旧優生保護法下において実施された優生手術等に関する全面的な被害回復の措置を求める決議


旧優生保護法は、1948年、現行憲法の下で制定され、1996年に母体保護法へと改正されるまでの48年間に、遺伝性疾患、ハンセン病、精神障害がある人等(以下「障害のある人等」という。)に対して、優生手術及び人工妊娠中絶(以下「優生手術等」という。)が実施され、これらの手術によって約8万4000人もの人が被害を受けた。


同法は現行憲法の下にありながら、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」(第1条)ことを目的として掲げ、障害のある人等の生存そのものを否定し、憲法第13条及び第14条第1項等に反する極めて非人道的かつ差別的な内容により、長年にわたり人権侵害を続けてきた。


また、同法が優生思想を国策として広め、優生手術等を積極的に推進し多数の被害を生んできた事実は、社会に優生思想を根付かせる根源となり、今なお厳然として存在する障害者差別につながっている。



当連合会は、2017年2月に旧優生保護法の問題に焦点を当てた最初のarrow_blue_1.gif意見書を、続いて2018年12月にもarrow_blue_1.gif意見書を公表して、被害者に対して早期に十分な補償等の措置を行うことを求めてきた。


しかしながら、2019年4月24日に成立した「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下「一時金支給法」という。)は、旧優生保護法の違憲性や被害者への個別通知が明記されなかったこと、支給の対象に人工妊娠中絶を受けた者が含まれていないことなど、十分な内容とは言えないものであった。


そこで、当連合会は、一時金支給法が成立した同日、arrow_blue_1.gif会長声明を公表し、被害回復が一層充実されるように同法の見直しも含めて検討することを求めてきたが、いまだ同法の見直しはなされていない。また、行政が把握している被害者への個別通知が実施されていないこともあり、一時金支給法による認定件数も1006件(2022年7月末現在)にとどまり、同法による一時金の支給すら進んでいない状況にある。



2018年以降、優生手術等に関する国家賠償請求訴訟が全国各地で提訴されてきたが、仙台、東京、大阪、札幌、神戸の各地方裁判所では、訴訟提起時には改正前民法第724条後段の除斥期間が経過していたことを理由に、原告の請求を棄却していた。


2022年2月22日に大阪高等裁判所において、次いで、同年3月11日に東京高等裁判所において、同国家賠償請求訴訟の控訴審判決が言い渡された。両高等裁判所判決は、旧優生保護法によって「不良」な存在とされ、優生手術の対象とされるという強度の人権侵害及び重大な被害を受けた被害者に対して、除斥期間の適用を認めることは著しく正義・公平の理念に反するとして、除斥期間の適用を制限し、控訴人への賠償を命じた。


両高等裁判所判決によって、除斥期間の壁によって閉ざされていた司法による被害回復への途がついに開かれた。しかしながら、国は、当連合会を含む多数の弁護士会が、判決を速やかに確定させた上で、一時金支給法の見直しを行うことを求めていたにもかかわらず、両高等裁判所判決に対する上告受理申立てを行った。



旧優生保護法は、憲法第13条及び第14条第1項等に反する違憲の法律であり、国が、同法に基づき、国家政策として、多くの障害のある人等に対し重大な人権侵害を行ってきたことは、もはや自明の事実である。しかしながら、同法が改正されてから26年、当連合会が2017年2月に意見書を発表してから既に5年半以上もの年月が経過したにもかかわらず、いまだに十分な補償等の措置が実施されていない。


また、被害者に対して全面的な被害回復を実現するためには、十分な補償等の措置の実施と併せて、旧優生保護法によって社会に根付いた優生思想に基づく差別をなくし、侵害された個人の尊厳を回復することが必要である。


被害者の高齢化が顕著となり、無念な思いを抱えたまま亡くなった被害者も多いことに鑑みれば、一刻も早い、全面的な被害回復の実現が急務である。


そこで、当連合会は、国に対し、以下のとおり、一時金支給法の抜本的見直しを求めるとともに、優生思想に基づく差別をなくすための諸施策の実施を求める。


1 両高等裁判所判決が一時金支給法に基づく一時金の額を大幅に上回る慰謝料額を認めたこと、優生手術を受けていない配偶者に対する慰謝料を認めたことなどを踏まえ、以下の点を含む一時金支給法の抜本的見直しを行うこと。

 (1)旧優生保護法が違憲であったことを法文に明記し、国が被害者に対する補償責任を負う主体であることを明確化すること。


 (2)補償の対象に人工妊娠中絶を受けた者及び優生手術等を受けた者の配偶者を加えること。


 (3)全ての被害者に対して被害を償うに足りる補償金を支払うこと。


 (4)行政の把握している被害者に対して、十分にプライバシーに配慮した方法での個別の通知を実施すること。


 (5)障害の特性や環境等の要因により情報アクセスが困難な被害者が多いことに鑑み、全ての被害者が、補償の情報に実際にアクセスした上で、補償金の請求を行うに足りる十分な請求期間を設けること。


2 旧優生保護法によりもたらされた優生思想に基づく差別をなくし、一人一人が等しくかけがえのない個人として互いに尊重し合うことができる社会を実現するために、以下の政策を含む諸施策を実施すること。

 (1)現在行われている国会による被害の実態調査を早急に進め、結果を速やかに公表するとともに、第三者機関を設置して真相究明のための検証を行い、再発防止のための措置を実施すること。


 (2)学校教育及び社会教育の場において、違憲の法律である旧優生保護法によって重大な人権侵害が行われたこと、同法によって生じた被害と同様の被害を再び生じさせてはならないことを学習内容に取り入れるよう推奨する等の方法により、差別偏見の解消に向けた人権教育及び啓発活動に継続的に取り組むこと。


 (3)周囲からの不当な働きかけによって、障害のある人等が、結婚や出産を断念させられることを防止し、誰もが自由な意思によって自らの生き方を決定することができるようにするために、子育て支援を含む生活支援の充実等の積極的な措置を講じること。


旧優生保護法による人権侵害は、戦後最大規模の重大な人権侵害であり、多数の障害のある人等に被害を生んだ。それにもかかわらず、当連合会は、2017年2月の意見書公表に至るまで、本問題に関する取組が不十分であったことを、法律家団体として真摯に反省する。


当連合会は、今後も、旧優生保護法による被害の全面的な回復が実現し、被害回復が全ての被害者に行き届くまで、真摯に取り組み続けるとともに、社会の目が届いていないところで侵害されている人権の回復に向けて、全力を尽くす決意である。


以上のとおり決議する。


 

2022年(令和4年)9月30日
日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 旧優生保護法による被害の実態

1 旧優生保護法による優生手術等の実施

旧優生保護法は、現行憲法下において、1948年に成立した法律である。同法は、戦後の人口過剰問題やヤミ堕胎の増加を背景に、優生思想の下、「不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護すること」(第1条)を目的とし、優生手術(不妊手術)及び人工妊娠中絶(以下、両手術を併せて「優生手術等」という。)について規定していた。

旧優生保護法では、遺伝性疾患、ハンセン病、精神障害がある人等(以下「障害のある人等」という。)に対して、手術を受ける本人の同意がなくとも、審査によって強制的に優生手術等を実施することができると規定されていた。さらには、優生手術等の実施に当たり、必要があれば、身体の拘束、麻酔薬の使用、欺罔等の手段を用いることも許容されていた。

このように、旧優生保護法では、本人を麻酔で眠らせたり、病気で手術を行うのだと騙したりして、優生手術等を行うことが可能であったため、多くの被害者に対して、十分な説明がされることなく優生手術等が実施された。

旧優生保護法は、1996年にようやく改正され、名称が母体保護法へと改められた。同改正により、「不良な子孫の出生を防止する」という目的が削除されるとともに、優生手術に関する規定等が削除されることとなった。

しかしながら、法律の制定から改正までの間に48年もの年月を要し、旧優生保護法による多数の被害が生み出された。


2 優生手術等の被害者数

厚生労働省の把握する統計(「衛生年報」及び「優生保護統計報告」)によれば、優生手術の被害者は約2万5000人、人工妊娠中絶の被害者は約5万9000人であり、合計約8万4000人の被害者がいるとされている。

なお、当該件数は、都道府県を通じて厚生労働省が把握した件数であり、統計には反映されない、旧優生保護法の手続によらずになされた優生手術等による被害者は相当多数に及ぶと言われている。


3 旧優生保護法のもたらした影響

旧優生保護法は、制定から改正までの48年の間に、多数の被害者を生んだだけでなく、優生政策の推進により、教科書等に「劣悪な遺伝を除去し、健全な社会を築くために優生保護法があ」る等の旧優生保護法を肯定する内容の記載がなされ、学校教育の現場にも優生思想を広めた。

法改正がなされた1996年以降も、旧優生保護法がもたらした影響は解消されることなく、社会に深く根を張っている。

法改正後も旧優生保護法の影響と考えられる事象が続いており、具体的には、障害を理由として結婚を認めない(結婚や婚約を解消させた例もある。家族が解消させた例が極めて多いが、職場の上司等が解消させた例もある。)、周囲からの圧力による出産の妨げ、人工妊娠中絶の勧奨ないし強要(医師からの勧奨を含む。)などの事例に加え、保育園の入園拒否、福祉的就労の異常な低賃金、家族が身内の障害を隠したり、恥じたりするなどの問題が多数、報告されている(2014年当連合会第57回人権擁護大会シンポジウム第2分科会基調報告書第3章「日本における障がいのある人の今」)。このように、障害のある人等を劣生と捉えることによる差別は、形を変えながらも厳然と続いている。

旧優生保護法が、このように社会に深い影響をもたらしたのは、同法が、憲法で保障された個人の尊厳、自己決定権(憲法第13条)、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)及び平等権(憲法第14条第1項)等を侵害する法律であり、正面から差別を容認し推進する法律であったことにある。

同法によって、障害のある人等は、長きにわたり「不良な子孫」の烙印を押され続け、その烙印は今もなお色濃く残っている。


第2 補償を求める動き

1 国際連合の委員会による勧告

旧優生保護法と同種の法律は諸外国にも存在していたところ、ドイツでは1980年、スウェーデンでは1999年に補償法が成立し、補償が開始された。

一方、日本では、1998年以降、自由権規約委員会から、2016年には女性差別撤廃委員会から、それぞれ、強制不妊手術について補償等の措置をとるよう勧告を受けていたにもかかわらず、補償等の措置はとられなかった。

むしろ、政府は、旧優生保護法に基づいて実施された優生手術は実施当時適法に行われていたのであり、これに対する補償は困難であるとして、補償を行わないことを強弁していた。

2 当連合会の意見表明

当連合会は、ハンセン病問題に関する取組を端緒として、旧優生保護法による優生手術等の問題を認識し、被害者に対して補償等の措置をとるべきであること等を折に触れて提言してきたが、旧優生保護法による人権侵害の重大性に鑑みれば、その取組は不十分と言わざるを得ないものであった。

当連合会は、2017年2月16日、初めて、本問題に焦点を当てた意見書である「arrow_blue_1.gif旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を公表した。

同意見書において、当連合会は、旧優生保護法下において実施された優生手術等が被害者の自己決定権及びリプロダクティブ・ヘルス/ライツを侵害し、障害のある人等に対する差別であったことを指摘するとともに、国に対し、被害者に対する謝罪、補償等の措置及び優生手術等に関する資料の保全、実態調査を速やかに行うことを求めた。

3 全国各地における国家賠償請求訴訟の提起

当連合会が2017年2月に意見書を公表した後、2018年1月に仙台地方裁判所において優生手術に関する国家賠償請求訴訟が提起されたことを契機として、全国各地において同種の訴訟が提起された。

また、これらの訴訟の提起が大々的に報道されたことにより、旧優生保護法による被害に対する補償を求める動きが全国的に広まった。

こうした動きを受け、超党派議員による補償立法の検討が急速に進んだことから、当連合会は、2018年12月20日、「arrow_blue_1.gif旧優生保護法下における優生手術及び人工妊娠中絶等に対する補償立法措置に関する意見書」を公表し、被害者に対して十分な補償措置をとるよう求めた。


第3 一時金支給法の成立

1 一時金支給法の内容

2019年4月24日、国会において、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下「一時金支給法」という。)が全会一致で成立し、即日公布・施行された。同法は、旧優生保護法に基づき優生手術を受けた者等の申請により、一時金として320万円が支給されることを内容とする法律である。

一時金支給法は、放射線の照射等の旧優生保護法に基づかない形で生殖を不能にする手術等を受けた者も補償の対象にしていること、優生手術等の実施に関する記録が残っていないことも踏まえ、対象者の認定に当たっては事案の実情に即した適切な判断を行うとしていることなどは、被害回復に資する点であった。

しかしながら、旧優生保護法の違憲性が明記されなかったこと、支給の対象に人工妊娠中絶を受けた者が含まれていないこと、行政が把握している被害者への個別の通知が明記されなかったことなど、内容に不十分な点が多くあった。


2 残された多くの課題

当連合会は、一時金支給法が成立した同日、「arrow_blue_1.gif旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律の成立に対する会長声明」を公表し、国に対し、被害者へのプライバシーに配慮した個別通知の実施など一時金支給法を柔軟に運用するとともに、被害回復が一層充実されるように同法の見直しも含めて検討することを求めた。

しかしながら、いまだ一時金支給法の見直しはなされておらず、優生手術等の被害者に対する十分な被害回復は実現されていない。また、当連合会が求めた、行政が把握している被害者への個別通知が実施されていないこともあり、一時金支給法による認定件数も1006件(2022年7月末現在)にとどまっている。これは、厚生労働省の把握する統計による優生手術の被害者総数から見ると、わずか4%であり、同法による一時金の支給すら進んでいない状況である。


第4 優生手術等をめぐる裁判所の判断

1 各地の地方裁判所の判断

2018年1月以降、優生手術等に関する国家賠償請求訴訟が各地で提訴されているところ、2019年5月28日に仙台地方裁判所において言い渡された判決をはじめとして、東京地方裁判所、大阪地方裁判所、札幌地方裁判所及び神戸地方裁判所において、訴訟提起時には改正前民法第724条後段の除斥期間が経過していたことを理由に、原告の請求を棄却する判決が言い渡された。

当連合会は、2020年6月30日に東京地方裁判所において言い渡された判決を受け、同年7月15日、「arrow_blue_1.gif東京地裁判決を受けて改めて旧優生保護法被害者の被害回復を求める会長声明」を公表した。同会長声明では、旧優生保護法による被害に除斥期間を適用した同判決は、被害の重大性や権利行使を著しく困難とした諸事情を十分に考慮しないまま判断されたものであり著しく正義・公平に反することを指摘するとともに、国に対し、被害者への補償を充実させていくべきである旨改めて述べた。


2 大阪高等裁判所・東京高等裁判所の判断

(1) 大阪高等裁判所の判断

各地の地方裁判所において原告敗訴の判決が続く中、2022年2月22日、大阪高裁裁判所は、初めて、国に被害者への賠償を命じる判決を言い渡した。

同判決は、旧優生保護法の規定が憲法第13条、第14条第1項に違反し違憲であるとした。そして、同規定による人権侵害が強度である上、国が同法に基づく優生政策を強力に推し進めた結果、障害者等に対する差別・偏見を正当化・固定化、更に助長してきたことで、控訴人らへの訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったことに照らすと、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平の理念に反するとして、除斥期間の適用を制限した。その上で、慰謝料として、優生手術の被害者である控訴人に1300万円の賠償を、その配偶者に200万円の賠償を命じた。


(2) 東京高等裁判所の判断

2022年3月11日、東京高等裁判所は、大阪高等裁判所判決に続いて、被害者勝訴の判決を言い渡した。

同判決は、旧優生保護法の規定が憲法第13条、第14条第1項に違反するとした上で、旧優生保護法による被害の実態を直視し、強度の人権侵害により二重、三重にも及ぶ苦痛を与えてきたこと、国は障害者等に対する差別・偏見を正当化し浸透させたこと、憲法違反の施策によって生じた被害に対し憲法第17条に基づいて救済を求めている訴訟で憲法の下位規範である民法を無条件に適用するのは慎重であるべきこと、国が被害者に対して被害に関する情報整備を行ってこなかったこと等の事情に基づき、除斥期間を適用することは著しく正義・公平の理念に反すると判断し、控訴人への1500万円の賠償を命じた。


3 国の対応

上記大阪高等裁判所の判決を受け、当連合会は、2022年3月3日、「arrow_blue_1.gif旧優生保護法国賠訴訟の大阪高裁判決を受けて一時金支給法の見直しを求める会長声明」を公表し、国に対し、同判決を速やかに確定させた上で、一時金支給法の見直しを行うことを求めた。

また、全国各地の多数の弁護士会が、両高等裁判所判決を受けて、同様の会長声明を次々と公表した。

しかしながら、国は両高等裁判所判決に対し、上告受理申立てを行った。


第5 全面的な被害の回復と差別のない社会の実現に向けた提言

1 全面的な被害回復の早期実現に向けて

旧優生保護法は、憲法第13条及び第14条第1項等に反する違憲の法律であり、国が、同法に基づき、国家政策として、多くの障害のある人等に対し重大な人権侵害を行ってきたことは、もはや自明の事実である。

しかしながら、同法が1996年に改正されてから26年、当連合会が2017年2月に意見書を発表してから既に5年半以上もの年月が経過したにもかかわらず、いまだに十分な補償等の措置が実施されていない。

また、被害者に対して全面的な被害回復を実現するためには、十分な補償等の措置の実施と併せて、旧優生保護法によって社会に根付いた優生思想に基づく差別をなくし、侵害された個人の尊厳を回復することが必要である。

今や、被害者の高齢化が顕著となり、無念な思いを抱えたまま亡くなった被害者も多く、国家賠償請求訴訟の原告も、提訴をした25名のうち、既に5名が亡くなっている(2022年8月末現在)。これらの事実に鑑みれば、一刻も早い、全面的な被害回復の実現が急務である。


2 一時金支給法の抜本的見直し

旧優生保護法により侵害された個人の尊厳の回復を含む、全面的な被害回復を全ての被害者に対して実現するためには、まず、一時金支給法の抜本的見直しが必要である。

現行の一時金支給法は、旧優生保護法の違憲性が明記されていないこと、支給の対象に人工妊娠中絶を受けた者が含まれていないこと、行政が把握している被害者への個別の通知が明記されていないことなどが不十分であることは、既に述べたとおりである。

そこで、旧優生保護法が違憲であったことを法文に明記するとともに、国が被害者に対する補償責任を負う主体であることを明確化すること、補償の対象に人工妊娠中絶を受けた者を加えること、行政の把握している被害者に対して、十分にプライバシーに配慮した方法での個別の通知を実施することが必要である。

また、両高等裁判所判決は、一時金支給法に基づく一時金の額を大幅に上回る慰謝料額を認め、大阪高等裁判所判決は、優生手術を受けた者の配偶者に対する慰謝料を認めた。

旧優生保護法による被害の重大性に鑑みれば、320万円という一時金の額は、被害への補償として明らかに不十分であり、被害を償うに足りる補償金を支払うことが求められる。

そして、子どもをもうけ育てるかどうかを自由に決定することは、リプロダクティブ・ヘルス/ライツとして保障され、これは、全ての個人とカップルに保障される権利であることからすれば、優生手術等を受けた者(カップルの一方)に対する権利の侵害は、人生を共にする配偶者(カップルの他方)に対する権利の侵害ともなる。したがって、優生手術等を受けた者の配偶者を補償の対象に加えるべきである。

さらに、2022年7月末時点で、一時金支給法による認定件数がわずか1006件(4%)にとどまっていること及び障害の特性や環境等の要因により情報アクセスが困難な被害者が多いことを考慮すれば、全ての被害者が、補償の情報に実際にアクセスした上で、補償金の請求を行うに足りる十分な請求期間を設けることが必須となる。


3 優生思想に基づく差別をなくすための諸政策の実施

旧優生保護法によってもたらされた優生思想に基づく差別・偏見は、同法が改正された後も、社会に深く根を張っている。これらの差別・偏見をなくすためには、国のみならず、国民一人一人が、誰もが等しくかけがえのない個人であり、互いに尊重し合うことを心がけて、自らの意識、そして社会全体の意識を変えていかなければならない。

そのために、まずは、旧優生保護法による被害の実態調査及び真相究明に取り組み、過去の過ちに真摯に向き合うことで、再発防止のための取組を進めていく必要がある。現在、国会による被害の実態調査が行われているところ、同調査を早急に進めるとともに、調査が終わり次第、結果を速やかに公表すべきである。その上で、第三者機関を設置して真相究明のための検証を行い、再発防止のための措置を実施すべきである。

また、優生思想に基づく差別・偏見を解消するためには、人権教育及び啓発活動の推進が必要である。旧優生保護法下においては、教科書等への記載によって、優生思想が教育現場で広まっていた。こうした影響を払拭するためには、学校教育及び社会教育の場において、違憲の法律である旧優生保護法によって重大な人権侵害が行われたこと、同法によって生じた被害と同様の被害を再び生じさせてはならないことを学習内容に取り入れるよう推奨する等の方法により、差別・偏見の解消に継続的に取り組むことが必要である。

さらに、今もなお、障害のある人等に対して、障害を理由として結婚を認めない、周囲からの圧力により出産を妨げる、人工妊娠中絶の勧奨ないし強要(医師からの勧奨を含む。)を行うなどの事例が報告されている。こうした事実は、旧優生保護法によって社会に優生思想が根付いていることの表れであるとともに、障害のある人等の結婚及び出産、それに続く子育てに対する社会的支援が不足しており、それによって家族や支援者等の周囲の人たちが障害のある人等の結婚及び出産に消極的になっていることの表れでもある。そこで、周囲からの不当な働きかけによって、障害のある人等が、結婚や出産を断念させられることを防止し、誰もが自由な意思によって自らの生き方を決定することができるようにするために、子育て支援を含む生活支援の充実等の積極的な措置を講じることが求められる。


第6 結語

旧優生保護法による人権侵害は、戦後最大規模の重大な人権侵害であり、多数の障害のある人等に被害を生んだ。それにもかかわらず、当連合会は、2017年2月の意見書公表に至るまで、本問題に関する取組が不十分であった。その事実を、当連合会は、法律家団体として、真摯に反省しなければならない。


上記東京高等裁判所の判決読み上げ後、同裁判所の平田豊裁判長は、所感として、「差別のない社会をつくっていくのは、社会全体の責任である」と述べた。同所感は、我々弁護士にも向けられた重要なメッセージである。


基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする我々弁護士は、旧優生保護法による被害はもちろんのこと、今なお社会に埋もれた人権侵害に真摯に向き合い、侵害された人権の回復に積極的に取り組む責務がある。


当連合会は、今後も、旧優生保護法による被害の全面的な回復が実現し、被害回復が全ての被害者に行き届くまで、真摯に取り組み続けるとともに、社会の目が届いていないところで侵害されている人権の回復に向けて、全力を尽くす決意である。