反人種主義・差別撤廃世界会議(WCAR)で検討される、人種差別の撤廃に向けた宣言案及び行動計画案に対する日弁連からの提言

2001年8月24日
日本弁護士連合会


はじめに

日本弁護士連合会は、1949年に設立され、52の地方弁護士会及び日本の弁護士全員からなる独立の職業団体であり、1999年国連経済社会理事会との協議資格を付与された非政府機関である。


当連合会は、人権活動の一環として、本年3月に行われた人種差別撤廃条約の実施に関する日本政府の初の報告書審査に際し、日本国内における同条約下における問題状況を検討し、人種差別撤廃委員会に報告した。我が国においても、世界の多数の国と同様、人種差別、民族差別の問題をはじめとして、被差別部落民(世系による差別)の問題、先住民や外国人に対する差別の問題、女性や子どもの人身売買の問題等、様々な深刻な問題が未解決のまま存在すること、今後さらにこれらの問題に対する取組みを継続・強化していかなければならないことが再認識されたところである。特に、経済のグローバル化の中で移住外国人労働者とその家族に対し排斥主義的な動きが高まることへの懸念、インターネット上での人種差別を助長するプロパガンダの問題など、我が国を含む、世界各国の共通の課題として、早急に取組むことを迫られている今日的な問題も出現している。


このような状況の中、国連が、世界各国の共通の問題である人種主義・人種差別の問題に取組むための10年を3次にわたって設定して活動を進め、このたび、この重要なテーマについて各国政府、国際機関、NGOが集まって討議するための世界会議を招集することは、誠に時宜に適い、重要な取組みであると信じるものである。そして、この世界会議において採択される宣言及び行動計画は、国連や各国政府に対し、人種主義・人種差別の問題の解決に向けて具体的に取組むべき行動指針となるものであり、当連合会は、本世界会議の開催及び世界会議による宣言及び行動計画の採択に対し、強く賛同の意を表明し、支持するものである。


当連合会は、以上のような認識の下、本世界会議において採択される宣言及び行動計画が、人種主義・人種差別・外国人排斥及びこれに関連する不寛容の問題に対する取組みの指針として効果的なものとなることを願い、以下の4点につき提言を行うものである。


1. 国内レベルでの措置/反差別法立法について

あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(以下単に人種差別撤廃条約という)は、第4条において、人種的優越思想の流布、人種差別の煽動、これらの活動への援助、団体の結成、宣伝活動等を法律によって処罰すべきことを各国政府に要請している。この目的にそって、国連においても既に反人種差別立法のモデル法を作成してこれを奨励している。これらの条約並びに国連の活動が人種差別の撤廃にとって、有効な方法を提起しているものであることは、全ての人々において異論のないところであろう。しかし、各国における差別禁止立法の制定は、それぞれの実情に従って種種の方法がとられ、又、今だ立法がなされていない国々も多々存在する。そこで、差別禁止立法を更に各国において実行あらしめるための方策として以下のことを国連は積極的に行うべきである。


(1)国連高等弁務官事務所は、各国における、差別禁止立法の制定の有無、法律規定の内容、法律の実行例、差別禁止法の裁判所に於ける判決例、運用の実体等々の情報を蒐集し、これをデータベース化して、各国政府並びにNGOに提供すべきである。


(2)国連高等弁務官事務所は、国連の人種差別禁止法の国内立法モデル策定後の各国における実行例、その運用についてフォローアップし、且つ前記国内立法モデルの内容につき、更なる検討を行うべきである。


(3)人種差別撤廃条約によって、何が人種差別として禁止されるべきであるかについては、世界のあらゆる地域に於いて共通した理解が得られるべきであり、人種差別撤廃委員会(以下、「CERD」という。)の活動がこれを実行していることを評価する。しかし、各国、各地域において、まだまだ人種差別に該当しないと強弁する慣習や伝統の名において行われる差別は無くなっていない。人種差別撤廃条約の趣旨を各国においてより普遍化するためにも、日本のように差別禁止法の国内立法が存しない国に対しては、その立法を促進する為に、又、既に立法を行っている国に対してはその法律の内容の改善、解釈の指針等のためにも、前記データベースを提供することの必要性が存在する。


同時に前記データベースやフォローアップされる内容は、各国における人種差別禁止に関する解釈基準の統一を導くことになり得る点でも有効である。


2. 国際レベルでの措置/CERDの活動強化策

限られた資源の中で、人種差別撤廃を実現していくには、既存制度の枠内でとりうる対応から検討していくべきである。以下の事項の改善により、人権保障の強化が可能になると考えられる。


(1) 情報交換、情報提供の強化

報告書の作成、差別禁止法その他の立法、救済制度の整備、反差別教育など、人種差別撤廃に向けた活動のあらゆる局面において、国際機関からの情報を利用し、また、諸外国の実例、経験を検討することが極めて有用である。


国連人権高等弁務官事務所は、各国からの情報収集制度を整備し、収集した情報を提供する電子データベースを整備するべきである。


(2) 条約機関の機能強化

A.報告書審査に対するフォローアップ制度を充実すべきである。現在の制度では、報告書審査により問題点が明らかにされても、審査結果を実現する制度が未整備であるため、せっかくの審査結果を生かしきれていない。


人権機関議長会議の報告書(HRI/MC/2000/4)で提言されているように、審査後の締約国とのコミュニケーションの継続、特別報告者の締約国への派遣などにより、審査後も締約国との連絡、監視を続けるべきである。


B.子どもの権利条約では、締約国に対する最終見解の中で、児童虐待、障害児、保健、少年司法などの諸分野で、ユニセフ、UNAIDS、国際犯罪防止センターなどの国際機関に専門的援助を求めるよう勧告が出され、勧告の実現に成果をあげている。 


人種差別撤廃条約においても、勧告内容を実現していく方策として、教育、子ども、労働、保健衛生などにおいて、ユニセフ、ILO、WHOなどの国際機関との協力を検討すべきである。


C.条約委員会が報告書審査、個人通報審査を実施する審査機構であることからすれば、その委員は、条約が保障する権利の主体、関係分野の専門家、NGO活動家を含む多様なメンバーから構成されることが望ましい。


女性差別撤廃条約では、現在まで委員を務めた者のほとんどが女性であり、法律家のほか医療、公衆衛生、教育、労働、政治学、地理学、工学など様々な分野の専門家が委員を務めている。また、子どもの権利条約においても、法律家、福祉関係の行政官、医者、NGO活動家など様々なバックグラウンドを持つ者が委員を務めており、これらの条約では、多様な観点からの検討、提言がなされている。


人種差別撤廃条約においても、移民、少数民族および先住民などの代表、差別に関わる諸問題の専門家、NGO活動家などを委員に選任すべきである。


3. インターネット上の差別表現について

今日、インターネットという新しい効果的な情報発信手段が人種主義・人種差別の宣伝道具として用いられるという深刻な問題が世界各国の共通の課題となっており、日本もその例外ではない。インターネット上の人種差別助長表現に対する抑止・規制の問題に対しては、国連、各国政府、及びNGOが協力して早急に取組む必要がある。インターネット上の人種差別助長表現の規制については、一方で表現の自由や通信の秘密等の人権への配慮も必要であり、そのため具体的な規制の方法・手段、技術的な問題等について、慎重な検討が必要である。また、インターネットについては、このように人種差別の助長宣伝に使われるという負の側面もある一方で、知識や情報の普及のための手段、教育目的での活用の有用性の側面も無視することはできない。


そこで、表現の自由・通信の秘密等に配慮しながら、インターネット上の人種差別助長表現の規制を検討することが必要であり、そのための具体的な方策として、以下の提言を行う。


(1) 国連及び加盟国における行動計画づくり

インターネット上の差別表現に対する規制を各国が協力して取り組むべき重要課題として位置づけて行動計画を策定することが必要である。その際、加盟国において刑事的又は民事的な手段により制裁が可能な人種差別表現について、その実体法と救済手段を早急に整備すること、インターネットの匿名性から被害者から発信者への責任追及が困難となっている現状に鑑み、一定の要件に基づき発信者情報を開示するシステムを整備すること、プロバイダによる迅速かつ適切な自主的規制を促すために、プロバイダが誠実に判断を行った上で適切な対応を行っている場合には責任を問われない等の免責規定を整備すること等、規制のための具体的な措置についての検討がなされるべきである。


(2) 受信者による主体的、能動的な対応を可能とする方策の整備・普及

人種差別表現に対する発信者の責任追及やプロバイダの自主的規制には限界がある。そこで、受信者が受けとることを望まない情報について主体的・能動的に情報を選択・遮断する技術であるラベリング・フィルタリングの普及、促進、確立についての積極的な取組みが必要である。


(3) 国連、加盟国及びNGOによる、インターネットを通じた教育・啓発の措置

インターネットは人種差別表現に対抗する情報発信手段としても有用であるから国連、加盟国、NGOが協力してインターネットを通じた教育、啓蒙に積極的に取り組むべきである。


4. 移住(不法就労)労働者に対する差別是正に向けて

出身国と受け入れ国のニーズによって、合法、不法を問わず、多くの外国人労働者が生み出されている。これら移住労働者は、たとえ合法的であっても、異民族、異人種として、地域社会からいわれなき差別を受けたり、社会保障や教育においても、滞在国の国民と差別を受けることもある。しかし、在留資格の無い外国人労働者(以下不法就労外国人という)については、その在留自体が不法とされるため、生命・身体の安全を含めた国内法の保護を受けられない状況に追い込まれている。移住労働者の中でも、不法就労と呼ばれる在留資格のない者に対して、在留資格の有無に関わらない人間としての尊厳と生存を確保する方策を講じることは、緊急の課題である。不法就労外国人について、特に以下の意見を提案するものである。


(1)各国は、在留資格のない外国人労働者に対し、労働基準法の規定の適用や労働基準監督署の役割などについての情報を周知徹底するとともに、行政職員や弁護士などの相談を受ける専門家が適切なアドバイスが出来るよう研修を充実させる、あるいは司法的アクセスを容易にするため法律扶助制度を整備するなど、権利行使の阻害要因を除去するための積極的措置を執るべきである。


たとえば、組織的犯罪のネットワークが、彼らを恐喝・欺罔して海外に送り出し、給与や社会保険料等を支払わず、あるいは劣悪な労働条件の下で移住(不法就労)労働者を働かせているが、国内法は、不法滞在者を厳しく処罰する一方で、人身売買としてはこれを罰しないため、雇用主の不法就労外国人に対する不当な扱いを許容する結果となっている。


また、不法就労外国人は、不法滞在者として厳しく処罰されるため、入国管理局に通報されることを恐れ、雇用主との交渉はもとより、労働基準監督署等の行政機関へ相談にも行けない状況に追い込まれており、実質的に労働者としての権利が奪われている。


各国政府は、不法就労外国人のおかれている現状を認識しながら、改善に向けて十分な対応をしているとは言い難い。各国政府はかかる不法就労外国人の基本的人権の権利行使の阻害要因除去に向けて積極的措置をとることが必要と考える。


(2)各国は、在留資格がなく滞在している外国人労働者及びその子どもたちに対し、在留資格がないことを理由に、直ちに医療的援助を一般的に否定するのではなく、社会補償と別の制度であっても、対象者や緊急性に応じた生存権の保障をはかるべきであり、とりわけ、子どもたちについては、適切な医療を受けられるよう必要な措置を講ずるべきである。


不法就労外国人は、在留資格がないことを理由に、医療保険の適用を受けられず、緊急医療も受けられない事態も生じている。しかし、不法就労外国人であっても、人として生きる権利があり、滞在が不法であることのみをもって、緊急医療も受けられないとすることは許されないことである。とりわけ、子どもたちについては、適切な医療を受けられるために、乳幼児医療の扶助や緊急医療援助制度を設置・適用するなどの必要な措置を講ずるべきである。


(3)各国は、在留資格がなく滞在している外国人労働者及びその家族について、その在留が長期にわたり、かつ、居住地域に定着していると認められる者については、一定の要件のもとにその在留を合法化するための措置を講ずるべきである。


不法就労外国人であっても、その滞在が長期化し、地域住民との交流が緊密化し、その地域社会に定着したと認められる場合には、一定の要件のもとで、その在留の合法化が図られるべきである。特に、子どもが滞在国の教育を受け、滞在国の言葉しか話せないような場合もあり、子どもなりに引き続き滞在国で教育を受けたいと希望する場合もあるときに、その教育の機会を奪うことは、子どもの健全な成長を害することになりかねない。従って、一定期間の滞在により生活が地域に定着しているような場合には、一定の要件のもとに、その滞在を合法化する措置が講じられるべきである。