自動車の安全性確保とリコール制度の改善に関する意見書

2000(平成12)年10月18日
日本弁護士連合会


意見の趣旨

自動車の欠陥や不具合による事故や危険の発生を防止するために、以下の措置をとることを求める。


  1. 道路運送車両法を改正して、強制リコール制度を導入し、リコール隠しや事故情報等の不開示及び虚偽情報の提出に対する罰則を強化すること。
  2. 自動車の安全性、不具合等に関する情報の収集・分析体制の整備のために、以下の措置を行うこと。
    1. 自動車メーカーに対し、自動車の欠陥や不具合による、またはこれらが疑われる事故および危険等に関するユーザー等からのクレーム情報を、運輸大臣に対して報告することを義務づけること。
    2. ユーザー等から、事故および危険等に関するクレーム情報を適切に収集する体制を早急に整備すること。
    3. 収集した事故および危険等に関するクレーム情報の調査・分析体制を早急に整備すること。
  3. 情報公開法の施行を待つことなく、自動車の事故・クレーム情報を、メーカー名、 車種、型式を含めて、一般に開示すること。

意見の理由

第1 リコール隠しが繰り返される背景

本年7月に行われた運輸省の立ち入り検査等によって、三菱自動車工業株式会社が30年にわたって組織的にクレーム隠し及びリコール隠し(クレーム隠しは、リコールそのものを隠れて行うリコール隠しとは異なるが、クレームを隠すことによりリコールそのものが行われなくなるものであるので、以下、クレーム隠しを含めリコール隠し等という)を行ってきたこと、その過程で人身、物損事故も発生していたことが明らかになり、国民に大きな衝撃を与えた。同社に対して、8月28日に道路運送車両法違反で強制捜査が行われ、10月2日、4件のリコール隠しについて過料400万円が課された。その対象となった車両は6車種計800万台に及ぶ。こうした過程で、三菱自動車工業では、長年にわたり本社品質保証部でクレーム情報の大半に「H」マークをつけてコンピュータ上でも二重管理し、社員のロッカーに秘匿して運輸省に対し虚偽の報告をしてきたことが、内部からの通報によって明らかになった事実が判明している。


このようなリコール隠し等は三菱自動車工業の体質の問題にのみ起因するのではない。過去、マツダ、富士重工業、ダイハツ工業においてもリコール隠し等が行われ、富士重工業では罰金も課されている。その背景には、自動車の安全性に関する情報が自動車メーカーに集中的に集積し、それらが開示され外部から検証される制度を欠いてきたこと、及び、後述のとおり、リコールが自動車メーカーの任意の届出によって行われるという制度上の問題に起因するもので、リコール隠しは、自動車業界全体および行政の安全行政の姿勢に起因する社会構造上の根深い問題と言わざるを得ない。


第2 わが国のリコール制度の問題点とその抜本的改正の必要性

1. 現行リコール制度の問題点


現在の我が国のリコール制度は1994年の道路運送車両法の改正によって、自動車メーカーの任意の届出に依拠した制度として導入された制度である。同法では、運輸省にリコールを命じる権限はなく、メーカーに集中している事故やクレーム情報を強制的に提出させる仕組みもない。行政が自ら収集した情報や、メーカーに対する定期検査等に際してメーカーから提出された情報も、リコール情報以外には一般に開示されてこなかった。


即ち、道路運送車両法では、自動車メーカーが、車両が保安基準に適合しなくなるおそれのある状態又は適合していない状態にあり、その原因が設計または製作の過程にあると認める場合に、回収・修理などの必要な改善措置を講じようとするとき(リコールを行おうとするとき)は運輸大臣に届けなければならない(同法第63条の3)とされ、届出をなさずに行い、又は虚偽の届出をした場合は100万円以下の過料となっている(同法第111条の2)。このように、わが国の自動車についてのリコール制度は、あくまで自動車メーカーの任意の届出によるものであり、届出をなさずに改善措置を行った場合は無届けとして過料が科されるが、改善措置をなさず届出もなされない場合は、過料の対象に該当しないことになる。


他方、運輸大臣は、設計または製作過程上の原因で保安基準に適合していないと認めるときは、必要な改善措置を講じることを勧告することができる(同法第63条の2)が、勧告に従わない場合にはその旨を公表することができるに過ぎない(同法第63条の2第3項)。


また、年1回程度行われている定期検査(道路運送車両法に規定されているものではない)においてメーカーにクレーム情報等の提出を求め、事故が著しく生じている等により保安基準に適合していないおそれがあると認めるときは自動車の臨時検査を行うことができ(同法第63条)、その場合、必要な限度において事業場への立ち入り検査を行うことができる(同法第63条の4、第100条)というものである。その際、報告をせず、又は虚偽の報告をした場合には、20万円以下の罰金に処するとされている(同法第110条第3項)。


同法ではリコール隠しよりも虚偽報告の処罰を重くしているが、それでも罰金20万円という極めて軽い罰則でしかなく、しかも運輸大臣の立ち入り検査が行われた場合にのみ発動するものである。


このため、自動車メーカーでは、安全上問題がありリコールをすべきであることが判明しても、リコールに多額の費用がかかることやリコールをすることにより企業イメージが損なわれることを考え、リコールの届出をなさず、運輸省に苦情事例の報告をせず、苦情を申し出た消費者に対してだけ内密に修理をするなどして、リコール回避の対応がとられてきたといわざるをえない。


なお、アメリカでは国家高速道路安全局(NHTSA)にリコールを命じる権限があり、当連合会が1990年に調査したところでは、1966年から1990年までに1億5000万台のリコールがなされ、その約半数はNHTSAのリコールによるものであった。


2. リコール制度の抜本的改正の必要性


前記のようなリコール隠し等の発生の背景に鑑みると、自動車の安全性を確保し被害の未然防止を確立するには、以下のような道路運送車両法の抜本的改正が必要である。


  1. 現行の運輸省による勧告制度に付加して、運輸省の独自の判断でリコールを命ずることができる強制的リコール制度を新たに導入する。
  2. 届出をなさずにリコールを行い又は虚偽の届出をした場合は、十分なる罰金刑をもって処する。

第3 事故・クレーム情報の重要性と収集・分析体制の整備の必要性

1. 事故・クレーム情報の重要性


リコール隠しを防止し、自動車の安全を確保するには、運輸省が、実際に発生している事故の情報や消費者からのクレーム情報を完全に集約し、かかる情報を徹底的に調査・分析することが何よりも重要であり必要不可欠である。


三菱自動車工業の30年にもわたるリコール隠しは、同社が消費者や販売会社などから寄せられたクレーム関連情報のうちの多く(1998年4月から2000年6月30日までの間でも87757件のクレーム関連情報の約3分の2)を社内において別管理とし、運輸省のリコール関係業務にかかる立入検査時に、この別管理されたクレーム情報を秘匿して報告せず、このことが、今回内部通報がなされるまで明らかにならなかったというものである。


製造物責任法制定当時、国会において通産大臣が「事故情報は国民の共有財産である」と答弁したように、事故・クレーム情報は、単に当該メーカーにおける同種事故の再発防止のみならず、消費者にとって、また、同業他社における類似事故発生の未然防止にとっても極めて重要な情報である。


にもかかわらず、この貴重な事故・クレーム情報の多くは、消費者から直接、あるいは販売店などを通じてメーカーに集まり、そしてメーカーに集まった情報は、三菱自動車工業の処理からも明らかなように、メーカーにとって都合の悪い重大な危険を示す情報ほど消費者に知らされることなくメーカー内部で秘匿されるという構図であり、これが我が国の現状なのである。


自動車に限らずあらゆる製品に関して言えることであるが、クレーム情報をいかに集約し分析し、事故の未然防止とより安全な製品開発に活かすか、またこれを可能にするシステムと人的・物的体制を速やかに構築することが、今行政に問われている緊急の課題である。


2. 自動車メーカーに対する情報報告義務の法定と罰則の強化


現行道路運送車両法では、運輸大臣はメーカーに対する改善措置に関する規定の施行に必要な限度において、メーカーに対し業務に関する報告をさせ、または立ち入り検査をなし、関係者に質問することができると規定している(同法63条の4)。


そして、運輸大臣に対し虚偽の報告をした場合には、20万円以下の罰金に処せられる(同法110条3項)こととなっているが、メーカーが日常的に運輸省に対してクレーム情報を報告すべきシステムにはなっていない。かかる現行の規定がメーカーのクレーム隠しを防ぐうえで効果がなかったことは、今回の三菱自動車工業の事件が示したところである。


メーカーによる事故情報、クレーム情報隠しを根絶するには、何よりもまず、道路運送車両法において、メーカーが入手したすべての事故・クレーム情報を運輸大臣に報告することを義務付けるとともに、この報告義務に違反した場合の罰金額を大幅に引き上げる必要がある。


3. 消費者、ユーザー等からの情報収集体制の確立


メーカーの事故・クレーム情報隠しを根絶するには、運輸省自らが、メーカー以外のルートを構築して、消費者やユーザーから直接・間接に情報を収集する体制を確立することが不可欠である。


運輸省では、ユーザーから運輸省に通知された情報をカスタマーズインフォメーションシステム(CIS)としてコンピューターで管理をしてきたが、このシステムは一般には知られておらず、その内容は開示されてこなかったうえ、これらの情報がどのように活用されてきたのかも明らかでない。


運輸省は、三菱自動車工業のリコール隠しが判明した後で、24時間の音声ガイダンスによるユーザー等からの事故情報、クレーム情報の受付を始めたと報じられているが、これはユーザーからの電話の一方的な録音による情報収集であるに過ぎない。


ユーザー等から提供される情報を活かすためには、アメリカのNHTSAが行っているように、ユーザー等から事故やクレームの具体的内容を正確に聴取することが必要不可欠である。したがって音声ガイダンスによる情報受付では不十分であり、専門家による受付ないしは専門家による追跡調査を確実に行い得るような情報収集体制がられる必要がある。


また、自動車の事故・クレーム情報は、警察署、国民生活センター、各地の消費者センター、自動車PLセンターなどにも多数寄せられており、こうした他の機関との 連携もとれていないのが実状である。早急にこれらの機関と連携した情報収集体制を確立すべきである。


4. 事故情報、クレーム情報の調査分析体制の確立


運輸省が、メーカーから報告を受け、あるいはユーザーから通報を受けて事故・クレーム情報を収集しても、運輸省自身がその情報内容を専門的に調査し分析できなければ、情報は事故の未然防止に役立てられず、メーカーのリコール隠しも防止できない。


現在、運輸省においてリコール関係の業務を担当しているのは本省を含め全国でわずか10名のようであるが、前記のとおり、三菱自動車工業における2年余の間のクレーム情報だけで9万件近いことを考えれば、事故・クレーム内容の調査、原因の分析のため、専門家担当者を直ちに大幅に増員するとともに、調査・分析設備等の充実にも取り組む必要がある。


第4 事故・クレーム情報の開示の必要性

1.事故情報は国民の共有財産であり、一般に開示して事故防止のために活かされるべきである。しかしながら、運輸省はこれまで、CISに集積された事故・クレーム情報は、行政目的のために収集されたものであること、生の情報であり正確性が担保されないこと、苦情申し出者の個人情報も含まれておりプライバシー保護の必要があること等を理由として一般には開示しておらず、情報公開法の施行後も、これらを開示しない方針のことである。しかしながら、自動車の安全行政における行政目的とは自動車の欠陥による被害発生を未然に防止することにあるのであり、事故・クレーム情報を開示しないというのは、この目的を運輸省が自ら放棄したものといわざるをえない。情報公開法施行後もこのような運用がなされるならば、ゆゆしき問題である。


2.アメリカではNHTSAにおいて24時間事故・危害情報をユーザーから無料電話で受け付け、これらの情報をもとに強制的リコール権の発動を行っている。こうして収集された情報は、情報公開制度のもとで、消費者からの苦情申し出情報であるとの断り書きのもとに、メーカー名、型式、事故等の日時・場所・態様等を含めて開示しており、市民団体がこれらの情報を分析してリコールを求める活動も行われている。事故や危険情報が開示されるシステムのもとではじめて、市民の監視も可能になり、リコール隠しやクレーム隠しも行われなくなる。


3.これらの情報の開示に際して、アメリカで行われているように、苦情申し出者については性別及び年齢が開示されれば足りるのであり、そのために個人のプライバシーの保護に欠けることはない。また、これらの事故や不具合は、その原因が自動車の欠陥や不具合に起因するものとメーカーによって確認されたものではないが、ユーザー等からの申し出情報であって原因が確認されたものではないことを開示に際して付記すれば、これらが開示されることによってメーカーの競争上の地位が害されるおそれもない。


4. 企業による消費者への情報提供


自動車の欠陥による生命身体への危険性を考えれば、消費者は自動車メーカーに寄せられる他のユーザー等からの事故・クレーム情報について知る権利を有するものであり、自動車メーカーはこれらの情報とその対策を消費者に説明する基準を策定し、これを公表すべきである。


また、同種事故やクレーム情報の存在は、自動車の欠陥の存在を推認させる重要な間接事実であり、自動車の欠陥の存否をめぐる紛争において、真実を発見しその公正な解決を図るうえで不可欠の情報である。しかるに、欠陥自動車に関する裁判においても、自動車メーカーはクレーム情報を開示しないばかりか、クレームの存在すら認めようとしないのが実状である。自動車メーカーは、情報を開示しない理由として、クレームの中には悪質クレーマーからの申立も存し、その区別ができないことなどを挙げるが、メーカーがユーザーからのクレームを誠実に調査・分析し、その結果をも開示すれば、消費者が悪質クレーマーの苦情に惑わされることもない。


運輸省は、その保有する事故・クレーム情報を、情報公開法の施行を待つまでもなく、また、請求を受けてはじめて開示するのではなく、直ちに開示するとともに、自動車メーカーに対しても企業の消費者に対する責務として、事故・クレーム情報を消費者に積極的に開示するよう指導されたい。