子ども・高齢者・障害者を含む住民の人権保障のために、地域の家庭裁判所の改善と充実を求める決議


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家庭裁判所(以下「家裁」という。)は、夫婦・親子間の問題、遺産分割、成年後見等の家庭内や親族間の問題(以下「家事事件」という。)及び少年事件等を扱う裁判所であり、全国に本庁50庁のほか203か所の支部及び77か所の出張所が設置されている。家事事件は、いつでも誰でも当事者になり得るものであって、地域の住民が、当事者のみで解決できない場合に頼りにするのは、本庁・支部・出張所の区別なく地域の身近な家裁である。その意味では、地域の家裁は、住民にとって裁判を受ける権利等の人権保障の最後の砦としての役割を担っている。


近時、急激に進む少子高齢化、家族をめぐる社会状況や個人の価値観の変化を背景として、全国的に家裁が取り扱う事件総数は増加しており、2021年に家裁に申し立てられた事件総数は前年比4.1%増で過去最高の115万372件を記録した。事件の中には、複雑困難な事情により審理期間が長期に及ぶ事案も増えているとされる。また、家庭に関わる社会状況に目を向けると、2021年度の児童相談所の虐待相談対応件数は過去最多の20万7660件に及んでいる。自分にどのような権利が保障されているのかも知らないまま、幼い子どもが命を落とす悲惨な虐待事件も後を絶たない。2019年には、家裁が児童福祉法第28条申立てを却下した後に在宅支援を受けていた7歳児が死亡する事件が発生し、同事件の調査検証委員会はこの事件を児童虐待と捉えて、裁判所における福祉的視点の強化を指摘している。他方、福祉による権利擁護支援や成年後見制度による支援の必要性がある可能性のある者は420万人を超えるといわれるが、成年後見制度が目指す理想に現実の運用が追い付いておらず、同制度等の利用者は2022年時点で24万人ほどにとどまっている。


このような状況において、家裁には、子どもに影響を及ぼす全ての手続について子どもの最善の利益を最大限保障することが求められており、近年では児童虐待対応についても司法関与の拡大が進められている。また、成年後見制度利用の促進に関する取組は、家裁、関係行政機関、地方公共団体、専門職団体、民間団体等との協働によって、地域連携ネットワークを通じて推進することが期待されており、地域の家裁が果たすべき役割は拡大している。


しかしながら、現在の地域の家裁は、その人的物的基盤の不十分さゆえに、住民の人権保障のために必ずしも十分な役割を果たしていないことが危惧されている。国家予算に占める裁判所予算の割合は、国家三権の一つでありながら1%にも満たず国家予算の僅か0.3%台で推移し、本年度当初予算では初めて0.3%を割り込み約0.282%まで低下している状況にある。家事事件の大幅な増加にもかかわらず、それに応じた裁判官の増員も十分になされてこなかったため、家裁において家事事件・少年事件を専門に取り扱う裁判官は、本庁及び大規模な支部以外では配置されておらず、裁判官が常駐している支部においても、民事事件や刑事事件を兼務しながら取り扱っているのが実情である。裁判官が常駐しておらず、他庁からの填補により対応している支部及び出張所も多い。


また、家裁においては、行動科学等の知見を有する家庭裁判所調査官(以下「家裁調査官」という。)の積極的関与が期待されているが、絶対的な人数が不足しているため一人当たりの負荷が大きく、調査に十分な時間と手間をかけられない実情がある。そもそも、家裁調査官が常駐していない支部及び出張所も多く、離婚事件等において子どもの意見が十分に確認されないまま親権者や面会交流条件等が決められてしまう例や、成年後見事件において本人からの陳述を聴くこともなく手続が進められてしまう例も珍しくない。それにもかかわらず、家裁調査官の定員は直近14年間で僅か2名しか増えていない。政府が、直近5年間で児童相談所の児童福祉司及び児童心理司を合計で3000人以上増員し、さらに2023年度からの4年間で約2000人増員する方針を示しているのとは対照的である。


さらに、家裁の物的基盤について見ると、子どもの意見聴取や試行的面会交流(以下「試行面会」という。)のために子どもが安心して過ごせる児童室等が設置されていなかったり、エレベーターをはじめとしたバリアフリー化がなされておらず、高齢者・障害者等の裁判所利用に必要な環境整備が十分ではない庁舎も多数存在する。


このような家裁の現状では、住民にとって裁判を受ける権利や裁判所へのアクセスが十分に保障されているとはいえず、特に、子どもが自己に影響を及ぼす全ての事柄について自由に自己の意見を表明する権利(以下「意見表明権」という。)の保障や、成年後見制度の運用における本人の意思決定支援が十分でない等の懸念が払拭できない。


折しも、本年4月1日、我が国において初めてこども施策を総合的・包括的に行うこども家庭庁が設置された。国は、常に子どもの最善の利益を第一に考え、子どもが権利の主体であることを社会全体で認識し、誰一人取り残さず、健やかな成長を後押しすることを標榜する。地域の家裁もその社会の一員として、子どもの最善の利益を第一に考えた改善・充実が必要である。家裁は、当事者や関係者にとって、人生の大きな分岐点になり得る重要な問題を扱う裁判所であり、家裁の対応如何で、自らの意思決定により幸福を得る機会を失ったり、時にその結果が生命や生存に関わることすらある。住民の裁判を受ける権利とともに、子どもや高齢者・障害者が享受すべき諸権利が十分保障された家裁が全国各地に必要である。


ところで、現在、家事事件でも司法のIT化が進められており、遠方に居住していてもITを利用することができる者にとっては家裁が利用しやすくなっていく可能性がある。しかしながら、そもそも家裁の手続の中には、子どもの心情・意向調査のように、人と人との直接対面を省いた方法では十分に目的を達成できない手続も少なくない。また、自らITを利用することが困難な高齢者・障害者やITを利用することに不慣れな住民に対する配慮も重要である。IT化により取り残される者が生じることがあってはならない。地域の家裁には、人権保障の最後の砦である公共的なインフラとしての役割のみならず、住民に対するIT利用支援の役割も新たに踏まえた、いわば「安全安心なまちづくりのためのライフライン」の一つとして、いつでも誰でも身近で司法サービスを受けることができる頼りがいのある場所としての役割が求められている。


当連合会は、「arrow_blue_1.gif司法サービスの全国展開と充実のための行動計画」のもと全国あまねく良質な司法サービスが提供できる体制整備に全力で取り組んでおり、今後も裁判所と連携しながら地域司法の充実を積極的に推進する所存であるが、真に住民の権利救済と権利擁護を実現するためには各地の裁判所の改善と充実は必須である。


そこで、当連合会は、子ども・高齢者・障害者を含む全ての住民の人権保障のために、最高裁判所をはじめとする国に対し、以下のとおり、家裁の人的物的基盤の充実及び運用改善等を求め、そのための予算を優先的に措置することを求める。


1 地域の家裁における住民の人権保障のために、

 (1) 判事補の増員、弁護士からの常勤任官を積極的に推進することにより、裁判官を大幅に増員し、事件数が多い家裁においては民事事件・刑事事件等と家事事件との兼務を解消させ裁判官の執務態勢を充実させるとともに、速やかに全ての家裁支部に1名以上の裁判官を常駐させ非常駐の家裁支部をなくす。また、弁護士からの家事調停官も積極的に採用し、家裁の人的対応体制を充実させる。


 (2) 家裁調査官を大幅に増員し、填補の負担を解消し、より丁寧な調査を可能にするよう家裁調査官の執務態勢を充実させるとともに、速やかに全ての家裁支部に1名以上の家裁調査官を常駐させ非常駐の家裁支部をなくす。


 (3) 全ての独立簡易裁判所(以下「独立簡裁」という。)所在地に家裁出張所を設置したうえで、全ての家裁出張所において家事事件を取扱う体制を整備し、全国均一に地域連携ネットワークを構築することができる体制を確立させる。また、家裁本庁・支部・出張所のいずれにも住民に対するIT利用者支援の窓口を整備する。


2 子どもの権利の保障の視点から、

 (1) 家裁における子の監護事件及び未成年の子がいる婚姻関係事件、並びに児童虐待に関連する各種事件について、家裁調査官をより積極的に活用するとともに、子どもの手続代理人制度も活用し、どの地域の子どもに対しても平等に意見表明権を保障し、子どもの最善の利益を最大限保障する家裁実務を速やかに実現する。


 (2) 全ての家裁支部庁舎及び家裁出張所庁舎に、児童室(調査室・試行面会施設)を設置し、どの地域の子どもであっても平等に意見表明権が保障され、面会交流の支援を適切に受けることができる環境を早期に確立する。


 (3) 地域の家裁による管轄地域の要保護児童対策地域協議会代表者会議への参加を全国規模で拡大し、児童虐待防止のための地域連携の向上に家裁も参画する。


 (4) 少年審判を取り扱う家裁支部を拡大し、どの地域の子どもであっても自らの居住地域で少年審判を受けることができる体制を実現する。


3 高齢者・障害者の権利の保障の視点から、

 (1) 後見等開始の審判、成年後見人等に対する監督処分、成年被後見人の支援の各手続等において、本人の心身の状態を迅速かつ適切に把握するとともに、地域の家裁が地域連携ネットワークの一員として他機関と連携して、本人の意思決定支援を十分に行うことや権利侵害からの回復の支援等を十分に行うことができる体制を実現する。


 (2) 家裁の手続において、情報通信機器やコミュニケーション支援ツールを活用するなどして、高齢者・障害者が効果的に参加することができるよう手続上の配慮をするとともに、IT化が高齢者・障害者の司法への参加の支障になることのないように留意する。


 (3) 多様な人々が利用しやすいよう都市や生活環境をデザインする考え方(ユニバーサルデザイン)を導入する等、家裁を含む全ての裁判所(本庁・支部・出張所の全てを含む。)において、利用の容易さ(アクセシビリティ)を確保し、高齢者・障害者が、司法手続をひとしく利用する機会を保障する。


上記提言の実現、そして子ども・高齢者・障害者を含む全ての住民の人権保障の実現のためには、地域の弁護士の存在が不可欠であり、また各手続や各場面において弁護士が代理人等としての役割を十分に果たすことが必要である。そのため、当連合会は、弁護士過疎・偏在問題の解決のための取組、IT化も踏まえた司法アクセスの支援、弁護士任官の推進、司法の人的基盤の充実に向けた取組などについても、裁判所とともに、全力を尽くしていく決意である。

 

以上のとおり決議する。


2023年(令和5年)10月6日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 地域の家裁の重要性

1 家裁の理念

   家裁が1949年1月1日に創設されてから既に70年余が経過した。家裁では、家庭や家族に係る紛争や少年非行について、その背後にある原因を探りながら、事案に応じた適切妥当な措置を講じ、将来を展望した解決を図ることが理念とされている。家裁が創設された当初は戦後の混乱期であり、家裁は新憲法の理念を実現すべく、戦災孤児の保護や養子縁組、外地から引き揚げ戸籍をなくした人々の就籍、戦地で不明になった人々の失踪宣告等の役割を担った。家裁は、創設当初から、福祉的な側面を特徴とし、子どもをはじめとする社会的弱者を救済することを理念としている。


2 拡大する家裁の役割

 (1) その後の社会情勢の変化により、核家族化が進み、離婚率が上昇し、少子高齢化も急激に進む中で、子どもや高齢者をめぐる諸問題は深刻化し、家族をめぐる社会状況や個人の価値観の変化に伴い家事事件総数は増加の一途である。とりわけ、婚姻関係事件、子の監護事件等については、当事者間の対立が先鋭化し、解決が困難で、審理期間も長期化する事件が増加している。また、2004年4月には、それまで地方裁判所の管轄であった人事訴訟事件が家裁に移管され、2013年1月施行の家事事件手続法では、当事者等の手続保障に資する規定が拡充され、特に、子どもが影響を受ける事件では、子どもの意思を把握するように努め、これを考慮しなければならないとされた。その他、成年後見制度の利用の促進に関する法律(以下「成年後見利用促進法」という。)の施行(2016年5月)に伴い、第一期及び第二期成年後見制度利用促進基本計画が定められ、児童福祉法の改正(2017年、2022年)により児童虐待対応についても司法関与の範囲が拡大した。

このように地域の家裁が果たすべき役割は拡大している。


 (2) ところで、司法のIT化に伴い、家裁の事件についてもウェブ会議による調停・人事訴訟等を行うことが可能となり、遠隔地から裁判所への出頭が不要となるなどの点で裁判所が利用しやすくなっている。しかしながら、前述のとおり家事事件は、事件の背後にある人間関係や環境を考慮した解決が必要であり、裁判官、家裁調査官や調停委員が、直接、当事者から事情を聴取することが相当であると判断するケースも多いと考えられることから、家事事件手続等において、ウェブ会議をどのように利用していくかについては、今後の課題である。


3 地域の家裁の重要性

 (1) 地域住民の人権保障を維持・拡充していくためには、地域の家裁もその役割を拡大・充実することが必要であり、家裁の体制は、人的・物的・機能的に地域間で格差があってはならない。かかる地域間の格差が存在することは、住民の裁判を受ける権利や住民が受けることができる司法サービスに格差が生じていることを意味することになる。


 (2) さらに、成年後見制度利用促進基本計画において定められている地域連携ネットワークを構築し機能させるためには、同ネットワークを構成する地方公共団体、中核機関、専門職等が、当該地域の家裁と顔の見える関係を構築することが必要である。そのためには、地域の家裁が、積極的に当該地域に出てアウトリーチ(例えば、現在も、地域によっては、書記官が地方公共団体や中核機関等が実施する協議会や受任者調整会議等の会議に出席するなどの実践が行われ始めている。)を行う必要があり、その利用者・連携団体等にとって地理的に身近な場所に存在することが重要である。また、子どもの権利保障の観点からも、地域の家裁が当該地域の児童相談所及び地方公共団体等と連携することが必要である。


 (3) 加えて、大規模災害等有事の際の地域の裁判所庁舎の必要性を忘れてはならない。毎年のように大規模災害が発生している我が国において、大規模災害等でITが機能しないという事態は想像に難くない。そのような有事に、被災者が自力で赴ける場所に家裁は必要である。ITの復旧を待たずに調停や審判期日を開催しなければならないこともある。地域に密着した家裁の充実は、平時だけでなく有事にも必要なものであり、その意味でも、住民の生活地域におおむね偏りなく存在する地域の家裁を実現すべきである。


 (4) 裁判所の今後への期待として、大谷直人前最高裁判所長官は2022年6月22日の退官会見で、「裁判所に持ち込まれる紛争だけを見ていていいのか。裁判官や職員が地域の実情やその変化を的確にキャッチするアンテナの感度を高め、『国民に身近な司法』に向けた努力を続けることが必要だ」と述べた。この言葉には、地域に根差した家裁のあり方が示されている。


第2 現状でも不十分な家裁の人的物的基盤

1 裁判官・家裁調査官等の職員が不足していること

 (1) 近年における家事事件の増加は顕著であり、全国の家事審判事件の新受件数は、1989年が25万2587件、2021年は96万7413件と約3.8倍に増加している。全国の家事調停事件の新受件数も1989年が8万5219件、2021年は13万2556件と約1.5倍に増加している。また、新受件数の増加に加えて、全国の家事審判事件の未済件数も1989年が2万1793件、2021年は6万7879件と約3.1倍に増加している。全国の家事調停事件の未済件数も1989年が3万1865件、2021年は7万0579件と約2.2倍に増加している。


 (2) ところが、裁判官定員(判事及び判事補の合計人数をいう。以下同様。)は、この間、法曹人口が1万7363人(1990年)から4万7858人(2022年)と約2.8倍に激増しているにもかかわらず、民事事件及び刑事事件を担当する裁判官も含め1990年は1994名、2023年には2997名(2022年12月1日の現在員は2747名)と増加はしているものの増加率は1.5倍にとどまっている。家裁調査官に至っては、2022年度に13年ぶりに定員が2名のみ増員され1598名になった(2022年12月1日の現在員は1574名)が、2001年の1533名からわずか65名しか増員されておらず、2023年度は再び増員は0名であった。


 (3) 全国の家裁支部のうち44か所には裁判官が常駐しておらず、他の裁判所の裁判官が、例えば週に数日や、毎月3、4日程度填補して、地裁支部の事件も合わせて担当している。さらに多くの支部には家裁調査官が常駐していない。また、77か所の出張所のうちほとんどの出張所に裁判官及び家裁調査官が常駐していないことに加え、うち20か所のいわゆる「受付出張所」では事件の受付事務を行うだけで、原則として調停・審判は扱っていない。


 (4) 家事事件の全国的な増加に加え、慢性的な裁判官・家裁調査官等の人員不足により、家裁が審理や調査に十分な時間をかけられない等の不都合が一層深刻になっている。家事事件担当裁判官1人当たりの事件数について、家事事件だけを専門に扱っている東京家裁の本庁においては、判事あるいは判事と同等の権限を有する特例判事補1人当たり約500件の事件を担当している(そのうち審判事件が220件程度で調停が約280件)とのことである(第204回国会(2021年4月6日)、参議院法務委員会における最高裁判所答弁)が、このような多数の事件を担当しながら、1件1件の事件に対し十分な時間をかけようとすれば、いきおい審理は長期化してしまう。


 (5) 実際、2023年7月に最高裁判所が公表した「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第10回)」によれば、当事者対立構造にある別表第二事件(親権者の変更、養育料の請求、婚姻費用の分担、遺産分割等)における全国の調停事件の平均審理期間は、2013年が5.5か月、2018年には6.4か月、2022年には7.7か月と長期化している。同じく別表第二事件について、全国の審判事件の平均審理期間も、2013年は5.4か月、2018年には5.7か月、2022年には6.1か月と長期化傾向にある。また、別表第二事件同様に当事者対立構造にある一般調停事件(夫婦関係調整調停事件がその大部分を占める)について見ると、事件数は緩やかな減少傾向にあるにもかかわらず、平均審理期間は、2013年には4.8か月であったが、2018年には5.6か月、2022年には6.5か月と前年の6.8か月からは若干短くなったものの全体的に長期化傾向にある。


 (6) さらに、家裁の本庁及び大規模支部以外の小中規模の家裁支部においては、家事事件を専門に扱う裁判官はおらず、地裁の民事事件又は刑事事件、あるいはその双方を兼務していることが多い。簡易裁判所の事件を兼務している裁判官もおり、家事事件に十分な時間をかけることができないのが実情である。そのため、特に支部の家事調停においては、裁判官が民事・刑事事件等の審理に立ち会っていて当事者が長時間待たされるなどの問題が生じていたり、裁判官の多忙により期日が入り難く事件が長期化するといった問題も各地で生じている。


 (7) 以上のように、家裁は、現状においても、人権保障のための公共的インフラとしての役割、権利救済・権利擁護支援の砦としての役割を十分に果たしているとはいえない。


2 家裁の物的基盤が不十分であること

 (1) 現在、エレベーターが設置されていない2階建ての裁判所庁舎(独立簡裁を含む)が200以上存在する。2階建庁舎については建替え時にしか設置されないという実情があるが、建替えが年に1~2庁舎程度に過ぎないことからすれば、完全バリアフリー化が叶うまでには100年以上を要することにもなりかねない。家裁は裁判所の中でも、高齢者・障害者だけではなく、妊娠中の女性、乳幼児を連れた親等も訪れる機会の多い公的施設であり、高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律等の趣旨からしても、エレベーター又は昇降機の設置という最低限のバリアフリー化は急務である。また、外国人の利用者もいることから、庁内の複数言語による案内表示や、家事手続についての案内冊子や定型書式等に複数言語による翻訳を準備することも必要である。


 (2) また、子の監護事件、未成年の子がいる婚姻関係事件等については、家裁調査官が積極的に関与すべきであり、裁判所庁舎内において試行面会が必要となるケースも多い。ところが、試行面会機能を有する児童室等すらない家裁支部が存在しており、改善が急務である。加えて、庁舎内のトイレにおける子ども用便器の設置や多目的トイレ内のベビーシート等も拡充する必要がある。


 (3) さらに、増加傾向にある家事事件に対して、十分に対応できるだけの調停室や待合室が備わっていない状況も各地で生じている。調停室の不足により期日が入らず事件が長期化したり、DV事案等で当事者ごとに調停室を準備できなかったり当事者同士が庁内で鉢合わせするといった問題や、待合室の不足により利用者が座れなかったり、調停室や待合室の防音設備の貧弱さや待合室の狭さゆえにプライバシーを保つことができないといった問題も生じている。


3 裁判を受ける権利が十分に保障されていないこと

  本庁と支部との間に審理結果にも影響しかねない裁判所の人的物的基盤についての格差が存在することは、支部所在地の住民は、本庁所在地の住民と比べて不十分な司法サービスしか受けられないことを意味し、両者の間で「裁判を受ける権利」に差異があることになる。「裁判を受ける権利」を実質的かつ平等に保障するためには、裁判所支部の人的物的基盤の充実と裁判所としての機能の強化が必要不可欠であり、人権保障のための公共的インフラを整備するのは国の責務である。


  なお、当連合会は、「arrow_blue_1.gif司法サービスの全国展開と充実のための行動計画」に基づき弁護士過疎・偏在状態の解消を目指し、来年3月頃には長野県木曽郡木曽町に累計124か所目のひまわり基金法律事務所を設置する等、全国あまねく良質な司法サービスが提供できる体制整備に取り組んできており、今後も裁判所と連携しながら地域司法の充実を積極的に推進する努力を惜しまない所存である。


第3 地域の家裁を充実させるための提言

1 裁判官の大幅増員及び配置の拡充

 (1) 当連合会は、我が国の裁判を適正・迅速にするためには、裁判官及び裁判所職員の増員を図ることが緊急の課題であると主張し続けてきた。1972年の第1回司法シンポジウム「裁判の現状はこれでよいか」で裁判官不足と増員の必要性を取り上げて以降、司法シンポジウムにおいてこの課題を何度も取り上げてきた。さらに、当連合会は、2003年10月23日付け「arrow_blue_1.gif 裁判官及び検察官の倍増を求める意見書」において、裁判官の増員の必要性及び裁判官増員の目標と方法を示した上で、裁判官を10年間で倍増(2002年の定員2265人を前提として2300人の増員)することを求めた。しかしながら、約20年が経過した現在(2023年)の裁判官の定員は、2997名と732名の増員にとどまっている。


 (2) しかも近時は、判事補定員の欠員が常態化しており、2022年は、判事補定員が40名減員され、さらに2023年は判事補定員が15名減員されている。しかしながら、裁判官が足りない状況は更に深刻になっているのであり、最高裁判所に対しては、ワーク・ライフ・バランスに配慮した多様な執務環境の実現を検討することなどによって判事補の積極的な採用を図るほか、積極的に弁護士からの常勤任官を推進することにより裁判官を大幅に増員し、裁判官の執務態勢を充実させることが望まれる。特に、裁判官が常駐していない44か所の家裁支部には、速やかに裁判官を常駐させるべきである。


 (3) また、弁護士で5年以上その職にあったもののうちから最高裁判所が任命する家事調停官は、2022年12月1日現在で61名に過ぎない。家事調停官も積極的に採用し、家裁の対応体制を充実させるべきである。


 (4) 当連合会としても、弁護士からの常勤任官及び家事調停官の推進に向けた活動に引き続き努力する所存である。


2 家裁調査官の大幅増員及び配置の拡充

 (1) 家裁調査官は、行動科学の知見や技法等の専門性を活かし、時には当事者宅や関係機関を訪ねたりするなど機動性を発揮して、必要な事実を調査したり、調停手続の中で進行を支援したり、当事者に対して調整的に働きかける等の活動が予定されており、地域の家裁において欠かせない存在である。


 (2) ところが、家事事件は増加傾向にあるだけでなく多様化・複雑化し、家裁調査官による調査の必要性が増しているにもかかわらず、前述のとおり家裁調査官はほとんど増員されておらず絶対的な人数不足のため一人当たりの負荷が大きく、調査に十分な時間と手間をかけられない実情がある。また、家裁調査官が常駐していない支部の多くでは、他庁の家裁調査官を填補して対応しているが、調査命令の発令率が本庁や常駐支部に比べて相当程度低い支部も少なくない。そもそも、家裁支部に家裁調査官が常駐していないなど、本来あってはならない。家裁調査官を大幅に増員させるための環境整備を速やかに進め、全ての家裁支部に家裁調査官が常駐することを目指すべきである。


 (3) ところで、現在、我が国における最も深刻な子どもの人権問題の一つは、児童虐待である。この状況に政府は、2018年12月に4年間で児童福祉司を2020人、児童心理司を790人増員することを目標とし、これを1年前倒しで達成し、2022年度には追加で児童福祉司を505人増員した。続いて2022年12月には、2023年度からの4年間で更に児童福祉司を1060人程度、児童心理司を950人程度増員する方針を打ち出している。児童福祉司は2024年度には6850人程度に、児童心理司は2026年までに3300人程度にまで増員される見通しである。


 (4) 児童虐待を減らし、児童虐待により命を落とす子どもをゼロにするためには、より多くの公的機関が複眼的視点から子どもの安全を守るべきであり、家裁も無関係ではない。家裁は全離婚の11.7%(厚生労働省 2022年度「離婚に関する統計」の概略)を扱い、子の監護事件も扱う機関であるため、家裁における調査官調査等の過程で要保護児童の早期発見がなされることもある。その場合には、中立公平な家裁の手続中であることを前提として、裁判官や家裁調査官等による指導助言や、面会交流条件等への配慮、児童相談所への相談・通報等、具体的な事案に応じて適切な対応が望まれる。いずれにせよ、子どもの生命・生存・発達の権利を最大限保障し、児童虐待死ゼロを実現するためには、社会全体で児童虐待を防止していかなければならず、行政分野における体制拡充だけでは実現は不可能であって、家裁における家裁調査官増員をはじめとした体制改善及び運用改善は不可欠である。特に、管内に児童相談所が存在しながら家裁調査官が常駐していない支部等については、連携も取り難く、直ちに改善する必要がある。


3 全ての独立簡裁所在地への家裁出張所の設置と全ての家裁出張所において事件を取り扱うこと

 (1) 家裁と同様に利用者にとって身近な裁判所として、全国各地に簡易裁判所が設置されている。簡易裁判所は、本庁又は支部所在地に設置されている253か所のほか、全国に185か所の独立簡裁がある。他方で、家裁出張所の数は77か所にとどまっており、家裁出張所が設置されていない独立簡裁所在地も存在する。利用者のアクセス障害解消の観点からすれば、全国的に増加傾向にある家事事件については、居住地を問わず身近な裁判所において取り扱われることが望ましく、全ての簡易裁判所所在地に家裁出張所を設置すべきである。都市部の一部の家裁においては、家事事件数の増加により、当事者が待合室に入りきれない事態が生じているが、簡易裁判所所在地に家裁出張所を設置することにより、出張所にも家事事件の係属が分散される効果も期待できる。


   また、成年後見制度等の利用促進の観点から、地域の家裁が地域連携ネットワークの一員として、地方公共団体、中核機関、専門職等との連携を更に進めるためにも、子どもの意見表明権の保障や児童虐待対応の観点から、家裁と地域の児童相談所、地方公共団体、教育機関等との連携を進めるためにも、全ての独立簡裁所在地に家裁出張所を設置することが必要である。


 (2) 家裁出張所が存在しても、事件の受付しかせず、調停、審判及び人事訴訟等の手続の際には遠方の裁判所に赴かなければならないというのでは、実質的に裁判所としての役割を果たしていない。受付業務のみを行っている出張所(現在20か所)では、出張調停が行われることはあるが、開廷日が少ないことから期日調整が難航し、結局、遠方の裁判所で調停を行うことも多い。また、受付出張所以外の家裁出張所(現在57か所)であっても、調停や審判の開廷日は限られており、人事訴訟は取り扱っていない。そこで、全ての出張所において、調停、審判及び人事訴訟等の手続を行うとともに、全国均一に地域連携ネットワークを構築することができる体制を整えることが必要である。


4 IT利用支援と利用し易いシステムの構築

  そもそも裁判手続等のIT化は、新たな司法システムの構築を目指しているものであり、これに伴い裁判を受ける権利等に支障が生じる場合は、国がその責任において支障を除去すべきものである。特に、裁判所が果たすべき役割は大きい。


  IT技術の利用が困難な当事者は高齢者・障害者を含めて多数存在し、そもそも、IT機器を有していないことや、IT機器を使いこなせないこともある。特に高齢者率の高い地方ではその傾向が顕著である。そのような当事者に対して、裁判を受ける権利の保障が十分になされない事態があってはならない。IT利用を希望する住民が、誰でも利用することができるようサポート体制を整えることが必要である。また、かかる本人サポート機能は、家裁の本庁・支部・出張所の区別なく、どの地域に居住する住民であっても利用しやすいことが必須であるところ、前記のとおり、独立簡裁所在地の全てに家裁出張所を設置すれば、全国に偏りなく家事事件も含めて本人サポートの拠点を作ることができる。そこには来庁者が気軽に利用できる端末を設置したり、裁判所職員から十分に説明を受けられる体制を整えたりするなど、ITサポートセンターとして整備すべきである。


  加えて、そもそも家事事件のIT化に伴い今後開発されるシステムについては、いつでも誰でも当事者になり得るという家事事件の性質に鑑み、利用者の声を取り入れ、各手続に即し誰もが使いやすいシステムが設計・構築されるべきである。


第4 子どもの権利を保障するための提言

1 実質的に保障されなければならない子どもの権利

 (1) 子どもは、権利の主体であると同時に特別な擁護も必要な存在である。子どもは発達する存在であり、家裁実務においても一人一人の年齢や成熟度に応じて、権利主体として対応すべきである。国連では1989年に子どもの権利条約が採択され、1994年には日本も同条約を批准している。しかし、我が国では、子どもの権利主体性を前提にした対策が十分講じられてこなかった。


 (2) 本年4月1日、我が国において初めて、こども施策を総合的・包括的に行うこども家庭庁が設置された。国は、「こどもまんなか社会」として、常に子どもの最善の利益を第一に考え、子どもに関する取組、政策を国の真ん中に据える社会を目指すことを明確にし、子どもが権利の主体であることを社会全体で認識し、子どもを誰一人取り残さず、健やかな成長を後押しすることを標榜する。地域の家裁もその社会の一員として、子どもの最善の利益を第一に考えた改善・充実が必要である。こども施策の決定過程に子ども・若者の意見を反映し実践・推進する取組「こども若者★いけんぷらす」も始まっているが、子どもの意見表明権保障に適う取組として期待でき、今後、家裁の問題についても具体的にテーマとすることが望まれる。


   また、こども家庭庁設置とともに、子どもに関する包括的法律として「こども基本法」が施行された。同法には基本理念として条約の一般原則に相当する規定が置かれ(同法第3条)、こども施策への子どもの意見反映等が明記された(同法第11条)ことは評価できる。他方で、具体的な子どもの権利が明文化されず、子どもの権利擁護委員会の設置や、優先的な予算配分規定も見送られるなど、今後の改正により実現すべき点も少なくない。


 (3) 子どもの権利条約の各条項の内容はそれぞれ明確かつ具体的であって、批准国である日本においても国内法的効力を有する。特に、①差別の禁止、平等権保障(同条約第2条)、②子どもの最善の利益の第一義的考慮(同条約第3条)、③生命への権利、生存・発達の確保(同条約第6条)、④意見表明権、意見を聴かれる権利(同条約第12条)の4つの大原則は、家裁実務においても最大限保障されなければならない。


   子どもの権利保障に対する国家機関の在り方については、同条約第6条によく表れている。同条第1項は「締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。」と規定するが、この最も基本的な生命への権利でさえ「児童がこれを有する」となっていないのは、子どもの場合、特に国家による保護・援助が必要であると考えられたためである。


   その上で、第2項では「締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。」と規定する。家裁も国の機関のひとつであり、子どもの生命・生存・発達を最大限確保する責務を担っている。


2 子どもの権利の保障の視点からの提案

(1) 家裁調査官の活用拡大と子どもの手続代理人の積極活用

   ① 一人一人の子どもの最善の利益を実現するために、少なくとも手続的には子どもの意見表明とその適切な聴取、その上で意見の尊重が不可欠である(同条約第12条)。なお、国連子どもの権利委員会は、一般的意見7号で子どもの意見表明権について、「話し言葉または書き言葉という通常の手段で意思疎通ができるようになるはるか以前に、さまざまな方法で選択を行ない、かつ自分の気持ち、考えおよび望みを伝達している」とし、乳幼児でも意見を表明できるとしている。


     2013年1月施行の家事事件手続法において、家裁は、特に子どもが影響を受ける事件では、子の陳述の聴取、調査官調査等により子の意思を把握するように努めこれを考慮しなければならないという規定が設けられた(同法第65条、第258条)。しかし、現状では、立法趣旨に適った対応が十分になされているとは言い難い。子どもの意見表明権、意見を聴かれる権利(同条約第12条)は、家裁においても年齢を問わず全ての子どもに対して保障されなければならない。


   ② そのうえで、家裁調査官による子どもの意見聴取は、家裁調査官が子どもと対面で信頼関係を構築しながら、科学的・専門的知見を活かし、一つひとつの言動や表情の変化等にも細やかに気を配りつつ、丁寧に行われなければならないものであって、ITによる方法で安易に効率化できるものではない。他方で、IT機器を利用した方が意見を表明し易い子どももいることから、将来的には、調査官調査の手法そのものについて選択の幅を広げることも検討されるべきであり、家裁の設備・備品の充実や家裁調査官向け研修の更なる充実も必要である。もっとも、その子どもにとってIT機器を利用した方が意思疎通がし易いかどうかの確認をすることも含めて、まずは直接対面し信頼関係を構築することの重要性が失われるものではない。また、IT機器の利用自体が困難な障害児や乳幼児等については、直接対面での調査の必要性が高く、調査を受ける子どもの負担を極力少なくするためにも、身近な居住地域の家裁に家裁調査官が常駐していることが必要である。


   ③ また、子どもの手続代理人制度も積極的に活用すべきである。同制度は、家事事件手続法制定において、子どもを調査の客体とするのではなく、子どもが主体的に家事事件に関わることを可能とする制度として設けられたものである。子どもの手続代理人は、子どもに寄り添い、IT機器等も柔軟に活用し裁判所内外の活動を行い、子どもの意見表明権の保障のための意見形成支援を行うなど、中立性を要求される家裁調査官には代替できない活動を行うことができ、本来的に子どもの意見表明権を実質的に保障する制度である。当連合会は、子どもの手続代理人の活用に関して、最高裁判所と協議を行ったうえで、2015年7月31日付けで「arrow_blue_1.gif 子どもの手続代理人の役割と同制度の利用が有用な事案の類型」を作成した。しかし、その後も「子どもの手続代理人」制度が十分に活用されているとは言い難い。各地の家裁においても、地元弁護士会との協議を進めるなどして、これまでの選任件数が極めて少ない実情を改善し、子どもの手続代理人を積極的に活用すべきである。


     なお、同制度の活用に伴い、家裁調査官は、判断者である裁判官が適切に評価できるよう、手続に参加した子どもが表明した意見を裁判官に伝えるという重要な役割も担うことになるため、増員による適正配置だけでなく更なる質の向上も望まれる。


   ④ 両親の離婚等に伴う環境変化は、子どもの人生にとっても一大事といえる場面であり、子どもの意見表明権、意見を聴かれる権利(同条約第12条)を実質的に保障することは、子どもの最善の利益を第一義的に考慮する(同条約第3条)ために必須の手続である。「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第10回)」によれば、2022年の統計として、婚姻関係事件(夫婦関係調整調停事件、婚姻費用分担請求事件等)において調査命令が発せられたのは、6万1271件中9870件(全体16.1%、夫婦関係調整調停事件22.0%、婚姻費用分担請求事件8.0%)であって、子の監護事件(面会交流事件、養育費請求事件等)において調査命令が発せられたのは、3万6210件中1万5830件(43.7%)となっている。


   ⑤ 家裁調査官は全ての家裁においてより積極的に活用されるべきであり、少なくとも未成年の子がいる夫婦関係調整調停事件、子の監護者の指定・変更事件、子の引渡し事件、面会交流事件、親権者の指定・変更事件については、原則として全件につき家裁調査官を立会させるべきである。本来は、子どもに影響を及ぼすあらゆる手続について子どもの意見表明権が実質的に保障される運用が早期に実現されなければならないが、家裁調査官の絶対数が不足している状況における当面の措置として、現在実務で使用されている子についての事情説明書等における聴取内容を見直し、子どもの環境等をよりきめ細かく把握できるよう工夫することが望まれる。同事情説明書については担当の裁判官・書記官だけでなく家裁調査官も内容確認することを未成年の子がいる婚姻関係事件及び子の監護事件の全件において徹底し、記載内容等から子どもの権利侵害等の不安を抱いた場合には、家裁は速やかに調査命令を発するとともに、職権で子どもの手続代理人選任手続をとるという運用を提案する。


   ⑥ また、家裁における児童虐待に関連する各種手続においても、家裁調査官をより積極的に活用すべきである。


     現在、いわゆる児童福祉法第28条申立事件等においては児童の年齢を問わず家裁調査官による調査が行われるのが一般的であるが、2018年4月から施行された引き続いての一時保護承認審判手続(同法第33条第5項)においては、意見聴取は15歳以上の子のみに書面で行われ、15歳未満の子には意見聴取を行っていない。しかし、15歳未満の子どもであっても、様々な方法で自分の気持ち・考え・望みを伝達することは可能であり、他方で、15歳以上であっても書面での意思表示が苦手な子どももいる。対面やIT機器の利用も含め家裁調査官による直接の意見聴取を、原則として年齢制限なく行う制度に改正すべきである。


     なお、2022年6月成立の改正児童福祉法により一時保護開始の判断についても司法審査の導入が制度化され、2024年6月14日までに施行予定である。制度上、一時保護状の審査は家裁の裁判官だけでなく地方裁判所や簡易裁判所の裁判官も判断権者となることが予定されているが、裁判官の児童福祉に関する知見や理解のレベル差により誤った判断がなされることがないよう慎重な運用がなされなければならない。将来的には、判断権者を家裁の裁判官に限定し、家裁調査官も積極活用できる制度を目指すことも検討すべきである。


(2) 全ての家裁支部等への児童室等設置

   ① 児童室は、子どもの調査を行う際に子どもが安心できるように、カーペット敷き等になっており、ぬいぐるみ等の玩具や絵本、箱庭療法の道具等が備え付けられ、遊びながら話を聞いたり、子どもの様子を観察したりできるように作られた部屋である。意見聴取のほか試行面会で使用されることも多く、隣接して観察室等が設置され、ワンウェイミラーやビデオリンクによって児童室内の様子を見ることができるようになっていることが多い。


     調査官調査を中立公平に行うために当事者等の影響を受けない裁判所内で試行面会を行う際には児童室等の試行面会施設が必須となる。しかし、全国203の家裁支部の中で、いまだに庁舎内に試行面会施設の存在しない支部も存在する。それらの支部管内の子どもは、試行面会のためだけに遠方の本庁や支部まで赴かなければならず、ただでさえ両親の離婚問題で心を痛めている中、学校を休んだり早退したりして更なる心身の負担を強いられている。調停期日に試行面会も行う場合には、遠方の家裁で面会交流を実施した後にわざわざ係属支部に戻って調停を行うこともあり、当事者が時間的・経済的負担から試行面会を諦めてしまうこともある。このような現状は、子どもの平等権・最善の利益の第一義的考慮・面会交流権・意見表明権(同条約第2条、第3条、第9条、第12条)の保障上大きな問題がある。


   ② まずは、全ての家裁支部に試行面会機能も有する児童室等を可及的速やかに設置すべきであり、将来的には、全ての家裁出張所にも設置すべきである。設置方法については、ITを活用し既存の調停室2室をビデオリンク方式で繋ぐ方法で調停室兼用の児童室等を設置することにより、大掛かりな工事や多額の予算を要せずに改善が可能である。また、全国の家裁出張所は、従前家裁支部であった庁舎もあり、係属事件数の割に調停室に余裕のある庁舎も少なくない。ビデオリンク方式であれば早期に児童室等を設けることが可能であり、子どもの権利保障と共に施設の有効活用にもつながる。


(3) 要保護児童対策地域協議会代表者会議への家裁の参加拡大

   ① 要保護児童対策地域協議会(以下「要対協」という。)は、児童虐待等防止に関わる多数の公的機関や専門家等の円滑な連携・協力を確保し要保護児童の早期発見や適切かつ迅速な保護を図ることを目的として、2004年の児童福祉法改正により法定化され、全国の地方公共団体に設置されている。


     構成員としては、児童相談所・児童福祉や母子保健等の担当部局・福祉事務所・保育所・児童福祉施設・里親・社会福祉士・社会福祉協議会・保健センター・保健所・医師会・教育委員会・学校・警察・弁護士・法務局・人権擁護委員・配偶者暴力相談センター・NPO・民間団体等地域の実情に応じて幅広く参加させることが可能であり、家裁も例外ではない。


   ② 既に、都市部では、地域の家裁が要対協に委員やオブザーバーとして参加している例も散見される。具体的な家裁の参加者としては、福祉機関等との連携をとることを職責としている家裁調査官であることが多いが、支部レベルではほとんど参加できていない状況にある。虐待等の困難を抱える子ども達は、その実態が見えにくく、支援が届きにくいという課題がある。そのため、児童虐待防止・児童虐待死ゼロを実現するには、社会全てが関わるとともに公的機関等の連携強化が必須であり、中でも連携の要として要対協の実効性は高める必要がある。


   ③ 要対協は、多くの地方公共団体で代表者会議、実務者会議、個別ケース検討会議の三層構造がとられている。代表者会議には、虐待対応を含む支援システム全体の検討と、諸活動の課題を確認し適切に評価することが求められている。国は、「児童虐待防止対策の更なる推進について」(2022年9月2日関係閣僚会議決定)や「新たな児童虐待防止対策体制総合強化プラン」(2022年12月15日児童虐待防止対策に関する関係府省庁連絡会議決定)において、要対協の機能強化を明確に打ち出しており、従前にも増して、各地の要対協には幅広い関係機関・関係者が参画することが予想される。代表者会議の開催は年に1~2回程度であるが、地域の家裁が代表者会議に参加することは、司法手続等について不案内な委員にとって支援システム全体の共通理解を深め、関係機関・関係者の有機的な連携の質を向上させ、より円滑な虐待対応に繋げる契機となり得る。


   ④ 何より、家裁は児童虐待に関する地域の実情について十分な認識がなく、虐待被害に遭っている子どもや家庭の実情について十分な理解がされていないという危惧もあることから、家裁が代表者会議に参加することによって、地域の家裁が実情を知る貴重な機会が確保され、家裁内部でも児童虐待の早期発見のための意識の醸成につながり、ひいては家裁実務の質的向上という効果が得られることが期待される。そのため、家裁による要対協代表者会議への参加を全国規模で拡大すべきである。


     なお、地域の家裁には、要対協への参加にとどまらず、各地方公共団体の福祉機関・教育機関、児童相談所等との個別協議や合同職務研修の機会を増やすなどして平時から関係機関等と顔の見える関係を築き、家裁の中立公平性を保ちつつ児童虐待防止のための地域連携に参画することが望まれる。


(4) 少年事件対応について地域間格差の解消

   ① 少年事件についても、地域によって無視できない取扱いの格差が生じている。少年が更生するための環境調整については、少年の家族や学校関係者、弁護士、保護司等が少年の居住する地域内で協力し、身近な地域の中で少年の更生を促すのが世界的にも評価されてきた手法である。少年審判は、少年が居住する地域の家裁で取り扱ってこそ、少年にとってより適切な更生環境を整えることが可能となる。しかしながら、全国203の家裁支部のうち102の支部でしか少年審判の取扱いがない。


   ② 少年審判の取扱いのない支部における事件関係者は、遠方の裁判所で行われる手続に対応しなければならず、時間的・経済的な負担を余儀なくされている。しかも、少年の保護者の中には、貧困等により、手続のために遠方の裁判所まで赴かなければならないと聞くと、その距離と時間を理由に協力を拒む者も存在する。手続の期間が限られている少年事件において、保護者等が身近で速やかに関与できないということ自体が、少年をより孤立化させる可能性を高め、更生可能な少年の更生を妨げる事情のひとつとなっている。このような現状は、第一義的に考慮すべき子どもの最善の利益(同条約第3条)や、平等権保障(同条約第2条)の見地から問題がある。


   ③ また、少年の家庭環境や居住地域の環境は、少年の情操形成に大きな影響を与えていることが常であり、家裁調査官による家庭訪問や居住地域の訪問は非常に重要である。裁判所では本音を言わない親も、自宅では本音を言うことも多い。ところが、少年事件が減少している割には、少年家庭への訪問が従前ほどなされていない実状がある。加えて、少年の居住地域内での更生を支えるためには、地域の家裁が管轄地域内で補導委託先を開拓・確保することができるようにすることも必要である。


     家裁調査官を各家裁支部にも十分に配置し、少年の居住地域内での調査を充実させ、少年がより身近な地域の家裁で少年審判を受けることができるようにすることが望まれる。


(5) 財政措置と予算の優先配分の必要性

   真に子どもの権利を保障する家裁実務を実現するためには国家による予算の裏付けが不可欠である。国連子どもの権利委員会は、2010年の総括所見において、日本が経済大国と言われているにもかかわらず、社会支出はOECD(経済協力開発機構)平均よりも低く、子どもへの予算割当ても明確でないことについて懸念を示し、「児童の権利の優先性を反映した戦略的な予算額を定義すること」を勧告している。また同委員会は、2019年、日本の第4回・第5回政府報告に関する総括所見においても、予算配分の妥当性、有効性及び衝平性の監視及び評価を行うための具体的指標及び追跡システムを包含した予算策定手続を確立するように強く勧告し、その手段として「児童の権利に直接影響を与える全ての支出の計画、確定、補正及び実際の額について、詳細な予算科目及び予算項目を定めること」等を掲げる。


   家裁における子どもに関する手続はすべからく子どもの権利に直接影響を与えるものであり、子どもの権利保障のための家裁の人的物的基盤拡充に当たっては、単なる財政措置にとどまらず自国の優先的課題として予算の優先配分がなされなければならない。また、子どもの手続代理人制度の利用促進のためには代理人報酬の制度的手当を確立することも肝要であり、公費で負担できるよう制度改正のうえ予算の優先配分がなされるべきである。


   今と未来に生きる子ども達のために、国には、「子どもの権利条約において認められる権利の実現のため、全ての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる」義務があり(同条約第4条)、教育・福祉分野だけでなく、司法分野への財政上の措置を講ずる必要があることも当然である。


第5 高齢者・障害者の権利を保障するための提言

1 実質的に保障されなければならない高齢者・障害者の権利

 (1) 高齢者・障害者は、権利の主体であるが、同時に身体機能の低下や認知機能の低下に伴い権利が制限されやすい状況にあり、虐待を受けたり、消費者被害の対象となりやすいことから、自ら主体的に権利を行使するために権利擁護支援を充実させることが必要な存在でもある。


 (2) 国連においては、2006年12月に”Nothing About us without us”(私たちのことを私たち抜きで決めないで)というスローガンのもと、障害当事者が参加して作成された障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)が採択された。障害者権利条約は、保護の客体から人権の主体への障害者観の転換を徹底して図っているとされる。


 (3) 日本は、2007年9月28日に障害者権利条約に署名したが、その後、障害者基本法やその他の関連法の整備を待って、2014年1月20日に批准した。障害者権利条約を受けて、2011年に改正された障害者基本法は、「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重される」ことを理念とした。同法第29条においては、司法手続における配慮等として、障害者が裁判所における家事事件を含む手続の当事者その他の関係人となった場合において、障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため、個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するように配慮すること等が定められており、障害者に対する配慮は、家裁実務においても最大限保障されなければならない。


2 高齢者・障害者の権利の保障の視点からの提案

(1) 成年被後見人等の心身の状態を迅速かつ適切に把握するとともに、成年被後見人等の意思決定支援を十分に行うために、地域連携ネットワークの一員としての連携を進め、地域の家裁の対応体制を整える必要性

   ① 地域連携ネットワークの一員としての連携と対応体制を整える必要性

    ア   成年後見利用促進法が施行されたこと(2016年5月)に基づき、(第一期)成年後見制度利用促進基本計画(2017年3月24日)及び第二期成年後見制度利用促進基本計画(2022年3月25日)(以下「第二期基本計画」という。)が閣議決定された。第二期基本計画においては、成年後見利用促進の取組は、家裁を含めた関係機関や関係団体等の協働による地域連携ネットワークを通じて推進されるべきものであり、他の様々な支援・活動のネットワークと連動しながら地域における包括的・重層的・多層的な支援体制を構築していくことが指摘されている。


    イ   2021年3月29日に厚生労働省が公表した「成年後見制度利用促進に関する現状」によれば、福祉による権利擁護支援や成年後見制度による支援の必要性がある可能性のある者は420万人を超え、他方で、最高裁判所事務総局家庭局によれば、成年後見制度等の利用者は2022年時点で24万5087人(約6%)にとどまっている。第二期基本計画の実施により、今後は更に成年後見制度の利用が増加することが予想され、家裁がその受け皿としての体制を整備することは急務である。


    ウ   ところで、地域の家裁が、連携や協議を適切かつ十分に行うためには、地方公共団体、中核機関、専門職団体等と、常日頃から「顔の見える関係」を構築して、司法による権利擁護支援をより身近に感じることができる環境を整える必要がある。必要な人が必要な時に司法による権利擁護支援等を適切に受けられるためには、このような地域連携ネットワークを通じた福祉と司法の連携を強化する必要がある。

そのため、第二期基本計画では、中核機関において権利擁護支援を行う各場面における支援を強化するために、家裁との連携の重要性が指摘されているが、その関連で、家裁には、市町村による虐待対応のプロセスや地域の関係者による意思決定支援の取組、日常生活自立支援事業等の後見等開始申立て前における権利擁護支援の内容を理解することが期待されている。また、権利擁護支援チームの形成支援としての受任者調整を地域の実情に応じて進めるため、家裁が後見人等を選任する際の考慮要素をできる限り共有することなどが求められている。これらの点は、最高裁判所事務総局家庭局が、2023年3月29日に行われた成年後見制度利用促進専門家会議に提出した資料にも記載されている。

これらの施策を十分に実行するためには、顔の見える関係を構築して相互に相談しやすい関係性を確保することが重要であり、全国の家裁の支部及び出張所に可能な限り、地域連携ネットワークの一員としての連携を担当する職員を置き、当該地域に積極的に出向いてアウトリーチすることを可能とするためにも、必要十分な人員配置が求められる。


   ② 成年被後見人等の意思決定支援を十分に行うための家裁の役割

    ア   第二期基本計画においては、家裁においても、意思決定支援に対する理解が進むことや、意思決定支援を踏まえた対応が図られることが期待されている。そして、家裁の職員に意思決定支援の理念が浸透するよう、研修を実施するなど、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」に沿って必要な対応を図ることが期待されている。すなわち、裁判官、家裁調査官及び書記官等の裁判所職員全体について、その質量ともに充実させることが求められている。第二期基本計画は、さらに、家裁において、補助の開始、代理権・同意権付与や、保佐の代理権付与の審判の際、意思決定支援に基づく本人による意思決定の可能性も適切に考慮することや、後見類型についても、代理権行使の必要性が低下した場合、中核機関、専門職団体、日常生活自立支援事業の実施団体等と連携し、市民後見人等への交代や同事業の併用等により、意思決定支援の観点を重視することなど、引き続き努力することが期待されている。既に、本人の意思決定支援について、地域の家裁と地元弁護士会とが連携して意欲的な取組がなされている地域もあるが、まだまだ少数にとどまっている。


    イ   意思決定支援を十分に行うためには、家裁においても本人の意思を十分に把握する必要があるところ、後見開始等の審判及び後見人等選任に際しては、原則として成年被後見人等となるべき者の陳述を聴かなければならないとされている(家事事件手続法第120条第1項第1号、第3号等)。ところが、家裁の実務においては、多くの事案において、家裁調査官の関与もなく、成年被後見人等となるべき者の陳述を聴かない状況が生じている。確かに迅速な後見開始等の審判をなすことは重要であり、そのように希望する申立人側の事情もありうるが、本人の意思の把握が本人の意思決定支援の出発点であり、成年被後見人等の陳述が安易に省略されるような運用は改善し、迅速に成年被後見人等の陳述を聴取することのできる体制を構築するべきである。


    ウ   家裁の後見監督においては、後見制度支援信託の利用が大幅に拡大されるなど、成年後見人に対する不正の監視が重視される傾向があった。家裁は、成年後見人に対する不正の監視にとどまらず、権利擁護支援チームの自立支援機能と連携するなどして、成年被後見人等の意思決定を支援するよう、成年後見人等に対して具体的な助言・指導をするなどし、本人の意思を尊重したきめ細やかな運用をすべきである。


    エ   現在の成年後見実務では、主に書記官が、成年被後見人等、家族等の支援者や、中核機関等の関係機関の窓口となっている上、近時は、更に踏み込んだ役割等も担っている部分も見受けられる。したがって、成年後見制度に限らず、権利擁護全般についてのニーズを迅速、適切かつ詳細に把握するためには、その増員や研修の実施等による質の向上も重要である。

加えて、成年被後見人等がどこで、どのような生活をして、どのような意思や意向を有しているかを、積極的に現地に赴いて適切に調査することも重要である。そこで、家裁調査官の人員を抜本的に増加させるとともに、家裁調査官が柔軟に活動することができるための環境整備も重要である。例えば、家裁調査官は、多くの場合、公共交通機関を利用して調査に赴いているが、地域によっては公共交通機関が1日に数本のコミュニティバスしかない場合もあり、不便な公共交通機関事情が柔軟な活動の妨げになっている。そこで、公用車の活用等を含め、家裁調査官等の家裁職員が柔軟に活動できる体制を整える必要がある。


(2) 高齢者・障害者の司法手続への効果的な参加に対する手続上の配慮

   高齢者・障害者が情報通信機器やコミュニケーション支援ツールを活用するなどして司法手続に参加するため次の手続上の配慮が必要である。


   ① 障害者権利条約第13条(司法手続の利用の機会)は、「締約国は、障害者が全ての法的手続(括弧内省略。)において(略)手続上の配慮(略)等により、障害者が他の者との平等を基礎として司法手続を利用する効果的な機会を有することを確保する。」と定めている。そして、国連の障害者権利委員会が、同条約第9条(アクセシビリティ)に関して採択した一般的意見2号においても、法の執行機関や司法組織が提供するサービスと情報通信が、障害のある人にとってアクセシブルではない場合、司法への効果的なアクセスはあり得ない旨が明記されている。同条約第5条(平等及び無差別)に関して採択された一般的意見6号においては、同条約第13条(司法手続の利用の機会)が定める障害者に対する「手続上の配慮」は不均衡の概念によって制限されないこと、司法手続における理解可能かつアクセシブルな方法による情報配信、意思疎通の多様な形式の承認及び配慮等が、障害者が司法手続を利用する効果的な機会を確保するために必要である旨が明記されている。


   ② 最高裁判所は、2016年に裁判所における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応要領を定めているものの、いまだ十分な対応がなされているとは言い難い。具体的には、同対応要領は、障害者に対して「合理的配慮」の提供を行うことを定めているが、これが不均衡の概念によって制限されない「手続上の配慮」の概念と整合するのかについては十分な検討が行われるべきであるし、また、同対応要領の実施に際しても、全ての裁判所における対応が区々とならないよう、更なる周知の徹底が求められる。


     また、障害者権利条約第13条第2項は、歴史的に見て司法関係者の障害に対する無知や偏見が障害者の裁判所へのアクセスを阻害してきたことに鑑みて、司法に係る分野に携わる者に対して適当な研修を促進することを求めている。そこで、障害特性を十分に理解するための充実した研修を実施するなど、裁判官、家裁調査官及び書記官等の裁判所職員全体について、質量ともに充実させる取組も必要不可欠である。


   ③ 日本が障害者権利条約の締約国となったことに伴い、2022年8月、国連障害者権利委員会により第1回審査が行われ、同審査を踏まえて、同委員会は、2022年9月9日、日本に対する総括所見を公表し、日本政府に対し、概要、以下の勧告(第30項)を行った。


     (a) 障害者が司法手続に参加する権利を制限する法的規定の廃止。他の者との平等を基礎として、あらゆる役割において、司法手続に参加するための完全な能力を認識すること。


     (b) 障害者の全ての司法手続において、本人の機能障害にかかわらず、手続上の配慮及び年齢に適した配慮を保障すること。これには、配慮に要した訴訟費用の負担、情報通信機器、字幕、点字、手話等、手続に関する公式情報及び通信を利用する機会を含む。


   ④ 家事事件を含む司法のIT化に関する事件管理システムについては、国連障害者権利委員会の前記勧告も踏まえ、障害の有無にかかわらず誰でも容易に利用できるシステムとすべきである。

この点、総務省においては、高齢者や障害者を含む誰もが公的機関のホームページを円滑に利用できるよう、「みんなの公共サイト運用ガイドライン」を定めているところ、家裁においても、これと同様の水準のシステム構築を図るべきである。


(3) 本庁・支部・出張所の全てを含む裁判所における利用の容易さの確保

   ① 2022年9月9日の国連障害者権利委員会の日本に対する総括所見では、日本政府に対して、以下の勧告(第30項)もなされた。

(c) 特に、ユニバーサルデザイン(あらかじめ、障害の有無、年齢、性別、人種等にかかわらず多様な人々が利用しやすいよう都市や生活環境をデザインする考え方)により、裁判所、司法及び行政施設への利用の容易さ(アクセシビリティ)を確保し、障害者が、他の者との平等を基礎として、司法手続をひとしく利用する機会を保障すること。


   ② 前記のとおり、現在、エレベーターが設置されていない2階建ての裁判所庁舎が多数存在するが、このような事態は車椅子ユーザーをはじめとした歩行に困難を伴う利用者にとって司法手続を利用する機会が十分に保障されていないものということができる。前記勧告を踏まえ、全ての裁判所において、早急にエレベーター又は昇降機の設置等のバリアフリー化が必要である。


   ③ また、視覚障害者に対する環境整備としては点字案内板や音声案内装置の設置等が、聴覚障害者に対する環境整備としては筆談ボード等のツールの常備等が、いずれも急務である。


(4) 財政措置の必要性

   成年後見利用促進法第11条第10号は、「成年後見人等の事務の監督並びに成年後見人等に対する相談の実施及び助言その他の支援に係る機能を強化するため、家庭裁判所、関係行政機関及び地方公共団体における必要な人的体制の整備その他の必要な措置を講ずること」を基本方針とするものと定めた上で、同法第9条は、「政府は、第十一条に定める基本方針に基づく施策を実施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を速やかに講じなければならない」とする。


   また、司法手続への効果的な参加に対する手続上の配慮や、裁判所における利用の容易さの確保を実現するためには、「全ての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること」が求められており(障害者権利条約第4条第1項(a))、財政上の措置を講ずる必要があることは当然である。


第6 結語

1  現在進んでいる司法のIT化は、家裁を含む裁判所の利用者に対し、情報通信機器の利用という新たな選択肢を与えるものであり望ましい改革ではある。しかしながら、もともと不十分である家裁の人的物的基盤を強化しないままに、司法のIT化だけを進めても住民の人権保障にはつながらない。


2  1982年に当連合会が開催した第25回人権擁護大会シンポジウムでは、国民の裁判を受ける権利をテーマとし、少な過ぎる裁判所予算の問題点を指摘し改善を求めた。1955年度には裁判所予算の国家当初予算に占める割合は0.926%であったが、毎年減少を続け、1982年度は初めて0.399%となり0.4%を割り込んだ年であった。それから40年にわたり、裁判所予算の国家当初予算に占める割合は0.3%台で推移していたが、2023年度は、ついに0.3%を割り込み、0.282%まで低下してしまった。これでは裁判所は公共的インフラとしての機能を十分に果たせない。


3  もともと戦後の社会変革期に社会的弱者救済という理念をもって生まれた家裁のあるべき姿について、IT化による社会変革期である今こそ真剣かつ具体的に検討し、地域の家裁の改善と充実のために活動すべきである。司法のIT化を契機として、地域の家裁支部や家裁出張所が統廃合されるなどの事態に至った場合には、各地で子ども・高齢者・障害者をはじめとした地域住民の人権保障の砦と「安全安心なまちづくりのためのライフライン」とが消滅してしまうことを意味するのであり、そのような事態は決してあってはならない。


4  当連合会は、「地域の家裁の充実が、明日の私たちのまちを変える」との認識の下、住民の権利保障のために、裁判所とも連携をとりながら、地域の家裁の改善及び充実に向けての諸施策の実現を目指し、今後も全力を尽くす決意である。