特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援の推進を目指す決議

我が国においては、財産犯による現金被害額は減少する兆しを見せておらず、その中でも突出しているのが詐欺被害である。更にその中でも、とりわけ社会に甚大な被害をもたらしているものが「特殊詐欺」である。「特殊詐欺」とは、面識のない不特定の者に対し、電話その他の通信手段を用いて、預貯金口座への振込みその他の方法により現金等を騙し取る詐欺をいい、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺)及び振り込め詐欺以外の特殊詐欺(金融商品等取引名目の特殊詐欺、ギャンブル必勝情報提供名目の特殊詐欺、異性との交際あっせん名目の特殊詐欺及びその他の特殊詐欺)を総称したものをいう。その特徴は、高齢者等の社会的弱者を主な標的として、綿密な犯行計画を立て、周到な役割分担を行うことで被害者を信用させるとともに、犯罪摘発を回避することを企図した組織的犯罪として実行されていることである。
 

2017年の特殊詐欺の認知件数は、1万8212件、被害総額は約394.7億円に上り、一向に減少の兆しが見えない。その手口は極めて巧妙であり、民間企業が提供しているサービスやツールを駆使し、高齢者を中心とする被害者の良心や不安感に付け込んで、被害者の正常な判断を失わせしめて多額の金員を詐取している。
 

健康や生活に不安を抱えていることの多い高齢者にとって、その経済的基盤は、生命・身体の安全を確保する前提となる。被害に遭った高齢者の中には、長年にわたり貯めてきた多額の資産を奪われて将来を絶望し、心身にまで失調を来たす者もいる。特殊詐欺は、単に経済的被害を与えるにとどまらず、その被害者に甚大な精神的被害を与えており、極めて深刻な人権侵害である。
 

一方、特殊詐欺を敢行する犯罪組織は、徹底した秘密主義と分業制を敷くことによって、その多くは組織実態を巧みに隠蔽している。そのため、捜査機関が懸命な捜査を遂げても犯罪組織の首謀者の検挙にまで至る例は極めて少ない。また、犯罪組織は犯罪収益を巧みに隠匿している場合が多く、被害者の被害回復は困難な状況にある。すなわち、特殊詐欺を敢行する犯罪組織に対し、現状の我が国における民事・刑事の司法制度は脆弱であり、犯罪組織は言わば野放しにされている状況にあると言える。犯罪組織の首謀者は、民事・刑事の法適用を免れながら、安全かつ安定的に、毎年数百億円もの莫大な犯罪収益を、将来にわたって獲得し続けることができる盤石な体制を構築していることとなる。
 

基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする当連合会は、かかる現状を到底容認することができない。特殊詐欺は卑劣な犯罪行為であり、被害者に甚大な経済的・精神的な被害を与える犯罪行為であることを踏まえ、特殊詐欺被害者が享有すべき「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」を実質的に保障するため、当連合会は、国、地方自治体及び企業その他の関係諸団体に対し、それぞれ、以下に掲げる取組に係る必要な措置を講じるよう求める。


1 特殊詐欺による被害を未然に防止するため、各企業は、犯行に利用されているサービスやツールを特定し、犯行への利用を阻止するための防止措置を講じ、各業界団体は、犯行に利用された事例や犯行防止のための優れた取組事例を周知共有して、業界レベルでの防止措置を推進するとともに、被害者の依頼を受けて被害回復を図る弁護士が、その防止措置を利用することを可能とし、さらに国及び地方自治体は、必要に応じ企業や業界レベルの取組を後押しするとともに、高齢者を中心とする特殊詐欺対策としての取組を強化すること。


2 国及び地方自治体は、特殊詐欺の被害防止と被害回復を実現するため、特殊詐欺の被害の甚大さに見合った十分な予算及び人員を投入し、特殊詐欺に係る捜査態勢を拡充し、適正な捜査手続に基づき、可能な限りの捜査・取締りを推進すること。


3 国は、刑事手続における財産犯も対象とした損害賠償命令制度や、当該手続における犯罪被害回復の実現のための証拠収集及び財産の所在の確認等、刑事訴訟手続を利用した実効性を有する犯罪被害回復制度を採用している諸外国の例も参考にしつつ、実効性のある被害回復制度を構築すること。


4 国は、金融機関による自主的取組として実施されている預金口座等の凍結を支援し、更に推進・拡充するため、社会的弱者等を標的にした組織的犯罪としての詐欺につき、被害者が実効的に被害の回復を行うことができる法制度の導入を検討すること。


5 国は、組織的犯罪の国際化傾向に対応し、海外に移転された犯罪収益につき海外当局による没収を通じた被害回復のための国際的連携を強化すること。


6 国は、以上の取組を推進するため、犯罪対策閣僚会議において、特殊詐欺に係る対策の基本計画を策定し、関係各政府機関へその対応を指示することにより、官民一体の特殊詐欺対策を推進すること。
 

当連合会は、国、地方自治体及び企業その他の関係諸団体と協働するとともに、自らも、更に特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援に全力を尽くす決意である。
 

以上のとおり決議する。

 

2018年(平成30年)10月5日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪の実情と対策の必要性

1 特殊詐欺

我が国の財産犯による現金被害額は減少する兆しを見せておらず、2017年の統計によれば、窃盗に係る現金被害額182.1億円、詐欺による現金被害額570.8億円、その他の財産犯による現金被害額62.5億円となっている(警察庁「平成29年の刑法犯に関する統計資料」12頁)。このように、財産犯の現金被害額の中で突出しているのが詐欺被害である。
     

更にその中でも、とりわけ社会に甚大な被害をもたらしているものが「特殊詐欺」である。「特殊詐欺」とは、面識のない不特定の者に対し、電話その他の通信手段を用いて、預貯金口座への振込みその他の方法により現金等を騙し取る詐欺をいい、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺)及び振り込め詐欺以外の特殊詐欺(金融商品等取引名目の特殊詐欺、ギャンブル必勝情報提供名目の特殊詐欺、異性との交際あっせん名目の特殊詐欺及びその他の特殊詐欺)を総称したものをいう。その特徴は、高齢者等の社会的弱者を主な標的として、綿密な犯行計画を立て、周到な役割分担を行うことで被害者を信用させるとともに、犯罪摘発を回避することを企図した組織的犯罪として実行されていることである。
     

2017年の特殊詐欺全体の認知件数は1万8212件(前年比約29%増)、被害総額は約394.7億円にも上り、下図からも明らかなとおり、高止まりの状況が続いている。
<特殊詐欺の認知件数及び被害額の推移(警察庁ホームページより)>

     

特殊詐欺は、組織的な役割分担によって敢行される犯罪であり、その手口も常に進化、巧妙化している。近時は、電子マネー型、収納代行利用型の手口が急速に増えつつあり、特殊詐欺を敢行する犯罪組織が、民間企業が社会に提供するサービスやツールを利用して、その利益の最大化を図っている。
     

また、近年では、暴力団の特殊詐欺への関与が深まっている実態があり(警察庁「平成27年警察白書」6頁)、2017年における検挙被疑者に占める暴力団構成員等の割合は約25.2%(警察庁「平成29年の特殊詐欺認知・検挙状況等について(確定値版)」7頁)となっている。さらに、日本人と外国人とで構成される犯罪組織が外国の犯行拠点から我が国を標的としたり、来日外国人により構成された犯罪組織が我が国を拠点に他国を標的として犯罪を敢行し、不正に資金を得ていたことがうかがわれる事案が見られる等、犯罪組織の国際化傾向も見られる(警察庁「平成29年における組織犯罪の情勢(確定値版)」5頁)。
     

そして、犯罪組織は、詐取金等の管理に架空・他人名義の口座を利用する等の方法によって、犯罪収益を隠匿している。2017年における組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯の前提犯罪別の検挙事件数でも、詐欺は窃盗に次ぐ第2位の犯罪類型となっている(警察庁犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)「犯罪収益移転防止に関する年次報告書(平成29年)」44頁)。


2 特殊詐欺の被害者の実情

特殊詐欺の被害者の大半は高齢者である。2017年に関して見ると、高齢者(65才以上)被害の特殊詐欺の件数は1万3196件であり、その割合(高齢者率)は72.5%に上っている(警察庁「平成29年の特殊詐欺認知・検挙状況等について(確定値版)」3頁)。
     

特殊詐欺被害者は、騙された自分自身を責め、他人に被害を打ち明けても「騙される方も悪い」等と心無い言葉を投げかけられることを懸念して、被害に遭ったことを警察や弁護士はおろか身内にすら打ち明けられず、一人で抱え込む場合が多い。老後の資金として貯めた多額の現金を詐取された事例も多数存在し、それら被害者の多くは、老後の資金を失った喪失感とともに、加害者の言葉を信用した自らの落ち度を責め、心身に失調を来たしたり、自殺を図ることを考えたりする事態に追い込まれている。これら精神的苦痛の程度は、生命・身体等に対する犯罪の被害者に決して劣るものではない。
     

また、被害者が、意を決して警察や弁護士に被害相談をしても、後述のとおり、特殊詐欺を敢行する犯罪組織を検挙したり、被害回復を図ることが困難な状況にあるため、結局打つ手がなく、かえって被害者に無力感という二次被害を与えてしまう事例は少なくない。


3 特殊詐欺の被害が止まず、被害回復もされない原因

特殊詐欺に対しては、官民一体となった被害防止の取組や、捜査当局による懸命な摘発活動が進められており、一定の効果を挙げてはいる。しかし、特殊詐欺の認知件数・被害額は前述のとおり高止まりしており、特殊詐欺に係る被害を防止することはできておらず、被害の回復も不十分である。
     

特殊詐欺を敢行する犯罪組織は、徹底した秘密主義と分業制を敷くことによって、その組織実態を巧みに隠蔽し、犯罪収益を隠匿している。そのため、捜査機関が捜査を遂げても犯罪組織の首謀者の検挙にまで至る例は少なく、弁護士が民事訴訟を提起しても、その財産を探し当てることはできず、被害者の被害回復を実現することが困難な場合がほとんどである。
     

すなわち、特殊詐欺に対する我が国の民事・刑事の司法制度は脆弱であり、犯罪組織に対し有効な法的規制を及ぼすことができない状況にある。そして、犯罪組織とその首謀者は、民事訴訟に基づく被害回復及び刑事訴追を免れる手段を入念に講じることで、長年にわたり、毎年約400億円もの莫大な詐欺被害をもたらしてきた。見方を変えれば、犯罪組織とその首謀者は、安全かつ安定的に莫大な犯罪収益を獲得できる盤石な体制を構築していることとなる。このような状況を放置することは到底容認できない。


4 個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障するための対策と支援の推進の必要性

2004年に犯罪被害者等基本法が成立し、犯罪被害者は「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」の主体であることが宣言された(同法3条)。しかし、犯罪被害者の権利との関係で整備されてきた制度は、生命・身体等に対する犯罪に関するものが中心であり、財産犯に分類される特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪としての詐欺の被害者は、十分な支援が得られているとは言い難い。
     

我々の社会には、「騙される方も悪い」という見方が根強く存在しており、詐欺被害者の近親者も、「なぜ騙されたのか」等と被害者を責めてしまうことが少なくない。このように周囲に責められることを恐れて、そもそも被害を口に出せないまま、自ら被害を抱え込み、一人悩む被害者も多い。
     

しかし、周到な計画に基づき犯罪組織によって実行される特殊詐欺の手口は極めて巧妙で、社会情勢等も反映して日々変化している。騙しの手口は、被害者の良心や不安感に付け込むものとなっており、誰もが被害に遭う可能性がある。「騙される方も悪い」というような見方は、それ自体が偏見であるのみならず、被害者による被害申告を躊躇させ、被害回復を困難にさせ、被害者を精神的に追い込む要因ともなっている。
     

特殊詐欺の被害者は、犯罪被害者等基本法により、犯罪被害者として「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」を享有する。そして国は、犯罪被害者等のための施策を総合的に策定及び実施する責務を有し、その施策は、被害の状況、原因及び犯罪被害者等が置かれている状況その他の事情に応じて適切に講じられる必要があり、かつ、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができる措置が講じられるべきものである(同法3条及び4条)。
     

特殊詐欺が卑劣な犯罪行為であり、被害者に甚大な経済的・精神的な被害を与える犯罪行為であることを踏まえれば、特殊詐欺被害者が享有すべき「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」を実質的に保障するため、必要かつ十分な施策を総合的に策定し、実施することが必要である。同時に我々弁護士は、個々の事案への対応において、被害者に寄り添ってその精神的な被害に思いを致しつつ、具体的な事案の処理を通じて人権侵害の防止と人権救済に全力で取り組まなければならない。
     

当連合会は、以下に述べるとおり、社会的弱者等を標的にする組織的犯罪としての詐欺に対する実効性ある被害防止措置及び被害回復手段を研究し、社会全体に対して、それらの措置及び手段の整備を求めていくことによって、特殊詐欺等に係る被害の防止及び回復並びに被害者の支援を実現できる社会を作り上げるために全力を尽くす。


 

 

第2 必要な取組

1 特殊詐欺による被害を未然に防止するための社会全体の取組の推進

企業は、経済や技術の進展に合わせて、様々なサービスやツールを世の中に提供しているが、特殊詐欺を敢行する犯罪組織はこれを犯行に悪用している。
     

かつて特殊詐欺が「振り込め詐欺」と呼ばれた時代には、「携帯電話」、「振込先口座」、「名簿」が三点セットとされていた。
     

しかし、近時では、スマートフォンやIP電話といった通信手段、現金を受け取るための私設私書箱やバイク便といった物流手段、電子マネー(前払式支払手段)や収納代行サービスといった新たな決済手段、そして仮想通貨等の資金洗浄手段等、最新の技術やサービスが悪用されるに至っている。そのうち、被害者への通信手段については、「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」の制定及び改正等の対策が講じられたものの、IP電話の転送機能や転送電話サービスを悪用するなど、犯罪組織の手口は更に進化しており、必要十分な対策が講じられているとは言い難い。
     

今後も、企業側の対策が進んだり、企業が新たなサービスを提供するたびに、犯罪組織は新たな手口を編み出すことが当然に想定される以上、このようなサービスやツールを犯罪組織に簡単に入手・利用させないための取組は極めて重要である。提供するサービスやツールが犯罪組織の犯罪に悪用されることは、当該サービスやツールを提供する民間企業にとっても、通常は容認し得ない事態であり、CSR(企業の社会的責任)やESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からしても放置できない問題である。
     

そこで、民間企業が提供するサービスやツールを犯罪組織に入手・利用させないことによって特殊詐欺による被害を未然に防止するよう、各民間企業における自主的な取組を推進すること(「自助」)に加えて、民間企業同士で特殊詐欺の手口や、これに対する有効な対応策及び取組事例について情報共有等をするとともに、業界団体としても民間企業の取組を支援すること(「共助」)、立法や行政としても民間企業のこうした取組を支援すること(「公助」)が、社会全体として特殊詐欺による被害を未然に防止するためには必要である。
     

そして、民間企業の創意工夫により発案された対策として、特殊詐欺に用いられた疑いのあるサービスやツール等の停止等の措置が施されることとなった場合、制度の円滑な運用という点を考慮し、被害者の依頼を受けて被害回復を図る弁護士が、適宜、具体的な被害救済活動の中で当該措置を利用できるようにすることが重要であり、犯行に利用されたサービスやツールの利用停止を申し出ることを可能とする制度の導入が求められる。
     

さらに、国及び地方自治体においては、従前より特殊詐欺対策を講じているところではあるが、個々の企業及び業界団体の取組を後押しする必要がある。また、特殊詐欺はあからさまな犯罪行為であり、役務や商品等の提供等が想定されている取引ではないが、消費者安全法等の消費者被害対策のための組織や手法の活用等を検討し、高齢者を中心とする特殊詐欺対策として地域ぐるみの取組を強化する必要がある。



2 特殊詐欺に係る捜査態勢の拡充、可能な限りの捜査及び取締りの推進

(1) 特殊詐欺の検挙等の現状

特殊詐欺を中心とする高齢者等の社会的弱者を主な標的にした組織的犯罪に対して、実効性ある対策と被害者救済を講じる上で、最も重要な意義を有するのが、捜査機関による事件検挙と適正な刑事処分であることは論を俟たない。
       

現に、捜査当局は、特殊詐欺対策を重要な課題として位置付け、検挙及び取締りを推進している。警察庁は、2015年1月29日、特殊詐欺の被害の急増傾向に歯止めをかけ、被害を大幅に減少させるため、重点的に取り組むべき事項等、特殊詐欺対策の推進について指示した「当面の特殊詐欺対策の推進について」を発信する等、特殊詐欺の取締りを強化している。その結果、2017年においては検挙件数4644件(前年比+173件、+3.9%。2011年以降で最多。)、検挙人員2448人(前年比+79人、+3.3%。過去最多だった2015年とほぼ同等の水準。)といった成果を挙げている(警察庁「平成29年の特殊詐欺認知・検挙状況等について(確定値版)」7頁)。
       

もちろん、検挙数・検挙人員が増加しても、実際に立件し起訴されなければ実効的な特殊詐欺対策とはならない。この点、最高裁第三小法廷平成29年12月11日決定は、「だまされたふり作戦」の開始後に共謀に加功した「受け子」について、加功前の欺罔行為の点も含めて詐欺未遂罪の共同正犯としての責を負うことを明らかにした。また、同第一小法廷平成30年3月22日判決は、財物交付を要求する直接的な発言が無くとも、財物交付につながる内容の欺罔行為があれば、詐欺の実行行為開始と認められるという判断をしている。
  

(2) 特殊詐欺を行う犯罪組織の特徴

しかし、最も検挙される可能性が高い金銭の受渡しに関わる「受け子」や「出し子」の多くは、未成年者を含む若年者である。彼らは、特殊詐欺の末端としての役割しか担っていないため、極めて限られた情報しか有しておらず、むしろ、組織犯罪の犠牲者としての側面をも有している。これに対して、特殊詐欺を敢行する犯罪組織の首謀者らは、徹底した秘密主義と分業制を敷きつつ、彼らを道具として利用して使い捨てる。加えて、様々な犯罪ツールを駆使することにより、犯罪組織の実態を巧みに隠蔽しながら、多額の収益を確保している。そのため、捜査機関が、捜査を遂げて、組織の末端に位置する受け子や出し子を逮捕し、彼らに対して有罪判決が下されても、肝心な犯罪組織の首謀者の検挙にまで至る例は少なく、特殊詐欺の犯罪組織の解明や被害回復には程遠い状態にある。
  

(3) 組織的犯罪としての特殊詐欺に応じた捜査

このような状況の中、高止まりしている特殊詐欺の被害を根絶するためには、捜査基盤や捜査態勢を、被害規模に見合う程度に強化する必要がある。近年特殊詐欺対策として予算の増額や人員の増加が行われているものの、それは必ずしも被害額や被害件数等に見合った十分なものと解することはできず、特殊詐欺等に対する捜査・立件が十分ではない理由が、捜査等に係る予算や人員の不足にあるのであれば、国や地方自治体は、捜査基盤や捜査態勢に必要な予算及び人員措置を講じるべきである。また、捜査手法に関しても、高度に組織化された広域犯罪である特殊詐欺を根絶するため、各都道府県の枠を超えた、より柔軟な捜査体制を拡充する等、必要かつ実効的な方策を一段と推進していく必要がある。
       

ただし、予算の増額や人員の増加はあくまでも特殊詐欺対策を適正に行うために認められるのであり、組織犯罪に対する対策は、憲法と国際人権基準によって保障された被疑者、被告人の人権保障を掘り崩すものであってはならず、また、その捜査の在り方は、国際人権(自由権)規約17条に保障されたプライバシーの権利に留意した適正なものでなければならないことは、言うまでもない。

 


3 実効性のある被害回復制度の構築

我が国では、2007年6月に成立した犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律によって、裁判所が刑事訴訟に付随して損害賠償命令をする損害賠償命令制度が導入された。しかし、損害賠償命令制度の対象となる事件は、故意の犯罪行為によって人を死傷させた罪等に限定されており、財産犯に分類される特殊詐欺は対象外である。
     

また、我が国では、犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律により、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組犯法」という。)13条2項各号に掲げる罪の犯罪行為による財産的被害を受けた者に対しては、没収された犯罪被害財産等による財産的被害の回復ができるものとされている。つまり、組犯法に基づく犯罪収益等の没収は、被害者への財産的被害の回復のために重要な役割を果たすべきものである。
     

没収によって多額の財産的被害の回復を実現した事例として、ヤミ金組織の首謀者である暴力団員が隠匿した犯罪収益等を、組犯法13条1項5号に該当するものとして追徴した、いわゆる五菱会ヤミ金融事件がある。この事件では、指定暴力団五代目山口組系五菱会幹部が、共犯者と共謀し、出資法所定の利息を超える多額の利息を受領(出資法違反)した。さらに、同幹部は、上記出資法違反の利息を含む合計約51億円の財産をスイス系金融機関の本店に開設した無記名口座へ送金する等し、犯罪収益等を隠匿した(組織的犯罪処罰法違反。東京地裁平成17年2月9日判決、東京高裁平成17年11月17日判決。)。同幹部の刑事裁判により約51億円が追徴され、その後スイス連邦から我が国に譲与された約29億円の財産が被害回復給付金として被害者に支給され、被害回復に充てられた。しかし、五菱会ヤミ金融事件の後、組犯法に基づく没収によって、大きな被害回復を実現した例は見受けられない。
     

その原因のーつに、組犯法が犯罪被害財産を原則として没収できないものとしていることが挙げられる。同法は、被害者の権利行使が困難であることや犯罪の団体性・組織性等の一定の要件がある場合には例外的に没収できるものとしているが、例えば特殊詐欺の場合、全ての事案において、これらの例外的な没収の要件を立証して犯罪被害財産に関する没収が行われているわけではない。犯罪被害財産の没収が行われない場合には、被害者は、被害の回復のために損害賠償請求権の行使を求められることとなるが、現状において、一般人ましてや高齢者等の社会的弱者である特殊詐欺の被害者が、組織的犯罪の犯罪者に対する損害賠償請求によって被害回復を実現することは事実上不可能であると言ってよい。
     

この点、諸外国においては、次に述べるように、刑事訴訟手続は社会秩序等の維持のための懲罰の制度とのみ捉えられてはおらず、犯罪被害者の被害回復も重要な目的とされており、その運用により、実効性のある被害回復が実現されている。
     

例えば、スイス連邦においては、詐欺罪等も刑事裁判所における損害賠償命令の対象とされ(スイス連邦刑事訴訟法122条、115条及び118条)、損害賠償請求権の評価に必要な証拠を検察官が収集することとされている(同法313条)。さらに、詐欺罪等の被害者に対する被害弁償がされていないときには犯罪被害財産の没収も可能とされ(スイス連邦刑法70条)、没収・追徴財産も被害弁償の用に供されることとなっている(同法73条)。
     

ドイツにおいても、犯罪被害財産の没収について我が国と同様の課題があったが、2017年犯罪収益の没収の改革法によって、刑法及び刑事訴訟法を改正し、①被害者の請求権があるときにも、没収を可能としたほか(ドイツ刑法73条)、②有罪判決を前提としない独立没収制度を創設し(同法76条a)、③没収財産からの被害者に対する補償の分配手続を整備した(ドイツ刑事訴訟法459条g~o)。
     

そこで、我が国においてもこれらの諸外国の例も参考にしつつ 、実効性を有する犯罪被害回復制度を構築することが必要である。

 


4 金融機関自ら又は行政の措置による預金口座等の凍結の推進・拡充

社会的弱者等を標的にした組織的犯罪としての詐欺につき、被害者が実効的に被害の回復を行うことができるようにするためには、犯罪被害者が振込を行った預金等が引き出しをされる前に、金融機関が当該預金口座等の凍結を行うことができるようにするための制度を構築することが必要である。
     

現行法において、金融機関が預金口座を凍結する根拠となる法律として、犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(以下「振込詐欺被害救済法」という。)が存在する(凍結された預金は所定の犯罪被害者に還付されることが想定されている。)。しかし、同法の対象は振込による被害に限定されているほか、現実問題として、警察や弁護士等による凍結要請の時点では預金等はほとんど引き出されてしまっており、凍結が遅きに失することが指摘されている。
     

同法に基づく預金口座の凍結の基準を具体化している一般社団法人全国銀行協会所定のガイドライン(犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に係る事務取扱手続)は、犯罪防止の観点から柔軟かつ適切に取引停止等の措置を講じることを努力すべきことを規定している。これを受けて、取引が犯罪収益に係るものであると疑われる場合をパターン化し、かつ、IT技術を利用してそのような取引のモニタリングを実施し、犯罪収益に係る取引と疑わしい振込資金の引き出しを凍結することで、特殊詐欺被害を防止し被害の回復を図ろうとする金融機関の取組が成果を上げていることが報告されている。
     

犯罪による収益の移転防止に関する法律は、金融機関に対し犯罪収益に係る取引と疑わしい取引(以下「疑わしい取引」という。)の通知義務を定めるだけであり、預金口座の凍結について規定していない。しかし、疑わしい取引に関する振込資金の引き出しを数日凍結し、その原資の適正性を確認するだけでも詐欺の防止等に実効性があることは上記取組によって実証されている。そこで、合理的な根拠に基づく凍結に係る金融機関の責任を免除し、また、疑わしい取引の疑わしさの程度が高い場合には預金口座の凍結を義務付けているスイス連邦の法制度等を参考にして、預金口座の凍結に係る金融機関の自主的取組を支援し、当該取組を更に一般化するために必要な法制度の導入を検討すべきである。
     

また、詐欺の中でも投資に係るものの中には、金融商品取引法(以下「金商法」という。)29条違反(無登録による金融商品取引業)に該当する場合も存在する。無登録による金融商品取引業は刑事罰の対象であり、事業遂行に必要な登録等が行われていない以上、当該業者の事業遂行の支障を懸念する必要性は小さい。詐欺の疑いが厳密には疎明できない場合にも、無登録により金融商品取引を行っているという事由のみで預金口座の凍結を可能とすることは上記詐欺被害の予防等に資することとなる。そこで、振込詐欺被害救済法に基づく預金口座凍結の前提犯罪に金商法違反を付加することで、金融機関による預金口座の凍結の取組を拡充・推進すべきである。



5 国際的な連携の強化

特殊詐欺の中には、日本人と外国人とで構成される犯罪組織が、我が国の被害者又は外国に居住する被害者を標的として犯罪を敢行し、不正に資金を得ていたことがうかがわれる事案がある。そして、犯罪組織は、詐取金等の管理に他人名義の口座を利用する等して犯罪収益を隠匿しているところ、そのような隠匿行為に国境はなく、犯罪組織が我が国の被害者からの犯罪収益を海外に隠匿している可能性は高い。ヤミ金融に係る事案であるが、上記の五菱会ヤミ金融事件等は、その最たる例である。
     

組織的犯罪に関する被害回復のための国際的連携の必要性は、かねてより国際的に認識されている。我が国が2017年7月に締結した、腐敗の防止に関する国際連合条約(締約国・地域は、2017年6月末時点で181か国・地域。)53条(財産の直接的な回復のための措置)、54条(没収についての国際協力による財産の回復のための仕組み)及び55条(没収のための国際協力)、また、同条約と時を同じくして締結された、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(締約国・地域は、2017年6月末時点で187か国・地域。)12条(没収及び押収)及び13条(没収のための国際協力)によれば、財産犯罪によって被害者から得られた犯罪収益が他の締約国に移転された場合、当該犯罪収益に関連する銀行記録の提供や犯罪収益の特定又は追跡等を要請することや、一定の条件を満たす犯罪収益の没収について協力を求めることが可能となった。とりわけ、同条約14条(没収した犯罪収益又は財産の処分)2項によれば、締約国が他の締約国の要請により行動する場合に没収した財産等を当該要請を行った締約国に返還するよう求められたときは、当該財産等をその正当な所有者に返還できるようにするため、没収した財産等を当該要請を行った締約国に返還することを優先的に考慮すべきことが規定されている。
     

このように、我が国が締結した二つの組織犯罪等に関する条約は、犯罪被害財産等の没収及び被害者への被害回復において国際的連携が重要であることを認識した上で、国際的連携による被害回復のための法的枠組を提供するものであり、他の締約国との間で相互に最大限の法律上の援助、没収のための国際協力を行い、この法的枠組を活用し、国際的連携をより一層強化することによって、被害回復を実現すべきである。



6 官民一体となっての特殊詐欺対策の推進

以上に述べた各取組は、警察、弁護士及び民間企業の取組だけでは不十分であり、国が一丸となってこれを推進する必要がある。
     

この点、政府には、「世界一安全な国、日本」の復活を目指し、関係推進本部及び関係行政機関の緊密な連携を確保するとともに、有効適切な対策を総合的かつ積極的に推進することを目的として、全閣僚で構成される犯罪対策閣僚会議が設置されている。
     

同会議は、2007年に「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を策定することによって反社会的勢力排除の強力な推進力になった。
     

特殊詐欺対策に関しては、これまで2回にわたり「振り込め詐欺を始めとする特殊詐欺の現状と対策」について協議がなされており、今後の取組として、2013年12月10日には「総合的な被害の防止」、「犯行ツールの遮断」、「事件の検挙」、「犯罪の追跡可能性の確保」、「証拠収集方法の拡充」の5点が打ち出され、2017年4月18日には「犯行グループ壊滅に向けた更なる取組」、「犯行使用電話の無力化に向けた更なる取組」、「高齢者の被害防止対策の更なる浸透」の3点が打ち出されたが、対策としては更なる展開が期待されるところである。
     

そこで、国は、これまでの協議の積み重ねを踏まえて、犯罪対策閣僚会議において、特殊詐欺に係る対策の「基本計画」を策定し、関係各機関へその対応を指示することにより、官民一体となっての特殊詐欺対策をこれまで以上に強力に推進すべきである。




第3 結語


以上を踏まえ、当連合会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする団体として、国、地方自治体及び企業その他の関係諸団体と協働するとともに、自らも、更に特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援に全力を尽くす決意である。