司法改革ビジョン―市民に身近で信頼される司法をめざして―

1998(平成10)年11月20日
日本弁護士連合会


第1総論

1.はじめに

日本国憲法の施行によりわが国の司法制度が一新されて以来50年が経過しました。この間、多くの市民が司法の充実を求めてきましたが、いまだにさまざまな課題をかかえています。基本的人権の保障や立法・行政に対する適正なチェックが不十分なだけでなく、社会に多発し複雑化している紛争の解決についても、司法が十分な機能を果たしていないという批判が少なくありません。


日本弁護士連合会(日弁連)は、1990年から1994年にかけて三度にわたり「司法改革に関する宣言」を行い、市民に身近で利用しやすく納得のできる司法を実現するために努力してきました。全国各地に法律相談センターを設けて、市民がいつでもどこでも法律相談を受けられるようにしたり、捜査機関に逮捕された人が不当な取り扱いを受けないように毎日待機して出動する当番弁護士制度を実施してきたのはその一例です。そしてまた、経済的理由で裁判所を利用できない人のための法律扶助制度の改革にも取り組んできました。


これらは、市民の負託と期待にこたえる司法制度を実現するための不可欠の課題であるとの考えに基づくものです。しかし、私たちが宣言した「司法改革」は、いまだ実現途上にあります。


わが国はいま、社会的にも経済的にも大きな変動期にあります。経済のグローバル化による国際的な自由競争体制が、各国に市場の開放と規制緩和を迫ってきています。そして、市民の生活のすみずみにまで競争原理が押し及ぼされてきた結果、広範囲にわたる人々の生活と権利に深刻な影響が生じつつあります。


私たちは、こうした時代をまえに、日本国憲法と世界人権宣言の基本理念に立って、個人の尊厳と人権のための司法改革をさらに推し進める決意を新たにしています。


この「司法改革ビジョン」は、私たちのそうした強い決意を込めてつくったものです。市民一人ひとりの願いを紡いで新しい豊かな民主社会における司法を育むことができるよう、この取り組みへの皆様の参加を期待してやみません。


2.司法の果たすべき役割

日本国憲法のもとにおける司法の役割は、一人ひとりが人間として尊重され、幸せに生活していくことができるよう、公正で公平に法が適用されることにより人権その他の法的利益を擁護していくことにあります。


このために司法は、紛争を適正・迅速に解決して権利の実現をはかること、被疑者・被告人を含めた関係者の人権を保障しつつ刑罰法令を適正に適用すること、法に従って行政が適正に機能するようにすること、さらに違憲立法審査権により憲法の理念に従った立法がなされるようにすることを重要な責務としています。そして、立法や行政の誤りを是正する役割を果たすために、司法は三権の一として立法や行政からの独立が強くまもられ、裁判官の独立が保障されています。


今日、金融不祥事や官々接待、動燃もんじゅ事故や薬害エイズの情報隠し、行政と産業界の癒着、談合体質などにみられるように、日本社会が透明かつ公正なルールによって運営されていないとして国の内外から批判されています。


また、わが国では、法的に解決すべき市民間、企業間あるいは行政と市民の間の問題の多くが、あいまいな基準のもとに不透明に処理されることが多く、泣き寝入りもめずらしくありません。


厳しい不況のもと、企業リストラの進行・消費者破産・金融商品被害など、多くの市民にとって深刻な法律問題が発生しています。経済界においても、倒産の大量発生、金融不良債権問題など法的処理を要する問題が多発しています。


いま、規制緩和のもとで、市場原理と自己責任を基調とする政策が進められつつあります。たしかに、創造的で発展的であるべき経済や社会が既得権益や古い制度のしがらみによって歪められる状況は改められるべきです。他面、自己責任の名のもとに高齢者・障害者、女性、子ども、外国人、消費者、勤労者、中小企業者など社会的に弱い立場にある人たちが一層苦しい状況に立たされ、また、新しい社会的弱者がつくり出される危険性もあります。


このようなときにこそ、法律実務家が社会のさまざまな場面に関与し、日本国憲法の理念に従った法と正義に基づく公正なルールにより、個人の尊厳をまもり、人権を擁護する必要があります。


また、司法機能の充実は、単に自己責任の原則に貫かれた事後監視・救済型への社会の転換のための対応だけではなく、社会的・経済的弱者の権利を保護して自由競争の行き過ぎから生じる弊害を是正するために、市民の権利擁護の最後の砦として必要なものと考えます。


21世紀に向けて、人の個性と能力が生き生きと開花する自由で公正な社会、質の高い豊かな社会をめざしていくために、日本国憲法の理念に従った司法機能拡充のための司法改革が強く求められており、その方向性について国民的な議論をさらに広げることが必要です。


3. 司法改革の方向

私たちは、司法がその役割を果たすために、次のような方向で改革していくことが必要であると考えます。詳細は第2の各論にゆずり、ここではその骨子を述べます。


第一に、市民に身近な司法を実現するとともに司法の容量を拡大することです。


現在の裁判所は、いわゆるキャリアシステム(官僚裁判官制度)を採用しています。この制度においては、裁判官が純粋培養的に養成されるため、裁判の運営が市民感覚からかけはなれているとの批判があります。


そこで、社会的経験の豊かな人を裁判官に任用することが求められます。市民に身近な弁護士経験者を中心として裁判官を選ぶ制度(法曹一元)を導入する必要があるゆえんです。また、市民に身近な司法を実現するために、市民が陪審員となり、その評議の結果により裁判の結論を決める陪審制、市民が参審員として、法律専門家である裁判官とともに評議をして裁判の結論を決める参審制の導入を考えるべきです。


しかしながら、司法の運営にたずさわる人を市民に身近な人から任用しても、その人数、施設、予算が少なくては、司法の役割を十分に果たし、国民の裁判を受ける権利を保障することはできません。そこで、裁判官、検察官をはじめとする関係者を十分に確保するとともに、誰もが身近に利用できるような施設を備える必要があります。そのために必要な費用は予算化されるべきであり、司法予算の抜本的増額が必要です。


第二に、市民の権利の保障・実現のために諸制度を整備することです。


人は、みな等しく適正で迅速な裁判を受ける権利を持っています。人種や性別、社会的身分、経済的地位によって差別されてはなりません。そのためには、これを実質的に保障するための立法措置や、法律扶助制度の拡充、適正手続を保障するための国費による被疑者弁護制度や少年審判における国選弁護士付添人制度の実現が急務です。


また、刑事事件や少年審判においては、現行制度の運用改善や国際人権法の理念に合致した制度に改革する必要があります。


第三に、立法・行政に対する司法のチェックと社会のあらゆる分野に法と正義が行きわたることをめざすことです。


立法、行政に対する適正なチェックは、司法の重要な責務です。これは、憲法が最高法規性を有し、憲法で保障された人権を立法や行政の専断からまもろうとする近代憲法の基礎理念に基づくものです。


したがって、立法・行政に対する司法のチェック機能を充実、強化するため、制度の改革と運用の改善が重要です。また、法が社会のすみずみにまで行きわたり、行政や企業活動、そして社会生活が法と正義にそって営まれることが必要です。このような社会を実現するためには、とくに弁護士が社会の広い分野で活動することによってその実効を挙げるよう努めなければなりません。


4.弁護士・弁護士会の役割と責務

弁護士は、市民に身近な法曹として司法を担い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のために、弁護士自治によって、国家権力その他の社会勢力から独立して職務を遂行することが保障されています。戦前、司法省の監督のもとで、人権侵害に対し果敢に立ち向かった弁護士が懲戒され、あるいはその脅威にさらされ、弁護士活動が封じられたことに対する痛切な反省の上に立って、戦後の弁護士法改正により弁護士会に自治権が保障されたのです。


この弁護士自治のもとで、私たちは長年にわたってえん罪の救済をはじめとするさまざまな人権擁護活動に取り組むほか、自ら業務の改善や倫理の向上に努めてきました。私たちは、弁護士自治に基づく自己規律のもとで自由闊達な弁護士活動が行えることが今日のわが国の社会においてかけがえのない貴重なものであると考えています。


同時に、私たちは、弁護士自治や弁護士の職責が市民から負託されたものであり、その基盤が市民の信頼にあることを絶えず自覚する必要があると考えています。


日弁連が、「司法改革に関する宣言」において、弁護士・弁護士会の自己改革に向けての決意を表明し、さまざまな努力を重ねてきたのは、こうした考えに基づくものでした。


司法が信頼されるためには、弁護士が市民にさらに身近な存在となることが必要です。これまでに各地の弁護士・弁護士会は、弁護士過疎地域を含む各地の法律相談センターの開設、当番弁護士の全国的展開などの努力を積み重ねてきましたが、弁護士・弁護士会をさらに開かれたものとするため広報活動の拡充、研修体制の充実、質・量ともに市民のニーズにこたえられる弁護士の養成などを通して、市民に身近で信頼される弁護士・弁護士会をめざします。


社会が求める良質な法的サービスの提供が確保され、また問題が生じたときに適正な法的対応がなされるには、法律事務は弁護士が担うものとしている現在の制度が必要です。弁護士は、社会における諸問題に法と正義の立場から関与し、問題があればいち早く当事者の立場にたって、あるべき解決や救済にあたる役割を果たします。高度な倫理と法律専門知識に裏付けられることにより、裁判手続を含めた法による適正な解決が期待できるからです。


いま、社会のあらゆる分野において、法による処理・解決が求められています。企業や行政の分野においても、法と正義に基づく公正なルールに従った運営が明確に意識されるようになりましたが、その手法となるべき法的思考方法や行動規準を普遍化し、社会に浸透させていくためには、弁護士が社会のあらゆる分野において積極的に活動することが必要です。


弁護士は、立法の不備などにより救済されない市民のために、公害・薬害訴訟などを通して、新たな政策や立法を促すための活動や立法提言などの公益的活動において既に大きな成果を挙げていますが、その他の分野においても積極的に活動することをめざさなければなりません。私たちは、弁護士に求められる人権擁護や紛争解決・予防等の多面的な活動をさらに大きく展開し、より多様で創造的なアクセスの道をひろげることにより、市民の期待にこたえられるよう不断に努力します。そのために、弁護士がこの役割を果たせるよう制度面、運用面での検討や基盤整備を進める必要があります。


私たちは、以上に述べた観点に立って、わが国の司法が国民の総意に基づいて改革されるよう、国民とともに努力する決意であることをここに宣言します。


第2各論(具体的改革課題)

1. 市民に身近な司法の実現と司法の容量の拡大

  1. 裁判官の任用制度の抜本的改革(法曹一元など)

    キャリアシステム(官僚裁判官制度)に対しては、判決の内容や裁判の運営が市民感覚からかけはなれたものになったり、昇給・昇格・任地の決定が最高裁判所を頂点とする司法官僚によってなされるので裁判官の自己統制をまねくなどの弊害が指摘されています。このような弊害をなくすためには、多くの先進諸国と同じように、弁護士経験者を中心として裁判官を選ぶ制度(法曹一元)に転換することが必要です。これが司法改革の最重点課題の一つです。
    また、現段階でも、以下のような制度改革や運用の改善が実現されるべきです。
    第一に、イギリスで定着している非常勤裁判官制度を導入して裁判所にさまざまな経歴を有し市民感覚に富んだ裁判官を供給する必要があります。また、現在行っている弁護士任官をさらに推進します。
    第二に、現行の統一司法修習制度(法曹三者が実務につく前に一緒に修習を受ける制度)のもとに、修習終了後、弁護士としての研修を全員に一定期間義務づける研修弁護士制度を実現する必要があります。弁護士実務を通して社会の実相に触れた者が裁判官、検察官になることは、市民感覚に基づいた法曹を養成する制度として大きな意味があり、法曹一元の端緒ともなります。
    第三に、キャリアシステムをとる国(ドイツ・フランスなど)も、法曹一元制度をとる国(イギリス・アメリカなど)も、裁判官は市民的自由を享受し、その日常生活は社会にとけ込んだものになっています。わが国においても、裁判官が一市民として自由に生活しつつ職務を遂行できるような体制を保障しなければなりません。
    第四に、裁判官の報酬や人事のあり方を見直し、裁判官が真に独立して職務を遂行できるような体制を保障することが必要です。
    そのほかにも最高裁判所裁判官の国民審査の改善と最高裁判所裁判官任命諮問委員会の設置や司法分野における情報公開の促進も必要です。

  2. 司法への市民参加(陪審制・参審制など)

    司法への市民参加を促進することが必要です。具体的には、現在施行が停止されている陪審法を憲法にそって有効に機能するよう改正し、陪審制を復活させることや、参審制などの司法への市民参加の方法も検討すべきです。
    さらに、既に市民参加のもとに行われている調停制度や検察審査会制度の充実がはかられなければなりません。

  3. 裁判官・検察官の増員と施設の整備

    裁判官・検察官の増員は、第一線の裁判官・検察官の過重負担を解消して適正かつ迅速な裁判を実現し、司法の機能を強化する上で、まさに緊急の課題となっています。市民のさまざまなニーズにこたえるために当面必要な増員を行い、さらに、中・長期的計画を樹立する必要があります。
    司法を拡充し、国民の裁判を受ける権利を保障するために、将来を見とおした計画的な物的整備を進めることが必要です。利用者の立場を考えた、明るく、親しみやすく、また、高齢者・障害者などが利用しやすい施設の整備も必要です。

  4. 裁判所・法務省予算の見直し

    国の一般会計予算に占める裁判所予算の割合は、1955年以降低下を続け、最近では04%、金額にして約3100億円という極めて低い水準にあります。法務省予算も同様の傾向にあります。
    裁判所予算は、裁判官の増員をはじめ、裁判所の基盤を整備・強化するために大幅な増額が必要です。差し当たり、その一般会計予算に占める割合を少なくとも01%押し上げ、05%、金額にして約3900億円にすることを目標にします。
    また、法務省予算も検察官の増員をはじめ、法律扶助制度の拡充のために大幅な増額を達成すべきです。

  5. 司法改革を推進するのに必要な弁護士体制の拡充

    司法改革の課題を実現し、司法を社会にとって有用で実効性のあるものにするためには、質、量ともに社会のニーズにこたえられる弁護士を養成する体制を整備しなければなりません。そのために必要となる司法試験合格者数の確保について、不断に検討を加えていくことが必要です。

2.市民の権利を保障・実現するために必要な諸制度の整備

  1. 法律扶助制度の抜本的な拡充

    現在の法律扶助制度は、1952年以来日弁連の主導のもとで、法律扶助協会によって運営されてきました。日弁連は、法律扶助制度研究会報告書(1998年3月)をふまえて、2000年に法律扶助法の成立をめざしています。
    国は、市民の裁判を受ける権利を実質的に保障する上でその責務にふさわしい財政的負担をし、市民の需要に応じて充実・発展しうるような法律扶助法を制定する責任があります。
    弁護士・弁護士会は、市民に対して平等に法的サービスが提供できるよう、その事業の運営に積極的に関与することが求められています。また、当面は、民事法律扶助事業として立法化するとしても、将来は、刑事被疑者弁護援助、少年保護事件付添扶助などを事業対象とする総合的法律扶助制度を実現することが必要です。

  2. 国費による被疑者弁護制度の早期実現

    身体を拘束されたすべての被疑者について、貧困などの理由で弁護人を選任できないときは、請求に基づき国費により弁護人を付けるようにしなければなりません。日弁連は、2010年までの国費による被疑者弁護制度の完全実施を目標としています。当面2000年から段階的に国費により弁護人を付ける範囲を拡大していき、被疑者段階の国選弁護制度をはじめとする国費導入による弁護制度を実現することが必要です。

  3. 市民の安全な生活と権利を保障するための立法措置

    規制緩和の名のもとで強者が弱者を犠牲にして不当な利益を得るようなことが許されてはなりません。社会の各分野において市民の安全な生活と権利を保障するために必要かつ有効な規制を定め、被害の救済をはかる立法措置が必要です。
    たとえば、消費者保護のための消費者契約法などの制定、増加の一途をたどる個人破産に関する破産法の改正などの立法措置が推進されるべきです。同様に、環境保全、労働、医療、高齢者や障害者の権利、両性の平等、外国人の権利などの各分野にわたっての必要な立法措置およびこれらの権利の実現を容易にするための情報公開法を制定すべきです。

  4. 犯罪被害者等救済システムの実現

    現行の犯罪被害者救済システムは、極めて不十分です。犯罪被害者の抜本的救済のためには、被害者の要求や被害実態を分析・検討して早急に総合的な救済制度をつくることが求められており、被害者救済の実現に力をつくすことが必要です。
    また、災害による被害者に対する弁護士・弁護士会の迅速な支援態勢を早急に確立したいと考えます。

  5. 民事裁判の適正・迅速化と民事執行制度の充実

    市民の権利を適正かつ迅速に実現するために、裁判の適正を損なうことのないよう十分に配慮をしつつ、民事裁判の迅速化がはかられるべきです。
    民事執行についても、現在のあり方には、その迅速性や簡便性などの面で問題が多いといえます。現在、不動産競売制度の見直しが検討されていますが、執行手続全般にわたって、運用面での見直しや裁判官、執行官など執行機関の人的体制の強化が必要です。

  6. 家事事件の解決のための家庭裁判所の充実・強化

    現在検討中の成年後見制度の充実、高齢者、障害者の権利保障の観点からも家庭裁判所の機能の充実・強化が必要です。同時に、成年後見の実務においては医療、福祉など周辺分野の支援体制もはかられるべきです。

  7. 少年事件および子どもの人権をめぐる改革

    少年審判手続については、捜査の可視化(取調状況をビデオなどに記録すること)、国選弁護士付添人制度、適正手続の保障や少年の選択権を保障した対審的構造の導入など、少年の人権に配慮した改革が求められています。
    また、その他の面においても「権利の享有主体であり行使主体である子ども」という「子どもの権利条約」の基本理念を中心にすえて、子どもを取りまくさまざまな問題に対する法的対応を講じる必要があります。

  8. 刑事裁判の改革

    前述した国費による被疑者弁護制度の確立のほかにも、接見交通権・取調べ立会権の確立、起訴前保釈制度と起訴前証拠開示制度の確立、被疑者取調べ状況の可視化など当面する諸問題について具体的な取り組みをする必要があります。
    また公判段階においても、まず、全面的証拠開示を実現し、権利保釈制度の原則が形骸化している現在の保釈制度の運用を抜本的に改革しなければなりません。
    さらに、捜査段階の調書を中心とする審理から証人尋問を中心とする審理に改革するなど、公判を活性化するための取り組みも必要です。検察官上訴の制限、えん罪救済の充実・強化などの上訴審・再審の改革も求められています。

  9. 国際的な水準に合致した被拘禁者処遇と拘禁施設の実現

    人権侵害と誤判の温床である代用監獄は早急に廃止すべきです。21世紀にふさわしい個人の尊厳、基本的人権を尊重した被拘禁者処遇の実現をはかるため、国際的水準に合致した「日弁連・刑事処遇法案」を基本とする監獄法改正と刑務所、拘置所などの施設の改善をめざします。
    そのほかに少額紛争解決のための取り組みや裁判外紛争処理機関の充実も必要です。

3. 立法・行政に対する司法権のチェックと社会のあらゆる分野に法と正義を行きわたらせること

  1. 違憲立法審査権の充実・強化

    憲法に基づく違憲立法審査権の充実・強化が必要です。最高裁判所裁判官に直属する調査官を配置して各裁判官のスタッフを強化することをはじめとする人的体制の強化、審理の充実をはかるための運用上の工夫などを検討する必要があります。

  2. 行政に対する司法審査の充実・強化

    行政に対する司法審査を充実・強化し、だれでも、どこでも、費用の心配なく、不服申立や裁判を通じて行政の活動をチェックし、権利の保障を受けられるように行政不服審査法、行政事件訴訟法を改正する必要があります。
    また、情報公開法の制定、行政手続法の充実が必要です。行政事件に関する弁護士研修の充実、裁判所などの人的体制の強化をはかることも検討されるべきです。同時に、現行の裁判官と訟務検事の人事交流は廃止すべきです。

  3. 社会の多くの分野において、法と正義によるコントロールが行きわたること

    企業や国および地方公共団体などの行政の分野では、不透明なもたれ合いや事前調整型処理によるのではなく、法と正義に基づく公正なルールに従った運営が期待されています。合理的な基準と適正な手続に従って問題を解決する法的思考方法や行動規準を普遍化し、これを社会に浸透させることが必要です。そのために弁護士が果たすべき役割は重要です。

  4. 司法教育の充実

    小・中学校、高等学校における学校教育、大学・大学院における教育およびその後の生涯教育を含む社会教育において、司法および人権についての教育をより充実させるために、教科書の記述内容の充実、小・中・高校生や教師を対象とする裁判傍聴、授業や講座への弁護士派遣、副読本づくり、弁護士会と大学・大学院との交流強化などを進めます。

4. 国際化への対応

  1. 国際的人権保障のための課題

    国際社会では、人権の国際的な保護・伸長のために、国際人権法および国際的人権保障システムを強化する努力が続けられています。日本の国内法を、国際人権法の水準に引き上げるとともに、国際的なさまざまな取り組みや活動に積極的に参加・協力することが求められています。国連に対する個人通報制度を定めた国際人権(自由権)規約第1選択議定書ならびに拷問禁止条約をただちに批准するとともに、国連人権高等弁務官事務所等への協力を強化する必要があります。

  2. 国際仲裁センターの充実

    日弁連は、国際仲裁の充実に積極的に取り組んでおり、今後も、国際仲裁センターの充実のために努力します。
    現在、法務省とともに国際仲裁研究会を設置し、日本における国際仲裁の活性化のための具体的な方策を検討しています。

  3. アジア諸国との法的問題での協働・アジア人権保障機構の創設

    アジア諸国の市民・法律家との間において、人権保障、環境保全、平和の維持などに資する法的諸問題を中心に多元的協力関係を築くとともに、アジア人権保障機構の創設をめざします。

5. 弁護士・弁護士会の改革のために

  1. 綱紀・懲戒の適正な運用と弁護士倫理の徹底、市民窓口の設置、拡充

    会員に対する弁護士倫理の徹底と綱紀・懲戒手続の適切な運用については、弁護士会はこれまでも努力をしてきましたが、さらにその徹底に努めます。その一環として、各弁護士会に市民窓口を設置して適切に対応することを推進していますが、その拡充に努めます。

  2. 弁護士の公益的活動の促進

    弁護士は、司法が社会のために機能するよう努める義務があります。これまで公害、薬害、消費者問題や高齢者・障害者問題などについて立法提言を行うなど大きな成果を挙げてきました。さらに、社会の諸問題について公益的活動を促進しなければなりません。

  3. 法律相談センターの展開と弁護士偏在問題への取り組み

    日弁連は、市民がいつでも、どこでも、だれでも法律相談を受けられるように、法律相談制度を拡充することを司法改革の重要な課題としています。そこで、1996年、法律相談の充実をめざした行動計画を作成して、全国の都道府県庁の所在地や弁護士過疎地域等に法律相談センターを設置することを提言して強力に推進しています。
    今後は、過疎地域での弁護士事務所設置のための援助や公設事務所の設置など、地域の実情に対応する具体的な体制づくりをめざします。
  4. 当番弁護士への取り組みの充実など

    当番弁護士制度は弁護士会が提唱し実践してきたもので、広く定着してきたものと自負しています。他方で財政的な問題を抱えており、日弁連としては国費による被疑者弁護制度の早期実現をはかる運動とともに、市民の協力を得て本制度の維持・充実に努めたいと考えます。
  5. 法律事務所の組織力の強化

    多様かつ膨大な社会のニーズに機動的に対応する方策として、法律事務所の共同化やネットワークは有用であり、これを進めるとともに、法律事務所の法人化についてもその具体的制度内容を検討しています。

  6. 隣接業種との協働

    各種専門家のサービスを総合的に受けられることは市民の便宜にかなうものであり、隣接業種との協働を推進するため、関連団体との協議を進めたいと考えています。協働の方式については、それぞれの業種の特性を尊重し、弁護士自治を侵すことのないようにすることが必要です。

  7. 研修体制の充実

    弁護士の専門的知識・技能の向上・維持をはかることは弁護士会の責務の一つであり、本年、日弁連が設立した法務研究財団による研修とも連携しつつ、研修体制の一層の充実をはかるため、さらに努力を重ねます。

  8. 開かれた弁護士・弁護士会への方策

    適正な広告は弁護士へのアクセスを確保する有効な手段です。現行の広告規制を利用者の立場から再検討します。また、社会への情報提供として弁護士会による広報を一層充実させます。
    弁護士会の活動や政策提言に関し、市民への説明や市民から意見を聴く機会の拡大など、市民と弁護士・弁護士会の距離をさらに縮める方策を検討します。

以上