IBAと弁護士の会務・人権・公益活動
内容 開催地 紹介者
IBAの人権活動 2013年ボストン大会 第二東京弁護士会会員 東澤 靖
(IBA人権評議会(HRI)理事・IBA法の支配行動グループ諮問委員)
Guinnessの街で 2012年ダブリン大会 第二東京弁護士会会員 大貫 裕仁
(2012・2013年日弁連事務次長)
法曹の養成コストはだれが負担すべきか 2011年ドバイ大会 東京弁護士会会員 外山 太士
(2010年・2011年日弁連国際室室長)
世界の法律扶助の動向 2010年バンクーバー大会 東京弁護士会会員 外山 太士
(2010年・2011年日弁連国際室室長)
日弁連執行部のトップ外交 2009年マドリッド大会 第二東京弁護士会会員 片山 達
(2008年・2009年日弁連国際室室長)
世界のバーリーダーはジェンダー問題に高い関心 2008年ブエノスアイレス大会 東弁弁護士会会員 大谷美紀子
(2006年・2007年日弁連国際室室長)
弁護士のコアバリューを守る(ゲートキーパー問題) 2007年シンガポール大会 第二東京弁護士会会員 片山 達
(2008年・2009年日弁連国際室室長)

 

 

 

IBAの人権活動

ボストン大会の様子

人権擁護と法の支配をその活動の中心におくIBAには、そのために大きく分けて3つの組織があります。
まず、IBAの会員が参加する通常の委員会であり、人権法ワーキンググループなどがあります。その他には、通常の委員会とは区別された形で、日常的な活動を行っている人権評議会(HRI)や法の支配行動グループなどがあります。
人権法ワーキンググループは、ボストン大会で全面的に改組され、若手弁護士会員が中心になって、新たな観点からの人権問題に取り組んでいます。
人権評議会は、その運営がIBA本体からは独立し、ロンドンに事務局を持って、世界各国の人権問題ついて、調査団の派遣、調査報告書の発表、人権トレーニング、各種催しの開催、国連や各国政府への働きかけを行っています。その代表や理事には、亡くなったネルソン・マンデラ氏、最近ではパレスティナ問題の国連特別報告者を務めたリチャード・ゴールドストーン氏、北朝鮮人権問題調査委員会の委員長を務めるマイケル・カービー氏などがいます。
法の支配行動グループは、IBAの年次大会の最終日に全日を使って「法の支配シンポジウム」を開催しています。
こうした会合に参加していると、人権問題は世界共通の問題である反面、その捉え方、取り組み方は、それぞれのおかれた事情や法文化を反映して、実に多様であるということを実感します。そうした中で、例えば日本国内での活動経験を活かして、発言すること、議論すること、そして時には違いを認め合うことが、とても重要であることを実感します。

ボストン大会においても、人権に関わる企画は、連日、さまざまな形で開催されました。その中で、私がたまたま飛び込んで、メモをとっていた「ビジネスと人権」問題に関するジョン・G・ラギー教授(ハーバード行政大学院)のランチタイム・インタビューをご紹介しましょう。ラギー教授は、2005年から2011年まで、この問題の国連事務総長特別代表として、「ビジネスと人権の指導原則」の採択に奮闘しました。指導原則は、現在では、国際機関や人権団体のみならず、多くの国々やビジネス団体で共通に採用された指針となっています。

 

ジョン・G・ラギー『指導原則はどのように生み出されたか』

1997年コロンビア大学国際関係大学院の副学長をしていたとき、コフィ・アナン国連事務総長からチームに入ってくれと頼まれて、二つ返事で引き受けた。その後、ハーバードのケネディ行政大学院に戻ってからも、チームを続けることになった。
1990年代には、ビジネスはその仕入れ先や海外子会社のことなど気にもしていなかった。ただ製品を買っているだけだ、関係ないということ。2005年に国連でビジネスと人権の調査を始めたとき、市民社会からもビジネスからも繰り返しロビイングを受けるようになった。人権を主張する市民社会と、ビジネス団体と、両者の間に共通の言葉もないまま対立していた。一方では、条約などの法的規制を要求し、他方は、グローバルコンパクトの延長で責任の所在をあいまいにしたいという対立だ。そうした状況の中で、私は、これまでとは違った場所からこの問題に取り組まなければと考えた。
実際の作業は、調査のためのファンドを作るために、好意的な国々の政府を回ることから始めた。その次は手伝ってくれるチームを集めること。私は法律家ではないが、ハーバードなどを通じて最高のスタッフが集まってくれた。その上で調査が始まったが、実際にビジネスにとって意味のあるものとするために、世界中、50回以上のコンサルテーションを開いて、実際のビジネスを理解するように努めた。その上で、少しずつできあがった規範やメカニズムが実際にビジネスで機能するものであるかどうか、パイロットプロジェクトを繰り返してテストした。
国連に提出したビジネスと人権の指導原則については、すでに述べたように新しい場所から始めた。もちろんさまざまな人権のための規範は、文章化することは簡単だ。しかしそれでは、各国政府も会社も、喜んで無視することになるだろう。だから、精緻な規則を作るというよりも、我々は、ビジネスの行動が与えるインパクトという点に注目した。企業活動が、人権にどのようなインパクトを与えているのか、それをどのように自覚させるのか。
人権を尊重する責任と言葉で言ってみても、そもそも企業活動の中には、尊重させる、あるいはその有無を自覚させるメカニズムがそもそも存在しない。それをどのように企業活動の中に組み込むのかが課題だった。
ビジネスと人権の指導原則の3つの柱、政府の保護する責務、企業の尊重する責任、そして救済へのアクセスは、この問題に政府、企業、市民社会など多くの利害関係者が関わるべきことを明らかにしたものだし、それぞれが果たしうる役割を深く組み込んだものだ。
指導原則を実際に機能させるためには、国連人権理事会に推奨させることが不可欠だった。これまで、国連人権理事会は、政府間で交渉していない文書を推奨したことはなかった。また、全会一致で行わせる必要があった。そのために、多くの政府代表と採択のメリットを協議した。例えば、米国は、ミャンマーに対する制裁を解除する口実として、この指導原則の採択を利用した。会社法を扱う世界中の法律事務所からもアドバイスをもらった。
実際にこの指導原則を実施していく方法は、多くの方法があり、法の執行のように単純ではない。例えば、イギリスのようにそれを国内計画として実施しようとする方法もある。他方で中国などは、国際的な取り決めへの参加は拒否するが、ミャンマーなどの例で自ら基準を設定している。中国は国内ではフェイスブックを弾圧しているが、その中国が自らフェイスブックを用いて、ミャンマーへの投資に基準を設定していることを世界に発表している。NGOの報告でも中国の海外投資の対応が前進していることが報告されている。
ビジネスを扱う弁護士に対する言葉としては、一つは投資契約におけるアドバイスがある。また、訴訟対応については、私は、キオベル事件(ナイジェリアで独裁政府に処刑された者の遺族がシェル石油会社を米国で訴えた事件)で原告のためにアミカス書面を連邦最高裁に出しているのでそれを見てほしい。弁護士は、ぜひこの指導原則を、依頼者の相談に対応するための、「Sparkling Grey Zone」(著名ではあるが、さまざまに利用できる分野)として利用してほしい。

 

*「ビジネスと人権の指導原則」とラギー教授についてさらに知りたい方には、日本でも、『正しいビジネスー世界が取り組む「多国籍企業と人権」の課題』(2014年、岩波書店、ジョン・G・ラギー著、東澤 靖訳)がありますので、お読みください。


 

 

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Guinnessの街で~ 大貫 裕仁

ダブリン大会の様子

2012年10月。やはり空は曇っていた。当時の橋本副会長を団長としたIBAダブリン大会日弁連デレゲーションは、小さな飛行機でダブリンの空港に舞い降りた。空港から街に向かう景色はまさにアイルランドであり、ダブリンの街も、石、灰色、古い、という私のイメージと寸分違わぬ街であった。ダブリンは言わずと知れたGuinnessビール発祥の地。ダブリン大会を通じて、街の誇りをさりげなく示すつもりか、ロゴ、サーブされるドリンク等々、気がつくとGuinnessの存在があった。そんな中で、ダブリン大会が始まった。

 

ダブリン大会への主要な参加目的は、2014年10月に開催されるIBA東京大会に向けての我々の勉強とネットワーク作り、そしてホスト国弁護士会としての東京大会のプロモーションであった。そんな中で、日弁連が主催したイベントについて以下に報告したい。

 

1.大使公邸レセプション(10月1日)

招待客オンリーのクローズドなレセプションであったが、70名弱の参加があった。渥美千尋大使、川村明IBA会長(当時)、橋本副孝副会長(当時)の順で歓迎スピーチを行い、その後は、参加者と各々会談した。現最高裁長官である当時の最高裁判事の寺田逸郎判事も参加されたのが印象深かった。

 

2.朝食会(10月3日)

大会会場の別館(仮設会場)で行われ、参加者は60名弱であった。参加者のうち、IBA東京大会PTメンバーのほか、KBA(韓国)、BRAK(ドイツ)、CCBE(欧州)など、日弁連と関係のある弁護士が半分以上を占めていたと思われる。
橋本副会長の挨拶により開始し、矢吹公敏会員をモデレーターとして、池永朝昭会員(二重ローン問題)、ABA(米国法曹協会)会長Laurel Bellows氏(ABAの取り組み)、IBAリーガルプロジェクトチームのオフィサーであるインドの弁護士Anurag Bana氏(IBAとして検討した災害対応の考え方の報告、私(原発関係の支援活動)がそれぞれプレゼンを行った。内容は、当然ながら日本の報告内容が圧倒的に具体的であり、他の団体からのプレゼンテーションは、どちらかと言えば抽象的・論理的な部分を中心としたものだった。

 

3.ジャパンナイト(10月3日)

本イベントは、IBA大会における日弁連の初めての試みであり、IBA東京大会PTの企画部会(東澤靖会員やIBA東京大会PTの若手弁護士ら)が中心となって企画されたものである。

会場からタクシーで10分ほどの場所にあるDoheny&Nesbittという地元で有名なパブの2階の部屋を貸し切って行われた。費用や参加登録はなく、参加者が自由に出入りできる形式にした。食事は、軽食を多少提供したのみで、基本的にはビール(Guinness中心)のみを飲み放題とした。その他、市毛由美子前次長によるお茶(内田会員の配偶者の方々からもご協力を頂いた)のお手前や、日本酒を持ち込んでのサーブもした。
正確な来場者数は不明であるが、常時50名以上、延べ150名以上は参加していたと思われる。

 

4.日弁連関係者懇親会(10月2日午後9時30分)

日弁連のIBA東京大会PTメンバーを含む日弁連関係者の情報・意見交換、懇親・ネットワーキングを目的として集まった。

 

続いて、バイ会合について少々。目的がネットワーク作りと東京大会のプロモーションであるところから数多くのバイ会合を行った。列記すると、CCBE(欧州弁護士会評議会)、KBA(大韓辯護士協會)、BRAK(ドイツ連邦弁護士連合会)、パリ弁護士会、ACLA(中華全国律師協会)、ABA-SIL(米国法曹協会国際法セクション)、AIJA(若手法曹国際協会)、英ローソサエティ(イングランド&ウェールズ)、ロシア連邦弁護士会とのバイ会合である。もちろん、プロモーションのみが目的ではなく、弁護士を取り巻く共通の課題や他のイベントについての意見交換等もした。すなわち、CCBEやBRAKとは、弁護士自治や弁護士監督規制等について議論した。KBAとはPOLA東京大会について意見交換したし、パリ弁護士会とは2013年に実施に至った共同セミナーについて協議した。
最後にその他の日弁連参加行事について報告する。オープニングイベント(9月30日)、ロシア大使館レセプション(10月1日)、デンマーク弁護士会朝食会(10月2日)、アジアパシフィックフォーラムランチ(10月2日)、裁判所見学(10月2日)、英ローソサエティレセプション(10月2日)、ドイツ連邦弁護士会(BRAK)、ドイツ弁護士協会(DAV)&英ローソサエティ朝食会(10月4日)、バー・エグゼキュティブ・ランチ(10月5日)、クロージングパーティ(10月5日)に参加した。

 

とにかく、IBA本来の目的にかなった協議や意見交換をしたことはもちろんのこと、ネットワーク作りとプロモーションということで、日弁連からの参加者がそれぞれの持ち場でその力を振り絞り可能な限りのイベントに参加した、という印象の大会であった。


 

 

 

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法曹の養成コストはだれが負担すべきか 外山 太士

ドバイ大会の様子

東京大会に向けて日弁連のプレゼンスを高めようと、日弁連主催の朝食会を開催しました。朝食会とは、会場内の部屋で、朝食をとりながら特定のテーマについてパネルディスカッションをするというもので、朝食は日弁連の“おごり”、これで参加者を集めようという算段です。話題としては、日本でもホットな司法修習の給費制問題を取り上げましたが、給費制がそもそもない他の国との間で議論になるよう、テーマは「法曹の養成コストはだれが負担すべきか」というものにしました。IBAのYoung Lawyers Committeeに協力してもらい、英独2国資格の弁護士とブラジルの弁護士にスピーカーになってもらいました。宇都宮会長(当時)も英語で一生懸命スピーチしてくださいました。


 

 

 

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世界の法律扶助の動向 外山 太士

バンクーバー大会の様子

The Future of Legal Aid: Justice For All? と題するセッションにスピーカーとして参加させていただくことになりました。小職は、法律扶助関係の活動歴が長く、法テラス本部民事法律扶助課長も経験していたことからか、このセッションを主催したPro Bono and Access to Justice Committeeのメンバーであられた小原望会員(大阪)からお声がけいただいたものです。リーマン・ショック以降、各国で法律扶助に対する財政支出が縮小され、弁護士たちのプロボノ活動でこれを代替しようとする動きが見られることに対する危機意識を背景としたセッションでした。わが国の法律扶助は、法テラスが設立された後も、欧米各国と比較するとその規模はかなり小さく、したがって財政支出縮小の動きがまだ見られてはいないが、そもそもわが国の民事法律扶助には立替制という問題があることなどを話しました。IBAの年次大会では、期間中毎日ニュースレターが発行されますが、翌日のニュースレターに小職のセッションの報告記事が掲載され、立替制による不良債権問題についての小職の発言が引用されていて、ちょっと恥ずかしい思いでした。

 

*外山会員の報告が掲載されたIBAニュースレターは、IBAのWebサイトに掲載されています。

PDFデータIBA Daily News(Vancouver Conference 2010 Thursday, October 7)


 

 

 

 

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日弁連執行部のトップ外交 片山 達

マドリッド大会の様子

日弁連会長は超多忙だ。タフでないと務まらない。宮崎誠元会長(以下「会長」と呼ばせていただきます)はエネルギーの塊だった。IBA大会が開催される秋は、例年全国のブロック大会を行脚する時期に重なる。会長は、2009年10月4日(日曜)から足かけ3日間、ブロック大会の隙間を利用して、マドリッドで開催されたIBA大会に参加された。往復の時間を含めると1週間近く日本を離れたことになる。

 

国際室長として会長をお供した私は、せっかく海外まで出かけるのだから、会務に役立てていただこうと考えた。IBA大会には200近くの専門的テーマのセッションがある。といっても私の英語力では同時通訳などできないので、雰囲気に触れることができても、議論に参加することはできない。そこで、会長が自由に質問できるよう、大人数が集まるセッションではなく、有力な弁護士会と会長同士のミーティングをアレンジした。2日間でフランス、ドイツ、アメリカ、イギリス、欧州弁護士会評議会と5団体の代表と会合をもった。会長は国内の課題を説明され、さまざまなトピックについて意見交換をした。手控えを見直すと、取調べの可視化、個人通報制度、外弁制度、法律扶助予算、裁判員裁判、法整備支援、弁護士依頼者秘匿特権、ロースクール教育、弁護士賠償責任保険など多岐にわたっている。その後、日本大使公邸でのレセプションなど分刻みのスケジュールをこなし、一足先に帰国された。

 

IBA大会には世界から有力な弁護士が集まる。弁護士会のトップ同士が個別に会うというアイデアは、他の弁護士会もやっている。マドリッドのIBA会場は街の中心から離れた会議場にあった。毎朝ホテルからバスで郊外の会場まで移動する。私たちは会場近くのカフェを借りて会合に利用した。ところがABA(米国法曹協会)会長は、街の中心にあるホテルで会おうという。ホテルまでバスで戻るのは時間の無駄ではないか、と聞くと、先方は会場に出かける予定などなく、ホテルに陣取って各国弁護士会と面会していた。政治の世界でも国際会議に出席する首脳が個別に会ってトップ外交をやっている。わが日弁連も会長によるトップ外交でプレゼンスを高めたと思う。

 

通訳として各国トップの謦咳に触れたのは自分にとって良い経験になった。今になって振り返ると、予定を詰め込みすぎた。旅の疲れを癒す暇もなく会長を連れまわす結果になってしまった。2日目も終わるころ小さな声で「もうええわ、あんたの好きなこと聞いて」とこぼされた。通訳のはずだった私は、ここぞとばかり、相手国の会長に、日頃の疑問をぶつけた。宮崎先生は会長を退任された後も諸々の公務についておられる。公務を離れたら、慌ただしく駆け抜けたマドリッドをゆっくり観光していただきたい、と願っている。


 

 

 

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世界のバーリーダーはジェンダー問題に高い関心 大谷美紀子

ブエノスアイレス大会の様子

ブエノスアイレスで開かれた2008年のIBA年次大会では、日弁連が提案した「弁護士会におけるジェンダー平等」というセッションが採用され、実現しました。

当時、日弁連には、会長を本部長とする男女共同参画推進本部が設置され、その活動の柱の1つが国際活動でした。推進本部としては、諸外国の弁護士会・司法界で、どの程度男女共同参画が進んでいるのか、また、どういった取組みをしているかについて調査をしたいと考えていました。そこで、国際室の室長として相談を受けた私が思いついたのが、IBAを通じて、司法における男女共同参画の現状調査や、各国の弁護士会の取組みに関する情報収集をできないかということでした。

このアイディアを、日弁連の会員でIBAの役員や理事をされている弁護士にまずご相談したうえで、IBAに持ち込んだところ、大変に好意的な反応が得られました。スピーカーは、日弁連の副会長(男性)、ABAの会長(女性)、イギリスのローソサエティの会長(男性)、カナダのローソサエティの会長(男性)という豪華な顔ぶれで、フロアーの参加者の中にも、オーストラリアの法曹協会の会長(男性)、ヨーロッパや中東の国の弁護士会の会長(いずれも男性)等、バーリーダーが集まり、熱心に参加してくれました。

この年のIBA大会には、セッションでスピーカーをされた副会長と共に、セッションの企画運営にあたった日弁連男女共同参画推進本部のメンバーの女性弁護士6人が全国から、遥かブエノスアイレスまで片道約30時間をかけて参加し、世界中から集まる女性弁護士のファッションを品評したり、情熱的なタンゴを堪能したりと、大いに盛り上がったことも楽しい思い出です。

 

*より詳しい内容は一般社団法人日本法律家協会の機関誌「法の支配」2014年4月号をご覧ください。


 

 

 

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弁護士のコアバリューを守る(ゲートキーパー問題) 片山 達

シンガポール大会の様子

2003年、マネーローンダリング対策をミッションとするFinancial Action Task Force(FATF)は、弁護士をゲートキーパーとする規制を勧告した。これを受けて、ヨーロッパを中心に弁護士に対して依頼者の密告が義務付けられた。我が国でも2007年の犯罪収益移転防止法制定時に論点となり、弁護士を規制すべきとする政府と弁護士会の間で見解が鋭く対立した。日弁連は、ゲートキーパー問題対策本部を設置し、依頼者密告制度の導入に反対した。しかし、国際機関の勧告に一国の弁護士会が反対しても説得力がない。海外はどうなっているか、執行部より調べるよう指示があった。とはいえ国内で政治日程が迫っている中、海外視察などしている余裕はない。そこで着目したのがIBA大会だった。世界各地の弁護士会から代表が集まってくるので、ここに行けば世界中の情報をアップデートできる!!

 

対策本部の末席を汚していた小職は、特命を拝し、シンガポール大会に参加した。事前に各国の弁護士会に質問状を送付したところ、米国法曹協会、欧州弁護士会評議会などの有力団体のほか、イギリス、フランス、ドイツ、スイス、カナダ、オーストラリアなどは個別に面会の時間を作ってくださった。スペインのように、IBA大会には参加できないが、電話会議で説明してくださった弁護士会もある。

 

これらの弁護士会との会合を通じて、ゲートキーパー立法に反対すべきと肌で感じた。理屈ではない。感覚である。IBAはなぜか依頼者密告制度を推進している。しかし、私が面会した弁護士の中で同じ立場をとっているのは、世界に先駆けて密告を始めたイギリスだけだった。IBAは”Global Voice of Profession”などと世界の弁護士を代表しているかの如く標榜しているが、マネーローダリングに関する限り、声が大きいイギリスの利害を代弁しているに過ぎない。依頼者密告制度に反対し、弁護士会が自治組織として依頼者の本人確認を徹底するという我々の考え方は、カナダに学んだもの。その後、日弁連の反対運動は功を奏し、日本は依頼者密告制度の導入を阻止した。7年が経過した今でも米国、カナダ、オーストラリアは未だに密告制度を導入していていない。シンガポールで私が得た感覚は確信に変わっている。

 

その後もFATFは弁護士を含む民間事業者に対する規制を強化している。シンガポールで知り合ったアメリカやカナダの担当者とは今でもメールで情報交換をしている。同じ問題に向き合った同志の絆を大切にしてゆきたい。


 

 

 

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