気候危機を回避して持続可能な社会の実現を目指す宣言




今、私たちは、気候危機を回避して持続可能な社会を実現できるのか、将来世代にわたって生存基盤を維持できるかの重大な岐路に立たされている。


近年、世界各地で、極端な高温、豪雨、森林火災、台風の巨大化等の異常気象が頻発し、氷河の融解や海水温の上昇、生態系への不可逆的変化も現れている。日本でも、災害級と形容される猛暑、数十年に一度と言われる集中豪雨や巨大台風が毎年のように各地を襲い、河川の氾濫や崖崩れ等甚大な被害がもたらされた。この気候危機により、現在及び将来世代の生存基盤が脅かされ、生命や健康、居住、社会経済生活を営む権利(憲法第13条、同法第25条、環境基本法第3条、世界人権宣言前文、同宣言第3条、自由権規約第6条)等への脅威が現実化している。今や気候危機は重大な人権問題であり、日本を含む国際社会を構成する全ての国は、気候危機によりもたらされる国民の生命等に対する切迫した危険を回避するために、速やかに、十分な対策をとらなければならない。


急激な気候変動は、産業革命後の二酸化炭素(CO2)等温室効果ガスの排出増加による地球温暖化が原因である。世界の平均気温の上昇はCO2の累積排出総量とほぼ比例関係にあり、2030年までにCO2の排出量をほぼ半減させ、2050年までに脱炭素を実現し、平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃以下に抑えることで、気候危機を回避して持続可能な社会を実現することが世界共通の目標となっている(パリ協定第2条第1項(2015年12月採択)、IPCC「1.5℃特別報告書」(2018年10月公表)、SDGs項目13(2015年9月採択))。そのために、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が急務となっている。


日本政府も、2050年までにカーボンニュートラル・脱炭素とすることを宣言し(2020年10月)、2030年度までの温室効果ガスの削減目標を2013年度比26%削減から46%削減に引き上げ、さらに50%の高みを目指す方針を表明した(2021年4月)。しかし、1.5℃の上昇にとどめるために科学が要請する水準には届いておらず、その実現の道筋や方策は従前の延長線上にあり、不十分である。


日本の社会経済活動に伴い排出されるCO2の約93%がエネルギー起源であり、そのうち約40%を火力発電からの排出が占めていることを踏まえると、2050年脱炭素に向けて、エネルギー効率を高めることでエネルギー消費量を大幅に減らし、2030年までに石炭火力発電所を段階的に廃止するとともに、再生可能エネルギーの導入を飛躍的に拡大し、2050年までに再生可能エネルギー100%を目指すことを基本とすべきである。


また、原子力発電は、運転時にはCO2を発生させないことから、クリーンなエネルギーであると言われることがあるが、ライフサイクル全体では大量にCO2を発生させている上、稼働に伴い生じる放射性物質は極めて危険で、その処分は困難を極める。したがって、原子力発電所を新増設しないことはもとより、既存の原子力発電所はできる限り速やかに廃止すべきことを基本とすべきである。


これらの基本を踏まえ、国は、2050年までに脱炭素を実現するための道筋として、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で50%(2013年比55%)以上削減し、電力供給における再生可能エネルギーの割合を50%以上とする目標を設定し、その旨を「地球温暖化対策の推進に関する法律」に明記すべきである。その上で、地方自治体や市民と連携し、再生可能エネルギーの推進に当たっては乱開発を抑制しつつ、地域社会との共生を図りながら脱炭素に向けたエネルギー転換を推進するとともに、産業構造の転換の中で労働者や中小企業、地域社会が取り残されることのないよう公正な移行を支援し、パリ協定等と整合する持続可能な経済社会の構築に向けて、国際社会において主導的な役割を果たすべきである。


当連合会は、今後も、自らの事業活動に係るエネルギー消費量の削減に積極的に取り組むとともに、気候危機を回避して持続可能な社会を実現するための2050年脱炭素に向けて、最大限努力することを宣言する。


以上のとおり宣言する。


 

2021年(令和3年)10月15日
日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 気候危機とは何か

1 気候危機宣言と気候非常事態宣言

環境省は、2020年6月、温室効果ガスの増加によって、今後、豪雨災害等の更なる頻発化・激甚化等が予測されており、将来世代にわたる影響が強く懸念され、こうした状況は、もはや単なる「気候変動」ではなく、人類や全ての生き物にとっての生存基盤を揺るがす「気候危機」にあるとして、気候危機宣言を行った(2020年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書)。

また、同年11月には衆議院及び参議院において気候非常事態宣言が決議された。


2 「1.5℃特別報告書」及び「第6次評価報告書第1作業部会報告書」

国連下部組織の気候変動に関する政府間パネル(以下「IPCC」という。)は、産業革命以来の化石燃料に依存した人間活動によって地球温暖化が進行している可能性が極めて高いこと、地球温暖化によって21世紀のうちにも人類の生存基盤が脅かされかねないこと、危険な気候変動を回避するためには、温室効果ガス、とりわけ長寿命のCO2の排出を大幅に削減することが不可欠であることを指摘し、化石燃料からの脱却を提言してきた。

特に、2014年10月のIPCC第5次評価報告書統合報告書及び2018年10月の「1.5℃特別報告書」では、地球全体の平均気温の上昇を産業革命以前の水準から1.5℃に抑制した場合であっても、平均気温の上昇に伴う台風の大型化・集中豪雨の頻発等の極端な気象現象、熱波や感染症の拡大による健康被害、干ばつによる水や食料の供給減少等によって人類の生存基盤そのものに対する深刻な影響が生じることを指摘している。また、地球全体の平均気温が2℃上昇すると、人が居住するほとんどの地域で極端な高温の増加、海水面の上昇等により更に深刻な影響が及ぶとされている。

さらに、2021年8月に公表されたIPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)は、地球温暖化は人間活動に起因し、大気、海洋、雪氷圏及び生態圏に、広範囲かつ急速な変化が現れていると断定し、50年に一度の高温が出現する頻度が、工業化前に比べて気温が約1℃上昇している現在は4.8倍であるところ、1.5℃上昇した場合は8.6倍、2℃上昇した場合は13.9倍となるなど、極端な気象・気候現象が激甚化し、頻度が高まることを指摘している。


3 気候危機の現状

 (1) 既に、地球全体の平均気温が産業革命以前から1℃上昇したことによって水蒸気量が7%増加しており、極端な豪雨がもたらされるなど、世界各地で気候災害が日常化し、人々の生命・健康、生活環境及び産業にも甚大な被害が生じている。


 (2) 日本でも、災害級の猛暑による熱中症での搬送者や死亡者が急増している。また、数十年に一度と言われる極端な集中豪雨や巨大台風が毎年のように各地を襲い、河川の氾濫や崖崩れ等による死者や、多くの住居や生活基盤に甚大な損害がもたらされている。

2018年2月に公表された政府報告書の「日本の気候変動とその影響」によれば、日本の年平均気温は、長期的には100年当たり約1.19℃の割合で上昇しており、真夏日及び猛暑日の年間日数の増加傾向が顕著である。また、日降水量が100mm以上の大雨の日数や、1時間降水量が50mm以上の短時間強雨(滝のように降る雨)の発生回数も増加している。

消防庁の統計によると、全国における熱中症による救急搬送人員の累計は、2019年(6月~9月)が6万6869人、2020年(6月~9月)が6万4869人であって、2009年(7月~9月)の1万2971人から大きく増加している。内閣府災害情報によれば、2018年7月豪雨では、多くの観測地点で観測史上1位の降雨量を更新して、西日本を中心に広域的な河川の氾濫、崖崩れが発生し、これにより死者237名、行方不明者8名、家屋の全半壊等2万2001棟、家屋浸水2万8469棟等の被害が発生した(2019年1月9日午後4時現在)。2019年台風第19号では、観測史上1位の降雨量を更に更新する歴史的な大雨となって、東日本を中心に広範囲にわたる河川の氾濫や崖崩れが発生し、同台風とその後の度重なる大雨により死者104名、行方不明者3名、家屋の全半壊等7万652棟、家屋浸水3万1021棟等の被害が生じた(2020年4月10日午前9時現在)。一般社団法人日本損害保険協会によると、2018年7月豪雨、同年9月の台風21号及び10月の台風24号の風水害によって1兆5159億円の損害保険金が、また、2019年9月の台風第15号及び10月の台風第19号の風水害によって1兆482億円の損害保険金が支払われている。損害保険料率算出機構は、今後も自然災害リスクが増加することを理由に、2021年6月には住宅総合保険の算定料率の10.9%引上げを示した。

水産庁は、サンマ、スルメイカ、サケはいずれも2014年以降の5年間で漁獲量が7割以上減っていて、2019年は過去最低水準であり、その主な原因は地球温暖化であるとする報告書をまとめている。それによると、地球温暖化によって海水温や海流が変わり、稚魚が育ちにくくなったり、産卵場がエサに乏しい沖合に移ったりしているとのことである。


 (3) 国連人権委員会は、気候変動にぜい弱な国の人々の生命の危険や生活基盤の崩壊の現状に照らし、人権の視点から温室効果ガスの排出削減を提起してきたが、先進国においても、もはや他人事ではない深刻な事態に至っている。

そして、気候危機による人権への脅威は、将来の不確実な事象ではなく、適切な対策をとらなければ必ず広い地域で現実化するものであって、現在世代がその危険性に直接さらされることはもちろん、現在世代が放置するならば将来世代に対して生存の危機に至るべき甚大な被害を負わせることになるものなのである。



第2 国際社会の取組-パリ協定と2050年脱炭素へ

1 気候変動枠組み条約及び京都議定書

1992年に気候変動枠組み条約が締結され、1997年には先進国の削減目標を定めた京都議定書が採択された。

しかし、地球全体のCO2を含む温室効果ガスの排出量は増加が続き、既に地球全体の平均気温は産業革命以前から約1℃上昇し、最近の30年の各10年間は、1850年以降のどの10年間よりも高温を記録し、これまでの累積排出量に加え、今後も追加的排出が続くことから、更なる気温上昇が見込まれている。


2 持続可能な開発目標(SDGs)

気候変動は現在世代の様々な活動に起因し、生物多様性や食糧問題、ひいては安全保障に係る問題でもあり、共通の枠組みで取り組むことが必要であるため、パリ協定に先立って2015年9月に持続可能な開発目標(以下「SDGs」という。)の項目13で気候変動への具体的な対策が定められ、SDGsを2030年までに達成することを目指す行動計画(持続可能な開発のための2030年アジェンダ)が採択された。気候変動は、SDGsの項目3(健康・福祉)、同7(エネルギーへのアクセス)、同11(持続可能な都市)、同12(持続可能な消費と生産)、同14(海洋と海洋資源の保全・持続可能な利用)と強い相関関係にある。


3 パリ協定及び「1.5℃特別報告書」

 (1) 2010年のカンクン合意(COP16)において、地球全体の平均気温の上昇を産業革命以前から2℃未満に抑制するために、2050年までに世界規模での早期の排出のピークアウトと大幅削減を共通のビジョンとした。

2013年に公表されたIPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書は、地球全体の累積排出総量と平均気温の上昇とはほぼ比例関係にあること、及び気温上昇を2℃未満にとどめるために今後地球全体で排出できる総量(残余のカーボンバジェット)は現在の排出量の約29年分であることを明らかにした。このことは、早期に十分な排出削減を行わなければ、将来世代である子どもたちの人権が損なわれることを意味している。


 (2) 2015年12月にはパリ協定が採択されたが、そこでは、地球全体の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃を十分に下回り、1.5℃以下に抑える努力をすることを目標とし、今世紀半ば頃に地球全体の温室効果ガスの排出を実質ゼロとすることを長期目標とするとされており、2016年に日本も批准した。


 (3) パリ協定は、前記の1.5℃~2℃目標を掲げるものであるが、2018年10月の「1.5℃特別報告書」では、現在の進行速度で地球温暖化が続けば、2030年から2052年までの間に産業革命以前に比べて1.5℃の上昇に達する可能性が高く、2050年までに地球の気候システムに急激で不可逆的な変化をもたらす転換点(ティッピングポイント)に至り、地球環境の激変がもたらされる危険性があること、66%の確率で1.5℃に抑えるためには、地球全体でCO2の排出量を2030年までに2010年比で約45%削減し、2050年には実質排出ゼロとする必要があることが指摘された。これは世界全体における数値目標であるので、排出量の多い先進国にはより大きな削減が求められる。さらに、IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書では2040年までに1.5℃に至る可能性を指摘し、67%の確率で1.5℃に抑制するための地球全体の残余のカーボンバジェットは約4000億tとされており、一層、十分な排出削減が急務となっている。


4 気候危機回避に向けた目標

パリ協定及び「1.5℃特別報告書」を踏まえ、現在では、2030年までに地球全体でCO2の排出量をほぼ半減させ、2050年までに脱炭素を実現することが世界の共通の目標となっている。

しかし、パリ協定の下で各国が提出している国別削減目標(NDC)の現状での2030年目標を足し合わせても、まだ1.5℃目標はもとより2℃目標を達成する見込みも立たないことから、2021年11月に開催予定の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて、各国に2030年目標の引上げが要請されているところである。


5 気候変動に対してとられる措置の影響への対応

パリ協定はその前文で、「締約国が気候変動のみでなく、気候変動に対応してとられる措置によっても影響を受けるおそれがあることを認め」、「自国が定める開発の優先順位に基づく労働力の公正な移動並びに適切な仕事及び質の高い雇用の創出が必要不可欠であることを考慮」すべきと記している。また、「締約国が、気候変動に対処するための行動をとる際に、人権、健康についての権利、先住民、地域社会、移民、児童、障害者及び影響を受けやすい状況にある人々の権利並びに開発の権利に関するそれぞれの締約国の義務の履行並びに男女間の平等、女子の自律的な力の育成及び世代間の衡平を尊重し、促進し、及び考慮すべき」であることも明記している。炭素集約型産業から省エネルギーや再生可能エネルギー産業への転換に伴って労働者や地域社会、社会的弱者等が取り残されない措置も不可欠である。



第3 気候危機による人権への現実的脅威

1 国連人権理事会決議

2017年6月に国連人権理事会において全会一致で採択された「人権と気候変動に関する決議」は、その冒頭において、SDGsの目標13(気候変動とその影響への緊急対策)を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の採択を歓迎し、パリ協定等の気候変動への対策の重要性を確認した上で、地球温暖化が進むにつれて、気候変動が、生命への権利、十分な食糧を得る権利、健康への権利、居住の権利、安全な水と衛生に対する権利等、人権の十分な享受に対して様々な負の影響を与えていることを指摘している。


2 世界の気候変動訴訟

 (1) 気候危機の人権への影響については、今日、司法の場でも問題とされている。オランダ最高裁判所は、2019年12月20日、以下のような見解を示した上で、気候危機が「生命に対する権利」(欧州人権条約第2条)に対する「現実で差し迫った危険」であるとし、オランダ政府に対して温室効果ガスの削減目標の引上げを命じる判決を下した。
①  このまま地球温暖化が進行すれば、極端な暑さや極端な干ばつ、極端な降水、生態系のかく乱が生じるとともに、氷河や極地近辺の氷冠を融解させ、海面水位が上昇していく。そして、既にこれらのある部分は現在生じている。
②  気候変動の結果、気候を突然かつ包括的に変える、急激で不可逆的な変化をもたらす転換点(ティッピングポイント)がもたらされ、食糧供給を危うくし、国土や住宅の損失、健康を危険にさらし、人命を失わせることになる。
③  このような危険な気候変動は、欧州人権条約第2条にいう「生命に対する権利」への「現実で差し迫った危険」で、人権侵害であり、この人権侵害から国民を保護することは国の義務である。
④  気温上昇を2℃にとどめるために、全ての国が応分の削減義務を負っており、IPCC第4次評価報告で先進国に求められていた2020年までに1990年比25%削減との目標は、国際社会における共通認識となっている。排出量の少ないオランダにおいても、気候危機を防止するために、国の削減目標を引き上げるべきである。
   温室効果ガス排出削減のための政策決定は政府と議会の権限であり、これらの機関は広い裁量権を有している。しかし、危険な気候変動による影響は人権侵害であり、法の範囲内においてその権限を行使したか否かを判断することは裁判所の役割であるとし、裁判所が積極的な判断を行ったのである。

この判決は、気候変動の影響を人々の現実の差し迫った人権侵害として捉えた初めての最高裁判所判決である。


 (2) この考え方は、アイルランド最高裁判所やドイツ憲法裁判所等に引き継がれている。

アイルランド最高裁判所は、2020年7月31日、地球温暖化に向けた国家の緩和計画が十分な削減を目的としていないとして新たな計画の策定を命じる判断を示した。

さらに、ドイツでは、若者らが、連邦気候保護法がカーボンバジェットの考え方に基づいて各分野別の各年の許容排出量を法定していることに関して、2030年目標(1990年比55%削減)の定めは不十分であり、2031年以降の削減目標の定めも欠いているとして、ドイツ憲法裁判所に訴えを提起した。

これに対し、ドイツ憲法裁判所は、2021年3月24日、生命身体の保護を求める基本権は気候変動によって生命身体が危険にさらされる場合にも当てはまり、気候変動が世界的な事象であることだけで自国の気候保護義務を免れることはないとして異議申立権(通常の訴訟における原告適格)を認め、連邦気候変動法は次世代の自然的な生命基盤を保護する憲法上の要求を満たしていないとして、2022年12月31日までに2031年以降の削減目標を定めるよう連邦議会に命じた。

同判決を受けて、ドイツ政府は、直ちに、脱炭素の目標年を2050年から2045年に前倒しし、2030年の削減目標を1990年比55%から65%に引き上げ、中間目標として2040年に1990年比88%削減を盛り込んだ改正法案を議会に提出し、2021年6月25日、改正法が成立した。


 (3) オランダ最高裁判所やアイルランド最高裁判所は、パリ協定の温度目標を実現するための科学的知見に基づく排出削減は国の責務であるとし、ドイツ憲法裁判所も、連邦気候保護法において、過剰な自制によってしか守れないような状態を将来世代に残してはならない旨述べ、より明確に国の義務を認めた判断を示したのである。


3 気候危機による人権への現実的脅威と国の責任

 (1) 全ての人は「個人として尊重」(個人の尊厳)され(憲法第13条前段)、「生命、自由及び幸福追求に対する権利」(同法第13条後段)、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(同法第25条第1項)等の人権が保障されている。

環境基本法第3条も、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することは、「人間の健康で文化的な生活」に欠くことのできないものであるとし、「現在及び将来の世代の人間」が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに、「人類の存続の基盤である環境」が将来にわたって維持されるように環境の保全が適切に行われなければならないとしている。

また、世界人権宣言は、全ての人に「人間の尊厳」(同宣言前文)が認められるとし、「生命、自由及び身体の安全に対する権利」(同宣言第3条)等を保障しており、自由権規約第6条も「生命に対する権利」を保障している。


 (2) 温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化は、様々な気候災害を生じさせ、それにより生命や健康への被害、居住地からの退去、社会経済活動への制約、貧困等の被害を生じさせている。さらに、IPCC「1.5℃特別報告書」は、温室効果ガスの排出制限の目標が2030年及び2050年という決められた期限までに達成できず、地球全体の平均気温が産業革命以前に比べて1.5℃を超えるような場合には、私たちの生命・健康や全ての生き物にとっての生存基盤により重大な危険がもたらされると指摘している。

このような事態は、気候危機により、現在及び将来世代の生存基盤が脅かされ、生命や健康、居住、社会経済生活を営む権利(憲法第13条、同法第25条、環境基本法第3条、世界人権宣言前文、同宣言第3条、自由権規約第6条)等への脅威が現実化していると言える。


 (3) 日本も批准している自由権規約は、「生命に対する権利」を保障し(同規約第6条)、締約国に対し、自由権規約において認められる権利を「確保」する義務を課している(同規約第2条第1項)。

国連自由権規約委員会は、同規約第6条の「生命に対する権利」に関し、締約国は、必要に応じて、「台風、津波、地震、放射能に関する事故」といった「生命に対する権利を享受することに悪影響を及ぼしかねない自然災害や人災」に対し、「準備を加速させるとともに真剣に取り組むように設計された危機管理計画や災害管理計画を開発しなければならない」(同規約一般的意見36第26項)としている。気候危機によりもたらされる国民の生命等に対する切迫した危険に対して、国が十分な対策をとらないことによって、自由権規約第6条の趣旨を著しく没却するような場合等には、国の裁量権の範囲を逸脱するものとして裁判上も違法と評価されるべきである。

気候危機は、人類によってもたらされた「人災」とも評価し得るのであって、気候危機によって生命を脅かされないことは「生命に対する権利」(同規約第6条)として保障されているが、気候危機に直面している今、日本を含む国際社会を構成する全ての国は、早急にパリ協定等と整合する排出削減目標を実現するための実効性ある危機管理計画等を開発し、実行に移す責任があると言える。



第4 日本政府のエネルギー政策の現状と求められる方向性

1 日本政府の気候危機に対する対応

菅義偉内閣総理大臣(当時)は、2020年10月26日、所信表明演説において2050年カーボンニュートラル・脱炭素を目指すことを宣言し、2020年9月から第5次エネルギー基本計画の改定が審議されてきた。また、2021年4月22日の気候サミットに臨むに当たり、2030年度までの温室効果ガスの削減目標を2013年度比で26%削減から46%の削減へと引き上げ、さらに50%の高みを目指すとした。

しかし、現状では、温室効果ガス排出量全体の約85%をエネルギー起源CO2が占める(CO2排出量の約93%)が、日本の2019年度の温室効果ガス排出量は2013年度比14%減(1990年度比5%減)にとどまっている。

また、日本政府は、石炭火力からの早期脱却に消極的であり、東京電力福島第一原子力発電所事故後も、原子力発電所への依存度を「可能な限り低減させる」としつつ、石炭火力とともに原子力を重要なベースロード電源と位置付けるなど、原子力発電に依存した政策を維持してきた。

2030年度までの温室効果ガスの削減目標(2013年度比46%削減)の達成に向けて、今般策定の第6次エネルギー基本計画でも、2030年度の電力消費量の削減は大幅なものではなく、その電源構成をみると、再生可能エネルギーの割合は増加しつつも50%に到底及ばず、原子力も従来の目標に比べて大きな変化はなく、石炭火力の利用も継続されるなど、基本的に従前の延長線上にあると言わざるを得ない。


2 パリ協定の下でエネルギー政策に求められる方向性

パリ協定の下で、2050年脱炭素を目指すことは世界の潮流であり、社会・経済基盤が脱炭素・再生可能エネルギーへと大きく変わろうとしている。

国は、2050年までに脱炭素を実現するための道筋として、石炭火力発電からの脱却、原子力発電からのできる限り速やかな脱却、再生可能エネルギー100%への移行を目指すことを基本とし、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で50%(2013年比では55%)以上削減し、再生可能エネルギーの割合を50%以上とする目標を設定し、その旨を「地球温暖化対策の推進に関する法律」に明記すべきである。その上で、地方自治体や市民と連携し、地域社会との共生を図りながら脱炭素に向けたエネルギー転換を推進するとともに、産業構造の転換の中で労働者や中小企業、地域社会が取り残されることがないよう公正な移行を支援しながら、パリ協定等と整合する持続可能な経済社会の構築に向けた以下の施策を進めることで、国際社会において主導的な役割を果たすべきである。

なお、2030年までの温室効果ガス削減目標を設定するに当たり、気候変動枠組み条約や京都議定書が1990年を基準年としており、EU諸国等でも1990年を基準年として目標設定している。その一方、日本では2013年を基準年として目標設定をしている。そこで、本宣言における国への提言は、1990年を基準年とした上で、2013年比も付記することとした。また、「1.5℃特別報告書」では、世界全体での今後の削減必要量を示すために2010年を基準年として用いていることから、「1.5℃特別報告書」に関連するところでは2010年を基準年として表記している。



第5 2050年脱炭素に向けての施策

1 再生可能エネルギーの飛躍的拡大と持続可能な経済社会への転換

(1)石炭火力発電からの脱却と再生可能エネルギー推進の施策
   日本においては、社会・経済活動に伴い排出されるCO2の約93%がエネルギー起源のものであり、そのうちの約40%を火力発電からの排出が占めていることを踏まえると、2050年脱炭素の実現に向けて、エネルギー効率を高めることでエネルギー消費量を大幅に減らしつつ、2030年までに石炭火力発電所を段階的に廃止するとともに、再生可能エネルギーの導入を飛躍的に拡大し、2050年までに再生可能エネルギー100%を目指すことを基本とすべきである。
①  そのためには、当連合会が2017年2月16日付け「パリ協定の実施のための国内法制度の整備に関する意見書」、2018年6月15日付け「パリ協定と整合したエネルギー基本計画の策定を求める意見書」、2019年1月18日付け「長期低排出発展戦略の策定に関する意見書」及び2021年6月18日付け「原子力に依存しない2050年脱炭素の実現に向けての意見書」(以下、これらを合わせて「2017年意見書等」という。)で指摘したとおり、次のような具体的な施策を行うべきである。
  ア 設備・機器の高効率化や建物の断熱性強化等、エネルギー需要量の低減を誘導する施策を導入すること。
  イ 建設中のものを含む石炭火力発電所の新増設を中止し、既存の石炭火力発電所を2030年までに段階的に廃止すること。また、天然ガス火力発電所の新増設も中止すること。
  ウ 送電網への再生可能エネルギーの優先接続、既存送電網の有効活用及び地域分散型電源に対応した送電網の拡充・整備等、地域分散型のエネルギー需給システムの構築のための政策を積極的に推進すること。
  エ CO2に価格を付け、企業や個人がCO2の排出にコストを負うとすることでCO2の排出削減を促す施策であるカーボンプライシング(炭素の価格付け)を導入・強化すること。
②  2050年脱炭素の実現に向けては、全ての部門でエネルギー効率を高めてエネルギー消費量を大きく減らし、電力部門においてはもとより、電力部門以外においても、再生可能エネルギーの導入を拡大し、電化や脱炭素の技術の導入を進めるなど、脱炭素化を進めることが必要である。 そのために、太陽光発電を中心とする余剰電力を活用し、水素等のエネルギー貯蓄システムを利用し、太陽光や風力発電の変動性対策をとること、輸送部門での電気自動車への転換を推進すること、製鉄・化学等の産業部門での脱炭素化を推進すること等が求められる。


(2) 脱炭素型地域社会への取組と公正な移行

   ①  日本において「2050年までにCO2排出実質ゼロ」を表明した地方自治体数は、2019年9月時点では4自治体(人口約1956万人)であったが、2020年10月26日時点では166自治体(人口約7883万人)、2021年7月30日時点では432自治体(人口約1億1118万人)と、脱炭素への意識は全国の地方自治体、住民の間に急速に広まっているところである。
   そして、再生可能エネルギーは地域分散型電源であるので、再生可能エネルギーの地産地消を通して地域経済を持続可能なものとすることができる。

   そのため、地方自治体による脱炭素型地域社会に向けた都市計画の策定や建築物対策、地域での再生可能エネルギー利用の拡大支援が期待されるとともに、国は、そうした地方自治体や市民が排出削減に取り組むために必要な制度改善及び情報の公開・提供を積極的に行ったり、エネルギー政策の決定過程に市民参加を推進したりするなど、その排出削減対策の具体化と実施を後押しする対策をとるべきである。

②  再生可能エネルギーを推進するに当たっては、大規模な太陽光発電のための無秩序な森林伐採や住宅地の近隣における風力発電等、新たな自然破壊や人の健康に危険をもたらすようなものであってはならない。ゾーニングの設定や、再生可能エネルギー設備に関する環境アセスメントの義務付け対象を拡大し、地元住民に対してできる限り早期かつ十分な協議の場が確保されるべきである。
   また、パリ協定の前文にも明記されているように、脱炭素の経済社会に移行する過程で生じる炭素集約型産業に従事する労働者の雇用の喪失・雇用条件の低下や、こうした産業に依拠してきた地域経済への影響に対し、省エネルギーや再生可能エネルギー分野での新たな雇用機会の創出・移行や、持続可能な地域経済の構築を支援し、また、世界的な規模でのサプライチェーンを通した脱炭素化の加速の動きに対して、中小企業に過大な負担が課せられないよう支援することなど、公正な移行への支援も不可欠である。


2 原子力発電からのできる限り速やかな脱却

(1)原子力発電の問題点
   原子力発電は、運転時にはCO2を発生させないことからクリーンなエネルギーであると言われることがある。しかし、原料の採掘から始まり、燃料への加工、運搬、廃炉や再処理、放射性廃棄物の処分・管理までというライフサイクル全体で考えると、大量のCO2排出を伴うものである。

そして、原子力発電所の運転に伴い不可避的に生じる放射性物質は、人体に害悪を及ぼす。中でも高レベルガラス固化体や使用済み核燃料のような高レベル放射性廃棄物は、短時間で人が死に至るほどの極めて強い放射線を長期間放出し続ける。また、その処分方法は確立されておらず、現在の法律で定められている地層処分ですら、地下300mより深い地層に万年単位で隔離するという方法でしかない。


(2)東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓

   東京電力福島第一原子力発電所事故では、原子力発電所から放出された放射性物質により、広範囲にわたり国土が汚染され、多くの住民が避難を余儀なくされた。事故から10年以上経過したにもかかわらず、いまだ福島県内外への避難者は3万5000人を超え、生業や故郷を失った人の被害は回復されてない。また、事故後の廃炉作業は困難を極め、一度過酷事故を起こした際の被害が想像を絶するものであることを如実に示した。

私たちは、このような事故は二度と許されないこと、そして、地震多発国であり火山災害や多くの自然災害を避けることができない日本において、原子力発電所とは共存できないことを改めて認識すべきであり、原子力発電からのできる限り速やかな脱却を図る必要がある。

したがって、日本が2050年までに脱炭素を実現するためには、原子力発電所を新増設しないことはもとより、既存の原子力発電所はできる限り速やかに廃止することを基本とすべきである。


第6 弁護士会の排出ゼロへの取組-持続可能な社会への貢献

当連合会は、2009年11月6日の人権擁護大会において「地球温暖化の危険から将来世代を守る宣言」を採択し、気候危機回避のための提言を行った。その後、パリ協定が締結されるなど脱炭素化に向けた取組が世界的に強化されつつある中で、2017年意見書等において、国に対し、パリ協定の目的を達成するために、石炭火力発電や原子力発電から脱却し、再生可能エネルギーへの移行を目指すことを基本とする具体的な提言を重ねてきた。

今や気候危機により現在及び将来世代の生存基盤が脅かされ、生命や健康、居住、社会経済生活を営む権利等の人権に対する脅威が現実化する中で、2050年までに脱炭素を実現することは重大な課題となっている。

2050年脱炭素の実現には、国や地方公共団体のみならず企業や個人も含め全ての主体が脱炭素化に向けた努力をすることが必要である。その道のりは、人類が経験したことのない壮大な挑戦である。しかし、子どもたちの未来や将来世代のために、必ず、やり遂げなければならない挑戦である。

当連合会は、このような決意をもって、今後も自らの事業活動に係るエネルギー消費の削減に積極的に取り組むとともに、気候危機を回避して持続可能な社会の実現のために、2050年脱炭素に向けて最大限努力する。