特許権及び実用新案権等に関する訴訟事件の専属管轄化に対する要望書
2001年12月20日
日本弁護士連合会
第1 要望の趣旨
特許権及び実用新案権等に関する訴訟事件(以下「知的財産権関係訴訟」という。)の管轄を東京・大阪両地方裁判所(以下「東京・大阪両地裁」という。)の専属管轄にすることは、東京・大阪以外の地方在住者が知的財産権関係訴訟を提起することを困難にさせるものであって、国民の裁判を受ける権利を侵害する虞れが大きいばかりでなく、裁判所へのアクセス拡充の理念にも反し、また知的財産権の健全な育成や地域産業の振興をも阻害しかねないことから、少なくとも地方在住者の訴訟提起やアクセス確保に著しい障害を与えない制度(例えば、全国の高等裁判所や高等裁判所支部のある地方裁判所にも訴訟提起できる制度)とされるよう要望する。
第2 要望の理由
1. はじめに
司法制度改革審議会は、平成13年6月12日付で発表した最終意見書(以下「意見書」という。)において、知的財産権関係訴訟の処理体制強化のための方策として、「特許権及び実用新案権等に関する訴訟事件について東京・大阪両地方裁判所への専属管轄化」などの方策を実施すべき旨(以下「専属管轄化」という。)の意見を述べている(意見書20頁)。
知的財産権関係訴訟について、裁判所の処理体制を強化するということ自体には異論はない。しかしながら、知的財産権関係訴訟を東京・大阪両地裁へ専属管轄化することについては、以下に述べるとおり、「国民の裁判を受ける権利」の保障や「裁判所へのアクセス拡充」という意見書の基本理念に基づいて再考されるべきである。
2. 専属管轄化は、地方在住者の裁判を受ける権利を侵害する虞れが大きい。
知的財産権関係訴訟については、平成10年に施行された新民事訴訟法(以下「新民訴法」という。)によって、当事者の地元の裁判所への訴訟提起が可能であるとともに、同法第6条により東京・大阪両地裁への訴訟提起も可能な、いわゆる競合管轄制度がとられている。
そして、意見書によれば、この競合管轄制度によって、平成12年には、特許権については87.5%、実用新案権については81.4%の事件が東京・大阪両地裁に提起されており、両地裁への集中化が図られているが、それでもなお、特許権については12.5%、実用新案権については18.6%の事件が、地方の裁判所に提起されている実情にある。
このことは、競合管轄制度の下でも、相当数の当事者が自らの意思によって地元の裁判所を選択している事実を示している。その理由には幾つかのものがあるが、最も大きな理由は、裁判所へ行くための交通費等の増加や時間の浪費、更には弁護士・弁理士との打ち合わせの便宜など、当事者の利害に基づくものである。
即ち、地方在住者にとって、「訴訟を地元で出来るか、東京・大阪まで行かなければならないか。」ということは、裁判所に行く交通費等の費用はもちろん、それに要する時間や労力に大きな差が生じる重要な事柄である。また、東京・大阪両地裁の専属管轄になった場合、必然的に東京・大阪の弁護士・弁理士に事件依頼をするケ一スが増えると考えられるが、そうなると弁護士・弁理士との打ち合わせに要する費用や労力も格段に増加する。
こうしたことは、係争額がそれほど大きくない事件の場合には、提訴するかどうかについての決定的要素になり、当事者が訴訟提起を諦めざるを得ないケースが増加することとなるから、知的財産権関係訴訟の東京・大阪両地裁への専属管轄化は、東京・大阪以外の地方在住者の裁判を受ける権利を実質的に侵害する虞れが大きい。
3. 専属管轄化は、裁判所へのアクセス拡充の理念に反する。
意見書は、東京・大阪への専属管轄化の理由として、知的財産権関係訴訟が専門的知見を要する事件であることを挙げているが、知的財産権関係訴訟は、東京・大阪両地裁でしか処理できない特殊な事件ではない。
確かに、知的財産権関係訴訟は一定の専門的知見を要するものであるが、専門的知見を必要とする事件は、医療過誤訴訟、公害訴訟、住宅紛争訴訟など、他にも例は多い。知的財産関係訴訟だけが、地方の裁判所では裁判をすることが困難であるという事実はない。
また、産業技術の専門化・細分化は著しく、いくら東京・大阪両地裁の処理体制を強化したとしても、それだけでは対応できるものではなく、結局、弁理士等の鑑定などの方法で専門家の協力を得て審理を行わざるを得ないが、そうした専門家は東京や大阪だけに居る訳ではない。更に言えば、当該事件について最も専門的な知識を有するのが当事者本人であることを忘れてはならない。
更に、最近では、東京・大阪を本拠とする大企業ではなく、むしろ地方に本社を置いたまま高度技術を武器に、国内・国外にビジネスを展開する小規模会社(いわゆるハイテクベンチャー企業)も多くなっており、今後、こうした会社が当事者になる事件は増えこそすれ減少することはないと考えられる。
以上の事実に照らし、知的財産権関係訴訟の東京・大阪両地裁への専属管轄化は、2で述べたことと併せて、意見書の謳う「裁判所ヘのアクセス拡充」の理念に反するものである。
4. 専属管轄化は、地方から知的財産権関係訴訟を扱える専門家を消滅させることになり、知的財産権の健全な育成や地域産業の振興をも阻害しかねない。
前述のとおり、知的財産権関係訴訟が東京・大阪両地裁へ専属管轄化された場合、当事者が東京・大阪の弁護士・弁理士に事件依頼するケースが大幅に増加することが予想される。
専門的な職務は、当事者からの依頼があって初めて成り立つものであり、また実際の事件を遂行する中で知識・経験も身につくものであることは言うまでもないところであり、もし専属管轄化がされた場合には、東京・大阪以外の地方では、事件依頼が減少するのに伴って、知的財産権関係訴訟を扱える弁護士・弁理士等の専門家が育たなくなる虞れが大きい。
而して、当事者にとって、知的財産権関係訴訟の相談や事件に対応できる身近な弁護士・弁理士等の専門家の不在は、地方在住者の知的財産権関係訴訟への対応を困難にさせることはもとより、知的財産権そのものについての相談者を失う結果を招き、知的財産権の健全な育成を妨げ、ひいては地域の振興をも阻害しかねない状態を招くことになる。
5. 専属管轄化と専門的処埋体制の強化とは、別の問題である。
意見書では、知的財産権関係訴訟の東京・大阪両地裁への専属管轄化が、両地裁の専門部の専門的処理体制の強化の一方策として述べられているが、両地裁の専門部の専門的処理体制の強化は、現在の競合管轄制度の下でも十分可能なことであり、また現になされていることであって、両地裁への専属管轄化とは別の問題である。
6. 国際的戦略の必要性も、専属管轄化の理由となるものではない。
意見書は、知的財産権関係訴訟事件の充実・迅速化について、「各国とも国際的戦略の一部として位置付け、これを推進するための各種方策を講じているところであり、我が国としても、こうした動向を踏まえ、政府全体として取り組むべき最重要課題の一つとして位置付ける必要がある。」と述べているが、言うまでもなく知的財産権関係訴訟の全てが国際的戦略の範疇に含まれる訳ではなく、国内の企業同士の訴訟が大半であり、しかも地方の企業同士の訴訟も多数存在するのであって、このことも知的財産関係訴訟の東京・大阪両地裁への専属管轄化の理由となるものではない。
現に、外国のごく一部には一極集中の例もあるが、少なくとも一審については、米国、ドイツ等多くの先進国では各地方裁判所が知的財産権関係訴訟を取り扱っており、専属管轄はむしろ例外である。
7. 専属管轄化による弊害は、意見書のいう「当事者の利益を害する特段の事情がある場合には、他の裁判所でも処理することを可能とすべきである。」ということによっては、解決しない。
意見書は、東京・大阪両地裁への専属管轄化について、但し書きで「当事者の利益を害する特段の事情がある場合には、他の裁判所でも処理することを可能とすべきである。」という旨を述べている。
意見書のいう「他の裁判所でも処理することを可能とすべき」ということの内容は必ずしも明らかではないが、その方策は基本的には「移送」ということになろう。しかし、移送制度によって専属管轄化による弊害を防ぐことは困難である。
新民訴法でも、第17条に「裁量移送」、第19条に「管轄合意による移送」の規定があるが、現実には、裁判所は、「管轄合意による移送」についてすら消極的であり、「裁量移送」については稀なことといっても過言でない。また仮に東京・大阪両地裁への専属管轄化が導入された場合には、両地裁から地方の裁判所への移送は専属管轄化の趣旨に反するものになることからして、移送が認められる可能性は極めて低いと言わざるを得ず、移送によって専属管轄化による弊害を除去 することは、困難である。
なお、移送を巡って争いが増加すれば、そのことによる審理遅延という弊害をもたらし、結局は、審理の充実や促進化に反する結果すら招きかねない。
8. 終わりに
以上のとおり、知的財産権関係訴訟の東京・大阪両地裁への専属管轄化は国民の裁判を受ける権利を侵害する虞れが大きいばかりでなく、裁判所へのアクセス拡充の理念にも反し、また知的財産権の健全な育成や地域産業の振興をも阻害しかねないものであり、少なくとも地方在住者の訴訟提起やアクセス確保に著しい障害を与えない制度(例えば、全国の高等裁判所や高等裁判所支部のある地方裁判所にも訴訟提起できる制度)とされるよう要望する。
以上