「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」見直しに関する意見書
2003年2月21日
日本弁護士連合会
本意見書について
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(以下「本法」という。)は、付則第6条に基づき、施行後3年を経て各方面において検討作業が進められている。当連合会は、本法の制定目的、本法の施行後の状況、2001年12月に横浜で開催された「第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」の成果や、2002年5月10日に日本政府が署名した「子どもの売買、子ども売買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書」など、子どもの権利擁護に関する国際動向を踏まえ、これまでの各方面での議論において検討されている下記論点について、以下のとおり意見を述べる。
検討対象論点
第1 立法上の見直しについて
- 本法に定める罪の法定刑を引き上げるべきかどうか。
- インターネット上の児童ポルノ流通規制をどのようにはかるか。
- 前項の規制に加えて、児童ポルノのメールによる送信罪を設けるかどうか。
- 本法において児童ポルノコミック規制を行うかどうか。
- 児童ポルノの単純所持について、処罰規定を設けるかどうか。
- 売春防止法5条の子どもへの適用除外を定めるかどうか。
- 本法に定める罪の管轄裁判所は家庭裁判所とすべきではないか。
- 本法に定める罪の被害者となった子どもを刑事訴訟法上の手続において保護する具体的方策はないか
第2 運用上の見直しについて
- 本法の運用上、捜査、公判での被害者となった子どもの保護、教育啓発、被害者となった子どもの総合的支援策、国外犯処罰に関し、実施のために必要な措置は何か。
第1 立法上の見直しについて
1 本法に定める罪について、買春者、児童ポルノ製造、販売者らについて、適正な処罰を徹底すべきであるが、他の法令との均衡を失するような法定刑の引き上げはすべきでない。
本法に定める罪の法定刑は、児童買春罪について3年以下の懲役または100万円以下の罰金、買春周旋、周旋目的の勧誘は3年以下の懲役または300万円以下の罰金、これらの行為を業とした者は5年以下の懲役および500万円以下の罰金、児童ポルノ頒布、販売、業としての貸与、公然陳列、これらを目的としての製造、輸出入は、3年以下の懲役または300万円以下の罰金とされている。これに対し、刑法の強制わいせつは6月以上7年以下の懲役、強姦は2年以上の有期懲役、わいせつ物頒布、販売、陳列罪等は2年以下の懲役または250万円以下の罰金もしくは科料、売春防止法の勧誘罪は6月以下の懲役または1万円以下の罰金、周旋罪は2年以下の懲役または5万円以下の罰金などとなっている。本法の法定刑は、これらの法令と比して、極端に軽くはなっていない。日本における性犯罪に対する法定刑が、全体として低過ぎるという批判はあり、その視点から法体系全体を検討する必要はあるとしても、本法のみについて、突出して処罰を重くするべきではない。他の法令上の罪の法定刑との均衡を崩してはならない。
例えば、児童買春罪について多くの事案につき、罰金30万円程度で処理されており、宣告刑が軽すぎるという批判があるが、これは検察庁、裁判所の運用において、被害者の被害の深刻さを理解して適正に判断されることによって、改善されるべきであって、法定刑の引き上げによるべきではない。
児童福祉法の「淫行をさせる罪」の法定刑は懲役10年以下とされており、本法による買春罪が軽すぎるという批判もあるが、子どもに対する支配性が立証できる事案については、児童福祉法が適用されるべきであって、本法の法定刑を引き上げる根拠とはならない。
2 インターネット上の児童ポルノの製造、販売、頒布等を規制するため、児童ポルノの定義として、「電磁的記録」を追加すべきである。
本法に定める児童ポルノは、「写真、ビデオテープその他の物」とされており、インターネット上に流通する児童ポルノが、電磁的データであるため、この定義に含まれるかどうかの疑義があった。立法事実として、インターネット上に流通する児童ポルノの製造、販売、頒布、陳列、輸出入等の規制を行わなければ、本法の制定目的が果たせない現実がある以上、刑法第7条の2の規定に準じ、「電磁的記録」を定義として追加して、構成要件の明確化をはかるべきである。
3 前項に定める規定にさらに追加してインターネット上の児童ポルノについて、送信行為のみを犯罪とする新たな処罰規定を設けることは反対である。
児童ポルノの定義に「電磁的記録」を含むことが明らかになれば、製造、販売、頒布、陳列、輸出入行為を規制することにより、児童ポルノのインターネット上での流通はかなり規制できることになる。これに加えて、操作の簡単な転送という行為のみで犯罪が成立することになる、児童ポルノ送信罪まで設けることは、あまりに処罰の範囲が広範になり過ぎる危険がある。
また同様の理由により、児童ポルノ譲渡罪を設けることにも反対である。
4 目にあまる児童ポルノコミックは、刑法のわいせつ物陳列、頒布、販売罪の構成要件該当性が検討されるべきであり、本法の対象とすべきではない。
児童ポルノコミックの現状には、放置できないものがあるとの指摘はもっともである。しかし本法の保護法益は、実在の子どもの権利である。児童ポルノコミック規制を本法により行うことは、本法の保護法益を、刑法のわいせつ物陳列、頒布、販売罪の保護法益である「善良なる性風俗」に対象範囲を広げることになる。これは本法の目的をかえって曖昧にし、子どもの権利保護の実施を後退させる危険をはらむ。
また児童ポルノコミック規制により、児童の性的搾取、性的虐待が減少するという証明はない。
ポルノコミックにおいては、被害を受けた実在の子どもがいない。芸術性の高いコミックやイラスト、小説と、規制すべきとするポルノコミックとの線引きには困難な場合も想定され、いたずらに表現の自由を侵害する危険がある。目にあまるものについては、刑法のわいせつ物陳列、頒布、販売罪の構成要件に該当するか否かの検討をする余地はあるとしても、本法の対象とすべきではない。実在の子どもがモデルとなっていると推定されるようなコミックが存在するとするなら、名誉毀損罪等、他の犯罪として処断されるべきである。
「子どもの売買、子ども売買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書」にも、コミック規制を義務づける条項はない。
5 児童ポルノの単純所持は処罰の対象とすべきでない。
児童ポルノの定義が曖昧であり、単純所持にまで処罰を拡大することにより、処罰範囲が捜査機関の主観により拡大する危険がある。児童ポルノの流通の抑制は、営利目的による製造、販売の厳格な摘発、処罰と、教育啓発活動によるべきである。
上記選択議定書にも、単純所持処罰を義務づける条項はない。
6 本法に定める罪の被害者となった子どもには売春防止法5条が適用されないような改正が必要である。
買春の相手方となった子どもは、被害者であり、別の理由からぐ犯少年として扱われる場合は別として、犯罪者として扱ってはならない。本法の趣旨を徹底させるためには、現在子どもに適用されている売春防止法5条の適用を行わないとしなければ、結局子どもが犯罪者として処罰される現実は変わらない。
子どもの保護は、処罰によるのではなく、福祉的な被害者ケアの処遇によるべきである。
7 少年法37条1項を改正し、本法に定める罪に係る事件の裁判管轄を家庭裁判所とすべきである。
児童福祉法違反、労働基準法違反、未成年者飲酒、喫煙禁止法等の成人事件は、家庭裁判所の管轄である。本法違反の罪質はこれと同じであるから、管轄裁判所は家庭裁判所とすべきである。
8 刑事訴訟法157条の4を改正し、被害者が子どもである場合には、必要に応じ証人となる子どもが同一構内にいない場合でも、ビデオリンクを用いることができるとすべきである。
子どもが安心して尋問に応えることができる場所が、必ずしも同一構内に用意できるとは限らない。ビデオリンクである限り、どうしても同一構内に子どもがいなければならないという合理的理由はない。
第2 運用上必要な措置について
1 本法第12条に関し、
- 捜査、公判の関係者に対し、被害者となった子どものトラウマに起因する記憶の混乱、心因性健忘などの心理状態を踏まえてその供述を理解するため、専門家による特別な研修を行う。
- 捜査段階での、子どもの被害者からの事情聴取において、子どもを傷つけない適切な発問を行うため、臨床心理の専門家の協力を得る。また警察と検察庁との協力により聴取回数をできる限り少なくする工夫が必要である。
- 公判段階で、被害者として子どもが証人として出廷することが必要な場合、被告人側の反対尋問権の保障に十分配慮しつつ、交互尋問により子どもがさらに傷つくことのないよう配慮した発問方法を工夫し、また必要に応じてビデオリンクを用いるなどの工夫が必要である。
2 本法第14条に関し、
日本における性の売買を容認する風俗や女性差別意識が、児童買春の温床となっている現実を変革し、児童買春、児童ポルノの人権侵害性、犯罪性を周知させ、子どもの性の尊厳を守るために、学校教育ならびに企業、社会教育における人権教育プログラムを開発し、実施させるべきである。
3 本法第15・16条に関し、
- 被害者となった子どもの総合的支援制度を実現させるため、各地に子どものための相談窓口、緊急避難のできるシェルター、ソーシャルワーク機能、法律事務所機能を有する総合支援センターの設置が必要である。
- 本法に定める罪の被害者となった子どもが、それのみをもってぐ犯少年として、捜査、審判の対象とされるのではなく、前項に定めるようなセンターでの支援が受けられる制度を設けるべきである
4 本法第17条に関し、
日本人による国外での本法に係る犯罪を減少させるため、犯罪行為地での摘発、処罰の実施、帰国者への国外犯処罰規定の執行につき、国際捜査共助、司法共助協定締結を視野において、特にアジアの国々との間で、2国間、地域間の政府、NGOの協力のもとに連携態勢を築くべきである。
以上