新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題について引き続き積極的に取り組む宣言
宣言全文 (PDFファイル;200KB)
新型コロナウイルス感染症の拡大は、我々の社会や生活を劇的に変化させた。当連合会は、2020年9月4日、「新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題に積極的に取り組む宣言」を採択し、法的課題の解決及び人権の擁護に向けて真摯に取り組むこと、弁護士や弁護士会の業務を持続するとともに、裁判所等の関係機関と協議・連携して市民の司法アクセスの確保・維持に尽力すること等を宣言した(以下「2020年宣言」という。)。
その後も、新型コロナウイルス感染症の拡大は収束の気配を見せず、新たな法的課題や人権問題も発生している。非正規労働者を中心に深刻となっている解雇・雇止め等による失業者の増加、母子世帯の貧困の問題、生活の困窮による債務の増大、特に女性や若年者の自死の増加、「ステイホーム」の中でのドメスティックバイオレンスの増加、事業者の資金繰り悪化、倒産の増加等、市民や事業者が抱える法的課題は枚挙にいとまがない。
また、新型コロナウイルス感染症が拡大する中、感染者やその家族、医療従事者、福祉施設関係者等に対する誹謗中傷など、差別や偏見の人権問題が生じている。
一方、2021年2月13日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(平成10年法律第114号。以下「感染症法」という。)及び「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(平成24年法律第31号。以下「特措法」という。)の改正法が施行された。しかし、罰則を伴う規定の恣意的運用や、差別や偏見の助長のおそれがあり、新たな人権問題が生じる危険性は否定できない。
さらに、全国的なワクチン接種が開始されたが、ワクチンの有効性及び安全性について不安を持つ人もいる中、感染状況の収束への期待による過度の接種推奨等から、接種対象者の自己決定権が侵害されるおそれがある。また、接種を選択しなかった人に対する差別や偏見が生じる危険性も指摘されている。
当連合会は、新型コロナウイルス感染症の拡大を災害と位置づけ、2020年宣言に基づき、これらの法的課題の解決及び人権の擁護に向けて取り組むとともに、各種の政策提言を行ってきた。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大は今もなお収束のめどが立っておらず、今後も多種多様な法的課題や人権問題が発生することが予想される。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする我々弁護士は、かかる状況の下においてこそ、その使命を果たさなければならず、引き続きこれらの法的課題や人権問題に適時かつ的確に対処することが求められている。
以上の見地から、当連合会は、以下のとおり取り組む決意である。
1 新型コロナウイルス感染症の拡大により発生する新たな法的課題や人権問題に対し、法律相談、ADR、自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(以下「自然災害債務整理ガイドライン」という。)等の様々な法的サービスの提供手段を駆使して、その解決に向けて引き続き全力で取り組むとともに、各種の知見に基づき、各地の弁護士会及び法律事務所の感染防止対策を講じ、弁護士が市民や事業者に対して法的サービスを提供し続けることができるよう、環境の整備に努める。
2 国、地方自治体及び各地の弁護士会と連携し、新型コロナウイルス感染症の拡大に起因する差別や偏見に関する相談を受け付ける体制を整備し、その被害救済に努める。
3 新型コロナウイルス感染症の拡大に対応する法改正、ワクチン接種等の国の施策について、感染防止の名の下で人権侵害を招来することのないよう注視し、適時に問題提起や提言を行うとともに、問題が生じた場合には迅速かつ的確に対応し、その被害救済に努める。
以上のとおり宣言する。
2021年(令和3年)6月11日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 はじめに
新型コロナウイルス感染症は、2020年秋口には一旦収束の様相を呈したものの、冬にかけて急激に拡大し、政府は2021年1月7日に、4都県を対象として2度目の緊急事態宣言を発出した。対象地域の追加等を経て、同年3月21日には全ての対象地域が解除に至ったものの、その後も、感染力が強いとされる変異ウイルスが各地で発見されるなど、感染の拡大は収まらず、政府は同年4月5日以降、複数の地域を対象に、まん延防止等重点措置の適用を決定し、さらに、同月23日には4都府県を対象とした緊急事態宣言をまたも発出するなど、予断を許さない状況が続いている。
ところで、同年2月13日、感染症法の改正法(以下「改正感染症法」という。)及び特措法の改正法(以下「改正特措法」という。)が施行され、営業時間の変更命令に応じない事業者や、宿泊療養等の勧告に応じない感染者等が行政罰の対象とされた。
このような中、市民や事業者は、種々制約された環境下での行動を余儀なくされ続けている。その期間も、最初の緊急事態宣言の発出からすると、既に1年以上に及んでいる。当連合会は、新型コロナウイルス感染症の拡大を災害と位置づけ、2020年宣言に基づき、種々の法的課題の解決及び人権の擁護に向けて取り組むとともに、各種の政策提言を行ってきたが、その後もさらに、新型コロナウイルス感染症に伴う社会状況は日々変化し、新たな問題も生じ続けている。
第2 市民や事業者が抱える法的課題とこれに対する当連合会の取組
1 市民や事業者が抱える法的課題
(1) 市民が抱える法的課題
2021年3月時点で、就業者数及び雇用者数は前年同月に比べ12か月連続(非正規の職員・従業員数に限定すると前年同月に比べ13か月連続)で減少し、完全失業者数は約188万人で、前年同月に比べ14か月連続で増加している(総務省統計局・労働力調査〔基本集計〕2021年4月30日公表)。長引く新型コロナウイルス感染症の拡大の影響から、仕事を失い生活に困窮する市民が増加し、当連合会が2020年11月12日に実施した「全国一斉 解雇・失業・生活相談ホットライン」でも、1日で475件の相談が寄せられている。
母子世帯の貧困率は以前から高かったところ、新型コロナウイルス感染症の拡大により、女性労働者の割合が比較的高い小売業や飲食店、観光業等のサービス業の多くが休業を余儀なくされ、収入が大きく減少した母子世帯が少なくない。外出が制限される中、支援団体に助けを求めることもできず、経済的にも精神的にも疲弊したシングルマザーが多数存在する。
生活に困窮して借入れを行う者も増加し、当連合会が実施した新型コロナウイルス関連相談の事例収集(2021年2月から3月まで、弁護士会の法律相談センターを中心とした各種法律相談等を対象に実施。同年2月25日に全弁護士会で実施した「全国一斉 新型コロナウイルス感染症 生活相談ホットライン」に寄せられた相談を含む。)による結果では、債務に関する相談が全体の約3分の1を占めていた。
このような中、2020年の自死者数は2万1,081人となり、11年ぶりに増加している(厚生労働省自殺対策推進室及び警察庁生活安全局生活安全企画課・令和2年中における自殺の状況)。特に、女性の自死者数が2年ぶりに増加し、年齢別に見ると20歳代の自死者数が最も大きく増加するなど、女性や若年者が苦境に立たされている実態が明らかとなっている。
また、いわゆる「ステイホーム」の中、2020年4月から10月までの配偶者暴力相談支援センター等へのドメスティックバイオレンス相談の件数は、前年同月比約38%から約65%の間の増加で推移しており(内閣府男女共同参画局・DV相談件数の推移)、この点も懸念される。
その他、長引く経済活動の混乱や停滞による契約トラブルや、市民の困惑に付け込んだ詐欺的取引、悪質な商法等による消費者被害も発生している。
(2) 事業者が抱える法的課題
長引く新型コロナウイルス感染症の拡大の影響により、飲食店、宿泊業等を始めとする事業者も資金繰りが悪化し、借入金の返済に困窮している。事業者においても、当連合会が実施した前記の事例収集による結果では、債務に関する相談が全体の約3分の1を占めていた。
返済が困難になり、事業の継続を断念する事業者も増加し、新型コロナウイルス関連倒産は1,401件にも上っている(2021年4月30日、帝国データバンク)。
2 法的課題に対する当連合会の取組
当連合会は、かかる種々の法的課題について、市民向けには「ひまわりお悩み110番」、事業者向けには「ひまわりほっとダイヤル」という常設の相談窓口で相談を受け付けている。解雇・失業問題、ファクタリング被害、生活保護の問題などについてのホットライン(弁護士会による電話相談)を実施し、コロナ禍における各種の消費者問題については市民向けQ&A等の情報提供を行ってきた。また、災害ADRの枠組みを新型コロナウイルス関連の事案に適用するなどして、市民や事業者の紛争解決のニーズにも対応してきた。
さらに、2020年12月1日に自然災害債務整理ガイドラインの新型コロナウイルス感染症への適用が開始された。当連合会及び弁護士会は、その適用開始に合わせて対応態勢を整備したほか、相談会や登録支援専門家向けの研修会も実施してきた。2021年3月末の時点で、弁護士の登録支援専門家委嘱件数は676件に達している。実際の運用の中では、着手同意の取得や特定調停案作成の具体的折衝の場面等で種々の課題も生じているが、引き続き関係機関と連携しながら、より適正な制度運用に取り組む所存である。
当連合会は、今後も、法律相談、ADR、自然災害債務整理ガイドライン等の様々な法的サービスの提供手段を駆使して、市民や事業者の法的課題に対応していく。また、中小企業の法的ニーズにも応えるべく、関係省庁や関連団体等との連携により、更なる支援に向けた取組を行う。
あわせて、こうした法的課題に各地の弁護士会及び個々の弁護士が継続的に対応できるようにすることを目的として、当連合会はこれまでも法律事務所運営や弁護士面談における感染予防を目的としたガイドラインを作成し、会員及び弁護士会向けに情報提供を行ってきた。今後も、新型コロナウイルス感染症の拡大の動向を踏まえながら、各種の知見に基づき、弁護士会及び法律事務所の感染防止対策等を検討し、弁護士が市民や事業者に対して法的サービスを提供し続けることができるよう、環境の整備に努める。
第3 新型コロナウイルスと人権
1 感染者やその家族、医療従事者、福祉施設関係者等に向けられた差別や偏見
新型コロナウイルス感染症の拡大とともに、目に見えないウイルスに感染するリスクを恐れるあまり、感染者やその家族、医療従事者、福祉施設関係者等を脅威と捉えた、差別的な事象(嫌悪・排除・非難・拒絶・攻撃)が顕在化した。
感染者やその家族、医療従事者等に対するSNS上での誹謗中傷、感染者が確認された学校・施設等に対する非難、医療従事者等の子どもの通園・通学拒否、感染者のプライバシー侵害及びこれらを誘発する言動など、様々な差別や偏見が生じている。これらの差別や偏見は、病院や福祉施設等において、過度の面会制限を生じさせる一因ともなっている。
感染者は、感染症から快復することを目指し保護されるべき立場にある。また、医療従事者や福祉施設関係者等は、感染者が快復するための支援者であり、差別や偏見の対象とされるいわれはない。
感染拡大防止の措置を実施するに当たり、このような差別や偏見は、感染者やその家族、医療従事者、福祉施設関係者等の個人の尊厳・幸福追求権(憲法第13条)を侵害し、法の下の平等(同第14条)に反するものであり、決して容認されるものではない。
2 感染症に関わる差別や偏見の歴史を踏まえた対応
感染症に関わる差別や偏見の歴史として想起すべきはハンセン病患者への対応である。ハンセン病が強烈な伝染病でハンセン病患者の隔離が必要であると誤認し、ハンセン病患者への恐怖心から差別意識が形成され、家族も同様に差別されるに至った。
感染症法によれば、ハンセン病患者等に対する差別や偏見を教訓として今後に生かすことが必要であるとし(前文)、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにすること(第4条)が定められている。
また、改正特措法の衆議院附帯決議第12項には、かつてのハンセン病患者等に対する差別や偏見を重く受け止め、不当な差別的取扱い等を禁じ、悪質な差別的取扱い等を行った者には法的責任が問われ得ることを周知し、不当な差別的取扱い等を受けた者に対する相談支援体制の整備など、万全の措置を講ずることも明記されている。
正しい知識の普及、差別や偏見の防止に向けた注意喚起・啓発・教育の強化を図ることにより、感染症を理由として個人の尊厳が侵され、差別や偏見を受けることがあってはならないことを改めて社会共通の認識とする必要がある。
3 コロナ禍における人権問題と当連合会の活動
我が国における司法システムが適正かつ迅速に機能するためには、個々の弁護士、法律事務所及び全国の弁護士会が業務継続を行うのみでは足りず、裁判所、検察庁、日本司法支援センター、児童相談所及びその他の関係機関(以下「関係機関」という。)との連携が不可欠である。
当連合会は、2020年7月29日に「新型コロナウイルス下で差別のない社会を築くための会長声明」を公表し、同年9月4日の定期総会では「新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題に積極的に取り組む宣言」を発出し、同年12月4日及び5日に「新型コロナウイルスと偏見・差別・プライバシー侵害ホットライン」で電話相談などを実施した。
さらに、当連合会は、2021年2月15日に「新型コロナウイルスと人権―差別・偏見のない社会を目指して」と題した人権イベント・シンポジウムを開催し、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う差別や偏見の現状、差別や偏見が生じる背景を確認した。あわせて、「COVID-19と人権に関する日弁連の取組-中間報告書-」を公表し、当連合会の現在の取組状況等を総括するとともに、今後の活動方針を検討・考察した。
4 新型コロナウイルスに起因する差別防止及び被害者救済
感染症法の前文には、感染者は保護されるべき存在であることを前提に、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、良質かつ適切な医療の提供を通じて感染を予防する旨が明記されている。差別防止のために、国や地方自治体は、人権教育・人権啓発の重要性を再確認し、人権保障の機運を高め、社会標準を改めて策定すべきであり、国、地方自治体、専門家、マスメディアによる情報発信が欠かせない。
他方、感染者のプライバシーを保護する上での配慮や差別防止・被害者救済の取組については、地方自治体によって差があると言わざるを得ない。感染者の被害救済については、国、地方自治体及び各地の弁護士会と当連合会が連携して、差別や偏見に関する相談を受け付ける体制を整備し、被害救済に対応する必要がある。
第4 感染症法及び特措法の改正並びにワクチン接種について
1 感染症法及び特措法の改正について
2021年1月22日、当連合会は、感染症法及び特措法の改正案が閣議決定されたことを受けて、これらの改正に反対する会長声明を公表した。
感染症法の改正案は、入院措置の拒否等に対する罰金刑の導入を内容としていたが、当連合会は、行為類型が不明確であること、刑罰の有効性が疑問であること、差別や偏見を一層助長するおそれがあること等の理由から、これに強く反対した。この点、刑罰の導入は見送られたものの、過料については維持された。行政罰であっても、前記の弊害は異なるものではない。そもそも、感染症法は、前文に謳われているように、ハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対する差別や偏見が行われたことを重く受け止め、患者等の人権を尊重し、良質かつ適切な医療の提供を確保すること等を目的としたものである。今回の改正は、感染症法のそもそもの目的に抵触するものと言わざるを得ない。
特措法の改正案は、まん延防止等重点措置として、都道府県知事に営業時間の変更等の措置を要請・命令する権限を付与すること等を内容とするものであった。当連合会は、かかる権限が広範であり、発動要件や命令内容が不明確であること、正当な補償がないこと、風評被害や差別偏見を生むこと等を理由として反対したが、遺憾ながら当連合会の意見が立法に反映されることはなかった。この点、地方自治体の措置をめぐって、既に法的紛争が生じている。
当連合会は、引き続き、改正感染症法及び改正特措法の問題点について注視し、問題事例が生じたときは迅速かつ的確に対応するよう努める。
2 ワクチン接種について
当連合会は、2021年2月19日付けで「新型コロナウイルスワクチン接種に関する提言書」を取りまとめた。同提言書は、国に対し、承認審査、とりわけ特例承認については、医学的見地から国内外の有害事象にも十分配慮して慎重に有効性及び安全性の検証を行うこと、接種の判断に必要な情報を徹底して公表し、現場でのインフォームドコンセントの徹底を主導するなどして、接種対象者の自己決定権が尊重された接種が行われる体制を構築すること、ワクチン接種に関する差別や偏見の防止やプライバシー保護を行うための有効な施策を講じること、各地方自治体の意向を尊重しつつ的確に連携を保ち、医師不足等への補助体制を整備すること、ワクチン接種の有効性及び安全性について責任を持ち、本件ワクチン接種の不測の副反応等に対処するため万全の措置を講じること、万が一副反応等の有害事象が生じた場合には、国の責任において適切かつ十分な対応を行うこと等、多岐にわたり提言するものである。
2021年2月17日から医療従事者に対するワクチン接種が開始され、同年4月12日から対象が高齢者に拡大されたが、副反応等の事例も報告されているところであり、今後も有害事例の発生については予断を許さない状況にある。
深刻な新型コロナウイルス感染症の拡大の中でワクチン接種の強い社会的要請があるとしても、国は、そのようなときにこそ冷静に有効性を見極め、安全性を重視した対応をするべきである。国は、感染症法の前文にあるように、感染症対策の視点が、患者等の人権尊重や良質かつ適切な医療の提供の確保にあることを今一度確認し、ワクチン接種の全過程で人権擁護を徹底する施策を講じるべきである。当連合会としても、引き続き適時に必要な提言を行うとともに、被害が発生したときはその迅速な救済に努める所存である。
第5 結語
収束の気配が見えない感染拡大状況の中、社会の様々な場面において、種々の法的課題や人権問題が日々発生している。当連合会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として、引き続き諸問題克服のために積極的に取り組むことを、改めて宣言する。