刑事司法改革に向けての提言

2000年7月14日
日本弁護士連合会


本意見書について

1. 司法制度改革審議会における刑事司法改革に関する論議について

司法制度改革審議会の論点整理は、新しい社会における司法について、「法の支配」を強調し、すべての国民が平等・対等の立場で公正かつ透明なルールに基いて判断されなければならないとする。このことは刑事司法改革においても貫徹されるべきであって、刑事司法改革の方向性は、憲法的、国際人権法的観点に立つものであることが求められていると言える。


2. 刑事司法改革の提言

(1) 国費による被疑者弁護制度の実現

まず、刑事司法改革の第一として、「刑事司法の公正さを確保」するという観点から、「国費による被疑者弁護制度」が是非とも実現されなければならない。また、それは国費による少年保護付添制度の実現も視野に入れたものでなければならない。


(2) 自白中心主義の刑事司法システムの改革

数多くの冤罪の前例からみても、自白への過度の依存は、捜査機関による虚偽自白に対するチェック機能を欠如させ、かえって、実体的真実の解明に支障をもたらす。このことを肝に銘じてわが国の自白中心の刑事司法システムの改革に着手されなければならない。


そのための具体策として以下の改革がなされるべきである。


  1. 被疑者の自白獲得を目的とする捜査から物的証拠や第三者の証言を重視する捜査への転換。
  2. 代用監獄の廃止。
  3. 捜査過程の可視化。すなわち、その過程をビデオ録画ないしテープ録音する制度の導入。
  4. 弁護人の取調立会権の保障。

(3) 身体拘束手続の適正化

わが国では、起訴前において、被疑者の身体拘束率は高く、保釈の運用は原則と例外は完全に逆転され、保釈されて自由の身で公判審理に臨むケースは例外的となっている。このような、「人質司法」を打破するためには、無罪推定の原則に立って、被疑者・被告人の身体拘束を正当化する要件を見直して、その適正化が図られなればならない。そのための具体策としては以下の改革がなされるべきである。


  1. 起訴前保釈制度の新設。
  2. 身体拘束理由としての「罪証を隠滅するに足りる相当な理由」という要件を削除するか、もしくは「司法運営過程への妨害」という理由に改められること。

(4) 証拠開示の法制化

当事者主義や武器対等の原則は、証拠関係の利用にあたっても実質的な平等の保障を要求し、捜査機関の収集した証拠は「公共の財産」として、被告人も共通に利用できなければならない。また、身体拘束された被疑者・被告人についての証拠開示の要請は、身体拘束の段階、公判を前提とした捜査段階、ならびに公判段階のすべてに及ぶ。


わが国の現行刑訴法における「法の欠缺」を是正するためにも、事前の全面的な証拠開示の法制化がはかられるべきである。


(5) 公判の充実化

争いのある事件と争いのない事件を別個の裁判体で審理することによって、メリハリが効いて、充実した公判を実現することが可能となる。


また、「調書裁判」を改革するためには、自白の任意性の要件を厳格化し、かつ従来から違憲論が唱えられている刑訴法321条1項2号を廃止することが必要である。


(6) 事実誤認を理由とする検察官上訴の禁止

被告人を二重の危険に曝すことなく、かつ冤罪事件の早期確定をめざすには、無罪判決に対する事実誤認を理由とする検察官上訴を禁止しなければならない。


3. その他の諸課題

(1) 適正・迅速な裁判の実現

国費による被疑者弁護制度が確立され、捜査過程の可視化と事前の全面的証拠開示が実現し、保釈の運用が適正化され、かつ弁護費用が充分保障される等の諸条件が整備されれば、わが国においても、一定の準備期間後の集中審理の実施を含めて、裁判の迅速化をはかることは充分に可能である。


(2) 被害者と刑事司法の関係

被疑者・被告人の人権と被害者の人権とを同列で対比することができず、被害者の保護は、官民一体となって、統一的方針に基いて、経済的、身体的、精神的、刑事司法的な側面から総合的な施策を講ずる必要がある。


(3) 陪審制の導入と刑事司法改革

刑事司法に陪審制が導入されれば、上記の改革提言の大半は実現できる。


  1. 集中審理と迅速な裁判の実現
  2. 前提としての事前全面的証拠開示の実現
  3. 事前準備手続と争点整理による計画的審理の実施
  4. 判断者の予断の排除
  5. 調書裁判の廃絶

4. 結び――司法制度改革審議会を人権教育の場に

刑事司法の分野は、社会の病理現象である犯罪を扱うが故に、一見すると、被疑者・被告人の権利保障が何故必要なのかが必ずしも理解されにくい。刑事訴訟を一貫して流れる人権思想を理解してもらうには、国民に対して、このパラドックスを丁寧に説明し、啓蒙していく必要がある。この意味で、国民が注目している今回の審議会は、まさに国民に人権教育をする絶好の機会である。