難民認定手続改正案に対する意見書

2003年3月24日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

政府は,2003年3月4日,難民制度に関する改正を含む出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」と言う)の改正案を閣議決定した。当連合会は,難民認定制度に関する部分について,以下のとおり意見を述べる。


1  いわゆる60日ルールの撤廃について

難民認定申請を本邦に上陸後60日以内にしなければならないとする規定が削除され,申請期限を超えて申請したという理由のみで難民不認定とされることがなくなったことは,当連合会が2002年10月付「難民認定手続等の改善に向けての意見書」(以下「2002年意見書」と言う)で主張したことにも沿ったものであり,評価すべきものと考える。


2  仮滞在許可について

(1)これまで難民認定申請中の者の地位が保障されず,難民申請者であっても難民認定手続と並行して退去強制手続が進行し,収容などの危険にさらされることがあったが,今回の改正案では,難民申請中の者について仮滞在許可を与え,仮滞在許可を与えた者について退去強制手続を停止することとなった。仮滞在許可は直ちに在留資格を付与するものではないが,難民申請者の在留に根拠を与え,難民申請者の収容や送還を回避したという点では前進と言うことができる。しかし,改正案では,仮滞在許可は,【1】本邦に上陸後6か月を経過した後に申請したこと,【2】迫害を受けるおそれのあった領域から直接本邦に入ったものでないこと,のいずれかが明らかな者などについてはこれを与えず,これらの者については送還のみは停止するものの難民認定手続中も収容のうえ退去強制手続を進行させることができることとしている。


(2)本邦上陸後6か月を経過して申請したことが明らかな者を仮滞在許可の対象から除外する規定を設けることは,これらの者が難民ではない蓋然性が高いとしたうえで,在留のみを目的とする仮滞在許可手続の濫用を防止しようとするなどの目的に基づくものとも思われる。しかし,本邦に上陸後6か月を経過したからといってその者が難民ではないという蓋然性が高いと言うことはできない。なぜなら,我が国では難民認定制度が外国人に対して必ずしも周知されているものではないし,難民が自ら難民であると表明することは,故国との絶縁という重大な結果をもたらすばかりか,それ自体に危険を伴う行為であるから,我が国が信頼するに足りるか否かに不安を抱く場合もあろうし,そうでなくとも我が国における平穏な在留が続く限りは難民であることを秘匿して,平穏な在留が危機に瀕してはじめて申請することも無理からぬところである(同旨東京地方裁判所平成14年1月17日判決・判例時報1789号60頁)。また,在留の目的のみのために難民認定申請をして仮滞在許可手続を濫用することを防止するという目的は,本来,難民である者と難民でない者を適正かつ迅速な難民認定手続によって確定的に認定することによって達成されるべきものである。


(3)迫害を受けるおそれのあった領域から直接本邦に入ったものでないことが明らかである者について仮滞在許可の対象から除外する規定も,何ら合理性がない。難民認定申請者の中には,我が国を避難する目的国としながらも直行便がなかったり,とりあえず危険を逃れて隣国に出国した隣国が難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という)の締約国でなかったり,安全な生活が保障されないために最終的に我が国に庇護を求めて来る者が多い。例えば,アフガニスタンや朝鮮民主主義人民共和国などからは日本への直行便がないから,これらの国からの難民申請者は通常,「直接本邦に入」ることはできない。従って,多くのアフガニスタン人難民申請者は一旦パキスタンなどに出国した後にそこでの安全も保障されずに我が国に庇護を求めており,また,朝鮮民主主義人民共和国から中華人民共和国に脱出した者が中華人民共和国での安全も保障されずに我が国に来て庇護を求めることが予想される。しかし,改正案では,これらの難民申請者も「直接本邦に入ったもの」でないとされるおそれがある。これらの者に仮滞在許可をしない理由がないことは明らかである。


(4)仮滞在許可を受け得なかった場合には,送還だけは停止されるものの,退去強制手続については進行し,審査中に収容されるおそれなどが生じる。従って,上記【1】,【2】の規定を設けて仮滞在許可の範囲を限定すると,かえって,仮滞在許可の要件にあたらない難民の難民申請を抑制する結果となるおそれがある。以上により,仮滞在許可の範囲を限定する上記【1】,【2】の規定は,削除すべきである。


(5)なお,仮滞在許可を受けた難民申請者は在留の法的根拠が与えられただけであり,保護施設などでの衣食住の保障,あるいは労働の許可など,難民申請者の我が国での生活の保障について今回の改正案は何ら触れていない。この点については,早急な対応が望まれるところである。


3  難民認定を受けた者と在留資格付与について

今回の改正案では,難民認定を受けた者が在留資格を有しないときには,原則として,定住者の在留資格の取得を許可するものとした。難民認定した者と在留資格の関係についてこれまでの入管法が特段の規定をしていなかったことに鑑みると,在留資格取得を明示した点は評価されるべきものである。しかし,前記仮滞在許可の要件と同様,【1】本邦に上陸後6月を経過した後に申請した者,【2】迫害を受けるおそれのあった領域から直接本邦に入ったものでない者については,当然には在留資格を付与せず,従って退去強制処分を行う場合もあることも予定している。難民である者を迫害を受けるおそれのある領域に送還することは難民条約33条の送還禁止(ノン・ルフールマン)原則に明らかに違反するものであるから,難民認定を受けた者について現実に退去強制処分を執行することが難民条約上かろうじて許されるとすれば,それは第3国が当該難民を受け入れる意思を表明しているために第3国への送還が可能な稀有な場合に限られる。それ以外の者については,難民であるにもかかわらず在留資格も与えられず,あるいは在留資格がないことを理由に長期にわたって収容されるというような状況が生まれる可能性がある。このように難民認定を受けた者であるにもかかわらず,在留も認めずに保護せず,できれば第3国に出てもらいたいという,いわば「認定すれども保護はせず」という制度を設けることは,これから難民申請をしようとする難民の難民申請自体を躊躇させる結果となり,また,難民条約締約国間の公平な役割分担という見地からも到底是認されない。従って,難民認定を受けた者が在留資格を有しない場合については,前記【1】ないし【2】の場合であっても定住者の在留資格を与えるものと明記するべきである。


4  今後の課題

当連合会は,2002年意見書で難民認定機関について,入国管理や外国政策を所管する省庁から独立した第三者機関による難民認定手続を確立するべきこと,専門家としての難民認定官の採用及び育成をするべきことなどを提言した。今回の改正は,これら適正な難民認定に向けての制度的改善には何ら触れているものではない。国は,今後も難民認定を適正に行うための抜本的な改善を図るべきである。


以上