日弁連新聞 第594号

市民の権利を保護・実現する刑事手続のIT化を求める意見書を公表

arrow_blue_1.gif市民の権利を保護・実現する刑事手続のIT化を求める意見書


日弁連は、本年7月13日付けで「市民の権利を保護・実現する刑事手続のIT化を求める意見書」を取りまとめ、法務大臣に提出した。


法制審での議論

刑事手続のIT化は、2022年6月27日の法制審議会(総会)第195回会議における「情報通信技術の進展等に対応するための刑事法の整備に関する諮問第122号」につき、刑事法(情報通信技術関係)部会(以下「法制審部会」)を設置することとされ、同部会で調査・審議が行われている。現在は、「検討のためのたたき台」を基にした2巡目の議論が終わり、3巡目の議論に入ったところである。


意見書の内容

刑事手続のIT化に当たり最も重視されるべきことは、憲法上保障された権利をはじめとする市民の権利の保護・実現である。IT化によりいかに業務が効率化するとしても、それによって市民の権利が損なわれることがあってはならない。市民は、被疑者、被告人、被害者、証人、裁判員などさまざまな立場で刑事手続に関与し得る。刑事手続のIT化は、市民の権利を保護・実現する観点から進められるべきであり、憲法が適正手続、迅速な裁判を受ける権利や証人審問権を保障していることを十分に踏まえた検討が不可欠である。


特に、オンラインの活用による電子データの授受を含む接見交通権の拡充や、証拠開示のデジタル化による防御権および迅速な裁判を受ける権利の実現が図られるべきである。他方で、IT化によって憲法上の権利である証人審問権や対面で手続に参加する権利などが制約されてはならない。いずれの論点の審議でも、市民の権利を保護・実現する観点をないがしろにしてはならない。


本意見書では、これまでの法制審部会における議論において、市民の権利が軽視されていることに重大な危惧を表明するとともに、刑事手続のIT化を市民の権利を保護・実現する観点から進め、憲法上の権利をはじめとする市民の権利を制約しないものとすることを、強く求めている。


(刑事調査室  嘱託 須﨑友里)



第33回 アジア弁護士会会長会議
POLA The Conference of the Presidents of Law Associations in Asia
7月14日・15日  マレーシア・クアラルンプール

POLAは、アジア太平洋地域の弁護士会や国際法曹団体のトップが一堂に会する会議である。本年はマレーシア弁護士会の主催により開催され、日弁連からは小林元治会長が参加した。


小林会長は、「気候変動と法」のセッションに登壇し、日弁連がこれまでに公表した決議や、「気候変動と人権」をテーマに開催したシンポジウムについて紹介した。また、日弁連が、気候危機により現在および将来世代の生存基盤が脅かされることを「重大な人権問題」と位置付けた上で、2050年までの脱炭素を実現するために日本が採るべき施策を国に対して提言するとともに、日弁連もその実現に向けて最大限努力することを宣言していると報告した。


同セッションでは、海面上昇により居住地を追われる、いわゆる気候難民の問題や、増加する気候変動訴訟(気候変動への緩和、適応および気候科学に関する法・事実を主要な争点とする訴訟)についても報告された。


「マネー・ローンダリング防止と秘匿特権」のセッションには、香港、オーストラリア、シンガポール、インドの弁護士会会長らが登壇し、依頼者の秘密を守る義務を負う弁護士に対して政府が報告義務を課すことの問題を議論した。


「AIが法曹界にもたらす影響」のセッションでは、既に契約書のレビューやリサーチの分野でAIの活用が急速に進んでいるが、依頼者対応や訴訟戦略の策定などは、AIが代替できない業務として残るだろうとの認識が共有された。


日弁連会長が現地で同会議に参加するのは2019年以来である。各セッションの合間も、韓国、インド、ニュージーランド、オーストラリアの弁護士会会長と会食や会談を行った。


来年のPOLAは、香港で開催される予定である。


(国際室嘱託 小野有香)



子どもの権利条約に基づくこども大綱の策定を求める意見書を公表

arrow_blue_1.gif子どもの権利条約に基づくこども大綱の策定を求める意見書


日弁連は、本年7月13日付けで「子どもの権利条約に基づくこども大綱の策定を求める意見書」を取りまとめ、こども家庭庁長官、内閣総理大臣等に提出した。


取りまとめに至る経緯

こども基本法第9条により、政府は、こども施策を総合的に推進するための「こども大綱」を定めなければならない。こども大綱は、従来の少子化社会対策大綱、子供・若者育成支援推進大綱、子供の貧困対策に関する大綱を一元化し、さらに必要な施策を盛り込み、国のこども施策の基本方針を示すものとされている。


本年3月28日、こども政策の推進に係る有識者会議が、こども大綱の策定のための「こども政策の推進に係る有識者会議第2次報告書~「こども大綱」の策定に向けた論点~」を公表した。これを踏まえ、こども家庭庁のこども家庭審議会・基本政策部会で、こども大綱の策定に向けた検討が進められる。


日弁連は子どもの権利条約の実施強化に向け一貫して意見を表明してきた。これらを勘案し、充実したこども大綱が策定されるよう、本意見の公表に至った。


意見書の内容

これまでの施策は、子どもの権利保障よりも、子育て支援に重点が置かれていた。いわゆる「こどもまんなか社会」を真に実現するために、こども大綱は、子どもが権利の主体であることが明記され、子どもの権利条約に基づき、国連子どもの権利委員会の総括所見、一般的意見を尊重した内容となることが必要である。

また、本意見書では、こども大綱に盛り込むべき具体的事項として、①子どもの権利の啓発および教育、②子どもの意見表明およびその尊重の実質的な保障、③子どもの権利に関する相談・救済機関の拡充、④地域および国際社会との協働、⑤子どもを中心に据えた子ども施策の実施、⑥子どもの権利主体性が保障される学校教育の実施、⑦非行に及んだ少年に対する支援のほか、これまで十分に対応されていない項目を例示的に挙げている。


子どもの権利保障が確実に実施される大綱が策定されるよう、引き続き注視していきたい。


(子どもの権利委員会  幹事 栁 優香)



ひまわり

深夜にシティーハンターのアニメをやっていた。シティーハンターに依頼するには、新宿駅東口改札の伝言板にチョークで伝言を残す。「XYZ明日午後7時シルキークラブで待つ」▼昔はどの駅の改札にも伝言板があった。遅れて来る友人に「先にお店に行ってるね」と伝言を残したものだ▼携帯電話がなかった頃は、人との待ち合わせは結構大変だった。いざ駅に着いたら改札口が複数あってうろうろしたり、人が多くてなかなか出会えなかったり。伝言板には「待ったけど来ないので帰ります」なんて切ない伝言もあった▼初めての場所に行くのも大変だった。スマホも地図アプリもなく、初めての裁判所支部に行く際には、事務員さんが電車を調べ、地図をコピーして渡してくれていた▼携帯電話の普及とともに姿を消した駅の伝言板だが、令和に入り、見直されているらしい。年末年始に期間限定で池袋駅構内に設置された伝言板には、両親や恩師への感謝の言葉や友人への激励のメッセージなどが多く寄せられたそうだ▼「街あわせくん」なるデジタル伝言板があると知り、どんな感動的な伝言があるのかとわくわくしながら見たところ、法務省のトウキツネが「来年4月から相続登記が義務化になるよ!」と伝言していた。頑張れ、ジャフバ。

(A・S)



適正な電力供給及び電力価格の実現に向けた競争環境の整備に関する意見書を公表

arrow 適正な電力供給及び電力価格の実現に向けた競争環境の整備に関する意見書


日弁連は、本年7月13日付けで「適正な電力供給及び電力価格の実現に向けた競争環境の整備に関する意見書」を取りまとめ、経済産業大臣、消費者庁長官および公正取引委員会委員長に提出した。


意見の骨子

本意見書では、大手電力会社による規制料金の値上げ申請に関して、①経済産業省および電力・ガス取引監視等委員会(以下「電取委」)は値上げ申請を厳正に審査し、消費者庁は経済産業省との協議を慎重に行うこと、②経済産業省は、値上げに伴う定型約款の変更の合理性の判断資料を明らかにすること、③公正取引委員会および電取委は、独占禁止法上の違反行為に厳正に対処し、電力の公正な競争条件と適正な取引環境を確保することを求めている。


取りまとめの背景

2016年4月の電力小売全面自由化後も、小売電気事業者間の競争はいまだ適正に機能していない。そのため、大手電力会社が主に一般家庭向けに供給する電気料金は、経過措置が維持され、消費者保護のための規制の対象とされている。


このように市場による競争原理が働いていない現状において、2022年11月以降、大手電力会社により、燃料価格高騰等を理由に規制料金の値上げ申請が相次いだ。


意見の理由

国民生活の生命線である電力について、適正な価格水準と安定供給量の確保は喫緊の課題である。値上げ申請の審査は、燃料調達費用、経営効率化の状況およびカルテル等の違法な行動の影響等を考慮して、厳格かつ慎重に行われるべきである。値上げに伴う定型約款変更の合理性の判断も同様で、その透明性確保も必要となる。


さらに、卸電力の内外無差別性(大手電力会社発電部門が、卸売取引の条件においてグループ内の小売部門とグループ外の新電力を無差別に取り扱うこと)が不全で、大手・新電力間の競争が機能しておらず、中長期的視点での電力の安定供給と料金上昇抑制の観点から、電力分野の公正な競争条件および取引環境の確保が不可欠である。


本意見書の実現とともに、持続可能性のあるエネルギー政策が取られるよう注視していきたい。


(消費者問題対策委員会  幹事 長尾愛女)



日弁連短信

えん罪とどう向き合うか


日弁連は2022年6月に再審法改正実現本部を立ち上げ、再審法(刑事訴訟法第四編再審)の改正に向けた活動を積み上げている。本年6月の定期総会では、えん罪被害者の迅速な救済のため、①再審請求手続における証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、③再審請求手続規定の整備などの法改正を求める決議を可決した。


日本の現在地

日本の再審法は、戦後制定された現行刑訴法の施行後70年以上一度も改正されていない。その間、1980年代には4つの死刑事件で再審無罪が確定し、日弁連支援事件だけでも18件の再審無罪が確定した。近時も袴田事件の再審開始が確定し、5例目の死刑再審無罪事件が生まれようとしている。都度、再審法の不備が指摘されながら、法改正への動きは鈍い。


世界はどう向き合ったか

日本の刑訴法の母国とも言われるドイツでは、1960年代から改革が進んだ。再審請求審では、通常審で開示される一件記録だけでなく、証跡記録も開示される。再審開始のハードルを下げ、これに対する検察官上訴も禁止した。日本と同様の再審法制を採っていた台湾は、2015年から改革に取り組んだ。新規性・明白性に当たる要件をより緩やかにし、再審でも通常審同様の全面的証拠開示を認めた。


そのほか、再審の可否を決する「刑事事件再審委員会」に強大な調査権限を与えることで、事実上証拠開示を実現したイギリス、再審を審査する「再審・再審査法院」を創設し、再審請求人に事前・請求段階での広範な証拠調べ請求権を認めたフランスなど、各国ではえん罪被害救済の改革が進む。


過去の教訓や諸外国に学ぶ

日本では、三審制による判断の法的安定性や理由のある再審請求の少なさ等を殊更強調し、再審法改正に消極な向きもある。しかし、袴田巖氏の身体拘束期間(47年間)・検察官抗告等故に再審開始の確定に要した期間(9年間)・死刑確定後「5点の衣類」に関わる重要証拠開示までの期間(30年間)等の事実は重い。えん罪被害救済のために被害者の人生をかけるに等しい時間と労力を要する制度は、必ず改められなければならない。


日本がなすべきはえん罪の教訓や諸外国の改革に学ぶことであり、再審法の抜本的改正は急務である。日弁連もさらなる努力を重ねていきたい。


(事務次長 佐内俊之)



2023年度第1回
刑事施設視察委員会弁護士委員 全国連絡会議
7月4日 弁護士会館

全国の刑事施設に独立の監査機関として設置されている刑事施設視察委員会(以下「視察委員会」)には、弁護士委員が1名ずつ所属する。各地の弁護士委員が会し、運営上の工夫や課題などを共有した。


名古屋刑務所職員による暴行・不適正処遇事案について

刑事拘禁制度改革実現本部の海渡雄一副本部長(第二東京)は、法務大臣が設置した「名古屋刑務所職員による暴行・不適正処遇事案に係る第三者委員会」による本年6月21日付け提言書(以下「提言」)の概要を紹介した。提言については、視察委員会制度の運用改善の指摘にとどまった点は不十分なものの、具体的で有益なものも多く、弁護士委員にはその実現状況をチェックする責務があると語った。


名古屋刑務所視察委員会の委員長を務める川本一郎会員(愛知県)は、名古屋刑務所では、提言を受けて、被収容者から寄せられた意見に対する刑事施設の回答の原資料が閲覧可能になったことを報告し、他の施設でも同様の対応を求めるべきであると述べた。提言の公表後、職員向けの研修や面談、アンケートが実施された刑事施設もあり、組織風土の改革の進展を期待したいとの声が上がった。


実務上の諸課題の共有等

視察委員会の活動を周知するため、被収容者からの意見とその回答をまとめた「委員会だより」の配布や施設内掲示を行った視察委員会の弁護士委員からは、被収容者から寄せられる意見が増加したとの例が報告された。そのほか、遠方の支所の視察に当たっての工夫や、視察関係文書の保管、提案箱の開封手順等の実務的な留意点が共有された。


参加した弁護士委員らは、各視察委員会の充実した活動に向け、引き続き情報共有していくことを確認した。



第33回夏期消費者セミナー
デジタル社会における消費者保護
~インターネット特有の詐欺被害の予防と救済~
7月15日 オンライン開催

arrow 第33回日本弁護士連合会夏期消費者セミナー「デジタル社会における消費者保護~インターネット特有の詐欺被害の予防と救済~」


老若男女を問わず、デジタル社会における消費者被害の深刻化が顕著となっている。今回は、インターネット特有の詐欺被害に焦点を当て、その理解を深めるべく、実態の把握と被害に陥る心理を分析し、被害の予防と救済手段について議論した。


基調講演

独立行政法人国民生活センターの加藤玲子氏は、インターネット通信販売に関する相談が増加傾向にあり、消費者生活相談全体の約3割を占めると報告した。決済代行業者を利用していた場合はチャージバックや決済キャンセルによって解決できる可能性があるが、代金引換や消費者金融からの借り入れを利用したケースでは、被害回復が困難なことが多いと語った。


秋山学教授(神戸女子大学)は、特にインターネット上の勧誘情報は被勧誘者の関心を引くように演出されることが多いと述べた。その上で、勧誘情報が誤ったものであっても、被勧誘者は無意識的に自らに都合のよい情報だけを選択し、誤りを訂正する情報は忌避する心理的傾向があると説明した。不当な勧誘者は、誤情報を訂正する情報から被勧誘者を遠ざけ、勧誘者にとって有利な構造を作り出すため、誰しもが被害に遭う可能性があると注意を喚起した。


葛山弘輝会員(第二東京)は、裁判例を踏まえた法律構成や立証のポイントを解説し、インターネット上の情報は早期に画像で保全しておくことなど、証拠確保の重要性を強調した。また、近時は、国際ロマンス詐欺に関する相談が急増しているとして、その手口等を概説した。


パネルディスカッション

加藤氏は、相談者自身がだまされているという意識に乏しい場合の対応の難しさを指摘した。秋山教授は、相談者が冷静さを取り戻す方法の1つとして、さらなるインターネット上の情報に触れないような働き掛けを挙げた。葛山会員は、被害に気付いたときに手遅れにならないよう、早期の決済手段の停止が必要だと述べた。


また、詐欺行為にSNSが多用される実態を踏まえ、葛山会員は、SNS事業者について、本人確認の不十分さや弁護士会照会に対する報告への消極的姿勢を指摘し、被害救済の観点から実効的な対策を検討すべきであると訴えた。



連続シンポジウム 自分らしく人生を全うするために
~人生の最終段階の医療・介護の決定のあり方を考える~救急の場面を中心に(第3回)
7月1日 オンライン開催

arrow_blue_1.gif連続シンポジウム「自分らしく人生を全うするために~人生の最終段階の医療・介護の決定のあり方を考える~ 第3回 救急の場面を中心に」


人生の最終段階で、納得して医療・介護を受け、自分らしく人生を全うしたいという願いをどのように実現できるか。今回は、救急の場面に焦点を当て、医療・介護の在り方やその決定方法を議論した。


DNARの適切な運用

DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)は、終末期の状態にある患者が心肺停止に至った場合に、本人または家族の希望で蘇生のための処置を試みないことを指して使用される用語である。


医師の石川雅巳氏(国家公務員共済組合連合会呉共済病院救急診療科部長)は、医療従事者でもDNARを正確に理解していない可能性があると指摘した。その上で、DNARが心停止前の通常の医療・看護に影響を与えるものであってはならず、その具体的な適用場面を明確にしながら、患者との合意形成をしていくべきであると強調した。


救急の現場から

急性・重症患者看護専門看護師の岡林志穂氏(高知県・高知市病院企業団立高知医療センター)は、救急領域でのあるべき終末期医療の決定は容易でないが、家族と協議するきっかけを作って患者の意思確認を進めた事例などを取り上げ、どうすれば患者の意思を尊重できるかを常に考え続けたいと語った。


塩野目淑氏(東京消防庁救急部救急指導課課長補佐兼救急技術係長)は、医師、研究者、弁護士等で構成される有識者会議で整理された指針に沿って、慎重に心肺蘇生中止の判断をする東京消防庁の取り組みを紹介し、傷病者の意思を重んじた対応を推進していきたいと述べた。


パネルディスカッション

病院内の救急場面や搬送現場での対応についての議論では、十分な説明がなされないままDNARの質問を受けて戸惑う患者や家族が存在していることや、高齢者は医療を控えるべきとの風潮が医療現場に広がっているのではないかとの懸念が示された。


香川知晶名誉教授(山梨大学)は、医療従事者と専門的知識を持たない患者・家族との間には情報の格差があることを意識し、患者の意思決定に向けて話し合いを重ねていくことの重要性を指摘した。


堀康司会員(愛知県)は、あるべき医療の決定において、患者の意思を丁寧に確認することが当然であるという価値観を定着させていく必要があると訴えた。



国際商事仲裁・調停セミナー
兵庫県からも発信
実は使える国際紛争解決の手続
7月7日 兵庫県弁護士会館

arrow_blue_1.gif国際商事仲裁・調停セミナー「兵庫県からも発信~実は使える国際紛争解決の手続~」


国境を越えた取引や海外投資は年々増加し、中小企業が国際的な法的紛争に巻き込まれるリスクも増加している。国際仲裁・調停などの紛争解決制度の基本的な事項や、中小企業が国際紛争に直面した場合の対応について、実践的理解を深めるべくセミナーを開催した。


中小企業にとっての国際仲裁・調停の意義等

国際商事・投資仲裁ADRに関するワーキンググループの武藤佳昭委員(東京)は、国際紛争において仲裁・調停を選択するメリットとして、業界特有の事情に適応して迅速に、終局判断または現実的な解決策を得られることを挙げ、国際仲裁・調停が中小企業の国際紛争解決手段としても有益であると述べた。


また、中小企業の顧問弁護士・組織内弁護士は、国際仲裁手続を自ら担当しなくとも、当事者企業の事情をよく知る立場だからこそ担える役割があり、国際仲裁手続を担当する弁護士との連携も必須であると語った。


仲裁調停業務の実践

前田葉子委員(第一東京)は、国際仲裁手続について、一般社団法人日本商事仲裁協会(以下「JCAA」)の仲裁規則では、答弁書の提出期限が申し立て後4週間以内と短期であること、文書開示手続は基本的にIBA証拠規則に準拠すること、証人尋問を行う審問の冒頭で、各当事者が仲裁人に対して主張と審問での立証の内容を口頭で説明する冒頭陳述が行われることなどを詳説した。


また、国際調停手続について、仲裁や訴訟に比べ、費用や時間を抑えられる一方、執行力や時効中断効がないことを指摘した。


パネルディスカッション

製品の欠陥を理由に、海外取引先から売買代金3000万円の支払いを拒まれている事案を題材に、紛争解決手続の選択や主張立証活動などを議論した。


前田委員は、JCAAの仲裁では、規定内の請求額であれば迅速仲裁手続により紛争解決のコストを抑えることが可能であると述べた。また、武藤委員は、欠陥に関する立証(反証)活動として、鑑定人尋問のほか、企業内の技術者の証人申請も可能であると説明した。


小川新志氏(JCAA仲裁調停部課長)からは、JCAAの仲裁人の約4割が外国籍であり、外国企業が当事者の事案でも十分に対応できることも紹介された。



自治体等公務員を目指す!
キャリアアップセミナー
7月27日 オンライン開催

arrow 自治体等公務員を目指す!キャリアアップセミナー


自治体や行政機関における公務員としての業務に関心のある弁護士、司法修習生等を対象に、弁護士を採用予定の自治体等の職員や自治体等での勤務経験のある弁護士が、仕事の内容ややりがい、キャリアプランなどを語るセミナーを開催した。


自治体等からの大きな期待

国税不服審判所、東京都労働委員会、岡山県赤磐市、神奈川県労働委員会、岩手県宮古市、鹿児島県南さつま市、京都府福知山市および大阪府四条畷市の採用担当職員が、それぞれの組織・自治体の魅力や弁護士職員の業務内容などを説明し、応募を呼びかけた。


いずれも任期付職員としての募集であったが、弁護士としての能力や知見に大きな期待を寄せ、任期中の昇給実績や、任期満了後の任期限定がない職員としての採用に前向きな考えを示す自治体もあった。


弁護士職員からのメッセージ

国税不服審判所で国税審判官として勤務する金井啓氏(元会員)は、採用時は租税実務の経験がないことへの不安もあったが、経験豊富な職員と協力して進められることで支障はなかったと語った。


岡山県赤磐市に勤める信剛志会員(岡山)は、職員からのさまざまな法律相談への対応を通じて幅広い分野で研さんを積んでいけることや、市政を法的側面から支えられることを魅力に挙げた。


京都府福知山市に勤務する手石方真弓会員(京都)は、自治体内における、法令の解釈・運用に関する支援等への需要の高まりを実感していると述べた。その上で、職員の現場での要望に応えるべく、弁護士職員の増員および組織体制の強化に取り組んでいることを紹介した。


任期満了後のキャリア

谷口彰会員(神奈川県・元神奈川県労働委員会事務局職員)は、弁護士ではない職員と共に公的業務に取り組んだ経験は、法律事務所での業務では得難く、視野を広げて成長を促してくれたと振り返り、現在の弁護士としてのキャリアにも生きていると語った。


平林敬語会員(鹿児島県・元鹿児島県南さつま市職員)は、自治体の現場では取り組む分野に偏りがないため、社会問題に興味関心を持ち、弁護士職員として意欲的に取り組めば、必ず知見を深められるとして積極的なチャレンジを呼びかけた。



JFBA PRESS -ジャフバプレス- Vol.183

ネイチャー・ポジティブな未来のために
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
すべての人が心身ともに満たされ健康で幸せに生きられる社会へ

異常気象に直面し、個人も企業も環境問題を無視できない状況にあります。今回は、約100か国で活動する環境保全団体の日本事務局である公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)を訪問し、橋本務太氏(自然保護室金融グループ長)に地球環境の現状や求められる意識、取り組み等についてお話を伺いました。

(広報室嘱託 花井ゆう子)


地球環境の現状

地球は今、「気候変動」と「生物多様性の損失」という2つの危機に直面しています。産業革命以来、地球の気温は人為的な影響により1・2℃上昇しており、対策を取らない限り上昇し続けます。それは海水面の上昇や極端な気象現象による自然災害をもたらすとともに、生物多様性に取り返しのつかない悪影響を与えます。


生物多様性とは、種や遺伝子が豊かであることだけでなく、その相互のつながりが豊かであることをいいます。生物多様性の豊かさを示す指数は、1970年と比較して地球全体で平均69%減少しました(下図参照)。主な原因は気候変動と自然資源の過剰消費にあります。一つの種の絶滅はその種を構成する生態系の破壊につながり、それがまた別の種の絶滅につながるという悪循環に陥ります。人為的な活動は自然の恵みに依存しているにもかかわらず、目先の経済活動を優先した結果、自然環境そのものを失う危機にあるのです。



生きている地球指数(1970年〜2018年)(出典:WWF・ZSL, 2022)



社会の変革に向けた取り組み

WWFジャパンの活動は野生生物保護に始まり、現在は森林・海洋・淡水・野生生物・気候の5つの柱で環境保全に取り組んでいます。現場での保全活動にとどまらず、政策提言や立法提言、声明等による政治・社会への呼びかけ、企業や消費者に向けた啓発など、社会・経済活動に対する働きかけを積極的に行っています。


昨今、企業から助言を求められることも増えてきました。きっかけは、原材料が容易に仕入れられなくなったなどの現実的な影響のほか、金融機関や取引先から環境対策を問われた、投資家や消費者の意識変化に対応する必要が生じたなどさまざまです。


さらに、金融・財務の観点からは、気候関連財務情報開示タスクフォースや自然関連財務情報開示タスクフォース(今年9月に最終提言される見込み)の枠組みも示されています。こうしたいわゆるソフトローにより、資源収奪式の経済活動から持続可能な経済活動への移行が後押しされつつあります。


一方で、これらの変化に対応できない、グリーンウォッシュ(環境に優しいサービス・商品であると見せかける行為)などの問題も生じています。しかし、企業にはこの変化をリスクや制約と捉えず、企業活動の在り方をよりよいものに変える機会という意識を持ってほしいと考えています。自然を回復傾向に向かわせる「ネイチャー・ポジティブ」を実現するためには、経済や政策・金融の変革が不可欠なのです。


弁護士への期待等

人間活動と自然環境が調和したサステナブルな社会の構築を目指すことは、世界各国で避けられない課題です。サステナビリティは、日本の法制度にも大きな影響を及ぼしており、さまざまなプレイヤーに関与できる弁護士の活躍場面はますます広がっていくはずです。弁護士の方には、環境問題への広い視野を持ち、アンテナを働かせることが期待されます。


企業への関与の際は、法的責任を直接的には問われない、海外の調達先における環境破壊、違法労働、人権侵害などへの問題意識を持つことも重要です。EUではサプライチェーン上の行為についても報告義務等が広がりつつあります。国内規制がなくても、取引先の国の規制に関する調査は必須です。また、取引先への環境対策の要求や対策コスト負担の問題など、事業者の前向きな意図による環境に対する取り組みであっても、独占禁止法や下請法に抵触する場合があり得るため、適切な対応について弁護士による法的助言が必要です。


行政、特に地方行政に関わるときには、ルール作りへの法的知見・経験の活用はもちろん、率先した提言をしていただきたいと思います。地方での温室効果ガス排出を減らさなければ、日本の脱炭素はかないません。地方行政がその旗振り役となるためのサポートも期待します。


弁護士会等へのレクチャーを通じて、WWFジャパンの知見を提供することも可能ですので、ぜひ企業・団体への助言等に活用していただければと思います。



日弁連委員会めぐり123
弁護士業務改革委員会

今回の委員会めぐりは、弁護士業務改革委員会(以下「委員会」)です。久保井聡明委員長(大阪)、滝口広子副委員長(大阪)、髙野良子副委員長(第一東京)にお話を伺いました。


(広報室嘱託 李桂香)


弁護士一人一人が活躍するために

委員会は、弁護士業務の改革に向けた課題の抽出、調査・研究、提言や、弁護士業務の適切な発展のために活動しています。性別にかかわりなく、弁護士一人一人がその能力を十分に発揮できるよう、昨年度は女性会員の業務問題に関するPT(以下「PT」)を設置し、女性会員の業務を巡る諸課題への対応にも力を入れています。





PTの取り組み

女性会員の業務実態を正確に把握すべく、委員・幹事が、3名の研究者と共に「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査報告書2020」(以下「経済基盤調査」)の分析に取り組んでいます。経済基盤調査では、収入や業務分野等において、性別による特定の傾向が示されています。PTでは、多角的な視点からより詳細な分析を進めています。


女性会員を取り巻く課題

出産等のライフイベントやライフステージの変化によって、働き方の変容を余儀なくされることで、キャリアを含む職業生活への不安にとらわれることがあります。しかし、それを会員個人の問題で片付けてはいけません。経済基盤調査を分析する中でも、構造的な課題が浮き彫りになりつつあります。


PTでは、女性会員が置かれている状況を会員の皆さんと共有し、弁護士業務の改革という視点からのアプローチにより、女性会員が現に直面している障壁を解消する方策の研究を進めています。今後、取り組みの経過や結果を発表していければと考えています。ご関心をお寄せいただければと思います。


会員へのメッセージ

基本的人権の擁護、紛争の予防と解決を担う弁護士の業務は、社会のあらゆる領域において必要とされる重要なものです。弁護士の活動領域が拡大し、取り扱う業務の専門化に伴って弁護士や弁護士会が果たすべき社会的責任は増しています。一方で、生成AIをはじめとする技術革新の影響は弁護士業務にも及んでいます。


委員会は、全国各地から参加する委員・幹事の英知を結集し、弁護士と弁護士業界を支えていきます。






ブックセンターベストセラー (2023年7月・手帳は除く)
協力:弁護士会館ブックセンター

順位 書名 著者名・編者名 出版社名
1

調停等の条項例集―家事編―

星野雅紀/著 司法協会
2

判例による不貞慰謝料請求の実務 最新判例編Vol.2

中里 和伸/著 LABO
3

離婚協議書・婚姻契約条項例集

髙井 翔、竹下龍之介、中村啓乃、宮﨑 晃、本村安宏/著 日本加除出版
4 弁護士法第23条の2照会の手引〔七訂版〕 第一東京弁護士会業務改革委員会第8部会/編 第一東京弁護士会
5 Chat GPTの法律  中央経済社/編 田中浩之、河瀬 季、古川直裕、大井哲也、辛川力太、佐藤健太郎、柴崎 拓、橋詰卓司、仮屋崎崇、唐津真美、清水音輝、松尾剛行/著 中央経済社
6 実務詳解 職業安定法 倉重公太朗、白石紘一/編 弘文堂
7

弁護士職務便覧 令和5年度版

東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会/編 日本加除出版

民事反対尋問のスキル〔第2版〕

京野哲也/著 ぎょうせい

弁護士倫理のチェックポイント

髙中正彦、加戸茂樹、市川 充、安藤知史、吉川 愛/著 弘文堂



海外情報紹介コーナー⑲
Japan Federation of Bar Associations

法曹のウェルビーイング向上に向けた取り組みの開始(米国)

国際法曹協会(IBA)は、世界中の法曹のウェルビーイングの向上を目的とする常設の委員会(Professional Wellbeing Commission)を設置した。IBAは2019年、123か国の3000人以上の法曹と180の法的団体・機関への実態調査を実施し、法曹が直面するウェルビーイングの問題が各国共通であると報告した。また、精神疾患に対する偏見が深刻な問題であり、これが法曹自身の不調・疾患の自覚を妨げたり、キャリアや生活への悪影響を恐れて外部支援を避ける状況につながっていると分析した。同委員会の設置は、こうした分析に基づくものである。


(国際室嘱託 小林美奈)