裁判迅速化法案(仮称)に関する基本的見解

2002年11月28日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

1 裁判迅速化に関する日弁連の基本的見解

民事裁判において国民の権利・利益が充実した審理により適正・迅速に実現され、刑事裁判において被告人の権利が適正に守られつつ迅速に刑罰権が行使されることが、今日の裁判に求められるもっとも重要な要請である。


司法制度改革審議会の意見書が「民事裁判制度については、まず適正・迅速かつ実効的な司法救済という観点から民事裁判を充実・迅速化すること」、「刑事司法の目的は、・・公正な手続を通じて、事案の真相を明らかにし、適正かつ迅速に刑罰権の実現を図る」と述べているのはこの趣旨である。裁判の「適正・充実」と「迅速」は同時に実現されるべきであり、審理を手抜きして迅速化を図ることがあってはならず、審理を充実することにより裁判の迅速化をはかる方策が検討されなければならない。


このことは意見書のかかげる改革課題を確実に実現していくことにもつながるのであって、裁判迅速化法案は「人的、制度的な基盤の総合的な整備推進を図るという趣旨の法律」(顧問会議における佐藤幸治座長の発言)でなければならず、名称も「裁判充実・迅速化法案」とし、次の諸点が盛り込まれるべきである。


2 裁判充実・迅速化法案の骨子

(1)裁判充実・迅速化法案の掲げる目標

充実した裁判が迅速に行なわれるには、それを可能にするような司法インフラの整備・制度改革および、そのための財政措置が同時に講じられなければならない。


すなわち、民事・刑事の訴訟手続について、2年以内に第一審における手続を終了させるという目標を達成するために、裁判の迅速と充実をともに実現する観点から、充実・迅速化を支える司法インフラを整備する(「司法インフラ倍増計画」)とともに、訴訟等の手続を大きく改革しなければならない。


(2)国の責務

国の責務として、次の2つを明定する。


  1. 充実・迅速化を支える司法インフラを整備する、その倍増計画を確立し、そのために不可欠な財政面での手当を直ちに実施し、継続する。
  2. 充実・迅速を可能にするように民事訴訟法の改正をすすめ、また刑事手続を抜本的に改革する。
(3)訴訟関係者の努力義務

裁判官・弁護士・検察官などの訴訟関係者は、日本国憲法および民事訴訟法・刑事訴訟法の定めるところに従い、改正・改革された手続・制度を実施し、充実した裁判が迅速になされるように努める。


(4)検証の実施

計画の立案、法改正をし、そのうえで財政措置にもとづく人的・物的基盤を充実させ、改正された手続きに従って裁判を実施する。そして、一定の時期を経た段階で、司法インフラ・制度面の整備状況および裁判の充実・迅速化の達成状況を検証し、その検証結果を立案にフィードバックし、さらに、再び財政措置および法改正等を行うというサイクルを確立する。


検証の実施主体は、最高裁判所ではなく、訴訟手続を利用する市民と訴訟関係者からなる第三者機関をつくって検証する。


なお、この検証を実施するに際して、裁判の独立を侵害したり、進行中の裁判に影響を与えることがあってはならない。


3 司法インフラ倍増計画

裁判所、検察庁の人的・物的体制の拡充

裁判官、検察官の大幅な増員(すべての裁判所に裁判官を常駐させることは必須である)、また書記官、家裁調査官、速記官、事務官など裁判所、検察庁の職員の増員などの人的拡充と、裁判所の法廷、和解室、準備手続室、調停室、市民の身近な場所への裁判所の設置など施設・設備の物的拡充が、裁判を充実・迅速化させるために不可欠である。


10年後には、法曹人口が現在のほぼ倍に達する。このことをふまえ、明確なスケジュールをたて、10年間で、人、設備、財政措置を、それぞれ2倍にしなければならない。


4 制度的基盤の整備・改革

証拠収集、証拠開示などの整備と手続の改革

民事裁判のうち、医療過誤、建築紛争、労働訴訟、行政訴訟などの専門的事件においては、一方当事者に事実や証拠などの資料が偏っているため実質的に対等な訴訟遂行ができず、そのことが訴訟を長期化させることが多い。


現在、法制審議会において民事訴訟法の改正がすすんでおり、たとえば計画審理の導入のほか、提訴予告通知制度を新設し、当事者照会や裁判所が一定の要件のもとに文書送付嘱託、調査嘱託、判定嘱託、現地調査などができる制度が検討されている。さらに、いわゆるディスカバリー制度を採用するなど、証拠収集手続きを抜本的に拡充することが裁判の充実・迅速化のために不可欠である。


行政裁判については、行政側の早期の証拠提出(説明義務)のほか、訴訟要件の大幅な暖和、指定代理人制度の廃止、執行停止の原則と仮命令制の創設、専門的な裁判機関の整備などが必要である。


刑事裁判において、強制捜査権を持たない被告人・弁護人側は事実や証拠を収集するために時間がとられ、また検察官が公益の代表者として強制権限により収集した証拠を被告人・弁護人に開示しないために公判における実質的に対等な防御権の行使ができない状態にある。さらに、捜査段階での供述調書が検察官側の主たる証拠であり、これを争うには密室における捜査過程を立証しなければならないため、裁判が長期化している。また、被告人の身体が長期に勾留されるため、弁護人が被告人との打ち合わせに多大な時間がとられることも長期化の原因となっている。こうした事態を、「全面的な証拠開示」、「捜査過程の可視化」、「保釈の拡大」、「接見交通権の拡充」などによって抜本的に改革することこそが刑事裁判を充実・迅速化させる。