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第22回 2012年7月号 万全ですか?企業のパワハラ対策

弁護士 久野 実

■プロフィール
久野 実
日弁連中小企業法律支援センター 事務局次長(愛知県弁護士会 所属)

Q.今月の相談

 当社の従業員Xは、職場で執拗な「いじめ」にあっていると訴え、精神疾患に罹患した旨の診断書を提出し会社を休んでいます。Xは、上司である課長らから、Xの女性経験がないことについて猥雑な発言をされたり、Xの容姿について嘲笑されたり、果物ナイフを示して振り回すようにしながら「今日こそは切ってやる」などと脅されたと、言っています。しかし、当社による所属課に対する聞き取り調査ではそのような事実は確認できませんでした。当社としては、Xを一旦職場復帰させ、うまくいかなければ別の職場に配転させることで対応しようと思っています。このような対応で問題はありませんでしょうか。

A.ご相談いただいた貴社の対応では不十分です。貴社の対応は、Xの所属課に対する聞き取り調査だけでXの職場復帰の是非を判断しており、万一の場合には雇用契約上の安全配慮義務を怠ったものと判断され、損害賠償請求を負う可能性もあります。そこで、貴社の対応としては積極的な調査や速やかな善後策(防止策、加害者等関係者に対する適切な措置、Xの配転等)を講じる必要があります。

解 説

1 パワーハラスメントの顕在化
  職場のパワーハラスメントが近年、社会問題として顕在化してきています。都道府県労働局等への職場のいじめ・嫌がらせに関する相談は増加傾向にあり、平成14年度には約6600件であった相談案件が、平成21年度には約3万5700件、平成22年度には約3万9400件、平成23年度には約4万5900件にのぼり、平成14年度のおよそ7倍に急増し、全体の相談件数におけるいじめ・嫌がらせの割合は約17%を占めるようになり、解雇に関する相談に次いで2番目に多くなっています(※1)。
  このような職場のいじめ・嫌がらせに代表されるパワーハラスメントは、労働者の人格を傷つけるので許されないばかりか、職場全体の雰囲気が悪くなり、仕事の意欲が低下し、企業の生産性への悪影響もあると言われています。

2 職場のパワーハラスメントの定義
 しかし、企業は、労働者に対して一定の業務上の指導をすることも必要です。ところが、この業務上の指導とパワーハラスメントとの線引きは非常に難しく、時には行き過ぎた業務上の指導により、意図的でないにしてもパワーハラスメントを行っていることもあります。そのため、企業としてはどのような行為がパワーハラスメントに当たるのかを十分に理解しておく必要があります。 
 平成24年1月30日、厚生労働省は「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議 ワーキング・グループ報告」を発表しました(※2)。この報告では、それまで明確な定義がなかった職場のパワーハラスメントについて「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務上の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義をし、「優位性」については、上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対してと様々な場面を含むとしました。 
 また、パワーハラスメントの行為類型としては以下のものを挙げています。 
(1) 身体的な攻撃(暴行・傷害) 
(2) 精神的な攻撃(脅迫・暴言等) 
(3) 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視) 
(4) 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害) 
(5) 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと) 
(6) 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること) 

 企業は、この報告を参考にしてパワーハラスメントの定義や行為類型を十分に理解しておくべきです。本件のご相談でも、上司が職場内での優位性を背景に、業務に関係なく、暴言や脅迫をしているものであり、十分にパワーハラスメントに当たるものと言えます。

3 パワーハラスメントがあった場合の企業の責任、対策
 パワーハラスメントがあった場合、企業は、配転など権限の濫用としての不法行為責任、労働者間のパワーハラスメントが事業の執行に関してなされたとしての使用者責任、また、労働契約上の安全配慮義務違反として債務不履行責任等により損害賠償責任に問われる可能性があります。また、パワーハラスメントを放置すれば時には労働者が命を落とす危険すらあります。さらに、パワーハラスメントがなされていたことが公になれば、企業のイメージダウンも避けられません。 
 そのため、企業としては、徹底的にパワーハラスメントの防止対策をする必要があります。 
 まず、パワーハラスメントの予防策としては、企業のトップがパワーハラスメントをなくすことを明確に宣言すること、パワーハラスメント防止のルールを決めること、職場の実態を把握すること、パワーハラスメント防止の教育を実施し、周知することが考えられます。 
 次に、パワーハラスメントが起こった場合の解決策としては、パワーハラスメント専門の相談や解決の場を設置することや、再発防止をする研修等を行うことが考えられます。
 企業としては、これらを参考に十分な対策を取る必要があります。 

4 外部窓口の設置
 労働者間のパワーハラスメントは就業時間外や隠密裏になされることもあり、中小企業の経営者としてもよほど気をつけていないと気付かないことがあります。しかし、情報がなければ経営者としてもパワーハラスメントの対策の取りようもありません。したがって、経営者はできうる限りの情報を入手し、パワーハラスメントの兆候を把握することが望まれます。 
 そこで、特に重要なのは専門の相談窓口(法律事務所が望ましい)をできれば外部に設置することです。内部の窓口だと労働者が躊躇して相談を萎縮する可能性があるため、外部に窓口を設定することはとても重要です。中小企業では、負担軽減のために組合などを利用し数社で一つの窓口を設置する方法もあります。
 そして、窓口対応については、相談をした労働者に不利益を与えない徹底的なルールが必要です。仮に、相談をしたことで不利益を受けるのであれば、労働者も結局通報を躊躇することになりかねないからです。近時の裁判例には、労働者が会社の引き抜き行為を窓口に通報したところ、その腹いせに配置転換をさせられたことから、企業のパワーハラスメントが認められた事例があります(東京高判平23・8・31、参考文献、愛知県弁護士会編集「弁護士が分析する企業不祥事の原因と対応策」新日本法規出版※3)。この事例は、窓口相談を受けた企業の対応として大変不適切なものでした。企業としては、相談者に対して、適切な対応を心がけ、不利益を与えることがないよう注意が必要になります。 

5 本件について
 本件のご相談内容は、川崎市水道局事件(東京高判平15・3・25)を参考にしていますが、同事件では、いじめにあった職員が配転されるかどうかに不安を増大させ、症状が重くなったことで自殺に至っています。同判決では、職員に7割の過失相殺を認めたものの、被告の川崎市に対し1172万9708円の損害賠償請求を認めています。同判決では、訴えを聞いた上司が適正な措置を講じていれば職場復帰をし、自殺に至らなかったと推認できると認定しています。本件相談でも、Xが訴えたように企業はせっかくパワーハラスメントの情報を知る機会があっても、適切に対応できなければ意味がありません。中小企業では、緊密な人的関係からパワーハラスメントが放置されがちです。しかし、ひとたびパワーハラスメントが問題化すると、甚大な損失を受ける可能性があります。もし、パワーハラスメントの報告があった場合には、できれば弁護士などの専門家に相談し、適切な対応を取ることをおすすめします。 

※1 厚生労働省のホームページより平成24年1月30日「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 参考資料 第1図 相談件数の推移」及び、平成24年5月31日「平成23年度個別労働紛争解決制度施行状況」を参考にした。 
※2 厚生労働省のホームページより「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」を参考にした。 
※3 なお、現在上告中である。愛知県弁護士会編集「弁護士が分析する企業不祥事の原因と対応策」新日本法規出版は、企業の不祥事事例について弁護士が解説を加えたものであり、不祥事対応の参考になる。

 

参考ページ> 労働問題