パートタイム労働研究会の「中間とりまとめ報告」に対する意見書(要望)

2002(平成14)年6月22日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

2002年2月5日に厚生労働省雇用均等・児童家庭局長の私的研究会であるパートタイム労働研究会は「パートタイム労働の課題と対応の方向性」に関する中間とりまとめ報告(中間報告)を発表しました。当連合会は、今後、同研究会が作成する「最終報告」に以下の提言が盛り込まれることを要望します。


第1 提言

1.正規雇用形態のフルタイム労働者との均等待遇を図るため、パートタイム労働者が労働時間に比例して、同一または類似の業務を行う正規雇用形態のフルタイム労働者と同率の賃金が支払われ、昇給、教育訓練、福利厚生、母性保護、健康管理に関し使用者による不合理な差別的取扱いを禁止する等、パートタイム労働者に対する均等待遇の原則を明文化する法律の整備を行うべきである。


2.パートタイム労働者が、正規雇用形態のフルタイム労働者と同一又は類似の業務を行う場合には、「残業、配転、転勤など」を理由とする「拘束性」の違いを格差の合理的理由としてはならない旨を厚生労働省の指針で定めるべきである。


第2 理由

中間報告では、パートタイム労働者(以下パート労働者という)の現状について、パート労働者の急増、正規雇用形態のフルタイム労働者(以下正規労働者という)からパートなど非正規労働者への置き換えの加速、パート労働者の基幹的役割が高まる中で逆に賃金格差は拡大傾向にあること等、処遇や雇用保障が働きに見合ったものになっていないことを問題点として指摘している。


これらの最大の要因は、企業がコスト低減のために「パート」という名称のみで賃金(賞与・退職金・各種手当も含む)その他の処遇において不合理な不利益扱いを行い、雇用の調整弁として安易な解雇(雇い止)を行ってきたことにあり、さらに、当連合会などが繰り返し提言してきた均等待遇の原則の法制化をはじめとする実効性ある法的規制について、政府が今日に至るまで積極的に取り組んでこなかったことにある。


中間報告では、これまでの政府や企業の対応の問題点の指摘が欠けているだけでなく、今後の均等待遇実現に向けて、最も基本的な「均等待遇の原則」の明文化についても消極姿勢に終始している。しかも、「わが国ではヨーロッパ的な意味での同一労働同一賃金原則が公序となっていない」として、パート労働者についての「日本型均衡処遇ルール」の確立が必要、「日本の場合は画一的規制になじまない」、「基本的原則のみ法で示し、具体的内容はガイドラインで」と、均等待遇原則の法制化の方向に消極的である。現在、リストラ「合理化」の中で不安定雇用は増大し、男女ともに増加の傾向が示されている。更に、正規労働者を含むわが国の労働分野の雇用形態は大きく変化しつつあり、「中間とりまとめ報告」の方向では、今後の雇用形態の方向性に重大な影響を与える内容となろう。


さらには、処遇公正化の第一の条件として「労使が自主的に合意形成を進めること」を挙げ、処遇公正化のための法制化については「企業の雇用意欲を削ぐことのないように時機を計るべき」と述べているなど、パート労働者の基本的人権としての労働権保障の観点よりも企業サイドの都合を重視する傾向が強いといわざるを得ない。


1. 提言1について

パート労働者に対する不合理な差別を是正し、パート労働者の働く権利を保障するために、当連合会は、「均等処遇の原則の法制化」について提言や意見を繰り返し表明してきた。例えば、1993年のパートタイム労働法制定時の意見書においても、「パートタイム労働者としての労働基本権の保障を考えるならば、パートタイム労働者に、正規雇用形態のフルタイム労働者と比較し、『労働時間が短い』ということからくる適用除外部分を除いて同一の権利を持つことが明記されるべきである」として、均等待遇原則に関し、今回の提言と同様の意見、提言を述べた。


パートタイム労働法制定後、パート労働者が増大しているにもかかわらず賃金格差は拡大してしまったこと、正社員からパートへのシフトが加速し、正規雇用の入口が狭まり、新卒のパートが急増していることは中間報告自らが指摘している通りであり、均等処遇保障の対策が焦眉の課題となっている。ところが中間報告では、前述したとおり、わが国では同一労働同一賃金原則が公序となっていないことを理由に「日本型均衡処遇ルール」の確立を強調し、公正処遇の法制化のタイプとして、「均等処遇原則タイプ」と「均衡配慮義務タイプ」の2つを検討し、「わが国の処遇システムの実態から、格差の合理的理由は雇用システムの実態に即して、ある程度柔軟に認めることが必要」として「均衡配慮義務タイプ」を妥当としている。


企業が「パート」というだけで不合理な不利益扱いをしてきたこと、そのような社会情勢を放置してきたことをもって、公序となっていないから均等処遇の原則の法制化を採用できないということは、違法状態の追認という他なく許されない。「均等」ではなく、あいまいで不明確な「均衡」という用語で、差別を原則禁止としない「配慮義務」では、蔓延しているパート労働者に対する差別を解消するのに到底困難であることはこれまでの現状を見れば明らかである。提言1に言うように、賃金のみならず労働条件全体に対する均等処遇の原則を法律上明文化することが不可欠である。


2. 提言2について

中問報告では、ヨーロッパと違い、日本では同じ仕事をしていても年齢・勤続年数、扶養家族、残業・配転・転勤などの拘束性によって処遇が大きく異なり、同一労働同一賃金が公序になっていないことをもって、上記のとおり「日本型均衡処遇ルール」の確立が必要と述べている。また、今後の雇用形態方向として、残業・配転・転勤等の拘束性が高い基幹社員、これらの拘束を受けない中間形態の社員、臨時一時的社員のような多様な雇用スタイルを指摘し、正規労働者もパート労働者もこれら多様な雇用形態の中から自己のライフスタイルに合わせて選択できることを指摘している。特に中間報告では「残業・配転・転勤」などの拘束性の違いを過大にとりあげ、同じ職務の場合でも、拘束性が異なる場合には賃金その他の労働条件に格差を設けることを容認している。


本来、残業・配転・転勤などは、通常の業務の例外的な場合であり、これに応じられない労働者の処遇格差を設ける理由とすること自体、不合理である。残業や配転・転勤に対しては、正当な残業に対する手当や転勤に対する手当等の保障をすべき問題である。


中間報告の考え方は、パート労働者のみならず、残業・配転・転勤等に応じられない正規労働者の差別、権利侵害につながる重大な問題である。現実にこれらを理由に不利益な処遇を行うことは従前から行われてきたことである。特に家事・育児・介護などの家族的責任を負う男女労働者にとっては、残業・配転・転勤などに無条件には応じられないことは常識である。これらの拘束性の有無・強弱により労働条件に格差を設けることは、家族的責任を有する労働者を差別するものである。ILO第156号条約(家族的責任平等条約)は、政府に対し家族的責任を果たしながら差別を受けることなく働き続けられる保障を義務づけており、同条約に違反する。


さらに、家族的責任を負っている労働者は、現在においてもほとんどの場合女性であることから、残業・配転・転勤などの拘束性を格差の合理的理由とすることは、憲法第14条、及び直接的には性を基準としていないが、間接差別をも禁止した女性差別撤廃条約やILO第100号条約にも反する。


なお、中間報告は、職務が同じで残業・配転・転勤等の拘束性が異なる場合についてパート労働者が8割程度の格差は妥当と考えているとの指摘をしているが、何の合理的理由もない。提言1で述べたとおり、仕事が同じ場合には同一労働同一賃金の原則により、同一の賃金を支払うべきである。


以上より、残業・配転・転勤等の拘束性がパートの処遇格差を合理化し、格差の固定化とならないよう、均等待遇の原則から職務・職種等に違いがない場合には拘束性の違いを格差の合理的理由としてはならない旨を厚生労働省の指針に明記すべきである。