法令において明確にされる必要がある。国連被拘禁者処遇最低基準規則29条は、規律違反となる行為、懲罰の種類・期間、懲罰を科す権限を有する機関を法律または権限ある行政庁の規則によって定めなければならないとし、同30条1項は29条に定める法律または規則によるのでなければ懲罰を科される事はないことを保障し、国連被拘禁者保護原則30-1は、規則は公表されることを必要とする、としている。


 しかし、監獄法及びその施行規則は懲罰の要件を定めず、実際には各拘禁施設の長が定める「所内生活の心得」の中の遵守事項によって懲罰の要件を定めているのである。府中刑務所の英文の所内生活の心得と遵守事項を日弁連は入手した。しかし、これは公開されているものではない。所内生活の心得の主要部分を注に引用したので、これをお読みいただけば日本の刑務所におけるルールが如何に細かく被拘禁者の生活を規律しているかを理解して頂けるものと信ずる(*44,*45)。


 この心得に違反したことが直ちに懲罰の理由とされるわけではないが、結局職員の指示に対する違反、抗弁として、懲罰の理由とされる可能性がある。職員に対する抗弁は、理由の有無を問わず懲罰の対象となり、看守の指示・命令に対してその理由を質しただけでも抗弁に当たるとされて懲罰の対象となることがある。裁判所は、このような措置を追認することが多い。


 また、懲罰を科すためには懲罰審査会を経なければならないとされてはいるものの、職員のみで構成されており、しかも被収容者が証拠資料を閲覧したり、証人を申請することも認められず、弁護士を選任する権利が保障されていないために、実際には単なるセレモニーと化しており、懲罰手続が不公正・不透明であるという非難を免れることはできない。


 このように、遵守すべき事項が不明確であり、事実上、職員の命令の全てが懲罰の対象となるために、府中刑務所では、アメリカ人受刑者ケビン・マラに対し、食事前に目を閉じていなければならない時間に"薄目"を開けたこと等を理由に軽へい禁10日間、手に水をつけて髪の毛の寝癖を直した(刑務所側は髪を時間外に洗ったと主張している)ことを理由に軽へい禁5日間という懲罰が科された。


 我が国における拘禁施設では、遵守すべき規則は法令に定められたものではなく、職員の語る言葉の全てが規則とされているのが現状である。


D.日弁連の意見


(1)看守の暴行


 政府は、拘禁施設における職員らの暴行・虐待を根絶する努力を積極的に進めておらず、規約7条、10条、国連被拘禁者保護原則7の趣旨に反する。


 政府は、暴行・虐待を受けた旨の申告に対する効果的で公平な救済機関の設置及び有効な再発防止策を策定しなければならない。


(2)居室内部の行動制限


 被収容者は、拘置所内において、就寝時間以外には一定の場所で安座することを強制されているが、これは、規約7条、10条1項、同2項(a)、14条2項及び国連被拘禁者処遇最低基準規則27条、同84条2項に違反する。このような制度は、速やかに撤廃しなければならない。


(3)工場における会話禁止・よそ見禁止


 刑務作業時等での被収容者同士の会話やよそ見を厳格に禁止し、全て懲罰処分の対象とすることは、規約7条、10条1項の定める被収容者に対する非人道的あるいは品位を傷つける取扱いの禁止に違反する。


(4)裸体検査


 拘禁施設内で被収容者に課される裸体検査は、規約7条、10条1項、国連被拘禁者処遇最低基準規則27条に違反する。従って、速やかに裸体での検査は撤廃されなければならない。


(5)厳正独居・軽へい禁


 厳正独居・軽へい禁は、規約7条、10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則31条、32条、国連被拘禁者保護原則6に違反する。厳正独居は、速やかに廃止されるべきであり、軽へい禁は、安座の強制をしないこと、運動・入浴を認めること等、運用を改められなければならない。


(6)保護房・革手錠


 保護房収容中に革手錠を併用することは、規約7条、10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則27条、31条ないし34条に違反する。


(7)不明確な遵守事項・恣意的懲罰


 拘禁施設における規則が広範・不明確であり、行政裁量に委ねられる範囲が極めて広範に及んでおり、しかも懲罰手続で弁護を受ける権利が保障されていないのは、規約14条1項、国連被拘禁者処遇最低基準規則27条、29条、30条、国連被拘禁者保護原則30、30-2に違反する。


 遵守事項を定めた規則は、法令により明確に定められる必要があり、懲罰手続には弁護士による弁護を受ける機会を与え、懲罰は市民・学識経験者などの第三者が関与する委員会で審査するべきであり、更に決定には効果的な不服申立の機会が保障されなければならない。


Ⅱ 不服申立の権利と不服の審査の機関について

A.結論と提言


(1)行刑当局から独立した実効的な不服申立審査の機関がないこと、及び、被拘禁者が不服申立をしたことを理由に、不利益取扱いがなされている場合があり、規約2条1、2項、7条に違反する。 │


(2)とりわけ、受刑者が処遇に関する不服申立を行う場合において、弁護士との面会・通信に対して立会と検閲を行うことは、規約14条1項に違反する。また、友人、NGO、外国人支援団体などとの面会・通信を認めないことは、規約10条、17条に違反する。このような規制は撤廃すべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 日本政府報告書は、この点に関して何らの記載もしていない。


C.不服申立に関する実情


 日本の刑事拘禁施設において不服申立審査のシステムには次のような問題がある。


(1)所長面接


 監獄法施行規則9条は被拘禁者が所長に面接を申し立てたときは、所長は面接しなければならないと定めている。しかし、この制度は全く有名無実化している。実際に被拘禁者が所長に面接を申し立てても、その被拘禁者に対して日常的に処遇にあたっている管理者が所長代理として面接にあたっている。所長が面接することはない。


 そして、所内で巡回中の所長に口頭で声をかけて話そうとすることは、懲罰の対象とされている。


(2)法務大臣に対する情願


 監獄法7条は法務大臣と巡閲官に対する情願という制度を設けている。法務大臣に対する情願はいつでも可能であるが、書面による審理がなされるだけの場合が多い。巡閲官に対する情願は、直接巡閲官に口頭で訴えられる点が特徴であるが、通常の巡閲は二年に一度しか実施されない。


 情願に対しては事実を調査の上で裁決がなされているが、法律的には応答の義務すらないもの考えられており、又、救済率も極めて低い。この制度も、行刑当局からの独立性がなく、実効的な救済手段であるとはいえない。


(3)国家賠償訴訟・行政訴訟


 それでは、民事訴訟、行政訴訟は実効的な救済手段といえるだろうか。行政訴訟は、訴訟要件がないという理由で却下されている例が大半である。最近、拘禁施設内の違法な取り扱いに対して、国家賠償訴訟などの民事訴訟を提起する例が増加しており、又、原告が勝訴する例も徐々に増加している。このような変化は、国際的な日本の拘禁施設に対する批判が裁判所にも影響をおよぼし、又、被拘禁者が法律扶助の対象とされる例が増加しているためであると考えられる。


 しかし、裁判手続には、膨大な時間と労力と費用がかかるのが日本の実状である。 例えば、原告の訴えが認められた本章ⅥC(2)の徳島刑務所の場合、地方裁判所で5年、高裁で1年半かかり、更に、最高裁に現在係属中である。また、被拘禁者が弁護士の援助を受けられるケースはまだまだ少なく、そのための制度も整備が始まったばかりである。更に、我が国の刑務所では処遇に関する不満から裁判を提起したり、弁護士に連絡をとっただけで、工場における集団処遇から排除され、厳正独居とされ、仮釈放の機会を奪われるなどの報復的処遇がなされている実態が広汎に存在している。従って、裁判を提起すること自体が極めて困難なことであることであり、実効的な救済手段であるとはいえない。


(4)刑事告訴


 毎年多数の刑事告訴が刑務官による暴行などの理由でなされている。しかし、第1章Ⅵで述べたとおり、刑務官が実際に起訴されるケースは極めてまれであり、これも実効的な救済手段であるとはいえない。


(5)法務省人権擁護局への申立


 法務省内の人権擁護局への申立の制度も存在するが、刑事施設を所管する法務省内の組織であり、独立性に欠けている。申立自体が非常に少なく、又救済された例もほとんどない。


(6)非政府機関に対する救済の申立


以上の通り、政府、裁判所などの国家機関に対する申立には、いずれも限界があり、実効的な救済がなされているとは言い難い。よって、以下のような非政府機関、NGO、国際機関に対する救済申立が利用されている実情にある。


(a)弁護士会に対する救済の申立


 最近、拘禁施設内での違法・不当な取り扱いについて、弁護士会に人権救済の申立を行う例が増加しており、弁護士会は数多くの勧告を施設当局に対して行ってきた。最近は、勧告の公表、記者会見なども行われており、社会的には大きな影響力を持っている。


 しかし、広島弁護士会の人権救済申立事件の調査において、1997年8月広島刑務所は申立本人とは、刑務官立会いの上で面会を認めたものの、暴行を目撃したとされる他の受刑者への面会を認めなかった。このケースでは、1998年7月、広島弁護士会は、弁護士会の調査の妨害を理由に国家賠償訴訟を提起した。また、施設当局は弁護士会の勧告を尊重しない例が多く、この面からもその実効性に限界がある。


(b)友人・NGO・弁護士とのアクセス


 未決被拘禁者は友人との面会・通信が可能である。しかし、受刑者は友人からの通信が不可能である。外国人受刑者は家族、弁護士、領事以外との面会通信の機会を原則的に奪われている。また、受刑者については、弁護士との面会、通信についても、立会いと検閲が実施されている。弁護士との面会通信における立会いと検閲を廃止し、受刑者についても友人、NGO、外国人支援団体などの面会・通信を認めるべきである。


 日本の法務省は国際人権団体や弁護士会に対して、刑事施設の一般的参観は許可しているが、特定の被拘禁者や違法行為を行ったと名指された看守に対する直接の聞き取りを含む調査は認めていない。アメリカ国務省の1997年版各国別人権状況報告書では、刑務所当局が人権NGOとのアクセスを制限していることが明記されている。


(c)国連人権委員会等への通報


 近年、幾つかの通報が刑事被拘禁者からなされ、国連人権委員会等に対してなされる1503号手続の審査の対象として検討されたものがある。


 死刑確定者が戸外での運動の制限について国連人権委員会宛に手紙を発信しようとして、これを拒否された処分が違法とされた(*46)。本章Ⅷの外国人被拘禁者の項で取り上げたイラン人のバフマン氏のケースは1997年の国連人権委員会差別防止小委員会の秘密手続で取り上げられ、正式の手続は開始されなかったものの、差別防止小委員会は、重大な懸念を日本政府に表明したとされている(*47)。拷問問題特別報告者の日本政府への働きかけによって、処遇が改善された例も報告されている(本章Ⅰ、3(5)参照)。より効果的な手続を有する第一選択議定書や拷問禁止条約の批准が待たれる。


D.日弁連の意見


 規約は、2条において、規約に保障された権利を差別なく、また、実効的な行動をとることを求めている。また7条の一般的意見も実効的救済手段を求めている。ヨーロッパ諸国には、刑務審査会、刑務所オンブズマン、訪問者委員会など、行刑当局から独立した監視機関が存在し、活発に活動しており、また、国際的な監視機関としてヨーロッパ拷問防止委員会が活動している。日弁連は、行刑当局から独立した部外者で構成される、調査と勧告の権限を持つ刑務審査会の設置を提言している。また、弁護士との面会、通信の立会い、検閲は前述のとおり、規約14条1項に違反し、友人、NGOの被拘禁者に対する面会・通信を認めないことは、規約10条、17条に違反する。これらの規則は、速やかに撤廃されるべきである。また、被拘禁者が不服申立をしたことに対して不利益な取扱いがなされていることは、規約2条1、2項、7条に違反する。このような取扱いがなされないことを確保することも急務である。


Ⅲ 刑事被拘禁者の生活条件(規約10条)

A.結論と提言


日本の拘禁施設において、週に1時間30分程度の戸外運動しか認めていないこと、男子受刑者の髪を短髪にすることを強制していることは、規約10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則10、11、21条、国連被拘禁者保護原則24に違反する。被拘禁者の処遇を規約10条、国連の諸規則に合致するように改善しなければならない。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文33-35頁、英文57-59頁)


(1)第4回政府報告書の記述


 政府は何らの改善措置を行ってはおらず、第4回政府報告書では、被収容者の生活条件を、1衣類・寝具、2食事、3居室、4保健衛生及び医療(a入浴、b運動、c健康診断、d医療)に分けて述べ、被収容者には適切な生活条件が与えられている旨、主張している。


(2)戸外運動


 拘禁施設において、戸外運動を1週間に2ないし3回、かつ1回につき、各30分の戸外運動しか認めない。


(3)調髪(規約10条、国連被拘禁者処遇最低基準規則16条)


 第4回政府報告書は、在監者の髪形の自由については述べていないが、監獄法36条が「在監者の髪や髭を剃らせることができる」旨、定めていることにより、在監者のうち、男性の既決囚に対しては、丸刈りが強制されている。その理由として、長髪を許すと、「所内の規律保持」や「所内の衛生上の必要性」を害するおそれがあることが挙げられている(*48)。


C.日弁連の意見


(1)戸外運動


 国連被拘禁者処遇最低基準規則21条は、天候の許す限り、毎日少なくとも1時間、適切な戸外運動を行うことを定めている。1週間に2、3回、かつ1回につき30分の戸外運動しか認めていないことは、右規定に違反する。


(2)調髪


 国連被拘禁者処遇最低基準規則16は、被拘禁者はその自尊心に見合う容姿を整えるために、頭髪及び髭を適当に手入れする設備を設置すべきことを定めている。右規定は、施設の設置を定めたものであるが、その前提として、その自尊心の見合う容姿を保持する被拘禁者の権利を想定しているものと考えられ、明白な医療上の理由など、右権利の行使による不利益が具体的に存在しない限り、その制限は許されないものというべきである。


 この点、長髪を許すことによって「規律の保持」が害される危険性は具体的なものであるとはいえず、また「衛生上の必要性」についても、入浴と洗髪により対応できるのは自明である。これらの理由はいずれも抽象的な危険をいうものにとどまる。


 監獄法36条に基づく丸刈りの強制は、国連被拘禁者処遇最低基準規則16条に違反する。


Ⅳ 医療処遇の不十分

A.結論と提言


(1)医療処遇について


 拘禁施設において、迅速かつ適切な医療処遇が与えられていない例が存在することは、規約10条及び国連被拘禁者保護原則24に違反する。


 よって、迅速かつ適切な医療処遇が与えられるよう適切な措置が執られるべきである。


(2)健康保険について


 拘禁施設において、被拘禁者に対し、健康保険の給付を停止することは、規約10条及び国連被拘禁者保護原則24の趣旨に合致しない。


 よって、右停止を定める、健康保険法62条、国民健康保険法59条は改正されるべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文34-35頁、英文59頁)


 政府報告書は、まず、


(1)拘禁施設には医師等医療専門職員が配置され、


(2)一般の拘禁施設において治療困難な場合などには医療刑務所等に収容し、


(3)さらに、拘禁施設内で適切な医療を施すことが困難な場合には、外部の専門医の診療を受けさせたり、外部の病院に入院させるなど、医療について十分な体制が取られている旨、主張している。


C.医療の現状


(1)不十分な医療処遇


 しかし、実際には、所内の体制は不十分なことが多い。そもそも、医師の人数や、医療設備の内容等、拘禁施設においてどのような医療体制が採られているかについては、十分なデータが示されていないが(このこと自体問題である)、医師免許を持った職員が少なく、医師の診断が受けられる場合も、医師の数が少ないことから、当該医師の専門以外の分野の傷病までも担当している例が存在する。


 拘禁されていた者の体験談によれば、医療専門職員の不足もあってか、診断を希望しても、なかなか診断が受けられない。


 また、重大な疾病の場合であっても、拘禁施設外で診療を受けることが認められることは困難で、症状が非常に進んでからようやく認められることが多い。


 さらに、近時、拘禁施設での医療処遇の不備による死亡事件が発生している(*49,*50)。


(2)適用されない健康保険


 また、監獄法42条は、在監者が自費で治療を受けうることがあることを認めているが、この規定により自費治療が認められる場合であっても、健康保険法62条、国民健康保険法59条が、在監中は保険給付を行わない旨規定しているため、右自費治療には、保険を利用することができない。これらの規定は、未決の被拘禁者にも適用されている。


D.日弁連の意見


 国連被拘禁者処遇最低基準規則25条第1項は、医官は病気の被拘禁者、病気を訴える被収容者の全員を毎日診察しなければならない旨、定め、国連被拘禁者保護原則24は、被拘禁者または受刑者に対しては、「その者が拘禁場所または刑事施設へ既決収容された後できる限り速やかに適切な医学的診察が提供されなければならない」旨、定める。さらに「国連法執行官行動綱領」6条は、「法執行官は、医療上の措置が必要な場合には常にこれを確保するための即時の行動をとらなければならない」旨、規定する。日本の拘禁施設の医療処遇において、右各規定の趣旨を満足しない例が存在し、特に、近時において発生した2件の死亡事件については、右各規定に明らかに反した処遇がなされていた疑いがある。


 また、国連被拘禁者保護原則24にいわゆる「適切な医学的診察が提供」されるとは、医学的診察を受ける機会を不合理に制限されないという趣旨を含むものと考えられ、したがって、在監中の保険給付の停止を定める、健康保険法62条、国民健康保険法59条は、右規定の趣旨に合致しない。


Ⅴ 未決被拘禁者固有の処遇に関する問題

A.結論と提言


(1)未決被拘禁者の処遇は、規約10条2項(a)、14条2項に反する。よって無罪の推定を受けている未決被拘禁者の地位にふさわしい処遇に改善するべきである。


(2)未決被拘禁者は面会、信書の発受共に制限を受けており、規約10条1項、17条に反する。よって、これらの制限を緩和すべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 第3回政府報告書の審査以降、政府はなんらの改善措置もとっておらず、第4回政府報告書に記述はない。


C.未決被拘禁者の処遇の現状


(1)単独処遇における完全隔離


 未決被拘禁者は単独房と複数房(雑居房)に分けられている。複数房の場合は、室内での会話は禁止されていない。


 単独室に収容されると、一日中のほとんどを居室内ですごすこととなり、人間的な接触の機会が一切ない。そして、未決被拘禁者のかなりの部分が単独室に収容される。受刑者であれば広い運動場での運動が確保されているが、未決被拘禁者はかえって狭い三角形の鳥籠のようなスペースでしか運動を行うことが許されない。


(2)未決被拘禁者の外部交通(弁護人の接見については、第3章Ⅶ、Ⅷを参照されたい。)


(a)面会


 未決被拘禁者の外部交通は刑事訴訟法により制限されることがある。その他に拘置所長による制限として、マスコミ関係者の取材目的の面会は認められていないが、この制約に対しては刑事訴訟法上の救済手段がない。


 面会は各自1日1回に制限されており、面会の受付時間は午前8時30分から午後3時30分ないし午後4時までの間であって、施設職員の執務時間(午後5時)外や土曜日曜その他法定休日には面会できない。面会時間は規則上は30分以内とされているが、面会者の多い東京拘置所などでは面会設備の不足という理由から10分以内に制限されている。


 面会の場所は1.8m×3mの小さな個室で、面会者と被拘禁者との間がプラスチック製の遮蔽板で仕切られている。面会には常に施設職員が立ち会い、被拘禁者の隣に座って会話の内容をメモしている。この面会所では弁護人との間でさえ書類や物品の授受はできない。


(b)信書の検閲


 手紙は弁護人との発受を含めて、発信受信ともすべて検閲され、場合によっては許可されないことがある。発信については削除、訂正を命じられることがしばしばあり、発信者に無断で削除することもあり、受信については抹消されることがある。これらの制限は施設の規律秩序の維持と管理運営上の必要という理由で行われている。発信は1日2回に制限されている例が多い。


(c)電話


 電話による外部交通は、弁護人とのそれを含め、一切認められていない。


(3)生活規則の厳しさ


 生活の細部にわたって、詳細な遵守事項が規定されている。その規則に違反すると懲罰が課されることは前記のとおりである。看守は名札をつけておらず、看守の氏名を被拘禁者に秘密にするため、「先生」という尊敬語で呼称することを事実上強制されている。


 このような問題点は総論の規律秩序の項目でも取り上げたように、未決被拘禁者だけの問題点ではないが、とりわけ無罪の推定を受けるものの地位と明らかに矛盾し、著しい人権侵害を引き起こしている。


D.日弁連の意見


(1)未決被拘禁者の処遇


 上記のような日本における未決被拘禁者の処遇は、無罪の推定を受けている者に対する処遇として不適切である。共犯者との接触を防ぐ必要がある場合もありうるが、それ以外の処遇においては、可能な限り一般の生活状況に近づけなければならない。上記のような日本における未決被拘禁者の処遇は、この拘禁目的を超えた人権の制約であり、したがって、規約10条2項a、14条2項に反するばかりか、国連被拘禁者処遇最低基準規則84-2、同84-3にも反する。


 このような状況を改善する為、日弁連は、夜は単独室収容とするが、昼間は共同スペースに自由に出入りできる欧米におけるような処遇とすること、広い共同運動場での運動を行うべきことを提言する。


(2)外部交通について


 日本における未決被拘禁者の外部交通の現状は規約10条1項と17条に反する。 そこで日弁連は、面会については1日2回、面会時間30分を最低保障とすべきこと、遮蔽板を撤去すること、施設職員の立会を原則として会話の聞こえぬ位置での監視に変えること、休日における面会も可能にすべきこと、電話による外部交通を認めることを主張し、信書の発受については開封検閲を原則として廃止することを主張している。


Ⅵ 受刑者固有の処遇に関する問題

A.結論と提言


(1)受刑者に対する矯正処遇の現状は、規約10条3項に適合していない。受刑者の自主性を尊重し、社会復帰のために有効な処遇が行われるべきである。


(2)受刑者と弁護士との面会に際し、その会話内容を聴取し、両者間の通信を検閲することは、規約14条1項、同条3項(b)、国連被拘禁者保護原則18に反する。受刑者と弁護士との面会の立会い、通信の検閲は廃止すべきである。


(3)受刑者は、面会、信書の発受共に著しい制限を受けており、規約10条1項、17条に反し、かつ、10条3項にも反している。よって、友人に対する面会と通信を認めるべきである。


B.第4回政府報告書の記述


(1)政府報告書は規約10条に関する記述の「矯正施設における処遇状況」において、わが国の行刑は受刑者の矯正及び社会復帰を目的とし、活発に行われているとしている。そして、刑務作業と生活指導、教科指導、その他の教育的活動が活発に行われているとし、とりわけ、釈放前の指導は前回の報告書審査の後に指導の期間を延長して内容を充実させたとしている。


(2)受刑者の面会、通信の実情については記載がない。


C.受刑者の現状と問題点


(1)受刑者の社会復帰のための矯正処遇の現状と問題点


(a)刑務作業


 政府報告書によれば、刑務作業を通して職業訓練を実施しているのだとするが、政府機関である総務庁行政監察局の「矯正施設に関する調査結果報告書」(平成5年1月)(以下「総務庁レポート」という。)によれば職業訓練のありようは不十分であるとしている。主としてA級受刑者(犯罪傾向の進んでいない者)の一部施設においてある程度充実した職業訓練が行なわれていることは事実であるが、それがA級受刑者と一部施設にとどまっており、しかもその施設の定員に職業訓練の総枠が規定されてしまってことに問題がある。B級受刑者(累犯ないし犯罪傾向の進んだ受刑者)や、今後増加するであろう高齢者受刑者に対する更生への援助の方が重要なのであり、これらの者に対する職業訓練等の処遇の充実が急務である。


(b)生活指導


 政府報告書32頁では、遵法精神を養わせ、健全な社会生活を送るための知識や生活態度を身につかせるために暴力団からの離脱指導、薬害教育等を行なっているとしているが、十分なものではない。総務庁レポートによると、暴力団加入者に対する離脱指導は効果が上がらないという理由で実施されていない施設があり、薬害指導についてもビデオや講話等のみで、薬害事犯受刑者の再入率が非常に高いことを考えれば、刑務所における薬害指導は実効があがっているものとは言えない。これらの指導は、マニュアル化された講義等をとおり一遍に行っていて、個別的なカウンセリングなどの活動は不活発である(*51)。


 政府報告書32頁ではグループ編成にしたり、カウンセリングなどにも取り組んでいるとしている。このような努力が全くないわけではなく、総務庁レポートを受けた改善も見られるが、全体的には非常に不十分である。


 また、総務庁レポートが指摘するように、受刑者に対してより効果的な教化指導を行うための調査研究が必要であるのに、法務省全体としての体系的な調査、研究が行われていない。日本の矯正行政は、現状維持的で向上心がなく、惰性に流れているといわざるをえない(*52)。


 


(c)教育指導


 政府報告書では、義務教育未修了者に対する教育を実施し、受刑者の円滑な社会復帰のために釈放前指導を充実させているとしているが、総務庁レポート83頁以下が指摘したように、釈放前教育の期間は仮釈放者について一律1週間としている施設が約44%であり、満期釈放者については3日以内であり、教育の内容は社会見学等(仮釈放者のみ)と講話のみであった(*53)。受刑者の円滑な社会復帰をはかるために釈放前教育は特に重要であって、期間を延長したという政府の努力の成果を見守りたい。


 また、総務庁レポートが指摘するように、現在の出所予定者に対する就職援助活動は十分とは言えない(*54)。出所者に適切な就業先を斡旋することは、出所者の更生と再犯防止に大きな意味をもつものである。このためには、受入側の社会の理解を深めることのはたらきかけも重要であって、刑務所及び矯正当局が民間諸団体との交流を深めることは、この点からも重要である。


(d)累進処遇


 日本の施設処遇の大きな問題点に累進処遇がある(*55)。累進処遇の考え方そのものが、受刑者の個性に応じた処遇を行うべきであるという考え方とは相容れないものがある。


 累進処遇とは、時間の経過によって面会や信書の回数などが増加していく処遇である。例えば、面会と信書の回数は、4級は月1回、3級は月2回、2級は1週間内に1回、1級は1日1回となる。このような累進制度をとっているため、4級受刑者に求められる自由(面会、信書の発信は月1回のみ等)が、人権上容認しがたいものとなってしまっている。


 現在の累進処遇では、進級に時間の経過が必要である。しかし、刑務所における処遇内容は、本来受刑者に何が必要かによって決定されるべきであり、入所からの時間の経過は関係がないはずである。もし、入所からの時間の経過による進級が「平等」だと考えているのなら、それは刑務所における社会復帰のための処遇とは異質の考え方であるといわなければならない。


 しかも、1級受刑者は、全体の受刑者の1%程度にすぎず、しかも1級である期間がきわめて短く、1級というものが有名無実になっている。


 現在の累進処遇は、廃止する方向で検討するべきである。


(e)開放処遇の促進


 日本の行刑における開放処遇は、主として、交通事故関係の受刑者向けのごく限定された施設で、ごく限定された受刑者(端的に言えば、絶対に逃走のおそれのないもの)に対して行われているにすぎない。このような処遇を受けている者の総数は、900名程度で推移している。民間事業所における外部通勤作業も、ごく限られた状況で行われているにすぎない。


 受刑者の処遇は、受刑者がいずれ復帰する社会にできるだけ近い環境で行なわれるべきで、開放処遇の拡大充実はぜひとも必要である。


 外泊制度等は法務当局は現在の監獄法の規制の下ではできないとしている。しかし、日弁連は政府の提案する監獄法改正案の人権制限的な部分に対して、対案を示して反対しているのであって、監獄法の改正そのものに反対しているわけではない。外泊制度の導入等を含む監獄法の改正はむしろ急務であると考えている。


(2)受刑者の外部交通の現状と問題点


(a)受刑者と弁護士との秘密交通権がないこと


 面会時間の制限や面会に刑務所職員が立ち会うことは、受刑者が刑務所の処分を違法として国を相手とした訴訟を提起した場合に、訴訟代理人との打ち合わせについて甚だしく不当な事態を生じている。最近の事例として徳島刑務所事件について説明する。


 徳島刑務所で刑務所職員から暴行を受けたとして国に損害賠償訴訟を提起した受刑者と代理人である弁護士との訴訟打ち合わせについて、同刑務所長は1990年10月から翌91年2月までの間に14回にわたり面会時間を30分以内に制限し、かつ施設職員を立会させるなど接見を制限した。そこで、受刑者本人と代理人である弁護士らはこれら接見妨害を違法として国に対し損害賠償を求めた。この事件で徳島地方裁判所は1996年3月に、その面会時間の制限について国際人権(自由権)規約14条1項に違反するとして国に対し合計115万円の賠償を命じたが、面会の立会いについては刑務所当局の裁量の範囲内であるとした(*56)。国と原告の双方がこれを不服として控訴したが、控訴審である高松高等裁判所は1997年11月に賠償額を減額したものの、面会時間だけでなく、面会の立会いの一部についても規約14条1項に反するとの判決を下した(*57)。


 この判決は規約の国内法的効力を認め、更に、国連被拘禁者最低基準規則、国連被拘禁者保護原則、ヨーロッパ人権裁判所の判例等について規約解釈にあたっての先例的な価値を認めた点で、国際人権法の日本国内における適用に関しても画期的なものである。しかし、国はこの判決に従わず、現在最高裁判所に上告中であり、刑務所における実務的な取り扱いは全く変更されていない。


 他には新潟刑務所事件と旭川刑務所で、受刑者と弁護士の面会に関する事件が発生している(*58,*59)。


(b)友人との面会・通信が制限されていること


(i)面会の相手は原則として親族に限り、それ以外は刑務所長が特に必要と認めた者しか面会できない。誰が面会を許されるかは刑務所長の自由な裁量に委ねられている。友人やNGOメンバーは原則として面会できないのである。


面会の回数は、受刑者の等級によって異なり、前述のように4級者は月に1回とされている。この等級は、服役の年数だけでなく、服役の態度や成績によって査定されるので、成績不良の者はいつまで経っても上級に移行しない。1級者は成績良好で、刑期満了に近い者に限られている。


 面会時間は30分以内に制限されており(この時間は面会設備が足りないという理由で更に短くされる場合がある。)、面会の受付時間に制限があること、施設職員の執務時間(午後5時)外や土曜、日曜その他法定休日には面会できないこと、面会の場所、構造および面会に施設職員が立ち会うことは未決被拘禁者の場合と同じである。


 


(ii)信書(手紙)の発受についても面会と同様に発信受信を許される相手は親族と、特に許可された者に限定されている。発信回数も前記のように累進処遇によって、4級者は月に1回以内とされている。


 手紙はすべて検閲され、発信受信とも許可されないことがあり、削除、訂正を命じられることがしばしばある。また、手紙1通の枚数を7枚程度に制限し、1枚の行数や1行の字数を制限し、発信日を制限する例もある。未決被拘禁者に比べて施設の管理運営上の必要に加え、教育、指導の名目で制限は一層厳しい。


 また、受刑者の中には無実を訴え、確定判決の誤りを正すために再審を申し立てる者があるが、この再審手続では、再審開始決定があって始めて施設職員の立会がなくなるが、再審請求段階では、その代理人である弁護士との面会についても施設職員が立会してメモを取り、秘密交通権がない。再審においては請求手続が真実の究明ないし受刑者の冤罪を晴らすために重要であって、請求手続が数十年に及ぶこともある。請求手続における施設職員の立会は再審請求人が冤罪を晴らす上で大きな障害となっている。


D.日弁連の意見


(1)矯正処遇について  以上に述べた受刑者処遇は規約10条3項に十分適合したものと言えない。受刑者の社会復帰のために最も重要なことは受刑者が自発的に社会復帰への意欲を持つような方向で処遇が組織されることである。  再犯や犯罪傾向の進んだB級受刑者や、今後増加するであろう高齢者受刑者に対する社会復帰のための援助こそが重視される必要がある。職業訓練、グループ編成の討論、カウンセリングなど個別的な処遇や出所者の就職援助活動などを、このような、特に社会復帰の困難な受刑者に対して充実させていくことを強く望みたい。


(2)受刑者と弁護士の秘密交通の確立  受刑者と国家賠償請求訴訟の代理人、再審請求事件を代理する弁護士(再審開始決定後は除く)との面会に看守が立ち会い、通信が検閲されていることは、規約14条1項、14条3項(b)、国連被拘禁者保護原則18(2)(3)(4)に違反する。受刑者とその代理人弁護士との面会への立ち会い、通信検閲を廃止すべきである。


(3)受刑者と友人、NGOの外部交通を認めること


 日本の受刑者の外部交通の現状は非人道的であって、規約10条1項に反し、かつ、社会復帰への障害ともなっており、同条3項にも反している。また、私生活、通信に対する恣意的な干渉として規約17条にも反している。


 日弁連は面会の制限については、受刑者の個別的な処遇上必要最低限に留め、家族だけでなく、友人との面会も認めること、回数は月4回、面会時間は30分を最低保障とすべきこと、面会室の遮蔽板を撤去すること、面会の監督は会話の聞こえぬ位置での監視に留め、会話内容は聴取してはならないこと、休日における面会も可能にすべきことを主張している。


 また、信書の発受については発受の相手方、回数、枚数等を制限せず、開封検閲を原則として廃止することを主張している。


Ⅶ 死刑確定者固有の処遇に関する問題

A.結論と提言


(1)死刑確定者に対して家族、弁護士以外のものとの面会、通信を認めないことは、規約7条、10条1項、17条に違反する。死刑確定者に対して、友人、NGOメンバーとの面会を認めるべきである。


(2)死刑確定者の隔離収容は規約7条、10条1項に違反する。死刑確定者にも他の死刑確定者との共同の運動・余暇活動などを認めるべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は、第3回日本政府報告書へのコメントの中で、「主要な懸念事項」として、「面会や通信に対する不当な制限や、家族に対して処刑を通知しないことは、規約と相容れない」と述べ(コメント12項)、「勧告」においては「死刑の執行を待っている被拘禁者の状況が再検討されること」を勧告した(コメント18項)。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文23頁、英文38-39頁)


(1)外部交通


 政府報告書は「死刑確定者の心情の安定が得られるよう配慮する必要があり、従って、このような観点からの制限を受けることはやむを得ない。」として、現状の家族・弁護士以外の者との面会を原則として認めないという取り扱いを合理的なものと主張している。


(2)前回の勧告から今日までの政府の対応


 日本の死刑確定者の状況は日本政府によって何ら改善されることはなく、ますます固定化されている。日本政府の第4回報告書は、前回の勧告に対しては一切応えず、死刑確定者に対する現状の取り扱いを述べ、それが正当であると主張しているにすぎない。


D.死刑確定者の現状と問題点


(1)死刑確定者の外部交通の現状


(a)特殊な制限理由


 死刑確定者の外部交通については、未決被拘禁者と同様に施設管理上の必要という理由による制限が加えられるが、これに加えて、さらに問題となるのは「本人の心情を安定させる」という名目による制約である。この「心情の安定」という概念は死刑確定者が「進んで死を受け入れる心情を保つこと」と同意義に理解されている。国は死刑確定者の面会制限が争われた裁判の準備書面において、「自ら犯した罪を深く自覚し、一人静かに死を迎え入れる心境に至らしめるということが死刑制度における公共の福祉から要請されている。」と述べている(*60)。この事件は、殺人の罪で死刑判決を受けた死刑確定者と、獄中の処遇改善と死刑廃止の考えを持った養親が、養子縁組をしたというケースであり、結果は、面会の制限を認めるものとなっている。このように、死刑確定者が「死」を受け入れることが処遇の目的とされているということは、再審請求をした り、友人と会って励まし合うことで、「生」への希望を持つことすらが「心情の安定」に反するものとみなされているのである。このような著しく恣意的な解釈運用によって、死刑確定者は外部との連絡、意思伝達の道を絶たれ、絶対的な孤独の境遇におかれている。


(b)面会


 面会の相手は法律(監獄法)上は未決被拘禁者と同じであるが、実際には家族・弁護士に限られ、それ以外の友人やNGO関係者とは一切禁止されている。これは本人の心情を安定させるためだという名目である。日本弁護士連合会が把握している再審請求中の死刑確定者で、本人の家族以外の者が面会を許されている例は1件しかない。家族の面会も1日1回、3名までで面会時間は30分以内である。また更には養親との面会も拘置所によって拒否され、このような取扱を裁判所が支持しているケースがある(*61)。NGOや友人との面会を禁止していることが人権侵害であるのに、養親子関係を結んで、死刑廃止の立場で死刑確定者を支えようとする家族との面会すら、認められなくなっているのが実状である。


 面会の場所、方法は未決被拘禁者、受刑者と同じであり、再審請求手続中や国家賠償訴訟を担当している弁護士が面会するにも職員が立会い、会話内容をメモする。


(c)信書の発受


 手紙のやり取りも家族に限定されている。日本では元旦に新年の挨拶状を知人に送る風習があるが(年賀状という)、これさえも本人に到達しない。施設は外部から来た信書は一切、本人に見せず、来たことも知らせずに領置し、その旨を発信人にも知らせない。死刑確定者で再審請求をしている者には支援者から本人を励ます手紙が送られることが多いが、これら激励の手紙も本人に見せず、知らせない。これらの手紙はすべて「本人の心情の安定を害するもの」と認定されている。本人あてに現金が送られて来ることがあるが、これも施設が発送者に送り返すか、領置して本人に渡さない。経済的な支援も、「心情の安定を害する」とされているのである。死刑確定者からの発信も同様であり、家族以外の者とは一切手紙のやり取りが禁止されている。このような外部交通の制限は却って本人の心情の安定を害している現状である。


(2)死刑確定者の例外なき独居処遇


 死刑確定者は一般の未決被拘禁者とは区別して拘置所内に収容され、かつ例外なく独居収容とされる。1997年2月からは、当局から見て問題のない一部の死刑確定者に対して行われていた「集団処遇」(誕生日会に会食などをし、複数の死刑確定者で教悔を受ける)が廃止され、完全な個別処遇となった。このため、たとえ面会に来る者がいる場合であっても、死刑確定者は面会を許された極めて限定された親族と、再審請求をしている場合にはその代理人弁護人、担当の看守以外と顔を合わせることはない。そして、担当看守との私語も厳しく禁止されている。


E.日弁連の意見


(1)日本の死刑確定者の外部交通


 国際人権(自由権)規約委員会は一般的意見6(6[16]27 July 1982)で「防御のための最小限の保障・・・を含め規約で定められた手続上の保障は、遵守されなければならない。これらの権利は更に、死刑に対する特赦、または減刑を求める特別の権利にも適用される」と述べる。日本における死刑確定者に対する外部交通の制限は、死刑確定者を、再審、恩赦等について外部の援助を事実上うけられない状況に置いている。このような制限は、死刑確定者を「執行前から社会から抹殺されている」状態におくものである。死刑確定者に対して家族、弁護士以外の者との面会と信書のやり取りを原則として禁止することとしている取り扱いは非人道的であり、また、通信に対する恣意的な干渉に当たり、更に、処刑に対する再審、執行停止、恩赦の申立などの救済手段を困難にしているものであり、規約6条4項、7条、10条1項、17条に違反する。


 死刑確定者に対して友人・NGOメンバーなどとの面会・通信を認めるべきである。


(2)死刑確定者の独居処遇


 日本の死刑確定者に対する前述したような独居処遇は、規約7条、10条1項に違反する。よって、日本政府は隔離収容・完全個別処遇を廃止し、速やかに死刑確定者に対する共同の運動や余暇活動を認めるなど処遇を規約に合致するよう改善すべきである。


Ⅷ 外国人被拘禁者固有の処遇に関する問題

A.結論と提言


(1)看守の人種差別的な言動や虐待を効果的に防止する措置がとられていないことは、規約20条2項、人種差別防止条約に違反する。これらを防止するため、外部の専門家による人権教育を義務付けなければならない。


(2)外国人に対する仮釈放の機会を些細な規律違反を理由とする懲罰や不服申立を行ったことを理由に剥奪することは恣意的な拘禁であり、規約9条1項、14条1項に違反する。懲罰手続と仮釈放手続は適正で規約に適合するものに改めるべきである。


(3)外国人被拘禁者に対して、施設生活のため十分な通訳を保障すべきである。


(4)外国人が友人・人権NGOと面会、通信することを認めないこと、外国人と外部の者の面会、通信内容を検閲するために翻訳・通訳が必要であることを理由に、面会を拒否したり、通信を遅らせたりすることは規約7条、10条、17条、26条に違反する。このような規制は撤廃しなければならない。


B.第4回政府報告書の記述(和文39頁、英文67頁)


 警察留置場における外国人被留置者に対して、CD-ROMを利用した翻訳機が導入されていること、食事に関し宗教上の配慮を行っていることが指摘されている以外に、外国人被拘禁者についての言及はない。


C.外国人被拘禁者の現状


(1)外国人受刑者とF級受刑者


 外国人の刑事被拘禁者は未決と既決に分けられる。未決被拘禁者は全国の拘置所に分散されている。外国人の受刑者は日本人と同様の処遇を受けているものとF級受刑者として日本人とは異なる取り扱いを受けているものに分けられる。F級受刑者とは、日本人と異なる処遇を必要とする外国人受刑者のことであり、男子は府中刑務所と大阪刑務所、女子は栃木刑務所へ集中して収容されている。F級受刑者の数は1992年312人、1993年375人、1994年485人、1995年595人、1996年597人(各12月末日現在)となっている(法務省矯正局調べ)。


(2)外国人被拘禁者の言語上の問題


(a)施設生活上の問題 


 施設当局と外国人刑事被拘禁者のコミュニケーションについて大きな問題がある。 外国人被拘禁者は、まず日本語が理解できず、言葉が通じない場合が多い。多少の日本語が通じる場合も、刑事事件に関することや、拘禁施設の規則などの複雑な内容は理解できない場合がほとんどである。


 刑事捜査や刑事裁判の過程では多くの問題があるとしても、一応通訳を付けることが捜査当局や裁判所にとって義務とされている。これに対して、刑事施設当局と外国人被拘禁者の間では、通訳を付すことは法的義務となっておらず、捜査・裁判の過程以上に、拘禁施設側との意思疎通が困難な場合が多い。収容開始の際の権利義務の告知、重要な規則の告知、規律違反を理由とする懲罰手続などの重大な不利益処分にあたって、第一言語による通訳を保障することが急務であるが、実態としては、外国語のわかる看守や日本語のわかる外国人被拘禁者に通訳をさせている実態があり、その量、質共に極めて不十分な通訳しか提供されていないと言わざるをえない。


 言語上のコミュニケーション・ギャップが、被拘禁者の規律違反とされる行為やそれに引き続く職員からの暴行の原因となったケースも多く、施設側の言語上の対応能力の強化が望まれる。法務総合研究所の府中刑務所における調査もこれを裏付けている(*62)。


(b)外部交通上の問題


 施設外部の者と外国人被拘禁者のコミュニケーションについても大きな問題がある。 現在英語、中国語など極く一部の施設側で立会職員が対応できる言語を除いて、一般人と外国人受刑者・未決被拘禁者との面会では使用言語が日本語に制限されている。通信についても、検閲のため翻訳が必要という理由で、被拘禁者所属国の大使館に検閲の為の翻訳を依頼し、その翻訳によって検閲しているため、著しく通信の発受が遅延する例が指摘されている。前述したように府中刑務所に国際対策室が設置され、面会立会い、信書の検閲などを中心に外国語能力の強化を図っている。しかしながら、面会立会いと信書の検閲自体が、欧米諸国では既に原則として実施されなくなって来ており、ごく例外的なケースを除いては廃止すべきものと考えられる。


(c)外国語での新聞・書籍やテレビ・ラジオ放送の保障


 自由を奪われた刑事被拘禁者にとっては母国語での情報はきわめて貴重なものである。しかし、拘禁施設内での外国語での新聞書籍の保障は極めて不十分である。英語の新聞、書籍は大きな刑務所、拘置所などには多少集められているが他の言語のものは極めて少ない。規模の小さい拘置所などには外国語の書籍はほとんどない。


 刑務所、拘置所では外国語でのテレビ・ラジオ放送は認められていない。


(3)宗教上の戒律と生活習慣の尊重


 外国人の中には食事について、米でなくパンを常食する、イスラム教徒が豚肉は食べないなどというように、独自の習慣を持つものがある。また、一定の時間に礼拝を行うなどの宗教行為の習慣もある。このような生活習慣への配慮は外国人被拘禁者の増加し始めた当初大きな問題となったが、東京拘置所においてハラルフード缶詰の差入が認められるなど、徐々に改善されつつある。1985年の第7回国連犯罪防止会議で採択された「外国人被拘禁者処遇に関する勧告」では、宗教上の戒律や習慣の尊重が規定されている。


(4)重大な人種差別的な虐待の発生


(a)東京拘置所外国人虐待事件


 外国人の被拘禁者に対して人種差別的な処遇が行われていることがうかがえる事例も見られる。東京拘置所では、1993年、1994年に、エジプト人、ナイジェリア人による人種差別的虐待の訴えが提起された(*63,*64)。


(b)府中刑務所アメリカ人受刑者ケビン・ニール・マラ事件(Kevin Neal Mara)


 アメリカ国籍の受刑者であるケビン・ニール・マラ氏が1996年7月国家賠償請求訴訟を提起した。同氏は府中刑務所に1993年3月から1997年12月まで収容されていたが、次のような処遇を受けたことを理由として裁判を提起し、裁判が係属中である。この事件は、ニューヨークタイムス、ワシントン・ポスト、TIME誌等に取り上げられ、国際的にも反響を呼んだ。同事件の特徴は、極めて些細な理由で懲罰が行われ、また、革手錠を使用した看守による虐待事件が発生していること、訴訟を提起したことにより、出所まで厳正独居の処遇をされたことである(*65)。


(c)府中刑務所イラン人受刑者バフマン・ダネシアン事件(Bahman Danesian)


 1997年8月府中刑務所におけるイラン人受刑者が1,500万円の損害賠償を求めて東京地方裁判所に提訴する事件が発生した。原告はバフマン・ダネシアン・ファル氏で国籍はイラン、刑期は四年、府中刑務所入所は1994年10月8日、出所は1997年1月である。原告は出所後、事件の実状を国連人権委員会に訴える手紙を書くことができた。この手紙が、1503号手続において審査の対象となったことは、前述したとおりである(本章Ⅱ、C.(6)(c))。


 提訴は1997年8月29日で、原告の訴えによると、事件の概要は次のようなも のである。


(i)第一事件


 1994年4月1日作業後のシャワーを浴びていた際、中国人受刑者が原告を押し、原告が押し返した。これが懲罰該当とされ、原告だけが取調べの対象とされた。原告の訴えによれば、取調べにあたった幹部看守に、原告はありのまま述べたが、他の職員の報告を受けたこの幹部看守は怒って、「イラン人は皆うそつきばかりだ」と述べたという。(府中刑務所当局はこれを否定している。)これに対して、原告は「イラン人にも日本人にもいい人もいれば悪い人もいるでしょう。」と述べた。これが、「抗弁」とされ原告は再度取調べの対象とされた。


 1994年4月12日原告はこの件で10日間の懲罰の言渡を受けた。この際、原 告は区長に対して「気をつけ、礼」をしなかった。原告の反抗的態度に怒った看守は原告を平手打ちし、原告に金属手錠と革手錠をかけ、革手錠を極めて強く締め付けたという。


 さらに、看守らは床にうつむけに組み伏せられている原告の頭に袋を被せ、誰が暴行しているか原告に見えないようにした上で、原告の背中と脇腹を靴で蹴るなどの暴行を加えたという。原告の訴えでは原告は革手錠を締められた状態で5時間、保護房に2日間置かれたという。原告の訴えによれば、ベルトをきつく締められたため、原告の左足に障害が残っているという。


(ii)第二事件


 1994年5月14日、原告の訴えによれば、懲罰中に原告が立って歯磨きをしていたところ、独居区の係長が「どうして懲罰用のイスに座っていないのか」と指摘した。原告が「歯を磨いている」と答えたところ、この係長は力一杯右手拳で、原告の左耳を強打したという。なお、この件について府中刑務所当局は懲罰理由は隣の房の受刑者と話をしていた、原告が看守に暴行の気勢を示したと主張している。


 その後、原告によれば、第一事件と同じように、革手錠を装着し、暴行を加えた。 革手錠をされたまま9時間、保護房に2日間収容された。左耳を強打されたため、左耳から膿みが出続け、いまも左耳が難聴の状態となっている。府中刑務所のカルテには、当時原告が耳の治療を受けていたことが記録されている。


(iii)第三事件


 1994年7月19日に発生した件で、第二事件と同様ささいなことを理由とする看守の暴力、革手錠使用、保護房収容事件である。


(iv)第四事件


 原告の訴えによれば、1994年12月から1995年2月ころにかけて、原告はこれらの虐待の事実を国連人権委員会に通報しようとして、手紙を出すことの許可を求めたが刑務所当局はこれを認めなかった。


 1995年2月27日に原告は国連人権委員会への手紙の発信を求めて、ハンガーストライキを開始したが、翌日の28日には原告は保護房に収容され、3日目の3月1日に薬品を注射され、強制的に栄養補給をされたという。証拠保全された府中刑務所の当時の文書によっても、原告が国連人権委員会への手紙の発信を求めてハンガーストライキをしたこと、強制的に栄養補給を受けたことが記録されている。


(v)第五事件


 原告の訴えによれば、1995年10月23日から、1996年7月15日まで約9か月間、原告は精神障害者を収容する特殊な独房に収容され、連日連夜壁に頭をぶつけたり、壁を蹴ったり、ひとり言をしゃべり続ける受刑者の居房に隣あわせにさせられた。原告の訴えによれば、原告自身に対しても剃刀を飲み込んだという事実無根の理由を挙げてこのような居房に収容されたと説明された。証拠保全されたカルテによれば、原告が精神科医の診療の対象とされていたが、精神障害を示す所見はカルテ上も認められない。


(vi)その後の経過


 1996年7月1日、原告は巡閲官に対して自己の置かれた異常な状況を訴えた情願を提出した。これは認められ、7月15日、約9か月ぶりに原告は右の過酷な状況から救出された。この時期が前に述べたケビン事件が提訴された時期と重なっていることが注意されるべきである。


(d)黒羽及び府中刑務所イラン人受刑者サイード・ピレーバー事件


 現在、府中刑務所在監中の29才のイラン人男性サイード・ピレーバー氏は、1997年黒羽刑務所で懲罰手続等に通訳を呼ぶよう求めたにもかかわらず、これが認められなかったため、ハンストを行った。これに対して、刑務所は、即座に強制栄養補給として彼の右大腿部の皮下に大量の点滴注射を行った。この措置により、同氏の右足は麻痺してしまい、車椅子がなければ日常生活ができなくなった。現在、右足の指、踵、踝にかけて赤紫に変色しており、壊痕が生じている可能性が濃厚である。


 その1ヶ月後、同氏は府中刑務所に移送された。ここで、彼はイランにいる自分の家族の窮状を訴えるため、通訳を頼んで欲しいと再度ハンストを行ったが、府中刑務所は、8日間に亘り、一日二回、鼻腔から胃までチューブを差し込む方法で、流動食を強制的に摂取させた。この措置により、同氏は摂食障害になり、体重が78kg(身長172cm)から42.5kgにまで激減した。同年10月には医療専門の八王子医療刑務所に移監されたが、何らの根本的治療もなされないまま同年末、府中刑務所に戻された(*66)。


D.日弁連の意見


(1)国際人権団体、外国報道機関による批判


 府中刑務所における刑務作業、所内生活についての厳しい規律と体制は、厳しい国際的批判の対象となってきた。


 この問題は、国際人権団体、Human Rights Watchレポート"Prison Conditions in Japan"(1995年)、各年のアメリカ国務省の各国別人権状況報告書等に取り上げられてきた。ケビン事件は、提訴当時にニューヨークタイムスとワシントンポストに掲載されたほか、TIME誌にも特集された。


 またAP通信は1997年2月にジョゼフ・コールマン記者の署名入りの日本の刑務所に関する記事を配信している。


 さらに、アムネスティ・インターナショナルの国際事務局は1997年11月10日に「日本における外国人被拘禁者に対する虐待」と題する調査レポートを公表した。


 このレポートは1997年5月に国際事務局から派遣された調査団が約1カ月に渡って調査を行ってまとめたものである。この報告書では刑務所、拘置所、警察留置場、入国管理施設の中で外国人被拘禁者が受けた人権侵害を、18件の具体的ケースをもとに詳細にレポートしている。


 このレポートに特徴的な点はまず、施設職員による人種差別的な言動が数多く報告され、日本の拘禁施設の多くで職員の間に人種差別的感情が広がっていることがわかる。また、刑務所では外部に公開されていない規則の些細な違反に対して、非人道的な懲罰が加えられ、刑務所の秩序に従わないものに対するシステマティックな暴力と保 護房、革手錠の使用が行われているとしている。


(2)人種差別言動と規約20条2項違反


 これらの虐待事件の多くは、看守に人種差別的な言動が見られ、人種差別を容認する環境を背景としている。規約20条2項は、人種差別的な言動を法律によって禁止することを義務付けているが、日本にはこのような立法はない。日本政府は、1995年12月に人種差別撤廃条約を批准した。しかし、同条約2条に基づく差別撤廃の義務や、6条の人種差別に対する救済、7条の人種差別禁止への理解を深める教育などの実施は著しく立ち遅れている。日本政府は、規約20条2項と人種差別撤廃条約に基づく義務を、確実に実行しなければならない。とりわけ、これらの事件を防止するため、弁護士会や人権NGO等外部の専門家による刑務所職員に対する人権教育が実施されなければならない。


(3)仮釈放の恣意的運用の是正


 一般的に、外国人に対しては、日本人に比べてもかなり長期の仮釈放(刑期の6、7割程度で 釈放されている。)が与えられている(*67)。本国に早期に送還するため、外国人に早期仮釈放を与えるという政策に異論はない。しかし、些細な規律違反によって懲罰の対象とされたり、人権侵害に対して不服申立や裁判を提起したりすると、仮釈放審査にかけられないなどの不利益が現に生じている。従って、ケビン事件に見るように仮釈放をあきらめ、残りの刑期を厳正独居で過ごす覚悟がなければ訴訟の提起などの不服申立は不可能な実情にある。ケビン氏自身、自ら提訴に踏み切った理由を、自らのためだけでなく、他の同じような状況にある多数の外国人受刑者の声を代表して、自らの犠牲を覚悟して提起を決意したと述べている。このように、仮釈放制度の運用によって、恣意的に拘禁がなされていることは、規約9条1項、14条1項に違反する。


 この点は、実は日本人受刑者に共通する問題であるが、日弁連では今の仮釈放制度に、ヨーロッパ各国で取り入れられている善時制度を取り入れることを提案している。この考え方は、一定期間、規律違反がなければ自動的に刑期が一定割合で短縮されるもので、規律違反によってはく奪される刑期の短縮についても定量化が可能で、より公正な制度である。


(4)外国人被拘禁者の施設生活における通訳の保障


 国連被拘禁者保護原則14は、自国語での権利義務の告知を保障している。さらに、前記「外国人被拘禁者処遇に関する勧告」(1985年)では、収容後直ちに理解できる言語での法令規則の告知されることを保障している。前記のサイード・ピレーバー事件は、施設生活において、十分な通訳が保障されていないことを提示している。


 収容開始の際の権利義務の告知、重要な規則の告知、規律違反を理由とする懲罰手続などの重大な不利益処分にあたって、通訳を保障することが何にもまして急務である。また、規則、懲罰該当事実などの重要手続文書は母語に翻訳して、交付することを施設当局に義務付けるべきである。


(5)母語での面会。通信の保障


 前記の「外国人被拘禁者処遇に関する勧告」では、面会・通信の機会の促進が規定されている。母語での面会通信を認めることは極めて重要である。そして、面会や通信の立会い・検閲に費やされている労力は、有能な職員の外国語の能力の浪費であり、一刻も早く立会い、検閲を原則として廃止し、施設側と外国人被拘禁者の直接の実質的なコミュニケーションの強化を図るために振り向けるべきである。


また、外国人の場合には、国内に家族がいない場合が多く、友人、NGOとの面会を認める必要性は大きい。


第6章 精神障害者(規約7、9、10条)

A.結論と提言


(1)理由の告知  精神保健及び福祉法29条3項、33条の3、33条の4,2項等、本人の意思によらずに入院させる場合に都道府県知事、精神病院の管理者等が告知すべき事項には、規約9条4項の保障する権利を実行あらしめるために必要な「拘禁の理由」が含まれず、法改正を要する。


(2)審査会の独立性


 同法38条の4に基づく退院等の請求を審査する精神医療審査会は、規約9条4項にいう「裁判所」には該当せず、又他に「その抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定し」「その抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができる」手段が存在しないので、規約9条4項に違反し、法改正を必要とする。


(3)賠償を受ける権利


 精神障害を理由とする拘禁については、「不当に拘禁された」ことのみを理由として賠償を受ける権利を保障した法制度が存在しないので、規約9条5項に違反し、法改正を要する。


(4)処遇の監視と処遇基準の設定


 精神病院に拘禁された患者の処遇については、規約7条、同10条に基づく積極的な処置として、処遇を監査する独立の第三者機関を設置すること、処遇基準を通信・面会・身体拘束以外についても具体的に定めること、このための法改正を行う必要がある。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文25頁、英文41-43頁)


(1)1987年の法改正により入院中の者やその保護者等から、都道府県知事に対して退院等の請求ができ、知事は各都道府県に設置される精神医療審査会(医師、法律家及び学識経験者の三者から構成される独立した第三者機関)に審査を求め、その審査結果に基づいて必要な措置を命じることとされている。


(2)知事は、定期的に措置入院者及び医療保護入院者(本人の意思によらないで入院させられた者)の病状報告を入院先精神病院の管理者から受け、入院継続の適否につき精神医療審査会に審査を求め、その結果に基づき退院等必要な措置を命ずる。


(3)上記の結果、定期報告審査で現在の入院形態での入院継続不適当なもの3名、退院請求により退院が適当と判断された者は34人(1994年)である。


C.日弁連の意見


(1)入院理由の告知


(a)措置入院(法29条)、医療保護入院(法33条)にあたっての入院理由告知は、精神保健指定医の診察の結果、入院が必要と診断されたこと、入院の根拠条文の二つが不動文字で印刷された文書で渡されるのみである(厚生省精神保健・福祉課作成様式7、8様式)


(b)規約9条1項及び4項の規定は、刑事事件で逮捕された者だけでなく、「自由を奪われたすべての者」に対して適用される(一般的意見8(16)1項参照)。即ち、精神病のため本人の意思によらずに入院させられた者にも、両項の権利は保障されているのである。意思に反する入院については、規約9条4項がその合法性の司法審査を保障しているが、これは入院の理由が告知されてはじめて意味のあるものとなる。前記(e)に摘示した告知内容では、規約9条4項の権利を実効的かつ意味あるものとして保障したことにならないことは明白である。


(2)入院の合法性につき審査を受ける権利


(a)規約9条4項の対象は、精神病を理由とする拘禁に及ぶ(前記一般的意見8(16)1項)。


(b)「精神医療審査会」は、規約9条4項の規定する「裁判所」が有しなければならない、行政当局からの独立性の保障、当該拘束を審査するにふさわしい一定の司法的手続が備わっていること、を充足していない(ヨーロッパ人権条約5条4項に関する Winterwerp v.Nethelands:Eur.Ct.H.R.,Ser.A No.33参照)。


  (c)行政当局からの独立性の欠如


  審査会の委員は全て都道府県知事により任命され、審査会の予算も事務局も全て都道府県から提供されている。退院等の請求も全て知事宛に提出されなければならず、審査会は知事から求められた案件についてのみ審査し、その結果も請求者に直接伝えられず、知事宛に提出される。


  (d)一定の司法手続の欠如


 退院請求審査の段階でも、具体的入院理由を告知される手続を欠き、病院側から提出された意見書も、請求者(患者)に弁護士の代理人が付いた場合であっても、開示されない。


 また、審査に当たる審査会委員全員(5人で構成)に直接請求者の意見を伝える機会を必ずしも与えられていない(各都道府県によって必ずしも請求者との面接方法は画一的に決まっているわけではないが、東京の場合のように、原則として審査会委員ではなく、都知事の指定した精神保健指定医が面接し、その結果報告書のみを審査するところもある。よくても審査委員の一部─多くの場合医師委員のみ─から意見聴取を受けている)。


 また、知事を通して伝えられる結果の通知も、結論のみ(例えば、「審査の結果入院の必要が認められましたので治療に専念してください」)の記載が多い。請求者に不利な結果については、裁判所等に対する不服申立の手続が法制化されておらず、事実上不服申立ができない(厚生省解釈──なお逆に退院が認められた場合、病院は不服申立ができる)。


(e)知事宛の退院等の請求は効果的な救済手段となっていない。


    1997年6月30日現在、強制入院者数99,599名。


      (入院患者総数336,475人)


    1996年中の退院請求数862名。請求の認められた者43名。


 このような多数の入院患者に比較すると、退院請求の数自体とるに足りない数であり、まして請求が認められた者43名ということ自体、システムとしての実効性のなさを示している。


(f)その他の手続としては、拘禁に対する一般的救済手続として、人身保護法、人身保護規則による人身保護請求がある。しかし、同法2条1項で請求の要件を、「法律上正当な手続に拠らないで身体の自由を拘束されている者」に限定し、同規則4条でさらに「権限不存在ないし著しい手続違反が顕著な場合」にのみ請求ができるとしているため、精神病を理由とする拘禁の如く、当初適法であっても、症状の回復等により拘禁の必要性がなくなり、その結果拘禁の合法性がなくなった場合(規約9条4項はこのような場合にも適用がある)には、人身保護法、同規則では対応できない。


 現に、最高裁判所は「同意入院の規定に基づき精神病者として精神病院に収容されている場合においては、その入院について適法に選任された保護義務者の同意がない場合、あるいは被拘禁者が精神障害者であり、その医療と保護のため入院の必要があるとの診断に一見明白な誤りがあると認められる場合に限って救済が与えられるべき」としている(最高裁第3小法廷判決 民集253-435)。


(3)不当な入院に対する補償


 規約9条5項は、不法な拘禁(入院の必要のない場合を含み、拘束者の故意・過失を必要としない)を受けた者に補償を受ける権利を保障しているが、私人による場合に適用される民法709条、公的機関による場合の国家賠償法1条、ともに拘束に当った者の故意・過失を要すると明文で規定しており、規約9条5項とは要件を異にしている。不当な拘禁に関し、拘禁者の故意・過失を要件とせずに補償する規定を有するのは、刑事被拘禁者についてのみであり、精神病を理由とする被拘禁者を含めて新たな立法を必要とする。


(4)処遇改善の請求


(a)1987年の法改正により、精神病院入院者やその保護者は、退院請求ばかりでなく、入院中の処遇につき改善請求を都道府県知事に申立てることができることとなった。


(b)しかしながら実際に申立てられた件数は入院患者総数に比して極端に少なく(1996年中において48件)、請求の認められた者1件にすぎず、実効的でないことを示している。


(c)また改善を請求することができる対象も、各都道府県における取扱いは一様ではなく、大部分の都道府県は、法及び政令にある程度具体的基準が明示されている通信・面会・身体拘束に限定して認めているだけである。


(d)入院中の患者の処遇については、入院者らの申立がなくとも、厚生大臣及び都道府県知事は必要があると認めるときは、入院中の者の処遇に関し、病院管理者に報告を求め書類等を提出させ、又は職員や指定医等に病院への立入調査をさせることができることになっている(法38条の6)。


 しかしながら、実際のこれらの調査等は、事前に病院管理者等に通知した上で実施されるなど必ずしも実効を上げていない。


 現に、最近5年間で判明し、マスコミ等で大きく取り上げられた長野県の栗田病院、大阪府の大和川病院等のケースでは、この制度が有効に働かず、患者の不当処遇等の不祥事が見逃されていたことが判明している。


 即ち、栗田病院の件では改めて行われた調査により、


  • (i)強制入院の要件を欠く患者を、相当数本人の意思に反して入院させていた。
    (ii)入院時、入院患者に対する書面による権利告知をしていなかった
    (iii)任意入院患者が退院を申し出ても理由を示さず、また、入院継続に必要な手続を取らずに入院させていた。
    (iv)患者又は元患者に他の患者の世話をさせていた。
    (v)電話の使用を制限し、又患者や家族からの預り金の保管に問題があった。等の事実が判明し、同じく大和川病院の件では、
    (vi)恒常的な超過収
    (vii)構造設備の不備
    (viii)医療従事者不足 の事実が判明するとともに、同病院が患者と弁護士との間の面会通信に積極的妨害を行ったことを理由として民事訴訟が行われ、患者に勝訴判決が出されている。

(e)その原因としてつとに指摘されてきたことは、都道府県と私立精神病院の癒着問題である。特に都道府県知事の行う措置入院患者や生活保護を受けている患者多数の入院先が特定私立民間精神病院である場合に、この傾向が著しい。上記2病院もこのケースであり、1987年の法改正のきっかけとなった宇都宮病院のケースも同様である。措置入院を行う都道府県知事とは独立した病院を監査する機関(第三者機関)を設置し、独立公正な病院監査制度を設けなければ、これら事態は是正されない。


(f)さらに患者の処遇基準を明確にするため、通信・面会・身体拘束以外にも、明確な処遇基準を法に基づき定める必要がある。


(5)法改正の動向


 日本政府は、来年法改正を行う意思のあることを表明し、現在各方面から意見が提出され、日弁連は前記のような提言を規約との関連で継続的に行っているが、政府は1987年の法改正以後2度の法改正の機会があったにもかかわらず、規約との関係は全く検討されないで現在に至っている。


第7章 女性に対する差別撤廃措置

Ⅰ 日本社会における女性の地位向上のためにとるべき措置(規約3条)

A.結論と提言


 規約3条に定める同等の権利を女性に確保するために、


(1)日本政府は、女子差別撤廃条約2条に基づき、実質的な男女平等を実現し、女性の意思決定過程への参加を促進するために、国内組織の根拠法ともなる基本法を制定すべきである。


(2)日本政府は、公的機関及び民間企業の政策決定における極めて低い女性の参加状況を抜本的に改善するために、積極的な参画の促進措置がとれるよう基本法の中にポジティブアクション規定並びにこれを実施すべき国及び地方公共団体の義務を規定すべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文12―13頁、英文22―24頁)


 日本政府は、第4回政府報告において、規約3条の報告の中で、女性の地位向上のためにとってきた措置として、政府内組織としての男女共同参画推進本部の設置と同組織を通じての取り組みを報告している。また、日本政府は、現在1997年4月に、法律に基づき男女共同参画審議会を設置しており、同審議会において男女共同参画社会基本法(仮称)について検討中であり、橋本前首相は、来年の通常国会にこの法案を提出すると約束している。


 しかし日本社会における女性の参加状況は、政府及び民間ともに極めて低い状況にあり、日本の経済的な発展状況とのアンバランスを示している。以下に述べるのはその概要である。


C.日本の現状


(1)政治における女性の参加状況


 国会議員における女性の割合は、7.6%(1997年3月時点)で前回の報告書審査からほとんど前進していない。列国議会同盟(IPU)がおこなった1997年1月時点での国政における女性の参加度の比較では、わが国は、世界167ヶ国中124位となっている。地方議員における女性の割合も1996年12月時点の統計で、わずか4.4%にすぎない(女性の政策決定参画状況調べ 1997年3月)。


(2)行政機関における女性の参加状況


 政府の行政機関における女性幹部職員の割合は、政府報告の統計が指摘するように1%に満たない状況である。審議会等の委員については、政府報告も指摘するように、数値目標を設けた結果として女性委員の比率は上昇しているが、1997年3月時点でも16.6%にすぎない(1997年3月 女性の政策決定参画状況調べ)地方自治体における女性管理職員の割合も、極めて低い状況にあり、都道府県の知事部局のような本庁で課長相当職以上でも1.9%程度にとどまっている(1996年6月1日現在労働省調べ)。


(3)民間企業における女性の参加状況


 民間企業における女性の管理的職業従事者数の割合は、1996年度に8.9%で、1991年の8.2%から余り変化がない(総務庁統計局「労働力調査」)。従業員100人以上の規模の企業における1996年度の女性の役職者は4.5%にとどまっている(労働省「賃金構造基本統計調査」)。


D.日弁連の意見


 このように日本社会において女性の参加が遅々として進んでいない理由の一つは、男女平等及び女性の参加を促進し、そのための国内組織の根拠法ともなる基本法が存在しないことである。この任務を現在中心的に担っている男女共同参画推進本部は、法律による根拠をもたず政令によって設置された組織にすぎない。日本は、1985年に女性差別撤廃条約を批准し、同条約は男女の平等の原則の実質的な実現を法律その他の適当な手段で確保することと規定している。それ故日本政府は、規約3条の義務の実施のために、基本法を早急に制定すべきである。


 また日本政府は、前述のような公的機関及び民間企業の政策決定における極めて低い女性の参加状況を抜本的に改善するために、積極的な参画の促進措置がとれるよう基本法の中にポジティブアクション規定ならびにこれを実施すべき国及び地方公共団体の義務を規定すべきである。


Ⅱ 女性雇用における不平等を是正するためにとるべき措置(規約3条)

A.結論と提言


 規約3条に定める同等の権利を女性に確保するために、


(1)雇用における性差別を実効的に禁止する法制度を制定すべきである。


(2)育児休業制度及び介護休業制度を拡充する措置をとるべきである。


(3)労働基準法に、男女共通の時間外労働の制限、休日労働の制限、原則深夜業禁止の規定を盛り込むべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は、日本における女性の雇用状況について、第3回日本政府報告の審査の結果のコメントにおいて、「雇用における報酬に関し、日本では、女性に対する差別的慣行が存続しているようであること」に懸念を表明し、また、「事実上の差別問題がより広範に存続していること」に留意するとの指摘を行っている(コメント10項)。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文14―15頁、英文25―28頁)


 日本政府は、第4回政府報告においては、女性雇用対策について、規約3条の報告の中で、男女雇用機会均等法の趣旨の浸透や同法の遵守措置により民間企業や国家公務員において女性の雇用を前進させる措置をとっていることを述べている。また、同報告は、家庭責任を有する男女労働者にとって職業生活と家庭生活との両立を可能とするために育児休業法を導入し(1991年)、その改正により介護休業制度を導入したこと(1995年)を報告している。


 しかし、以下に見るように、報酬、配置、教育訓練、昇進昇給、雇用形態などで事実上の差別が是正されておらず、また育児休業制度や介護休暇制度に不十分な点が多いため、女性が雇用において平等な権利を享受できていない。


D.日弁連の意見


(1)雇用の分野に残る女性差別


 雇用の分野で現存する問題は、賃金格差すなわち報酬における差別である。1995年のパートタイムを除く全産業労働者の賃金の統計によれば、女性の現金給与額は男性の60.4%にすぎず、その賃金格差の状況は、10年前の56.6%に比べてあまり改善されていない(労働省「賃金構造基本統計調査」)。特徴的なのは、年齢が若い時は、男女間格差は少ないが、年齢の増加とともに格差は拡大し、50歳から54歳においては、女性の賃金が男性の52.5%と約半分となる。このような賃金格差は、以下に述べるような様々な差別に起因している。


(a)コース別雇用における差別


 募集・採用の段階から、職種・転居を伴う転勤等に同意するかなどを理由として、幾つかのコースに分ける制度である。1985年均等法施行後、このようなコース別雇用制度を設ける企業が増加した。1995年度には上記のようなコース別雇用制度をとる企業は4.7%であるが、金融・保険関係では34.0%と3割をこえる(労働省1995年度「女子雇用管理基本調査」)。


 このコースの主な形態は、「基幹的業務」として「転居を伴う転勤があり、企画立案、対外折衝を伴うとする職務内容」と、いわゆる一般事務を行う「一般事務職」とを分け、基幹的業務には男性を、一般事務には女性を募集・採用する例である。このようなコース別制度を採る企業においては、1995年「基幹的業務」のコースについて「男性のみ募集」は72.4%にのぼり、「男女とも採用」は27.6%にすぎない。「一般事務職」コースは逆に「女性のみ採用」が74.9%にのぼり、「男女とも採用」は19.1%である。「基幹的業務」は年齢とともに賃金が大巾に上昇していくが、「一般事務職」は、賃金の昇給はわずかであり、しかも年齢とともにその昇給巾は小さくなり、40歳代後半からは殆んど賃金が上昇しない仕組みが多い。このような、表面上は職種等によりコース別と称されるが、実質的には男女間差別のコースにより、男女間賃金格差は年齢とともに大きくなる。


(b)昇進・昇格における差別


 1995年度において「係長担当職以上の女性の管理職が1人でもいる」企業は58.8%にすぎない。しかも上級管理職にいく程その割合は少なく、1人でも「部長相当職以上」の存在する企業の割合は14.3%である。


 また管理職全体を100として男女別にみた場合、女性のしめる割合は、係長相当職7.3%、課長相当職2.0%、部長相当職1.5%である。即ち部長職に至っては男性が98.5%を占めるのである。


 現在、日本においては職務・職能型の賃金体系が多くを占める。従って、資格が昇格することによって賃金が上昇する。上記のような女性の管理職の少なさ-昇進差別は男女の賃金格差へと結びつく。


 このような昇進差別については、既に裁判所では違法との判決が出されている(芝信用金庫事件東京地裁判決1996年11月27日、社会保険診療報酬支払基金事件東京地裁判決1990年7月4日、等)。


(c)その他様々な間接差別


 前記のコース別雇用及び昇格差別は、男女という形態での差別を明確にしていない。 職種によるコースの区分であるとか、「意欲、能力」による査定の下での結果である等と使用者は述べる。しかし、転居を伴う転勤等を条件とした「基幹的業務」のコース等は、現在女性が家庭責任をもつことが一般的であることから、多くの女性にとっては選びがたいコースとなる。また入社以来、職務配置や研修で差別されることの多い女性にとっては「意欲、能力」の発揮のしようもない状態におかれ、昇進等はなかなか望みえない。


 また民間企業の中では、賃金の一部である諸手当を「世帯主」あるいは「主たる生計の維持者」である労働者にのみ支給することとしている企業がある。しかし、婚姻した男女の間で夫が「世帯主」となる社会的慣行や一般に賃金の高い夫が「主たる生計の維持者」となる社会的現実の中で、多くの妻である女性労働者は、賃金の一部である手当を支給されないことになる。裁判所では、このような世帯主による区別は差別であり違法と判断している(三陽物産事件東京地裁1994年6月16日判決)。


(d)雇用形態による差別


 雇用形態の分野における問題は、パート等の非正規雇用者に女性が多いことである。 パートタイマーや派遣労働者などの非正規雇用者は、1997年には雇用者全体(役員を除く)の23.2%であるが、女性の場合は実に41.7%が非正規雇用者である(総務庁統計局「労働力調査特別調査」)。


 非正規雇用者は正規雇用者に比べ賃金も一般に低い。また女性は非正規雇用者の7割がパートタイム労働者である(即ち、女性雇用者全体の30.0%がパートタイム労働者である)。こうしたパートタイム労働者の賃金は男性に比べ、より低い女性労働者の賃金の69.3%にすぎないのである(1996年労働省「賃金構造基本統計調査」)。


(2)雇用機会均等法の問題点


 1985年に成立した雇用機会均等法は、このような差別を是正する役割を果たしてこなかった。


 「募集・採用、配置・昇進」については、事業主が差別しないよう努めなければならないという単なる努力義務規定である。これらの義務に違反した使用者に対しては何らの制裁規定もない。


 是正を強制する権限のある救済機関がなく、結局は差別された女性たちは裁判に訴えざるをえない。裁判は長期にわたり、費用もかかる。


 以上のような問題点をもった均等法については、日弁連や多くの国民から法改正の要求が出されていた。こうした国民の改正要求の中で、1997年6月、雇用機会均等法は改正された。しかし、改正された均等法は、募集・採用、配置・昇進を禁止規定にする等若干の前進はあったが、実際上の差別を撤廃する措置を含まず、実効力のあるものとはなっていない。それゆえ、雇用における性差別を実効的に禁止する法制度が求められる。日弁連は、特に以下の問題点について、強く改正を求めているところである。


(3)1997年に改正された雇用機会均等法のもつ問題点


(a)女性に対する差別のみを禁止した片面的均等法である。差別された男女に対する法律ではない。


(b)間接差別の禁止がないこと


 前述のように日本における女性差別は、「コース別雇用」や「能力主義」の名の下に、結果的には女性を差別し、労働条件で低く位置付けている。このような結果において女性を差別する間接差別の禁止規定がない。


(c)ポジティブ・アクション(暫定的積極的特別措置)の規定が極めて不十分。


 前述のように、女性は職場で様々な差別をうけている。この差別を改めるためのポジティブ・アクションについては、単に、「事業主が差別是正のための特別措置を講じてよい。その際は国は相談・援助に応ずる。」というのみで、何らの強制力もない規定となっている。


(d)セクシャルハラスメントの定めが不十分。


 女性がセクシャルハラスメントをうけないよう、事業主が「必要な配慮」をするようにという単なる配慮義務に留め、セクシャルハラスメントを禁止する規定を設けていない。


(e)法律に違反し差別をなした事業主に対しての罰則規定はなく、制裁規定は不十分。


 法に違反した事業主に対しては女性少年室長の助言・指導・勧告がなされるのは従来通りであるが、勧告があっても是正しない企業については企業名を公表できるという規定が設けられた。しかし、これだけでは女性差別の実効性をあげることは極めて厳しい。違反した事業主に対しては罰則を含むより厳しい制裁措置が定められるべきである。


(f)差別された女性に対する救済措置の不備


 差別された女性の強制力ある救済措置はなく、そのため結局、女性たちは是正の為には裁判による以外にない。前述のように、裁判は長期にわたり、費用もかかる。


(4)労働基準法の改定による問題点


 日本政府は、1997年、上述の雇用機会均等法の改正と同時に、労働基準法における女性に対する深夜業の禁止や時間外労働の上限規制、休日労働規制などの規定を撤廃する法律を導入した。しかし、これにより男女平等がもたらされるとは考えられない。


 しかし日本では、男性労働者は協定を結べば制限なく時間外労働することが認められる。その結果、世界的に問題になっている「過労死」が頻発している状況である。このような長時間・過密労働が放置された中では、女性の平等は得られない。家庭責任を負わされている女性にとってはその職場進出をより困難にし、また多くの女性労働者が正規労働者として働くことを断念せざるを得ない状態に追い込まれるであろう。そして労働条件の悪いパートタイマーや派遣労働者など非正規雇用労働者として働かざるを得なくなるであろう。


 日弁連は、男女共通の時間外労働の制限、休日労働の制限、深夜労働の原則禁止を労働基準法に定めることを求めている。


(5)育児・介護休業法の問題点


 育児休業制度によって付与された、子が1才に達するまでの間の育児休業あるいは子の就学前までの深夜業の禁止規定は、労働者の請求によるが、許諾権は使用者に委ねられており、労働者の権利としての性格が弱い。また、雇用保険による休業中の所得保障は平均賃金の25%にとどまり、育児休業による所得の低下は著しい。そのため、現状では夫婦共働きの場合、賃金が低い傾向にある女性労働者が育児休業を取る結果とならざるを得ない。


 介護休業制度では、介護休暇は3カ月間であり、同一理由では一度しか取得できない。高齢者や障害者の介護のための設備も極端に不足している現状を考えれば、現行の制度はまだまだ不十分である。


Ⅲ 夫婦同姓を強制する制度を是正するためにとるべき措置(規約3、17、23条

A.結論と提言


 婚姻の際に夫婦同姓を強制する民法750条は、規約3条、17条1項、23条2項、23条4項に違反するので、日本政府は、この制度を早急に改正する措置をとるべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文52―53頁、英文93頁)


 日本政府は、第4回政府報告において、規約23条の報告の中で、法務大臣の諮問機関である法制審議会が、1996年2月に、選択制夫婦別氏制度導入の改正項目も含む「民法の一部を改正する法律案要綱」を法務大臣に答申していると報告しているが、日本政府はその後この法案を国会に提案していない。


C.日弁連の意見


(1)夫婦同姓の強制における問題点


 日本民法750条は、男女が婚姻の際夫又は妻の一方の姓を選択して同姓になるべきことを義務づけており、配偶者と別個の姓を持つことを一切認めていない。この制度のもとでは、形式的には夫又は妻のいずれかの姓を選択することができる。しかし、実際には97.4%の夫婦で夫の姓が選択されているため、この制度は、事実上女性に対する改氏の強制として機能している。またそのような女性に対する改氏の強制が、結婚に際して女性が男性の庇護のもとに入るという差別的な結婚観を温存・助長している。


 このような夫婦同姓の強制は、単に戸籍上の記載の問題だけではなく、政府機関などでその婚姻上の姓の使用も強制されてきた。婚姻前の姓を通称として使用してきた女性研究者が、国立大学の教授となったことにより戸籍上の姓の使用を強制されたため、通称使用を認めるよう求めた裁判において、東京地方裁判所は1993年11月19日に原告の請求を棄却する判決をしている。


 規約23条は、規約委員会の一般的意見にも述べられているように、各々の配偶者が各自の原家族名(姓)を使用する権利(使用し続ける権利)を保留する権利、又は、平等な立場で、新しい家族名(姓)を両配偶者が共同で選択するという権利を各国政府が保障すべきことを含んでいる。それゆえ夫婦同姓の強制は、姓を変更することなく結婚する権利を認めないものであり、規約23条2項・4項に違反する。また、国家が法律をもって同氏を強制することは、規約17条1項が禁止する私生活に対する干渉である。加えて、夫婦同姓の強制が、女性に対する改氏の強制として機能している実態に鑑みれば、この制度は、男女の同等の権利の享有を阻害するもので、規約3条に違反する。


(2)世論の動向と日本政府の態度


 夫婦同姓の強制は、世論によっても支持されていない。1996年6月下旬から7月上旬にかけて総理府が実施した世論調査の結果を世代別に見ると、別姓容認(通称使用を認める意見も含む)は、20代男性で68%、20代女性で79.7%、30代男性で75%、30代女性で83.4%であり、一方、反対が過半数を超えたのは、60歳以上の男性の71.3%を最高に、50代男性と60歳以上の女性のみである。


 この問題について、第4回政府報告書においても報告しているように、法務大臣の諮問機関である法制審議会が、1996年2月に、選択制夫婦別氏制度導入の改正項目も含む「民法の一部を改正する法律案要綱」を法務大臣に答申している。しかしながら、この答申から2年以上経過しているにもかかわらず、日本政府は、未だに法案を国会に提出していない。この間、国会では夫婦同姓の強制の改正を内容とする法案が野党から提案されたが、与党の反対により廃案となっている。なお、1998年3月6日には、改正案が野党議員から議員立法として提案されている。このような状況で、夫婦同姓の強制をやめるための法改正を実現するためには、日本政府が、自らイニチアティブをとって改正のための法案を提出する必要があるが、日本政府はまったくそのような措置をとっていない。


Ⅳ 学校教科書検定に対する性的平等保障の措置(規約3、19条)

A.結論と提言


 日本政府が、学校教科書検定において行っている性的平等を促進しようとする表現への干渉は、規約3条及び19条に違反する。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 国際人権(自由権)規約委員会は、第3回政府報告審査において、学校教科書検定の問題は、表現の自由に関する問題として審査され、審査のコメントにおいて、主な懸念事項として、「当委員会は、表現の自由の権利の尊重に関して、法律や判決の中には制限的なアプローチをしているものがあることを残念に思う。」(コメント14項)がでている。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文48頁、英文84-85頁)


 日本政府は、第4回政府報告においても、学校教科書検定の問題については、規約19条に関する報告において「表現の自由の制限は合理的で必要やむを得ない限度のものであり、」との態度を維持している。


 しかしながら、学校教科書検定は、以下に述べるように性的平等を促進しようとする表現を抑圧する手段として用いられている。


D.現状と問題点


 日本においては、公立学校で使用される教科書について、政府の文部省による「検定」という事前検閲制度が存在しており、文部省は教科書を審査して訂正や削除の意見を述べ、それに従わない教科書は不合格とされて教科書としての出版を許可されない。


 文部省は、1997年度の高等学校で使用されるある家庭科の教科書について、夫婦別姓や、結婚しない生き方など個人の自立と尊重に重きをおいたものを不合格とした。この教科書は、たとえば、性別役割意識というものはつくられるものであること、また事実婚の増加、女性のリプロダクティブヘルス・ライツなどについて記述していたが、文部省は、多くの意見をつけて記述が不適切と判断した。その理由として、「家庭生活は、夫婦と子どもという家族構成を基本にしている。多様な家庭像を先に扱うのは主客転倒で、指導要領の趣旨に沿えば意見を付せざるを得ない。」と話したと報道されている。


E.日弁連の意見


 文部省のこのような検定は、教科書を通じて、多様なライフスタイルを著者が高校生に伝え、高校生が学ぶ機会を奪うものであり、規約19条に保障された表現の自由を侵害するものである。また、このような文部省による規約違反の干渉が行われるのは、政府が一定の価値観のもとに教科書の内容に対し、事前検閲によって容易に干渉できるという「検定」制度に内在する問題によるものである。さらに、今回の文部省による家庭科教科書に対する検定は、伝統的な家族観や男女の定型的役割以外の女性の自由な生き方についての教育を制限しようとするものであり、女性に対する平等な権利の保障という規約3条に真っ向から矛盾するものであるから、日本政府は教科書検定制度におけるこのような干渉をやめるべきである。


Ⅴ 女性に対する暴力を廃絶するための措置(規約2、3条)

A.結論と提言


 日本においては、女性に対して家庭では夫からの暴力が、職場ではセクシャルハラスメントが多発しているが、これらの被害者に対して、また、強姦の被害者、少女売春の被害者、人身売買による売買春及び「従軍慰安婦」の外国人被害者女性に対していずれも効果的な保護がなされていないことは、規約2条、3条に違反している。


 よって、後記の「日弁連の意見」に記載したとおり、実態の調査及び被害の予防並びに被害者の救済のために必要な措置をとるべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述


 日本における女性に対する暴力の問題は、前回の審査及び第4回政府報告書では触れられていない。


C.日本の実状


(1)日本政府の取り組み


 政府は第50会期国連総会において、女性に対する暴力の撤廃のためにUNIFEMに基金を設けることを提案し採択され、基金を提供する準備があることを報告している。


 また、北京行動綱領を国内に取り入れるために1996年7月には「男女共同参画ビジョン」を、同年12月には「男女共同参画2000年プラン」を発表し、女性に対する暴力の根絶に向けた具体的な施策を策定し、昨年秋から男女共同参画審議会女性に対する暴力部会において研究をしている。


 これらの点において日本政府の女性に対する暴力撤廃への積極的な姿勢を見ることができる。しかし、その問題の深刻さに照らして日本政府の措置を審査し、早急に日本政府のとるべき措置が明らかにされなければならない。


(2)日本における女性に対する暴力の実情


(a)人権侵害に対する認識の欠如


 わが国においては女性に対する暴力として、夫による暴力、セクシュアル・ハラスメント、強姦、ポルノグラフィー、児童虐待、援助交際(中高生などの未成年の女性に対して、成年男性が金品を対価に性的関係をもつこと)、人身売買・買売春、買春ツアー、軍事的性奴隷(「従軍慰安婦」)等が問題とされている。しかし、これらが、女性に対する暴力として問題があることや、女性という性による差別であり、女性に対する人権侵害であるとの認識はまだまだ乏しい。


(b)乏しい実態把握


 加えて、女性に対する暴力の正確な実態を把握する調査研究も甚だ乏しい状況にある。毎年刊行される警察庁編「警察白書」も法務省法務総合研究所編「犯罪白書」もジェンダーの視点に立った犯罪の統計分析を行っていない。そのため、これらの白書によっても女性に対する暴力の実態は把握できない。


(c)潜在する女性に対する暴力


 辛うじて入手できる警察庁の犯罪統計書の1995年の刑法犯、罪種別被疑者と被害者の関係別検挙件数によれば、全国の1年間の刑法犯総数(交通事故を除く)においては妻(内縁を含む、以下同じ)及び恋人である女性の被害者(加害者は相手方男性、以下同じ)は846件に対し、夫(内縁を含む、以下同じ)及び恋人である男性の被害者は229件である。


 妻及び恋人である女性が、夫及び恋人である男性から犯される刑法犯は、その逆の場合に比較すると3.69倍になる。


 殺人犯については妻及び恋人である女性が被害者である場合は130件に対し、夫及び恋人である男性が被害者である場合は79件であり、この関係における女性の被害者は男性の被害者の件数より約1.64倍多い。


 また、暴行、傷害、脅迫、恐喝における妻及び恋人である女性の被害者は550件に対し、夫及び恋人である男性の被害者は64件であり、この関係における女性の被害者は男性に比べると約8.6倍の被害にあっている。


 日弁連が実施した「全国一斉女性の権利(夫婦間暴力)110番」(1994年~96年実施)と「夫(恋人)からの暴力110番」(1998年実施)をまとめた結果は別紙のとおりである。その結果から伺われるのは、警察に通報されない、通報しても警察が立件しない潜在的な夫からの暴力が多数存在するということである。


 また、妻からの家庭裁判所婚姻関係事件の申立事件数の動機の第2位は「暴力を振るう」であり、第4位は「精神的に虐待する」である(*68) 。両者を合わせると、「女性に対する暴力」が妻からの調停申立の動機の第1位となる。わが国の離婚は協議離婚が9割を占め、その離婚原因は詳らかではないが、妻からの前記申立件数37,395件に対し、申立動機に占める延べ件数は「暴力」が11,720件、「精神的虐待」は7,360件であり、家庭における暴力が捜査機関に殆ど届けられないまま、潜在化していることを示している。


 従って、警察の検挙件数は氷山の一角を示すに過ぎないことを裏付ける。


 この点で、強姦の認知件数が1972年の4,677件から1996年に1,297件に減少しているとはいえ、被害女性が泣き寝入りをすることは周知の事実である。上記の刑法犯に限らず現行刑法では処罰されないセクシュアル・ハラスメントなどを含む「女性に対する暴力」が潜在化し、かなり劣悪な状況にある。


(d)人身売買・売買春による外国人女性被害者


 貧しい国から人身売買されて日本で売春を強制されている主にアジアの女性たちがいることは我が国で広く知られているところである。


 人身売買・売買春の被害者を救援するNGOの調査によれば、彼女達は短期滞在者として日本に入国するとパスポ-ト、IDカ-ド、復路航空券を取り上げられ、一人300万円から350万円で売られて来たことを告げられ、このお金は借金として斡旋業者または性産業を営む店主に返さなければならない。そのため彼女たちはこの借金を返すまで売春を強要される。彼女たちが人間としての尊厳や自由を奪われた悲惨な状況にあることは公知の事実である。


 しかるに、政府には、不法在留者として出入国管理法違反ないし、売春防止法による場当たり的な検挙以上の対策が乏しく、人身売買による売買春被害者の人権擁護の視点に立った被害の防止及び被害者の救済のための措置が欠けている。


(e)避難救援施設の実状


 政府は女性に対する暴力の被害者が避難する施設を設けていない。暴力の被害者は婦人相談所の一時保護所を利用することが認められている。しかし婦人相談所は売春防止対策のための施設であるため、暴力の被害者を「売春を行うおそれのある女子」と定義して同施設の利用を認めるものである。1995年の調査によれば婦人相談所の一時保護所に入所した2722人のうち夫(内夫・前夫・ヒモ等)の暴力を理由とする者は1044人であり、全体の38.4%である。1992年では全体の利用者は2512人のうち夫(内夫・前夫・ヒモ等)の暴力を理由とする者は867人で全体の34.5%である。婦人相談所の一時保護所に暴力を逃れてくる妻が増加していると言える。婦人相談所では、子連れの暴力被害者は子どもが10才以上の場合は子どもを児童相談所に保護する。自治体に設置された公的住宅である母子生活支援施設(児童福祉法による生活支援事業)を夫の暴力から避難する妻と子が一緒に利用できるが、この施設も厚生省の通達による便法として認められる施設にすぎない。緊急避難施設としてこの施設を利用できることは、各自治体に周知されていない。


 民間のシェルタ-は都市部に20程あるが、上記施設を加えてもわが国の女性の暴力被害者の避難救援施設は十分ではない。


D.日弁連の意見


(1)規約違反について


 日本においては、女性に対して家庭では夫からの暴力が、職場ではセクシャルハラスメントが多発しているが、これらの被害者に対して、また、強姦の被害者、少女売春の被害者、人身売買による売買春及び「従軍慰安婦」の外国人被害者女性に対していずれも効果的な保護がなされていないことは、規約2条、3条に違反している。


 さらに詳述すると、


(a)夫からの暴力の被害者には規約23条4項に定める適当な措置もとられていない


(b)強姦を含む性犯罪の被害者は捜査や裁判においてまたはマスコミにより、規約7条に違反して品位を傷つけられることがあり、規約17条に反して私生活を不法に干渉され、名誉及び信用を不法に攻撃されることがある。しかるに、強姦罪をはじめとする女性に対する暴力犯罪の予防と救済についての効果的な保護措置を講ずるため法改正を含めた必要な措置がとられていない。


(c)人身売買による売買春の被害者は規約8条1項乃至3項(a)が禁止する奴隷取引により奴隷状態におかれ、「売春」を強制されている。


(d)政府主導による財団法人「女性のためのアジア平和国民基金」は法的補償ではなく政府の国家としての責任の回避である。「従軍慰安婦」の被害者に対しては、政府による法的責任を認めた謝罪と補償が今日に至るもなされていない。


(2)政府が取るべき措置


 よって、以下のとおり、実態の調査及び被害の予防並びに被害者の救済のために必要な措置をとるべきである。


(a)実態の把握の調査研究及び結果の公表


 政府は、ジェンダ-の視点に立った実態の総合的な統計資料を収集・調査・研究する措置をとる必要がある。統計資料の収集、調査、研究なしに女性に対する暴力に関する法律制度の運用状況、問題点、司法・行政・立法上の課題、被害者のプライバシ-の保護、自立援助を含む被害回復措置についての対策を立てることは困難である。


(b)暴力の防止・救済手段


 政府は加害者に対する教育及び被害者の避難救援施設の充実及び裁判所におけるジェンダ-バイヤスを撤廃する措置を取るべきである。即ち、


  • (i)日本社会に蔓延している男性に甘く女性に厳しい性のダブルスタンダ-ドをなくし、女性に対する暴力は女性の人権侵害であるとの人権教育を学校や社会教育、司法関係者にたいする研修、加害者の矯正の場において徹底すること。
    (ii)避難救援施設
    政府は便法に頼るような措置によることなく、女性に対する暴力撤廃の視点と救援の目的を明確にし、暴力を振るわれる女性とその子どもに配慮した保護施設を設置すべきである。
    また、民間シェルターへの公的援助を実施するべきである。

(c)夫からの暴力に対し必要な措置


  • (i)政府は、妻に対する暴力の予防と実効ある被害者の救済をはかるために法制度を整備し、妻に対する暴力が違法であることを明確にし、被害者である妻の自立援助対策を講じ、ケアシステムを設けること。
    (ii) 法務省は、日本人の配偶者としての在留資格の付与に際し、法律で必要とされる要件以上に、「配偶者としての活動」を要求し、夫婦の同居などを求めている。しかし、そうした解釈により、外国人である妻は夫の暴力を逃れたいと思っても、在留資格を保持するために別居もできない状況がある。
    外国人に対し入管法上付与される在留資格について、法務省は「配偶者としての活動」を追加的に要求することにより、在留資格を制限すべきではない。

(d)セクシャアル・ハラスメントに対し必要な措置


 政府はセクシャルハラスメントをなくすための実効ある禁止規定及び救済制度を設けるべきである。


 1997年6月の均等法の改正により、女性労働者の就業に当たって性的な言動に起因する問題に関する事業主の配慮義務を規定したが、詳細は省令に委ねられており明白な禁止規定ではない。訴訟による救済も金銭賠償は低額であり、被害者の救済には十分でない。


(e)強姦に対し必要な措置


 警察へ届け出にくい現状を改善し、被害者が安心して受診でき、且つ証拠保全ができる病院の診療体制を整備し、刑事法制度を含む被害者のプライバシーを保護する法制度を検討すること。


(f)人身売買による売買春に対し必要な措置


  • (i)国内関係官庁(警察、入国管理局、厚生省、都道府県)は人身売買、売買春、強姦等の人権侵害を受ける可能性のある外国人女性のために、十分な緊急避難施設を設け、その国の自国語で、その施設の連絡先を知らせること。  
    (ii)警察、入国管理局等の摘発官庁は背景の暴力団やブローカー等の組織の解明・摘発に力を注ぐこと。
    (iii)NGOとの協力を行い、これに対する財政援助をすること。

(g)「従軍慰安婦」問題について取るべき措置


 政府は「従軍慰安婦」問題を解決するために国連諸機関の助言に耳を傾け、真相の究明、被害者に対する被害回復措置及び歴史を教訓とする歴史教育をする等、当会の提言に従った措置を早急に取るべきである(*69)。


第8章 子どもの権利のための措置

Ⅰ 嫡出でない子に対する差別を撤廃する措置(規約2、24、26条)

A.結論と提言


  嫡出でない子の相続分を嫡出子の2分の1としている民法900条4項但書は、規約26条に違反するので、日本政府は、この制度を早急に改正し、嫡出でない子に対する差別を撤廃する措置をとるべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会等の懸念事項・勧告内容


 日本の民法900条4項但書は、嫡出でない子の相続分を嫡出子の2分の1としている。また、子どもの出生届には嫡出か否かのチェック欄があり、戸籍の表記は嫡出子と非嫡出子とを区別して記載し一見して非嫡出子とわかる形になっている。


 国際人権(自由権)規約委員会は、日本における嫡出でない子に対する差別に対して、日本政府第3回報告審査のコメントにおいて、「当委員会は、婚外子に関する差別的な法規定に対して、特に懸念を有するものである。特に、出生届及び戸籍に関する法規定と実務慣行は、規約17条及び第24条に違反するものである。婚外子の相続権上の差別は、規約26条と矛盾するものである。」(コメント11項)との懸念を表明し、「また、当委員会は、規約2条、第24条及び第26条の規定に一致するように、婚外子に関する日本の法律が改正され、そこに規定されている差別的な条項が削除されるよう勧告する。」(コメント17項)との勧告を行った。なお、1998年6月、国連の子どもの権利委員会は、日本政府の第1回報告書審査後の総括所見において、婚外子の相続分に関する民法の規定が差別を明示的に容認していること及び公文書において婚外子としての出生が記載されることに懸念を表明したうえで、婚外子に対して現在存在している差別を是正するための立法措置を勧告している。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文54―55頁、英文96―98頁)


 しかし、嫡出でない子に対する差別に対し、日本政府は、前回の審査以降何らの法改正措置も行っていない。さらに第4回政府報告書において、日本政府は、相続分における嫡出でない子に対する差別について、「我が国としては、嫡出である子と嫡出でない子との法定相続分に差異を設けることが、直ちに嫡出でない子を不合理に差別するものと考えていない。」などと述べて、挑戦的な態度を表明し、規約の遵守にきわめて不誠実な態度を表明している。


D.日弁連の意見


(1)相続分における嫡出でない子に対する差別


 1996年2月、法務大臣の諮問機関である法制審議会は、「民法等の一部改正に関する法律案要項」を決定し、その中では「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分と同等とするものとする。」とされ、これはその後、国会の場で審議される予定であったところ、法務省は、「関係方面から種々の意見が提起されているため、同法律案の国会提出につき所要の調整に努める」としていたが、現在に至るも政府は上記改正案を国会に提出していないし、上記改正案の方向で世論を形成するような積極的な努力を何ら行っていない。


 なお、日本政府は、1996年に実施された世論調査の結果で、嫡出である子と嫡出でない子の相続分を同等化すべきであるとする意見は25%であり、この制度改正についての国民の意識が成熟しているとは言い難い、と報告している。このような統計は、同じ1996年に読売新聞によって実施された世論調査の結果が、政府調査と逆に、婚外子に対する相続分差別を廃止することに賛成が46%、反対が27%という結果が示すように何ら信頼できるものではない。むしろ日本政府は、そもそも嫡出でない子に対する差別を撤廃するための社会的啓発を真剣に行うべきなのである。


 一方、相続分における嫡出でない子に対する差別の問題に関する司法判断については、東京高等裁判所が1993年6月23日、非嫡出子の相続分に関する民法900条4項但書の規定が社会的身分による差別を禁止した憲法14条1項に違反して無効である、との決定を下したが、最高裁判所は1995年7月5日、前述の如く(第1章Ⅱ「平等原則と合理的差別」の項参照)、「本件規定(民法900条4項但書)が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の二分の一としたことが、立法理由との関連において著しく不合理であり、立法府に与えられた合理的裁量判断の限界を越えたものということはできないのであって、本件規定は合理的理由のない差別とはいえず、憲法14条1項に反するものとはいえない。」との決定を行い、当事者の規約違反の主張については判断を行わなかった。しかしながら、上記最高裁決定を詳細に検討すると、5人の裁判官による補足意見と5人の裁判官による反対意見があり、5人の裁判官による反対意見は、上記民法900条4項但書の規定は憲法14条に違反し、無効とするものであり、また、補足意見を書いた千種、河合両裁判官は、「本件規定も制定以来半世紀を経る間、非嫡出子をめぐる諸事情に変容を生じ、子の権利をより重視する観点から、その合理性を疑問とする立場が生じていることは理解し得るところである。しかしながら、これに対処するには立法によって本件規定を改正する方法によることが至当である。」との立場である。または、他の補足意見を書いた3人の裁判官のうち、大西、園部両裁判官も、「本件規定のみに着眼して論ずれば、その立法理由との関連における合理性はかなりの程度疑わしい状態に立ち至ったものということができる。」として、ただ「立法政策として改正を検討することはともかく、現時点において本件規定が、その立法理由との関連で著しく不合理であるとまでは断定できない」とするにすぎない。従って、最高裁判所の15人の裁判官のうち、過半数の9人は何らかの意味で本件規定の不合理性を容認しているのであって、本件規定による非嫡出子に対する相続分の差別を立法によって解決するに何ら支障となるものではない。


(2)出生届・戸籍における嫡出でない子に対する差別


 日本の戸籍制度においては、そもそも出生届と生まれた子の戸籍記載の時点で、出生記録や戸籍に嫡出でないことが判明するように記載され、その後のすべての差別の根源となっている。第4回政府報告書において、日本政府は、出生届・戸籍における嫡出でない子に対する差別について、民法上の区別に基づく合理的な理由によるものであるとして、ここでも挑戦的な態度を表明している。しかし、日本政府がよって立つ民法上の区別(相続分の差別)自体がすでに述べたように規約に違反しているのであるから、出生届・戸籍における嫡出でない子に対する差別もなんら合理性は認められない。他方で、日本では、就職の際など社会的に重要な場面で戸籍謄本の提出が要求されることも多く、戸籍に嫡出でないことが表示されていることは、嫡出でない子に対する社会での差別を助長する一因となっている。それゆえ、出生届・戸籍における嫡出でない子を区別する記載は、規約26条に違反することは明らかであり、直ちに改められるべきである。


Ⅱ 国籍に関する措置(規約24条)

A.結論と提言


 日本政府は、日本国内においてあるいは日本人を親として出生した子どもが、規約24条1項及び2項の出生後直ちに登録される権利及び国籍を取得する権利を享受できるように、以下の措置をとるべきである。


(1)国籍法2条1号に関して、日本人の父親から生まれた婚外子が、胎児認知を受けていなければ日本国籍を取得できないとする取扱いを改めるべきである。


(2)無国籍の子どもの発生を防止するための国籍法2条3号について、その適用を容易に認めない厳格な取扱いを変更するべきである。


(3)日本人を親として海外で生まれた子どもについて、出生後3ヶ月以内に国籍留保の届出をしなければ日本国籍を失うとする国籍法12条は改正されるべきである。


B.国際人権(自由権)規約委員会の懸念事項・勧告内容


 第3回日本政府報告書審査においては、無国籍者の発生防止措置や国籍取得における婚外子差別の問題が審査され、国際人権(自由権)規約委員会は、日本政府に対して「当委員会は、規約2条、第24条及び第26条の規定に一致するように、婚外子に関する日本の法律が改正され、そこに規定されている差別的な条項が削除されるよう勧告する。」(コメント17項)とのコメントを行った。


C.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文53頁、英文93-94頁)


 日本政府は、前回の審査以降この問題を改善する措置を何らとっていない。日本政府は、規約24条に関する報告で、国籍法が無国籍児発生の防止に配慮をしていることや、日本で生まれて出生の時から3年以上日本に居住する者についての緩和された帰化条件の存在を指摘している。しかし、国籍法の無国籍児防止の規定は、以下に述べるような日本政府の厳格な運用によってその効果は極めて限られたものとなっている。また、緩和された帰化制度の存在は、無国籍状態が長期間放置された場合に法務大臣の裁量によって与えられるものにすぎないのであるから、規約上の権利としての国籍を取得する権利を保障する措置ではない。


D.日弁連の意見


(1)日本における登録されない子どもや無国籍児の状況


 日本における超過残留外国人の数は、政府の統計においても約30万人に達している。このような外国人の女性は未婚である場合が多く、日本において出産しても超過残留の発覚を恐れて出生届けを出せずにいるケースが増えている。超過残留者の外国人登録や日本で出産した子どもの出生届の受理を認めている自治体もあるが、未だ一部の自治体にとどまる。出生届すら出されない子どもたちは、統計的な把握もまったくされず、事実上無国籍の状態に置かれ、医療・福祉・教育すべての面で、無権利状態にさらされている。


 また、その中で無国籍児の数も増加しており、法務省の統計によれば、1988年末に全国にいる4歳以下の無国籍児の数は、79名であったところ、1997年末には933名と急激に増加している(デイリーヨミウリ1998年8月26日)。むろん、これは外国人登録されている無国籍児のことであって、出生届も出されていない無登録の子どもについては、その数を把握することすらできないのが実情である。


(2)国籍取得における婚外子差別


 国籍法2条1号は、血統主義の原則のもとに、子が「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」は日本国民とすると定めている。そして外国人の母と日本人の父との間に生まれた子どもは、父母が結婚していれば、直ちに父子関係が認められるので、日本国籍を取得する。ところが日本政府は、父母が婚姻していない場合には、子どもの出生の時までに父親が認知届けを済ませた場合にのみ、出生した子どもに日本国籍を認めるが、認知届けが出生の後となった場合には、父親が日本人であることが明らかでもその子どもに日本国籍を認めていない。このように日本政府は、婚外子の国籍取得について不当な差別を加えている。


 日本民法のもとで、婚外子と父親との父子関係は認知届けのみによって発生し、認知届けは出生前と出生後とを問わずいつでもできるものであり、認知届けでは子どもの出生にさかのぼって効力を持つとされている。ところが日本政府は、婚外氏の国籍取得については、このような民法における認知届けが出生に遡って持つ効力を否定しているのである。


 このような日本政府の取り扱いのもとで、日本人の親から生まれて認知届け出がなされたにもかかわらず日本国籍の取得を認められなかった事件について、少なくとも3件の訴訟が提起された。裁判所は、そのうちの1件について、胎児期間中の認知届出が不可能な事情があったとして日本国籍の取得を認めた(東京高等裁判所1995年11月29日判決)。しかし、別の1件で裁判所は、父子の結合関係は婚外子においては婚内子に比べて希薄であるから、日本国籍取得における一定の制約は合理的であるとして、日本政府の取り扱いが憲法14条1項の平等原則に違反するものではないと判断した(大阪地方裁判所1996年6月28日判決)。後者の判決は、規約についても「B規約24条、児童の権利に関する条約2条及び7条等の条約は、いずれも無国籍児童の一掃を目的としたものであり、しかも、憲法14条を越えた利益を保護するものということはできない。」という誤った解釈を行い、規約は国籍取得における婚外子差別を禁止していないとの立場をとっている。


 さらにもう一件のダイスケ事件においては、日本人の父親が胎児の期間中に認知届出をしたにもかかわらず、行政の担当者は届出に必要な母親の母国の出生証明書がついていないとして、認知届出の受理を拒否した。父親は母親の出生証明書が届いた後に再度認知届出をしたが、子どもが出生した後であったために日本国籍の取得が否定された。この事件は、訴訟となり、最終的に日本政府と子どもとの間で、日本国籍を付与するという和解が成立した。


 このように一部訴訟手続によって救済された例はあるものの、それは例外的であり、日本政府は、日本人を父親として生まれた婚外子に対し、国籍取得における差別を継続している。そして、裁判所もそのような取り扱いは、憲法や規約に違反しないとの立場をとっているのである。


(3)日本で生まれた棄児の国籍取得


 国籍法2条3号は、子が「日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、または国籍を有しないとき」は日本国民とすると定めている。この規定は、日本国内で生まれた子どもについて無国籍の発生を防止するために補充的に出生地主義を認める規定であるとされている。このうち「父母がともに知れないとき」は、棄児についての規定であるとされているが、日本政府はその要件を厳格に運用し、出生後に母親が子どもを放棄した場合でも母親について何らかの情報がある場合にはこの規定の適用を認めない。


 アンデレ事件において、子どもの母親は、パスポートも持たずにフィリピン人であると自称して入院し、1991年2月に日本の病院で子どもを出産した後失踪してしまった。この子どもの国籍についてフィリピン領事は母親の身元が不明であるとしてフィリピン国籍を与えなかったが、日本政府は、母親がフィリピン人と自称していたことから「父母がともに知れないとき」には当たらないとして日本国籍を付与せず、子どもは無国籍となった。日本政府の立場は、「父母がともに知れない」ことは子どもが立証すべきであるというものであった。この事件は訴訟となり、最終的に最高裁判所は、「父母がともに知れないとき」に当たるとして子どもの日本国籍を認めた(1995年1月)。しかしながら、日本政府の厳格な運用は継続しており、国籍法2条3号の無国籍防止の立法趣旨は実現されていない。


 このような無国籍防止のための法律を持ちながら、その厳格な運用によって日本国籍を与えず無国籍の子どもの発生を放置していることは、規約24条における国籍を取得する権利を侵害するものである。


(4)国外で生まれた子の国籍取得


 国籍法12条は、「出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは、戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」としている。そして戸籍法104条は、この留保届の期間を出生の日からわずか3か月以内と定めているため、国外において日本人の子として生まれ日本国籍が取得できるはずの子どもが、この留保届の義務を知らないままに届出をせず、日本国籍を取得できなくなるケースが増えている。


 とりわけ、フィリピンをはじめとする東南アジア諸国から稼働のために来日し、日本滞在中に日本人男性と交際して妊娠しながらも単身で母国に帰国する女性は、母国に帰国して出産をした後も上記の手続を知らず、その結果子どもが日本国籍を取得する機会を失うというケースは、ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレンの問題として多数報告されている。このような子どもたちに自らの意思で国籍を選択する機会を保障し、本来認められる日本国籍を取得する機会が不当に奪われないように、国籍法12条は改正されるべきである。このように子どもが海外で出生した場合に、日本国際の取得や保持に不当な制限を加え、国内法における国籍取得に関する差別に該当するものであり、規約24条1項、2項及び26条に違反するものである。


Ⅲ 子どもの虐待問題(規約24条)

A.結論と提言


すべての子どもが規約24条1項の保障する「未成年者としての地位に必要とされる保護の措置であって、家族、社会及び国による措置についての権利」を享受するために、以下の措置がとられるべきである。


(1)子どもに対する虐待を担当するケースワーカーの専門性が確保されるように資格要件を厳格に定めるべきである。


(2)子ども自身、または、家庭裁判所が適当と認めた子どもの代弁者に司法的救済を求める資格を認めたり、親権喪失制度を柔軟化するなど、虐待からの救出、保護のために司法機関の効果的関与のため法制度を整備すべきである。


(3)虐待された子どものケア、虐待をした親のケア及び家族再統合のために必要なカウンセリング、その他の必要な措置のための専門的施設の整備と人材養成を図り、関連行政機関と民間団体との連携を進めるべきである。


(4)福祉施設における体罰を法律上明文で禁止すべきである。


(5)現行の児童福祉施設設置のための建物や職員配置等を規定する児童福祉施設裁定基準を見直すべきである。


(6)福祉施設内の人権侵害に対する不服申立方法を整備すべきである。


(7)性犯罪の被害を受けた子どもに対する専門家による適切なケアを行うシステムを整備すべきである。


(8)外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待をなくすために、国外犯処罰のための捜査協力強化や必要な法改正を行うべきである。


B.政府の対応と第4回政府報告書の記述(和文53-54頁、英文94-96頁)


 日本政府は、規約24条に関して、父母の一方又は双方から分離されている児童の父母との人的な関係等の維持の権利と、学校における規律と体罰の問題について、報告するのみである。しかし、以下のとおり、日本においては、子どもに対する虐待や子どもの買春が深刻な問題となっている。


 国際人権(自由権)規約委員会は、その問題についての日本政府の対応を審査し、冒頭の措置をとるように勧告すべきである。


C.日弁連の意見


(1)子どもに対する虐待と性的虐待


 第3回政府報告の後、子どもに対する虐待の統計上の件数は大幅に増加している。 これは子どもの虐待に対する社会的関心が高まって公的機関(児童相談所)への通告が増えたためであり、表面化していない実際の件数ははるかに多いと見られている。また虐待を生み出した社会的要因(育児の困難など)は増加しているので、今後保護者による子どもに対する虐待は更に増加するおそれが指摘される。親の虐待によって死亡した小学生以下の子どもは1995年度だけで90名に及んでいる。しかし、子どもに対する虐待を引き起こしている社会的要因が悪化する中で、政府が現在までにとっている施策は以下に述べるように未だ不十分である。


(a)日本での虐待に関する第一線の公式機関は児童相談所であるが、その活動は最近活発になってきたものの、その所長、職員(ケースワーカー)には児童福祉の専門資格が要求されておらず、児童相談所の活動全体の水準を上げることが出来ない。


(b)虐待からの救出、保護のための法制度は一応あるが、不備があり(申立資格、親権制限の措置が簡単に取れないこと)、しかも充分機能していなかった。今回の児童福祉法改正ではその改善が期待されたが、直接の改善は一切なされなかった。なお政府(厚生省)は、法改正と別途に、現行法制度をもっと積極的に運用するよう児童相談所等に指示する行政通知を発したが、(a)の専門性が具備しない限り、完全な効果は期待できない。


(c)虐待された子どものケア、虐待する親のケアや家族再統合のためにはカウンセリング等のシステムが必要であるが、それを推進するための法的制度や人材養成の取り組みは全くなされていない。


(d)虐待の防止、救出、保護、ケアのためには行政と民間との連携が必須である。 日本ではこの5年間に民間の医療、福祉関係者や市民によるネットワーク組織が活発に活動してきたが、行政機関の側に連携姿勢がまだ十分でない。


(e)国民の意識、行政の姿勢を更に改善するためには「親権」についての認識を改め、親は子どもを支配することは出来ないことを民法等の法制度の中で明確にする必要があるが、政府はそのための取り組みに何ら手をつけていない。


 以上の保護者による子どもに対する虐待に加えて、子どもの福祉施設における管理者や職員による人権侵害も報告されている。


 家庭環境を奪われた子どものための養護施設等の福祉施設においては、施設長を含めた職員による体罰の存在、劣悪な生活・学習環境などの問題がある。このような状況に対して日弁連は、(i)児童福祉法に施設における体罰禁止規制を新設すること、(ii)生活・学習環境についての最低基準を定めた政府規則を改定すること、また、(iii)施設内の人権侵害に対する子どもからの不服申立を含めた実効性のある救済システムを創設することなどを提言している。


 しかし政府は、現在までに日弁連が提言する措置をとっていない。


(2)子どもの買春及び性的虐待について


 さらに深刻なのは、子どもの買春及び性的虐待の問題である。


(a)国内における性的虐待


 子どもに直接的に暴行、脅迫を加えて性的行為に及ぶケースのうちには、1996年版警察白書によれば、1995年度に発生した犯罪のうち、未成年者が被害者となった強制わいせつ事件が2,424件、未成年者が被害者となった売春防止法違反事件が被害者の数にして513名あり、殺害に至るケースも稀ではない。とりわけ、沖縄県に駐留する米軍の兵士が地元の小学生を強姦した事件は、基地の問題とあわせて大きな社会問題となった。


 また、子どもを保護すべき立場にある者(親、教師、施設職員など)が、優位な地位を利用して性的行為に及ぶケースもしばしば報道されている。このようなケースでは、性的行為が継続的に繰り返されることが多く、子どもが受ける心理的な傷も見過ごすことはできない。


さらに、中学生や高校生などの未成年の女性に対して、成年男性が金品を対価に性的関係をもつこと(「援助交際」と呼ばれる)も近時急増している。


 その反面で、このような性的な虐待を受けた子どもに対しては、警察機関による捜査や保護以外に、医療、心理及び教育的な専門家によるケアを行うシステムは存在していない。


(b)日本人による 国外における子どもに対する性的虐待や買春


 近時、日本人が東南アジア諸国で子どもを買って性交やわいせつ行為を行い、現地で摘発される例が数多く報道されている。


 日本政府は、このような事態を防止するために、児童の権利条約政府報告書において、「海外における日本人旅行者によるいわゆるセックスツアーの防止のため」の旅行業法の規定の存在、あるいは出入国管理、捜査協力等措置を挙げているが、法令等の説明にとどまっており、現実の政府の取り組みは、きわめて消極的である。


 しかし、日本の刑法では、13才未満の子どもに対しては、暴行脅迫の有無、対価の有無にかかわらず、強姦罪、強制わいせつ罪として処罰されることになっており、しかも、国外で行われた場合でも、国内と同様に処罰されることになっている。1996年8月、フィリピンでの12歳の少女は、日本人からフィリピンで受けた強制わいせつ行為について、日本人男性を神奈川県警察に告訴した。また1996年11月にタイでの12歳の少女に対する強姦事件について千葉県警察に2件目の告訴がなされている。


(3)まとめ


以上のような子どもに対する虐待、性的虐待及び売春は、規約24条1項で保障されるべき権利を侵害するものであるから、国際人権(自由権)規約委員会は、その問題についての日本政府の対応を審査し、冒頭の措置をとるように勧告すべきである。