森山法務大臣に対する検察官任命に関する要望書

日本弁護士連合会
2001年9月11日



当連合会は、司法修習生からの検察官の任命に関し、次のとおり要望いたします。



要望の趣旨

  1. 次の事項について、それぞれすみやかに確立し、これを公表すること。
    1. 「女性枠」を直ちに撤廃し、検察官の任命において女性を差別的に取り扱わないことを明確にした方針
    2. 性差別のない公正な検察官任命の基準
    3. 検察官への任官を希望するすべての司法修習生に応募の機会を公平に与える検察官任命の手続き
  2. 検察官に任命されなかったものから請求があった場合は、本人に対し理由を開示すること。
  3. 女性の司法修習生を積極的に検察官に任命するための政策を立案し、実行すること。

はじめに

「検察官任官における『女性枠』を考える53期修習生の会」(土井香苗代表)より当連合会に対し、司法研修所における検察官任命の「女性枠」について要請があった。要請書によれば「女性枠」とは、「司法修習生の検察官任用者を選考する過程において、女性の司法修習生の任用を原則として司法研修所の各クラスで1人に限り、例外的に2人とする、明示又は黙示の取り決め、申し合わせ又は慣行」をいう。要請は、「女性枠」は明らかに性別を理由とする差別的取扱いであるので、調査とその是正措置を求めるものであった。



当連合会では、特別調査チームを設け、2001年1月から調査を行った。



調査方法は、(1)アンケート調査及び (2)面接調査である。(1)については、司法研修所49期から53期の弁護士全員2857名(調査時点では53期はすでに司法研修所を卒業していた。)を対象とし、504名(回答率17.6%)の回答を得た。(2)の面接調査は、33名を対象とした。その調査結果は、別添資料「検察官任官における『女性枠』についての調査報告書」のとおりである。



当連合会は、上記の調査結果に基づき慎重に検討した結果、上記のとおり要望するものである。



要望の理由

1. 「女性枠」の存在

上記調査結果から、司法研修所49期から53期の司法修習生については、検察官の任命に当たって「女性枠」が存在すること及びこの「女性枠」が法務省及び検察庁の政策・方針によって行われているものと判断される。



司法研修所49期から53期については、1クラス3名以上の女性任命者がいるクラスはなく、0~1名ないし2名である。アンケート調査及び面接調査によると、「女性枠」の存在は、司法修習生のほぼ共通認識となっていることがうかがわれる。それは、司法修習生間の単なるうわさ話などというものではない。女性任命者の数を原則1クラス1名、例外的に2名とするという情報は、司法研修所検察教官及び他の教官並びに実務修習での指導担当検事等から司法修習生に与えられており、被調査者の「女性枠」に関する供述は、日時・場所・状況・内容等が具体的かつ明確である。しかも、単に、教官等から「女性枠」の存在についての発言があったということにとどまらず、実際に検察教官などが任官志望者に対し、「女性枠」を前提に任官を薦めたり諦めさせたりしている具体的な事実が確認されており、十分信用できる。



2. 「女性枠」の問題点

(1) 「女性枠」に基づく任命差別は「性による差別」に外ならない。



  1. 客観的資料及び面接調査などによっても、各クラスの男性任命者の数を限定する「男性枠」の存在は認められなかった。クラス別任命者数の制限は、女性にのみ課せられた不利益な取扱いである。

  2. 「女性枠」が存在する結果、女性に対してのみ、不当な競争を強いている。

    当連合会は、各年度(各期)毎に検察官任命予定者数があることを否定するものではなく、志望者の数が任命予定者数を上回る場合に、志望者間で一定の競争が生じ得ることも当然と考えるが、その場合も、公正で透明な任命基準をもって、公正な競争が行われるべきである。

    「女性枠」は、そのような公正でまともな競争ではなく、検察官任命の競争前から、女性であるというだけで「任命は原則として各クラス1名以内」という「枠」をはめられ、任命基準も全く示されないまま、女性間のみで競争させられることになる。この枠は、女性の司法修習生が任官を検討し、あるいは志望する時にはきわめて厳しい不利益な条件である。

  3. その結果、女性の司法修習生が初めから検察官任官を諦めたり、クラスに複数の任官志望者がいる場合、あるいは修習途中で任官志望となった場合、他の任官志望者との関係で任官を諦めたり、あるいは教官などにより諦めさせられている。この結果、女性の任官志望者の数が抑えられ、実際の任命者の数を低く抑える結果となっている。


(2) 「女性枠」に合理的な理由はない。



司法修習生がどのクラスに配置され、そのクラスに何人の女性の任官志望者がいるかは、当該の女性任官志望者の意志とは全く無関係なことであり、個人の努力では変更できないことである。そもそも、女性の任命者の数をクラス毎に制限する合理的な理由は全くない。男女を問わず、クラス毎に任命者の数を制限すること自体合理性がないのである。検察官の任命を、この「女性枠」の範囲に制限する結果、各期毎の女性任命者の割合は、男性と比してはるかに少なく、少数に留まるように抑えられている。各期の司法修習生全体の中で女性の占める割合と比べても、この5年間で、49期がわずかに上回っているだけで、他の期は下回っている。53期においては、各期の司法修習生全体の中で女性の占める割合(24.97%)からは、74名中の17ないし18名と算出されるところ、わずか10名しか採用されていない。そのような「女性枠」は、法務省及び検察庁が、意図的に女性の検察官への進出を抑えようとするものであるというしかない。



また、面接調査によると、司法修習生の間の認識では、任官を諦めた女性の中には、明らかに任官志望の男性より優秀とみられるものがいるとのことである。このような「女性枠」という不公平な採用のしくみの下では、男女全体の司法修習生の間で、まともで健全な競争にならないことは明らかであり、男性の司法修習生を含めて全体の検察官の任命の基準及びその手続きの公平性、中立性が疑問視される。



3. 改善についての意見

(1) 「女性枠」を直ちに撤廃すべきである。



検察官に任命する司法修習生の人数を、女性に限って原則1クラス1名以内、例外的に2名という枠を設けて、女性の任命数を制限することは、性別による差別そのものであり、女子差別撤廃条約7条、11条、憲法13条、14条1項及び22条、国家公務員法27条並びに男女雇用機会均等法5条に違反する違法な差別である。法務省は直ちにこれを撤廃すべきである。 



さらに、今後、同様の差別が再び行われることがないよう、検察官任命における女性に対するあらゆる形の差別をなくする方針を確立すべきである。



(2) 性差別のない公正な検察官任命の基準を確立すべきである。



  1. 「女性枠」問題は、国家機関である法務省及び検察庁によって行われている性別による差別であって、きわめて問題である。

    検察官任命の基準・手続きが不透明であるため、司法修習生は不安定な状態におかれているが、女性の司法修習生の場合はさらに、「女性枠」の存在のため、男女共の全体の競争以前に、女性というだけで任官において不当な競争を強いられ不利な状況におかれている。

    歴史的にみて、法務省及び検察庁が女性の検察官採用に消極的であったこと、法曹三者の中でも、女性の比率は、検察庁が最も低いことが指摘されている。

    その背景として、いまだに検察庁において「女性は検察官に向かない」という誤った俗論が正されず、検察官の職務とあり方について、根強い性差別意識が温存され続け、是正が遅れていることを指摘せざるを得ない。

    ここ数年、女性の司法試験合格率は高まり続けており、54期司法修習生(2001年4月入所)においては、28.72%となっている。また、この数年、司法修習生の間で検察官人気が高まっており、各クラスの14~20名の女性の司法修習生の中で、1クラスで少なくとも3~4名以上は、任官を志望する人が出てきていると報告されている。

    そうした中で、「女性は、原則としてクラスで1人」という「枠」をはめることは、女性の検察官志望を狭め、不当に志望を諦めさせ、女性の検察官への進出や女性検察官の増加を不当に低く抑える役割を果たしていることは明らかである。

  2. 今次の司法制度改革審議会の「意見書」は、「裁判所及び検察庁等の人的体制の充実」及び「検察官制度の改革」の項において、検察庁及び検察官の大きな改革の方向を明言している。

    「意見書」は、検察官が足りないことを指摘して「大幅な増員が不可欠である」としている。そして、検察官は、従前にも増して、検察の厳正性・公正性に対する国民の信頼を確保することが求められ、意識改革を積極的に進めることが求められている。また、社会構造の変化、科学技術の革新、国際化に伴って生じる新しい形態の犯罪・高度な専門知識を要する犯罪等に対応し得るように検察官の能力を向上することを求め、刑事手続への新たな国民参加の制度の導入に伴って、積極的に貢献することを求めている。そして、こうした検察の制度的改革と検察官の意識改革のために、人事・教育制度の抜本的な見直しと、必要な意識改革の研修の具体的方策と研修制度等を立案して実施するように求めている。

    こうした時代の要請及び改革の要請から照らして見ると、検察官の仕事の中で「女性には向かない」などという分野や課題は見当らない。性別にかかわりなく、検察の厳正性・公正性に対する国民の信頼を重んじ、改革の要請に積極的にこたえて、能力の向上をはかる者が検察官として求められているのである。

  3. 「女性枠」問題は、現在行われている検察官任命の制度・方法そのものに大きな問題が含まれており、抜本的な改革を必要としていることを示している。

    現在の検察官の任命の基本的な制度・方法は、任命の基準も各期毎の全体の任命の予定人員数も明らかにされないまま、司法研修所検察教官室という密室の中で、主としてクラスの担任の検察教官の個人的評価に依存して採否が決められる制度・方法がとられている。クラスの担任の検察教官が採用推薦をしない司法修習生に対しては、種々の方法で「採用が難しい」旨が伝えられ、「自発的な辞退・志望の変更」が求められ、採用願いの志望書類を渡さないため、結果的に最終的な志望者数と採用者数は一致し、採用試験等は行われず、表向きは、任命拒否者・不採用者は表れない運用のしくみになっている。

    このような任命の制度・方法がとられている結果、司法修習生の間では、「検察官を志望するならば、司法研修所入所の当初から、クラス担任の検察教官に、目立つように強くアピールし、売り込む必要がある」「検察教官に嫌われたら、検察官にはなれない」等々の「検察官への進路情報」が伝えられており、成績や適性とは別の要素によって、検察官の採否が決められているのではないか、という疑問の声が出されている。

  4. 検察官は、公益の代表者であり、警察等に対する指示・指揮を含む犯罪の捜査、公訴の提起・維持・遂行、刑事裁判の執行の監督等々の重大な職責を負っており、特に、厳正性・公平性を強く要請されている。

    こうした立場にある検察官の任命制度・方法が、基準も明らかにされず、手続きも不透明なままに行われ続けていることは問題であり、採否の厳正性・公平性に疑問の声が出されていること自体がきわめて問題である。

    司法制度改革審議会の「意見書」では、「裁判官制度の改革」の中で、特に「裁判官の任命手続の見直し」の項目をおき、(1)国民の意見を反映させることができるように、諮問機関を設置すること、(2)選考の基準・手続き・スケジュールなどを明示することを含め、その選考の過程の透明性を確保するためのしくみを整備すること、(3)採用の選考に当たる委員の構成と選任方法は、中立性・公正性が確保されるように十分な工夫をすること、(4)指名・任命しなかった場合には、本人に対して、その理由を開示するものとすること、等の改革を行うこととしている。

    検察官の任命についても、従前の制度・方法・運用の欠陥を直視し、裁判官の指名・任命の場合と同様の改革を行う必要がある。

    検察官の選考に当たっても、上記の国民の意見の反映と透明性・中立性・公正性の確保、及び本人に対する説明責任は、裁判官の指名・任命の場合と何ら変わるところがないからである。

    「女性枠」問題は、女性に対する差別が行われていることを明らかにしているだけでなく、現行の検察官の任命の制度・方法が、透明性・中立性・公正性が確保されておらず、本人に対する説明責任も全く果たされていない状態にあり、すみやかに改革・改善しなければならない大きな問題が存在していることを示している。

    すみやかに、性差別のない公正な検察官任命基準を確立し、任官を志望するすべての司法修習生に、広くかつ公平に応募の機会を与えるような検察官任命の手続きを確立し、それを司法修習生はもとより広く国民に知らせるべきである。

  5. 「女性枠」は、検察官採用の募集に応募した司法修習生の中から採用する女性の人数を制限するのではなく、女性の司法修習生が検察官採用に応募する前に、任官を諦めさせるという効果を持つ。そのため、何人が任官を諦めて他の進路を選んだのかが客観的な記録として残らず、差別の形跡が残らない。このような差別を可能にしているのは、法務省及び検察庁の政策・方針として検察官任命の基準及び手続きが明らかにされず、司法研修所検察教官(室)及び実務修習地指導検察教官等により、いわば「密室」の中で採否の検討が進められていることに起因する。

    さらにもう一つの弊害は、司法修習生にとって、採用の検討がいつからどのように行われているのかが判らず、また、いつ任命が決定されるのかさえ判らないため、任官志望者、特に「女性枠」で人数制限を受ける女性の司法修習生は、任官できるかどうかの進路について常に不安な状態におかれたまま、修習を続けることを余儀なくされる点にある。

    したがって、法務省は、このような女性の司法修習生への差別を防止し、また司法修習生に与える悪影響をなくすためにも、検察官採用の手続き(たとえば、募集期日、考慮期間、採用決定期日、採用公表期日等)を確立し、任命基準とともに、これを司法修習生及び国民に公表することにより、すべての司法修習生に公平に任官の機会を与えるようにすべきである。


(3)法務省は、検察官採用募集の応募者から、同省が検察官採否を決定した理由を開示するよう請求があった場合は、これを開示する制度を確立すべきである。



仮に公正な任命基準や手続きが確立され、公表されても、運用面での公正さが確保されなければ、公正な選考が行われたとはいえない。すなわち、個々の司法修習生の評価が公正であることを担保する制度がなければ、全体として任命手続が公正であるとはいえないのである。また、司法修習生にとって、自己の検察官採否がどのような資料により、どのように決定されたかは、重要な事項である。その公正さを吟味する機会が与えられてはじめて、検察官任命の手続きの公正さが担保されるといえるからである。



(4)法務省は、「女性枠」に基づき任命において行われてきた女性差別を是正するため、及び検察官全体に占める女性の比率が長年にわたり極端に少ない事実に鑑み、男女共同参画社会基本法8条、男女共同参画社会基本計画第2部1(1)に基づき、積極的改善措置として、女性検察官を積極的に任命するための具体策を立案し、実施すべきである。