取調べの可視化の試験的実施の提案

2006年(平成18年)1月20日
日本弁護士連合会


第1 提案の趣旨

日本弁護士連合会は、関係各機関に対し、下記の条件で、取調べ全過程の可視化(録画・録音)を試験的に実施し、その実施によって問題が生じるか否か、問題が生じた場合の対策について検証することを求めます。



1. 試行地域

大阪府と福岡県


2. 試行期間

2年間


3. 対象事件

(1)裁判員裁判対象事件
(2)被疑者が以下の[1]ないし[4]に該当する事件
  [1]少年事件
  [2]精神的疾患をもつ疑いがある被疑者の事件
  [3]通訳を要する外国人、聴覚障がい者の事件
  [4]上記[1]ないし[3]のほか、日本語での意思疎通能力に懸念がある被疑者の事件


4. 録画・録音の範囲

(1)原則
被疑者の取調べの全過程(取調べ開始に当たっての権利告知から取調べ終了時まで)
(2)例外
被疑者が、録画・録音を明示的に拒否した場合、その旨を録画・録音したうえで、その後の録画・録音をしないことができるとします。ただし、改めて被疑者又は弁護人が録画・録音を求めた場合、直ちに録画・録音を再開し、その後再び被疑者が録画・録音を明示的に拒否するまでか、取調べが全て終了するまでの全過程を、録画・録音しなければならないものとします。もっとも、前記3(2)に該当する場合は、この例外を認めず、取調べの全過程を録画・録音しなければならないものとします。

第2 提案の理由
  1. 取調べの可視化の重要性 当連合会は、捜査における取調べの可視化(録画・録音)の実現がきわめて重要な課題であるととらえ、海外の実例なども含めてその各制度の研究調査やさまざまな提言を行ってきました。海外の多くの国や地域では、いくつかの試験運用を経たうえでこの取調べの可視化は実施され、すでに多くの実績を重ねており、高い評価を受けています。


    わが国でも、密室取調べによる虚偽自白の例や取調官による不祥事などが多く報告されているほか、平成21年の裁判員裁判実施を控え、取調べの可視化の重要性、必要性は増していると考えられます。裁判員裁判の実施に向けて、平成16年に刑事訴訟法の改正がなされた際にも、衆議院法務委員会では、「政府は、最高裁判所、法務省及び日本弁護士連合会による刑事手続の在り方等に関する協議会における協議を踏まえ、例えば、録画ないし録音による取調べ状況の可視化、新たな捜査手法の導入を含め、捜査又は公判の手続に関し更に講ずべき措置の有無及びその内容について、刑事手続全体の在り方との関連にも十分に留意しつつ検討を行うこととし、本委員会は、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律施行までに実質的な論議が進展することを期待する。」(平成16年4月23日衆院法務委員会における「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」)との、参議院法務委員会では、「政府は、最高裁判所、法務省及び日本弁護士連合会による刑事手続の在り方等に関する協議会における協議を踏まえ、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律施行までの実現を視野に入れ、実質的な論議が進展するよう、録画又は録音による取調べ状況の可視化、新たな捜査方法の導入を含め、捜査又は公判の手続に関し更に講ずべき措置の有無及びその内容について、刑事手続全体の在り方との関連にも十分に留意しつつ実質的検討を行うこと。」(平成16年5月20日参院法務委員会における「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」)との附帯決議がなされているところです。


  2. 実証的検証の必要性 しかし、取調べの可視化については、捜査機関関係者に反対が根強く、今なお、いわばその賛否について机上の議論が繰り返されているにすぎません。その議論は、可視化をした場合について、未検証の予測を前提にするものであって、およそ実証的なものではなく、前記の衆参両院における附帯決議の趣旨にそわないものと言わざるを得ません。


    そこで、附帯決議の趣旨に則り、取調べの可視化の試験運用を開始し、その検証結果を踏まえて、改めて取調べの可視化の是非を検討すべきものと考えます。現に、当連合会が調査した海外の事例でも、少なくともイギリス(イングランド・ウェールズ)、アメリカ(イリノイ州、ワシントンDC)、韓国などでは、一定の試験実施を行ったうえで、取調べの可視化(録画・録音)の導入に至っています。


  3. 試験的運用の内容について 試験運用の方法については、様々な方法があり得るところですが、裁判員裁判の施行が3年後に迫っていることを踏まえて、この2年間に、一定の試験実施地区を設けて実施することが適当であると考えます。試験地区としては、多彩な刑事事件の事例が多く、刑事弁護体制も充実していて、一定の検証がしやすい地方都市として、大阪府及び福岡県を提案します。


    また、試験運用の対象事件は、取調べの可視化の必要性が高いと考えられる、[1]裁判員裁判対象事件と、[2]少年、障がい者、外国人等の日本語での意思疎通能力に懸念がある被疑者の事件とし、[1]については、被疑者の意思によって可視化するかどうかについて選択の可能性を認めるのが適当であると考えます。 よって、提案の趣旨記載のとおりの試験実施を速やかに求めます。



以上