大阪強姦再審無罪事件

男性Aが、養女Bを強姦し、わいせつな行為をしたとして2011年に有罪判決が確定したものの、後にBが虚偽の証言をしたと申し出て再審において無罪となったえん罪事件。


確定審での判断

Aは、当初から一貫して、強制わいせつ、強姦の事実について否認した。それにもかかわらず、確定審はいずれの審級においてもAを有罪とした。


(1)第一審(2009年5月15日判決)

被告人が強制わいせつや強姦をしたというBの捜査段階および公判廷での供述について、①Bには養父である被告人から強姦被害等を受けたとの虚偽告訴をする特段の事情がないこと、②被害を打ち明けるまでに数年を要していたり、実母に問い詰められるまでは尻や胸を触られた旨打ち明けるに留まっていたなどの事情も存するが、当時のBの年齢や境遇からすれば、被害を打ち明けるまでの経過に何ら不自然・不合理な点はないこと、③虚偽被害のでっち上げを行う動機がなく信用できる兄であるDの目撃供述と一致していること、④供述内容に自然性・合理性が認められること、⑤供述態度も真摯であったこと、などを理由に、信用性が認められるとした。他方で、被告人の供述についてはBの供述に疑問をさしはさむ程度の信用性を認めることができないとして、本件各公訴事実についていずれも有罪であると認定し、被告人を懲役12年に処するとの判決を言い渡した。


(2)上訴審と刑の執行

大阪高等裁判所は、2010年7月21日、第一審判決と同様にBおよびDの各旧供述には信用性が認められるとして、Aの控訴を棄却した。さらに、Aは上告したが、最高裁判所は、2011年4月21日、上告を棄却する決定をした。


こうして、Aが各犯行を行ったとして懲役12年の刑が確定し、Aは服役することとなった。



虚偽証言をしたとの申し出・釈放

Bは、一審判決が言い渡された後、実母Fやその夫であるGらに対し、裁判での供述は虚偽であったと申告した。しかし、話合いの結果、偽証罪に問われるおそれがあることや、裁判で証言等をした他の人に迷惑がかかるなどの理由から真実は伏せておくことになった。その後、Bは、FやGと疎遠になり、かつ、大伯母Eから促されたため真実を述べることにした。また、兄Dも、B、F、Gとの話し合いの結果、真実は伏せておくことになったが、その後、Bが弁護人に真実を話した旨の連絡を受け、自分も真実を話すこととした。


確定審の控訴審における弁護人が、Bや事件の目撃者として出廷していた家族から聞き取りをした。Bと兄Dは、実母Fに強姦被害を認めさせられていたとして強制わいせつ、強姦被告事件で虚偽証言をしたことを認めた。


これを受けて、Aは2014年9月12日、大阪地方裁判所に再審請求した。


大阪地方検察庁は、Aの再審請求によって再捜査をし、BやFが虚偽の証言をしていたことを確認した。


同年11月18日、大阪地方検察庁は、Aの刑の執行を停止し釈放し、BおよびDの新証言を裏付ける客観的証拠(処女膜は破れていないという産婦人科におけるカルテ)もあるとして無罪とするべきという意見書を提出した。


再審開始決定前に受刑者が釈放されるのは異例のことである。Aの身体拘束は、逮捕から約6年に及んでいた。



再審開始決定

大阪地方裁判所は、事実の取調べとして、BおよびDらの証人尋問を実施した。


Bは、再審請求審において、次のような証言をした。


① 被害を受けたとの確定審での供述は虚偽であり、本件各犯行の事実は存在しない

② 被告人からお尻を触られる旨、大伯母であるEに話したところ、それを伝え聞いた実母であるFおよびその夫であるGから他にも何かされたのではないかと何日間も深夜に及んで問い詰められたため、最後には、胸を揉まれたと認めた、その後、強姦されたのではないかとの問いに対しても、これを否定することができなかった

③ 産婦人科に三度連れて行かれ、診察を受けさせられた

④ 取調べでは実母Fが怖くて虚偽であることを打ち明けられなかった

⑤ 就職しFから距離を置いたことを契機にして、これまでの供述が虚偽であることを弁護人に告白することにした


Dは、再審請求審において、次のような証言をした。


① 本件各犯行の事実は見たことがなく、これらを目撃した旨の確定審での供述は虚偽である

② FおよびGから被害を見ていないはずはないなどと問い詰められ、被害を目撃したと話してしまった

③ 自分が嘘だと打ち明けても信じてもらえないと思い、取調べでも本当のことを話さなかった


大阪地方裁判所は、BおよびDの新証言を信用でき、新たに発見した無罪を言い渡すべき明らかな証拠にあたるとし、2015年2月27日、再審を開始する旨の決定をした。



再審での無罪判決(2015年10月16日大阪地方裁判所第1刑事部判決)

再審では、まず、確定審が有罪判決を言い渡した中心的な証拠が、強姦被害等を受けたBの旧証言とそれを目撃したという兄Dの旧証言であることを確認した。その上で、新証言やカルテなどの新証拠が取り調べられた現時点においては、それらは信用できないと認定し、Aに無罪を言い渡した。


大阪地方裁判所は、BおよびDの旧証言が信用できない理由として以下のように述べている。


(1)客観的事実との矛盾

本件再審請求後、検察官において補充捜査が実施された結果、検察官から証拠請求された本件カルテには、Bが、2008年8月29日、H産婦人科医院を受診し、「処女膜は破れていない」との診断がなされたとの記載がある。


(なお、確定審の公判では、Fは、最初、Bが胸を触られたと言っていたので、これは強姦の被害を受けているのではないかと疑い、Bを産婦人科医院に連れて行って診察を受けさせたことがあったほか、その後、警察から依頼があり、Bを別の産婦人科医院に連れて行ったことがあった旨供述していたが、確定審では、産婦人科医師の診断結果についての証拠調べはなされなかった。)


Bの旧供述によると、Bは、2004年11月および2008年4月の2回のほか、何回も被告人に強姦されたというのであり、Bの旧供述を前提にすれば、前記受診当時、Bの処女膜が破れていないとは考えがたい。BおよびDが意図的に虚偽の供述をしたとみるのが相当であり、両名の旧供述全体の信用性に疑義を生じさせる。


(2)信用できる各新供述との矛盾

BおよびDの新供述は、①本件カルテと整合している、②虚偽の供述をした理由や、真実を供述した経緯が自然で信用できる。


BおよびDの旧供述は、信用できる新供述と矛盾している。


(3)各旧供述の供述内容の疑問点

BおよびDの各旧供述の内容について改めて検討してみると、各旧供述には、いくつかの不自然な点や疑念を抱かせる点を指摘することができる。


  • 被告人は、被告人の母やDがいる部屋の隣の部屋や廊下で各犯行に及んだことになるが、被告人が嫌がるBに対して強姦等を試みるとは、何らかの特別な事情がない限り通常は考えられない。
  • Bは強姦された際に泣き叫んだと証言している。その際、隣の部屋でDとAの母がテレビと見ていたが、Dにはその叫び声が聞こえてAの母に聞こえておらず、強姦被害に気づいていないのは不自然である。他方で、聞こえていたにもかかわらずAの母が知らないふりをしたとも考えられない。この点でもBおよびDの各旧供述の内容に疑念を生じさせるものといえる。
  • 最初の強姦被害の時期や強姦の目撃時期等に関して不合理な供述の変遷が認められる。Dの旧供述は、捜査官の事情聴取に先立って、何らかの方法でBの供述内容を知らされ、これに迎合して供述していたことが強く疑われ、被害時期にとどまらず、被害内容それ自体についても、その信用性は大きく減殺される。



国家賠償請求訴訟

2016年10月5日、Aは慰謝料や逸失利益など計約1億4千万円の国家賠償を求めて大阪地方裁判所に提訴した。捜査機関がカルテの確認を怠ったこと、受診歴の確認のために控訴審で弁護側が求めた母娘の証人尋問を裁判所が却下したことなどが訴状の内容である。


2019年1月8日、大阪地方裁判所は、Aの請求を棄却した(大阪地裁平成28年(ワ)第9729号)。Aは、判決を不服として控訴したが、2019年6月27日、大阪高等裁判所第6民事部は、控訴棄却判決を言い渡した(大阪高裁平成31年(ネ)第345号)。最高裁判所第三小法廷も、2020年7月14日、上告を棄却した(最高裁令和元年(オ)第1361号)。



blank平成27年10月16日 大阪地方裁判所再審判決(裁判所ウェブサイト)