最高検察庁「刑事裁判の充実・迅速化に向けた方策に関する提言」に対する意見

2003年9月20日
日本弁護士連合会


 

一 最高検察庁は、平成15年7月15日に「刑事裁判の充実・迅速化に向けた方策に関する提言」(以下、「提言」という)を公表し、今後、各地の地方検察庁において「提言」に基づいた検察実務を実施しようとしている。
この「提言」は、「裁判の迅速化に関する法律」が成立したことを受けて、今後の法制度改革を見据えつつ、しかしながら、あくまでも現行法制下における第一審刑事裁判の充実・迅速化に向けて検察庁がとるべき諸方策を検討した結果であるとされている。
すなわち、「提言」は、現在司法制度改革推進本部の裁判員制度・刑事検討会において示された「刑事裁判の充実・迅速化のたたき台」(以下、「たたき台」という)の内容を考慮し、現行法制下で「たたき台」の趣旨を生かせるものを取り入れつつ、現在の実務運用を変更していこうとするものと思われる。
したがって、この「提言」は、「たたき台」そのものの問題点を抱え込まざるを得ず、かつ、現行法制下における方策にとどまるものという制約を包含している。
なお最高検察庁は、この「提言」に引き続き、迅速化法に基づく制度改革や裁判員制度導入に伴う制度改革に即した実務運用の指針を今後示すとのことであり、本「提言」を踏まえて、さらに引き続きいかなる制度改革に踏み込んでいくのか注目されるところである。


二 「提言」の意義
「提言」は、以下の3点を特に留意したとするが、その趣旨に即して概括的に評価すると、次のとおりである。


1 準備手続による争点整理と証拠開示
審議会意見書や検討会における議論を実務に取り入れようとしている。現行法制下での証拠開示として、枠組みそのものに 大きな相違はないが、これまで多く行われていた証人の供述調書の証拠開示を主尋問終了後とする運用については、弊害のない限り主尋問前に開示するなど、弾力的運用に向かうようである。また、争点関連証拠開示請求については従前よりも柔軟な対応がなされるべきとの方向が示されている。
他方で、検討会の「たたき台」で示された一定類型の証拠の事前開示等については言及されていない。これは、主張制限等「たたき台」で示されている他の制度との関係が考慮されたものと思われる。


2 直接主義・口頭主義の実質化
冒頭陳述の方法に工夫をこらそうとする姿勢が見られるが、書面審理の中心的問題である供述調書の特信性・任意性の立証に関して見るべき具体的提案はなされていない。


3 被疑者の取調べの適正さの確保
従来の取調べのあり方を無条件に是認し前提とする姿勢は問題である。他方で、審議会意見書の指摘などを真摯に受け止める必要があるとも言及されているものの、具体性は全くなく、それ以上に評価するべきものはない。


三 「提言」の内容について
以下に「提言」の内容について、個別に見解を示しておくこととする。

1 争点の明確化と証拠整理
検察官が取調べ請求証拠を厳選するとのことであるが、その結果開示される証拠が狭められるような運用にならないことが必要である。「提言」の基本的姿勢は、証拠開示については従来よりも弾力的、柔軟に運用しようとするものであることを訴訟関係人の共通の認識として確認しておく必要がある。
準備手続制度の活用についても、第1回公判期日前の事前打ち合わせは、予断排除の原則の下で行われることとなろう。弁護人も必要のある限りで争点を明らかにしていくとしても、事件の性質によって様々な対応となるし、証拠開示が十分になされない状態では争点を整理することは困難であろう。
証拠関係カード及び冒頭陳述書が第1回公判期日前に弁護人に交付されれば、期日の進行はより円滑となる。
弁護人の事実認否、証拠意見は、合理的なものであるべきことには異論はないが、その具体的な方法は、十分な防御権を行使できることを前提とするべきであることは当然である。
また、検察官から証拠構造説明書が提出されることは望ましい。事件の性質により弁護人が早い時期に冒頭陳述を行うべき場合もあろう。
公判期日を一括指定することに、こだわるべきではなかろう。検察官が一括指定を求めるのは、審理に長期間を要する見込みの事件の場合であると思われるが、そのような事件であればあるほど審理の進行によって多様な展開があり得るから、十分に弁護活動の準備をなしうる範囲で期日指定がなされる必要がある。


2 争点整理と証拠開示
証拠開示は、事前全面開示が原則であり、弁護人による争点明示も、証拠開示がなされて初めてなし得るものである。その点で「提言」は、異なる原則に立つが、他方で、弁護人からの争点明示によってこれに関連する証拠を開示するか否かを判断することが適切であるとして、「積極的なものであれ消極的なものであれ」弊害が生じるおそれが認められない限り開示するとの姿勢を示しており、この点は従来の実務の運用を一歩進めるものと評価できる。
また、反対尋問のための証拠開示についても、従来当該証人の供述調書が主尋問終了後に開示されていたところを、主尋問の前に開示する方向が示された点も評価できる。
ただし、関係者のプライバシーが証拠開示の弊害のひとつとして挙げられているが、捜査においてはプライバシーに踏み込むこととなるのが通常であり、弊害として考慮されるべき場合は限定されて然るべきである。
なお、検討会において、一定類型の証拠の開示など、さらに進んだ証拠開示について議論されているが、この点については、現行法制下での枠組みを前提とする「提言」であるからか、触れられていないことは残念である。


3 集中的審理の実施
裁判迅速化法の趣旨に基づいて連日的開廷を目指すためには、十分な事前準備期間の保障と証拠開示が前提となる。「提言」が示す程度の証拠開示では、連日的開廷を実現する前提としては不十分である。


4 冒頭陳述
物語式ではなく事実構造式の冒頭陳述を取り入れることやビジュアル化は、好ましい方向である。


5 公判立証
争点を中心にめりはりのある立証が行われることは望ましいことである。ただし、事件の性質によっては主要な争点に係る証人から実施するよりも背景的な事項に係る証人から尋問をする方が適切な場合もあろう。いたずらに重要な証人の尋問を先行させたために、その尋問が後に尋問した証人が述べた事項に及ばず、そのために再度尋問済の証人を呼ばざるを得ないような事態にならないよう注意が必要である。


6 証人尋問
証人尋問の準備は必要であるが、証人に事実関係を事前に確かめるにあたっては、供述調書の記載にとらわれてその内容を押しつけるような準備にならないよう注意するべきである。
「提言」は、弁護人の反対尋問の時間が長すぎて審理が長期化すると指摘するが、供述調書の記載を争うと、ほとんどの場合、当該調書がそのまま証拠採用されることが実務の運用となっているために、必要な反対尋問の範囲が広がらざるを得ないところに問題の根源がある。また、否認事件について保釈が許可されがたい実情では、十分な準備が短期間で行えず、審理長期化の原因のひとつとなっている。そのような点を理解しないまま、いたずらに弁護人の反対尋問を制限することは審理の混乱を招くばかりである。
「提言」は証人保護の諸方策を活用すべきとしているが、すでに、遮蔽措置、期日外尋問が、被告人の意向に反して濫用的に実施されている現状にある。これらの状況や被告人の反対尋問権が憲法に保障された権利であることに鑑みると、証人保護の必要性がある場合の存することは認めるにしても、慎重な運用がなされるべきである。
検察官調書の特信性の立証に関して、「提言」は、捜査段階でその客観的資料が整備されていることが重要であると指摘しているのみで具体的な方法は示されていない。しかし、取調べの全過程を可視化さえすれば、問題が一気に解決されることは明らかである。
偽証罪の適用は、先に指摘したように公判廷供述と異なる捜査段階での供述調書が採用されていることを前提に考えると、刑罰の威嚇によって、供述調書に沿う内容の公判廷供述を強制し、ひいては現在にもまして「密室」での取調べによる供述調書の作成が促進されるおそれがあり、慎重な運用が厳に求められる。
法227条の証人尋問が活用されるにあたっては、法228条2項により弁護人の立会いを認めることが必要である。


7 精神鑑定
薬物障害などの場合、鑑定の時期によっては、必要な問診などを実行しがたい場合もあるから、事案に応じた柔軟な鑑定が実施されることが必要である。

 


8 被告人質問
被告人質問の実施は、審理の経過の中で適宜考慮されることであり、一概に公判審理の早い段階で実施することが望ましいものではない。争点整理のための被告人質問の実施については、現在の実務の運用は、その後の証人尋問の不採用とリンクした形で使われているのみならず、事実上、立証責任が転換されたかのごとき運用になっていることに照らして、より慎重な取り扱いが必要である。被告人の供述は証拠となるとともに、被告人は訴訟の当事者であることも十分に考慮されなければならない。

 


9 自白の任意性立証
「提言」の指摘する取調べの実態は、まさしく、かかる取調べの中で誤った自白がなされ、冤罪が生じてきたという事実に目を背けた、前時代的な考え方である。審理の充実・迅速化を図ろうとする今こそ、かかる旧い取調べ観とは決別して、近代的な取調べの可視化実現に向けて踏み出すべきである。
自白の任意性を担保する方法として「提言」が掲げるものは、部分的な記録制度や、任意性が失われた後に作成される被疑者の書面である可能性があり、いずれも任意性を担保するどころか、かえって任意性のない自白が、あたかも任意になされたかの如く仮装されることになりかねない危険性が高い。
「提言」は、審議会意見書が「被疑者の自白を過度に重視するあまり、その取調べが適正を欠く事例が実際に存在することも否定できない」と指摘したことを引用し、さらに「裁判所においてなお心証がつかみにくい事例がある旨の指摘についても、真摯に受け止める必要がある」との見解も示しているのであるから、かかる方向を一層推し進めるべきである。
また、弁護人との接見に配慮するだけでなく、近年増加している接見禁止についても、これを求めることには慎重であるべきである。
さらには、取調べの過程で、長期の身体拘束をおそれて不本意な供述を強いられる事案が多いことから、保釈の運用を改めることによって、自白の任意性を担保することも検討されるべきである。

 


10 争いのない事件の公判
争いのない事件の公判では、ほとんどの場合、情状立証が中心となるので、第1回公判で審理を終わらせるためには早期の証拠開示が必要である。簡易公判手続は、即日判決がふさわしい事件を中心に活用することが望ましい。

 


11 追起訴
追起訴の遅れが審理の長期化の一因となっているが、その解決のためには、警察の捜査のあり方を合理化することが必要である。したがって、警察が不必要な捜査をしなくても良い制度設計を検討していく必要がある。

 


12 人的体制
捜査から公判への引き継ぎにあたって生ずる間隙を埋める必要性はあろうが、他方で弁護側の準備態勢を整えるために必要な期間にも配慮されるべきである。
なお、検察事務官の果たすべき役割を拡充することに異論はないが、検察事務官が検察官の事務を代替するような実態は改め、検察官の増員も急ぐべきである。

 


13 関係諸機関との協議
関係諸機関との協議・連携を強めることには異論はない。

 


14 裁判の充実・迅速化の検証
裁判迅速化法による最高裁の検証については、もとより、弁護士会も協力するものではあるが、参議院での付帯決議にもあるように、そもそも弁護士会をも含めた態勢で実施すべきであり、また、弁護士会においても独自に検証態勢とシステムを整える考えである。


四 結語
最高検察庁は、昭和61年に「再審無罪事件検討結果報告-免田・財田川・松山各事件」をとりまとめたが、その中には、捜査の可視化や代用監獄からの移監など取調べの適正化の検討、改革への提言が含まれていたが、その後の制度改革には結びつかなかった。そのため、日本の刑事司法は、死刑再審無罪4事件を経験しながら、その原因となった「身体拘束を利用して自白を採取する」ことを目的とする捜査システムと、これに依存した公判システムは、検察側から改革されることなく温存された。
この要因のひとつとして、上記報告書が非開示とされたため、広くその提言が知られることなく、議論が広がらなかったことが挙げられよう。
今回の「提言」は、戦後刑事司法の総括を最高検察庁として初めて行い、これを公表して広く議論されることを求めたものとして評価できる。しかし、前述のとおり、その内容において不十分な点や首肯できないものも含まれており、特に裁判員制度を実効的に機能させるためには、なお不十分と言わざるを得ない。速やかな一層の制度改革の検討が求められる。
日本弁護士連合会も、「提言」を受けて、積極的に、よりよい刑事司法改革の実現に向けて、尽力する所存である。


以上