東京都の原宿留置場建設計画についての意見

2002年10月8日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

東京都は現在、都内の警察留置場が不足しているとして、渋谷区神宮前(原宿)の日本社会事業大学跡地に民間オフィスビルと一体化した600名を収容する警察留置場を新たに建設する計画を進めている。


日本弁護士連合会は、この計画について、次のとおり意見を申し述べる。


1 代用監獄の廃止に逆行する

いうまでもなく、警察留置場はもともと法が予定していなかった「代用」の監獄であって、「逮捕された被疑者の身柄は、司法官憲に引致された後、捜査官憲の手に戻されてはならない」という刑事司法の大原則に違反するばかりでなく、現に長く冤罪の温床、人権侵害の温床となってきた。国際人権(自由権)規約委員会その他の国際人権諸機関が再三にわたって日本政府に代用監獄の廃止を勧告してきたのも、そのためである。


したがって、警察留置場を存置するどころか新たに(代用監獄たる)留置場を建設しようとすることは、国際人権基準や国際世論に逆行するものである。


また、今回の原宿における警察留置場建設計画は、老朽化した原宿警察署の建替に伴うものと説明されているが、600名を収容する警察留置場は前例のない大規模なものである。こうした大規模な留置場は、質的・物理的に「警察官署ニ附属スル留置場」(監獄法1条3項)とは到底いえず、法が予想しない新たな刑事拘禁施設であって、従来の警察留置場に比べてさらに違法の疑いが強い。


かように、原宿留置場建設計画は代用監獄の廃止の理念と要請に反するばかりでなく、これに逆行して代用監獄を温存・強化するものであり、年来代用監獄の廃止を訴えてきた当会としては、反対せざるを得ない。もし原宿地域に新たな刑事拘禁施設を建設するのであれば、後記3のとおり拘置所を建設すべきである。


また、百歩譲って、どうしても拘置所建設への全面的な変更が不可能というのであれば、次のとおり次善の策を講ずるべきである。


  1. 敷地や物的施設は警察(東京都)のものであるとしても、施設の管理及び収容業務は拘置所(法務省)の職員が出向いて行う。
  2. 少なくとも、新たに建設する拘禁施設の一部は拘置所とする。

なお、拘置所における被拘禁者の防御権行使や処遇の現状は、たとえば接見の曜日や時間が大幅に制限されている点に見られるとおり、極めて不十分である。この点は、無罪の推定を受ける被疑者・被告人を収容する施設にふさわしい運用に改められるべきであり、上記の新たな拘禁施設においても同様の取扱いがなされるべきである。


また、新たな刑事拘禁施設を建設するにあたっては、地元の自治体や住民の意見に十分配慮すべきことも当然である。


2 いわゆる「民営化」について

新聞報道によれば、石原都知事は原宿留置場の運営についてPFI(プライベート・ファイナンシャル・イニシアチブ)方式を導入するなど民営化に意欲的であるとされ、東京都財務局の基本調査でも民営化の方向を含めた検討が行われている模様である。


しかし、ヨーロッパやアメリカにおいても、刑務所については民営化した実例があるものの、警察留置場を民営化した例はない。また、ヨーロッパやアメリカにおいて、民営化によって運営が好転した刑務所はごく一部にすぎず、アメリカではむしろ民営化による弊害が顕著に現れている。


したがって、原宿地域に新たに建設される拘禁施設を民営化することには反対せざるを得ない。


 

3 過剰拘禁(収容)の観点からの検討

東京都は、都内に警察留置場を新設する理由として「深刻な留置場不足」を挙げる。すなわち、2001年12月末日現在都内の留置場に在監する1日あたりの被拘禁者数は約2490人で、10年前(1991年)の941人の約2.6倍に増加しており、過去3年間の平均伸び率8.5%を前提とすると、2006年には500人、2008年には1000人を超える収容能力の不足が想定される、とする。


しかし、これは事実を誇張し、問題をすり替えようとするものである。


なぜなら、警視庁の東京三弁護士会の照会に対する回答や東京都議会に提出した資料によれば、たしかに警察留置場の被拘禁者数はこの10年間増加しているものの、その大部分は勾留後の被疑者(1.90倍)と起訴後の被告人・受刑者(3.73倍)の増加によるものであって、警察留置場本来の拘禁対象である被逮捕者の増加は1.22倍にすぎない(しかも前2者の合計数と被逮捕者数の比率は10対1以下)からである。


すなわち、警察留置場における被拘禁者数の増加の実態は、本来拘置所・刑務所に移管されるべき勾留後の被疑者と起訴後の被告人・受刑者が警察留置場に滞留しているという事実にほかならず、未決における過剰拘禁(収容)といわれる問題の原因は拘置所が施設数及び収容定員の両面で決定的に不足している点にあるのである。


したがって、現在求められているのは警察留置場の増設ではなく、拘置所の増設である。


警察と検察が本来の原則どおり、勾留後の被疑者と起訴後の被告人・受刑者を拘置所・刑務所に移管することを実行すれば、そして対応する拘置所の収容能力を拡大すれば、警察留置場の「不足」や過剰拘禁(収容)問題はたちどころに解消するはずである。


以上