少年司法改革に向けての提言

2000年7月14日
日本弁護士連合会


提言

当連合会は、わが国の少年司法を、少年法の基本理念を護り発展させ、憲法および国際人権規約、子どもの権利条約などの国際人権法に適合するものに改革していくために、以下の提言をする。



  1. 少年は、大人に比して一般的に迎合性や被暗示性が高く、防御能力に乏しい。
    この少年の特性に十分配慮して、少年事件捜査の抜本的改革を図ること。
    とりわけ、国費による弁護人選任権の保障、弁護人の取調べ立会を含めた捜査の可視化、少年の身体拘束の要件の厳格化が急務である。
  2. 少年に対する公的付添人制度の整備と拡充を図ること。
    現在、家庭裁判所に送付された少年に対し、資力が十分でないなどの理由で自ら弁護士付添人を選任することができないとき、公的に弁護士付添人を付する制度が全く用意されていない。刑事裁判手続には国選弁護人制度が用意されていることに比して、少年審判手続での少年の権利保障は著しく均衡を失しており、すみやかに改革する必要がある。すくなくとも観護措置がとられた少年や非行事実を否認した少年には、必要的に国費で弁護士付添人を付すべきである。
  3. 適正手続保障の観点から、審判における少年の防御権の確立を図ること。
    予断排除原則や厳格な証拠法則を採用していない現行の職権主義構造においては、捜査記録に引きずられた裁判官が少年の訴えに耳を傾けない態度で審判を運営すれば、審判は一方的に少年を追及する場となり、誤判を生ずる。裁判官の裁量に対する少年の防御権、特に証拠調べ請求権の確立をすみやかに実現すべきである。
  4. 家庭裁判所の裁判官、調査官及び書記官の人的容量の拡大と質的充実を図ること
  5. 少年の保護・矯正部門における人的・物的容量の拡大と質的充実を図ること
  6. 少年の権利を保障しつつ、被害者の権利の適正な拡充を図ること

提言の理由

1. 少年の特性をふまえた適正手続の重要性

少年司法改革に関しては、刑事司法改革におけると共通の課題があると同時に、少年の特性に配慮した独自の改革を検討する必要がある。少年は、発達途上にある存在として健全に成長する権利を有すると同時に、大人に比して一般的に迎合性や被暗示性が高く、防御能力に乏しい。この少年の特性に十分に配慮した捜査・審判のあり方を確立することが重要である。



ところが現状の制度をみると、主として大人を対象とする刑事裁判手続では被告人への国選弁護制度が確立しているのに、大人よりも防御能力に乏しい少年の審判手続においては国費による弁護士付添人制度が実現していない。このことに象徴されるように、現行の少年司法は、少年の防御権を保障する適正手続がきわめて不十分である。すなわち、捜査・審判段階を通じて、少年の視点からの権利保障を中核に据えた改革を早急に行い、少年審判の適正化・迅速化を図っていくことが求められている。



2. 少年法の基本理念と少年司法の現状

少年法は、社会の安全・秩序の維持を直接の目的とするものではなく、対象となる個別の少年の健全な育成を目的とし、少年を処罰するのではなく、少年自身の力による立ち直りを援助することを目的とした保護処分を中心に据え、その結果が社会の安全・秩序にも貢献することを期待する保護主義を基本理念としている。そして、これを実現するために、家庭裁判所に大きな裁量を与えてケースワーク機能(福祉機能)の発揮を期待しているが、最近では、担い手たる裁判官や調査官においてすら、捜査記録に引きずられて少年の言い分に十分耳を傾けようとしない姿勢がみられ、かつ、ケースワーク機能が後退して個々の少年の特性に配慮した個別的処置がなされなくなりつつあり、画一化・処罰化の傾向が著しい。



近年、特にマスコミ論調においては、少年犯罪が増加・凶悪化しているとの指摘もあるが、その指摘が事実に反しているばかりか、個々のケースを見れば、当該少年が長年にわたり実親からの虐待にあっていたなどの例に代表されるように、その成長発達段階において必要かつ十分な保護を与えてこられなかった現状があり、これが深刻となりつつある。1998年5月に示された国連子どもの権利委員会の日本政府報告に対する審査の最終所見は、わが国の子どもたちの置かれた状況について、「高度に競争的な教育制度によるストレスにさらされ、かつ、その結果として余暇、身体的活動および休息を欠くにいたっており、子どもが発達障害に陥っていること」「学校において重大な暴力が頻発していること、特に体罰が広く用いられていること、および生徒間に膨大な数のいじめが存在していること」「家庭内において、性的虐待を含む子どもに対する虐待及び不適切な取り扱いが増加していること」「子どもの自殺が多数にのぼり、この現象を防止するために取られた措置が不十分であること」などを懸念し、その改善を求めている。こうした環境に置かれて非行に陥っているわが国の少年に対しては、今こそ保護主義の基本理念に即した処置がなされるべきであり、このことを通して少年を更生させていく途こそが、「国民の期待に応える少年司法のあり方」というべきであって、子どもの権利条約がその指導理念としている「子どもの最善の利益」にも合致するものである。



3. 当連合会の提言
(1) 少年事件捜査の抜本的改革を図ること

少年事件の捜査は、前記1において述べたような少年の特性に十分に配慮してなされるべきであるが、そのためには、とりわけ、国費による弁護人選任権の保障、弁護人の取調べ立会をも含めた捜査の可視化、少年の身体拘束の要件の厳格化などが急務である。前記の国連子どもの権利委員会の最終所見では、「身体の拘禁に代わる措置の創設、監視手続および不服申立手続、ならびに代用監獄の実態に特別の配慮が払われるべきこと」を、次回の日本国政府報告が予定されている2001年までに達成すべき当面の緊急の改善課題として勧告している。



少年事件におけるえん罪は、草加事件最高裁判所判決にも見られるとおり、その多くが捜査段階の問題点、具体的には、根拠のない見込捜査、客観的証拠を軽視し自白ばかりを偏重する捜査姿勢、捜査機関による証拠隠しなどにより引き起こされており、少年司法改革を行う上では、こうした捜査の問題にメスを入れることが最優先課題として取り上げられるべきである。



(2) 少年に対する公的付添人制度の整備と拡充を図ること

前記(1)において述べた「弁護人選任権の保障」と並んで重要な課題である。



少年司法の公正確保のため、少年の権利を適正に保護することが重要であり、そのための要石が弁護士付添人制度である。しかし、家庭裁判所に送致された少年に対し、資力が十分でないなどの理由で自ら弁護士付添人を依頼することができないとき、公的に弁護士付添人を付すことができる制度が全く用意されていない。少年本人の資力、親の理解の欠如等から、少年本人が自ら弁護士付添人を選任することはほとんど期待できない実態を考えると、刑事裁判手続には被告人国選弁護人制度が用意されていることに比して、少年に対する権利保障は著しく均衡を失しており、捜査段階・審判段階を通じて公的弁護制度・公的付添人制度が設けられていない現状は、国際人権B規約14条3項(d)、子どもの権利条約37条(d)、40条2項(b)(iii)に明らかに抵触する。



1998年に開かれた法制審議会少年法部会において、弁護士付添人制度の重要性は法曹三者の共通認識であると確認され、公的弁護士付添人制度の整備は今後の検討課題とされたところである。



そこで、少なくとも、観護措置がとられた少年や非行事実を否認した少年には、必要的に国費で弁護士付添人を付けるべきである。



(3) 適正手続保障の観点から、審判における少年の防御権の確立を図ること

少年審判においては、刑事裁判手続とは異なり、起訴状一本主義や予断排除原則が採用されておらず、職権主義構造のもと裁判官の持つ裁量が非常に大きい。それはこの手続が、少年の成長・発達を援助する場であるからである。裁判官は、その場を主催する者として、「子どもの最善の利益に貢献し、少年がそれに参加し、自己を自由に表現することが認められるような理解の雰囲気」(国連北京規則14-2)を確保する責務を負っているのである。このような制度は、審判の主催者である裁判官に人を得れば、少年に対する教育的効果が発揮されることが期待できるが、ひとたびその理念を忘れ、予断と偏見から少年の訴えに耳を傾けないで疑わしいと決めつける運用に陥れば、一方的に少年を追及する場となり、その成長を歪め、誤判を招く場へと転化することは否めない。



こうした危惧は、前記草加事件の審判運営の例を見ればうなずけるところである。すなわち、草加事件の少年事件手続に関与した裁判官は、少年の無実だという訴えに耳を傾けず、犯人はAB型ではないかという証拠があり、少年の中にはAB型の血液を持ったものはいなかったのにこれを無視し、少年側からの証拠調べ請求を拒否しただけではなく、捜査機関による証拠つぶしを積極的に受け入れたのである。



少年審判手続におけるこのような弊害を防止し、えん罪を防ぐためには、少年が自ら参加し自己を自由に表現することが認められるような理解の雰囲気を確保し、捜査機関から一方的に提出される証拠を吟味する少年の権利を保障し、証人調べを中核とした証拠調べ請求権が確立される必要がある。



(4) 家庭裁判所の裁判官、調査官及び書記官の人的容量の拡大と質的充実を図ること

家庭裁判所における前記ケースワーク機能の中心的な担い手は調査官であるが、調査官が、少年との1対1の関係の中で十分に時間をかけて少年を理解し、その問題の克服に向けての活動を行うためには、調査官の人数を絶対的に増やす必要があり、同時に、調査官に対して、より一層の専門家としての教育・研修を強化していく必要がある。しかし、現在の調査官は、1人あたりの担当件数が余りにも多すぎて、余裕を持って少年に接することが困難な状況にある。また、最高裁判所は、さきごろ、調査官研修所と書記官研修所を統合するという構想を表明しており、調査官の専門性が損なわれる危惧も生じているから、このような現状を早急に改善する必要がある。



他方、裁判官についても、1人あたりの担当数が非常に多い現状は調査官と同様であるから、家庭裁判所裁判官を含めその母体となる裁判官総数の増加が是非とも必要である。その上で、少年審判に従事する裁判官として少年の特性と少年法の理念を正しく理解させ、少年の言い分に十分耳を傾けるという適正手続の教育・研修を徹底すべきである。前記の国連子どもの権利委員会の最終所見は、「子どもの権利に関する体系的な研修及び再研修のプログラムが、裁判官を含むすべての専門家集団のために、組織されるべきである」と勧告している。



(5) 少年の保護・矯正部門における人的・物的容量の拡大と質的充実を図ること

非行少年の真の更生のためには、その保護・矯正部門における人的・物的容量の拡大とより一層活発な研修等による質的充実が必要である。とりわけ、多種多様な少年の個性に対応しうる多様な処遇メニューの確立とこれを支えることのできる人員の確保は焦眉の課題である。この点に関しては、前記の国連子どもの権利委員会の最終所見は、少年司法制度の見直しに関して、「自由を奪われた子どもの保護に関する国連規則」を挙げて、「それらの原則及び規定に照らして、少年司法制度の見直しを図る」ことを勧告している。



(6) 少年の権利を保障しつつ、被害者の権利の適正な拡充を図ること

少年法は、少年の立ち直りの支援を基本理念とするものであるが、被害の実情や被害者の心情をできるだけ知り、被害への認識を深め、少年の内省を促すことは少年の立ち直りのためにも重要である。その際に留意しなければならないことは、少年は少年の、被害者は被害者の、侵された尊厳の回復を目指しているわけで、その回復の過程が、それぞれで異なるということである。これを無視した機械的な結合は、少年にとっても、被害者にとっても苦痛を増し、回復を不可能にする弊害をもたらすおそれがある。すなわち、被害者への精神的、経済的、法的支援を少年司法あるいは刑事司法の手続の中だけで実現することは不可能である。この観点を基本にして、少年の権利を保障しつつ、被害者の権利の適正な拡充を図る制度の実現を図る必要がある。