取調べの録画・録音試行についての申入れ

2006年6月13日


 

検事総長 松尾 邦弘  殿


日本弁護士連合会
会長 平山 正剛


 


取調べの録画・録音試行についての申入れ


本年5月9日,最高検察庁が発表した「裁判員裁判対象事件における被疑者取調べの録画・録音の試行」(以下,「本件試行」といいます。)についての当連合会の考え方は,同日付で当連合会が発表した「取調べの録画・録音試行についての法務大臣発言についての日弁連コメント」のとおりです。


同コメントでも述べましたとおり,本件試行の問題点は,録画・録音を検察官の裁量に任せており,取調べ全過程の可視化としていない点にあります。警察における取調べも含め,取調べ全過程の録画・録音がなされるべきであり,この点については関係当局のさらなる英断を期待しますが,本件試行にあたっては,少なくとも以下の事項に留意されるよう申し入れます。


第1 本件試行の対象について

1 試行を決めた事件では取調べ全過程の録画・録音をすべきこと。
(理由)
取調べの状況を明らかにするためには,取調べの一部の録画・録音だけでは不十分であり,一部に止めることはかえって被疑者の権利を侵害する危険があって,録画・録音をされない部分をめぐって争いを生じる可能性も大きいといわざるを得ません。したがって,録画・録音を実施する以上,取調べ全過程の録画・録音をすべきです。


2 警察の取調べについても試行がなされるべきこと。
(理由)
本来,取調べの可視化は,部分的なものでは足りず,部分に止めることはかえって被疑者の権利を侵害する危険性があり,録画・録音がなされないと,作成された供述調書の任意性・信用性について無用の紛争を生じる可能性も極めて大きくなります。その意味で警察での取調べも録画・録音されるべきであり,検察官の指揮権(刑訴法193条,194条)によれば,かかる指揮は当然に可能と考えられます。本件試行に併せて,事件に応じて,検察官が指揮権を行使して,警察における取調べの可視化も実施させるべきです。


3 試行対象の事件を裁判員裁判対象事件に限定せず,少なくとも少年が被疑者となっている事件,知的障害を含む障害者が被疑者となっている事件,外国人が被疑者となっている事件,否認事件の全てについて試行すべきこと。
(理由)
近時の例を取っても,宇都宮誤認逮捕事件では,知的障害者が被疑者となっていますが,取調べの結果,虚偽の自白がなされ,問題となっています。そこで,知的障害を含む障害者,少年,外国人,さらに供述調書の任意性・信用性が争われることが類型的に多い否認事件においても,取調べの可視化を試行すべきです。


4 東京都下だけではなく,少なくとも大阪府下,福岡県下を重点的な試行地域とすべきこと。
(理由)
試行地域としては東京が中心となると伝えられていますが,当連合会が2006年1月20日に発表した「取調べの可視化の試験的実施の提案」に記載したとおり,多彩な刑事事件が多く,刑事弁護体制も充実していて,一定の検証が可能な地区として,少なくとも大阪府及び福岡県は重点的な試行地域とされるべきです。


5 弁護人から可視化の申入れがなされた事例では録画・録音を試行すべきこと。
(理由)
弁護人は,被疑者の供述の任意性・信用性について,将来問題が起こりうることを予測して取調べの可視化の申入れをすると考えられます。それゆえ,このような申入れがなされた事例では,必ず録画・録音を試行すべきです。


6 試行を決めた事件では,その旨が直ちに弁護人に告知されるべきこと。
(理由)
本件試行は,全事件を対象とするものではなく,試行される事件についてもどの範囲が録画・録音されるのかについて,必ずしも明らかとはされていません。したがって,試行を決めた事件については,被疑者において,録画・録音の試行についての対応の仕方を弁護人に相談することができるよう,その旨が直ちに弁護人にも告知されるべきです。なお,被疑者の同意を得て録画・録音を行うと伝えられていますが,そうであるとすれば,被疑者の同意を求める前に,録画・録音をする予定であることを弁護人に告知するべきです。


第2 録画・録音の方法について

1 取調官及び被疑者の双方の姿が同時に録画され,死角がないようにすること。
(理由)
取調べの状況を明らかにするためには,被疑者の上半身などの一部の映像だけでは十分ではなく,取調官の様子を含めた取調べの全体状況が明らかにされる必要があります。オーストラリアや香港などでは,そのような観点から,死角のないようにカメラの位置や取調官,被疑者の着席位置などの工夫がなされています。


2 取調官及び被疑者双方の発言が,確実に録音されるようにすること。
(理由)
マイクの位置などによっては,確実に音声が拾えず,後に反訳が不可能になる例などがよく見られます。マイクの位置を工夫し,確実に音声が拾えることが必要です。


3 録画・録音の年月日時分秒が自動的に記録されるようにすること。
(理由)
録画・録音が編集・改ざんされたなどという争いを後に残さないために必要です。録画装置では,自動的に録画日時が記録されるのが通常と思われますが,録音装置でも自動的に時報を録音するなどして,同様の措置を講ずる必要があります。なお,イギリスの録音機は,定期的に時刻が録音されるシステムとなっています。


4 録画・録音の内容は,複数の記録媒体に同時に記録し,うち一本は録画・録音終了と同時に封印するものとすること。
(理由)
これも前項と同様,録画・録音の内容が編集・改ざんされたなどという争いを後に残さないためです。イギリス,オーストラリアでも同様の措置が取られています。


5 被疑者に録画・録音の開始,中断及び終了が告知されること。
(理由)
録画・録音の開始,中断及び終了は確実に告知されることが必要です。なお,この点でも,イギリス,オーストラリアでの手続が参考にされるべきです。


6 録画・録音装置は,被疑者に心理的な圧迫を与えない大きさ,形状,設置位置とするように工夫すること。(但し,録画・録音のいわゆる隠し撮りとならないよう,前項の告知が確実に行われることが前提とされるべきです。)
(理由)
取調べの録画・録音に反対する意見の中には,録画・録音が,被疑者に心理的な圧迫を与え,自由に供述ができないということを大きな理由とするものがあります。しかし,論者が主張するような心理的な圧迫は,録画・録音装置の大きさ,形状,設置位置などを工夫することによって,可及的に小さなものとすることが可能です。したがって,試行にあたっては,心理的な圧迫を可能な限り小さなものにした上で,その効果について検証する必要があります。なお,そのような工夫が,いわゆる隠し撮りを許容するものであってはならないことは,前項で述べたとおりです。


以上のような各工夫については,オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の取調べ録画録音システム(ERISP)が極めて合理的に実現をしていますので,その方法を参考とされることがよいと考えます。


以 上