「建物区分所有法改正要綱中間試案」に対する意見書

2002(平成14)年5月9日
日本弁護士連合会


本意見書について

はじめに

当連合会は,2000(平成12)年6月16日付けにて,「区分所有法の改正に関する意見書」(以下「意見書」という。)を公表した。


その後,同年12月の国会において「マンションの管理の適正化に関する法律」が制定され,さらに,法制審議会に区分所有法部会が設けられ区分所有法の見直しについて審議が開始された。


今般,法務省から,「建物区分所有法改正要綱中間試案」(以下「中間試案」という。)が公表された。


「意見書」において当連合会が提言した内容の中には,すでに,前記法律において実現されたものもあり,さらに,「中間試案」において,提言と同旨の改正が予定されているものも多い。


しかしながら,「中間試案」のなかには,以下に記載するように,重要な問題を含み,かつ国民生活上に与える影響の大きい論点がいくつかある。したがって,かかる論点に関しては,今後,慎重な審議のうえ,是非とも再考いただきたく意見を申し述べる次第である。


しかしながら、極めて短い審議期間でとりまとめざるを得なかった事情があるとしても、「中間試案」は、まだ議論が不十分であるという印象を拭えず、かつ、当連合会他多くの諸団体から寄せられた問題点の多くが採用されないまま取り残された。


当連合会としては、取り敢えず、試案の中で、とりわけ重要な問題であると考え、かつ国民生活上に与える影響の大きいと思われる論点にしぼって、意見を具申する次第であり、今後、さらになお、慎重な審議の上、再考していただきたい。


なお、今回の審議会で取り残された論点については、早急に、新たに審議を開始していただくことをお願いする次第である。


1. 管理者の当事者適格等について

第2 管理組合及び管理者等
1. 共用部分等の維持・管理に関する訴訟における管理者の当事者適格
(1) 管理者は,共用部分並びに法第21条に規定する場合における当該建物の敷地及び附属施設について生じた損害賠償金及び不当利得による返還金の請求及び受領に関し,区分所有者を代理するものとする(法第26条第2項関係)。
(2) 管理者は,規約又は集会の決議により,(1)の請求及び受領に関し,区分所有者のために,原告又は被告となることができるものとする(注)(同条第4項関係)。

(注)管理組合法人の当事者適格に関しても,同様の措置を講ずるものとする(法第47条第6項関係)。


【意見】
  1. 管理者に対して共用部分・敷地に関する訴訟について広く当事者適格を与えることを検討すべきである。特に住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下「品確法」という。)品確法に基づく修補請求においても訴訟の原告適格を与えなければ品確法との整合性が生じない。

  2. また,敷地の境界確定についても区分所有者全員の承諾を必要とすることは不可能であるので条項に加入を挿入すべきである。

  3. 区分所有権が譲渡されることは応々にして行なわれる。そうすると本来共用部分に関する請求権が行使できない場合が生じるので,実行あらしめるため区分所有者に変更が生じても前区分所有者の諸権利を承継者に承継させる必要がある。

    以下のとおり試案の条項を変更すべきである。

    ① 管理者は,共用部分並びに法第21条に規定する場合における当該建物の敷地及び附属施設について生じた修補請求又は損害賠償請求等及び不当利得による返還請求等とその金員の受領等並びに敷地の境界確定等に関し,区分所有者を代理するものとする(法第26条第2項関係)。
    ただし,前記請求に関し,区分所有者の変更が生じても前区分所有者の諸権利を特定承継人は承継するものとする。

    ② 管理者は,規約又は集会の決議により,①の請求及び受領に関し,区分所有者のために,原告又は被告となることができるものとする(同条第4項関係)。


【理由】
  1. 管理組合が共用部分の瑕疵等について修補請求又は,損害賠償請求をする場面においては,実際には区分所有者全員が交渉にあたるのではなく,管理組合が代表して売主等と交渉に当たるのが通例である。しかし,一旦交渉が決裂し訴訟手続を要する場合,損害賠償による金銭請求権は個々の区分所有者に属することを理由に,管理組合が請求することを判例は認めていない。また,同判例は管理組合に原告適格を完全には認めていない。

    その上,品確法により修補請求が可能となったが,共用部分について誰が修補請求をするのか問題である。修補請求はあくまで品確法によって売買契約における買主の権利として認められたものであるから,保存行為とも異なる。したがって,管理組合に原告適格を認めないと,品確法と矛盾する結果となる。

  2. 敷地に関しても,例えば隣地地主がマンションとの間で境界確定の訴訟において求める場合などについても同様の問題が発生する。

    この場合,管理組合が当事者としてあるいは訴訟担当として相手方になる途が開かれないと,訴訟上区分所有者全員を当事者とせざるを得ず,一方,区分所有者側が原告の立場となる場合でも全員の参加がないと訴訟の提起ができず,両当事者の煩雑さは多大となる。

  3. さらに,売買における買主の瑕疵担保請求は品確法により基本構造部分や雨漏りについて10年の長期期間出来できることとなり,区分所有権の売買等による当事者の交替が発生した場合,共用部分の瑕疵担保請求等について権利の行使がまっとうされない場合が出ると予想される。

    そうすると建物の共用部分における瑕疵につき,買主の権利が行使出来できなくなり品確法の意義を損ねる。品確法が10年の瑕疵担保期間を打ち出している以上は区分所有法でも手当すべきである。

    区分所有法第8条でも債務の承継者の義務を立法的に解決しているので同等に扱うべきである。

  4. 現行区分所有法においては管理者の権限について「保険金の請求・受領」についてのみ管理者の代理権限(区分所有法26条2項)を認め,また管理者が区分所有者のために原告または又は被告になることを認めている(同法26条4項)。しかし管理者の権限の範囲はあくまで共用部分の保存・集会や規約で定めた場合の管理に限られており不十分であるので,合一的に確定すべき問題は管理組合によって行なわれるべきである。

  5. 以上により,具体的には管理組合・管理者が管理について有する訴訟に関する権限を,共用部分・敷地に関する訴訟全般について拡大することが検討されるべきであろう。


2. 規約の効力について

(後注)
著しく衡平を欠く規約の定め等については,民法第90条の適用により,個別にその効力を否定することが考えられるが,規約の適正さをより担保する見地から,これに加えて,規約を定める場合には,各区分所有者の衡平に配慮しなければならないものとするなどの一般条項を区分所有法上に設けることの要否について,なお検討するものとする。



【意見】

規約の適正さを確保するため,規約の効力等に関し次のような規定を設けるべきである。



  1. 規約のうち下記に該当する規定は無効とする。

    共用部分の各持分を定める規定で,専有部分の床面積割合と異なる割合を定め,それが,端数処理,各専有部分の価額割合・容積割合・位置関係・用途などを考慮してもなお区分所有者間の衡平を著しく害するもの

    第19条に定める区分所有者の負担に関する定めで,共用部分の持分割合と異なる割合を定め,それが,端数処理,各専有部分の価額割合・容積割合・位置関係・用途などを考慮してもなお区分所有者間の衡平を著しく害するもの

    区分所有者の議決権を定める規定で,専有部分の床面積割合と異なる議決権を定め,それが,端数処理,各専有部分の価額割合・容積割合・位置関係・用途などを考慮してもなおそれが区分所有者間の衡平を著しく害するもの

    その他,区分所有者間の衡平を著しく害する規定

  2. 規約のうち,敷地・共用部分または又は共用施設の一部につき,特定の者の排他的使用を認める規定が,その使用期間を定めずまたは又は民法第602条所定の期間を越えるときは,使用期間は民法第602条所定の期間を定めたものとみなす。ただし,バルコニー,ベランダ,専用庭等,特定の専有部分と密接に関連する敷地,共用部分の利用に関するものはこの限りでない。

    (1) 第30条1項の規定にかかわらず,次の各号に定める事項は集会の決議でこれを決する。

    第19条にもとづき各区分所有者が負担すべき額

    管理者の指定

    管理者が,敷地・共用部分または又は共用施設の維持管理を目的として締結する管理委託契約の受託者の指定

    (2) 原始規約中に前各号に関する定めがあるときは,これを規約ではなく集会の決議とみなす。

【理由】
  1. 区分所有法は,各区分所有者の議決権,共用部分の持分割合,管理費等の負担割合について,専有部分の床面積割合によることを原則とする旨規定するが,あわせて規約によりこれと異なる定めをすることができる旨定めている。しかし「異なる程度」について何の制限も設けていないため,いわゆる等価交換方式によるマンション分譲や,分譲業者がマンションの専有部分の一部を所有し,残余を分譲する場合に,原始規約において,議決権割合,共用部分の持分割合,管理費,修繕積立金の分担割合などにつき専有部分の床面積割合と著しく異なる不合理な規定を設けている例が少なくない。

    このような不合理は一般に規約の改正により是正が期待されるが,元敷地所有者や分譲業者の有する議決権が4分の1を超えているときは,規約の変更は事実上不可能であり,このようなマンションにおいては永久に不合理な規約が続くことになる。

    したがって,このような事態の発生を予防するために,上記事項に関する規約に制限を設け,一定の場合にはその効力を奪うことが必要となる。これが上記1を提案する理由である。

  2. 分譲業者が分譲に際し,敷地の一部を区画して駐車場専用使用権を設定してこれを分譲し,また外壁,屋上に看板,屋外広告塔の設置に関する専用使用権を設定し,これを分譲する例は少なくない。これが管理組合との間の賃貸借契約という方式を取っている場合であれば問題は少ないが,そうでない場合は,使用料の増額(あるいは有償化),存続期間(専用使用権の消滅方法)等をめぐって,これまで紛争が多発してきた。使用料の増額については一定の条件の下でこれを認める最高裁の判例があるので,ある程度解決したといえるが,存続期間については未解決といってよい。マンションが存在する限り永久に専用使用権が存続するという理解は,マンションの敷地建物の所有権を著しく阻害するものであって不合理であるが,他方,専用使用権者が区分所有者である場合は,規約に基づく専用使用権を奪うことは,原則として法31条1項の「特別の影響」に当り,専用使用権者の同意なしにはできないと解されており,合理的な解決は困難な状況にある。

    したがって専用使用権の存続期間について,区分所有者全員と専用使用権者の利害調整を図る規定を設けなければ,現在多発している紛争も解決できず,将来の紛争も防止できない。これが上記2の提案理由である。

    なお,存続期間について上記より長期の期間を定めるとすれば,専用使用権の譲渡禁止などに関しても検討する必要がある。

  3. いわゆる管理費,修繕積立金の額は集会の決議で決めることができる。また管理者の選任,管理委託契約の締結も集会の決議で決めることができる。しかし,原始規約によっては,これらを規約で定めている例があり,その場合は,特別決議を経ない限りこれを変更することができず,管理組合の運営に支障を来すことがある。

    そこで,これらの規約部分については,通常決議で変更することができるようにする趣旨で,上記3のとおり提案する。

  4. なお,いわゆる原始規約の問題はマンション分譲のあり方(例えば賃貸借契約によらない駐車場専用使用権の分譲)と密接に結びついており,規約(特に原始規約)に関する規定のみを改正しても,解決できない問題が少なくないから,区分所有法に分譲に関する章を新設し,分譲契約に関して規制を加えることも検討すべきである。

3. 建替え決議について

第5 建替え決議
1. 建替え決議の要件

次のア又はイのいずれかに該当するとき(注1)は,集会において,区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数で,建物を取り壊し,かつ,当該建物の敷地若しくはその一部の土地又はその敷地の全部若しくは一部を含む土地(注2)に新たに建物を建築する旨の決議をすることができるものとする(注3)(法第62条第1項関係)。


  1. (老朽化の場合)(注4)〔甲案〕
    建物が新築された日から〔30年〕〔40年〕(注5)を経過したとき。

    〔乙案〕
    建物が新築された日から〔30年〕〔40年〕を経過したとき。ただし,一定期間の経過ごとに行う修繕の計画及びそれに要する費用として修繕積立金を積み立てておくことをあらかじめ集会で決議し,又は規約で定めていた場合であって,区分所有者に新たに費用の負担を求めることなく当該計画に基づく修繕を行うことができるときを除く。
  2. (損傷,一部の滅失その他の場合)(注6)〔甲案〕
    損傷,一部の滅失その他の事由(注7)により,建物の効用の維持又は回復をするのに,現在の建物の価額(注8)を超える費用を要するに至ったとき。

    〔乙案〕
    損傷,一部の滅失その他の事由により,建物の効用の維持又は回復をするのに,現在の建物と同等の建物の建築に要する費用の2分の1を超える費用を要するに至ったとき(注9)(注10)。


※注については省略した。


【意見】

アについては,甲案を採用し,かつ,年数を50年の経過とするべきである。


イについては,乙案を採用する。


ただし,付則で,現在国会審議中の「マンションの建替えの円滑化等に関する法律案」第102条第1項により市町村長から勧告を受けた建物については,イの要件に該当しているものとみなす旨の規定を置く。


【理由】

1. 本文について


試案は,現行法と異なり,敷地の同一性を緩和し,目的の同一性要件を削除したが,これについては賛成である。けだし,建替えの計画内容については,より良い住宅環境を再生するために,その計画内容に対して極力制約を排除することが望ましいからである。また,4分の3の特別多数決によって管理規約の変更が可能であるから,5分の4の多数決でなされる多数決決議において目的の同一性を条件とすることは実益に乏しいと思われる。


2. 「ア(老朽化の場合)」について


(1) 年数要件を50年以上とすることについて


  1. 試案が,30年,あるいは40年という年数を具体的に挙げていることについて,その根拠が薄弱である。この根拠の一つとして説明されている公営住宅法の規定は,耐用年数70年(耐火構造住宅の場合)の2分の1を経過することで建替え事業が施行できるというものであるが,公営住宅政策において建替え事業を施行することができる経過年数と,私有財産で自らの責任において多数決合意により建替えに反対する少数者の所有権,居住権を剥奪することとなる区分所有法による建替えとを同列に論ずることはできない。

  2. 改正法について,30年あるいは40年という年数が記載された場合,この数字が一人歩きをして,マンションの区分所有者は,法律がマンションの寿命は30年あるいは40年であると認めたという誤った認識を持つ可能性が極めて高い。その結果,30年あるいは40年に近づいた,あるいはそれを経過したマンションでは長期修繕計画及びそのための積立金に対する意欲が喪失し,また費用のかかる大規模修繕の計画をする度に管理組合内部で建替えか補修かという意見が分かれてまとまらなくなることが予想される。

  3. 最近見られるようになった定期借地権付マンションは,存続期間を50年以上として設定されている。また,マンションの購入の際の住宅ローンは返済期間が35年の長期のものがあり,中古マンションを購入する場合は,購入者も金融機関も当該マンションが築後30年ないし40年で建替えの可能性があることを想定していない。

    したがって,30年あるいは40年で建替えの可能性があることになれば,マンションに対する住宅ローン制度にも影響してくるおそれがあり,また担保価値も減ずる可能性がある。

  4. 国土交通省は,マンションの長寿化を進めており,最近建設されるマンションは耐用年数が長くなり,一方では長期修繕計画の作成,積立金の奨励により,マンションの長寿化は一層促進するものと思われる。にもかかわらず,今回の改正で老朽化の指標として30年あるいは40年という短期の年数を表示することは,政策矛盾であるといわざるを得ない。

    また,阪神大震災でも問題となったように,多くの補修可能なマンションが解体され,建替えられていくことは,地球環境保全の立場からも由々しき問題である。

  5. そこで,老朽化としての年数を明示するとすれば,最短でも50年に満たない年数は適当ではない。現在の区分所有法改正時における要綱試案では,「堅固な建物にあっては60年その他の建物にあっては30年の経過」とされていたことを思い起こすべきである。よって,堅固な建物にあっては50年を経過した場合は,5分の4の多数決で建替え決議ができるとするのが適当であると考える。

  6. なお,年数要件を50年以上とすることについて,新耐震設計法(昭和56年)適用以前の建物等,防災安全上建物を維持していくことが不合理な建物について建替えが認められなくなるという立場からの反対が予想される。

    しかし,このような建物については,イの要件の「その他の事由」に該当すると解することができる場合がある(法務省参事官室の補足説明でも「アの年数要件を満たしていない建物であっても,経年による劣化が通常よりも早期に進行したような場合にあっては,イの要件を満たしている場合も起こり得る」と説明している。)。

    また,当会が提案している付則の条項により,「マンションの建替えの円滑化等に関する法律案」所定の危険・有害マンションについては,客観的要件を排除しているので,このような程度に至ったマンションについては多数決要件だけで建替え決議が可能である。


(2) 乙案ただし書きを採用しない理由について


以下の理由から,乙案のただし書きの規定は不要であると考える。


  1. 乙案のただし書きは,30年ないし40年の短期で建替えを決議する場合を想定して,大規模修繕が計画的になされているマンションについては安易に建替えの意思形成をすることを牽制することを目的としているものと考えられるところ,50年以上という年数要件とすれば,もはやその配慮は必要とされない。

  2. そもそも,乙案のただし書きは,建替えを強く指向するマンションにとっては,管理規則改定あるいは集会の決議により容易に長期修繕計画及びこれに伴う積立金の規定を変更あるいは廃止することができるのであって,法律的にも事実上も抑止的効果は期待できない。


3. 「イ (損傷,一部の滅失その他の場合)」について


(1) 甲案に反対する理由


  1. 甲案の要件は,以下の式で示される。
     補修費用>損壊前建物価格-補修費用

    これはすなわち,
     補修費用>1/2損壊前建物価格
    を意味するものである。

    つまり,新しい建物であったとしても,1/2を超えて損壊した建物は,常にこの要件を満たすこととなる。

  2. しかも,現在の不動産鑑定の手法では,中古の建物の価格は新規に建築する費用に現価率をかけたものとすることが多いが,この現価率は建物の寿命を30年あるいは35年程度として割り出されたものであり,30年以上経過したマンションでは10%程度の価格でしか評価されない。

    したがって,甲案の要件では,ほとんどのケースで要件が認められる結果となり,建替えに消極的な区分所有者の財産権を侵害するおそれがある。なお,現行法62条も,建物の価格を基準の一つにはしているが,「建物の価額その他の事情に照らし,建物がその効用を維持し,又は回復するのに過分の費用を要するに至ったとき」と規定され,その解釈に含みが持たされている。

  3. また,区分所有者の立場からは,建替えか補修かの判断をするに当たって,最も大きな関心事は,建替えと補修の費用負担の対比である。区分所有者にとっては,素人では算定の仕様がない中古の建物の価額を想定することはあり得ないのであって,甲案の要件は不自然な構成であるともいえる。


(2) 乙案に賛成する理由


  1. 前述したように,建替えか補修かという判断は,区分所有者にとって,その費用負担を対比して決めることが,最も実情に即し,区分所有者の感覚にも合致するものといえる。

  2. 乙案は,この点を考慮した要件であり,しかも,建替え費用そのものではなく,その2分の1を基準とすることによって,建替えへの可能性を広げている。

  3. 乙案は,アメリカの連邦規則(44CFR206.226(d)(1))の50%ルールを参考としているものであって極めて合理的である。同規定はFEMA(連邦政府緊急事態管理局)の規則であり,被災建物の建替え,補修が助成金の対象とされるかどうかの判断基準を示したものである。この中で,「破損の修理」が「建物建替え費用」の50%を超えるときだけ,建替え費用の補助金が認められるとされ,50%を超えない場合は「修理可能」であるとして修理費用と必要な場合は耐震補強費用しか補助金は出ないシステムになっている。


4. 付則について


新耐震設計法(昭和56年)適用前の建物や,長期間メンテナンスがされてこ来なかったために老朽化が著しい建物について,上記2(1)の提案のように年数要件を50年以上とすると,それまでの間の安全性について不安が残る建物があることは否定できない。


また,30年ないし40年経過したマンションにおいて,建替えを指向する多くのマンションが存在することも事実である。


しかし,建替えを希望しない区分所有者の財産権,居住権の保全のためには,多数決要件だけでなく,現行法の62条の要件を緩和したとしても,最低限,上記2あるいは3の客観的要件を設定することは必要である。


そこで,上記2あるいは3の要件を満たさない場合でも,その建物を利用することが保安上危険であるか,もしくは衛生上有害である状態に至っていると認められる建物については,例外的に多数決決議だけで建替えが認められる道を残しておく必要がある。


上記状態に至っているか否かの判断については,いずれかの公的判断がなされることが適当であるが,今回の区分所有法改正に先だって国会審議中の「マンションの建替えの円滑化等に関する法律案」第102条1項が,「市町村長は,構造又は設備が著しく不良であるため居住の用に供することが著しく不適当なものとして国土交通省令で定める基準に該当する住戸が相当数あり,保安上危険又は衛生上有害な状況にあるマンションで国土交通省令で定める基準に該当するものの区分所有者に対し,当該マンションの建替えを行うべきことを勧告することができる。」と規定していることから,この被勧告マンションを上記例外的に取り扱うべきマンションとすることが合理的であると考える。


3. 建替え決議について

第5 建替え決議
2. 建替え決議の手続

(1) 1の決議を会議の目的とする集会を招集するには,会日より少なくとも1月前に,各区分所有者に対し,招集の通知を発しなければならないものとする(法第35条第1項関係)。



(2) (1)の招集の通知においては,次の事項を通知しなければならないものとする(同条第5項関係)(注1)



    1. 建替えの理由(注2)
    2. 建物の効用の維持又は回復をするのに要する費用の概算額(注3)(注4)(注5)

※注については省略した。



【意見】

試案に加えて,説明会の開催義務,資料の閲覧,謄写の権利の保障の規定を設けるべきである。



具体的には,建替え決議の集会を招集する者に,現行法第62条第2項に規定されている事項(再建建物の設計の概要,建物の解体・再建建物の建築に要する費用の概算額,費用の分担に関する事項,再建建物の区分所有権の帰属に関する事項)と試案に規定された「建替えの理由,建物の効用を維持し,又は回復するのに要する費用の概算額」について,決議のための集会の1ケ月以前に,区分所有者に対する説明会の開催を義務付けるものである。



また,上記事項に係る資料について,区分所有者に閲覧,謄写する請求権を保障する。



【理由】
  1. 試案のこの規定は,区分所有者が建替え決議をするについて,その合意形成の健全さを保障することが必要であるとの考えから,一般に集会の招集通知は会日より1週間前で足りる(現行法第35条第1項)が,これを1月以前とし,かつ,現行法においても,招集とともに議案の要領の通知(法35条第5項)を発しなくてはならないとし,建替え決議においては,同法第62条第2項所定の上記事項がこれに含まれると解されているが,これらに加えて「建替えの理由,建物の効用を維持し,又は回復するのに要する費用の概算額」を通知しなければならないとしたものである。

    阪神・淡路大震災におけるマンション建替え決議に絡む紛争の実態を見ると,決議に至る手続きにおいて,区分所有者全員に事前に正確な情報が行き渡り,十分な検討がなされる機会を経ていないことが,その一因であると思われるケースがある。

    当会としては,本試案の新設は基本的には賛成するものであるが,上記趣旨をさらに徹底させる必要があると考えており,説明会及び資料の情報公開の規定を付加することを提案する。

    すなわち,建替え決議に必要な前記事項について,建替え決議のために集会を招集する者は,前記事項の内容を事前に配布し,同時に説明会の開催日を通知することとし,少なくとも建替えのための集会は説明会開催から1ケ月以上の期間をおいて,区分所有者に熟慮の機会を与えようという考えである。

    また,建替え決議に関する情報,資料は,専門的な知識を要する情報も含まれており,区分所有者が十分に理解するには,その資料を得て専門家に意見を求めることも考えられるから,その資料は区分所有者全員の共有財産として,各自が自由に閲覧謄写できる権利を保障しておくべきである。

    なお,現行法では,管理規約,集会議事録だけを対象とし,かつ閲覧しか認められていないが,この改正の機会に,建替え資料の閲覧謄写請求権の保障だけでなく,管理者,管理組合の保有する文書全般についての情報公開請求権の保障の規定を設けることも検討する必要がある。


以上