東住吉事件

1995年7月22日、大阪府大阪市東住吉区の住宅にある駐車場で火災が発生した。住人である母親A、内縁の夫のB、長男は屋外に脱出したが、駐車場に隣接する浴室で入浴中だった長女(当時11歳)は焼死した。保険金目的の放火殺人事件だとして、AおよびBが起訴され、無期懲役が確定した。その後、再審で無罪が確定したえん罪事件。


確定審

1 確定審の流れ

AおよびBはいずれも、公判廷では犯行を否認した。しかし、1999年3月30日、大阪地方裁判所は、両名が保険金目的で共謀の上、Bが使用していた自動車から抜き取ったガソリンを本件家屋の車庫内にまき、ライターで点火して火を放ち、本件家屋を全焼させて焼損するとともに、長女を焼死させて殺害したという現住建造物等放火、殺人および保険金詐欺未遂の各犯罪事実を認定の上、Bを無期懲役に処した。


Bは控訴したが、大阪高等裁判所は、2004年12月20日、控訴棄却の判決を言い渡し、Bは更に上告したが、最高裁判所は、2006年11月7日に上告を棄却し、同月24日には判決訂正の申立ても棄却されたことから、Bに対する第一審判決が確定した。


Aについても、大阪地方裁判所は、1999年5月18日、上記同様の現住建造物等放火、殺人および保険金詐欺未遂の各犯罪事実を認定の上、無期懲役に処した。Aは控訴したが、大阪高等裁判所は、2004年11月2日、控訴棄却の判決を言い渡し、Aは更に上告したが、最高裁判所は、2006年12月11日に上告を棄却し、同月22日には異議の申立ても棄却されたことから、Aに対する上記第一審判決が確定した。


こうして、AおよびBが各犯行を行ったとして無期懲役が確定し、両名は服役することとなった。


2 確定審の判断

本件火災が長女の殺害を目的としたBの放火によるものか、その点についてBとAとの間に共謀が認められるかが主要な争点とされた。これらの争点に関する直接証拠は、Bの捜査段階での自白供述調書のみであり、その自白の任意性および信用性が争われた。


供述調書によれば、Bの自白の内容は概ね以下のようなものであった。


 ・マンション購入資金に充てるために長女にかけていた保険金を得ようと考え、自宅で放火して長女を殺害した。


 ・Aが6月22日の深夜に、長女を殺害して保険金を得ようという趣旨の話を言い出し、7月5日の深夜には自分が、Aに対し、雨が降って早く帰れる日に、長女を風呂に入れて、その間に自分が自動車に火を付けるという方法を伝えたところ、Aはうなずいていた。


 ・本件当日は雨が降っていたため犯行を実行することを決意し、昼頃、電話においてAにその旨を伝えた。


 ・午後4時頃に大阪市内のマンション工事現場を出て、自宅に戻る途中で、本件車両からガソリンを抜くために、ガソリンスタンドに寄ってガソリンを満タンにし、その後近鉄電車の高架沿いの店舗で給油ポンプを購入するなどするとともに、Aが自宅に来ていた長女の同級生を送り終えたか確認するために、何度かAに電話をした。


 ・帰宅後に、ガソリンの臭いを消すために本件車両のエンジンをかけたままにしながら、給油ポンプを使って本件ガレージ内にあったポリタンクに底から20センチメートル位ガソリンを入れてそれを隠した。


 ・その後、Aが長女と長男を連れて帰宅したので、Aと目で合図を交わし、Aらを先に和室に上がらせ、続いて自分も和室に上がった。


 ・Aが長女を風呂に入れるのを待ち、自分は火を付けたことが疑われないようにパンツ一枚になり、長女がシャワーを使う音を聞いてから、本件車両左後角部において、ポリタンクからガソリンをまき、本件車両右側面の中央付近で、その辺りにまで広がっていたガソリンにターボライターで火を付けたところ、火は一瞬にして本件車両の奥まで燃え広がったが、車両の下であったことから高くは燃え上がらなかった。


 ・火を付ける前に本件車両の下に給油ポンプを投げ込み、その後、和室に戻りAと話をし、10秒ほどしてから、自分が「何やあれ」と言い、Aも長男をだますため、燃えていると言って慌てた振りをした。


 ・自分は、自転車と本件車両の間を通って、本件ガレージの出入口を開錠して、表に飛び出したが、長女が死ななければ保険金がもらえないことから、大声で火事だとは叫ばなかった。


 ・7月30日に警察に呼ばれ重要参考人として疑われていることがわかり、長男も取調べを受けていたので、Aと共に長男に対して口止めをした。


確定第一審判決および同控訴審判決は、いずれも、Bの自白の任意性および信用性を認め、Bを有罪と判断している。


再審

1 再審請求開始決定と刑の執行停止

Bは、2009年7月7日、確定判決について無罪である旨主張して再審請求をし、Aも、同年8月7日、再審請求をした。大阪地方裁判所は、両事件を併合し、2011年5月20日に実施された燃焼実験等に関する専門家の尋問等を実施した上、2012年3月7日、AおよびBについていずれも再審を開始する決定をした。


なお、この再審開始決定に付随して、刑の執行停止をするかということが問題となった。再審開始決定をした大阪地裁は職権でAおよびBの刑の執行停止決定をしたが、この即時抗告審である大阪高裁は、2012年4月2日、執行停止決定を取り消し、特別抗告審の最高裁も大阪高裁の判断を維持した。


2015年10月23日、再審開始決定に対する即時抗告審において、大阪高裁は「拘束が20年に及ぶことに照らすと、刑の執行を今後も続けることは正義に反する」として、刑の執行を停止する決定をし、その後確定した。これを受けて、2015年10月26日にAおよびBは、和歌山刑務所および大分刑務所から仮釈放された。


2 再審における判断

(1)自然燃焼の可能性

裁判所は、本件火災の出火場所は、本件ガレージ内であり、その位置は、本件車両の右前輪と右後輪の間付近であると推認できるとし、自然発火の可能性等を検討した。


専門家の燃焼実験や、自動車工学の専門家の意見等の信用性を認め、


 ・本件車両からガソリンが漏出すれば、風呂釜の種火で引火する可能性があったこと


 ・本件車両の給油キャップのシール性に不備がない場合であっても、燃料タンク内圧と気圧との間に、その開弁圧を超え得る10キロパスカル程度の差圧が生じ、給油口からガソリンが漏出した可能性も否定できないこと


 ・本件火災発生当時、本件車両の燃料タンク内圧と気圧との間に、その開弁圧を超え得る差圧が生じていた可能性や、本件車両の給油キャップのシール性に不備があった可能性がいずれも合理的なものとして認められること


などを認定し、本件火災が自然発火である可能性は、抽象的・非現実的なものにとどまらないというべきであり、少なくともそれ自体で、本件火災の事件性やBの犯人性を強く推認させるほど低いものなどとはいうことはできない、と結論づけた。


(2)Bの自白の任意性

続いて、裁判所は、Bの供述経過について詳細に確認し、その上で、Bの捜査段階の自白の任意性について、取調べ状況に関する警察官やBの供述の信用性の検討、Bの自白の内容の不合理性といった観点から検討した。


<自白の内容について>

Bの自白する放火行為は実現可能性に乏しい、Bの自白による放火方法では本件火災の初期段階を目撃した近隣住民が共通して述べる本件火災の状況と整合してもいない、放火の実行方法に関するBの自白の内容は不自然不合理というほかない、とした。その上で、放火の実行方法というまさに自白の核心部分というべき部分についてそのような内容になっている理由について検討すると、捜査官の推測に基づく取調官の誘導・示唆の結果、上記のような不合理な自白の内容になっているという疑いを払しょくできない。したがって、放火の実行方法に関し上記のような不自然不合理な内容の自白になっていることは、取調官の誘導・示唆によって虚偽の自白を続けたというBの供述を裏付けるものということができる、と述べた。


<取調べ状況について>

警察官の供述には、明らかに虚偽を述べていると認められる部分や、その信用性を疑わせる事情が認められる一方で、Bの供述については、一部誇張があるのではないかと考えられる部分は認められるものの、大筋においてそれを裏付ける証拠や事情の存在を指摘することができる。そうすると、取調べ状況に関するBの供述を信用できないものとして排斥することはできないとし、


 ・Bの供述を前提にすると、Bは、9月10日の取調べの際に、警察官から、本件火災は放火によるものと証拠上断定でき、Aの長男がBによる放火行為を目撃しているというBが放火犯人であると断定できる証拠が存するとの客観的には事実と異なる前提での追及を受けた上に、首を絞められるなどの恐怖心を抱くような取調べをされたり、本件を否認すれば長女との性的関係を公にすることを示唆されたり、Aが自白した旨の虚偽を告げられるなどしたと認められ、そのような取調べは、被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのあるものというべきである。したがって、そのような取調べにより獲得された9月10日の自白には任意性が認められない。


 ・それ以降の自白についても、否認するBに対し、上記のような問題のある取調べによって獲得された自白が問題のない自白であり、その自白を含め本件犯行の立証手段としては十分な証拠を捜査機関が有していることを示し、父親もBが有罪であると考えていることを表す手紙を示すなどした結果、自らが本件火災の放火犯人であるとの疑いを晴らすことはもはや不可能とあきらめ、できるだけ情状を良くしようとの思いから、取調官に迎合して虚偽の自白をしていったとの疑いがあり、同様に任意性が認められない。


とした。


3 無罪判決

以上のように検討した結果、裁判所は、Bの自白には証拠能力が認められず、Bの自白を除いた証拠からは、既に検討したとおり、本件火災が自然発火によるものである可能性が合理的な疑いとして認められるから、Bが本件各公訴事実記載の犯行を行ったとは認められない、として無罪判決を言い渡した。



blank平成24年3月7日 大阪地方裁判所再審請求審決定(裁判所ウェブサイト)