超高齢社会において全ての消費者が安心して安全に生活できる社会の実現を推進する決議




日本では、高齢化の進行に伴い、高齢者の消費者被害が深刻な状況となっている。


その原因は、高齢者にあっては、健康面や経済面への不安、判断力の低下等といった消費者被害を受けやすい状況にあること、加えて、これらの要因につけ込む悪質な事業者が存在することなどにあると考えられる。高齢者の消費者被害は、今後も、高齢化が進むにつれて、更に増加していくことが懸念される。


そもそも、事業者と消費者の間には情報力や交渉力の格差等が存在するが、実際の消費者被害は、様々な要因によって生じる(以下、被害を受けやすいことを「ぜい弱性」という。)。その要因には、高齢者や障がい者、若年者等(以下「高齢者等」という。)に見られる知識・経験又は判断力の不足等といった継続的なものと、情報技術の発展等に伴って複雑化する商品・サービスの特性、取引の性質、勧誘行為の内容、勧誘者との人間関係等の一時的なものがある。


継続的なぜい弱性を有する高齢者等に対して、さらに、一時的にぜい弱な状況を生じさせる要因が加わると、他の消費者以上に大きな被害が生じる危険性が高まる。そのため、高齢者等の消費者被害を防止するためには、一時的なぜい弱性への対応が必要である。同時に、情報技術の更なる発展とそれに伴う社会の変容によって、高齢者等だけでなく全ての消費者が、一時的な要因でぜい弱な状況に置かれやすくなっており、あらゆる消費者にとって、一時的なぜい弱性への対応の必要性も高まっている。


もとより、人は、社会から排除されることなく、安心して安全な生活を送る権利を有しており、自律的な意思決定が尊重され、これが不当に侵害された場合には、迅速な救済を求めることができ、その権利は、憲法第13条及び第25条の保障するものである。これを踏まえ、消費者基本法第2条は、人々の生活の基盤である消費生活において、全ての消費者の権利として、これを具体化している。


これらの点を踏まえると、超高齢社会の進行等への対応として、高齢者等の継続的なぜい弱性だけではなく、消費者であれば誰もが置かれ得る一時的なぜい弱性への対応が必要である。


そこで、消費者の権利の尊重という観点から、高齢者を含む全ての消費者が、安心して安全に消費生活を送ることができる社会の実現のために、次のような施策の実施を求める。


1 国は、消費者被害の予防及び救済のために、以下の法制度を整備すること。

 (1) 民事ルールの整備として、事業者が消費者の判断力の不足等に乗じて契約を締結した場合に、消費者に取消権を認めるとともに、事業者により信義則に反する勧誘がなされた場合における取消権の一般条項(受皿規定)を導入すること。


 (2) 消費者が不意打ち的な勧誘をあらかじめ回避できるよう、訪問勧誘及び電話勧誘を事前に包括的に拒否できる制度を導入すること。


 (3) 消費者取引の公正を広く確保するために、取引類型や広告・勧誘の場面に限定されない、横断的な行政ルールを整備すること。


 (4) 適格消費者団体が行う差止請求及び集団的被害回復訴訟の制度をより実効的なものとする法整備を行うとともに、特定適格消費者団体による破産申立ての制度を導入すること。また、これらを経済的に支援する制度を実現すること。


 (5) 行政による破産手続開始申立て、事業者の財産の保全、被害回復の諸制度を検討し、整備すること。


2 国及び地方公共団体は、消費者被害の予防・早期発見・救済を目的とする消費者支援のための見守りネットワーク作りを推進するために、以下の措置を講じること。

 (1) 地方公共団体(特に市区町村)は、消費生活部門、福祉部門、防犯部門及び防災部門との連携を確保しつつ、地域の関係者の幅広い参加及び個人情報の有効かつ適正な活用により、実効的な見守り活動を推進していくこと。


 (2) 国及び都道府県は、市区町村が行う見守り体制の整備及び人材養成等への支援をより強化すること。国においては、これらの施策を推進するための研修・情報提供及び財源上の措置を十分に講じること。


 (3) 地方公共団体は、福祉分野における権利擁護・意思決定支援の観点からの総合的な支援の仕組み作りを進め、消費者支援のための見守りネットワーク作りの推進をその一環と位置付けて行うこと。また、国はその支援を行うこと。


 (4) 国及び地方公共団体は、消費者支援のための見守りネットワーク作りの推進を、「地域共生社会」、「地域福祉」及び「消費者市民社会」の理念をも踏まえ、地域コミュニティ作りの一環と位置付けて行うこと。


3 国及び地方公共団体は、現行の成年後見制度の利用にあっては、本人の意思決定を支援するための運用をより徹底しつつ、同制度を消費者被害の予防・救済に利用し、併せて、権利擁護及び地域福祉に関する他の施策との連携を促進していくこと。


4 国及び地方公共団体は、特殊詐欺等による被害の防止及び被害回復のための措置・取組をより一層強化すること。特に、地方公共団体においては、特殊詐欺等の防止に関する条例を制定し、地域福祉に関する他の施策との連携を図りつつ、地域における事業者・住民等の取組を主導するとともに支援していくこと。


5 国は、高齢者等のぜい弱な状況にある消費者が日常生活に必要な取引から排除されることのないよう、消費者に対し積極的な支援を行うとともに、事業者が取引に際して消費者の特性に応じた合理的配慮をすることを徹底するための施策を推進すること。また、事業者による身元保証等のサポート事業については、事業者に対する適切な監督を実施できる法制度を整備すること。


当連合会は、これまでも人権擁護大会において、1989年に「消費者被害の予防と救済に対する国の施策を求める決議」を採択し、その後も、2001年に「高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議」を、2005年に「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」を、2009年に「消費者被害のない安全で公正な社会を実現するための宣言」を、2015年に「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」を、2018年に「特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援の推進を目指す決議」等をそれぞれ採択している。これらの宣言・決議に基づき種々の取組を行ってきたところであるが、消費者庁の設置を含めて実現した施策もある一方で、残されている課題も多い。


今後の更なる高齢化の進行等を見据え、当連合会は、ここに新たに本決議を採択し、消費者が、誰一人取り残されることなく、安心して安全に生活できる社会を実現するため、国及び地方公共団体や消費者関係団体、福祉関係団体、事業者、自治会等様々な団体と連携し、上記諸施策の実現に向けた取組を進めていく決意である。


以上のとおり決議する。



2021年(令和3年)10月15日
日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 高齢化の進行等と消費者被害

1 高齢化の現状と今後の更なる進行

  総務省統計局の報道資料によれば、日本の総人口に占める65歳以上の人(以下「高齢者」という。)の割合は、2020年9月15日時点において、既に28.7%(約3617万人)となっており、いわゆる「超高齢社会」とされる65歳以上の人口が総人口の21%という基準を大幅に上回っている。この割合は今後もなお上昇し、2040年には35.3%になると予測されている。

高齢者の人口の増加に伴い、加齢により判断力等が低下する人の数も増えている。「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業、九州大学二宮利治教授)の推計では、認知症有病者数は、2020年では約600万人、2040年には約800万人から950万人になるとされている。また、認知症にまでは至っていないMCI(軽度認知障害)の有病者も増加しており、過去の推計値を基礎に、認知症有病者数の伸び率と同じ割合で増加していると仮定して試算すると、MCI有病者数は、2020年では約500万人、2040年には約700万人から800万人になる。

また、高齢者の世帯状況も変化しており、高齢者の単独世帯が増加している。国立社会保障・人口問題研究所の公表資料によれば、2020年では、高齢者の単独世帯は約700万世帯であると推計されているが、これが2040年には約900万世帯にまで増加するとされている。


2 高齢者の消費者トラブル等の現状

(1)高齢者に関する消費生活相談

   高齢者人口の増加とともに、高齢者に関する消費生活相談も増加している。消費者庁の「令和3年版消費者白書」によれば、高齢者に関する消費生活相談の数は、2010年度に約18万件であったものが、2020年度には約27万件にまで増えており、その増加の割合は、高齢者の人口増加のそれを上回っている。

高齢者に関する相談は、トラブルとなる金額も大きい。同白書によれば、平均既支払額(実際に支払ってしまっている金額の平均)は、44.3万円である。これは、65歳未満の23.7万円のほぼ倍の額である。

また、相談が寄せられる取引の類型(販売購入形態)にも特徴がある。同白書によると、高齢者の相談では、訪問販売の割合が13.0%、電話勧誘販売の割合が8.9%であり、65歳未満の相談と比較すると訪問販売、電話勧誘販売いずれもその割合は2倍以上となっている。

以上のほか、高齢者に関する相談では、店舗販売、通信(インターネット通販を含む)に関する相談も一定割合存在する(同白書)。特に、近年では、情報通信サービスに関して、60歳代、70歳以上のいずれにおいても、デジタルコンテンツ、インターネット接続回線、移動通信サービスの相談が上位を占めている(国民生活センター「消費生活年報2020年」)。情報通信サービスの普及に伴い高齢者の利用も増加傾向にあるところ、高齢者は若年者に比べ、これに不慣れであることなどからトラブルに遭いやすい傾向が確認できる。


(2)認知症等の高齢者に関する相談

   認知症等により十分な判断ができない状態にある高齢者の相談を見ると、前記白書によれば、契約者本人からの相談は約2割にとどまっている。これは、本人自身がトラブルに遭っているという認識を持ちにくく、トラブルが顕在化しにくい傾向を示すものである。

また、販売購入形態を見ると、訪問販売の割合が34.5%、電話勧誘販売の割合が16.4%であり、高齢者全体における訪問販売、電話勧誘販売の割合よりも更に高くなっている(同白書)。これらの取引で、認知症等の高齢者がより被害に遭いやすいという傾向を見て取れる。


(3)特殊詐欺における高齢者の被害

   警察庁の公表資料によれば、2020年における特殊詐欺の認知件数は、13、550件であり、前年に比べて減少したものの、2010年の6888件の約2倍となっており、依然として深刻な状況が続いている。被害総額は、285.2億円であり、2010年の被害総額の約2.5倍となっている。

同資料によれば、被害者のうち高齢者は、法人被害を除いた総認知件数の85.7%を占めており、特に、オレオレ詐欺、預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗では、90%を上回っている。高齢者は若年者と比べ資産を有する人が多く、特殊詐欺のターゲットとなっていることが鮮明に表れている。


第2 超高齢社会において求められる消費者政策

1 消費者のぜい弱性

  高齢者の場合、健康や孤独への不安や加齢に伴う判断力の低下等につけ込まれることが少なくない。また、昼間に自宅にいる人が多く、訪問販売や電話勧誘販売のターゲットになりやすい。その上、一度被害を受けると集中的に次々と販売等の被害を受けたり、特殊詐欺等により多額の損害を被ったりする。このように、消費者の被害の遭いやすさ、すなわち消費者のぜい弱性は、消費者の生活環境や取引の形態等によっても生じ、また、強まる。今後、高齢者の更なる増加が見込まれるとともに、単独世帯化も急速に進んでいくと考えられることから、被害に遭いやすい高齢者が一層増えていくことが予想される。

高齢者にあっては、記憶力・判断力等の低下や社会的孤立等によってよりぜい弱な状況に置かれやすい存在といえるが、高齢者でなくとも、知識・経験の不足、パワーレス(無力状態)や依存関係、疾病による判断力の低下等、様々な事情によって、消費者は誰しもがぜい弱な状況に陥る可能性がある。今後、商品・サービスの内容や取引形態がより一層複雑化・多様化し、情報通信技術の更なる普及やグローバル化の進展(越境取引の増加等)等が見込まれることに鑑みると、一時的な消費者のぜい弱性もより一層拡大することが危惧される(2019年6月内閣府消費者委員会「消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキング・グループ報告書」参照)。

従来の消費者政策は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力等の格差」(消費者基本法第1条)を踏まえた消費者・事業者間の構造的な格差に着目して、消費者被害の予防・救済のための施策の推進が図られてきた。これからの消費者政策は、こうした構造的な格差を基礎としつつも、それにとどまらない消費者のぜい弱性を十分に考慮して推進されることが必要である。

消費者のぜい弱性は、知識・経験・判断力の不足等の継続的なもののみならず、商品等の特性や取引の性質、勧誘行為の内容、勧誘者との人間関係等の一時的なものが存在することに留意して施策を講じる必要がある。


2 消費者の権利とその実質的な保障

(1)消費者の権利

   消費者被害は、単なる財産的な被害にとどまるものではない。

消費者被害に遭う高齢者に即して述べれば、奪われる財産は、老後の生活資金であることも多く、年金以外に収入のない高齢者の場合には、その生活が一変させられることになる。また、特殊詐欺被害等は、人の心を弄ぶ犯罪であり、被害に遭ったことから精神を病んでしまうケースも少なくない。中には自死に追い込まれるケースさえある。悪質商法や特殊詐欺は、財産権の侵害であるとともに、平穏に生活する権利をも侵害する重大な違法行為である。

また、そもそも、全ての人は、自律的な意思決定に基づいて生活を営む権利を有するとともに、暮らしの基盤である消費生活において安心して安全に暮らしていく権利を有している。このような消費生活上の権利は、憲法第13条及び第25条等によって保障される権利である。

この点、消費者基本法第2条第1項は、安全が確保される権利、自主的かつ合理的な選択の機会が確保される権利、必要な情報及び教育の機会が提供される権利、被害が生じた場合に適切かつ迅速に救済される権利等が消費者の権利であることを明確にしている。これらの権利は、高齢者であるか、あるいは判断力等が低下しているかといった消費者の属性によって左右されるものではなく、全ての消費者に広く保障されるべきものである。


(2)実質的な権利の保障(社会的包摂)

   前記の消費者の権利が、ぜい弱な状況にある消費者をも含めた全ての消費者に広く保障されるべきものである以上、消費者と事業者との間の情報力・交渉力の格差だけでなく、これにとどまらない消費者のぜい弱性をも考慮する形で、その保障のための仕組み作りが必要となる。そうでなければ、ぜい弱な状況にある消費者には実質的に権利保障が及ばないことになってしまうからである。高齢化が更に進行し、ぜい弱な状況にある消費者の割合が増大することが見込まれている日本においては、どのような状況にある消費者であっても、誰一人取り残されることなく、その自律的な意思決定に基づく安全で安心な消費生活が保障されるようにすることに主眼を置いて、これからの消費者政策が推進されなければならない。

また、高齢者等のよりぜい弱な状況にある消費者は、取引から排除されやすい。例えば、親族や成年後見制度による適切な協力・支援が受けられていない高齢者等にあっては、契約締結後に問題が生ずることを懸念する事業者が契約を拒絶するケースがある。時には、消費者の利益を守るための仕組み等が、取引の事実上の障壁になってしまうことさえある。これでは、自律的な意思決定に基づいて生活を営むことや、消費生活において安心して安全に暮らしていくことも阻害されることになる。

現代社会においては、年齢、性別、障がいの有無等に関わりなく、あらゆる人が、社会から排除されることなく、その個性と多様性が尊重され、主体的に参加できる社会の実現が求められている(社会的包摂)。全ての人の生活の基盤である消費生活においても、この要請は妥当するのであって、これからの消費者政策の推進にあっては、ぜい弱な状況にある消費者が、排除されることなく、消費生活上の取引を行うことを確保することが重視されるべきである。


第3 必要な施策

社会の高齢化が更に進行し、ぜい弱な立場に置かれる消費者が増加していくことが見込まれる中で、全ての人が安心して安全に消費生活を送ることができるようにするためには、次の施策が必要である。


1 民事ルールの整備

 (1)消費者が継続的あるいは一時的にぜい弱な状況で締結した契約については、意思表示の取消し、又は契約の解除といった民事ルールによる救済が必要である。この点については、近年の法改正によりいくつかの手当がなされている。

まず、2008年の特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)の改正により、訪問販売について過量販売解除権が導入された(同法第9条の2)。2016年の同法改正では、電話勧誘販売にも同様の規定が導入された(同法第24条の2)。同じ2016年には、消費者契約法の改正により、消費者取引一般について過量契約の取消権が認められた(同法第4条第4項)。もっとも、これらの規定による救済は、契約の目的等が「過量」となる場合以外には及ばない。

また、2018年の消費者契約法の改正では、加齢等による消費者の判断力の低下を利用した場合に消費者に取消権を認める規定が創設された(同法第4条第3項第5号)。この規定は、消費者の判断力の不足等に乗じた取引の一部の場合の救済には利用できるものの、その適用には、消費者が過大な不安を抱いていることや、事業者が契約を締結しなければ消費者の生活の維持が困難であると告げていることなどが必要で、この適用場面も非常に限られている。


 (2)前記規定による救済ができない場合には、民法第90条(公序良俗)の規定により救済を求めざるを得なくなるが、同条により契約が無効とされる場面は、非常に限定的であることから、ぜい弱な状況にある消費者の救済としては不十分なものとならざるを得ない。

そこで、消費者が合理的な判断をすることができない状況に乗じて消費者契約を締結した場合には、消費者に取消権(いわゆる「つけ込み型」契約における取消権)を認めるべきである(2018年3月8日内閣府消費者委員会「消費者契約法の一部を改正する法律案に対する意見」参照)。

また、商品・サービスの内容や取引形態がより一層複雑化・多様化する中で、消費者の誤認や困惑を招く勧誘も様々なものが登場することが予測されることから、後追いとならないよう、事業者が信義則に反する勧誘方法を用いて消費者を勧誘した場合については、広く消費者の取消権を認めるべきである(いわゆる「受皿規定」)。


2 不意打ち的な勧誘(不招請勧誘)への対応

 (1)先に見た統計結果が示すとおり、訪問販売及び電話勧誘販売は、高齢者にとって被害に陥りやすい取引類型である。これらは、不意打ち的な勧誘(不招請勧誘)であるため、事業者との間の情報力・交渉力の格差がより大きくなり、高齢者に限らず消費者の自律的な意思決定が阻害され、不本意な契約に至る危険が高まる。すなわち、消費者のぜい弱性を作出することが顕著な取引形態である。

この点、特定商取引法が、訪問販売や電話勧誘販売については、勧誘方法を規制し、クーリング・オフ等民事ルールを設けるなどしている。しかしながら、消費者が勧誘をあらかじめ断るための仕組みを設けておらず、不本意な契約をしてしまう危険を回避することができる規律がないため、ひとたび勧誘が始まれば拒絶することが容易ではなく、契約に至ってしまうこともある。特に、在宅している機会が多く、固定電話の保有率が高い高齢者の場合は、訪問勧誘や電話勧誘を受ける機会が多い。そして、判断力等が十分ではない場合には、被害を受ける可能性が高いことに加えて、本人がトラブルに遭っているとの認識を持ちにくく、トラブルが顕在化しにくい。しかも、勧誘の状況を具体的に再現することも困難であることが多い。

そこで、不意打ち的な勧誘によって被害を受けやすくなる状況を回避するための仕組みが確保される必要がある。


 (2)このような制度として、諸外国では、「勧誘お断り」ステッカーに法的効力を認める訪問勧誘拒否制度(Do-Not-Knock制度)が導入されたり、電話勧誘では電話勧誘拒否登録制度(Do-Not-Call制度)が先進国のほとんどで導入されており、日本は大きく立ち遅れている状況にある。日本でも、2015年の内閣府消費者委員会の特定商取引法専門調査会において導入が検討されたが、2016年の特定商取引法改正の際には、立法化は見送られている。もっとも、衆参両院の附帯決議において、「高齢者等に対する訪問販売及び電話勧誘販売による被害の未然防止が喫緊の課題」であるとされており、引き続き高齢者等の被害が多発する場合には検討を行うことが確認されている。

訪問販売及び電話勧誘による消費者トラブルは、依然として多発しており、高齢者、特に判断力等が低下した人が被害に遭う割合は高い。高齢者に限らず、不意打ち的な訪問勧誘や電話勧誘を望まないとする消費者が9割を超えていることも合わせ考えると(2015年消費者庁「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査について」参照)、不意打ち的な勧誘をあらかじめ回避できる制度(Do-Not-Knock制度、Do-Not-Call制度)の導入が必要である。


3 取引の公正を維持するための横断的な行政ルールの整備

 (1)消費者被害を予防するためには、取引の公正が確保されることが何よりも重要である(消費者基本法第5条第1項第1号参照)。特に、ぜい弱な状況にある消費者の被害については、民事ルールだけでは被害の予防・救済は十分に図れないし、被害の回復を求めることが難しいこともある。それゆえ、被害の発生や拡大を防止するために、取引の公正を確保するための行政ルールを整備することも必要である。


 (2)日本では、取引の公正を確保するための行政ルールは、各種業法において規定されるものが中心であり、表示の分野(不当景品類及び不当表示防止法。以下「景品表示法」という。)等を除き、業種・業態や取引類型を超えて横断的に適用される法律がない。そのため、業法の存在しない業態については、規制の導入すら難しくなるという現状がある。

他方、地方公共団体レベルでは、いわゆる消費生活条例によって、不公正な取引方法を禁止している例が多い。しかし、条例による規制では、都道府県をまたがって展開される悪質商法への対応が不十分なものとなるし、また、違反に対する処分等についても、事業者名の公表にとどまるものがほとんどであり、その効果にも限界がある。


 (3)今後の更なる高齢化の進行、商品・サービスの複雑化・多様化等を見据えるならば、業種・業態を問わずに横断的に適用される取引ルールを整備することは不可欠である。

諸外国では横断的な行政ルールを整備している国が多い。特に、EU(欧州連合)は、2005年に不公正取引行為指令を制定しており、取引分野横断的に、かつ取引過程の全ての場面において、不公正な取引行為を禁止している。また、アメリカの連邦取引委員会法(FTC法)、オーストラリアの競争消費者法等も、不公正な取引行為を分野横断的に規律している。

横断的な行政ルールの内容としては、諸外国の立法例や消費生活条例の規律等を参考にしつつ、さらには、日本における高齢化の進行等を踏まえ、以下の内容を盛り込むべきである。

まず、履行及び取引解消の段階をも含む取引の過程のあらゆる場面において、不公正な取引行為を明示的に禁止することが必要である。その上で、禁止する不公正な取引行為については、これを具体的に列挙するとともに、隙間が生じないよう、不公正な取引行為を禁止する一般規定(受皿規定)を設けることが必要である。さらに、高齢者、障がい者、あるいは若年者等被害を受けやすい消費者、その他ぜい弱な状況に置かれた消費者に関する規定を設けるべきである。加えて、規律の実効性を確保するために、違反行為には、有効な行政処分等を行えるようにするべきである。


4 消費者団体による差止請求等の強化・支援

 (1)消費者と事業者との間の情報力・交渉力の格差を踏まえると、個々の消費者だけでは、消費者被害の予防や被害の回復に困難が伴うことが少なくない。これは、ぜい弱な状況にある消費者においては、より顕著である。

このような困難さを補う制度として、集団的な消費者利益の実現のための団体訴訟制度があり、日本でも近年、そのための制度が整えられつつある。

適格消費者団体の差止請求制度は、2006年に消費者契約法の改正で導入され、その後、特定商取引法等にも範囲が拡大されている。また、2013年に制定された消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(消費者裁判手続特例法)により、特定適格消費者団体が原告となって消費者の集団的な被害回復のための訴訟を起こすことができる制度も導入された。

これらの制度は、少額多数被害となりやすい消費者取引において予防及び被害回復の仕組みとして有用であるし、被害回復にも困難が伴うこともあるぜい弱な状況にある消費者の利益にもかなう制度である。これらの制度の導入と消費者団体の活動は高く評価されるべきである。


 (2)もっとも、これらの制度については、実効性の観点からなお課題も存在する。

まず、差止請求にあっては、差止めの対象が拡大されつつあるとはいえ、景品表示法の不実証広告規制(同法第7条第2項)のように、事業者に表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求める権限等は与えられておらず、不実告知(消費者契約法第4条第1項第1号)や優良誤認表示(景品表示法第5条第1号)等についての立証が困難となるなど、その実効性確保の上での問題点がある。

また、前記の集団的被害回復制度は、個別消費者への通知等、手続面において特定適格消費者団体の負担が非常に重いことなどから、利用しやすい制度となっていない。制度を実効性のあるものにするためには、改正等の法整備をして制度の強化を図る必要がある状況である。

加えて、仮差押の申立権のみでは財産の散逸を防止できないため、法改正により、特定適格消費者団体に対し破産申立権を認めることが必要である。

さらに、このように重要な役割を果たしているにもかかわらず、制度の担い手である消費者団体への国の経済的支援は不十分である。この点は、これまで再三にわたり国会の附帯決議において指摘されてきたところである。


 (3)以上から、適格消費者団体による差止制度、特定適格消費者団体による集団的被害回復制度による被害の予防・救済をより実効的なものとするため、両制度を強化するための法改正を行うとともに、期待される機能を十分に発揮させるための経済的支援制度を実現することが必要である。


5 行政による被害者救済制度の導入

 (1)消費者被害の回復は、それ自体が消費者にとって負担の大きいものであるが、現在の制度上は、消費者が民事訴訟を提起して債務名義を得て、強制執行によって財産を回収しようとしても、既に財産が散逸しているなどして、回収が困難なことも少なくない。行政が事業者の違法行為により多数の消費者に多大な財産被害が発生している危険性を察知しても、事業者の財産を保全し、消費者の被害の回復につなげていくことができず、巨額の消費者被害が繰り返し発生し続けている状況となっている。


 (2)このような現状を打開するには、事業者の財産が流出してしまう前に、財産を確保し、被害者の救済を図ることのできる制度が必要である。事業者の違法行為により多数の消費者に多大な財産的被害を発生させるおそれのある類型の取引については、健全な事業活動に対する不測の影響が生じないように留意しつつ、行政が主導的に関与して、事業者の違法行為を差し止めるとともに、事業者の財産を保全し、その後の消費者の被害の回復につなげていくことのできる法制度が不可欠である。

また、仮に、事業者の事業継続が困難な状況となってしまった場合には、これをいち早く察知できる可能性があるのも監督官庁であることから、行政による破産手続開始申立ても認めるべきである。

これらの制度については、消費者庁及び消費者委員会設置法附則第6項及び同法制定の際の参議院の附帯決議において検討事項とされ、2013年6月には「消費者の財産被害にかかる行政手法研究会」が報告書を取りまとめたものの、引き続き検討するものとされるにとどまり、その後、具体的な検討が再開されないままである。


 (3)以上から、国は、行政による破産手続開始申立制度や、行政が主導的に関与して事業者の違法行為を差し止め、財産を保全し、その後の消費者の被害の回復につなげていくことのできる法制度の創設について、直ちに検討を再開し、これを整備することが必要である。


6 消費者支援のための見守りネットワークの更なる推進

(1) 見守りネットワークの必要性

   高齢者等の中には、自ら被害に気付くことや、被害に気付いても相談したり通報したりすることが難しい者もいる。これらの消費者の被害を予防し、また早期救済につなげるためには、高齢者等に限らず広く市民に対して消費者教育を充実させることも必要であるが、身近な人々による見守り活動が重要である。高齢化の進行等の前述の状況に鑑み、自律的な意思決定が難しくなりつつある消費者が増加する中、消費者支援のための見守りネットワークを構築していく必要性と重要性は日増しに高まっている。


(2)消費者安全確保地域協議会等

   消費者支援のための見守りネットワークについては、以前から、地方レベルで先駆的な取組が行われてきていたが、2014年の消費者安全法の改正により、2016年から「消費者安全確保地域協議会」(以下「地域協議会」という。)が設置できることとなった。この地域協議会は、消費者被害の防止等の取組を効果的かつ円滑に行うために、関係機関が情報交換や協議を行い、高齢者等の消費生活上特に配慮を要する消費者の見守り等の必要な取組を行うものである(消費者安全法第11条の3、第11条の4)。また、この制度を利用すると消費者庁等の保有する個人情報(いわゆる「カモリスト」)の取得も可能となる(同法第11条の2)。また、啓発活動や注意喚起、さらには被害に気付いた場合に消費生活相談につなげる役割を担う消費生活協力団体・消費生活協力員を委嘱することも可能となっている(同法第11条の7)。

消費者庁は、現在までに、「地方消費者行政強化作戦」(2015年度~2019年度)、「地方消費者行政強化作戦2020」(2020年度~2025年度)において、見守り活動を通じた消費者被害の未然防止等を推進している。しかしながら、地域協議会の設置は、2021年3月末時点で、全体で327自治体(約18%)、人口5万人以上の市区では144自治体(約27%)にとどまっている。また、消費者庁等の保有する個人情報を取得している自治体は極めて限られており、消費生活協力員・協力団体を委嘱している自治体も多くない。


(3)見守りネットワークの推進

   消費者は、どこに住んでいても、安全で安心な消費生活を送る権利を有しているのであり、その自律的な意思決定が尊重され、これが不当に侵害された場合には、迅速に救済を求める権利を有している。取引ルールの整備が進んだとしても、被害の回復のためには、消費者がその被害に気付いて、権利行使をすることが必要であり、周囲の人の見守りは依然として重要である。また、欠陥商品による被害を防止する上でも、リコール情報の伝達等、周囲の人の助言は有用である。そこで、消費者支援のための見守りネットワークを構築して、実効的な見守り活動が実施されることは、全ての自治体で推進されなければならない。

それゆえ、全ての地方公共団体、特に全ての市区町村(広域連携を含む。)は、消費者支援のための見守りネットワーク(地域協議会若しくはこれに準ずる組織)を設置し、地域の関係者が連携して実効的に見守り活動を行うことができる体制を整備することが必要である。

そのためには、市区町村内における消費生活部門、福祉部門、防犯部門及び防災部門との連携が必要である。特に、見守り活動は、消費者問題に限らず様々な分野においても実施されており、それぞれが個別に取組を進めている状況では実効性や効率性も乏しくなってしまう。それゆえ、訪問活動等の重複を避けるように調整され、相互の取組が相乗的に広がっていくよう工夫していくことが必要であり、同時に有効である。

ネットワークに参加する個人・団体の日頃の見守り活動を、より効果的に消費生活相談につなげていくためには、消費生活協力員・消費生活協力団体への委嘱制度等を積極的に活用することも必要である。

見守りの担い手となる関係者に対しては、次々と発生する悪質商法の手口情報やインターネット取引・デジタル機器・キャッシュレス決済等に伴うトラブル情報を主体的に学びながら周囲に情報を伝える行動ができる消費者市民として育成する観点から、継続的な研修(消費者安全法第11条の7第3項)を実施することが不可欠である。

さらに、より効果的な見守り活動を推進するため、消費者庁等の保有する個人情報の利用、あるいは、地域協議会における個人情報の提供(同法第11条の4第3項)や消費生活協力員等からの個人情報の提供(同法第11条の7第2項第3号)等も積極的に活用されるべきである。


(4)見守りネットワークの人材育成

   市区町村の消費者行政担当職員は、消費者支援のための見守りネットワークの構築と活動について、市区町村の庁内関係部門との連絡調整や各部門の関係民間機関への働き掛け等のコーディネート役としての資質の向上が求められる。

また、地域の見守りの担い手となる消費生活協力員・協力団体への研修の実施に当たっては、自主的かつ持続的な活動ができるようグループ・団体として主体的な活動を展開できるような観点で支援することも必要である。

近年、市区町村においては、人員や財源に限りがある中、様々な行政課題に対応しており、それぞれの市区町村にあっては、必ずしも消費者支援のための見守りネットワーク作りについてのノウハウ等を有していないことも多い。

それゆえ、国及び都道府県が、消費者支援のための見守りネットワークの設置に向けた市区町村の行う体制整備や職員等の人材養成等への支援を行うことが必要である。国においては、そのための財源上の措置を十分に講じることが必要である。


(5)権利擁護事業としての見守りネットワーク

   この消費者支援のための見守りネットワークの推進は、高齢者等の権利擁護としての側面を有している(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律第27条第1項、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律第43条第1項、介護保険法第115条の45第2項第2号)。それゆえ、権利擁護のための事業としても確実に推進される必要がある。

この点、国は、従来、虐待の防止、成年後見の促進、生活困窮者の支援、そして、消費者被害への対応、権利擁護のそれぞれの分野において地域におけるネットワーク作りを推進しているが(これまでの高齢者虐待防止ネットワークや成年後見利用のためのネットワーク等)、相互の連携の必要性が指摘されるものの、それぞれの分野において「縦割り」で施策が推進されていることが多い。特に、消費者問題への対応は、国の所管省庁が異なることから、その傾向が強い。現在、国は、包括的・重層的な支援体制を整備する取組を提案し、手を挙げる公共団体に対し、包括的に相談を受け止め、多機関の協働関係を確保する体制作りを進めようとしている。消費者被害の防止や救済のためのネットワークもこうした支援体制と連携し、協働体制を推進していくべきである。もっとも、各権利擁護の取組は、対象となる人や担い手が重なることも多い。それゆえ、権利擁護・意思決定支援という全体的な観点からの総合的な仕組み作り(例えば、総合的な権利擁護のネットワークの構築や、権利擁護のための横断的な中核機関の創設等)も検討し、推進することは不可欠である。


(6)地域コミュニティ作りとの関係

   消費者の見守りは、見守りを必要とするそれぞれの消費者の生活の場である地域において実施される。それゆえ、見守り活動は、地域福祉(社会福祉法第4条第1項)としての意義も有している。

この点、現在、国において、子ども・高齢者・障がい者等全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる「地域共生社会」の実現に向けた施策が進められている。そこでは、地域共生社会の理念である「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』『受け手』という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が『我が事』として参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながることで、住民一人一人の暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」が標榜されている。

地域における消費者支援のための見守りネットワークは、消費者が自律的な意思決定を行い、主体的に被害救済を求めることを、そこに参加する様々な主体とともに支援する仕組みであり、「地域共生社会」の目指す社会に正に合致するものである。見守りネットワークの設置は、その実現に向けた施策の一環としても位置付けられるべきものである。

市町村の策定する地域福祉計画や都道府県の策定する地域福祉支援計画において、消費者のための見守りネットワークの推進を積極的に位置付け、地域福祉の一環として、消費者のための見守り活動の取組を推進していくべきである。

見守りネットワークの担い手として自ら学び行動する消費者市民が地域コミュニティの担い手として行動する社会は、「消費者市民社会」(消費者教育推進法第2条第2項)の構築にもつながるものである。


7 本人の意思を尊重した成年後見制度による消費者被害の予防・回復の促進

 (1)判断力等の低下した高齢者のうち、認知症等により財産の管理や日常生活等に支障がある人の消費者被害の予防と救済には、これまで成年後見制度の活用が有効であるといわれてきた。

もっとも、成年後見制度の利用は、利用者数が近年増加傾向にあるものの、認知症高齢者等の数と比較して著しく少なく、申立ての動機は預貯金の解約等が最も多く、後見、保佐、補助の3類型の中では後見類型の利用者が全体のおよそ4分の3を占めている。これらの事実から、社会生活上の大きな支障が生じない限り成年後見制度があまり利用されていないと言われている。

この点、2016年に、成年後見制度の利用の促進に関する法律(以下「利用促進法」という。)が制定され、同法は成年後見制度の基本理念として、意思決定支援や身上保護の重要性を掲げるとともに(同法第3条)、成年後見制度の利用の促進に関する施策は、成年後見制度の利用者の権利利益の保護に関する国際的動向を踏まえて推進することを定めている(同法第11条)。これに基づいて、政府は、2017年に成年後見制度利用促進基本計画(以下「基本計画」という。)を策定し、利用者がメリットを実感できるよう、意思決定支援・身上保護をも重視した制度・運用へ改善を進めることや、権利擁護支援のための地域連携ネットワーク構築の推進等の施策を推進するものとしている。


 (2)今後、国及び地方公共団体は、この基本計画に基づいて成年後見制度の利用促進のための取組を更に進めていくことになるが、これに当たっては、何よりも、本人の自律的な意思決定を尊重し、支援することに重点を置いて成年後見制度を運用するとともに、制度の在り方についても、より制限的でない制度への見直しを図っていくことが重要である(第58回人権擁護大会「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」参照)。消費者被害の予防、救済のあらゆる場面において、本人の思い、希望を中心に検討し、被害の救済に当たっては、本人がどのような救済を希望するのかしないのか、その意思を中心に検討することになる。本人の意思とは関わりなく、後見人等が独自の判断で代理権、取消権を行使することは適切でなく(障害者の権利に関する条約第12条第2項、同第3項、同第4項参照)、利用促進法や基本計画の精神にも沿わない。成年後見制度を利用して、消費者被害の予防と救済を図るには、後見人等が本人とよくコミュニケーションを取って、その意思決定の支援を行い、本人の意思に沿った予防・救済策を共に考えることが必要であり、取消権行使も本人の意思に基づく被害救済の手段として行われることになる。

また、成年後見制度利用のためのネットワークの推進にあっては、前述したとおり、地域協議会や虐待防止ネットワーク等との連携等の他の権利擁護事業や地域福祉に関するその他の施策との連携を図りつつ促進していくことが有効である。


8 特殊詐欺被害への対策

 (1)特殊詐欺被害に対しては、今後もなお一層の対策が必要であり、ぜい弱な状況に置かれた消費者が特殊詐欺被害に遭うことも防止していかなければならない(第61回人権擁護大会「特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援の推進を目指す決議」参照)。そのためには、地域の見守りネットワーク等とも連携しながら、官民一体となった活動が不可欠である。


 (2)近年、特殊詐欺防止のための条例を制定する地方公共団体が増加しつつある。大分県や愛媛県で制定された条例では、特殊詐欺のみならず、いわゆる「アポ電強盗」をも対象とされており、啓発活動の推進だけでなく、特殊詐欺に賃貸物件や宿泊施設が利用されることを防止するための規定や、個人情報の第三者提供の規制、被害者の支援等の定めを置いている。このような条例の制定が全国的に広がることが期待される。

また、条例の制定の有無にかかわらず、多くの地方公共団体において、特殊詐欺防止のための官民一体となった取組がなされているが、今後は、防犯のためのネットワークだけでなく、消費者支援のための見守りネットワークやその他のネットワークとの連携を強化し、その取組をより幅の広いものとしていくことが期待される。被害回復に当たり、警察との連携を強めていくことも必要である。


9 高齢者等が取引から排除されないための支援の必要性

(1) ぜい弱な消費者への支援と配慮

   今後の消費者政策にあっては、ぜい弱な状況にある消費者であっても、消費生活上の取引から排除されることのないよう積極的な支援が必要である。特に、居住用建物の賃貸借等、高齢者の住まいに関する取引や預金取引といった日常生活に必要な取引については、より積極的な支援が不可欠である。また、消費者の利益を守るための仕組みが、逆に消費者を必要な取引から排除してしまうことにならないような工夫も必要となる。

この点に関連し、取引を行う事業者側の対応も重要である。そもそも、事業者は、今後、その事業を行うに当たり、障がい者の性別、年齢及び障がいの状態に応じて「合理的な配慮」を行うことが義務付けられるようになるのであって(2021年の改正による障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律第8条第2項。なお、障害者の権利に関する条約第5条第3項参照)、この義務は、消費者との取引に当たっても妥当し、高齢者や障がい者等ぜい弱な状況にある消費者に対しては、その特性に応じて合理的な取引上の配慮をすべきこととなる。事業者は、消費生活、特に日常生活に必要な取引については、ぜい弱な状況にある消費者が取引から排除されることとならないよう積極的に合理的な配慮を行なわなければならなくなるのである。国は、このような事業者の配慮が尽くされるよう、施策を積極的に推進していくべきである。

さらに、近年、情報通信技術の発展とその普及に伴い、これを利用できる人とできない人との格差(デジタル・デバイド)が増大しており、消費者生活にも大きな影響を与えている。今後、情報通信技術が利用できない消費者や、十分に使いこなせない消費者が不利益を被らないよう十分に配慮・手当がなされる必要もある。


(2) 医療・介護サービス

   医療機関や介護施設が、入院・入所時等の医療・介護サービスの提供に当たり、身元保証人等を求めることは少なくない。任意で身元保証人等を付けること自体は禁止されないものの、医療機関や介護施設が、身元保証人等がいないことだけを理由として、そのサービスの提供を拒否することは法令上認められていない(医師法第19条第1項等)。

この点については、内閣府消費者委員会が2017年1月31日に取りまとめた「身元保証等高齢者サポート事業に関する消費者問題についての建議」において、厚生労働省に対し、高齢者が安心して病院・福祉施設等に入院・入所することができるよう、病院・介護保険施設が身元保証人等のいないことだけを理由に、入院・入所等を拒む等の取扱いを行うことのないよう措置を講ずることを求めた。厚生労働省も、病院・介護保険施設及びそれらに対する監督・指導権限を有する都道府県等に周知する取組を行っている。また、同省は、2019年6月に「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」について通知を発し、身元保証人等がいないことを前提とした医療機関の対応方法を示しているところである。

入院・入所を必要とする人は、身体能力や判断能力に不安があるなどぜい弱な状況にある消費者であり、医療・介護サービスはその生活に欠くことのできないものである。法令に反してサービスが拒絶されたり、利用者の意思に反して身元保証人等を付けることが強いられたりしてはならない。これを防ぐための取組をなお徹底すべきである。


(3) 身元保証等高齢者サポート事業

   上記医療・介護サービスにおいて、現実の必要性から、身元保証人を引き受けることに加え、日常生活支援サービスや、死後事務サービス等を複雑に組み合わせた高齢者サポート事業(以下「身元保証等高齢者サポート事業」という。)が今なお多数の個人・団体により行われている。

身元保証ありきで身元保証等高齢者サポート事業の利用を勧めるものではないが、公的制度(成年後見制度等や地域福祉ネットワーク)が活用出来ず同事業の利用がなされている現実に対応するため、複合サービスではあるが監督官庁を明確にして行政規制を及ぼす必要がある。また、事業主体の破綻に備えた預託金の保全制度を創設し、適切な事業者の選択を消費者にさせるための情報提供の制度や、身元保証人を確保できないためにやむなく締結してしまった保証委託契約を後に容易に解約できる仕組みの導入等の法整備を行う必要がある。


(4) 住宅セーフティネット

  住居の確保に困難を伴う消費者に対する賃貸住宅供給等の仕組み(住宅セーフティネット)として、公営住宅法に基づく公営住宅等の公的賃貸借住宅と、住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律に基づく登録住宅(住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅)の制度が存在する。

公営住宅については、入居に際して連帯保証人等を求めることが、単身世帯の高齢者等の入居の障壁となっている。住宅セーフティネットの中核である公営住宅にあっては、このような扱いは廃止されるべきである(2018年国土交通省「『公営住宅管理標準条例(案)について』の改正について」参照)。

他方、登録住宅は、その登録戸数は増えているものの、実際に入居可能な物件は少なく、高齢者等の多様なニーズに応えられているとは到底いえない。専ら住宅確保要配慮者のために用いられる登録住宅(専用住宅)に対する賃貸等低廉化措置も、多くの地方公共団体では制度化されておらず、ほとんど利用されていない。併せて、家賃債務保証業者による機関保証も利用されていることから、入居者の居住の安定を確保する観点から、その業務の適正を確保するための制度(告示による賃貸債務保証業者登録制度)を法制化することが必要である。さらに、居住支援法人による住宅確保要配慮者の賃貸住宅への円滑な入居の促進や、住宅確保要配慮者の生活の安定等に対する援助等の活動に対する支援を強化すべきである。


第4 結語

当連合会は、これまでも人権擁護大会において、1989年に「消費者被害の予防と救済に対する国の施策を求める決議」を採択し、その後も、2001年に「高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議」を、2005年に「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」を、2009年に「消費者被害のない安全で公正な社会を実現するための宣言」を、2015年に「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」を、2018年に「特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援の推進を目指す決議」等をそれぞれ採択している。これらの宣言・決議に基づき種々の取組を行ってきたところであるが、消費者庁の設置を含めて実現した施策もある一方で、不招請勧誘の禁止等、消費者被害の根絶に向けて残されている課題も多い。


超高齢社会の現状とこれからの更なる高齢化の進行等に伴い、消費者がぜい弱な状況に置かれる機会が増大していくことを見据え、当連合会は、ここに新たに本決議を採択し、消費者が、誰一人取り残されることなく、安心して安全に生活できる社会を実現するために、国及び地方公共団体に必要な施策と法制度の実現を求めていくとともに、国及び地方公共団体や消費者関係団体、福祉関係団体、事業者、自治会等様々な団体と連携し、上記諸施策の実現に向けた取組を進めていく決意である。