最高検察庁の被疑者取調べの録音・録画の試行の検証結果及び依命通知に関する意見書

2012年11月15日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

日弁連は、最高検察庁が2012年7月に公表した「検察における取調べの録音・録画についての検証」及び同年8月6日付けで発信された依命通知について、2012年11月15日付けで「最高検察庁の被疑者取調べの録音・録画の試行の検証結果及び依命通知に関する意見書」を取りまとめ、法務大臣、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会長及び検事総長に提出しました。

   

  本意見書の要旨

1 はじめに


最高検察庁は、2012年7月4日、「検察における取調べの録音・録画についての検証」(以下「検証結果」という。)を公表して、①裁判員裁判対象事件、②知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等に係る事件、③特別捜査部及び特別刑事部が取り扱う独自捜査事件の3つの事件類型について、2011年以来、約1年にわたって行ってきた被疑者取調べの録音・録画の試行の検証結果を発表した。


そして、同年8月6日付け「裁判員裁判対象事件、知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等に係る事件並びに特別捜査部及び特別刑事部が取り扱う独自捜査事件における被疑者取調べの録音・録画の試行について(依命通知)」(以下「依命通知」という。)により、新たな録画等試行要領等を定めた。


2 検証結果について


(1) 取調べの可視化の有効性についての理解が進んでいること
事件を担当している検察官や決裁官から、録音・録画の有効性として、「取調べの適正確保に資すること」や「供述の任意性・信用性の判断に資すること」が報告された事実が示されていることは、検察の現場において、取調べの可視化の有効性についての理解が進んでいることを意味するものとして、一定の評価をすることができる。


(2) 情報開示と客観的な検証が不十分であること
しかし、検証結果では、「全過程」の録音・録画が実施されたとされる事件で身体拘束前の取調べが実施されたか否か、録音・録画につき被疑者に対して行った告知の内容などの情報開示がきわめて不十分であるとともに、供述心理学の専門家や弁護士などの第三者による検証が行われておらず、その分析は客観性を欠き、不十分であるといわざるを得ない。


(3) 「録音・録画の問題点」は取調べの可視化を制約する理由にならないこと
検証結果では、もっぱら取調官の主観に基づく「録音・録画の問題点」が列挙されているが、これらは、結局のところ、取調べを録音・録画すれば、従来の密室取調べにおいては容易であった検察官の意に沿う供述を獲得することが困難になるというものに過ぎず、これを録音・録画の「問題点」とするのは筋違いである。

従来、密室において不適正な取調べが行われ、取調官の意に沿う内容の供述調書が作成されていたことが明らかになり、取調べの可視化の必要性が共通認識となるに至った経緯に照らしても、これらの「問題点」は、取調べの可視化を制約する理由となるものではない。


(4) 検察官の主観的判断による録音・録画の不実施は適切でないこと
検証結果によると、検証の対象となるべき検察官が「録音・録画の必要はないと考えた」又は「録音・録画は適当でないと考えた」ことを理由として、録音・録画を一切行わなかった事件が相当数に及んでいるが、「必要はない」「適当でない」という検察官の判断は、いずれも客観的な裏付けを欠くものであり、録音・録画を実施しない理由として正当なものとはいい難い。このことは、録音・録画を検察官の裁量に委ねた場合、恣意的に運用されるおそれが大きいく、不適正な取調べを防止するためには、全過程の録画の義務付けが必須であることを示している。

 

3 依命通知について


依命通知が、「検察官による取調べの全過程の録音・録画を含め、できる限り広範囲な録音・録画を行うなど、積極的に実施する。」との基本姿勢を示し、また、「取調べの冒頭から録音・録画を実施する場合には、やむを得ない事由がある場合を除き、被疑者が取調室に入室する時点から録音・録画を開始する」こととしている点は、一歩前進と評価することができる。


今後、録音・録画の試行を意味あるものにするために、情報開示とともに、供述心理学者や当連合会が推薦する弁護士などの第三者を加えた客観的な検証を実施すべきである。

 

4 結語


検察における取調べの録音・録画の試行は、検察の現場において取調べの可視化の有効性についての理解を徐々に広めるなど、一定の効果をもたらしていると認められるが、一部の対象事件において検察官が裁量的に実施するものに過ぎないことから、不適正な取調べを防止する効果には、自ずと限界がある。

不適正な取調べを防止し、えん罪を防止することは喫緊の課題であり、速やかに、全ての事件を対象として、取調べ全過程の録画を義務付ける制度が創設されるべきである。

(※本文はPDFファイルをご覧ください)