支援費制度に関する提言

2002(平成14)年6月22日
日本弁護士連合会


本提言について

現在実施に向けて準備検討されています支援費制度につきまして,当連合会として以下のとおり提言を申し述べます。


はじめに

2000年6月,「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」が成立し,戦後50年余日本の障害者福祉を支えてきた措置制度は,2003年4月から,障害者の自己決定を尊重し,利用者本位のサービスを提供する新たな仕組み(支援費制度)に移行することになりました。


支援費制度は,障害者が事業者との対等な関係に基づき,自らサービスを選択し,契約によりサービスを利用する仕組みと説明されています。


また,支援費支給事務は,援護の実施者とされた市町村が担当することになり,都道府県の役割は費用負担,情報提供,事業者の指定や指導監督等に,国の役割は費用負担と制度全体の枠組み,基準の設定等に限られることになりました。


支援費制度は,これまでの行政主導の措置制度を利用者と事業者の契約によってサービスを利用する制度へと大転換するものであり,2000年4月に実施された介護保険に続き,福祉の分野に契約制度を導入するものです。


しかしながら,個々人が自分で選択し決定することやその結果について責任を負うという契約の仕組みに,判断力が十分でない障害者は不安を募らせています。また,これまで措置制度のもとで良かれ悪しかれ与えられる福祉になじんできた障害者と事業者が,急遽,対等の立場で契約を締結すると言われても,福祉の現場は戸惑うばかりです。


さらに,多くの障害者は,情報の収集や理解,判断能力,意思伝達の方法等に支障があり,何らかの支援がなければ対等な当事者とはなりにくいといわざるを得ません。


また,支援費支給に関する事務は,おもに市町村に委ねられていますが,担当する職員に専門的な知識や技術があるのかどうか,支援費支給が決定された後も地域に障害者が選択できるほどのサービスが存在するのかどうか,さらには,どのようなサービスを選択するかというケアマネージメントはどのようになっているのか等,制度発足にあたって不安や疑問に感じる点が多々あるといわざるを得ません。


このような現状を踏まえ,支援費制度発足を目前にした現時点における制度の問題点や課題を以下の論点に絞って申し述べます。


<論点1> 契約制度移行のための条件


提言 1 サービス選択の前提となる基盤整備
提言 2 新しい障害者プラン策定
提言 3 契約締結能力の不足を支援する仕組み
提言 4 事業者側の契約締結拒否理由



<論点2> 支援費制度が公正かつ適正に行われる保障


提言 5 支援費支給決定にかかる諸手続
提言 6 支援費支給決定において適切な判断ができる体制整備


論点1 契約制度移行のための条件

【提言1】サービス選択の前提となる基盤整備

支援費制度は,契約の前提として選択権を認めていますが,現況では福祉サービスの基盤が十分整備されていないため,障害のある人の選択権が保障されているとは言えません。基盤整備を進めるにあたっては次の点が改善・整備されるべきです。


  1. 障害のある人が,地域で生活するという選択をすることが現実に出来るように基盤を整備し地域における自立の支援を充実させること。
  2. 住居や働く場が確保されるなど社会資源が整備されること。
  3. サービスの地域格差が是正されて,それぞれの地域でニーズに応じた選択権が保障されるように基盤が整備されること。
  4. 福祉サービスの資源を整備する国と地方自治体の法的責任を明確にすること。

理由
1.障害のある人の選択権は本当に保障されるのか

(1)障害のある人の選択権は本当に保障されるのでしょうか。障害のある人の自己決定権や選択権を謳っても,現実に選択できる福祉サービスが存在しなければ意味がありません。


全国レベルで福祉サービスの基盤整備が進んでいるかどうかは,平成7年に策定されて,平成14年の達成を目標にした障害者プランの進捗状況が目安になります。障害者プランでは「緊急に整備すべき目標」として11項目[下記(2)参照]について数値目標が設定されました。


結論から言うと,「緊急に整備すべき目標」のうち,平成14年の達成を目指して数値目標が設定された11項目中10項目が数値上の目標を達成することとなります。


しかし,平成14年度目標数値が達成されたとしても,障害のある人の選択の幅が十分であるということはできません。


(2)障害者プランを考えるとき,障害のある人が,地域で生活をするという選択をした場合に現実にできるように基盤が整備される必要があります。また,地域での生活を実現するための住まいや働く場,あるいは活動の場などが整備されることが必要です。


この点,「障害者プラン中間年と市町村障害者計画」佐藤久夫編著(1999年8月15日第1刷発行)によれば,グループホーム・福祉ホームの整備目標に比して,知的障害者入所更生施設と身体障害者療護施設の整備目標が大きいこと,障害者プラン関連予算全体では,66%が知的障害者入所更生施設と身体障害者療護施設で占められていることが指摘されています。


また,厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部,平成12年9月調査によれば,知的障害のある人32万9200人中,11.5%,3万7858人が将来グループホームでの生活を希望していると推計されているのですが,障害者プランにおける目標値では,知的障害者グループホームの整備は,5060人分に止まっています。


精神障害のある人では,厚生労働省の調査によると,入院している人の1割が,受け入れ条件があれば直ちに退院できるとされており,入院している人の6割が退院できると主張する人もいます。


平成8年厚生労働省調査によれば,精神障害のある人の入院者34万人に対して,精神障害者のグループホーム整備の平成14年目標値は5060人分に過ぎません。


このような統計からも,障害のある人が「施設での生活」の「選択」を余儀なくされている現状が顕れます。障害者プランが,障害のある人の地域での生活という選択を現実的に行うことを可能にするものとなるように,目標値が設定される必要があります。


2.市区町村障害者計画の策定状況

平成12年度末の都道府県及び市町村の障害者計画の策定状況をみると,都道府県及び指定都市では,策定率100%ですが,市区町村では策定率74.9%で,市区95.5%,町村では69.4%に止まっています。また,数値目標を有する市区町村は,策定済の市区町村のうち,37.8%に止まっています。


このような策定状況をみると,福祉サービスの地域格差が顕著であるといわざるを得ません。このような格差が是正され,それぞれの地域でサービスの提供を得る,即ち「選択」が可能となるように基盤整備がなされる必要があります。また,計画は策定されているものの数値目標を有しない市区町村については,計画を具体化するためにも数値目標が設定される必要があります。


また,都道府県及び市区町村の障害者計画の策定は努力規定に止まっておりますが,社会資源が不足する状況に鑑みると,義務化し地域生活の具体化を目指すべきです。この場合,一市区町村に出来ることには限界があることから,国や地方公共団体の責務が明確化されることが重要となります。


3.国や地方自治体の責任の明確化

支援費制度が実施されて契約制度に移行した後にも,サービスが後退することなく,十分な福祉サービスの受給が可能となるように,また,支援費制度の実施によりかえって責任が後退することがないように,憲法13条,25条に基づいて国の責任が明確にされるべきです。


【提言2】新しい障害者プラン策定

平成15年度を初年度とする新たな障害者基本計画,そして新たな障害者プランが策定されるにあたって,次の点を勘案すべきです。


  1. 障害のある当事者の意見及び様々な関係を持つ人の意見が十分反映されるように十分な調査を行うこと。
  2. 従来のプランで目標数値を持たなかった項目等についても出来るだけ目標数値を設定すること。
  3. 数値目標は具体的なニーズの把握に基づいて根拠が分かりやすく明示されること。
  4. 既存のサービスのあり方の枠にとどまらず,ニーズに応じた新しいサービスの提供のあり方をも模索・展開すること。

理由
1.平成14年度障害者プランの進捗状況

前述のとおり,「緊急に整備すべき目標」のうち,平成14年の達成を目指して数値目標が設定された11項目中10項目が数値上の目標を達成することとなりますが,重症心身障害児(者)等の通園事業は,14年度予算案でも,868カ所と66%の整備状況に止まる見込みです。また,小規模作業所における助成措置など数値目標が明示されない項目もあります。具体的な進捗状況についての統計は次のとおりです。


  1. 住まいや働く場,ないし活動の場の確保
    1. グループホーム・福祉ホームについては目標値は2万人分のところ,厚生労働省14年度予算案によれば2万861人分までが達成される見込みです。
    2. 授産施設・福祉工場については,目標値6万8000人分のところ,14年度予算案によれば6万7570人分までが達成される見込みです。
  2. 地域における自立の支援として,障害児の地域療育体制の整備
    1. 重症心身障害児(者)等の通園事業
      目標値は1300カ所ですが,14年度予算案でも,868カ所まで66%の整備状況に止まる見込みです。
    2. 精神障害者の社会復帰の促進
      1. 生活訓練施設(援護療)
        目標6000人分のところ,14年度予算案によれば6000人分が達成される見込みです。
      2. 社会適応訓練事業(通院患者リハビリテーション)
        目標5000人分のところ,14年度予算案によれば5280人分が達成される見込みです。
      3. 精神科デイケア施設
        目標値1000カ所のところ,平成13年度894カ所と89%の整備状況です。
    3. 介護サービスの充実
      1. 在宅サービス
        1. 訪問介護員・派遣事業
          目標値は4万5000人分の上乗せであるところ,14年度予算案では4万5300人分の上乗せが達成される見込みです。
        2. 短期入所生活・介護事業(ショートステイ)
          目標4500人分,14年度予算案では,4650人分まで達成される見込みです。
        3. 日帰り介護事業(ディサービスセンター)
          目標1000カ所のところ,14年度予算案では1010カ所が整備される見通しです。
      2. 施設サービス
        1. 身体障害者療護施設
          目標値2万5000人分のところ,14年度予算案では2万5000人分が達成される見込みです。
        2. 知的障害者更生施設
          目標値9万5000人分のところ,14年度予算案では9万5600人分が達成される見込みです。

2.障害者プランの実効性

(1) 目標数値について


目標達成ゴールの2002年までの7年間で1兆円の予算が計上されていますが,策定時の障害者施策関連予算の7年間分を積算したものに過ぎないこと,地方自治体の負担分が約半分を占めるため,国の負担は5000億円に止まることが指摘されています[前掲「障害者プラン中間年と市町村障害者計画(佐藤久夫編著)」第2章小野浩著]。


策定された数値の根拠は必ずしも明らかではなく,障害のある人の選択権の保障よりも,予算が先にありきだったため,結果として具体的なニーズの把握に基づく数値ではありません。目標数値の根拠が分かりやすく明示されることが望まれます。


14年度予算案によれば,前述したとおり11項目のうち10項目が目標数値を達成します。しかし,これらの数値が達成されたことによる成果,住まいや働く場の確保,地域における自立の支援の充実の程度など,障害のある人の「選択」の前提としての基盤整備がなされたといえるのか等,プランそのものが評価される必要があります。


(2) 雇用対策について


平成14年度厚生労働省予算案では,障害者雇用対策の推進にかかる予算は143億円であり,障害者雇用対策の見直し等経済情勢の変化に対応した障害者雇用の促進,福祉と雇用の連携による就業・生活支援の推進,精神障害者の雇用対策の推進の3項目が列挙されておりますが,障害のある人に職業選択の自由が実質的に妨げられず,また働くうえでの特別のニーズを持つ人に対する環境改善や条件設定をするための施策が求められます。


(3) 障害のある人の意見の反映


上記のプランの評価などを行うにあたっては,障害のある人にとって,どの程度,選択権が保障されたといえるのか,障害のある人及び福祉の現場に携わる人など様々な立場の人から,多くの人の意見や「実感」を聴取する機会をもつ必要があると考えます。


3.新しい障害者プラン

「障害者対策に関する新長期計画」が平成14年度で終期を迎えることに伴い,本年度を目途に平成15年度を初年度とする新たな障害者基本計画が策定されます。また,障害者基本計画の前期重点施策計画として,現行「障害者プラン」に代わる新たな障害者プランが策定されます。


新しいプランの策定にあたっては,上記「1 サービス選択の前提となる基盤整備」で提言した内容を踏まえる必要があります。


また,新障害者プランの策定にあたり,「懇談会(仮称)」が設けられるとのことですが,より多くの人の参加や意見の反映が望まれます。


そして,このプラン策定にあたっては,従来のプランで目標数値を持たなかった項目等も含め,福祉サービスを利用するにあたって選択権の行使が本当の意味で実現されるような数値目標が設定されることが必要です。



【提言3】契約締結能力の不足を支援する仕組み

契約締結能力が不足している障害をもつ人の権利を擁護するため,次の諸点を改善・実行すべきです。


  1. 「本人が信頼する者」という曖昧で主観的な支援者でなく,成年後見制度や地域福祉権利擁護事業などに基づく客観的な支援者による支援体制を構築すること。
  2. 成年後見制度利用支援事業の早急な拡充と実効性の確保を実現すること。
  3. 成年後見人の受け皿を公的責任において早急に整備すること。
  4. 地域福祉権利擁護事業のより一層の充実と低所得者に対する公的な助成を実現すること。

理由
1.誰が契約締結能力の不十分な人を支援するのか

支援費制度という契約制度によって,障害をもつ人の自己決定を尊重した利用者本位のサービス提供が行われるためには,障害をもつ人が事業者と対等な関係に立てなければなりません。しかし,障害をもつために本人の判断能力・契約締結能力が不十分となっている場合があります。そのような場合には,誰かが判断能力・契約締結能力の不十分な点を支えなければ,事業者と対等な関係に立つことはできません。したがって,社会福祉サービスを契約制度によって供給するためには,本人を支える支援者の存在が不可欠になります。


支援費制度では,「成年後見制度の十分な活用,普及が図られるまでの間は,利用者本人の意思を踏まえることを前提に,本人が信頼する者が本人に代わって契約を行うことも,サービスの円滑な利用を確保するためにやむを得ない場合がある」[事務大要「事業者・施設指定基準に関すること」の3「契約に当たっての基本的な考え方」]とされており,この「本人が信頼する者」とは,「本人の意思に従って行動することが期待できる人を指しており,必ずしも家族や血縁者に限定されるものではない」[事務大要Q&A集「事業者・施設指定基準に関すること」の(2)(問5)]とされています。


2.「本人が信頼する者」の問題性

しかし,「本人が信頼する者」というのは,非常に曖昧で主観的な言葉です。障害をもつ人が被誘導性を伴っているような場合には,「信頼する人」と位置づけられる人を押しつけられてしまうと,拒絶することができなくなってしまいます。そうなってしまうと,本人の自己決定の前提自体が崩れてしまいます。そのような曖昧で主観的な支援者ではなく,明確で客観的な支援者の存在を予定しておかなければなりません。


そうだとすると,成年後見制度と地域福祉権利擁護事業とが活用されなければならないことになるでしょう。事務大要でも,「成年後見制度の十分な活用,普及が図られるまでの間」と暫定的な措置として表現していますが,それではいつになればそのような暫定的な方法を採る必要性がなくなるのかという保障は一切ありません。成年後見制度も地域福祉権利擁護事業もそれぞれに制度としての限界をもっていますが,各制度の限界を早期に克服することを目標にして,両制度を活用した明確で客観的な支援者を確保することが目されるべきでしょう。


3.成年後見制度の運用と課題

成年後見制度は,1999年12月の「民法の一部を改正する法律」などによって成立し,2000年4月から施行されています。成年後見制度では,従来の禁治産・準禁治産宣告制度に代わって,自己決定権の尊重・残存能力の活用・ノーマライゼーションの達成という理念のもとに,柔軟かつ弾力的な利用しやすい制度にするという目的が掲げられています。


支援費制度では,在宅サービス及び施設サービスをともに対象としていますが,判断能力が不十分なために自ら契約することができない人も当然に支援費制度の対象となっています。したがって,判断能力が不十分な人に対しては,成年後見制度に基づく適切な支援が不可欠であることはいうまでもありません。


成年後見制度の運用実績としては,最高裁判所事務総局家庭局『成年後見関係事件の概況~平成12年4月から平成13年3月』によると,費用が明確となって低額化したこと,審理期間が短縮化されたこと,さらに,成年後見制度への理解が浸透して,さまざまな受け皿づくりが進んでいることなど,確かに制度の改正によって使いやすくなった面があります。


しかし,成年後見制度の運用面で特に浮かび上がっているのが,費用の問題と支援の受け皿の問題だろうと思われます。すなわち,本人の保有する財産とそれを保全・管理するのに必要な費用が見合うものでなければ,その制度は利用されないでしょうから,支援費制度が導入されても,成年後見制度がかかる費用に見合った制度設計になっていなければ,成年後見制度が機能する余地はありません。


また,せっかく制度ができても,それに対応しうる受け皿が整備されていなければ,実効性がありません。障害をもつ人には,コミュニケーションが困難であったり,障害のほかにさまざまな家族内での問題を抱えたりしている人もいますから,さまざまなニーズに即応できるよう,早急に受け皿を整備しなければなりません。


各弁護士会では,高齢者・障害者財産管理センター・支援センターを設立し,高齢者・障害者の権利擁護システムを構築してきました。2002年6月現在で,全国52弁護士会中42単位会が支援センターを設立しており,これらの支援センターが成年後見制度の受け皿として機能しています。これらの支援センターを中核とし,障害をもつ人に対する法的支援体制のより一層の充実とともに,障害をもつ人に関する身上監護を含むさまざまなニーズに対応できるような福祉や医療の関係者とのネットワークづくりが推進されなければならないでしょう。


4.成年後見制度利用支援事業の拡充と課題

2001年7月には,身寄りのない重度の痴呆性高齢者等を対象として,申立費用や後見人の報酬など必要な経費について,公的に助成する制度が「成年後見制度利用支援事業」として制度化されています。これによって前述した費用の問題の一部には,対応しうる面があることは評価できます。


しかしこの制度も,対象者を非常に狭く限定しているほか,具体的な運用方法,たとえば,家庭裁判所の決定と補助金額の決定をどのようにリンクさせるか,補助金の具体的な受領者を誰にするのか,など多くの点がいまだ明確でないなどの問題点を残しており,直ちには利用することができないという課題を有しています。


支援費制度において,障害者福祉の分野にもこの「成年後見制度利用支援事業」が拡充されなければならないことはいうまでもないところですが,仮にこの制度を拡充していくとしても,まだ解決されていない運用面での課題が上記のように数多く残されています。また,高齢者に対する助成と障害者に対する助成では,支給する期間にも相当程度の差異が存在するはずで,障害者に対する助成が途中でうち切られたりすることのないよう,法律をもって恒久的な制度にしておかなければなりません。


さらに,障害をもつ人に対する支援は,単に費用を援助するだけのものではないはずです。コミュニケーションに困難がある場合や,多問題家族などの背景があるために利用者が的確な支援を得られない場合など,金銭的な支援の前に人間として必要な支援があります。したがって,必要な場合に必要に即して適切に対応しうる受け皿作りも平行して実現していかなければならないという課題を残しています。


5.地域福祉権利擁護事業の運用と課題

地域福祉権利擁護事業は,社会福祉協議会が中心となって,比較的安い費用で日常的財産管理や福祉サービスの利用援助という限定された事務に関して支援することを定めています。地域福祉権利擁護事業は,1999年10月に開始されてから2001年11月までの26ヶ月で,相談援助活動延べ件数は12万1645件になりますし,契約締結または準備件数は4214件となっています。


しかし,地域福祉権利擁護事業は,契約による利用制度であって,制度自体に内在する限界があります。第1に,本人が判断能力・契約締結能力を有していなければ,たとえ日常的財産管理に限定された事務であっても契約して利用することはできません。第2に,日常的財産管理を超える重大な財産管理に対しては,社会福祉協議会という福祉の専門家が対応することはできないため,この事業で支援を受けることはできません。さらにこの事業には政策的な限界もあります。施設入所の利用を代理・代行によって支援することはできないとされている点です。これは,本人の意思に反する施設入所が行われることがないようにするというセーフガード措置です。


そうすると,支援費制度に移行する社会福祉施設には,重度の知的な障害をもつ人に対する入所施設もありますから,そのような施設への入所契約をこの事業で支援することは困難があることになります。また,いかに比較的安いとはいえ,この事業の利用は無料・無償ではありませんから,基礎年金しか取得しえない人にとっては,この事業の利用料でさえも重い負担になってしまうおそれもあります。


6.地域福祉権利擁護事業の課題

支援費制度は,障害をもつ人が今まで受けてきた社会福祉サービスを継続して受けることを排除する制度であってはなりません。そのためには,入所契約に対しても何らかの支援措置が必要になります。現状では,本人の意向が明らかでないにもかかわらず,家族が本人の名義で入所契約を行っている場合も見受けられます。しかし,あくまでも本人の意向を確認して代行する支援が必要です。成年後見制度では前述したとおりの課題を抱えていますし,地域福祉権利擁護事業では入所契約への支援は制度の対象外とされています。したがって,入所契約についても,何らかの制度的対応を取ることが早急に必要になっています。


また,基礎年金しか取得しえず,地域福祉権利擁護事業の利用料さえ負担することが困難な人に対しては,公的な助成を考慮すべきです。現在のところ,生活保護を受けている人が地域福祉権利擁護事業のうち福祉サービス利用援助と日常的財産管理の援助を受ける場合には,利用料の負担はありません。支援費制度を利用しようとするとき,生活保護は受けていないものの障害基礎年金しか所得がない人の場合,地域福祉権利擁護事業を利用すると生活保護を受けている人よりも可処分所得が少なくなってしまうことも十分に考えられることです。


したがって,地域福祉権利擁護事業については,制度的な枠組みを再考していく必要があるとともに,低所得者に対する公的な助成がなされなければならないと思われます。もともと地域福祉権利擁護事業は,専門員の活動などに対する公的な助成をもとに社会福祉協議会が実施している制度です。しかし,障害者福祉の分野で支援費制度のような契約制度を実施するのであれば,障害をもつ人の生涯にかかる負担は高齢者を上回ることも十分に考えられますから,高齢者福祉の分野よりも広い範囲での公的助成を考慮していかなければなりません。そうすると,地域福祉権利擁護事業における利用者負担部分は,少なくとも低所得者に対しては公的な助成を構築していくべきですし,そのような助成をすることはこれからの地域福祉の前提となるはずであって,基礎自治体たる市区町村の役割ではないでしょうか。


【提言4】事業者側の契約締結拒否理由

事業者が契約締結を拒否できる「正当な理由」は,事業者による主観的選別がなされないよう,厳格に解釈すべきである。


【理由】
1.事業者の契約締結拒否の可否

支援費制度においても,介護保険の場合と同様,福祉サービス事業者は「正当な理由」なくして,契約締結・サービス提供を拒否することはできないものとされることが予定されています。事務大要では,「運営に関する基準中に,指定居宅支援事業者又は指定施設等は正当な理由なくサービスの提供を拒んではならないこととする規定(応諾義務)を置くこととしている。」と記載しており,「指定居宅支援事業者等の人員,設備及び運営に関する基準(案)」では,たとえば,Ⅰ-1第2章第4節3に「提供拒否の禁止」として,「指定居宅介護事業者は,正当な理由なく指定居宅介護の提供を拒んではならないこと。」としています。


2.事業者が契約締結を拒否できる「正当な理由」

事務大要では,事業者が契約締結・サービス提供を拒否することのできる「正当な理由」について,当該事業所の現員からは利用申込に応じきれない場合,利用申込者の居住地が当該事業所の通常の事業の実施地域外である場合,入院治療の必要がある場合,が挙げられています。つまり,事業者が契約締結・サービス提供を拒否できる「正当な理由」としては,物理的あるいは客観的にサービス提供をなしえない場合が想定されていることになります。


しかしそれらの物理的あるいは客観的な理由についても,拡大解釈や類推解釈を行うと非常に広い範囲でサービス提供拒否ができるようにも見えます。たとえば,精神障害を併せもつのではないかと思われる知的障害をもつ人に対して,現員の能力では精神障害をもつ人に対する介護はできないとして拒否する場合とか,医学的な根拠もなく勝手に入院治療の必要があるのではないかとして拒否する場合とか,さまざまな場合が考えられます。


したがって,事業者がサービス提供を拒否できる「正当な理由」については,事業者の主観的な理由に基づいてサービス提供拒否がなされることのないよう,サービス提供をなしえない物理的あるいは客観的な理由がある場合に限定して解釈しなければなりません。事務大要Q&A集でも,上記の「通常の事業の実施地域」について,「各法の規定による事業開始の届出における『事業を行おうとする区域』を想定している」とされており,事業者の事情に基づく主観的な理由は考慮されていません。


論点2 支援費制度が公正かつ適正に行われる保障

【提言5】支援費支給決定にかかる諸手続

支援費支給にかかる手続きを定めるにあたっては,次の諸点に配慮すべきです。


  1. 支給申請書等の様式,受給者証等に用いられる用語をわかりやすい表現にして,障害者が理解できるように配慮すること。
  2. 支給決定の基準は,一人一人の障害者のニーズに即したものであること。
  3. 決定に対する簡易な不服申立手続の保障が考慮されること。

【理由】

1.障害者福祉サービスの利用について支援費支給を希望する人は,市町村に支援費支給の申請を行うことになっています。


しかし,市町村等事務処理様式(案)に示された支援費支給申請書・決定通知書・受給者証で使われている用語や表現は難しく分かりにくいものとなっております。


また,知的障害者に関する手続きについても,易しい表現を用い漢字にはカナをふるという配慮もありません。


障害者が,諸手続の内容を理解できなければ,障害者自身が内容を理解し意思決定をする「障害者の自己決定を尊重し,利用者本位のサービスを提供する」という理念からは乖離しているといわざるを得ません。


障害者福祉サービスの利用を希望するすべての障害者が,一連の手続きを理解することができるように,わかりやすい言葉で表現された手続書類を用意すべきです。


2.支援費支給制度では,障害者施設利用者の実態調査をもとに,13ないし25項目の支援の必要性と困難性をチェックする項目が掲げられ,3つの障害程度区分を設定することとされています。


障害程度区分によって支援費額が定められますから,どの区分となるかによって,受けられるサービス量も決められることになる点においては介護保険と同様です。


これを障害者の立場から見ると,必要とするサービスによって支援費が決まるのではなく,支援費が決められてからサービスを選択する仕組みとなっていることになります。様々な障害を持つ人たちを3つの区分に分けてサービス量を決める仕組みが,障害者のニーズに応えることができるのか疑問が残ります。


また,勘案事項8項目のうち最も大切な「利用者の意向の具体的内容」は,第6番目に掲げられているのに対して,第2番目には介護を行う者の状況が,第8番目には,(サービス)提供体制の整備の状況が掲げられています。


省令で勘案事項についての規定が設けられることによって,介護を行う者の状況や提供体制の整備の状況次第で利用者の意向に添わない場合があり得ることを認めることになれば,弱い立場にある障害者の意向が,介護者-多くの場合家族-の都合や,利用できるサービスの不存在を理由に蔑ろにされる惧れを否定できません。


サービスの選択にあたっては,障害者の意向を最優先とすることを明記したうえで,どのような事項をどの程度勘案するのかを明らかにすべきであると考えます。


3.支援費支給決定に不服のある人は,行政不服審査法の規定に基づき,処分庁である市町村長に対して異議申立をすることができます。異議申立は,書面を提出してしなければなりません。


障害者が,このような異議申立手続を取ることにはかなりの困難が伴うと思われることや,不服申立を支援する人がいないなどの理由から,市町村が決定したサービスの種類や支給量,利用者負担額等に不満があっても何も言えないまま市町村の原決定に甘んじる事態が生じることが予想されます。


介護保険においては,要介護認定に対する簡易な不服申立手続として都道府県の介護認定審査会への不服申立(審査請求)をすることができる旨,法律に定められています(介護保険法第183条ないし184条)。この手続きは,文書または口頭ですることができることから,少しは使いやすい手続きとなっています。


次項で述べるとおり,支給決定に関わる市町村の職員が必ずしも専門的知識を有するわけではないため,市町村の原決定に対して,不満や不服を抱く人がいる可能性が予測されます。障害者が納得できる手続きの保障が必要と考えます。


【提言6】支援費支給決定において適切な判断ができる体制整備

支援費支給決定に関わる市町村の職員が,障害者の置かれた状況を十分理解して,個々の障害者が必要とするサービスの種類と量について適切な判断ができる体制を整えることが必要です。


【理由】

1.支援費支給を希望する者は,必要に応じて適切なサービス選択のための相談支援を受けることになっており,市町村の職員がこの役割を負うことになります。市町村は,障害者の身近な相談窓口としての機能を求められています。


支援費支給決定にあたっては,どのようなサービスをどれだけ受けるかを決定しなければなりません。介護保険制度では,資格を有するケアマネージャーがその役割を担い,高齢者の意向を尊重しながらサービスの種類と量を決定しました。


支援費制度では,介護保険のケアマネージャーに相当する人材は存在せず,市町村窓口の職員がこれにあたることになっております。


しかしながら,障害者ケアマネージメントとは,障害者それぞれの特性を把握し,ニーズや社会資源をアセスメントしたうえでケア計画を作成し,これを実施していくというもので,高度な専門的知識と総合的判断力が必要とされます。


そのうえ,障害者にとっては,どのようなケア計画が作成されるかは,どのような支援を受けられるのかを決定するもので,まさに死活問題となるものです。


1998年から4年間にわたって障害者ケアマネージメント従事者養成指導研修が行われ,身体障害442名,知的障害385名,精神障害405名が研修を終了しました。しかし障害者のケアマネージメントは,「手法」と説明されるだけで,その位置づけははっきりしません。


しかも,この研修終了者が,市町村窓口を担当することが予定されているわけではなく,さらに各都道府県でケアマネージメント従事者研修を行う仕組みとなっております。数日程度のケアマネージメント従事者研修で,どの程度ケアマネージメントの手法を身につけることができたのか疑問が残ります。


また,それぞれの市町村の状況から,専門の担当者を置くことができるのか,また,市町村窓口の担当者は転勤などの事情で2~3年ごとに代わってしまうことから,従事者研修受講者が,2003年4月に担当者となるか,不安が残ります。


障害者のケアマネージメントについても,その位置づけを法的に明らかにするとともに,資格のあるケアマネージャーを養成し市町村窓口に配置する等,一人一人の障害者のニーズに沿ったサービスの選択ができるよう十分配慮することが必要です。


以上