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第13回 2011年10月号 被災地における個人事業主の債務整理―私的整理ガイドライン(個人版)の概要

弁護士 髙井 章光

■プロフィール
髙井 章光
日弁連中小企業法律支援センター 事務局委員(第二東京弁護士会 所属)

1 個人版私的整理ガイドラインの適用開始

 今年8月22日、「個人債務者の私的整理ガイドライン」の適用が開始となりました。これは、今年3月11日の東日本大震災が原因で、経済的に窮境状態に陥った個人(個人事業主を含みます)の金融負債を整理するための制度です。震災により店舗が倒壊してしまったが、その店舗建設ローンは残ってしまい、再びローンを組んで店舗を再建しようとしても、過去のローンがあるため新たなローンが組めない、というようなケース(いわゆる二重ローン問題)や、自らの被害は大きくないものの、取引先が被災したため、売上げが激減して資金難に陥った、というようなケース等を対象としています。
 これまでも「私的整理ガイドライン」は存在しましたが、主に大企業の債務整理に利用するためのものであり、最近ではあまり利用されていませんでした。今回は、対象を「個人(個人事業主を含みます)」に限り、東日本大震災による被害者(前述のように取引先が被災したことによって売上げが激減したというような間接的被害でもよく、また同時に起こった長野県北部地震等の群発地震による震災被害や、原子力発電所事故による被害も含みます)に限っている点に特徴があります。ガイドラインの詳細な内容については、「一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会」のホームページに掲載されています。

2 私的整理とは

 この「個人債務者の私的整理ガイドライン」は、個人債務者が私的整理手続を行う場合に、このガイドラインに準じた手続で行えば、金融機関側がその貸付債権の処理がしやすい(特に税務面)点にメリットがあり、金融機関側との間で債務整理の成立がしやすくなることを目的としたものです。
 私的整理とは、裁判所にて行われる破産、特別清算、会社更生、民事再生などの法的倒産手続とは異なり、裁判所の手続によらずに、対象となる債権者と債務者が集団的に協議を行い、合意によって債権の弁済条件を決める手続です。集団的な協議で決める手続ですので、対象となる債権者の全員の合意を得ることが基本となります。通常は、一般取引先を対象とせず金融債権のみを対象として行われるため、当該債務者の取引上の事業毀損が少ない点に利点がありますが、対象とされる債権者全員の合意が必要であることから、多数決にて決める民事再生などと比べると、成立に難しさがある場合があります。

3 個人版私的整理ガイドラインの手続の流れ

 個人版私的整理ガイドラインを利用する場合、債務者は、必要書類の提出とともに、債務整理開始の申出をメインバンクなどの金融債権者全員に対して行うことになります。ただし、この場合、通常はいきなり申出を行うのではなく、主要金融機関と事前の協議を行った上で申出を行うことが多いと思われます。この申出がなされれば、対象となる金融債権者は、預金相殺や、返済を債務者に求めるなどの債権回収行為を一時的に停止しなければならないとされ(これを「一時停止」といいます)、この一時停止の効力が続く期間中(通常、6ヵ月間)に対象となる債権者全員との間で弁済条件の合意を取得することをめざすことになります。個人事業主たる債務者は、申出後、4ヵ月以内に債務の一部免除や支払期限の延長などを内容とする弁済計画案を策定し、対象となるすべての債権者に提出しなければなりません。
 なお、この弁済計画案の策定においては、弁護士や公認会計士などの専門家の助力が必要となることが多いため、「個人版私的整理ガイドライン運営委員会」所属の専門家による作成支援を受けることも可能です。そのほか、進め方等について、同運営委員会に問い合わせをすれば、サポートをしてくれることになっています。
 弁済計画案は、債権者間においては平等でなければなりません。さらに、(1)事業の清算を前提とする場合には、①現有資産をすべて処分してその処分代金で支払う(処分評価額相当額を支払う場合を含みます)か、②他の収入を原資として、破産をした場合の回収額よりも多い金額を分割弁済する内容としなければならず、また、(2)事業再建をめざす場合は、事業見通しや収支計画を提出した上で、破産をした場合の回収額よりも多い金額を原則として5年以内に弁済する計画を作成しなければならないとされています。
 これらの弁済計画案に対しては、前記の運営委員会によって、ガイドラインへの適合性、弁済額の合理性、実行可能性などの調査がなされ、報告書が作成されて債権者へ配布されます。弁済計画案策定後、債務者は、対象となる債権者に対して弁済計画案の内容の説明を行って理解を求め、これによって、弁済計画に対して全対象債権者から同意が得られれば弁済計画成立となりますが、同意が得られなければ不成立となってしまいます。不成立となった場合は、一時停止の効力が解除されることになるため、債務者としては法的倒産手続の実施など次なる適切な対応が求められることになります。
 なお、このガイドラインの対象となる場合は、窮境原因が震災であることを前提としていますので、原則として経営責任を問うことは求められておらず、また、主債務者がこのガイドラインの適応となった場合には、同時に、その連帯保証人の連帯保証債務についても、債権者が履行を求めないこと等とすることができるとされています。

4 残された中小企業の債務整理問題

  「個人債務者の私的整理ガイドライン」は対象を「個人」に限っているため、事業者であっても、個人事業主はこのガイドラインによって債務整理が可能となりますが、法人はこのガイドラインは利用できません。小規模な中小企業においては、個人事業主であるか、法人であるかの違いはほとんどなく、震災から半年を経過してもまだ、震災によって窮境に陥った中小企業の債務整理の手続が用意されていないのは遺憾に思います。
 新聞等の報道によりますと、中小企業の救済に対しては、中小企業再生支援協議会にて、債権買取スキームを含め検討されているということですが、その全貌は明らかにされておらず、実施の目処も明確になっておりません。金融機関側においては、震災から少なくとも6ヵ月は請求を控える等の措置を講じているようですが、6ヵ月経過後においては、請求行為等がなされる可能性があります。
 また、中小企業金融円滑化法の期限が来年3月までであることから、今年10月以降は金融機関においても来年4月以降の対応の準備を進めるものと予想されています。中小企業にとって、10月以降は債務整理が重要課題となるかも知れません。
 以上から、債務整理の課題を有している中小企業としては、今年10月以降、金融機関に対して積極的に事業概況の説明を行い、負債処理についての方向性を示して、金融機関の理解を求める活動が重要となるものと思われます。
 金融機関との協議では対応できないほどの多額の負債を負っている場合や、震災による影響によって収益性が回復していないなどの場合には、積極的に債務負担を軽減することの検討も行う必要があり、中小企業版の私的整理ガイドラインがその時点までに成立していない場合には、中小企業再生支援協議会の活用、特定調停手続の活用、さらには法的手続である民事再生手続の申立てなどを検討し、やむを得ない状況に至ってしまった場合に備えておく必要があるものと思われます。

 

参考ページ> 東日本大震災関連情報 企業再生・清算 借入金返済・資金繰り