土地収用法の一部改正に関する試案に関する意見

2001年3月2日
日本弁護士連合会


I 一部改正の趣旨について

意見

土地収用法の一部改正に関する試案(以下「試案」という。)は、住民の理解の促進を図りつつ、円滑・効率的な公共事業の実施を目的とし、土地収用法における事業認定の透明性・公平性・合理性を確保する目的を持つ点で評価される。このような試案の趣旨が活かされるためには、各論(具体的な項目)が試案の趣旨を具現したものでなければならない。しかるに試案の各論では事業認定の透明性・公平性・合理性を十分に確保しえない面が見受けられるし、収用手続において被収用者の権利を十分に保護できているか疑わしい面も見受けられる。したがって、改正の趣旨に合致する各論(具体的項目)については、以下の各論に関する意見を考慮した上で、更なる検討が必要である。


理由

試案は土地収用法の事業認定手続に住民参加・情報公開の促進を図り、行政の説明責任を十分に果たすことにより、事業認定の透明性・公平性・合理性を確保するとしている。また土地収用手続については合理化と円滑化を図るとしている。


しかしながら、現行の土地収用制度の大きな問題点は、認定された事業が必ずしも地域住民の理解を得ていない点にあると思われる。東京都の日の出町の強制代執行などはその例と思われる。このような事から、試案に対しては不当、不適切な事業を簡易・迅速に行い、よって地域住民の権利保護運動を切り捨てるものであるとの批判もある。


したがって、土地収用法の改正にあたっては、試案の各論が試案の趣旨に合致しているか否か、試案の各論(具体的内容)が十分に住民の理解を得る事業認定手続制度になっているか、収用手続が被収用者の権利を十分に保護している制度になっているかが検討されるべきところ、以下に述べるとおり種々の問題点があると思われるので、さらなる検討を重ね、試案の趣旨に合致した各論を制定すべきである。


II 事業認定手続について

1. 事業説明会の義務的開催について

意見

試案には賛成であるが、さらに事業説明会の具体的方法につき、十分な時期、周知方法、内容を明示すべきである。


理由

試案では、「事業認定の申請前に、適切な場所、時期、周知方法等によ」り、「事業の目的、内容等に関する説明会」の開催を義務づけている。しかし、説明会の対象者がどこまでかは不明であり、周知方法も官報によるのか、地方紙、全国紙はどうか、その他に地域の自治会組織にも文書等で周知するのかが不明である。また事業の目的、内容等についてもどの程度の内容を想定しているのかが不明である。現行における土地収用法の最大の問題点が「事業そのものの合理性の有無」にあることを勘案すると、事前説明会が形式的な手続の採用にとどまることなく、実質的に機能する制度に高める必要がある。そのためには、次のような点が考慮されるべきである。


  1. 説明会の対象者を土地所有者に限定することなく、当該事業により社会生活上の影響を受ける者全てを網羅することを考慮し、その旨を少なくとも省令等に織り込むことも検討すべきである。特に現行の「公共用地の取得に関する特別措置法」第1条の範囲を広げることをも考慮すべきである。
  2. 周知方法としては単に官報によるだけではなく、最低限、地方紙の利用を考慮し、事業内容が全国的な関心事と思われる場合には全国紙を利用すること、インターネットによるホームページを利用して国民がいつでも知りうる状態にすることを考慮すべきである。そして具体的な周知方法については省令に織り込むことも検討すべきである。
  3. 土地収用法の最大の問題点が「事業そのものの合理性の有無」にあることを勘案すると、事業目的、事業内容がどの程度まで開示されるかが最大の関心事である。したがって、事業目的、事業内容が簡潔、抽象的にとどまることのないよう特段の配慮がなされるべきである。具体的には過去の土地収用法関連における裁判例を勘案して最低限の開示要件を摘出し、それを省令等で明確にしておくべきであろう。少なくとも現行の「土地収用法」第18条に規定する申請書の添付書類は説明会で公にすべきであろう。これにより後の公聴会の争点の整理、集約に役立ち、手続の迅速性が担保されると思われる。

2. 公聴会の義務的開催について

意見

試案には賛成であるが、公聴会の申出人としての「利害関係者」の範囲を省令等で明確にすべきである。


理由

公聴会の義務的開催自体は手続の透明性からも適切な制度である。問題は公聴会が形式的開催に流れることなく、公正で信頼できる制度として設計されなければならないということである。試案では「利害関係者からの申出があるとき」には事業認定庁に公聴会の開催を義務づけている。しかし利害関係人の範囲が不明であり、これを狭く解すると公聴会が形式に流れる危険がある。したがって、当該事業により社会生活上の影響を受ける者全てを含む旨を少なくとも省令等に織り込むことも検討すべきである。


また試案はその理由の中で「公聴会の主宰者について、職能分離の見地から、独立性のある審査官的な者であることが行政手続法の精神から望ましい」としている。公聴会実施の公平性・信頼性の確保の観点からすれば試案のとおりの方向が望ましいと考えられる。


3. 第三者機関による意見聴取について

意見

試案には基本的に賛成である。ただし、環境等に対する影響等を考慮すれば、事業認定庁が国土交通大臣の場合で、社会に重大な影響を与えると思われる事業については「社会資本整備審議会」の他に「条例で定める機関」にも並列的に意見聴取をすることも考慮されるべきである。さらに第三者機関の委員の構成につき、国民の信頼を得る人選が担保されるべきであるし、第三者機関の意見にある程度の拘束力を持たせるべきである。


理由

試案では、事業認定に対する国民の信頼確保の制度として第三者機関による意見聴取を提言しており、第三者機関として、事業認定庁が国土交通大臣の場合には「社会資本整備審議会」、都道府県知事の場合には「条例で定める機関」としている。しかし、事業認定がきめ細かい意見の聴取を必要とすべきとの観点にたてば、「社会資本整備審議会」の他に「条例で定める機関」にも並列的に意見聴取をすることも考慮されるべきである。さらに問題となるのは、当該第三者機関の委員の構成が国民の信頼を得るに足りるか否かと思われる。もし第三者機関の委員の構成が事業認定庁寄りと批判されるのであれば、当該制度の自滅行為となろう。したがって、第三者機関の委員の構成については市民代表、法学会代表をも参加させる制度にするのが適切と思われる。


なお、第三者機関の審議基準として公共の必要性だけでなく、土地収用による環境等の不利益をも考慮すべきことを何らかの形で(審議基準、審議準則等)明示すべきことをも考慮されるべきである。


また、第三者機関が事業認定不可の判断をしたときに、事業認定庁が第三者機関の意見を無視して行政責任の名の下に事業認定をすることができる制度は、制度として不適当である、反面、行政行為は行政官庁の行政責任の下に執行されるべきであり、個々の行政行為を第三者の意見で決定することは、行政権の軽視となり、統治制度上問題ともいえる。したがって、第三者機関が事業認定不可の判断をしたにもかかわらず事業認定庁が事業を認定しようとするときは、再度公聴会を義務づける等の制度を考慮すべきと思われる。


4. 事業認定理由の公表について

意見

試案に賛成である。ただし、公表方法については、単に官報のみに頼ることなく、事業の規模、内容により、地方紙、全国紙、ホームページの利用を考慮し、公表方法を省令等に織り込むべきである。


理由

試案の解説では事業認定理由の程度につき「判断の基礎となった事実関係その他の事情を具体的に示し、判断に至った過程を理解できる程度に記載する」としている。認定理由が抽象的で簡易であれば判断理由の説得性に欠けるであろうから、判断過程で利益の対立、視点の相違がある場合にはそれを摘示した上で、判断理由を示すべきであろう。


5. その他

(1) 第三者機関としての事業認定機関を創設することの可否について


試案では、事業認定手続に民意を反映させる制度として、事業説明会の義務的開催と公聴会の義務的開催、そして第三者機関による意見聴取の制度を提言しているが、これらはいずれも事業認定権が国土交通大臣や都道府県知事に専属していることを前提としている。しかしながら、昨今は公共事業の見直しが叫ばれており、事業認定に対する国民の不信が少なからず見受けられる。このような状況下で適正な事業認定を期待するなら、事業認定権を第三者機関に委ねることも検討すべきかと思われる。少なくとも社会に大きな影響を与えると思われる事業については、その認定権を第三者機関に委ねることをも検討されるべきであろう。反面、事業認定自体は行政権の行使として、行政がその政治責任においてなし、不当な行政権の行使は議院内閣制のもとで政治責任を問われる形で民主的な担保がなされているものと考えられるから、社会に大きな影響を与えるものではなく、地域住民の反対が予想されない事業については、従来どおり国土交通大臣や都道府県知事が事業認定をなすことになる。


(2) 不服申立審査機関設置の有無について


試案では提言されていないが、事業認定自体に不服がある場合に、行政訴訟以前に、その違法性、不当性を争える機関(ADR)を設置することの是非が考えられる。例えば行政官庁、経済界、法曹界からなる事業認定審査会(仮称)を設置し、その場で事業認定に不服のある利害関係者は事業認定取消の裁定を求めることができるとする等である。設置の有無は別としても検討されるべきと考えられる。


III 収用裁決手続について

1. 土地・物件調書作成の特例についてー総論

意見

試案には、にわかに賛成しえない。


理由

土地・物件調書作成は、対象となる自己の所有権などの明細を明らかにするもので、所有権などの得喪という基本権にかかるものであるから、原則は現行のとおり厳密な手続によるべきである。


改正試案はかかる基本権について、関係者が多数であったり、補償金見込額が僅少である場合に、これを簡便な手続で行うことを認めるものである。あまり紛争性のない事業の場合は簡便な手続としての合理性も窺える。しかし、基本権については、対象者の多数少数や補償金見込み高の大小で差をつけることが合理化されるかは問題である。行政や起業者側の事務量の多寡や経費とを比較して、収用裁決手続の簡易化が許されるとは解釈しにくい。したがって、土地および物件調書の作成に簡易な手続を設けることは問題であろう。仮に簡易手続の合理性があるとしても、土地所有者等の立会及び署名押印の機会を奪うものである以上、これに見合う代替措置が講じられなければならない。


2. 土地・物件調書作成の特例についてー各論

意見1

試案(2)(公告・縦覧)には反対である。


理由

起業者は対象土地等を公告し、作成した土地および物件調書を縦覧に供するとの試案(2)は、公告・縦覧の制度そのものが有効に機能していない現状から(土地の税務評価の縦覧も実際の機能は極めて小さい)、起業者側の負担軽減策としか評価できず、被収用者の権利保護の観点から賛成できない。


被収用者の権利保護の観点からすれば、公告・縦覧に関する事項を知れたる各土地所有者等に通知すべきであろうし、起業者の作成した申出書及び添付書類につき複写ができる制度にするのが適切である。


意見2

試案(3)(異議申出書の提出)は不十分であり、さらに検討すべきである。


理由

試案(3)は縦覧期間内の異議申出手続を設けているが、縦覧期間に対応出来る被収用者は少ないと思われ、この期間が1か月と短期間であることとあわせて賛成できない。さらに、異議申出があっても以降の進行は異議申出のない場合と同様であるから、特例である以上その他の救済方法がないことも権利侵害の可能性の大小にかかわらず疑問がある(たとえ小さな侵害でも問題の本質は同一である)。


意見3

試案(6)(調書の証明力)は問題があり、賛成できない。


理由

試案(6)では市町村長が公告・縦覧を経た旨を証して、特例の土地所有者等の署名に代えたものが、法38条により、物件調書の記載としてより強い証明力を有することになる。しかし土地所有者等の立会及び署名押印の機会を奪い、これに見合う代替措置が講じられないままに強い証明力を与えることには問題がある。


3. 代表当事者制度の創設について

意見

代表当事者制度自体の創設は賛成であるが、収用委員会による事実上の強制に当たるおそれのある規定(試案(2))は設けるべきではない。


理由

共同の利益を有する当事者が任意的に代表当事者を選定することは、審理の合理化の観点から認められる。しかし、収用委員会がこれを勧告することを法定化することは事実上これを選定することを迫ると受け止められ、問題がある。


また、任意選定の場合でも、試案の代表当事者を3人に限るとなると事案によっては不適切な場合がありえよう(他の法令に上限3人とあるからといって、右へ倣うことはない)。したがって、3人に限ることはない。


試案では、収用委員会の選定勧告は「人数が著しく多数」で「審理の円滑な遂行の確保」のためにできるとされている。しかし、このようなことが法定されていないと勧告はできないのかという逆説もある。また「著しく多数」とか「円滑」とかいう基準はそもそもそれ自体、明確性を有するのか疑問である。勧告が事実上の強制に当たるおそれも避けられない。


4. 補償金払渡方法の合理化について

意見

補償金払渡方法は合理化だけに流されず、権利者の保護が十分かの観点からも検討すべきである。この点からすれば試案の発送主義の考え方には反対である。


理由

収用に伴う補償金の支払は、権利者などに直接払い渡される必要がある。これは、権利の得喪についての重要な事象で、権利取得裁決の効力に関連するからである。


しかし、金銭の支払方法についての判例の進展は、直接手渡し以外に他の方法を順次認めてきた。そこで、合理的な支払方法であれば、この試案は認められる。郵便為替証書や書留郵便による支払は、合理的な方法として認められる。したがって、これら証書などを被収用者が受領していれば、現金の受領があったものとして扱うのは合理的と解される。


しかし、この受領がなされない場合にも、発送をもって、権利取得裁決の効力を失わないとする措置は、原則を著しく曲げ、便宜に過ぎるものとして到底認める余地はない。


5. 収用委員会審理における主張制限について

意見

試案には反対である。


理由

今回の試案は、事業認定の違法を、収用委員会審理で主張することは同委員会の権限を越えるもので、事業認定が無効という場合を除き、その主張を制限することを明文化するとの内容である。


しかし、収用裁決取消しの訴訟において、事業認定の違法性を承継したものとしてその主張を許すとすれば、行政段階を司法段階と区別して、その主張を禁ずるとすることは困難であるといわねばならない。その上、行政訴訟において事業認定の無効の主張は排除するものでないとすれば、違法性の承継を行政段階で排除する規定の実効性は疑問である。


また、住民側から事業認定それ自体を行政段階で争う手段に乏しい現状から、収用委員会での主張を明文で禁ずることは一般の理解が難しい。


この点は、実務上の解決に委ねるべきで、事業認定の違法の主張を制限する規定を新設してこれを制限するとの発想は逆転している。このような制限規定は明文化すべきでない。


6. 損失補償について

意見

試案に賛成する。


理由

(1) 生活再建措置の充実


起業者が、単に金銭補償だけで責任を全うしたとする時代は過去となり、代替地その他の具体的な生活再建措置に努める責任があるのは当然で、これを規定する必要がある。試案に賛成する。


(2) 補償基準の法令化


閣議決定の内容が、さらに具体的に法令化されるのは望ましく、試案に賛成する。


7. 補償金に関する仲裁制度の創設について

意見

仲裁制度の創設自体には賛成するが、仲裁人の構成には反対である。


理由

収用手続によらずに、補償金の額のみ仲裁制度に委ねることは合理的で賛成するが、仲裁委員に収用委員会の委員を当てることについては疑問がある。


仲裁は仲裁合意が前提となることを考えると、たしかに、実効性の点から収用委員を当てることも理解できないではないが、仲裁の本来の機能からすれば仲裁機関の公正・中立性が要求されるべきである。例えば弁護士会の仲裁制度などを利用することもひとつの方法であろう。仮に収用委員を仲裁人に任命するとしても、収用委員からは1名とし、他の2名は外部委員とすることも検討されるべきである。さらに土地所有者に仲裁人の選定権を認める規定を考えるべきである。


8. 収用適格事業について

意見

収用適格事業を安易に拡大することには反対である。


理由

独立行政法人用施設、廃棄物処理センターのリサイクル施設については、公益性を認め、収用適格事業とする試案に賛成するが、土地収用が権利者の意に反して権利を奪う面があることを考慮すると、これに準ずる団体・施設に安易にその適格性を拡大するべきではない。


以上