子どもの権利条約に基づく第1回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書

Ⅰ 条約の諸規定の実施のための一般的措置

A 国内法及び国内政策と条約の諸規定を調和させるためにとられた措置(第4条)

提言


1 国内法令全般について、権利条約と明白に抵触する規定について直ちに改正すべきである。


2 国内法令全般について、子どもの尊厳の確保という視点から見直し、改正をすべきである。特に、児童福祉法第34条の子どもの保護のための禁止行為について、子どもの人格・尊厳に対する侵害行為という観点から見直すべきである。


3 条約第37条(c)について、日本政府が行った留保を撤回すべきである。


4 政府が新設した「子どもの人権専門委員」制度について、その独立性の確保、調査権限の強化、財政的な拡充、人選方法の改善が図られるべきであり、特に、子どもにとって身近なものとなるとともに、市民・NGOとの連携が十分なものとなるように改善すべきである


1 国内法令の見直しの必要性

12. [政府報告書12]は、子どもの権利条約の「内容の多くは、……経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約に規定されていること、また、憲法を始めとする現行国内法制によって保障されていることから、この条約の批准に当たっては、現行国内法令の改正又は新たな国内立法措置は行っていない。」といい、現行国内法令については子どもの権利条約に抵触するところはないと主張する。しかしながら、後述のとおり、明白に条約に抵触する規定が存在する。


13. さらに、子どもの権利条約は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約〈社会権規約〉、市民的及び政治的権利に関する国際規約〈自由権規約〉、憲法が謳う人間の尊厳の思想をより一層深め、子どもを権利の主体として位置づけたものであり、現行国内法令もその趣旨から見直しが必要なことはいうまでもない。たとえば、児童福祉法における子どもの保護のための禁止行為(同法第34条)についても、子どもの人格・尊厳の不可侵という視点に立って見直し、特にこの禁止が、子どもの生存・発達に責任を持つ親、教師、施設管理者などにも義務づけられることを明記する必要がある。


14. また、そもそも子どもの権利の主体性を明言した法規はなく、国内関連法規において子どもの権利主体性を明示すべきである。


15. 日本弁護士連合会では、以下の各条項について、本条約に抵触する疑いがあると判断し、子どもの尊厳の視点に立っての改正が必要とされると判断している。具体的な問題点の指摘はそれぞれ後述の該当のところで指摘する。


 ・親権者と子どもの利害対立がある場合に子ども自らに臨時の代理人を指名する権利[Ⅲ-D-3]


 ・親権喪失の申立に際し、子ども本人に申立権を認める改正(民法第834条)[Ⅴ-G-4]


 ・男性18歳、女性16歳という婚姻年齢の男女差別(民法第731条)[Ⅲ-A-4]


 ・婚外子(非嫡出子)法定相続分が嫡出子のそれの2分の1という条項の改正(民法第900条4号但書)[Ⅲ-A-1(1)]


 ・出生届にあたって、父母との続柄欄において嫡出子か否かの記載を求める戸籍法第49条2項1号の削除[Ⅲ-A-1(1)]


 ・児童扶養手当法施行令第1条の2(母子世帯に支給される児童扶養手当が父に認知されると支給されなくなり、遺棄状態が1年以上継続して初めて支給される)[Ⅲ-A-1(2)]


 ・国籍法第2条1号及び3号(父の認知と子の国籍取得、父母不明の子の国籍取得)[Ⅳ-A-4、5]


 ・国籍法第12条(国外で生まれた子の国籍取得)[Ⅳ-A-6]


 ・出入国管理法の「法務大臣の自由裁量」に対する権限ある司法審査[Ⅴ-C]


 ・少年法第31条「外国人少年に対する通訳の無料化」[Ⅷ-A-7(7)]


 ・国選附添人制度の導入[Ⅷ-A-3]


2 条約批准にあたっての留保の問題点

16. [政府報告書13]は、第37条(c)の規定につき留保を付した理由を、「少年法上、20歳未満の者を『少年』として取り扱うこととし[少年法第2条]、20歳未満の者と20歳以上の者とを分離することとされている。したがって、条約の定める分離の基準の年齢とは明らかな差異が存在するため」と説明する。


17. しかしながら、上記留保の問題点は、第1に、日本の国内法と条約との年齢区分の相違を理由にして、「自由を奪われた成人からの分離原則」それ自体を留保していると理解される点である。現在、少年法上は、少年の身柄拘束は、少年の保護を専門とする少年鑑別所への収容が原則とされているにもかかわらず、現実には安易に代用監獄に勾留する運用が横行し、勾留に代わる観護措置は例外となっている。代用監獄における少年の勾留は、成人と収容する建物・場所を同じくし、ただその居室を別にしているに過ぎない。しかも、多くの場合、居室をくし型ないし扇型に配置し、被拘禁者同士が顔を合わせたり、相互の動静が伝わったりすることが妨げられない構造になっている(代用監獄でない拘置所においても、建物・場所を同じくしており、同様の問題がある。以上について[Ⅷ-A-4(6)]参照)。日本では、子どもの権利条約批准を契機に、少なくとも少年の代用監獄における勾留を禁止することが緊急に必要であるにもかかわらず、現状は、これと反対に代用監獄制度の恒久化が画策されているのであって、成人との分離原則の留保は、それと符合する動きであると言わなければならない。


18. 第2に、日本の少年法が20歳未満で成人と区分していることを留保の理由としている点である。日本の少年法制は、少年の保護、すなわち教育的処遇・福祉的援助をより徹底したものとするために、少年の範囲を18歳未満から20歳未満に拡大したのであり、それは子どもの権利の実現に一層貢献することをめざしている。この点に関して、条約第41条の趣旨に照らしても日本の年齢区分は、むしろ第37条(c)の理念をより一層発展させ、推進する契機となるものであって、その理念に反するわけではなく、留保の必要性はないというべきである。たとえば、「この規定でいう『成人』は日本の国内法が『成人』としているものをいうものと解釈する」との解釈宣言を行えば足りるはずである。


19. 以上の次第で、日本政府は、上記留保を早期に撤回すべきである。


3 条約批准にあたっての解釈宣言

20. このほかに、日本政府は、条約批准にあたって、第9条1項及び第10条1項について二つの解釈宣言を付している。その問題点については、後述するところである([Ⅴ-C]参照)。


4 子どもの人権状況の監視活動と監視機関

21. [政府報告書15]は、政府が「児童の人権を保障する行政上の措置の一つとして」、1994年8月より「子どもの人権専門委員」制度を開始したとし、「1996年1月1日現在、『子どもの人権専門委員』は、全国で515名が指名されており、すべての都道府県に設置されている」と記している。


22. 子どもの権利条約を批准するにあたって、「この条約において認められる権利の実施のための」監視活動(モニター)とそのための監視機関の設置が必要であることはつとに指摘されてきたが、政府は「子どもの人権専門委員」制度をそうした役割を果たす「行政上の措置の一つとして」設置し、地域においては活動を開始しているところもみられる。


23. しかし、新しく開始された「子どもの人権専門委員」制度が子どもの立場から子どもの人権状況を監視する機関として、その実施状況をモニターし、チェックする役割を十分に果たすためには、次のような問題点がある。


(1) 独立性の欠如

24. 「子どもの人権専門委員」制度は、政府自身も認めているように、法務省がこれまで行ってきた人権擁護機関の枠組みの中で、子どもの人権への対応を強化しようとするものであり、専ら子どもの利益・権利のための監視機構として設けられた独立の第三者機関ではない。当連合会は既に1991年11月に、国や地方公共団体が「子どもの権利オンブズマン」を設置するなどして、子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に取り組む必要があることを指摘し、国と自治体のそれぞれに設置される「子どもの権利オンブズマン」の枠組み・内容を具体的に提言した。また、子どもの権利条約審議のための国会においても、各政党から政府に対してその設置の必要性が唱えられたが、政府は独立した第三者性や強力な調査・勧告権限などをもつ新制度を設置する方針はとらなかった。


(2) 子どもに身近な存在か

25. 「子どもの人権専門委員」はその活動を始めているが、政府報告書においても肝心の子ども自身による利用の実態は何ら明らかにされていない。法務省は子どもたちに制度の誕生を知らせるリーフレットを一応用意しており、専門委員の中には個人的に子どもに近づきやすいようにする工夫をしている例もある。


26. しかし、[政府報告書15]に記載されているように「法務局・地方法務局の人権相談室や自宅などで人権相談を受け」ており、専門委員の固有の事務所もない。多くの子どもたちがすすんでこれを利用しようという身近な存在にするための制度的な整備は、いまだ不十分であり、子ども自身のアクセシビリティをどのようにして確保するかは今後の課題である。


(3) 専門委員の人選

27. 「子どもの人権専門委員」が指名される母体である人権擁護委員は、市町村長の推薦した者の中から弁護士会の意見を聞いたうえで法務大臣が委嘱することになっている。しかしながら、現実には、市町村長が推薦する候補者が、必ずしも子どもの人権に十分な理解を持った者とはいえない。委員の選任にあたっては、子どもたちの意見を聴取し、子どもに関係して活動をしている市民や団体の推薦を得ることや公募制を検討するなどして、子どもの人権に理解があり、子どもたちが心を開いて近づくことのできる人が選任されるようなプロセスをつくる必要がある。なお、[政府報告書15]は「子どもの人権専門委員」として弁護士のほか、教育関係者が指名されたとしているが、「教育関係者」の多くは元校長であり、日本の子どもの人権侵害の事例が学校で多く発生しており、しかも加害者や関係者がかつての同僚や部下であったりすることが少なくないことからすると、第三者性が要求される専門委員の人選のあり方としては問題がある。


(4) 専門委員の権限と活動基盤

28. 今後「子どもの人権専門委員」制度が子どもたちのためにその役割を十分に果たすようになるためには、専門委員の調査は任意調査にとどまることなく、あらゆる証拠・資料に自由にアクセスできる広い権限を持つものに改めなければならない。また、専門委員の活動を支える財政的な援助やスタッフの用意も不可欠であるが、現在は専門委員の熱意とボランティア的な活動に専ら依存しており、財政も人員も不十分なままである。さらに、「子どもの人権専門委員」が子どもの人権状況の監視活動を十分に行うためには、他の行政機関との関係だけでなく、弁護士・弁護士会や子どもに関係して活動している市民・団体との協力・連携も必要となるが、これらについても十分に行われていないのが現状である。


5 文部事務次官通知の問題点

29. [政府報告書22]は、文部省が各学校・教育関係機関に対し、「教育活動全体を通じて基本的人権尊重の精神の一層の徹底を図るよう」に通知した旨記載する。この通知は、1994年5月20日付文初高第149号の文部事務次官通知を指すと理解される。この通知は、留意事項として具体的に配慮を要請した各論にいたると、「権利及び義務をともに正しく理解をさせることは極めて重要で」あるとして「権利」のほかに「義務」をあえて明示している。日本の学校においては従来、「義務」のみが強調され、子どもの「権利」は軽視されてきた。それゆえにこそ、子どもの権利条約の規定する「権利」を徹底することが必要であるにもかかわらず、ここにあえて「義務」を明示していることは、条約の意義を減殺する意図がうかがわれる。


30. さらに、条約第12条から第16条までの規定に関しても、「もとより学校においては、その教育目的を達成するために必要な合理的範囲内で児童生徒等に対し、指導や指示を行い、また校則を定めることができるものであること。」として、条約の前記各条項を学校側の判断で制限できると謳い、また、「校則は、……学校の責任と判断において決定されるべきものであること。」として、校則制定改廃手続への生徒や親の参加を積極的には認めず、意見表明権については、「表明された児童の意見がその年齢や成熟の度合いによって相応に考慮されるべきという理念を一般的に定めたものであり、必ず反映されるということまでをも求めているものではないこと。」として、条約が同権利を具体的実質的に子どもに保障しているにもかかわらず、その権利の重要性を否定するような問題の多い解釈を展開している。


31. 文部省の姿勢は、子どもに権利を付与することを何とか減殺しようと腐心しているものと評価せざるを得ないのである。いじめや体罰事件が多発し、一向に改善されない状況が続くなかで、文部省自体が条約に対する考え方を改める必要がある。


B 国または地方レベルにおいて、子どもに関する政策を調整し、条約の実施を確保するための既存のまたは計画されたメカニズム(第4条)

提言


1 条約実施機関の不統一

32. [政府報告書29]は、「各行政機関が、それぞれの立場から各種施策を展開」し、「これらの施策の実施に当たっては、関係行政機関相互間において緊密な連携を図りつつ行っているところであり、政府全体としての連携の確保にも努めている」と記述している。そして、[政府報告書26]は、日本において子どもに関する多種多様な施策を実施する行政機関として、厚生省、警察庁、法務省、検察庁、文部省、労働省と、これら関係省庁の施策の調整を行う総務庁をあげる。


33. しかし、この政府報告書がいみじくも物語っているように、日本ではこれら七つの関係省庁が、日本の官僚制度に特有な縦割り的な行政システムの下で、子どもに関する施策をそれぞれに実施することになっており、総合的で統一された施策を行うようになっていない。総務庁は、各省庁間の「縄張り」を侵さないかたちで、単に施策の連絡・調整を行うだけであり、縦割り行政を是正する権限までは持っていない。


34. このような縦割り的な行政システムの弊害は、子どもの福祉、家族、少年司法、教育、労働などが、条約の発効後も依然として、個別領域ごとの法体系と各所轄省庁ごとの予算の中で、バラバラに実施されていることに表れているが、何よりも政府が「子どものための世界サミット」のフォローアップとして策定した「西暦2000年に向けての国内行動計画」が具体性を欠き、各省庁に具体的な責任を負わせないものとなっていることに端的に表れている。


35. さらに日本政府が、子どもの権利条約の実施に消極的であることは、女性差別撤廃条約の批准と対比しても明らかである。すなわち、女性差別撤廃条約の批准に向けて日本政府は、総理府の中に首相を長として、「女性に関する政策の計画及び推進のための本部」を設置し、1977年には、国内行動計画を立案し、基本的な長期的方向を定めた。これらの動きの中で、雇用機会均等法の制定、民法、国籍法、国民年金法等の法律分野において改正がなされ、さらに1987年には新国内行動計画を立案し、1996年に男女共同参画2000年プランを策定して、21世紀をめざした長期的方向を定めるなど、子どもの権利条約の実施に対比すると積極的な姿勢を示しているのである。


36. 子どもの権利条約が、子どもに関わる行政について条約を基準に再点検し、それぞれの行政を子どもの権利保障全体の中で位置づけ直して、総合的に推進することを求めていることから、子どもの問題を専門的にかつ総合的に扱う新しい実施機関として、国に「子ども庁」を、自治体に「子ども局」を設置すべきだとの具体的提言もNGOからなされているが、政府は今のところ、従前の行政システムを変えようとはしていない。


37. また、子どもに関する施策を計画し実施するにあたっては、子どもたちの声を聴取し、子どもたちを参加させる「子ども公聴会」や、子どもに関係する市民・団体やNGO等の意見・提言を聞くための「子ども審議会」の設置も検討する必要があるとの指摘もNGOからなされているが、政府には現在、そのような動きはない。


2 地方レベルの条約実施

38. 政府報告書においては、地方自治体が条約実施のために具体的にどのような措置をとったのかについて、ほとんど触れていない。この点、政府において、地方レベルの条約実施状況について、調査・集約すらなされていないのではないかと思われる。


39. 国内NGOの一つである「子どもの人権保障をすすめる各界連絡協議会」が1995年8月から10月にかけて、47都道府県、662市、23東京特別区、合計732の自治体を対象に、自治体に対する条約の取り組みについて、アンケートを実施した(回収状況:都道府県35[回答率74.46%]、市452[68.83%]、特別区16[69.57%]、合計503[68.72%])。


 この結果をみると、子どもに関わる施策形成の前提として、「子どもの実態調査を行っている」、「予定している」自治体は、59に過ぎない。


40. 同アンケートによると、子どもの意見表明・参加に関する取り組みとして、地方自治体が設置する審議会などに子どもを参加させていると回答した自治体は11、予定があるのは6ときわめて少ない。また、いわゆる「子ども議会」を継続的に開催している自治体が44、これまでに開催したことがあるのが126、予定が21となっている。しかし、市政や議会に対する関心を高め理解を深めるという目的であったり、いわゆる市制○○周年記念事業に伴うイベントであったりという場合が多くみられ、子どもの意見表明・参加を真に保障するものとはなっていない。しかも、ほとんどの自治体で、「子ども議会」の委員の選出は学校(長)に任せており、子どもたちによる自主的な選任になっていないようである。


41. さらに、同アンケートによると、苦情申立制度を設けている自治体は30であり、検討中の自治体が11である。それも、法務省の子どもの人権専門委員をあげる自治体が9、自治体独自の一般的なオンブズパーソンをあげるところが3である。残りは電話や手紙による教育相談などをあげており、実効的な制度になっているとは言いがたい。


42. 以上、地方自治体レベルにおいても、子どもの権利条約を実施する施策は、きわめて不十分であり、特に子どもの参加を確保するシステムの確立にはほど遠い現状である。


C 条約の広報(第42条)

提言


1 条約が求める子どもへの広報をより充実させるべきであり、特に、教科書の中での条約に関する記述を、子どもが条約を身近なものと感じられるように改善すべきである。


2 教師や裁判官、警察官等、子どもに関わる機関に対し、条約についての理解を深める研修システムを確立し、研修受講の義務化を図るべきである。


1 子どもへの広報

43. 外務省が作成・配布した学校用ポスターには、条約の主な内容として、意見表明権について「子どもの、自分のことについて自由に意見を述べ、自分を自由に表現し、自由に集いを持つことが認められるべきです。しかし、そのためには、子どもも、ほかのみんなのことをよく考え、道徳を守っていくことが必要です。」としている。条約第12条では制限が付されていない意見表明権について、第13条と同様の制限が及ぶかのような誤った理解を子どもに与えるものとなっている。また、日本では道徳教育の名の下に国家主義的な思想を押しつけてきた歴史があり、「道徳」の遵守を強調することは問題であると受けとめられている。しかも、これらのポスターは、児童・生徒の目に触れる形で活用されていない。


44. また、前掲の自治体に対するアンケート調査においても、子ども向けに、広報紙・誌で広報を「行った・行っている」自治体は25(4.97%)、「予定・検討している」のが12(2.39%)であるのに対して、「予定・検討していない」自治体は404(80.32%)に及んでいる。また、ポスター、リーフレット、パンフレット等を作成・配布することを、「行った・行っている」自治体が33(6.56%)、「予定・検討している」自治体が24(4.78%)であるのに対し、「予定・検討していない」自治体は358(71.17%)にのぼっている。条約の広報は決定的に立ち遅れ、子どもにはほとんど知られていない。


45. この状況を反映して、国内のNGOの一つである「全国子ども劇場おやこ劇場連絡会」が1995年2月、日本全国から100地域を選出し、年齢・男女が偏らないようにそれぞれ42名の子ども(合計4,200名)を選出し、調査票を子ども劇場を通じて配布して実施したアンケート調査(回答数2,516名、回答率59.9%)によると、子どもの権利条約について「名前も聞いたことがない」が1,262名(50.2%)、「名前は聞いたことがあるが、どんな内容か知らない」が547名(21.7%)に及んでおり、条約の周知徹底が図られているとは言いがたい。しかも、どのようにして条約の名前や内容を知ったかという質問では、親からが425名(16.9%)、マスコミ報道からが338名(13.4%)、学校の先生からが261名(10.4%)と続いており、学校教育の比重が少ない。


46. また、1996年3月25日付朝日新聞の報道によれば、3月17日、札幌市の地下鉄の駅で、「子どもの権利条約を広める10代の会」の会員が小中学生及び高校生200人にアンケート調査をしたところ、札幌市はパンフレットを作って小中学生に配布しているにもかかわらず、「聞いたこともない」のが小学生98%、中学生70%、高校生74%であり、依然、子どもに知られていない状況が続いている。


2 教科書の中での条約の取扱い

47. 子どもに条約を知らせるためにもっともふさわしい学校教育では、学校用ポスターの活用が十分でないだけでなく、日常の教育活動でもほとんど条約が取り上げられていない。現に、日本の学校教育においては、教科書がきわめて大きな位置を占めているが、その教科書について、「子どもの人権保障をすすめる各界連絡協議会」の教科書調査によれば、現在使用されている中学校、高校の社会科、家庭科の53種類の教科書のうち、条約についての記述がないものが7種類あった。記載があった46種類中36種類については記述はあるものの、条約の名称を記載しただけのものや、「世界の子ども」、「発展途上国の子ども」の中に断片的に取り上げられるなど表面的な扱いをしたもの、抽象的な理念の紹介や簡単な制定過程の記述にとどまるものが目立った。全体的に、条約が生徒にとって身近なものと感じられるような記述が少ない。


3 公務員に対する条約の周知

48. 教師、警察官、裁判官を含む子どもの問題に関わる公務員に、条約の内容・理念を徹底するための研修と訓練は、決定的に立ち遅れている。


49. [政府報告書34]では、文部省は、「各種の広報誌や教職員を対象とする会議、研修会等を通じて、周知に努めている」と記述されているが、実際には研修の機会も少なく、内容も、子どもの権利の実現のための有効な手段とはなっていない。そのため、教師向けの論文雑誌においても、「条約の文章は、法律用語に慣れない教師にとっても理解困難で、ましてこれを児童・生徒に説明するとなると、どういうふうに話したら分かってもらえるか、当惑する教師が多い」(1995年12月8日内外教育4680号)という報告もある。


50. 日教組国民教育文化総合研究所「教職員をめぐる人間関係研究委員会」が行った教師4,400人に対するアンケート調査では、「条約で、日常の教育活動が変化するか」という質問に対し、「変化しない」、「ほとんど変化しない」は60%に及んでいる。「学校では子どもの権利が制約されても仕方がない」、「権利を主張すると指導しにくい」とする意見を持つ教師がそれぞれ40%以上を占めた。「他人の人権を無視している生徒がいるのも事実。すべての生徒が権利を主張すると、学校は成り立たなくなる」と考える教師もいる。


51. 子どもの権利に関わる訴訟は現在、最高裁判所、下級審を問わず、いくつも係属しているが、本条約批准後、本条約の条文・精神を踏まえて、子どもの権利を前進させた判決は、いまだ下されていない。


52. 警察官や拘禁施設の職員等、子どもの権利に深く関与する公務員に対しては、たとえば自由を奪われた少年の保護のための国連規則(自由規則)第85項に「人権と子どもの権利に関する国際的な基準及び準則に関する訓練」を受けなければならないと規定されているなど、子どもの権利条約及びこれに関連する国連文書に関する研修がきわめて重要である。にもかかわらず、その研修は、ほとんどなされておらず、そのための予算措置もほとんどとられていない。


53. そのためには、教師や裁判官等子どもに関わる機関における条約についての理解を深める研修システムの確立と研修受講の義務化を図るべきである。


D 政府報告書の公開措置(第46条6項)

提言


 政府は、国連子どもの権利委員会(CRC)のガイドラインに従い、政府報告書の作成にあたっては、NGOの積極的な参加を図るべきである。


54. 政府報告書作成に向けて、当連合会は、1995年12月6日、外務大臣宛に①第一次報告書の現時点における準備状況を明らかにすること、②第一次報告書の確定前に素案を開示し、当連合会をはじめとするNGOの意見を述べる機会を保障することの2点を要望した。そして、1996年2月23日、当連合会子どもの権利委員会が外務省に対して問い合わせをしたところ、同省は、①については、現時点(1996年2月)において、各省庁より提出された政府報告案の各担当分の集約が終わり、政府報告案の素案ができたところであるとの回答をしたものの、②の素案の開示については明確な回答をしなかった。そこで、当連合会としては、各分野にわたって政府報告書に盛り込むべき事項を列挙した文書を作成し、1996年3月21日に外務省総合外交政策局国際社会協力部人権難民課に持参して提出した。しかし、外務省は、当連合会の指摘について回答しなかった。


55. 1996年3月14日、政府は、民間の意見を聞く機会を設定し、外務、厚生、文部、法務、郵政、労働、警察の各省庁が参加した。この会合は、あくまでも「非公式ヒアリング」であって、事前に意見書を提出した市民・NGOの代表が意見表明し、それに対し、担当省庁が若干のコメントをしたにとどまり、建設的な意見のやりとりは行われず、実質的な対話にならなかった。そこで、市民・NGOは再び政府との建設的な対話の場を求めたが、結局政府報告書が提出されるまでその機会は設定されず、このような意見表明の機会はただ一回限りとなった。また、結局、政府報告書案も事前に開示されなかった。


56. そして、最終的にも、市民・NGOや当連合会が政府報告書に盛り込むべき事項として指摘した点について、政府報告書は一切触れるところがなかった。


57. 国連子どもの権利委員会(CRC)の「子どもの権利条約第44条1項(a)に基づいて締約国によって提出される第一回報告の形式と内容に関するガイドライン」によれば、政府報告書の準備過程は、「公衆の参加及び公衆による政府の政策の吟味を助長し、かつ促進するもの」でなければならないとされているが、今回の政府の対応は、市民・NGOの参加にきわめて消極的であり、ガイドラインの趣旨に反するものであった。


Ⅱ 子どもの定義(第1条)

A 婚姻と成年擬制

提言


 民法第731条の、男性は18歳、女性は16歳から婚姻が可能であり、婚姻の結果成人とみなされるという規定は男女差別にあたるので、これを改めるべきである。


58. 日本の民法では、男性は18歳、女性は16歳に達すると、父母の同意があれば婚姻でき(民法第731条、第737条)、婚姻すると成年に達したものとみなされることになっている(民法第753条)ので、女性の場合、18歳未満でも成人擬制が行われることになる。婚姻年齢における男女差別については、後述するが[Ⅲ-A-4]、成年擬制における男女の差異には問題がある。


B 訴訟能力

59. [Ⅲ-D-3、4]参照。とりわけ、児童虐待及び親権喪失申立については、[Ⅴ-F]参照。


C 医療

60. [Ⅵ-A]参照。


Ⅲ 一般原則

A 差別の禁止(第2条)

提言


1 婚外子(非嫡出子)に対する法定相続分の差別、戸籍・出生届記載上の差別、児童扶養手当制度における差別、認知の訴えの出訴期間の制限という差別、共同親権を可能とする制度がないという差別を立法的措置により解消すべきである。


2 民族的差別を解消するために次のような措置がとられるべきである。


(1) 「少数民族」の子どもに民族教育の保障が実現されるような公教育制度を確保すべきである。


(2) いわゆる朝鮮学校などの民族教育を行う学校(民族学校)の卒業生に対し、民族学校の在籍・卒業を相応に評価して、国立大学、中学卒業資格認定試験、大学入学資格検定試験などの受験資格を認めるべきである。


(3) 朝鮮学校などの民族教育を行う学校に在籍する生徒に対する差別的取扱いや国民の間における差別意識を解消する施策を講ずるべきである。


3 子どもが自ら信仰する宗教上の理由から教育を受ける機会を奪われることがないように、代替的な選択の余地のあるカリキュラムを保障すべきである。


4 民法第731条の婚姻可能年齢に関する男女差別を解消すべきである。


1 婚外子(非嫡出子)差別

(1) 婚外子差別の概要

61. 日本においては、現在でも次のような婚外子に対する差別的取扱いがなされている。


62. 第1に、民法第900条4号但書は、婚外子の相続分を嫡出子の2分の1と定めている。第2に、戸籍法第49条2項1号は、出生届出に際し、嫡出の子か嫡出でない子かを記載しなければならないこととしており、戸籍法第13条4号で記載が要求されている実父母との続柄では嫡出子であるか否かにより記載が異なる。第3に、婚外子には、父母の共同親権の制度が存在しない。第4に、後記(2)のとおり、児童扶養手当支給上の差別(児童扶養手当施行令第1条の2、3号により、婚外子が父親から認知された場合には、児童扶養手当が支給されないこととされており、嫡出子の父母が離婚した場合と異なった扱いがなされている)も存在する。第5に、国籍取得における差別も存する([Ⅳ-A-4]参照)。第6に、嫡出子の親子関係確認訴訟に出訴期間の制限が設けられていないのに対し、婚外子の認知の訴えの出訴期間が父または母の死後3年以内と定められているという差別が存在する。


63. 第1の相続分の差別に関しては、東京高裁1993年6月23日決定(判例時報1465号55頁)及び同1994年11月30日判決(判例時報1512号3頁)が、それぞれ民法第900条4号但書の規定は憲法第14条1項に定める法の下の平等に反し無効であると判示したが、最高裁判所大法廷1995年7月5日決定(判例時報1540号3頁)は、憲法第14条1項に反するものとはいえないと判断した(ただし、15人中5人の裁判官は、これに反対しており、4人の裁判官は憲法違反とまではいえないが、立法による是正が望ましい旨の補足意見を付した)。


64. これらの差別は、子どもの権利条約第2条が禁止する「出生による差別」に該当するばかりでなく、国際人権〈自由権〉規約第24条1項「子どもに対する出生による差別の禁止」、同規約第26条の「法の前の平等」の規定にも反する。


65. 自由権規約第24条に対する一般的意見17(1989年4月5日採択)では、「締約国の報告は、相続、特に自国民の子どもと外国人の子どもの間又は嫡出子と婚外子との間の問題などあらゆる分野において差別の除去を目指す保護処置を法律及び実務でどのように確保しているかを示すべきである」と述べられている。また、1993年10月の自由権規約に関する第3回日本政府定期報告書審査における自由権規約委員会コメントの11項では、「当委員会は、婚外子に関する差別的な法規定に対して、特に懸念を有するものである。特に、出生届及び戸籍に関する法規定と実務慣行は、規約第17条及び第24条に違反するものである。婚外子の相続権上の差別は、規約第26条と矛盾するものである。」と指摘されている。


66. したがって、日本の婚外子に対する差別が自由権規約及び子どもの権利条約に違反することは明らかであるから、上記の相続分の差別、戸籍・出生届記載上の差別、児童扶養手当制度における差別、認知の訴えの出訴期間の制限を撤廃し、共同親権を可能とする制度を創設するなど、差別的取扱いをなくすよう、直ちに法改正がなされるべきである(1994年2月、日本弁護士連合会「非嫡出子に対する差別廃止の法改正を求める意見書」)。


(2) 児童扶養手当制度における差別

67. 子どもに対する社会保障の一つとして児童扶養手当制度があり、母子家庭等、父と生計を同じくしていない家庭の子どもに対して手当が支給される[Ⅵ-C-3]。しかし、児童扶養手当法及び同施行令は、児童扶養手当の支給対象の子どものうち婚外子について、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係同様の事情にある場合を含む)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く)」(同施行令第1条の2、3号)と規定しており、父が婚外子を認知したときは、父が1年以上遺棄する(同施行令、第1条の2、1号)など他の要件に該当しない限り、支給されない。


68. これに対して、嫡出子の父母が離婚した場合には、遺棄を要件とせずに支給されることとなっている(法第4条1項1号)。


69. 離婚して母が養育している子と、父が認知をした婚外子とでは、いずれも母が単独親権者であり、経済的にも母が子の養育責任を負っており、生活保障が必要であるという点では両者に何ら差異はない。父が婚外子を認知したからといって、直ちに父が養育料の支払いをするとは限らないのにもかかわらず、父が婚外子を認知したときは児童扶養手当が支給されないのは、婚外子を不利益に扱う合理性のない差別である。また、児童扶養手当の支給を受けるために、父に対する認知請求権の行使を控えることになるのでは、子の、父母を知り父母により養育される権利も侵害されることとなる。


70. この点に関し、奈良地裁1994年9月28日判決は、婚外子が認知された後児童扶養手当を支給しないことは、法の下の平等を定めた憲法第14条に違反すると判断したが、その控訴審である大阪高裁1995年11月21日判決は、立法者の裁量の範囲内に属し、法の下の平等に反しないとした。


71. したがって、児童扶養手当法施行令第1条の2、3号(父から認知された児童を除く)のカッコ書きを削除し、婚外子に対する差別を解消すべきである。


2 民族による差別

72. 政府報告書には、アイヌの子ども、在日韓国・朝鮮人の子どもなど「少数民族」の子どもの差別(第2条)、民族的教育の保障(第30条)の問題についての言及がない。


(1) 朝鮮学校卒業生徒に対する差別

73. 政府は、在日朝鮮人により設置されたいわゆる朝鮮学校を学校教育法上の「学校」とは見なしていない。このため、朝鮮学校の卒業生は、政府の定めた教育課程に編入しようとするとき、一定の教育課程の修了が要件とされていることとの関係で不利益を被っている。


74. 朝鮮学校卒業生に対し、多くの公立大学や私立大学は、朝鮮学校の実績を認め、学校教育法第56条、同法施行規則第69条の5に基づいて受験資格を認めているにもかかわらず、国立大学は受験資格を認めていない。


75. 留学生や「帰国子女」などについては、日本の教育体系や学習指導要領とは異なる教育課程を受けた者であっても、学校教育法施行規則第69条の1の運用により国立大学の受験資格を認めているにもかかわらず、朝鮮学校卒業生については、国立大学入学試験資格を認めていないのである。


76. 中学卒業程度認定試験や大学入学資格検定試験の受験資格においても、同様の差別がなされている。


77. 公立看護短大を受験しようとした朝鮮学校卒業生について、短大が認めた受験資格を文部省が覆すよう圧力をかけた例が報告されており、そのため、朝鮮学校生徒は併せて政府の認める通信制高校に在籍した上で、これを卒業したり、大学入学資格検定試験を通って看護学校に進学する等の方法を採らざるを得ない現状にある。


(2) 朝鮮学校生徒に対する差別

78. 日本政府の、朝鮮学校を正規の教育機関と認めない政策の影響で、朝鮮学校生徒は、学校教育法上の高等学校の高校生が加盟する全国高等学校体育連盟に加盟することができず、同年齢の高校生とのスポーツ交流を制限される事態が長く続いた。日本弁護士連合会は、このような事態の是正を求め、1992年10月、「全国高体連による朝鮮高級学校差別調査報告及び文部省に対する勧告書・高体連に対する要望書」を発表した。


79. また、同様の影響から、国鉄が民営化されたJR各社では、民間私鉄では見受けられなかった、通学定期の割引率の面で不利益に扱われるという事態が続いたが、1994年4月1日以降、この格差は解消された。


80. このような朝鮮学校及びその生徒に対する差別は、国民の社会意識の中にも反映し、朝鮮学校女子生徒が民族服であるチマチョゴリを通学時に着用しているのに対して、「朝鮮へ帰れ」と罵声を浴びせたり、チマチョゴリを刃物で切り裂く等の暴行が加えられる事件が、たびたび起こっている。このような事態に対しては、1994年7月7日、東京弁護士会会長が、このような許しがたい行為に対する国民の自覚を求め、在日外国人の安全を保障すべき責務を負う関係機関に対して、かかる事態を防止する措置を取ることを求める声明を発表している。


3 宗教による差別

81. 子どもが自ら信仰する宗教上の教義から、体育の格技の実技の授業に参加できなかったために、最終的に退学処分という差別的な不利益を強いられた例が報告されている。


82. 1990年4月に入学した公立の工業高等専門学校の生徒は、格闘技を禁ずる信仰上の理由から剣道実技をすることができないので、見学させて欲しいと申し出たところ、学校側から拒否され、結局、必修の体育科目の修得認定を受けられず、2年連続して原級留置(進級拒否)処分を受けた。加えて、この原級留置を理由に、退学事由である「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」に該当するとして、1992年4月、退学処分を受けた。


83. この高専生は、原級留置処分と退学処分について、宗教上の教義から剣道実技に参加しない者にその履修を強制し、上記の不利益処分を行うのは、信教の自由、教育への権利を侵害するものであるとして、これらの処分の取消を求めて訴えを提起した。1996年3月8日、最高裁判所は、この高専生の処分取消を求める訴えを認める判決を行った。しかし、上記原級留置処分、退学処分の執行停止については、裁判所が申立を却下したため、この高専生は、信仰上の理由により、公立高専で教育を受ける機会について4年間の空白を強いられる結果となった。


4 男女差別―婚姻年齢における差別

84. 民法第731条は、婚姻可能年齢を男性は18歳、女性は16歳と異なる定めをしている。しかし、男女の年齢差を設けた根底には、男性は仕事、女性は家庭という役割分担思想の下に、男性は肉体的成熟に加え経済的能力の成熟を求めるのに対し、女性は肉体的成熟及び家事育児能力を満たすものであればよいという考え方が存在する。しかし、この区別自体、男女差別にあたるものであり、婚姻年齢における差別は合理性がない。


5 障害児に対する差別

85. [Ⅵ-B]参照。


6 外国人に対する差別

86. [Ⅷ-C]参照。


B 子どもの最善の利益(第3条1項)

提言


1 児童福祉法をはじめとする国内関連法規に「子どもの最善の利益の考慮」をすべき旨を明文化すべきである。


2 行政、立法機関とともに裁判所もまた、「子どもの最善の利益」を重視し、子どもの権利の実現に積極的役割を果たすべきである。


1 子どもの最善の利益

(1) 国内法における子どもの最善の利益の考慮

87. 政府報告書は、憲法第13条、児童福祉法第1条ないし第3条、少年法第1条、母子保健法第3条等の法律において「各々児童の最善の利益を考慮することが前提とされている」と指摘している。


88. しかし、これらの諸法の中心となる子どもに関する基本法が存在しておらず、制定が予定されていない。


89. しかも、従来の国内法規の中に、本条の原則や趣旨が明確になっていないことは、きわめて問題である。[政府報告書54]が明示している各条文について検討すると、憲法第13条は「幸福追求に対する国民の権利」という、おとなも含めた一般的条項に過ぎない。児童福祉法第2条は、国及び地方公共団体が「児童を心身ともに健やかに育成する責任」を負うと明記し、少年法第1条では「少年の健全な育成を期」すること、母子保健法第3条では「(乳児及び幼児は)……その健康が保持され、かつ増進されなければならない。」と明示している。本来、子どもの権利条約を批准した以上、ここで言う「健やかな育成」「健全な育成」は、「子どもの最善の利益」の趣旨に従って解釈されるべきであるが、後に述べるように、政府にはそのような姿勢はない。


90. さらに、本条約批准後に児童福祉法の改正をめざして設置された厚生省中央児童福祉審議会が1996年12月に公表した児童福祉法改正に関する中間報告においても、「子どもの最善の利益」を明文化する旨の記載はない。


91. 国内関連法規に、子どもの権利条約第3条1項の「子どもの最善の利益の尊重」の明文化が急務である。


(2) 裁判所における子どもの最善の利益の考慮

92. 子どもの権利条約第3条1項では、社会福祉施設、行政当局、立法機関と並んで、裁判所もまた、子どもの最善の利益を主として考慮しなければならないと定めているが、日本の裁判所は、子どもの最善の利益が必ずしも重視されておらず、子どもの権利実現に困難を来たしている。


① 形式的な要件からの壁

93. 子どもの権利が侵害された場合、法の力をもって侵害状態から救済されることが不可欠である。日本では、子どもの身分(養子縁組等)に関する事柄を除き、民事に関する子どもの裁判所を特別に設置していないので、子どもの人権・権利の救済のためにはおとなと同じ民事裁判を提起することになる。さらに、子どもは成人するまで一人で有効な訴訟行為ができないため、必ず親権者・後見人を代理人としなくてはならないという制約がある([Ⅲ-D-3]参照)。


② 「教育裁量論」の壁

94. 学校内でおきている子どもの人権の不当な制約について、判例においては、「学校は教育目的を達成するための一助として、未成熟な在学生徒のためにその広い裁量」を有しており、「それが社会の通念に照らして著しく合理性を欠くなど不適当・不適正なものでない限り何ら違法でも不当でもない」とされ、事実上追認している。そのため、あたかも子どもの人権は、校門の前で立ち止まった状態にあるといっても過言ではない。


95. たとえば、次のようなケースが、教育目的のために校長の有する裁量の範囲内とされており、このうち(c)は、裁判所によって追認された。


(a)多くの公立中学校では校則で髪型を規制しており、中には髪型を男子は坊主刈りまたは三分刈り、女子は肩と目にかからず肩以上に長い髪は一つまたは二つに結ぶなどの規制もある。


(b)公立の中学校であるにもかかわらず、私服で登校する生徒に対し、学校に入れないとか、一般生徒とは別に校長室で自習させる等の「生活指導」をしている。


(c)法律では許される年齢(16歳以上・高校年齢)になっているにもかかわらず、バイクの免許を取ったり、乗ったりする等の行為をすべて禁止すること。


96. 子どもは髪型・服装・校外生活等について学校から校則をもって細かく定められ、それを守ることが強制され、守らなければ場合によっては登校禁止・退学等の処分を受けるという状態におかれている([Ⅶ-F]参照)。


2 保護・援助の提供

97. 日本では「法は家庭に入らず」と言われ、裁判所が家庭に介入するケースは少ない。たとえば、裁判所が親権喪失決定を出すのは、1990年10件、1991年23件、1992年8件ときわめて少ない。実際は、親権の濫用とも言うべきおとなの子どもに対する不適切な係わり(児童虐待、遺棄、心理的虐待等)は少なくなく、家庭への法的介入が必要な場合がある。しかし親権の過度の重視が障害になって救済が困難な事例がある。子どもの最善の利益を第一義的に考慮すべきであるという規定の創設、児童虐待に関する規定の見直しが必要である(詳しくは、[Ⅴ-F、G]参照)。


3 安全及び健康の分野、職員の数及び適格性の基準

98. [政府報告書56]以下が指摘している「児童福祉施設最低基準」(省令)には、少なくとも次の点の問題がある。


99. (1)主要職種の職員(看護婦・保母・児童指導員等)の資格及び配置基準は明示されているが、その他の職員の資格や配置基準が明示されていない。そのため、主要職種の職員が、その職域周辺の雑務をも分担せざるを得ず、これがために本来の職責が十分に果たせない状況にある。


100. (2)最低基準は1948年に定められてから以降、基準の見直しの要求が再三求められたにもかかわらず、政府は基本的に見直しをせず、低い水準のまま50年を経ようとしている。そのため、地方自治体や現場の責任者が、基準に違反しなければよいとしているため、低水準の固定化をもたらしている。


101. たとえば、日本の場合、保育所において、3歳未満の子どもと保母の数は6対1の基準であり、デンマークが0歳から2歳の場合10対2プラス助手という基準に比較して、低い状態のままに放置されてきた。また、家庭を失った子どもが入る養護施設(2歳から18歳未満の子が入所している)は、その居室について、1室の定員を15人以下、その面積は1人につき2.47平方メートル以上と定めている(同様に母子寮の基準も、おおむね1人につき2.47平方メートル以上と定めている)。


102. そのため、思春期の子どもに対するプライバシー保護への配慮がないだけでなく、きわめて狭い部屋に雑居を強いられている。最低基準の底上げが急務である。


103. (3)学校教育法第3条には「設置基準に従い」と定められているにもかかわらず、小・中学校の設置・運用基準がない。また、里親・保護受託者(児童福祉法第27条3項)、一時保護所(同法33条)については、最低基準が定められていない点は問題である。


C 生命への権利、生存・発達の確保(第6条)

提言


1 いじめを原因とする自殺をはじめ、子どもたちが多数自殺している現状を改善するためのあらゆる方策を検討し、推進すべきである。


2 子どもの交通事故や学校事故を減少するための積極的施策を検討し、推進すべきである。


1 生命への権利

104. 1994年に警察庁が把握した少年(20歳未満)の自殺者は580人であり、前年に比べて133人(前年比29.9%)増加した。全体的に見ると、高校生が184人(31.7%)でトップであり、続いて無職少年123人(21.2%)、中学生87人(15.0%)、有職少年78人(13.4%)、大学生37人(6.4%)、小学生14人(2.4%)の順である。男女別では男子が70.9%、女子が29.1%になっている。特に最近では、級友からの「いじめ」を原因とする「いじめ自殺」が生じている点で、きわめて特異な問題を抱えている。たとえば文部省の「生徒指導上の諸問題の現状」調査によると、1994年度における全国の公立小・中・高校・養護学校等で発生している「いじめ」は56,000件を超え、小学校の31%、中学校の55%、高校の38%でいじめが発生している。学年別では、小学校から学年が進むにつれて多くなり、中学1、2年で最も多くなっている。この問題の背後には、学歴によって就職や社会での地位が決まってしまう学歴社会があり、そのため、受験戦争が幼稚園や小学校時代から始まっている。子どもたちは余暇・遊びの時間を失い、深夜に及ぶ塾通いを強いられていることと深く結びつき、モヤモヤするからストレス解消のため、楽しいことがないから等の理由でいじめに走っている。このようないじめの結果として自殺者が相次いでいる。この問題の解決のためには、いじめの背景として、多くの子どもたちに対する権利侵害があることを踏まえた、抜本的な対策が必要である([Ⅶ-C]参照)。


105. また、車社会の発達によって、日本の子どもは、通学途上や自宅近辺で常に交通事故の危険にさらされている。交通事故による子どもの負傷者は毎年約7万人、死亡者(事故後1年以内に死亡した場合)は約400人に達し、0歳児を除いた子どもの死亡原因中の5ないし10%を占め、1位の病気、2位の不慮の事故に次いで、死亡原因の3位に位置している。


106. さらに、本来安全であるべき学校において、十分な安全対策を欠いているために、死傷事故が少なくない。たとえば、日本体育・学校健康センターの調査によれば、同センターの災害共済給付の対象となった学校の管理下における災害の発生件数は1993年度は111万件余(うち死亡は166件)もある([Ⅶ-K]参照)。


2 生存・発達の確保

107. [政府報告書60]は、「児童の健康を図るために、各種施策を講じてきており、その内容は年々充実している」と述べている。その施策についての問題点は、本書Ⅴ及びⅥで指摘しているが、さらに、次のような課題がある。


108. (1)子どもの権利として代替的養護を受ける権利及びそれに対する意見表明の権利等が国内法上で明示されていない。児童福祉法第27条1項3項には、都道府県が代替的な養護として里親・保護受託者への委任、あるいは乳児院・養護施設・教護院等へ措置することが規定されているが、これらは地方自治体の責任を規定したに過ぎない。


109. (2)家庭環境を奪われた子どものほとんどは施設で生活している。しかしながら、本来家庭環境を奪われた子どもに対しては、家庭に近い環境を保障すべきである。代替的養護への責任として児童福祉法が規定している保護受託者制度は、まったく機能しておらず、里親制度も十分に発達していない。しかし、ひとりひとりの子どもの最善の利益を実現するためには、子どもにとって、施設内処遇よりもグループホームや里親制度の方が望ましいので、これらの点の改善の取り組みが必要である。


110. (3)日本は、歴史的な事情で従前から日本に居住したり、あるいは永住権をもつ外国人の子ども(主として在日韓国・朝鮮人)の問題や、近年日本で働くようになった諸外国人の子どもの問題を抱えている。


111. ところが日本政府は、在日外国人の子どもへの代替的養護にあたり、民族的・言語的な配慮をまったくしておらず、少数者・先住民の子どもの権利(第30条)から考えると、この事態はきわめて問題である。これに対応する国の施策を設けることが急務である。


D 意見表明権(第12条)

提言


1 学校の校則に関し、在学する子どもが、毎年定期的に、その内容や実施手続について意見を表明し、改正・変更を検討することができる機会を制度的に保障すべきである。


2 教科内容、教科書の選定、教科外活動や学校行事などを含む学校教育の内容の決定過程に、在学する子どもや保護者が参加する制度を創設すべきである。


3 民事、家事、人事等の訴訟及び調停手続において、子どもとその親権者など法定代理人との間に訴訟遂行につき意見の一致が得られない場合に、子どもが、国の費用において特別代理人を選任することができる制度を創設すべきである。


4 子どもの身分や養育監護に関わるあらゆる手続において、遅くとも満10歳以上の子どもについて、父母の影響を受けることなく意見を表明することのできる機会を制度的に保障すべきである。


5 学校における懲戒手続においては、懲戒事由の存否及び懲戒内容を決定する会議体への子どもの出席と意見表明の機会を保障し、懲戒の決定に対する、教育委員会その他の第三者機関への不服申立制度を創設すべきである。


6 少年院における懲戒手続においては、事前に懲戒事由及びその場合に予定される懲戒の種類・程度について子どもに周知徹底を図るとともに、懲戒事由の存否及び懲戒内容を決定する会議体への子どもの出席と意見表明の機会を保障し、懲戒の決定に対して、第三者機関への不服申立制度を創設すべきである。また、現行の累進処遇制度における成績評価に対する意見表明や不服申立の機会も制度化すべきである。


1 条約第12条の趣旨

112. [政府報告書61]は、日本国憲法第13条が個人の尊厳の尊重を、第19条が思想及び良心の自由を、第21条が表現の自由を、それぞれ保障していることをもって本条約第12条の意見表明権が保障されていると結論づけている。しかしながら、これは政府が、本条約における第12条の持つ重要な意味を十分踏まえていないことの表れである。現に、『「児童の権利に関する条約」について』と題する文部事務次官通知(1994年5月20日付文初高第149号・資料参照)において「本条約第12条1の意見を表明する権利については、表明された児童の意見がその年齢や成熟の度合いによって相応に考慮されるべきという理念を一般的に定めたものであり、必ず反映されるということまでをも求めているものではないこと。」として、本条項の趣旨を否定的に矮小化しようとしている。


113. 本条約第12条の趣旨は、子ども自身に関わるあらゆる事項について、第3条の「子どもの最善の利益」を確保するために、子ども自身の権利として意見を表明する機会を保障することが不可欠であるという、これまでの国際的な諸準則において確立されてきた考え方を手続的原則として定めたところにある。この権利はしたがって、表現の自由や思想・良心の自由といった権利とは異なる子ども固有の権利として確保されるべきところに最大の眼目がある。


114. 表現の自由や思想・良心の自由については、本条約の第13条、第14条に別途定めがあり、本条はこれらの権利とは別個に、意見表明権を本条約の一般原則となる重要な権利として定めており、政府には、その確保のための立法上、行政上の措置が求められているのである。政府報告書におけるこの認識の欠如が、以下に述べるような日本の子どもの現状における本条の保障の課題をまったく見落とすことになっている。


2 校則及び教育内容決定に関する意見表明権

115. 条約第12条1項の権利の確保について、政府報告書はまったく触れていないが、日本において改善すべき重要な点として、主に学校における校則と教育内容の決定についての児童・生徒の参加の課題がある。


(1) 校則への意見表明の機会

116. 日本における校則は、髪型・服装や校外の生活全般につき、広範に子どもの権利を制約し、校則違反に対して懲戒などの不利益を課しているほか、それを理由として体罰がふるわれることもあり、日本の子どもが学校生活を送る上で、きわめて影響の大きい規範となっている。


117. しかしながら、その内容の決定は、学校長・教師の専権とされており、在学生徒がその校則の内容について、その内容の改善を求めるなどの意見を表明する機会は手続上まったく保障されておらず、実際上もすでに存在する校則を無条件で遵守することが求められている。


118. 第12条の趣旨からすれば、このような校則についても、在学生徒の意見を表明するシステムを保障することが、その校則の遵守を求める上でも不可欠の前提であると思われる。


119. いくつかの学校においては、生徒の自治組織である生徒会に、校則の不合理であるところについて改善提案を行わせ、最終的には、教職員と保護者と協議の上、改善を実施することも実践されている。しかし、それはあくまで個々の学校の裁量として行われているに過ぎないから、政府として、制度的に、校則の内容について生徒の意見表明の機会を確保をする施策を全ての学校に講じるべきである。


120. この点につき、前述の文部事務次官通知は、「校則は、児童生徒等が健全な学校生活を営みよりよく成長発達していくための一定のきまりであり、これは学校の責任と判断において決定されるべきものであること。」と断言しているが、これは本条項による子どもの参加の確保の要請を無視するまったく不当なものである。


121. 大阪府交野市では、市立第3中学校が、生徒・保護者・教師の総意に基づき、1996年度から制服を廃止する決定をしたことに対し、交野市教育委員会が同中学校長に対しこの決定の白紙撤回を強く求める行政指導を行い、同校長が制服廃止の白紙撤回を一方的に行ったという事件(交野市立第3中学校事件)があり、1996年10月31日大阪弁護士会により、上記白紙撤回行為は子どもの権利条約の趣旨に反するものとして是正の勧告を受けた。また、京都府立桂高等学校では、生徒総会において93.3%の生徒の賛成により制服導入反対を決議し、校長に申し入れたにもかかわらず、校長はこれを無視して制服導入決定を発表し、京都弁護士会も、1997年2月18日に、在校生、教職員、保護者と十分な意見交換を行い、その意見を尊重して決定すべきであるとの申し入れを行っている。これらの事件は、前記文部省通知にうかがわれる政府の措置の不十分さが端的に表れたものである。


(2) 学校教育内容についての子どもの参加の機会

122. 日本においては、学校教育の内容(教科内容、教科書の選定、教科外活動、学校行事など)についての決定権は、学校長と教師の専権事項となっており、その決定過程への保護者や生徒の参加はまったく保障されていない。


123. 学校に通う子どもにとって、一日の大半を過ごし、学習権の保障を受ける学校生活の内容の決定について、まったく意見を表明し参加することができないという現在の制度は、欧米各国の制度と比較しても、子どもの権利保障に著しく欠ける事態であり、早急な改善が求められる。


3 司法上の手続

124. [政府報告書63]は、「自己に影響を及ぼす司法上及び行政上の決定又は措置に関する手続のうち、一般に意見聴取の機会が設けられている事項については、……児童に対しても意見表明の機会が保障されて」いるとしている。


125. しかしながら、締約国に求められているのは、一般に意見聴取の機会が設けられているかどうかを問わず、「子どもの最善の利益」の手続的保障という第12条の趣旨から、子どもが自由に意見を述べることのできる機会が保障されるシステムが確保されているかについて、あらゆる司法上及び行政上の決定・措置に関する手続を検討することであるが、政府報告書にはこの点の吟味がまったくなされていない。


(1) 民事訴訟及び民事調停

126. [政府報告書64]は、子どもが法定代理人を通じて、当事者としてあるいは法律上の利害関係人として、訴訟行為をし、意見を表明することができるとしている。


127. しかしながら、問題は、子どもと法定代理人(その多くは親であるが)との間に訴訟遂行に関する意見の合致が得られず、法定代理人が子どもの意思に反し、訴訟遂行をしなかったり、利害関係人として手続に参加しなかった場合などにつき、日本には子どもが直接訴訟当事者となる制度が存在しないことが問題である。また、親子が利害相反となる場合に特別代理人を選任する制度はあるが、申立権者が親権者に限られているため、上記のような場合には役に立たない制度となっている。


128. そのような場合、子どもの利益を代弁する特別代理人を、特殊な状況下では親権者の同意なしに国の費用で速やかに選任することができるような制度を創設し、子どもが訴訟手続においても実質的な意見表明が可能となるようにすべきである。


129. 民事調停についても、同様のことがいえる。


(2) 人事訴訟並びに家事審判及び家事調停

130. 家事審判及び家事調停といった家事事件においては、子どもの身分や養育監護等に関わる事件を取り扱うため、子どもに影響を及ぼす手続が多い。父母の裁判離婚・調停離婚または認知の際の子の親権者の指定・変更、養育費など監護に関する事件、未成年を養子とする際の家庭裁判所の許可、特別養子縁組、親権喪失などがある。


131. [政府報告書65]は、これらの場合、家事審判規則において子が満15歳以上であるときには子の陳述を聴取しなければならないとしていることなどから、「意見を表明することができる」としている。


132. しかし、まず第1に、父母の裁判離婚、調停離婚または認知のいずれの際であっても、子の親権者の指定・変更については、遅くとも10歳程度の子であれば、これに関する自己の意見を表明することが十分に可能であり、その意見は正当に尊重されるべきである。したがって、子の陳述の聴取を15歳以上の子どもにのみ義務づけている現行制度は、締約国の裁量を越えるものであり、少なくとも満10歳まで年齢の引き下げを図るべきである。


133. 第2に、[政府報告書65]は、15歳未満の子についても職権で聴取することができるほか、子が自発的に意見を述べたいという場合に妨げないとしている。しかし、職権でできるとしてもそれはあくまで裁判所の裁量に委ねられており、子どもの権利として制度上確保されていることにはならない。運用の実態としても、多くの家庭裁判所では15歳未満の子について意見を聞くことは稀であり、両親の判断のみに依拠しており、このような運用は十分定着しているとはいえない。


134. 15歳未満の子が、何らの機会の保障もないのに自発的な意見表明を家庭裁判所で行うことが一般的にありえるという前提も、非現実な空論である。


135. 第3に、満15歳以上の子どもに行われている陳述の聴取にしても、問題が多い。まず、制度的にも、子の親権者の指定の調停や審判事件においては子どもの陳述が聴取されることになっている(家事審判規則第54条、第70条、第72条)が、離婚自体が争われている調停や裁判に付随して親権者の指定が決められる場合には、子どもの陳述を聴取することを義務づける規定はない。しかしながら、日本の場合、子の親権者の指定は、離婚自体が争われている調停や裁判に付随してなされることの方が多いため、15歳以上の子どもであっても陳述の聴取が保障されない場合が多い。


136. また、子の親権者の指定・変更の調停や審判事件における聴取の手続も、たとえば同居している側の親を通じて書面で意思確認をするといった程度の形式的なもので、そのため往々にして、父母間の合意内容の追認に過ぎないことが多い。これらの陳述の聴取の手続としては、子どもが両親のいずれの不当な影響も受けずに自己の意思に忠実な表明ができるような制度の創設が必要である。


(3) 刑事訴訟及び少年審判

137. 少年審判手続を定める少年法において、少年の意見陳述の機会は明文で保障されておらず、また法定代理人である保護者や附添人の意見陳述にも裁判所の許可を要するとされている(少年審判規則第30条)。また、実際の運用においても、しばしば審判では裁判官の糾問的な尋問や手続進行により、「懇切を旨としてなごやかに」(少年法第22条)とはいえない雰囲気の中で、少年が自由に意見を述べることができないまま審判結果を迎えるということもある。


138. そのためにも、少年審判手続に、弁護士などの附添人が必ず選任され、保護者とは独立した少年の意見表明の援助者としての役割を果たすことが必要であるが、政府は、そのための制度創設に消極的であり、附添人の選任される率は1995年において1.2%に過ぎない(そのうち、弁護士が2,116人、その他が141人)。


139. 以上についての詳細は、[Ⅷ-A 少年司法]の項を参照されたい。


4 行政上の手続

(1) 行政手続法・行政不服審査法

140. [政府報告書67]は行政手続法・行政不服審査法により、おおむね行政上の意見表明権は確保されていると結論づける。


141. しかし、行政手続法は、子どもに関わる事柄として特に関心の高い教育の分野については一切これを適用除外としており、児童福祉などの分野でも児童福祉施設の措置解除処分など多くが適用除外となっているため、同法に定める弁明や聴聞の手続は、子どもに関する多くの事項に適用されない。


142. 行政不服審査法の適用についても、その対象に教育の分野はそもそも含まれていない。また、少年院、少年鑑別所における行政行為についても、司法関連手続であるとの趣旨で適用除外となっており、結局、これら両分野については、事後救済の道はまったく閉ざされている。


143. しかも、行政不服審査法は、行政行為一般について事後的な救済手続の一環として設けられているものであり、処分庁に上級庁がある場合には審査請求、上級庁がない場合には異議申立の制度が予定されているが、いずれも判断者が行政内部者のみで構成されるため、判断機関としての中立性・公平性に乏しい。また処分庁に十分な情報の公開や証拠に基づく主張・立証を尽くさせないまま結論を導くことがあり、手続も不必要に遅延する等、様々な欠陥が指摘されていながら、抜本的な改善がなされないまま推移している制度である。このような制度をもって意見表明の機会を確保するものとして十分とは認められないのである。


144. したがって、教育、児童福祉、少年司法における矯正の各分野においては、これら行政手続法・行政不服審査法はほとんど無力であり、以下のように意見表明権の確保の面において、数々の課題を抱えている。


(2) 教育
① 障害児の義務教育段階における教育措置決定における手続

145. 障害児の義務教育段階(小学校・中学校)の入学手続においては、学校教育法施行令に基づき、各市町村に就学指導委員会が設置され、同委員会が同令第22条の3に該当する障害であると判断すると、特殊教育学校(盲学校、聾学校、養護学校など)が就学すべき学校として指定されることになっている。この指定が絶対的なものであるとして、子やその保護者の意に反して、指定どおりの就学を強制させられることが多く、障害による差別であるとして争いになるケースが後を断たない。


146. このように、障害児に対し重要な影響を及ぼす就学指導委員会の判断手続においては、制度上も、運用上も、子どもや保護者の意見を聴取し尊重されるよう、合意と納得が得られるまでの十分な話し合いの場の確保や同委員会の判断に対する子どもの異議申立手続の導入など、制度の改善が急務である。


② 学校懲戒における手続

147. [政府報告書69]は、教育関係機関に対しては、懲戒にあたって留意・配慮すべきことを通知したとしているが、その記述は具体性を欠き、日本における学校懲戒手続の問題点の把握と改善点の認識について著しく不十分である。


148. 日本の学校懲戒の実態は、その内容において、処分基準の明確さに欠け「教育的配慮」の名の下に恣意的な運用がなされ、事前の告知がなく比例原則にも反するなど、適正手続に反することはなはだしく、数々の訴訟となっていることは、[Ⅶ-E]において詳述する。


149. また、学校懲戒については、その処分に該当する事実の認定や懲戒内容の決定を学校長と教師のみで構成される会議体で決定し、当該子どもの意見を述べる機会がまったく保障されないという点で、本条の趣旨に反する取扱いが一般的である。


150. 懲戒の対象となる疑いのある行為が発生すると、当該子どもの担任もしくは生徒指導担当の教師が、あたかも「警察の取調べ」のように当該子どもから事情を聴取し、その結果を担当教師を通じて報告を受けた会議体(多くは職員会議)で検討し処分が決定される。しかしその過程において、子どもにいかなる根拠に基づいて疑いが生じているか示されることはなく、子どもの反論・弁明の機会も与えられず、処分を決定する会議体への子どもの出席は認められず、その処分事実や処分内容の軽重について事後的に不服申立を行う制度もない。しかしこれら手続的保障の欠如は、学校長の教育裁量の問題であるとして放置されている。そのため、現実には、「子どもの最善の利益」が、「学校の秩序維持」や「学校・教師の威信確保」にとって代わり、無実の行為で懲戒の対象となったり、きわめて些細な行為で退学をはじめとする重い処分を受けるなど、子どもの発達上の重要な時期に重大な被害をもたらす例が少なくなく、これら決定手続における意見表明の必要性が痛切に感じられる。


151. たしかに政府は、前述の文部省通知において、「学校における退学、停学及び訓告の懲戒処分は真に教育的配慮をもって慎重かつ的確に行われなければならず、その際には、当該児童生徒等から事情や意見をよく聞く機会を持つなど児童生徒等の個々の状況に十分留意し、その措置が単なる制裁にとどまることなく真に教育的効果を持つものとなるよう配慮すること。」としているが、そのような通り一遍の抽象的な通知で事足れりとするのではなく、小学校・中学校・高校の各段階でそれぞれの発達にふさわしい意見表明の機会を確保するための手続及び教育委員会や第三者機関への不服申立制度の創設など、具体的な措置を直ちにとるべきである。


(3) 児童福祉施設
① 施設入所決定

152. 児童相談所は、子どもを児童福祉施設へ入所させる決定をする権限を有している。この決定により子どもは家庭から離れ施設に生活場所を定められるということになるが、現行制度においては、この決定にあたって子どもの意見を聞く機会は保障されておらず、明らかに本条項に反する事態となっている。


153. 政府は、施設への入所や施設替えの決定を行うにあたって、対象となる児童は、親による虐待や養育放棄によって種々の困難を抱えた子どもであるという特殊事情も踏まえて、そのような子どもが十分に意見表明をすることが可能な具体的改善策を講ずる必要がある。


② 施設内の処遇内容

154. 児童福祉施設において、体罰をはじめとする人権侵害事例が多く存在することは、後に詳述する([Ⅴ-E-3、4])が、これら違法・劣悪な施設の処遇内容について、現行ではそのような被害児童の声を吸い上げる制度が存在していない。


155. 施設入所児童は、親による代弁も期待できず、すでに施設入所以前から何らかの意味で虐げられた体験を持つ事情や、児童福祉施設の閉鎖性、管理的体質などからすれば、特別の救済の制度が考慮されるべきであり、意見表明の機会の確保も同様である。


156. したがって、ただ単に意見表明のための機会を設けるだけでなく、具体的には、第三者機関の設置による子どもからの通報の受付けや定期審査の実施、子どもの代弁者として弁護士など法的代理人の付与、施設運営の市民への公開、通報先や相談機関の情報を提供する手引きの作成・配布などの手当てが重要である。


(4) 矯正施設
① 少年院における懲戒・進級手続

157. 少年司法手続においてなされる保護処分の一環である少年院における保護教育過程においても、院内生活において問題行動があった場合には、懲戒処分を課すことができ、その処分内容は少年院法第8条に3種の規定がある。


158. しかし、その具体的処分内容の決定については、各少年院の院長の裁量とされ、多くは院内に設けた懲戒審査委員会において、当該少年の出席や意見表明の機会はないままに決定される。懲戒処分には、閉鎖された単独房での最長20日間の謹慎や進級成績の減点など重大な不利益につながるものが含まれているにもかかわらず、担当職員が「事情聴取」を行うだけで、子どもは審査委員会への出席も事後の不服申立もできない。


159. また、現在の少年院では、仮退院への処遇課題の達成をはかる指標として段階別の進級制度を採用しており(累進処遇制度、少年院法第6条)、個別課題と共通課題についての成績評価に従い進級が計られ、その進度により仮退院までの入院期間が左右される制度になっている。しかしながら、この成績評価についても職員の専権とされ、自己の評価内容について、少年自身が意見や訂正を求めたり、不服申立をする機会はまったく保障されていない。


160. 少年院の処遇におけるこのような意見表明の機会の欠如は、子どもの立ち直りを図る教育機関の一環である少年院の処遇のあり方としては不適切なものである。政府は、懲戒や進級の手続における意見表明の機会の具体的確保のため、法改正も含めた検討を早急に行うべきである。


Ⅳ 市民的権利及び自由

A 氏名、国籍を取得する権利(第7条)

提言


1 国籍法第3条を改正して認知の遡及効を認め、国籍取得に関する婚外子に対する差別をなくすべきである。


2 国籍法第2条3号を改正し、日本で生まれ無国籍となる子どものすべてに日本国籍が与えられるようにすべきである。


3 国籍法第12条及び戸籍法第104条を改正し、国外で生まれた日本人の子どもの国留保届の期間を延長(たとえば、20歳に達するときまで)すべきである。


1 日本における外国人の子どもの現状

161. 1985年ころから、日本への外国人の入国が急激に増え始め、1985年に199万人だった新規入国者が1994年には309万人に達している。また、外国人登録者数も、1985年に約85万人だったものが、1994年には135万人に飛躍的に増加し、その内訳は、アジア人が78%で最も多く、次に南米人が15%で第2位を占めている。また、20歳未満の子どもの外国人登録者数は、1994年末現在で24万人いる。


2 出生後登録されない外国人の子どもの増加

162. 外国人の入国の増加にともない、超過残留者(いわゆる『不法残留者』)の数も年々増加し、約30万人に達している。超過残留者の外国人女性は未婚である場合が多く、出産しても超過残留の発覚を恐れて出生届を出せずにいるケースが増えている。超過残留者の外国人登録や日本で出産した子どもの出生届の受理を認めている自治体もあるが、いまだ一部の自治体にとどまる。出生届すら出されない子どもたちは、統計的な把握もまったくされず、事実上無国籍の状態に置かれ、医療・福祉・教育すべての面で、無権利状態にさらされている。


3 無国籍児の増加

163. 法務省の統計によれば、1990年末に全国にいる4歳以下の無国籍児の数は、74名であったところ、1994年末には266名と急激に増加している。むろん、これは外国人登録されている無国籍児のことであって、出生届も出されていない無登録の子どもについては、その数を把握することすらできないのが実情である。


4 父の認知と子の国籍取得・・国籍法第2条1号の問題点

164. 国は、国籍法第2条1号にいう「出生の時」を、まさに出生したその瞬間に法律上の父または母が日本国民でなければならないと解釈している。婚外子の場合、法律上の父子関係は認知によってしか生じず、母が外国人で父が日本人である場合には、子の出生前に父が「胎児認知」をしておかない限り、子の出生後に父が認知しても、日本国籍は取得できないことになる。他方、国籍法第3条は、出生後に父に認知された婚外子でも、その後父母が婚姻をして嫡出子たる身分を取得すれば日本国籍を与えるとしており、これは明らかに、婚外子に対する差別であり、条約第2条にも違反する。


165. ここ数年の間に、上記の問題に関する国籍確認訴訟が少なくとも3件提起されており、日本弁護士連合会は、このような事件の一つであるプラレス・アサダ・ダイスケ事件について、独自の調査を行った上、1996年6月26日、法務大臣に対し、ただちにダイスケ君(4歳)の日本国籍を認めるとともに、国籍法改正作業を開始することを求める「警告」を発した。


5 父母不明の子の国籍取得・・国籍法第2条3号の問題点

166. 国籍法第2条3号は、無国籍者の発生防止を立法趣旨とする規定であるが、その要件が「日本で生まれ」たことのほか、「父母がともに知れないとき」と「父母がともに国籍を有しない」とされているため、父母が知れていても、父母の各々の国の国籍立法の相違(たとえば生地主義と血統主義)のために、いずれの国籍も取得できない子どもは無国籍となってしまう。


167. また、東南アジアからの出稼ぎ女性と思われる外国人女性が、男児を産んだ後行方不明となり、この男児が日本国籍の確認を求めたアンデレ君(5歳)の国籍訴訟では、「父または母が知れないとき」という要件の意義・立証責任が問題になった。1995年1月、最高裁判所はこの男児の日本国籍を認めたが、第2条3号の規定の仕方が解釈によって無国籍児を生む余地を残している問題性は明らかである。


168. 上記2点を改善するためには、日本で生まれ無国籍となる子どものすべてに日本国籍が与えられるよう国籍法第2条3号を改正すべきである。


6 国外で生まれた子の国籍取得・・国籍法第12条の問題点

169. 国籍法第12条は「出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは、戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」としており、しかも、戸籍法第104条がこの留保届の期間を出生の日からわずか3カ月以内と定めている。この留保届を知らなかったために、国外で外国人と日本人の間に生まれ本来ならば日本国籍が取得できるはずの子どもが、日本国籍を取得できなくなるケースが増えている。ことにフィリピンでは、フィリピン人女性と日本人男性の婚姻により生まれた子にこの例が多く、ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレンの問題として社会問題化している。せめて留保届の期限を20歳に達する時までと改めるなどの法改正が必要である。


(注1)日本弁護士連合会編『子どもの権利マニュアル』子どもの人権救済事件一覧No.11。


(注2)同上No.12


(注3)同上No.72


(注4)同上No.3


(注5)同上No.59


(注6)読売新聞1990年9月12日夕刊


(注7)朝日新聞(愛媛県版)1990年6月22日、23日、26~28日連載記事


(注8)前掲書・子どもの人権救済事件一覧No.36


(注9)同上No.68


Ⅴ 家庭環境及び代替的な監護

A 親と子どもの関係・国との関係(第5条、18条)

提言


 親による子どもの包括的支配が可能であるような文言となっている現行民法の「親権」についての規定を改正し、親の養育責任を明記し、親が指導及び指示をなす場合子どもの最善の利益が主として考慮されるべきこともあわせて規定すべきである。


195. 親は子どもの養育・発達に対する責任を有する。親は子に「能力の発達に応じた方法で適当な指示・指導」を行う「責任、権利及び義務」があるが、それは子どもの権利を前提としたものであって、無制限な支配を意味するものではない。親の養育・発達に対する責任は、第一次的な責任であって、原則として国や他者の介入や干渉を受けない。国は親が責任を果たせるよう、(単に補完するというのでなく)積極的に援助する義務がある。また、国は親の指示・指導を尊重する義務があり、子どもの最善の利益に必要な場合にのみ、介入・干渉できる。また、親の養育責任は、両親共同の責任であり、国はこの原則が認識されるよう最善の努力をしなければならない。


196. しかし、日本の現状では、親は子に対する包括的な支配が可能なように誤って理解されがちである。また、国による親の養育責任への援助が不十分な反面で、子どもの権利(特に教育を受ける権利)についての、親の指示・指導を軽視している。子どもの共同養育責任についても軽視している。


197. 日本では、親は子に対する包括的な支配が可能であるとの考えが根強く、これは現在の民法の規定とも関係していると考えられる。民法の規定では、「親権者」である親は「監護教育の義務と権利がある」とされている。しかし、具体的には、親が子どもを懲戒する権利や子どもの居所を指定する権利、職業許可権、婚姻についての同意権など、子どもに対する親の権利ばかりが規定されている。さらに、子どもは親権に「服する」と規定されているために、子どもの側の権利性は十分認識されていない。


198. このような「親権」についての誤った理解が原因で、親は子どもの意思を無視・軽視して、生活ルールや教育方針を決めたり、あるいはしつけ・懲罰の理由で虐待を加えて、死亡させることも稀ではない([Ⅴ-G]参照)。


199. また、親のしつけに従わないという理由で、親が「親権」に基づいて、子どもを民間の生活訓練施設に送ることもある。これらの民間教育施設の関係者が子どもに折檻・懲罰を加えて死傷の結果を与えて、裁判になった場合に、通常、施設関係者からは「親権者に代わって親権(特に懲戒権)を行使している」という弁解がなされる。これも親権に基づけば、子どもに対して何をしてもよいという意識のあらわれといえよう。


200. このようなことから、最近では「親権」の内容について見直しが必要であるという考えが次第に強くなっており、ドイツ等のように「親権」という用語自体を改めるべきである、との意見も出ている。政府報告書はこのような点をまったく無視して「子は親の親権に服する」という表現を繰り返しており、国内の施策においても、「親権」についての誤った理解を是正しようとする努力をしていない。政府は、親による子どもの包括的支配が可能であるかのような表現をとっている民法の規定を改正すべきである。


201. なお、学校教育の場面では、子どもの権利についての、親の指示・指導を軽視している点が顕著である。親が学校教育のあり方、内容について積極的に関与し、批判、要求するなどすることは、学校や教育委員会から強く拒否されている。


B 親の責任(第3条、第18条、第27条)

提言


 夫の被扶養者である妻を優遇する現行の世帯単位の税制・社会保障制度を改善し、性別役割分業を固定化させることがないように、個人単位のシステムに改正すべきである。


父母の養育責任と国の援助


202. 父母の養育責任について規定した第18条1項、2項について、[政府報告書114]は、男女共同参画社会の形成をめざして「男女の固定的役割分担意識の解消」ならびに「地域社会及び家庭生活における男女参画の推進」をあげている。現在、日本における男女の意識は変わりつつある。「男は仕事、女は家庭」という考え方について、同感すると回答したものが、女性では、1987年の調査では、36.6%あったものが、1995年の調査では、22.3%に減少し、特に男性では、1987年の調査では51.7%あったものが、1995年の調査では32.9%に大幅に減少している(総理府「女性に関する世論調査」1987年3月、「男女共同参画に関する世論調査」1995年7月)。


203. 実際の家事参加、育児参加についても、子どもの年齢が小さい時ほど夫も育児参加をするようになっている。ただ、夫の家事、育児遂行についての妻の満足度は、妻の年齢が40~49歳の層で56.6%と満足度が一番低くなっており、妻が就業している場合の満足度も57.8%と、非就業の妻の63.1%に比較して低くなっているなどまだ不十分である(厚生省人口問題研究所「第1回全国家庭動向調査」1993年)。したがって、[政府報告書114~117]では、家庭教育学級、父親の家庭教育参加支援事業、家庭教育に関する情報提供等の広報、啓発活動も行われているとされているが、まだまだ浸透しているとはいいがたい。具体的にこのような意識を再生産する社会の仕組みなど、構造ならびに意識の改革のための政策が必要である。


204. 特に日本においては、この性別役割分担意識を固定化するものとして、税制・社会保障制度の問題が存在する。日本では、給与取得者の配偶者において、その収入額が一定限度内の場合の優遇制度が存在する。税制においては、給与取得者の配偶者の年間収入が最高141万円以下の場合、給与取得者の税額が最高76万円までが控除される制度(配偶者控除制度、配偶者特別控除制度)がある。また同じように年金制度においても、給与取得者の配偶者のみ、年間収入130万円以下の場合、年金保険料の支払免除制度があり、医療保険においても同様である。日本における女性の労働力率(15歳以上の人口に占める労働人口の割合)は、結婚して子どもが産まれることにより、いったん労働力市場より撤退し、子どもが学齢期に達するとまた労働力市場に復帰するという典型的なM字型雇用の形態をとっているが、この再度労働力市場に出る際に、この税制・社会保障制度の影響で、収入をこの額以下に抑えようとする傾向がきわめて大きく、このことがますます女性を補助労働にとどめ、性別役割分業を固定化するシステムとなっている。今後税制・社会保障制度を、世帯単位でなく個人単位の制度に改めることが必要である。


C 父母からの分離(第9条、第10条)

提言


1 日本政府が条約第10条1項についてなした解釈宣言を撤回すべきである。


2 外国人である親に対する退去強制によって、親子分離が余儀なくされることがないように出入国管理法を改正するとともに、行政がなした退去強制に対して効果的な司法審査がなされるようにすべきである。


3 児童福祉施設収容、少年鑑別所・少年院収容を含む、子どもの父母からの分離が想定されるあらゆる場面で、子どもの意見の聴取を義務づけるよう法律を改正すべきである。


4 子どもの意見聴取が義務的となる年齢は、日本の一部の法律にあるように15歳以上ではなく、少なくとも10歳以上に引き下げるべきである。


205. 条約第9条から導かれる父母と子の分離の原則は、次のとおりである。


①親の意思に反しても分離されるのは、司法機関が子どもの最善の利益のために必要であると決定した場合のみである。


②司法機関が決定するについては、関係当事者が手続に関与し発言が保障されなければならない。


③分離が決定された後、子どもは親と接触を保つ権利がある。


206. 条約では、親の意思に反して親子が分離される場合、関係当事者の手続の参加や意見陳述の権利を保障しなければならないとしている。しかし、国内規定では、特に子ども自身の意見を聞く機会に関する手続は整っておらず、また、運用の上でも意見聴取が十分になされていない。


207. [政府報告書125、126]は、父母の意思に反して子どもを里親に委託したり、施設に入所させたりする場合等、満15歳以上の子の陳述を聞かなければならないと規定されていると指摘している。しかし、子どもが15歳未満であっても自己の意思を形成することは十分可能であるから、意見聴取が必要となる子どもの年齢をもっと引き下げるべきである。


208. また、少年司法の分野において、家庭裁判所が少年を少年鑑別所に措置したり、養護施設、教護院、少年院に送致するとの決定をする場合に、少年をはじめとする保護者等の関係当事者の意見を述べる権利が法律に明記されていない。そのため、裁判官が一方的に自分の見解を述べ、少年や関係当事者の意見も聞かないで、上記措置を決定することも多い。


209. 政府は、[政府報告書127]において、上記のような場合であっても、裁判所の後見的な配慮により子どもの意思を確認しており、また、子どもが自ら意見を述べることは妨げないので問題はないとしている。しかし、子どもの意見表明は、本条約の根幹をなす基本的権利である。裁判所の後見的配慮に頼ることと、権利として保障されていることとの間には大きな差があることは明白である。


 政府は法律を改正し、子どもや関係当事者の意見陳述の権利を明記すべきである。


210. なお、その他に以下のような問題がある。国による施策ではないが、雇用者は労働者が子どもを含む家族と離れて長期間単身赴任することを当然とする傾向がある。これに対し、弁護士会が人権侵犯事例として救済命令を出した例がある(鉄道総研単身赴任事件、東京弁護士会1991年3月11日勧告)。ただし、裁判手続において、このようなケースが救済される例はいまだ少ない。


211. また、子どもの虐待を理由として、子どもの生命、身体に緊急の危険が生じている場合や虐待の再発が予想される場合には、子どもの最善の利益のために、積極的な分離が必要であり、同時に分離後の子どもへのケアと親へのケアが必要である。分離さえすればケアは不要という考えはまちがっており、ケアの態勢がないから分離もしない、という考えもまちがっている。虐待のケースにおいて、分離に消極的になるあまり、子どもの権利が救済できていない事例は少なくなく、国はこのような点に関する行政上の運用の改善や立法の改善を怠っている。児童虐待については、これに対処するための総合的な立法、運用改善が求められる(詳しくは、[Ⅴ-G]参照)。


212. 分離中の処遇については、分離の目的によって様々であるが、親との接触を保つ権利は十分保障されていない。非行の場合は特にその保障が不十分である(たとえば少年院における家族との面会など)。逆に、児童虐待の場合には子どもの意思に反して接触が強要されないように配慮すべきである。また、施設収容による分離だけでなく、離婚による片親との分離の場合について言えば、面接交渉は子どもの権利であることを関係者の間に徹底する必要がある(子どもの意思を無視して面接交渉を強制したり、妨害したりするべきではない)。


出入国管理と親子分離

213. 政府は、子どもの権利条約批准にあたって、親子の分離禁止について定めた9条1項について「この規定は父母が児童を虐待する場合のような特定の場合について適用されるものであり、出入国管理法に基づく退去強制の結果として児童が父母から分離される場合については適用されるものではないと解する」との解釈宣言をし、家族再会について定めた10条1項についても「この規定にいう『積極的、人道的かつ迅速な方法』で出入国の申請を取り扱うとの義務はそのような申請の結果に影響を与えるものではないと解する」との解釈宣言をした。


214. 出入国管理法の下では、親が外国人で子が日本人であるような場合に、「日本人の子どもの親」という在留資格が認められていないために、外国人である親に対する退去強制によって、親子分離を余儀なくされる場合が生じる。たとえば、外国人配偶者の超過残留が発覚して強制退去される場合や外国人配偶者が離婚などによって配偶者としての在留資格を失ったために帰国せざるを得ない場合に、外国人配偶者は、日本で生まれ育った日本国籍の子どもを連れて帰国するか(この場合、もう一方の親と子どもとの分離が生ずる)、子どもを日本に残して帰国するか(帰国する親と子との分離が生ずる)の選択を迫られることになる。しかも、家族再会のための出入国についても、出入国管理法5条1項9号により、退去強制されて少なくとも1年間は日本に入国できない。


215. また、現在の出入国管理法では退去強制させるか否か、出入国を認めるか否かが法務大臣の自由裁量とされており、条約9条1項の要求する「権限ある司法審査」がまったくなされていない。その結果、「家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべき」(条約前文)子どもの権利が、出入国管理行政の結果、十分保障されない事態が生じているのである。


216. 以上のような子どもの権利条約に真っ向から反する出入国管理の運用については、外国人の人権を守ろうとする諸団体・市民から厳しい批判の声があがっていたところであり、プラレス・アサダ・ダイスケ事件では、1996年6月26日、日本弁護士連合会が、ダイスケ君(4歳)がフィリピン人である母とともに退去強制処分に付され、日本人である父と分離されようとしていることは人権侵害であるとして、法務大臣等に退去強制処分を取り消すよう「警告」を発した[Ⅳ-A-4]。


217. このような批判を考慮してか、1996年7月30日、法務省は、未婚かつ未成年の日本人の実子を扶養するために日本への在留を希望する外国人の親が、①子どもの親権者であり、かつ②子どもを実際に養育している場合には、「観光」や「興業」などそれまでの在留資格から期間1年間の「定住」の在留資格への変更を許可する旨の通達を全国の地方入国管理局長及び支局長宛に発した。在留期間は延長が可能なので、実質的には日本に永住することも可能になるし、法務省は同時に、オーバーステイの外国人親の場合も、通達の要件を満たしていれば「日本人の子どもの親」として、法務大臣による「在留特別許可」を与え定住を認めると発表したので、上記のような親子分離の悲劇の発生は大分緩和される。しかし、法による保護ではなく、あくまでも通達による運用上の改善に留まっている点、法務大臣の裁量に任される点、司法審査手続が欠如している点では、やはり子どもの権利条約の要請を満たすとは言いがたい。


D 子どもの扶養料の回収(第27条4項)

提言


 協議離婚に際しては、必ず子どもの扶養料の取り決めがなされ、かつ、扶養料が任意に支払われない場合には、司法制度を利用して、容易に回収できる制度を整備すべきである。


218. 日本では、離婚時に妻が親権者となる割合は80%以上である。ところが、女性労働者の平均賃金は、男性の約半分にしかすぎず、特に離婚した母子世帯の収入は一般世帯の3分の1以下であって、生活保護費(年間203万円。1993年時点)と同程度の収入しかない。そのうえ、離婚した母子世帯の45%が、11歳以下の子どもがいる(1993年全国母子世帯等調査)家庭であり、この収入では、日本では母のみで子を養育するには十分ではなく、父による養育費の支払いが不可欠である。


219. 日本の離婚の約90%を占める協議離婚では、養育費の取り決めが義務づけられておらず、実際の養育費の支払いが取り決められることも少ない。そして、家庭裁判所が関与する調停離婚においてすら養育費の取り決めがあるのは72%に過ぎない。そのうえ、子どもひとりあたりの生活費は、子どもの年令を平均すると月額7万円を超えるにかかわらず、調停離婚における養育費の取り決めは2万から4万円が30%、4万から6万円が22%と低額である。1993年の厚生省「全国母子家庭等調査」によると、別れた夫から現在養育費を受け取っている妻は14.9%、過去に受け取ったことがあるものを加えても31.3%に過ぎない。このため、子どもの進学断念など、子どもの教育への権利が保障されない現状である。


220. この原因としては、そもそも離婚に際して養育費の取り決めが必要的でないことが考えられる。その他、養育費の履行確保制度が履行勧告、履行命令と強制執行しかない上、履行勧告や履行命令は家庭裁判所が関与して養育費の取り決めがなされた場合に限られ、利用される割合はごくわずかであること、強制執行は手続が煩雑なため、あまり利用されていないことも原因となっている。


221. 日本弁護士連合会は、既に1992年に、以下の制度の新設を政府に提言している。


① 養育費取り決め届出制度

  協議離婚届出に際し、養育費に関する合意書を添付して提出する制度である。現行離婚届用紙と一体のものとして養育費に関する合意書を添付し、届出に際し、養育費に関する協議・合意を促すようにする。ただし、養育費の取り決めを協議離婚の要件とはしない。この届出は、次の養育費支払命令制度の前提となる。


② 養育費支払命令制度

  ①の養育費の合意書がある場合に、この合意書に基づいて家庭裁判所に支払命令を申し立てることのできる制度である。現行制度では、調停・和解調書や公正証書に養育費支払義務を定めたときに初めて強制執行ができるに過ぎない。しかし、全離婚の90%以上が協議離婚である現状では、調停・和解調書等に養育費支払義務を定め執行力ある債務名義まで取得することは少ないので、養育費支払い命令制度を設け、養育費の確保を容易にすることが急務である。


③ 給与天引制度

  債務名義のある養育費につき支払いがないとき、将来の養育費について支払義務者の雇用主を第三債務者として、義務者の給与より毎月養育費を天引して支払うように裁判所の命令を求める制度である。養育費は定期払いであるので、過去分の強制執行を繰り返す手続の煩雑さを回避し、一度の申立で将来債権が確保できる利便がある。


④ 養育費立替払制度

  国が養育費を立て替え、国の債権として義務者から取立を行う制度である。③の制度があっても、給与所得者以外の者から養育費の天引きはできないので、国がこれを立て替えて支払い、養育費請求権の譲渡を受けて義務者から取り立てる制度である。


⑤ 税法上の優遇制度

  養育費を支払った場合、税法上の現行の扶養控除に準じた養育費控除を認め、養育費の支払いを促す制度である。


E 家庭環境を奪われた子ども(第20条)と養護施設

提言


1 児童福祉施設においては、職員による子どもに対する体罰が許されない旨を法律に明記するとともに、職員に対する体罰防止のための効果的な研修を行うべきである。


2 施設運営について、子どもの参加の機会を確保するとともに、子どもの生活状況を定期的にチェックするための機関を設立すべきである。


3 あまりにも低すぎる現行の児童福祉施設設置のための建物や職員数等を規定する基準(いわゆる児童福祉施設最低基準)を見直すべきである。


1 はじめに

222. 日本において家庭環境を奪われた子どもは、ほとんどが養護施設(乳児院を含む)で生活している(里親委託が少ない理由については、[Ⅴ-F]参照のこと)。養護施設は大部分が私立であるが、公立私立を含め、国と自治体は、後記「基準」の範囲で費用を拠出している関係で、施設の運営を監督できる立場にある。


223. 子どもの権利条約では、施設で生活する子どもに対し、以下の権利を保障している。


・特別の保護と援助と継続的な養育の保障(第20条)


・適格ある充分な職員と設備の保障(第3条)


・職員による虐待等の禁止(第19条)


・親による放置や虐待の被害からの回復のための自尊心と尊厳を育成する環境の保障(第39条)


・プライバシーを含む自由権と意見表明権の保障(第12条~第16条)


・責任ある機関による定期審査の保障(第25条)


224. [政府報告書140]は、第20条に関して養護施設の簡単な説明をし、[159、282]において、第19条と第39条に関して親に虐待、放置された子どもの収容先として養護施設に言及し、[56]において第3条に関して職員と設備についての「最低基準」に(内容は触れずに)言及し、[160]において第25条で「最低基準」確保のための行政機関による検査に言及しているに過ぎない。そして、そこには格別問題はないかのように報告しているが、改めるべき点は以下に述べるとおり多い。


2 基本的視点

225. 日本においては、長い間、福祉(特に子どもの福祉)は権利ではなく恩恵であるとの考えから、施設の子どもの待遇は一般家庭より劣っていても当然であると考えられてきた。施設の子どもの人権と尊厳は重んじられず、管理の対象と考えられ、しつけの名のもとに暴行(体罰)を受けることも少なくなかった。


226. また、戦後間もなくは、孤児に衣食住を与えることがケアの基本とされていたが、現在では、施設に入所する子どもの多くは、家族関係等に複雑な問題を持つ者が多く、個別的なケア、専門的なケアが求められるようになっている。


227. しかし、施設では、子どもを独立した人格主体として考え、それに沿ったケアを行うことが進まず、またそれを推進するような政府の施策も十分にはなされていない。施設では、依然として管理的発想が強く、施設で生活する子どもは、社会に出てもなかなか自立できないでいる。


228. すべての子どもは、等しく「ケアを受ける権利」を有している。しかしながら、施設の子どもは、否応なく親と引き離されたことで心に深い傷を負っている。さらに施設の子どもの多くは、自分にはまったく責任がないにもかかわらず、自分が良い子でなかったから施設に入れられたのだと思い込み、結果としてより深く傷つくに至っている。施設は、子どもたちの傷ついた心の回復の場でなければならず、また、自尊心と尊厳を育くむ環境でなければならない。すなわち、施設の子どもについては、「ケアを受ける権利」(条約第20条1項)が手厚く保障されなければならない。


229. また、ケアの内容についても、従来は、職員が一方的に「子どものために」と考えたケアが中心であって、子どもたちが身の回りの生活の細かい事柄を自分で決める機会さえも十分保障されていない。そのため、職員が「子どものために」と考えたケアが、結果として子どもに対する押しつけとなることも多く、また、おとなが「子どものために」と手をかけすぎることも、結局は管理につながり、子どもの自立を阻害してきた。


230. しかし、子どもの権利条約は、子どもに意見表明権を認め、子どもが自らの存在、人生を主体的に選択・決定する権利、自己決定権を尊重している。したがって、単におとなが決めたケアを享受する権利を与える、というだけでは不十分であり、子どもたち自らがケアの中身を主体的に選択・決定していくことまで尊重されなければならない。


231. それとともに、個々の職員や施設の善意にのみ頼るのではなく、施設内の処遇をチェックするためのシステムを構築すべきである。


232. 施設の子どもの自己決定権を尊重しつつ、十分な心身のケアを受ける権利を充足させるためには、施設の子どもと一貫した信頼関係を築くおとなの存在が不可欠である。なぜなら、施設の子どもたちは、おとなとの一貫した関係を背景として、人格を成長発達させつつ、自らの存在、人生のあり方等を主体的に選択・決定するという意味での自立が可能となるからである。しかも、両者の関係においては、全面的かつ対等なパートナーシップが実現されることが不可欠である(少年非行の防止のための国連ガイドライン=リヤド・ガイドライン)。すなわち、子どもは幼児期からの成長の過程で、全面的かつ対等なパートナーとしておとなに受け入れられ、その人格を尊重されるとともに、社会生活の中での主体的な関与が保障されて初めて、自らの存在、人生のあり方等を、主体的に選択・決定することが可能となるのである。


3 体罰の存在

233. 最初に、施設内の職員による子どもに対する体罰や不適切な行動、これに対して子どもや保護者からなされた不服申立等の統計が政府においてとられておらず、新聞記事や弁護士会に申立があった事例から、現状を報告することしかできない点を指摘しておきたい。


234. 養護施設では過去にも体罰事件が発生したが(たとえば、大阪弁護士会1986年12月18日要望)、最近短期間に施設職員による暴行・傷害事件が続けて報道された。


①福岡県のある施設で職員による素手の暴力が日常化しており、木刀で殴りつけたり、バットやハンマーなどの道具を用いて脅かしたりすることが頻繁に行われたため、思いあまった高校生たちがマスコミに訴えた事件(1995年5月)


②千葉県のある施設で、施設長が子どもを叱る時に刃物で脅かしたり、子どもが手に持っていたティッシュペーパーにライターで火をつけるなどの体罰を日常的に行っていることから、小学生から高校生までの13人の子どもたちが逃げ出して児童相談所に駆け込んだという事件(1996年4月)


235. しかし、これら施設の責任者も、施設を監督すべき行政の責任者も、「しつけの行き過ぎ」に過ぎない、とコメントしている。また、2件とも以前に施設内部の良心的職員が自治体に通告したが、あいまいな処理ですまされ、今回は子ども自身が声を出して外部に訴えたことから、やっと社会に知られることになった、という事実も判明した。


236. このように、日本の施設における体罰肯定意識は根強い。したがって、政府としては少なくとも児童福祉法に「体罰禁止」規定を盛り込み、かつ関係者の研修等に取り組むべきである。


4 体罰の温床としての管理

237. 多くの施設内では事細かな規則が決められており、これによって子どもたちの生活は著しく規制されている。高校生でも門限が6時とされていて部活動に参加できない、持ち物が厳しく制限される、休日まで起床時間が定められていたり、外出先を告げなければならない、日課や行事が多くて自由時間がない等々の実態が報告されている。また、片づけをしないとテレビを禁止する、日課を怠ると食事を抜かれるなど、規則違反を理由とする罰を受けることもある。施設内の規則による過度の行動規制は、条約で保障された表現の自由(第13条)、思想・良心の自由(第14条)、結社・集会の自由(第15条)、プライバシーの保護(第16条)等を侵害するおそれが大きいので、このような観点から規則の正当性を吟味する必要がある。特にプライバシーの保護(第16条)については、条約の文言において、一切の制限が付されておらず、完全な尊重が保障されていることに留意すべきである。


238. このような現状を改善するために、施設の運営について、子どもの参加の機会を確保するとともに、子どもの生活が脅かされていないかどうかをチェックする第三者機関の設立が必要である。


5 「児童福祉施設最低基準」の問題

239. 施設の人的条件、物的条件は、政府が定めた「児童福祉施設最低基準」によって規定されている。そもそも「児童福祉施設最低基準」は、1948年の児童福祉法施行に伴い、第二次世界大戦後の荒廃と窮迫が深刻化していた当時の生活基準を基盤として定められたものであり、国民生活の向上と経済的発展に応じて改正されるはずのものであった(1948年厚生事務次官通達)にもかかわらず、基準内容は現在までほとんど改正されていない。しかも、この最低基準は、運用面では現在まで常に「最高基準」として機能を果たしてきた。一部の自治体などが、基準に上積みした運用を行っているが、大部分の自治体では、基準どおりの低い状態である。以下に検討するように、現行最低基準はその内容も十分でなく、また、この基準を実施するための国や自治体の費用負担(措置費)制度もまた不十分である。


240. 施設の子どもたちの心の傷を癒し、自立を促していくためには、家庭で育つ子どもたち以上のケアが必要であるのに、現状の人的・物的基準は、必要な水準にはほど遠いのである。施設の子どもの人権保障の確立のために、「児童福祉施設最低基準」の抜本的見直しを行うとともに、これを厚生省規則でなく法律で定め、将来にわたり定期的に基準の見直しの機会を設けていかなければならない。


(1)人的条件の不備

241. 施設の職員数は、厚生省が制定する規則である「児童福祉施設最低基準」の中の職員配置基準によって規定され、それによれば、6歳以上の子ども6人につき職員1人とされており(6対1基準)、60人定員では10人の職員となる。しかし労働基準法によれば、労働時間は週40時間、1日8時間、年間1,800時間と定められ、これに従うと1人の職員の労働日は、年間225日となり、これを365日で割ると0.62でしかない。つまり、10人職員がいても6人しか実配置できない計算になる。そして、その6人が2交代か3交代の交代勤務制で、60人の養護を担当しているというのが現状である。


242. このような過重な勤務のために、職員は、ひとりひとり丁寧に対応したいと思っても、小さい子どもの添い寝もしてあげることもできず、また逆に小さい子どもの世話に追われて、思春期の悩みを抱えた中高生の相談にも十分のってあげることもできない。また、最近では虐待を受けたり、様々な情緒的問題や、知的発達の遅れを持つ等深刻な問題を抱えた子どもたちが入所してきており、職員の専門性が求められている。それにもかかわらず、ケアに必要な研修や継続的なトレーニングをするための措置も法令上義務づけられておらず、定着率が低いため経験も蓄積されにくい。


(2) 物的条件の不備

243. 物的条件についても人的条件と同様に、「児童福祉施設最低基準」に規定されている。これによれば、「児童の居室の一室の定員は、これを15人以下とし、その面積は、1人につき2.47平方メートル以上とすること」と狭いものであり、この基準では、約7.5平方メートルの部屋に3人、約10平方メートルの部屋に4人の子どもを押し込む計算になる。やや大きい部屋の場合には、部屋の両側の壁に1.6平方メートル程度の棚のようなベッドを作って8人くらいの寝場所にし、奧に机が並ぶくらいのスペースがあるというもので、自分一人になれるのは、そのベッドに入ってカーテンを引いたときだけというのも珍しくない。


244. このような居住環境では、子どもたちのプライバシーを守ることは難しい。子どもたちにとっては癒しの場であるとともに自立の場でなければならないはずの施設の生活の中で、誰にもじゃまされない場所を持つことさえもできないのである。


245. また、同基準では、便所の数、及び児童30名以上の施設についての医務室及び静養室の設置を義務づけているだけであり、学習室やレクリエーション室等の設置すら保障されていない。日本では中学卒業者の90%以上が高校に進学しているが、養護施設の子どもの場合は約50%に過ぎない。これは、将来の人生設計や学習意欲を育てることができていないことのほか、物的な学習環境としても不十分であることが関係している。


6 施設の子どもの権利救済システムの重要性

246. 多くの場合、親による代弁を期待できず、しかも施設に入所する前に虐待、養育放棄などの人権侵害を受けてきた子どもたちは、施設内での人権侵害に対して、それを人権侵害と認識することも難しい。また、施設が管理的体質や外部社会に対する閉鎖的体質を持っているため、子どもが他の施設の子どもと交流することも難しく、外部の第三者に人権侵害の事実を告知することも難しい。子どもにとっては、家庭を失って入所した施設である以上、他に行く場所がないと思えば、人権侵害があっても我慢しようとするであろう。


247. こうした日本の児童福祉施設の閉鎖性、管理的体質等の特殊事情を考慮した場合、児童福祉施設における子どもの人権保障を充分ならしめるためには、家庭で育つ子どもたちとは別個の人権救済システムの確立が不可欠である。


248.


(1)子どもの意見表明権・定期審査権

 施設内での人権侵害に対し、子どもの声を吸い上げるシステムが存在していないことが、最大の問題の一つである。児童福祉法には監督官庁の検査の制度もあるが、主に財政的な観点から行われているだけで、子どもの個々の声や生活状況のチェックはしていない。意見表明権や第25条の定期的審査を受ける権利を保障するためには、施設体験者等を加えた第三者機関を設けて子どもからの通報を受けたり定期点検をしたりすること、子どもの代弁者として弁護士をつけること、施設運営を開かれたものにすること、子どもの意見を外部に表明する助けにするため、通報先や各種の相談機関など子どもが利用しやすい、権利の手引書を作って配布すること、などが必要である。


249.


(2)施設入所についての不服申立

 現行制度では、児童相談所が子どもを児童福祉施設に措置した場合に、その後十数年にわたる子どもの生活場所が決まってしまう場合もあるにもかかわらず、子どもの不服や意見を聞くシステムがない。したがって、児童相談所における子どもへの指導、施設への措置、あるいは施設替え等を行う際の、子どもや保護者の意見を十分に聞く等の法改正も含めた具体的な改善策を講ずるべきである。


250.


(3)専門的能力のあるケースワーカーの確保

 現行法制上、児童相談所は、18歳未満の少年の養護相談、非行相談を行う中心的な機関であり、施設入所の要否や具体的な入所先を決定し、入所後も施設職員からの相談に対して指導助言にあたっている。また、児童虐待に関しては、現行法上、虐待の発見者は主として児童相談所に通告し、児童相談所が調査、援助を行い、さらに家庭裁判所への申立権限を持つなど、中心機関とされている。ところが、現状は多くの自治体で、専門性を持たない職員がケースワーカーとして仕事を行っている。この点に関する具体的な改善方策を講ずるべきである。


7 施設退所後のケアの不備

251. 日本の児童福祉法では18歳までを対象としているが、かつては、養護施設の子どもは15歳で中学を卒業したら退所させられていた。高校は義務教育ではないので、直ちに就職すべきであり、福祉の援助は必要ない、という考えであった。その後日本社会の高校進学率が高まるにつれて、養護施設の子どもにも高校の教育費を出すようになった。この点は、改善が見られる。しかし、進学することができず就職する子どもについては、現在でも1年間しか施設に残れない。15歳や16歳で社会に放り出されるのは、日本社会の現状ではあまりに酷であり、せめて18歳までは高校生と同様に施設生活を保障すべきである。また18歳を超えた子どもについても、何らかの形でアフターケアを続けることが必要であるが、現在は一部施設の取り組みにとどまっている。これについても制度の改善が必要である。


F 養子縁組・里親(第21条、第20条)

提言


 日本における里親委託数は、施設への措置に比較して圧倒的に少ないので、里親を増やすための具体的な施策を充実させるべきである。


252. 日本においては、未成年を対象とする養子縁組のうち、孫を養子とする場合や、(再婚の際)一方の配偶者の子を養子とする場合には、民法によって、家庭裁判所の許可が不要とされている。その理由として、[政府報告書144]によると「定型的に児童の福祉が害されるおそれがないため」とされている。しかし、実際の事例としては、再婚夫婦の養子に対して虐待が行われることは少なくない。これを家庭裁判所の許可にともなう審査によって完全に防止することはできないが、家庭裁判所調査官による調査の際に、少しでも問題が感じられるケースに対しては、条約第21条(a)にいう「カウンセリング」を実施する余地もある。したがって、民法の除外規定については問題が多く、条約の趣旨に沿うよう改正が必要である。


253. 養子縁組と里親委託は、実親による養育を受けられない子どものために、活用されるべきである(条約第20条2、3項)。日本では養子縁組について、これまで「家のため」や「親のため」になされる場合が多く、「子どものため」の養子縁組という考えはまだ十分に確立されているとは言えない。また、里親委託についても、かつては里親の仕事を手伝わせる目的のものも多くあり、最近子どものためという考えが確立しつつあるものの、里親希望者がきわめて少ない。里親希望者が少ない原因はいろいろ考えられるが、里親あっせんに当たる行政機関(児童相談所)のスタッフの機能が不足していること、里親の法的地位があいまいであること、十分な養育をしようとした場合に支給される手当が十分ではないこと、行政の側が里親の選別に慎重になりすぎむしろ施設入所を原則とする傾向があること、などが指摘されている。


254. 日本における里親委託数の極端な少なさは、政府の里親を増やすための効果的な施策が十分にはなされていないことを物語っている。[政府報告書141]では「1987年以降、従来の特別な篤志家に里親になってもらうという理念から、広く里親を求め、普通の人を立派な里親に育てていくという新しい理念に改め、里親制度の発展を図っているところである」としているが、具体的施策はほとんど行われていない。


G 子どもの虐待の問題(第19条)

提言


1 子どもの虐待を担当するケースワーカーの専門性が確保されるように資格要件を厳格に定めるべきである。


2 子ども自身及び家庭裁判所が適当と認めた子どもの代弁者が司法関与を求めたり裁判所が虐待する親にカウンセリングを命じたりするなど、司法機関が、子どもの虐待の防止または救済のために柔軟で効果的な関与ができるように法律を改正すべきである。


3 虐待により傷ついた子どもや、虐待をしてしまった親をケアするための専門的な施設やスタッフを整えるべきである。


1 はじめに

255. [政府報告書151~159]は児童虐待について述べている。日本において、児童虐待の問題に取り組むべきであると認識されるようになったのはここ4、5年のことである。行政においても、一定の措置がとられてはいるが、課題は山積している。政府報告書からはその具体的内容は明らかになっていない。


2 児童相談所の専門性の欠如

256. 日本では、児童虐待の通告を受け、調査をし、在宅のまま援助をしたり、施設への措置を決定したりするのは、すべて児童相談所である。17歳以下の人口が2,551万6,000人であるにもかかわらず、[政府報告書154]によれば、児童相談所に相談のあった児童虐待の相談件数は1,961件に過ぎないが、これは実際の児童虐待の氷山の一角に過ぎないと考えられている。


257. 児童相談所が取り扱う相談件数が少ない理由はいくつか考えられる。そのうちのひとつは、全国に175カ所しか児童相談所が存在しないことがあげられる。しかも、そのうち、ケースワーカーの採用に関して専門職制をとっているのが約半数に過ぎない。すなわち、約半数の児童相談所では、子どもや家族の心理学、社会学を学んだこともない市町村の一般の公務員がケースワーカーとして配置されている。しかも、異動で短期間で一般の職に戻るため、まったく専門性が確保できていない。日本政府は、ケースワーカーの資格に関する法律の規定を改正するなどして、全国の児童相談所に専門性を有するケースワーカーが配置されるような措置をとるべきである。


3 機関連携の強化

258. 児童虐待のケースに対処するためには、関係機関が連携することが不可欠である。児童虐待に効果的に対応するための関係機関の連携に関しては、日本では東京や大阪等にある民間による自発的なネットワークづくりが先行している。厚生省の施策として、機関連携を強化すべく設けられた児童虐待ケースマネージメントモデル事業は、全国の自治体のうち、8カ所で試験的に開始されたにすぎず、このために割かれた予算は2,500万円に過ぎない。今後は、このような連携強化の事業を広げ、十分な財政的措置をとるとともに、民間のネットワークを育成・発展させるために財政的援助を含めた措置をとるべきである。


4 司法の効果的関与のための法改正の必要

259. 日本では、児童虐待に対する司法的措置がほとんど効果を発揮していない。子どもの人権を守るために、保護者から分離せざるを得ないケースは少なくないはずであるが、政府の統計によると、1991年度で、児童相談所が保護者の意思に反して施設入所措置をとるよう裁判所に請求を行った件数が全国でたった10件、児童相談所長が親権の喪失を裁判所に求めた件数が全国でたった2件しかない。この極端な数字の少なさは、司法介入以前の段階で児童虐待のほとんどすべてのケースが解決されていることを示すのではなく、効果的な司法介入がなされないまま多くのケースが放置されている現実を示している。


260. これは、児童虐待の問題が最近になって意識され始めたにすぎず、司法的関与を促す立場の児童相談所等の職員や、弁護士、家庭裁判所等の司法関係者の認識が十分でない点も理由の一つであるが、以下のとおり、法制度上の問題も大きく関係しており、この点につき改善されるべきである。


261. 児童福祉法や民法では、保護者の意思に反する施設への入所を求めることができるのは児童相談所だけであり(児童福祉法第28条、第32条)、また、親権の喪失を求めることができるのは、親族、児童相談所長、検察官だけである(民法第834条、児童福祉法第33条の7)。


262. ところが、児童相談所が十分な専門性を有していない場合もあり、親の同意のもとでケースワークを行うことに固執し、このような申立に消極的な傾向がある。検察官がこのような申立をした例もほとんどないと思われる。結局、子どもの保護のために、効果的な司法関与を求めるシステムが日本では十分に機能していない。


263. そこで、子ども自身及び家庭裁判所が適当と認めた子どもの代弁者に、司法的関与を求める権利があることを法律上認めるべきである。


264. さらに、日本では親権を全面的に喪失させる制度しかないことも、申立をする側や判断する裁判所の側がこの制度を利用することに対し消極的になっている原因の一つとなっている。親権を一時的に停止したり、部分的に停止したりする制度や、家庭裁判所が虐待する保護者にカウンセリングを受けるよう命令できる制度等、虐待問題に司法機関が柔軟で効果的な関与ができるよう、法制度を整えるべきである。


5 子どもや親へのケアの不十分さ

265. 子どもが保護者のもとで生活することが適当でない場合には、乳児院や養護施設で生活する場合がある。これらの施設は、すでにふれたとおり人的・物的設備が十分ではなく、また虐待を受けた子どもを個別的・専門的にケアするスタッフも配置されていないのがほとんどである。他方で、保護者に対して専門的なカウンセリングを行う機関もない。このような子どもや保護者をケアする施設やスタッフの整備も強く望まれる。


6 関係機関への周知徹底の重要性

266. 児童虐待の問題が、子どもの人権にとって重大な問題であり、児童相談所を中心として各機関が連携をとる必要があるという点についても、十分な認識が浸透しているとは言いがたい。そのため、たとえば学校教師が、小学校に通っている子どもが虐待を受けていることを気づきながら、学校が表沙汰にするのをおそれ、放置している間に子どもが死亡するに至る等のケースが発生している。政府は、児童相談所や保健所、医師、学校、保育所、幼稚園等の関係機関にこのような認識が浸透するよう積極的な措置をとるべきである。


H 日本の子どもの国際養子などによる海外流出(第21条)

提言


 政府は、子どもの国際的な人身売買の実情を調査するとともに、政府がまったく関与していないところでなされている国際養子斡旋に対して、効果的なルールづくりを行うべきである。)


267. 最近、日本の子どもが海外に養子などのかたちで海を渡る数が増えている。アメリカ移民局の調べによると、日本からアメリカに渡った国際養子は、1992年度までの過去10年間に605人に達している。また、アメリカ以外では、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、カナダ、ニュージーランドなど9カ国に、1993年までの10年間に、約50人の日本の子どもが海外に渡ったことが判明している(朝日新聞取材班調査、『海を渡る赤ちゃん』〔朝日新聞社刊〕)。


268. 子どもの権利条約第21条(e)が、国際養子縁組は二国間の「権限のある当局又は機関によって行われることを確保するよう努める」とし、1993年5月の「国際養子縁組に関する子の保護及び協力に関する条約」(いわゆるハーグ条約)でも、国際養子縁組は中央当局(政府)の管理下で行われるべきことが確認された。また、子どもの権利条約第21条(d)は、国際養子縁組が「関係者に不当な金銭上の利得」をもたらさないようにすることを求めている。日本の児童福祉法第34条は「営利目的」をもつ斡旋を禁止しており、国際養子縁組についても適用されることになっているが、現実にはほとんどチェックがなされていない。さらに、日本では1987年10月の「養子縁組の斡旋事業の指導について」という厚生省の都道府県知事宛の通達がある。これによれば、児童斡旋を事業として行うことは社会福祉事業法の第二種社会福祉事業にあたり、知事に対する届出義務があるとされている。しかし、無届けのまま海外斡旋する団体が増えているばかりか、産婦人科医など個人的なルートで斡旋しているケースもあるといわれている。また、斡旋した子どもの数を公表しなかったり、養父母から数百万円のお金をとるところもあるといわれているが、今のところ政府はこれらを把握しておらず、何ら規制をしていないし、ルールづくりもしていない。


269. そのうえ、日本では、子どもが生まれる前に既に縁組の話を斡旋団体がしていたり、生まれても実親が考える余裕もなく、「未婚の母になる」という社会的な圧力を受けて心身とも衰弱している母親から、子どもを切り離して、国際養子縁組の「同意」を取付ける例が多いといわれている。日本でも、ヨーロッパ養子協定のように、実母の同意取付けは出産後少なくとも6週間は禁止するなどして、実母に熟慮の機会を与える必要があるが、今のところ、そのようなルールづくりの動きも見られない。


Ⅵ 基礎的保健及び福祉

A 小児医療について(第24条)

提言


 親の不当な治療拒否に対して、子どもに対する適正な治療が速やかに可能となるように裁判所が選任した子どもの代理人や治療を行おうとする病院が、司法判断を求めることができるようにするなど法制度を改善すべきである。


1 小児医療の実態

(1) 医療費負担

270. 日本では、小児がん等の一定の重篤な病気を除き、国レベルで、親の医療費用負担を軽減する措置がとられていない。そのため医療費の補助に関しては、地方自治体の施策に委ねられている。まったく補助がないところ、2歳まで補助があるところ、6歳まで補助があるところなど、地方自治体によって様々である。


(2) 小児科の減少

271. 日本の医療保険制度では、検査、薬を多用しないと医療機関の経営が成り立ちにくい仕組みになっている。出生数が減少しているということも関係しているであろうが、それだけではなく、他と比較して検査や投薬が少ないため、小児科専門の診療所が減少している。総合病院でも小児科が閉鎖されたり、縮小されたりしている。東京都の調査によれば、1990年から1994年の間に、小児科医が7.0%、小児科を名乗る医療機関は、6.3%減少している。小児科が減少している結果、少ない小児科に患者が集まることになり、ひとりの子どもに対する診療時間が短くならざるをえず、子どもは医師から十分時間をかけて診察を受けることができない。


(3) 療養、看護指導

272. 小児医療では、親や祖父母などの子どもを家庭で看護する者に対する看護指導及び子ども自身に対する療養指導が重要である。しかし、日本の医療保険制度では、このような医師による指導を診療報酬として評価していない。また、小児専門の看護婦制度が確立されておらず、療養、看護指導を行う人材が不足している。このため子ども自身、親、祖父母等子どもを看護する者は、医師等から十分な療養、看護指導を受ける権利を実質的に保障されていない。


273. 医療保険制度上、子どもが入院した際の看護基準が1960年に設置された低水準のままであり、子どもは入院した際、十分な看護が受けられない。そのため、親の付添いが必要となり、中には、本来看護婦が行うべき点滴管理等の看護を親が行わざるを得ないこともある。なお、日本の労働基準法上、親等子どもを看護する者に対する看護休暇の制度がなく、子どもの看護のために、親が仕事を休むことが困難であるという問題もある。


(4) 最近の子どもの病気に対する体制の不十分さ

274. 最近、特に都心の子どもたちは、幼稚園や小学校低学年から学校や塾等で忙しくなる一方で、両親の不和など家庭的に問題のあるケースもあり、子どもたちに心因性の病気、体調の悪さ、自律神経失調症等が多くなっている。しかし、子どもたちのこのような心因性の病気について、相談を受ける子ども専門の施設がほとんどない。


275. 日本の子どもたちによく見られるアトピー性皮膚炎については、都会ほど重症化率が高く、この原因については排ガス等の環境汚染の影響が指摘されているが、十分な取り組みがなされているとはいえない。


(5) 救急医療

276. 子どもに対する救急医療の体制も地方自治体によってまちまちであり、正式の夜間診療所がないところもある。突発的におこる子どもの病気に、十分対応できる医療体制ができていない。


2 親による不当な治療拒否に対する法制度の不備

277. 親が病気の子どもを病院に連れていかない場合や、子どもが手術を要する状態であるにもかかわらず、親が手術を行うことを拒否した場合、現状では、治療を確保するための有効な手段をとることができないことが多い。


278. 病院側は、トラブルの発生や治療費の未払いをおそれて、親の同意なしに子どもを治療することに消極的である。日本の現在の法制度では、これに対処しようと思えば、親の親権全部を停止することを求めて家庭裁判所に申立をするしかない。しかし、このような申立をする権限は病院にはない。児童相談所には申立権が認められているが、そもそも一般の児童虐待のケースにおいても「前例がない」「親と対立的な関係になりたくない」などの理由で、申立を行うことを躊躇し、その実例も少ない。


279. 子ども自身や家庭裁判所が職権で選任する子どもの代理人や病院に対し申立権を与え、親による治療拒否が正当か否かを直ちに司法機関が確認し、不当と判断される場合には直ちに子どもに対する治療が可能となるように法制度を整えるべきである。


280. なお、上記の治療拒否の中には、いわゆるエホバの証人による輸血拒否など親の宗教的信念に基づく場合もあり、このような問題に対しても、司法機関が迅速かつ有効に関与することが求められる。


3 子どもに対するインフォームド・コンセント

281. 日本の医療は、一般に患者に対する医師の力が強く、患者が成人の場合であっても、よほど強い意志を表示しない限り、十分な説明がなされず、実質的な選択権を患者が持っているとは言いにくい状況であるといわれている。ましてや、子どもに対して、治療内容を子どもが分かる言葉で丁寧に説明し、子どもの意見を尊重し治療内容を決断するという手法がとられているとは言いがたい。ほとんどの子どもは何の説明もなく、注射をされたり薬を飲まされたりしている。医療関係者の中には、子どもであるから何もわからないだろうと考え、子どもの面前で不用意に病名等を口にする者もあり、子どもの心理的負担に配慮することなしに病名等が知らされてしまうこともある。


282. なお、子どもが重篤な病気になってしまった場合に、真実の病名を隠すことが子どものためには当然であると考える医師が圧倒的多数である。しかし、おとなの側が真実を隠そうとすると、子どもがその様子を敏感に感じ取り、疑心暗鬼になったりおとなに遠慮したりして、子どもが主体的に治療に参加する契機を奪うことになりかねない。子どもを信頼して真実を共有し、子どもが孤立化することなく医療の主役として医療に参加することができる場合も少なくないはずである。このような観点から、子どもに対する病名、治療の説明についても見直すべき点も多い。


4 健康等の情報提供及び教育へのアクセスと援助

283. 子どもは、健康な身体の成長のために必要な情報の提供及び教育をほとんど受けていない。子どもの段階から、健康に関する教育を受けていれば、将来の成人病を自ら予防することが可能となる。しかし、子どもに対し、煙草・アルコールの害や食品添加物の有害性や健康のため摂取すべき食品など食生活上必要な知識について十分な教育がなされておらず、子ども自身に成人病を予防する知識が与えられていない。


284. さらに、性教育が不十分で、思春期の子どもの妊娠中絶の数も少なくない。シンナー、覚醒剤、麻薬等についての教育も不十分である。


B 障害児の権利(第23条、第2条)

提言


1 学校教育法、児童福祉法等に条約第2条の「障害による差別の禁止」、第23条の「障害児処遇の基本理念・原則」を明記するとともに、障害児や親の権利を規定すべきである。


2 障害をもつ子どもの就学先を決定するにあたり、就学指導検討委員会の就学指導決定に際して、子どもと親の意見表明の機会を保障するとともに、決定に対する異議申立を認めるべきである。


3 統合教育を広げるために、普通学級での障害児の学習課題、学習方法、指導法、援助のあり方について検討し、プール、運動会、遠足などの行事参加を拒否したり親の全面介助を条件として参加を困難にすることがないようにすべきである。


4 障害児が通う学校を子どもの生活する地域に近接させ、障害児が意思に反して親から分離されることがないような障害児学校への就学決定がなされるべきであり、親からの分離がなされるに際しては、権限ある司法機関の審査と親の意見表明が認められるべきである。


5 障害児が通う学校に、教員以外の専門家(理学療法士、言語治療士、医師、看護婦など)を配置し、多様な障害児のニーズに対応できるよう条件整備を行うべきである。


6 障害児に後期中等教育を保障するため、受験方法の改善や養護学校高等部の拡充などの方策を進めるべきである。


7 障害児の労働の場を確保するとともに、民間企業や国、自治体が法定雇用率を遵守するよう指導すべきである。


8 施設、学校、家庭などでの障害児に対する体罰・虐待・暴力の絶対的禁止を確保するとともに、障害児の意思に反した強制的自立訓練を禁止すべきである。


1 はじめに

285. [政府報告書166]は、最初に、1993年12月に成立した障害者基本法の「個人の尊厳」「自立」「社会参加」等の基本理念を紹介しているが、同法は旧法の「心身障害者対策基本法」より一歩進んだとはいえ、国の施策について、いつまでに具体的にどのような整備をすべきか規定しておらず、アメリカの「障害を持つアメリカ人法」(1990年ADA法)などと異なり、障害者差別撤廃を実効化する規定、権利規定、政治行政参加を保障する規定が不十分である。


286. 後でも述べるが、施策の不十分さと、「愛護」「保護」の名目で様々な人権侵害が行われている実態の改善が重要であるにもかかわらず、政府報告書は、それらの実態にはまったく触れておらず、本条約が障害児も健常児と同様に権利行使の主体として尊重していることを理解していない。条約第2条は、国際条約上はじめて障害を理由とする差別の禁止を明示的に規定し、同第23条1項は障害児の権利の視点から「尊厳の確保」「自立の促進」「社会への積極的参加」の下での「十分且つ相応な生活を享受」する権利の保障を規定し、同条2、3項は特別なケアを権利として承認し、これらを実現するための援助原則を規定し、援助の方法・目的として「社会への統合」と「個人の発達」を掲げている。ところが、政府報告書はこれらのことにまったく触れていない。それだけでなく、[政府報告書167~180]では、国内法に基づき福祉・保健・医療・教育・雇用の広範な分野にわたり各種施策を行っていると抽象的に説明するにとどまっていて、各種施策の遅れている実態にはまったく触れていない。また、政府報告書は、障害者一般の施策を説明するだけで、障害児の具体的施策についての説明は不十分である。


2 条約第2条が禁止する差別の現状

287. 政府報告書は、条約が、初めて第2条の中で差別禁止事由に「障害」を規定したにもかかわらず、それに伴う法改正や新たな施策の実施は必要としないとの立場に立っている。[政府報告書49]は、国によるあらゆる形態の差別が禁じられているとして、障害者基本法第3条や、教育基本法第3条等の国内法を掲げているが、これらの国内法には障害による差別禁止は明記されていないだけではなく、以下のような様々な障害による差別が存する。


288. 裁判例として、1992年に兵庫県の尼崎市立高校が筋ジストロフィーの障害をもつ受験生を障害を理由に不合格とした事件(翌年、神戸地裁は、障害による不合格処分が違法であるとして救済した)、1991年に北海道留萌市立中学校が肢体不自由等の障害を持つ中学1年生に対し、普通学級への入級を拒否して特殊学級に措置した事件(1993年、旭川地裁はその措置を是認して、救済しなかった)、神奈川県立養護学校高等部において自閉症児がプールでの水泳指導中に死亡した事故について、一審の横浜地裁は逸失利益を年間7万円という共同作業所収入を基準としてきわめて低い認定をして、判決によって障害児を著しく差別した結果となった事件(1994年の二審の東京高裁は、逸失利益額を年間約105万円の最低賃金を基準にして引き上げた)があげられる。


289. 日本弁護士連合会は、1991年に埼玉県立高校定時制の入学選抜において、県教育委員会の選抜の定めに、障害があることを理由にして不利益扱いしてはならないとの規定があったにもかかわらず、出身養護学校の提出した報告書に、精神薄弱の障害者手帳を所持しているとの虚偽記載や偏見や誤った先入観を与えるような表現があったために、不合格となった事件について、1997年1月に障害を理由とした不合格処分は許されないとの県立高校長あての勧告を出した。


290. また教育現場においては、重度障害児に対して安易な就学猶予免除が行われている(1994年は免除者379人、猶予者1,077人で、1993年の341人、95人よりも増えている)。普通学校を希望しても養護学校等に就学を強制されたり、普通学級を希望しても特殊学級への入級を強制されたりする例が後を絶たない。普通学校の普通学級へ希望どおり入ることができても、プール、運動会や遠足などの参加を拒否されたり、親の付添い、全面介助を条件とされたりなどの差別を受けている。1995年3月の高校進学率は約97%になっているにもかかわらず、中学校の特殊学級卒業者の高校進学率は70.7%、養護学校等中等部卒業者の高校進学率は82.7%に過ぎない。小中学校で普通学級に通っていた障害児は、高校進学を希望しても、高校は特殊学級を設けておらず、定員割れの場合でも主に学力を基準にして選抜されるため、不合格にされる等の差別を受けて、高校進学の道が閉ざされている。


291. 現行の高校・大学の入学試験は主に学力を基準にして選抜されており、時間延長や問題文を音読する人や回答を代筆する人を認めるなどの受験環境への配慮が最低限必要であるが、そのような例は多くなく、実質的に差別されている。


292. 就業については、日本の障害者雇用促進法は障害者の雇用率を定めているが(民間企業1.6%、国・地方自治体2.0%など)、民間企業においては十分に達成されていないため、障害児が中学・高校を卒業してもなかなか就職できない現状がある。就職できたとしても、自分の希望した職種につけない例が多い。障害児には、法律上最低賃金制度が保障されていない。


293. 障害者が社会生活を営むには、建物の構造上や通学・通勤等の交通手段上において困難が数多く存在する。障害児・者の親による子殺しや無理心中、親や施設・学校の職員の虐待、知的障害者への性的虐待等の人権侵害事例に対する差別的対応が多く見られる。


294. このように、日本においては、障害児に対する差別があらゆる分野で起きている。


3 統合教育

295. 条約第23条は、障害児援助の方法・目的として、「社会への統合」と「個人の発達」を掲げている。この社会的統合は、障害者処遇の原則であるノーマライゼーションの思想を具体化する一つの方法であり、障害者と健常者をあらゆる機会に統合し、相互に共同、協力していく可能性を追求するインテグレーション(統合的処遇)の原則は、教育分野においては統合教育を求めている。


296. 1993年12月20日の国連第48回総会において採択された「障害者の機会均等化に関する基準規則」は、初等教育に限らず中等・高等教育を含めて「統合された環境(in integrated settings)」での教育の機会均等を原則としている。しかも、単なる教育の場の統合、すなわち「投げ捨て放置の統合」(dumping) ではなく、適切なカリキュラムの準備、質の高い教材、継続的な教員研修、補助教員の提供など「適切な支援サービス」を前提とした統合教育を明示している。


297. 政府は分離教育を原則としており、統合教育を肯定的に認めようとしていないが、日本においても、小・中・高を含めて、上記に述べた統合教育の実現が図られるべきである。


298. 教育委員会が学校教育法施行令第22条の3の障害の程度の表に該当すると判断すると、子ども・親が普通学校への就学を希望しても、養護学校等が就学すべき学校として指定され、その結果、障害による差別がなされたと受け止められている例が多い。また障害児が普通学校に措置されても、学校長は、障害児が普通学級に入ると、効率的な教育ができない、条件整備に予算がかかるとの理由で、特殊学級を強制する例が多く、統合教育に消極的である。しかも、障害児が普通学級に入っても放置されている例が多いため、学力の点で問題を抱えたり、いじめにあったりしている。現にプール、運動会、遠足などの行事の参加を拒否されたり、親の付添い、全面介助を条件とされたりなど不利益を強いられている。障害の実情に応じた教育サービス(たとえば介助、教員の加配、全盲の子どもに対する点字教科書など)を要求しても、経済的な理由などで拒否されたり、前記教育サービスを十分に行っていない例が多い。校長や教師から、邪魔な子がいる、他の子どもの勉強を妨げるとして、特殊学級や養護学校等への転級・転校を勧められる例もある。


299. 障害児の就学先を決定するにあたり、教育委員会の就学指導検討委員会などの就学指導を「合意と納得」のもとに行うため、教育措置の対象となる児童・生徒をよく知っている保護者に必要に応じて意見表明をする機会を保障し、就学措置決定に対する異議申立手続が明確に定められるべきであるし、就学時健康診断や就学判定の結果についての関係記録を閲覧できるように制度を整備すべきである。


300. 学校保健法第4条、第5条に基づく就学時検診が、障害児の養護学校等や特殊学級への振り分けに利用されている面がある。検診を義務として受けさせようとしたり、検診を拒否した場合、普通学級への入学を拒否される例もある。


301. 障害児が普通学級で学習するにあたってその障害児の学習課題、学習方法、指導法、援助のあり方について、具体的な検討が行われておらず、少なくとも補助教員の配置など種々のケアの充実が求められている。ところが現状では、文部省は普通学級で学ぶ障害児の統計すらまったくとっていないなど、普通学級の子どもたちは放置状態に置かれている。


4 特殊教育

(1) 障害児学級

302. 特殊学級の対象者は法令・運営上、「軽度」障害児とされているが、その現場は、学習における達成水準、生活経験、行動スタイルで大きな差異をもつ様々な障害児を同一学級で教育指導しなければならない困難に直面している。特殊学級の編成を柔軟にしたり、「重度重複」特殊学級を開設したり、特殊学級を複数担任制にしたり、教員以外の専門家(理学療法士、看護婦など)の配置などの教育条件整備が求められている。


303. 特殊学級の担任が数年で一変したり、特殊学級の教師として専門性を磨いてきた教師を、本人の希望をまったく無視して通常学級へ強制配転したりするケースが数多く存在し、障害児教育の専門性を著しく軽視した人事異動が行われている。


304. 条約第3条3項の趣旨からも資格のある教師の配置を優先させ、機械的な人事異動、本人の希望を無視した交流人事はさせず、現職教員の研修においては、教育行政、大学及び特殊学級で協力して一貫した養成と研修のシステムをつくることが必要である。


(2) 養護学校等(特殊教育諸学校)

305. 近年、養護学校等で教育指導を受ける児童・生徒の障害の程度が重度化、多様化してきているので、個別的なケアが享受できるよう理学療法士、言語治療士、医師、看護婦などの専門職配置の条件整備を求められている。


306. 養護学校等は、その対象児が絶対的に少数であることから、学区が通常の小中学校に比して広範囲にならざるを得なくなり、居住地域よりかなり遠方に通わされる生徒・児童が多く存在し、通学バスでの遠距離登下校や親と離れた寄宿舎生活をすることとなり、本人や家族の身体的・精神的疲労が大きく、家族の経済的負担も大きくなっている。養護学校等を子どもの生活する地域に近接させて設置する施策が求められている。


307. 寄宿舎生活をすることになった場合、結果的に子どもが親の意志に反して親から分離されることがある。条約第9条1、2項から、子どもが養護学校等への就学を指定され、親の意思に反して親から分離される場合に関しては、権限ある司法当局の審査が求められ、かつ、親はその手続に参加して自己の意見を述べる機会を与えられなければならない。


(3) 後期中等教育

308. 障害児が高等学校に進学しようと思うと、一般生徒と同じ選抜制をクリアしたうえで普通学級に在籍することとなるので、多くの例、特に知的障害児の場合、健常児の高校進学率が約97%となっている現在でも、ほとんど高校に入学できていない。入学できた場合でも、多くは単位未取得により原級留置となっている。


309. 養護学校等の高等部は、中学校の特殊学級や普通学級に在籍している障害児を含めての受け皿となっているが、養護学校等高等部においては、その設置数と定員が決定的に不足しているので、不合格者も多く存在している。


310. 障害児やその親などから強く求められている高校進学希望者全入の要求は、条約第23条と第28条1項(b)の趣旨に照らすと、たんに「障害児にも後期中等教育の保障を」というものではなく、より積極的に、創造的に、障害児だからこそ義務教育の9年間に続く教育年限の延長が必要であり、後期中等教育期間の3年間を希望する全ての障害児に保障(準義務化)することが求められている。


311. 障害によるハンディを有するがゆえに、長くていねいに教育を受ける権利を保障するべきである。


(4) 就学奨励・援助

312. 「盲学校、聾学校及び養護学校への就学奨励に関する法律」は、国と自治体が、教科書代、学校給食費、通学・帰省の交通費(付添人も含む)、寄宿舎経費、修学旅行費、学用品購入費について援助するとしているが、必ずしも十分ではない。のみならず、これらの教育援助は盲学校、聾学校及び養護学校に在籍する障害児に限られており、普通学級、特殊学級に在籍する障害児は、その対象外とされている。


(5) 通級制度

313. 1993年に、普通学級に在籍する障害児が他の特殊学級において特別な指導を受けることを認める、通級制度が設けられた。障害児の在籍する学校に特殊学級が併置されていない場合には、特殊学級が設置されている学校への遠距離通学が余儀なくされており、問題である。


(6) 訪問教育

314. 障害児のいる家庭や病院等に教師が訪問して教育指導する訪問教育制度は、義務教育段階までしか国の予算が付いておらず、義務教育終了後は各県独自の判断で実施されているため地域格差があり、訪問教育対象児の多くは高等学校段階の教育を受ける権利が保障されていない。


315. その訪問教育の内容も「週2日各2時間ずつ」にすぎず、義務教育9年間の標準時間数の7分の1弱しかなく、教育を受ける権利が侵害されている。


(7) 就学前児童

316. 「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」の設置基準を満たしていない心身障害児通園施設は、20人の児童に対し職員は3人というのが補助金支給の基準となっている。保育・療育施設に関しては、配置すべき職員の種類などの最低基準はあっても、職員の定数については法令上の規定がないなど、公的性格をもつ機関としては条約第3、4条及び第23条からみても重大な欠陥がある。保育、リハビリを受ける施設も不足し、地域格差も存している。保育者も加配(特別に配置すること)されていないところも多い。障害乳幼児に対しては、通常以上に早期からの無償の教育・保健・社会福祉サービスが実現されるべきである。


(8) 病弱児

317. 病弱児の教育については、学齢児にあっては、その多くが長期欠席状態のままおかれ、実質的に教育の機会を奪われているのが現実である。一定の規模以上の小児科病棟には院内学級が設置されなければならない。


318. 障害を理由とした就学猶予・免除者の中では、病弱児が過半数に達する。また、病弱児のうちの要医療行為児については訪問教育の対象児になるケースが多い。就学猶予・免除者を含めて、訪問教育対象児の生命と健康維持のための総合的なサービスの整備が焦眉の課題である。


(9) 福祉

319. 障害者福祉の基本的視点として、「社会変革」が必要であるとの視点が徐々に出てきているが、依然、個人レベルの変革=「障害の克服」が強調されている。日本の社会福祉が分離主義に立つため、施設やサービスが分離し、障害児施設に入所・通所する子どもたちは、仲間や地域から切り離されている。また、保母配置等の条件整備が不十分なため、保育時間が短縮され、行事に参加できない。


320. 保育やリハビリテーションに関する施設・サービス内容に地域差があり、放課後、休日、長期休暇中の保育制度がなく、学齢障害児は結果として家に閉じこもることを余儀なくされている。


321. 障害児施設入所者は規則により生活が拘束され、また、職員不足を理由に非人間的な取扱いがなされている。たとえば、施設長の親権行使に対し、子どもの意見表明権が保障されていない。また、施設の中で、集会を持つ自由やプライバシーや行動の自由が保障されていない。施設によっては身体的、精神的な暴力による強制的な自立訓練が行われているところもみられる。


(10) 職業


322. 1993年12月に、心身障害者対策基本法を改正して成立した障害者基本法は、第14条第1項で「国及び地方公共団体は、障害者がその能力に応じて適当な職業に従事することができるようにするため、その障害の種別、程度等に配慮した職業指導、職業訓練及び職業紹介の実施その他必要な施策を講じなければならない」としている。現段階では、職業指導、職業訓練を受けることのできる障害者の数は、施設数、定員が限られていることから、相対的にきわめて少数にとどまっている。特に小規模作業所でようやく受け入れられるような重度・重複障害者の多くは、そのような指導、訓練とは無縁な状態におかれている。


323. 法定雇用率は依然として低く(日本―民間1.6%と国・自治体2%、イギリス3%、ドイツ6%、フランス10%)、賃金も低い(1日2,000円、月3万数千円)。民間企業は違約金を払って意図的に障害者を雇用せず、法定雇用率は大企業ほど守っていない。国、自治体さえ法定雇用率を守っていない(非現業2%、現業1.9%)。


 政府は、まず障害児・者の労働の場を確保するとともに、民間企業や国、自治体が法定雇用率を守るように指導しなければならない。


5 体罰、いじめ、虐待

324. 条約第23条1項では「人間の尊厳」と「自立の促進」を謳っているが、日本では、今なお、障害児の自立の権利からの視点ではなく、自立を社会的に適用させるものと捉え、施設・学校・家庭などで障害児の自己決定権を侵害し、強制的な自立訓練、体罰的対応、ひどくなると虐待・暴力ケースも数多く存在する(条約第19条は虐待を禁止している)。また、学校・施設などで社会的問題となっている「いじめ」([Ⅶ-C いじめ]参照)の被害者として、数多くの障害児が犠牲になっている。


6 一般的な権利

325. 条約は子どものあらゆる諸権利を総合的に保障しているが、当然のことながら、障害をもつ子どもも全てにわたって保障されている。障害をもっているがゆえに健常児以上に手厚い配慮が求められている。権利行使の主体として、教育・医療・福祉などへの権利を保障し、国はそれらの権利が行使できるように条件整備を十分に果たさなければならない。政府報告書は、この点についても何ら触れていない。


C 社会保障及び児童の養護のための役務の提供 (第26条、第18条3項)

提言


1 乳幼児検診及び乳幼児医療費の無料化・補助制度を、一部の自治体にとどめず、すべての都道府県において実施すべきである。


2 現在は結核だけに限定されている長期療養者に対する学習援助制度を、病気の区別なく実施すべきである。


3 児童手当の支給額の増額、支給対象の拡大等、児童手当の拡充をはかるべきである。


4 児童扶養手当に関し、次のような改正を行うべきである。


(1) 認知された婚外子に対する児童扶養手当の打ち切りの規定を改め、認知後も支給されるように法改正すべきである。


(2) 父母が離婚した子どもについて、父親の年収が一定額を超えるときは児童扶養手当を支給しないとの定めを廃止すべきである。


(3) 現行法では除かれている父子家庭の子どもも当然、児童扶養手当の対象に含めるべきである。


(4) 児童扶養手当の支給要件が発生したときから5年以内に請求しなければ原則として支給されないとの規定は、合理的根拠がないので廃止すべきである。


5 保育所に関し、次のような改善、改正を行うべきである。


(1)保育所の入所対象となる子どもを父母のいずれもが労働する場合に限定することなく、たとえば専業主婦が育児ノイローゼにより子どもの保育ができない場合などにも利用できるように柔軟な運用をすべきである。


(2) 保育所数不足のため、入所を申し込んでも入所できない子ども(待機児童)が多数存在する現状を改善するため、保育所数を増加すべきである。


(3) 地方自治体による0歳からの保育である乳児保育や、時間延長型保育サービス事業の実施率を高め、行政の監督が十分に及ばない、いわゆる「ベビーホテル」等が多く利用される状況を改善すべきである。


(4) 乳児保育や延長保育事業に対する国の補助率を、現行の50%から従前の80%に戻し、さらに補助内容の人員の配置基準を実情にあったものとすることが必要である。


(5) 保護者が負担すべき保育料としては、給食材料費、保育材料費の範囲にとどめるべきである。


6 学校の放課後や夏休みなどの長期休暇期間中、子どもをあずかる施設としての学童保育所は、地域により大きな格差が存在しているうえ、子どもを取り巻く環境がますます悪化していることに鑑み、小学校入学後も引き続き公的な保育制度の充実図られるべきである。


1 はじめに

326. 児童の養育に関する国の援助に関し、政府報告書は、児童福祉法、社会福祉事業法、児童手当法、児童扶養手当法、特別児童扶養手当等の支給に関する法律、母子保健法、地域保健法、医療法、学校教育法による福祉、医療・保健、教育の分野における援助の提供についてあげている。


2 医療保障

(1) 公的医療保険制度

327. 医療保障の面では、児童を含む全ての者が公的医療保険制度に加入することになっているが、一部の自治体では、住民の要望に基づいて乳幼児検診及び乳幼児医療費の無料化・補助が実施されており、この制度をすべての都道府県において実施することが必要である。


(2) 療育に併せて学習の援助の制度

328. 現在は結核のみであるが、長期療養者は結核だけでなく、現在は結核よりも他の病気での長期療養者が増加していることに鑑みると、病気を区別せずに長期療養者一般に対する制度保障がつくられるべきである。


3 所得保障

(1) 児童手当

329. 支給額が、月額第1子、第2子、各5,000円、第3子、10,000円ではあまりにも額が少なすぎるので、大幅な額の引き上げが必要である。しかも、対象年齢が3歳未満であり、著しく低い。所得制限も厳しすぎるという問題点がある。


(2) 児童扶養手当

330. 現行制度では、婚外子に対しては、養育費の送金の有無に関わらず児童扶養手当が支給されている。しかし、その婚外子が認知された場合には、それが打ち切られ、その後1年間養育費が送られていない状態が続いた場合にだけ、手当の支給が復活する制度となっている。


331. しかしながら、これは、離別家庭の子どもに対しては、養育費の送金の有無に関係なくこの手当が支給されているのと比較した場合に、きわめて不当である。したがって、認知された婚外子に対する手当の打ち切りの規定(施行令第1条の2、3号カッコ書き)を改め、認知後も支給されるように法を改正すべきである。


332. また、父母が離婚した子どもについては、父の年収が一定額を超えるときは手当を支給しないものと定められている。しかし、現在は、その金額の定めがなく、父の年収による支給制限は実施されていない。そして、政府がいったんその金額を定めたときは、父の年収による手当の支給制限が行われる。しかし、年収の高い父親が必ずしも養育費を支払うとは限らず、また、養育費の支払いを確保する制度もほとんど未整備である。


333. したがって、このような所得による制限の定めは、廃止すべきである。


334. さらに、父子家庭が対象から除かれているが、子どもの成長発達権保障のための手当と見る視点に立つならば、父子家庭の子どもも当然対象に含めるべきである。


335. この手当については、養育者について所得制限の規定がある。しかし、日本においては男性の労働者に比べて女性の労働者の賃金が約50%に過ぎない。現在、離婚母子世帯の約80%が支給要件に該当しているとはいっても、決して十分な生活が保障されているとは言えない。ただ、この問題を根本的に解決するためには、日本における女性の労働問題を解決する必要があるが、現在のところこの制度の存在が離婚後の母子家庭の経済的な確立に重要な役割を担っていることに鑑み、支給額の改善、所得制限の緩和、基準となる所得の認定制度の改善などを図るべきである。


336. さらに、この手当の支給要件が発生したときから5年以内に請求しなければ、原則として支給されないこととなっている。そもそも、このような支給制度が存在することを知らない者もあり、この規定は合理的根拠がないので廃止すべきである。


4 児童養育のための役務の提供

(1) 保育所

337. [政府報告書200]では、「保護者たる父母のいずれもが昼間労働することを常態とするなど、当該児童を保育することができないと認められる場合であって、かつ同居の親族その他のものが当該児童を保育することができないと認められる場合には市町村が当該児童を保育所に入所させて保育する措置をとることが義務づけられている」との記載がある。


338. しかし、第1に保育所の入所対象となる子どもについては、専業主婦が育児ノイローゼにより子どもの保育ができない場合などにも利用できるよう柔軟な運用をすべきである。


339. 第2に、児童福祉法の第24条では、「付近に保育所がない場合等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護を加えなければならない」として、市町村の保育所入所措置義務は緩和されている。そのこともあって、現実に、日本では保育所の数が不足している。入所を申し込んではいるが入所できない児童(待機児童)が多数存在し、1995年10月1日現在で、43,645人にも及んでいる。特に乳児保育である0歳児は11,597人、1、2歳児も20,251人と多数に及んでいる。


340. また保育所では、働く父母のニーズに応えられるように、0歳からの保育である乳児保育や、労働時間と保育園の開園時間とのギャップを埋めるための、時間延長型保育サービス事業が実施されている。ただ、実際の実施状況は、市町村自体が経営している公立保育所での実施率が、乳児保育で19.2%、延長保育で2.8%ときわめて低率となっている。そのため、行政の監督が十分に及ばない、いわゆる「ベビーホテル」等が多く利用される状況となっており、子どもの成長発達が十分に援助されているとはいえない。


341. これらの乳児や低年齢児の保育が、需要に応えられておらず、また延長保育事業が十分実施されていない原因としては、国の補助負担率が50%と低くなっており、さらにその補助の内容も、実際に実施するために必要な人員配置よりも低水準にあるため、実施しようとする自治体が過大な財政上の負担を負うことにある。そのためには国の補助率を、50%に切り下げられる以前の80%にもどし、さらに補助内容の人員の配置基準を実情にあったものとすることが必要である。


342. また保育料は、保護者の年収を基準として徴収されている。そして、その保育料負担の世帯収入に占める割合は、平均的な推計年収以上の階層では、世帯収入の8~10%にのぼり、その負担感がきわめて大きいことが問題である。


 保護者が負担すべき保育料としては、給食材料費、保育材料費の範囲にとどめるべきである。


343. 政府は、1997年6月3日、児童福祉法を改正したが、その結果、少なくとも保育に欠ける子どもへの公的保育の保障は後退し、条約第18条2、3項に反する事態をもたらすこととなった。


344. 第1に、保育をしなければならない事由について、改正前は「保育に欠けるところがあると認める」すべての場合とされていたのを、改正によりその要件を満たした上で、さらに「保護者から申し込みがあったとき」に限定したので、公的責任は後退することになった。


345. 第2に、保育料の徴収は、改正前は「負担能力に応じて」とされていたのを、改正により「家計に与える影響を考慮して」とはするものの、「児童の年齢等に応じて定める額」に改めたので、現在でも過大な負担が問題になっている運用への歯止めが失われた。費用負担の面から、保育の利用を制約するおそれがある。


(2) 学童保育

346. [政府報告書209]では、放課後児童対策事業として簡単に触れられているのみである。日本では、30年ほど前から、主に小学校3年生までを対象に、学校の放課後や、夏休みなどの長期休暇期間中、子どもをあずかる施設として学童保育所が設けられてきた。


347. 児童福祉法の改正により、学童保育所にも法的な位置づけが与えられたが、地域により大きな格差が存在している。日本における子どもをとりまく環境はますます悪化している中で、女性差別撤廃条約第11条2項(c)の趣旨からしても、小学校入学後も引き続き公的な保育制度の充実が図られるべきである。


Ⅶ 教育、余暇、文化活動(第28条、第29条、第31条)

A 日本における教育の現状と教育制度

提言


1 教育の場を学校に限定せず、ホーム・ベイスト・エデュケーションなどのオルターナティブな教育形態を認めるべきである。


2 ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択した子どもに対して、義務教育が終了したものとして、これらの子どもが高等学校において教育を受ける権利を享受することができるようにすべきである。


3 後期中等教育の場である高等学校への進学率が97%に達している現実に鑑み、無償化を検討すべきである。


4 義務教育の学校において、補助教材費、通学費を含む教育費について親の負担を軽減する施策を講じるべきである。


1 はじめに

348. 日本において教育は、子どもが学校に通うことによって行われており、高い就学率と校舎等の外的条件の整備は形式的には達成されている。しかし、その中で生きている子どもたちは、精神的にも肉体的にも疲れているといわれている。


349. 日本では、高度経済成長の下で教育機会の拡大が進み、多くの大学卒業生が輩出されるのに伴い、卒業した学校の序列を表わす「学校歴」が職業や社会的評価の獲得に影響を与えることから、大学の序列化と有名大学への合格者数を基準とする高校や中学校のランクづけが進んでいる。このように、有名大学卒業生が有名企業や官公庁に就職できるという現実があるため、長い間子どもたちは深刻な受験競争の中に置かれてきた。近時、この受験競争は、中学校受験や小学校受験という形で低年齢化している。このため、多くの小学生が学校からの帰宅後、夜遅くまで塾に通い、遊ぶ時間や睡眠時間まで削られている。このような中で、子どもたちはストレスを抱えており、これも後述のいじめを生み出す要因と考えられている。このような状態は、子どもの権利条約第29条1項(a)が定めるような教育の実施を困難にしており、また、第31条の子どもの休息及び余暇に対する権利、文化的芸術的活動及びレクリエーションに対する権利を侵害している。


350. 政府報告書は[215]以下において、日本における教育の現状を記述しているが、そこでは学校において行われている公教育のみが取り上げられている。日本では、教育制度が作られた1872(明治5)年の学制以来、教育の場を学校に一元化し、学校による教育の独占化が進められてきたが、こうした体制は、現在の憲法のもとにおいても維持されたばかりか、いっそう強固になった。子どもたちは、学校において教育を受けることを強制され、学校以外の教育の場が否定されているうえ、学校における教育は、私立学校も含めて全て文部省が公示した「学習指導要領」と検定済みの教科書に沿って行うこととされて、国家による教育内容への介入が行われ、教育の自由に一定の制約が課されている。その結果、日本では現在もなお、ホーム・ベイスト・エデュケーションなどのオルターナティブな教育形態は認められておらず、他方、学校教育は肥大化して、学校において以下に項を分かって記述するような子どもの人権に対するさまざまな侵害を生むに至っている。


2 日本におけるホーム・ベイスト・エデュケーション制度の未確立

(1) 政府報告書の「家庭教育」といわゆるホーム・ベイスト・エデュケーションの違い

351. 日本においては、子どもが学校や後述[Ⅶ-D-1(2)]の学校外の施設のどこにも通わず、家庭において教育を受けることを選択した場合、これをいわゆるホーム・ベイスト・エデュケーションとして認めるには至っていない。


352. なお、[政府報告書115~121]は、親または法定保護者が子どもに対して行う子育てないししつけ一般を「家庭教育」と呼び、英語版ではHome Educationの訳語を当てているが、いわゆるホーム・ベイスト・エデュケーション(ホーム・エデュケーション)とは別物であり、注意深く読まれなければならない。


353. ホーム・ベイスト・エデュケーションは、イギリス、アメリカ、カナダ、フランス、オランダ、スペイン、ベルギーなど世界の各地でも広く認められており、子どもの権利条約第29条2項もこれを踏まえたものである。ところが、条約の批准後も、日本においては、子どもが学校に通わず、家庭で教育を受けるいわゆるホーム・ベイスト・エデュケーションに対する否定的な姿勢は変わっていない。これは、教育行政当局が子どもたちに学校で教育を受けることを強制し、親が家庭で行う教育を含め、およそ学校以外の場で教育を受けることを認めないとの立場に固執しているためである。


354. しかし、日本国憲法は子どもに教育を受ける権利を保障しているが、就学義務は課しておらず、親に普通教育を受けさせる義務を負わせているが、この普通教育の場を学校に限っていない。親は普通教育義務の履行を子どもを就学させることによってだけでなく、家庭やその他の場において教育することによっても果たすことができるとされている。親は教育の自由を広く有しており、その行使が子どもの最善の利益に適うものである限り、教育の場や教育の方法などについても選択することができるのである。したがって、学校教育と並んで親が家庭において教育することを選択することも、子どもとその親の権利として認めるべきである。


(2) 日本におけるホーム・ベイスト・エデュケーションの実態と進学の機会の保障

355. 日本でも近年、学校教育の弊害をきっかけに、子どもたちのうちの相当数が登校をせず、家庭にとどまっており、その数も年々増えている。そのなかで、ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択する子どもも増えてきている。しかし、これらの子どもたちとその親は、ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択した場合にも就学すべき学校の指定がなされ、学校に通っていないというだけの理由で出席の督促を受けたり、家庭での教育の成果や成長を一切評価されず、子どもとその親を圧迫し、苦しめている。


356. また、ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択した子どもに対して、義務教育が終了したとの認定が与えられないことがある。日本では、「義務教育」終了がない以上、後期中等教育へのアクセス権が認められない。しかも、日本では高等学校卒業以上の学歴がないと、就職先はきわめて限定される。しかし、ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択した子どもも、家庭において普通教育義務を履行したことにより、義務教育が終了したものとして、これらの子どもが高等学校において教育を受ける権利を享受することができるようにすべきである。さらに、高等学校への進学にあたり、義務教育の終了を絶対的な条件とする現行の学校教育体制全体を見直すことも必要である。


357. 仮に現行の学校教育法制を前提としても、小・中学校の義務教育では、学校長は「平素の成績」を評価して進級や卒業の認定をすることができるとされており、出席日数やテストの成績は要件とはされていない。したがって、ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択した子どもについて、学校長は、子どもの最善の利益の観点から、出席日数にこだわらずに進級や卒業の認定をして、これらの子どもが高等学校において教育を受ける権利を享受することができるように、その裁量権を行使すべきである。


3 教育の無償

358. 条約第28条1項(a)では、初等教育の無償、同(b)では、中等教育について、無償教育の導入及び必要な場合には財政的援助の提供など必要な措置をとることを規定している。


359. 政府の解釈では、「初等教育」は小学校、盲・聾・養護学校の小学部における教育をいい、「無償」とは授業料の不徴収の意味とする。また、「中等教育」については、条約は例示として無償教育の導入を規定しているに過ぎず、無償教育の導入自体を義務としていないとする。そして、中学校は義務・無償となっており、高等学校においては、必要な場合は財政的援助(育英奨学金、就学奨励、私立学校経常費助成、公立学校授業料減免等)があるから、条約との関係で矛盾は指摘されていない。高等学校は日本では義務教育ではなく、進学する場合は公立私立を問わず授業料が必要である。[政府報告書281]も認めるように、高等学校の進学率は1995年現在で、約97%に達しており、ほとんど義務教育化していると言ってもよく、無償化については検討が開始されるべきである。


360. 現実の学校生活においては、小中学校は授業料は不徴収であるものの、給食費、教材費等の名目で、親は毎月相当額の出費を余儀なくされている。次項で具体的に記載するが、日本においては、「無償」であるはずの公立小中学校においても、親の負担する教育費は莫大で、家計を圧迫している。とくに、本来公費でまかなわれるべきものも親の負担となっている。


361. たとえば、確かに教科書は、義務教育である小学校・中学校では無償で配布されているが、授業を受けるには、最低限、鉛筆、ノートなどが必要である。しかし、日本においては、こうした必要不可欠の基本的学用品まで、児童及び生徒が購入することとなっている。音楽教育における楽器、美術教育における画材、体育教育における学校指定の体操服、学校指定の上履き、義務教育であるはずの中学校のほとんどで指定する制服(数万円はする)は、すべて児童生徒の家庭で用意すべきものとされる。仮に制服や指定の上履等を購入せずに自前のものを着用すれば、「校則違反」となり、懲戒の対象となることもある。


362. さらに、日本では、教科書のみで授業を行う学校はほとんどなく、児童生徒は、問題集、参考書など、いろいろな補助教材の購入を求められている。これら補助教材を用いて授業が進められ、それを前提に成績評価がなされる以上、児童生徒にそれらを購入しないという選択はあり得ない。


363. 小学校等各学校では、補助教材で「有効適切なもの」を「使用することができる」(学校教育法第21条、第40条、第51条、第76条)と規定されているが、現実には例外なく各学校で使用されている。


364. 東京都教育庁教育情報課行財政調査係による、東京都下の父母らに対するアンケート結果によれば、父母が負担する公立学校の教育費は、以下のようになっている(1996年度)。


ア 教育費(学校教育費、補助学習費、けいこごと学習費)の年額


   高等学校 457,375円


   中学校  532,390円


   小学校  343,212円


イ 年間学校教育費(高等学校の授業料、諸会費、小中学校の給食費、教材費、通学費、通学用品費、学用品費)


   高等学校 276,389円


   中学校  146,785円


   小学校   92,759円


ウ 学校納付額(高等学校の授業料、諸会費、小中学校の給食費、教材費、積立金)


   高等学校 160,736円


   中学校   80,959円


   小学校   58,301円


365. それでは、上記の結果について、父母はどのように受け止めているかである。


366. 高等学校では、「ア 大変負担に感じている」が11.5%、「イ 多少負担に感じている」が33.1%である。中学校ではア29.2%、イ38.6%となり、小学校ではア12.3%、イ41.8%である。


367. そして、負担感の大きい項目は、学校種類別では、高校では「入学金等臨時支出」37.4%、「学校納付額」59.7%、となっている。中学校では、「塾、家庭教師、通信教育費」が64.6%で1位であるが、次が「学校納付額」の30.8%である。小学校では、1位が「けいこごと」の58.2%であるが、学校納付額に負担感が多いと感じている父母は13.9%もいる。


B 体罰

提言


1 子どもたちや保護者が体罰被害を申告し、救済を求めることができるような公的な制度を創設すべきである。


2 国民と教師の間に存する体罰容認の意識をなくすために、政府は、啓蒙・指導の具体的方策をとるべきである。


3 自己の体罰に関する情報について、開示を求め、訂正を要求する権利を保障すべきである。


4 体罰を行った教師に対して、相応に厳格な懲戒処分、刑事処分を行い、民事賠償責任を負わせるべき具体的方策を策定すべきである。


1 日本の学校における体罰の実態

(1) はじめに

368. 体罰とは、本来、子どもの側に学校の規律への違反行為や、教師の指示違反行為があったときの懲戒として行われたものを指すが、日本では、生徒に対する懲戒事由の有無に関わらず、教師が子どもに対して暴力をふるうことが広範に行われている。


369. 日本では学校教育法第11条で体罰が法律上禁止されているが、違法な体罰が横行しており、それに対し有効な具体的方策はとられていない。


(2) 文部省の報告する体罰件数

370. 文部省は毎年、「生徒指導上の諸問題の現状と文部省の施策について」との題名の資料を公表している。各学校長から体罰事例として各教育委員会宛に報告された件数内容が記載されている。教育委員会に体罰事例を報告するかどうかは学校長の裁量に任されていて、特段の基準がなく、学校長の報告だけが基になっているので、体罰が発生しても、重大な傷害が生じず、生徒・保護者が問題としなければ学校長は報告しないことが多い。またこの数字は公立学校のみであり、私立学校は入っていないので、文部省の報告の件数は氷山の一角を示すに過ぎないと考えられる。


371. 1994年の体罰に関わった教員に対する公務員法上の処分は、懲戒処分70人、訓告等316人と過去16年間で最多となっている。同年の全国の小中高での発生体罰事件数は865件で被害の子どもの数は1,472人にのぼるが、そのうち約30%が12歳未満の小学生であることは注目に値する。体罰の態様は「素手で殴る」が60.1%と最も多く、「殴る蹴る等」が20.3%、「棒などの物で殴る」が6.3%、「投げる、転倒させる」が1.3%、と、危険な体罰がかなり行われている。被害は、傷害なしは60%あったが、骨折・捻挫等・鼓膜損傷・外傷などの明白な傷害が18.3%も生じている。


(3) 1985年のNHK調査

372. NHKは1985年に体罰に関し全国の教員にアンケート調査を行った。この調査では、公立中学の教師が対象とされており、その結果によれば62%の教師が過去1年間に体罰を加えたことがあると答えている。そして、そのうち77%の者がその体罰は正しかったと思うと回答しており、さらに、体罰が必要または時には用いた方がよいという体罰肯定派は全体の48%にのぼっている。また、体罰の結果ケガをさせたときでさえ、何もしなかった教師が70%おり、さらに体罰を加えた場合教育委員会から処分されると考えている者は36%に過ぎないことも明らかにされている。


(4) 福岡県の県庁と教職員組合の体罰調査

373. 後述する近畿大学付属女子高校生体罰死事件を契機にして、福岡県私学学事振興局が、1995年8月初めに、県内の私立87校に1994年度と1993年度の体罰に関してアンケートを実施した。高校61校中、17校で計29件の体罰が報告された。福岡県の私立高校の28%が2年間に1回以上の体罰事件を起こしていることになる。また福岡県高等学校教職員組合が1996年3月までに県内の167の公立高校を対象に体罰に関する調査を行い、138校から報告を受け、その結果を公表した。その結果によれば、体罰が日常的にあるとする学校が6校、たまにあるとする学校が71校にのぼり、合わせて61%の高校で体罰があることが分かった。体罰の理由の半数は「生徒のしつけや基本的な生活習慣の確立のため」との見方をあげた。


(5) 本条約採択後の体罰による死亡例

374. 本条約が国連で採択された1989年11月以降、日本の学校で、体罰によって死に至った事例でマスコミ報道されたものは以下の3件である。1945年の第二次世界大戦後1989年まででも、2、3年に1件の割合で体罰による死亡事件が新聞報道されている。


375. 1990年7月6日、兵庫県立高校の1年の女生徒が、登校時間ぎりぎりにかけ込んだところ、教員が力いっぱい押して閉めた門扉に頭部を挟まれて、2時間後に死亡した(兵庫県立高塚高校校門圧死事件)。


376. 1992年6月に長崎県立高校1年の男子生徒が宿泊学習で、夜、女生徒たちの部屋で遊んでいるところを見つけられ、教員から十数発殴られ、奥歯3本を折り、顎を3針縫う傷害を負わされて、8日後に急性心不全で死亡した。体罰と死亡との因果関係の有無については争われているが、体罰によって重傷を負わされ、その後死に至った重大事例である(壱岐高校体罰事件)。


377. 1995年7月17日、福岡県の私立女子高校で、2年生が些細な違反と反抗的態度を理由にして教員から激しく殴打されて、窓の鉄柵とコンクリート柱に頭を強打し、脳死状態となり、翌日死亡した(近畿大学付属女子高校生体罰事件)。


(6) 体罰による自殺例

378. 体罰によって傷害や死に至る直接的な被害だけでなく、体罰による精神的苦痛により自殺する生徒もあとを絶たない。最近では、1993年10月に栃木県茂木町立中学3年男子生徒が「暴力を振るうような先生と一緒にいたくありません」との遺書を残して首つり自殺した。このケースについては、栃木県弁護士会が調査を行い、体罰が原因で自殺した事実を認め、県民全体に対して体罰一掃のために最善の努力がなされるべきことの声明を公表した。


379. さらに1994年9月には、兵庫県竜野市立小学校6年男子児童が担任に平手打ちの体罰をされた数時間後に自宅の裏山で首つり自殺した件が報道されている。


(7) 弁護士会の人権救済事例
① 給食を残したことに対する体罰

380. 1987年4月に千葉県の公立小学校3年生が給食のパンを残したとして、担任教師から頬を平手で殴打されて転倒させられ、さらに背中や腰を7回ほど足蹴にされて頭骸骨骨折等全治4週間を要する傷害を負わされた事例について、千葉県弁護士会が警告を発した。


② 体罰が原因で不登校に

381. 1993年5月に東京都の公立小学校3年生が教室で担任から体罰を受けそれが原因で1年以上登校できなかった事例で、東京弁護士会は小学校長に対し、暴力の一掃と登校への万全の措置を望む要望書を発した。


③ 学校ぐるみの体罰

382. 神奈川県の公立中学校で、1983年から1985年にかけて3名の教師が女生徒を含む多数の生徒に日常的に体罰を加え、学校ぐるみでそれを容認していたとして横浜弁護士会が警告を発した。この事例では、修学旅行中、顔面を蹴り上げ目に傷害を与えたり、複数の教師が1人の生徒に対しリンチ的に執拗な体罰を加えたり、他の生徒に別の生徒を報復的に殴らせるなどの常軌を逸した暴力行為が行われていた。


④ 著しく品位を傷つける体罰

383. 岡山県の公立中学校では髪型や服装の違反を点検するために厳格な調査を行い、生徒指導担当教師は日頃から違反した生徒を殴り学校全体がそれを容認していたとして、1994年9月に岡山県弁護士会が警告を発した。この事例では、教師が服装規定違反の2人の生徒の制服等を脱がせてトランクス1枚にして教員室の前の廊下に立たせて往復ビンタ、みぞおちを手拳で殴るなどの暴行を加えるなどの著しく品位を傷つける方法をとった。


(8) まとめ

384. 文部省の報告でも、氷山の一角とはいえ1994年で、発生件数865件、被害者1,472人の体罰事例を報告している。報告する件数は年度によって若干の増減があるが、近年増加傾向にある。


385. NHKの全国調査は10年以上前のものであるが、10年後の1995年の福岡県内の私立学校や公立高校の調査によれば、かなりの割合で体罰が学校に横行している。10年間たっても改善された兆候はまったくない。これらの調査の結果は、法律による体罰の禁止にもかかわらず、学校においては広範に体罰が行われ、現場の教師の中にはそれを肯定する意識が根強いことを示している。


2 身体的暴力と条約の規定

386. 第28条2項では「学校の規律(school`discipline)」という言葉が使われているが、これは、規則や校則やそれに基づく指導などの一般的な規律だけでなく、具体的な懲戒を含むと解されている。もともと "school discipline" という言葉には、鍛錬、規律、しつけ、懲戒という意味が含まれており、ポーランドが提案した修正原案には「精神的、身体的に残酷で品位を傷つけるような手段は禁止されなければならない」としており、これが削除される代わりに現状の「この条約に従って」という文言が挿入された経緯がある。そして条約の第37条(a)第1文には「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い……を受けないこと」が刑罰と並んで規定されている。第28条2項の「条約に従って」はこの第37条(a)の規定も受けているものと考えられる。そして、第37条(a)の規定は国際人権〈自由権〉規約第7条1文と主語以外同文であり、その規定に関する自由権規約委員会の解釈でも学校での体罰も含むとされており、本条約は、第28条2項と第37条(a)などの規定からして学校の体罰は禁止する趣旨であると明確に解される。


387. 第19条1項は、親による身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待から子どもを保護するために国が、立法・行政・社会上・教育上適切な措置を講ずべきことを規定する。父母は子どもの養育及び発達についての第一義的な責任(第18条1項)を認められている存在であるが、そのものについてすら身体的、精神的な暴力から保護するための適当な措置義務を国に課しているのである。この趣旨からすれば、国は、国の施策として設置している教育機関の中において、教員の子どもへの身体的、精神的暴力等から子どもを保護するために、法律により禁止する措置はとっているが、行政上、社会上、教育上適当な措置義務を負っているにもかかわらず、具体的かつ十分な措置がとられておらず、不十分である。


3 言葉の暴力

388. さらに、ここで注意すべきは、日本で法律で禁止しているのは身体的な体罰であり、精神的に残虐なまたは品位を傷つける方法による懲戒、いわゆる言葉の暴力は日本で法律上禁止されてはいないが、条約では、体罰と同様に禁止されていることである。日本の学校現場では、体罰以外にいわゆる「言葉の暴力」といわれる教員の不当な言動が横行している。たとえば、教師が授業中に「こんな問題もできないのか、バカ!」とか「何をやってもだめだな、死ね!」とか「お前なんかもう学校に来るな」とか「お前には生きている資格なんてないよ」などという言葉を決まり文句のように用いているとの報告がされている(「子どもたちからの教育改革」岩手県両教組教育改革推進協議会)。


389. 児童生徒の精神心理に向けられた理不尽な言葉によって、子どもたちの心が傷つき、それがひいては不登校やいじめに繋がるものが少なからず見受けられる。政府報告では、こういった条約第28条2項や第37条に違反する実態が学校にあることがまったく報告されておらず、まして、そういった「言葉の暴力」を減少するための方策も示されていない。


4 文部省をはじめとする教育行政機関の体罰問題への対応

(1) 政府報告書

390. [政府報告書227]では、「我が国では、体罰は学校教育法第11条により厳に禁止されているところであり、文部省では、この法律の趣旨が実現されるようにあらゆる機会を通じて教育関係機関に指導している。」と報告し、「法務省の人権擁護機関」が対応をとり、その扱い件数は1994年が「89件」、1995年が「111件であった」としている。


391. この政府報告によれば、日本では体罰は厳格に法律で禁止されていて、文部省はその実現に努力し、体罰について、法務省人権擁護機関も対応し、その件数は年間100件前後とする。法律で禁止されていて教育行政も対応しているから、問題は少なく、体罰案件が年間100件前後であるかの誤解を与えかねない不十分かつ不適切な報告である。


(2) 文部省の「我が国の文教施策」(いわゆる文教白書)と体罰

392. 政府報告書の記述と異なり、文部省が国内で公表している報告書には次のような記載がある。すなわち、「我が国の文教施策」(以下「文教白書」)1995年版(1996年2月発行)は、「体罰については、学校教育法により厳に禁止されているものであるにもかかわらず、いまだに跡を絶たないことは極めて残念なことである。文部省では、従来から、各種通知や各種会議等を通じて体罰の根絶について指導を行ってきたが、今後ともその徹底を図っていくこととしている。」との記述があり(213頁)、ここでも、「いまだ跡を絶たないことは極めて残念なことである」と日本の体罰問題の現状が厳しいものであることを認めている。


393. ところが、文教白書自体が、日本が条約を批准した1994年版に比べて、1995年版では、体罰に取り組む姿勢を大幅に後退させている。すなわち、94年版文教白書には、以下のとおり体罰に関して記している(163頁)。まず、「いまだに児童生徒への体罰が後を絶たない」との現状認識を示し、その要因として「教師の……場合によっては『力』の行使が必要であるとの意識や指導上多少の体罰なら構わないという安易な考え方」や「体罰を熱心な指導の表れと見る一部の親の意識」をあげ、「体罰は法律により厳に禁止されている」とし、さらに体罰は「児童生徒の人権の尊重の観点からも許されるものでない」とし、「全体として見れば教育的効果も期待されない」と指摘している。そして、最後に「体罰の禁止について……今後とも……徹底を図っていく」との決意を述べている。


394. 94年版文教白書は、体罰の横行する要因を示し、法律で禁止する趣旨を徹底するために人権上も教育効果上も許されないことを明白に述べているものであり、体罰を根絶するための具体策を述べるきっかけになるものとして評価できるものであった。しかし、95年版文教白書では、現状認識や要因の分析を削除し、単に体罰が「いまだに跡を絶たないことは極めて残念なことである」との表現にとどまって、体罰問題への取り組みの姿勢がまったく見られなくなった。


395. さらに、1996年5月に発表された政府報告書では、日本の小中高の学校では、体罰はほとんど問題がないかの表現にまで後退している。政府には、体罰を劇的に減少させるために本気になって取り組む姿勢がないと言わざるを得ない。


(3) 各都道府県市町村の教育委員会の対応

396. さらに、文部省から指導を受けている各都道府県市町村の教育委員会が体罰の法律上の禁止を徹底するために必要かつ適切な処置をとっているかということもかなりの疑問がある。体罰で子どもが負傷するなどして明るみに出た場合には、その教師は日頃から体罰を多用する教師であったことがよく指摘されるが、それにもかかわらず、学校はそうした教師に対して体罰の禁止を徹底する処置をとらず、また、教育委員会も適切な措置をとっていないということである。逆に「荒れた」中学校などでは、子どもたちを力で押さえ込むために、体罰を容認し、「力の強い」教師がその役割を期待されて配置されることさえある。こうした教育委員会の態度が、体罰の横行を許している背景として重要である。


397. 条約第4条は各締約国に対して権利実現のためのあらゆる措置をとることを義務づけているが、日本の政府はこうした点で体罰の禁止を徹底するために十分に適切な措置をとっているとは到底言えず、第28条2項違反の問題とともに第4条の実施義務違反の問題が生じていると考えられる。


5 体罰を劇的に減少させるために教育行政機関が取るべき方策

(1) 体罰把握のシステムの確立

398. 学校長の教育委員会への体罰の報告義務の基準が定められておらず、正しい対応の前提となる実態把握を妨げているので、子どもたちや保護者からの体罰被害の申立を受理し学校長に報告書を提出させるべき制度をつくる必要がある。鹿児島市や川崎市では、教育委員会が子どもたちや保護者からの体罰の申立を受けた場合には、直ちに校長に報告書の提出を求め、提出がない場合あるいは報告書の内容が不備な場合には委員会の係官が学校に出向いて事実調査を行う制度がつくられている。


399. また、正しい実態を報告する報告書の検討によって再発防止のための効果のある方策をとれるのであるから、正確な事実認定による報告書作りを義務づけるべきである。現状の報告書は加害教員側の認識によってのみ作成されているので、被害者側からの事情聴取とその記載を義務づけるべきであるし、教育委員会に提出前に被害者側に点検の機会を与えて正確を期するようにすべきである。また提出後の被害者側の情報開示等のアクセスは、情報公開条例のある自治体では行われるようになってきているが、まだ一部であり、全ての自治体でこれらのアクセス権を保障すべきである。


(2) 被害者の不服申立制度の確立

400. 教育委員会が体罰を受けたことの申立を受理して事実調査を行い、体罰があった場合には直ちに体罰報告書の提出を校長に求めることのできる制度やそのための窓口などを設ける必要がある。そこでは、申立をしたことによって不利益を受けない保障が不可欠である。


(3) 加害教員に対するペナルティの確立

401. 94年版文教白書の記載にもあるように、体罰が横行し減らない原因は、国民と教師の意識の中に、厳しいしつけとして時には体罰もやむを得ないとする体罰容認の意識が根強く存在することにあるが、これは改められなければならない。その点の啓蒙・指導を、文部省をはじめとする教育行政機関が真剣に行う必要がある。また、体罰禁止に違反して体罰を行った教師に対しては相応に厳格な懲戒処分がなされる必要があるが、現状の懲戒処分はあまりに軽きに過ぎるものである。また、刑事処分も死亡またはそれに準ずる重傷のケースを除いては、公判請求されず、重傷でも30万円以内の罰金をおさめるだけで済むケースが多く、重傷にいたらなければほとんど起訴猶予となって、刑事処分を不問に付されることも多い。また民事賠償訴訟が提起されても、国公立学校の教員は被害者に対し直接賠償責任を負わなくてよいとの判例が確立しており、結果的に体罰教師が免責される結果となっている。教育委員会による懲戒処分や刑事処分が甘いことや公務員たる教員が民事賠償責任からも免責されている運用及び判例が、体罰が横行する背景となっている。行政機関、立法機関及び司法機関はそのための具体的方策を早急に策定すべきである。また教員への研修や国民への体罰根絶への啓蒙への具体的プログラムを早急に確立すべきである。


C いじめ

提言


1 いじめの人権侵害性を正しく認識し、人権に対する正しい理解を促すことのできる人権教育を行うべきである。


2 いじめを生み出す社会、家庭、学校の構造を直視し、おとなによる子どもへの人権侵害の解消こそが必要であるとの認識を徹底させる必要がある。


3 被害者のみならず、加害者、傍観者をもいじめから救済するために、子どもの苦悩を受け止め、その尊厳が回復されることを目標とした対策を策定するべきである。


4 学校は、その閉鎖性を排し、親、地域の青少年問題関係者、カウンセラー、弁護士などの専門家らと連携して、子どもへのサポート体制を構築すべきである。


1 いじめの現状

402. 学校内における児童生徒間のいじめの問題は、現在日本では社会的に深刻な問題となっている。1994年11月には愛知県西尾市の中学生が、1995年11月には新潟県上越市の中学生が、級友からのいじめを苦にして遺書を残して自殺している。これらの事件を契機として、文部省をはじめとする教育関係者、マスコミ等の関心は高まっているが、いじめによる自殺事件はあとを絶たない。


403. 文部省の統計では、1994年度のいじめの発生件数は全国で56.000件を超え、前年度の倍以上の数となったと報告されている。ただしこれは教師の側のいじめの把握の仕方が変化したのであって、必ずしも発生件数が突然倍増したものではない。


404. [政府報告書225]でも「わが国では、昨今、児童生徒のいじめ問題が深刻化しており、いじめが関係したと考えられる自殺が発生するなど憂慮すべき状況にある。」と述べ、引き続き、文部省・法務省・警察のとってきた施策をあげている。文部省の施策について言えば、①「弱いものをいじめることは、人間として絶対に許されない」との強い認識に立ち、学校においてその解決のため真剣に取り組むよう教育委員会を指導しているほか、②児童一人一人を大切にし、個性を生かす教育の推進、③教員の資質能力の向上、④学校外の高度な専門家の学校への配置を進めるなどの教育相談体制の整備、⑤家庭・学校・地域社会の連携の推進、⑥教育活動の全体を通じて、生命及び人権尊重の精神の指導の徹底、などが挙げられている。


405. また、1996年7月、文部省の諮問機関である「協力者会議」の報告書では、いじめられる子への緊急避難としての不登校や転校を認めるべきだとし、細かすぎる校則の見直しなど、子どもの立場に立った学校運営を行うべきだとの提言をしている。同年8月には、文部省が全国の小中学校に派遣するスクールカウンセラーの数を、現在の500人から1,000人へ倍増する等の措置を発表した。


406. しかしながら、いじめの問題は過去10年以上前から深刻な問題として表面化していたものである。1986年に、東京都中野区の中学生が、いじめを苦にして遺書を残して自殺して、大きく報道され、文部省は今回同様の対応策を発表して、教育委員会、学校へ指導の徹底を促した。その後文部省はいじめが一旦鎮静化したかのように発表した時期はあったが、それは全国の中学校で問題となっていた生徒の校内暴力が表面上鎮静化した現象をとらえたものに過ぎず、現実には、いじめはますますおとなの目に見えにくくなり、また陰湿なものとなっていた。


407. 集団的な暴力、恐喝というような、目に見えるいじめもなくなってはいないが、加害者を特定できない、抵抗しようのない陰湿ないじめが、子どもたちを苦しめている。具体的には、特定の被害者を標的とした組織的な陰口、無視、物かくし、バイ菌扱いなど、長い時間をかけて、子どもの自信、プライドを徹底して傷つける行為である。被害者となった子どもは、原因や責任が自分にあるかのような思いにとらわれ、自己を否定していく。それでも登校し続けるしかないという状況に追い込まれた子どもたちの中には、いじめから逃れるためには自殺するしかない、と思い込む子どももたくさんいるのである。


408. 自殺を試みて一命を取り留めた、ある男子中学生は、次のように語っている。「死ぬことは何もこわくなかった。地獄のような毎日を生きていることの方がずっと苦しかった。死んだら両親が悲しむだろうと一瞬考えたが、死んでしまえばその悲しみも見ないですむと思った。自殺を考えているとき、何より腹が立ったのは、『死ぬ勇気があるならいじめに立ち向かえ』『命を大切にしなさい』といった、無責任なおとなたちの言葉だった。」


409. 裁判に表れたケ-スとしては、前述の中野区の中学生の事案で、東京高等裁判所が、いじめと自殺との因果関係を認め、加害者側とともに、いじめが予見できたにもかかわらず防止措置を取らなかった学校側の責任を認めた(1994年5月20日判決。判例時報1495号42頁)。中学生が級友からの集団的な暴行により内蔵破裂等の重傷を負った事案で子どもや保護者から学校に対し具体的ないじめの申告がなされなかったケースでも、同様に学校側の責任を認めた判決がある(大阪地裁1995年3月24日判決。判例時報1546号60頁)。


2 いじめ事件の背景

410. これに対して、弁護士会や子どもの人権保障を提唱する市民・研究者らからは、早くから、いじめの背景としては、皆が横並びであることが重視される日本社会の特殊性、画一化を目指す管理教育、受験戦争などがあり、社会全体、学校全体が大きな「いじめ構造」をつくっており、子ども間のいじめは、これらの反映であることを指摘し、学校内における管理教育や教師による体罰の廃止を訴えた。そして、いじめられる子に原因を求めるのは誤りである、として文部省の見解を批判し、緊急避難としての不登校・転校の権利を強調してきた。また、いじめる子への対応としても、その背景、原因を重視すべきであって、いたずらに厳格な姿勢を強調することの危険を指摘してきた。


411. たとえば、大阪弁護士会は、1986年2月に大阪市の小学校6年生が自殺した事件で、その背景に級友からのいじめの頻発があり、担任、学校がこれに対する対処や親への連絡を怠ったとの調査結果に基づき、担任及び校長に今後の善処を要望する要望書を送付している。


412. また、1990年7月ころから神戸市の小学校1年生が級友からの暴行を受け続け、不登校の状態に陥った事案で、神戸弁護士会は校長に対し、学校の態度が生徒の安全を守る義務を果たしていないだけではなく、救済についても著しく不誠実であり、生徒への重大な人権侵害となっている点を指摘し、今後いじめの発生についてはクラスを越えた体制を確立するとともに、被害生徒の訴えに率直に耳を傾けることにより、再度の人権侵害行為の発生を防止するよう警告している。


413. さらに、前述した愛知県西尾市の中学生自殺事件では、日本弁護士連合会会長が、子どもの権利条約第6条2項を挙げて、いじめがいじめる子どもや傍観者も含めて、子どもの生存発達を阻害し、人権を侵害するものであるとの認識に立ち、政府関係者や社会の一部において、いじめの真の原因や構造を抜本的に解決する対策を怠り、関係した子どもやその親にのみ責任を求めようとする風潮に遺憾の意を表明し、全国の弁護士会において子どもの人権救済窓口を拡充して、いじめの防止、救済のための緊急の要請に全力を挙げて応える旨の声明を発表している。


3 いじめに対する対策

414. 政府が遅まきながら、いじめからの緊急救済措置として、不登校・転校を柔軟に認めようと提言していることは、実現の可否はともかくとして一定程度は評価できるし、校則の見直しなど管理教育へのある程度の反省も見られる。


415. しかしながら、現実にこれまで学校現場において文部省・教育委員会の指導のもとに行われてきた「いじめ対策」には、根本的な欠陥があることは否定できない。その根本的な欠陥とは、いじめが、必ずしも「弱いものいじめ」という形をとっていないという現実を踏まえていないことや、いじめる子どもへのケアの必要性の認識に欠けること、いじめを生み出す構造となっている学校教育制度そのものを抜本的に変革しようとする姿勢を持たないこと、依然として、いじめを子どもの間での異常な現象とみなし、おとなが指導することによって解決できるものと考え、おとなたちだけの討議、検討によって対応策を練っていることである。


416. 学校現場で真に必要なことは、まず①いじめの人権侵害性について正しく認識すること、②いじめの背景、社会や家庭や学校の「いじめ構造」を直視し、おとなによる子どもの人権侵害の解消こそ必要であると認識すること、③いじめ問題の解消にあたっていじめに苦しむ子どもたちの言葉を真摯に受けとめ、子どもの主体的な力を信頼すること、④被害者の救済、加害者、傍観者のケアのために、学校の閉鎖性を排し、親、地域、専門家らとの連携を通じて、子どもへのサポ-ト体制を築くことであり、これを支え普及することが、文部省・教育委員会の施策として、また教育関係者だけでなく、親を含むすべてのおとなにとっても必要なことである。以下に敷衍して述べる。


(1)いじめの人権侵害性の認識

417. いじめとは何かについて、子どもどうしの遊びやふざけが多少度が過ぎたという程度の認識を持つ教師も、いまだに少なくない。またいじめられている側にも問題があるという見方から脱却できていない教師がほとんどではないかと思われる。しかし、このような認識では、解決に役に立たないだけでなく、かえっていじめを助長することにもなりかねない。


418. いじめは被害者の人間としての自信と尊厳を傷つけるものであり、長い時間継続されてプライドをずたずたにし、子どもの生きる力までも奪う危険なものであるという認識が重要である。欠点や問題性のない人間など存在しない。そうした欠点や問題性を口実としていじめられてはならないのである。


419. このような認識は、人権に対する正しい理解が前提となる。人権とは、人間が自己の存在のしかた、人生のあり方を、自分で選択し決定することができる、ということであり、その決定について自ら責任を担う決意をもつことができるということであって、そのようなものとして自分と他人を同様に尊重し合うことである。いじめはそうした人権への徹底的侵害行為なのである。


420. 現代のいじめは、いじめる子、いじめられる子が類型化できるものではなく、どのような子どもでも加害者になるし、被害者にもなり得る。そしてその関係は、おとなの目には非常に見えにくくなっている。おとなから見て優秀な子、強い子が、無視、孤立という形での陰湿ないじめに苦しんでいることはよくあるし、おとなの前でのいい子が、いじめの加害者であることも少なくない。子どもに対して「弱いものいじめをするな」と言うだけでは、何らの解決にはならない。おとな自らが真の人権への理解を深め、いじめの人権侵害性を正しく認識することがどうしても必要である。


421. 日本の教育においては、真の意味での人権教育の必要性が認識されておらず、方法も研究もいまだ乏しい。政府は率先して、知識としての人権だけではなく、日々の教師と生徒、生徒どうしの関係の持ち方すべてが、人権を尊重しあう関係でなければならないという実践的な課題を含めた人権教育のあり方を緊急に模索し、現場に浸透させるための施策を講じるべきである。


(2)いじめを生み出す構造や背景の認識

422. いじめを生み出す構造・背景について、教育関係者も親も、直視する必要がある。横並びであることが重視される日本社会の特殊性は、社会のいたるところで見られ、おとな社会でのいじめや差別を生み出している。学校教育では、それが一層凝縮された形で存在している。


423. 文部省の制定した学習指導要領に基づき、検定を受けた教科書を使用して、教師が生徒に知識を教えこむ形の一方的な授業を行うという制度は、まさしく画一性の強制である。さらに、受験制度を背景にした、内申書に直結する教師の強大な評価権により、子どもは自発的な学習や自由な行動を規制され、個性を無視する点数評価により序列化される。加えて校則と体罰により、おとなの価値観を強制し、子どもを管理して、自由な思考や選択を許さない。


424. 家庭においても、学校と同一の価値観に従い、親による子どもの管理、抑圧、体罰、侮辱、過保護、過干渉が行われている。あるいは親の人生に振り回され、放任されたり、虐待されている子どももいる。あるがままの子どもの存在が受け止められていない親子関係、子どもが安らぎ、子どもの心の居場所となれない家庭が非常な勢いで増加している。


425. 子どもたちはこうしたおとなたちによる人権侵害の被害者である。人間としての尊厳を傷つけられ続けてきた被害者が、当の加害者であるおとなへの反抗が許されないために、そのストレスの発散として、対象を見つけて人権侵害、つまり、いじめをやり返しているのである。子どもたちのいじめは、おとなからの子どもに対する人権侵害により生み出されているという認識が、是非とも必要である。


426. このような社会、学校、家庭内の人権侵害を、おとなたちができるところからでもなくしていこう、という姿勢がないかぎり、子どもたちの間でのいじめの解消はあり得ない。条約第28条、第29条に端的に示される、子どもの教育への権利を保障するための教育とはどうあるべきなのか、現在の日本の学校制度が子どもの権利を真に保障するものとはなっていないという認識に立って、根本的に発想を転換する必要があるだろう。また、同条約第7条にいう親に養育される権利を保障する親子関係とは何かについても、真剣に検討されるべきである。そうした親子関係の創設のためには、子どもを親の所有物、従属者であるかのように捉えている親の意識改革が不可欠である。


427. 子どもたちは自らの尊厳を重視されることで、はじめて人権の重要さに気づき、人権を守ることの大切さを学ぶことになる。政府及び教育関係者は、いじめの発生の背景に、学校、家庭における具体的な子どもへの人権侵害が存在し、これを解決しない限り、いじめの解消はないということを認識したうえで対応をはかるべきである。


(3)子どもの主体的力の発揮

428. いじめの解決にあたっては、子どもの主体的な力が発揮されるような方策を確立すべきである。


429. まずいじめの発見については、子どもを監視するというような姿勢で、おとなの一方的な思いこみでいじめを探しだそうとしても、実情は把握できない。子ども、特に小学校高学年から中学校にかけての思春期前期の多くの子どもたちは、教師や親にいじめの苦しさを相談しようとは考えていないという現実を、謙虚に受け止めなければならない。子どもがなぜ教師を信頼できないのか、親にも訴えられないのか、原因を厳しく顧みる必要がある。これまでの子どもとの関係の中で、子どもの訴えを正面から受け止め、その苦しみを共有し、ともに悩むという姿勢がなかったから、子どもはおとなへの相談により事態が改善できるというような展望はもてないのである。


430. おとなは解決のための指導をあせってはならない。子どもがまず求めているのは、おとなが自分たちと共に苦しみを共有し、共に悩んでくれることである。子どもを一人の人格として、対等のパートナーとして、自己の尊厳を回復したいと必死に望んでいるものとして、敬意を払って、謙虚に誠実に対するべきである。


431. そして人間の尊厳の回復の第一歩として、子どもたちは救済策を自ら選択できなければならない。おとなは、解決の道を決めるのではなく、子どもたち自身が選択できるように助言し、求められたサポートを与える役割に徹するべきである。先回りしておとなが解決策を指導することは、子どもの主体的な人生における選択権保障という意味での、人権の新たな侵害になりかねないのである。


432. 政府及び教育関係者のいじめ問題対策にあたっては、教師や親に、いじめに苦しむ子どもの救済にあたる姿勢として、このような理念が不可欠であるとの認識を徹底させなければならない。そして教育行政において、いじめ問題対策を策定する際には、必ず子どもたちの意見を聴取した上で、これを施策に十分反映させるべきである。


(4)学校と親、地域、専門家らとの連携

433. 以上のとおり、いじめの救済のためには、いじめられている被害者の苦悩を受け止め、この子どもの人間の尊厳の回復をサポートしていくこと、また、いじめの加害者や傍観者には、いじめの人権侵害性を厳しく認識させ、いじめを生み出しているその子どもの具体的な背景や心情にまで切り込んで、問題を解決していくことが必要となる。しかしこれを、教師の実践のみに委ねることはできない。


434. 学校は自らの閉鎖性を排し、親、地域の青少年問題関係者、カウンセラー、弁護士などの専門家らと連携して、子どもへのサポート体制の構築に努めるべきである。


435. その意味において文部省がスクールカウンセラーを導入したり、地域でいじめ問題を論じる場を設けることを主唱していることは意義あることとはいえる。ただ、現在のおとなたちの人権意識の状況で子どもの人権に対する無理解が変わらず、いじめの救済においての子どもの主体的解決力の重視という視点が欠けたままでは、大きな変革にはなり得ない。


436. 真の人権理念の普及、子どもの人権保障の必要性の認識、いじめからの救済にあたっての子どもの主体的参加、学校の開放があいまってこそ、はじめて意義あるいじめ問題対策が可能になるはずである。政府や地方公共団体、教育関係者は、その視点からあらためて現在のいじめ対策を見直し、これらの取り組みを援助し、「いじめ構造」を解消するため、教育行政上の施策をとることが期待されている。


D 不登校及び中途退学

提言


1 教育行政当局は不登校を子どもが克服すべきものとして否定的にとらえる姿勢を改め、不登校の子どもに対して学校への復帰を前提とする施策をとるべきでない。


2 不登校の子どもが、学校以外の指導教室や民間施設・フリースクールなどのいずれにも通わない場合にも、学校長は子どもの成長を援助する視点で適正な評価をして、出席日数にこだわらずに卒業の認定をし、これらの子どもが高等学校において教育を受ける権利を享受することができるようにすべきである。


3 高等学校への進学を偏差値によって機械的に決定するあり方を改め、高等学校教育のあり方を子どもの選択・意見を最大限に尊重するようにし、中退者が希望するときはいつでも教育を受けることができるようなシステムにすべきである。


1 定期的な登校の奨励と不登校の増加

(1) 不登校の増加と実態

437. 日本では、学校教育体制は形のうえでは整備され、保護者に子どもが就学すべき学校を指定して就学義務を課すとともに、学校への出席状況が良好でない場合には保護者に出席の督促を行うことになっている。


438. それにもかかわらず、日本において「学校ぎらい」を理由に学校を欠席する、いわゆる不登校(登校拒否)の子どもたちの数は、年々増加する一方である。文部省の調査結果によれば、「学校ぎらい」を理由に30日以上小・中学校を欠席した子どもの数は、次のとおりとなっている。


小学校 中学校
91年度 12,637(全児童の0.14%) 54,112(全児童の1.04%)
92年度 13,702(全児童の0.15%) 58,363(全児童の1.16%)
93年度 14,763(全児童の0.17%) 59,993(全児童の1.24%)
94年度 15,773(全児童の0.18%) 61,627(全児童の1.32%)
95年度 16,566(全児童の0.20%) 64,996(全児童の1.42%)

439. 従来、文部省は、50日以上の「学校ぎらい」による欠席者について調査していたが、長期欠席となる前に対応する必要があると指摘されて、1991年度より30日以上として調査することにした。しかし、全体の児童・生徒数が減少しているにもかかわらず、50日以上の欠席者についてみても、10年前の1984年度と比較すると、小学生は3倍以上、中学生はほぼ倍増している。このように、不登校の低年齢化が強まっているうえ、中学生の不登校は、30日の場合も50日の場合も、小学生の約4倍以上になっており、事態は年々深刻化している。


440. さらに、「病気」を理由とする長期欠席が、1991年度においても約8万人いるが、不登校に対していろいろな「病名」がつけられていることからすると、文部省の数字は実態を正しく反映しているか疑問がある。また、出席していても、心の中では学校に背を向けている「潜在的拒否者」も相当な数にのぼると推測されている。生理学的・医学的にも、不登校には、学校生活の「過労死状態」が認められる、との指摘もある。


(2) 不登校についての見方の転換と安易な登校の奨励措置

441. これらの「学校ぎらい」の子どもたちが増加する理由について、文部省は長い間、「本人の性格」「怠け」「親の過保護」などをあげて、「特異な子どもの特異な行動」とする見方をとってきたが、1992年3月に「特定の子どもだけの問題でなく、学校・家庭・社会全体のあり方にかかわることがらであり、どの子どもにも起こりうるものである」とその見方を転換した。しかし、法務省人権擁護局が1988年12月に行った「不登校児の実態について」の調査結果においても、学校に行けなくなった原因として子どもたちがあげたのは、学校におけるいじめを中心とする友人関係がトップであり、勉強・学業成績関係と先生・学校関係とがこれに次いで多く、家族関係をはるかに上回っている(文部省の1990年の調査でも、不登校になった直接のきっかけは、学校生活での影響が37%、本人の問題が27%、家庭生活での影響が26%の順となっている)。


442. このように、学校のなかに子どもたちを「学校ぎらい」にさせる原因が相当に含まれており、したがってまず学校自身が見直されなければならないにもかかわらず、文部省をはじめとする教育行政当局は、依然として不登校を子どもが克服すべきものとしてとらえて、安易に登校を奨励する措置をとっている。そのため、教育委員会が、子どもの状態やそれに対する学校の対応を十分に確認することもなく、親に「就学義務を怠っていると認め」て出席の督促状を出し、しかもその際、学校教育法による罰則まで予告する例もあり、子どもや親を一層追いつめる結果となっている(たとえば、1994年3月25日付「朝日新聞」によれば、神奈川県の海老名市教育委員会が不登校の子をもつ親に「出席させないと、法律の罰則が適用される」という内容の督促状を出したが、親は「これでは脅迫だ」と指摘し、県教育委員会も「不適切」と指導したことが明らかになった、という)。


443. また、文部省は、不登校を「どの子どもにも起こりうる」と見方を転換したことを受けて、1992年9月に、学校以外の指導教室や民間施設・フリースクールなどのうち一定の基準を満たしたものに通う子どもについて、親が学校と十分に連絡・相談をしていることを条件にして、学校長が、指導要録にどこの施設で指導を受けたかを明記したうえで、「出席扱い」することができる、との通知を発した。


444. このように、文部省は、個々の不登校の子の状況に応じた対応は必要だが、「学校への復帰は義務教育制度の大前提」との立場を崩していない。このため、不登校の子が、これらの学校外の施設のどこにも通わない場合には、「出席扱い」を受けられないため、進級や卒業を拒否されることがあり、不登校の子どもとその親を圧迫し、苦しめている。


445. しかし、現行の学校教育法制上、小・中学校の義務教育では、学校長は「平素の成績」を評価して、進級や卒業の認定をすることができるとされており、出席日数やテストの成績は要件とはされていない。したがって、学校長は、出席日数にこだわらずに、子どもの成長を援助する視点で適正に評価して、進級や卒業の認定をし、これらの子どもが高等学校において教育を受ける権利を享受することができるようにその裁量権を行使すべきである。


(3) 中学卒業程度認定試験制度の拡充とその問題点

446. 前述のように、日本では、ホーム・ベイスト・エデュケーションを選択した子どもやその他の不登校者に対して、義務教育終了の認定が与えられないことがあり、その結果これらの子どもが高等学校において教育を受けることができないことがある。


447. 文部省は、従来、「中学校卒業程度認定試験制度」を設けて、病気などにより就学義務の猶予や免除を受けた者等について、試験を実施して合格点を得たものに卒業認定をしていたが、最近、この受験の資格を不登校の子どもにも広げるとの方針を明らかにした。これは、不登校で欠席扱いされ学校長による卒業認定を受けなかった子どもにも、「中学校卒業程度認定試験制度」を活用して、高校入学へのバイパス制度として拡充しようとするものである。


448. しかし、前述のように、もともと不登校者についても、学校長は子どもの成長を評価して卒業の認定をすることができるのであるから、制度の拡充を待つまでもないともいえ、さらに高等学校への進学にあたり、義務教育の終了を絶対的な条件とする現行の学校教育体制全体の見直しが先決だと思われる。また、制度の拡充にあたっても、文部省は、依然として不登校を子どもが克服すべきものとして否定的にとらえる姿勢を改めてはいない。文部省が不登校に関するこの否定的な姿勢を根本的に改めない限り、不登校の子どもや親の葛藤を複雑、深刻にするばかりである。


2 高等学校の中途退学者の増加と後期中等教育の保障

(1) 高等学校の中途退学者の実態

449. 日本では義務教育を終えた子どもの97%もが、高等学校に進学している。ところが、進学した高等学校において、学校生活になじめないことを理由にして中退する「学校生活・学業不適応」の生徒の数は依然として相当な数に達している。


450. 文部省の調査結果によれば、1995年度における中退者は98,179人で、前年度における中退者96,401人よりも1,778人増加している。全生徒数に占める中退者の割合(中退率)は2.0%になっている。中退者数では1990年度の約124,000人、中退率では1983年度の2.4%がそれぞれピークであり、この数年は少し減少してきているが、それでも依然として毎年約10万人近い高校生が中途退学している。


451. 中退の理由は、就職や転校、専門学校への入学を希望する「進路変更」が43.3%で最も多く、学校生活や授業になじめず通学意欲をなくした「学校生活・学業不適応」が28.6%、「学業不振」が7.9%、家庭の事情5.4%、「問題行動」が4.7%となっている。


452. また、これら中退者の多くは一応自ら中途退学をしたものであるが、「自主退学」と称しながら退学を事実上強いられたものも少なくなく、後期中等教育の保障の観点からも看過し得ない。


(2) 中退者の減少に向けての施策と後期中等教育の保障

453. 毎年約10万人近い子どもが高校を中途退学している事態に対して、文部省は[政府報告書224]に述べられているような施策をとっているが、それらは概して対症療法に過ぎず、問題の有効な解決策にはなり得ていない。それどころか、「積極的な進路変更を可能とするための転編入学の受入れや転校・転科許可」などは、現実には生徒の切り捨てを容認する論拠として用いられている。


454. 前述のとおり中退の理由のトップに「進路変更」が挙げられていることにもあらわれているように、日本の子どもたちは高校選択の段階においては、競争と学歴(学校差)を背景とするいわゆる「偏差値」体制の下で、点数のみによって機械的に進学先を押しつけられ、自らの選択・意見によって進学先を決定することが困難な状況におかれている。多くの子どもたちは「不本意入学」を強いられて高校に入学するため、はじめから学校生活になじめず、「進路変更」を求めて自ら中途退学の路を選ぶことになる(このことは、1994年度の中退者全体の54.3%(前年度は54.5%)が1年生であることにもあらわれている)。


455. 子どもたちが義務教育終了後の自らの居場所を、自らの選択・意見によって決定することができるようにすることが先決であるが、それには「偏差値」により機械的に進学先が決定される現在の高校選抜制度を抜本的に見直すべきである。[政府報告書224]は、高等学校教育の多様化、弾力化、個性化の推進を挙げているが、現行の学歴社会を前提とする限り、それはむしろ、生徒を細かく階層的に選別し序列化することにつながり、中途退学を減少させる施策とはなり得ない。後期中等教育のあり方を、子どもたちの選択・意見を最大限に尊重することを基軸にして、子どもの立場でつくり直すことが必要である。また、後期中等教育を十分に保障するためには、中退者がいつでも、もう一度教育を受けることを希望したときには、それが容易に実現できるようなシステムにすべきである。


E 学校懲戒

提言


1 学校懲戒について、比例原則や手続的保障を明確かつ具体的に定める規定を設けるべきである。


2 上記規定を潜脱したり子どもの人間としての尊厳を否定したりするような事実上の懲戒をなくすための具体的な措置をとるべきである。


456.[報告書226、69]では、政府より教育関係機関に対し、懲戒にあたって留意・配慮すべきことを通知した旨報告されているが、この通知は単なる一般的抽象的なものに過ぎない。


457. 現実には、学校懲戒は教育的指導であるとして学校側の広範な裁量が認められているが、実際には教育的配慮が十分になされないまま、比例原則に反する不当に重い処分がなされたり、手続的保障がなされないまま処分されたりしている。


458. たとえば、二度目の喫煙を理由に直ちに自主退学を勧告し、これに応じなかった生徒に退学処分を通告した事例、校外での1回の万引きだけでしかもその発覚当日に自主退学勧告を受けやむなく退学届を出した事例(いずれも弁護士会が人権救済の申立を受け、学校あるいは校長に対し勧告を発した)などがある。


459. また、法令に規定のない事実上の懲戒がなされることも多い。教育委員会への報告が義務づけられている退学・停学と実質的に同じ懲戒でありながら、報告義務のない自主退学勧告(判例上、退学処分と実質的に同一であると認められている)、自宅謹慎なども少なくない。たとえば、校長から「別の進路に変わりなさい」と言い渡された事例(弁護士会が学校に対し勧告)、校長から「出校停止だ」(法的用語ではない)と言われ、それでも登校すると「何で来た。お前の来るところではない」と言われて特別室に隔離され通常の授業を受けられない状態が続いた事例(弁護士会が校長らに対し要望)などがある。


460. その他、暴言による叱責をしたり、屈辱的行為を強いたりするなどの行為も広く見られるが、これらの行為はそれ自体明らかに子どもの人間の尊厳を踏みにじるものである。


461. さらに、懲戒は後に述べる校則[Ⅶ-F]の様々な規定とあいまって、管理教育の手段として運用されており、裁判所さえもこのような運用を追認する結果となっている。典型的な例では、高校3年生が学校に無断で自動車運転免許を取得したため学校から早朝登校を命じられ、その期間中に頭髪にパーマをかけたこと等を理由として、卒業まで2カ月足らずを残す時期であったのに自主退学を勧告され、生徒がこれに応じざるを得なかったという事例がある(免許取得もパーマも合法でありながら、校則で禁じられていた)。これに対し生徒は、違法な自主退学勧告による自主退学は無効であるとして卒業認定や損害賠償等を求めたが、裁判所は一審、二審、最高裁判所いずれも生徒の請求を棄却した。


462. 以上のように、学校懲戒について教育的措置の名の下に広範な権限を持っている学校に対して、単に一般的な通知をするだけではまったく不十分である。政府は、国公立私立を問わず、比例原則や手続的保障を明確かつ具体的に定める規定を設けるとともに、これを潜脱したり子どもの人間の尊厳を否定したりするような事実上の懲戒をなくすための具体的な措置をとるべきである。


F 校則

提言


1 校則が設けられる場合には、その内容が真に必要な事項に限定されるよう、抜本的な措置を取るべきである。


2 校則が設けられる場合には、その制定改廃手続過程における生徒及び親の参加を保障する制度を設けるべきである。


3 上記1及び2が充足されていない校則に違反したことを理由とする生徒に対する懲戒その他の不利益措置を禁止すべきである。


1 校則の内容及び制定手続の問題点

463. [政府報告書226、84]においては、生徒等の実態、保護者の考え方等を踏まえ校則がより適切なものとなるよう配慮すべきであることを教育関係機関に通知した旨報告されているが、現実には、校則の内容面においても、また制定改廃等の手続面においても、生徒等の権利を保障するものとはなっていない。


(1) 内容面

464. 校則は、本来、学校という集団教育の場における子どもの教育への権利を保障するために必要な事項に限定されるべきである。しかし、日本の校則は多くの場合、表現活動を規制したり、髪型、服装、所持品等を細かく規定したり、校外での私生活を規制したりするなど、本来の校則の対象範囲を逸脱し、生徒(や親)の権利を侵害するものとなっている。


465. たとえば、生徒たちは、ズボンの幅、靴下の折り方、スカートの丈、リボンの結び方等図入りで詳しく解説された生徒手帳を交付され、その規制に従うことが強要されている。中には、歩き方、礼や挙手の仕方、給食の食べ方に至るまで詳細な規則がある場合もある。また、校外生活について、立ち入り禁止場所の指定、外出時の服装の規制、運転免許取得の禁止、アルバイトの禁止、ロックコンサートへの入場の禁止等、本来家庭において決定されるべき領域にまで及んでいる場合も多い。


466. 弁護士会では、この問題にも積極的に取り組んでいる。髪型や服装の規制(特に中学生男子の頭髪につき丸刈りとする学校が少なからずある)について人権救済の申立を受けた弁護士会が校長らに勧告する例も多い。また、人権救済の申立がなされ、その調査や調整活動の中で改善された事例もある。


467. 文部省は、これまでに数回にわたり校則の見直しを求める通知をしている。たとえば文部省の「児童生徒の問題行動等に関する調査研究者会議」最終報告書(1996年7月16日)でも、細かすぎる校則の見直しをすべきことが指摘されている。このような通知が繰り返されている事実自体、校則の内容が一向に改められていないことを示している。


(2) 手続面

468. 校則の制定改廃過程に生徒が参加するプロセスは、生徒が自主性、自律性を身に付けるための重要な教育の場であることは、文部省の委託を受けた全日本中学校長会及び全国高等学校長協会がまとめた「日常の生徒指導の在り方に関する調査研究報告」(1991年3月20日)においても指摘されている。しかし、日本では、校則制定改廃は学校側が一方的に行うことがほとんどである。


469. 前記[政府報告書]の報告に記載されている通知においても、生徒(及び親)の手続への参加を求める内容とはなっていない。かえって政府は、条約第12条から第16条の規定を引用したうえ、「権利について定められているが、もとより学校においては、その教育目的を達成するために必要な合理的範囲内で児童生徒等に対し、指導や指示を行い、また校則を定めることができる」と通知しており、条約に規定されたこれらの権利を制限する校則を、学校側の判断で制定できる旨通知しているのである。


2 校則違反と不利益取扱い

470. さらに、校則は前記のような問題を含むものであるにもかかわらず、学校現場ではその違反行為が懲戒その他の不利益措置の対象とされることも少なくない。たとえば、服装・頭髪に関する校則(生徒の自己決定権を侵害している内容のもの)に違反するとして登校時に教師が校門で服装等の検査を行い違反と認定された生徒がそのまま帰宅させられる事例もある。このような日常的な監視は広く行われており、遅刻取り締まりに当たっていた教師が登校時刻終了と同時に校門を閉め、そこをすり抜けようとした生徒が挟まれて圧死するという悲劇も生じている。


471. 裁判所も、学校はその設置目的を達するために必要な事項について規定を設ける自律的、包括的な権能を有しているとして、学校側による一方的な校則制定を容認し、また内部問題については司法審査の対象に馴染まないとして校則の内容に踏み込むことを避けており、上記のような問題のある校則を追認する結果となっている。


472. 政府には、形式的に校則見直しを求める通知を繰り返すのではなく、より抜本的な措置が求められる。


G 教育個人情報について

提言


1 教育個人情報について、収集、内容、利用いずれの側面においても、生徒及び親の自己情報コントロール権を保障する制度を直ちに整備すべきである。


2 教育個人情報の開示によって公正かつ客観的な評価が行われなくなるおそれがあるとの誤った認識を正し、開示によってこそ生徒側と学校側との真の信頼関係が生まれるとの啓蒙、指導の具体的方策をとるべきである。


3 上記1の制度の整備に伴い、開示されうる書類への記載内容が実質的に無内容になることのないよう具体的方策をとるべきである。


473. 学校が保有している子どもに関する多種多様かつ膨大な情報は、その子どもに関する自己情報であって、子ども本人及び親にはそれをコントロールする権利があるが、現状ではこの権利の保障はきわめて不十分である。しかしながら、政府報告書ではこの問題点が取り上げられておらず、このこと自体大きな問題である。


474. 実態においても、第1に、情報収集の側面では、生徒らの知らないところで情報が収集されたり、授業時間に行われるため検査を事実上拒否できない性格検査により生徒の内心の情報が収集されたりするなど、個人情報が生徒本人らの明確な同意がないまま収集されているという問題がある。


475. 第2に、情報内容の側面では、情報の内容が、学校側の主観に基づくものであったり、生徒本人から事実関係を確認しないまま一方的な他者の主張事実だけであったりすることも少なくないうえ、本人に開示されないため正確性のチェックができない、また開示はしても訂正の要求に応じないため不正確な情報が残ってしまうという問題がある。


476. 第3に、情報利用の側面では、学校が保有している情報が、収集した目的以外で利用されたり、第三者に提供されたりすることがあるという問題がある。


477. 以上、いずれの側面からみても、教育個人情報について、生徒らの自己情報コントロール権が侵害されている状況が広く存している。


478. 特に、指導要録、内申書(調査書)、学校事故等の報告書について問題となることが多い。


479.


① 指導要録

 指導要録は、学習及び健康の状況を記録した書類をまとめた原簿で、学校内での指導資料としての性格と外部証明の原簿としての性格を持つが、そのうち、学習及び健康の欄は5年間保存される。進学先の学校に写しが送付されるだけでなく、警察や家庭裁判所の求めに応じて写しの交付や内容の報告がなされることもある。このような重要な資料の原簿の記載に誤りがあったり恣意的な偏った記載があると、進学先や警察・家庭裁判所において子どもが不利益を受ける恐れがある。


480.


② 内申書(調査書)

 内申書(調査書)は、進学のための入学者選抜にあたって、平常の学習や行動に対する評価も判定の資料に加えるため作成され、進学の合否判定に際し相当程度の比重を持っている。ところが、その記載内容を生徒・親らがチェックできる制度が保障されていない。また、どのような事項を記載するかについて明確な基準がなく、教師の恣意的判断に基づく場合があることや、行動に対する評価が主観的判断に基づいてA、B、Cという形でランク付けされるという問題がある。たとえば、欠席理由、病歴の記載、問題行動及び部活動の態度不良などの記述により、その生徒の公立校入試への道が閉ざされた実例も報告されている。


 このような内申書(調査書)の存在の結果、子どもの権利が十分に保障されていない日本の学校においては、生徒らは、学校側の主観によって内申書に不利益なことを記載されることのないよう、正当な主張であっても学校や教師に反対するような意見表明ができず、違法な体罰等に対しても抗議することができなくなってしまっている。


 このように、内申書は学校における生徒らの権利行使を萎縮させているが、教師はこのような状況を容認しており、さらにこれを利用して生徒らの権利行使を妨げている者すら存在する。


481.


③ 学校事故等の報告書

 学校は学校事故、体罰、いじめ事件等について報告書を作成して保有し、教育委員会に提出している。これらの報告書は、生徒本人から事実関係を確認しないで、一方的に学校側に都合のよい事実だけが記載され、学校側の責任を回避するような内容であったりすることが少なくない。しかも、本人に開示されないため正確性のチェックができず、また開示はしても訂正の要求に応じないため不正確な情報が公的な記録として残ってしまい、子どもにとって不利益となる可能性がある。


482. もっとも最近では、次第に開示に向けた動きもある。一定の範囲では教育個人情報を開示する制度を設ける自治体もあり、一般的な個人情報保護条例や情報公開条例を活用して開示を得られる事例も出てきている。また、調査書(のうちの成績欄部分)の開示の決定を高校への願書提出までにしなかったことは違法であるとして損害賠償を認めた裁判例もある。


483. しかしながら、このように教育個人情報の本人への開示への動きがある一方で、まだ学校側の抵抗が大きいのが現状である。たとえば、指導要録を全面開示すべきとの審査会の答申に反して教育委員会が一部しか開示しない事例や、体罰事件に関する校長報告書の非公開決定に対し母親が提訴し、裁判所(一審)が母親への公開をすべきであるとしたが教育委員会側が控訴した事例もある。さらには、教育個人情報が開示されるようになると、重要なことを書類に記載できなくなるといった学校関係者の意見さえ聞かれるほどである。大阪府において1996年10月から個人情報保護条例に基づく内申書の開示の請求に対して全面開示に応じる方針が検討されていることが報道された際、文部省高等学校課の話として「内申書や指導要録の開示については、開示を前提とすると、公正かつ客観的な評価が行われないおそれがある。」とのコメントも同時に報じられている。


484. このような学校側の非開示の対応は、生徒や親の自己情報コントロール権を侵害するものであり、生徒側が学校側に対し不信感を抱く一因ともなっている。政府は、教育個人情報について、収集、内容、利用のいずれの側面においても、生徒本人及び親の権利を保障する制度を直ちに整備するべきである。


H 学校教育の内容等について

提言


1 知識記憶学習に偏った学校教育カリキュラムを抜本的に改め、条約第29条1項に合致させるべきである。


2 学校教育カリキュラムは、生徒が真にゆとりを持つことができるものとすべきである。


3 学校における1クラスあたりの標準の生徒数を減らすべきである。


4 教師による心情的・主観的な評価になりやすい学力観は改められるべきである。


5 日本において根深い学歴社会、学校至上主義の風潮をなくすための啓蒙・指導の具体的方策を取るべきである。


485. 学習指導要領は「教育課程の基準」として文部大臣が公示するものであるが(学校教育法施行規則第25条等)、文部省は学習指導要領は法的拘束力を有するとの立場に立っている。また、学校において使用する教科書は文部省検定に合格したものの使用が求められている。これら学習指導要領及び検定教科書の内容は膨大であり、また、思考力発達のための学習よりも知識記憶のための学習に偏っており、「詰め込み教育」とさえいわれている。


486. そして、これら学習指導要領に沿った授業や検定教科書の使用は教師の職務であるとして、これに違反した教師は職務命令に違反したものとされる結果、生徒はこのような内容に沿った授業を受けなければならない。


487. しかも、1クラスあたりの生徒の数が多いうえに(公立小・中・高校では、40人が標準とされている)、教師は学習指導要領に沿って授業を進めざるを得ないために、授業内容が理解できず、また学習意欲がわかない生徒が多数存在するに至っている。その結果、学歴社会で学校成績に対する評価が人格的な評価にも結びつけられがちな日本社会においては、授業についていけない子どもたちは、大変な不充足感を味わっている。


488. なお、1989年の学習指導要領の改訂では、「知識・理解・技能」より「関心・意欲・態度」を重視する新しい学力観が示された。しかし、この新学力観も、「態度の善し悪し」を第一義的に見ていこうとする心情的・主観的な評価をすることにより、管理の強化につながりやすいという問題点を含んでいる。


489. また、文部省は月2回学校5日制やカリキュラムに「ゆとりの時間」を設けるなどしたが、現実には登校日が減少した分だけ他の日の授業時間数が増加したり、「ゆとりの時間」に教科学習をしている例も存し、事態は改善されていない。


490. 1996年7月に出された第15期中央教育審議会の文部大臣宛第一次答申も「ゆとり」の必要性を強調して、学校週5日制の完全実施を提言し、また過度の受験競争の緩和の必要性も強調した。同年8月には、学校週5日制の完全実施に合わせての教育内容の全面的な見直しが文部大臣から諮問された。しかしながら、学校での教育内容が変わっても受験をとりまく社会全体が変わらなければ効果は薄く、むしろ受験産業が栄えるとの指摘や、1977年の学習指導要領改訂を示した当時の教育課程審議会でも「ゆとり」を目標に授業時間数の1割減が答申されていたが、「ゆとり」は実現していないとの指摘もある。


491. 学校教育は、条約第29条1項(a)が定めるように、「児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力を可能な最大限度まで発達させる」ものでなければならない。しかし、単にカリキュラムの変更では、その実現は不可能であり、日本において根深い学歴社会、学校至上主義にメスを入れる必要がある。


I 生徒及び親の思想・良心・宗教の自由の侵害

提言


1 学校行事等における「君が代」「日の丸」の事実上の強制をやめるべきである。


2 生徒や親の信じる宗教教義に基づく行為等に対して学校が不利益措置をとることを禁止すべきである。


1 「君が代」「日の丸」について

492. 文部省は、国民の間で大きく意見が分かれている「君が代」「日の丸」を国歌、国旗であるとして、学校の式典で斉唱や掲揚をすることを学校に事実上強制し、これに伴って、「君が代」「日の丸」に賛同しない子どもの思想・良心の自由が侵害されている。


2 宗教教義に基づく行為等に対する学校の不利益措置

493. 日曜日午前中の教会での礼拝参列のために、同時間帯に行われた学校の父親参観授業に出席しなかった生徒が欠席扱いとされた事例や、格闘技を禁じる教義の宗教を信じる生徒が必須科目の剣道実技の授業に参加しなかったことにより留年、退学処分とされた事例(これは違法とする判決が最高裁判所で確定したが、救済までに長期を要した)などがあり、これらは、生徒自身の宗教の自由や親の権利を侵害するものである。


494. 以上については、[Ⅳ-D]参照。


J 外国人の子どもの教育

495.[Ⅷ-C-1]参照。


K 学校事故(学校災害)

提言


1 学校施設設備などの外的条件に関する十分な安全最低基準を法定すべきである。


2 教職員への安全教育を徹底すべきである。


3 生徒に対しても、自ら危険を回避できるような能力を身につけるための安全教育指導を行うべきである。


4 日本体育・学校健康センターからの給付金の制度について、給付内容を十分なものとするとともに、より請求しやすい手続とするよう改めるべきである。


5 学校事故について無過失災害補償制度を確立すべきである。


496. 日本体育・学校健康センターの調査によれば、同センターの災害共済給付の対象となった学校の管理下における災害の発生件数は1993年度は111万件余(うち死亡は166件)もある。同災害共済への加入児童・生徒等数は2,100万人余であり、1人が複数件数の災害にあっていないと仮定すると、ほぼ5%もの子どもが給付対象となる災害にあっている。これ以外にも、給付対象とならない災害(療養費が3,000円未満の負傷等)は多数発生しているものと推測される。


497. 学校事故の原因としては、学校設備の欠陥、教師の指導上の不注意、教師の体罰など学校側に原因があるものが多い。また子ども間でのけんかやいじめが直接の原因である事故も、学校、教師が十分に指導していれば避けられたはずである。


498. そこで、まず学校施設設備などの外的条件に関する十分な安全最低基準の法定、教職員への安全教育の徹底などが必要であるが、現状ではほとんどなされていない。


499. また、子どもに対する安全教育については、これまでは学校側から見た危険から子どもを物理的に遮断することに重点が置かれていたが、自ら危険を回避できるような能力を身につけるための安全教育、指導を行うことも必要である。


500. 学校事故に対する事後的救済としては、日本体育・学校健康センターからの給付金があるが、給付内容や支給期間が限定されているなど補償が不十分である上、請求するにあたっては校長などを経由することを要求しており、給付請求権が2年で消滅時効にかかるなど、手続上の問題点も存在する。


501. また給付金額を超える損害賠償請求の場合には、判決までに長期間を要し、また、死亡や労働能力喪失に伴う逸失利益算定にあたり、賃金センサスを基礎として算定する方式では、認定損害額がきわめて低額になってしまうのみならず、過失相殺による減額がされることも少なくないため、結局十分な補償とはなっていない。このような問題点を踏まえ、日本弁護士連合会は、1977年に無過失災害補償制度の確立を求めて提言したが、現実化していない。


L 休息、余暇、遊び、文化的・芸術的活動について(第31条)

提言


1 子どもが自由に過ごせる時間を十分に確保できるような具体的措置をとるべきである。


2 子どもが日常的にかつ安全に遊べる場所、設備を確保すべきである。


3 子どもの文化的、芸術的活動のための施設その他の条件整備を十分に行い、そのための予算措置をとるべきである。


1 時間の不足

502. 学校における教育内容が、前記Hのような「詰め込み教育」となっており、また子どもに対し多くの宿題等が課されるため、子どもは学校以外の場においても、知識偏重の教科学習に多くの時間を割いている。さらには、偏差値による学校のランク付けが一般化していて、より偏差値の高い学校への進学が親や学校から奨励され、学校以外の塾などにも多くの子どもが通っている。


503. 文部省の調査によれば、学習塾に通う小学生、中学生の比率は、1985年にはそれぞれ16.5%、44.5%だったが、1993年にはそれぞれ23.6%、59.5%にまで大幅に上昇している。


504. また、1995年、月2回週休2日制実施に伴い、休日となった土曜日の子どもたちの状況を文部省が調査した結果、「遊びや運動」、「勉強」、「テレビ」などを含む選択肢の中で、「ゆっくり休養」したとの回答が、幼稚園、小、中、高校生のほとんど全てで1位~2位を占めた。これは、子どもたちが疲れていることを示しており、学校週5日制の実施により、かえって平日に負担が集中していることを示唆するものである。


505. 中学、高校では、部活動への参加が強く要請され、多くが運動部に所属しているが(運動部に所属している生徒は中学生が4人に3人、高校生が2人に1人の割合)、日曜、祝日、長期休暇を含め、その活動に大幅に時間をとられている。1996年10月8日付け朝日新聞では、部活動のある日が週6~7日とする者がほぼ7割にも達していて、生徒に「疲れがたまる」「休日が少なすぎる」「遊んだり勉強する時間がない」等の悩みがあるとの報道があった。


506. このように、子どもたちは、休息、余暇の権利が十分に保障されていない。そしてその結果、遊びやレクリエーション的活動、文化的及び芸術的活動を行うための十分な時間を確保することができない。


507. ところが、[政府報告書232]以下では、条約第31条に関する報告の箇所において、この問題点が何ら意識されていない。


2 子どもたちが求める遊び場の不足

508. 子どもたちの住居の周りから自然な遊び場が失われつつあり、自動車の交通量が増えるなかで、交通事故の危険が増大している。その結果、子どもたちが安全に遊べる場所、設備が決定的に不足している。


509. 最近、子どもたちの遊びは外遊びからテレビゲームなど室内遊びに比重が移ってきており、これは、特に都市部において、公園など日常的に遊ぶことのできる場所が減少していることが一因となっていると推測される。


510. [政府報告書233~242]においては、「レクリエーション施設」と称するものが多く挙げられているが、子どものレクリエーションに果たす役割はきわめて小さい施設も含まれている上、子どもたちが日常的に利用できる施設は少なく、日常的に遊べる身近な場所との観点から見るとまったく不足している。


511. [また政府報告書243]には「子どもにやさしい街づくり事業」の実施が挙げられているが、この事業自体一般にほとんど知られていないだけでなく、子どもたちの意見が反映されるべきことが事業内容に謳われておらず、子どもたちが本当に必要とする遊び場が確保される保障がない。


3 子どもが利用しやすい文化的・芸術的活動のための施設の不足

512. 子どもの文化的・芸術的活動のための施設その他の条件整備や予算措置が不十分である。


513. たとえば、美術館、劇場、コンサートホール、映画館等は、その入館料について子ども料金が定められていても、なお子どもにとっては高額であるなど、子どもが気軽に入館できる施設が少ない。


514. 入館料の無料化またはこれに近い低料金化や、子どもの専用の施設や専門スタッフの配置などが求められる。


515. このように子どもたちは、時間的にも場所的にも、また、仲間づくりの面でも、非人間的な環境の中で生活せざるを得ず、それが子どもの健全な成長発達をゆがめている。


(注1)栃木県茂木町立中学体罰自殺事件(日本弁護士連合会編『子どもの権利マニュアル』子どもの人権救済事件一覧No.18)


(注2)千葉市立宮野木小体罰事件(同上No.20)


(注3)東京都東村山市立久米川小学校体罰不登校事件(同上No.38)


(注4)下瀬谷中体罰事件(同上No.40)


(注5)岡山市立旭東中学校体罰事件(同上No.75)


(注6)名古屋弁護士会「体罰根絶のための8つの視点、4つの提言」(1995年7月)


(注7)平成6年5月20日文初高149号文部事務次官通知「『児童の権利に関する条約』について」第6項


(注8)静岡県私立高校退学事件(前掲書・子どもの人権救済事件一覧No.31)


(注9)都立秋川高校退学勧告事件のA(同上No.37)


(注10)安佐北高校大量退学強要事件(同上No.76)


(注11)四街道市立中学生徒隔離事件(同上No.25)


(注12)修徳高校パーマ退学訴訟事件(最判平成8年7月18日)


(注13)国分寺町立A中学校自転車通学等交通切符制度事件(前掲書・子どもの人権救済事件一覧No.15)


(注14)前掲文部事務次官通知・第4項


(注15)京都府立南陽高校帰宅指導措置事件(前掲書・子どもの人権救済事件一覧No.15)


(注16)兵庫県立高塚高校校門圧死事件(1990年7月6日)


(注17)1996年2月22日、最高裁判所は丸刈りや制服着用を定める校則の無効確認を求める訴訟で、校則違反に対する日常的な嫌がらせや教師の冷遇、内申書の不利益記載等の様々な不利益が十分に予測されるにもかかわらず、この校則には法的拘束力がないとして、救済を拒否した。


(注18)高槻市内申書非開示処分取消請求事件(大阪地判平成6年12月20日・大阪高判平成8年9月27日)


(注19)1996年5月22日付朝日新聞によると足立区教委で五つ目。


(注20)品川区。朝日新聞1996年5月24日付


(注21)朝日新聞1996年9月10日付朝刊


(注22)なお、1995年7月25日付朝日新聞等によると、文部省と日教組が指導要領は「教育課程編成の大綱的基準」であることを相互に確認し、これを前提に文部省も「教育現場の創意工夫」を積極的に認めることで合意したとの報道がなされている。


(注23)朝日新聞1996年8月26日付夕刊


(注24)なお、給付件数は、給付が月単位のため1993、94年度とも各約160万件にのぼっている。


(注25)厚生省児童家庭局育成環境課監修『児童環境づくりハンドブック(平成8年度版)』58頁


Ⅷ 特別保護措置

A 少年司法(第40条、第37条、第39条)

提言


1 一般に防御能力が低く資力に乏しい少年のために、少年の被疑者段階から家庭裁判所での処遇決定段階に至るまで、法的な援助が必要な少年の防御権を保障するための公的な費用による弁護人・附添人選任制度の実現を目ざすべきである。


2 事件の性質、身柄拘束の場所及び接見の日時の如何に関わらず、弁護人・附添人と少年との自由かつ十分な面会を保障すべきである。


3 少年に対する身柄の拘束が最後の手段であるという基本原則を確認し、逮捕、勾留や観護措置が不必要かつ安易に行われている実態を改めるとともに、代替手段を検討すべきである。


4 少年に対する身柄の拘束期間を最短期間にするべきという基本原則を確認し、国内法の規定の趣旨にも抵触する勾留の延長や観護措置の延長が広く行われている現状を、早急に改めるべきである。


5 3、4の身柄拘束の補充性を確保するために、勾留質問手続における弁護人の立会権及び意見陳述権、並びに観護措置決定手続における附添人の立会権及び意見陳述権を保障すべきである。


6 現行法上不服申立手続が保障されていない被疑者段階での逮捕及び家庭裁判所送致後の観護措置決定による身柄拘束に対して不服申立の手続を法定すべきである。


7 児童福祉法による行政手続としての一時保護について、身柄拘束期間の限定を設け、かつ不服申立の手続を法定し、児童福祉法上の事実調査や身柄拘束の対象となっている子どもに対して、弁護人の援助を受ける権利を保障すべきである。


8 捜査機関たる警察署内の身柄拘束施設である留置場(代用監獄)への少年の勾留を直ちにとりやめ、早急に代用監獄を廃止すべきである。


9 政府は、逮捕権の濫用や暴行、脅迫等を用いた違法な取調べ等の、少年の人格・尊厳を傷つける捜査活動が存在する実態を正確に把握し、そのような捜査を根絶するための警察に対する指導・監督などの具体的方策を確立すべきである。


10 少年事件の捜査段階に関し、その特性に配慮し、国際準則に合致した特別の法律が制定されるべきである。


11 少年の防御権を保障し、捜査の可視化を実現するために、弁護人の取調べ立会権を認めるべきである。仮に、捜査機関が弁護人立会の申し出があるにもかかわらず、これを認めずに取調べを行った場合には、その取調べで得られた証拠には証拠能力がないとして証拠排除する原則を確立すべきである。


12 日本政府は、条約第37条(c)の成人との分離に関する条項の留保を撤回すべきであり、少年の人格・尊厳に配慮した身柄拘束下での成人と少年の分離を行うために、現状では完全な分離がなされていない身柄拘束施設や護送時の車両における分離を徹底するとともに、現在進められている成人施設と少年施設の統合計画である北九州矯正センター構想を直ちに撤回すべきである。


13 逮捕された少年について、家族の面会の権利を認め、また勾留及び観護措置により身柄拘束されている少年について、家族の面会に十分な時間を確保し、土曜日、日曜日、祝日や執務時間外(早朝、夜間)の面会も認めるべきである。


14 少年事件の手続においても無罪の推定が当然の原則とされることを確認し、少年や保護者に対する権利の告知、少年司法制度の理解のための広報を行うべきである。


15 被疑事実、黙秘権及び弁護人・附添人選任権の告知について、少年の理解を助け、防御権の保障を実効化するために、告知を口頭で行ったうえで、さらに少年及び保護者に対して説明文書を交付するよう制度を改善すべきである。


16 少年に対する公平な裁判を実現するために、現行法に明文規定のない、偏頗な裁判を行うおそれのある裁判官に対する少年の忌避申立権を法定すべきである。


17 捜査を終結した後に家庭裁判所の審理が開始される原則にもかかわらず、家裁審理開始後に捜査機関の補充捜査が無制限に行われている実態について、少年の公平な裁判所の裁判を受ける権利に対する不当な侵害の契機をもつものとして、早急に改善すべきである。


18 少年の証人尋問権、反対尋問権を実質的に保障すべく運用を改善するとともにその権利について明文の規定を設けるべきである。


19 少年に通訳費用を請求することができると規定している少年法第31条の規定を改めるべきである。


20 政府は、日本の少年法制が20歳未満の者を「少年」として取り扱っている事実を重視し、犯行時20歳未満であった少年に対しての死刑を禁止すべきである。


21 少年法第20条による刑事処分相当を理由とする検察官送致や非行事実の存在を認定したうえでの不処分決定に対して、少年に不服申立権を認めるべきである。


22 家庭裁判所の保護処分決定については、裁判所に決定書の作成・交付が義務づけられていない一方で、抗告は2週間以内にその趣意を明示して行われなければならないとされており、少年の抗告がきわめ困難となっているなどの実情を改め、少年の抗告権を実質的に保障するように手続を整備すべきである。


23 少年の不服申立権の実質的な保障のために、抗告審及びその後の差戻審における不利益変更禁止の原則の適用を明確にし、この原則に反する運用が存在する現状を改めるべきである。


24 少年の独立した裁判所での裁判を受ける権利を保障し、少年の最善の利益を守るために、少年に対する家庭裁判所での不処分決定に関して、一事不再理効が当然に及ぶという基本原則を確認したうえ、すでに家庭裁判所で不処分決定を受けた少年について、同一の事件で再度刑事裁判所に起訴するという運用を直ちに改めるべきである。「調布事件」の公訴は取り消されるべきである。


25 少年に対する保護処分決定に対する再審規定を明定し、保護処分終了後でも再審申立ができるように改善すべきである。


26 多様な処遇制度の確立のために、個々の少年のニーズに合ったプログラムを用意し、特に社会内での非拘禁的処遇の充実をはかるべきであり、施設内処遇は最後の手段として最短期間の拘束となるように改善すべきである。


27 少年院に収容されている少年について、「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」の各規定に照らして、①収容中の少年に認められる権利や不服申立権に関する情報が与えられていない、②必要な私物の所持を禁じられている、③作業の選択権や作業に対する十分な報酬が与えられていない、④家族や友人との十分な面会や通信が保障されていない、⑤懲戒として、独房類似の施設で処遇されることがある、⑥成績の評価等に対する不服申立の機会が与えられていない、などの少年の処遇上の問題点を早急に改善すべきである。


28 政府は、少年司法手続の対象となっている子どものプライバシーが保護されるべきものであることを確認し、少年の実名をセンセーショナルな形で公表している一部マスメディアの報道姿勢が、子どもの社会復帰の権利を奪うものであって許されないことを明確にするなどの有効な対応策を樹立・実行すべきである。


1 日本の少年司法の現状と問題点

516. 日本の少年法は、20歳未満の者を少年と定め、少年が犯罪を犯した場合には、すべての少年は家庭裁判所に送致され、成人の刑事訴訟手続とは異なる少年審判手続で審理される旨を定めている。少年法は、少年に対する処罰ではなく、少年の健全育成を目的としており、その目的実現のために、家庭裁判所の少年審判には少年を弾劾しその責任を追及する立場にたつ検察官の関与を排除している。


517. 家庭裁判所が、罪質及び情状に照らして刑事処分が必要と判断した場合には、16歳に達している少年に限って、検察官に送致された上、刑事裁判所で審理されて刑事処分を受ける場合があるが、その数は一般保護事件の0.7%である。


518. 少年審判に関する手続規定は、きわめて簡単であり、「少年審判は懇切を旨として、なごやかに」行わなければならない、非公開とすると定められているのみであり、少年に対し適正手続を保障する規定はない。たとえば、附添人は選任することができると定められているが、附添人は弁護士でなくともよく、附添人選任権を実質的に保障する国選附添人制度は定められておらず、証人尋問請求権や反対尋問権等の規定がないことは後に詳細に述べるとおりである。


519. 成人の刑事手続には刑事訴訟法が適用され、同法には、国選弁護人制度、証人尋問権、反対尋問権、書面により公訴事実を告知される権利等が規定されているが、少年に対してはこれらの権利は保障されていない。少年に対する権利保障は、成人以下にとどまっているのである。


520. [政府報告書264、267]等は、刑事訴訟手続と少年審判手続を並列的に記述しているが、前述のとおり、ほとんどの少年には刑事訴訟手続ではなく少年審判手続が適用されるのであり、その場合に成人より貧弱な権利保障しか認められていないことに留意すべきである。


521. 現行少年審判手続については、子どもの権利条約や「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)等の国際準則に従って、少年の最善の利益を実現し、かつ少年の意見表明権を重視するという観点から、少年の健全育成という理念の維持と適正手続の保障が求められている。


522. ところが、最近の日本の少年審判手続の運用の現状及び現職の裁判官等から提起されている少年法改革の方向は、子どもの権利条約を無視するか、むしろ逆行するものである。


523. 第1に、最高裁判所は、少年の権利を侵害する実務運用を肯定する決定を下している。


524. たとえば、日本の少年審判手続においては、捜査機関は捜査を遂げた上で、全ての捜査資料を家庭裁判所に送致しなければならず、送致後は、捜査機関は補充捜査を行ってはならないという運用が、少年の健全育成に不可欠のものであるとして、長年にわたり行われてきた。ところが、1980年代から少年が事実を否認する事件について、家庭裁判所の指示により、あるいは捜査機関が独自に、補充捜査を行う運用が行われるようになってきた。中には、証人が審判廷で少年のアリバイを証言した翌日に警察官が証人を連行し、アリバイ供述の撤回を迫るなどの事件もあった。これらは、家裁送致後は、全て捜査機関から切り離し、少年の健全育成を目的として審理を行うという少年法の理念に逆行するものである。ところが、1990年10月24日、最高裁判所は、このような捜査機関の補充捜査を肯定し、違法でないとする決定を下した。


525. また、最高裁判所は、1991年3月29日、傍論ではあるが、家庭裁判所が事実を審理した上で非行事実なしとして不処分決定をしたとしても、その決定には一事不再理効がないという判断を示した。これは、少年が家裁で主張立証を尽くして、ようやく不処分決定を勝ち取ったとしても、さらに成人になると刑事裁判所に起訴される可能性をしめすもので、少年をきわめて不安定な地位におき、再度刑事訴追の負担を負わざるを得ないことが生ずるという意味で、きわめて不合理な決定であった。果たして、その後、実際に家庭裁判所で不処分決定を得た少年について、刑事裁判所に起訴されるという事例が生じているのである(東京・調布事件)。


526. 第2に、凶悪な少年事件が発生すると、一部のマスメディアは、「現行少年法は甘すぎる、少年にも厳罰を与えよ」というキャンペーンを行うことがしばしばである。裁判所も、このような世論に応えるように、少年の健全育成よりも社会の安全や社会秩序の維持、被害者感情等を重視した判決を下している。たとえば、1991年7月12日、東京高等裁判所は、「犯罪の内容が重大、悪質で、法的安全、社会秩序維持の見地や、一般社会の健全な正義感情の面から、厳しい処罰が要請され、また、被害者の処罰感情が強く、それがいたずらな恣意によるものではなく、十分首肯できるような場合には、それに応じた科刑がなされることが、社会正義を実現させる所以」であると判示した。


527. また、日本では、18歳以上の場合ではあるが、非行時少年であった者に対して、同様の判断から死刑判決が下されていることは、後述のとおりである。


528. 第3に、最近、少年審判に検察官を関与させるとともに現行法では認められていない検察官による抗告権を認めるという改正案が、現職の裁判官らから提起されている。これは、提案者からは「適正な事実認定の実現」を目的とするものであると説明されているが、現実には、検察官が「少年を弾劾し、責任を追及する」者として登場するのであり、少年の健全育成の理念に反することは明らかである。


529. 少年事件における捜査は、少年審判とともに重要な段階である。特に、日本では、少年が警察に逮捕され、勾留されると、その身柄拘束期間は最大23日間許容されているため、その間に少年に対する重大な人権侵害が行われることがしばしばある。


530. 少年は、防御力が弱く、捜査官の誘導や暴行脅迫により、成人より容易に虚偽の自白をしてしまうおそれがあり、捜査段階では特別な配慮が必要であることは、審判段階にまさるとも劣らない。ところが、この捜査段階について、少年に適用される特別な法律はなく、成人と同じ刑事訴訟法が適用される。[政府報告書275、277]には、警察の捜査に関し、犯罪捜査規範、少年警察活動要綱等少年の特性に配慮した規定が存することが述べられているが、これらの規定は警察の内部規定に留まっており、しかも現場の警察官への周知徹底はなされておらず、実際の捜査では、まったく活用されていない。


531. なお、刑事訴訟法上、成人と少年とを問わず、捜査段階では、国選弁護人制度が認められていないことに留意すべきである。


2 少年司法の目的と少年の健全育成、社会復帰の権利(第40条1項)

532. 日本の少年法が、本来、少年の健全育成を目的とし、社会復帰の権利を重視したものであること、それにも関わらず、その目的に逆行することになる法改正の提案が行われていることは、すでに述べたとおりである。


533. 少年法は、少年が犯した犯罪について本人を推知できるような報道を禁じている。これは、少年の社会復帰を促進するための規定であり、多くの事件では、これが遵守されているが、1989年の東京・綾瀬女子高生殺人事件や1993年の千葉県で発生した殺人事件等では、「野獣には人権はない」との主張のもと、少年の実名を報道するマスコミが現れた。これらは、本条2項(b)(vii)のプライバシーの保護に反するとともに、少年の社会復帰の権利を奪うものである。


534. 少年の捜査が、基本的に成人と同じ刑事訴訟法に基づいて実施されており、少年の特性に配慮した方法により行われていないことはすでに述べたとおりである。逆に少年に対して、自白を強要する等の違法な捜査が行われていることは後述のとおりである。


3 少年の弁護人・附添人依頼権(第37条(d)、第40条2項(b))

535. 少年が、刑罰法規への抵触が疑われている自分の事件のために、弁護士である弁護人・附添人を選任することは、日本において、憲法上(第31条、第34条、第37条)及び法律上(刑事訴訟法第30条、少年法第10条)保障された権利である。


536. しかし、この弁護人・附添人依頼権は、身柄拘束中のいずれの段階においても、実質的に保障されているとは言えない。なぜなら、少年には、捜査段階や、家庭裁判所に事件が送致されて裁判所の司法判断を受ける段階では、国または公の費用で弁護士を依頼する権利が保障されていないからである。一般に資力に乏しい少年の弁護人・附添人依頼権を実質的に保障するためには、公的な費用によって弁護人・附添人が選任できる制度が必要である。[政府報告書264、279]は、弁護人・附添人選任権の存在を説明してはいるものの、この権利を実質化するための制度改善の緊急の必要性にはまったく言及しておらず、非常に不十分なものとなっている。


537. ところで、日本弁護士連合会では、1990年から、主に捜査段階の、少年を含む被疑者の申し出に対して無料で1回の弁護士接見を行う「当番弁護士制度」を開始した。1992年10月には、全国の単位弁護士会で制度を実現して、弁護士へのアクセスを高める工夫を行っている。さらに、この制度と連動させて、資力のない者の弁護人・附添人依頼権を実質的に確保するために、財団法人法律扶助協会による法律扶助を利用して弁護費用等を立て替えて援助する、捜査段階での被疑者への「刑事被疑者弁護人援助制度」と家庭裁判所での少年への「少年保護事件附添人扶助制度」を実施している。


538. このような工夫によって、道路交通事件を除く少年の一般保護事件の家庭裁判所における附添人選任率が1977年では総事件の約0.34%であったものが、1994年には約1.12%(以下、本項のデータは最高裁判所事務総局編『司法統計年報』による)となった。ここ数年の、少年に対する附添人の選任率は、徐々に向上している。


539. しかし、家庭裁判所での審判事件全体に占める附添人選任の比率は、依然として非常に低い。特に、附添人の援助の必要性が高い少年鑑別所に身柄拘束されている事件でも選任率が20%にも満たないことは、問題である。非行事実別でみても、弁護士附添人の選任率は、殺人が約61%、傷害致死が約53%、強盗致傷が約19%、強盗強姦が約52%、強盗が約14%、放火が約9%などとなっており、成人の刑事裁判であれば、必要的弁護事件として、弁護人が選任されるような重大事件においてさえ、非常に低く、少年に対する弁護士の援助が十分な状況と評価するには程遠い。


540. 前述のとおり、刑事裁判では、一定の重大犯罪の被告人に対しては、裁判の開廷の条件として必ず弁護人が選任されることとされ(刑事訴訟法第289条)、その他の者に対しても、被告人が権利を放棄しない限り、資力の乏しい者には国の費用で弁護人が選任されるのである(憲法第37条第3項)。防御能力が低いため、弁護人・附添人の援助の必要性も高く、かつ一般的に資力が十分でない少年に対し、成人に裁判所段階で保障されている国選による弁護人の援助を受ける権利すら保障されていない現状は、著しく不当な取扱いであり当然に改められるべきである。


541. 1993年11月4日、国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、「特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した。この勧告は、成人か少年かを問わずなされたものであるが、少年の場合については、捜査の被疑者段階から家庭裁判所での処分決定段階までの少年の防御権を保障するための公的な弁護人・附添人制度を実現すべきこと、及び実現へ向けての財政的な裏付けを確保すべきことを求めたものと解される。


542. 子どもの権利条約の第37条(d)は「弁護人その他適当な援助を行う者と速やかに接触する権利を有する」と規定し、第40条2項(b)は「刑法を犯したと申し立てられまたは訴追されたすべての児童は……防御の準備及び申立てにおいて弁護人その他適当な援助を行う者を持つこと」と規定している。加えて条約前文で引用されている国際準則である「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)7.1が、「弁護人依頼権は、……手続のあらゆる段階で保障される」と定めている趣旨を踏まえてみると、ここでは、捜査の被疑者段階から家庭裁判所での処分決定段階まで、少年の防御権を保障するために公的な弁護人・附添人制度を実現すべきことが要請されているのである。


543. 日本政府は、少年について、少なくとも身柄拘束後のあらゆる段階において、公的な費用による弁護人・附添人選任権を保障する制度を早急に確立するべきである。


4 自由を奪われた少年の権利(捜査・審判段階)

(1) 弁護人・附添人の接見交通権(第37条(d)、第40条2項(b))

544. 弁護人や附添人による身柄を拘束された少年との自由な接見交通(面会)の権利は、弁護人・附添人依頼権の中核をなすものとして、日本でも憲法第34条、刑事訴訟法第39条及び少年鑑別所規則第39条によって保障されている。


545. しかし、次に述べるように、現実は、弁護人・附添人の自由な接見交通権が十分に保障されていない。


546. なお、前述のとおり、国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないことを勧告したが、この「弁護の準備のための便宜」の中に接見交通権の保障が含まれることは言うまでもない。


① 通知事件制度の問題

547. 身柄を拘束された捜査段階での被疑者への弁護人による接見について、以前、法務省は、いわゆる「一般的指定制度」を運用し、一般的指定書で、弁護人と被疑者との接見を一律に禁止し、弁護人からの接見の申し出に対して発行する具体的指定書によって、その禁止を解除する取扱いをしていた(面会切符制)。


548. これに対し、日本弁護士連合会は、「一般的指定制度」が自由な接見交通権への重大な侵害にあたることから、この制度の廃止に向けて法務省との協議を繰り返し行い、この「一般的指定制度」は、「指定することがある旨の通知」を発する「通知事件制度」に変更された。


549. しかし、この「通知事件制度」においても、具体的に「通知事件」と指定された事件の場合には、弁護人の接見の申し込みに対して、常に検察官に具体的指定権を行使するかどうかの確認の後でないと接見が認められていない。つまり、弁護人の自由な接見を認めないのを原則とし、例外的に接見を個別に許可するという運用は残されている。


550. したがって、現在、法務省が運用している「通知事件制度」は、被疑者としての少年が弁護人と速やかに接触する権利を侵害しており、早急に改善されるべきである。


② 自由な接見(面会)日時の確保の必要性

551. 休日や執務時間外(夜間、早朝)の接見については、施設の管理上の支障を理由として、特に少年鑑別所、拘置所では、原則として、これを認めない運用がなされている。したがって、事件によっては、十分な接見日時の確保ができない事態が生じる。速やかに運用を改めて、少年が弁護人・附添人と速やかに接触する権利が侵害されている現実を改善するべきである。


552. また、少年院における弁護士の面会には、原則として、職員が立ち会う取扱いがなされていたが、1996年2月の法務省通達により抗告権の行使に係わる場合や別件保護が係属している場合には、立ち会わないことが明示された。しかし、少年院における弁護士の面会は、前記活動にとどまらない様々な内容を含むものであるから、少年院でも一般に弁護士には立会いのない自由な秘密面会の権利が保障されるべきである。


(2) 少年に対する身柄拘束の補充性と最短期間の原則(第37条(b))

553. 日本政府は、子どもの権利条約や「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)ほかの国際準則及び国内法の趣旨に基づき、身柄拘束を最後の手段として、しかも少年への負担が最も少ない手段・期間を選択するように、次に述べる運用を早急に改善すべきである。


① 逮捕の運用の問題

554. [政府報告書275]は、捜査機関の内部規定である犯罪捜査規範及び少年警察活動要綱の規定を援用し、「罪を犯した少年の年齢、性格、非行歴、犯罪の態様等に配慮して、逮捕権を運用している」と述べている。


555. ところが、現実には、逮捕の実態には問題が多い。裁判所の発した令状によらず、捜査機関が少年や保護者に何らの理由も告げず、少年の同意があると偽って、捜査機関の施設に無理矢理に同行したり(山形・鶴岡警察署違法取調べ事件、和歌山・岩出警察署警察官暴行事件)、あるいは必要性が乏しいのに保護者不在の時に敢えて逮捕状を執行したり、また親が少年の出頭を確約し、少年が学校に登校を継続していた事案について、「所在不明で逃亡のおそれがある」という虚偽の理由で逮捕状の請求をして、親に連絡もせず逮捕した(東京・町田警察署少年逮捕事件)などの事例が各地の弁護士会に報告されている。このような逮捕権を濫用する運用によって、少年の人格・尊厳が著しく害される事態が発生している。


556. したがって、政府は、捜査の実態を明らかにし、子どもの権利条約前文で引用されている国際準則である「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)7、10や前記の犯罪捜査規範及び少年警察活動要綱に適合した逮捕の運用を行うため、捜査機関に対する指導を徹底すべきである。


② 身柄拘束の補充性

557. 現行の勾留、勾留に代わる観護措置、観護措置といった各身柄拘束の期間や運用の実態は、子どもの権利条約第37条(b)の「逮捕、抑留又は拘禁は最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ用いること」という規定の趣旨に反するものである。


558. 同項の「最後の解決手段として」とは、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」北京ルールズ13.2や「自由を奪われた少年の保護に関する国連規則」第2条、第17条の趣旨に照らせば、少年の身柄拘束の要否の検討にあたっては、厳重な監督、集中的なケアあるいは家庭や教育的な施設ないしホームへの収容などの代替手段の確保がされているか、当該少年がそのような手段によったのでは審判を遂行することが困難であるか否かが検討されなければならない。


559. しかし、日本では、逮捕についてこのような代替手段は一切、制度的に用意されていない。また、逮捕に引き続きなされる身柄拘束である勾留(その期間は、10日間を原則とし、やむを得ない場合にさらに10日間の延長が認められる)についても、唯一、勾留に代わる観護措置がその代替手段とされているが、この代替措置がとられることはほとんどない。また、裁判所の勾留の可否の判断においても、代替手段では困難である事情について検察側から主張や疎明がなされることはなく、ほぼ成人と同様の要件該当性の審査だけで、安易な勾留がなされている。日本の少年法の規定上も、勾留については「やむを得ない場合」という限定はなされているが(少年法第43条)、ここに「代替手段の確保の努力」の事情はほとんど考慮されてこなかった。


560. そのため、[政府報告書276]ではまったく触れられていないが、実際には少年についても相当数の勾留がなされており、他方、勾留に代わる観護措置はほとんど活用されていない。


561. 今後は、仮に身柄拘束が必要と判断される場合であっても、勾留に代わる観護措置をより活用するとともに、勾留については「やむを得ない場合」の判断に「代替手段の確保の努力」を要件とする厳しい運用を行うことが要求される。また、勾留に代わる観護措置の要件についても、従来の解釈・運用では、成人の勾留の要件と同じでよいとされてきたが、厳重な監督、集中的なケアといった、より拘束的でない他の手段がないことを要件とすべきなのであって、この点でも解釈をより厳格にすべきである。


562. 勾留の場所についても、「教育的な施設ないしホームへの収容」という趣旨からすれば、少年鑑別所を勾留の場所とすることができるという少年法上の制度活用がなされなければならないが、実際には、鑑別所を勾留場所とする勾留はほとんど行われておらず、後述のように、成人との分離が徹底していない代用監獄への収容がほとんどである((6)参照)。


563. そして、このような要件の厳格化を図るために、現行では認められていない少年の勾留質問への弁護人の立会権及び意見陳述権を認めるべきである(子どもの権利条約第37条(d)及び第40条2項(b))。


564. 観護措置についても、その要件が実務上はきわめてあいまいで、実態としては、家裁送致時に身柄拘束されている少年については、原則として観護措置決定をするといった運用がなされている。観護措置決定における少年への質問もきわめて形式的なもので、実質的な要件検討はなされていない。


565. また、勾留に代わる観護措置にも言えることであるが、現在は、観護措置はほぼ100%が少年法第17条1項2号の少年鑑別所へ施設収容しての観護措置であって、調査官による在宅での観護措置(第17条1項1号)は死文化している状態にある。「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)が定める「厳重な監督」にあたるこの制度が、まったく無視されている実態は、代替的手段の検討を怠っているという意味で、本条約の趣旨に反するものである。


566. ここにおいても、勾留と同様、観護措置の要件の厳格化を図るために、現行では、裁判官の裁量に任されているため運用で否定される場合が多い観護措置決定手続への附添人の立会権及び意見陳述権を、制度として確立すべきである。


③ 身柄拘束の最短期間の原則

567. 次に、子どもに対する身柄の拘束は、「最も短い適当な期間のみ用いること」という点においても、日本の勾留や観護措置の期間の実態には問題がある。


568. 勾留期間の延長については、成人においても「やむを得ない場合」に限られており、少年の場合には、より一層厳格に延長の可否については判断されなければならないはずであるが、実際には少年であっても、重大犯罪である、あるいは共犯事件で取調べが長期化するなどの理由で、勾留の延長が安易に認められている。


569. また、少年鑑別所への観護措置も、少年法上は2週間以内を原則とし(少年法第17条3項第1文)、「特に継続の必要があるとき」に限り、例外的に2週間の更新が一回だけ認められている(同項第2文)。ところが、実際には観護措置の更新は原則化している。1994年の1年間で、観護措置が2週間以内に終了したのは約20%に過ぎず、約80%が2週間以上であり、さらに3週間以上の期間にわたったのが65%以上に達している。他方、観護措置が裁判官の職権で取り消されることは僅かである。


570. 以上の実態は、少年の身柄拘束を可及的に短くすべきであるという子どもの権利条約第37条(b)と国際準則の趣旨に反するものであり、延長における要件の厳格化をはかる運用の改善が急務である。


(3) 身柄拘束に対する不服申立手続の不備 (第37条(d))
① 逮捕に対する不服申立手続(準抗告)の不存在

571. 逮捕は、罪を犯したという嫌疑に基づいて行われる捜査段階での身柄拘束の第一段階であり、14歳以上の少年に対して最大限72時間の拘束ができる。


572. しかし、少年が逮捕期間内にその合法性を争う手続は、刑事訴訟法では独立に設けられておらず、勾留に関する不服申立手続である準抗告の規定を逮捕に準用することも最高裁判所の判例で否定されている。[政府報告書280]は、この重大な法的手続の欠如への言及を避けている。


573. この不服申立手続の不備は、子どもの権利条約第37条(d)の定める「自由の剥奪の合法性を争う権利」の保障に明らかに違反する。最大72時間となる身柄拘束の違法・不当を争えないことは、少年の権利を著しく侵害している。政府は、速やかに逮捕に対する不服申立の権利を保障する手続を立法する必要がある。


② 観護措置に対する不服申立手続の不存在

574. 非行事実に関する捜査が終わった少年は、家庭裁判所に送致され、非行の事実及び資質・環境に関する調査が行われる。家庭裁判所が、少年の処分を決定するために、少年鑑別所による資質鑑別が必要であると判断した場合には、最大4週間の観護措置の決定をし、少年の身柄を拘束し少年鑑別所に収容する。


575. ところが、現行法では、この観護措置決定に対する不服申立の手続は定められておらず、少年の不服申立の権利は認められていない。この手続の不備に対し、[政府報告書268]は、裁判官による職権での観護措置の取消し、変更ができることを述べて、手続に不備があることを認めようとしない。しかし、職権による取消し、変更の制度は、政府も認めるように、少年の不服申立の権利として保障されたものではない。したがって、仮に少年が観護措置の取消しを求めたとしても、少年の申立は法的な権利ではないから、裁判官は申立に対する判断を行わなくてもよいこととされ、取消しを認めない裁判官の判断に対して、少年がさらに上訴して争うこともできない。実際にも、少年から観護措置の取消しを申し出ても、裁判官としての判断を明らかにせず申し出を放置することが多く、さらに観護措置が裁判官の職権によって取り消される例も少ない。


576. したがって、観護措置に対する不服申立権を認めないことは、子どもの権利条約の定める「自由の剥奪の合法性を争う権利」の明らかな侵害である。速やかに観護措置に対する不服申立の権利を保障する手続を立法する必要がある。


③ 児童福祉法上の身柄拘束措置に対する不服申立権や弁護人依頼権の不備

577. 一定の事由があって、将来犯罪を犯す危険性があると認められる少年(ぐ犯少年)のうち18歳未満の者や刑事責任年齢に達していない14歳未満の者で刑罰法規に触れる行為をした少年(触法少年)に対しては、児童福祉法第33条に基づき、児童相談所長により、行政手続としての「一時保護」の措置がとられて、身柄が拘束されることがある。この「一時保護」は、期間が厳格に定められておらず、かつ「一時保護」による身柄拘束に対して不服申立の手続が実質的には存在しない点が問題である。また、対象となる少年に、この手続では公的な費用で弁護人の援助を受ける権利が保障されていない。


578. このように、児童福祉法による身柄拘束には、適正手続の保障との関係での問題が多くあるので、手続を整備する必要がある。


(4) 代用監獄の問題 (第37条(a)、(c))

579. 少年事件の捜査段階において勾留がなされた場合の多くが(およそ80%~90%)、捜査機関たる警察官が所属する警察署施設内の留置場(いわゆる代用監獄)に勾留されていることは非常に問題である。


580. 日本においては、本来、法務省の管理下の拘置所に拘禁されるべき者が、主に捜査の都合で、捜査機関たる警察署の管理下の留置場に収容されるという代替的措置が原則化している。


581. さらに、代用監獄の留置管理官と事件捜査官が同一の警察署長の管理支配下にあるため、捜査の都合と組織の論理及び同僚間の情義によって、恣意的な留置管理が行われて勾留者の人権を侵害する捜査が行われる危険性が常に存在している。


582. この代用監獄の利用によって、1日8時間以上の長時間の取調べや深夜の取調べなど、被疑者の尊厳を害する取調べ、脅迫・暴行・偽計など違法な手段を用いた取調べがなされていることが、裁判例や弁護士会への報告などを通じて多数明らかにされている。


583. このように代用監獄が人権侵害の契機を制度的に内包していることに対して、1993年11月4日、国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、代用監獄が捜査機関たる警察と別個の官庁の管理下にないことを「主たる懸念事項」として指摘し、代用監獄制度が自由権規約第10条に反しないように制度を改廃するように勧告を行っている。しかし、遺憾ながら、その後も日本政府は、代用監獄の制度改廃にまったく着手していない。


584. 日本政府は、国際人権〈自由権〉規約委員会の指摘を真剣に受けとめて、早急に代用監獄制度を廃止すべきである。


585. なお、その間の暫定的措置として、成人に比して、より防御能力が低い少年については、代用監獄は深刻な権利侵害の契機を持つのであるから、自由を奪われた少年の人格の尊厳を確保した取扱いを政府に義務づけた子どもの権利条約第37条(a)、(c)の趣旨に沿って、代用監獄に勾留しない制度の確立及び実務の運用を直ちに行うべきである。


(5) 拷問または他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い (第37条(a)、(c))
① 捜査機関による取調べの実態

586. [政府報告書107~109]は、国内法の原則を述べているだけで、捜査の実態の問題点についての言及のない、まったく不十分な内容である。


587. 確かに、少年に対する司法手続の中で、拷問または非人道的な取扱いや残虐な刑罰が許されないことは、日本の憲法上の原理である(憲法第31条、第34条、第36条ほか)。


588. また、このような取扱いの禁止は、刑事訴訟手続上も、強制、拷問や脅迫によって得られた自白について証拠とすることができないとする原則によって確認されている(刑事訴訟法第319条)。


589. 日本では、前述のように、犯罪を犯した20歳未満の少年については、成人の刑事訴訟手続とは別に、少年の健全育成の観点から、保護主義を基本理念とする少年法による審判手続が設けられている。この少年審判手続においても、憲法の適正手続の保障の趣旨から、前記のような刑事訴訟手続と同様の禁止事項が適用されることは、当然のことと解される。


590. しかし、実際には、被疑者たる少年に対して、捜査機関によって、主に前述した警察署施設内の代用監獄での勾留を利用した形で、暴行、脅迫、偽計その他少年の権利を無視したやり方での違法な捜査や取調べが行われている例が、裁判所の審判例や弁護士会の人権救済申立事件の中に多数見られる。


591. たとえば、弁護士会に対して人権救済の申立がなされた最近の事例を紹介すると、1994年の石川県警小松警察署の捜査担当警察官が少年(17歳)に対して「後で訂正してやるから供述調書に押印しろ」、「なめとるんか、このくそがき」「弁護士のいうことを信じるな」などと言って行った偽計・脅迫及び弁護権侵害による違法な取調べ、1993年の山形県警鶴岡警察署の捜査担当警察官が少年(小学6年生)に対して「お前がやったんだろう、吐け」などと怒鳴って後頭部を叩いたりした暴行・脅迫による違法な取調べの事例がある。


592. 条約採択以前にも、たとえば、1988年に警視庁板橋警察署管内の交番内で少年(17歳)が2人の警察官より暴行を受けた事件、同年に群馬県警富岡警察署の捜査官らが少年(17歳)の取調べの際に少年の後頭部を壁に打ちつけ、足蹴りにし、椅子で殴り付たりする暴行を交替で加えた事件などで人権救済の申立がなされ、弁護士会は、適正な捜査実施を求める勧告・警告等を捜査機関に行っている。


593. しかし、残念ながら、違法な捜査が存在する実態は、いまだ改善されていない。


② 弁護人の取調べ立会権

594. 少年の防御能力の不足を補い、捜査機関の違法な取調べを抑止する手段として、弁護人が取調べの立会いを要求する場合がある。捜査機関の内部規定である少年警察活動要綱は、第9条(3)で「(少年との面接は)やむを得ない場合を除き、少年と同道した保護者等その他適切と認められる者の立ち会いの下に行うこと」と明定している。ところが、それにもかかわわらず、弁護人の立会要求が捜査機関から拒否される例は、跡を絶たない。少年の取調べに際して、弁護人の立会いが要求されたときに、立会いを実現しないでなされた取調べは、子どもの権利条約第37条(d)や第40条2項(b)にも抵触する違法行為であり、その間に作成された捜査資料は当然に証拠能力がないものと考えるべきである。


③ 捜査の実態と政府報告書の問題点

595. 代用監獄の問題や身柄拘束の補充性の箇所でも指摘したように、子どもの権利条約第37条(a)、(c)に反する少年の尊厳や福祉を軽視した捜査方法は早急に改められるべきである。


596. [政府報告書]は、違法な捜査の存在する実態に目をつぶり、何らの報告もなさず、その改善策に言及しない。政府は、少年の保護と調和のとれた発達の視点に常に立って、子どもの権利条約を実施し、捜査の自律性や適正化を確保するべき義務を負っているのであるから、上記のような政府の姿勢は厳しく批判されるべきである。


(6) 身柄拘束下における成人との分離原則 (第37条(c))

597. 日本政府は、子どもの権利条約第37条(c)の第2文「自由を奪われたすべての子どもは、子どもの最善の利益に従えば成人から分離すべきでないと判断される場合を除き、成人から分離される」という条項について、「日本国においては、自由を奪われたものに関しては、国内法上原則として20歳未満の者と20歳以上の者とを分離することとされていること」という理由により留保を行っている(留保の不当性については、別項で述べた)。


598. ところが、日本では、この分離原則が不十分なままに放置されている。前述した捜査段階で勾留場所として使用されている警察署内の代用監獄では、居室の区分こそ一応なされているが、一連の居室のうち幾つかが少年用と指定されているだけで、成人用と同一の建物の隣り合った場所にある。しかも、多くの場合、少年用を含む一連の居室がくし型ないし扇型の配置になっていて、収容されている少年が成人の収容者と顔を合わせたり、挙動を感じることが避けられない構造になっている。また、裁判所や検察庁に出頭する必要が生じたときには、少年と成人が同じ車に乗せられて護送されることがある。


599. また、拘置所においても、少年と成人は、建物・場所を同じくしているため同様の問題がある。


600. ところで、日本政府は、1995年2月、法務省福岡矯正管区において、従来は各々の施設が別の場所にあった成人の刑務所、医療刑務所、未決拘禁者の拘束施設である拘置所と、少年鑑別所を同一建物内に統合する北九州矯正センター構想を発表した。この構想は、子どもの権利条約や前述の国際人権〈自由権〉規約の分離原則に反し、少年の人格の尊重を無視した措置である。日本弁護士連合会は、この構想の撤回を求める要請を法務省をはじめ関係当局に行っている。構想発表後、この構想を疑問視する弁護士会の活動、市民運動やマスコミ報道が高まり、この構想の問題点が国会の法務委員会等で取り上げられたことによって、現在、政府は成人の拘禁施設と少年鑑別所とを同一建物内に集合させた当初構想を変更せざるを得ない事態に追い込まれている。


601. このように、日本政府の少年と成人との分離原則に対する理解は十分でない。政府は、改めて分離原則の趣旨を確認して、少年の福祉や利益に合致しない分離原則違反の施策を直ちに変更するべきである。


(7) 身柄拘束中の少年に対する家族の面会・通信権 (第37条(d)、第9条3項)

602. [政府報告書128]は、制度の概要を述べているだけで、以下で述べるように、運用の実態にまったく言及していない。少年の生存・発達を確保し、最善の利益を実現する観点から少年と家族との接触の権利を保障した子どもの権利条約第37条(d)、第9条3項、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)15.2、「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」(自由規則)60に違反する実態から目を逸らしている。


① 逮捕された少年についての家族の面会

603. 逮捕された少年に対する面会は、実務の運用上、原則として禁止されている。そのため、家族は、身柄拘束の初期の段階で、少年の状況をまったく把握することができない。逮捕された少年は、最長72時間も、家族による適切な援助が受けられない状態に放置される。現在のような実務の運用は、早急に改められるべきである。


② 勾留された少年についての家族の面会

604. 面会が可能な場合でも、面会時間を10分から20分程度に制限されることがほとんどである。このような短時間では、家族との十分な接触が確保されているとは到底言いがたい。また、土、日曜日、祝日や執務時間外の面会は、認められていないから、働いている親の面会は容易ではない。運用を早期に改善するべきである。


③ 少年鑑別所に拘束された少年についての家族の面会

605. 観護措置によって少年鑑別所に収容されている間の、少年と家族との面会は、規則上は申し出があるときに(少年鑑別所処遇規則第38条)、通信については、所内の規則に反しない限り(同40条)、許可することになっている。しかし、実際は、たとえば、東京少年鑑別所の場合、面会は一律に週1回が妥当であると指導しているし、しかも土、日曜日、祝日や執務時間外は除かれ、かつ面会時間も20分程度と制限されている。家庭裁判所の少年に対する処分決定前の重要な時期に、少年と家族との十分な接触が確保されていない。このような指導は早急に改められるべきである。


5 自由を奪われた子どもの権利(少年院での処遇段階)

606. 日本の少年院では「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」に照らして、いくつか問題となる実態がある。


607. (1) 入所時の規則集・権利義務の説明文書の配布や不服申立の宛先住所・役所名と法的援助を受けられる機関の住所と名の告知を受ける権利(同規則24)については、入所時に守るべき義務についての栞などが配布され説明を受けているようであるが、収容中の少年の権利や不服申立に関する情報はほとんど与えられていない。


608. (2) 同規則35は「私物の所持」の権利の尊重を定めている。ところが、収容されている少年の平等性の確保や、効果的な処遇の実施、保安を根拠として、眼鏡と学習用具を除いて一般に私物を所持する権利は認められていない点が問題である。また、同規則36が定める可能な限りの私服着用の権利保障については、許可されて施設外に出るときや、退院間近などの特別な場合を除いて、下着を含めて私服着用は一切認められていない。


609. (3) 同規則43の「作業の種類の選択権」については、少年の希望を聞くことも少なからずあるようであるが、選択権までは与えられていない。


610. (4) 同規則46の「作業に対する報酬受領権」については、外部の企業で就業する場合を除き、院内での作業では、職業補導賞与金計算給与規程により、月額398円から289円の間で決めることができると規定され、少年院退院者のアンケートでも、1日原則10円、例外的に洗たく作業などが1日20円とされていることが多いようである。少年の側には、職業訓練を受けているのではなくて作業を行っているとの認識が多くあり、少年の意識やその作業の実態に照らして考えると、わが国労働者の最低賃金の数百分の1の日額は安きに過ぎるものと思われる。


611. (5) 同規則60は、家族との定期的かつ頻繁な訪問(原則として週1回、少なくとも月1回)を受ける権利及び無制限のコミュニケーションを保つ権利を規定している。少年院に送致された少年と家族との面会・通信については、矯正教育に害があると認められる場合を除き、許可することになっている(少年院処遇規則第52、55条)。しかし、実際は、少年院長の保護者に対する通知文で、面会は一律に月1回程度が適当とされていることも多く、また、土、日曜日、祝日や執務時間外の面会が制限されることもあり、かつ時間も30分程度と指導されていることが少なくない。これでは、少年と家族との接触は不十分である。


612. さらに、同規則61は、適法に制限されない限り、少年が選択した人物と書面あるいは電話で少なくとも週2回コミュニケートする権利を定めているが、家族以外の友人との面接・通信は、少年院において許可されることは稀であり、原則として禁止されている。このような指導は、早急に改められるべきである。


613. (6) 同規則67には懲戒としての密室または独房への収容の厳格なる禁止が規定されているが、日本の少年院では、少年院法8条1項3号に「20日を超えない期間、衛生的な単独室で謹慎させること」が規定されており、規則に違反した少年に対し、懲戒の一種として単独室へ20日以内の収容がなされている。単独室収容中は、基本的に単独室内で食事排泄し、日中の起居・就寝も一人で行い、担当職員との若干の接触はあるものの、他の少年との接触はできないことになっており、独房類似のものと理解されるので、本規則に抵触する疑いがある。


614. (7) 同規則75は「拘禁施設の長および許可された代表に対して、要望を提出しまたは不服申し立てをする権利が認められなければならない」と定めている。収容少年に対する成績評価の結果は、1991年6月1日の法務省矯正局長通達でも少年に個別に告知することになっているが、それに対する不服申立の機会が与えられていない。


6 少年に対する死刑及び終身刑の禁止 (第6条、第37条(a))

615.  日本の少年法では、犯行時18歳未満の少年に対しては、死刑を科さない定めになっており(少年法第51条)、かつ釈放の可能性のない終身刑の定めもないから、子どもの権利条約の規定には反していないようにも見える。


616. しかし、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)17.2によれば、少年にはいかなる理由があっても死刑を科してはならないことになっている。そして、前述のように、日本の少年法制は、20歳未満の少年を20歳以上の成人と明確に区別して異なった保護的な取扱いをしている。子どもの権利条約では、子どもの生命に対する固有の権利を認めて子どもの生命の尊重を定め(第6条)、人格形成の途上にあって保護的な取扱いをすべき者には死刑を科さないとする(第37条(a))。このような条約の趣旨をあわせて考慮すれば、日本では、少なくとも20歳未満の少年の犯罪に対しては、死刑を科すべきでない。


617. ところが、日本では、現実には、最近でも犯行時20歳未満の少年の犯罪に対する死刑の判決がなされている(たとえば、犯行時19歳1カ月の男子少年に対してなされた1996年7月2日東京高等裁判所の死刑判決)。


618. したがって、日本政府は、犯行時20歳未満の少年の犯罪に対しては、死刑を科さない旨を明文化すべきである。


619. 政府は、1993年11月4日、国際人権〈自由権〉規約委員会が、日本政府に対して、一般的な措置として、死刑廃止への措置を講じることを勧告していることを改めて想起すべきである。


7 適正手続の保障について(第37条、第40条2項)

620. 第40条2項では、特に、「国際文書の関連規定の考慮」が謳われており、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)をはじめとする国際準則の実施の観点から検証されなければならない。


(1) 無罪の推定(第40条2項(b)(i))

621. 成人の刑事裁判手続においては、無罪の推定が当然の原則とされ、実体的真実の追求より適正手続の保障が優先することが確立された原則となっている。


622. ところが、近時、家庭裁判所においては、保護・教育の見地から積極的実体的真実主義が必要であるとの主張が、現職の裁判官等からなされるようになっており、これを根拠として、裁判官が有罪立証へ向けて補充捜査を依頼することも許容されると論じられている。このような主張は、「実際には非行を犯しているのに、これを逃がすことは教育的ではない」という立論によるものであるが、家庭裁判所を積極的な実体的真実の追求の場とすることは、少年に対する無罪の推定を危うくするものであり、本条項の趣旨に反する。


623. [政府報告書263]は、少年審判手続においても合理的疑いを入れない程度に立証された場合にのみ保護処分に付することができることをもって、無罪の推定が保障されているとするが、それ以前に、裁判官が積極的に有罪立証へ向けての捜査を指揮する行為は、無罪推定の原則に反するものである。


624. 少年審判手続においても、無罪の推定が貫徹され、消極的実体的真実主義こそが追求されなければならない。


(2) 迅速かつ直接に被疑事実の告知を受ける権利、弁護人その他の適当な援助を受ける権利(第40条2項(b)(ii))

625. 少年に対しては、勾留質問時、観護措置決定時、審判時に、それぞれ、口頭での被疑事実、非行事実の告知が行われている。成人の刑事訴訟手続においては、起訴された後、起訴状が書面で被告人に交付されるが、少年審判手続では、そのような書面が交付されることはない。口頭で非行事実が告知されても、少年がこれを十分に理解し、防御を行っていくことは困難であり、子どもの権利条約の趣旨とする少年の防御権の実質的保障のためには、成人よりもより手厚い保障がなされるべきであって、各段階において、書面による告知が行われる必要がある。


626. [政府報告書264]は、「少年法は、児童及びその保護者に附添人選任権を認めている」としているが、実際は、ほとんどの少年審判事件で附添人が選任されていない。家庭裁判所における附添人選任率は、増加傾向にあるものの、依然として、1994年度で一般保護事件の203,217件に対して2,423件と約1.2%に過ぎない。殺人事件で62.2%、強姦事件で35.6%、強盗事件で18.4%に過ぎない。最近の増加傾向は、財団法人法律扶助協会による附添人扶助制度の拡充や日本弁護士連合会の附添人拡充への取り組みによって実現されたものである。より根本的には、国選弁護人・附添人制度の導入が必要であるが、いまだ実現していない。


(3) 独立公平な裁判所における裁判を受ける権利 (第40条2項(b)(iii))

627. 現在、家庭裁判所が警察・検察庁に、家裁送致後に補充捜査を依頼することが広汎に認められており、家庭裁判所が捜査機関の側に立つかのような印象を与えるケースが相次いでいる。綾瀬母子殺し事件、福岡早良事件、山形明倫中学事件、調布事件などである。これらは公平な裁判所の裁判を受ける権利の観点からきわめて重大な問題である。


628. 家庭裁判所がなした不処分決定に対し、最高裁判所は、傍論ではあるが、一事不再理効がないと判断し(1991年3月29日第三小法廷決定)、実際にも、一旦家庭裁判所で不処分となった少年を、再度、刑事裁判所に起訴するケースが発生している(調布事件)。このような取扱いは、家庭裁判所を独立した裁判所として扱っていないものと言えるし、これが許されるとするならば、少年は、独立した裁判所で裁判を受ける権利を奪われることになる。


629. 調布事件では、1993年に傷害事件で逮捕され家裁に送致された5人の少年に対して、東京家庭裁判所八王子支部は中等少年院送致の決定を下したが、少年らが抗告をしたところ、東京高等裁判所は、証拠調べを行い、無罪の判断をなすべきだとして、上記決定を取り消して家庭裁判所に差し戻した。ところが、差戻し審の裁判官は、5人のうち1人を無罪にあたる非行なし不処分としたが、残る4人のうち3人については補充捜査による大量の追加資料の送付を待って刑事処分が相当とであるとして、1人は成人に達したことを理由として、それぞれ検察官に送致した。そして、検察官は、すでに非行なし不処分となった1人を含めた5人全員を刑事裁判所に起訴したのである。少年らは、これらの起訴は憲法第39条や自由権規約第14条7項が保障する二重危険の禁止の原則に反し、また少年に対する特別な手続の保障を奪うものであるとして争っている。


630. 少年法は、裁判官の忌避に関する明文の規定を有しない。刑事訴訟法には、被告人の忌避申立権が定められているのに対し、少年法では、少年審判規則に裁判官が自ら回避しなければならないとする規定が存するのみである。これらの規定は、少年の回避の申立権を認めているとする判例もあるが、忌避申立権は「公平な裁判所の裁判を受ける権利」と密接不可分のものであるから、成人と同様のより明確な規定が必要である。


(4) 供述または有罪の自白を強要されないこと (第40条2項(b)(iv))

631. 供述または有罪の自白を強要されない権利は、憲法上保障された権利であるが、実際には、警察が捜査段階での自白獲得をきわめて重視しているため、捜査段階で少年に対して自白の強要が行われている例は少なくない(その実例については、すでに述べたとおりである)。


632. この点に関し、[政府報告書109]は、「非行事実の認定に当たっては、任意性に疑いのある自白は排除されることが少年審判の実務上定着している」と記述している。しかし、成人の刑事事件手続では、供述の任意性に問題がある場合に、そもそも証拠能力自体が否定され、犯罪の認定のための資料から排除されているが、少年審判では、そのような証拠能力そのものを否定するという理論を裁判所が採用する例はほとんどない。


633. さらに、捜査段階での取調べの実態が、既に指摘したとおり少年の防御力の弱さにほとんど配慮していないにもかかわらず、家庭裁判所の裁判官は、供述調書を無批判に受け入れ、少年の弁解を信用しない傾向が強い。


634. 先の政府報告書の記述は、まったく事実に反するものである。


(5) 証人尋問権、反対尋問権の保障 (第40条2項(b)(vi))

635. 証人尋問権、反対尋問権は、明文上保障されていない。最高裁判所は、証拠調べの範囲、限度、方法は、家庭裁判所の合理的裁量に委ねられるとしたが(1983年10月26日第一小法廷決定) 、実情としては、少年の申請する証拠調べが行われず、少年が立ち会わないままに証人の尋問が行われる場合がある。これらの権利が保障されているとは到底言えない実情である。


(6) 上訴権 (第40条2項(b)(v))

636. 少年法第20条により家庭裁判所が少年を検察官に送致する決定に対しては、不服申立が認められていない。また、非行事実の存在を認定した上で、不処分とする決定に対しても抗告権が認められておらず、「刑事法に違反したと認定された場合」の上訴権を保障する子どもの権利条約に反することは明らかである。


637. 家庭裁判所の保護処分決定については、決定書の作成、交付が義務づけられておらず、他方で、決定後2週間以内にしなければならない抗告申立に際しては、少年は抗告の趣意を明示しなければならないとされており (少年審判規則第43条2項) 、抗告をきわめて困難なものにしている。さらに、抗告後、実質的な審理が行われることは稀である。実際に、少年事件の抗告率はきわめて低く、1994年度で保護処分決定総数に対して、0.7%、少年院送致決定に対しても9.6%に過ぎない。これは、成人事件の控訴率に比してもきわめて低率であり、少年の抗告が困難であることを反映しているものと解されている。


638. なお、少年が保護処分決定を不服として抗告を申し立てた場合にも、その保護処分の執行を停止する機能はない。したがって、少年は少年院に送致されたまま抗告審の審理を受けることになる。


639. 前記調布事件では、抗告前の第一審(家庭裁判所)が保護処分を行ったのに対して高等裁判所の差し戻し決定後、家庭裁判所は刑事処分の可能性のある手続に移行する決定(検察官送致決定)をした。検察官送致決定を受けての起訴に対して、刑事裁判所の第一審判決(1995年6月20日)は、検察官送致決定自体が抗告権を保障するために認められている不利益変更禁止の原則に反するとして公訴棄却したが、その控訴審判決(1996年7月5日)は、検察官送致決定自体は最終の判断ではなく、利益・不利益の比較の対象にならないから、起訴は違法ではないとして、控訴を認容した。しかし、このような検察官送致決定が認められるとすれば、保護処分決定を受けた少年が抗告申立を躊躇する可能性は高く、この起訴及び控訴審判決は上訴権を侵害するものとして、子どもの権利条約にも反するものである。


(7) 無償の通訳の保障 (第40条2項(b)(vi))

640. 現行法には、無償通訳の規定はなく、むしろ通訳費用を少年に請求することができる規定となっている(少年法第31条)。


641. もちろん、法律扶助協会からの扶助として通訳費用が支出される場合もあるが、子どもの権利条約は、そもそも無償の通訳の保障を要求しているのであって、このことを認めていない少年法第31条の規定は、明らかに条約に違反する。


(8) プライバシーの尊重 (第40条2項(b)(vii))

642. 本条項のほか、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)8も、少年のプライバシー保護を強調し、「少年犯罪者の特定に結びつくどんな情報も公表されるべきではない」とする。しかし、前述のように実名報道をしたケースがあるほか、匿名の報道であっても、プライバシーにわたる事項を詳細に報道するケースが多い。


643. その中には、ほとんど人物が特定できるような写真を掲載し、後にえん罪であることが判明し、回復しがたい損害を与えたケースも存在する(東京・綾瀬母子殺し事件)。


8 少年に特別の法律、手続、機関、施設の設立(第40条3項)

644. 捜査段階で少年の特性に配慮した特別の保障がほとんど存在せず、早急に策定する必要があるのは、前述のとおりである。


645. 14歳未満の少年が刑法に違反する行為を行った場合には、犯罪ではないが、触法少年として家裁の審判の対象となり、保護処分を受ける可能性がある。その場合、少年に対して刑事訴訟法に基づく捜査はできないが、現実には警察や児童相談所が事実調査を行う。この段階に関して少年に対する適正手続保障に関する規定はまったく存在せず、実際にも適正手続が保障されていない。
ダイバージョンの保障(第40条3項(b))


646. 日本の少年法は、家裁への全件送致主義を採用しており、基本的には全ての少年犯罪が司法機関を通じて処理されることを原則としている。これは、家裁のケースワーク機能と専門性を重視し、少年の健全育成がその手続の中でこそ図られると考えられているからである。


647. 警察が独自の判断で事件を家裁に送致しない処理(署限り)や、軽微事件をまとめて事件送致し、裁判所が書面で形式的に審査して終わりにする簡易送致は、全件送致主義の観点から問題がある。これらは、「人権及び法的保護が十分に尊重されること」を要件とする子どもの権利条約からも問題である。


648. したがって、日本の少年法上のダイバージョンとしては、家裁送致後に認められている試験観察制度を多用し、かつ、その中に多様なプログラム等を導入することが検討されるべきである。


649. しかし、現状では、試験観察の数は、一般事件中、1980年には4,563件(3.1%)であったのに対し、1994年には2,490件(1.6%)というように減少傾向にあり、しかも、その期間についても個別の事情に関係なく短期化しているという問題がある。


9 多様な処遇制度の確立(第40条4項)

650. 日本における処遇の多様化は、施設収容の多様化という面がある。1977年の法制審議会答申では、保護処分の多様化及び弾力化として、従来の保護観察、少年院送致、教護院送致に加え、短期保護観察、短期少年院送致、短期開放施設送致の導入を提唱していた。その後、法改正がなされないままに、少年院送致決定に、短期処遇、長期処遇、特修短期処遇という制度が導入されているが、これは実際の運用上、かつては少年院送致がなされなかったであろう少年について、短期処遇による少年院送致にするという形で、身柄拘束を増大させる方向で働いている面がある。これは、第37条(b)の定める最後の手段としての身柄拘束の趣旨にも反するものである。他方で、非拘禁的な処遇について、多様なプログラムの用意することは、ほとんど行われていない。


10 再審の保障について(第39条)

651. 子どもの権利条約第39条は、「あらゆる形態の……刑罰……による被害者である児童の身体的及び心理的な回復及び社会復帰を促進するためのすべての適当な措置をとる」と規定している。これは、裁判所の誤審により有罪決定または保護処分決定を受けた少年に対する再審規定の保障も要請していると解すべきである。


652. 日本の刑事訴訟法は、有罪判決が上訴の手段も尽きて確定した後であっても、新たな無罪証拠が発見された場合には、再審を請求できると定めているが、少年法にはこれに相当する規定がない。最高裁判所は、少年法第27条の2という保護処分取り消しの規定に実質的に再審の機能を持たせ得ると判断しているが、その条項が利用できるのは、保護処分の継続中に限られ、成人の再審規定が、刑期が終了しあるいは本人が死亡しても申し立てることができるとしていることに比べると、きわめて限定的なものに過ぎない。


653. したがって、少年についても、成人と同様にいつまでも行使可能な再審規定を設けるべきである。


B 少数民族または先住民の子どもたち(第30条)

提言


 アイヌ民族など先住民が存在していることを認め、学校教育において同化教育を取りやめ、アイヌ語及びアイヌの歴史・文化を学ぶべき機会を保障し、これらを尊重することをすべての子どもの教育目標に掲げて実施すべきである。


654. [政府報告書306]は、憲法が人種等による差別を禁じ、すべての国民に対して表現・思想・良心及び宗教の自由を保障していることから、条約第30条にいう少数民族または先住民の児童についても、条約第30条が定める諸権利が保障されていると、一般的・抽象的に記述するのみである。しかし、これは、日本に少数民族または先住民としてアイヌ民族(1986年の調査では、北海道に約25,000人。全国では、約50,000人~100,000人と推定されている)やオロッコ族(約30人が北海道に居住しているといわれている)が存在しており、したがって、その子どもたちも存在しているにもかかわらず、この事実を糊塗しようとするものである。


655. とりわけ、日本政府は明治以来100年にわたって、アイヌ民族に対して同化政策を実施し、アイヌ民族固有の風俗・習慣を禁止したり、日本語習得を奨励したり、日本式姓氏の使用を強制するなどしてきた。このアイヌ人の日本人化は、主として学校教育により、同化教育として強行された。その結果、アイヌ民族のアイデンティティの根幹であるアイヌ語やアイヌ文化は急速に奪われ、生活様式もほとんど日本人化されてしまった。しかし、アイヌ民族が日本語を使用し、日本的な生活様式を営むようになったとしても、アイヌ民族に対する差別と差別意識は依然として現存している。1993年の「北海道ウタリ生活実態調査」によると、アイヌ民族の子どもの進路については、中学卒業生の高校進学率は87.4%であり、高校卒業生の大学(短大も含む)進学率は11.8%であって、全北海道の進学率がそれぞれ96.3%、27.5%であるのに比べても、大きな格差がある。北海道は1988年度からウタリ福祉対策として高校・大学等への進学を促進するための奨学制度を充実させ、教育における格差の解消に力を入れているが、その成果については明らかではない。


656. アイヌ民族が条約第30条が保障する「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し、自己の言語を使用する権利」を享受するためには、学校教育において同化教育を取り止め、各教室においてアイヌ民族の尊厳とアイヌ文化の独自性を尊重し、アイヌ語やその歴史を学ぶ機会を積極的に保障するとともに、「自己の文明と異なる文明についての尊重の念を育成すること」をすべての子どもの教育目標に掲げて実施することが必要である。


 1997年5月8日、いわゆるアイヌ文化振興法が成立し、「アイヌ文化の振興と「アイヌの伝統等の国民への知識の普及及び啓発を図る施策を推進する」こととなった。教育の場における今後の具体的実施状況を注視していく必要がある。


C 外国人の子どもの人権

提言


1 外国人の子どもの学校教育に関し、条約第29条1項(c)を実現する教育制度を整備すべきである。


2 外国人の子どもも日本人の子どもと同じ医療や福祉が受けられるように児童手当や国民健康保険の適用要件を改め、外国人向けの広報・窓口を充実させるべきである。


3 外国人登録法を改正し、外国人登録の際の指紋押捺義務、登録証明書の常時携帯義務及びこれらの義務違反に対する罰則を削除すべきである。


4 在日朝鮮人の民族学校について、その民族教育を尊重するとともに、その他の面では学校教育法第1条に定める学校と異ならないものとして、大学入学資格や教育扶助等に関する差別をなくすべきである。


5 政府自身が、立法・行政・司法のすべてにおいて外国人差別を解消するための総点検をして改善を図るとともに、国民の外国人に対する差別意識を解消し、外国人の人権を確立するための啓蒙・広報活動に取り組むべきである。


1 外国人の子どもの学校教育

657. 条約第29条1項(c)では、「児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること」として、母語、民族的価値観の尊重など少数者ら外国人のアイデンティティを保障している。同時に(d)では、「すべての人民の間の、種族的、国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民(先住民)である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等及び友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児童に準備させること」とあり、少数者と多数者の共存のための教育の必要性を説いている。


658. この双方の教育を実現して初めて、条約29条1項(a)、(b)が定める教育の目的を達成することができ、ひいては個々人が尊重される社会を築き上げることができるのであるが、実際には、日本の学校では、このような教育を保障する体制はない。そのため、少数者である外国人の子どもたちに対するいじめや差別が一向になくならず、日本への同化を求められる中で、彼らのアイデンティティが危ういものとなっている。


659. 1996年8月に出された中央教育審議会の「21世紀を展望した我が国の教育のあり方について」の審議のまとめでも、「我が国の学校が、異文化・異言語に開かれた学校になっていくこと、そして、外国人の子どもたちに対しても、柔軟な受け入れ体制を整えていくことなどが必要である」としながらも、具体的な施策としては「日本語指導」の方法のみが論じられているにすぎず、条約第29条1項(c)、(d)に記された教育については、まったく触れられていない。


660. 1995年1月の文部省の調査によれば、全国で日本語教育が必要な外国人児童・生徒の在籍する公立小・中・高等学校数及び人数は、3,921校、11,806人にのぼる。このうち、日本語教育が必要な児童・生徒数別の学校数は、小学校中学校ともに、1人校が最も多く、1~5人校の占める割合が80%以上だった。これらの児童・生徒の約4分の1は何らの特別な配慮も受けておらず、日本語指導者を入れての個別指導を受けている児童生徒は10%程度であった。このように日本の学校教育における外国人の子どもへの対応は非常に遅れており、全国的な施策としては、1992年度に至ってようやく小・中学校教師に対する日本語指導のための講習会や教員の加配・教材の配布が初めて行われたところであり、各地の学校が現実に入学してくる外国人の子どもへの対応に迫られて、何とか場あたり的に対処しているというのが実情である。


661. さらに、学校教育の保障に関し、外国人については義務教育(初等教育及び中等教育)に対して入学・編入はできるが、後期中等教育や高等教育の保障のための施策はほとんどない。日本で生まれ育った子どもについては、後期中等教育(高等学校)への進学率は95%以上と準義務教育化しているにもかかわらず、外国から来た子どもについて特別な配慮がなされていないことは問題である。後期中等教育(高等学校)を受けるには、入学試験に合格しなければならないが、まったく同じ試験の受験になれば、日本語力のハンディキャップや学力のハンディキャップにより合格は困難である。自治体独自で入学特別枠を作っているところもあるが、いまだわずかである。条約第28条1項(b)は、後期中等教育の保障も要求しているところであり、外国から来た子どもにもこれを保障するために国全体の施策が必要である。


2 外国人の子どもの健康・医療・福祉

662. 日本の法制上は、1981年に日本が「難民の地位に関する条約」を批准するにあたって、国民年金法・児童手当諸法・国民健康保険法施行規則・国民年金法施行規則などにおける国籍条項は削除されたが、一定期間の滞在を要件とするなど、なお適用対象とならない外国人があるうえ、外国人向けの広報や受付がなされていないなどの理由から、実態として外国人にもこれらの法の適用があるとはいいがたい実情にある。


663. さらに資格外就労や超過残留の外国人の場合には、年金や保険の適用を受けたくとも、強制退去させられることを恐れて申請をすることができないのが実情である。また、日本においては、自由診療は交通事故等特殊な場合にしか行われておらず、保険証を持たない外国人は自由診療さえ断られることが多い。その結果、医療や福祉を必要とする外国人の子どもたちがこれらの保護を受けられず、子どもの権利条約第2条、第24条の保障からはほど遠い状況に置かれている。


3 在日外国人の子どもへの差別

(1) 指紋押捺制度・登録証明書の常時携帯義務

664. 外国人登録法は、16歳以上の外国人が新規に外国人登録をする際、指紋押捺義務を課しており(第14条)、これに違反すると1年以下の懲役・禁固または20万円以下の罰金が課される(第18条)。また同法は、16歳以上の外国人に登録証明書を常に携帯し、一定の公務員から提示を求められた場合に提示する義務を課し(第13条)、その違反についても罰則を定めている(第18条)。


665. これらの法制は諸外国に比べて外国人に著しく重い義務を課すものであるとともに、制度の必要性・合理性に乏しいものであって、日本人と比して不当に外国人を差別するもので、条約第2条に照らし削除されるべきものである。


(2) 在日韓国・朝鮮人などへの差別

666. 戦後、日本政府は、一貫して在日朝鮮人に対して日本への同化政策と民族教育否定政策を取り続けてきた。1965年には通達により、一方で日本の公私立学校への就学と授業料・教科書の無償を認めつつ、他方朝鮮人の民族学校は学校教育法1条校としてはもちろん、各種学校としても認可すべきでないとの方針を示した(ただし、各種学校の認可権限は都道府県知事にあり、各地の民族学校は次々と各種学校として認可されていった)。


667. このような背景事情と日本社会の差別の結果、在日韓国・朝鮮人の95%以上が日本の通称名を名乗り、80%以上の子どもたちが日本の学校に通い、何らの民族教育も受けられない実情にある。他方、民族学校は、日本の学校とほぼ同じカリキュラムで教育しているにもかかわらず、大学入学資格や教育扶助・通学定期・寄付金に対する免税措置などの面で様々な差別待遇を受けている。


668. また、朝鮮半島で政治的事件が起きると、チマチョゴリという民族衣装の制服を着て通学する朝鮮人女子高校生が電車の中などでチマチョゴリを刃物で切り裂かれるなどという心ない事件が多発する事態も生じている([Ⅲ-A-2]参照)。


D 薬物乱用(第33条)

提言


1 薬物乱用防止対策にかかわっている司法機関と行刑機関と医療機関は、相互の連携を密にすべきである。


2 薬物関連精神疾患の専門治療病院を増やす等医療体制の整備を図るべきである。


3 薬物依存症者自身の自助グループやその家族をサポートする施設に対して、公的助成を行うべきである。


669. [政府報告書290]以下において、日本が麻薬や向精神薬などに関する各種の条約を締結して、国際的なレベルにおいて薬物の乱用、不正取引の防止に積極的に取り組み、さらに国内でもいわゆる薬物五法の適正な運用によって、薬物犯罪に対して効果的な取締りを行い、子どもへの薬物の浸透を防いでいるとしながら、[292]以下において、現状としては、覚せい剤、大麻等の薬物乱用非行のほかにシンナー等有機溶剤の乱用による非行が多発し、これらの乱用少年に対して、暴力団が活動資金獲得のために、密売するなどして非行を助長していると述べたうえで、警察のとっている各種施策や各都道府県の覚せい剤乱用防止推進委員などによる啓発活動と学校教育における指導の具体例をあげている。


670. 政府報告書も指摘するとおり、国際協力の推進や法の適正な運用による効果的な取締りなどにもかかわらず、子どもたちの薬物乱用非行やシンナー等有機溶剤の乱用による非行が多発し、子どもたちに薬物乱用が浸透しており、事態は深刻である。


671. 政府報告書にあげられた1995年度の補導数を分析した結果によれば、覚せい剤事犯の少年1,079人は前年比30.5%の増加であり、大麻事犯の全検挙人員のうち68.3%が30歳未満の青少年であること、シンナー等有機溶剤事犯の少年5,456人は全体の68.1%を占めているなど、青少年層に薬物乱用が浸透している実態が顕著である。さらに、これらの少年による覚せい剤事犯のうち女子の占める割合は1990年以降50%を超えており、また低年齢化の傾向もみられるに至っている。


672. しかし、政府が実施している青少年に対する薬物乱用防止対策は、警察・検察庁・裁判所といった司法機関と、刑務所・少年院・保護観察所といった行刑機関、さらに精神病院等の医療機関がそれぞれ独自に対策を試みているだけで、それらの各機関が薬物乱用者の継続的な使用を防止する観点で連絡・連携することが少ないため、効果的な対策になっていない。


673. また、覚せい剤事犯で有罪判決を受けた人の中で、同種前科のある人が60%を超えていることからすると、継続的な薬物の使用が薬物依存症の段階まで達した青少年については、司法的対応のみでは限界があり、医療機関による治療的対応が必要であるが、薬物関連精神疾患の専門治療病院の数はきわめて少なく、治療体制の整備も遅れている。


674. 特に、薬物依存症から回復するためには、①依存症者自身の自助グループによる集団ミーティングの活用、②薬物依存症者の家族に対する治療的観点からの援助、③専門の社会復帰施設の設置が必要かつ有効であるといわれている。


675. しかし、自助グループや家族に対する援助はまったくないに等しく、また、国または自治体による薬物依存症者のためのリハビリテーション施設はいまだ設置されていない。わずかに回復者と市民などが協力して設立した民間施設(ダルク)があるだけであるが、現在、その維持・運営は危機に瀕しており、公的助成が望まれる。


676. なお、「保健体育」の教科書には薬物乱用の危険についての記述はあるが、現実には受験に関係がないことや時間不足などのため、指導はおざなりに終わっているきらいがある。


E 性的搾取及び性的虐待(第34条)

提言


1 家庭教育、学校教育、社会教育のあらゆる場において、人権教育の重要な一環として、性を人間の尊厳にかかわるものとして正しく位置づけ、力や金銭による性の支配は、人間としての尊厳をそこなうものであることを確認できるような教育を行うべきである。


2 性犯罪の被害を受けた子どもに対する専門家による適切なケアを施すような体制をつくるべきである。


3 外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待をなくすために、①国外犯の防止のための教育・啓蒙活動の推進、②国外犯処罰のための捜査協力強化と必要な法改正③国内での搾取・虐待防止のための入国管理上のチェック体制の強化と必要な法改正を行うべきである。


1 はじめに

677. [政府報告書295~300]において、「性的搾取及び性的虐待(第34条)」について述べている。そのうち[295、296、298]で日本国内の日本人の子どもについて述べ、[297、299、300]で日本国内外の外国人の子どもについて述べている。


678. また、「売買、取引及び誘拐(第35条)」として[303]から[305]をあてている。


2 日本国内の日本人の子どもについて

679. まず、日本国内の日本人の子どもに関する記述である[政府報告書295]では、子どもを性的搾取及び性的虐待から保護するための各種法令を列挙し、[296]ではそのための警察活動を説明している。これを読む限りでは、日本人の子どもに関しては、法令と警察活動によって十分に守られており、格別問題はないかのようである。わずかに[298]で電話回線を利用したテレフォンクラブ、ツーショットダイアル等に触れ、「女子児童が興味本位から安易に電話し淫行等の性的被害を受けるなどの事案が多発している」と指摘しているが、警察活動や条例、地域活動等の「対応がなされている」として、これもまた格別問題はないかのように記述している。


680. しかし、日本人の子どもに関しても、暴力・地位による威圧あるいは財力を用いて性における自己決定権を奪ったり歪めたりするようなおとなの行動は、あとを絶たない。


681. まず、子どもに直接的に暴行、脅迫を加えて性的行為に及ぶケースのうちには、1996年版警察白書によれば、1995年度に発生した犯罪のうち、未成年者が被害者となった強制わいせつ事件が2,424件、未成年者が被害者となった売春防止法違反事件が被害者の数にして513名あり、殺害に至るケースも稀ではない。この中には、沖縄県での米軍兵士によっておかされたケースもある。


682. 次に、子どもを保護すべき立場にある者(親、教師、施設職員など)が、優位な地位を利用して性的行為に及ぶケースも、しばしば報道されている。このようなケースでは継続的に繰り返されることが多く、心理的な傷も見過ごすことはできない。


683. また、学校生徒の通学途中の満員電車の中などを利用してなされるわいせつ行為は、数多く報告されており、「周囲に救いを求めても、助けてもらえなかった」と述べる子どもも多い。


684.さらに、財力を用いての性的行為のうち、単純な形態の買春については、後に述べるように外国人ことにアジア諸国の子どもが被害者とされることが多い。しかし、その他の個室浴場(ソープランド)やファッション・マッサージ、デートクラブなど様々な形態での買春が国内においても行われており、さらにポルノビデオなどの被写体とされることも、はなはだ多い。このような、金品授受を伴う性的行為については、子ども自身の金欲しさの自発的行動であるかのように言われることもあるが、おとなが金品を用いて子どもに性的に接近することは性における自己決定権を歪める行為であることは否定できない。


685. このように、政府報告書が挙げているように刑法などの法令が存在しているにもかかわらず、子どもへの性的搾取、性的虐待は減ってはおらず、むしろ増えていると認識されている。


686. その理由としては、他の人権侵害と同様に、子どもの人格、尊厳に対する無関心、軽視や(アジア諸国の子どもに対してなされる場合の)アジア蔑視などがあるが、むしろ、日本では一般的に性を人間の尊厳にかかわるものとして尊重する思想に乏しいことや、女性蔑視の考え方が根強く残っていることなども原因となっている。


687. また、子どもが性的被害を受けた場合の加害者処罰について、次のような問題点が指摘されている。


688. 強姦罪、強制わいせつ罪などは親告罪とされており、被害者もしくは法定代理人からの告訴がないと処罰できない。このことは被害者のプライバシーの保護のためであるが、告訴すべき期間が6カ月とされ、大変短い。


689. また、法令を執行すべき警察が、捜査取調べの過程で、被害者を被害者として正当に処遇するのでなく、逆に、被害を受けた子どもの側に責められるべき原因があったかのように対応し、その結果として、被害者が二重の被害に遇うこともある。特に、被害を受けた子どもに知的障害のある場合には、このような傾向が強い。


690. したがって、国としては、次のような施策が必要である。


691. ①人権教育の重要な一環として、性を人格そのもの、人間の尊厳にかかわるものとして正しく位置づけられるよう、家庭教育、学校教育、社会教育などすべての場を通じて実現すること。力や金銭による性の支配は、双方の人間としての尊厳を損なうものであることを確認すること。


692. ②性犯罪の被害の子どもに対する専門家による適切なケアを施すこと。なお、[政府報告書296、298]は、警察によるケアについてわざわざ言及しているが、必要とされているのは、教育的・医療的なケア機関である。


3 日本国内外の外国人の子どもへの性的搾取・性的虐待と人身売買について

693. 日本国内で性的搾取・性的虐待の被害者となっている外国人はほとんどが、人身売買の被害者として連れてこられたアジア人であり、子どもの場合も同様である。また、日本人が外国へ行って性的搾取・性的虐待を行う時の行先は、ほとんどがアジア諸国であり、その対象として子どもが増えている。


694. アジアへのセックスツアーなどにおける性的搾取・性的虐待についてみると、フィリピンやタイなどで子どもを買って性交やわいせつ行為をする日本人が多いことは、数多く報道されている。実際にも、現地警察によって日本人が逮捕され、現地のマスコミに報道された事例が少なからずある。このような事例では、無抵抗な子どもに対して、しかもアジア人蔑視も加わって、日本での買春ではおそらく考えられないような、ほしいままに子どもの性をもてあそぶような行為が行われている。


695. 海外買春をあおる出版物やビデオも氾濫しており、たとえば、『タイ買春読本』というタイでの売春に関する情報を提供し、買春をすすめる本が出版されて、市民団体の抗議にもかかわらず、出版が継続されている。


696. [政府報告書297]は、アジア人の子どもを売春など「有害業務などに不法就労」させることに対する法令を挙げ、[299]で「世界各地において児童が性産業等に送り込まれ性的被害に遭っているといった事態についても憂慮している」として、強姦罪などの国外犯規定や捜査協力等を挙げ、さらに[300]で「海外における日本人旅行者によるいわゆるセックスツアーの防止のため」の旅行業法の規定を挙げている。


697. また、[303、304、305]で、子どもの人身売買や引渡の規定や出入国管理、捜査協力等を挙げている。


698. 前記のように「憂慮」を表明している点は注目されるが、大半は、法令等の説明にとどまっている。


 現実には、政府の取り組みは、きわめて消極的である。


699. 日本の刑法では、13歳未満の子どもに対しては、暴行脅迫の有無、対価の有無にかかわらず、強姦罪、強制わいせつ罪として処罰されることになっており、しかも、国外で行われた場合でも、国内と同様に処罰されることになっている。


700. しかし、日本の警察は、このようなアジアの子ども相手の性犯罪について、それが日本のマスコミに報道された場合でさえ、国外犯として捜査してこなかった。なお[政府報告書299]で「(強姦罪などの国外犯に言及したあと)これらの違反行為と同様な犯罪についても、外国との間で捜査共助、司法共助、情報交換を行っているところである」と記載するが、外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待について、現地の警察と捜査協力をして、国外犯として起訴をしたケースはいまだ存在しない。最近、1996年8月に、フィリピンでの12歳の少女に対する強制わいせつ行為について、日本の弁護士を代理人として日本人男性を神奈川県警察に告訴し、それが受理されて捜査が開始されたのが、捜査としても初めての例であり、その後、96年11月にタイでの12歳の少女に対する強姦事件について千葉県警察に2件目の告訴がなされ、受理されている。


701. また、刑法上、強姦罪、強制わいせつ罪について起訴するためには、6カ月以内に被害者が告訴することが要件とされているが、外国在住の子どもにとって、6カ月内の告訴はほとんど不可能であり、法令を改正して告訴期間を延長すべきである。また、外国での買春、セックスツアーに対する取り締まりを目的とした捜査協力について、2国間または多国間の協定、条約を締結すべきである。セックスツアーについては、過去に旅行業者による目にあまる宣伝が行われたことを受けて、旅行業法を改正し、これら性犯罪をあっせんしたり便宜をはかったりしたときは、業者名の公表などをするようにしたが、刑事処罰もなく、制裁としては非常に軽い。また、空港等における買春警告ポスターの掲示についても、ようやく最近、始められたばかりである。


702. 次に、日本国内でのアジア人の子どもの性的搾取・性的虐待については、一応日本人の子どもと同様の扱いを受け、そのような事実が摘発されれば、雇い主やブローカーは処罰され、子どもは保護されることにはなっている。しかし、日本人の子どもであれば、養護施設に収容されるなどして一応のケアの対象となるが、外国人の子どもの場合はほとんどが不法滞在なので国外退去させられるだけである。


703. また、このような子どもが、人身売買の対象者として日本に入国することをチェックすることが、子どもの保護にとっても重要であるが、そのチェック態勢は、たびたびの指摘にもかかわらず、いまだに不十分である。


704. [政府報告書299]でも言及している「人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約」第1条では、国内から国外・国外から国内を区別せず、「売春を目的として他の者を、勧誘し、誘引し、または拐去することを処罰することに同意する」とされているにもかかわらず、これに対応する国内法としては、刑法の「国外移送拐取・人身売買の罪」において、国内から国外への移送しか処罰しておらず、不十分である。


705. したがって、外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待をなくすために、①国外犯の防止のための教育・啓蒙活動の推進、②国外犯処罰のための捜査協力強化と法改正、③国内での搾取・虐待の防止のための入管のチェック体制の強化と法改正が必要である。


4 子どもポルノについて

706. [政府報告書295]においては、日本における子どもポルノの製造、販売、所持等が児童福祉法または刑法によって禁止され、その趣旨に添った運用がなされているかのような記述がある。しかし、現実の日本国内においての子どもポルノの氾濫は、諸外国に類をみないほどの実態であり、また1996年8月に開催された第1回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議では、日本は子どもポルノの最大輸出国の一つと指摘されている。さらに、インターネットを利用した子どもポルノの流通も大きな問題となっている。


707. ある市民団体の調査によると、全国32市町村約110店舗のコンビニエンスストアを調査したところ、その約97%で、子どもポルノが販売されていたという報告がある。被写体とされている子どもの中には、日本の子どもも、他のアジアの国の子どもも含まれている。日本ほど容易に子どもポルノが入手できる国は、他にないといわれている。


708. 日本は、子どもポルノが猥褻図画に該当するかどうかという視点からではなく、被写体とされた子どもたちの人権を、生涯にわたりどれほど深く侵害することになるかという視点から、再考する必要に迫られている。日本政府は、子どもポルノの氾濫の実態を調査して、現行の法律を十分機能させるとともに、それによって不十分な対応しかできない領域においては、子どもの人権保障の観点から法改正を行う必要がある。


Ⅷ 特別保護措

A 少年司法(第40条、第37条、第39条)

提言


1 一般に防御能力が低く資力に乏しい少年のために、少年の被疑者段階から家庭裁判所での処遇決定段階に至るまで、法的な援助が必要な少年の防御権を保障するための公的な費用による弁護人・附添人選任制度の実現を目ざすべきである。


2 事件の性質、身柄拘束の場所及び接見の日時の如何に関わらず、弁護人・附添人と少年との自由かつ十分な面会を保障すべきである。


3 少年に対する身柄の拘束が最後の手段であるという基本原則を確認し、逮捕、勾留や観護措置が不必要かつ安易に行われている実態を改めるとともに、代替手段を検討すべきである。


4 少年に対する身柄の拘束期間を最短期間にするべきという基本原則を確認し、国内法の規定の趣旨にも抵触する勾留の延長や観護措置の延長が広く行われている現状を、早急に改めるべきである。


5 3、4の身柄拘束の補充性を確保するために、勾留質問手続における弁護人の立会権及び意見陳述権、並びに観護措置決定手続における附添人の立会権及び意見陳述権を保障すべきである。


6 現行法上不服申立手続が保障されていない被疑者段階での逮捕及び家庭裁判所送致後の観護措置決定による身柄拘束に対して不服申立の手続を法定すべきである。


7 児童福祉法による行政手続としての一時保護について、身柄拘束期間の限定を設け、かつ不服申立の手続を法定し、児童福祉法上の事実調査や身柄拘束の対象となっている子どもに対して、弁護人の援助を受ける権利を保障すべきである。


8 捜査機関たる警察署内の身柄拘束施設である留置場(代用監獄)への少年の勾留を直ちにとりやめ、早急に代用監獄を廃止すべきである。


9 政府は、逮捕権の濫用や暴行、脅迫等を用いた違法な取調べ等の、少年の人格・尊厳を傷つける捜査活動が存在する実態を正確に把握し、そのような捜査を根絶するための警察に対する指導・監督などの具体的方策を確立すべきである。


10 少年事件の捜査段階に関し、その特性に配慮し、国際準則に合致した特別の法律が制定されるべきである。


11 少年の防御権を保障し、捜査の可視化を実現するために、弁護人の取調べ立会権を認めるべきである。仮に、捜査機関が弁護人立会の申し出があるにもかかわらず、これを認めずに取調べを行った場合には、その取調べで得られた証拠には証拠能力がないとして証拠排除する原則を確立すべきである。


12 日本政府は、条約第37条(c)の成人との分離に関する条項の留保を撤回すべきであり、少年の人格・尊厳に配慮した身柄拘束下での成人と少年の分離を行うために、現状では完全な分離がなされていない身柄拘束施設や護送時の車両における分離を徹底するとともに、現在進められている成人施設と少年施設の統合計画である北九州矯正センター構想を直ちに撤回すべきである。


13 逮捕された少年について、家族の面会の権利を認め、また勾留及び観護措置により身柄拘束されている少年について、家族の面会に十分な時間を確保し、土曜日、日曜日、祝日や執務時間外(早朝、夜間)の面会も認めるべきである。


14 少年事件の手続においても無罪の推定が当然の原則とされることを確認し、少年や保護者に対する権利の告知、少年司法制度の理解のための広報を行うべきである。


15 被疑事実、黙秘権及び弁護人・附添人選任権の告知について、少年の理解を助け、防御権の保障を実効化するために、告知を口頭で行ったうえで、さらに少年及び保護者に対して説明文書を交付するよう制度を改善すべきである。


16 少年に対する公平な裁判を実現するために、現行法に明文規定のない、偏頗な裁判を行うおそれのある裁判官に対する少年の忌避申立権を法定すべきである。


17 捜査を終結した後に家庭裁判所の審理が開始される原則にもかかわらず、家裁審理開始後に捜査機関の補充捜査が無制限に行われている実態について、少年の公平な裁判所の裁判を受ける権利に対する不当な侵害の契機をもつものとして、早急に改善すべきである。


18 少年の証人尋問権、反対尋問権を実質的に保障すべく運用を改善するとともにその権利について明文の規定を設けるべきである。


19 少年に通訳費用を請求することができると規定している少年法第31条の規定を改めるべきである。


20 政府は、日本の少年法制が20歳未満の者を「少年」として取り扱っている事実を重視し、犯行時20歳未満であった少年に対しての死刑を禁止すべきである。


21 少年法第20条による刑事処分相当を理由とする検察官送致や非行事実の存在を認定したうえでの不処分決定に対して、少年に不服申立権を認めるべきである。


22 家庭裁判所の保護処分決定については、裁判所に決定書の作成・交付が義務づけられていない一方で、抗告は2週間以内にその趣意を明示して行われなければならないとされており、少年の抗告がきわめ困難となっているなどの実情を改め、少年の抗告権を実質的に保障するように手続を整備すべきである。


23 少年の不服申立権の実質的な保障のために、抗告審及びその後の差戻審における不利益変更禁止の原則の適用を明確にし、この原則に反する運用が存在する現状を改めるべきである。


24 少年の独立した裁判所での裁判を受ける権利を保障し、少年の最善の利益を守るために、少年に対する家庭裁判所での不処分決定に関して、一事不再理効が当然に及ぶという基本原則を確認したうえ、すでに家庭裁判所で不処分決定を受けた少年について、同一の事件で再度刑事裁判所に起訴するという運用を直ちに改めるべきである。「調布事件」の公訴は取り消されるべきである。


25 少年に対する保護処分決定に対する再審規定を明定し、保護処分終了後でも再審申立ができるように改善すべきである。


26 多様な処遇制度の確立のために、個々の少年のニーズに合ったプログラムを用意し、特に社会内での非拘禁的処遇の充実をはかるべきであり、施設内処遇は最後の手段として最短期間の拘束となるように改善すべきである。


27 少年院に収容されている少年について、「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」の各規定に照らして、①収容中の少年に認められる権利や不服申立権に関する情報が与えられていない、②必要な私物の所持を禁じられている、③作業の選択権や作業に対する十分な報酬が与えられていない、④家族や友人との十分な面会や通信が保障されていない、⑤懲戒として、独房類似の施設で処遇されることがある、⑥成績の評価等に対する不服申立の機会が与えられていない、などの少年の処遇上の問題点を早急に改善すべきである。


28 政府は、少年司法手続の対象となっている子どものプライバシーが保護されるべきものであることを確認し、少年の実名をセンセーショナルな形で公表している一部マスメディアの報道姿勢が、子どもの社会復帰の権利を奪うものであって許されないことを明確にするなどの有効な対応策を樹立・実行すべきである。


1 日本の少年司法の現状と問題点

516. 日本の少年法は、20歳未満の者を少年と定め、少年が犯罪を犯した場合には、すべての少年は家庭裁判所に送致され、成人の刑事訴訟手続とは異なる少年審判手続で審理される旨を定めている。少年法は、少年に対する処罰ではなく、少年の健全育成を目的としており、その目的実現のために、家庭裁判所の少年審判には少年を弾劾しその責任を追及する立場にたつ検察官の関与を排除している。


517. 家庭裁判所が、罪質及び情状に照らして刑事処分が必要と判断した場合には、16歳に達している少年に限って、検察官に送致された上、刑事裁判所で審理されて刑事処分を受ける場合があるが、その数は一般保護事件の0.7%である。


518. 少年審判に関する手続規定は、きわめて簡単であり、「少年審判は懇切を旨として、なごやかに」行わなければならない、非公開とすると定められているのみであり、少年に対し適正手続を保障する規定はない。たとえば、附添人は選任することができると定められているが、附添人は弁護士でなくともよく、附添人選任権を実質的に保障する国選附添人制度は定められておらず、証人尋問請求権や反対尋問権等の規定がないことは後に詳細に述べるとおりである。


519. 成人の刑事手続には刑事訴訟法が適用され、同法には、国選弁護人制度、証人尋問権、反対尋問権、書面により公訴事実を告知される権利等が規定されているが、少年に対してはこれらの権利は保障されていない。少年に対する権利保障は、成人以下にとどまっているのである。


520. [政府報告書264、267]等は、刑事訴訟手続と少年審判手続を並列的に記述しているが、前述のとおり、ほとんどの少年には刑事訴訟手続ではなく少年審判手続が適用されるのであり、その場合に成人より貧弱な権利保障しか認められていないことに留意すべきである。


521. 現行少年審判手続については、子どもの権利条約や「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)等の国際準則に従って、少年の最善の利益を実現し、かつ少年の意見表明権を重視するという観点から、少年の健全育成という理念の維持と適正手続の保障が求められている。


522. ところが、最近の日本の少年審判手続の運用の現状及び現職の裁判官等から提起されている少年法改革の方向は、子どもの権利条約を無視するか、むしろ逆行するものである。


523. 第1に、最高裁判所は、少年の権利を侵害する実務運用を肯定する決定を下している。


524. たとえば、日本の少年審判手続においては、捜査機関は捜査を遂げた上で、全ての捜査資料を家庭裁判所に送致しなければならず、送致後は、捜査機関は補充捜査を行ってはならないという運用が、少年の健全育成に不可欠のものであるとして、長年にわたり行われてきた。ところが、1980年代から少年が事実を否認する事件について、家庭裁判所の指示により、あるいは捜査機関が独自に、補充捜査を行う運用が行われるようになってきた。中には、証人が審判廷で少年のアリバイを証言した翌日に警察官が証人を連行し、アリバイ供述の撤回を迫るなどの事件もあった。これらは、家裁送致後は、全て捜査機関から切り離し、少年の健全育成を目的として審理を行うという少年法の理念に逆行するものである。ところが、1990年10月24日、最高裁判所は、このような捜査機関の補充捜査を肯定し、違法でないとする決定を下した。


525. また、最高裁判所は、1991年3月29日、傍論ではあるが、家庭裁判所が事実を審理した上で非行事実なしとして不処分決定をしたとしても、その決定には一事不再理効がないという判断を示した。これは、少年が家裁で主張立証を尽くして、ようやく不処分決定を勝ち取ったとしても、さらに成人になると刑事裁判所に起訴される可能性をしめすもので、少年をきわめて不安定な地位におき、再度刑事訴追の負担を負わざるを得ないことが生ずるという意味で、きわめて不合理な決定であった。果たして、その後、実際に家庭裁判所で不処分決定を得た少年について、刑事裁判所に起訴されるという事例が生じているのである(東京・調布事件)。


526. 第2に、凶悪な少年事件が発生すると、一部のマスメディアは、「現行少年法は甘すぎる、少年にも厳罰を与えよ」というキャンペーンを行うことがしばしばである。裁判所も、このような世論に応えるように、少年の健全育成よりも社会の安全や社会秩序の維持、被害者感情等を重視した判決を下している。たとえば、1991年7月12日、東京高等裁判所は、「犯罪の内容が重大、悪質で、法的安全、社会秩序維持の見地や、一般社会の健全な正義感情の面から、厳しい処罰が要請され、また、被害者の処罰感情が強く、それがいたずらな恣意によるものではなく、十分首肯できるような場合には、それに応じた科刑がなされることが、社会正義を実現させる所以」であると判示した。


527. また、日本では、18歳以上の場合ではあるが、非行時少年であった者に対して、同様の判断から死刑判決が下されていることは、後述のとおりである。


528. 第3に、最近、少年審判に検察官を関与させるとともに現行法では認められていない検察官による抗告権を認めるという改正案が、現職の裁判官らから提起されている。これは、提案者からは「適正な事実認定の実現」を目的とするものであると説明されているが、現実には、検察官が「少年を弾劾し、責任を追及する」者として登場するのであり、少年の健全育成の理念に反することは明らかである。


529. 少年事件における捜査は、少年審判とともに重要な段階である。特に、日本では、少年が警察に逮捕され、勾留されると、その身柄拘束期間は最大23日間許容されているため、その間に少年に対する重大な人権侵害が行われることがしばしばある。


530. 少年は、防御力が弱く、捜査官の誘導や暴行脅迫により、成人より容易に虚偽の自白をしてしまうおそれがあり、捜査段階では特別な配慮が必要であることは、審判段階にまさるとも劣らない。ところが、この捜査段階について、少年に適用される特別な法律はなく、成人と同じ刑事訴訟法が適用される。[政府報告書275、277]には、警察の捜査に関し、犯罪捜査規範、少年警察活動要綱等少年の特性に配慮した規定が存することが述べられているが、これらの規定は警察の内部規定に留まっており、しかも現場の警察官への周知徹底はなされておらず、実際の捜査では、まったく活用されていない。


531. なお、刑事訴訟法上、成人と少年とを問わず、捜査段階では、国選弁護人制度が認められていないことに留意すべきである。


2 少年司法の目的と少年の健全育成、社会復帰の権利(第40条1項)

532. 日本の少年法が、本来、少年の健全育成を目的とし、社会復帰の権利を重視したものであること、それにも関わらず、その目的に逆行することになる法改正の提案が行われていることは、すでに述べたとおりである。


533. 少年法は、少年が犯した犯罪について本人を推知できるような報道を禁じている。これは、少年の社会復帰を促進するための規定であり、多くの事件では、これが遵守されているが、1989年の東京・綾瀬女子高生殺人事件や1993年の千葉県で発生した殺人事件等では、「野獣には人権はない」との主張のもと、少年の実名を報道するマスコミが現れた。これらは、本条2項(b)(vii)のプライバシーの保護に反するとともに、少年の社会復帰の権利を奪うものである。


534. 少年の捜査が、基本的に成人と同じ刑事訴訟法に基づいて実施されており、少年の特性に配慮した方法により行われていないことはすでに述べたとおりである。逆に少年に対して、自白を強要する等の違法な捜査が行われていることは後述のとおりである。


3 少年の弁護人・附添人依頼権(第37条(d)、第40条2項(b))

535. 少年が、刑罰法規への抵触が疑われている自分の事件のために、弁護士である弁護人・附添人を選任することは、日本において、憲法上(第31条、第34条、第37条)及び法律上(刑事訴訟法第30条、少年法第10条)保障された権利である。


536. しかし、この弁護人・附添人依頼権は、身柄拘束中のいずれの段階においても、実質的に保障されているとは言えない。なぜなら、少年には、捜査段階や、家庭裁判所に事件が送致されて裁判所の司法判断を受ける段階では、国または公の費用で弁護士を依頼する権利が保障されていないからである。一般に資力に乏しい少年の弁護人・附添人依頼権を実質的に保障するためには、公的な費用によって弁護人・附添人が選任できる制度が必要である。[政府報告書264、279]は、弁護人・附添人選任権の存在を説明してはいるものの、この権利を実質化するための制度改善の緊急の必要性にはまったく言及しておらず、非常に不十分なものとなっている。


537. ところで、日本弁護士連合会では、1990年から、主に捜査段階の、少年を含む被疑者の申し出に対して無料で1回の弁護士接見を行う「当番弁護士制度」を開始した。1992年10月には、全国の単位弁護士会で制度を実現して、弁護士へのアクセスを高める工夫を行っている。さらに、この制度と連動させて、資力のない者の弁護人・附添人依頼権を実質的に確保するために、財団法人法律扶助協会による法律扶助を利用して弁護費用等を立て替えて援助する、捜査段階での被疑者への「刑事被疑者弁護人援助制度」と家庭裁判所での少年への「少年保護事件附添人扶助制度」を実施している。


538. このような工夫によって、道路交通事件を除く少年の一般保護事件の家庭裁判所における附添人選任率が1977年では総事件の約0.34%であったものが、1994年には約1.12%(以下、本項のデータは最高裁判所事務総局編『司法統計年報』による)となった。ここ数年の、少年に対する附添人の選任率は、徐々に向上している。


539. しかし、家庭裁判所での審判事件全体に占める附添人選任の比率は、依然として非常に低い。特に、附添人の援助の必要性が高い少年鑑別所に身柄拘束されている事件でも選任率が20%にも満たないことは、問題である。非行事実別でみても、弁護士附添人の選任率は、殺人が約61%、傷害致死が約53%、強盗致傷が約19%、強盗強姦が約52%、強盗が約14%、放火が約9%などとなっており、成人の刑事裁判であれば、必要的弁護事件として、弁護人が選任されるような重大事件においてさえ、非常に低く、少年に対する弁護士の援助が十分な状況と評価するには程遠い。


540. 前述のとおり、刑事裁判では、一定の重大犯罪の被告人に対しては、裁判の開廷の条件として必ず弁護人が選任されることとされ(刑事訴訟法第289条)、その他の者に対しても、被告人が権利を放棄しない限り、資力の乏しい者には国の費用で弁護人が選任されるのである(憲法第37条第3項)。防御能力が低いため、弁護人・附添人の援助の必要性も高く、かつ一般的に資力が十分でない少年に対し、成人に裁判所段階で保障されている国選による弁護人の援助を受ける権利すら保障されていない現状は、著しく不当な取扱いであり当然に改められるべきである。


541. 1993年11月4日、国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、「特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した。この勧告は、成人か少年かを問わずなされたものであるが、少年の場合については、捜査の被疑者段階から家庭裁判所での処分決定段階までの少年の防御権を保障するための公的な弁護人・附添人制度を実現すべきこと、及び実現へ向けての財政的な裏付けを確保すべきことを求めたものと解される。


542. 子どもの権利条約の第37条(d)は「弁護人その他適当な援助を行う者と速やかに接触する権利を有する」と規定し、第40条2項(b)は「刑法を犯したと申し立てられまたは訴追されたすべての児童は……防御の準備及び申立てにおいて弁護人その他適当な援助を行う者を持つこと」と規定している。加えて条約前文で引用されている国際準則である「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)7.1が、「弁護人依頼権は、……手続のあらゆる段階で保障される」と定めている趣旨を踏まえてみると、ここでは、捜査の被疑者段階から家庭裁判所での処分決定段階まで、少年の防御権を保障するために公的な弁護人・附添人制度を実現すべきことが要請されているのである。


543. 日本政府は、少年について、少なくとも身柄拘束後のあらゆる段階において、公的な費用による弁護人・附添人選任権を保障する制度を早急に確立するべきである。


4 自由を奪われた少年の権利(捜査・審判段階)

(1) 弁護人・附添人の接見交通権(第37条(d)、第40条2項(b))

544. 弁護人や附添人による身柄を拘束された少年との自由な接見交通(面会)の権利は、弁護人・附添人依頼権の中核をなすものとして、日本でも憲法第34条、刑事訴訟法第39条及び少年鑑別所規則第39条によって保障されている。


545. しかし、次に述べるように、現実は、弁護人・附添人の自由な接見交通権が十分に保障されていない。


546. なお、前述のとおり、国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないことを勧告したが、この「弁護の準備のための便宜」の中に接見交通権の保障が含まれることは言うまでもない。


① 通知事件制度の問題

547. 身柄を拘束された捜査段階での被疑者への弁護人による接見について、以前、法務省は、いわゆる「一般的指定制度」を運用し、一般的指定書で、弁護人と被疑者との接見を一律に禁止し、弁護人からの接見の申し出に対して発行する具体的指定書によって、その禁止を解除する取扱いをしていた(面会切符制)。


548. これに対し、日本弁護士連合会は、「一般的指定制度」が自由な接見交通権への重大な侵害にあたることから、この制度の廃止に向けて法務省との協議を繰り返し行い、この「一般的指定制度」は、「指定することがある旨の通知」を発する「通知事件制度」に変更された。


549. しかし、この「通知事件制度」においても、具体的に「通知事件」と指定された事件の場合には、弁護人の接見の申し込みに対して、常に検察官に具体的指定権を行使するかどうかの確認の後でないと接見が認められていない。つまり、弁護人の自由な接見を認めないのを原則とし、例外的に接見を個別に許可するという運用は残されている。


550. したがって、現在、法務省が運用している「通知事件制度」は、被疑者としての少年が弁護人と速やかに接触する権利を侵害しており、早急に改善されるべきである。


② 自由な接見(面会)日時の確保の必要性

551. 休日や執務時間外(夜間、早朝)の接見については、施設の管理上の支障を理由として、特に少年鑑別所、拘置所では、原則として、これを認めない運用がなされている。したがって、事件によっては、十分な接見日時の確保ができない事態が生じる。速やかに運用を改めて、少年が弁護人・附添人と速やかに接触する権利が侵害されている現実を改善するべきである。


552. また、少年院における弁護士の面会には、原則として、職員が立ち会う取扱いがなされていたが、1996年2月の法務省通達により抗告権の行使に係わる場合や別件保護が係属している場合には、立ち会わないことが明示された。しかし、少年院における弁護士の面会は、前記活動にとどまらない様々な内容を含むものであるから、少年院でも一般に弁護士には立会いのない自由な秘密面会の権利が保障されるべきである。


(2) 少年に対する身柄拘束の補充性と最短期間の原則(第37条(b))

553. 日本政府は、子どもの権利条約や「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)ほかの国際準則及び国内法の趣旨に基づき、身柄拘束を最後の手段として、しかも少年への負担が最も少ない手段・期間を選択するように、次に述べる運用を早急に改善すべきである。


① 逮捕の運用の問題

554. [政府報告書275]は、捜査機関の内部規定である犯罪捜査規範及び少年警察活動要綱の規定を援用し、「罪を犯した少年の年齢、性格、非行歴、犯罪の態様等に配慮して、逮捕権を運用している」と述べている。


555. ところが、現実には、逮捕の実態には問題が多い。裁判所の発した令状によらず、捜査機関が少年や保護者に何らの理由も告げず、少年の同意があると偽って、捜査機関の施設に無理矢理に同行したり(山形・鶴岡警察署違法取調べ事件、和歌山・岩出警察署警察官暴行事件)、あるいは必要性が乏しいのに保護者不在の時に敢えて逮捕状を執行したり、また親が少年の出頭を確約し、少年が学校に登校を継続していた事案について、「所在不明で逃亡のおそれがある」という虚偽の理由で逮捕状の請求をして、親に連絡もせず逮捕した(東京・町田警察署少年逮捕事件)などの事例が各地の弁護士会に報告されている。このような逮捕権を濫用する運用によって、少年の人格・尊厳が著しく害される事態が発生している。


556. したがって、政府は、捜査の実態を明らかにし、子どもの権利条約前文で引用されている国際準則である「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)7、10や前記の犯罪捜査規範及び少年警察活動要綱に適合した逮捕の運用を行うため、捜査機関に対する指導を徹底すべきである。


② 身柄拘束の補充性

557. 現行の勾留、勾留に代わる観護措置、観護措置といった各身柄拘束の期間や運用の実態は、子どもの権利条約第37条(b)の「逮捕、抑留又は拘禁は最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ用いること」という規定の趣旨に反するものである。


558. 同項の「最後の解決手段として」とは、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」北京ルールズ13.2や「自由を奪われた少年の保護に関する国連規則」第2条、第17条の趣旨に照らせば、少年の身柄拘束の要否の検討にあたっては、厳重な監督、集中的なケアあるいは家庭や教育的な施設ないしホームへの収容などの代替手段の確保がされているか、当該少年がそのような手段によったのでは審判を遂行することが困難であるか否かが検討されなければならない。


559. しかし、日本では、逮捕についてこのような代替手段は一切、制度的に用意されていない。また、逮捕に引き続きなされる身柄拘束である勾留(その期間は、10日間を原則とし、やむを得ない場合にさらに10日間の延長が認められる)についても、唯一、勾留に代わる観護措置がその代替手段とされているが、この代替措置がとられることはほとんどない。また、裁判所の勾留の可否の判断においても、代替手段では困難である事情について検察側から主張や疎明がなされることはなく、ほぼ成人と同様の要件該当性の審査だけで、安易な勾留がなされている。日本の少年法の規定上も、勾留については「やむを得ない場合」という限定はなされているが(少年法第43条)、ここに「代替手段の確保の努力」の事情はほとんど考慮されてこなかった。


560. そのため、[政府報告書276]ではまったく触れられていないが、実際には少年についても相当数の勾留がなされており、他方、勾留に代わる観護措置はほとんど活用されていない。


561. 今後は、仮に身柄拘束が必要と判断される場合であっても、勾留に代わる観護措置をより活用するとともに、勾留については「やむを得ない場合」の判断に「代替手段の確保の努力」を要件とする厳しい運用を行うことが要求される。また、勾留に代わる観護措置の要件についても、従来の解釈・運用では、成人の勾留の要件と同じでよいとされてきたが、厳重な監督、集中的なケアといった、より拘束的でない他の手段がないことを要件とすべきなのであって、この点でも解釈をより厳格にすべきである。


562. 勾留の場所についても、「教育的な施設ないしホームへの収容」という趣旨からすれば、少年鑑別所を勾留の場所とすることができるという少年法上の制度活用がなされなければならないが、実際には、鑑別所を勾留場所とする勾留はほとんど行われておらず、後述のように、成人との分離が徹底していない代用監獄への収容がほとんどである((6)参照)。


563. そして、このような要件の厳格化を図るために、現行では認められていない少年の勾留質問への弁護人の立会権及び意見陳述権を認めるべきである(子どもの権利条約第37条(d)及び第40条2項(b))。


564. 観護措置についても、その要件が実務上はきわめてあいまいで、実態としては、家裁送致時に身柄拘束されている少年については、原則として観護措置決定をするといった運用がなされている。観護措置決定における少年への質問もきわめて形式的なもので、実質的な要件検討はなされていない。


565. また、勾留に代わる観護措置にも言えることであるが、現在は、観護措置はほぼ100%が少年法第17条1項2号の少年鑑別所へ施設収容しての観護措置であって、調査官による在宅での観護措置(第17条1項1号)は死文化している状態にある。「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)が定める「厳重な監督」にあたるこの制度が、まったく無視されている実態は、代替的手段の検討を怠っているという意味で、本条約の趣旨に反するものである。


566. ここにおいても、勾留と同様、観護措置の要件の厳格化を図るために、現行では、裁判官の裁量に任されているため運用で否定される場合が多い観護措置決定手続への附添人の立会権及び意見陳述権を、制度として確立すべきである。


③ 身柄拘束の最短期間の原則

567. 次に、子どもに対する身柄の拘束は、「最も短い適当な期間のみ用いること」という点においても、日本の勾留や観護措置の期間の実態には問題がある。


568. 勾留期間の延長については、成人においても「やむを得ない場合」に限られており、少年の場合には、より一層厳格に延長の可否については判断されなければならないはずであるが、実際には少年であっても、重大犯罪である、あるいは共犯事件で取調べが長期化するなどの理由で、勾留の延長が安易に認められている。


569. また、少年鑑別所への観護措置も、少年法上は2週間以内を原則とし(少年法第17条3項第1文)、「特に継続の必要があるとき」に限り、例外的に2週間の更新が一回だけ認められている(同項第2文)。ところが、実際には観護措置の更新は原則化している。1994年の1年間で、観護措置が2週間以内に終了したのは約20%に過ぎず、約80%が2週間以上であり、さらに3週間以上の期間にわたったのが65%以上に達している。他方、観護措置が裁判官の職権で取り消されることは僅かである。


570. 以上の実態は、少年の身柄拘束を可及的に短くすべきであるという子どもの権利条約第37条(b)と国際準則の趣旨に反するものであり、延長における要件の厳格化をはかる運用の改善が急務である。


(3) 身柄拘束に対する不服申立手続の不備 (第37条(d))
① 逮捕に対する不服申立手続(準抗告)の不存在

571. 逮捕は、罪を犯したという嫌疑に基づいて行われる捜査段階での身柄拘束の第一段階であり、14歳以上の少年に対して最大限72時間の拘束ができる。


572. しかし、少年が逮捕期間内にその合法性を争う手続は、刑事訴訟法では独立に設けられておらず、勾留に関する不服申立手続である準抗告の規定を逮捕に準用することも最高裁判所の判例で否定されている。[政府報告書280]は、この重大な法的手続の欠如への言及を避けている。


573. この不服申立手続の不備は、子どもの権利条約第37条(d)の定める「自由の剥奪の合法性を争う権利」の保障に明らかに違反する。最大72時間となる身柄拘束の違法・不当を争えないことは、少年の権利を著しく侵害している。政府は、速やかに逮捕に対する不服申立の権利を保障する手続を立法する必要がある。


② 観護措置に対する不服申立手続の不存在

574. 非行事実に関する捜査が終わった少年は、家庭裁判所に送致され、非行の事実及び資質・環境に関する調査が行われる。家庭裁判所が、少年の処分を決定するために、少年鑑別所による資質鑑別が必要であると判断した場合には、最大4週間の観護措置の決定をし、少年の身柄を拘束し少年鑑別所に収容する。


575. ところが、現行法では、この観護措置決定に対する不服申立の手続は定められておらず、少年の不服申立の権利は認められていない。この手続の不備に対し、[政府報告書268]は、裁判官による職権での観護措置の取消し、変更ができることを述べて、手続に不備があることを認めようとしない。しかし、職権による取消し、変更の制度は、政府も認めるように、少年の不服申立の権利として保障されたものではない。したがって、仮に少年が観護措置の取消しを求めたとしても、少年の申立は法的な権利ではないから、裁判官は申立に対する判断を行わなくてもよいこととされ、取消しを認めない裁判官の判断に対して、少年がさらに上訴して争うこともできない。実際にも、少年から観護措置の取消しを申し出ても、裁判官としての判断を明らかにせず申し出を放置することが多く、さらに観護措置が裁判官の職権によって取り消される例も少ない。


576. したがって、観護措置に対する不服申立権を認めないことは、子どもの権利条約の定める「自由の剥奪の合法性を争う権利」の明らかな侵害である。速やかに観護措置に対する不服申立の権利を保障する手続を立法する必要がある。


③ 児童福祉法上の身柄拘束措置に対する不服申立権や弁護人依頼権の不備

577. 一定の事由があって、将来犯罪を犯す危険性があると認められる少年(ぐ犯少年)のうち18歳未満の者や刑事責任年齢に達していない14歳未満の者で刑罰法規に触れる行為をした少年(触法少年)に対しては、児童福祉法第33条に基づき、児童相談所長により、行政手続としての「一時保護」の措置がとられて、身柄が拘束されることがある。この「一時保護」は、期間が厳格に定められておらず、かつ「一時保護」による身柄拘束に対して不服申立の手続が実質的には存在しない点が問題である。また、対象となる少年に、この手続では公的な費用で弁護人の援助を受ける権利が保障されていない。


578. このように、児童福祉法による身柄拘束には、適正手続の保障との関係での問題が多くあるので、手続を整備する必要がある。


(4) 代用監獄の問題 (第37条(a)、(c))

579. 少年事件の捜査段階において勾留がなされた場合の多くが(およそ80%~90%)、捜査機関たる警察官が所属する警察署施設内の留置場(いわゆる代用監獄)に勾留されていることは非常に問題である。


580. 日本においては、本来、法務省の管理下の拘置所に拘禁されるべき者が、主に捜査の都合で、捜査機関たる警察署の管理下の留置場に収容されるという代替的措置が原則化している。


581. さらに、代用監獄の留置管理官と事件捜査官が同一の警察署長の管理支配下にあるため、捜査の都合と組織の論理及び同僚間の情義によって、恣意的な留置管理が行われて勾留者の人権を侵害する捜査が行われる危険性が常に存在している。


582. この代用監獄の利用によって、1日8時間以上の長時間の取調べや深夜の取調べなど、被疑者の尊厳を害する取調べ、脅迫・暴行・偽計など違法な手段を用いた取調べがなされていることが、裁判例や弁護士会への報告などを通じて多数明らかにされている。


583. このように代用監獄が人権侵害の契機を制度的に内包していることに対して、1993年11月4日、国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、代用監獄が捜査機関たる警察と別個の官庁の管理下にないことを「主たる懸念事項」として指摘し、代用監獄制度が自由権規約第10条に反しないように制度を改廃するように勧告を行っている。しかし、遺憾ながら、その後も日本政府は、代用監獄の制度改廃にまったく着手していない。


584. 日本政府は、国際人権〈自由権〉規約委員会の指摘を真剣に受けとめて、早急に代用監獄制度を廃止すべきである。


585. なお、その間の暫定的措置として、成人に比して、より防御能力が低い少年については、代用監獄は深刻な権利侵害の契機を持つのであるから、自由を奪われた少年の人格の尊厳を確保した取扱いを政府に義務づけた子どもの権利条約第37条(a)、(c)の趣旨に沿って、代用監獄に勾留しない制度の確立及び実務の運用を直ちに行うべきである。


(5) 拷問または他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い (第37条(a)、(c))
① 捜査機関による取調べの実態

586. [政府報告書107~109]は、国内法の原則を述べているだけで、捜査の実態の問題点についての言及のない、まったく不十分な内容である。


587. 確かに、少年に対する司法手続の中で、拷問または非人道的な取扱いや残虐な刑罰が許されないことは、日本の憲法上の原理である(憲法第31条、第34条、第36条ほか)。


588. また、このような取扱いの禁止は、刑事訴訟手続上も、強制、拷問や脅迫によって得られた自白について証拠とすることができないとする原則によって確認されている(刑事訴訟法第319条)。


589. 日本では、前述のように、犯罪を犯した20歳未満の少年については、成人の刑事訴訟手続とは別に、少年の健全育成の観点から、保護主義を基本理念とする少年法による審判手続が設けられている。この少年審判手続においても、憲法の適正手続の保障の趣旨から、前記のような刑事訴訟手続と同様の禁止事項が適用されることは、当然のことと解される。


590. しかし、実際には、被疑者たる少年に対して、捜査機関によって、主に前述した警察署施設内の代用監獄での勾留を利用した形で、暴行、脅迫、偽計その他少年の権利を無視したやり方での違法な捜査や取調べが行われている例が、裁判所の審判例や弁護士会の人権救済申立事件の中に多数見られる。


591. たとえば、弁護士会に対して人権救済の申立がなされた最近の事例を紹介すると、1994年の石川県警小松警察署の捜査担当警察官が少年(17歳)に対して「後で訂正してやるから供述調書に押印しろ」、「なめとるんか、このくそがき」「弁護士のいうことを信じるな」などと言って行った偽計・脅迫及び弁護権侵害による違法な取調べ、1993年の山形県警鶴岡警察署の捜査担当警察官が少年(小学6年生)に対して「お前がやったんだろう、吐け」などと怒鳴って後頭部を叩いたりした暴行・脅迫による違法な取調べの事例がある。


592. 条約採択以前にも、たとえば、1988年に警視庁板橋警察署管内の交番内で少年(17歳)が2人の警察官より暴行を受けた事件、同年に群馬県警富岡警察署の捜査官らが少年(17歳)の取調べの際に少年の後頭部を壁に打ちつけ、足蹴りにし、椅子で殴り付たりする暴行を交替で加えた事件などで人権救済の申立がなされ、弁護士会は、適正な捜査実施を求める勧告・警告等を捜査機関に行っている。


593. しかし、残念ながら、違法な捜査が存在する実態は、いまだ改善されていない。


② 弁護人の取調べ立会権

594. 少年の防御能力の不足を補い、捜査機関の違法な取調べを抑止する手段として、弁護人が取調べの立会いを要求する場合がある。捜査機関の内部規定である少年警察活動要綱は、第9条(3)で「(少年との面接は)やむを得ない場合を除き、少年と同道した保護者等その他適切と認められる者の立ち会いの下に行うこと」と明定している。ところが、それにもかかわわらず、弁護人の立会要求が捜査機関から拒否される例は、跡を絶たない。少年の取調べに際して、弁護人の立会いが要求されたときに、立会いを実現しないでなされた取調べは、子どもの権利条約第37条(d)や第40条2項(b)にも抵触する違法行為であり、その間に作成された捜査資料は当然に証拠能力がないものと考えるべきである。


③ 捜査の実態と政府報告書の問題点

595. 代用監獄の問題や身柄拘束の補充性の箇所でも指摘したように、子どもの権利条約第37条(a)、(c)に反する少年の尊厳や福祉を軽視した捜査方法は早急に改められるべきである。


596. [政府報告書]は、違法な捜査の存在する実態に目をつぶり、何らの報告もなさず、その改善策に言及しない。政府は、少年の保護と調和のとれた発達の視点に常に立って、子どもの権利条約を実施し、捜査の自律性や適正化を確保するべき義務を負っているのであるから、上記のような政府の姿勢は厳しく批判されるべきである。


(6) 身柄拘束下における成人との分離原則 (第37条(c))

597. 日本政府は、子どもの権利条約第37条(c)の第2文「自由を奪われたすべての子どもは、子どもの最善の利益に従えば成人から分離すべきでないと判断される場合を除き、成人から分離される」という条項について、「日本国においては、自由を奪われたものに関しては、国内法上原則として20歳未満の者と20歳以上の者とを分離することとされていること」という理由により留保を行っている(留保の不当性については、別項で述べた)。


598. ところが、日本では、この分離原則が不十分なままに放置されている。前述した捜査段階で勾留場所として使用されている警察署内の代用監獄では、居室の区分こそ一応なされているが、一連の居室のうち幾つかが少年用と指定されているだけで、成人用と同一の建物の隣り合った場所にある。しかも、多くの場合、少年用を含む一連の居室がくし型ないし扇型の配置になっていて、収容されている少年が成人の収容者と顔を合わせたり、挙動を感じることが避けられない構造になっている。また、裁判所や検察庁に出頭する必要が生じたときには、少年と成人が同じ車に乗せられて護送されることがある。


599. また、拘置所においても、少年と成人は、建物・場所を同じくしているため同様の問題がある。


600. ところで、日本政府は、1995年2月、法務省福岡矯正管区において、従来は各々の施設が別の場所にあった成人の刑務所、医療刑務所、未決拘禁者の拘束施設である拘置所と、少年鑑別所を同一建物内に統合する北九州矯正センター構想を発表した。この構想は、子どもの権利条約や前述の国際人権〈自由権〉規約の分離原則に反し、少年の人格の尊重を無視した措置である。日本弁護士連合会は、この構想の撤回を求める要請を法務省をはじめ関係当局に行っている。構想発表後、この構想を疑問視する弁護士会の活動、市民運動やマスコミ報道が高まり、この構想の問題点が国会の法務委員会等で取り上げられたことによって、現在、政府は成人の拘禁施設と少年鑑別所とを同一建物内に集合させた当初構想を変更せざるを得ない事態に追い込まれている。


601. このように、日本政府の少年と成人との分離原則に対する理解は十分でない。政府は、改めて分離原則の趣旨を確認して、少年の福祉や利益に合致しない分離原則違反の施策を直ちに変更するべきである。


(7) 身柄拘束中の少年に対する家族の面会・通信権 (第37条(d)、第9条3項)

602. [政府報告書128]は、制度の概要を述べているだけで、以下で述べるように、運用の実態にまったく言及していない。少年の生存・発達を確保し、最善の利益を実現する観点から少年と家族との接触の権利を保障した子どもの権利条約第37条(d)、第9条3項、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)15.2、「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」(自由規則)60に違反する実態から目を逸らしている。


① 逮捕された少年についての家族の面会

603. 逮捕された少年に対する面会は、実務の運用上、原則として禁止されている。そのため、家族は、身柄拘束の初期の段階で、少年の状況をまったく把握することができない。逮捕された少年は、最長72時間も、家族による適切な援助が受けられない状態に放置される。現在のような実務の運用は、早急に改められるべきである。


② 勾留された少年についての家族の面会

604. 面会が可能な場合でも、面会時間を10分から20分程度に制限されることがほとんどである。このような短時間では、家族との十分な接触が確保されているとは到底言いがたい。また、土、日曜日、祝日や執務時間外の面会は、認められていないから、働いている親の面会は容易ではない。運用を早期に改善するべきである。


③ 少年鑑別所に拘束された少年についての家族の面会

605. 観護措置によって少年鑑別所に収容されている間の、少年と家族との面会は、規則上は申し出があるときに(少年鑑別所処遇規則第38条)、通信については、所内の規則に反しない限り(同40条)、許可することになっている。しかし、実際は、たとえば、東京少年鑑別所の場合、面会は一律に週1回が妥当であると指導しているし、しかも土、日曜日、祝日や執務時間外は除かれ、かつ面会時間も20分程度と制限されている。家庭裁判所の少年に対する処分決定前の重要な時期に、少年と家族との十分な接触が確保されていない。このような指導は早急に改められるべきである。


5 自由を奪われた子どもの権利(少年院での処遇段階)

606. 日本の少年院では「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」に照らして、いくつか問題となる実態がある。


607. (1) 入所時の規則集・権利義務の説明文書の配布や不服申立の宛先住所・役所名と法的援助を受けられる機関の住所と名の告知を受ける権利(同規則24)については、入所時に守るべき義務についての栞などが配布され説明を受けているようであるが、収容中の少年の権利や不服申立に関する情報はほとんど与えられていない。


608. (2) 同規則35は「私物の所持」の権利の尊重を定めている。ところが、収容されている少年の平等性の確保や、効果的な処遇の実施、保安を根拠として、眼鏡と学習用具を除いて一般に私物を所持する権利は認められていない点が問題である。また、同規則36が定める可能な限りの私服着用の権利保障については、許可されて施設外に出るときや、退院間近などの特別な場合を除いて、下着を含めて私服着用は一切認められていない。


609. (3) 同規則43の「作業の種類の選択権」については、少年の希望を聞くことも少なからずあるようであるが、選択権までは与えられていない。


610. (4) 同規則46の「作業に対する報酬受領権」については、外部の企業で就業する場合を除き、院内での作業では、職業補導賞与金計算給与規程により、月額398円から289円の間で決めることができると規定され、少年院退院者のアンケートでも、1日原則10円、例外的に洗たく作業などが1日20円とされていることが多いようである。少年の側には、職業訓練を受けているのではなくて作業を行っているとの認識が多くあり、少年の意識やその作業の実態に照らして考えると、わが国労働者の最低賃金の数百分の1の日額は安きに過ぎるものと思われる。


611. (5) 同規則60は、家族との定期的かつ頻繁な訪問(原則として週1回、少なくとも月1回)を受ける権利及び無制限のコミュニケーションを保つ権利を規定している。少年院に送致された少年と家族との面会・通信については、矯正教育に害があると認められる場合を除き、許可することになっている(少年院処遇規則第52、55条)。しかし、実際は、少年院長の保護者に対する通知文で、面会は一律に月1回程度が適当とされていることも多く、また、土、日曜日、祝日や執務時間外の面会が制限されることもあり、かつ時間も30分程度と指導されていることが少なくない。これでは、少年と家族との接触は不十分である。


612. さらに、同規則61は、適法に制限されない限り、少年が選択した人物と書面あるいは電話で少なくとも週2回コミュニケートする権利を定めているが、家族以外の友人との面接・通信は、少年院において許可されることは稀であり、原則として禁止されている。このような指導は、早急に改められるべきである。


613. (6) 同規則67には懲戒としての密室または独房への収容の厳格なる禁止が規定されているが、日本の少年院では、少年院法8条1項3号に「20日を超えない期間、衛生的な単独室で謹慎させること」が規定されており、規則に違反した少年に対し、懲戒の一種として単独室へ20日以内の収容がなされている。単独室収容中は、基本的に単独室内で食事排泄し、日中の起居・就寝も一人で行い、担当職員との若干の接触はあるものの、他の少年との接触はできないことになっており、独房類似のものと理解されるので、本規則に抵触する疑いがある。


614. (7) 同規則75は「拘禁施設の長および許可された代表に対して、要望を提出しまたは不服申し立てをする権利が認められなければならない」と定めている。収容少年に対する成績評価の結果は、1991年6月1日の法務省矯正局長通達でも少年に個別に告知することになっているが、それに対する不服申立の機会が与えられていない。


6 少年に対する死刑及び終身刑の禁止 (第6条、第37条(a))

615.  日本の少年法では、犯行時18歳未満の少年に対しては、死刑を科さない定めになっており(少年法第51条)、かつ釈放の可能性のない終身刑の定めもないから、子どもの権利条約の規定には反していないようにも見える。


616. しかし、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)17.2によれば、少年にはいかなる理由があっても死刑を科してはならないことになっている。そして、前述のように、日本の少年法制は、20歳未満の少年を20歳以上の成人と明確に区別して異なった保護的な取扱いをしている。子どもの権利条約では、子どもの生命に対する固有の権利を認めて子どもの生命の尊重を定め(第6条)、人格形成の途上にあって保護的な取扱いをすべき者には死刑を科さないとする(第37条(a))。このような条約の趣旨をあわせて考慮すれば、日本では、少なくとも20歳未満の少年の犯罪に対しては、死刑を科すべきでない。


617. ところが、日本では、現実には、最近でも犯行時20歳未満の少年の犯罪に対する死刑の判決がなされている(たとえば、犯行時19歳1カ月の男子少年に対してなされた1996年7月2日東京高等裁判所の死刑判決)。


618. したがって、日本政府は、犯行時20歳未満の少年の犯罪に対しては、死刑を科さない旨を明文化すべきである。


619. 政府は、1993年11月4日、国際人権〈自由権〉規約委員会が、日本政府に対して、一般的な措置として、死刑廃止への措置を講じることを勧告していることを改めて想起すべきである。


7 適正手続の保障について(第37条、第40条2項)

620. 第40条2項では、特に、「国際文書の関連規定の考慮」が謳われており、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)をはじめとする国際準則の実施の観点から検証されなければならない。


(1) 無罪の推定(第40条2項(b)(i))

621. 成人の刑事裁判手続においては、無罪の推定が当然の原則とされ、実体的真実の追求より適正手続の保障が優先することが確立された原則となっている。


622. ところが、近時、家庭裁判所においては、保護・教育の見地から積極的実体的真実主義が必要であるとの主張が、現職の裁判官等からなされるようになっており、これを根拠として、裁判官が有罪立証へ向けて補充捜査を依頼することも許容されると論じられている。このような主張は、「実際には非行を犯しているのに、これを逃がすことは教育的ではない」という立論によるものであるが、家庭裁判所を積極的な実体的真実の追求の場とすることは、少年に対する無罪の推定を危うくするものであり、本条項の趣旨に反する。


623. [政府報告書263]は、少年審判手続においても合理的疑いを入れない程度に立証された場合にのみ保護処分に付することができることをもって、無罪の推定が保障されているとするが、それ以前に、裁判官が積極的に有罪立証へ向けての捜査を指揮する行為は、無罪推定の原則に反するものである。


624. 少年審判手続においても、無罪の推定が貫徹され、消極的実体的真実主義こそが追求されなければならない。


(2) 迅速かつ直接に被疑事実の告知を受ける権利、弁護人その他の適当な援助を受ける権利(第40条2項(b)(ii))

625. 少年に対しては、勾留質問時、観護措置決定時、審判時に、それぞれ、口頭での被疑事実、非行事実の告知が行われている。成人の刑事訴訟手続においては、起訴された後、起訴状が書面で被告人に交付されるが、少年審判手続では、そのような書面が交付されることはない。口頭で非行事実が告知されても、少年がこれを十分に理解し、防御を行っていくことは困難であり、子どもの権利条約の趣旨とする少年の防御権の実質的保障のためには、成人よりもより手厚い保障がなされるべきであって、各段階において、書面による告知が行われる必要がある。


626. [政府報告書264]は、「少年法は、児童及びその保護者に附添人選任権を認めている」としているが、実際は、ほとんどの少年審判事件で附添人が選任されていない。家庭裁判所における附添人選任率は、増加傾向にあるものの、依然として、1994年度で一般保護事件の203,217件に対して2,423件と約1.2%に過ぎない。殺人事件で62.2%、強姦事件で35.6%、強盗事件で18.4%に過ぎない。最近の増加傾向は、財団法人法律扶助協会による附添人扶助制度の拡充や日本弁護士連合会の附添人拡充への取り組みによって実現されたものである。より根本的には、国選弁護人・附添人制度の導入が必要であるが、いまだ実現していない。


(3) 独立公平な裁判所における裁判を受ける権利 (第40条2項(b)(iii))

627. 現在、家庭裁判所が警察・検察庁に、家裁送致後に補充捜査を依頼することが広汎に認められており、家庭裁判所が捜査機関の側に立つかのような印象を与えるケースが相次いでいる。綾瀬母子殺し事件、福岡早良事件、山形明倫中学事件、調布事件などである。これらは公平な裁判所の裁判を受ける権利の観点からきわめて重大な問題である。


628. 家庭裁判所がなした不処分決定に対し、最高裁判所は、傍論ではあるが、一事不再理効がないと判断し(1991年3月29日第三小法廷決定)、実際にも、一旦家庭裁判所で不処分となった少年を、再度、刑事裁判所に起訴するケースが発生している(調布事件)。このような取扱いは、家庭裁判所を独立した裁判所として扱っていないものと言えるし、これが許されるとするならば、少年は、独立した裁判所で裁判を受ける権利を奪われることになる。


629. 調布事件では、1993年に傷害事件で逮捕され家裁に送致された5人の少年に対して、東京家庭裁判所八王子支部は中等少年院送致の決定を下したが、少年らが抗告をしたところ、東京高等裁判所は、証拠調べを行い、無罪の判断をなすべきだとして、上記決定を取り消して家庭裁判所に差し戻した。ところが、差戻し審の裁判官は、5人のうち1人を無罪にあたる非行なし不処分としたが、残る4人のうち3人については補充捜査による大量の追加資料の送付を待って刑事処分が相当とであるとして、1人は成人に達したことを理由として、それぞれ検察官に送致した。そして、検察官は、すでに非行なし不処分となった1人を含めた5人全員を刑事裁判所に起訴したのである。少年らは、これらの起訴は憲法第39条や自由権規約第14条7項が保障する二重危険の禁止の原則に反し、また少年に対する特別な手続の保障を奪うものであるとして争っている。


630. 少年法は、裁判官の忌避に関する明文の規定を有しない。刑事訴訟法には、被告人の忌避申立権が定められているのに対し、少年法では、少年審判規則に裁判官が自ら回避しなければならないとする規定が存するのみである。これらの規定は、少年の回避の申立権を認めているとする判例もあるが、忌避申立権は「公平な裁判所の裁判を受ける権利」と密接不可分のものであるから、成人と同様のより明確な規定が必要である。


(4) 供述または有罪の自白を強要されないこと (第40条2項(b)(iv))

631. 供述または有罪の自白を強要されない権利は、憲法上保障された権利であるが、実際には、警察が捜査段階での自白獲得をきわめて重視しているため、捜査段階で少年に対して自白の強要が行われている例は少なくない(その実例については、すでに述べたとおりである)。


632. この点に関し、[政府報告書109]は、「非行事実の認定に当たっては、任意性に疑いのある自白は排除されることが少年審判の実務上定着している」と記述している。しかし、成人の刑事事件手続では、供述の任意性に問題がある場合に、そもそも証拠能力自体が否定され、犯罪の認定のための資料から排除されているが、少年審判では、そのような証拠能力そのものを否定するという理論を裁判所が採用する例はほとんどない。


633. さらに、捜査段階での取調べの実態が、既に指摘したとおり少年の防御力の弱さにほとんど配慮していないにもかかわらず、家庭裁判所の裁判官は、供述調書を無批判に受け入れ、少年の弁解を信用しない傾向が強い。


634. 先の政府報告書の記述は、まったく事実に反するものである。


(5) 証人尋問権、反対尋問権の保障 (第40条2項(b)(vi))

635. 証人尋問権、反対尋問権は、明文上保障されていない。最高裁判所は、証拠調べの範囲、限度、方法は、家庭裁判所の合理的裁量に委ねられるとしたが(1983年10月26日第一小法廷決定) 、実情としては、少年の申請する証拠調べが行われず、少年が立ち会わないままに証人の尋問が行われる場合がある。これらの権利が保障されているとは到底言えない実情である。


(6) 上訴権 (第40条2項(b)(v))

636. 少年法第20条により家庭裁判所が少年を検察官に送致する決定に対しては、不服申立が認められていない。また、非行事実の存在を認定した上で、不処分とする決定に対しても抗告権が認められておらず、「刑事法に違反したと認定された場合」の上訴権を保障する子どもの権利条約に反することは明らかである。


637. 家庭裁判所の保護処分決定については、決定書の作成、交付が義務づけられておらず、他方で、決定後2週間以内にしなければならない抗告申立に際しては、少年は抗告の趣意を明示しなければならないとされており (少年審判規則第43条2項) 、抗告をきわめて困難なものにしている。さらに、抗告後、実質的な審理が行われることは稀である。実際に、少年事件の抗告率はきわめて低く、1994年度で保護処分決定総数に対して、0.7%、少年院送致決定に対しても9.6%に過ぎない。これは、成人事件の控訴率に比してもきわめて低率であり、少年の抗告が困難であることを反映しているものと解されている。


638. なお、少年が保護処分決定を不服として抗告を申し立てた場合にも、その保護処分の執行を停止する機能はない。したがって、少年は少年院に送致されたまま抗告審の審理を受けることになる。


639. 前記調布事件では、抗告前の第一審(家庭裁判所)が保護処分を行ったのに対して高等裁判所の差し戻し決定後、家庭裁判所は刑事処分の可能性のある手続に移行する決定(検察官送致決定)をした。検察官送致決定を受けての起訴に対して、刑事裁判所の第一審判決(1995年6月20日)は、検察官送致決定自体が抗告権を保障するために認められている不利益変更禁止の原則に反するとして公訴棄却したが、その控訴審判決(1996年7月5日)は、検察官送致決定自体は最終の判断ではなく、利益・不利益の比較の対象にならないから、起訴は違法ではないとして、控訴を認容した。しかし、このような検察官送致決定が認められるとすれば、保護処分決定を受けた少年が抗告申立を躊躇する可能性は高く、この起訴及び控訴審判決は上訴権を侵害するものとして、子どもの権利条約にも反するものである。


(7) 無償の通訳の保障 (第40条2項(b)(vi))

640. 現行法には、無償通訳の規定はなく、むしろ通訳費用を少年に請求することができる規定となっている(少年法第31条)。


641. もちろん、法律扶助協会からの扶助として通訳費用が支出される場合もあるが、子どもの権利条約は、そもそも無償の通訳の保障を要求しているのであって、このことを認めていない少年法第31条の規定は、明らかに条約に違反する。


(8) プライバシーの尊重 (第40条2項(b)(vii))

642. 本条項のほか、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)8も、少年のプライバシー保護を強調し、「少年犯罪者の特定に結びつくどんな情報も公表されるべきではない」とする。しかし、前述のように実名報道をしたケースがあるほか、匿名の報道であっても、プライバシーにわたる事項を詳細に報道するケースが多い。


643. その中には、ほとんど人物が特定できるような写真を掲載し、後にえん罪であることが判明し、回復しがたい損害を与えたケースも存在する(東京・綾瀬母子殺し事件)。


8 少年に特別の法律、手続、機関、施設の設立(第40条3項)

644. 捜査段階で少年の特性に配慮した特別の保障がほとんど存在せず、早急に策定する必要があるのは、前述のとおりである。


645. 14歳未満の少年が刑法に違反する行為を行った場合には、犯罪ではないが、触法少年として家裁の審判の対象となり、保護処分を受ける可能性がある。その場合、少年に対して刑事訴訟法に基づく捜査はできないが、現実には警察や児童相談所が事実調査を行う。この段階に関して少年に対する適正手続保障に関する規定はまったく存在せず、実際にも適正手続が保障されていない。
ダイバージョンの保障(第40条3項(b))


646. 日本の少年法は、家裁への全件送致主義を採用しており、基本的には全ての少年犯罪が司法機関を通じて処理されることを原則としている。これは、家裁のケースワーク機能と専門性を重視し、少年の健全育成がその手続の中でこそ図られると考えられているからである。


647. 警察が独自の判断で事件を家裁に送致しない処理(署限り)や、軽微事件をまとめて事件送致し、裁判所が書面で形式的に審査して終わりにする簡易送致は、全件送致主義の観点から問題がある。これらは、「人権及び法的保護が十分に尊重されること」を要件とする子どもの権利条約からも問題である。


648. したがって、日本の少年法上のダイバージョンとしては、家裁送致後に認められている試験観察制度を多用し、かつ、その中に多様なプログラム等を導入することが検討されるべきである。


649. しかし、現状では、試験観察の数は、一般事件中、1980年には4,563件(3.1%)であったのに対し、1994年には2,490件(1.6%)というように減少傾向にあり、しかも、その期間についても個別の事情に関係なく短期化しているという問題がある。


9 多様な処遇制度の確立(第40条4項)

650. 日本における処遇の多様化は、施設収容の多様化という面がある。1977年の法制審議会答申では、保護処分の多様化及び弾力化として、従来の保護観察、少年院送致、教護院送致に加え、短期保護観察、短期少年院送致、短期開放施設送致の導入を提唱していた。その後、法改正がなされないままに、少年院送致決定に、短期処遇、長期処遇、特修短期処遇という制度が導入されているが、これは実際の運用上、かつては少年院送致がなされなかったであろう少年について、短期処遇による少年院送致にするという形で、身柄拘束を増大させる方向で働いている面がある。これは、第37条(b)の定める最後の手段としての身柄拘束の趣旨にも反するものである。他方で、非拘禁的な処遇について、多様なプログラムの用意することは、ほとんど行われていない。


10 再審の保障について(第39条)

651. 子どもの権利条約第39条は、「あらゆる形態の……刑罰……による被害者である児童の身体的及び心理的な回復及び社会復帰を促進するためのすべての適当な措置をとる」と規定している。これは、裁判所の誤審により有罪決定または保護処分決定を受けた少年に対する再審規定の保障も要請していると解すべきである。


652. 日本の刑事訴訟法は、有罪判決が上訴の手段も尽きて確定した後であっても、新たな無罪証拠が発見された場合には、再審を請求できると定めているが、少年法にはこれに相当する規定がない。最高裁判所は、少年法第27条の2という保護処分取り消しの規定に実質的に再審の機能を持たせ得ると判断しているが、その条項が利用できるのは、保護処分の継続中に限られ、成人の再審規定が、刑期が終了しあるいは本人が死亡しても申し立てることができるとしていることに比べると、きわめて限定的なものに過ぎない。


653. したがって、少年についても、成人と同様にいつまでも行使可能な再審規定を設けるべきである。


B 少数民族または先住民の子どもたち(第30条)

提言


 アイヌ民族など先住民が存在していることを認め、学校教育において同化教育を取りやめ、アイヌ語及びアイヌの歴史・文化を学ぶべき機会を保障し、これらを尊重することをすべての子どもの教育目標に掲げて実施すべきである。


654. [政府報告書306]は、憲法が人種等による差別を禁じ、すべての国民に対して表現・思想・良心及び宗教の自由を保障していることから、条約第30条にいう少数民族または先住民の児童についても、条約第30条が定める諸権利が保障されていると、一般的・抽象的に記述するのみである。しかし、これは、日本に少数民族または先住民としてアイヌ民族(1986年の調査では、北海道に約25,000人。全国では、約50,000人~100,000人と推定されている)やオロッコ族(約30人が北海道に居住しているといわれている)が存在しており、したがって、その子どもたちも存在しているにもかかわらず、この事実を糊塗しようとするものである。


655. とりわけ、日本政府は明治以来100年にわたって、アイヌ民族に対して同化政策を実施し、アイヌ民族固有の風俗・習慣を禁止したり、日本語習得を奨励したり、日本式姓氏の使用を強制するなどしてきた。このアイヌ人の日本人化は、主として学校教育により、同化教育として強行された。その結果、アイヌ民族のアイデンティティの根幹であるアイヌ語やアイヌ文化は急速に奪われ、生活様式もほとんど日本人化されてしまった。しかし、アイヌ民族が日本語を使用し、日本的な生活様式を営むようになったとしても、アイヌ民族に対する差別と差別意識は依然として現存している。1993年の「北海道ウタリ生活実態調査」によると、アイヌ民族の子どもの進路については、中学卒業生の高校進学率は87.4%であり、高校卒業生の大学(短大も含む)進学率は11.8%であって、全北海道の進学率がそれぞれ96.3%、27.5%であるのに比べても、大きな格差がある。北海道は1988年度からウタリ福祉対策として高校・大学等への進学を促進するための奨学制度を充実させ、教育における格差の解消に力を入れているが、その成果については明らかではない。


656. アイヌ民族が条約第30条が保障する「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し、自己の言語を使用する権利」を享受するためには、学校教育において同化教育を取り止め、各教室においてアイヌ民族の尊厳とアイヌ文化の独自性を尊重し、アイヌ語やその歴史を学ぶ機会を積極的に保障するとともに、「自己の文明と異なる文明についての尊重の念を育成すること」をすべての子どもの教育目標に掲げて実施することが必要である。


 1997年5月8日、いわゆるアイヌ文化振興法が成立し、「アイヌ文化の振興と「アイヌの伝統等の国民への知識の普及及び啓発を図る施策を推進する」こととなった。教育の場における今後の具体的実施状況を注視していく必要がある。


C 外国人の子どもの人権

提言


1 外国人の子どもの学校教育に関し、条約第29条1項(c)を実現する教育制度を整備すべきである。


2 外国人の子どもも日本人の子どもと同じ医療や福祉が受けられるように児童手当や国民健康保険の適用要件を改め、外国人向けの広報・窓口を充実させるべきである。


3 外国人登録法を改正し、外国人登録の際の指紋押捺義務、登録証明書の常時携帯義務及びこれらの義務違反に対する罰則を削除すべきである。


4 在日朝鮮人の民族学校について、その民族教育を尊重するとともに、その他の面では学校教育法第1条に定める学校と異ならないものとして、大学入学資格や教育扶助等に関する差別をなくすべきである。


5 政府自身が、立法・行政・司法のすべてにおいて外国人差別を解消するための総点検をして改善を図るとともに、国民の外国人に対する差別意識を解消し、外国人の人権を確立するための啓蒙・広報活動に取り組むべきである。


1 外国人の子どもの学校教育

657. 条約第29条1項(c)では、「児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること」として、母語、民族的価値観の尊重など少数者ら外国人のアイデンティティを保障している。同時に(d)では、「すべての人民の間の、種族的、国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民(先住民)である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等及び友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児童に準備させること」とあり、少数者と多数者の共存のための教育の必要性を説いている。


658. この双方の教育を実現して初めて、条約29条1項(a)、(b)が定める教育の目的を達成することができ、ひいては個々人が尊重される社会を築き上げることができるのであるが、実際には、日本の学校では、このような教育を保障する体制はない。そのため、少数者である外国人の子どもたちに対するいじめや差別が一向になくならず、日本への同化を求められる中で、彼らのアイデンティティが危ういものとなっている。


659. 1996年8月に出された中央教育審議会の「21世紀を展望した我が国の教育のあり方について」の審議のまとめでも、「我が国の学校が、異文化・異言語に開かれた学校になっていくこと、そして、外国人の子どもたちに対しても、柔軟な受け入れ体制を整えていくことなどが必要である」としながらも、具体的な施策としては「日本語指導」の方法のみが論じられているにすぎず、条約第29条1項(c)、(d)に記された教育については、まったく触れられていない。


660. 1995年1月の文部省の調査によれば、全国で日本語教育が必要な外国人児童・生徒の在籍する公立小・中・高等学校数及び人数は、3,921校、11,806人にのぼる。このうち、日本語教育が必要な児童・生徒数別の学校数は、小学校中学校ともに、1人校が最も多く、1~5人校の占める割合が80%以上だった。これらの児童・生徒の約4分の1は何らの特別な配慮も受けておらず、日本語指導者を入れての個別指導を受けている児童生徒は10%程度であった。このように日本の学校教育における外国人の子どもへの対応は非常に遅れており、全国的な施策としては、1992年度に至ってようやく小・中学校教師に対する日本語指導のための講習会や教員の加配・教材の配布が初めて行われたところであり、各地の学校が現実に入学してくる外国人の子どもへの対応に迫られて、何とか場あたり的に対処しているというのが実情である。


661. さらに、学校教育の保障に関し、外国人については義務教育(初等教育及び中等教育)に対して入学・編入はできるが、後期中等教育や高等教育の保障のための施策はほとんどない。日本で生まれ育った子どもについては、後期中等教育(高等学校)への進学率は95%以上と準義務教育化しているにもかかわらず、外国から来た子どもについて特別な配慮がなされていないことは問題である。後期中等教育(高等学校)を受けるには、入学試験に合格しなければならないが、まったく同じ試験の受験になれば、日本語力のハンディキャップや学力のハンディキャップにより合格は困難である。自治体独自で入学特別枠を作っているところもあるが、いまだわずかである。条約第28条1項(b)は、後期中等教育の保障も要求しているところであり、外国から来た子どもにもこれを保障するために国全体の施策が必要である。


2 外国人の子どもの健康・医療・福祉

662. 日本の法制上は、1981年に日本が「難民の地位に関する条約」を批准するにあたって、国民年金法・児童手当諸法・国民健康保険法施行規則・国民年金法施行規則などにおける国籍条項は削除されたが、一定期間の滞在を要件とするなど、なお適用対象とならない外国人があるうえ、外国人向けの広報や受付がなされていないなどの理由から、実態として外国人にもこれらの法の適用があるとはいいがたい実情にある。


663. さらに資格外就労や超過残留の外国人の場合には、年金や保険の適用を受けたくとも、強制退去させられることを恐れて申請をすることができないのが実情である。また、日本においては、自由診療は交通事故等特殊な場合にしか行われておらず、保険証を持たない外国人は自由診療さえ断られることが多い。その結果、医療や福祉を必要とする外国人の子どもたちがこれらの保護を受けられず、子どもの権利条約第2条、第24条の保障からはほど遠い状況に置かれている。


3 在日外国人の子どもへの差別

(1) 指紋押捺制度・登録証明書の常時携帯義務

664. 外国人登録法は、16歳以上の外国人が新規に外国人登録をする際、指紋押捺義務を課しており(第14条)、これに違反すると1年以下の懲役・禁固または20万円以下の罰金が課される(第18条)。また同法は、16歳以上の外国人に登録証明書を常に携帯し、一定の公務員から提示を求められた場合に提示する義務を課し(第13条)、その違反についても罰則を定めている(第18条)。


665. これらの法制は諸外国に比べて外国人に著しく重い義務を課すものであるとともに、制度の必要性・合理性に乏しいものであって、日本人と比して不当に外国人を差別するもので、条約第2条に照らし削除されるべきものである。


(2) 在日韓国・朝鮮人などへの差別

666. 戦後、日本政府は、一貫して在日朝鮮人に対して日本への同化政策と民族教育否定政策を取り続けてきた。1965年には通達により、一方で日本の公私立学校への就学と授業料・教科書の無償を認めつつ、他方朝鮮人の民族学校は学校教育法1条校としてはもちろん、各種学校としても認可すべきでないとの方針を示した(ただし、各種学校の認可権限は都道府県知事にあり、各地の民族学校は次々と各種学校として認可されていった)。


667. このような背景事情と日本社会の差別の結果、在日韓国・朝鮮人の95%以上が日本の通称名を名乗り、80%以上の子どもたちが日本の学校に通い、何らの民族教育も受けられない実情にある。他方、民族学校は、日本の学校とほぼ同じカリキュラムで教育しているにもかかわらず、大学入学資格や教育扶助・通学定期・寄付金に対する免税措置などの面で様々な差別待遇を受けている。


668. また、朝鮮半島で政治的事件が起きると、チマチョゴリという民族衣装の制服を着て通学する朝鮮人女子高校生が電車の中などでチマチョゴリを刃物で切り裂かれるなどという心ない事件が多発する事態も生じている([Ⅲ-A-2]参照)。


D 薬物乱用(第33条)

提言


1 薬物乱用防止対策にかかわっている司法機関と行刑機関と医療機関は、相互の連携を密にすべきである。


2 薬物関連精神疾患の専門治療病院を増やす等医療体制の整備を図るべきである。


3 薬物依存症者自身の自助グループやその家族をサポートする施設に対して、公的助成を行うべきである。


669. [政府報告書290]以下において、日本が麻薬や向精神薬などに関する各種の条約を締結して、国際的なレベルにおいて薬物の乱用、不正取引の防止に積極的に取り組み、さらに国内でもいわゆる薬物五法の適正な運用によって、薬物犯罪に対して効果的な取締りを行い、子どもへの薬物の浸透を防いでいるとしながら、[292]以下において、現状としては、覚せい剤、大麻等の薬物乱用非行のほかにシンナー等有機溶剤の乱用による非行が多発し、これらの乱用少年に対して、暴力団が活動資金獲得のために、密売するなどして非行を助長していると述べたうえで、警察のとっている各種施策や各都道府県の覚せい剤乱用防止推進委員などによる啓発活動と学校教育における指導の具体例をあげている。


670. 政府報告書も指摘するとおり、国際協力の推進や法の適正な運用による効果的な取締りなどにもかかわらず、子どもたちの薬物乱用非行やシンナー等有機溶剤の乱用による非行が多発し、子どもたちに薬物乱用が浸透しており、事態は深刻である。


671. 政府報告書にあげられた1995年度の補導数を分析した結果によれば、覚せい剤事犯の少年1,079人は前年比30.5%の増加であり、大麻事犯の全検挙人員のうち68.3%が30歳未満の青少年であること、シンナー等有機溶剤事犯の少年5,456人は全体の68.1%を占めているなど、青少年層に薬物乱用が浸透している実態が顕著である。さらに、これらの少年による覚せい剤事犯のうち女子の占める割合は1990年以降50%を超えており、また低年齢化の傾向もみられるに至っている。


672. しかし、政府が実施している青少年に対する薬物乱用防止対策は、警察・検察庁・裁判所といった司法機関と、刑務所・少年院・保護観察所といった行刑機関、さらに精神病院等の医療機関がそれぞれ独自に対策を試みているだけで、それらの各機関が薬物乱用者の継続的な使用を防止する観点で連絡・連携することが少ないため、効果的な対策になっていない。


673. また、覚せい剤事犯で有罪判決を受けた人の中で、同種前科のある人が60%を超えていることからすると、継続的な薬物の使用が薬物依存症の段階まで達した青少年については、司法的対応のみでは限界があり、医療機関による治療的対応が必要であるが、薬物関連精神疾患の専門治療病院の数はきわめて少なく、治療体制の整備も遅れている。


674. 特に、薬物依存症から回復するためには、①依存症者自身の自助グループによる集団ミーティングの活用、②薬物依存症者の家族に対する治療的観点からの援助、③専門の社会復帰施設の設置が必要かつ有効であるといわれている。


675. しかし、自助グループや家族に対する援助はまったくないに等しく、また、国または自治体による薬物依存症者のためのリハビリテーション施設はいまだ設置されていない。わずかに回復者と市民などが協力して設立した民間施設(ダルク)があるだけであるが、現在、その維持・運営は危機に瀕しており、公的助成が望まれる。


676. なお、「保健体育」の教科書には薬物乱用の危険についての記述はあるが、現実には受験に関係がないことや時間不足などのため、指導はおざなりに終わっているきらいがある。


E 性的搾取及び性的虐待(第34条)

提言


1 家庭教育、学校教育、社会教育のあらゆる場において、人権教育の重要な一環として、性を人間の尊厳にかかわるものとして正しく位置づけ、力や金銭による性の支配は、人間としての尊厳をそこなうものであることを確認できるような教育を行うべきである。


2 性犯罪の被害を受けた子どもに対する専門家による適切なケアを施すような体制をつくるべきである。


3 外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待をなくすために、①国外犯の防止のための教育・啓蒙活動の推進、②国外犯処罰のための捜査協力強化と必要な法改正③国内での搾取・虐待防止のための入国管理上のチェック体制の強化と必要な法改正を行うべきである。


1 はじめに

677. [政府報告書295~300]において、「性的搾取及び性的虐待(第34条)」について述べている。そのうち[295、296、298]で日本国内の日本人の子どもについて述べ、[297、299、300]で日本国内外の外国人の子どもについて述べている。


678. また、「売買、取引及び誘拐(第35条)」として[303]から[305]をあてている。


2 日本国内の日本人の子どもについて

679. まず、日本国内の日本人の子どもに関する記述である[政府報告書295]では、子どもを性的搾取及び性的虐待から保護するための各種法令を列挙し、[296]ではそのための警察活動を説明している。これを読む限りでは、日本人の子どもに関しては、法令と警察活動によって十分に守られており、格別問題はないかのようである。わずかに[298]で電話回線を利用したテレフォンクラブ、ツーショットダイアル等に触れ、「女子児童が興味本位から安易に電話し淫行等の性的被害を受けるなどの事案が多発している」と指摘しているが、警察活動や条例、地域活動等の「対応がなされている」として、これもまた格別問題はないかのように記述している。


680. しかし、日本人の子どもに関しても、暴力・地位による威圧あるいは財力を用いて性における自己決定権を奪ったり歪めたりするようなおとなの行動は、あとを絶たない。


681. まず、子どもに直接的に暴行、脅迫を加えて性的行為に及ぶケースのうちには、1996年版警察白書によれば、1995年度に発生した犯罪のうち、未成年者が被害者となった強制わいせつ事件が2,424件、未成年者が被害者となった売春防止法違反事件が被害者の数にして513名あり、殺害に至るケースも稀ではない。この中には、沖縄県での米軍兵士によっておかされたケースもある。


682. 次に、子どもを保護すべき立場にある者(親、教師、施設職員など)が、優位な地位を利用して性的行為に及ぶケースも、しばしば報道されている。このようなケースでは継続的に繰り返されることが多く、心理的な傷も見過ごすことはできない。


683. また、学校生徒の通学途中の満員電車の中などを利用してなされるわいせつ行為は、数多く報告されており、「周囲に救いを求めても、助けてもらえなかった」と述べる子どもも多い。


684.さらに、財力を用いての性的行為のうち、単純な形態の買春については、後に述べるように外国人ことにアジア諸国の子どもが被害者とされることが多い。しかし、その他の個室浴場(ソープランド)やファッション・マッサージ、デートクラブなど様々な形態での買春が国内においても行われており、さらにポルノビデオなどの被写体とされることも、はなはだ多い。このような、金品授受を伴う性的行為については、子ども自身の金欲しさの自発的行動であるかのように言われることもあるが、おとなが金品を用いて子どもに性的に接近することは性における自己決定権を歪める行為であることは否定できない。


685. このように、政府報告書が挙げているように刑法などの法令が存在しているにもかかわらず、子どもへの性的搾取、性的虐待は減ってはおらず、むしろ増えていると認識されている。


686. その理由としては、他の人権侵害と同様に、子どもの人格、尊厳に対する無関心、軽視や(アジア諸国の子どもに対してなされる場合の)アジア蔑視などがあるが、むしろ、日本では一般的に性を人間の尊厳にかかわるものとして尊重する思想に乏しいことや、女性蔑視の考え方が根強く残っていることなども原因となっている。


687. また、子どもが性的被害を受けた場合の加害者処罰について、次のような問題点が指摘されている。


688. 強姦罪、強制わいせつ罪などは親告罪とされており、被害者もしくは法定代理人からの告訴がないと処罰できない。このことは被害者のプライバシーの保護のためであるが、告訴すべき期間が6カ月とされ、大変短い。


689. また、法令を執行すべき警察が、捜査取調べの過程で、被害者を被害者として正当に処遇するのでなく、逆に、被害を受けた子どもの側に責められるべき原因があったかのように対応し、その結果として、被害者が二重の被害に遇うこともある。特に、被害を受けた子どもに知的障害のある場合には、このような傾向が強い。


690. したがって、国としては、次のような施策が必要である。


691. ①人権教育の重要な一環として、性を人格そのもの、人間の尊厳にかかわるものとして正しく位置づけられるよう、家庭教育、学校教育、社会教育などすべての場を通じて実現すること。力や金銭による性の支配は、双方の人間としての尊厳を損なうものであることを確認すること。


692. ②性犯罪の被害の子どもに対する専門家による適切なケアを施すこと。なお、[政府報告書296、298]は、警察によるケアについてわざわざ言及しているが、必要とされているのは、教育的・医療的なケア機関である。


3 日本国内外の外国人の子どもへの性的搾取・性的虐待と人身売買について

693. 日本国内で性的搾取・性的虐待の被害者となっている外国人はほとんどが、人身売買の被害者として連れてこられたアジア人であり、子どもの場合も同様である。また、日本人が外国へ行って性的搾取・性的虐待を行う時の行先は、ほとんどがアジア諸国であり、その対象として子どもが増えている。


694. アジアへのセックスツアーなどにおける性的搾取・性的虐待についてみると、フィリピンやタイなどで子どもを買って性交やわいせつ行為をする日本人が多いことは、数多く報道されている。実際にも、現地警察によって日本人が逮捕され、現地のマスコミに報道された事例が少なからずある。このような事例では、無抵抗な子どもに対して、しかもアジア人蔑視も加わって、日本での買春ではおそらく考えられないような、ほしいままに子どもの性をもてあそぶような行為が行われている。


695. 海外買春をあおる出版物やビデオも氾濫しており、たとえば、『タイ買春読本』というタイでの売春に関する情報を提供し、買春をすすめる本が出版されて、市民団体の抗議にもかかわらず、出版が継続されている。


696. [政府報告書297]は、アジア人の子どもを売春など「有害業務などに不法就労」させることに対する法令を挙げ、[299]で「世界各地において児童が性産業等に送り込まれ性的被害に遭っているといった事態についても憂慮している」として、強姦罪などの国外犯規定や捜査協力等を挙げ、さらに[300]で「海外における日本人旅行者によるいわゆるセックスツアーの防止のため」の旅行業法の規定を挙げている。


697. また、[303、304、305]で、子どもの人身売買や引渡の規定や出入国管理、捜査協力等を挙げている。


698. 前記のように「憂慮」を表明している点は注目されるが、大半は、法令等の説明にとどまっている。


 現実には、政府の取り組みは、きわめて消極的である。


699. 日本の刑法では、13歳未満の子どもに対しては、暴行脅迫の有無、対価の有無にかかわらず、強姦罪、強制わいせつ罪として処罰されることになっており、しかも、国外で行われた場合でも、国内と同様に処罰されることになっている。


700. しかし、日本の警察は、このようなアジアの子ども相手の性犯罪について、それが日本のマスコミに報道された場合でさえ、国外犯として捜査してこなかった。なお[政府報告書299]で「(強姦罪などの国外犯に言及したあと)これらの違反行為と同様な犯罪についても、外国との間で捜査共助、司法共助、情報交換を行っているところである」と記載するが、外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待について、現地の警察と捜査協力をして、国外犯として起訴をしたケースはいまだ存在しない。最近、1996年8月に、フィリピンでの12歳の少女に対する強制わいせつ行為について、日本の弁護士を代理人として日本人男性を神奈川県警察に告訴し、それが受理されて捜査が開始されたのが、捜査としても初めての例であり、その後、96年11月にタイでの12歳の少女に対する強姦事件について千葉県警察に2件目の告訴がなされ、受理されている。


701. また、刑法上、強姦罪、強制わいせつ罪について起訴するためには、6カ月以内に被害者が告訴することが要件とされているが、外国在住の子どもにとって、6カ月内の告訴はほとんど不可能であり、法令を改正して告訴期間を延長すべきである。また、外国での買春、セックスツアーに対する取り締まりを目的とした捜査協力について、2国間または多国間の協定、条約を締結すべきである。セックスツアーについては、過去に旅行業者による目にあまる宣伝が行われたことを受けて、旅行業法を改正し、これら性犯罪をあっせんしたり便宜をはかったりしたときは、業者名の公表などをするようにしたが、刑事処罰もなく、制裁としては非常に軽い。また、空港等における買春警告ポスターの掲示についても、ようやく最近、始められたばかりである。


702. 次に、日本国内でのアジア人の子どもの性的搾取・性的虐待については、一応日本人の子どもと同様の扱いを受け、そのような事実が摘発されれば、雇い主やブローカーは処罰され、子どもは保護されることにはなっている。しかし、日本人の子どもであれば、養護施設に収容されるなどして一応のケアの対象となるが、外国人の子どもの場合はほとんどが不法滞在なので国外退去させられるだけである。


703. また、このような子どもが、人身売買の対象者として日本に入国することをチェックすることが、子どもの保護にとっても重要であるが、そのチェック態勢は、たびたびの指摘にもかかわらず、いまだに不十分である。


704. [政府報告書299]でも言及している「人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約」第1条では、国内から国外・国外から国内を区別せず、「売春を目的として他の者を、勧誘し、誘引し、または拐去することを処罰することに同意する」とされているにもかかわらず、これに対応する国内法としては、刑法の「国外移送拐取・人身売買の罪」において、国内から国外への移送しか処罰しておらず、不十分である。


705. したがって、外国人の子どもに対する性的搾取・性的虐待をなくすために、①国外犯の防止のための教育・啓蒙活動の推進、②国外犯処罰のための捜査協力強化と法改正、③国内での搾取・虐待の防止のための入管のチェック体制の強化と法改正が必要である。


4 子どもポルノについて

706. [政府報告書295]においては、日本における子どもポルノの製造、販売、所持等が児童福祉法または刑法によって禁止され、その趣旨に添った運用がなされているかのような記述がある。しかし、現実の日本国内においての子どもポルノの氾濫は、諸外国に類をみないほどの実態であり、また1996年8月に開催された第1回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議では、日本は子どもポルノの最大輸出国の一つと指摘されている。さらに、インターネットを利用した子どもポルノの流通も大きな問題となっている。


707. ある市民団体の調査によると、全国32市町村約110店舗のコンビニエンスストアを調査したところ、その約97%で、子どもポルノが販売されていたという報告がある。被写体とされている子どもの中には、日本の子どもも、他のアジアの国の子どもも含まれている。日本ほど容易に子どもポルノが入手できる国は、他にないといわれている。


708. 日本は、子どもポルノが猥褻図画に該当するかどうかという視点からではなく、被写体とされた子どもたちの人権を、生涯にわたりどれほど深く侵害することになるかという視点から、再考する必要に迫られている。日本政府は、子どもポルノの氾濫の実態を調査して、現行の法律を十分機能させるとともに、それによって不十分な対応しかできない領域においては、子どもの人権保障の観点から法改正を行う必要がある。


『問われる子どもの人権・・子どもの権利条約に基づく 第1回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書』発行関係者

日弁連子どもの権利委員会
委 員 長 高階貞男 (大阪) 〈1995年度・1996年度〉
佐々木和郎 (第一東京) 〈1997年度~〉
事務局長 山田由紀子 (千葉県) 〈1995年度・1996年度〉
黒岩哲彦 (東京) 〈1997年度~〉
同子どもの権利条約日弁連レポート作業部会
座長 中川明 (第二東京)

事務局長 須納瀬学 (東京)

岩佐嘉彦 (大阪)

委員
児玉勇二
津田玄児
坪井節子
羽賀千栄子
森野嘉郎
吉峯康博
(東京)
(東京)
(東京)
(東京)
(東京)
(東京)
色川雅子
岩崎政孝
田中秀一
羽倉佐知子
瀬戸則夫
平野恵稔
(第二東京)
(第二東京)
(第二東京)
(第二東京)
(大阪)
(大阪)
日弁連レポート作成担当者
小笠原彩子 (東京)

木下淳博 (東京) 青木佳史 (大阪)
斉藤誠 (東京) 安保千秋 (京都)
平湯眞人 (東京) 渡部吉泰 (神戸)
村山裕 (東京) 河合良房 (岐阜県)
若穂井透 (千葉県) 国宗直子 (熊本県)

子どもの権利条約に関する文部事務次官通知(1994年5月20日)

 (編注:以下は、平成6年5月20日付文初高第149号をもって各都道府県教育委員会など18機関へ発せられた文部事務次官坂元弘直名義の通知である。)


「児童の権利に関する条約」について(通知)

 このたび、「児童の権利に関する条約」(以下「本条約」という。)が平成6年5月16日条約第2号をもって公布され、平成6年5月22日に効力を生ずることとなりました。本条約の概要及び全文等は別添のとおりです。(編注:別添資料省略)


 本条約は、世界の多くの児童(本条約の適用上は、児童は18歳未満のすべての者と定義されている。)が、今日なお貧困、飢餓などの困難な状況に置かれていることにかんがみ、世界的な視野から児童の人権の尊重、保護の促進を目指したものであります。


 本条約は、基本的人権の尊重を基本理念に掲げる日本国憲法、教育基本法(昭和22年3月31日法律第25号)並びに我が国が締約国となっている「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和54年8月4日条約第6号)」及び「市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年8月4日条約第7号)」等と軌を一にするものであります。したがって、本条約の発効により、教育関係について特に法令等の改正の必要はないところでありますが、もとより、児童の人権に十分配慮し、一人一人を大切にした教育が行われなければならないことは極めて重要なことであり、本条約の発効を契機として、更に一層、教育の充実が図られていくことが肝要であります。このことについては、初等中等教育関係者のみならず、広く周知し、理解いただくことが大切であります。


また、教育に関する主な留意事項は下記のとおりですので、貴職におかれましては、十分なご配慮をお願いします。


 なお、各都道府県教育委員会にあっては管下の各市町村教育委員会及び関係機関に対して、また、各都道府県知事にあっては所管の私立学校及び学校法人等に対して、国立大学長にあっては管下の学校に対して、趣旨の徹底を図るようお願いします。



1.学校教育及び社会教育を通じ、広く国民の基本的人権尊重の精神が高められるようにするとともに、本条約の趣旨にかんがみ、児童が人格を持った一人の人間として尊重されなければならないことについて広く国民の理解が深められるよう、一層の努力が必要であること。


  この点、学校(小学校、中学校、高等学校、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園をいう。以下同じ。)においては、本条約の趣旨を踏まえ、日本国憲法及び教育基本法の精神にのっとり、教育活動全体を通じて基本的人権尊重の精神の徹底を一層図っていくことが大切であること。


  また、もとより、学校において児童生徒等に権利及び義務をともに正しく理解をさせることは極めて重要であり、この点に関しても日本国憲法や教育基本法の精神にのっとり、教育活動全体を通じて指導すること。


2.学校におけるいじめや校内暴力は児童生徒等の心身に重大な影響を及ぼす深刻な問題であり、本条約の趣旨を踏まえ、学校は、家庭や地域社会との緊密な連携の下、真剣な取組の推進に努めること。


  また、学校においては、登校拒否及び高等学校中途退学の問題について十分な認識を持ち、一人一人の児童生徒等に対する理解を深め、その個性を尊重し、適切な指導が行えるよう一層の取組を行うこと。


3.体罰は、学校教育法第11条により厳に禁止されているものであり、体罰禁止の徹底に一層努める必要があること。


4.本条約第12条から第16条までの規定において、意見を表明する権利、表現の自由についての権利等の権利について定められているが、もとより学校においては、その教育目的を達成するために必要な合理的範囲内で児童生徒等に対し、指導や指示を行い、また校則を定めることができるものであること。


  校則は、児童生徒等が健全な学校生活を営みよりよく成長発達していくための一定のきまりであり、これは学校の責任と判断において決定されるべきものであること。


  なお、校則は、日々の教育指導に関わるものであり、児童生徒等の実態、保護者の考え方、地域の実情等を踏まえ、より適切なものとなるよう引き続き配慮すること。


5.本条約第12条1の意見を表明する権利については、表明された児童の意見がその年齢や成熟の度合いによって相応に考慮されるべきという理念を一般的に定めたものであり、必ず反映されるということまでを求めたものではないこと。


 なお、学校においては、児童生徒等の発達段階に応じ、児童生徒等の実態を十分把握し、一層きめ細かな適切な教育指導に留意すること。


6.学校における退学、停学及び訓告の懲戒処分は真に教育的配慮をもって慎重かつ的確に行われなければならず、その際には、当該児童生徒等から事情や意見をよく聴く機会を持つなど児童生徒等の個々の状況に十分留意し、その措置が単なる制裁にとどまることなく真に教育的効果を持つものとなるよう配慮すること。


  また、学校教育法第26条の出席停止の措置を適用する際には、当該児童生徒や保護者の意見をよく聴く機会を持つことに配慮すること。


7.学校における国旗・国歌の指導は、児童生徒等が自国の国旗・国歌の意義を理解し、それを尊重する心情と態度を育てるとともに、すべての国の国旗・国歌に対して等しく敬意を表する態度を育てるためのものであること。その指導は、児童生徒等が国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を身につけるために行うものであり、もとより児童生徒等の思想・良心を制約しようというものではないこと。今後とも国旗・国歌に関する指導の充実を図ること。


8.本条約についての教育指導に当たっては、「児童」のみならず「子ども」という語を適宜使用することも考えられること。


子供の権利条約文

前文

この条約の締約国は、国際連合憲章において宣明された原則によれば、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎を成すものであることを考慮し、国際連合加盟国の国民が、国際連合憲章において、基本的人権並びに人間の尊厳及び価値に関する信念を改めて確認し、かつ、一層大きな自由の中で社会的進歩及び生活水準の向上を促進することを決意したことに留意し、国際連合が、世界人権宣言及び人権に関する国際規約において、すべての人は人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしに、同宣言及び同規約に掲げるすべての権利及び自由を享有することができることを宣明し及び合意したことを認め、国際連合が、世界人権宣言において、児童は特別な保護及び援助についての権利を享有することができることを宣明したことを想起し、家族が、社会の基礎的集団として、並びに家族のすべての構成員特に児童の成長及び福祉のための自然な環境として、社会においてその責任を十分に引き受けることができるよう必要な保護及び援助を与えられるべきであることを確信し、児童が、その人格の完全なかつ調和のとれた発達のため、家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべきであることを認め、児童が、社会において個人として生活するため十分な準備が整えられるべきであり、かつ、国際連合憲章において宣明された理想の精神並びに特に平和、尊厳、寛容、自由、平等及び連帯の精神に従って育てられるべきであることを考慮し、児童に対して特別な保護を与えることの必要性が、1924年の児童の権利に関するジュネーヴ宣言及び1959年11月20日に国際連合総会で採択された児童の権利に関する宣言において述べられており、また、世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(特に第23条及び第24条)、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(特に第10条)並びに児童の福祉に関係する専門機関及び国際機関の規程及び関係文書において認められていることに留意し、児童の権利に関する宣言において示されているとおり「児童は、身体的及び精神的に未熟であるため、その出生の前後において、適当な法的保護を含む特別な保護及び世話を必要とする。」ことに留意し、国内の又は国際的な里親委託及び養子縁組を特に考慮した児童の保護及び福祉についての社会的及び法的な原則に関する宣言、少年司法の運用のための国際連合最低基準規則(北京規則)及び緊急事態及び武力紛争における女子及び児童の保護に関する宣言の規定を想起し、極めて困難な条件の下で生活している児童が世界のすべての国に存在すること、また、このような児童が特別の配慮を必要としていることを認め、児童の保護及び調和のとれた発達のために各人民の伝統及び文化的価値が有する重要性を十分に考慮し、あらゆる国特に開発途上国における児童の生活条件を改善するために国際協力が重要であることを認めて、次のとおり協定した。


第1部

第1条

 この条約の適用上、児童とは、18歳未満のすべての者をいう。ただし、当該児童で、その者に適用される法律によりより早く成年に達したものを除く。


第2条

1 締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する。


2 締約国は、児童がその父母、法定保護者又は家族の構成員の地位、活動、表明した意見又は信念によるあらゆる形態の差別又は処罰から保護されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。


第3条

1 児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。


2 締約国は、児童の父母、法定保護者又は児童について法的な責任を有する他の者の権利及び義務を考慮に入れて、児童の福祉に必要な保護及び養護を確保することを約束し、このため、すべての適当な立法上及び行政上の措置をとる。


3 締約国は、児童の養護又は保護のための施設、役務の提供及び設備が、特に安全及び健康の分野に関し並びにこれらの職員の数及び適格性並びに適正な監督に関し権限のある当局の設定した基準に適合することを確保する。


第4条

 締約国は、この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる。締約国は、経済的、社会的及び文化的権利に関しては、自国における利用可能な手段の最大限の範囲内で、また、必要な場合には国際協力の枠内で、これらの措置を講ずる。


第5条

 締約国は、児童がこの条約において認められる権利を行使するに当たり、父母若しくは場合により地方の慣習により定められている大家族若しくは共同体の構成員、法定保護者又は児童について法的に責任を有する他の者がその児童の発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示及び指導を与える責任、権利及び義務を尊重する。


第6条

1 締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。


2 締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。


第7条

1 児童は出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。


2 締約国は、特に児童が無国籍となる場合を含めて、国内法及びこの分野における関連する国際文書に基づく自国の義務に従い、1の権利の実現を確保する。


第8条

1 締約国は、児童が法律によって認められた国籍、氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉されることなく保持する権利を尊重することを約束する。


2 締約国は、児童がその身元関係事項の一部又は全部を不法に奪われた場合には、その身元関係事項を速やかに回復するため、適当な援助及び保護を与える。


第9条

1 締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りでない。このような決定は、父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。


2 すべての関係当事者は、1に規定に基づくいかなる手続においても、その手続に参加しかつ自己の意見を述べる機会を有する。


3 締約国は、児童の最善の利益に反する場合を除くほか、父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。


4 3の分離が、締約国がとった父母の一方若しくは双方又は児童の抑留、拘禁、追放、退去強制、死亡(その者が当該締約国により身体を拘束されている間に何らかの理由により生じた死亡を含む。)等のいずれかの措置に基づく場合には、当該締約国は、要請に応じ、父母、児童又は適当な場合には家族の他の構成員に対し、家族のうち不在となっている者の所在に関する重要な情報を提供する。ただし、その情報の提供が児童の福祉を害する場合は、この限りでない。締約国は、更に、その要請の提出自体が関係者に悪影響を及ぼさないことを確保する。


第10条

1 前条1の規定に基づく締約国の義務に従い、家族の再統合を目的とする児童又はその父母による締約国への入国又は締約国からの出国の申請については、締約国が積極的、人道的かつ迅速な方法で取り扱う。締約国は、更に、その申請の提出が申請者及びその家族の構成員に悪影響を及ぼさないことを確保する。


2 父母と異なる国に居住する児童は、例外的な事情がある場合を除くほか定期的に父母との人的な関係及び直接の接触を維持する権利を有する。このため、前条1の規定に基づく締約国に義務に従い、締約国は、児童及びその父母がいずれの国(自国を含む。)からも出国し、かつ、自国に入国する権利を尊重する。出国する権利は、法律で定められ、国の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の権利及び自由を保護するために必要であり、かつ、この条約において認められる他の権利と両立する制限にのみ従う。


第11条

1 締約国は、児童が不法に国外へ移送されることを防止し及び国外から帰還することができない事態を除去するための措置を講ずる。


2 このため、締約国は、二国間若しくは多数国間の協定の締結又は現行の協定への加入を促進する。


第12条

1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。


2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。


第13条

1 児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。


2 1の権利の行使については、一定の制限を課することができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。


 (a) 他の者の権利又は信用の尊重


 (b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護


第14条

1 締約国は、思想、良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する。


2 締約国は、児童が1の権利を行使するに当たり、父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する。


3 宗教又は信念を表明する自由については、法律で定める制限であって公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもののみを課することができる。


第15条

1 締約国は、結社の自由及び平和的な集会の自由についての児童の権利を認める。


2 1の権利の行使については、法律で定める制限であって国の安全若しくは公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳の保護又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限も課することができない。


第16条

1 いかなる児童も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。


2 児童は、1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。


第17条

 締約国は、大衆媒体(マス・メディア)の果たす重要な機能を認め、児童が国の内外の多様な情報源からの情報及び資料、特に児童の社会面、精神面及び道徳面の福祉並びに心身の健康の促進を目的とした情報及び資料を利用することができることを確保する。このため、締約国は、


 (a) 児童にとって社会面及び文化面において有益であり、かつ、第29条の精神に沿う情報及び資料を大衆媒体(マス・メディア)が普及させるよう奨励する。


 (b) 国の内外の多様な情報源(文化的にも多様な情報源を含む。)からの情報及び資料の作成、交換及び普及における国際協力を奨励する。


 (c) 児童用書籍の作成及び普及を奨励する。


 (d) 少数集団に属し又は原住民である児童の言語上の必要性について大衆媒体(マス・メディア)が特に考慮するよう奨励する。


 (e) 第13条及び次条の規定に留意して、児童の福祉に有害な情報及び資料から児童を保護するための適当な指針を発展させることを奨励する。


第18条

1 締約国は、児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母又は場合により法定保護者は、児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益は、これらの者の基本的な関心事項となるものとする。


2 締約国は、この条約に定める権利を保障し及び促進するため、父母及び法定保護者が児童の養育についての責任を遂行するに当たりこれらの者に対して適当な援助を与えるものとし、また、児童の養護のための施設、設備及び役務の提供の発展を確保する。


3 締約国は、父母が働いている児童が利用する資格を有する児童の養護のための役務の提供及び設備からその児童が便益を受ける権利を有することを確保するためのすべての適当な措置をとる。


第19条

1 締約国は、児童が父母、法定保護者又は児童を監護する他の者による監護を受けている間において、あらゆる形態の身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取(性的虐待を含む。)からその児童を保護するためすべての適当な立法上、行政上、社会上及び教育上の措置をとる。


2 1の保護措置には、適当な場合には、児童及び児童を監護する者のために必要な援助を与える社会的計画の作成その他の形態による防止のための効果的な手続並びに1に定める児童の不当な取扱いの事件の発見、報告、付託、調査、処置及び事後措置並びに適当な場合には司法の関与に関する効果的な手続を含むものとする。


第20条

1 一時的若しくは恒久的にその家庭環境を奪われた児童又は児童自身の最善の利益にかんがみその家庭環境にとどまることが認められない児童は、国が与える特別の保護及び援助を受ける権利を有する。


2 締約国は、自国の国内法に従い、1の児童のための代替的な監護を確保する。


3 2の監護には、特に、里親委託、イスラム法のカファーラ、養子縁組又は必要な場合には児童の監護のための適当な施設への収容を含むことができる。解決策の検討に当たっては、児童の養育において継続性が望ましいこと並びに児童の種族的、宗教的、文化的及び言語的な背景について、十分な考慮を払うものとする。


第21条

 養子縁組の制度を認め又は許容している締約国は、児童の最善の利益について最大の考慮が払われることを確保するものとし、また、


 (a) 児童の養子縁組が権限のある当局によってのみ認められることを確保する。この場合において、当該権限のある当局は、適用のある法律及び手続に従い、かつ、信頼し得るすべての関連情報に基づき、養子縁組が父母、親族及び法定保護者に関する児童の状況にかんがみ許容されること並びに必要な場合には、関係者が所要のカウンセリングに基づき養子縁組について事情を知らされた上での同意を与えていることを認定する。


 (b) 児童がその出身国内において里親若しくは養家に託され又は適切な方法で監護を受けることができない場合には、これに代わる児童の監護の手段として国際的な養子縁組を考慮することができることを認める。


 (c) 国際的な養子縁組が行われる児童が国内における養子縁組の場合における保護及び基準と同等のものを享受することを確保する。


 (d) 国際的な養子縁組において当該養子縁組が関係者に不当な金銭上の利得をもたらすことがないことを確保するためのすべての適当な措置をとる。


 (e) 適当な場合には、二国間又は多数国間の取極又は協定を締結することによりこの条の目的を促進し、及びこの枠組みの範囲内で他国における児童の養子縁組が権限のある当局又は機関によって行われることを確保するよう努める。


第22条

1 締約国は、難民の地位を求めている児童又は適用のある国際法及び国際的な手続若しくは国内法及び国内的な手続に基づき難民と認められている児童が、父母又は他の者に付き添われているかいないかを問わず、この条約及び自国が締約国となっている人権又は人道に関する他の国際文書に定める権利であって適用のあるものの享受に当たり、適当な保護及び人道的援助を受けることを確保するための適当な措置をとる。


2 このため、締約国は、適当と認める場合には、1の児童を保護し及び援助するため、並びに難民の児童の家族との再統合に必要な情報を得ることを目的としてその難民の児童の父母又は家族の他の構成員を捜すため、国際連合及びこれと協力する他の権限のある政府間機関又は関係非政府機関による努力に協力する。その難民の児童は、父母又は家族の他の構成員が発見されない場合には、何らかの理由により恒久的又は一時的にその家庭環境を奪われた他の児童と同様にこの条約に定める保護が与えられる。


第23条

1 締約国は、精神的又は身体的な障害を有する児童が、その尊厳を確保し、自立を促進し及び社会への積極的な参加を容易にする条件の下で十分かつ相応な生活を享受すべきであることを認める。


2 締約国は、障害を有する児童が特別の養護についての権利を有することを認めるものとし、利用可能な手段の下で、申込みに応じた、かつ、当該児童の状況及び父母又は当該児童を養護している他の者の事情に適した援助を、これを受ける資格を有する児童及びこのような児童の養護について責任を有する者に与えることを奨励し、かつ、確保する。


3 障害を有する児童の特別な必要を認めて、2の規定に従って与えられる援助は、父母又は当該児童を養護している他の者の資力を考慮して可能な限り無償で与えられるものとし、かつ、障害を有する児童が可能な限り社会への統合及び個人の発達(文化的及び精神的な発達を含む。)を達成することに資する方法で当該児童が教育、訓練、保健サービス、リハビリテーション・サービス、雇用のための準備及びレクリエーションの機会を実質的に利用し及び享受することができるように行われるものとする。


4 締約国は、国際協力の精神により、予防的な保健並びに障害を有する児童の医学的、心理学的及び機能的治療の分野における適当な情報の交換(リハビリテーション、教育及び職業サービスの方法に関する情報の普及及び利用を含む。)であってこれらの分野における自国の能力及び技術を向上させ並びに自国の経験を広げることができるようにすることを目的とするものを促進する。これは関しては、特に、開発途上国の必要を考慮する。


第24条

1 締約国は、到達可能な最高水準の健康を享受すること並びに病気の治療及び健康の回復のための便宜を与えられることについての児童の権利を認める。締約国は、いかなる児童もこのような保健サービスを利用する権利が奪われないことを確保するために努力する。


2 締約国は、1の権利の完全な実現を追求するものとし、特に、次のことのための適当な措置をとる。


 (a) 幼児及び児童の死亡率を低下させること。


 (b) 基礎的な保健の発展に重点を置いて必要な医療及び保健をすべての児童に提供することを確保すること。


 (c) 環境汚染の危険を考慮に入れて、基礎的な保健の枠組みの範囲内で行われることを含めて、特に容易に利用可能な技術の適用により並びに十分に栄養のある食物及び清潔な飲料水の供給を通じて、疾病及び栄養不良と戦うこと。


 (d) 母親のための産前産後の適当な保健を確保すること。


 (e) 社会のすべての構成員特に父母及び児童が、児童の健康及び栄養、母乳による育児の利点、衛生(環境衛生を含む。)並びに事故の防止についての基礎的な知識に関して、情報を提供され、教育を受ける機会を有し及びその知識の使用について支援されることを確保すること。


 (f) 予防的な保健、父母のための指導並びに家族計画に関する教育及びサービスを発展させること。


3 締約国は、児童の健康を害するような伝統的な慣行を廃止するため、効果的かつ適当なすべての措置をとる。


4 締約国は、この条において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、国際協力を促進し及び奨励することを約束する。これに関しては、特に、開発途上国の必要を考慮する。


第25条

 締約国は、児童の身体又は精神の養護、保護又は治療を目的として権限のある当局によって収容された児童に対する処遇及びその収容に関連する他のすべての状況に関する定期的な審査が行われることについての児童の権利を認める。


第26条

1 締約国は、すべての児童が社会保険その他の社会保障からの給付を受ける権利を認めるものとし、自国の国内法に従い、この権利の完全な実現を達成するための必要な措置をとる。


1の給付は、適当な場合には、児童及びその扶養について責任を有する者の資力及び事情並びに児童によって又は児童に代わって行われる給付の申請に関する他のすべての事項を考慮して、与えられるものとする。


第27条

1 締約国は、児童の身体的、精神的、道徳的及び社会的な発達のための相当な生活水準についてのすべての児童の権利を認める。


2 父母又は児童について責任を有する他の者は、自己の能力及び資力の範囲内で、児童の発達に必要な生活条件を確保することについての第一義的な責任を有する。


3 締約国は、国内事情に従い、かつ、その能力の範囲内で、1の権利の実現のため、父母及び児童について責任を有する他の者を援助するための適当な措置をとるものとし、また、必要な場合には、特に栄養、衣類及び住居に関して、物的援助及び支援計画を提供する。


4 締約国は、父母又は児童について金銭上の責任を有する他の者から、児童の扶養料を自国内で及び外国から、回収することを確保するためのすべての適当な措置をとる。特に、児童について金銭上の責任を有する者が児童と異なる国に居住している場合には、締約国は、国際協定への加入又は国際協定の締結及び他の適当な取決めの作成を促進する。


第28条

1 締約国は、教育についての児童の権利を認めるものとし、この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため、特に、


 (a) 初等教育を義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとする。


 (b) 種々の形態の中等教育(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励し、すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとし、例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。


 (c) すべての適当な方法により、能力に応じ、すべての者に対して高等教育を利用する機会が与えられるものとする。


 (d) すべての児童に対し、教育及び職業に関する情報及び指導が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとする。


 (e) 定期的な登校及び中途退学率の減少を奨励するための措置をとる。


2 締約国は、学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。


3 締約国は、特に全世界における無知及び非識字の廃絶に寄与し並びに科学上及び技術上の知識並びに最新の教育方法の利用を容易にするため、教育に関する事項についての国際協力を促進し、及び奨励する。これに関しては、特に、開発途上国の必要を考慮する。


第29条

1 締約国は、児童の教育が次のことを指向すべきことに同意する。


 (a) 児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限まで発達させること。


 (b) 人権及び基本的自由並びに国際連合憲章にうたう原則の尊重を育成すること。


 (c) 児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること。


 (d) すべての人民の間の、種族的、国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等及び友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児童に準備させること。


 (e) 自然環境の尊重を育成すること。


2 この条又は前条のいかなる規定も、個人及び団体が教育機関を設置し及び管理する自由を妨げるものと解してはならない。ただし、常に、1に定める原則が遵守されること及び当該教育機関において行われる教育が国によって定められる最低限度の基準に適合することを条件とする。


第30条

 種族的、宗教的若しくは言語的少数民族又は原住民である者が存在する国において、当該少数民族に属し又は原住民である児童は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。


第31条

1 締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。


2 締約国は、児童が文化的及び芸術的な生活に十分に参加する権利を尊重しかつ促進するものとし、文化的及び芸術的な活動並びにレクリエーション及び余暇の活動のための適当かつ平等な機会の提供を奨励する。


第32条

1 締約国は、児童が経済的な搾取から保護され及び児童の教育の障害若しくは妨げとなり又は児童の健康若しくは身体的、精神的、道徳的若しくは社会的な発達に有害となるおそれのある労働への従事から保護される権利を認める。


2 締約国は、この条の規定の実施を確保するための立法上、行政上、社会上及び教育上の措置をとる。このため、締約国は、他の国際文書の関連規定を考慮して、特に、


 (a) 雇用が認められるための1又は2以上の最低年齢を定める。


 (b) 労働時間及び労働条件についての適当な規則を定める。


 (c) この条の規定の効果的な実施を確保するための適当な罰則その他の制裁を定める。


第33条

 締約国は、関連する国際条約に定義された麻薬及び向精神薬の不正な使用から児童を保護し並びにこれらの物質の不正な生産及び取引における児童の使用を防止するための立法上、行政上、社会上及び教育上の措置を含むすべての適当な措置をとる。


第34条

 締約国は、あらゆる形態の性的搾取及び性的虐待から児童を保護することを約束する。このため、締約国は、特に、次のことを防止するためのすべての適当な国内、二国間及び多数国間の措置をとる。


 (a) 不法な性的な行為を行うことを児童に対して勧誘し又は強制すること。


 (b) 売春又は他の不法な性的な業務において児童を搾取的に使用すること。


 (c) わいせつな演技及び物において児童を搾取的に使用すること。


第35条

 締約国は、あらゆる目的のための又はあらゆる形態の児童の誘拐、売買又は取引を防止するためのすべての適当な国内、二国間及び多数国間の措置をとる。


第36条

 締約国は、いずれかの面において児童の福祉を害する他のすべての形態の搾取から児童を保護する。


第37条

 締約国は、次のことを確保する。


 (a) いかなる児童も、拷問又は他の残虐な、非人道的若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けないこと。死刑又は釈放の可能性がない終身刑は、18歳未満の者が行った犯罪について科さないこと。


 (b) いかなる児童も、不法に又は恣意的にその自由を奪われないこと。児童の逮捕、抑留又は拘禁は、法律に従って行うものとし、最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ用いること。


 (c) 自由を奪われたすべての児童は、人道的に、人間の固有の尊厳を尊重して、かつ、その年齢の者の必要を考慮した方法で取り扱われること。特に、自由を奪われたすべての児童は、例外的な事情がある場合を除くほか、成人とは分離されないことがその最善の利益であると認められない限り成人とは分離されるものとし、通信及び訪問を通じてその家族との接触を維持する権利を有すること。


 (d) 自由を奪われたすべての児童は、弁護人その他適当な援助を行う者と速やかに接触する権利を有し、裁判所その他の権利のある、独立の、かつ、公平な当局においてその自由の剥奪の合法性を争い並びにこれについての決定を速やかに受ける権利を有すること。


第38条

1 締約国は、武力紛争において自国に適用される国際人道法の規定で児童に関係を有するものを尊重し及びこれらの規定の尊重を確保することを約束する。


2 締約国は、15歳未満の者が敵対行為に直接参加しないことを確保するためのすべての実行可能な措置をとる。


3 締約国は、15歳未満の者を自国の軍隊に採用することを差し控えるものとし、また、15歳以上18歳未満の者の中から採用するに当たっては、最年長者を優先させるよう努める。


4 締約国は、武力紛争において文民を保護するための国際人道法に基づく自国の義務に従い、武力紛争の影響を受ける児童の保護及び養護を確保するためのすべての実行可能な措置をとる。


第39条

 締約国は、あらゆる形態の放置、搾取若しくは虐待、拷問若しくは他のあらゆる形態の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い若しくは刑罰又は武力紛争による被害者である児童の身体的及び心理的な回復及び社会復帰を促進するためのすべての適当な措置をとる。このような回復及び復帰は、児童の健康、自尊心及び尊厳を育成する環境において行われる。


第40条

1 締約国は、刑法を犯したと申し立てられ、訴追され又は認定されたすべての児童が尊厳及び価値についての当該児童の意識を促進させるような方法であって、当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し、かつ、当該児童の年齢を考慮し、更に、当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべく促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める。


2 このため、締約国は、国際文書の関連する規定を考慮して、特に次のことを確保する。


 (a) いかなる児童も、実行の時に国内法又は国際法により禁じられていなかった作為又は不作為を理由として刑法を犯したと申し立てられ、訴追され又は認定されないこと。


 (b) 刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は、少なくとも次の保障を受けること。


  ・) 法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定されること。


  ・) 速やかにかつ直接に、また、適当な場合には当該児童の父母又は法定保護者を通じてその罪を告げられること並びに防御の準備及び申立てにおいて弁護人その他適当な援助を行う者を持つこと。


  ・) 事案が権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関により法律に基づく公正な審理において、弁護人その他適当な援助を行う者の立会い及び、特に当該児童の年齢又は境遇を考慮して児童の最善の利益にならないと認められる場合を除くほか、当該児童の父母又は法定保護者の立会いの下に遅滞なく決定されること。


  ・) 供述又は有罪の自白を強要されないこと。不利な証人を尋問し又はこれに対し尋問させること並びに対等の条件で自己のための証人の出席及びこれに対する尋問を求めること。


  ・) 刑法を犯したと認められた場合には、その認定及びその結果科せられた措置について、法律に基づき、上級の、権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関によって再審理されること。


  ・) 使用される言語を理解すること又は話すことができない場合には、無料で通訳の援助を受けること。


  ・) 手続のすべての段階において当該児童の私生活が十分に尊重されること。


3 締約国は、刑法を犯したと申し立てられ、訴追され又は認定された児童に特別に適用される法律及び手続の制定並びに当局及び施設の設置を促進するよう努めるものとし、特に、次のことを行う。


 (a) その年齢未満の児童は刑法を犯す能力を有しないと推定される最低年齢を設定すること。


 (b) 適当なかつ望ましい場合には、人権及び法的保護が十分に尊重されていることを条件として、司法上の手続に訴えることなく当該児童を取り扱う措置をとること。


4 児童がその福祉に適合し、かつ、その事情及び犯罪の双方に応じた方法で取り扱われることを確保するため、保護、指導及び監督命令、カウンセリング、保護観察、里親委託、教育及び職業訓練計画、施設における養護に代わる他の措置等の種々の処置が利用し得るものとする。


第41条

 この条約のいかなる規定も、次のものに含まれる規定であって児童の権利の実現に一層貢献するものに影響を及ぼすものではない。


 (a) 締約国の法律


 (b) 締約国について効力を有する国際法


第2部

第42条

 締約国は、適当かつ積極的な方法でこの条約の原則及び規定を成人及び児童のいずれにも広く知らせることを約束する。


第43条

1 この条約において負う義務の履行の達成に関する締約国による進捗の状況を審査するため、児童の権利に関する委員会(以下「委員会」という。)を設置する。委員会は、この部に定める任務を行う。


2 委員会は、徳望が高く、かつ、この条約が対象とする分野において能力を認められた10人の専門家で構成する。委員会の委員は、締約国の国民の中から締約国により選出されるものとし、個人の資格で職務を遂行する。その選出に当たっては、衡平な地理的配分及び主要な法体系を考慮に入れる。


3 委員会の委員は、締約国により指名された者の名簿の中から秘密投票により選出される。各締約国は、自国民の中から1人を指名することができる。


4 委員会の委員の最初の選挙は、この条約の効力発生の日の後6箇月以内に行うものとし、その後の選挙は、2年ごとに行う。国際連合事務総長は、委員会の委員の選挙の日の遅くとも4箇月前までに、締約国に対し、自国が指名する者の氏名を2箇月以内に提出するよう書簡で要請する。その後、同事務総長は、指名された者のアルファベット順による名簿(これらの者を指名した締約国名を表示した名簿とする。)を作成し、この条約の締約国に送付する。


5 委員会の委員の選挙は、国際連合事務総長により国際連合本部に召集される締約国の会合において行う。これらの会合は、締約国の3分の2をもって定足数とする。これらの会合においては、出席しかつ投票する締約国の代表によって投じられた票の最多数で、かつ、過半数の票を得た者をもって委員会に選出された委員とする。


6 委員会の委員は、4年の任期で選出される。委員は、再指名された場合には、再選される資格を有する。最初の選挙において選出された委員のうち5人の委員の任期は、2年で終了するものとし、これらの5人の委員は、最初の選挙の後直ちに、最初の選挙が行われた締約国の会合の議長によりくじ引で選ばれる。


7 委員会の委員が死亡し、辞任し又は他の理由のため委員会の職務を遂行することができなくなったことを宣言した場合には、当該委員を指名した締約国は、委員会の承認を条件として自国民の中から残余の期間職務を遂行する他の専門家を任命する。


8 委員会は、手続規則を定める。


9 委員会は、役員を2年の任期で選出する。


10 委員会の会合は、原則として、国際連合本部又は委員会が決定する他の適当な場所において開催する。委員会は、原則として毎年1回会合する。委員会の会合の期間は、国際連合総会の承認を条件としてこの条約の締約国の会合において決定し、必要な場合には、再検討する。


11 国際連合事務総長は、委員会がこの条約に定める任務を効果的に遂行するために必要な職員及び便益を提供する。


12 この条約に基づいて設置する委員会の委員は、国際連合総会が決定する条件に従い、同総会の承認を得て、国際連合の財源から報酬を受ける。


第44条

1 締約国は、(a)当該締約国についてこの条約が効力を生ずる時から2年以内に、(b)その後は5年ごとに、この条約において認められる権利の実現のためにとった措置及びこれらの権利の享受についてもたらされた進歩に関する報告を国際連合事務総長を通じて委員会に提出することを約束する。


2 この条の規定により行われる報告には、この条約に基づく義務の履行の程度に影響を及ぼす要因及び障害が存在する場合には、これらの要因及び障害を記載する。当該報告には、また、委員会が当該国における条約の実施について包括的に理解するために十分な情報を含める。


3 委員会に対して包括的な最初の報告を提出した締約国は、1(b)の規定に従って提出するその後の報告においては、既に提供した基本的な情報を繰り返す必要はない。


4 委員会は、この条約の実施に関連する追加の情報を締約国に要請することができる。


5 委員会は、その活動に関する報告を経済社会理事会を通じて、2年ごとに国際連合総会に提出する。


6 締約国は、1の報告を自国において公衆が広く利用できるようにする。


第45条

 この条約の効果的な実施を促進し及びこの条約が対象とする分野における国際協力を奨励するため、


 (a) 専門機関及び国際連合児童基金その他の国際連合の機関は、その任務の範囲内にある事項に関するこの条約の規定の実施についての検討に際し、代表を出す権利を有する。委員会は、適当と認める場合には、専門機関及び国際連合児童基金その他の権限のある機関に対し、これらの機関の任務の範囲内にある事項に関するこの条約の実施について専門家の助言を提供するよう要請することができる。委員会は、専門機関及び国際連合児童基金その他の国際連合の機関に対し、これらの機関の任務の範囲内にある事項に関するこの条約の実施について報告を提出するよう要請することができる。


 (b) 委員会は、適当と認める場合には、技術的な助言若しくは援助の要請を含んでおり又はこれらの必要性を記載している締約国からのすべての報告を、これらの要請又は必要性の記載に関する委員会の見解及び提案がある場合は当該見解及び提案とともに、専門機関及び国際連合児童基金その他の権限のある機関に送付する。


 (c) 委員会は、国際連合総会に対し、国際連合事務総長が委員会のために児童の権利に関連する特定の事項に関する研究を行うよう同事務総長に要請することを勧告することができる。


 (d) 委員会は、前条及びこの条の規定により得た情報に基づく提案及び一般的な性格を有する勧告を行うことができる。これらの提案及び一般的な性格を有する勧告は、締約国から意見がある場合にはその意見とともに、関係締約国に送付し、及び国際連合総会に報告する。


第46条

 この条約は、すべての国による署名のために開放しておく。


第47条

 この条約は、批准されなければならない。批准書は、国際連合事務総長に寄託する。


第48条

 この条約は、すべての国による加入のために開放しておく。加入書は、国際連合事務総長に寄託する。


第49条

1 この条約は、20番目の批准書又は加入書が国際連合事務総長に寄託された日の後30日目の日に効力を生ずる。


2 この条約は、20番目の批准書又は加入書が寄託された後に批准し又は加入する国については、その批准書又は加入書が寄託された日の後30日目の日に効力を生ずる。


第50条

1 いずれの締約国も、改正を提案し及び改正案を国際連合事務総長に提出することができる。同事務総長は、直ちに、締約国に対し、その改正案を送付するものとし、締約国による改正案の審議及び投票のための締約国の会議の開催についての賛否を示すよう要請する。その送付の日から4箇月以内に締約国の3分の1以上が会議の開催に賛成する場合には、同事務総長は、国際連合の主催の下に会議を招集する。会議において出席しかつ投票する締約国の過半数によって採択された改正案は、承認のため、国際連合総会に提出する。


2 1の規定により採択された改正は、国際連合総会が承認し、かつ、締約国の3分の2以上の多数が受諾した時に、効力を生ずる。


3 改正は、効力を生じたときは、改正を受諾した締約国を拘束するものとし、他の締約国は、改正前のこの条約の規定(受諾した従前の改正を含む。)により引き続き拘束される。


第51条

1 国際連合事務総長は、批准又は加入の際に行われた留保の書面を受領し、かつ、すべての国に送付する。


2 この条約の趣旨及び目的と両立しない留保は、認められない。


3 留保は、国際連合事務総長にあてた通告によりいつでも撤回することができるものとし、同事務総長は、その撤回をすべての国に通報する。このようにして通報された通告は、同事務総長により受領された日に効力を生ずる。


第52条

 締約国は、国際連合事務総長に対して書面による通告を行うことにより、この条約を廃棄することができる。廃棄は、同事務総長がその通告を受領した日の後1年で効力を生ずる。


第53条

 国際連合事務総長は、この条約の寄託者として指名される。


第54条

 アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語及びスペイン語をひとしく正文とするこの条約の原本は、国際連合事務総長に寄託する。


 以上の証拠として、下名の全権委員は、各自の政府から正当に委任を受けてこの条約に署名した。


子ども(児童)の権利に関する条約1994年5月22日発効


国連「子どもの権利委員会」ガイドライン

・・子どもの権利条約第44条1項(a)に基づいて締約国によって提出される第1回報告の形式と内容に関するガイドライン・・


1 子どもの権利に関する条約第44条1項は、


「締約国は、次の場合に、この条約において認められる権利の実施のためにとった措置およびこれらの権利についてもたらされた進歩に関する報告を、国連事務総長を通じて、委員会に提出することを約束する。


(a) 当該締約国について条約が効力を生ずる時から2年以内


(b) その後は5年ごと」


 と規定する。


2 本条約第44条はさらにその2項において、子どもの権利委員会に提出される報告には、この条約に基づく義務の履行に影響を及ぼす要因および障害が存在する場合にはそれらを記載するものとし、かつ、当該締約国における条約の実施について本委員会が包括的に理解するための十分な情報もあわせて記載するものと規定する。


3 本委員会は、本委員会に提出される報告の準備過程が、本条約に国内法および国内政策を調和させるため、ならびに、本条約に掲げられた権利の享受についてもたらされた進歩を監督するためにとられた多様な措置を包括的に審査するための重要な機会を提供するものと信じる。これに加え、この過程は、公衆の参加および公衆による政府の政策の吟味を助長し、かつ、促進するものとする。


4 本委員会は、報告審査の過程において、締約国が、本条約に掲げられた権利の尊重および確保のためになした自国の努力を再確認するものと考え、かつ、報告審査の過程が、締約国と本委員会との間の有意味な対話を確立するための欠くことのできない手段として貢献するものと考える。


5 締約国の報告における一般的部分は、多様な国際人権文書の条約実施監督機関の関心となる事項に関連するものであり、HRI/1991/1に記載されている「締約国の報告の冒頭部分に関する共通ガイドライン」に従って作成されるものとする。子どもの権利条約の実施に関する締約国の第一回報告は、子どもの権利委員会が、1991年10月15日に開催されたその第22次会議において採択した本ガイドラインに従って準備されるものとする。


6 本委員会は、本条約第44条1項(b)に基づいて提出される定期的報告の準備に関するガイドラインを、当分の後に作成する予定である。


7 報告には、報告において言及される主要な法的およびその他の文書の写し、ならびに、統計情報および統計指標が添付され、それらは本委員会の委員によって利用されるものとする。しかし、それらは、財政的理由から、一般に配付されるために翻訳または複製されないことに注意が払われるものとする。従って、原文が、報告自身において引用されず、または、付記されていない場合には、報告には、これらの原文を参照しなくとも理解することができる十分な情報が記載されることが望ましい。


8 本条約の規定は異なった章に分類されているが、条約において認められたすべての権利には、重要性が等しく与えられる。


Ⅰ 条約実施のための一般的措置

9 この章において、締約国は、本条約第4条に従い、以下を含む、関連する情報を提供することが求められる。


 (a) 条約の規定と国内法および国内政策とを調和させるためにとられた措置


 (b) 子どもに関する政策の調整、および、条約実施監督を目的とする、中央または地方レベルにおける、既存の、または、設置の計画されている機構 10 締約国は、これに加えて、本条約第42条に従い、この条約の原則および規定を、適切かつ積極的な手段により、大人のみならず子どもに対しても同様に、広く知らせるために、既にとられている、または、とられることが予定されている措置を説明することが求められる。


11 締約国は、また、本条約第44条6項に従い、自国の報告を国内において公衆に広く利用可能とするために、既にとられた、または、とられることが予定されている措置を説明することが求められる。


Ⅱ 子どもの定義

12 この章において、締約国は、本条約第1条に従い、国内法および国内規則における子どもの定義に関連する情報を提供することが求められる。締約国は、特に、親の同意が必要とされない法律相談および医療相談、義務教育の修了、非常勤および常勤労働への従事、危険な労働への従事、性的行為への同意、結婚、軍隊への志願入隊、軍隊への徴兵、法廷における任意の証言、刑事責任、自由の剥奪、拘禁、ならびに、アルコールまたはその他の規制されている物質の服用を含む、多様な目的のために設定された成人年齢および最低年齢に関する情報を提供することが求められる。


Ⅲ 一般原則

13 現に実施され、または、実施されることが予定されている主要な法的、司法的、行政的、または、その他の措置、本条約の規定の実施において直面する問題と困難、および、もたらされた進歩、ならびに、将来における、実施優先順位および個別的な目標を含む関連する情報が、以下について、提供されるものとする。


 (a) 差別の禁止(第2条)


 (b) 子どもの最善の利益(第3条)


 (c) 子どもの生命、生存、および、発達に関する権利(第6条)


 (d) 子どもの意見の尊重(第12条)


14 締約国は、これに加えて、このガイドラインのその他の章に掲げられている条項の実施における、これらの原則の適用について、関連する情報を提供することを奨励される。


Ⅳ 市民的権利および自由

15 この章において、締約国は、実施されている主要な法的、司法的、行政的、または、その他の措置、本条約の関連する規定の実施にあたって直面する問題と困難、および、もたらされた進歩、ならびに、将来における、実施優先順位および個別的な目標を含む関連する情報を、以下について、提供することが求められる。


 (a) 名前および国籍(第7条)


 (b) アイデンティティの保全(第8条)


 (c) 表現の自由(第13条)


 (d) 適切な情報へのアクセス(第17条)


 (e) 思想、良心、および宗教の自由(第14条)


 (f) 結社の自由および平和的集会の自由(第15条)


 (g) プライバシーの保護(第16条)


 (h) 拷問またはその他の残虐な、非人間的もしくは品位を傷つける取扱もしくは刑罰を受けない権利(第37条(a))


Ⅴ 家庭環境および代替的養護

16 この章において、締約国は、実施されている主要な法的、司法的、行政的、または、その他の措置、特に、これらの措置における「子どもの最善の利益」の原則および「子どもの意見の尊重」の原則の反映の程度、本条約の関連する規定の実施にあたって直面する問題と困難、および、もたらされた進歩、ならびに、将来における、実施優先順位および個別的な目標を含む関連する情報を、以下について、提供することが求められる。


 (a) 親の指導(第5条)


 (b) 親の責任(第18条1項、2項)


 (c) 親からの分離(第9条)


 (d) 家族再統合(第10条)


 (e) 子どもの養育費の回収(第27条4項)


 (f) 家庭環境を奪われた子ども(第20条)


 (g) 養子縁組(第21条)


 (h) 不法移送および不返還(第11条)


 (i) 虐待および遺棄(第19条)、肉体的および精神的回復ならびに社会復帰(第39条)を含む。


 (j) 措置の定期的審査(第25条)


17 締約国は、これに加えて、報告の対象となっている期間中における、以下のグループ毎の子どもの数についての情報を提供することが求められる。年齡別、性別、民族的または国民的背景別、および、都市部、農山村部別に分類された子ども。ホームレスの子ども、保護のために収容された、虐待を受けた子どもまたは遺棄された子ども、里親に措置された子ども、ならびに、国際養子縁組により入国した子どもおよび出国した子ども。


18 締約国は、この章において取り扱われる子どもに関連する追加的な統計情報および統計指標を提供することを奨励される。


Ⅵ 基礎的保健および福祉

19 この章において、締約国は、実施されている主要な法的、司法的、行政的、または、その他の措置、この領域における政策を実施するための制度的基盤(institutional infrastructure)、特に、実施監督のための戦略および機構、ならびに、本条約の関連する規定の実施にあたって直面する問題と困難、および、もたらされた進歩を含む関連する情報を、以下について、提供することが求められる。


 (a) 生存と発達(第6条2項)


 (b) 障害を持つ子ども(第23条)


 (c) 健康および健康サービス(第24条)


 (d) 社会保障ならびに子どもの養護のためのサービスおよび施設(第26条および第18条3項)


 (e) 生活水準(第27条1項ないし3項)


20 締約国は、本ガイドライン9項(b)に基づいて提供される情報に加え、本条約のこの領域の実施に関連して、ソシアルワーカー団体などの地域的および全国的な、政府的または非政府的組織との協力関係の性格、およびその程度を明確にすることが求められる。締約国は、この章において取り扱われている子どもに関連する追加的な統計情報および統計指標を提供することが奨励される。


Ⅶ 教育、余暇、および、文化的活動

21 この章において、締約国は、実施されている主要な法的、司法的、行政的、または、その他の措置、この領域における政策を実施するための制度的基盤(institutional infrastructure)、特に、実施監督のための戦略および機構、ならびに、本条約の関連する規定の実施にあたって直面する問題と困難、および、もたらされた進歩を含む関連する情報を、以下について、提供することが求められる。


 (a) 職業的訓練および職業ガイダンスを含む教育(第28条)


 (b) 教育の目的(第29条)


 (c) 余暇、リクリエーション、および文化的活動(第31条)


22 締約国は、本ガイドラインの9項(b)に基づいて提供される情報に加え、本条約のこの領域の実施に関連して、ソシアルワーカー団体などの地域的および全国的な、政府的または非政府的組織との協力関係の性格、およびその程度を明確にすることが求められる。締約国は、この章において取り扱われている子どもに関連する追加的な統計情報および統計指標を提供することを奨励される。


Ⅷ 特別の保護のための措置

23 この章において、締約国は、実施されている主要な法的、司法的、行政的、または、その他の措置、本条約の関連する規定の実施にあたって直面する問題と困難、および、もたらされた進歩、ならびに、将来における、実施優先順位および個別的な目標を含む関連する情報を、以下について、提供することが求められる。


 (a) 緊急事態にある子ども


  (1)難民の子ども(第22条)


  (2)武力紛争下の子ども(第38条)、肉体的および精神的回復ならびに社会復帰(第39条)


 (b) 法に抵触した子ども


  (1)少年司法運営(第40条)


  (2)自由を奪われた子ども、あらゆる形態の拘留、拘禁、または拘留状態への措置(第37条(b)、(c)、(d))


  (3)少年に対する刑罰、とりわけ死刑および終身刑の禁止(第37条(a))


  (4)肉体的および精神的回復ならびに社会復帰(第39条)


 (c)搾取されている子ども、肉体的および精神的回復ならびに社会復帰(第39条)を含む


  (1)経済的搾取、児童労働を含む(第32条)


  (2)薬物乱用(第33条)


  (3)性的搾取および性的虐待(第34条)


  (4)その他の形態の搾取(第36条)


  (5)売買、取引、および誘拐(第35条)


 (d)マイノリティまたは先住民の子ども(第30条) 24 締約国は、さらに、第23条において取り扱われている子どもについての個別的な統計情報および統計指標を提出することが奨励される。


(世取山 洋介・仮訳)


国連子どもの権利委員会(CRC)への報告に関するNGOのための手引き

子どもの権利条約のためのNGOグループ・編(1994年)


(日本弁護士連合会仮訳)


Ⅰ 背景

子どもの権利条約

 子どもの権利条約は、1989年11月20日、国連総会で採択され、1990年9月2日に発効しました。子どもの権利条約が規定する権利は、子どもの地位に関する普遍的原則と規範を明らかにしています。子どもの権利条約は、市民的・政治的権利と経済的・社会的・文化的権利を同時に規定している唯一の国際人権条約です。これを批准することにより、締約国は、これらの権利を尊重することを約束します。子どもの権利条約は、現時点において、もっとも広範に批准された国際文書であり、大半の国がその原則に同意しています。


子どもの権利委員会(CRC)

 子どもの権利委員会(CRC)は、締約国により選任された10人の独立した専門家によって構成されます。その選任に際しては、地理的に公平な分布となることが考慮されます。CRCは、少なくとも年2回、スイスのジュネーブで開催されます。CRCは、ジュネーブの国連人権センターに小さな常設事務局を有します。


 CRCは、子どもの権利条約上の義務を充足するための締約国による進捗状況について検証する第一の責任を負います。CRCは、子どもの権利条約を批准した締約国に関する情報を受領し、考慮することができるのみです。子どもの権利侵害に関する個人の不服申し立てを審査する権限は与えられていません。


報告制度の概要

 CRCによる検証の基礎となるのは、各締約国が条約批准後2年以内に提出することを求められている報告書です。その後、5年ごとに進捗状況に関する報告書の提出が要求されます。CRCは、これらの期間の間にも、追加的情報を要求することができます。第1回報告書の準備においては、締約国政府は、子どもの権利条約の規定する権利の実現のためにとられた措置とこれらの権利の享受に関してもたらされた進歩に関して、総合的な検証を行わなければなりません。報告書は、子どもの権利条約の実施状況に関する総合的理解を可能とし、条約の完全な実施を阻害する要因や困難性を明らかにするものでなければなりません。CRCは、報告書作成にあたって締約国が従うべきガイドラインを作成しています。また、ガイドラインにおいては、締約国は、報告書とともに関連する法律及び統計的情報も提供することが求められています。


締約国報告書の審査

 完成した報告書は、締約国により、スイスのジュネーブにある国連人権センターに送付されます。そして、その後の審査を行う会期が設定されます。CRCとしては、できれば、報告書受領後、1年以内に審査を行いたいと考えています。NGOグループは、人権センターに提出されたレポート及びその審査予定日に関する情報を提供することができます。


 その後、CRCは、NGOや政府間組織等の他の情報源からの文書情報を探索します。CRCのメンバーから構成される会期前作業部会において、報告書の事前審査が行われ、入手された全ての情報を検証します。そして、作業部会は、事前に政府に提出する質問事項を準備します。政府は、これらの質問に対して文書で回答することが要求されます。


 その上で、CRCは、本会期中に、政府出席の下で、報告書審査を行います。CRCは、審査における議論には、権利条約の実施のために全国レベルで直接関与した者を代表として出席させるよう奨励しています。政府代表者は、その国の実際の状況についてより完全に理解することができるようにするため、権利委員が提起した質問や意見に対して回答することが要請されます。対話の最後には、CRCは、主要な議論のポイントを反映した最終意見を準備し、具体的なフォローアップが必要な懸念事項と論点を指摘します。


NGOとCRC

 子どもの権利条約第45条(a)により、CRCは、専門組織、UNICEF、及び「他の権限ある団体」に対し、専門的助言を求めることができます。この「他の権限ある団体」にはNGOが含まれます。子どもの権利条約は、その実施状況の監視のためのNGOの役割を明示的に規定した唯一の国際人権条約です。CRCは、国際的、地域的、全国的及び地方の組織からの文書による情報を歓迎します。情報は、各NGOにより、または全国のNGOの連合またはCRCにより提出することができます。CRCは、特に、政府報告書が十分な情報を提供していない領域、あるいは政府報告書がカバーしていない領域、あるいはNGOから見て、不正確にまたは誤解を与えるような形で情報を提供している領域について、適切かつ信頼できる情報を求めています。


Ⅱ NGOによる文書提出

 締約国は、条約第44条6項により、自国において、その報告書を広く公衆に入手可能にする責務を負っています。したがって、CRCへの文書報告を準備したいと考えるNGO(個々のNGOまたはNGOの全国的な連合体)は、自国の政府に政府報告書のコピーを要求すべきです。もし何かの理由で、政府がNGOに報告のコピーを提供しない場合には、ジュネーブにあるNGOグループから要求することもできます。


付加的報告

 NGOは、ことに政府報告書に情報の欠けている分野について、政府報告書の代わりに、あるいはそれに付け加えて、政府報告書を補足するような情報を提出することができます。これは、NGOが特定のテーマ(例えばストリート・チルドレンや児童労働、武力紛争下の子ども、難民の子どもなど)について作った最新の報告書を提出することでもかまいません。単一の問題点に焦点を当てた報告、あるいは特に弱い立場にある集団の状況についての報告も役に立ちます。


勧告

 NGOは、自国の子どもの状況を改善するために必要な具体的な勧告を示すべきです。それは現行法規を条約の基準に達するように修正する必要性がどこにあるのかを摘示するのに役立ちます。NGOは、優先事項であると考える問題点を最小限に絞り、そこに焦点を当てるよう努めるべきです。またNGOは、条約の実施の上で果たしうる役割についても具体的な勧告を用意する必要があります。CRCは、特にNGOがどの程度まで変革のために役割を果たせるのかを知ることに関心があります。CRCはしばしば、その最終意見の中で、政府が地域のNGOとともに活動するよう勧告することがよくあります。


実践的な情報

 NGOの報告書は、20頁以下にすべきです。報告書の抜粋あるいは要約は、重要な問題に光を当て、条約の実施に関し主に懸念される問題点を浮かび上がらせるために役立ちます。報告書は、事実によって裏づけられる必要があり、あまり政治的色彩の強い表現を用いるべきではありません。主観的な意見は盛り込まれるべきではありません。目的は、争いにあるのではなく、建設的な対話(dialogue)にあるのです。他方、問題点を指摘することと、取られるべき具体的措置を示すことについては、躊躇する必要はありません。報告書は、CRCの3つの公式言語、すなわち英語・フランス語・スペイン語のいずれかで提出される必要があります。現在のCRCの10人の専門家のうち8人は英語が使用言語ですので、フランス語とスペイン語で提出する書類は、可能な限り英語に要約する必要があります。国連は、NGOによって提出された如何なる文書も、翻訳はしません。


 NGOの報告書が会期前作業部会の会議で検討されることを確実にするためには、理想的には、政府報告書がジュネーブの人権センターに受理されてから、約3カ月後までに提出される必要があります。代替的報告書は、CRCに情報を届けることを確実にしているNGOグループに対して提出するか、または人権センターに直接提出することができます。できれば、10人の委員全員とCRCの事務局そしてNGOグループに配布できるように、報告書のコピー12部を提出して下さい。もしそれが不可能なら、NGOグループが報告書のコピーをすることもできます。


 〈報告書を準備するに際して、覚えておくべき主なポイント〉


 *報告書は、CRCのガイドラインに従うこと


 *具体的な勧告がなされること


 *報告書は、20頁以下であること


 *報告書は、英語かフランス語かスペイン語で書かれること


 *報告書の英語による抜粋ないし要約が不可欠であること


 *報告書は、政府報告が提出された3カ月後までにCRCに送られなければならないこと


Ⅲ CRCの会期前作業部会

構成

 CRCの会期前作業部会は、次の会期にCRCに出席する締約国と討議すべき主要な質問を前もって確認するために、少なくとも1年に2回開催されます。作業部会は、通常は2月と10月、例外的に4月に開かれるCRCの通常会期のすぐ後の5日間に会議をもちます。原則として、10人の委員全員が作業部会に出席します。


非公式な会期

 会期前作業部会は、非公式に開催されます。これは、政府代表は出席できないということを意味します。しかし、ユニセフ、ILO、UNHCR、WHOなどの政府間機関の代表が出席できるということは、注目されてよいでしょう。前もって文書報告を提出したNGOも、作業部会に参加するよう要請されることがあります。原則として、NGOは、彼らが専門的な助言を提供できる国に関する会議についてのみ出席を要請されます。この会議は、午前10時から午後1時までか、午後3時から6時までのほぼ3時間行われます。


NGOの参加

 作業部会におけるNGOあるいはその連合体の参加により、CRCの委員が文書報告を読んだ上で必要な質問をし、政府報告書とは別の見方を得ることを可能にします。同時に、CRCが、政府報告書が子どもたちのおかれている現実の状況を正確に反映しているかどうかについて、明確な判断を得るのを助けます。NGOは、CRCの委員が優先事項を決めたり、重要な問題を見い出したりするのを助けることができます。NGOによって提供された情報は、CRCが、本審査前に検討してくるよう政府に送る質問事項書を作成する際に使われます。


NGOの参加のための手続

 関心のあるNGOは、報告書に添付した送付状の中で、作業部会に参加したい旨を明確に述べる必要があります。ひとつの国について、1つか2つのNGOしか出席要請されません。CRCは、NGOないしその連合体が事前に提出した報告書を評価して、その決定をします。CRCは、どの報告書が政府報告の審査にとって適当か、どのNGOないしその連合体が、その国における条約実施の特定の分野について事実に基づく情報を提供できる立場にあるかを審査します。その後、CRCは当該NGOに、文書報告を受け取ったことを知らせるとともに、作業部会がその報告書について検討する日時に出席するよう招請する旨の手紙を出します。


作業部会のための準備

 残念ながらCRCは、交通費を負担したり旅行の手配を手助けしたりはできません。しかしNGOグループは、この分野についての相談に乗ることができます。NGOは、1人か2人の代表しかCRCに参加させられません。報告書をまとめた人、あるいはその国における子どもの権利の状況について包括的な知識のある人の参加が、とりわけ要求されます。CRCの委員は、しばしば専門家にしか答えられないような細部にわたる質問をします。CRCの委員が関心を持ちそうな、あるいは口頭陳述で言及しそうな統計や調査結果のコピーを持参して下さい。


作業部会の手続

 作業部会の会期中に、CRCが政府報告書を検討するための手続や手法は定められていません。それは多分に、各報告書の妥当性や不十分さ、そして、どれだけ多くの情報が獲得できたかによります。会議は通常、まず議長が、国別の報告担当者(country rapporteur)になっている委員に、その国の政府報告書の概要を発表するよう求めるところから始まります。報告担当者は、政府報告書の検討をリードする責任があります。また、他の情報源からすべての適切な情報を集め、見直し、そして政府報告書を分析することに特別な努力をはらいます。


 通訳は、英語、フランス語、スペイン語が利用できます。財政上の制約のために、政府報告書はこの3つの言語すべてに翻訳されないこともあります。それは、専門家のうちの何人かは、それを事前に検討する機会を持てないことを意味します。そのことは、何人かの専門家が討議に参加するのに支障となるかもしれません。


NGOの意見陳述

 国別の報告担当者が政府報告を紹介した後、議長は通常、NGOに意見陳述したいかどうか尋ねます。見えるように、発言を求める合図をし、発言を許可されたときには、マイクの前のボタンを押して下さい。ライトがつくまで待ってから、話して下さい。通訳ができるように、ゆっくりと明確に話して下さい。この初めの発言では、NGOは15分以上は話せません。NGOは、政府報告に対する自らの意見を述べ、自分たちの国で子どもたちが直面している主要な問題を指摘し、あるいは報告書を出した後の最新の情報があれば示すべきです。CRCはまた、政府が報告書の準備過程でNGOと協議したかどうか、その報告書がNGOの関心事項を反映しているかどうか、国内で広く入手可能にされたかどうかなどにも関心があります。先に述べたように、作業部会会議は非公式に開かれ、プレス・リリースも議事録もありません。これによって、ある程度の秘密が保たれ、NGOが自由に話すことができるのです。


追加の質問

 その後議長は、他の委員にその報告について何かコメントしたいかどうかを聞きます。いくつかのコメントは一般的なものかもしれません。しかし、いくつかはNGOに対する専門的な質問かもしれません。専門家の質問に答えたりコメントをしたりしたいNGOは、議長に対して、発言したいことがわかるように合図します。質問やコメントに対しては、NGOは、あまり細部にわたりすぎない答えをし、できる限り短く簡潔なコメントをするよう努めなればなりません。もし、より多くの情報が必要ならば、追加の質問がされるでしょう。会議の終わりには、NGOは、CRCに対し、会議に招き参加させてくれたことについて、感謝の意を表すべきでしょう。


 〈口頭陳述するとき心がけるべき主なポイント〉


 *文書報告に添付された送付状に、ワーキンググループに出席を希望する旨、書かれていること


 *文書報告を提出したNGOだけが招かれること


 *意見陳述は、15分を超えないこと


 *報告書には意見を示し、最も重要な問題点を示し、最新の情報を示すこと


 *政府報告書に関する政府とNGOとの間の協議に関する情報を示すこと


Ⅳ 次の行動への手続

本会期

 CRCは、1年に2回(通常は1月と9月、例外的に4月)、3週間の公式会期(本会期)をもちます。ひとつの政府報告の審議に、その1会期のうちで、半日の会議の2回ないし3回分以上が使われます。政府が委員会に出るときには、専門家たちが、NGOから寄せられた情報に基づいて、付加的な質問をしたりコメントをしたりします。


 NGOは、本会期に出席することを検討すべきです。この会期は、ほとんど全てが公開されており、NGOは、会議中発言する権利はありませんが、オブザーバーとして参加することができます。本会期に参加することで、NGOは政府との対話の全体像をつかむことができます。会議の議事要録(summary records)は出版されますが、これは討議の逐語的な記録ではなく、議事の要約にすぎません。しかも、議事要録は討議終了後何カ月もしないと入手できません。NGOは、会議の前に委員に非公式に会い、政府との対話に役立つ可能性のある付加的情報や最新情報を伝えたり、会議と会議の間に、手続について意見を述べたりすることができます。また、国別報告担当者と非公式の会合をもつこともできます。


最終意見

 「対話」の最後に、CRCは、評価できる面、条約の実施を妨げている要因と障害、主要な関心事項、将来の活動についての具体的な提案及び勧告を指摘した最終意見を採択します。これらの意見は、委員会の会期の最終日に公表され、当該国政府及び国連総会に送られます。CRCの最終意見は、国内での議論を活気づけ、CRCの勧告に従うよう政府に圧力をかけ、法制度や実務を変えさせるロビー活動をするために、何よりの手段となりうるものです。


 また、NGOは、CRCの最終意見や委員のコメントを当該国の報道機関に報道させるよう努力すべきです。委員会審査の有効性は、どれだけそれが注目を集めたかに寄るところが大きいのです。メディアや国民の視線にさらされることは、CRCが指摘した懸念事項を、自国での検討事項として明確に浮かび上がらせることに役立つでしょう。


地域的監視

 NGOによる地域的な監視の継続は、必要不可欠です。NGOは、遠慮なく、政府報告と政府報告の間に、CRCに情報を寄せるべきです。CRCは、政府がCRCの意見や勧告に従っているかどうかを知ることに、特に関心があります。CRCは、その示唆や勧告の実施が定期的に見直されることの重要性を強調してきました。特に、もしCRCの審査の後に、その国の状況が改善されるどころかむしろ悪くなったようなときは、NGOはCRCに連絡すべきです。第44条4項に基づき、CRCは、政府報告と政府報告の間に、付加的な情報を政府に求めることができます。


緊急行動手続

 その国に深刻な状況があり、それが続いたり悪化したりする危険性がある場合、NGOは、迷わずCRCによる緊急行動を要請すべきです。ただ、CRCは、締約国内における組織的かつ重大な条約違反について対応できるのみで、個別のケースについては対応できません。CRCは、締約国にその状況についての付加的な情報を要求したり、その国への訪問を提案することができます。また、国連の他の機関への連絡という方法が取られることもあります。政府は、CRCがその活動を公表する前に、回答する時間を与えられます。


課題の日

 1年に1回、CRCは一つの主要な問題についての一般討議の日をもちます。「課題の日」は、条約のある特定の問題に国際社会の注目を集め、状況を改善するために要求されるプログラムや政策に関する戦略をともに分かち合うことを目的としています。テーマの例としては、「武力紛争下の子ども」、「子どもの経済的搾取」「子どもの権利伸長のための家族の役割」などが挙げられます。NGOは、これらの討議に貢献することができます。NGOは、NGOの参加をコーディネイトする役割を担うNGOグループを通じて、文書報告を提出することができます。


 討議は公開され、NGOは口頭で情報を提示できる可能性があります。


Ⅴ 子どもの権利条約のためのNGOグループ

NGOグループの権限

 子どもの権利条約のためのNGOグループは、条約の実施に直接関与している国際的なNGOが集まったものです。NGOグループは、条約に関する意識を高め、条約の内容が知られるようにし、条約の完全実施を促進し、そして子どもの権利委員会や関連国連機関、NGOのための実践的な情報源となることを目指しています。NGOグループの主な任務の一つは、子どもの権利委員会とNGO(国際的であれ国家レベルであれ)との間の情報の交流を促進することです。NGOグループは、同時に、広い基盤に立ち、その国を代表するNGOの連合体や委員会の創設及び発展を奨励します。


課題別サブ・グループ

 NGOグループの中には、条約の特定の条文に関わる課題のために活動する目的で作られた、たくさんのサブ・グループがあります。現在設置されている課題別サブ・グループには、「児童労働」「性的搾取」「難民の子ども」「武力紛争下の子ども」「法に抵触する子ども」「教育とメディア」「養子と家族斡旋」「余暇と遊び」などがあります。それぞれの活動領域の中で、サブ・グループは、国際的な会議を企画したり、NGO相互間やNGOと国連機関との間の情報交換を促進したり、全国的なあるいは国際的なキャンペーンを強化したり、意識を高める勧告や政策や戦略を作成したりします。子どもの人身売買や児童「買春」や児童ポルノと戦うためのパンフレットや、児童労働による搾取をなくすためのパンフレットが、「性的搾取」と「児童労働」のサブ・グループによって作られました。サブ・グループとは、NGOグループを通じて連絡をとることができます。


NGOグループのコーディネイター

 NGOグループは、子どもの権利委員会といつも連絡を保つコーディネイターを指名しています。コーディネイターは、CRCの議題に関する論点について、NGOが貢献できることを見い出し、NGOからのすべての関連情報の提供を確保するよう努めます。コーディネイターは、もしNGOが自国の政府から直接報告書のコピーを入手できないときは、政府報告書を含むすべてのCRCの関連書類を、NGOに提供することができます。コーディネイターは、CRCのプレス・リリースや議事要録や最終的意見を国内的に普及させ、NGOに最新の委員会活動の情報を提供するために活動します。


実践

 NGOグループは、会期前のワーキンググループに参加するようCRCに招かれた全国的NGOないしNGOの連合体の代表1人について、最低限度の旅費と滞在費を提供することができるかもしれません。また、NGOグループは、ジュネーブ滞在の実務的な手配を手伝い、もし要望があれば、国際的なNGOとのミーティングを企画することもできるかもしれません。子どもの権利委員会についての個別的な説明会を企画することもできます。


あとがきに代えて

 日本政府が子どもの権利条約の締約国として、発効後2年内に、子どもの権利委員会(Commitee on the Rights of the Child 、以下、CRCという)に掲出する報告書とは別に、日弁連がNGOの一つとして、オルターナティブ・レポート(代替報告書)を提出することを決定したのは、1996年1月26日のことであった。早速、子どもの権利委員会の中に、人権擁護委員会や両性の平等に関する委員会など関連委員会の委員の協力も得て、「子どもの権利条約日弁連レポート作業部会」を設置した。


 CRCが定めた「子どもの権利条約第44条1項(a)に基づいて締約国によって提出される第1回報告の形式と内容に関するガイドライン」によれば、政府報告書の作成過程において、「公衆の参加および公衆による政府の政策の吟味を助長し、かつ促進すること」が重要であるとされていた。そこで、レポート作業部会はまず、政府報告書の完成を前にして、1996年3月21日、「政府報告書に盛り込むべき事項」を、各項目毎にとりまとめて提出した。しかし、同年5月30日付でCRCに提出された政府報告書においては、日弁連や他の国内NGO・市民の指摘は何ら顧慮されなかった。


 提出後に開示された政府報告書は、形式上はCRCの定めたガイドラインに沿っているものの、その内容は概ね日本における子どもをめぐる法規定や制度の枠組み・基準などの紹介・説明に終始しており、それをいくら読んでも、日々その規定や枠組みの中で生きている子どもたちの息づかいや顔・姿などの実態は浮かんでこないばかりか、子どもの権利の現状や権利侵害の実態、更に今後の権利保障の課題など、CRCが求めている肝心の点はほとんど明らかとなっていない。


 そこで、オルターナティブ・レポートとして作成された日弁連レポートは、この政府報告書の問題点を指摘するだけでなく、CRCにおける日本の報告審査が建設的・効果的なものとなり、又、報告書の作成・審査をきっかけにした子どもの権利保障の促進にもつながるものにすることを意図して、大要次のような視点から作成することにした。


 第1に、政府報告書が法制度や建前の説明に終始しているのに対して、日弁連レポートは、これまで日弁連が子どもの権利委員会の前身である少年法「改正」対策本部の時代から積み重ねてきた活動成果や、全国各地の弁護士会が行ってきた子どもの人権救済活動の成果をふまえて、日本における子どもの権利の現状とそこに存する問題点や課題を、各分野にわたって広く具体的に取り上げ、いわば日本において子どもたちがおかれている実態と問題点が具体的に浮かびあがるように記述することにした。


 第2に、政府報告書が無視したり、あるいは歪めて報告している問題点を拾いあげ、これらをもれなく客観的・正確に記述して、CRCが条約の実施状況について包括的に理解するために十分な情報を提供するようにした。


 第3に、批准後において子どもの権利の享受がどこまで進歩したのか、進歩が阻害されているとすれば、その要因及び障害がどこに存するのかを指摘し、子どもの権利を実効的に保障するための課題を明らかにすることにした。政府報告書にはこれらの点の記述が欠けているからである。


 第4に、現行の法制度や運用の実際に存する問題点をふまえての法改正の提言や運用の見直しに関する具体的な提言などを各分野にわたって広く行うことにした。CRCの審査において、政府に対する質問案・勧告案を作るに際して有用だと考えたからである。


 このような意図・視点が実際にどの程度貫かれたかどうかは、本レポートを読まれた方の意見・批判に待つよりほかないが、オルターナティブ・レポートの意義が、政府報告書を一方的に批判することではなく、CRCにおける「報告制度」を実のあるものにするために、十分な情報を提供するとともに、何よりも十分な情報に基づいて政府と建設的な対話を行うことにあることに留意して、作成した。


 レポートの作成にあたっては、これまで日弁連が積み重ねてきた活動成果や、全国各地の弁護士会が行ってきた子どもの人権救済活動の成果をまとめたものとして、『子どもの権利マニュアル〔改訂版〕子どもの人権救済の手引』(こうち書房刊、1995年)があったので、これを権利条約や前記ガイドラインに照して組み立て直して記述することを基本にした。しかし、とりかかってみると、実際にはそれだけでは足りないことが多く、新たに書き直さざるをえなかったものが少なくなかった。それだけではなく、子どもの国際養子による海外への流出やアイヌなど先住民族の教育・文化の問題など、われわれがこれまで全く取り組んでこなかった分野があることも知った。その意味では、レポートの作成作業を通して、日弁連として今後取り組むべき課題や方向を新しく認識することができたことを特記しておきたい。


 なお、レポート作業部会での作業を進めるにあたっては、執筆担当委員の作成した原稿を基にして、子どもの人権救済小委員会の委員などの参加を得て検討したが、更に委員以外の会員の方々にも広く意見を聞くなどして、検討を重ねた。しかし、時間の制約もあり、なお不十分な点や意に満たない箇所が残された。


 日弁連レポートを本書のようなかたちで出版することにしたのは、多くの市民・親そして子どもたちに対して、日本における子どもの権利の現状・実態に関する認識を共有するとともに、国際的な視点でこれを改善し、前へ進めるための手がかりを共に考えたいと願ったからであるが、同時に、日本国憲法・教育基本法施行50年にあたる今年、広く子どもの権利の現状を検証して、将来の課題を共に確認しておきたいと思ったからでもある。


 本書が多くの人々の手にとられ、日本における子どもの現在と将来を考えるきっかけとなることを期待している。


1997年7月14日
日本弁護士連合会子どもの権利委員会
子どもの権利条約日弁連レポート作業部会
座長: 中川 明