泡瀬干潟埋立事業に関する意見書

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2002年3月15日
日本弁護士連合会


本意見書について

意見の趣旨

国および沖縄県は、中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業を中止し、沖縄市と協議のうえ、泡瀬(あわせ)干潟について国設鳥獣保護区を設定する等の保全措置を講じ、ラムサール条約上の湿地登録手続をなすべきである。


意見の理由

第1 本意見書提出の経緯

1. 干潟の重要性と保全意識の高まり


干潟は、川や波の働きによって運ばれてきた砂や泥が堆積して形成され、潮の満ち引きにともなって水没と干出を繰り返す自然環境である。干潟には陸や河川に由来する有機物や栄養塩類が豊富で、また、干出のたびに酸素の供給を受けるため、藻類やバクテリアが繁殖しやすく、カニやゴカイ類、貝類などの底生生物やプランクトンなどに稚魚、これらを餌にする魚類、シギ・チドリ類やカモ類などの水鳥と、極めて豊かな生態系が発達している。また、国境を越えて地球規模で渡りの旅をする渡り鳥にとって、干潟は渡りの中継地・渡来生息地として機能している。とりわけ日本の干潟は、シベリアから東南アジアやオーストラリア・ニュージーランドへと続く東アジアの渡りのルートを維持する上で、欠くことのできないものとなっている。


1971年に採択された「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(いわゆるラムサール条約)は、干潟をはじめとした水辺環境としての湿地の重要性にいち早く注目し、その保全を図ろうとするものであり、これ以来干潟の保全は国際的な課題となった。その後、92年の環境と開発に関する国連会議(地球サミット)におけるリオ宣言、アジェンダ21と生物多様性条約の採択などを経て、湿地の保全は生物多様性保全の上でも、その重要な構成部分であることが認識されるようになっている。


ところが、日本の干潟は、相次ぐ埋立と干拓によって、破壊と消滅の危機にある。


日本列島には、かつて、大小さまざまな干潟が点在し、戦前には8万2600haの干潟があったと推定されている。しかし、平野部の少ない日本においては、干潟は開発の格好の標的とされ、92年に発表された環境庁の調査によれば、戦後数十年の間にその40%が消失し現存する干潟の面積は5万1462haとなってしまった。


これに対し、国は、最近になって94年12月閣議決定、2000年12月変更の環境基本計画および95年10月に全閣僚が出席する地球環境保全閣僚会議で決定した生物多様性国家戦略の中で、干潟の重要性に言及を始めたものの、開発優先の傾向に歯止めがかかっていないのが現状である。


このような中、日本においても、97年4月14日の諌早湾干拓事業における潮受堤防締め切りを契機に、干潟の価値とこれを安易に破壊しようとする無謀さに対し、かつてないほど多くの国民の関心を惹くようになった。


2. 干潟保全に関する当連合会の取り組み


当連合会は、従来から干潟の保全に関心を持ち様々な調査活動を行なって来たが、諫早湾干拓事業については、堤防締め切りの前年の96年4月に現地調査を行い、同年10月の第39回人権擁護大会シンポジウム第3分科会において、その問題点を報告・指摘した。また、堤防締め切りの直後の5月28日には、当連合会会長が現地を視察した上で、水門開放を求める会長声明を発表し、同年10月17日には水門開放と事業の中止を求める意見書を発表している。この外にも97年5月には中海干拓事業について、99年12月には東京湾三番瀬干潟の埋立計画について、それぞれ事業の中止を求める意見書を発表している。


当連合会は、2001年3月、このような干潟保全の取り組みを更に進展させるべく、公害対策・環境保全委員会に湿地再生・保全プロジェクトチームを設置した。同プロジェクトチームは、干潟の現状を把握すべく、同年5月から8月にかけて、三番瀬、渡良瀬遊水地、釧路湿原、琵琶湖、中池見、河北潟等国内の主要な湿地の現地調査を行った。泡瀬干潟についても、同年6月16日から18日にかけて現地調査及び関係機関への聞き取り調査を行い、その結果、既に公有水面埋立法上の手続が完了しているとはいえ、泡瀬干潟は極めて重要な自然環境であり、その保全は急務であるとの認識に至った。そこで、当連合会は九州弁護士会連合会及び沖縄弁護士会と共に、02年2月8日、沖縄市民会館において、事業主体の内閣府沖縄総合事務局及び沖縄県土木建築部の担当者、沖縄県の自然保護担当者、観光学の研究者、事業推進派及び事業凍結派各住民団体関係者を招いて、シンポジウム「泡瀬干潟埋立計画を検証する」を開催した。


当連合会は、従来からの調査・研究の成果に、このシンポジウムで展開された議論や参加者からの意見も踏まえ、本意見書作成に至った次第である。


第2 沖縄島における干潟の現状と泡瀬干潟の重要性

1. 沖縄島における干潟の現状


沖縄島には大規模干潟が発達していたが、相次ぐ埋立によって大部分が失われている。「泡瀬干潟を守る会」の調査によれば、別紙「沖縄の主な干潟の現状」のとおり、糸満干潟(300ha)、糸満南浜(50ha)、与根干潟(160ha)、与那原海岸(140ha)、川田干潟(390ha)など、合計1185haもの干潟が消滅している。また、沖縄県の資料によると、復帰後の72年から97年までの総埋立面積は2390haにも上っている。干潟消滅の主な要因は、本土にもまして猛烈な速度で進行する埋立事業である。


残された干潟も、多くは開発行為による赤土流失その他による汚染の問題を抱えている。99年5月15日に沖縄本島で唯一ラムサール条約登録湿地に指定された漫湖干潟(58ha)も、登録を契機に保全活動が活発になって一定の成果を上げたものの、汚染によるヘドロ化をはじめ環境の劣化が著しく、また指定の範囲も限定的であったため、かつて5000羽以上のシギ・チドリ類が渡来していたかつての渡り鳥の楽園はその数が激減している。また、泡瀬干潟、佐敷干潟など多くの干潟が今なお開発による消滅のおそれに直面している。


2. 泡瀬干潟の重要性


泡瀬干潟は、沖縄島中部の中城湾に位置する約265haの干潟であり、まとまった規模のものとしては良好な状態で残されている。干潟の底質は泥質から砂質、サンゴ礫質と多様で、クビレミドロ、ホソエガサなど数種の海草(うみくさ)からなる沖縄最大の353haに及ぶ藻場も広がる外、サンゴ礁も見られ、多様で繊細な生息域を形成している。


底生生物相は豊かで、螺旋系に回転しながら砂地にもぐるミナミコメツキガニなどの甲殻類や、ホソスジヒバリガイ、リュウキュウアオイガイ、ハボウキガイなどの貝類など、南西諸島特有の生物地理的特徴を示す生態系が広がっている。


沖縄最大の藻場は、魚介類に産卵場所を提供し、また、満潮時には多くの魚類の餌場となり、ジュゴンやアオウミガメも海草を食べに訪れていると言われている。


「WWFJサイエンスレポート」において絶滅寸前種(環境省レッドリスト絶滅危惧種に相当)や危険種(同危急種に相当)などに指定されている種は、底生生物だけでも15に及んでいる。また沖縄県版レッドデータブック(沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物)において、絶滅危惧種とされているクビレミドロ(藻類)やトカゲハゼ、危急種とされているホソエガサ(藻類)やミナミコメツキガニ(但し地域個体群)等も生育・生息している(クビレミドロとホソエガサは「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック(水産庁編)」でも絶滅危惧種とされている)。


沖縄島では最大数が1000羽を越すシギ・チドリ類の渡来地はなくなっているが、その中で、沖縄野鳥の会の調査によると、泡瀬干潟では渡り性の水鳥など125種の野鳥が観察され、そのうちシギ・チドリ類などの渡り性水鳥の渡来数は沖縄島最大の900羽を数えているとのことである。また、レッドリスト掲載種であるコアジサシの繁殖も確認される等、泡瀬干潟は東アジアにおける渡り鳥の地球規模での渡りのルートを維持する上で欠くことができない生息環境となっている。


また、泡瀬干潟は、潮干狩り、潮遊び、バードウオッチング、魚釣りなどの場を近隣住民はじめ県民に提供している。


このように、泡瀬干潟は南西諸島の生物地理的特徴を示す貴重な大規模干潟で、且つラムサール条約登録湿地となるための国際的に重要な湿地の基準を満たしており、その保全は、沖縄県の課題にとどまるものではなく、日本が多様な湿地を保全する上で、またラムサール条約締約国としての国際的責務を果たす上で、極めて重要な意義を有している。それ故、泡瀬干潟は、環境省が01年12月に、我が国における保全施策の基礎資料となり、保全地域の指定等に活用するとともに、重要湿地及びその周辺地域における開発計画等に際して事業者に保全上の配慮を促すものとして選定公表した重要湿地500箇所に含まれてもいるのである。


第3 泡瀬干潟埋立事業の概要と経緯

1. 泡瀬干潟埋立事業の概要


泡瀬干潟埋立事業(以下「本埋立事業」という)は、国(内閣府沖縄総合事務局、以下この意味での国については「総合事務局」という)と沖縄県が事業主体となって、泡瀬干潟と周辺海域の公有水面185ha(内訳は総合事務局が175ha、沖縄県が10ha)を出島方式によって埋立ようとするもの(別紙「中城湾港港湾計画図」参照)で、埋立事業費は総合事務局が308億円、沖縄県が180億円とされている。


本埋立事業の目的は、次の2つである。一つは総合事務局の企図するもので、本埋立事業予定地の北東に隣接する中城湾新港地区の整備のための航路浚渫工事に伴って発生する浚渫土砂の処理であり、もう一つは沖縄県および沖縄市が企図するもので、両者が埋立地に計画する「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾートの建設である。


総合事務局は、埋立完了後自らの施行部分を沖縄県にすべて売却し、沖縄県はうち90haを沖縄市に売却し、沖縄県と沖縄市がそれぞれ基盤整備事業を担当する。この事業費は次のとおりである。


  1. 沖縄県 国からの埋立地取得費 213億円
  2. 沖縄市県からの埋立地取得費 184億円
  3. 地盤改良費 42億円
  4. 基盤整備費 92億円
  5. 基盤整備費 32億円


沖縄県、沖縄市とも事業資金は基本的には起債によってまかない、最終的には沖縄市が90ha、沖縄県が39haを民間に売却して返済資金を回収する独立採算事業としている。


埋立完了後の土地利用計画は、別紙「土地利用計画図」および「土地利用計画の詳細」のとおりであり、住宅用地や観光商業施設等用地の確保もさることながら、その中心は4つのホテルやコンドミニアム、コテージといった宿泊施設建設用地の確保にある。


2. 本埋立事業の経緯


泡瀬干潟が属する中城湾港の港湾区域は、北の勝連半島から南の知念半島まで2市4町3村にまたがる約2万4000haの広大な海域の港湾である。中城湾港は本土復帰に伴い琉球政府から沖縄県に移管され、74年4月に重要港湾に指定された。


中城湾港において現在進められている主要なプロジェクトには、流通加工港湾整備のための北部の新港地区埋立事業、港湾施設と都市基盤施設を一体的に整備するために行われている南部の西原・佐敷・知念等の海岸線におけるマリンタウンプロジェクト、そして本埋立事業がある。


本埋立事業は、そもそも市域の3割以上を軍用地が占めている沖縄市が、基地経済からの脱却をめざし、87年3月に策定した東部海浜地区開発計画の中で構想していた。当初は地元住民の干潟への強い愛着があり計画は進展しなかったが、沖縄市は91年5月に当初計画した陸続きの埋立を、海岸線を残した出島方式とすることで地元の合意を取り付けた。ところが、バブル経済が崩壊し、資金計画等の目処がたたずなかなか事業化できないでいた。


転機となったのは、98年4月に改正された沖縄振興開発計画特別措置法で創設された特別自由貿易地区(特別FTZ)に、99年3月新港地区が指定され、総合事務局が新港地区の港湾整備に積極的に関与することになったことである。すなわち、本埋立事業予定地の北東に隣接する新港地区では沖縄県により2170億円を投じて川田干潟を埋立てて、流通加工機能を持たせた港湾として整備しようとする新港地区開発計画が進められているが、この計画では4万t級の船舶が入港できる様に航路を13mの水深まで浚渫することとされていた。この浚渫土砂については、新港地区の表土処理に使用する予定であったが、工事が進行するにつれ、浚渫土砂には砂質が少ないため、表土処理用土砂としては計画どおりに使えないことが判明し、その結果大量の余剰土砂が発生することとなった。こうした状況の下で、県の要請により、総合事務局が特別FTZ支援を理由に、余剰土砂処分のために必要な規模の埋立については自らが事業主体になるとして、沖縄県に対して泡瀬地区埋立事業への参画を申し入れた。かくして本埋立事業は、急遽実施に向けて動き始めるのである。


この事業は、後述のとおり既に環境影響評価手続(以下「環境アセスメント」という)を経て、2000年12月19日には公有水面埋立法上の手続を終えており、01年8月より護岸工事から着手され、2年次から埋立工事が開始され7年次半ばで完了する予定であった。


3. 本埋立事業の現状


99年開催の鳥学会で泡瀬干潟が沖縄島最大のシギ・チドリ渡来地であることが報告された頃から、泡瀬干潟の価値の見直しと保全の機運が高揚した。公有水面埋立法上の手続終了後も、後記第4で述べるように、土地利用計画の杜撰さが改めて浮き彫りになるなど、本埋立事業への疑問は自然保護の視点からのものに止まらず、計画そのものの合理性・必要性にも及んでいる。


こうした中、01年7月31日には、本埋立事業の環境アセスメントのモニタリングのために設けられた「中城湾港泡瀬地区環境監視検討委員会(以下「環境監視検討委員会」という)における議論を受け、8月中に予定していた護岸工事など本格工事の着工は当面見合わされた。その理由は、環境保全の代償措置として採用された海草移植の実効性について、批判が強いため、移植の有効性を確認した上で着工するというものであった。          


01年11月に始まった移植実験は、重機を用いた国内初の機械化移植・回収ボックス工法で行われたが、現場を視察した地元の自然保護団体からは、移植した海草が根付かず、また、エダサンゴを下敷きにして破壊しているとの指摘がなされた。しかし、02年2月22日に開かれた環境監視検討委員会では、移植実験はおおむね順調として、技術的に改善されるべき点はあるが、総合的に検討した結果、現方法で海草の移植は可能とした。


この結論を受けて、尾身幸次内閣府沖縄担当相は、2月26日の記者会見で、「環境の問題については一応目処が立った。県側から計画の需要見通しについて聞いた上で、早急に前へ進めたい。」と発言し、3月8日には比嘉茂政沖縄県副知事、仲宗根正和沖縄市長から土地利用需要予測の報告を受けた後、「当面、第1区域(約90ヘクタール)の事業推進について合意した。」と述べて事業着工を正式に表明しており、3月中にも工事が着手される見通しである。


沖縄市民が二度に渡り、泡瀬干潟埋立の是非を問う市民投票条例の制定を求めて直接請求を行ない、また、地元紙沖縄タイムスが01年11月に行った沖縄市民世論調査では57%が埋立に反対であるにもかかわらず、事業推進派が集めたとされる8万5000人の推進署名(これは沖縄市の人口約14万2000人の70%近い数であり、その真偽に疑問が呈されている)を背景に、埋立用地の需要見通しや海草の移植はじめ環境保全について、十分な確認がなされないまま、目処が立ったとの政治判断によって、本格着工がなされようとしている。


第4 本埋立事業の目的の合理性について

1. 浚渫残土処理目的の不合理性


前述のとおり、本埋立事業の目的には、(1)「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾートを建設するという目的と、(2)浚渫土砂の処理という2つがある。


本埋立事業には多くの公費がつぎ込まれ、また、環境に与える影響が甚大であることから、その推進が是とされるためには、上記2つの目的が合理性を有しなければならない。まず(2)の目的について検討する。


総合事務局が本埋立事業に参加するに至ったのは、前述のとおり、新港地区が特別FTZに指定されたことによるものである。しかし、当該指定については、人件費等の理由から製造業の多くが海外に生産拠点を移している現在において、東南アジアに多数あるFTZとの競争上の優位性について十分検討を尽くしたとはいえない。川田干潟を埋立て2170億円もの巨費をかけて新港地区を流通加工機能を持たせた港湾として整備することに合理性があるかは疑問と言わざるをえない。また、浚渫土砂に余剰が発生したこと自体、この開発計画の杜撰さを示している。


これらをひとまず置くとしても、名古屋市がゴミ処分場建設の目的で藤前干潟を埋立てようとしたことが内外から厳しく非難されたことからもわかるように、干潟の重要性についての認識が高まりつつある現在において、残り少なくなってしまった干潟、しかも環境省が重要湿地に選定したように生態系上貴重な価値を有する泡瀬干潟を残土処理のために埋め立てることは、国の行為として合理的な選択とはいえない。国は環境基本計画の中で、干潟、藻場、さんご礁等の保全をうたい、生物多様性国家戦略では、「これらの生態系や自然生息地が適切に保全されるよう努める。」(35頁)として、その保全を国家目標としているからである。このような観点からは、減少しつつある干潟等を埋立てることは慎重でなければならず、残土処理については様々な代替案があることから、そのための干潟埋立については、原則禁止とされなければならない。


百歩譲って、埋立を認めうる場合があるとしても、代替案との費用対効果および環境に対する影響の面についての比較検討は不可欠である。しかるに、国は、このような代替案との比較検討を十分に行なうことなく、本埋立事業に参加することを決定した。このように、浚渫残土の処理目的で本埋立事業に参加するという意思決定は、内容的にもまた手続的にも合理性を欠いていると言わなければならない。


2. 本整備計画実現の困難性


(1) 沖縄市の予測


沖縄市は93年11月に作成した「沖縄市東部海浜開発に伴う社会経済波及効果測定調査報告書」の中で、「マリンシティ泡瀬」整備計画(以下「本整備計画」という)によって発生する経済効果について予測している。


これによると、本整備計画は業務、アミューズメント、商業、文化等の多面的な開発をして、リゾートホテル、商業施設等によって、域外からの集客を図り、情報サービス業オフィス、研究施設等によって雇用の場を創出し、これらをマリーナなどのアミューズメント施設で結びつけ、市民の憩いの場、交流の場や文化に触れる場として海浜公園、野鳥園、美術館等を整備し、総合的で複合的開発を行うものであり、生産額や雇用、所得、財政収入等の経済的効果が極めて大きいとしている。


具体的には、本整備計画により1400億円を超す投資がなされることから市内純生産への大きな波及効果が認められ、90年を基準とすると、05年には実施しない場合に比較して、544億円の増加となる。そして、各方面に大きな効果をもたらし、「05年には一人あたりの所得が403万円となり所得格差も110.9と県平均を上回り所得格差が解消される。」「就業者数は6万人、失業率も5.2%」となり開発をしない場合の10%台の高い失業率の解消につながり、さらに、商業力も、また都市環境、都市サービス、医療、福祉厚生等の都市指標についても、向上が期待できるとしている。


(2) 本整備計画の実現可能性


沖縄市が予測したこのような経済波及効果は、埋立後インフラ整備が完了し、ホテル、コンドミニアム、コテージ、海洋研究センター、リゾート専門学校、生涯学習センター等予定した建物が完成し、互いに複合的総合的に機能しあって集客力を生み出すことを前提としている。したがって、本整備計画が合理性を有しているか否かは、ひとえにその実現可能性にかかっている。


そこで、本整備計画の実現可能性について、まず、公有水面埋立免許願書添付の埋立必要理由書を検討する。


同理由書では、施設ごとの利用者推計から施設規模、必要面積を割り出し、それを積み上げて177ha(国埋立分)を埋立理由としている。とくにその中心であるリゾート施設の利用者推計について、「06年の沖縄への年間観光客が616万人になる。沖縄市には17万8000人が訪れ、そのうち60%の10万7000人を泡瀬地区で受け持つ、滞在平均日数は5.27泊で年間利用者56万3900人を宿泊施設として計画されている4ホテル、1コンドミニアム、1コテージの合計1275室で対応する。」としている。


しかし、この推計値の基礎をなすのはまだバブル期の残像を引きずっている92年の調査報告書であり、現在の経済状況に合致しておらず、この調査を前提にした計画には真実味はない。実際にも96年の入域観光客数は350万人に達してなく、99年の沖縄県における観光客の平均滞在日数は3.74日で、泊数にすると2.7泊に過ぎず、しかもこの数値は減少傾向が続いており、近年の実態は計画立案の根拠となった92年当時の予測からは著しくかけ離れている。前述のシンポジウムのパネリストであった小浜哲名桜大学教授(観光学)も、「沖縄の観光は500万人が限界で、向こう10年でも550万人がやっとであり、理由書の推計を実現するのは、現実には極めて困難である」と疑問視する(沖縄タイムス01年7月4日朝刊)。


また、施設の設置運営主体についても、新聞報道によると、「計画書に盛り込まれている栽培漁業施設は中城湾沿岸漁業振興推進協議会が管理運営する計画であるところ、同事務局は『組織と運用面で無理』と言っている。また、海洋研究施設の設置運営者とされている琉球大学施設部は、『そのような施設計画はない』と否定した。さらに、生涯学習センターは沖縄県が設置予定だったが、県財政が厳しいため、沖縄市が他の施設を誘致する方針に切り替えた。」(沖縄タイムス01年7月4日朝刊)とのことであり、本計画の実現性は極めて乏しい。


加えて、メインのリゾート施設の設置運営主体について、沖縄市が本整備計画に参加しうると思われる企業に対して行なった過去3回にわたって行なったアンケート調査も、本計画の実現性に大きな疑念を抱かせるものである。


当該調査結果によると、93年に294社を対象として行なった調査では、回答を寄せたのは115社で、そのうち参加希望したのは33社に過ぎない。そして、96年に270社を対象に行なった調査では、回答を寄せたのは84社で、参加希望は12社と激減し、さらに2000年9月に108社を対象に行なった調査では回答を寄せた会社は18社に過ぎず、参加希望についてはゼロに等しく、沖縄市の担当者も「内容については具体的に公表できるものはない。」と言わざるをえないほどである。


これは、バブル経済崩壊以降10年以上にもわたって継続し、いまだに出口の見えない景気の低迷を見れば当然の結果である。実際にも、現在埋立事業がほぼ完成している豊見城村豊崎地区や新港地区の埋立地では、企業誘致が計画どおりに進んでいない状況にある。


以上の検討から本整備計画はまったく実現可能性を有していないことがわかる。


前述のシンポジウムでは、県の事業担当者や事業推進派住民団体関係者らは、本整備計画は落ち込んでいる沖縄中部地区経済の活性化の起爆剤として是非必要であると強調していたが、土地利用計画どおりに実現可能かについては、明確なビジョンを示せなかった。また、事業主体の担当者から、土地利用計画について見直しの余地がある旨発言があったが、そうであるならば、本整備計画を白紙撤回して、再度、議論し直すべきである。


(3) 本整備計画のもたらすもの


前述のとおり、本整備計画のため、沖縄市だけでも275億円を負担しなければならないが、取得した埋立地が売却できなかった場合には、この費用の回収はできず、沖縄市が最終的な負担をしなければならないことになる。沖縄市の一般会計の予算規模は2000年度で約437億円であるから、最終的には最大で約63%にも上る費用負担をしなければならない。沖縄市には01度末で約344億円の負債(沖縄市の人口は約12万4000人であるから一人当たり27万7000円の負債)があることを考えると、本整備計画の推進は、沖縄市に重大なリスクをもたらすことになる。


本整備計画の推進は沖縄市にこのような結果をもたらす危険性のあるものであるから、沖縄市としてはこの計画が実現性を有するのか、そのコストやそのためのインフラ整備のコストをどうするのかといった費用負担についての検討や計画が失敗に終わった場合のリスクについても十分に検討した上で、その検討結果の情報をすべて市民に公開して、本埋立計画に対して市民の意見を求めるべきであった。


しかし、前述のとおり、埋立地を取得するに際して、沖縄県にもその一部を所有してもらうことによりリスク分散を行なうこと以外、沖縄市がこれらについて十分な検討を行なった形跡はない。また、本整備計画に関する情報のすべてを公開しているわけでもなく、住民合意のためにしたことは計画への翼賛的なものがほとんどである。


また「沖縄環境ネットワーク」が01年3月から4月に実施したアンケート調査において、埋立地に何が立地されるのか知らないとする者が64%にも上る一方、埋立が必要とする者は10%に過ぎないことに鑑みるならば、市民は本整備計画を良く知らず、積極的には望んでいるとは言えない状況にある。沖縄県民においては、況んやをやである。


このような状況の下で本整備計画を推進することは、貴重な干潟を潰して埋立を行なったが、企業の誘致はできずに意図した経済波及効果は生み出されないどころか、埋立用地取得やインフラ整備にかかった費用の負担のみが、市民、県民にかかってくるという悲惨な結果をもたらす蓋然性が高い。このような結果を招来しないためにも、また、生態学上貴重な干潟や藻場を消失させないためにも、沖縄県および沖縄市が本整備計画を進めることはもはや許されない。


第5 環境アセスメントの問題点

1. 本埋立事業についても環境への影響を配慮するため総合事務局によって環境アセスメントが実施された。すなわち、環境影響評価実施要綱に基づいて93年から98年まで環境影響評価の調査等が実施されて99年3月に準備書が作成され、環境影響評価法が制定された後の99年6月からは同法に基づいた手続が進み、同年11月には一旦評価書が作成されたが、追加調査の上、2000年3月に補正された評価書が作成されている。


評価書では、大気質・騒音など自然的構成要素および生物の多様性確保等の各環境要素について、新法に則って影響の回避・低減あるいは代償措置を検討した上、環境基準を達成している(5-34、以下同様に評価書の頁のみを示す)、事業者の実行可能な範囲で影響が回避・低減されている(5-65、5-329)、海浜の整備等の環境保全措置(6-1)を実施したり、海草移植の代償措置を検討する(6-5)等として、環境保全についての配慮が適正になされている(5-329、425、456)とされている(総合評価として8-1~7)。


2. 泡瀬干潟が持つ重要な価値に対する認識・評価の欠如


沖縄県が93年度に策定した「沖縄県環境管理計画」の「沿岸域における自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)」において、泡瀬干潟は、藻場のある区域を中心に自然環境の厳正な保護を図る区域である評価ランクⅠとされ、それ以外が自然環境の保護・保全を図る区域である評価ランクⅡに位置づけられている。評価ランクⅠにいう厳正な保護とは手を加えないことであるから、評価ランクⅠ内の藻場を消滅させことは本来許されない。もし本環境アセスメントで、泡瀬干潟の上記価値を適正に把握していれば、当然埋立をしない代替案、たとえば浚渫土砂を他の地域に処分することを検討すべきであった。


ところが、本埋立事業は藻場を約79haも消失させる(そのうち生育被度50%を超える密生・濃生域は約25ha)外、干潟も約49ha、サンゴ群集分布域も約47ha消失させ、その結果前記第2で述べた豊かで貴重な野生生物の生育・生息場所を喪失させるにもかかわらず、本環境アセスメントではその影響回避を検討していない。これは、上記指針の趣旨を完全に無視するものである。


3. 本環境アセスメントのその余の重大な欠陥


(1) 現地調査が不十分で泡瀬干潟の豊かな生物相が適切に把握されていないこと


前述のとおり、沖縄野鳥の会の調査によると、泡瀬干潟の鳥類は11目33科125種の生息が確認されており、そのうちオオヨシゴイ、セイタカシギ等30種は日本版レッドデータブックの絶滅危惧種等あるいは沖縄県版のレッドデータブックの危急種ないし希少種である。また、シギ・チドリの東アジアの主な渡り鳥のルートとして沖縄島は重要な位置を占めており、漫湖干潟より飛来数が多いとされている。このようなことから泡瀬干潟は沖縄最大の渡り鳥渡来地と指摘されているにもかかわらず、本環境アセスメントにおける現地調査では、96年の四季調査および97年の冬季調査等(5-280)しか行っていない。そのため、「四季調査で確認された鳥類は8目20科66種」と沖縄野鳥の会の確認数の半分程度に過ぎず(5-280)希少種等も11種に過ぎない(5-298)という結果となっている。沖縄野鳥の会の調査と対比すると、絶滅危惧ⅠA種であるクロツラヘラサギやカラフトアオアシシギはじめ多くの種類が見落とされている。


また、評価書段階では再調査すべきであったのに、準備書の調査結果をそのまま使用してしまっている。


貝類については、準備書段階の現地調査では18種しか確認されておらず(準備書3-253)、また「干潟のレッドデータブック」と呼ばれる「WWFJサイエンスリポート」で絶滅危惧種等にリストされているものも1種しか確認されていなかった。しかし、「琉球湿地研究グループ」による調査では、その4倍にあたる72種を採取し、うち14種がイボウミニナ、オミナエシハマグリ等前記レポートで絶滅寸前種、危険種、希少種、減少種にリストされているものであった。しかるに、このような調査結果は、評価書においてまったく考慮されず、再調査もないまま準備書の調査結果がそのまま使用されている(5-349)。


しかも、環境省作成の「藻類レッドリスト」および沖縄県作成の「レッドデータおきなわ」で、それぞれ絶滅危惧Ⅰ類、絶滅危惧種に指定されているクビレミドロについても、準備書の段階でその存在を見落とし、沖縄県知事から指摘されて初めて確認調査を行い、その環境保全措置を評価書に記載したものの、その生育面積が実際には1.77haであるのに0.9ha(6-6、8)と実際の半分程度しか確認していない。


現地調査は、環境への影響を予測・評価する上での前提となるものであるから、正確でなければならない。しかるに、本環境アセスメントの調査にはこのように様々な問題があり、環境アセスメントとしての信頼性を失わせるものとなっている。


(2) クビレミドロの移植検討の杜撰さ


評価書で提案されているクビレミドロの移植は、まだ技術が確立しておらず、その移植実験期間も移植の実効性を確認するのに不十分で、種の絶滅を招来する危険性がある。


環境監視検討委員会の委員でもある野呂忠秀鹿児島大学水産学部教授は、「生活史が解明されていないので、かなり厳しい。トキを保護するための繁殖作業と同じくらい難しいことだ」と指摘し、「クビレミドロは一個体で卵と精子を持つ雌雄同体。こういう藻類はほかにない。どうやって繁殖するのかも解明されておらず、移植技術の確立には3~5年はかかる」と移植に疑問を示している。さらに「移植というよりも、クビレミドロが生えている環境をどう残すかを考えることも必要では」と生育地保全を訴えている。


このように、クビレミドロの生育を確保するには、埋立を回避してその生育場所を適切に保存することこそ検討されなければならなかったのに、本環境アセスメントは、その検討を欠いており真のアセスメントではなくいわゆるアワスメントでしかない。


(3) 人工干潟の代償への疑問


本埋立事業で消失する干潟は、礫質を中心とした底質(泥質0%)で、小型巻貝類や海藻類が生育しており、面積も約49haにも及ぶ。これに対して、代償措置としての人工干潟は泥質と細砂質を各4haとする異質の干潟である。しかもその造成予定地は、本埋立事業区域外の南西(評価書6-4)にある底質が礫質もしくは砂礫質で、小型巻貝類やホンダワラ類の生息・生育している場所(6-3 表6.1.1)で、これを約8haも消失させてしまうのである。この人工干潟計画は、トカゲハゼの保全に固執し、貝類や藻類など他の沿岸生態系については完全に無視するものであり、生物多様性保全の趣旨に反している。


環境庁が98年12月18日に発表した「藤前干潟における干潟改変に対する見解について」では、人工干潟が豊かな生態系をもつ自然干潟の代償措置とならないとされており、本環境アセスメントが成功例として上げる新港地区の泥質による人工干潟(6-3)についても、もとの川田干潟への渡り鳥の飛来数は70年代に約1800羽であったのが、人工干潟への飛来数は2000年1月に27羽、01年1月13羽に激減している。


このように、人工干潟は、泡瀬干潟で消失する多様で豊かな沿岸生態系を代償する機能はまったくなく、環境保全の代償措置たり得ない。


(4) 住民や県知事の意見に対する事業者見解の不適切


住民意見では、「環境破壊につながる埋立は中止すべき。」とか「当地のような自然の豊かな水域を埋め立てることは、ここに生息する生物に多大な影響を与えると思われる。沖縄市の唯一残った市民の憩いの海をそのまま残してほしい。」と、泡瀬干潟の保存を訴えているが、事業者見解は、人工干潟や人工海浜などの整備をもって、自然との触れ合える場を提供するとしており(10-5、6)、適切かつ真摯な対応となっていない。


同様に、県知事意見では、「本埋立地及びその周辺海域は、約265haの干潟並びに約353haの藻場が大規模に存在する浅海域となっている。…このような当該浅場・干潟域は、長い年月を経て作り上げられた精妙な生態系のバランスが保たれた海域である。本事業を実施すると約49haの干潟及び約79haの藻場が消失するため、浅場から干潟に広がる多様な生態系へ大きな影響を与え、様々な問題が生じることが懸念される。したがって、価値の高い自然のある場合は、自然本来の姿を保全することをまず優先しなければならない。以上のことから、当該海域の干潟・藻場の自然環境の保護・保全を図るため、できる限り事業の影響を回避又は低減しなければならない。」とし、さらにクビレミドロの保護や鳥類の採餌・休息の場などの保護を強く指摘し、先に述べた本干潟域の高い自然的価値からその自然本来の姿の保全を要請している(10-7以下)。


しかるに、事業者見解は、先述したようにクビレミドロについて評価書の補正段階まで確認しておらず、しかも生育を確認した後も科学的に裏付けのない移植を無計画に採用するなど、場当たり的である。鳥類など多様な生態系の保全については事業者見解はまったく触れていない。このように事業者見解は泡瀬干潟の重要な価値を無視したものとなっている。


4. まとめ


先に述べたとおり、泡瀬干潟は、多数の絶滅危惧種や希少種が生育・生息するわが国でも有数の豊かな生物多様性を育む生態系を形成・保持している。


泡瀬干潟が前述した重要湿地に選ばれた理由は、「クビレミドロ(絶滅危惧Ⅰ類)が生育」、「春秋の渡りおよび越冬期の種数・個体数が比較的多く、ムナグロでは最小推定個体数の1%以上、キアシシギでは0.25%以上が記録されている。ムナグロの越冬数は日本最大である。RDB種のアカアシシギ、ホウロクシギが記録されている。」、「特に希少貝類が豊富。」等である。しかるに、本環境アセスメントは、このような実態を的確に調査・評価しておらず、その結果、本埋立事業の影響を適正に評価したものとはなっていない。したがって、本環境アセスメントを実施したことを以て本埋立事業推進の免罪符としてはならない。


また、環境監視検討委員会によって行われていることは、本来、事業計画段階における環境アセスメントで検討されなければならないことである。これを、事業決定後に行っているという性格上、同委員会の役割は、多少の環境配慮と引き換えに、事業者が事業実施することにお墨付きを与えるだけのものとなるおそれが大である。


第6 結論

当連合会は、以上の検討結果に鑑み、無駄な公費の支出を防ぎ、泡瀬干潟の貴重な自然を守るため、総合事務局および沖縄県においては、中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業を中止し、沖縄市と協議のうえ、泡瀬干潟について国設鳥獣保護区(鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律第8条の8第1項第1号)を設定する等の保全措置を講じ、ラムサール条約上の湿地登録手続をなすべきであると考え、本意見書を提出する次第である。


以上