知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会「コンテンツビジネス振興に係る課題について」に対する意見

2003年10月29日
日本弁護士連合会


「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」第4章では、「コンテンツビジネスの飛躍的拡大」についての推進計画が定められている。もとより、「知的財産立国」を目指すわが国として、コンテンツビジネスを飛躍的に拡大するための諸策を具体化することは極めて重要なことであるが、上記第4章のうち、「1.(1)人材を育成する、(2)資金調達手段を多様化し、各種支援を行なう」の項、「2.(1)2)権利の付与等により保護を強化する」の項の一部、「3.流通を促進する」の項について、下記のとおり意見を表明する。


第1.「2.(1)2).権利の付与等により保護を強化する」について


著作権法制度は、情報流通のコントロールに関わるものであり、憲法上の「表現の自由」、「知る権利」と密接に関連し、文化の根幹に関わる制度である。よって、情報の受け手である国民の利用とのバランスを考えずに経済的、産業的観点にのみ偏しては政策判断を誤る危険性がある。


したがって、権利者等の産業団体の意見のみ重視するのは適切でなく、団体として声になりにくい一般消費者や国民の意見を十分に聴取、忖度して制度設計を考えるべきである。


また、どの個別法も全法体系における調和を考えねばならない。著作権法も、一国の全制度の中に位置づけられるのであり、前述の憲法、物の所有権制度、他の知的財産権、独占禁止法との調和を考慮に入れることは必須である。


反対する項目


(1)「エ)レコード輸入権」の創設


何故に「邦楽」レコードのみ保護され、外国のレコードと差別的に扱うのか合理的理由がない。また、この差別を解消するために「洋楽」の輸入盤も輸入権の対象とするなら、現在でも日本の消費者が享受している国際価格を放棄し、日本の消費者のみ高いレコードを買わされることに帰結する。


平成11年の著作権法改正で26の2が創設され、その2項4号で国際的消尽が明定された。レコード輸入権は、その後の格別の事情の変化もないのにこの法改正を無視することになるのであって制度としての安定性を害すること著しい。また、レコードのみ例外的扱いをする合理的理由もない。


輸入権創設は、日本の消費者のみ高い代金を払わされるということに帰するのであり、日本の消費者に対する文化の伝播を抑制する結果を招来することになりかねないものである。また、日本の著作物を世界的に普及させ、またそれによって同時に外貨を獲得することにもならない。


世界的標準からも、消費者の立場を一気に弱めるものであり容認できないと言わざるを得ない。


なお、海賊版対策は別途の方策でなされるべきである。


(2)「カ)ゲームソフト等の中古品流通の在り方」すなわち消尽なき頒布権の創設


ゲームソフトの中古品販売に関しては、4年間にわたり東京、大阪の各地裁、高裁の専門部により慎重な検討がなされ、平成14年4月25日の最高裁判決により統一的な司法的判断が確定した(付録1)。


最高裁の判断は、複製物の所有権、市場流通との調和を考慮し、また特許に関するBBS判決(付録2)との一貫性を保持して、物と情報の関係についての基本的法的枠組みに関する判断を示したものとして重く受け止められている。そして立法の不備が指摘されたわけでもないのに、最高裁の判断と対極になる法改正を求めることは、司法全体の重みを無視することになりかねないものであろう。


また、これに先立つ平成13年8月1日に、公正取引委員会は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントに対する審決で、「中古品取扱い禁止行為が新品PSソフトの再販売価格の拘束行為の実効的な実施に寄与し、同行為を補強するものとして機能していると認められる。」との判断を示しており、独占禁止法の観点からも問題が大きい(付録3)。


ゲームソフトの頒布権消尽は、26条の2の譲渡権消尽と同一の法思想に基づくものであり、ゲームソフトのみ別扱いする合理的理由は見出しがたい(劇場用でないビデオソフトに関する東京地裁平成14年1月31日判決、東京高裁平成14年11月28日判決も同じ)。


なお、世界のどの国にもゲームソフトの中古販売を禁止する法律はない。全法体系及び全国家機関の統一的観点からも、日本の消費者だけが高い新品価格を強制されるという結果となることは、文化の発展にとっても許容できないところであろう。


慎重な検討を要する項目


(1)「ア)書籍に関する貸与権」の創設


1996年WIPO著作権条約においても、貸与権が付与される著作物は、プログラム、映画、レコードに限られている。また、例えばアメリカ著作権法でも、商業的貸与が認められているのは、録音物とプログラム(ゲームソフトを除く)だけである(106条(3)、109条)。日本法において、書籍に関し貸与権が及ばないとすることは特異なことではない。


コミックレンタルは、CDやビデオのレンタルとは異なり、無断複製の問題は発生していない。また、レンタルは返しに行くのが面倒であり、購入との価格差が大きくないとなかなか市場拡大しない。また、主要客層は若年層であって可処分所得が少なく、レンタルを禁止しても直ちに購入に移行するとは考えにくく、そのような層から多種多様な作品に触れる機会を奪うことの弊害が大きいとも言える。さらに、新規レンタル業者は、経営を合理化しただけであって営業形態として従来の貸本屋と原理的に異なることをしているわけではない。


 上記観測も踏まえ、実態調査をした上、適切な報酬請求にとどめるといった解決も含め、その功罪を慎重に検討すべきである。


(2)「オ)著作権等の保護期間」の延長


米国における保護期間の延長は、それ自体問題の多いところであるが、日本においては、知的財産権を調整するものとしての独占禁止法が弱く、また、アメリカ著作権法107条のような一般的フェアユースの規定を持たないので、権利そのものが強いというべきであり、映画以外の著作物についての保護期間の延長はより慎重になされることが必要であろう。


(3)「キ)出版物に関する「版面権」」の創設


1つの著作物にあまりに多数の権利が発生することは、権利処理を複雑にし流通を阻害する可能性が高い。複数の支分権を創設すると消費者にとって、対価の支払いを余儀なくされるのでその利用について負担が増大することも事実である。「版面権」設定は、従来何度も取り上げられたテーマであるが、編集著作権、出版権等による処理を超える必要性があるのかも含めて、慎重な検討がなされるべきである。


(4)「(2)技術的保護手段等への回避等に係る法的規制の対象を拡大する」


アクセスコントロール回避行為に対し刑事罰を創設すべきかに否かについては、それが表現の自由や知る権利等に直接影響を及ぼすだけに、平成11年の不正競争防止法と著作権法によって立法的手当がなされた以降の規制効果の検証なくしては、刑罰の謙抑性の観点からもその立法化の是非は慎重に議論がなされるべきである。


第2.「1.(1)人材を育成する」について


(1)創作者に対する著作権教育等を推進するべきである。


(2)創作者の中には、侵害行為と問議されることを恐れるあまり、既存のコンテンツを発展させた新たな優れた創作物の制作までも回避している場合があるため、創作者に対し、コンテンツの法的保護に関する基礎的知識の教育・啓蒙活動を行い、新たな優れた創作物の制作意欲の向上に結びつけるべきである。


具体的には、


  1. 芸術系を中心とした大学等の教育の場におけるコンテンツの法的保護に関する基礎的知識の教育・啓蒙活動、講座開設の支援
  2. コンテンツ創作者団体やコンテンツビジネス業界において、コンテンツの法的保護に関する基礎的知識や契約などの実務を教育・啓蒙する講座開設の支援

が挙げられる。


第3.「1.(2)資金調達手段を多様化し、各種支援を行なう」について


(1)資金調達の方法として、適正な評価機関を創設し、知的財産の担保利用及び信託可能財産化制度を整備するべきである。


(2)これまで、知的財産は、資産として評価される方途がなく、従って、非常に有益な特許等を有しているベンチャー企業等が、担保として知的財産の価値を利用できず、また、信託可能な財産でもなかったことより、ビジネス展開をするにあたって、広く資金調達することもできない状況にあった。その結果、優秀な知的財産を有しているベンチャー企業等がその知的財産を有効に活用することができないまま、知的財産自体が埋もれてしまっていたのである。


担保として、知的財産を提供して、資金を集めることができ、また知的財産を信託財産の対象とし、かつ証券化した上、広く一般投資家をも念頭にして、資金調達が可能となる制度が実現されれば、少ない資金しかない優秀なベンチャー企業が当該知的財産を武器にして、幅広いビジネス展開をすることができることとなる。


(3)なお、創設される評価機関は、弁護士、公認会計士、弁理士、税理士等の各専門家の参加を得て、運営されるものとするべきである。


第4.「3.流通を促進する」について


(1)流通促進のための環境整備の方途として、権利調整等機関を創設するべきである。


(2)コンテンツビジネスには多数の創作者が複合的に関与し、複数の権利者が存在することに加えて、原著作物の二次利用により多額の収益が上がる場合が多いことから、さらに多数の権利者、関係者が関与することとなり、当該事情を事前に予測できない場合が多い。


また、著作者の死亡による権利関係の調整に加えて、著作物については、その利用態様などについて人格的保護をも考慮する必要があり、このような見地からは、著作物の性質を十分に理解した運営が不可欠である。


したがって、コンテンツの円滑な利用を促進するために、錯綜する権利関係をライセンス契約等により整理して、権利者を明確化、集中化し、著作物の二次利用を含めた調整機関、つまり従来の紛争解決を念頭においたADR(裁判外の紛争解決手段)とは異なる調整機関の創設が必要である。


(3)なお、コンテンツビジネスを積極的に展開していくためには、当該機関が原著作物の創作の段階から関与し、コンテンツが未完成の段階から、資金調達をし、コンテンツを完成させ、段階に応じて当該著作物をさまざまに二次的利用をする等、一貫して、総合的にビジネスコーディネートすることが有効である。


個人、各団体等が資金を出し合い、組合を形成して組織として立ち上げ、弁護士、弁理士、公認会計士、税理士、その他の異種の専門家も関与して、当該組織を運営し、もって、コンテンツビジネスの積極的流通、活用等の展開を可能とすることができるような仕組み作りが検討されるべきである。


法律家である弁護士はその中心として、全体の調整、監督的立場で業務を進めていくことができると思われる。


以上


  1. 最高裁平成14年4月25日中古ソフト判決抜粋
  2. 最高裁平成9年7月1日(民集51巻6号2299頁)BBS判決抜粋
  3. 公正取引委員会平成13年8月1日審決