人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ

日弁連総第56号
2001年(平成13)年1月19日


 

人権擁護推進審議会
会長 塩野 宏 殿


日本弁護士連合会
会長 久保井 一匡


貴審議会は、2000(平成12)年11月28日人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめを公表されました。当連合会は、貴審議会委員の方々の本件審議に費やされたご努力に敬意を表するものであります。しかし、同時に、当連合会は、今回公表された中間取りまとめには、下記意見のとおり重大な問題があると考えるものです。ここに、当連合会は、今後貴審議会におかれて、最終答申に向けて下記意見に基づき慎重にご検討いただきたく、意見を提出します。



第1 人権機関の独立性と機能


1. 独立性


人権機関の独立性の確保は、この機関の人権活動に権威と信頼及び実効性を付与する核心的要素であり、かつ同機関の生命線とも言うべきものである。


人権機関は、政府から独立して権限を行使できるよう設置法において明定し、国家行政組織法による3条委員会にするだけではなく、法務省から切り離し、内閣府の所管とすべきである。また自ら年次予算を編成し、直接国会に承認のため提出されるべきである。


人権機関の委員は豊富な人権感覚と政府から独立して職務が執行できる人格識見をそなえた者が多元性を考慮して任命されるべきである。この委員の内閣による任命は国会の同意を得るものとし、その同意に際しては国会で推薦委員会を設け、この委員会に市民やNGOが意見をのべる機会が保障されるなど委員の選任に公開性と市民参加が保障されるべきである。また委員の解任事由を限定し、その委員の身分の独立性が確保される必要がある。


人権機関の事務局の職員についても、人権感覚・多元性を考慮して、採用されるべきであり、官庁・諸団体の影響が及ばないよう裁判所職員と同様国家公務員法2条の特別職として独自の採用試験を実施すべきである。仮に人権機関創設時において法務省の職員の一部が人権機関の事務局の職員とされることがあったとしても、法務省への復職を前提とした採用は認めるべきではない。


2. 基本的機能


人権救済、立法・政策提言及び人権教育は、パリ原則でも人権機関の基本的機能として位置付けられている。これらは、憲法及び国際人権法で保障された人権を擁護するために必要な三位一体の機能であり、人権機関はこの3つの機能を持たなければならない。


中間取りまとめでは、立法政策提言に対して助言という表現を用いているが、これは人権機関の役割を軽んじるもので妥当ではない。提言を受けた立法・行政機関はこれを尊重する義務を負うべきである。


また中間取りまとめでは、人権教育に対して啓発という表現を用いている。これは文部科学省―教育、法務省―啓発という縦割り行政を前提とし、人権機関を法務省の管轄下におこうとするものであり、妥当ではない。また啓発という表現は、国際人権(自由権)規約委員会が求める、裁判官、検察官及び行政官に対する人権教育を人権機関の管轄外にするものである。


パリ原則でいう人権教育は、国内法(人権教育及び人権啓発の推進に関する法律第2条)では「人権教育」と「人権啓発」とに区分されるが、この双方について、国内人権機関がその統括的中心的役割を担う機関であることを明記すべきである。


3. 人権救済機能の位置付け


中間取りまとめでは、人権機関の救済機能を、総合的な相談、あっせん、指導などのもっぱら任意的な手法による簡易な救済と、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助などの積極的救済に区分している。中間取りまとめでは、人権擁護委員にあっせん、調停、仲裁に参加させるとしているが、妥当ではない。このような重要な分野では人権機関の委員の責任において人権機関自身が関与すべきである。現行の人権擁護委員は必要な専門的知識や経験が備わっているとは必ずしも言いがたい。


また、行政処分について不服申立制度、男女雇用機会均等法に基づく機会均等調停委員会による調停など専門の救済制度がある分野においては当該機関による救済を優先すべきであるとしているが、これらを積極的救済の対象から除外すべきではない。これら既存の諸制度が簡易迅速かつ実効的に機能していない場合も多く、その場合には、その分野の人権侵害は積極的救済の対象とすべきである。


4. NGOとの連携・協力について


人権機関とNGOの関係を明確にすべきである。人権の擁護・救済に取り組むNGOとの連携・協力は、人権機関の活動を活性化・実効化させ、他方で独善防止を継続的に担保することができる意味で、政府からの独立性の確保と並び、人権機関のもう一つの生命線と言うべきものである。


第2 公権力による人権侵害


1. 救済対象区分としての位置付け


中間取りまとめでは、救済対象の人権侵害を「差別」、「虐待」、「公権力による人権侵害」及び「メディアによる人権侵害」と区分している。公権力による人権侵害は現在の日本において極めて深刻であり、人権侵害を区分する際には、まず冒頭に取り上げるべきである。


2. 積極的救済の対象


公権力の行使による人権侵害のうち、差別、虐待に該当するものを積極的救済の対象とするとしているが、虐待の定義は明示されていない。しかし、捜査機関による違法な所持品・身体検査、被拘禁者の外部交通の制限、外国人の在留資格の更新拒否、阪神大震災などの被災者への無策など差別虐待に含まれない人権侵害についても、積極的救済の道が開かれるべきである。


婚外子の相続分差別、旧らい予防法による拘束隔離などは、法の規定によるものであり一見合法にみえるが、このようなものも人権侵害に含まれ得るのである。


3. 調査権限など


公権力の行使による人権侵害については、人権機関に強制的調査権限を認めるべきである。公的機関に対しては、人権侵害を発見した場合の人権機関への報告義務、人権機関の調査に対する協力義務並びに人権機関の措置に対する尊重義務を課すべきである。公務員が調査協力義務に違反した場合は制裁が科され、この義務違反は懲戒事由となるとすべきである。


第3 私人による人権侵害


1. 積極的救済の対象のその限定


中間取りまとめでは、私人による人権侵害については、差別、虐待またはマスメディアによる人権侵害に限って積極的救済の対象としている。しかしこれらに含まれない私人による人権侵害、たとえば(マスメディア以外の者による)名誉信用毀損・プライバシー毀損、街宣車による集会妨害、児童に対する就学妨害なども積極的救済の対象から除外すべきではない。私人による人権侵害でもその程度の甚だしいものは、積極的救済の対象として差し支えない。


また中間取りまとめでは、「差別や虐待の被害者など、一般に自らの人権を守ることが困難な状況にある人々」「様々な理由から自らの力で裁判手続を利用する困難な状況にある被害者」について積極的救済を認めるとしている。しかし裁判によって自らの権利が守れるとしても、裁判には経費がかかり、手続が煩雑で、判決まで時間がかかるなどの問題点がある。


すなわち私人による人権侵害の場合、その程度が甚だしく、被害者が他に簡易迅速かつ実効的な救済手段がとれない場合には、積極的救済の対象とすべきである。


2. 調査権限


私人による人権侵害についても法律で人権機関の調査権限を認めるべきである。これにつき当該の私人の調査非協力については罰金や過料などの制裁は科すべきではないとの見解があるが、重大かつ悪質な人権侵害の場合は、その範囲と手続を明定したうえで、その調査非協力に対して過料を科すことができるようにすべきである。


第4 メディアによる人権侵害


1. 自主的第三者機関と優先管轄権


メディアの取材や報道等による人権侵害については、「報道評議会」などの独立した第三者機関や社内オンブズマンなどを自主的に設置し、報道の自由を守りつつ、報道被害の救済の実現をはかることがのぞましい。当会は1999年10月15日人権大会においてこの旨決議して、この自主的第三者機関の設置を求めている。


この自主的第三者機関が設置され、かつこれが簡易迅速かつ実効的な救済機能を有している場合には、この機関の優先管轄権を認め、この機関の先議に対してなお被害者が不服である場合に人権機関が取り扱うことができるとすべきである。


2. 対象の限定


過剰な取材による人権侵害、報道による名誉プライバシー侵害は、対象を限定せず広く積極的救済の対象とすべきである。但し政治家や高級官僚等に対する名誉プライバシー侵害は、公益性を尊重し、対象から除外すべきである。


この過剰な取材、名誉プライバシー侵害の判断は、取材活動や報道内容などの外形からなされるべきである。誤報など取材内容の信用性の評価が問題となるような場合は、人権機関が報道内容の真偽や取材内容等についての調査を行うことは、表現の自由、報道の自由との関係で相当でなく、人権機関はその評価の当否の判断を行うべきではない。


3. 調査権限など


当然のことながら検閲はおこなってはならない。メディアに対して人権機関の調査権限を法律で認めるべきである。しかし報道の自由の保障の観点から、取材源及び未公開の取材内容についての提出命令、開示命令、陳述命令などは認めるべきではない。また調査協力義務違反に対しては公表以外の制裁が科されるべきではない。


第5 審議についての提言


1. 審議の公開


人権擁護のための人権機関設置の重要性にかんがみ、人権擁護推進審議会による審議を公開し、市民が傍聴し、資料請求ができるようにすべきである。


2. パブリックコメントの期間


パブリックコメントの期間を最低3ヶ月おき、各界各団体に多角的かつ徹底的な検討の機会を与えるべきである。


第6 終わりに


この人権機関は様々な人権侵害について実効的な救済を行おうとするものであるが、独立性がなければ、実効的な救済は望むべくもない。かえって表現の自由などの諸権利を制約し、民主主義社会の形成発展にとって有害な存在になりかねない。


中間取りまとめでは、法務省人権擁護局の改組を視野にいれているが、これは人権機関の独立性を損ないかねないものである。


冒頭に指摘したように独立性はこの人権機関の生命線である。所管が法務省のもとにおかれる等、その独立性が確保されない場合には、調査権限、調査対象等機関の機能のみならず、人権機関設立の意義自体も再検討されるべきである。人権機関の独立性は決してないがしろにされてはならない。