法制審議会刑事法(再審関係)部会の審議の進め方に深刻な懸念を表明する会長声明
本年12月16日、法制審議会刑事法(再審関係)部会(以下「再審部会」という。)第13回会議が開催され、「今後の議論のための検討資料」(以下「検討資料」という。)が示された。
しかし、検討資料は、手続的にも内容的にも重大な問題を含んでいる。
まず、検討資料の作成経緯を見ると、これは当初、「意見の集約に向けたたたき台(案)」との標題で作成されたものであるが、再審部会の委員・幹事への事前の提示や意見聴取を経ることもないまま、先に報道機関に配布した上で、記者に対する説明が行われていた。しかも、この検討資料では、再審部会の審議で意見の一致を見ていない論点や十分に議論されていない論点について特定の方向性を示したり、再審部会で審議対象とされた論点の多くが検討項目として盛り込まれなかったりするなど、その整理が恣意的であって、再審部会での審議状況を忠実に整理・反映したものとは到底言えないものであった。そのため、当連合会推薦の委員・幹事がその作成経緯等につき抗議したところ、法務省事務当局は、その後、「今後の議論のための検討資料」と文書の標題のみを改め、再審部会の資料とされたものである(内容には全く修正は加えられていない。)。
以上のとおり、検討資料は、議事運営を中立的に補佐すべき立場に過ぎない法務省事務当局が、意見集約の方向性を示唆する内容で、恣意的に論点の抽出・整理を行った上で、その内容を再審部会の委員・幹事に先んじて報道機関に公表することによって、これを既成事実化し、それに沿った方向に再審部会の審議を誘導しようとするものと強く疑われる。これは再審部会の審議の公正性、中立性を歪めるもので、深刻な懸念を禁じ得ないものである。
また、検討資料の内容にも重大な問題がある。
一例を挙げると、検討資料では、裁判所は、審判開始決定をしなければ、検察官に対して証拠の提出を命じたり、事実の取調べを行ったりすることができないとされる(第1の1、第4の3)。そして、審判開始決定をするか否かは、再審の請求について裁判所が行う「調査」のみで判断するものとされている(第4の2)。この「調査」とは、再審請求書等の書面審査のみで再審事由の有無を判断する手続と解されるが、「調査」の結果、再審の請求が理由のないものであると認めるときは、直ちに再審の請求を棄却する決定をしなければならないものとされている(第4の2(2)ア(エ))。
過去のえん罪事件を見ると、再審請求を行った最初の段階で提出した新証拠のみで再審開始・再審無罪に至ることはなく、再審請求を行った後に新たに開示された証拠や新たに実施した鑑定等が無罪を言い渡すべき新規かつ明白な証拠となって、再審開始・再審無罪を導くことが多い。しかし、検討資料によれば、審判開始決定がなされない限り、再審請求人が自らの無罪を明らかにする証拠を入手したり、証人尋問や鑑定等を実施したりすることができず、審判開始決定がなされるか否かも、裁判所の「調査」のみで判断される。したがって、このような内容が立法化された場合、再審請求人には自らのえん罪を晴らすための手段が十分に保障されないまま、書面審理のみで再審請求が速やかに棄却される事例が増えることが懸念される。そして、このような重大な不利益をもたらす論点が、再審部会でほとんど議論がなされていなかったにもかかわらず、検討資料においてあたかも意見の一致があったかのように唐突に提示されたもので、前述した手続的な問題と併せて二重の意味で極めて問題である。
他方、当連合会が2023年2月17日付け(同年7月13日改訂)「
刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」で表明した再審開始事由の明確化、国選弁護制度などの点は、再審部会第4回会議で示された論点整理(案)に盛り込まれ、再審部会での審議の対象とされてきたものの、検討資料では、理由も示されないまま検討項目から除外されている。
これでは、えん罪被害者の救済を容易にするどころか、かえって今まで以上に困難にする改悪になりかねない。
この間、再審部会での審議状況に対する深い憂慮から、刑事法研究者4名の連名による「再審法の改正に関する意見」や刑事法研究者135名による「再審法改正議論のあり方に関する刑事法研究者の声明」、さらには元裁判官63名による「再審法改正に関する元裁判官の共同声明」が相次いで公表された。これらの意見・声明では、再審における証拠開示の範囲を限定し、再審開始決定に対する検察官の不服申立て(検察官抗告)の禁止にも踏み込まないなどといった再審部会での審議内容について、えん罪被害者の速やかな救済という再審法改正の目的に反するものであると厳しく批判している。また、全国紙や通信社をはじめとする全国の報道機関でも、社説や映像で、えん罪被害者の救済が後退しかねない、法改正の原点が忘れられているなどと再審部会の審議内容に疑問を呈する多くの意見が述べられている。このように、再審部会での審議内容は、再審制度に関する専門的知見や再審事件の実情を踏まえないものとなっており、再審法改正を求める国民の意思からも乖離している。
そもそも、再審法改正の目的は、静岡4人強盗殺人・放火事件(いわゆる袴田事件)や福井事件などの具体的なえん罪事件を通じて、えん罪を晴らすのに多大な労力と膨大な時間を要するという実情や、その原因が再審法の不備にあることが明らかになったことから、その不備を是正することにある。それにもかかわらず、再審部会での審議状況を見ると、その目的に逆行するような審議が行われているのである。加えて前述のとおり、法務省事務当局による審議運営は、その公正性、中立性への疑問を払拭できず、このような状況に照らせば、再審部会は、もはやえん罪被害者の速やかな救済を図るための再審法改正を審議する場とはなっていないと言わざるを得ない。
よって、当連合会は、再審部会の審議の進め方に深刻な懸念を表明するとともに、えん罪被害者の速やかな救済のために、現在、衆議院に提出されている「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」を速やかに審議、可決するよう強く求めるものである。
2025年(令和7年)12月24日
日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子


