税務訴訟における裁判所調査官制度の見直しを求める意見書

2000年12月15日
日本弁護士連合会


第1 趣旨

租税に関する訴訟事件について地方裁判所に配置されている裁判所調査官の制度について、調査官の殆んどが課税庁の職員出向となっている現状は、税務訴訟における裁判の公正について国民の信頼を損なう恐れがあり、三権分立の構造を歪めるものであり、調査官の採用の在り方を抜本的に見直し、裁判所独自で広範囲に専門調査官の育成・任用を図るべきである。


第2 理由

1. 東京、大阪等の地方裁判所には、租税事件に関与する裁判所調査官が配置されている。これは、昭和41年3月31日に改正された裁判所法(昭和41年法律第23号・同年4月1日施行)に基づく制度である。同法第57条1項は、「最高裁判所、各高等裁判所及び各地方裁判所に裁判所調査官を置く」と定め、2項は「裁判所調査官は、裁判官の命を受けて、事件(地方裁判所においては、工業所有権又は租税に関する事件に限る。)の審理及び裁判に関して必要な調査を掌る」と規定している。以来、国税庁から税務職員が「出向」の形で租税事件を担当する裁判官のもとに派遣され、裁判所調査官として税務訴訟に深く関わってきた。常時数名が数年の任期として配置されているが、例外なく税務職員の中から交代で任命されている。裁判所は税務職員に関する人事データを有していないから、その人選が大蔵省ないし国税庁の判断に事実上ゆだねられてきたと推測される(「課長クラス」の者が多い)。税務署職員録によると、これらの者は、任期を終えると、国税局や不服審判所など然るべきポストに復帰している。


2. 法改正の際の提案理由(第51回国会)は、「地方裁判所におきましては、近年、工業所有権に関する事件及び租税に関する事件は、その受理件数も相当多数にのぼっておりますうえに、その審理期間も他の一般の受理件数に比し著しく長期化している実情にあります」「これらの事件は、事柄の性質上、法律知識以外の特殊な専門的知識を必要とする複雑困難な問題を含んでいることが多いのでありまして、これがこれらの事件の審理期間を長期化せしめる最大の原因となっているものと考えられます」とし「この種の事件の審理及び裁判の適正迅速化を図るために」「地方裁判所にこれら特殊専門的な知識及び経験を活用して裁判官を補助する裁判所調査官を置くこととし、これに裁判官の命を受けて、工業所有権又は、租税に関する事件の審理及び裁判に関して必要な調査を掌らせようとすることとした次第であります」と説明されている。


3. ところで裁判所調査官のなすべき事務として「審理及び裁判に関して必要な調査」とは「裁判所が審理及び裁判をする前提として準備すべき資料収集、整理することをいう」(裁判所法逐条解説)とされ、「関係法令の条文、沿革、立法理由、その他法令の解釈等に関する主要な裁判例、学説これらに関連する外国の立法例、その解釈等に関する主要な裁判例、学説等を収集し、これらを裁判官に利用しやすいような形に整理し、さらに、事件の争点に関するそれらの適用の関係を明らかにする」と説明されている。さらに裁判所調査官の職務執行の具体的な方法については、文献(大西勝也氏「裁判所調査官制度の拡充に関する裁判所法の一部改正について」自由と正義昭和42年5月号)によれば、次のようなものが例示されている。


  1. 訴状、起訴状、その他関係人の提出する資料にもとづき、論点を分析、整理し、争点を明確にし、釈明の資料提出すること。
  2. 争点及び証拠の整理、証拠調の範囲、順序の決定等について参考意見を求めること。
  3. 証人、鑑定人等の供述で理解困難な専門的用語等の説明を加え、なお補充尋問をすべき事項、証拠について当事者から意見弁解を聞くべき事項等について参考意見を述べること。
  4. 専門的分野の文献、資料を収集、整理し、裁判官がそれらについて調査研究するにあたり、適宜質疑に応じること。
    配置された調査官は、個別事件の事務を処理し、いわば判決の基礎資料を準備することとなる。

4. 租税に関する事件(とりわけ租税行政事件。以下、税務訴訟という。)では、国民が課税庁を相手として訴訟を提起しているものが大多数であるにも拘らず、その被告当事者側である課税庁職員が、税務訴訟を扱う裁判所のもとに裁判所調査官として出向し、任期満了後は再び課税庁に帰任するという場合が殆んどである。裁判所の客観的な公正を保持する要請に照らして、極めて重大な問題と言わなければならない。


税務訴訟においては課税庁の通達や取扱いの是非、事実認定や判断の当否が争われている。しかもそれらの事件では、被告側は法務省所属の代理人のほかに課税庁所属の代理人も複数が配置され、現に法廷において必要な訴訟活動を行っている。課税庁の立場を訴訟に反映させるのに何ら不足がない。しかるに、被告側としてのみならず、中立であるべき裁判所側の裁判所調査官も、課税庁出身者によって占められている状況では、いたずらに税務訴訟に対する国民の不信を醸成し、裁判の公正に対する国民の信頼を傷つけ、三権分立のシステムを歪めるものである。


裁判所が課税庁と納税者との間の権利関係につき、法律的判断をなすに当って、何らかの専門知識が必要であるとしても、想定されるのは会計学(簿記、財務諸表、原価計算、監査等)、経営学、経済学、財務に関する監査・分析等の学問及び技術の専門分野であろう。そのような専門的、技術的な助力を、裁判所調査官に求めるべき場合があるとしても、課税庁職員であるべき必然性はないのみならず、課税庁職員に、これらの専門知識があるとは限らない。そのような作業が必要であれば、課税庁以外の専門家(例えば会計学等の学者、研究者、公認会計士、税理士等)を任用すべきである。


5. 税務事件の全般については、民事刑事を問わず裁判所の認定や法律判断が、総じて課税庁の側に偏っているとの評価が、一般に根深く存在していることは否定できない。裁判所の公正に対するこのような国民の不信感を放置してはならない。


課税庁の行政処分に対して、終局的な司法判断をなすべき裁判所において、納税者国民が原告となって課税処分を争う税務訴訟の審理において、被告側ともいうべき課税庁から派遣された職員を受入れ、その補助を受けてこれを行う手続構造は、「公正な裁判」の要請に背くものであり、「法の支配の原則」「適正手続の保障」を形骸化させ、国民の裁判を受ける権利を損なう恐れがあるものと言わなければならない。


6. 昨今の司法改革の流れにおいて、日弁連は、国民の裁判所に対する信頼の回復を主張しているが、これを実現するためには、国民が裁判所に行けば救済されるとする信頼を形成してゆくことが重要である。税務訴訟においては、行政追随判決が多く、司法チェックが働いておらず、裁判所は税務行政に対する癒着のシステムを改めなければ、裁判に対する国民の信頼を回復することが出来ないと言っても過言ではない。


現行の調査官の任用制度を改めることから司法改革をスタ-トするべきである。司法改革は、主権者である国民のための視点で行われるべきであり、司法の行政に対する監視システムの見直しが是非必要である。


以上