改めて恣意的な生活保護基準引下げの見直しを求める会長声明


本年5月25日、熊本地方裁判所は、熊本県内の生活保護利用者らが、2013年8月から3回に分けて実施された生活保護基準の引下げ(以下「本引下げ」という。)は生存権を保障した憲法25条に反するなどとして、保護費を減額した処分の取消しを求めた訴訟において、本引下げが厚生労働大臣に与えられた裁量権を逸脱又は濫用した違法なものと認められるとして、保護費の減額処分を取り消す判決を言い渡した。


同判決は、生活保護基準が国民の生存権を保障した憲法25条1項の趣旨を具体化した重要なものであることを踏まえ、厚生労働大臣が、社会保障審議会生活保護基準部会等の専門的な知見に基づく適切な分析及び検証を何ら行うことなく、①ゆがみ調整による影響を2分の1にする処理を行ったこと、②デフレ調整を行ったこと、更には、③ゆがみ調整(2分の1処理)とデフレ調整を併せて行ったことについて、判断の過程及び手続に過誤、欠落が認められ、その裁量権を逸脱又は濫用したものであると指摘し、厚生労働大臣による恣意的な生活保護基準の引下げが許されないことを明らかにした。


当連合会は、本引下げについて、その根拠とされた社会保障審議会生活保護基準部会の報告書がむしろ引下げに慎重な姿勢を示していたこと、同部会における検討を一切経ないまま、生活扶助基準改定方式をこれまで取られてきた消費水準の均衡を図る方式である「水準均衡方式」から物価動向を勘案した方式へと根本的に転換したこと、勘案のために採用された物価指数の数値にも合理性が認められないこと等から、厚生労働大臣の判断には裁量権の逸脱・濫用があり違法であるとして、一貫して本引下げに反対してきた。本判決は、当連合会の見解にも沿うものであり、高く評価できる。


本引下げについては、熊本地方裁判所を含め、全国29の地方裁判所に30の訴訟が提起され、合計約1000名が保護変更決定処分の取消し等を求めている。既に10の地方裁判所で判決が言い渡されており、原告らの請求を認めた判決は、この熊本地方裁判所判決が2021年2月22日の大阪地方裁判所判決に続いて2例目である。


折しも、新型コロナウイルス感染症の感染拡大、ウクライナ侵攻を始めとする各種の紛争に伴う物価や物流の変動、急激な円安といった社会情勢の変化に伴い、生活に困窮する方々が増え、最後のセーフティネットとしての生活保護の重要性が再認識されている。


当連合会は、「→生活保護法改正要綱案(改訂版)」(2019年2月14日・生活保障法案)の実現など、生活保護制度の改善と充実に取り組む決意を今一度表明するとともに、今回の熊本地方裁判所判決を踏まえ、改めて、政府に対し、裁量権の範囲を逸脱・濫用してなされた本引下げを見直し、少なくとも2013年8月以前の生活保護基準に早急に戻すことを求める。



 2022年(令和4年)6月15日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治