新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題に積極的に取り組む宣言

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icon_pdf.gif宣言全文 (PDFファイル;173KB)

 

 

世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症は、我が国において、2020年1月以降全国各地に拡大した。政府は、同年4月7日、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、7都府県を対象地域とする緊急事態宣言を発令し、その後、この対象地域を全国に拡大した。これにより、市民が不要不急の外出や移動等の自粛を要請され、多数の事業者が営業等の自粛を求められた。緊急事態宣言は同年5月25日には全面的に解除されたものの、なお再度の感染拡大を予防する等の見地から、市民や事業者は、依然として制約された環境下での行動等を余儀なくされている。


このような中、事業者の事業継続が困難となっており、契約上のトラブルも増加している。労働者の雇用環境が悪化して生活に困窮する人が増え、家庭内においてはDVや虐待が深刻化している。また、感染者や医療従事者及びその家族らに対する差別や偏見による問題が生じている。このように、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、多種多様な法的課題や人権問題が発生している。


基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする我々弁護士は、かかる状況の下においてこそ、その使命を果たさなければならず、これらの法的課題や人権問題に適時、的確に対処することが一層求められている。そのためには、個々の弁護士及び法律事務所が業務を持続させるとともに、弁護士会が法律相談センターを始めとする業務を機能させる必要がある。


以上の見地から、当連合会は、以下のとおり取り組む決意である。


1 新型コロナウイルス感染症の拡大により生じた多種多様な法的課題及び人権問題について、法律相談やADRなどの様々な法的サービスの提供手段を駆使して、これらの法的課題の解決及び人権の擁護に向けて真摯に取り組むとともに、有用な政策提言を積極的に行う。


2 新型コロナウイルス感染症の拡大を予防するための、いわゆる「新しい生活様式」への移行を踏まえつつ、弁護士及び法律事務所が弁護士業務を持続し、弁護士会が法律相談センター等の機能を維持できるよう、各種の業務環境の整備に努める。あわせて、裁判所その他の関係機関と協議し、連携して適正かつ迅速に司法サービスを提供することにより、市民のための司法アクセスが確保、維持されるよう尽力する。


以上のとおり宣言する。

 

 

2020年(令和2年)9月4日


日本弁護士連合会

 

 

提案理由

1 新型コロナウイルス感染症の拡大と緊急事態宣言の発令

新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るっている。世界保健機関は、2020年3月11日に、新型コロナウイルス感染症について「パンデミック」(世界的な大流行)を宣言し、その後も世界各国における感染拡大が報告されている。日本においては、同年1月15日に最初の感染者が確認され、その後、全国各地に感染が拡大していった。


政府は、同月30日に新型コロナウイルス感染症対策本部を設置し、その対策に当たるとともに、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正(以下「特別措置法」という。)を経て、同年3月26日に同本部を特別措置法第15条第1項に基づく「政府対策本部」とした。


政府対策本部は、同月28日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を取りまとめ、各地域において感染経路の不明な患者やクラスター(患者間の関連が認められた集団)の発生を封じ込めることが、爆発的な感染拡大の発生を防止し、感染者、重症者及び死亡者の発生を最小限に食い止めるために重要であるとした。また、感染拡大のリスクが高いとされる、いわゆる「三つの密」(密閉空間、密集場所、密接場面)を避けることを推進すべきとして、国民に広く呼び掛けた。


そして、政府は、同年4月7日に特別措置法第32条第1項に基づく緊急事態宣言を発令した。この緊急事態宣言は、当初7都府県を対象地域とし、同月16日にはこれが全ての都道府県に拡大された。


各地の都道府県知事は、「三つの密」を避けるため、緊急事態宣言の発令に先立って、特段の法的根拠を伴わない事実上の外出自粛や営業自粛を要請し、緊急事態宣言の発令後においては、特別措置法第24条第9項又は第45条第1項に基づく「必要な協力」としての外出自粛、営業自粛等の要請を行った。


これらの政府及び都道府県の施策により、市民は不要不急の外出や移動等を自粛し、企業は接触機会の削減の観点から時差通勤やテレワークの活用などの協力を行った。また、飲食店を始めとする多数の事業者が営業等の自粛を行った。


同年5月14日以降、緊急事態宣言は順次解除され、同月25日には全面的に解除されたものの、再度の感染拡大を予防する等の見地から、市民は、依然として制約された環境下での行動等を余儀なくされている。新型コロナウイルス感染症については、今後も短期間での終息が期待できないことから、市民には、感染拡大を予防するための、いわゆる「新しい生活様式」への移行が求められている。



2 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題への対応

(1) 多種多様な法的課題や人権問題の発生


このような社会状況下において、経済活動が混乱、停滞することにより、数多くの契約トラブルが発生している。また、多くの企業や事業者の業況が急速に悪化し、資金繰りに苦慮する事態、さらには経営破綻に直面する事態にまで及んでいる。これに伴い、様々な労働問題が発生しているほか、失業者が急増するなど雇用環境が悪化している。家賃や生活費の支払に困難を来すなど生活が困窮する人が急増しており、学費の支払に窮して学業の継続が困難になった学生も増えている。


他方で、市民の困惑に付け込んだ詐欺的取引や悪質な商法による消費者被害も発生している。


家庭においては、長引く外出自粛要請の中で、DVや家庭内における虐待が深刻化している。


また、医療従事者や福祉関係者の精神的・身体的な過重負担が指摘されている中で、感染者や医療従事者、さらにはその家族に対するいわれのない差別や偏見による問題が生じている。


さらに、対面によるコミュニケーション機会が減少し、インターネットやSNS等を通じたコミュニケーション機会が増える中、匿名性を背景とした他者に対する誹謗中傷や名誉信用の毀損、ヘイトスピーチなどが増加している。


(2) 弁護士による多種多様な法的課題や人権問題への対応の必要性


基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする我々弁護士は、このような状況下においてこそ、その使命を果たすことが切実に求められている。


当連合会は、この事態を災害と位置づけ、2020年4月16日に新型コロナウイルス感染症に関連する各種の法的課題に対処するため、COVID-19対策本部を設置し、情報収集と各弁護士会及び弁護士会連合会との連携協力を図ることとした。


我々弁護士は、これまでに、様々な災害や経済危機の際に発生した多種多様な法的課題や人権問題に対応してきた。各地の弁護士会は、このような数々の経験と実績を活用し、各種の法律相談等により新型コロナウイルス感染症に関連する法的課題への対応を実践している。当連合会においても、全国統一ダイヤルとウェブサイトから受け付けた相談申込みに対し、全国の弁護士会の協力を得て、各地の弁護士が無料で相談に応じる電話相談事業を実施するなどして各種の法的課題や人権問題に対応してきた。


また、当連合会は、新型コロナウイルス感染症に関して発生した数々の社会的課題について問題性を指摘し、解決のための政策を提言するため、各種の会長声明等を公表してきた。


もっとも、事態は時々刻々と変化しており、今後も様々な問題が発生することが想定される。そのため、当連合会は、一丸となって、これまでに蓄積してきた知識や経験を結集し、新型コロナウイルス感染症に関連する多種多様な法的課題及び人権問題について、法律相談やADRなどの様々な法的サービスの提供方法を駆使し、また、有用な政策提言を積極的に行うなどして、これらの法的課題の解決及び人権の擁護に向けて、迅速かつ適切に対応していく必要がある。



3 市民のための司法アクセスの確保、維持

(1) 弁護士及び法律事務所による業務遂行の維持


個々の弁護士及び法律事務所がこのような法的課題の解決や人権の擁護に向けて迅速かつ適切に対応していくためには、弁護士及び法律事務所の業務が持続可能であることが必要となる。


新型コロナウイルス感染症が拡大する中で、個々の弁護士及び法律事務所が感染を予防しながらその業務を持続するためには、リモートワーク体制の構築やウェブ会議システムの活用など依頼者との対面機会を低減させながらも継続的な業務の遂行を可能とする事務所運営上の環境を整備することも重要となる。


この点、今般の新型コロナウイルス感染症の拡大の中、多くの弁護士及び法律事務所は、個々の弁護士が司法を支える役割を担うという自覚を持って、感染拡大の予防の観点から、それぞれの創意工夫により弁護士業務を継続し、市民のために法的サービスを提供してきた。今後、新型コロナウイルス感染症を予防するための、いわゆる「新しい生活様式」への移行に伴い、これに対応した法的サービスの提供の在り方を模索することも必要となる。


当連合会は、このような持続可能な法律事務所運営の実現に有益なノウハウその他の情報を収集し、弁護士及び法律事務所と共有することにより、個々の弁護士及び法律事務所が、より一層、合理的かつ効率的にその業務を持続することができるような環境を整備するよう努める。


(2) 法律相談センターその他の弁護士会の業務の維持


市民の弁護士に対する司法アクセスを確保、維持するためには、法律相談センターの活用を始めとする全国の弁護士会が担う役割は極めて大きい。


今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に当たり、当連合会及び各弁護士会は、それぞれの業務継続計画(BCP)に従って一部の機能を縮小しながらも必要な機能を継続し、また、状況に応じて順次業務を再開させていった。その過程において、平常時から体制を整備しておく必要性等、多くの課題が確認された。当連合会及び各弁護士会における業務継続の在り方については、常に検証を行い、業務継続計画(BCP)の見直しを繰り返していくことが必要である。


当連合会は、当連合会及び弁護士会が市民の弁護士に対する司法アクセスを確保、維持するために担っている意義を再確認し、状況に応じた最適な機能を維持継続することができるよう、弁護士会における業務環境の整備に努める。


(3) 裁判所その他の関係機関との協議、連携


我が国における司法システムが適正かつ迅速に機能するためには、個々の弁護士、法律事務所及び全国の弁護士会が業務継続を行うのみでは足りず、裁判所、検察庁、日本司法支援センター、児童相談所及びその他の関係機関(以下「関係機関」という。)との連携が不可欠である。


関係機関がそれぞれの業務継続計画(BCP)に従った業務縮小を実施した結果、利用者である市民に過度な不都合が生じることがあってはならない。そのため、弁護士や弁護士会が、関係機関との間で、業務継続の在り方等について、丁寧な対話を重ねることが不可欠である。当連合会は、司法システムの担い手の一つとして、関係機関との間で利用者の目線に立った業務継続の在り方について協議し、連携して適正かつ迅速な司法サービスの提供を継続するために力を尽くす。



4 結論

以上のとおり、当連合会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う様々な法的課題や人権問題の解決のために積極的に取り組む。


また、弁護士及び法律事務所が弁護士業務を持続し、弁護士会が法律相談センター等の機能を維持するための環境整備に努めるとともに、関係機関と協議し、連携して適正かつ迅速に司法サービスを提供し、市民のための司法アクセスが確保、維持されるよう尽力する。