法曹人口政策に関する緊急提言

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2011年(平成23年)3月27日
日本弁護士連合会


1 当連合会は、これまで「市民にとって、より身近で利用しやすく分かりやすく、頼りがいのある司法」の実現に向けて、司法基盤整備や制度改革を政府及び関係諸機関に求め、また自らも取り組んできた。その結果、弁護士過疎・偏在の解消・改善や被疑者国選弁護制度の実現、民事扶助制度の一定規模の拡充等がなされてきた。


しかしながら、法律扶助制度の抜本的拡充、司法過疎解消のための裁判所支部の充実、裁判官・検察官の大幅増員、民事訴訟・行政訴訟制度の抜本的改革と実体法の整備等、市民のための司法の基盤整備は不十分であり、改革はいまだ途上にある。


当連合会は、これまでの司法改革を検証し、是正すべき点は是正するとともに、司法基盤整備のさらなる充実を政府及び関係諸機関に求め、司法制度の改革に引き続き全力で取り組む。


2 法曹人口に関しては、司法試験合格者数が、1963年から1990年までは400人から500人台で推移していたところ、1993年以降約700人、1999年以降約1000人、2004年以降約1500人、2007年以降約2100~2200人(2006年以降は新旧両司法試験の合計数)と急増している。


しかしながら、これまでの法曹人口増員のペースがあまりに急激に過ぎたことに加え、法曹養成制度がいまだ十分に対応できているとはいえず、「法曹の質」への懸念が生じている。また、裁判官・検察官増員がほとんど進んでいないことをはじめ、司法基盤整備がいまだ不十分な中で、弁護士のみが急増した結果、現実の法的需要とのバランスを欠き、そのことが新人弁護士の実務法曹としての経験・能力の獲得に影響を及ぼしている。


そして、このような制度の「ひずみ」ともいえる問題状況は、司法の利用者である市民の権利保障や弁護士への信頼に少なからずマイナスの影響を及ぼすものであり、早急に対策を講じる必要がある。


3 第一の問題は、急激な合格者増員の中で、法科大学院制度及び新修習制度が、「法曹の質」の維持という観点から見て、法曹養成制度として十分に機能していないのではないかという懸念である。


現在の法科大学院においては、設立数及び入学定員が過剰な状態にあり、またその教育内容や教員の資質、修了認定の厳格さなどに大きな格差があるといわれている。そして現実に司法修習生の一部に基本的な知識不足・理解不足の者がいることが指摘され、二回試験の不合格者がかなりの数にのぼる事態も生じている。


もとより、一部にそのような司法修習生がいるからといって、法科大学院出身の司法修習生全体の質に問題があるかのようにいうことはできないが、現在の合格者数において法曹養成の面でそのような「法曹の質」への懸念があるとすれば、その是正策が検討されるべきである。現在、法科大学院制度については、その数や総定員数、教育内容、適正配置等について見直しの議論が行われている。


また、1年に短縮された司法修習制度について、「法曹の質」の観点から養成の方法とその期間などに疑問や懸念の声も多々あり、そのあり方について、あらためて検証が必要である。


以上のような点を踏まえて、当面の合格者数を検討するべきである。


4 第二の問題は、新人弁護士のいわゆる就職難によって、実務家として必要な経験・能力を十分に修得できていない弁護士が社会に大量に生み出され、市民の権利保障に支障をきたすおそれがあることである。


長引く経済不況もあって、新人弁護士をめぐる雇用環境は悪化している。2010年末の新63期の弁護士一斉登録時点で、前年の1.6倍の214人の修習終了者が未登録という事態が生じており、弁護士、弁護士会、関係者の努力もありその後改善が見られるものの相当多数の者が弁護士として法律事務所に就職できない状況は今後もさらに深刻化して続くことが懸念される。


このような就職難が生じること自体、当初予測されていた弁護士への法的需要が社会に現れていない証であるという指摘もなされている。


もとより、就職難は社会全体の傾向であり、弁護士だけが特別というわけではない。しかし、市民の権利の守り手である弁護士が実務家として一般社会や市民の要請に的確に応えていく能力を身に付けるためには、先輩法曹の指導のもとで実務経験を積み、能力を高めていく、いわゆるオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)がどうしても必要である。それが就職難のために得られないとすれば、実務家として必要な経験・能力を十分に修得できていない弁護士が社会に大量に生み出されていくことにもなりかねない。


5 このような様々な制度の「ひずみ」が発生している現状においては、2002年3月の閣議決定における「平成22年ころには司法試験の合格者数を年間3000人程度とすることを目指す」とした部分については、もはやその妥当性を欠いているとも評価できる。


当連合会は、2009年3月に合格者数は当面現状程度にとの提言を行ったが、当時懸念されていた弁護士過疎・偏在問題や被疑者国選・裁判員制度への対応態勢問題については、現在の増員ペースによらなくても対応が可能な状況となっている。


よって、当連合会は、司法基盤整備及び法的需要の状況を検証しつつ、このような「ひずみ」を是正する方策として、法曹人口増員のさらなるペースダウンを提言するものである。


6 以上のとおりであるので、当連合会は、政府及び関係諸機関に対し、当面の緊急対策として、司法試験合格者数を現状よりさらに相当数減員することを求める。


当連合会は、今後も、社会にとって適正な法曹人口のあり方について検討を進め、市民や関係者との対話を重ねながら、市民に理解され支持される政策作りを行ない、「市民にとって、より身近で利用しやすく分かりやすく、頼りがいのある司法」を実現するための運動を進めていく所存である。


以上

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