横浜地方裁判所判決を踏まえ、恣意的な生活保護基準引下げの見直しを求める会長声明


本年10月19日、横浜地方裁判所は、神奈川県内の生活保護利用者らが、2013年8月から3回に分けて実施された生活保護基準の引下げ(以下「本引下げ」という。)に係る保護費減額処分の取消し等を求めた訴訟において、同処分を取り消す判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。


本判決は、生活扶助基準の引下げの要否の前提となる最低限度の生活の需要に係る評価には専門技術的考察が必要であるから、同基準の改定に当たってそれまでも各種統計や専門家の作成した資料等に基づいた検討がされてきた経緯に鑑み、厚生労働大臣の裁量判断の適否については統計等の客観的数値との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等の観点から審査されるべきとした。


そして本判決は、保護基準は生活保護法8条2項所定の事項を遵守して定められる必要があることを指摘した上で、本引下げの根拠とされた「デフレ調整」が社会保障審議会生活保護基準部会(以下「基準部会」という。)など専門家から構成される会議体における議論を経ていないことを重視し、その必要性・合理性についての十分な説明がなされていないことから、本引下げが統計等の客観的数値等との合理的関連性を欠き、専門的知見との整合性を有しないものと言わざるを得ないと判断した。


その上で、本引下げの影響は保護利用世帯のおよそ96%に広く及ぶもので、かつ減額幅も大きいことに照らし結果も重大であるから、厚生労働大臣の判断過程には過誤・欠落があり、本引下げ全体について裁量権の逸脱・濫用の違法があったと結論付けた。


本判決は、当連合会の見解にも沿うものであり、本年6月の東京地方裁判所判決に続き専門家による審議検討を重視する判示をした点を含め、高く評価できる。


本引下げについては、全国29の地方裁判所に30の訴訟が提起され、既に13の地方裁判所で判決が言い渡されているが、原告らの請求を認めた判決は、arrow_blue_1.gif大阪地方裁判所(2021年2月22日)、arrow_blue_1.gif熊本地方裁判所(2022年5月25日)、arrow_blue_1.gif東京地方裁判所(同年6月24日)に続いて4例目となる。第一審段階であれ認容判決が4つも出ることそれ自体が、我が国のナショナルミニマム(国民的最低限)への信頼が大きく損なわれていることの証左であり極めて憂慮すべき事態と言え、信頼回復への取組は急務と言える。


折しも、本年10月の消費者物価指数(生鮮食品を除く。)は前年同月比で3.6%上昇し、1989年4月の消費税導入時等をも上回り、1982年2月以来40年ぶりの大幅な上昇率となった。中でも、電気代等のエネルギー(15.2%)や生鮮食品を除く食料(5.9%)など家計に直結する品目の上昇率が高く、生活保護利用者を含む低所得者の生活に対する打撃が大きい。かつて、「狂乱物価」と言われる激しい物価高騰が続いた1973年から1974年には、特例的に生活保護基準を引き上げる措置が講じられたが、現在、そうした対応が行われる様子はない。深刻な物価上昇に対しては何ら対応しない一方で、物価下落を過大に考慮した本引下げが行われたのは、一貫性を欠いた恣意的対応であると言わなければならない。


当連合会は、前記の請求認容判決の度、3度にわたり本引下げの見直しを求めてきたところであるが、本判決を踏まえ、政府に対し、今度こそ本引下げを見直し、少なくとも2013年8月以前の生活保護基準に早急に戻すことを強く求めるものである。



2022年(令和4年)11月24日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治