総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言

自分の人生を、人や社会との関わりの中で、様々に模索しながらも自分で律して決めていくこと、すなわち自律は、すべての人にとって「個人の尊厳」とともにかけがえのない基本的な価値の一つであり、個人の人格的生存にとって必要不可欠な人格的自律権として憲法第13条により保障されている。この人格的自律権は、疾病や障害によって自ら意思決定をすることに困難がある人にも保障されなければならない。


日本は、2014年、障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)を批准した。同条約は、最も重要な基本原則として「個人の自律(自ら選択する自由を含む。)」の尊重を掲げ(第3条(a))、特に第12条は、障がい者が生活のあらゆる場面において他の者と平等に法的能力を享有すること(同条第2項)、締約国は障がい者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用するための適当な措置を採ること(同条第3項)を規定している。これは精神上の障害があることをもって一律に行為能力を制限することを否定し、誰もが自ら意思決定することができるよう、必要な支援を可能な限り尽くすこと(意思決定支援原則)を指導理念とする制度を求めたものである。この指導理念に基づき、国や地方自治体、そして支援を必要とする人に関わるすべての者が、生活のあらゆる場面において、意思決定に必要な支援を行う社会が求められている。


2000年以降、介護保険制度・障害者総合支援法等の契約型福祉利用制度の導入が行われたが、認知症高齢者や知的障がい者・精神障がい者等が意思決定をするために、周囲の家族や支援者等が行うべき支援のあり方やその際の諸原則・基準などが定められていないため、家族等によって多くのことが決定される結果となっていることが少なくない。これらの人々が生活の様々な場面において自ら意思決定を可能とするための支援に関する法制度や体制整備はいまだ不十分である。


2000年に改正された成年後見制度は、法律行為や財産管理について、高齢者・障がい者の権利擁護のために役割を果たしているが、意思決定の支援という点からは改革すべき課題がある。


日本は世界に類を見ない超高齢社会にあり、認知症高齢者800万人時代を迎え、知的障がい者、精神障がい者も394万人を超えている。今こそ、意思決定支援に関し、以下のとおりの総合的な制度整備を行うことが求められている。

 

1 意思決定の支援について、生活の様々な場面において、その事柄に応じ、身近な家族や福祉・医療従事者など様々な立場の者から、困難を抱える人が自ら意思決定するために必要な支援を受けることができるよう、制度を整備することが求められている。


国及び地方自治体は、当事者や関係諸団体との国民的議論を行った上で、意思決定支援の原則、指針や仕組みなどの法制度を含む制度設計と、教育・研修の実施や専門的相談・調査・助言機関の設置などの実効性のある実施体制の整備を進めるべきである。

 

2 法律行為に関し規定する現行の成年後見制度について、意思決定支援の理念に基づき、包括的ではなく事柄ごとに代理・代行の権限を開始すべき点、期限を定め、定期的な見直しの機会を設けるべき点などにつき、運用改善と制度改革が求められている。


国は、この成年後見制度の改革に当たって、財産的侵害等からの保護の要請も踏まえ、当事者や関係諸団体と十分に協議の上、早期に具体的制度設計を行うべきである。

当連合会は、前記国民的議論・協議に積極的に参加し、当事者及び関係諸機関・関係諸団体とともに、総合的な意思決定支援のあり方を検討し、具体的な制度の整備に向けた活動に取り組むことを宣言する。

 

 

2015年(平成27年)10月2日
日本弁護士連合会


 

提案理由

第1 誰もが「自律」の保障される社会

人は、様々な事柄について、自ら意思決定をしながら生活を送りその人生を生きる権利を有する。自分の人生を他人による支配・管理によるのではなく、人や社会との関わりの中で、様々に模索しながらも、自らの決定に基づきコントロールしていくこと、すなわち「自律」という概念は、国際的にも人である限り尊重されるべき基本的価値、根源的価値として承認されているものの一つであり、「個人の尊厳」とともに基本的人権保障の基盤となるものである。

 

憲法第13条が個人の尊厳の確保とともに、その人格的存在を全うたらしめるものとして人格的自律権を保障しているのもその趣旨である。本宣言では、当連合会がこれまで様々な分野において提唱してきた同条に基づく自己決定権の確立・保障を国際的な人権概念にも照らして発展させ、人が様々な関わりや支援を受けながら自己決定をする過程の保障も含意する概念として「人格的自律権」を用いるものである。

 

人格的自律権は、すべての人に保障されなければならないものであり、認知症や知的障害、精神障害、発達障害等の事情があるからといって除外されるものではない。誰もが自ら意思決定することができるよう、必要な支援を可能な限り尽くすこと(意思決定支援原則)を指導理念とし、国や地方自治体、そして支援を必要とする人に関わるすべての者が、生活の様々な場面において、意思決定に必要な支援を行う社会が求められている。

 

第2 障害者権利条約の提起する「意思決定支援の原則」

1 「自律」の尊重

2006年に国連で採択され、2014年1月20日に日本で批准された障害者権利条約は、障がい者の「自律」の保障を定め、意思決定支援の原則に基づき必要な措置を採るべきことを各国に強く求めている。

 

同条約は、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」を促進・保護・確保すること並びに「障害者の固有の尊厳の尊重」を促進することを目的とし(第1条)、平等と無差別の原則を通じて、国際的に承認されてきた「既存の人権」を障がい者に適用することを主眼としている。そして、障害を、機能障害(インペアメント)のある人と社会的障壁との相互作用と捉え、単に機能障害があることをもって人権の享有が妨げられることを可とせず、国家が障がい者の自律を適切に支援してこそ、その自律は実質化され得ると考えている。そこで、同条約は、その「一般原則」として、「固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立の尊重」を掲げている(第3条(a))。

 

2 意思決定支援の原則

この「自律」の保障を法的能力について具体化したのが、同条約第12条(法律の前にひとしく認められる権利)であり、ここでは障がい者の法的な権利能力及び行為能力の完全な保障とその能力の行使のため必要な支援について定めている。

 

第1項は、「障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する」として、障がい者も人として法の前に平等な権利を持つことを再確認する。

 

第2項は、「障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める」とする。この「法的能力」については、多くの締結国の解釈及び国連の障害者権利委員会の一般的意見において、権利能力のみならず行為能力を含むものとの解釈が一般的である。したがって、同項は、障がい者も社会の一構成員として、自らの意思決定によって他者との法律関係を形成する能力(行為能力)を有することを保障したものであり、障害があることによって「行為能力」が制限されることは原則として差別に該当するため、その制限には国連の人権審査基準に基づく合理的な理由が必要である趣旨と解される。

 

第3項は、「障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる」ことを締約国に求めている。この条項は、その制定経過から締約国に意思決定能力に困難を抱える者の支援の手法として、「支援付き意思決定」(意思決定支援)を可能な限り実践すること(意思決定支援の原則)を定めているものと解されている。

 

その上で、第4項は、第3項の意思決定支援についての措置及び代理・代行制度を含めた必要な支援のあらゆる関連する措置について、様々な濫用防止策を定めている。また、この関連する措置が「障害者の権利、意思及び選好を尊重すること」などにより、本人の意思決定への制約や侵害を極力少なくすることを締約国に求めている。

 

第3 日本における高齢者・障がい者の「自律」の保障の現状

1 当連合会は、国が社会福祉基礎構造改革の下、いわゆる「契約型福祉社会」へと制度改革を行った2000年以降、第44回人権擁護大会(2001年)において「高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議」を、第48回人権擁護大会(2005年)において「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」を採択し、高齢者・障がい者が必要な支援を受けながら地域で主体的に生きるための公的責任による基盤整備と特に意思決定に困難を抱える高齢者・障がい者の権利擁護の諸課題について提言するとともに、その法的支援の実践に精力的に取り組んできた。また、医療行為に関する自己決定権の確立のため、第54回人権擁護大会(2011年)において「患者の権利に関する法律の制定を求める決議」を採択して、患者の自己決定権の確立のために取り組んできた。さらに、昨年の第57回人権擁護大会では、「障害者権利条約の完全実施を求める宣言」を採択して、障害者権利条約の求める趣旨を国内各分野の制度において具体化することを求めた。

 

この間、成年後見制度改正(2000年施行)、高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法)制定(2006年施行)、障害者基本法改正(2011年施行)、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(障害者虐待防止法)制定(2012年施行)、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)制定(2016年施行予定)等がなされるとともに、障害者権利条約が批准され(2014年)、高齢者や障がい者の権利保障について一定の前進が図られてきた。

 

2 この中で、高齢者や障がい者の「地域で安心して暮らす権利」を実現していくためには、当事者が権利侵害から護られるだけでなく、「自分のことを自分抜きに決められない」として、その自己決定によって自らの生活のあり方を決め、自分らしい生き方を選択・追求できることこそが重要であることは、「自己決定の尊重」、「利用者本位」などの理念としてこれまでも掲げられてきた。

 

しかし、その理念を実現するための法制度や支援体制の整備はいまだ不十分であり、実践においても、「自律」の保障に向けられた「意思決定の支援」に焦点を当てた意識的な取組がなされてきたとはいえない。

 

3 確かに、「利用者本位」や「対等なサービス利用」を目指して、介護保険制度や支援費制度(その後、障害者自立支援法から障害者総合支援法に改正)が導入され、措置から契約へと福祉サービスの提供方法は大きく変わったものの、実際には、当事者の意思に基づく支援よりも介護・福祉サービスを提供する側や周囲の家族等の「保護的」視点が重視され、多くの場面で、家族等が本人の意思を十分に確認することなく処遇を判断し、提供しているのが実情である。

 

例えば、介護・福祉サービスの利用による生活プランを立てるに当たり、本人の意向や希望を酌み取らず、支援者や家族等だけで本人の健康や安全等を配慮したプランを立て、家族が契約当事者となって利用契約をすることも、依然として行われている。医療行為が必要な場面における医師の十分な説明に基づくインフォームド・コンセントの実践においても、意思決定に困難を抱えた高齢者・障がい者については、家族等に対して行われることが多く、本人に対しその特性に応じて理解できるような説明と同意が試みられる実践は限られている。

 

4 2000年に改正された成年後見制度は、自己決定の尊重と現有能力の活用、ノーマライゼーションの理念を趣旨として、判断能力の不十分な高齢者・障がい者の権利擁護のための支援策として、代理権による財産管理等の保護等により、虐待や財産的被害からの救済や予防のため重要な役割を果たしてきている。一方で、後見人等が、地域で暮らす権利や本人の意思を十分に尊重しないまま、施設に入るか、地域で居住するかを決定したり、本人の意思決定能力がある領域についてまで代理をせざるを得ない事例も見られるところであり、意思決定の支援という点からは問題が指摘されている。

 

5 これらの現状は、日本においては、個人の「自律」を保障するため、必要な意思決定の支援を可能な限り行うべきことについて、支援の諸原則や指針、仕組み等を定める法制度や実効性のある実施のための体制整備が図られていないことに起因している。

 

例えば、介護・福祉サービスにおいて、「利用者本位」といっても、対等な契約関係に立てるような意思決定における支援は義務付けられていない。医療行為におけるインフォームド・コンセントは実務に浸透してきているとはいえ、意思決定が困難な患者の場合のあり方については明確な指針もないために、主に家族の代諾により対応せざるを得ない状況である。精神科病院の長期入院や障がい者入所施設での長期の生活についても、地域生活移行に向けた本人の意思決定の支援が義務付けられていない。

 

そのため、本人の自己決定は、それが現に表明されている限りにおいて尊重されるにすぎない。

 

第4 意思決定支援の総合的な制度整備を

1 制度整備の必要性

第2で述べたとおり、障害者権利条約がすべての障がい者に、「自律」の保障を実現することを求め、意思決定支援原則の指導理念に基づく制度を求めていると解されること、第3で述べたとおり日本の意思決定支援のための制度がいまだ不十分であることに鑑みれば、日本は、今こそ、高齢者・障がい者等の意思決定に困難を抱える人々が生活の様々な場面においてその事柄に応じ、身近な家族や福祉・医療従事者など様々な立場の者から、意思決定の支援を受けることができるよう必要な制度整備を行うことが求められている。そこで、国及び地方自治体は当事者や関係諸団体との国民的議論を行った上、意思決定支援に当たっての諸原則や指針、仕組みなどの法制度を含む制度設計や教育・研修の実施や専門的相談・調査・助言機関の設置などの実効性のある実施体制の整備につき、その制度整備を進めるべきである。

 

厚生労働省の調査によれば、2012年に認知症高齢者は462万人に達し、軽度認知障害の400万人を加えると65歳以上の4人に1人が認知症あるいはその予備軍となると指摘されており、今後も増加していく見込みである。知的障がい者、精神障がい者も約394万人となっており、これらの人々が地域で自立した生活を送ることができることが課題となっている。この日本において、本人の「自律」が保障され、本人の意思や希望にそった自分らしい生活の支援が受けられるということは、多くの国民にとっての切実な課題である。

 

2 意思決定支援とは

意思決定支援の対象は、障害者権利条約第12条第2項が「生活のあらゆる側面において」とするとおり、法律行為に限定されず、医療行為や居所の決定、身分上の行為などの人生における重要な意思決定が含まれるだけでなく、日常的・社会的な生活を送る上で必要とされる場面における意思決定全般が含まれる。

 

そこにおける意思決定の支援とは、その人が「意思決定することができない」という判断をする前に、本人と信頼関係を築いている身近にある支援者や家族等が本人に寄り添い、本人が自分で意思決定ができるように必要な情報をその人の特性に応じて提供し、選択とその結果を見通せるような工夫された説明や体験の機会を作る等を通じて、本人が意思決定をすることが可能となるように、様々な「合理的配慮」を尽くす実践の総体である。

 

例えば、言語だけでの理解は困難でも、絵や図を使うなど、その人に伝わりやすい方法で情報を伝えたり、あることを選択した結果がどのようになっていくかを順番に図示することで伝えたり、細かな選択を順を追って重ねることで最終的に決めたい事柄に到達できるようにしたり、居所の決定や外出先の決定について経験がなければいくら説明をされても決めかねることを何度も体験を重ねることで選択できるようになるなど、本人の特性に応じた様々な手法や知見が支援の現場では積み重ねられてきている。

 

このような支援を本人の特性を十分に理解した上で、本人と様々な関わりを持つすべての者、すなわち、家族や友人であり、福祉・介護従事者や医療従事者であり、専門的機関等や代理・代行権者等が、それぞれの立場から意思決定が必要とされる事項に応じて本人に十分な検討の機会を提供することで、これまで意思決定が難しいとされてきた人であっても、多くの場合に意思決定を導くことができるようになるのである。

 

3 実効性のある意思決定支援の実施体制

国及び地方自治体は、意思決定支援が生活上の様々な場面において、実効的に実施されることを確保するため、以下の点をはじめとして具体的な体制整備のあり方について当事者及び関係諸団体との国民的議論の上、進めることが求められる。

 

(1) 意思決定の支援は、生活上の様々な場面においてなされることが求められる。そのため、誰か特定の者が支援者となるのではなく、本人による意思決定が必要となる場面において本人に関わる様々なあらゆる人の支援が求められる。

 

本人の周囲にあるその人々がその場面ごとに適切な支援を行うためには、契約行為、財産管理、介護・福祉サービス利用、医療行為、居所の決定、日常生活上の決定などそれぞれの具体的な場面ごとに、国が明確な支援方法の指針を定め、これをすべての国民に広く周知・啓発を図るとともに、誰もが意思決定支援が必要な場合に実践できるためのトレーニングの機会を、学校教育過程や地域における研修等、様々な場面で提供することが求められる。また、意思決定を行う本人についても、必要に応じて、意思決定のために必要な支援(必要な情報提供や特性に応じた説明、判断に当たっての相談や助言)を自ら求めることのできる力を発達段階に応じて習得できる教育の機会を設けることも求められる。

 

(2) 意思決定を支援する者は本人の身近で生活を支える者等であり、必ずしも専門家とはならないため、支援方法の指針を提供しただけで適切な支援がなされるとは限らないから、個別の事案ごとに支援者を支えるための仕組みとして一定の地域ごとに、相談機関が設置されることが求められる。

 

また、代理・代行行為における判断基準は、本人の権利、意向及び心情等の尊重という極めて個別的なものであり、その洞察には時に専門的な経験と知見が求められる。そこで、後述のイギリスにおける独立意思代弁人(Independent Mental Capacity Advocate、IMCA)に相当するような代理・代行決定に当たり必要な相談・調査・助言のできる独立した専門的機関が置かれることが求められる。

 

4 諸外国において進む意思決定支援の制度の整備

このような意思決定支援を重視する制度の整備は、障害者権利条約の制定を前後して既に諸外国では様々に展開してきている。また、同条約を批准した国々でも、第12条の要請をいかに国内法制度において実現するかにつき様々な模索がなされている。

 

その中でも特に、イギリスでは2005年に意思決定能力法が成立し、この10年間でその実践を大きく進めてきている。医学の進歩などによって高齢者や障がい者が人口に大きな割合を占めるようになってきたこと、障がい者の機会均等やインクルージョンといった人権思想の深化、高齢者施設や精神科病院における数々の虐待事案が認識されたことなどを受けて、意思決定に困難を抱える人々の人権保障としての「意思決定の確保」、「エンパワーメント」、「搾取からの保護」の理念に貫かれた法制度の必要性が提唱され、1983年精神保健法第7章並びに1985年持続的代理権法全文に替わるものとして、2005年意思決定能力法(the Mental Capacity Act 2005、MCA)が制定された。そして、特定の意思決定に係る能力を欠く成人と行動を共にする人又は介護する人のすべてに対する「行動指針(Code of Practice)」が公表されている。

 

その基本的な考え方は、他者が本人に代わって意思決定や代行をすることは、本質的に本人領域への侵犯と捉え、まず本人が自ら意思決定を行うことを最大限に支援することが重要であり(エンパワーメントの優先)、それが功を奏しない場合に、初めて一定の要件(ベスト・インタレストの追求)を充足する場合に限り他者による代行を許容するとするものである。

 

本人を支援するのは、本人の周囲にいる家族、友人、ヘルパーなどの介護従事者や医療従事者等、すべての人であるとする。このため、適切な支援がなされるよう「行動指針(Code of Practice)」が示されている。

 

また、代行決定場面では、本人の意思を代弁する者としての独立意思代弁人(IMCA)が制度化されているとともに、支援者による支援に萎縮効果が生じないよう適切な支援がなされた場合には支援者の行為が免責される旨の規定(第5条)も設けられている。

 

任意後見人や法定後見人は、権限ある行為であっても常にその時々における本人の意思決定支援を先に行わなければならず、代理する場合でも本人にとっての最善の利益(ベスト・インタレスト)に適うものでなければならないとされている。

 

保護裁判所(the Court of Protection)は、重要な事項について自ら決定する権限を有し、必要な場合には法定後見人を選任するが、任意後見人や法定後見人に対する監督支援は、行政機関である後見庁(the Office of the Public Guardian)が担っている。

 

第5 現行の成年後見制度の改革とその他の法整備の運用改善・制度改革

1 法律行為についての意思決定のあり方を定める成年後見制度は、精神上の障害により判断能力が不十分とされた高齢者や障がい者の法律行為や財産管理について、高齢者・障がい者の権利擁護のために役割を果たしている。

 

しかし、その人の意思決定能力を支援することにより本人の意思決定を導くことは義務付けられておらず、制度理念として、自己決定の尊重を取り入れたものの、民法第858条の本人意思の尊重は身上配慮義務とともに、あくまで後見人等の善管注意義務の具体的内容の一つであるため、権限行使に当たって、本人意思の尊重をどの程度図るかについては、後見人等の広範な裁量に委ねられている。

 

成年後見制度のうち、利用件数の大半を占める成年後見類型は、精神上の障害があり、判断能力につき「自己の財産を管理・処分することができない」と診断されると、個々の行為について必要な支援がなされれば自ら意思決定が可能なものがあるかについて個別に考慮することなく、その人につき成年後見が開始され、その人の法律行為すべてにつき包括的に代理・代行権限及び同意権・取消権が付与されることになっている。また、保佐類型も精神上の障害があり、判断能力につき「自己の財産を管理・処分するには、常に援助が必要である」と診断されると、個々の行為について必要な支援がなされれば自ら意思決定が可能なものがあるかについて考慮することなく、その人につき包括的に保佐が開始され、民法第13条所定の法律行為すべてにつき同意権・取消権が付与されることになっている。そして、いずれの類型についても、開始決定の審判の効力に期間制限はなく、一旦開始決定がなされると精神上の障害が回復しない以上は生涯継続し、本人に必要な支援があれば、どの事項については意思決定が可能かどうかについて定期的な審査の機会が与えられていない。

 

保佐類型における代理権の付与は、個別の必要性と本人の同意に基づき柔軟に設定される。また、補助類型については開始審判自体に本人の同意を要件とする上、代理権の付与、同意権・取消権の付与のいずれについても、個別の必要性と本人の同意に基づき柔軟に設定され、さらに任意後見契約における代理権は、本人の意思に基づき本人の将来の生活設計に従って合意される制度となっており、いずれも期限の定めがなく定期的な見直しの機会がない点を除けば、意思決定支援の原則と調和した制度設計となり得るものの、利用件数は限定的である。

 

2 以上によれば、現行の成年後見制度についても、後見等開始審判や各代理権付与の審判に当たっては、本人に必要な意思決定の支援を可能な限り行おうとする意思決定支援原則の理念を考慮すべき点、後見等の開始決定に期限がなく、定期的な見直しの機会がない点、成年後見類型において、包括的に代理権及び取消権が付与される点、保佐類型において民法第13条所定の法律行為につき一律に同意権・取消権が付与される点などについて、運用改善と制度改革が求められている。

 

3 他方、認知症や知的障害、精神障害等があるがゆえに、悪徳業者から騙される消費者被害や家族や近隣による虐待等から保護を図ることは、意思決定支援の制度整備とは別に、本人の権利と尊厳を確保するため、極めて重要であり、それらは車の両輪の関係にある。

 

この点、現行の成年後見制度が虐待や財産的被害の対応や予防策として、高齢者・障がい者の権利擁護に役割を果たしてきたことも踏まえ、虐待や財産的被害から保護する必要性がある場合、保護の観点から代理・代行制度の活用により救済を図るべきである。また、将来的には、高齢者や障がい者の生活基盤の喪失の危険のある財産的被害については、新たな個別的取消権の創設等、より実効性のある制度の検討とともに、財産的被害を生み出す悪徳業者等による犯罪行為の厳しい処罰等の環境整備を図ることも求められる。

 

さらに、これまで各地の消費生活センターや弁護士により実践が積み重ねられてきた一般的に利用可能な消費者保護法制や意思無能力無効等の民法の一般法理等の活用による被害救済の取組を一層強めることも重要である。

 

加えて、地域の見守りネットワーク等による予防・早期発見が財産的被害の対応に効果的で有効であることは、この間の各地の権利擁護の実践から指摘されているところである(2013年12月19日付け当連合会「高齢者の消費者被害の予防と救済のためのネットワークづくりに関する意見書」)。

 

4 現行の成年後見制度の改革に当たっては、以上の諸点を考慮した上で、意思決定支援のあり方、代理・代行のあり方等について、当事者も参画した場で十分な議論を行い、早期に具体的設計を行うべきである。

 

第6 結び

日本が昨年批准した障害者権利条約の完全実施のためには、同条約第12条が提起する意思決定支援の原則への指導理念の転換が各国共通の課題となっており、日本においても、意思決定支援のための制度整備に正面から取り組む時機に来ており、関係諸団体や国等における検討も既に開始されている。

 

そこで、当連合会は、すべての人の人格的自律権が保障される社会を目指して、国及び地方自治体に対して、意思決定支援のための制度整備について、当事者や関係諸団体との国民的な議論を行った上で進めることを求めるものである。

 

また、現行の成年後見制度についても、意思決定支援の理念に基づく、運用改善と制度改革が求められている点につき、財産的侵害等からの保護の要請も踏まえ、当事者や関係諸団体と十分に協議の上、早期に具体的制度設計を行うことを求めるものである。

 

当連合会としても、この国民的議論に積極的に参加し、国(厚生労働省・内閣府)において行われている意思決定支援のあり方の議論や各政党において取り組まれている成年後見制度の利用促進や見直しの議論を踏まえつつ、当事者及び関係諸機関・関係諸団体とともに、 総合的な意思決定支援のあり方を検討し、具体的な制度の整備に向けた活動に取り組むこととし、ここに宣言するものである。