手錠・腰縄問題に関する最高裁決定を受けての会長声明
最高裁判所第二小法廷は、本年5月24日、刑事公判廷(勾留理由開示期日)に手錠・腰縄を付けられたまま入出廷させられた被疑者(当時)が人格権等を侵害されたとして提起した国家賠償請求訴訟につき、上告棄却・上告不受理決定(以下「本件最高裁決定」という。)を出し、被疑者側の訴えを退けた。本件最高裁決定の原審である控訴審判決(広島高裁)は、「一般に、手錠腰縄を装着した姿を衆目にさらされることにより被疑者の人格的利益が害されるおそれがあること」を認めながらも、「担当裁判官が、逃走防止の観点から本件措置を講じたことにつき、法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、またはその方法が甚だしく不当であるとはいえない」、「逃走可能性についての判断も、当該法廷の状況等を最も的確に知り得る立場にある担当裁判官の広範な裁量にゆだねられる」と判示した。また、被疑者側が「指摘する法令、判例、国際ルール等も、本件期日の勾留理由開示手続の開始前において、控訴人が主張する措置を法的措置として執るべきことを一義的に求めるものとは解され」ないとも判示した。そして、本件最高裁決定は上記判示をそのまま追認し、被疑者側の違憲の主張に対しても何らの判断をせず、受理して憲法判断をすることもしなかった。
しかし、当連合会が2019年10月15日付けで公表した「刑事法廷内における入退廷時に被疑者又は被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める意見書」で指摘したとおり、刑事公判廷の入退廷時に被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)に手錠・腰縄を使用することは、それ自体で被告人等の自尊心を傷つけ、人格権を侵害するから、個人の尊厳を保障する憲法第13条、自由権規約第7条及び第10条に違反している。また、手錠・腰縄姿は、被告人等を罪人であるかのように取り扱っている外観を生じさせることから、被告人等の無罪推定の権利(有罪判決が確定するまでは無罪として扱われる権利。憲法第31条、自由権規約第10条2項a及び第14条2項)も侵害し、手錠・腰縄姿で入退廷させることは物理的・心理的服従を強いるものとなり、防御権を阻害している。最高裁判所も、被告人等が手錠・腰縄により身体の拘束を受けている状態を描いたイラスト画を公表する行為が被告人等を侮辱し、被告人等の名誉感情を侵害するものというべきであるとして、被告人等の人格的利益の侵害を認めている(最高裁平成17年11月10日判決)。
したがって、逃走防止という目的が存する場合であっても、被告人等に対しては、個別・具体的根拠に基づき、逃走を行う現実的なおそれがあると認められる例外的な事情のない限り、刑事公判廷の入退廷時には手錠・腰縄を使用すべきではない。
しかるに、本件最高裁決定は、担当裁判官の法廷警察権及び広範な裁量権を過度に重視する反面、被告人等の個別・具体的根拠に基づいた逃走の現実的なおそれを判断しなかった控訴審判決を維持し、手錠・腰縄問題を憲法問題として扱わなかったものであり、被告人等の人格権や無罪推定の権利の保障と相容れないと言わざるを得ない。
よって、当連合会は、被告人等の個人の尊厳、対等当事者としての地位、無罪推定の権利及び防御権の保障又は確保の観点から、刑事公判を担当する裁判官に対して、本件最高裁決定にかかわらず、被告人等が、個別・具体的根拠に基づき、逃走を行う現実的なおそれがあると認められる例外的な事情のない限り、原則として、刑事公判廷の入退廷時には、被告人等に手錠・腰縄を使用しないことを求める。
2024年(令和6年)7月4日
日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子