「市民参加による社会に開かれた刑務所」への改革を求める日弁連の提言

2003(平成15)年6月20日
日本弁護士連合会


本提言について

第1 提言の趣旨

1.「刑事施設視察委員会」(仮称)の新設
  1. 刑事施設(刑務所、拘置所)ごとに「刑事施設視察委員会」(仮称)を設置する。
  2. 刑事施設視察委員会には、市民が委員として参加するものとし、専門家委員と共同して役割を果たす。
  3. 刑事施設視察委員会は、施設へ立ち入る権限、職員の監視なく被収容者と面談する権限、書類を閲覧する権限を有し、処遇や刑務所運営についての意見や勧告を行う。
  4. 刑事施設内にメールボックスを設置し、被収容者はこれに手紙を投函することができる。このメールボックスは刑事施設視察委員会のみが開けることができる。

2.「刑事施設審査会(仮称)」の新設
  1. 法務省の所轄外に、「刑事施設審査会」(仮称)を設置する。
  2. 刑事施設審査会は、刑事施設内における人権侵害の訴えや処遇に関する処分に対する受刑者の不服申立について実情を調査し、人権侵害の有無及び処分の適否について審査する。
  3. 刑事施設審査会は、定期的又は臨時的に刑事施設を訪問し、いつでも査察することができる。

3.市民参加と情報公開による社会に開かれた刑務所へ
  1. 刑事施設における処遇や運営に市民が参加できる仕組みをつくり、刑事施設視察委員会による訪問活動やその他の文化、スポーツなどにおける交流を通じて、被収容者と市民とのコミュニケーションを促進する機会を拡大する。
  2. 刑事施設における処遇に関する規則、通達、達示などの法規の公開、刑事施設での死亡・傷害等の事実の公表など、刑事施設の処遇や運営に関する事項の情報公開を積極的に行う。

第2 提言の理由

1.改革の理念は「市民参加と情報公開」

2002年に、名古屋刑務所における受刑者に対する人権侵害事件が起こり、2名の死者と1名の重傷者に関して、複数の刑務官が特別公務員暴行陵虐致死傷事件で起訴され、現在、他にも同種の事件が多数の刑務所・拘置所に及んでいることが明らかになっている。


法務省は、この事件を契機に、有識者からなる「行刑改革会議」を設置し、一切の聖域をもうけないという立場で、抜本的な行刑改革のための提言づくりが開始されている。


日本の刑務所などの被拘禁施設における人権侵害は、その閉鎖性と密室性が大きな要因であり、それを打破して、「社会に開かれた刑務所」に変えていかなければ、抜本的な改革は不可能である。


人権保障と国民主権を実現する21世紀にふさわしい改革の理念をうちだし、その理念にもとづく改革を行わなければならない。その改革の理念は、「市民参加」と「情報公開」である。


2.諸外国の実践と国際水準

「市民参加による社会に開かれた刑務所」という行刑の社会化は、国際水準が求めている方向でもある。


イギリスでは、市民参加の「訪問者委員会」(Boards of Visitors、2003年4月よりIndependent Monitoring Boardsと改称)が刑務所ごとにつくられて日常的な訪問活動がされ、不服申立については「プリズン・オンブズマン」が審査し、「刑務所監察官」による刑事施設の査察がおこなわれている。


ドイツでは、「施設審議会」と呼ばれる市民から構成される委員会が、各刑事施設ごとに設置され、刑事施設の視察や受刑者との面談などを行っている。


オランダでは、すべての刑務所に市民と裁判官、弁護士、医師、公務員の専門家委員から構成される「刑務所監督委員会」が設置され、それぞれ役割分担をしながら、受刑者との相談や問題解決の調停、不服申立の審査などを担当している。


国連被拘禁者保護原則29項では、「1 関係法令の厳密な遵守を監督するために、施設は、定期的に、抑留施設または拘禁施設の運営に直接責任を有する機関とは区別された権限を有する機関により任命され、その機関に責任を負う、資格と経験を有する者により訪問されるものとする。」「2 抑留された者もしくは拘禁された者は、1項にしたがって、抑留もしくは拘禁の施設を訪問する者と自由かつ完全に秘密を保障された状態で、コミュニケートする権利を有する。ただし、施設の安全と規律を保持するための合理的条件に従うものとする。」と定められている。また、ヨーロッパ刑事施設規則5項(ヨーロッパ評議会)でも「被拘禁者の個人的な権利の保障、特に拘禁措置の合法性は国内法規に準拠して司法当局または被拘禁者を訪問する権限を合法的に与えられ、かつ中央行刑局に所属しない合法的に組織された機関による監督によって確保されなくてはならない。」と定めている。


1984年に国連拷問等禁止条約が採択され、1999年に日本政府はこれを批准しているが、2002年12月に開催された国連総会では、拷問等禁止条約の選択議定書が採択され、あらゆる拘禁施設を定期的および臨時に訪問し改善の勧告などを行う小委員会を国連の下に設置することを求め、同時に、各国にも同様の査察機能を持った機関を設けることを定めている。この選択議定書は、わが国の拘禁施設に広範に見られる閉鎖性と人権侵害の救済が困難である状況を改善するうえで極めて重要な制度的な提案を含んでいる。


このように、密室となり人権侵害が起こりやすい刑事施設を社会に開かれたものとすることで、人権侵害を抑止し、刑事施設に対する社会の関心を高めることが、いろいろな工夫をしながら各国で実施されている。


今回の名古屋刑務所事件に端を発した刑務所、拘置所における不審死亡事案などを検討すると、外部からの目が全くないところの密室性、閉鎖性がその大きな原因であることがわかる。


今回の行刑改革会議における改革論議においては、小手先の改革に終わるのではなく、密室性と閉鎖性を打破し、市民参加による社会に開かれた刑務所を実現することが不可欠である。


その仕組みとして、オランダ型の市民委員と専門家委員の共同による第三者委員会を施設ごとに設置することを提言する。


3.刑事施設審査会

刑事施設における人権権侵害の訴えや処遇に関する処分に対する不服申立について、現在国会で審議中の人権擁護法案により設置される人権委員会に担わせるという意見がある。しかし、この法案では、人権委員会は、法務省の外局として、法務大臣の所轄の下に置かれるもので、その機関が、同じく法務省の管轄下にある刑事施設における人権侵害や不服申立を審査するというのでは、その審査への信頼や公正が著しく害される。


そこで、刑事施設における人権侵害の調査や不服申立の審査を担う外部機関を、弁護士、医師、ソーシャルワーカー、人権団体などの専門性を有する委員により構成し、法務省の所轄外におくことが必要である。そして、この機関には、さきの拷問等禁止条約の選択議定書が求める査察の機能もあわせてもたせることができる。


4.市民参加と情報公開

行刑運営に市民が参加する仕組みをつくることが必要で、刑事施設視察委員会による訪問活動はそのひとつである。この委員会には、刑事施設の被収容者からのアクセスも確保されるべきであり、同委員会のみが開けることができるメールボックスを設置し、被収容者はこのメールボックスに手紙を投函できるようにするべきである。


また、被収容者と市民の間の文化、スポーツなどを通じた交流を強化することで、市民と被収容者との垣根を低くすることができる。フランスにおける行刑理念は、受刑者についても、市民としての権利を尊重し、塀の中にも市民のサークル(Association)などの組織が及ぶような仕組みとなっている。


刑事施設視察委員会などの市民による関与に限らず、広く市民と刑務所内の被収容者との交流が行われるような仕組みも工夫される必要がある。


行刑運営への市民参加を実現し、刑務所への市民の関心を高めるには、情報公開は不可欠で、刑事施設の処遇や運営に関する事項の情報公開が積極的に行われるべきである。


とりわけ、従来、取扱い注意として、開示されていなかった処遇に関する規則、通達、達示などの法規は、情報公開請求による開示を待つまでもなく、公表されるべきものである。


また、日本の刑務所では過去10年間に全国の刑務所、拘置所で1592名の被収容者が死亡しており、そのうち、十数名は、その死因に不審な点が残ったままである。イギリスでは、刑務所内での受刑者死亡事案については、検視官により公開の陪審法廷で死因を特定することとされている。


わが国においても、刑事施設内において死亡したり、重大な傷害を負った事案が発生したときは、その事実と原因を公表することは不可欠である。


以上のとおり提言する。


以上