泉大津「コンビニ強盗」えん罪事件

事案の概要

ミュージシャンのSUN-DYUこと土井佑輔さん(当時21歳)は、2012年8月、約2か月前に自宅近所のコンビニエンスストアで発生した強盗事件の犯人であるとの疑いをかけられ、突然逮捕された。身に覚えのなかった土井さんは、自分は無実であることを説明したが、窃盗罪で起訴された。起訴されてからも、土井さんの身体拘束は続き、保釈が認められるまでの期間は302日間にも及んだ。


その後、裁判でも犯人ではないとの主張を行った土井さんに対し、2014年7月、無罪判決が言い渡された(検察官控訴はなく判決は確定。)。


事件発生から約10年が経過した2022年3月、「真犯人」とみられる別の男性の存在が明らかとなり、警察は、ようやく誤認逮捕であったことを認めた。



長期間の身体拘束

土井さんは、逮捕直後から、身に覚えがないことを説明していたが、検察官は土井さんの勾留を請求し、裁判官も勾留を認める決定をした。土井さんは、勾留中に選任した弁護人からの助言を受け、取調べに対して黙秘する方針を採ることにした。


警察官は、黙秘権を行使すると述べている土井さんに対して、連日長時間の取調べを行い、顔を近づけて、大声で「おまえがやったんやろ!」「クズが!」「警察なめたらあかん」等の暴言を繰り返すなどして、執拗に「自白」を強要した。土井さんは、暴言を繰り返す警察官に対して、取調べを録音・録画してほしいと頼んだが、取調官はそれを拒否した。そのような取調べが行われる中で、裁判官は、土井さんの勾留を延長し、合計20日間に及ぶ身体拘束を認めた。


検察官は、土井さんを窃盗罪で起訴し、その後も裁判官は起訴後の勾留を延長する判断を繰り返した。土井さんの弁護人は、保釈の請求をしたが、裁判官(裁判所)は、3回にわたって保釈請求を却下した。さらに、裁判官は、起訴後も9か月以上にわたって弁護人以外との接見を禁止し続けるという判断を繰り返した。


2013年6月、逮捕から302日が経過した時点で、裁判官は、ようやく保釈を許可し、土井さんは釈放された。



無罪判決(大阪地方裁判所岸和田支部2014年7月8日判決)

裁判では、事件当日にコンビニのレジから現金1万円を掴みとって逃走した犯人と土井さんとの同一性(土井さんの犯人性)が争点となった。


検察官が、土井さんが犯人であることを示す主な事実と主張したのは、①事件当日被害店舗で勤務していた従業員Aの供述(「写真面割」によって土井さんを犯人と特定)、②防犯カメラの映像で録画された犯人の画像と土井さんが類似していること、③土井さんの左手の指紋が被害店舗の出入口の自動ドアから採取された、という点であった。


裁判所は、①について、Aが犯人の顔を見る機会があったのは掴み合いをしながらのわずかな時間に過ぎなかったことや、犯人がフード付きのレインコートやマスクを着用していたこと等の事件当日の目撃状況に関する事情や、写真面割の実施方法に関する事情(Aは事件前に客としての土井さんと面識があったところ、警察が見せた写真台帳には土井さん以外にAの知人の顔写真は含まれていなかった)等を適示して、「(土井さんが)犯人である旨のAの証言をたやすく信用することはできない」と判断した。


また、②については、検察官が請求した証人(工学院大学情報学部教授)の証言内容が、防犯カメラ映像の犯人の姿と土井さんを撮影した写真を比較して、「同一人物であるとしても矛盾しない」という評価にとどまるものであったこと等を指摘して、「(土井さん)と犯人の同一性について、高い推認力を有するものとは認められない。」と判断した。


さらに、③については、土井さんが、事件の5日前に来店した際に付着した指紋が検出された可能性があり、犯人が逃走した際に残したものとは認めることができないと判断した。この点の証拠として、防犯カメラ映像には、5日前に被害店舗に来店し、出入口の自動ドアの左側ガラス面に左手で触れる土井さんの様子が撮影されていた。


これらの事情に加えて、土井さんは、本件の直前まで、土井さんの自宅に泊まりに来ていた友人とテレビでサッカー観戦をしていたとの「アリバイ」があることも供述しており、友人と一緒に携帯電話でお互いの写真を撮影して送信していたこと等を説明していた。土井さんのこれらの供述は、当該友人の証言、携帯電話での撮影履歴やその内容等によって、客観的にも裏付けられていた。


なお、③に関して、検察官は、起訴時点においても、防犯カメラ映像に、事件5日前に来店する土井さんの姿が映っていたことを把握していなかったとみられ、当該映像の存在は、土井さんの無実を信じる土井さんの母親と弁護人が膨大な映像を精査して発見したという経緯があった。


検察官は、起訴後に、上記映像の存在を把握しても、なおも土井さんの有罪判決を求めるとの方針を選択し、事件前に土井さんが来店して、出入口の自動ドアに指紋が付着したとしても、その指紋はその後の清掃によって消えてしまうはずだと主張した。そして、その主張を裏付けるものとして「再現実験」(警察官が掌を押し付けた後に、洗浄水を吹き付け、水切りワイパーで清掃をする方法を繰り返したところ、指紋は検出されなかったといった内容)まで実施し、その結果を証拠請求していた。この「再現実験」の結果について、裁判官は、土井さんの指紋の付着状況や、事件後の実際の清掃状況と同様の条件での再現をすることは不可能であるとして、それらの結果から、清掃により土井さんの指紋が消えたと認めることはできないなどと判断して、検察官の主張を否定している。


また、検察官は、土井さんのアリバイ主張についても、携帯電話で撮影した写真の撮影日時は事後的に変更可能であるなどとの理屈により、土井さんがアリバイ工作のために撮影画像のデータを捏造したかのような主張まで行った。しかし、この点についても、裁判官は、撮影日時を変更したことを示す証拠など何も提出されていないことや、土井さんが逮捕されて間もなく携帯電話を押収されていることなどから、検察官の主張を認めず、土井さんのアリバイに関する弁解は排斥できないと判断している。


裁判所は、上記のような事情から、本件において、土井さんが犯人であると認定するには合理的な疑いが残るとして、2014年7月8日、土井さんに対する無罪判決を言い渡した。

(裁判官渡邉央子)



「真犯人」の検挙と捜査機関の「謝罪」

検察官は、判決に対して控訴をすることはなく、土井さんの無罪判決は確定した。


土井さんは、自身を誤認逮捕した上で執拗な取調べを繰り返し、起訴した後も頑なに土井さんを犯人にするための捜査・立証のみに終始した警察及び検察に対して、自身への謝罪を求めたが、警察及び検察がこれに応じることは一切なかった。


2022年3月、警察は、本件の「真犯人」と思われる別の男性の存在が判明したとして、当該男性を書類送検したとの事実を唐突に公表した。


警察の説明によれば、2021年10月、改めて事件現場となったコンビニのレジカウンター付近に落ちていたポリ袋に付着していた指紋について、警察内部の指紋登録システムで照会したところ、土井さんとは別の男性の指紋と一致することが判明したとのことであった。警察は、その男性の事情聴取を行った結果、本件の被疑者であると判断し、検察庁に改めて事件を送致したのであった。ところが、送致の時点で、窃盗罪の時効期間(7年)を過ぎてしまっていたことから、男性は、送致後直ちに不起訴処分とされた。その結果、本件の「真犯人」に対する判決が下されることはなくなった。


警察は、上記の事実を公表するに際して、土井さんに対しても経緯を説明すると共に誤認逮捕であった事実を認めるに至った。


2022年3月4日、土井さんは、大阪府警本部に招かれ、初めて、謝罪を受けることなった。


土井さんの逮捕から、約10年が経過していた。